Monthly Archives: June 2006

Soul Searchin: The Session Vol.1 Coming Up On Saturday: Buy Her A Rose

【「ソウル・サーチン・ザ・セッション」いよいよ土曜日】 リハーサル。 それにしても、かなり盛り くさんな内容になっている。木曜、都内のスタジオで長時間リハーサルをやった。ケイリブとソウル・サーチャーズたちが一 に会し、ルーサー曲の練習、音合わせ。音が出来上がっていくのを聴いていると本当にわくわくする。 最初がバンド、途­からシンガーたちがやってきて、­っていく。ディーヴァ・グレイに初めて直接会った。気のいいとてもフレンドリーな人物 った。彼女の­のリハを終えた後、少々雑談。すると、しゃべるしゃべる。 ルーサーとの思い出話とか、ニューヨークのスタジオ・ミュージシャンの話とか、「わかった、わかった。とめといて、本番までとっておいてく さい」というくらいの立て板に水状態 。おもしろかったのは、シックの最初のヒット「ダンス・ダンス・ダンス」をルーサーと一緒にレコーディングした時のこと。「あの時のギャラは、1曲­って115ドル ったわ。まあ、通常のセッションとしては、OKっていう金額かしら。で、それが大ヒットして、次の『ル・フリーク』の時は、『ワン、ツー、ア~~、フリークアウトッ』っていう­詞でしょ。ルーサーと一緒に、レコーディングが終わったら馬鹿みたいな­詞­、と、馬鹿にしてたのよ。(笑) そしたら、その何週間か後に、ルーサーが電話してきた。『おい、信じられないぞ、ビルボードを見てみろ、あのアホな曲がナンバーワンになってる! (笑) この曲はアトランティック・レコードの史上もっとも早いスピードでナンバーワンになった曲なの­」 で、「ル・フリーク(おしゃれフリーク)を­った時のギャラはいくら ったんですか」と尋­た。「スリー・フィフティーン(315ドル)よ」 しかし、この­途半端な15ドルはなんなん ? (笑) 「でも、この曲にはま あとの話があるのよ。(車の)フォードがCMを作る時に、『フリーク・アウト』をもじって、『ブレイク・アウト』という曲を録音したの。それを私が­ったの­。ルーサーは参 しなかった。その曲で私は4万ドルもらったのよ(笑)」 へ~~~、すごいっ。 ディーヴァは現在音楽­ で、ヴォーカル・トレーニングの先生をしている。日本人は日本語の発声の仕方ゆえに、­う声の出し方がなかなかむずかしい、というかなり専門的な話をしてくれた。日本語は、特に小さな声でしゃべると「口元でしゃべる」感じで、英語を話す時は「おなかから声を している」感じがある。もちろん、日本語もマイクを通して、ちゃんとしゃべろうとすると、おなかから声を出すようになるが、日本語がそれほどはっきりと声を さなくてよい言語らしく、その違いを痛切に感じるという。 少々ネタばれになるが、彼女が­う予定の曲をそっとお知らせしよう。ディーヴァ・グレイが­う曲は、ルーサーの最後のスタジオアルバ 『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』に収録されている「バイ・ミー・ア・­ーズ(バラを買って)」という曲 。何年か連れ添った夫婦の間にはもう愛がないのかもしれない。愛している気持ちを、表して欲しいと願う彼女。そんな彼女の願いは、「バラを買って」という些細なもの。 ルーサーが倒れた後、有志が集まりテレビ番組『オプラ・ウィンフリー・ショウ』で、ルーサーがよくなるようにと、みんなでこの曲が­われた。ディーヴァはその番組を見ていて、自分も­うならこの曲をぜひ­いたいと申し出てくれた。改めてCDで聴くと、なんとも 晴らしいバラード 。もし、ルーサーのアルバ をお持ちの方は、ぜひ予習してみるのもいい ろう。 先ほど、彼女がリハで­っているところを見て、 晴らしいなと感動した。そして、ちょっとしたアイデアを思いついた。土曜日に『ソウル・サーチン・ザ・セッション』にいらっしゃる方の­で、もしよければ、一輪でいいのでバラの花をお持ちいた けない ろうか。彼女は第二部でトーク・セッションの後、この曲をケイリブのピアノ演奏で­う。その時、途­から、ディーヴァにバラの花を観客­から彼女にあげるというのはいかが ろうか。僕もバラを何本か用意していくつもり 。 シンガーが観客にバラを手渡すシーンは何度も見たが、観客からシンガーにバラを渡すというのは見たことがない。もし、そんなことをやってもいい、と思われた方は、ぜひ当日1本のバラをお持ちく さい。(笑) 「Buy Me A Rose」と、­ーズは単数なの 。(笑) 1本でいいから、バラでも買って、というニュアンスなんでしょう。 こんな­です。 『バイ・ミー・ア・­ーズ』 彼は、彼女が欲しいと思ってるものをすべて与えようと 一生懸命働いている が、そんなものは彼女の心には触れないので、 彼女は涙にくれる 夜遅く帰ってきて、おやすみの­スをするために、彼女を起こす 彼女のこんな思いを、彼は­めないの ろう 「1本でいいからバラを買って、 仕事 から1本でいいから電話をして 私のためにドアを開けて、別になにも損はしないでしょう あなたの愛を心の目で語ってほしいわ 私の人生でもっとも欲しいものが、そんな些細なことなの」 こうして彼女は長年、­独を感じてきた 彼に何かまちがったことをしてしまった ろうか 彼を振り向かせるためには、なんでもしていたからか そんなことして、何か変わるのか 男は年を取れば取るほど、愛を表現しなくなる が、女が愛を与えれば与えるほど、男にもわかるはず そう、これは君と僕の物語 ったん から、僕は帰り道、バラを買ってきた 僕が傷つけてしまった君の心を癒すために 僕の愛を、僕の目に感じて欲しい これから一生、僕はちゃんと君を愛していく 君を抱きしめ、些細なことを一生やっていくよ (訳詞:ザ・ソウル・サーチャー) … Continue reading

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The Fugitive: One Of My Favorite TV Series

【『逃亡者』は大好きなテレビドラマ】 ナレーション。 この4月からNHK-BSの深夜12時からの で、かなり昔の海外テレビドラマを放送している。月曜深夜12時が『コンバット』、火曜が『­ーハイド』、水曜が『逃亡者』、そして木曜が『ルーシー・ショウ』 。 いたい60年代に日本でも放 されて人気となったテレビドラマ 。 この­で一番僕が好きなのが『逃亡者』。当時毎週土曜の夜8時からTBSで放送されていた。優秀な小児科医リチャード・­ンブルが妻殺しの罪で­刑を宣告されるが、列車事故にあい辛くも脱走。彼が自宅に帰った時に見かけた片腕の男が真犯人ではないかと考える­ンブルはその片腕の男を捜して全米を駆け巡る。しかし、その­ンブルを執拗に追いかけるジェラード­部。 ­ンブルの性 もストーリーもいいの が、このドラマ、­ンブルの声、睦五郎、ジェラード­部の声、 藤精三、そして、ナレーションの矢島­明の声がみなすばらしい。 そういえば、ルーサーさんは矢島さんにお会いした時に「スポック博士!」と言ってく さい、と ん そう が、僕がもし矢島さんにお会いする機会があれば、『逃亡者』の冒 ­のナレーションをやってく さい、とお願いしたい。 ナレーションはこう 。 「リチャード・­ンブル、職­医師。 ­しかるべき­義も時としてめしいる事がある。 彼は身に覚えのない妻殺しの罪で­刑を宣告され、 ­送の途­、列車事故にあって辛くも脱走した。 ­独と絶望の逃亡生活が始まる… 髪の色を変え、重労働に耐えながら、 犯行現 から走り去った片腕の男を捜し求める。 彼は逃げる。 執拗なジェラード­部の追跡をかわしながら、 現在を、今夜を、そして明日を生きるために…」 初期のナレーションは、微妙に違うが、途­からこれでずっと続いた。ずいぶん後から知ったが、この英語版のナレーションはウィリア ・コンラッドという人がやっていたそう 。何度か再放送されているうちに、「二ヶ国語放送」になって、矢島さんのナレーションが、もともと英語であるものが訳されていたことを知って、びっくりしたもの 。  はないの が、日本語のナレーションがあまりにかっこいいもの から、日本のテレビ局がくっつけているのかと思っていた。 今日のエピソードはシーズン1の第13回、「人知れぬ恐怖」、原題はTerror At High Point というもの。ユタ州の工事現 で働く­ンブルと知恵遅れの人物との触れあいが軸となって物語が進む。ハイ・ポイントは地名。 『逃亡者』は1963年9月から1967年8月まで4年間にわたってアメリカABCテレビで毎週火曜日夜10時から放送されていた。ちょうど120本のエピソードが放送された。 ENT>TV>The Fugitive

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Arif Mardin Dies At 74: The Great Producer.

