Monthly Archives: December 2003

Everything Started From “Soul Searchin’ ” & Still Goes On

土台。 今年最後の日です。2003年、いやあ、たくさんいい音楽聴きました。CDも、そして、なによりも多くのライヴで。最後の最後にスティーヴィー・ワンダーというとてつもないライヴのプレゼントでした。75年以来、何度見てきても、毎回新鮮な発見と感動があります。 もちろん、ライヴですから、そして、人間がやるものですから、その日がいいできの場合もあれば、普通の日もある。そして、できが悪い日もあれば、ものすごく最高の日もあります。その最高の日に遭遇すべく日々ライヴに通うわけです。最高のものはなかなかないものです。そんなに最高は安売りされません。 何年もライヴに行ってれば最初に覚えた感動と同じ物を得ることはできなくなるかもしれません。しかし、逆に積み重ねがその人の感性の血となり肉となり、さらに違う種類の深い感動の存在を教えてくれます。そこに到達するにはひたすら積み重ねるしかありません。 ある映画を最初に見てものすごく感動したとします。二度目に見たときも同じように感動できるかもしれません。できないかもしれません。しかし、その時一度目では気が付かなかったものを知り、別の面で感動できるかもしれません。その二度目の感動は一度目に比べて度合いが薄かったとしても、違う種類の感動が提供されているのです。それは一度目を経験し、一度目が家の土台のようになってからの二度目だからこそ得られる感動なのです。回数を重ねれば重ねるほど、土台が厚くなっていきます。 スティーヴィー・ワンダーのライヴを75年に初めて見た時、どれほど感動したか、僕はもう昔のことなので正確に覚えていません。感動する余裕もなく、ただ圧倒されたということをおぼろげに覚えています。たぶんスティーヴィーの音楽を受け入れるキャパシティーみたいなものがなかったのかもしれません。(84年初めてプリンスを見たときも同じでした) しかし、それ以来何度も彼のライヴに触れ、彼の音楽を理解するようになり、どんどん感動の度合いが増えてきたような気がしています。それはきっとその土台が厚くなっているためだと思います。時に出来が悪いライヴに遭遇してしまうと感動できない日もあるかもしれません。それはライヴですから仕方がないことです。しかし基礎となる土台は確実に固まっているのです。 例えばこういうことなのでしょう。初めは「レイトリー」はメロディーのすごくきれいないい曲だと思って聴いています。でも、その歌をただ聴き流すのではなく、じっくり歌詞カードを読んで、何度もCDを聴いてその意味を知ってからライヴに臨めば、感動の度合いもひときわ大きくなるはずです。スティーヴィーの一言一言のニュアンスに感じ入ることができます。それはそうした知識を持ったからこそ得られる感動です。知ったからこそ得られる倍増の感動というわけです。だから知ることを恐れることはありません。 今年聞いた言葉でもっとも気に入った言葉は、アーマッド・ジャマルのこの言葉です。「宝石はなかなか見つからない。掘って、掘って、掘りまくらないと (Jewels are hard to find–you have to dig.”)」 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031029.html ライヴもたくさんありますが、本当に輝けるものは数少ないものです。それを探すためにはたくさん行って、ディッグ(掘ること)しないと。 スティーヴィーのライヴは、まさに疑うことなく宝石(Jewels)です。今回初めてスティーヴィーのライヴに行かれて感動された方が多数いらっしゃってBBSに書き込まれています。そうした書き込みを読んでいると、改めてその日のライヴのことがよみがえり、感動が再生されて嬉しくなります。この人はこの曲で泣いたんだとか、別の人はあの曲で胸が一杯になったんだとか。 今後もぜひ、2回、3回と足を運ばれてください。その度に新たな発見や、新たな感動を得られることをお約束します。1度目を知り、2度目を経験してからこそ得られる3度目の感動が生まれます。初めてより倍増の2度目の感動が、3倍増の3度目の感動がくるかもしれない、スティーヴィーのライヴというのはそれだけの価値がある非常に稀なものなのです。 +++++ 感謝。 スティーヴィーの空気に触れて改めて確認したことがあります。しばらく忘れていました。毎回彼のライヴに行ったあと感じていたこと。それはなぜ彼のライヴを見るとものすごく感動するのか。なぜ多くの人がこれほどまでに涙を流すのか、ということです。 その答えは彼が無条件にすべてを与えているということなのです。ギヴ&テイクではなく、ギヴ&ギヴ&ギヴなのです。ギヴ&テイクならまだしも、テイク&テイクな人も蔓延する今日の世界ですが(そのために戦争はなくならない)、スティーヴィーは常にそこにいる人にすべてを与えています。特に、彼は幅広い意味での愛を、ものすごく大きな愛を与えています。それを僕たちは受け取るから嬉しくなり、時にはその喜びに涙するのです。そう、彼のライヴを見た後はいつも自分も彼のようにギヴ&ギヴになろうと思っていました。でもだんだん時が経つと忘れがちになるんですね。こういう世の中ですからね。(笑) ですが、今回また彼のオウラに触れて、気持ちはギヴ&ギヴ&ギヴな感じです。 去年の10月6日から続いているこの日記も今日で452日連続になりました。自分でもよく続くなあと思います。これもひとえにこのウェッブを読んでくださる方がいるからです。読者の皆さんに大きな感謝を。そして、毎回テーマを提供してくれるミュージシャンたちや話題の人々や僕にインスピレーションを与えてくれる人々へ感謝を。 さらに、特に今年も多くのすばらしいライヴを体験することができました。まずはそのすばらしいライヴを見せてくれたミュージシャンたちへビッグアプローズを。そして、それらを見させてくれた多くのプロモーター、会場関係者の方々へ改めて大きな感謝を。また、そうした感想文を発表する場を与えてくれた媒体関係者の方々へも感謝。最後に、僕とともに多くのソウルサーチンの旅に同行してくれた多くのソウルメイトたちへも大きな感謝を捧げたいと思います。You know who you are. I love you all. すべてはソウルサーチンから始まりました。(←このフレーズ、お気に入り) あなたはどこかであなたのソウルを探しましたか? この旅は来年も続きます。この日記が、あなたのソウルサーチンの手助けとなることを願って・・・。 ENT>MUSIC>LIVE>Wonder, Stevie

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Stevie’s Booklet Which Will Never Be Available

幻。 「吉岡さん、現物は明日現地納品になりますので、当日物販売り場のところでお渡しできると思います」 編集者は26日そう電話で告げた。スティーヴィー・ワンダーのパンフレットが明日完成し、現地でお渡しします、という連絡だった。実はそのパンフレットにかなり入魂の年表とストーリー原稿を書いていたのである。95年来日のパンフレットも相当なヴォリュームになっていたが、それ以降の年表事項を加え、ストーリーを整理して書いた。 ファクスだったが、校正もチェックして、あとは印刷・完成を待つばかりだった。校正時のレイアウトを見て、なかなかいいデザインだなと思った。通常のパンフレットと違い、LP盤のように丸いブックレットになっているようだった。大きさは直径30センチ程度らしい。 27日夕方。首都高は一部渋滞していたが、概ね順調で5時半までには会場近くまでたどり着いた。高速の終点で降りるときのことだ。この高速は、地上からずいぶんと高いところを走っている。ユーミンではないが、空へ導かれる滑走路のようだった。しかも、ふと遠くを見ると、ものすごく空気が澄んでいて、地平線の向こうの山並みがカラーの影絵のように美しかった。 高速が緩やかに左カーヴを描くとき、ちょうど西向きになったのだろう。ほぼ落ちた太陽が空一面をまだ明るく照らしていた。正面に広がる山脈のひとつは富士山のように思えた。大宮から富士山が見えるとは想像していなかったので、驚きだった。あれほど美しい黄昏時の景色を見たのは久しぶりで、思わず車を止めて写真でも撮ろうかと思ったほどだ。 高速を降りてからしばし渋滞に巻き込まれたが、無事駐車場にもいれ、会場に向かう。今度は、アリーナまわりの青いライトのツリーがまた美しい。電話で指示されたグッズの販売所を探す。ところがどこにもない。もっとも僕はさいたまアリーナが初めてだったので、探し方が悪いのかと思った。だが探し出せないので、受付のところに行って関係者に尋ねた。「物販の場所はどこですか?」 「えー、今日は物販、予定されていたんですが、急遽中止になったんです。詳しいことはまだわかりません」 おやあ、一体どうしたのだろう、と思った。だがいずれにせよ、物販はないということだった。これは今日はあきらめるしかない。まあ、後日もらうことにするか。 翌日、編集者から電話があった。「実は印刷も刷り上って、現地に納品までされたんですが、諸事情あって今回のパンフレットだけでなく、すべての物販は中止になってしまいました。すいません。ほんとうに申し訳ないです、原稿書いていただいたのに」 あああ、愕然。そんなあ・・・。結局、すべてパンフは破棄処分になり、この世には存在しなかったことになるそうだ。が~~ん。僕も泣く泣くあきらめた。 しょうがない。次回の来日の時のパンフレットにでも使ってもらうか。(笑) 本文は近いうちにこのウエッブにアップしようかと思う。そこで一部分だけでも、ここに記しておくことにした。この日記で得たものをコンパクトにまとめた部分もある。本ページ読者ならすぐにおわかりになると思う。すでにライヴをごらんになった方は、会場でこの文章を読んだつもりに、またこれからごらんになる方は、会場に行ったときにでもお読みください。 2003年、スティーヴィーの来日パンフレットは幻になりにけり。 +++++++++++++++++++ スティーヴィー・ワンダー・ストーリー ~スティーヴィーの音楽の力~ (抜粋ヴァージョン) Stevie’s Power Of Music: Music Tied With Yesterday, Today & Tomorrow (Written By Masaharu Yoshioka) ##### 架け橋。 1973年、ブエノスアイレス。父親の仕事の関係でアルゼンチンの首都にいた13歳の彼はカーラジオで「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」を初めて聴いて衝撃を受けた。今でもこの曲を聴くと、彼の脳裏にはふとそのブエノスアイレスの風景や色や匂いが浮かび上がってくる。 1978年、アトランタ。高校生だった彼は、前年10月に発売され地元のラジオでひんぱんにプレイされていたスティーヴィーの『キー・オブ・ライフ』のアルバムがどうしても欲しかったが、2枚組で高かったため自分の小遣いではなかなか買えないでいた。しかし、次の学期でよい成績を収めたのでご褒美に母親がそのアルバムを買ってくれた。あまりのうれしさに自分の部屋に飛んで行きステレオにそのアルバムをのせ1曲目の「ラヴズ・イン・ニード・オブ・ラヴ・トゥデイ」が流れてきた瞬間泣きそうになった。 1993年、東京。クラブでインコグニートの「ドンチュー・ウォーリー・アバウト・ア・シング(邦題、くよくよするな)」を聴いた彼女は早速そのレコードを買い求めた。そこでこの曲がスティーヴィーの作品であることを知り、オリジナルが入っているアルバム『インナーヴィジョンズ』を手に入れて聴いてみると、その1曲目の「トゥ・ハイ」で、文字通りハイになってしまった。 1999年、ボストン。ボストン生まれの彼はニューヨークへ向かう夜行バスの中で『キー・オブ・ライフ』のディスク2を聴いていた。「イズント・シー・ラヴリー(邦題、可愛いアイシャ)」に続いて「ジョイ・インサイド・オブ・マイ・ティアーズ」が流れてきた時、徐々に離れて行くボストンの街を車窓から眺めながら、知らぬ間に両手で強く握りこぶしを作っていた。曲が終わった瞬間手を開くとじっとりと汗をかいていた。揺れるボストンの街の光りとそれほど集中して聴いていた曲があまりにマッチしていた。 誰にでも、ある音楽とある情景や場所や思い出が完璧に結び付くことがある。今の4例はそんな物語の一握りだ。スティーヴィー・ワンダーの音楽には、他のアーティスト以上にイメージや情景と結び付く曲が多い。そして、そうした作品を聴く度に人々は昔にフラッシュバックできる。ある人にとっては「サンシャイン」が、別の人にとっては「可愛いアイシャ」が、さらに他の人には「レイトリー」が何かのメモリーとリンクしているかもしれない。きっと、今日このスティーヴィーのコンサート会場に足を運び、このプログラムを読まれている方ならスティーヴィーのなんらかの曲で、思い出のひとつやふたつお持ちのことだろう。 スティーヴィーの音楽は、その曲に貼りつけられた思い出を、何年たとうとも鮮明に再生させる精密なビデオテープのようだ。その点で、あの時代と今を結ぶ架け橋になっている。そして、それこそがスティーヴィーの音楽が持つ底知れぬ力でもある。 ##### 見所。 スティーヴィー・ワンダーのライヴへようこそ。1968年の初来日から数えて今回の来日は14回目。彼は毎回確実に観客を楽しませてくれるライヴを見せてくれるが、見所を二つだけご紹介しよう。 彼は未発表曲をライヴ会場でテストする。もし今日ここで歌われる作品で、あまりなじみのない曲だったら、ひょっとしたらそれはまだ世界中の誰もが聴いたことがないスティーヴィーの未発表曲かもしれない。そんな曲を聴けたらそれはラッキーだ。 もうひとつ、彼はとても素晴らしいドラマーでもある。CDで聴かれる「スーパースティション(邦題、迷信)」や、「ドゥ・アイ・ドゥ」などで聴かれるドラムはスティーヴィー本人のドラムである。そこでもし気分がのってステージでドラム・ソロをやってくれたらそれもかなりのラッキーである。 … Continue reading

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Wonderful Stories On Soul Searchin’ Diary

スティーヴィー・ワンダーの話題が盛り上がっているので、この日記でスティーヴィーについてふれた文をまとめてみました。題して「 ~スティーヴィー・ワンダー来日記念特集~Wonderful Stories On Soul Searchin’ Diary」。まだお読みでない方はぜひこの機会に。感想文などもありましたらBBSのほうへどうぞ。 2002/12/19 (Thu) One Nation Under A Groove http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/soul-diary-200212.html インコグニートのブルーイとのお話の中ででてきたスティーヴィー・ネタ。12月の日記は一月で1ファイルになっていますので、19日付けに進んでください。 2003/02/09 (Sun) Stevie Wonder’s Talking Book http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/soul-diary-200302.html 『トーキング・ブック』命名秘話。これも2月が1ファイルになっていますので、9日付けへ。以下2月の日記は上記アドレス。 2003/02/10 (Mon) Talking Book Saga Continues 前日の続き。 2003/02/11 (Tue) How he could know the beauty of … Continue reading

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Stevie Wonder’s Set List (Day Two)

スティーヴィー・ワンダー2日目のセットリストを入手しましたのでご紹介します。 Stevie Wonder live at Saitama Arena 2003.12.28 (Sunday) 1. Golden Lady2. If You Really Love Me3. Master Blaster4. Higher Ground5. That Girl 6. Summer Soft7. Secret Life Of Plants8. Send One Your Love9. Ordinary Pain10. All I Do11. Lately … Continue reading

