Monthly Archives: November 2003

Album Between Elbert & Errison

クロスロード。 僕のレコード棚は、基本的にグループ、男性ソロ、女性ソロに分けて、それぞれアーティストの苗字(ファミリー・ネーム)のABC順で並べてあります。男性シンガー、ソロアーティストのダニー・エルバートとキング・エリソンの間に一人のソウル・シンガーのレコードがはいっています。「EL」と「ER」の間です。EM EN EO EP EQ などがきますね。個人名でEO EQなんてありませんね。それは1982年2月21日にRCAレコード(当時)から発売されたアルバムでした。タイトルは『ミッドナイト・ランナー』。 覚えてますよ。このアルバム。ものすごいソウルフルなアルバム。ウィルソン・ピケットみたいなジャケット。20年以上ぶりにひっぱりだしたアナログ・アルバムの中にはレコード会社が作ったチラシとともに、初回プレスだけだったか、17センチシングルが3枚収録されていました。これは、プロモーション盤だけだったのかな。いかにもソウルのシングル盤みたいなデザインのおしゃれな、いい感じの7インチです。そうだ、あった、あった。ライナー、桜井ユタカ氏。 RCAからのキャッチフレーズは「スーパーソウル・シャウター」。B面一曲目の「スイート・リトル・ラナ」は、ミディアム調の南部風ファンキーソウル。これ、よく聴きました。 さて、アルバム『ミッドナイト・ランナー』を歌っているのは円道一成さんという和製ソウル・シンガーです。今でこそ、J-ソウルなどと言われることがありますが、円道一成さんはまさに日本のソウルシンガーの第一期のシンガーです。円道(えんどう)なので、ENのあたりにあるわけです。久保田利伸さんなどよりも、さらに前の世代ですね。上田正樹さんらの少し後くらいになります。でも実際に会ったり、ライヴを見たりしたことはありませんでした。 なんで彼の話題を出したかというと、なんと昨日の深町純さん定例ピアノ会で、円道一成さんがゲストで登場し、一曲歌っていったのです。いやあ、驚いたなあ。最初、深町さんが「僕の友人のエンドー君。エンドー・イッセイ君・・・」と言って紹介したときにはちょっとわからなかったですが、すぐに思い出しました。彼は「一瞬だけ頭を使わなくていい音楽をやります」と言って、「いえ~~~」と声を張り上げました。 深町さんのゴスペル調のピアノに、まささんというパーカッション奏者の演奏にのせて、それをなんと30秒も続けたのです。永遠に続くかと思った。イントロでがっちり観客全員のソウルをわしづかみ状態。拍手喝采。そして一言。「死ぬかと思った」で爆笑をとる。あの少ししわがれた声は、昔とまったく変わりません。曲は「スタンダ・バイ・ミー」。まいった。それにしてもよく声がでている。 高校時代夢中になっていたラグビーの練習中に骨折。その入院していた病院でラジオから流れてきたオーティス・レディングに感銘を受けて、ソウルシンガーになったのが、円道一成さんです。80年CBSソニーからデビュー後、82年RCAから第2弾アルバムをだしました。それが『ミッドナイト・ランナー』でした。ソニーからの作品は残念ながら持っていませんでした。(彼の作品、アルファから出たのかと思っていたのですが、RCAだったんですね。ちょっと勘違い) 約9分の「スタンド・バイ・ミー」の堂々とした熱唱は、途中観客とのコール&レスポンスを含め、静かなアートカフェの観客を立たせ、躍らせ、歌わせ、そして、深町さんを再び嫉妬させた。(笑)  アートカフェ、ソウルカフェに転じた瞬間でした。深町さん、熱気の中で終了した後、こう言い放った。「これは、刺身のつまですからね」(爆笑) まあ、でも、この「スタンド・バイ・ミー」のバックの深町さんは、リチャード・ティーみたいにファンキーでいつもとまったく違うのりで、かっこよかったですよ。(←フォロー) ライヴが終った後、ちょっと円道さんと話をした。「アルバム、持ってますよ。今はどのようなご活動を?」と聞くと、いろいろライヴ活動を中心に、作品も自らインディで発表しているとのこと。ホームページに詳細がでている、という。その間もひっきりなしに握手を求める人たちが。 http://www.team-ize.com/item.htm なるほど。いろいろCMなどもやられているんですね。 レコードが出たときには会う機会がなかったのに、20年以上もたってから、まったく予期せぬところで出会うんですねえ。しかも、深町さんのライヴでねえ。これだから、やめられないですね。(笑) 彼が歌い続けてきたことを知らなかったですからね。フルライヴ、見に行きましょう。 円道さんは20年以上ソウルを歌い続けてこの日アートカフェにやってきた。そして、僕は20年以上ソウルを聴き続けてこの日アートカフェにやってきた。アートカフェは、クロスロードです。 そして、エルバートとエリソンの間にひっそり眠っていたエンドーのアルバムが20年ぶりに僕のターンテーブルに乗った。 (2003年11月29日(土)恵比寿アートカフェ=深町純ライヴ、円道一成ゲスト) ENT>MUSIC>LIVE>Jun, Fukamachi, Issei, Endoh