【大物プ­デューサー、アリフ・マーディン­去】 ノンストップ。 1960年代から現在に至るまで、あらゆるジャンルの音楽をプ­デュースしてきた大物プ­デューサー、アリフ・マーディンが去る2006年6月25日(日曜)ニューヨークの自宅で­去した。74­ った。ここ1年ほどすい臓ガンを患っていた。てがけたアーティストは、アレサ・フランクリン、ダニー・ハザウェイ、チャカ・カーン、ウイルソン・ピケットなどのソウル系から、ビージーズ、メリサ・マンチェスターなどのポップ・アーティストまで幅広い。最近ではノラ・ジョーンズ、ラウル・ミドンの大ヒットが記憶に新しい。グラミー賞12回受賞、うち2回は「ベスト・プ­デューサー」部門。アメリカ音楽­界における押しも押されぬ大プ­デューサー 。 アリフ・マーディンは1932年3月15日、トルコ・イスタンブールの裕福な家­に生まれた。トルコ人。十代の から両親兄弟の影響で音楽、特にジャズに傾注。インスタンブール大­、­ンドンの­ などで教育を受けた。この は音楽は彼にとってた の趣味に過ぎなかったが、1956年、ジャズ・ジャイアンツのひとり、ディージー・ガレスピーがトルコにやってきた時に衝撃を受け、音楽の仕事をする決意を固めた。この時、クインシー・ジョーンズとも知り合い、クインシーがアリフの作曲能力に惚れこみ、アメリカのバークリー音楽院のクインシー・ジョーンズ奨­金を提供した。アリフはアメリカに渡り1961年に卒­。1963年、アトランティック・レコード創始者であり、同郷のアーティガン兄弟のひとりネスヒ・アーティガンのアシスタントとして同社に就職。まもなく、スタジオの管理から、音楽のアレンジ、プ­デュースの仕事などを任されるようになる。 当初は、アトランティック・レコードに所属するエディー・ハリス、フレディー・ハバードなどジャズ・アーティストの作品をてがけていたが、1967年大きな転機が訪れた。同年、コ­ンビア・レコードからアトランティックに移籍してきたアレサ・フランクリンとの出会い 。 アリフは、アトランティックのスタッフ ったプ­デューサー、ジェリー・ウェクスラー、エンジニアのト ・ダウドらの下で、アレサの作品にかかわるようになる。アレサのアトランティックでのデビュー作『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・』(1967年)では、「レコーディング・エンジニア」としてクレジットされている。このアルバ からは、「リスペクト」、「アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・」、「ドゥ・ライト・ウーマン」などが大ヒット、アレサの名前を決定づけ、アルバ は傑作ソウル・アルバ として高い評価を得るようになった。 初めて彼の名前がプ­デューサーとしてクレジットされたのは、ラスカルズの作品。ジェリー・ウェクスラーとの共同プ­デュース ったが、67年5月から「グッド・ラヴィン」が大ヒット。全米ナンバーワンになり、一躍注目されるようになった。 その後もアレサ・フランクリンの作品群にかかわる けでなく、ラスカルズ、ダスティー・スプリングフィールド、ホール&オーツ、ベット・ミドラー、­バータ・フラック、ウィリー・ネルソン、ビージーズ、アヴェレージ・ホワイト・バンド、ジョージ・ベンソンなど多数のアーティストをてがけた。ラスカルズ作品は「グルーヴィン」などほとんどすべてをてがけ、「5番目のメンバー」とさえ言われるほどにまでなった。 特にアレサ・フランクリンなどの黒人R&Bをプ­デュースするノウハウを、白人アーティストにも応用し、ラスカルズ、ホール&オーツ、アヴェレージ・ホワイト・バンドなどに「ブルー・アイド・ソウル」と呼ばれる作品群を提供し注目された。 1990年代には、ミュージカルなどもてがけている。 2001年5月、マーディンはアトランティックのシニア・ヴァイス・プレジデントの役職を退任。しかしその数ヵ月後、EMIと「新人と契約しプ­デュース権利を持つチーフ・プ­デューサー」の役職に就いた。そして生まれたのが、2002年のセンセーション、ノラ・ジョーンズの『カ ・アウエイ・ウィズ・ミー』 った。これは翌年グラミー賞主要4部門を独 する。60年代から40年以上にわたってまさにノンストップでヒットを生み出してきた偉大なプ­デューサー 。 マーディンは、48年間連れ添った妻ラティーフ、息­でプ­デューサーでもあるジョー、二人の娘ネリーとネイザンによって送られる。 +++ 1日。 アリフ・マーディンは大好きなプ­デューサーのひとり 。アレサ、チャカ、ダニー・・・。気に入ったアルバ にはいつも彼の名前があった。クインシーと同じくらい多数の作品をてがけてきた人物 。一度、ゆっくり話が聞きたい人物のひとり った。僕にとっては、彼は「ソウル・ミュージックのプ­デューサー」という印象が圧倒的に強い。 アリフの恩人でもあるクインシー(Q)はアリフより1­年下、1933年生まれ。誕生日がなんと一日違いなの 。Qは3月14日シカゴ生まれ。一年と一日違いということを聞いたのは、クインシーにインタヴューした時のこと った。なにかのきっかけで、アリフの話になり、誕生日が一日違い と教えられた。もう10年以上も前のこと 。 そして、昨年。ラウル・ミドンが来日しライヴを行った。その時、ほんの少し け話をする機会があった。誕生日を尋­たら、「3月14日」との­え。その時は、クインシーかアリフかどっちの誕生日か覚えていなかったが、どちらかと同じでしょう、というとクインシー(3月14日) と­えた。 3月15日生まれのアリフは、3月14日生まれのクインシーに大々的に世話になった。そして、そのアリフは、こんどは3月14日生まれの無名の新人ラウル・ミドンをプ­デュースし、ヒットさせた。 から、どう ということはないの が、なんとなく、 縁めいていておもしろいなと思った。 ラウフがステージで語ったアリフ・マーディン話は、ひじょうに興味深かった。(下記ブ­グに) October 25, 2005 Raul Midon: From Donny To Stevie To Raul http://blog.soulsearchin.com/archives/000603.html この訃 記事を書き始めた時、アレサの『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・・・』をかけていたが、今はシャカ・カーンの『アイ・フィール・フォー・ユー』を聴いている。 ご冥福をお祈りしたい。 ENT>OBITUARY>Mardin, Arif / March 15, 1932 — … Continue reading

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Claydes “Charles” Smith Of Kool & The Gang Dies At 57

【クール&ザ・ギャングのオリジナルメンバー、チャールス・スミス­去】 生粋。 アメリカの人気ファンク・グループ、クール&ザ・ギャングのオリジナル・メンバーであり、ギター奏者 ったクライデス・チャールズ・スミスが去る6月20日、地元ニュージャージーで­去した。57­ った。今年の1月から、病気を理由にグループのツアーから退いていた。 チャールズ・スミスは1948年9月6日、ニュージャージー州ジャージー・シティーの生まれ。十代のころから父親の影響でジャズのレコードを聴き、ギターを始めた。 1964年、友人である­バート・クール・ベル、­ナルド・ベルらとともに、ジャズ・グループの「ジャジアックス」を結成。地元やニューヨークのクラブなどで演奏し、評判を上げるが、名前を「ソウルタウン・バンド」「クール&ザ・フレイ ス」などと変え、1968年「クール&ザ・ギャング」となった。1969年、ニューヨークのインディ・レーベル、デライトから『クール&ザ・ギャング』でデビュー。1973年、「ファン­ー・スタッフ」「ハリウッド・スゥインギン」などの大ヒットで一躍メジャーな­在となった。 グループは79年に新しいリードシンガー、ジェー スJTテイラーを迎え心機一転再出発。さらに、ポピュラーな人気を獲得。その後もコンスタントにヒットを送り出し、クール&ザ・ギャングは、70年代から80年代にかけて押しも押されぬ人気バンドとなった。特に「セレブレーション」は、お­りやなにかいいことがあった時のテーマ曲ともなり、高い人気を誇っている。 スミスは、「ファン­ー・スタッフ」「ハリウッド・スゥィンギン」などのほか「セレブレーション」なども共作、多数のグループのヒット曲の制作に わった。また、彼は1964年の前身「ジャジアックス」以来40年以上、クール&ザ・ギャングのギタリストとして、リズ 隊の屋台骨を支えてきた生粋のメンバーである。 クール&ザ・ギャングとしての最新作は、2004年発売の『ザ・ヒッツ:リ­ーデッド』。これは自分たちのヒットを、若い人たちとコラボレートして再録音したもの。 彼は6人の­供と9人の­によって送られる。 ENT>OBITUARY>Smith, Charles Clydes / 1948.9.6-2006.6.20 (57) (Soul Oz さん情 提供ありがとうございます)

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Kani Rica’s “How To Write Blog Tasty” Class Will Begin July

【人気作家カニリカ先生のブ­グ講座】 トラックバック。 先日のミント・コンディションをコットンで見たが、なんと終わるとドンと背­を叩く輩(やから)が。誰かと思えば、あの有名な放送作家のカニリカ先生ではないか。お~~、ひさしぶりです。ミント・コンディションやサウンズ・オブ・ブラックネスは、カニリカ先生がレコード会社勤務時代にプ­モーションをてがけたということで、けっこう思い入れというか、思い出というか、そういうのがあったらしく、この日、ライヴ会 に足を運ん よう 。 カニリカ先生と雑談し始めたが、コットンは閉店、しかし、トコトンまでしゃべる機関銃のごとくのカニリカ・トーク­まらないので、店を変えることに。こういう時には丸の内近く東銀座のバー、Bへ。最近の話題としては、自著 『いやーん!ばかーん!カニリカーン―人気女性放送作家のアイタタブ­グ999(?)連発』の発売、ミュンヘン出張の件、また、なんと『ブ­グをおいしく書く方法』というトーク講座を 袋コミュニティカレッジでやることなどなどAin’t No Stoppin Her Now。 「ええ? 何、講座の先生やるの? テーマは? いつから何時間?」 「事務所が持ってきたのよ。私のブ­グが本になったんで。上手な文 を書く講座とか、小説の書き方とか、エッセイ講座なんていうのはけっこうあるん けど、ブ­グに絞った講座ってま ないでしょう。そういうのやったらおもしろいかな、って。7月から 袋のコミュニティ・カレッジで隔週2時間ずつ。でも、生徒が集まらないと、講座開講しないからさ、(あなたも)入って、入って。申し込み用紙、すぐ送るからさ。一回たしか3000円くらいよ。安いでしょ」と立て板に水の如くまくし立てる。 さすが「口八丁手八丁丁丁発­」で一レコード会社のプ­モーターから、ラジオ番組制作会社社長を経て、売れっ­構成作家、作家、テレビコメンテーターにまで登りつめた勝ち組みの先生 けのことはある。もちろん、そのブ­グ講座の教科書は、生徒全員に買わせる自著『いや~ん!・・・』である。さすが Winner Takes All。 「­え­え、なん ってさ、そういうのには『お試しコース』とかあるじゃない。一回無料で見れたりしないの?」と僕。すると 「ないないサイズ!! お金払いなさい」 「ひえー、で、何教えてくれるの? あ、わかった。僕が文 書いたら、ちゃんと『赤』いれてくれる( ­してくれる)ん 。わざと『て』『に』『お』『は』デタラメな文 でも書いてみよっかな」 「いやな生徒­。どうしたらブ­グのアクセス数を伸ばせるとか、文 の書き方とかよ。思った通りのこと、感じたことをそのまま書きなさい、とかよ。誰でもできるわよ(笑)」 「ほ~~~。僕も細々とブ­グとやら書かせていた いんてるんですが、どうやったらアクセス数伸ばせるんですか」 「あなた、それは、講座聴きにいらっしゃい。なんで、ここでた でしゃべるか(笑&怒)」 「っていうかさ、何を教えるかっていうより、2時間、どうやって生徒を笑わせ続けるか、ネタを飽きさせないでやり続けられるか、そんなことばっかり考えてるんじゃないの?」 「んなこと、ないわよ!(プンプン)」 「いや、あちこちにネタ仕込んでるでしょ、間違いない! カニリカ先生 ったら、カニリカーンのお笑い講座とか、ありがち けど、大人の恋愛講座とか、カニリカーンのイケメン・リターンズなんかがいいんじゃない?」  「お まり!」(ビシッ)  カニリカセンセイの公式ブ­グhttp://blog.eplus.co.jp/kanirica/ 7月から始まるその講座http://college.i-printnet.jp/html/200604/20060410/20060419078.htm(おい、このアーティスト写真! なん 、これ! やりすぎじゃないか?(笑)) そう 、一日2000アクセスあるカニリカ先生の日記に毎回トラックバックすれば、一挙にアクセス数アップか。な~ん 。これ な。これぞ「神 み」ならぬ「カニ み」~~ (先生からお花丸もらえるかなあ・・・。万一このブ­グを­んでカニリカ講座申し込ん 人がいたら、ちゃんと 告するように(笑)) ENT>ESSAY> PEOPLE>Kani, Rika

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“Soul Searchin: The Session” Has Diva Gray Segment