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Stevie Gave Love & Courage To Everybody

(昨日の続き) 余韻。 ショウが始まる前スティーヴィーの兄ミルトンが、アリーナ左側にある車椅子の人たちの所へ近寄って一言、二言言葉をかわしていた。何を話したかはわからないが、なんとなくそのときの雰囲気から彼が「あなたはスティーヴィーの音楽が好きなのか」と尋ね、座っている人が「もちろん、大好きです」と答えているかのようにみえた。ただ単にeverything’s alright?(すべては大丈夫ですか)と訊いていたのかもしれない。あるいはその人たちが通訳の人を介して、彼がスティーヴィーの兄であることを知って驚いていたのかもしれない。 さいたまアリーナは、車椅子にやさしい作りになっている。確かに武道館などではあまり見かけないほどの数の車椅子が右へ左へ動いていたのが印象的だった。そして今回は観客の年齢層が多岐にわたっているのが大きな特徴だ。それこそ小学生から50代、白髪の60代までいる。コンビニエンスストアampmが冠についている影響もあるのかもしれない。 ソウルメイトSは、この一年いいこともあれば、辛いこともあったが、最後の最後をスティーヴィーのライヴで締めることができて本当によかった、と言った。すべてを洗い流すことができ、そして、新たなる一年への勇気と力をもらった。それはスティーヴィーからの少しだけ遅れてやってきた最高のクリスマスプレゼントだったのかもしれない。 アース・ファンを自認するソウルメイトLは、「アイ・ジャスト・コール・・・」は嫌いだけど、やはりこれだけのライヴを見せ付けられてしまっては改めてスティーヴィーはすばらしいと言わざるを得ない、と告白した。やはり、一曲目の「ゴールデン・レディー」には「お~~」となったと振り返る。 斜め前に10歳くらいの男の子が両親にはさまれて座っていた。後姿を見ていると、まるでスティーヴィーのように首を動かし、リズムをとる。リズム感がいい。ダンサブルな曲になると、彼は立ち上がって踊る。けっこういろいろなスティーヴィーの曲を覚えていて、一緒に歌っている。だが、「アイ・ジャスト・コールド・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー」になると、その彼は一字一句を覚えていて、スティーヴィーと一緒に歌う。ただそれだけではない、彼の独特の節回しまでをそっくりに歌ったのだ。おそらく両親の影響でスティーヴィーが大好きになったファンの一人なのだろう。 ちょっとした時にその少年が後ろを振り返った。すると思わぬ事実を知った。彼は盲目だったのだ。彼がいつから失明しているのかは知らない。だが、スティーヴィーと同じように首を振っているのを見て改めて愕然とする。目が見えないとリズムの取り方が似てくるのか。だが、そんなことより、ひとつ確実にいえることは、スティーヴィーの音楽がまちがいなくこの少年に勇気を与えている、ということだ。 スティーヴィー・ワンダーという人物は、その音楽を通して愛と勇気を与えている。その愛は車椅子に乗る人々にも、盲目の少年にも、人生に行き詰まっている大人にも、あるいは行き詰まっていない人々にも、誰にでも平等に注がれる。あなたの愛を大事な人におくりなさい、と彼は歌う。愛は愛そのものを必要としていると歌う。その姿は一貫し変わらない。 そして、僕はこうしてライヴを思い出しながら作文を書いているだけで、その感動に再びひたることができる。彼からもらった愛の残り香ゆえだ。愛の余韻はできるだけ長く楽しみたい。 (2003年12月27日土曜=埼玉スーパーアリーナ=スティーヴィー・ワンダー・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Wonder, Stevie

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Stevie Showed Us How To Build Up A Song From The Scratch With “Shame—So What The Fuss”

(スティーヴィーのライヴ評です。ネタばれあります。これからごらんになる方はご注意ください) 神秘。 まず、行くまでのことをできるだけ長く書くのか・・・。長くなりすぎる・・・。(笑) 大体会場が遠すぎる。霞ヶ関から首都高乗って、駐車場いれて、会場につくまでに一時間はかかる。たまたま大きな渋滞がなかったからいいが、帰りには下り線は事故でものすごい渋滞になっていた。行きにあれにひっかかっていたら、スティーヴィーを見られなかったかもしれない。電車で行けばいいのか。すいません。会場に着いてもなかなか開演せず、席で待っているとドクター中松発見。僕の同行ソウルメートYが知人なので、またまた挨拶。ドクター会うたびに名刺を交換するので、すでに2-3枚あります。今日は今度行われるパーティーのフライアーをいただきました。(笑) (そんな前説はやはり長く書いてもね。すいません、山口先生。以下略)  約4年ぶりの通算14回目の来日、まずは一曲目は何かと思ったら「ゴールデン・レディー」ときた! 『インナーヴィジョンズ』から。わおおおおっ! なるほど。これはいい。しかし、ちょっとサウンドが・・・。次々とヒット曲が歌われる。ゆったりとしたテンポでショウは進み、「ザット・ガール」がおわったところで、ピアノのイントロで「桜」を少しだけ弾き「オール・イン・ラヴ・イズ・フェア」へ。そして、この次に未発表新曲が登場した。 タイトルは「アイ・キャント・イマジン・ラヴ・ウィズアウト・ユー」(君なしの愛は考えられない)、しっとりとしたバラードだ。ちょうどこのあたりは、ピアノを中心にしたバラードのセクション。そこで、続いて「レイトリー」に。会場はシーンとなる。しかし、何度聴いてもこれは染みるなあ。スティーヴィーの声は、相変わらずよく通る。彼は自身いろいろな声を出すが、よく自分の声を知っている。どういう声が観客に快感を与えるか、体で知っている。決して美声ではないのに、彼の声には本当に引き込まれる。 正直なところしっとりとした「レイトリー」はアコースティックピアノでやって欲しかったが、まあ、それがおわって一瞬「オーヴァージョイド」のイントロが始まった。この流れは完璧な流れ。がすぐやめてスティーヴィーはまた話し始めた。そして紹介されたのが2曲目の新曲「トゥルー・ラヴ」。これはバックにサックスがはいる聴きやすいバラード。う~ん、どうでしょう。「リボン・・・」「レイトリー」級まで行きますか? 聴いているときはすごくいい曲だと思ったんですが、後からなかなか思い出せない。(笑) ちなみに、このセクションは他に「リボン・イン・ザ・スカイ」「オーヴァージョイド」「ユー・アンド・アイ」「ノー・タブー・トゥ・ラヴ」「イット・エイント・ノー・ユース」などなど候補曲はいくらでもある。その日の気分で、3-4曲が選ばれる。今回は新曲がここに来ると、既存曲は若干減るかもしれません。 そして10曲目の「ドンチュー・ウォーリー・バウト・ア・シング」あたりにくると音もかなりまとまってきた。緑のレーザー、青いレーザーで作られる円錐など。一昔前のライヴステージのような演出。 続いて、スティーヴィーがお客さんにあるメロディーを歌ってもらおうと、突然通訳のカズコさんを呼び出した。だがなかなかでてこないので、アップテンポの「ジングルベル」でカズコさんが来るのをうながした。でも、カズコさんは現れなかった。(笑) 彼が観客に歌わせたかったメロディーは「マイ・シェリー・アモール」。 そして、いつもどおり「サインド・シールド・・・」「サー・デューク」「アイ・ウィッシュ」ときて、通常だと「アイ・ウィッシュ」のカットアウトと同時に次の曲に行くのだが、この日は舞台袖からスタッフがでてきて、スティーヴィーが人の名前を呼んだ。そう、そこに登場したのは平井堅。次の曲は「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」だ。これを平井堅とスティーヴィーのデュエットで披露。 この日のもうひとつのサプライズは、「スーパースティション」の途中で急にベースのネイトにソロを弾かせ、「ドゥ・アイ・ドゥ」に持っていき、そして、なんと、ドラムソロへ行ったことだ。ここは、おそらくその日の気分なのでしょうね。ただドラムセットは最初からあったが、気分がのらなければ、「スーパースティション」から「アイ・ジャスト・コールド・・・」にすぐ移る。ドラムをたたきたくなると、「ドゥ・アイ・ドゥ」へ入るというわけだ。 そして、最後の曲「アナザースター」が終わると、拍手の中に客電がついたが、拍手は止まらずスティーヴィーがバンドを従えて戻ってきた。そして、この日もっとも面白かったのが、このアンコールだ。 彼が「まだ誰も知らない曲をやろう」と言ってファンキーな曲を始めた。まず、キーボードで、そして、ベース奏者に「バババンって感じで」と指示、さらにシンセサイザーにも口真似で指示、それを受けて彼らが徐々にサウンドを作りこんでいく。ひょっとして、この場で曲作りをしているのだろうか。スティーヴィーの曲作りの一端を垣間見ることができて、非常にラッキーだ。おそらくスティーヴィーはこうやって一曲作ることもあるのだろう。しかも観客にメロディーを教えながら、「シェーム、シェーム・・・」と歌わせ、「ソー・ホワット・ザ・ファス」と言わせる。そして、そのフレーズがサビになり、キャッチーになっていく。こうして徐々に曲ができていく様は、なかなかスリリングだ。一体レコードではどうなるのか、楽しみ。問題はいつのレコードに入るか、だ。果たして次の作品かそれとも10年後か。(笑) 以上、ここはスティーヴィー先生の「曲の作り方講座」でした。 スティーヴィーは観客を見ていない。しかし、観客は彼を凝視している。今度2時間、目隠しをしてスティーヴィーのライヴを体験してみようかともふと思った。少しはスティーヴィーに近づけるかな。一体どんな感じなのだろう。誰かやってみたら、どう感じるか教えてください。 スティーヴィーを初めて見たというソウルメイトNは、「すごいね。天井に突き抜ける感じ。ものすごく感激した」と評した。そして、これを書いている途中でBBSへの書き込みもきています。ありがとうございます。 スティーヴィー・ワンダー、53歳。現役40年のライフ・オン・ザ・ロード。正直言って「ゴールデン・レイディー」が始まった時には、今日のライヴはどうなるんだ、と不安を持ったが、最後はしっかり帳尻を合わせる。音楽的にいくつかあるが、全体的にはこれは見事としかいいようがない。やはりミュージシャン力が違う、底力が違う。 彼は人が踊るところを見たことがないのに、人を躍らせる。Eighth Wonder! 彼は何が美しく、何が美しくないのかわからないはずなのに、われわれに美しいものを教えてくれる。Eighth Wonder! 何度も書いてきて繰り返しになるが、彼には僕たちが見えてないものが見えているのだ。Eighth Wonder!  それは世界の八番目の不思議、神秘。スティーヴィーのライヴを体験するということは、神秘に触れる至福の瞬間だ。これはさすがにレコードを聴くだけでは得られない。 Set List Stevie Wonder live at Saitama Arena 2003.12.27 (Saturday)Audience about 20,000 Show starts 18.26 1. Golden … Continue reading

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Knack For Writing An Account Of A Person’s Travels

コツ。 先日の沢木さんのトークショウがあるというので、青山の青山ブックセンターに行ってみた。スイッチの元編集長の新井さんとの二人で約2時間のトークショウ。会場には120を超える人が集まっていました。 雑誌スイッチの成り立ち、そのスイッチ編集者である新井さんと沢木さんとの接点の話などなかなか興味深かったです。沢木さんが月刊プレイボーイが創刊された時、自分も何か書きたかったという話、かつて山口瞳氏から聞いた紀行文を書く時のコツの話、人生の回り道の話などなど、自分が書く時唯一心がけているのはリーダブル(読みやすく)ということ、今までの仕事で手を抜いた仕事はない、ときっぱり言い切るところなど、得るものは多かったです。 その中で、これはと思ったのが紀行文のコツの話です。山口氏の言ったコツとは、1、旅が始まるまでをできるだけ長く書け。2、旅にはパートナーがいるほうがいい。3、その場所に行ったらできるだけ同じ所(店)に何度も行け。というものでした。これはなるほど、と思いました。いろいろなことに応用できますね。 例えばーーー。ライヴ評を書く時。1、ライヴが始まるまで、そこに行くまでをできるだけ長く書く。ある程度のキャリアのあるアーティストだったら、何でも書けますね。そのアーティストをいつ知り、どのように好きになったか、よってライヴに行くことはどういう意味を持つとか。2、ライヴは誰かと一緒に行くといい。そのパートナーがどう思ったか、どう反応したかなんかを書けば、これはこれで広がる。3、その同じライヴを何度も見る。そりゃあ、何度も見れば、得る情報量は増える。そうやって見たライヴ評は、かなり長くなるかもしれませんが、相当おもしろい物になる可能性はあります。ちょっと今度試してみるかな。あ、でも、僕のジェームスブラウンのライヴ評とかちょっとその雰囲気あるかな。http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/story/james199812.html 前段があまりなく、パートナーはいません。ただし登場人物はいますが。でも、これをやっちゃうとライヴ評としては若干へヴィーになるかもしれません。 最後に質疑応答がありました。「年齢とともに感性が目減りしていくと思いますが、それを目減りさせないために、あるいは感性を磨いていくためにどうすればいいのでしょうか」という質問に、沢木さんはこう答えました。「感性は磨耗するものです。最初に行った島のことなど8日くらいしかいかないのに何百枚も書けた。でも、今は同じ所に行ったら5枚も書けないでしょう。それは(そのことを)知ったから新鮮ではなくなったためです。それは(感性の目減りのようなものは)物を知ることによって宿命づけられているんだと思いますね」  これも共感します。いい音楽やライヴをたくさん見れば見るほど、感激することは少なくなります。それは多くのものを知ることによってそうなってしまうんですね。しばらく前にメジャーリーグと高校野球の話に例えたことがありましたが、それと同じですね。高校野球しか知らなければ、それはそれで感動するかもしれないが、もっと上のレベルのものを知ってしまうとなかなか感動はできなくなります。 ですからこういういい方はできるかもしれません。「知ることによって感性が磨耗する」のではなく、「知ることによって感性のレヴェルがアップする、感性が磨かれる」ということです。僕なども時に知らなければ良かったなどと思うことがないことはありませんが、でもそれでもなお、知らないことで得るものよりも知ることによって得るものの方がはるかに価値があるようにつくづく思います。結局知識欲求みたいなものも、人間の性(さが)なんですかねえ。 (2003年12月26日金=青山ブックセンター本店=沢木耕太郎、新井敏記トークショウ) (註)An Account Of A Person’s Travels=紀行文 ENT>OTHERS>TALK SHOW>Kohtaro, Sawaki, Toshinori, Arai

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Sex & Soul: Theme Of New Year Random Talk