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Soul Searcher’s Nature: Scramble To Midnite Hour

性。 夜うちにいたら、ブリオのソウルバーのページを担当している高畠さんから電話があり、うちの近くにある行きつけのミッドナイトアワーhttp://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/diary20030712.htmlに撮影に来ているので、いらっしゃいませんか、とのお誘い。そういう誘いだと、とるものもとりあえず、速攻スクランブルしてしまうsoul searcher。何か、どこかにソウルは落ちていないかと探し求めに街に出てしまうのが、soul searcherの悲しい性(さが)。 ものの10分ほどで到着すると、すでにカウンターには何人かお客さんがいて、撮影の準備中。次号ブリオ(12月24日発売)で、このミッドナイトアワーが紹介されます。フォトグラファーの影田さんがカップルのポラロイドを撮影した後、本番撮影になるとき、マスター「じゃあ、音楽変えますから、本番用に」と言ってかかった曲が、な、な、なんとRCサクセション! 「彼ら、これが大好きなんですよ」 次のお客さんの時の本番撮影の時のBGMは、ステイプル・シンガーズだった。実は僕も写真、とられてしまいました。(笑) 撮影もわきあいあいと終了し、その後、再び高畠さんと「ソウル・バー談義」。「ソウル談義」は、まあ、あちこちでよくあると思うのですが、「ソウル・バー談義」はかなりマニアック。(笑) 高畠さん、今度の月曜日、富士市にあるソウルバーへ取材に行くという。12月1日ですね。で、ミッドナイト・アワーも含めて24日発売の号の分です。「おお、かなりせっぱつまってますね! ということはストックとかまったくなしですか」 「え~~、まあ、取って出しって感じですかねえ(笑)」 「取って出しかあ(笑)」 ブリオのソウルバー紹介のページ、来年の4月号で丸5年になるそうです。99年にスタートしたんですね。J-Waveのラジオ番組『ソウル・トレイン』と同じ時期に始まった。すでに全国で100軒以上を紹介したことになります。同氏によると、そのうち10軒くらいが、すでに閉店しているそうです。比較的「老舗(しにせ)」と呼ばれるところは、長く続いていて、新しい店の中には苦しくて閉店してしまう店があるとのことです。 せっかくミッドナイト・アワーに行くので手ぶらで行くのもなんなんでと思い、それこそそこらへんに置いてあったアナログを何枚か取って出してきました。デイヴィッド・T・ウォーカーの「ホワッツ・ゴーイング・オン」が入っているアルバム、カール・グレイヴスのアルバム、オーティス・クレイの『ライヴ・イン・ジャパン』(ビクターからでた2枚組)などです。みんなかけてもらいました。自宅で聴くのとちょっと違うんですよねえ。 ソウルバーで、自分のお気に入り曲をかけてもらうがために、レコードやらCDを持ち込むというのもsoul searcherの性か。あ~~~。 ENT>SOULBARS>MIDNITE HOUR

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First Soul Searchin’ Talking Session: Thanks For Joing Us