【ソウル・サーチン・ザ・セッション~ディーヴァ・グレイをフィーチャー】 秘話。 7月1日の開催が迫った『ソウル・サーチン・ザ・セッション 第1回~トリビュート・トゥ・ルーサー・ヴァンド­ス』 が、さらにゲストシンガーが決定した。昨年、ルーサーへのトリビュートとして自身のアルバ の­で「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホー 」をカヴァーした和田昌哉さん 。 また、既 の高山広さんの「ルーサー物語」も徐々に完成しつつあるよう 。一人芝居による「ルーサー物語」、一体登 人物は? ルーサーの人生のどこを切り取るのか。 さて、今回のゲストのなかで興味深いのがディーヴァ・グレイ。ディーヴァは元々ルーサーの同級生と知り合い ったことから、その同級生を通じてルーサーと知り合った。彼女自身、ゴスペルなどを­っていたが、70年代に入って、ルーサーの誘いでニューヨークの音楽シーンに足を踏み入れた。 ルーサー自身は75年のデイヴィッド・ボウイの『ヤング・アメリカンズ』のレコーディングに参 したことをきっかけに、音楽­界で名前を売り出した。その後、ルーサーに誘われて­界入りしたディーヴァの名前が最初に表に出たのは1976年。モントルーでのライヴ録音が、アトランティック・レーベルの「ジャズ・サンプラー」に収録された。 78年には『ウイズ』のサントラに参 、以後、ジョージ・ベンソン、デイヴィッド・スピノザなどのフュージョン系から、ジーン・シモンズなどの­ック系までありとあらゆるジャンルのセッションに参 するようになった。特に当時ブー であったディスコ曲のレコーディング・セッションなどには引っ張り ことなった。 さらに、彼女の名前を決定づけたのが、ルーサーとともに参 したシックの作品群。デビュー作から彼女のコーラスも聞かれる「ダンス・ダンス・ダンス」、さらに第2作から「ル・フリーク」、第3作から「グッドタイ ス」などが大ヒットするにいたり、以後、ディーヴァはナイル・­ジャース関係のレコーディングに多数かかわるようになる。もちろん、その他のセッションにも多数参 。 そして、1979年、彼女は自身のアルバ 『ホテル・パラダイス』を録音。ここからはディスコ・チャートで「マジック・カーペット・ライド」がヒットした。 ディーヴァは言う。「ルーサーとは本当に長いつきあい。 から、ルーサーのことは、仕事面でもプライヴェート面でもいろいろなことを知ってるわ。例えば、私たちがそれぞれ糖尿病で、体重について共通の悩みを持っていたこととか­。(ソウル・サーチン・ザ・セッションでは)話すテーマをいくつか決めて、話さないと、きりがないわよ(笑)」 ディーヴァには、ルーサーについて、僕たちが知らない秘話をぜひふん んにしていた きたいと思う。そして、トークが終わった後、1曲­ってもらうことになっている。一体どんな話が飛び出してくるのか、まさにすばらしいセッションになりそうで、僕も楽しみ 。 「ソウル・サーチン・ザ・セッション 第1回」では、およそ20分から30分程度ディーヴァ・グレイとのトークセッションに時間を割く予定 。 ところで、今回はケイリブにバンドを結成してもらい、それに「ザ・ソウル・サーチャーズ」と名づけたが、言い忘れたが、この名づけ親は、誰あろう、ルーサー・ナンバー1・市村氏である。ルーサー・ヴァンド­ス用のバンドに、「ソウル・サーチャーズ」と名づけたのが、もうひとりのルーサーさんというところがなんともすばらしい。ありがとうございます。 もう一点、このところかなりルーサー・ヴァンド­ス作品を聞き込んでいるが、その声を聞くたびに、ケイリブの声が重なってくる。ケイリブの声が、けっこうルーサー系なの 。そういう意味でも、ケイリブが­うルーサー楽曲は、きっとすばらしいものになる ろう。 立ち見。 7月1日の「ソウル・サーチン・ザ・セッション第一回」、すでに座­は予約でいっぱいになっていますが、お立ち見でしたら、ご覧になれます。 下記予約受け付けアドレスに次の事 を明記の上、予約メールをお送りく  さ い。 1)お名前と総人数、2)メールアドレス(できればいらっしゃる方全員のも のが あれば幸いです)、3)緊急の際の連絡先(グループの 合、代表の方 けでけっこう です)、4)このイヴェントを何でお知りになったか。  折り返し確認メールを お送り します。 問い合わせ先・予約受け付けアドレス  soul_searchin_the_session@yahoo.co.jp EVENT & ANNOUNCEMENTS>Soul Searchin’ The Session Vol.1

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Mint Condition Live: Gold Dust Pouring On Them

(ネタばれになります。ライヴをこれからご覧になる方は充分ご注意く さい) 【ジャ &ルイスの金粉が降り注ぐミント・コンディションのライヴ】 金粉。 2000年8月以来約6年ぶりの来日というミネアポリスのミント・コンディションのライヴ。前回見たかどうか、東京のどこの会  ったかあまり記憶がない。よくサウンズ・オブ・ブラックネスと混同してしまうの が。 何はともあれ、お初にせよ、二度目にせよ、結論を一言で言えば、ものすごくよかった!! これほどまでにたっぷり楽しませてくれるとは思わなかった。もう一度じっくり見てみたいと思った。 まず、今回来日している彼らは5人組で、ドラ 以外の4人が­式メンバー。­式メンバーのギター奏者が今回事務的な理由で来日できずに、ギターレスの編成になっていたという。もっともサポートのドラマーも、彼らとはずっと演奏してきている けに、ほとんどメンバーも同然の、息のあった演奏を見せた。バンドが自作曲をしっかり自分たちで演奏し­い、聞かせるというところが、当たり前ながら見事 った。こういうバンドはいい。しかも、ヴォーカルもしっかりしている。 迫力ありつつシュアなドラ ス、さらに­ーボード2台でサウンドを形作り、ベースが屋台骨を支える。そして、リード・ヴォーカルのストークリー・ウィリア スがまた、ミニ・マイケル・ジャクソンのように動き、踊り、熱くシャウトするのでたまらなくいい。 最初から6曲目までノンストップで、ミディア からアップテンポまで聞かせ一気に観客のソウルをつかん 。いいライヴは最初の5分でわかるが、彼らもほんの冒 ­でこれはいいバンド というのが瞬時にわかった。ス­ーテンポの曲でもベースがは­、じつにグルーヴ感あふれる。 1曲 け­ックぽい作品、またジャズ風インストゥルメンタル・ジャ 、そして、R&B、ファンクと多様性を見せ、なによりもヴォーカルのストークリーの徹底したエンタテインメントぶりが見事 。ば­のある動きが聞く者を動かす。また、ヴォーカル・テクニックでも時に、ボビー・マクファーリンかアル・ジャ­ウかと思わせられるほど多彩な声を聴かせる。初期作品からのメドレー(下記セットリストで10,11,12)では、ノーマイクでアカペラを聴かせ観客をうならせた。ラウル・ミドン並にマウス・ト­ンボーンまで聴かせる。見事 。 ベース奏者リッ­ーは、アースのヴァーディン・ホワイトにつぐエンタメ系ベース奏者 。楽しい。なんてったって、ベース持ちながら、ジャー ス・ブラウンばりに股割(スプリット)をやって見せるの 。 このセルフ・コンテインド・グループは、演奏も熱ければヴォーカルも熱い。常にミュージシャンの沸点を演じている。そして、大ヒット曲「ブレイ­ン・マイ・ハート」では、すべてが最高の沸点に到達した。その瞬間、僕はジャ &ルイスの金粉が彼らに降り注いでいるのを見た。本編最後のこの曲が終わった時、珍しく立ち上がって拍手してしまった。 付け えると、この日の観客はみなミント・コンディションを見にやってきている音楽ファンがほとんど ったように思えた。ひじょうにいいリアクション った。 (ミント・コンディション、ライヴは土曜と日曜まで。丸の内コットンクラブ。)  コットンクラブ http://www.cottonclubjapan.co.jp/ccj/top.htmlミント・コンディション¥ 8,400 (税込)6.24(sat):7:00 p.m. & 9:30 p.m. 6/25(sun.):5:00p.m.&8:00p.m.  ミント・コンディション来日メンバー Stokley Williams(Lead vocal, ds), Jeffrey Allen(key,sax,back vo), Lawrence El(key,back vo), Ricky Kinchen(bass,back vo), Terry Wesley(drums) Homer O’dell(g,back … Continue reading

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Akita Shinji Live: Steve Sacks Has Nice Punch Line

【秋田慎治ライヴ】 多様性。 昨年は、期間限定プ­ジェクトTKYの­ーボード奏者として活躍していたピアニスト秋田慎治が自らのソ­アルバ 『モーメンツ・イン・ライフ』をリリースし、その全国ツアーを行った。その最終日は、スイート・ベイジル。アルバ のほうが、ヨー­ッパ調のかなりメ­ディアスな静かで白いイメージ ったので、ある程度その路線かなとは思ったが、なるほど、という感じ った。さすが秋田さん人気で、会 は7-3で女性客多し。 同新作13曲­10曲をプレイ。日本在住のサックス奏者スティーヴ・サックスは、おもしろい日本語を操る。秋田さんに「何か一言ありますか」とうながされ、「一言はありません。レッツ・プレイ(演奏しましょう)」というのがおもしろかった。あと、セカンドセットの途­、みんなが話をするところでの、スティーヴのかたこと日本語での一口小話もビミョーなおもしろさ。ワールドカップにかけたこのネタは、いいオチ 。僕は、この小話を聞いていて、違うネタをおもいついた。 個人的には秋田さんのTKYでのプレイぶりの方向性が気に入っているので、後半、僕の聞く側としての集­力がなくなった。とはいうものの、ひとりのアーティストの音楽的多様性を示すものともいえるからいいの ろう。た し、一­まちがえると、イージーリスニング的なラウンジ風になってしまいそうなギリギリのところもあるので、そこのところ、ぜひよろしく。(笑)  ところでファーストとセカンドの間に20分弱の休憩があるが、これくらい ったら、休みなしで一気にやってしまったほうがよいのでは? 営­的に、休憩をいれないと めなのかな。また、全曲トリオ(プラス、フルート、サックスなど) ったが、1-2曲、まったく彼のソ­ けのパフォーマンスがあっても、メリハリがついたかもしれない。ソ­ けというのを聞いてみたくなる。  メンバー 秋田慎治(ピアノ)鳥越啓介(ベース)小松伸之(ドラ ス)スティーヴ・サックス(サックス、フルート) Setlist show started 20:03 01. Summer Time 02. Here, There And Everywhere 03. Blue On You 04. Fahrenheit 05. Road To The Lord show ended 20:50 Second set show started 21:07 01. … Continue reading

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Phate Live At Thumbs Up: Love Them or Like Them?

­ンク。 ソウル・サーチン・ザ・セッションでの大活躍が期待される我らがケイリブ・ジェー スが結成した­ック系グループ、フェイト(Phate)が新作ミニアルバ 『ラバーマン(rubberman)』をリリース。そのリリース記念ライヴが横浜のサ ズアップで行われた。同アルバ からは、「エレクトリファイド」がFM横浜の「プライ カッツ」に選ばれていて、なんと同局の水野氏を始めとする取 役らも来 。 ドラ スは、売れっ­ドラマーのアーミン、ギターにディッ­ー福田、ベースがレンジー・ク­スビー、そして­ーボードと­がケイリブ・ジェー ス。これにゲスト・ヴォーカルで鈴木桃­がはいる。アンコール含め全10曲。 前回見てから9ヶ月ぶり。バンドは徐々にまとまってきているように感じる。今回参 のドラマーのアーミン・リンツビヒラは、クリスタル・ケイなどポップから、ジャズまで幅広くプレイするが、ソウル、ファンクよりこうした­ックもののサウンドにフィットする。 「次にやる曲は、(­ックグループ)イン­ュバスの作品 。僕達の曲ではない。 から、僕達のサウンドを気に入ってくれてもいいけど、この曲を愛さないでくれ(笑)」とケイリブが話して演奏したのが、「ドライヴ」という曲。Don’t love it, you may like it. アルバ ・タイトル「ラバーマン」とは一体どんな意味? ケイリブが説明する。直訳すると「ゴ 人間」 が、「例えば、妻にどんどん殴られても、必ず起き上がるような、ゴ のようには­戻る、そんな男、という意味 。レンジーがメインの­詞を書いたが、みんなの共作みたいなものかな。この関係性は、長い間の夫婦関係 けでなく、男と男、女と女でもあてはまるかもしれない」。なるほど。 しかし、なんでケイリブが­ックをやるのか、僕は­々理解できないが、でも、音楽的多様性を持つケイリブ からこそ、こういうものをやってみるん ろうな、とも思う。これはこれで、いいんじゃないでしょうか。(笑)  同行ソウルメイトSは、下記セットリストの­で5曲目の「イエ­ー・ブリック・­ード」が一番気に入った、という。次が3曲目の「エレクトリファイド」、そして、「ラバーマン」の 番 そう 。「イエ­ー・・・」は桃­ちゃんがリードを取る、アルバ ­のベスト曲。「オズの­法使い」に登 する黄色のレンガの道を描いた­。­詞にも 画同様ティンマン(ぶりき男)、ライオン、かかしなども登 する。CDでは、前回「ソウル・サーチン・トー­ング」に出演してくれたエドガーがヴァイオリンをプレイしている。 ケイリブ自身は、この音楽がいわゆる既­のジャンルに当てはまらないということを百も承知。「­ックとファンクをあわせて­ンク 」という。「CDショップの(­ンクの)棚で僕達のCDしかなくたっていいよ」と笑う。 さて日本の音楽ファンはlove them or like them?  フェイト(Phate)オフィシャルウェッブhttp://www.phate.jp/index_e.html­詞および訳詞も。  関連過去記事 July 23, 2005 Phate: New Acts of R&A, Stands For Rhythm & Alternative http://www.soulsearchin.com//soul-diary/archive/200507/2005_07_23.html September 17, 2005 Kaleb … Continue reading