放談。 さてさて、再び年一の新春放談。2004年のテーマは、なんと、『セックス&ソウル』です。この日記でもしばらく前からこのキーワードがでてきているので、驚かれる方も少ないかもしれませんが、このテーマでどう、と提案したら、石島さん、黒沢さん、二つ返事でOKに。村上さんはそれを後から聞いて驚いたそうですが。(笑) しばらく前に、武蔵小山の某ソウルバーに行ったときに、ロイCの『セックス&ソウル』という73年のアルバムがかかっていて、久々に聴いたのです。で、その時、そこに飾られているジャケットを見ながら、「結局、ソウルミュージックってこれだよなあ・・・」と思ったわけです。 というわけで、いろいろ調べると、なんと「セックス&ソウル」というコンピレーションまででているではありませんか。http://www.amazon.com/exec/obidos/tg/stores/artist/glance/-/76102/002-8074578-2144068 要はセクシーさを感じるソウルバラード、むらむらくるようなソウルの名曲、声からしてエッチなソウルシンガー、そうしたものをど~んとご紹介できたら、おもしろいのではないか、と思ったわけです。キーワードとしても、使える言葉です。 最初、しかし、提案したもの、一体どうなるかと思ったのですが、いやあ、結局トーク爆発です。石島さん、サイコー。やはり男3人の男の視線と女性の視線は違いますね。1週目は男性ソロ、2週目はグループ。3週目は女性ソロとグループなどをご紹介します。で、ふと、1月は5週間あるということが、昨日気付きました。(笑) 急遽、「不倫」を追加です。 そうそう、いろいろ準備している間にテリー・ジョンソン他著『甘茶ソウル百科事典』(ブルースインターアクションズ=1997年)を久しぶりに読み返しました。やはり、おもしろいですねえ。このイラストとこの解説。つまり、ロックにはこうした要素が、なくはないが、あまりないということなんですね。だから、ソウルの最大の魅力のひとつである、と。村上さんの「要は、(こういう歌を歌うとき彼らには)金か女しかないんだよね」というのが、すべてを凝縮した言葉なのであります。 新春1月3日土曜午後10時から東京FM系列『フィールン・ソウル』で、お会いしましょう。 ENT>RADIO>Feel ‘n Soul>Random Talk 2004

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Once A Year, He’s On The Air

年一。 24日の深夜12時からJウェイヴでは毎年作家沢木耕太郎さんの番組をやっています。一言で言うなら彼の旅番組。彼がこれまでに行った場所の話や、メールを送ってきてくれた人と電話をつないで、その彼らが現在行っているところのを話をしてもらうという番組です。 これがねえ、けっこう、いいんですよ。年に一回だけのレギュラー。今年で何回目なんだろう。5回くらいやってるのかな。 何がいいかというと、沢木さんが世界各地に飛んでいるリスナー、といってもその人たちは番組を聴けないのですが、と話をするのがおもしろい。沢木さんの質問のもっていきかたがすばらしい。ちょうど僕が聴きたいと思うことをちゃんと聴いてくれる。かゆいところに手が届くインタヴュアーだ。すばらし。 おそらく、沢木さんは世界各地に行って、そこで出会う人、興味を持った人にいろいろとこうやって質問してるんだろうな、と思います。結局は、好奇心なんでしょうね。好奇心があるから知りたくなる。知りたくなるから、質問がでる。質問の答えからまた次の質問が引き出される。いい循環が生まれます。そしていいストーリーが掘り起こされる。そう、アーマッド・ジャマルも言うように「宝物」は掘って、掘って、掘りまくらないと見つけられないのです。 モンゴルに行った人と電話をつないで、「なぜモンゴルに行ったのか」「今、いる部屋はどんな部屋か」「どれくらい寒いのか」「寒さには耐えられるのか」とか、矢継ぎ早の質問がいい感じです。そういう質問と答えを聴いていると、そのモンゴルの彼が住んでいる状況が少しずつイメージとして浮かびあがってきます。これがラジオですよ! 言葉からイメージを広げさせる。すばらしいと思う。 テレビの旅番組は、すべてを映し出します。それはそれで有益だと思う。そこに行かなくとも、それなりの雰囲気や状況、情報などがとれるわけですから。でも、ラジオはそれ以上にイマジネーションを広げられる媒体なんですね。 タイに行った元週刊文春の記者の人とつないだ電話は、おそらく彼が携帯で街を歩いているのでしょう。その街の騒音まで入ってきて、臨場感がでています。モンゴルからタイへひとっとび。電話ひとつで何でもできるんですね。 ただね、この番組、選曲がねえ。いまいちです。もっと考えて欲しいですねえ。曲と話にまったく関連性もないようだし、選曲されている曲がつまらない曲ばかりだ。(まあ、音楽は趣味ですからねえ。僕の趣味とあわないということなんですけどね) 旅と音楽というのは、かなり密接に関連してもいいはずなんですね。例えば、旅に行く時に必ず持っていくCDとか、あるいはそれこそ現地で聴いた音楽のCDとか、現地で聴いた日本のポップスと現地の雰囲気が意外とあったとか、切り口はなんでもいいんですよ。沢木さんの話がおもしろいだけにね、残念です。曲になると局を変えちゃおうかと思うくらいだから。普通、逆ですけどね。DJがしゃべりだすと局を変えてしまうことはありますが…(笑) 来年も聴きましょう。 ENT>RADIO>Kohtaro, Sawaki

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Live & Direct For “Soul Music Special”

公開放送。 NHKの『ソウル・ミュージック・スペシャル』の公開生放送、僕も途中からですが、おじゃまして見学しました。ラジオではおわかりにならなかったと思いますが、ゲストの方々とオダイさんがおしゃべりするテーブルの後ろには、様々なソウルレコードのジャケットが飾られていました。ちょっとソウルバー風に。 そして、そのソウルバーについてのブラザー・トムさんのうんちくはかなりおもしろかった。儲かっちゃいけない、でもつぶれてもいけない。そのギリギリのところでやってるのが、全国のソウルバーなのよ、と。確かに普段普通の日に客が大入りのソウルバーなんて聴いたことがないです。(笑)  トムさんが疎(うと)ましく思うソウルバーに来る客への風刺といいますか、なんといいますか、そのあたりについては、今度ゆっくりお話してみたいものです。(笑) ライヴは、僕が到着した時にはすでにガッツが終わってしまっていました。ただしガッツは移動中の車の中で聴きました。相変わらず、「ピープル・ゲット・レディー」がいいですねえ。この路線でしょうか。オオサカ・モノレールは、留守録で聴きました。やはり生でその場で聴きたかったですね。 リアルブラッドは、いつものとおり、が~~と盛り上げてくれました。「恋はジョージョー」ではいつもどおり、メンバー全員が客席に下り、それぞれが客席の女性の耳元で歌います。皆照れていますが、なかなかの演出です。そして、後半、彼らは観客を立ち上がらせ、ソウルトレイン・ラインダンス(?)あるいはフォークダンス(?)みたいなのをやらせました。すごいですね。 オダイさん、38度の熱があったんですか? 超びっくり、全然そんなに見えなかったですね。それにしても、トムさんのトークは、サイコーですね。ところでこういう公開番組だと、どうしても曲がかかっている間が、困るんですよねえ。(笑) つまり間が持たない。もういっそのこと、曲の間もDJたちで好き勝手におしゃべりしてたらどうでしょうね。カフは下がっていてオンエアにはでないが、そこのスタジオにいる人には聴こえるようにするわけです。 ライヴバンドのメンバーや、オダイさんにもご挨拶したかったのですが、なんとなく楽屋がどこかだかもよくわからず、失礼してしまいました。 こういうソウルばっかりを聴かせてほぼ5時間もやれるなんて、NHKでなければできません。ぜひまたやってください。

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From King To King

王。 2003年6月23日に行われたBET(ブラック・エンタテインメント・テレヴィジョン=アメリカのケーブル放送の一チャンネル)が主宰する「BETアワード」の模様のヴィデオを入手し、見た。既に外電などでそのニュースは流れているが、ジェームス・ブラウンが「ライフタイム・アチーヴメント(生涯功労)賞」を受賞。それを手渡したのが、誰あろう、マイケル・ジャクソンだった。 まず、ジェームス・ブラウンの足跡を簡単に紹介するフーテージ(過去映像)が流され、MCがブラウンを称え、本人の登場。「ソウル!」の掛け声とともに、なんと「マンズ・ワールド」が始まった。いつものバンドが、いつもの「マンズ・ワールド」を演奏する。そして、「セックス・マシーン」へ。 ジェームス・ブラウン、キング・オブ・ソウル。そして、曲の途中で今度はキング・オブ・ポップが登場。ブラウンとともにしばしステージ上で激しいダンスを見せる。観客からは大喝采。バンドはいつしかジャクソンズの大ヒットのひとつ「シェイク・ユア・ボディー」のフレーズを。 そして、マイケルが舞台横に移動し、紙に書いたメッセージを読み上げる。ブラウンがマイケルの横へ。しかしマイケルは感極まってそのメッセージを読みきれず、「今日、この賞を(彼に)あげる役を断るわけにはいきませんでした。なぜなら、今ここに立つこの人物ほど僕に影響を与えた人物はいないからです」 ここで涙声。横にいたブラウン、思わずマイケルを抱きしめる。「僕がまだ6歳だった頃、彼以上に尊敬していたエンタテイナーはいませんでした。そして、今でも尊敬しています。今日のこの賞を受賞するのに、彼以上にふさわしい人物はいません」 ちなみに、これは「シーズ・アウト・オブ・マイ・ライフ」のときの演技の泣きとは違って、本当の泣き。(笑) まだ今回の幼児虐待問題が発覚していない時期だが、ちょっと感動した。 マイケルが涙ぐむ気持ちは痛いほどわかる。なんといったって、マイケルの一番最初のそして、最大のアイドルは、ブラウンだ。 ジェームス・ブラウンは約20分の出番。観客は、ほとんど着飾ったブラック。キング・オブ・ポップからキング・オブ・ソウルへ渡された生涯功労賞。キング・オブ・ポップは、今、ライヴを行わないが(行えないが)、キング・オブ・ソウルはいまだに今夜もどこかの街で観客の腰を振らせている。ブラウンは依然現役、継続の力の偉大なることよ。 ENT>TV>Brown, James, Jackson, MichaelENT>MUSIC>LIVE>Brown, James, Jackson, Michael

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Ohio Players’ “Happy Holidays” Proves One Nation Under A Groove

国家。 まあ、毎年いろいろなクリスマスソングが発掘されるわけですが、95年に『アンソロジー』に収録されていたオハイオ・ファンクの雄、オハイオ・プレイヤーズのクリスマス・ソング「ハッピー・ホリデイズ」という曲があります。これが、2001年にリリースされたクリスマスのオムニバス・アルバム『ボディー・アンド・ソウル』http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&uid=UIDMISS70311061515161479&sql=Aag967uy020jaに収録されています。土曜日にもいろいろあるクリスマスソングの中でも、みんなで聞き比べなどして、これもいいね、なんて言っていた曲です。(土曜日使ったのは、ルーサーとアル・グリーンでしたが) で、これは1975年の録音とクレジットされているのですが、今までどうやら未発表だったらしいのです。95年にべスト曲を集めた『アンソロジー』を編纂するときに、発掘したらしいんですね。そしてその『アンソロジー』に収録され、その後2001年の前述のオムニバスにも収録されました。そして、『ソウルブレンズ』(インターFM,日曜午後1時~5時)で、DJオッシーがこの「ハッピー・ホリデイズ」をそのオムニバスから選曲、かけたわけです。 イントロで「オハイオ・プレイヤーズがメリー・クリスマス・・・」などと言って始まり、まもなく安っぽいシンセの音が流れる、いかにもオハイオ・プレイヤーズらしい曲です。そして、これがかかってる時に、スタッフ内では、まあ、いろんなソウル系クリスマスソングあるけど、こんな曲かける番組ないよなあ、とか言ってたのです。 それから約8時間後。NHK『ソウル・ミュージック・スペシャル』公開生放送。なんとDJオダイさん、この同じオハイオ・プレイヤーズの「ハッピー・ホリデイズ」を選曲、オンエアー! そして、かけた後ブラザートム「日本広しと言えども、こんな曲かける番組、他にないでしょう」とまるで、同じコメントをされたので、おもしろかった。結局は、みな同じような曲をチェックし、かけている、ということなんですね。ひとつ言えることは、One Nation Under A Groove! (ひとつのグルーヴの元には国家はひとつ)  ちなみに『ソウルブレンズ』内「ソウル・サーチン」(午後2時40分くらい)のコーナーは、「セックス&ソウルを地で行く」ジョー。そして、「山野ミュージック・ジャム」(午後4時半から)ではマイケル・フランクスを紹介しました。次週「ソウル・サーチン」は「今年のR&B界を振り返る」、ミュージック・ジャムは『山野楽器ベストセリングアルバム2003』をご紹介します。お楽しみに。

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Gospellers Live At Mark City

遠恋。 北風すさむ渋谷マークシティー。1700人もの人がスターの登場を待っている。抽選で選ばれた350組700人の幸運なリスナーたち。抽選にもれたものの、どうしても一目その姿を見たいと思ってやってきた人々。そして、通りすがりの人々。ひっきりなしに係りの人が、「止まらないでください」という声をかける。気温は低いが熱気は充分。ゴスペラーズの番組『フィールン・ソウル』の公開録音が昨日、行われました。 彼らが登場すると「キャ~~」というものすごい歓声。観客の95%は女性でしょうか。すごいですねえ。司会のアンナさんに導かれて5人が登場。しばしクリスマス話題でトークが盛り上がり、2曲ほどCDからクリスマスソングを紹介。これがアル・グリーンとルーサー・ヴァンドロス。黒沢さんの「では、2曲、きいてくらはい」の言葉が、えらく観客から受けた。(笑)  事前にメールで送ってもらっていた「遠距離恋愛」についてのお便りが、大変な数来ていて、目を通すのも大変でした。みんな、そんなに遠距離してるんですねえ。多くの人が遠距離恋愛を「遠恋」と略していました。う~~ん、そこまで浸透してるのか、「遠恋」。メンバー一人が一枚ずつメールをもち、それを読んだ。けっこうそれらのメールに観客も「へえ~~」とか反応していました。いろいろな物語がありますね。 ライヴでは、「新大阪」、「冬物語」、そして、ダニー・ハザウェイの「ディス・クリスマス」。クリスマスソングの中でも、これが一番リクエストが多いですね。クリスマス・ソングの「赤鼻のトナカイ」をその場で即興でやったのは、おもしろかったですね。それにしても、ちょっと寒かった。 ライヴが5時半までには終わり、その後、生放送まで時間があるため、一旦ばらけて、僕は急に誘われた青山カイでのマリーアというシンガーのショウケースに。アフリカ出身の歌手。8時半スタートということなので、頭の15分だけでも見ようかと思ったら、スタートしたのが8時50分だった。10分だけいましたが、まあ、それで充分でした。そこらへんのクラブの箱バンドのシンガーみたい。音程も不安定だし。これでよくデビューできたましたね。よほどデモテープがよかったのか。 それはさておき、すぐに半蔵門へ。渋谷での模様をさっそく当日10時からオンエア。いやあ、イヴェント自体がおもしろかったので、そのオンエアもいいところを使って、非常にいい感じでしたね。司会のアンナさん、おもしろいねえ。笑える。これぐらいのテンポ感だといいですね。しかも、どんどんメンバーにつっこむ。(笑) 「新大阪」についての彼女のコメント「久々にいい曲だよねえ」には、爆笑した。じゃあ、それまでの曲はどうだったんだ。(笑) すかさず北山さんが「他のアーティストのいろんな曲を含めて、という久々ね」とフォロー。 生のオンエア・スタジオは黒沢さんと北山さんだけ。普段ここで生をやるときはメンバー全員が揃いますが、今日は二人だけということもあり、ライヴの模様をやればいいということもあってか、ずいぶんとリラックスしてました。北山さん「まあ、今日は(生スタジオの部分が)楽だったあ」と言っていました。おっつかれさま。ロングデイでした。 (2003年12月20日・土曜・渋谷マークシティー=ゴスペラーズ・イヴェントライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>GospellersENT>RADIO>Feel ‘N Soul>Live At Mark City