感謝。 おつかれさまでした。いやあ、楽しんでいただけたでしょうか。『ソウル・サーチン・トーキング・イヴェント』にいらっしゃっていただいたかた、ありがとうございます。僕たちの前のイヴェントが押していたせいか、スタートがかなり遅れてしまい、席などがなかったりかなり混乱してしまい申し訳ありませんでした。当初は1時間の予定で、延びて1時間半くらいかなというメドをたてていたのですが、実際は1時間45分くらいやっていたんでしょうか。 何話したんでしょうね。(笑) 内田さんは、「ずいぶん押さえた、しゃべるの」というし、僕は僕で、「話がまとまらなかったなあ」、島田さんは「吉岡さん、しゃべりすぎよ~~」という感じでしたが。 簡単におさらいを。 オープニング: サー・デューク テーマ1 初めて聴いたスティーヴィー 内田選曲 「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」(アルバム『トーキング・ブック』から)島田選曲 「トゥ・ハイ」(アルバム『インナーヴィジョンズ』より)吉岡選曲 「ユー・アンド・アイ」(アルバム『トーキング・ブック』より) テーマ2 特別思い入れのあるアルバム 内田選曲 「ルッキング・フォー・アナザー・ピュア・ラヴ」(アルバム『トーキング・ブック』より)島田選曲 「サマーソフト」(アルバム『キー・オブ・ライフ』)吉岡選曲 「リボン・イン・ザ・スカイ」(アルバム『オリジナル・ミュージックエリアム』 テーマ3 スティーヴィーのカヴァーソング 内田選曲 「イフ・アイ・ドント・ラヴ・ユー」(G.Cキャメロン)島田選曲 「センド・ワン・ユア・ラヴ」(ブライアン・マクナイト)吉岡選曲 「ラヴズ・イン・ニード・オブ・ラヴ・トゥデイ」(テイク6) 特に目新しい選曲(GCキャメロンは珍しいですが!)でもなかったですが、あれもこれもとしっちゃかめっちゃかになったような気もしますが、まあ、そこそこしゃべりました。ふ~~。ご来場されたかた、感謝です。昨日はいらっしゃれなかったかた、次回の機会にでも。

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Songs In The Key Of Keys’ Life: Alicia Keys Has New Album

昇華。 アリシア・キーズが12月3日待望の第二作アルバムをリリースします。タイトルは、『ザ・ダイアリー・オブ・アリシア・キーズ』。「アリシア・キーズの日記」ということですね。2001年9月にリリースされたデビュー作は、瞬く間に大ヒット。アリシアは翌年2002年春のグラミー賞の話題を独占しました。 なんと言っても、しっかりした歌唱、楽曲、20歳という若さと美貌という文字通り才色兼備なシンガー・ソングライターだったことから大ブレイクしたわけです。 僕がアリシアのCDを聞いて驚いたのは、なんと言ってもほとんど全曲自作していたことです。もちろん、曲によって共作者もいましたが。しかも、シングルヒットした「フォーリン」は、ジェームス・ブラウンの曲でもサンプリングしたかとも思えるほどの重厚な70年代風ソウルのマナーを自分のものに消化、昇華していました。 2002年5月の初来日も、衝撃でした。CDがこれだけ売れた彼女のライヴ・アーティストとしての力は未知数でしたが、これも強烈でした。ふと、アレサやグラディスのような70年代のレディー・ソウルたちが降臨しているかのようでした。基礎のあるソウル・シンガーは、いつの時代に登場しても同じだな、という基本的なことを確認したものでした。 さて、新作も相変わらず、マイペースのいい出来です。話題としては、トニ・トニ・トニをフィーチャーしたり、NAS&ラキームなどをゲストに迎えたりとR&Bとヒップホップの要素を巧みにミックスしています。しかし、なんと言っても彼女の堂々とした歌いっぷりが聴かれる作品が圧倒的に輝きます。 6曲目の「イフ・アイ・エイント・ガット・ユー」や7曲目の「ダイアリー」(フィーチャリング・トニ・トニ・トニ)などの聴かせる歌は独壇場でしょう。そして、4曲目でかつてのグラディス・ナイト&ピップスの大ヒット「イフ・アイ・ワー・ユア・ウーマン」をカヴァーしています。グラディスのヴァージョンはかなりしっとりとしたアレンジですが、アリシアのヴァージョンは最近の打ち込み風の音でまとめています。こういう曲聴くと、本当に70年代のソウルのエッセンスを感じてしまいます。 過去の先達の遺産を完璧に自分の体内で消化し、自らの血液の中に栄養として取り入れ、それを新たな作品として昇華できる稀有な才能をもった人ですね。アリシアは。これでまだ22歳なんて。アリシア・キーズ、1981年1月25日生まれ。昭和56年生まれはトリ年です。