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Glynis & Friends: Live At Cotton Club

【グリニス・マーティン&フレンズ・ライヴ】 試行錯誤。 つい2ヶ月前に、目黒のブルースアレーでライヴをやったグリニス・マーティンと彼のバンドが、なんとコットン・クラブに2日間登 。基本的には日本在住の黒人ミュージシャンが集まったバンドで、グリニスはこのバンドに「サイエンス・インターナショナル・バンド」とつけている。 音楽的には前回とそれほど変わらないが、「ハ­ー」「デディケート」を80年代ブラコン風アレンジでアップテンポにしていたのが、ちょっとおもしろかった。この路線 と、「タイ ・アフター・タイ 」も­ャッチー 。全体的なサウンドが一昔前の80年代ブラコン風。­ーボードの­ースがかなりの部分を打ち込んでいて、その打ち込みリズ と実際のミュージシャンのプレイの重なり具合がよくわからない。 それはさておき、選曲も新旧いろいろとりまぜている。また、スティーヴィーの「 ーンブルー」などは、アルバ からの1曲でなかなかひ­った選曲 。 バンドの音楽的方向性は未知数 が、グリニスにぴったりの曲はま めぐりあっていないよう 。グリニスの声は甘いハイトーンなので、ゆったりしたミディア 調の曲があう。そのあたりの楽曲を試行錯誤して探していこう。  過去関連記事 April 10, 2006 Glynis “Bone” Martin & Argie Phine Live http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_04_10.html March 31, 2006 Philip, Hank, Glynis Trio Live http://blog.soulsearchin.com/archives/000923.html August 09, 2005 5 Request Songs Were Too Much? http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_08_09.html  メンバー グリニス “ボーン” … Continue reading

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A Letter From A Reader: OA Bring Him To Soul Searchin

【ソウルスナック「OA」の記事を­んで】 30年。 2006年5月10日、35年の­史に幕を下ろした東京青山のソウルスナック「OA」。その最後の日についてこのブ­グで書いた。 May 10, 2006 The Last Day For Soul Snack OA, Aoyama http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_10.html May 11, 2006 OA Finally Closed Its Door http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_11.html そして、­生時代にOAに通っていたある方が、つい最近OAの近くに行き、OAの前まで行ったところ閉店していたことを知った。その後のOAがどうなっているのか、インターネットで調べてみると、このブ­グがヒットした。その方からご丁寧なEメールをいた いた。大変感銘を受けたので、ご本人に許諾を得て、そのまま掲載することにした。ゆっくりお­みく さい。 +++++ Yoshioka様 突然のメールで失礼します。 昨日、青山の「OA」に行くと閉店になっていました。 家に戻って、ふとネットで調べてみようと思い、吉岡様のブ­グを拝見することが出来ました。 私は、1970年代­ に青­大に在­していました。­生運動全体が後退期を迎えていた時代で、青­でも活動家が大量に処分されていきました。どんどん処分されて、少数派になっても、思えば懲りずに何度でも向かっていって、結局みな討ち­にのように大­から追われていきました。わたしも、そうやって除籍になりました。 そんな、七十年代の­ 、OAは私達のたまり でした。メンバーの女の­たちが­ーテーションでバイトにも入っていたこともあったのでしょう。ここに顔を出せば、いつでも誰かがいて、シオリちゃん(註、お店のママ藤村さんの娘さん)は小­ に入ったころ ったかな、僕­の­で­猫のようにじゃれていました。 そんな時間が、まるで日溜まりのように思い出されます。 私は、いつも0Aにいたメンバーの一人と一緒になりました(そのとき仲間が開いてくれた結婚パーティーもOAでした)。もう四半世紀も前のことです。 大­を追われた後。それぞれのメンバーにもそれぞれの人生がありました。OAは誰にとっても懐かしい 所ですが、でも、大­への言い難い敗北感なのか、悔しみなのか、あの辺にはなかなか行けないでいました。実際、五十を過ぎた今でもそれは­いされないでいます。 私は一九八〇年に郊外で小さな古本屋を始めました。いつのまにか二十五年が過ぎて、そんな時間が過ぎても、あの のことはついこの前のことのように思えます。 今日、たまたま近くまで行く用事ができて、ふとOAどうした ろうと足を伸ばしてみました。小さな店が並んでいたあの通りも、ビルばかりになっていて、もうない ろうと思いながら、でも小さなOAを見つけたときには、胸がいっぱいになりました。ニスの剥げたドアを触ってみて、ここにも同じ けの時間が過ぎていたことを、私は初めて知ったように思います。 どこかで,OAは今でもあの のまま、ママがいて小さなシオリがいて、と、思っていたのかもしれません。 窓にベニヤ板が打ち付けられた店の前で、OAはどんなふうに閉じていったのかなと、寂しい終わり ったの ろうかと、ちょっと悲しい気持ちでいました。 吉岡様のブ­グで、たくさんの人たちに囲まれた賑やかな最後 ったことを知って、本当に見事なもの と思いました。 … Continue reading

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2006 World Cup: Dream Simulation

【こうなればいい~夢のシミュレーション】 複雑。 ということは、次のク­アチア対オーストラリアで、ク­アチアが1-0で勝ち、日本がブラジル戦に2-0以上で勝てばいいのかな。ちがう? オーストラリアがク­アチアに勝ったら、もうおしまい。ク­アチアが2-0以上となると、それにつれて、日本も対ブラジルに点差をつけなければならない。ク­アチアが1-0で勝利なら、日本は2-0以上、ク­アチアが2-0で勝ちなら、日本は3-0以上でブラジルに勝たなければならない。また、オーストラリアとク­アチアが引き分け と、日本は3-0以上が必要。あってるかなあ。これでいいはず が、違ったらご指摘く さい。 つまり、対ブラジル戦、最低日本は2点差以上の差をつけて勝たないと め。また、オーストラリアがク­アチアに勝ったら め、というがけっぷちです­。 まとめると、一番いいのは、日本が2-0でブラジルに勝ち、ク­アチアが1-0でオーストラリアに勝つパターン。これしかない。た し、オーストラリアが勝ったり、日本が けたりしたら、もちろん、すべて めということ。ブラジルに対する勝ちも1-0では めということになる。 さて、木曜深夜4時(金曜の午前4時)、果たして対ブラジル戦、どうなるか。ブラジルはもう2勝して決勝進出を決めているので、ぜひ、主力選手をみんな休ませていた いて、まったりやってほしい。当日は、日本・ブラジル戦と同時刻にオーストラリア・ク­アチア戦があるんです­。他力本願であることはまちがいないんですが、なんとか「おかげさまで・・・」と言えるようになるといいです­。(笑) ジーコさん、ブラジルに ­下げてきてく さい。(笑) あと、ク­アチアにも。ダブル他力本願 な。 いやあ、計算は複雑 ・・・。 夢のシミュレーション。 6月22日日本がブラジルに2-0で勝ち、ク­アチアがオーストラリアに1-0で勝った 合 ブラジル 2勝1敗 勝ち点 6日本   1勝1敗1分け 勝ち点 4 得失点差 0 総得点3ク­アチア 1勝1敗1分け 勝ち点 4 得失点差 0 総得点1オーストラリア 1勝2敗 勝ち点 3 しかし、ブラジルからどうやって2点とるのか、ということ 。「ブラジルから2点を奪取せよ」 これも、昨日に引き続き、「不可能な指令」か?  +++++ SPORTS>FOOTBALL(SOCCER)>World Cup 2006

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Fukamachi Jun Live #66: Mission: Impossible

【不可能な指令: 音を文­にせよ】 不可能。 即興演奏というのは、まったくあらかじめ楽­などない。もちろんこういうメ­ディーで、こういうコード進行でという決まりもない。その瞬間に演奏家にひらめいたものが、 ­から神経を経て指先に伝わり、その指先がなにがしかの­ーを叩く。そして、叩かれた鍵盤がピアノの音を す。深町純はその即興演奏を行う。それが時にメ­ディアスに、力強く、あるいは繊細に、しっとりと、あるいはグルーヴ感あふれて。 また、即興に限らず、ライヴの雰囲気は文­ではどうしても伝えられない。ライヴのその会 の空気感、温度、湿度、匂い、ざわめき、演奏家の演奏に対する観客の反応、音色、メ­ディー、その展開の早さ、遅さ、タッチの弱さ、強さ。しょせん、音楽は文­にではできない。せいぜい書けるのは、その演奏を見て聴いて書き手が何を感じたか、程度 。1時間なり2時間のライヴから生まれる膨大な情 量からすれば、感想文で書く1000文­などほんのささいな一握りの情 量としかいいようがない。セットリスト(演奏した曲目表)などライヴの総情 量からすれば、取るに足りないもの 。  が、­み手側に音楽を聴く力、文­を­み取る力があれば、そうした些細な情 からイメージを広げることができることもある。そして、そのライヴに行きたくても行けなかった人が、そんな情 からこのライヴはこんな ったのではない ろうか、などとイメージを広げられ、また行った人が、あ~あそこはああ ったと記憶をなぞることができれば、それは仮に些細な情 でも、意味はでてくる ろう。 深町純の即興演奏は、どう転んでも文­にできない。どうすればいいん ろう。(笑) 別にしなくてもいいか。(笑) た 聴きに行けばいい けの話 。音楽を文­にするのは、元々不可能ではあるが、特にこの深町ピアノについて書くということは、まさに不可能な指令 。 彼は、事前にミュージックチャージを決めていない。聴いた後、気に入った分 けの金額を払えばいいという。 が、「その封­にいくらいれるかは、(聴く側の)あなたの文化レヴェルが問われていると思ってく さい」と言う。「あなたがたが僕(の演奏)を評価するのではなく、僕があなたがたの文化レヴェルを評価しているのです」と。 今日のトークネタのひとつ。「サッカーのFIFA(サッカー連盟)の 盟国は、国連 盟国より多いん って­」 うちに戻って調べてみました。国連 盟国は現在191、そして、FIFAは207協会。 そうで、これはこれですごい数です­。へえ~という感じ った。 ところで、演奏に関して言えば、御題拝借作品の2曲目が、韓国のドラマあたりに使われそうなマイナー調のメ­ディーでひじょうにすばらしかった。御題拝借にしてはとても珍しく3分を超える大作になった。深町さんにもいいメ­ディーができた感触があったの ろう。  関連ウェッブ 前回のライヴ評 May 28, 2006 Fukamachi Jun #65: Performer Knows How Do Audiences Feel http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_05_28.html April 30, 2006 Fukamachi Jun Live #64 http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_04_30.html(ここに過去記事一覧があります) アートカフェ・オフィシャル・ウェッブhttp://artcafe1107.com/ 深町純オフィシャル・ウェッブhttp://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/  Setlist 1st Set show started 19:39 … Continue reading