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The World Will Always Welcome “As Time Goes By”, As Time Goes By

大歓迎。 前にこの曲のことは書いたことがあったでしょうか。スタンダードの「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」。ハーマン・ハップフェルドという作曲家が1931年に書いた作品で、元々ミュージカル『エヴリバディーズ・ウェルカム』に使われました。同年ジャック・レナード、さらにルディー・ヴァレーでヒット。その後1942年の映画『カサブランカ』で使用され再度ヒットとなっています。なんと言っても、ハンフリー・ボカートとイングリッド・バーグマンの出演する『カサブランカ』はこの曲を光輝くものにしました。僕の個人的なフェヴァリットはタック&パティーのヴァージョンです。 タイトルの「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」は、「時がどんなに流れても」という意味です。曲の内容は、「時がどんなに流れても、もっとも基本的なことはなにも変わらない。キスはキス、ため息はため息、女は男を求め、男には女が必要。それは、どんなに時代が流れようとも、決して変わることがない真実・・・」と言った歌です。 何百というヴァージョンがありますが、最新ヴァージョンは、そう、ロッド・スチュワートです。先日書いた『グレイト・アメリカン・ソング・ブック ヴォリューム2』の中でこの曲が歌われていました。しかも、女性とデュエットで。 曲のイントロで映画のような演技をするこの声は誰? 新しいジャズシンガー? どこかのミュージカルスター? ディディー・ブリッジウォーターあたりか? いやいやいや、違いました。ほ~~~、へえ~~~。そうですかあ。驚きました。なんと一緒に歌っているのは,ラッパーのクイーン・ラティーファ。 最近はもっぱら映画での活躍が目立つラティーファですが、こんな曲をこんな風に歌うんですか。いい、いい。ロッドのしわがれ声と、ラティーファの落ち着いた歌声のコンビネーション。こんな組合せが可能なんですね。すばらしいサプライズです。 この曲が書かれて72年の時が流れているわけですが、72年たっても、この曲の魅力は色あせることはありません。世界は、いつでも「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」を大歓迎します。どんなに時が流れても。 “As Time Goes By”music and words by Herman Hupfeld [This day and age we’re living in Gives cause for apprehension With speed and new invention And things like fourth dimension. Yet we get a … Continue reading

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Synchronicity @ Shizuoka-Ya & Little Soul Cafe

はしご。 A社編集者T氏、音楽評論家T氏と下北沢のソウルおでん店「しずおか屋」http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030403-1.htmlにて会食することになった。ここは元エクセロというソウルバーだったところ。以前書いたが、音楽はそのままソウル、ブルーズを中心に小さな音で流している。 評論家T氏とは初対面。大阪出身のヴェテランの方で、名前は以前から存じ上げていた。話題が豊富で、この時は、東京の川を歩く、という話をされた。東京には正式には70いくつ川があるそうだ。10かそこらかと思っていたので、びっくり。目黒川の横なども歩かれたという。 さて、ずっとマスターがアナログ・ディスクをCDに焼いた作品をかけていたのだが、一息ついたところでなんとアル・グリーンの新譜からの曲がかかった。それが、な、な、なんと僕の今週のへヴィーローテーションでもある「ミリオン・トゥ・ワン」。(2003年12月12日付け=http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200312/diary20031212-1.html)ちょうど、これがかかったとき、「7曲目、7曲目ですよね! これ、これ! このアルバムからはこれでしょう!」と思わず立ち上がってしまった。 そして、しばしトータス松本氏が登場したテレビ番組の話に。マスターはたまたま見逃してしまった、という。僕が見たことをいくつか紹介する。 それからおでんにいきつつ、僕は僕で何枚か持ってきたCDから、マスターが好きそうなものをみつくろって、Rケリーの「イフ・アイ・クド・ターン・バック・ザ・ハンズ・オブ・タイム」をかけてもらおう、とそれを手渡した。「え~と、13曲目です」 すると、なんと、ちょうどその時、「いやあ、僕も今この曲かけようと思ったんですよ」というではないか。なんという奇遇というか偶然というか。これはサム・クックの影響の強い実にいい曲。その時、聴きたいと思う空気というのは伝染するのか。これもシンクロニシティー(同時性・共時性)だろうか。(笑) いろいろなソウルの名曲がかかるが、ふと懐かしい曲がかかる。パースゥエーダーズの74年作品「ベスト・シング・ザット・エヴァー・ハプン・トゥ・ミー」だ。元々グラディス・ナイト&ピップスのヒットとして知られるクラシック曲。いやあ、パースゥエーダーズのもいいですねえ、あいかわらず。これはCD化されてません。 この「しずおか屋」さんの壁には、これでもかこれでもかというほど、昔のコンサートのチケットやら、ポスターやら、レコードのジャケットなどが飾られている。例えば、1965年1月14日(木曜)、「リサイタル・ダンス・パーティー」がリキ・スポーツ・パレスで行われ、そのチケットがある。このリキ・スポーツ・パレスは、かつて渋谷にあったプロレス場なのだという。力道山がやっていたので、リキ・スポーツ。もちろん僕は行ったことはない。そこでリングを取り払って、若干のステージを作り、ライヴアーティストを招聘しダンス・パーティーのようなものをやり、そのチケットを売った、というわけだ。入場料は500円らしい。ただ小さく「500」と数字が書かれているだけ。で、演奏は誰か? なんと、ヴェンチャーズ! 他にもヴェンチャーズは同年7月にやってきて、この時のチケット価格は1000円。この頃から日本びいきだったのね。ファッツ・ドミノは74年2月18日で1500円。すごいのは、68年2月12日に行われたモータウン・レヴューとしての来日告知チラシ。今で言えばフライヤーか。(笑) スティーヴィー・ワンダー(もちろんこの時が初来日です)、マーサ&ヴァンデラス、ダイアナ・ロス&シュープリームス、テンプテーションズの写真がレイアウトされている。そのキャッチコピーがすごい。 「黒い旋風! 一行28名」 「一行」ってねえ。(笑) まあ、確かに一行様ですが。今のドームなんかでやるライヴだったら、「黒い旋風! 一行120名」とかになるのか。この時は、テンプテーションズが来日しなかったために、入場料を無料にした、という。この時のテンプスはデイヴィッド・ラッフィンがリードの頃。次のテンプスの来日時には既にデニス・エドワーズになっていたので、デイヴィッドを見る機会はここでしかなかった、ということになる。仮に来ればの話だが。 話は尽きないが、「しずおか屋」を後に、正面の「リトル・ソウル・カフェ」へ移動。こちらもあいかわらずとろけるようなスイートソウルが惜しげもなくかかる。まもなく、そこでアル・グリーンの「フル・オブ・ファイアー」が流れた。「アル・グリーンだ!」 この「フル・オブ・ファイアー」と、さっきの「ミリオン・トゥ・ワン」にはどこか通じるところがあった。僕の中では「ミリオン・トゥ・ワン」は、「フル・オブ・ファイアー」を少しテンポを遅くしたものというイメージがあった。マスターに尋ねた。「CDは、こちらはかけなかったんでしたっけ」 「えー、アナログだけで」 「アル・グリーンの新譜いいですよ」 「いいらしいですねえ」 新譜『アイ・キャント・ストップ』、アナログででるといいですね。 まもなくすると暗い店内にまた聴いたことがある曲が流れ始めた。パースゥエーダーズの「ベスト・シング・・・」だった。さっき、しずおか屋さんで聴いたばかりの同じ曲だ! ほんの2時間程度の間に違う店でこんな珍しい曲、しかも名曲を2度も聴けるとは。思わずソファからまた立ち上がってしまった。「ソウルバーで流れてる曲のリストが、2チャンネルかなんかのネットででまわってるんじゃないの?(笑)」 これもまたソウル・サーチンしていると遭遇するシンクロニシティーか。それほど、はまった夜だった。 ENT>SOULBARS>Shizuoka-ya, Little Soul Cafe

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Album Exclusively For His Inamoratas, Now For Everybody

共有。 そのCDショップの店内で流れている曲は知っていた。流麗なストリングス・アレンジ。おちついた雰囲気のヴォーカル。そして非常にしわがれているハスキーな声。聞いたことがあるかもしれないが、でも、ちょっと名前が浮かばない。 まあ、スタンダードだからどこかのジャズシンガーかもしれない。ちょっとソウルフルだが、おそらく白人だろう。今年はマイケル・マクドナルドのモータウンのカヴァー集がでたり、ブルーノートでBGMでかかっていたスティーヴ・タイレルというシンガーも知った。みな白人だ。スティーヴ・タイレルの「ジョージア・オン・マイ・マインド」など、ちょっと黒人かと思ってしまうほど。どこかルー・ロウルズを思わせる声をだす。スティーヴは歌は本職ではないのに、こんなに上手に歌ってしまうのかというほど、雰囲気のあるシンガーだった。 「ヴェリー・ソート・オブ・ユー」が流れる。ウォーキング・テンポの「ザ・ニアネス・オブ・ユー」がかかる。最近ではノラ・ジョーンズが歌っていて、改めてその曲の良さを再確認していた曲だ。ピアノのイントロに導かれて「フォー・オール・ウィ・ノウ」が歌われる。まるでサンデイ・アフタヌーンをゆったりとさせるかのような歌声。駒沢公園のカフェ・ニコでフレンチローストでも飲みながらそのバックに小さな音で流れるのがぴったりとくるような、そんな歌声と演奏だった。そのセクシーなしわがれ声の歌はまるで恋人たちへのサウンドトラックのようだ。 これが今年の新譜であろうと、10年前の旧譜であろうと関係がない。まあ、言ってみれば時代の流れとはまったく無縁の時間軸を持った作品だ。どこかのオーケストラや楽団で歌っていたシンガーなのだろうか。新進気鋭のジャズ・ヴォーカリストか。僕はどう転んでもこの魅力的なシンガーの名前がわからないだろうと、それを推測する努力をあきらめた。遂にカウンターに出向き店員に尋ねた。「今、かかっているのは、誰ですか?」 その答えに驚嘆した。「あ、これですか。ロッド・スチュワートです。去年のアルバムですよ。スタンダードばかり歌った作品で、この続編が最近でたんです」 アルバムのタイトルは『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』。2002年11月に発売されていたアルバムだった。声は知ってるはずだ。あまりに多くのヒットがある彼なのだから。しかし、まったく思い浮かばなかった。ライナーノーツによれば、ロッドはこうしたスタンダードばかりのアルバムを1983年頃から作りたかった、という。20年間暖め続けてきた作品だったのだ。そして、2003年、その続編も出た。 ロッドはもう何年もこうしたスタンダードをプライヴェートでは歌っていた、という。特に恋人のために。このソングブックは、恋人だけが独占的に聴いてきた作品を、広く多くの人に公開した作品ということになる。それまでロッドのこれらの作品を聴くためには、彼の恋人になるか、あるいは極めて親しくなるしか方法はなかった。すばらしき物は独占せずに、共有することが望ましく、そして、美しい。

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Quiet Storm to Smooth Jazz

静嵐。 昨日、ちょっと「クワイエット・ストーム」のことに触れましたが、このフォーマットがアメリカで急速に注目され始めたのは、86年頃のこと。その流れにのってスターになったのが、ホイットニー、アニタ・ベイカー、ルーサー・ヴァンドロス、あるいはケニーGなどでした。 「クワイエット・ストーム」はアメリカのラジオのフォーマットのひとつ。76年ワシントンDCのハワード大学の学生が始めたフォーマットでした。それは、当時大全盛だったディスコの対極として静かなソウル、R&Bと若干のスローなジャズをかけるといういかにも大人向けのもので、特に深夜の時間帯にもってこいのプログラムでした。 このフォーマットは徐々に都市部で人気となり、サンフランシスコのラジオやニューヨークのWBLSなどがこれをとりあげ、「クワイエット・ストーム」の番組を始めます。そして、それに火がついたのが86年頃。この人気に目をつけた各地のラジオ局はぞくぞくとこのフォーマットを真似、一時期は100局以上のラジオ局が「クワイエット・ストーム」を自局にとりいれるようになりました。 そして、90年代に入ると、今度は非ヒップホップであるR&Bの中でじっくり聞かせるR&Bに対して「スムースド・アウトR&B」といった言葉が冠せられるようになります。いかにも、例えば、アル・B・シュアとか、キース・スゥエットとか、キース・ワシントンなどなど。なめらかなソウル、R&Bということです。 こうした「クワイエット・ストーム」系のフォーマットが人気となると、今度はこれのジャズ、フュージョン・ヴァージョンが登場します。80年代中期にカリフォルニアに登場した「ウェイヴ」というフォーマットがそれにあたります。日本のJウェイブは、当初そのフォーマットを参考にして、大人向けの選曲をしていきました。かなり乱暴に言えば、「ウェイヴ」というのは、「クワイエット・ストーム」のジャズ版、白人版となるかもしれません。そして、それがさらに進化して「スムース・ジャズ」のフォーマットというわけです。 「スムース・ジャズ」という言葉がひんぱんに使われるようになったのは、90年代初期から。それまでのフュージョン、ジャズよりさらに洗練され、イージーリスニング的になったニュアンスが感じられます。スムースな、つまりなめらかなジャズということです。 「クワイエット・ストーム」は75年のスモーキー・ロビンソンのヒットから取っています。今でもWBLSでは夜10時から夜中の2時くらいまで毎日「クワイエット・ストーム」やっています。ニューヨークの夜10時は、日本では翌昼12時。朝、起きたててで「クワイエット・ストーム」などを聴くと、すっかりゆったりした気分になってしまいます。 ENT>RADIO>Quiet Storm, Smooth Jazz