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If Stevie Would Be On “Team Of Red & White Performance Battle”

紅白。 スティーヴィーの紅白、ということがBBSに書かれていたので、ふと思いつきました。しばらく前からスティーヴィーが年末に日本にいるので、NHKが紅白への出場を要請しているというニュースが芸能誌などにでています。なるほど。スティーヴィー紅白出演、となれば、これはいいですよねえ。ニュース、ニュース。 確かに30日とか31日とか、別にどこかでライヴがあるわけではないので、スケジュール的には可能かもしれません。しかし、様々な交渉が行われ、最終的にスティーヴィー出演ということが決まるとなると、今度は担当者は死ぬほど大変な思いをすることになります。(笑) 一体どんなことが起こるか、簡単にシミュレーションしてみましょう。題して『スティーヴィーが紅白にやってくる日』。 まず、スティーヴィーはリハーサルをやるのか。やるとしたら、いつどこで? 紅白のリハは相当綿密にタイムスケジュールが決められており、何時何分から何分まで、どこそこで、誰々が、どのバンドとリハ、とかなってるわけです。それこそ何十というアーティストがでるわけですから、そりゃあ、仕切るの大変です。基本は「時間厳守」。(笑) しかし、それがスティーヴィーにできるか。(笑) じゃあ、仮にリハはいつもの自分のバンドでやるからしなくてもいい、ということにしましょう。では本番。本当に時間どおり、前もってNHKに来るのか。何時間か前に入れるか。パターンとしては、予定通り、時間どおりにリハもやり、本番も出番よりも何十分も前にNHK入りして準備万端になっていることが一番の理想形です。 次が少し遅れる場合。仮に出番を9時としましょう。8時までに来てくれれば、なんとかなります。しかし、8時50分だったら、どうする。出番を他の出演者とチェンジし、9時半にしてもらうか。始まっても、ぜんぜん来なくて、NHKに10時40分に来たらどうする。11時15分にでてもらうか。それとも、トリをやってもらうか。(笑) ありとあらゆるシミュレーションをしなければなりません。 それからひとたびステージに上がって、もし盛り上がった場合どうなる。当初の予定は5-6分の出演だったとして、実際演奏は15分続いたらどうする? CMいれるわけにはいかない。誰も止められなくなったら? もし後半の出番で最後の時間調整さえできなくなったら? トリのシンガーが歌えなくなったら? 僕は別にスティーヴィーが15分歌おうが、30分歌おうが嬉しいですけどね。 なんて考えていたら、プロデューサーは胃がいくつあってもたりないですね。(笑) かように、スティーヴィーのライヴは、大変なんですよ。グラミー賞にだって、堂々と遅刻するわけだし。でも、ちゃんと出演すれば、完璧にステージはこなしてくれますけどね。 スティーヴィーは、レコーディングの人として知られているようですが、実際はものすごくライヴもうまいライヴの人でもあるんですね。レコーディングも凝って完璧、ライヴもスポンテニアスに出来て、完璧。なかなかこういう両方が文句なくできるアーティストって少ないんですね。プリンスやマイケルも、両方できます。 もし、万一、スティーヴィーが紅白に出演することになったら、その前日くらいから、31日終了まで、詳細ドキュメントをぜひ読みたいもんです。相当しっちゃかめっちゃかになって、みんな胃がきりきりしてることと思います。(笑) ま、最後は拍手喝采で終るでしょうが。トリの北島三郎(?)あたりの歌がぶっとんだりしたら、前代未聞だろうなあ。 (紅白の訳”Team Of Red & White Performance Battle”は、思いつきの訳です。なにかびたっとくる訳語があれば教えてください)

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Soul Searchin’ Talking Session Will Be Held On Thursday