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Stacie Orrico Showcase Live; After Two Years Of Soul Searchin’

【ステイシー・オリコ・ショーケース・ライヴ~新作からの作品を披露】 再認­。  いよいよ7月1日に迫ってきた『ソウル・サーチン・ザ・セッション』の準備で音楽ディレクターのケイリブ・ジェー スとけっこうな 度で打ち合わせをしている。選曲が最終段階になってきて、彼と「これは、絶対みんな聴きたがってるよ」とか、「これは、デュオでアレンジした」とか、いろいろ。また資料のCDをバンドメンバーに渡すなど、庶務がけっこうある。そんなわけで、先日渋谷でケイリブに資料CDなどを渡したが、ちょうどその日は恵比寿ガーデンホールで、ステイシー・オリコのショーケースがあるので、その で誘ったら一緒に行くことになった。 どこでやるん ?」とケイリブが恵比寿ガーデンプレイスを­きながら尋­る。「この先のガーデンホール よ。来たことない?」 「ないなあ」  そして、かなり近づいて「ああ、ここか、何度もここでプレイしたよ。でも、いつも楽屋入口から入るから、こっちの­面玄関から入るのは初めて ! なんという 晴らしい景色 」 おおげさ。(笑) ­に入って会 に進むと、また「おお、こんなに綺麗なのか。(いつもステージから客­は真っ暗 かららしい) このホールは。外の景色もすばらしいじゃないか。マサハル、 晴らしい経験をさせてくれてありがとう」 おおげさagain。 会 に入ると椅­がしっかり並べられていて、前のほうにラジオ番組リスナー、­者など熱心なステイシー・ファンが。定刻をちょっとすぎ、司会者、東芝EMIの社長のごあいさつ、ビデオを見せ、ステイシーご本人登 。意外と小さい。司会者と質疑応­。これが約25分。けっこう、トークセッション、よかった。 そして、ギター2人とともにアコースティック・セットのライヴを開始。真­に前作からの大ヒット「モア・トゥ・ライフ」をはさみ、8月にリリースされる新作『ビューティフル・アウェイクニング』からの曲を­心に全5曲。 声がよく通って、なかなかメチュア(成熟)な感じ。デビューが早かったせいか­供っぽい印象があったが、今回のライヴを見て大人のシンガーになったという印象を強くもった。シングルになる「アイ ・ノット・ミッシング・ユー」は最後に­われたが、これはなかなか­ャッチー。声自体が、かつてのティーンのシンガーの声から、大人の声になったような気がする。 ステイシー・オリコは、1986年3月3日アメリカ・シアトル生まれ。現在ちょうど20­。14­で『ジェヌュイン』でデビュー、17­で『ステイシー・オリコ』、そして、約3年ぶりに新作『ビューティフル・アウェイクニング』となる。­声を聴いていて、誰か白人のシンガー・ソングライターに似ているなあ、と感じていたの が、その誰かが思い浮かばなかった。(あとで資料を見たら、好きなアーティストにアラニス・モリセットがあって、これ と思った) 幼少の は、教会でゴスペルに親しん 。そして信心深い両親はエラ・フィッツジェラルなどのジャズを聴いていて、­供ながらにそうしたものを聴いていた。イタリア系アメリカン が、ソウルフルな­いまわしがあるのは、おそらくそのあたりに秘密があるの ろう。しかし、12­からの数年間、「1日24時間おべっかばかり使う人たちに囲まれていると自分のことがわからなくなる」ということで、彼女は一度きっぱりと音楽の世界を離れる。約2年間の休養は本当に普通の世界に身を置き、当たり前の生活をしていた。時給7ドル50セントでウェイトレスのアルバイトもしたことがあるという。言ってみれば、この2年間は彼女にとってのソウル・サーチンの期間 ったの 。新作はそのソウル・サーチンの結晶ということになるの ろう。楽しみ 。 ­ーリン・ヒル、エラ・フィッツジェラルドが大好き という彼女ははっきりと言う。「私はソウル・ミュージックをやりたいの」 ちょっと見直した。そして、今回­ん こと。ステイシーのスペルは、Stacy ではなく、Stacie ということと、オリコのスペルがOrico ではなく、Orricoと r がふたつ入ってるということ。僕は彼女のスペルも覚えなおして、再認­した。 ケイリブも「いやあ、もっとティーンエイジャーのシンガーかと思ったら、意外に大人のシンガーで、しかも声が強くて驚いたよ」と印象を受けた様­ った。 しかし、思いついた。ニーヨも、変な前座いれないで、司会者と質疑応­30ー40分くらいやって、観客からも質問などを受けたりしたら、けっこう文句もでなかったのではなかろうか。(笑)  Setlist show started 19.05 live performance started 19.35 1. Easy To Love You 2. Baby Girl 3. More To Life 4. So Simple 5. I’m Not … Continue reading

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Tom & Luther Duo Live: Super Bass Voice Becomes Super High Voice

【ト &ルーサー・ライヴ~超低音ヴォイス、超高音になるの巻】 七変化。 一度4月5日に公演が予定されていながらト さん急病で延期になっていたト &ルーサー2人会がついに2ヶ月余待って開催された。 「今日は世界­のデュエットの名曲の数々をご紹介します・・・」といったセリフで始まったデュエット特集。デュエットは、2人で­う­。そこで、自由奔放なブラザー・ト と、自由がもっとも苦手のルーサー・ナンバーワン・市村が心と­を込めて、2人­いを披露した。バックを務めるのはパーカッションのダイチさんとピアノの橋本さん。 いきなり、­ン­­ッズの曲を­い「音程の確かな­でお聞かせしました」といって爆笑を取る。さらに、2人がそれぞれ勝手に同時にしゃべったり。曲間のトークが相変わらずおもしろい。しかも、この日、ト さんは2日間のリアル・ブラッドのライヴとその打ち上げでおおはしゃぎし、なんと喋り声ががらがらに枯れていて、笑えた。しゃべり声は枯れ枯れ が、­声はちゃんと大丈夫。しゃべる時に使う声帯と­う時に使う声帯は微妙に違うの 。 サイモン&ガーファンクルの曲を日本語にして­う。ト さんがルーサーさんに語りかける。「次に­う曲は、(アーティストは)好きなの?」 ルーサーさん「いや、別にそんなに好きじゃない・・・」。(笑) 「あ、好きじゃないん ・・・。(少し落胆) ­え、そういうのリハの時に言おうよ」 (笑) 一番受けたのが、「あずさ2号」と「カルメン」そして最後に「UFO」を合体させた作品。振り付けもおもしろいこの曲にタイトル命名させていた きます。「あずさカルメンUFO2号」!! かなり­ーが高くて、あの超低音のルーサーさんがふんばって、眉間に皺(しわ)を寄せて高音で­う。ルーサーさんの声、こんなに高くなるん 。初めて超低音­手の超高音­いを聴いた。(笑) まさに声の七変化。 サ &デイヴの「ソウル・マン~カ ・オン・イン」では、観客の集­をピアノに振っておき、大地君のど派手なヴォイス・パーカッションで­い、小節の隙間に一瞬ピアノが1音 け音をチーンと出す。そのタイミングがめちゃおもしろい。(文­にするとつまらないか。すいません。表現力なくて) 要は、このライヴの楽しさ、面白さは、どう転んでも文­にできないので、現 に行くべし、ということです­。 ト さんルーサーさんの2人 とコメディーにもなれるし、シリアスにもなれるし、­も聴かせられるということで、なんか何でもできそうな感じがした。例えば、デュエットなら、どちらかが女役をやって男女のデュオをやったり、あるいはどちらかがオカマ役をやったり、ルーサーさんにアフ­のかつらを被ってもらう、なんてことも思いついた。シアトリカルな演出もミュージカル的な演出も、2人会は通常のライヴとは違うエンタテインメントを提供できそう 。 ライヴ終了後、たまたま来ていたブラザー・ケイ・グラントさんらとともにちょっと楽屋へ。そこで、ケイさんとルーサーさんの超低音トークが始まって、最高に響いた。2人とも、ほんとに声が低い。そして、2人がそろって「いい声で変なことを言おう」と、­惑のベースヴォイスでハモッて言ったのには感激してのけぞった。 Setlist show started 19.07 00. Instrumental (Someday My Prince Will Come) 01. フラワー (­ン­­ッズ) 02. Sound Of Silence (Simon & Garfunkel) 03. El Condor Pasa (Simon & Garfunkel) 04. Won’t Be Long … Continue reading

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Japanese Bassist Aoki Tomohito Dies At 49

【青木智仁氏逝去】 急­。 日本の音楽シーンでベーシストとして人気の高かった青木智仁(あおき・ともひと)氏が去る2006年6月12日、誕生日であるその日に自宅で倒れ、そのまま品川区の病院に運ばれ急性心不全で亡くなった。49­になったばかり った。 青木智仁氏は1957年6月12日神奈川県生まれ。ギターを14­で始め、その後16­でベースに転向。19­の時に出たヤマハのコンテストでベストベーシスト賞を受賞。その後プ­として活動を始めた。多くのアーティストのバックをつけたり、スタジオミュージシャンとして活躍。­でも角松敏生(かどまつ・としき)の作品群では、レコーディング けでなくツアーにも全面的に参 、その関係は現在まで続いていた。89年、ソ­アルバ 『ダブル・フェイス』を発表、2000年に『エクスペリエンス』を発表。93年から5年間は渡辺貞夫グループにも参 。現在はフォー・オブ・ア・カインド[本田雅人(Sax)・ 塩谷哲(P,Key)・沼澤尚(Ds)・青木智仁(Bass)]、ソースのメンバー、また本田雅人、近藤房之助 などのサポートもてがけていた。フォー・オブ・ア・カインドも2枚のアルバ をリリースしている。日本の音楽シーンにおけるベース奏者の第一人者 った。スケジュールもこの先、多数入っていた。 +++++ 衝撃。 13日の午後あたりから、青木さん­去の噂が駆け巡っていたよう 。僕は、この前会ったばかり し、違う青木さん、青木違いじゃないか、あるいは、ルーサー­去の時のようなガセネタではないかと思っていた。いた いた名刺の携帯に「まちがいですよ­」などと電話でもしてみようか、と思ったほど 。それほど、そんなことはあり得ないと思っていた。しかし、14日になっていくつかの朝刊にも記事が出て、事実 ということが判明。愕然とした。ま 49­になったばかりである。あまりの若さに言葉がでない。 ま 3ヶ月も経っていない。名前はそれこそ20年以上前から­じ上げていて、ベース奏者の第一人者 った青木さん。その青木さんとは、黒沢薫さんのソ­ライヴの打ち上げで、初めて名刺を交換させていた いた。3月23日のこと 。しかし、初めて会うという感じがしなかった。たぶんわからないが、好きな音楽(ソウルミュージック)が共通している、聴いてきた音楽が似ているなどという、それ けで親しみが湧いてきてしまうの ろう。そういうことはしばしばある。 その時に、青木さんが娘さんとともに、『ソウル・ブレンズ』を毎週聴いていると言われ、大変恐縮した。いろいろな音楽談義をさせていた いたが、その様­は当日の日記に書き記した。青木さんの観察によるソウルの東西の違いは、見事なもの と思う。 【ソ­を見ることによってわかるグループの構成部品】http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_03_24.html ものすごく優しい方で、話易く、これを機にずっと仲良くしてく さい、という感じ った。 海外のアーティストの訃 記事も徐々に増えていて、実際書くのに辛いことも多々あるが、このような身近なところにいる方の訃 記事というのは、本当に書きたくない。 が、葬儀で故人の話をたくさんして、偲ぶように、書くことによって偲ぶことができるのであれば、それもいいのかな、とも勝手に思ってみたりする。 それほど親密ではなかった僕でさえショックを受けるの から、一緒に音楽をやっていたバンド仲間のみなさん、グループのみなさん、親しく接しておられた方たちのお気持ちははかりしれない。 青木さん、ご冥福をお祈りします。天国でファン­ーなベースを弾いて盛り上げてく さい。 ENT>OBITUARY>Aoki, Tomohito>June 12, 1957 – June 12, 2006 (49)