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WBLS: Sunday Classic, 20 Years Of History

日曜。 ニューヨークのWBLS(107.5mhz)の『サンデイ・クラシック』は、毎週日曜日午前8時から午後4時までの8時間。50年代から90年代まで数々のソウル、R&Bヒッツのクラシックがかかります。そして、それだけではないんですね。このフォーマットにあう作品なら新譜でもかけるんです。例えば、今年だとリズ・ライトの新譜をかけていました。今もかかっています。あるいは、アル・グリーンの新譜などもかかるのでしょう。さっきは、アレサの新譜がかかっていました。 一言で言えば、ダンス、ソウルのクラシックをかけるが、非ヒップホップなら新譜もOKというようなニュアンスです。そうそう、ルーサーも新譜が出た頃かけてました。 この番組、なんと20年続いているそうです。今年で20周年だそうです。恐るべし。ハル・ジャクソンは、アメリカ・ブラック・ラジオ界の重鎮。そこに若手のクレイ・ベリーと女性アナウンサーが補佐します。 ニューヨークの友人がこれをエアチェックし、DVDに焼いてくれました。DVDに音声だけでいれると5時間半はいるんですね。すごい。今11月16日のオンエア分を聞きながら書いています。もう、いつ聴いてもWBLSは最高です。この『サンデイ・クラシック』も。これをかけていると、気分はマンハッタンになります。 前にも書きましたが、WBLSは今、インターネットで聴けます。http://www.wbls.com/ ここから一番右上にあるlistenという箱をクリックすると再生できます。 WBLSのもうひとつの売り物は『クワイエット・ストーム』。毎日夜10時から夜中の2時まで。ということは日本時間では朝11時から昼3時までですね。ソウル、R&Bのバラードと若干のスムース・ジャムが気持ちよくかかります。 ENT>RADIO>WBLS>Sunday Classic

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Christmas Song: This & That

クリスマスソング。 去年の12月21日付けの日記ではマイ・クリスマス・ソングトップ5なんていうのを書いていました。今年はなんでしょう。今、気に入ってるのはメイシー・グレイの「ウィンター・ワンダーランド」。よく売れてるオムニバス・アルバム『プレミア・クリスマス』に収録されています。 このメイシーの声がね、なんといっても、魅力的です。彼女がデビューした時には衝撃でした。それこそ、アル・グリーンもまっつぁおのメンフィス・サウンド風の音で登場したのですから。そして、あのしわがれ声。 で、本人はかなり図体が大きく、しかし、しゃべり方はものすごくユニーク。まるでアニメのキャラクターのようなしゃべり方をします。これがおもしろい。 DJマーヴィンはこのメイシーの声を聴いて、なんと「サッチモ」ことルイ・アームストロングを思い出した、といいます。たしかに、その通りですね。メイシー・グレイは女版ルイ・アームストロングでしょうか。うまい表現です。 その曲、ベイビーフェイスもやっています。これは、ジャジーなピアノもはいって、けっこうテンポもはやくアレンジしてます。 オージェイズもクリスマスソングを録音してます。「ハヴ・ユアセルフ・ア・メリー・リトル・クリスマス」。オージェイズが歌えば、そりゃあ、ソウルフルです。91年の彼らのクリスマス・アルバムに収録。 ダニー・ハザウェイの「ディス・クリスマス」ですと、アッシャー、ピーボ・ブライソン、ジェフリー・オズボーンなども歌っています。あ~~、きりがないですね。ジョーも、パティー・ラベルも、ステファニー・ミルズも、テンプスも、ウィスパーズ、ボビー・ウーマックも。 クリスマス時期になるとやたらと聴くのがナット・キング・コール。彼の「クリスマス・ソング」はもはや定盤(定番)ですね。自分のお気に入りのクリスマス・ソングだけを集めたテープかMD、あるいはCDでも作りますか。

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How To Enjoy Bluenote

感謝。 ブルーノートでの楽しみ方、ですか。特に別にそんな難しいことはありません。単純にシステムは、ファーストセットが夜7時スタート、セカンドが9時半スタート。だいたい1時間から長くて1時間半くらいのステージです。席は早いもの順。整理券が毎日午後3時からでしたっけ。配られるので、もし可能なら3時に一度行って番号(整理券)を獲得していくと、いい席につけるようになります。もちろん、入場の際に番号を呼ばれる時にその場にいないと飛ばされてしまいますが。 ファースト・セットを見た場合は、次のセットとの入れかえがありますので、大体8時半までに外にでなければなりません。なので、余韻を楽しむにはセカンドの方がお勧めです。セカンドは9時半から11時までやっても、その後12時過ぎくらいまでお店は開いていますので、ゆっくりできます。ただし電車の場合は、終電に間に合うように。 さて、6日間12回のステージをこなすアーティストにとって、いつのステージがいいか。それはアーティストにもよりますが、一般的には、土曜日のセカンドが一番盛り上がる、というのが言えるようです。アーティストもそれで最後ですから。また、別のブルーノート(福岡、大阪、名古屋)に行く場合でも、少なくとも日曜は休養日になっていますので、力をセーブすることなく、思い切りパフォームしてくれるはずです。 では、その次は、どこでしょうか。金曜のセカンドあたりでしょうか。これはお客さんがかなり盛り上がっています。翌日休みですしね。しかし、一方でその時に東京に来ているミュージシャンなどの飛び入りは曜日に関係なくはいってきます。それこそ、月曜だろうが、火曜だろうが。それは、まさに運次第。 また週の前半に見ておけば、それをものすごく気に入ったら、週末にもう一度見に来る、ということもできます。 ファーストは終ったら、比較的早めにでなければなりませんが、セカンドならゆっくりできます。特にセカンド終わりには気さくなミュージシャンたちは、客席のほうにでてきますから、気楽に話をしたり、ラッキーならサインをねだったりすることもできます。ですから、僕はセカンドをお勧めします。僕がブルーノートのライヴ記事の中でアーティストとの会話を載せる時は、そこで話したことを使うことが多いです。(もちろん、楽屋にお邪魔することもありますが) それともうひとつ、食事は済ませてくるほうがよいです。もちろんブルーノートで食事もできますが、食べながらですと、どうしても演奏を聞いたり見たりするのに集中できません。始まる前に食べきれるのでしたらかまいませんが。ですからブルーノートで食事をするのは、時間的にいってファーストでかなり前に入場した時、ということになります。食べながら見るのはお勧めしません。しいて言えば、フライドポテトあたりをつまむくらいなら許しましょうか。(笑) ここのフライドポテトは定番です。 それにしても、ブルーノートは現在僕が日本で一番好きなライヴハウスです。なにしろ、あの規模で空間に一本も余分な柱がない。あの作りが箱としてとにかくすばらしい。非常に見やすい。JZブラットや、渋谷のクアトロなんて、柱があるだけでいやになります。(笑) そして、なにより音がいい。あれほどの音を聞かせるところはなかなかありません。ミュージシャンのひとつひとつの息遣いがきちんとスピーカーを通して伝わってきます。 そして登場するアーティストがほとんど世界の一流どころというのがまたすごい。要は毎週相当高いレベルのメジャーリーグの試合を目の前で見ることができる、ということです。ここでのライヴに聴きなれて、それを当たり前のように思ってしまうと、たまに新人の日本人アーティストなどを聴いたときに、その差に愕然としたりすることがあります。そう、日本の高校野球か、草野球あたりを見た時に、逆にメジャーの試合を見られることに感謝の気持ちが湧いてくるのです。 基本的にはここに出てくるアーティストはまず間違いないところなので、自分の好きなアーティストをぜひ見つけてください。

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Sex & Soul: That’s What Joe Is

性魂。 Rケリーと並んで今もっともセクシーなシンガーと言えば、このジョーです。このところ頻繁に来日する彼のライヴを久々に見ました。前回見たのは新宿リキッドだったか。全体的な感想は、歌はうまいなあ、というもの。そして、もしテディー・ペンダグラスあたりが元気だったらこんな風に歌うのではないか、とふと思いました。そうですね、マーヴィンほどのセクシーさは感じないが、テディーペン的なそれは感じる。ちょっとセクシーさ、センシュアルな部分の種類が違うというか。雰囲気としては、テディペンとアイズレイ・ブラザースを足して2で割ったようなあたり。英語の意味や音楽を理解しているカップルだったら、当然その気になるでしょう。 前半はアップテンポの曲を中心に、後半はバラード中心というシンプルな構成。ドラムス、ギター、ベース、キーボード、コーラス2人にダンサー2人という布陣。バックの音はかなり大きく、迫力はあるが、若干ジョーの声を打消し気味。僕はもっとジョーの声をじっくり聴きたいので、このバンドの音の大きさはNGです。そのせいかジョー自身にあまり声量がないのではないかと感じてしまいました。 そういえば、前回見たリキッドルームでは全体的な音が小さく、けっこう地味だったことを思い出しました。ゴスペル出身のシンガーだと皆、張り上げて、迫力ある歌を聴かせるのが当たり前だと思い込んでいるのですが、そういう意味だと歌自体の迫力、パンチは感じない。その点で、ひょっとするとジョーはスタジオの人なのかもしれないとも思いました。とはいうものの、彼はステージでライヴをすることも大好きだそうです。 ちょうど5作目となる最新作『アンド・ゼン…』がリリースされたばかりで、このアルバムから「スイーター・ザン・シュガー」、「モア・アンド・モア」、「ライド・ウィズ・ユー」、「アンド・ゼン」などを披露。まだ僕自身がなじんでないせいか、ちょっと親しめなかったが、アンコール以降の3曲はさすがに圧巻でした。「アイ・ウォナ・ノウ」「オール・ザット・アイ・アム」、そして「ノーワン・エルス・カムズ・クロース」。特に1曲目と3曲目はかなりひっぱって歌い会場を盛り上げました。 60年代のマーヴィン・ゲイ、70年代のテディー・ペンダグラス、80年代のフレディー・ジャクソン、90年代のキース・スウェットなどにつづいて、2000年代はジョーにもぜひがんばって「セックス&ソウル」を伝道していって欲しいと思う。そう、2004年のテーマは「セックス&ソウル」です。(ロイCの1973年のアルバム『セックス&ソウル』は名盤でした) +++++ Set List show starts 20.55 01. Don’t Wanna Be A Player (from 2nd album “All That I Am”)02. Stutter (from 3rd album “My Name Is Joe”)03. Let’s Stay Home Tonight (from 4th album … Continue reading

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I Can’t Stop: Al Green’s New Album Has Beauty Of Unchanged Soul

美学。 アル・グリーンの最新作『アイ・キャント・ストップ』をじっくり聴いてます。全12曲、いやあ、いいですねえ。70年代とほとんど変わらないサウンド。 Everything Must Change(すべては変わり行くべき)という歌もありますが、ここにある心はEverything Must Not Change(すべては変わるべきではない)です。 70年代に、文字通り田舎の無名シンガーだったアル・グリーンを世界的スーパースターに育てあげたプロデューサー、ウィリー・ミッチェルが今回プロデュースをてがけています。彼らが手を組むのは85年の『ヒー・イズ・ザ・ライト』以来18年ぶりとのこと。まったく変わりませんね。 70年代にずっと使ってきたメンフィス、ロイヤル・スタジオでアル・グリーン専用のマイク・ナンバー・ナインでレコーディングされたアルバムです。CDのトップを飾るアルバム・タイトル曲「アイ・キャント・ストップ」もいいですが、通して聴いて一番気に入ったのは7曲目の「ミリオン・トゥ・ワン」。このイントロ、このテンポ、そして、この「ためにためた」歌いだし! もう涙がでるほどすばらしい!  こんなのも、2-3テイクで録音してしまうんでしょうか。あるいは、ミッチェル・プロデューサーは昔のように何十回と録音させるのかな。このほかに10曲目のアップテンポの「アイヴ・ビーン・シンキング・バウト・ユー」もかっこいい。 別に懐古趣味でいいというのではありません。今、このサウンドを聴くことが気持ちいいのです。やはり歌心を大事にした作品には暖かいソウルがたっぷりあります。Full Of Soulっていう感じ。そして、頑固に変わらないソウルの美学がここにあります。 ENT>MUSIC>ALBUM>Green, Al

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Joe Sample: Abstract Subtraction