謎。 木曜日のスティーヴィーのイヴェントのために、このところちょっとスティーヴィー・モードになっています。4年4ヶ月ぶりの来日ということになりますが、今回の来日が14回目となります。そして、72年の『ミュージック・オブ・マイ・マインド(心の詩)』から現在までちょうどオリジナル・アルバム14枚出してるんですね。 本来は今回の来日は95年に発売された『カンヴァセーション・ピース』以来8年ぶりのスタジオ録音による新譜の発売と関連してのワールドツアーの一環という位置付けだったらしいのですが、例によってスティーヴィーのことなので、アルバムの発表が遅れ、結局ツアーだけスタートということになったわけです。 だから、逆にいうと、アルバムが完成しないので、ツアーを延期だ、なんてこともなくはない・・・。それは、ないと信じて(笑)、『心の詩』(72年)から14枚でて、次のアルバムは15枚目になるんですね。ただその間、直近はご存知の通り『ライヴ・アルバム』、また、『オリジナル・ミュージックエイリアム』はベスト・プラス4曲新曲だったので、実質新作としては13枚目になります。またその中に映画サントラが3枚あるので、スタジオフルアルバムは、9枚、次が10枚目ということになりますね。30年で10枚か・・・。どうなんですか。これ、多いのか少ないのか。(笑) スティーヴィーの不思議っていっぱいありますねえ。本当に目が見えないのか。ハーモニカはなんで上手なのか。楽器がうまいが、ギターだけはやらないようだが、なぜ。ストック曲は一体何曲あるのか? スティーヴィーのターニングポイントは? いつから自作曲を歌い始めたのか。ダニーハザウェイとスティーヴィーの関係。スティーヴィーの女性関係は? スティーヴィーの知りたいこと、トリヴィア、できるだけ調べて行きましょう。(笑) 11月27日(木曜)ブレイブバー。午後10時から約1時間です。(きっと、延びてしまうんでしょうねえ) なにか、知りたいこと、こんなことを話して欲しいなどということがありましたら、BBSなどに書き込んでください。できるだけ対応したいと思います。 木曜日、エイスワンダーの謎を解き明かします。 トーキングセッション詳細 http://www.soulsearchin.com/event/soul20031109.html 会場ブレイブバー http://www006.upp.so-net.ne.jp/kova/BBAR/bravebar.htm

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Eric Clapton’s Soul Searchin’

人間発見. 日経新聞が11月21日付けまで夕刊の「人間発見」コラムでエリック・クラプトンをとり あげていた。5日間で、一回の文字量が1500字弱。トータルでも7500字弱(200字で37 枚くらい)と短いがなかなか読み応えがあった。 いかにエリックが黒人のブルーズに傾注し、その深みを求めて旅をしているかがわか る。そして、自分自身が決してその黒人ブルーズが持つ深みの境地には達することが できないことを知っているところがすばらしい。白人が黒人音楽を真似るとき、どう しても、自分のほうが人気がでてしまい、えらぶることが多いが、エリックの姿勢は 謙虚で非常に好感がもてた。 彼のストーリーもまさにソウル・サーチンの物語だ。女性問題、麻薬問題、そして、子 どもの事故死。アップス&ダウンズの連続は、ジェットコースターの人生である。 マディー・ウォーターズ(ブルースの巨人のひとり)が彼に言った「ブルースを死なせ てはだめだ。そのためにはお前が必要だ」という言葉が励みだという。 ひとつ記事中で「アメリカ人はそれ(ブルーズ)に感謝しなかった」という表現があ る。英語はおそらくappreciateだと思うが、この場合、感謝というよりも、評価しな かった、というほうがしっくりくる。 第一回にでてきたエリックの言葉、「人生で音楽より重要なもの、それが家族だと知 りました。今困難な状況に陥っても、昔のようにギターに助けを求める必要はありま せん。妻や子供たちの下に帰ればいいんですから」には、ちょっと感動した。 日経を購読されている方もそうでない方も、ぜひご一読をお勧めします。ネットで読 めるかと思ったのですが、どうも読めないようですね。

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Rice ‘n’ Ribs: Soul Bar In Kichijouji Area