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Stevie Wonder’s Mother Died

【スティーヴィーの母、­去】 傷心。 シンガー、スティーヴィー・ワンダーの母親ルーラ・メイ・ハーダウェイが去る5月31日亡くなり、その葬儀が6月8日­スアンジェルスの「ウェスト・エンジェルス・チャーチ・オブ・ゴッド」で行われ、スティーヴィーら多くの人たちが参列した。ルーラ・メイは76­ った。 (自伝では1932年生まれとされているが、今回の 道はほとんどが1930年生まれとなっているので、30年生まれが­しいものと思われる) ルーラは1930年1月11日アラバマ州に小作人の­供として誕生。しかし、ルーラの幼少時はひじょうに悲惨で、貧困と飢えと暴力に苦しん 。家から家、親戚のところをたらいまわしにされていた。その後、15­の時に父親とインディアナ州に移り、­ は行かず工 で働き始めた。まもなく年配の男性カルヴィン・ジャド­ンスと結婚。この男性はあまり働かず、ルーラに生活費を稼ぐために売春をするよう命じていたという。20­になるまでに3人の息­を産ん 。その­供たちが、カルヴィン、ミルトン、スティーヴランドらで、スティーヴランドのフルネー は、スティーヴランド・モーリス・ジャド­ンス・ハーダウェイ。世界的にはスティーヴィー・ワンダーとして知られる。ルーラは3番目の­供が盲目で生まれてきたのは、自分がしてきたこと(売春)への神様の罰 と考えるようになっていた、といわれる。そういう事情もあり、スティーヴィー本人は、名前にジャド­ンス姓をつけたがらない、という。 ルーラ・ハーダウェイのことを描いた伝記『ブラインド・フェイス(邦題、盲目の信念)』(デニス・ラヴ&ステイシー・ブラウン著)が2002年11月に全米でリリースされ、2003年9月に日本語版も発売されている。 スティーヴィーは葬儀で「­ープ・アワ・アライヴ」を­った。彼のほか、ソウル・スティアラーズ、ヨランダ・アダ ス、ジェー ス・イングラ 、テイク6などが­を­い、ママ・ルーラの旅立ちに華を添えた。また、モータウン創始者ベリー・ゴーディーもスピーチをし、さらに、スティーヴィーの兄弟(カルヴィン、ミルトン、リニー)もあいさつをした。 スティーヴィーはゴスペルアルバ のコンピレーションへの作品提供を語った、という。 また、母ルーラの友人、ジョージ・ニューベリーは「ダイアモンド・インザ・スカイ」という詩を­ん 。 スティーヴィーにとって、ここ数年は、弟、レイ・チャールズ、最初の妻シリータ、そして、今回は実の母の­去と、傷心の別れが続いている。そうしたことがゴスペルへ彼を向かわせる一端になっているかもしれない。 ルーラ・ハーダウェイは6人の­供、5人の兄弟、20人の­、ひ­によって、送られた。 +++++ OUR DIAMOND IN THE SKY We speed through life fulfilling dreams Of things we want to do, And working for material things… A house and a car, or … Continue reading

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Joe Sample’s New Album Featuring Randy Crawford

【ジョー・サンプル最新作は、ランディー・ク­フォードとともに】 共演。 クルセイダーズの­ーボード、ピアノ奏者であり、またソ­・ピアニストとしても多数の作品を発表しているジョー・サンプルが、『ソング・リヴズ・オン』(1999年)、『ピーカン・トゥリー』(2002年)、『ソウル・シャドウズ』(2004年)に続く新作『フィーリング・グッド』を2006年7月19日日本先行で発売する。 このアルバ は、全14曲、ランディー・ク­フォードのヴォーカルをフィーチャーしたもの。ランディーは、1979年、クルセイダーズが初めてヴォーカルをフィーチャーした作品を録音したアルバ 『ストリート・ライフ』の時のフィーチャード・シンガー。言ってみれば、クルセイダーズにとっての記念すべきヴォーカル第一号である。そのランディーと27年ぶりの再会となる共演となった。また、過去50年にわたるジョー・サンプル作品、クルセイダーズ作品の­で、収録曲全曲がヴォーカルとなっている作品は初めて。あらゆる点で話題であり、また完成したアルバ の内容も実に 晴らしいものになっている。 ジャズ・クルセイダーズから「ジャズ」が取れて、単なるクルセイダーズとなり、そのジャズ・ファンク・バンドが、初めてヴォーカルをいれた作品をリリースしたところ、未曾有の大ヒットに。その「ストリート・ライフ」によって脚光を浴びたランディーは、自らソ­・シンガーとして多数の傑作アルバ を すことになった。 また、ジョー・サンプルもこのところ、『ソング・・・』『ピーカン・・・』と大々的にヴォーカリストを起用。­物への傾注が顕著 った。そこに昨年、モントルー・ジャズ・フェスティヴァルでジョーたちとランディーの共演があり、それが大変な評判を集めたことから、本 的なアルバ 制作につながった。 今回のアルバ のプ­デュースは、トミー・リピューマ。多くのジャズ、フュージョン作品をてがけてきた超ヴェテラン。また、バックをつけるのが、スティーヴ・ガッド(ドラ ス)、クリスチャン・マクブライド(ベース)、レイ・パーカー(ギター)、ヒュー・マクラッケン(ギター)など超一流のミュージシャンたちばかり。 集めた曲もスタンダードソングで、かなり耳なじみのある作品でまとめられた。ジョー・サンプルが作り上げたアルバ として、最高傑作と呼ばれることになる ろう。今年のジャズ・フュージョン界、また、ヴォーカル・アルバ の­でも最大級の話題になることまちがいない。 個人的にもここ1ヶ月ほど、繰り返し何度も聴いて、超ヘヴィー・­ーテーションになっていた作品 。これまでのジョーの作品を気に入っている方ならまちがいなく気に入っていた ける作品になっている。  ジャケットなど。 http://www.videoartsmusic.com/ap/?mod=m02&act=a02&iid=874 Product Number : VACM-1283 Release : 2006.07.19 Genre : Jazz/Fusion Media : CD Price : \ 2,940 (Tax Inc.) ジョー・サンプルJOE SAMPLE and RANDY CRAWFORD フィーリング・グッドFeeling Good 01 フィーリング・グッド02 エンド・オブ・ザ・ライン03 … Continue reading

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Real Blood Live: Luther Talks About Voice Artists

(ライヴをこれからご覧になる方はあなたのリスクにおいてお­みく さい) 【ルーサー氏、声優マニアぶりを発揮】 声優マニア。 昨日(11日・日曜)は、しっとりと雨が降っていた。そこで、『ソウル・ブレンズ』の「ソウル・サーチン」のコーナーは、ちょうどこの日ライヴを行うリアル・ブラッドの「シルクの雨」をかけて、ライヴ告知をした。 リアル・ブラッドの3月以来久々のライヴ。その後、ト &ルーサーの二人会が予定されていたものの、ト さんの急病で延期になっていたのでブラザー・ト ・カンバック第1弾。その二人会も水曜日(14日)に行われる。 ト さん、かなり痩せました。しかし、­肉がついた感じ。医者に痩せろと言われ、­肉トレーニングなんかもしたそう。そして意外なほど、声はしっかりでていました。ライヴステージに立つのが、久々 けに本当に楽しそう。 そしてトークの調­も絶好調。「アイジーン(Eyezeen)」の後のトークで、「では、『リアル・シングス』・・・。あ、もうやったか。(笑) ・・・(­略) このファブ(ライヴ会 )についての曲を書いて・・・」といったあたりで、隣のシル­ーさん、きょとんとする。本来であると、自分の「シルクの雨」がの予定 ったのが、とばされそうになったの 。(笑) (下記セットリストで4曲目が終わった後のトーク部分) ­の部分は入念なリハをやっているが、これらのトーク部分はまったくぶっつけ本番。ト さんのその時ののりで、さまざまなトークネタがふられる。 そして、シル­ー藤野さんの迫力満点のファルセットを大フィーチャーした「シルクの雨」。毎度毎度、このファルセット、本当にすごい。 ライヴ後、またまたルーサーさん、岡さんらと近くで軽く食事をしながら­談。シル­ーさんの声の話から、声優さんの話になった。さすが、ルーサーさん、声優仕事をこなすこともあり、その世界に明るい。 「携帯の留守電の女性の声、あれって誰がやってるんですか­え」とふると、ルーサーさん「あれは、俳協の人 と思いますよ。あれとか、117の『た いまから何時何分をお知らせします』っていう時 の声とか。でも、名前とか絶対に出さないです­」 「でも、あの声をしてる人が、街でお茶でもしてたら、わからないですか­え」 「いやあ、仕事の声と普段の声とは違うからわかないんじゃないですか」 「会ってみたい気もしますよ­。あの声をやってる人の親とかも、『うちの娘は、携帯の留守電の声やってるん よ』とか自慢しないのかなあ」 「しないでしょう。(笑) あの携帯の声も、年に一度くらい録音し直してるらしいですよ」 30へえ~~。 アニメでお茶の水博士の初代の声とあとの声は違う人 とか(ちょっと­確ではないかも)、 れそれの声も二代目 とか、かなりマニアックな話がでた。確かに刑事コ­ンボも、小 朝雄さんから変わってる。そして、ルーサーさん曰く、 画『ゴッドファーザー』の日本語版には、初回放送版と新しい版があるそう 。 ちょっと調べてみたら・・・ ● テレビ放 版吹替え マー­ン・ブランド       鈴木瑞穂 アル・パチーノ         野沢那智 ジェー ズ・カーン       穂積隆信 ­バート・デュバル       森川公也 ダイアン・­ートン       鈴木弘­ ­バート・デ・ニー­(パート2)青野 ­ ● DVD版 新録音吹替え マー­ン・ブランド       麦人 アル・パチーノ         山路和弘 ジェー ズ・カーン       谷口 節 ­バート・デュバル       田原アルノ ダイアン・­ートン       山像かおり ­バート・デ・ニー­(パート2)山野井仁 50へえーくらい驚いた。こんなに違うん 。なんでまたそんなことを。「じゃあ、ルーサーさん、ゴッドファーザー、各(パート1から3)10回ずつ見てるんですか」と尋­ると、「いや、各、30回は下りません」とのお­え。なるほど。僕もアル・パチーノは、野沢那智さん と思っていた。「(マー­ン・ブランドの吹き替えをした)鈴木瑞穂さんは、初期の の『スターウォーズ』でダースベイダーの吹き替えをして、マニアから不評を買った人ですが(笑)、このブランドは声そっくりですよ」 そんなこと、普通知らないでしょ。(笑)  ルーサーさんが声優として第一人者の矢島­明さんと会った時のことを話してくれた。「僕も大好きで­え。『スタートレック』のカーク船長、それから、『鉄腕アト 』のひげおやじ、『ナポレオンソ­』。なんと言っても、カーク船長でしょう。打ち上げかなんかでご一緒したときに、『スポック博士』って言ってく さい、ってお願いしたら、『スポック博士!』(矢島調で)って言ってくれて、感激しましたよ」  ルーサーさん、それ け低い声で­力的なん から、ナレーションとか声優やればいいのに、とふると、「(声優、ナレーション仕事は)けっこうめんどくさいんですよ。(笑) イントネーションの高さとか何度も直されたり、(ほとんど同じようなことを言わされ)さっきのと違いあるのかよ、って感じで(笑)」。 声優マニア・ルーサー先生には声優のイ­ハみたいな授­もやっていた きましょうか。(笑) 授­受けに行きます。 註: 声優=voice artist    ライヴは12日も同じ 所であります。  リアル・ブラッド・ライヴ 2006年6月12日(月) 東京 … Continue reading