引き算。 現存するピアニストの中で、おそらく個人的に世界一好きなピアニストと言ってもいいのがジョー・サンプルだ。その彼が2日間だけまったくのソロ・ライヴをやるという。ドラムもベースもギターもなし。ただピアノだけ。これまでもグループのライヴの中で一曲だけ完全にソロになったりすることもあったが、フルショウがソロというのは僕は初めての体験だから、期待した。そうとう期待は高まっていたと思う。 ピアニストのこうしたソロはピアニストにとって究極の姿ではないかと思った。そこにいる150人なら150人観客全員の目が、他の誰でもない、そのピアニストに注がれているのだ。役者の究極の夢が一人芝居をすることだ、ということをかつて聴いたことがある。その伝でいけば、ピアニストの究極の夢も完璧なピアノ・ソロなのだろう。1対150。その客席からもらうエネルギーたるや半端なものではないはずだ。少々体調が悪かろうが、その観客席からエネルギーをもらえばアドレナリンもでて元気にもなるというもの。ピアノの横には赤い布が被せられた小さな台が用意され、ミネラルウォーターがぽつんと置かれている。 今回のジョーのソロを見て聴いて感じたのは、彼のピアノは「引き算」のピアノだなあ、ということ。例えば、最近よく話題にする上原ひろみやミシェル・カミロあたりは、がんがんきて、足し算、足し算、ひょっとして掛け算くらいやってるんじゃないか、と思わせるほどだが、ジョーのはそれと対照的に、すべてを引いていく感じなのだ。がつんと行きそうなところを、すっと一歩引いて弾く。この繊細なタッチはなかなか他のピアニストでは味わえない。 「ソング・リヴズ・オン」から始まったライヴは、快調に進む。しかし、なぜか僕の心に到達しない。なぜなんだろう。不思議だ。ジョーのピアノにはいつもソウルがあるのに、今日はなかなかソウルが感じられないのだ。理由はわからない。ソロだからか。そんなことはあるまい。曲を弾きにいってる感じなのだ。その曲を弾くのに必死というか、余裕がないというか。こんなことを感じたのは初めてのこと。だが、聴いていて気持ちはいい。おそらく、彼の長年の技術でこれくらいのレベルのことはできるのだろう。 「スペルバウンド」、そして、18番の「メロディーズ・オブ・ラヴ」など、いくつも「来そうな」ポイントはあるはずなのに、そこにはせみの抜け殻のようなものを感じてしまう。ピアノの演奏は、もちろんいい。当たり前だ。世界一なんだから。ジョー・サンプルなんだから。だが、つまらない。何かが足りない。一言で言うと僕にコネクトしてこない。こんなはずはないのに。前方スクリーンにジョーの指が映し出されるのを見ながら、ずっとそのことをぼんやりと考えていた。 ジョーは一曲、一曲にちょっとした解説をつけてピアノを弾く。その解説が実に勉強になる。一々メモを取ってしまうのだが、どうしても聞き取れないところがでてくる。思ったのだが、これはジョーの場合、彼の話に通訳をつけたほうがいいのではないだろうか。その話をわかって曲を聴くと、その曲の魅力が倍増するからだ。 「もう一曲だけ弾こう。次の曲は大好きなピアニスト、ファッツ・ウォーラーがやっていた曲だ。彼はとても才能がある人物だった。この曲自体は、ファッツが書いた曲ではないが、彼のヴァージョンが大好きなんだ。『イッツ・ア・シン・トゥ・テル・ア・ライ』!」 彼のアルバム『ソング・リヴズ・オン』ではレイラ・ハザウェイが歌っていた作品だ。一旦ステージを降りた後、アンコールで「ミスティー」を弾いた。ステージで立ち上がった時、ジョーのシャツの肩あたりがかなり濡れていた。あんなに汗をかいていたのか。 僕はコネクトしなかった理由が知りたかった。しばらくして楽屋に会いに行った。「何度かお会いしています。どうですか調子は(how’s everything?)」と尋ねた。「おお、ブルーノートで会ったかな。いや、かなりきついスケジュールなんだよ。昨日来て、今日明日やって、金曜にはバンコックに行く。今日は何曜日かわからないほどだよ。日曜日にはシカゴにいたのかな。(笑)」 彼の話し方、声の出方で、ジョーが相当疲れているような気がした。 ピアニストにとってステージに臨むときのベストコンディションというのはどういうものかを訊いてみたかった。今日がひょっとしてベストコンディションではないのかな、と思ったからだ。「ああ、それは、ピアノだよ。世界中にはほんとにひどいピアノを置いてあるところもあるからね。いいピアノがあれば、いい演奏ができる。僕が好きなスタインウェイのピアノはドイツ製なんだが、12万ドル(約1300万円)もする。ここ(モーションブルー)のスタッフは、ピアノの鍵盤のところを抜き出して、弾いていない時はこっち(楽屋)に持ってきて、加湿器で湿り気を与えてるんだ。すばらしいよ」 「あの~、つまり体調のことなんです。つまり、例えばあなたが時差ぼけとかあると、うまく弾けないとか。ピアニストとしてのベストコンディションというのはどういう時なんでしょう」 (ちょっと英語の質問がうまくなかったのだが。いい直して改めて訊いてみた) 「ああ、そうねえ、でもミュージシャンというのは、どんなに疲れていてもステージに上がってしまえば、そんなことは忘れてプレイするからね。この前の福岡の時だったか、最後のステージの前なんかみんなくたくたで、楽屋ではほとんど誰も何もしゃべらず居眠りしているような感じだったんだが、ひとたびステージに上がると、全員元気になってプレイする。ミュージシャンなんてそんなもんだよ」 「日本の指圧はいいねえ。テキサスにはないんだ。大阪のヒルトンの横にいる指圧師はいいな。それと名古屋にひとり、ものすごくいいのがいる。(笑) もちろん、ある程度うまい人はいるが、彼女は非常にすばらしい。今夜、ホテルに指圧師は来てくれるかなあ」 「1時くらいまでは大丈夫じゃないでしょうか」 一回ステージをこなすと、肩のあたりから、背中までパンパンに張るという。 この日はファーストとセカンド、ダブリは一曲だけだという。セットリストを見せてもらったら、確かにそうだった。「メロディーズ・オブ・ラヴ」だけは両方やったらしい。セカンドセットは、アンコールを含めて13曲。 しばらく話して、やはりジョーのこの日のコンディションはベストではなかったのだろうと思った。言葉が一瞬途切れたり、語り口調がクルセイダーズで来た時のMCと比べ、あまりはっきりせずにちょっとわかりにくかった。つまり、疲れているのだ。ボディ&ソウルのうち、ボディーが疲れていてはいいソウルも生まれない。だから蝉の抜け殻だったのかもしれない。だが、表面上は技術と職人技で一見まったくそんな風には見せないのだ。そこがプロフェッショナルたる所以だろう。 ジョー・サンプル、64歳。まだまだがんばってもらわなくては困る。一度倒れているのだから、あまり無理をせずにゆっくり休んで、マイペースで仕事をしてほしい。ちょっと心配だ。コネクトしなかった理由がなんとなくわかった。彼もまた生涯一現役ピアニストだ。 そして、彼のピアノは引くピアノ。I love you, Joe! Set Listshow starts 21.31 1. The Song Lives On2. One On One3. Carolina Shout4. I’ve Got Rhythm5. I’ve Got It Bad … Continue reading

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Take 6 Junkie: World’s Number One Groups’ Number One Fan

麻薬。 一度ライヴを見終わった瞬間、また見たいと思う。そういうライヴはそれほど多くはない。まあ、たいがいは、さあ終った、何食べに行こう、とかそんな風に思ってしまうもの。もちろん、それなりに満足が行くライヴでも。ところが、この6人組たちのライヴは、どうしても終った瞬間、また見たいとつくづく感じてしまう。なぜなんだろう。 今回で来日は13回目。初来日89年11月だからもう14年も前のことになる。初来日からまあ、来日ごとに最低1回は行ってるだろうから、僕も少なくとも13回くらいは彼らを見ていることになる。初めて見たのは、おそらく89年5月のロスでと記憶するが、それはおいといて。しかしねえ、同じアーティストのライヴ、200回見てる人がいるかあ??? いたんですよ。(笑) 今年8月に続いて中3ヶ月ではやくも日本登場。「イフ・ウィ・エヴァー」から始まったショウ、2曲目の「ウエイド・イン・ザ・ウォーター」が終わると、今日誕生日のルリコさんを舞台にあげ、彼女のために「ハッピー・バースデイ」を歌った。そしてクロードがマイクをもちながら言った。「今日は、もうひとつ祝わなければならないことがあるんだ。じつは、今度はミチコのために。なんと、今日のテイク6のコンサートは、彼女にとって200回目のコンサートになるんだ! ハッピー200回! ミチコ、あがって」  こうして舞台に挙げられたのはテイク6の世界的大ファン松浦美智子さん。僕も個人的にいろいろお世話になっているが(何でお世話になってるんだろ=笑)、彼女は自らhttp://www.take6.net/ というテイク6のホームページを運営している。このページは一部が英語で書かれているために世界中のテイク6が立ち寄る有名サイトだ。もちろんメンバーとも親交深く、このサイトはメンバーたちも覗く。彼女は来日のたびに東京は全公演、つまりブルーノート6日x2=12回見る。その他、仕事の都合が許せば週末など地方にも顔をだす。それだけではない、韓国、ニューヨーク、ヨーロッパ、テイク6行くところ、ミチコあり、というほど世界をまたにかけたファンなのだ。そんな彼女が95年に初めてライヴを見て以来、指折り数えて今日のファーストが200回目となったという。もちろん、世界一テイク6のライヴを見ている人物である。テイク6のCDにもスペシャル・サンクスでmichikoとクレジットされている。 メンバー全員がミチコを囲み、「ハッピー・バースデイ」の歌詞をもじり「ハッピー・トゥハンドレッド・・・」と歌った。いやあ、まいった。200回。すごい。なかなかできることではない。十数回なんて足元にも及ばない。 およそ5分ほどこの日のスペシャルがあったところで、トランペットなどの管楽器をすべて口でやる作品(CDでは「オール・ブルーズ」のタイトル)に。ますます磨きがかかってるなあ。オン・トランペット、ジョーイ・キブル! ベース、アルヴィン・チーア! オン・トロンボーン、クロード・マクナイト! あたかもそこにマイルス・デイヴィスでもでてきそうなジャジーな雰囲気。腕をあげている。いや、喉をあげている、というべきか。 12月ということもあって、クリスマス・メドレーが歌われる。いずれの曲も、テイク6のコンセプトと完璧にマッチしていて、ブルーノートの空間の隅々までがテイク6の色に彩られる。ジョーイ、デイヴィッド、マークと移って行く「エイメン」、セドリックが教会の牧師さながらに観客とコール&レスポンスを見せる「オー・カム・オール・ヤ・フェイスフル(神の御子は今宵しも)」。徐々に気分はクリスマス、というよりも、むしろ、気分は神神(こうごう)しくなっていく。不純な気持ちは持ってはいけない、神聖な気持ちや純粋な気持ちを持たなければいけない、というようなことを思わせられる。 これだけのハーモニーを作り上げながら、彼らは絶対音感がない。いわゆる相対音感だけでこれほどのものを成し遂げる。曲の始まりで、一瞬クロードがハーモニカを吹くシーンがある。ほんの一瞬だ。それで音を取って、歌い始める。あの一瞬で取るのだから、まあ、プロだから当たり前なのかもしれないが、やはりたいしたもの。 クロードの弟ブライアン・マクナイトが書いた作品「ウィ・ドント・ハヴ・トゥ・クライ」もなかなかいい感じ。そして、前作『ビューティフル・ワールド』に収録されていたビル・ウィザースの「グランドマズ・ハンド(おばあちゃんの手)」。リードがアルヴィンからジョーイへ移るが、ジョーイとデイヴィッドがギターを聞かせる。たまたま僕は昨日、ビル・ウィザースが71年頃にこの曲を歌う映像を見ていたので、かなり感慨深かった。(この映像については、後日詳細します) この曲がけっこう激しかったので、MCのセドリックは息をあげながら、「ちょっと次の曲はスローダウンしようか」と言う。ところが始まったのはアップテンポの「ソー・マッチ・トゥ・セイ」。曲のブレイク中のアルヴィンのベースとジョーイのパーカッションのバトルが最大の見ものだ。それにからむマークのドラムスもおもしろい。ブレイクから曲のコーラスに戻るところなど、背筋がぞくぞくするほどのスリルだ。 ライヴが終ると、ミチコが近くにやってきた。「ハッピー200! すごいねえ。誰が数えたの?」 「自分で数えた」 「ブルーノートは、一日2回で数えるんだ?」 「そうそう(笑)」 大体一回のブルーノートツアーで20回くらい見る、という。 「89年が一回目?」 「いや、その頃知らなかったもん。95年11月が初めてですよ」 「えええっ??? じゃあ、たったの8年で? すごい」 アンコールも含め80分。去年と比べると彼らの楽器演奏が減って、よくなった。密度が濃くなっている。ハーモニーもよりタイトになった感がする。ちなみに今回からミキシング・エンジニアがドイツからやってきた人物になったそうで、彼らのハーモニーが一体化して、しかもよくクリアに聞こえるようなサウンドになっている、という。もちろんこれはミチコ情報。 世界一のコーラスグループの世界一のファン。それにしても、テイク6のライヴは、一度見るとまた見たくなる。なんでだろう。やっぱり、人間の声だけだからか。レス・イズ・モアだからかもしれない。しかしこの中毒性は困ったものだ。麻薬に溺れる者に理由はないのだ。そして、彼女はその中毒にかかった世界に誇るテイク6ジャンキー。(これは誉め言葉です、念のため) セットリスト 2003年12月9日 ファースト 1. IF WE EVER2. WADE IN THE WATERX. HAPPY BIRTHDAYX. HAPPY 2003. ALL BLUES4. ~CHRISTMAS MEDLEY~  WE WISH YOU A MERRY CHRISTMAS  AMEN !  … Continue reading

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Otis Redding Story: Book Was Published

伝記。 明日12月10日はソウルファンにとって何の日かといいますと、ご存知オーティス・レディングの命日であります。翌12月11日はサム・クックの命日。12月8日はジョン・レノンの命日。この週は、ほんとに忙しい。(って、なにが忙しいんだか・・・) ずいぶん前にタワーに行ったときにオーティスの伝記がでていたので買ってきましたが、いつの間にこんな本が作られていたのだろう、って驚きました。スコット・フリーマンという人が書いた『ザ・オーティス・レディング・ストーリー』(セント・マーティンズ・グリフィン刊)。全米では2002年9月にリリースされています。 本文約240ページ。生まれてから死ぬまでの短い人生を様々な人への取材を元に書いています。これを書いたフリーマン氏は、これまでにオールマン・ブラザース・バンドの伝記も書いている人です。南部の音楽に詳しいようです。ひとつこんなエピソードを読みました。一番最後ですが。 事故後ほんの2-3日で、ウィリアム・ベルたちはオフィースで「この痛みを和らげるために何かしなければならない」と考え、オーティスの妻ズレマのために、オーティスへのトリビュート・ソングを書きました。それは、元々シングルリリースする予定ではなかったそうです。ウィリアム・ベルは、まったくリリースを考えていませんでした。ところが、その曲を聴いたズレマは、ウィリアムにシングルをリリースするよう提案します。しかし、彼は「自分が友人の死をネタに金儲けをした」と思われるのを嫌い、拒絶します。それでも熱心な勧めにウィリアムも折れ、シングルのB面なら出してもいいということになり、シングルのB面としてその曲はリリースされました。それが「ア・トリビュート・トゥ・キング」という曲です。しかし、ラジオDJはみなこのB面の曲をかけ始め、結局68年4月からヒットし、ソウル・チャートで16位を記録するヒットに成りました。 本当はしっかり全部読んでから日記に書こうかと思ったのですが、いつまでたっても読めないので(失笑)、簡単にこの命日にからめて紹介することにしました。 ENT>BOOKS>REVIEW>Redding, Otis

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Marlena Shaw: Storyteller Tells Her Own Story