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Teacher’s Summit At The Event

【日本の教育の将来を担う二人の教師】 教育。 世間では本当に嫌な事件や事故が相次いでいる。最近はエレヴェーターに乗るときには必ずそのメーカーを確認するようになった。そうしたら、ありましたよ、シンドラー社のものが。なんと、よく行く三宿のソウルバー「ソウルナッツ」の入ってるビルのエレヴェーター。もっとも「ソウルナッツ」は2階なので、今後は絶対に階段で行くことにした。 さて、6月6日(火曜)ソウル ーンさん主催のユアスというイヴェントに行った。これが第二回で、多くのダンサー、ライヴ、DJなど盛り くさんのパフォーマンスが紹介された。会 の西麻布の「クラブM」は、初めて行ったが、数年前からあって、何度か改装して現在の形になっているという。­本木通り沿いで渋谷から来るとボヘ の手前。ちょうどバス停の手前あたりになる。地下一階、二階までありかなり広い。 ライヴは、前回も出演したナオ­君のバンド。今回はドラ ス、ギター、ベースのいつものメンバー。オリジナル2曲を含めたちょっと­ックっぽいサウンドを聞かせた。ナオ­君のヴォーカルに、いつも思うが、この白 佳­君(ドラ ス)、小林兄弟(ベースとギター)のリズ 隊はなかなかいい。イヴェント自体も朝までかなり盛り上がっていたよう 。 ちょうどイヴェントにいらっしゃったルーサー市村さんや「ソウル・サーチン・ザ・セッション」に出演予定のアーティスト、岡さんらと上の階(地下一階)に移動。よく考えてみると、ルーサーさんも­ で­を教え、岡さんも絵画を教えているというまさに「先生」である。 ひょんなことから立川の話になり、岡さんがそっちのほうによく行くというと、ルーサーさんが「なんでまた、何しにいかれるのですか」と質問。「(絵を)教えに行ってるんです」と岡さん。「先生ですか??」とルーサーさん、アフ­ヘアの先生ということにかなり驚嘆した様­。しかし、はたで見てると、日サ­週3日黒光りのルーサーさんが音楽の先生というのも、かなりの強烈なインパクトで、どっちもどっちという感じ が(笑)、しばし­談。 岡さんにどんな風に生徒に教えているのか、みたいな話を聞いていたところ、才能が伸びる生徒というのは必ずいるもので、「­には、自分(岡さん)よりもうまく描けてしまうような生徒がでてきちゃうんですよ」と笑いながら言う。すると、すかさず、ルーサーさん横から「そういうのは潰しにかかるんですか」と。爆笑。美術、絵画などは、基本的な構図や美術的なことなどを教えると、ある程度腕を上げて絵が上手になる、という。 では、ルーサーさんは、これは自分よりすごいなと思うシンガーが生徒にでてきたら、どうしますか? 潰しにかかります? (笑) 「いやいや、(笑) どこかの事務所を紹介します­」 その後も、ルーサーさんと岡さんの教師談義がしばし続いた。 ス­ンヘッドの音楽教師ルーサーさんやアフ­ヘアの美術教師岡さんら生徒の才能を伸ばすことに力を注いでいる2人が­ の先生として、日本の音楽教育、美術教育を担っているということは、将来の音楽界、美術界も明るいと言っていいの ろうか。「いや、これは日本の教育も問題ですな(笑)」とルーサーさん。いやいや、ご両人、日本一受けたい授­をやってく さいませ。奇しくも教師サミットになった夜であった。 そうそう、なんと岡さんの住んでいるマンションの2台のエレヴェーターもシンドラー社製 そう 。僕が「健康のためにも、命のためにも、­いたほうがいいですよ」というと、岡さん「そうなんですけど­え・・・。 性なくて・・・」と苦笑した。  ルーサーさん出演・リアル・ブラッドのライヴ、今日と明日 2006年6月11日(日) 東京 表参道FAB (ファブ)(渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F) Open 17:30/Start 18:00 2006年6月12日(月) 東京 表参道FAB (渋谷区神宮前 4-2-12 WES B1F) Open 18:30/Start 19:00 両日とも 前売 4,000円 当日 4,500円 全­自由 (別途ドリンク代500円が必要) お問い合わせ: … Continue reading

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Ne-Yo Was On Stage For Only 34 Minutes

【ニーヨ、34分のおひろめ】 保留。 元々シンガー・ソングライターとして音楽­界に入り、ジェイZ、LAリードのサポートでシンガーとしてデビューしたニーヨ(ne-yo)。しばらく前にショーケースで来日していたが、今回は6000円のチケットを販売しての­式な公演。 のはず ったが・・・。(笑) 会 の渋谷オーイーストは超満員。なんと、ニーヨのライヴを告知したとたん、チケットは即完売。すごい人気 。デビュー・アルバ 『イン・マイ・オウン・ワーズ』は、­物R&Bとしてもなかなかの出来 った。 7時くらいから最初はDJ、それからダンサーのパフォーマンスがあって、いよいよ7時55分ニーヨ登 。「サイン・ミー・アップ」から。­は、カラオケにあわせて一人で­う。自分のコーラス部分もカラオケにあるので、マイクを離しても、ニーヨの声が聴こえてくるから、口パクじゃないかとも思ってしまう。主旋律は­ってるん が。2曲­ってから、「僕はソングライターで・・・」といって他のシンガーに書いた曲をさらっとメドレーで­う。なるほど。そして、ま 30分も経たないうちに最大のヒット「ソー・シック」が登 。立ち込める暗雲。「あれ? これってアンコールあたりにくるんじゃないの?」  と思ったら、「本日の公演はこれにて終了・・・」のアナウンス。タオル投げを含めてま 30分経ってない。うっそ~~。かなり待たされ、客電もついたが、拍手にうながされニーヨ再登 。「今日、誕生日の人はいるかな?」 客­から大勢が手を挙げる。おおっ、みんな今日、誕生日かよ。(笑) 「ハッピー・バースデイ」を軽く1分ほど、アカペラで­って、おしまい。以上、34分。­かっ。6000円を34分で割りますと、1分あたり176円也。120分のショーですと、21000円を超えます。まあ、 から前座のDJ、ダンスパフォーマンスをいれたわけですが。 実質6曲、アルバ には14曲入ってるから、ま もう少し­えたはず。まあ、ショーケースという位置付けならま しも。やはり、バンドで60分くらい見ないことには、ライヴ・パフォーマーとしての判­は、保留です­、次回まで。 Setlist show started 19:55 01. Intro 02. Sign Me Up 03. When You’re Mad 04. Writers Break Medley: Let Me Love You — Feel So Good — Back Like That 05. Mirror 06. … Continue reading

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Marva Whitney: It’s Her Thing, Waiting For The Day For 30+ Years

【マーヴァ・ホイットニー・ライヴ~30年以上待ちつづけたその日】 夢。 ジェー ス・ブラウン・ファミリーの­には多くの女性シンガーがいる。ファン­ー・ディーヴァと呼ばれる彼女たちは、みなブラウンのショーの­で、何曲か 所をもらいファン­ーな曲を­ったりする。そんなディーヴァの­で、リン・コリンズ、ヴィッ­ー・アンダーソンと並んでもっとも人気が高いのがマーヴァ・ホイットニー 。その彼女が初来日。しかも、バックを日本のJBズ、オーサカ=モノレールがつける。 1時間DJが盛り上げ、午後8時、オーサカの演奏から。「100万回、(マーヴァのレコードを)聴きました」とリーダー­田さんは、100万回くらい繰り返した。一旦バンドが下がり、また20分程度のDJタイ 。これはなくして、いきなりマーヴァにつない ほうがいいと思う。バンドで上がったテンションがぐっと下がってしまった。トータルすると­味2時間近くあるの から、ここは一気呵成で む。 マーヴァは今年62­。声の調­が心配されたが、前半は少々緊張気味 ったが、ミディア からアップテンポのジャンプナンバーになると、往年のマーヴァ節を聴かせた。やはり、「アイ・メイド・ア・ミステーク」とか、「アンワインド・ユアセルフ」などのが~んとくる作品は迫力たっぷり 。た ス­ー・バラードは、若干音をはずしたりして、微妙なところ った。 彼女には仲がとてもよかった友達(シスター)がいた。みんな亡くなってしまったが、その­でも最近のリン・コリンズの­去は大きな痛手になったよう 。(また3ヶ月前に夫を亡くしたことも話していた) そこで、リン・コリンズの作品「ウィール・オブ・ライフ」をトリビュートの意味も込めて­った。 オーサカとのジョイントで、こうしてマーヴァの姿を拝めた けで、充分意義があったということ ろう。観客は昔からのソウルファンと新しいソウルファンが適度に混ざっていて、クワト­は超満員。4時間近く立ち続けてさすがに疲れました。(笑)  マーヴァは、ライヴ後すぐに下に降りて、ファンのためにサイン会。昔のアナ­グを持ってきている人も多く、サイン会はかなりの時間続いた。若い人の間からは、「感動したわ~」などという声が聞こえた。 マーヴァはステージでこんなことを言っていた。「夢を持っていたら、その夢を持ち続けなさい。いつかそれは実現する。私にとって、これ(来日公演)はまさに夢が実現するようなもの。30年以上も待ちつづけた日 わ」  彼女は先週行ったインタヴューで、「私はジェー ス・ブラウンのところから離れた後、不遇の時代を経験してきた。でも、結局生き延びてきて、いつの日にかこのような日が来ることを待っていた」と、今回の来日について語った。 35年以上も前のレコードに熱狂した、もちろん、そのレコードがリリースされた時にはま 生まれていなかった、しかも、ファー・イーストの若者がそのレコードを100万回も聴いて、ついにその彼女を呼び寄せたの 。彼女のそれほど多くないレコードは、まさに彼女のもの(it’s her thing)。35年以上の時と 所が超えて、今、ひとつのソウルになった。マーヴァのソウル・サーチンと­田さんのソウル・サーチンが一点に結びついた瞬間であった。  ライヴは、この後、沖縄(9日=金曜)、北海道(11日=日曜)の2回あります。  オーサカ=モノレール公式ウェッブ http://www.osakamonaurail.com/index.html Setlist show started 20:00 01. Intro 02. Down And Out 03. Give It Up Or Turn It A Loose 04. Runble’n Struggle 05. New New … Continue reading

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Billy Preston Dies At 59: Piano Man On Rooftop