ストーリーテラー。 マリーナ・ショウのアルバム『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』(75年)の1曲目「ストリート・トーキング・ウーマン」には男女の会話が収録されています。なんでまたそんなことをしたのでしょうか。気さくでフレンドリーなマリーナさんが説明してくれました。「私は、ストーリーテラー(物語を語る人)だから」 なるほど。その通りです。「70年代の初期だったか、私はサミー・デイヴィス・ジュニアのオープニングアクトをやっていた。それで、初めて日本に来たんだけどね。それで、私のショウを見たプロデューサーみたいな人が、『彼女には好きにやらせるほうがいい』というようなことを言ってくれたのね。歌うということは、表現すること、演技することと一緒だから。例えば、シンガーによっては、ここでどういう話をして、次の曲は何で、どこをどう歩きみたいなことをきちっと決めてやるシンガーもいるけど、私は違う。その時の雰囲気でやりたい。で、自由にやらせてもらえるようになった。ちょうどあの頃、ああいうラップのようなモノローグが流行っていて、私もやってみようっていうことになったの。あれは私が実際に考えて、やったの」 あの映画のような演技もいいが、アルバム『スイート・ビギニングス』に収録されている「ゴー・アウェイ・リトル・ボーイ」でのオープニング・ナレーションもぞくぞくします。仕事を辞めてしまった男に愛想をつかす女性。その彼女が彼に言う一言は、「ゴー・アウェイ・リトル・ボーイ(もう、出て行ってよ、ボーイ)」 まさにストーリーテラーの面目躍如です。 そういうナレーションで思い出すのが、シャーリー・ブラウンの75年の大ヒット「ウーマン・トゥ・ウーマン」やミリー・ジャクソンの一連のヒットなどです。「そういえば、70年代初期って、ミリー・ジャクソンなんかも、あなたのようなナレーションをいれてましたよね」と話を向けると、マリーナさん、「彼女とは、(私は)ちょっと違うわ」。そう、ミリーのほうがもっとダーティー(卑猥)だからですね。「私には子供たちに聞かせたくないある種の言葉があるわ。そういうのは、自分ではやらないわね(笑)」 良識とクラース(品格)があるマリーナさんです。 そういうナレーションを曲の中にいれるスタイルは最近はあまり聞かれませんでしたが、なんと、あのアリシア・キーズが新曲「ユー・ドント・ノウ・マイ・ネーム」でそうしたナレーションをいれています。アリシアが「70年代にはそういうモノローグが入った曲がよくあった」という時、その中に間違いなくこのマリーナの作品などは入っていることでしょう。アリシアの途中のナレーションを聞いて、マリーナの曲やナレーションを思い浮かべる人は少なくありません。 日本には数え切れないほどやってきています。でも、日本語は? 「ぜんぜ~~ん、わからない。(笑) 日本語をあなたたちがしゃべってると、とてもおもしろい。私にはリズミックに聞こえる! ヴァイブを感じるわ。タラララララ~~。(笑) 」 日本の人は大好きだけど、日本食はだめ、というマリーナさん。「でも、ジャパニーズ・ケンタッキー・フライド・チキンはOKよ!(笑)」  ニューアルバム『ルッキン・フォー・ラヴ』のトップを飾るのは「ホープ・イン・ア・ホープレス・ワールド」。ポール・ヤングも93年に録音している作品ですが、マリーナはその存在を知りませんでした。「ソングライターから直接、この曲をもらったの。新曲だと思ったわ。ポール・ヤング? あ、そう。知らなかった。この曲はメッセージが今にぴったりだと思ったから。本当に今の時代って希望がないでしょう。だからこの曲は前向きなメッセージが気に入ったの」 この曲でも、彼女は充分物語を語っています。 アナログアルバムを4枚ほど持っていったのでサインをねだったら、4枚すべてにサインをしてくれました。やった。 +++++ ライヴは今後、12月8日(月)・六本木スイートベイジル、12日(金)赤坂Bフラットなど。他地方もあります。 ENT>MUSIC>INTERVIEW>Shaw, Marlena

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Mike # 9: That’s Al Green Used To Use

9番。 トータス松本さんと井筒監督のアメリカ南部の旅をつづった番組『井筒監督&トータス松本 歌った!踊った!泣いた!アメリカ南部★ブルースな旅』を見ました。(2003年12月6日・テレビ朝日で放送)  いやあ、音楽ファンにはたまらない内容ですねえ。特にブルースマン、ロバート・ジョンソンが「魂を売ったクロスロード(十字路)」って、本当にあそこに特定されてるんですか。知りませんでした。すごいなあ。それは、松本さんじゃなくても、感激するねえ。 それからロイヤル・スタジオでウィリー・ミッチェルと対面するシーン。なんだか日テレの『バラ珍』みたいな強引な演出でしたが、まあ、あれも素材がいいだけに許しましょう。(笑) ウィリー・ミッチェルの声の吹き替えした人、上手でした。雰囲気でてました。 アル・グリーンの新作をウィリー・ミッチェルがやっているというのを知った松本さんが驚いているのは、まあ、なんという奇遇ということなんでしょう。どこでもすぐにギター片手に歌ってしまう松本さんはなかなかいい感じで、好感度アップです。 しかし、彼がアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」を初めて知ったのが、タランティーノの映画『パルプ・フィクション』だったという告白には、相当衝撃受けました。94年ですよ、94年。まだたったの9年前。その映画の中で流れてきた「レッツ・ステイ・トゥゲザー」に瞬時に心を奪われた、という。それはそれでものすごくすばらしい感性なのですが、それまでに接点がなかったというのが驚きです。 最後にアル・グリーンがロイヤル・スタジオにやってきたのもよかったなあ。それと、ずっとアル・グリーンが使っていたというマイク「ナンバー・ナイン」が出されたのにはノックアウトさせられた。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200309/diary20030924.html 30年前のマイクなんでしょうね。そりゃあ、歌いたくなりますよね。「レッツ・ステイ・トゥゲザー」。そうそう、ウルフルズっていうのはソウルフルから取ったという話は前にどこかででてましたっけ。 ENT>TV>REVIEW>Tortoise Matsumoto

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46th Grammy Nominations Dominated By R&B, Hip-Hop Acts

候補。 第46回グラミー賞のノミネートがNARASから発表された。今年は全31分野(フィールド)、105部門(カテゴリー)でそれぞれに該当するアーティスト、作品などがノミネートされている。グラミー賞は、今年度からスケジュールが前年までより一月ほどくりあげられ、ノミネート発表、授賞式ともに例年よりはやくなっている。これはアカデミー賞の発表が3月に前倒しになった影響を受けてのもの。グラミー賞は2004年2月8日、ロスアンジェルスのステイプル・センターで発表される。中継はCBSが担当。 今年のグラミー賞の最大の特色は、R&B、ヒップ・ホップ系のアーティストが多数ノミネートされている点。これまでもそれぞれの専門分野でのノミネートはあったが、一般分野におけるこれほどの浸透ぶりは初めてのもの。今年の最多ノミネートは6部門で、ビヨンセ、ジェイZ、アウトキャスト、ネプチューンズのファレル・ウィリアムスとすべてR&B、ヒップホップ系。この他5部門ノミネートが,ミッシー・エリオット、エミネム、エヴァネセンス、50(フィフティー)セント、ネプチューンのチャド・ヒューゴ、リッキー・スキャッグス、ジャスティン・ティンバーレイク、ルーサー・ヴァンドロス、故ウォーレン・ジヴォンらとやはりR&B、ヒップホップ系が圧倒的な強さを見せている。 主なカテゴリーのノミネートは次の通り。また、恒例グラミー予想は、近日中に発表します。完全なリストはhttp://www.grammy.com/awards/grammy/46noms.aspx に。 The 46th Grammy Nominations List Category 1 Record Of The Year (Award to the Artist and to the Producer(s), Recording Engineer(s) and/or Mixer(s), if other than the artist.) Crazy In Love Beyonce Featuring Jay-Z Rich Harrison … Continue reading

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Marlena Shaw: What A Wonderful Her World

自由自在。 アナログがどこかにあったはずなのに手元にない。レコードの整理がずさんな僕の場合そんなことはよくあること。CDで買い直そうと、夕方渋谷のタワーに行った。Mのところで探したのはマリーナ・ショウの名盤『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』(75年)だ。CD1枚だけを買うつもりだったのに、余計なものを買い、タワーの袋はかなりの重さに。だからCDショップに行くのは気がひける。日曜の『ソウルブレンズ』にマリーナ・ショウがゲストでやってくるので、一足先にライヴを見るために赤坂の「Bフラット」へ。 ちょうど1年前(2002年)の今ごろ同じ「Bフラット」でマリーナを見た。さらにその前の2002年6月の「Bフラット」におけるライヴの模様は、『ライヴ・イン・トウキョウ』となって高音質のCDになっている。そして、2003年11月にリリースされた新作『ルッキン・フォー・ラヴ』も今年6月来日時に時間を割いて東京で録音されたものだ。これも音がいい。 今回のライヴは、その『ルッキン・フォー…』を録音したジェフ・チェンバース(ベース)、レニー・ロビンソン(ドラムス)、そしてデイヴィッド・ヘイゼルティーン(ピアノ)のトリオがそのまま参加、実に息のあったところを見せる。このトリオはなかなか聞きもの。特にデイヴィッドのピアノは僕の好きなタイプだ。横顔が映画『ファビュラス・ベイカー・ボーイズ』でピアニストを演じたジェフ・ブリッジスを思わせた。「おはよう、おはよう・・・」と言って始まったライヴはファーストセットとセカンドセットでダブリ曲なしという密度の濃さ。 3曲ほど歌ってマリーナは話し始めた。「今日はニュー・アルバムを初めてお披露目します。新作は『ルッキン・フォー・ラヴ』。それ、それ、すでにお持ちなのね。(と言って一番前のお客さんが持っているCDを指差す) じゃあ、歌詞、もうご存知でしょう。(忘れたら)私に教えてね。(笑)」 それまでアコースティック・ピアノを弾いていたデイヴが向きをローズ(エレクトリック・キーボード)のほうに変えた。そしてアルバム1曲目の「ホープ・イン・ア・ホープレス・ワールド」が始まった。イギリスのポール・ヤングや、ジャムバンド系のワイドスプレッド・パニックなどが録音している佳曲だ。じっくり歌詞を読むと「ホワッツ・ゴーイング・オン」などに通じるメッセージがある作品だ。いい感じ。 サッチモの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」やビリー・ジョエルの「ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド」、ミュージカル『バブリング・ブラウン・シュガー』の挿入歌としても知られる「スイート・ジョージア・ブラウン」など有名なスタンダードがマリーナ節で次々と歌われる。彼女の場合特に低音の声が魅力的。あの低い声はなかなか類をみない。もちろん、その声は上に行くのも、下に行くのも自由自在。声帯使いのプロだ。しかも曲調も様々なタイプを実にそつなくこなす。声で彼女の世界を作る。What A Wonderful Her World! 今年のパフォーマンスは、去年見た時よりも、声に張りと艶(つや)があってよく通ってるように感じた。ライヴが終った後、少しだけ話した。「あなたの声はとても強力ですね。どのように維持されてるのですか」 すると彼女は「子供が5人もいて、いつも叫んでるからねえ。ははは」とジョークたっぷりに答えた。気のいいビッグママという感じのマリーナ・ショウ。彼女はステージでも笑いを取ることを忘れない。「ではお孫さんは?」「7人いるわ。それも、み~~んな女の子なのよ。だから買い物しっぱなしよ(笑) もうすぐクリスマスだから、何かあげなきゃね」 「じゃあ、何かプレゼントを買うんですね」 「いやあ、最近はみんな物じゃなくて、現金や、あれ、なんだっけ、デパートなんかで使える・・・、ああ、商品券。そういうのを欲しがるのよねえ(笑) 私は、メイシーズで買い物するけど、彼女たちは高級店に行くのよ(笑)」 本当に気取りのないフレンドリーな人だ。だからサインや写真をねだるファンがいれば、誰にでもつきあう。 帰り際、車の中でJウエイヴの『ソウル・トレイン』を聞いていたら、男女のモノローグが流れてきた。映画のようなやりとり。都会のバーでの会話だ。男「どんな仕事をしているの?」 女「社会サーヴィスみたいなものね」 男「何か奢らせてもらえないかな」 女「シャンペーンを持ってきて」 男「今日はね、僕にとってお祝いの日なんだ」 女「へえー、どんな」 男「9回目の結婚記念日なんだ」 女「サム(ウエイター)、(シャンパーンを大きな)マグナムにして!」 マグナムにして、といったところが実にちゃっかりしていて笑える。会話に思わず聞き入ってしまった。そのモノローグはマリーナ・ショウの『フー・イズ・ディス・ビッチ・エニウェイ』の1曲目「ストリート・トーキング・ウーマン」の冒頭部分だった。夕方にCDを買い直したばかりの作品だった。 (2003年12月04日(木)赤坂Bフラット=マリーナ・ショウ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Shaw, Marlena

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Roots Live At Bluenote

ルーツ。 キーボード、ギター2人、ベース、ドラム、パーカッション、そして、MC。ステージ上にいたのは7人。これに後半、ジャグワー・ライトが加わる。ブルーノートで行われたルーツのライヴ。 ジャグワー・ライトは、かっこいい。ソウル・シスター・ナンバー・ワンと紹介されて登場。その迫力ある歌声は、ちょっとどこかジェームス・ブラウン・ファミリーのリン・コリンズを思わせました。あの迫力は、ダイナマイトボディーゆえか。(笑) それからもうひとり、マーティン・ルーサーというギタリストの歌が、けっこうお上手です。インターネットだけで自分のCDを出しているとか。なにより、今回感心したのは、クエスト・ラヴ(アミール・トンプソン)のドラムが意外としっかりしていて、非常によかったことです。 それにしても以前、ヴェルファーレや、お台場で見たときはパフォーマンスの時間が長かったんですが、この日は約1時間18分ほど。短くてよかった。(笑) たしか、「ノー・サンプリング、ノー・スクラッチ」で売り出したルーツ。なにか彼らのライヴを見ていると、メンバーがちょくちょく変わり、しかし核となるクエスト・ラヴなどは変わらずといったやり方が、ジョージ・クリントン&Pファンクあたりを思わせます。 ルーツというグループ名がいいですね。なんといっても、自分たちの先祖や、昔のソウル、ブラックミュージックへのリスペクト感がいいです。それに、生音感もね。リアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャンです。 (2003年12月03日(水)東京ブルーノート=ルーツ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Roots

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アル・グリーン出演の番組のお知らせ(速報)

お知らせ アル・グリーンの最新アルバムが12月3日に日本発売されますが、今週土曜日(12月6日)午後1時25分から3時25分まで『井筒監督&トータス松本 歌った!踊った!泣いた!アメリカ南部★ブルースな旅』という番組でアル・グリーン、ウィリー・ミッチェルらがフィーチャーされます。 ぜひごらんください。

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Very “Slippery When Wet” At Tokyo Dome: t.A.T.u. Is Another Hype Star

ハイプ。 6時半から開演だと聞いていて、ずいぶん早いなあとは思ったが、なんと前座のDJがあったのね。それが約50分。ざっと見渡すと、アリーナのみで、2階席、3階席には客がいない。あんなにガラガラなドームを見たのは初めてでした。アリーナだけだったら、1万人くらいかな、というのが僕の目算でしたが、2日付けのスポーツ紙などを見ると観客2万人という発表。本当ですか。5万人弱入るところへ1万しかいなければ、それはすきすき、ガラガラ感たっぷりでしょう。(笑)  ネットではチケットが250円で売られていたりといった話題もでましたが、でもまあ、考えてみれば、1万人でも来るってことは、武道館だったら、ひょっとしたらプラチナチケットになっていたかもしれません。(笑) 典型的なハイプ(虚像)のスターです。 さて、7時22分。タトゥーの2人登場。すぐに熱烈キス。彼女たちが登場するや、持ち上がる携帯、携帯、携帯の洪水。なかには、デジカメでフラッシュたいて写真とってる人もいる! もう、入口でのカメラチェックなんて、意味ないですねえ。(笑) 時代は確実に変化してます。それだけじゃなく、動画とってる人もいましたよ。(笑) まあ、もちろん画像はねえ、テレビほどじゃないでしょうけど。まあ、飲み屋あたりで、「ほらほら、タトゥー行ったんだよ」的には使えますね。音楽としてもその程度のもんですが。(笑) (この日はカメラOKだったんですか? すいません、よくわかりませんが) セットリストを見ると13曲となっていますが、13曲目はただリミックスとだけ書かれていて、さらに大ヒットした「ノット・ゴーン・ゲット・アス」が10曲目、12曲目に入っているいたので実質は11曲かな。しかし、演奏も歌も実際にその場でやってるのか、わからないパフォーマンスが、テンポよく続きます。一曲が意外と短い。4分くらいで進むのかな。指折り計算したら、13曲あっても1時間にならないんじゃないか、なんて途中で心配したりして。 そしたら、案の定、ほぼ50分で彼女たちは退場しました。たぶん、「30ミニッツ」というスローの曲は、実際に歌っていたと思います。これは、実際、下手だったし。(笑) 歌っていたのが確認できたのは、これくらいかな。あと、掛け声は本物でしょう。ステージから長く続く花道は、よかったです。あれは、使えます。 要は西麻布あたりでやるクラブ・イヴェントみたいなものを東京ドームなんていうところでやってしまった、ということなんでしょうね。だから、寒かった。クラブ・イヴェントだったら、超もりあがるんじゃないでしょうか。あ、そうそう、大きなスクリーンに映し出されたちょっとエッチな映像はおもしろかった。そうねえ、タトゥの二人に何か言いたいことあるかって? 上原ひろみさんの爪の垢でも煎じて飲みなさい、と。(笑)  今回のライヴ(?)、イヴェントで学んだこと。1、カメラチェック意味なし。2、ドームに雨の日に行く時は、本当に外の床が滑りやすいので、滑らない靴を履いていくべし。ほんと、中にはいるまで、転ばないように足の筋肉使ったあ。 ハイプとは、「詐欺, 誇大広告」「(麻薬を注射して)興奮させる, 刺激する 」「だます, 誇大宣伝する 」といった意味です。パブリック・エナミーの大ヒットに「ドント・ビリーヴ・ハイプ」という曲がありますね。それと、「スリッパリー・ホエン・ウエット」は,道路標識の言葉。雨の時、スリップ注意、というあれの英語版です。コモドアーズの大ヒット曲でもあります。ワンポイント英語レッスンでした。(タトゥのネタで日記、こんな長く書くつもりなかったのに。(笑)) (2003年12月01日(月)東京ドーム・タトゥ=t.A.T.u=ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>t.A.T.u PS えっ? 二日目はいっぱいだったんですか? 1日目のガラガラの東京ドームがテレビなんかで報道されて、ひやかし客がたくさん、きたとか。笑える。 参考リンク 日刊スポーツの記事 http://www.nikkansports.com/ns/entertainment/p-et-tp0-031202-0002.html スポニチの記事http://www.sponichi.co.jp/entertainment/kiji/2003/12/02/02.html

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Master Of 88: Genius Or Mediator? Hiromi Uehara Connect (Part 2)

コネクト。 6曲目の「ダンサンド・パライーゾ」を終えて、万雷の拍手を受けた上原は一旦ステージを降り楽屋に戻ろうと僕の横を通った。その時、「ひろみさん!」とちょうど目の前に座っていた人が声をかけた。すると、その人たちを見た上原は「わ~~」と歓喜の声を上げた。 一息おいて再びステージに戻った上原はマイクを握ってしゃべり始めた。「私がこうやってピアノを弾いていられるのは、最初に出会ったピアノの先生がいたからです。今すごく驚いているのですが、彼女がここにいらっしゃって・・・。心から音楽を伝えることを教えてくれたひきた先生にこの曲を捧げます」 そして、彼女が弾いたアンコール曲は「ジョイ」。 上原ひろみのピアノの先生が目の前に座っていたのだ。これは話を訊かないわけにはいかない。正確には僕の斜め前に座っていたので、ソウルメイトUと席を代わってもらい、もうひとりのソウルメイトNとともに先生の真後ろに移動した。「あの~~、ちょっとお話をおうかがいしたいんですが・・・」と若干の前ふりをして、「一体、上原ひろみさんはどのような生徒さんだったのですか。他のお子さんと何か違いとかありましたか」 先生は突然の質問に面食らった様子だったが、口を開いてくれた。「いやあ、ちょっと変わっていました。それから絶対にあきらめない、というか頑固というか。自分が好きなことはとことんやる、という感じ。そのかわり、嫌いなことは一切やらないんです」 ひきた先生は上原が6歳のときからピアノを教え始めた。頑固さを示すこんなエピソードを話してくれた。「ピアノの曲でちょっと難しいブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』という曲があるんですが、それが弾きたい、と言うんですね。でも、それはあなたにはまだちょっと難しいから、そこに行く前にこの曲が弾けるようにならないとだめよ、と言うと翌週にはその曲を弾けるようになってるんですよ。そして、これでどう、といわんばかりに『貴婦人・・・』を教えて、となるわけです」 ひきた先生は個人でクラシックピアノを教える先生だったが、プライヴェートではジャズも好きだった。そこで上原にクラシックだけではなくいろいろジャズを聴かせるようになると、すっかり彼女もジャズに傾注していった、という。6歳でオスカー・ピーターソンがお気に入りだったというから恐れ入る。「とにかくやりたい、と思うと頑固でしたね。そして、なにより、他の生徒と違って個性的でした」 しばらくして上原がやってきて、レコード会社の人が紹介してくれ、立ち話をした。「あなたは自分を天才だと思いますか」と聞くと、「さあ、わからないです」。「では、才能はあると思いますか」 「はい」ときっぱり。「では、いつ頃、自分に才能があると感じましたか」 「6歳の頃です」 「!!!!」  ソウルメイトNとの会話の中で、上原は6歳の時、生まれて初めてのピアノ発表会の日、ステージに向かう時「自分の家に戻ってきたような感じがした」と言ったという。 彼女は6歳の時に、自分に才能があると認識し、自らの人生の道を見出し、しかもその道をしっかりと進むべき道と確信したのだ。6歳で、これは、天才というより早熟の極みではないだろうか。そして、こんな幸せな人生はないだろう。 上原はピアノを弾くとき満面の笑みを見せる。僕は尋ねた。「あの満面の笑みはどこからでるのですか。笑顔の練習でもするんですか(笑)」 「いや、別に。(笑) (ピアノを弾いていると)楽しいから」 「じゃあ、一日のうち寝てる時と食事をしている以外の16時間、ピアノを弾いていてもオーケー?」 「ぜんぜん、オッケーです」と顔色ひとつ変えず彼女は言う。 「挫折したことは?」 「ないです」 「曲はどうやって作りますか?」 「曲はすぐできます。いくらでもあります」 確かに、彼女はできなければできるまでやる。だから、できないことはない。従って、それは挫折に値しない。極めて明快だ。そうかあ、できなければできるまでやればいいのか。っていったって、なかなか現実にはそうもいかない・・・。でも、それは彼女が正しい。 「ライヴをしている時は何を考えていますか、あるいはどんな感じなんでしょう?」 「トランス状態かな」 「では、弾いている時、神は降りてきている感じはありますか?」 「はい、あります」 「それは、いつも?」 「毎回です」 「毎回、降りてくるの?」 「観客の前で弾いてれば、降りてきます」 「では、練習の時は?」 「練習の時は、ちょっと違います・・・」 「好きなピアニストは?」 ちょっと困った顔をして「いっぱいいすぎて・・・」 「では好きなベース奏者は?」 「アンソニー・ジャクソン(笑)」 「好きなドラマーは?」 「マーティン・ヴァリホラ(笑)」(この日のドラマーのこと) 「共演したい相手は、例えば、黒人、白人、あるいは日本人など特に問わないのですか」 「えー、関係ないですね。コネクトすれば(OKです)」 「!!!! コネクトすれば!!!!」(僕)  すばらしい! (コネクトするとは、つながることができれば、とか、フィーリングがあえば、とか、ミュージシャンシップが通じあえば、といったニュアンスです) 僕はこの「コネクトすれば」という一言にものすごく感銘を受けた。(ちなみに『ソウル・ブレンズ』のキャッチは、「R&Bコネクト」です) 多くの子供たちにとって、例えばピアノのレッスンは親や先生から言われたりする「やらなければならないもの」だっただろう。だが、彼女にとって、それは「やりたいもの」だったのだ。だから、やることは何の苦でもなかった。そして、やれないものは、やれるまでやるのが彼女の信条だった。やれるものをやってきて、彼女は今のこの位置に立つ。ほんの数分の立ち話だったが、彼女の意思の強さとガッツを強烈に感じた。そして、何かものすごく強いオーラから元気をもらったような気がした。「自分も何かをやらなければ」という気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。 「だから彼女には、(これまでのところ)ソウル・サーチンがないというか、必要がないのね」とNが言った。僕は答えた。「いや、今のところないけれど、何年かのうちに彼女がソウル・サーチンをすれば、さらにもう一周りもふた周りも大きな存在になると思うな。それが見てみたいな」 上原はライヴを見せる時、神とコネクトしている。神とコネクトできるピアニストなんて、そうそういない。ピアノの近くから漂う白い光は、神とコネクトして起こった化学反応の産物だ。彼女は天才? あるいは彼女は神の媒介者なのかもしれない。ということは、僕は神の使者と話をしたんだ。いいなあ、コネクトできて。うらやましい。 Setlist show starts 21.46 1. Summer Rain2. Another Mind3. Kung Fu World Champion (new song, will be on next album)4. If (with Honma Masato)5. XYZ … Continue reading

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Master Of 88: Sky’s The Limit For Hiromi Uehara (Part 1)

歓喜。 満面の笑み。首を左右に、上下に振り、時にピアノの椅子から立ち上がり、動き、踊る。なぜあそこまで解放できるのか。何かが乗り移り、指先だけでなく彼女の肉体すべてが媒介となる。この一月ほどちょっとばかりマイ・ブームな驚異のピアニスト、上原ひろみのライヴをやっと見ることができた。27日、28日は既に満員で入れず、追加の30日の分に行った。(11月6日付け日記参照) このテンション、この躍動感、このスピード感。恐るべき24歳。やはり、天才か。細かい点ではいくつか思うところはあるが、全体的には非常に楽しめたライヴだった。ベースはもう一人の匠、アンソニー・ジャクソン、ドラムスは若手のマーティン・ヴァリホラ。約82分のライヴを終えてまず思ったのが、彼女のソロだけで見てみたい、ということだった。 この日のライヴは、ひとりの天才とひとりの超一流の職人とひとりの発展途上新人のトリオだった。もちろん、アンソニーのベースは最高だ。しかし、上原くらいのレベルになると、トリオでやる必然性があるのかとさえ思ってしまう。トリオはトリオで楽しめるのだが、ソロで見たい。飾り気のないネイキッドな上原ひろみを見たい。そう強く感じた。それは、深町純のソロ・ピアノ演奏が、他のミュージシャンとのコラボレーションよりも圧倒的にすばらしいという点でも証明されている。一般論として、かなりレベルの高いミュージシャンになると、普通のミュージシャンとコラボレートするとどうしても全体的に凡庸(ぼんよう)になってしまう危険性がつきまとうのだ。(この日の上原はもちろん凡庸ではなかった。アンソニーも超一流だ) 今回のベースはアンソニー・ジャクソン。となると、平凡な聴き手としては、やはりドラムに黒人のドラマーを従えて見てみたいとも思う。例えば、誰かといえば、デニス・チェンバースとか、ソニー・エモリー、ハーヴィー・メイソンあたりはどうだろう。しかし、上原はコラボレートするのが誰であろうと、すでに自分のリズムを持っている。独特のグルーヴ感を持っている。そして独特の色をもっている。この弾け感。シャンパーンのようなバブリングな感触。そして、彼女のすべての感情がピアノ自体に伝わり、ピアノから観客に到達する。その時、文字通りピアノ自体が彼女の肉体の一部になっていた。She’s became a part of piano, or she is a piano. 上原のパフォーマンスを見ていて感じたこと,沸いた疑問のいくつか。彼女は、ステージに上るときにあがったり、緊張したり、ナーヴァスになったりすることがあるのだろうか。そのパフォーマンスからは彼女があがることなど到底想像できない。ステージから観客席の方に向かって見せる満面の笑み。その時、彼女は何を見ているのだろうか。何かを感じているのか。エネルギーを吸収しているのか。あるいは何かを発散しているのか。 6曲目の「ダンサンド・パライーゾ」でおもしろいことが起こった。ドラムソロになったときだ。思い切りドラムを叩いていたマーティンのスティックが力余ってアンソニー・ジャクソンの所に飛んで行ってしまったのだ。そのスティックがアンソニーのベースに一瞬当たって床に落ちた。アンソニーがしかめっ面をする。(彼はだいたいいつもしかめっ面ではあるが・・・) それはあたかも「若いの、オレのベースに向かってなんてことをするんだ」とたしなめるかのようだった。ちょうど手があいていた上原がスティックを拾いマーティンに手渡した。それを受け取った彼は、アンソニーに向かって、「ごめんなさい」というジェスチャーをした。客席からはちょっとした笑いが漏れた。以後、ドラム・ソロは萎縮した。(笑) 平静に戻るまでに若干の時間が必要だった。そして、アンソニーは指で自分のベースに大丈夫かと尋ねるように愛撫したのだ。スティックがぶつかったときのアンソニーの表情と、愛撫するときのアンソニーの表情がなんとも言えなかった。 88の鍵盤から発せられる音は、歓喜、狂喜、興奮、神聖にあふれる。ピアノの近くから煙がでる如く白い光が漂うかのよう。しかも煌めく光は、白だけでなく、赤、紫、青など様々な彩りを見せる。鍵盤の数は88に限られている。が、彼女のプレイの可能性は無限大だ。彼女は24歳にして88のマスター、達人。なぜ彼女はこんなピアノが弾けるのか。 ライヴ後幸運なことに彼女と、さらに彼女のピアノの先生と少しだけだが、話すことができた。その話は、また明日に続く。いくつかの謎へのヒントが明らかになる。 ++++++++++++++++++++++++++ 【関連リンク】 ソウルサーチン日記・上原ひろみ 2003年11月6日付け http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200311/diary20031106.html ソウルサーチン日記・アーマッド・ジャマル http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031029.html http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200310/diary20031030.html 上原ひろみオフィシャル・ホームページ http://www.yamaha-mf.or.jp/art/official/hiromiuehara/http://www.hiromimusic.com/index.htmhttp://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/hiromi/ 毎日新聞掲載の記事。 http://www.mainichi.co.jp/life/music/cia/2003/0609.html ボストンからの夜行バスの物語。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030423.html (2003年11月30日(日)ジェイジー・ブラット=JZ Brat=上原ひろみ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Hiromi, Uehara

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