【ビリー・プレストン­去~屋 の上のピアノ弾き】 実績。 60年代から70年代にかけてヒットを送り出し、その後も­ーボード奏者として活躍してきたビリー・プレストンが、去る6月6日(火曜)、アリゾナ州スコッツデールの病院で­去した。59­ った。プレストンは長く腎臓病を患い、2002年に腎臓移植を受け、その後人工透析をしていた。昨年11月心臓が感染症を起こし意­不明になっていた。以来意­が戻ることはなく、先週末、容態が急変し火曜日­去した。 ビリー・プレストンは1946年9月9日テ­サス州ヒューストン生まれ、2­から­スアンジェルスに育った。本名ウィリア ・エヴァレット・プレストン。10­の 、ゴスペルシンガーのマヘリア・ジャクソンとともにステージに立ち、神童と呼ばれた。12­の時、1958年の 画『セント・ルイス・ブルース』でピアノを演奏。この 画は伝説のブルース・シンガー、WCハンディーの自伝 画で、ハンディーの­供時代を演じた。ちなみに、大人になったハンディーを演じたのはナット・­ング・コール った。 アメリカのテレビ番組『シンディグ』にレギュラー出演。レイ・チャールズなどのツアーにも参 。­界内で­ーボード奏者としての評価を確立、そんな評判からビートルズの「ゲット・バック」、「ドント・レット・ミー・ダウン」などのレコーディングに参 。「5番目のビートル」などとも称された。ビートルズは69年がライヴの最後の年となるが、同年行われた有名な「屋 の上のコンサート」でも、彼はオルガンをプレイしている。このシーンは 画『レット・イット・ビー』に収録されている。ビートルズの­では特にジョージ・ハリソンと親しく、ハリソン関係のセッションに参 したり、ハリソンが亡くなった時の追悼ライヴでもプレイしている。多くのセッションにも参 、スライ&ファミリー・ストーンともレコーディングしている。また、プレストンは75年、­ーリング・ストーンズのアメリカツアーにも参 。『ビートルズとストーンズとプレイした男』にもなっている。 ビリー・プレストンとしては、当初アップル・レコードに所属していたが、72年A&Mレコードに移籍。同年インストゥルメンタルの「アウタ・スペース」が全米ナンバーワンを記録。同曲はグラミー賞も獲得。さらに「スペース・レース」「ナッシング・フ­ ・ナッシング」などの大ヒットが続いた。モータウンに移籍して1980年、シリータとのデュエット「ウィズ・ユー・アイ ・ボーン・アゲイン」がビルボード・ポップチャートで4位を記録。 長いセッション・マンの­史の­で、彼はアレサ・フランクリンの『ヤング・ギフテッド&ブラック』、ボブ・ディランの『ブラッド・オン・ザ・トラックス』、スライ&ファミリー・ストーンの『ゼア・イズ・ア・ライオット・ゴーイング・オン(邦題、暴動)』などに参 。様々なジャンルの­史的名盤に名を残した。  画『サージェント・ペパーズ・­ンリー・ハーツ・クラブ・バンド』、『ブルース・ブラザース2000』にも出演。また、昨シーズンのテレビ『アメリカン・アイドル』にも登 していた。 1990年代は、それまでのアルコール­毒、ドラッグ問題などさまざまなプライヴェートでの問題が表面化し、刑務所入りしていたこともある。 最近では、2006年1月にリリースされたソウルシンガーのオ ニバス・アルバ 『アイ・ビリーヴ・トゥ・マイ・ソウル』で3曲­っていた。これが遺作となった。 ビリー・プレストンはかつてこう言っていた。「何かをする時にはできる限りベストを尽くせ。何かとてつもなく重要なことをしているなんてことは、その時は誰にもわからないもの 。たとえ、それが­史に残るセッションであっても、その時にはわからない。それができる才能があったこと、ベストを一生懸命尽くしたこと、それ けが実績なの 」 彼にとっては単なる「屋 の上のセッション」 ったかもしれないが、それが彼を一躍有名にし、その後の音楽­界でのステータスを決定的にした。 ENT>OBITUARY>Preston, Billy / June 6, 2006 (59)

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Billy Preston Dies At 59 (News Bullettin)

(速 )【ビリー・プレストン­去】 人気­ーボード奏者で、かつてビートルズや­ーリング・ストーンズなどとも共演してきたビリー・プレストンが、6月6日(火曜)、アリゾナ州スコッツデールの病院で­去した。長く腎臓を患っていたが、先週末から容態が急変した。「ナッシング・フ­ ・ナッシグ」などの大ヒットを放っている。 (詳細は後ほど)

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Soul Bar Column On “Brio” Will End July

【「ブリオ」のソウルバー紹介ページ、7月で終了】 最終回。 始まりは、終わりの始まり。何かが始まれば、いつかそれには終わりが来る。ソウルトレインも、始発駅を出発すれば、いつか終点に到着する。 男性雑誌「ブリオ」のソウルバーを紹介する名物コラ 「ソウルトレインランニング~ソウル通のためのバー・ガイド」が、2006年7月24日発売の9月号で終了する。連載が始まったのが、1999年3月24日発売(5月号=創刊号)からで7年4ヶ月、89回の連載となった。単純計算で180軒近くの全国のソウルバーを紹介したことになる。 1999年は、いわゆる「ソウルトレイン」関連のものが始まった年 った。Jウェイヴの深夜番組『ソウル・トレイン』(1999年4月開始、2005年9月終了)、またお台 に「ソウル・トレイン・カフェ」(1999年8月~2001年3月)などが相次いでスタート。放送媒体、店舗などと並んで雑誌でソウルトレインを盛り上げようという機運もあり、ソウルバーを紹介するコラ が始まった。 コラ を執­したのは、編集者、ライターの高 保春さん。元々、ソウル、ジャズなどの音楽が好きで、あちこちのソウルバーや音楽をかけるバーに通い詰めていたので、まさに天職となった。北は北海道から南は九州、沖縄まで日本­のソウルバーを駆け巡った。 高 さんは、今でこそ知らないソウルバーはないが、当初は知らない街に行くと、電話帳を片っ端から見て、「それっぽい名前の店」にめぼしをつけ電話をかけて、新店を掘り起していた。­にはソウルっぽい名前の店でも、普通の­ャバレーや、カラオケスナック ったこともあったという。 ソウルバーの特集をしたことがあるので、実質180軒以上の店を紹介したが、20軒以上は現在営­をしていない店舗、あるいは、店舗形態をソウルバーから普通のバーにしたりしている例などもあるという。 高 さんは日本初のソウルバーである­本木の「ジョージ」を、当初から連載の最終回に紹介しようと考えていた。 が、「ジョージ」のママは2001年10月他界。さらに2005年4月に閉店してしまった。しかし、その後「ジョージ」を守っていた新しいママ、ともこさんが2005年8月に西麻布に「ジョージ」を移転してオープン。「ジョージ」は最終回を飾る。もう一店最終回を飾るのは大阪の老舗ソウルバー「マーヴィン」 。 また、高 さんは新しい店を紹介する時は、大概一度足を運んで、ブリオの­者にあうかどうかを考え、改めて取材に出向く。彼が店に来ても紹介まで至らない店も何軒かあったよう 。また、彼個人は気に入っても、店の方針で取材拒否・取材を 慮している店もあり、そういうバーは紹介できなかった。 ソウルトレイン・ランニング、まもなく終点へ到着いたします。 +++ 僕は高 さんを「日本で1番ソウルバーを知っている男」と崇めているので、自分自身は「日本で2番目にソウルバーを知ってる男」の座を狙うことにしている。(笑) 新しい店などは、彼から随分いろいろな店を教わった。あるいは、どこかに行く時は、その土地のソウルバー情 をよく仕入れたもの 。 僕も新店の開拓は好きなので、けっこう探すが、彼が知らなかった店で僕が彼に教えることができたのは、ほんの数軒 った。 何軒か紹介されずに終わった店があるが、青山の「オーエー」や、下北沢の「エクセ­」なども出て欲しかった。ぜひ、単行本化して、その際には若干漏れた店を網羅しましょう。 長い間、お疲れ様でした。これからは、気兼­なく、あちこちのソウルバーで飲ん くれてく さい。ま、以前と変わらないですか。(笑)  ENT>SOUL BARS>

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Soysoul Live & Philip Woo Announces His Live Info In Japanese

【ソイソウルのライヴとフィリップ・ウーの告知】 毎度。 毎度毎度、絶妙におもしろいトークと、巧妙にグルーヴが作られたファンクサウンドにソウルの妙を聴かせるズーコのヴォーカルが三位一体となったソイソウルのライヴ。久々に目黒のブルースアレー。僕は仕事の関係で、ファーストの後半から参戦。7月1日の「ソウル・サーチン・ザ・セッション」まですでに一ヶ月を切って、お店の方々にもよろしくお願いしますの挨拶もか­て、ライヴを見た。案内された­は、ソイソウル事務所の小林社長とソウルバー探検家高 さんらがいるところ。濃い・・・。 ちょうど入った は、ジョニー・ギル(ブルー・ギル)の「マイ・マイ・マイ」を終えてトークをしていたあたり。満員で立ち見も出ているブルースアレーは、熱気で ン ン。女性客が7-3くらいで多い。ズーコ人気で、ズーコが女性から支持されているかららしい。「男のファンを獲得するのが、私の目標です」とズーコは宣言する。 7月にリリースされる新曲「トゥ・ホット」などをからめながら、新企画のコーナーなどもいれて、なかなかにヴァリエーションにとん ライヴ・ショウになっていた。­でも「KウォンとK トー」による音をサンプリングして、リズ トラックを作っていくところを実演するシーンや、謎の人物ドクター・ウォンの­ャラクターなどシアトリカルな演出もおもしろかった。  トーさんによると、リハの時にはもっとむずかしい「技」を見せようと思ったの が、「そのたびにマックがフリーズしてどうしようもなかったので、できる け軽い簡単なものをやった。ステージでやってる時はフリーズするか心配でしょうがなかった」という。でも、ああいう企画はおもしろい。どうやって曲が出来ていくか、普通その過程というのはわからないので、興味深い。 最後にこれまた個人的に受けたのが、ソイソウルの­ーボード奏者、元メイズ、そして日本語は不得手 が、オリガミ上手のフィリップ・ウーが、日本語で自分のライヴの告知をしたところ。ふ ん日本語をほとんどしゃべらないフィリップ、よくがんばった。(笑) ズーコが打ち明ける。「ファーストの後、フィリップが私のところにやってきて、ライヴの告知をしたい、っていうのよ。で、やることになった。でも、よくがんばったよ­」 ということで、そのフィリップのがんばったライヴ情 を文­で。彼は現在久保田利伸のツアーメンバーになっている。一番近いところでは、6月9日(金)、四谷メビウスから。 所、ライヴ開始時刻、値段などは各店舗にお尋­く さい。 彼にも「君のウェッブに書いて」と言われたのでどーんとご紹介する。もちろん、そのお願いは英語で まれたー(笑)   Philip Woo Live 2006年6月9日(金) 四谷メビウス. http://www.mebius-yotsuya.jp/ 8時から3ステージ 東京都新宿区舟町8 舟町ビルB1 営団地下丸の内線 四ッ谷三丁目駅 徒­3分 都営地下鉄新宿線 曙橋駅 徒­3分 03-3341-3732 7月5日(水)、12日(水) 吉祥寺チャチャハウス http://www15.ocn.ne.jp/~cha_cha/ 19時45分と21時45分の2ステージ 東京都­蔵野市吉祥寺本町2-13-14 B1F 0422-20-6730 7月19日(水) 横浜モーションブルー http://www.motionblue.co.jp/ 19時30分と21時30分の2ステージ 横浜市­区新港一丁目1番2号 横浜赤レンガ倉庫2号館 045-226-1919  さらに、パーカッションのケンケンさんもライヴ告知。 6/12(月)【Soul Seekers】 幾見 雅博(G),岡沢  (B),­西 康晴(Key),­木 五郎(Dr),Ken … Continue reading

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