リラックス。 この前の日曜日、「ソウル・サーチン」でテイク6のお話をしたわけです。で、その後、カニ先生の友人が吉祥寺方面にお住まいということで、成り行きでそちら方面へ行くことになった。うむ、そこで、はたとおもいついた。吉祥寺にソウルバーがあるというのを聴いていたので、せっかくだから寄ることにする。しかし、店名も場所もわからないので、ブラウンのDJケイコにメールすると、すぐに「ライス&リブス」という店で、「なんとか八幡の前」だと返信がきた。吉祥寺に住むその人が「なんとか八幡」がわかるというので、そこに行くと、すぐ一発でわかった。目の前です。ラッキー。 階段を数段下りて入る。外からも比較的入りやすい店。ソウルバーとは謳っていない。しかし、中に入ると8人くらいは座れる大きな丸テーブル、6人がけのテーブルとやはり4人くらい座れるカウンターがあるバーだった。中くらいの音でアル・グリーン、OVライトなどハイ・レーベル関係のレコードがかかっていた。 丸テーブルのあたりにカップルが。そこにあったあのJB人形をいじって、音を出している。そう、「アイ・フィール・グッド」だ。R&Bアーティストのライヴのポスターや、ジャケットなどが飾ってあり、中にはいると確かにソウルバー的雰囲気がある。 吉祥寺の駅からは若干あるか。徒歩7ー8分。五日市街道からちょっとだけ横に入ったところにある。ふだんはレコードかCDをかけている。 「あの~マスターですか? ブラウンのケイコちゃんから聞いてやってきました」というと、「ヨシオカさんですか・・・」と返ってきた。おや、なんで? 先に電話でもまわっていたか。(笑) 昔からどこかで顔を見て知っていた、という。う~む、びっくり。何で知らない人が、僕のことを知ってるのだろう。(謎) 「吉祥寺近辺はジャズのお店が多いですよねえ。ソウルバーは他にあるんですか。ジャズ・バーはあの、(野口)伊織さんがたくさんやられていましたよね」と僕。「そうなんですよね、ジャズは多いんですが、ソウルはあんまり、っていうか、ほとんどないですね」とマスター。 インターFMの番組も知っていた。そして、さっきまでいたお客さんが『ソウルブレンズ』でテイク6の話をしていたのを聴いていて、その話をこのソウルバーでマスターにしていったのだという。なんという偶然。ここにいるカニ先生がその相手でございます。聴いてる人、いるのか。思わずカニ先生に「ちゃんと知らない人が聞いてたよ!」とつぶやいた。しかし、お笑い系・文化人・作家カニ先生のゲスト出演は、話題独占ですなあ。(笑) 次回はマイケル・フランクスですかねえ。(あ~~、こわっ) お店は91年にオープン。すでに13年目に突入です。そして、昨日、その方がBBSに書き込みをされた。いやあ、驚きました。というわけで、吉祥寺近辺にお立ちよりの際は、ぜひどうぞ。落ち着きます。 Bar & Kitchenライス&リブスRice ‘n’ Ribs東京都武蔵野市吉祥寺北町1-1-19魁第三ビルB1電話 0422-20-5605営業時間 18時~深夜2時水曜定休 吉祥寺駅からパルコを右に、東急を左に見て武蔵野八幡の方へ向かい五日市街道を超えてすぐ左側。八幡の向かい。 ENT>SOULBARS>Rice ‘n’ Ribs

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Lettuce & MeShell Ndegeocello Live

ヴェクトル。 なかなかの迫力。目の前のキーボード奏者の音がとにかくすごい。たまたまステージ右側、キーボードの前に座ってしまったので、全体的な音というよりも、そのキーボードの音の直撃を受けてしまった。この日のライヴは、前半がソウライヴのメンバーが結成したレタスというジャムバンド系のファンクサウンド。後半が昨年も来ているミッシェル・ウンデゲオチェロ。2つのバンドがそれぞれ約40分ずつ。 レタスのほうは、かなり迫力があって、ベースもドラムも、キーボードもホーンセクションもみんな熱かった。それぞれがかなりのつわもので、迫力一杯のものすごいジャムバンドのファンクを聞かせてくれた。もし自分がミュージシャンだったら、こういうバンドのメンバーと一緒にプレイしたいだろう、と思うようなバンドだった。これだけ確実で、しかも、ファンキーでしっかりしたミュージシャンたちと一緒にバンド演奏ができたら、それはそれは楽しいことだろう。彼らのサウンドは別に観客のために演奏しているというよりも、むしろ、自分たちがやって満足できて、楽しくて、結果的にそこに来ている人たちも楽しめればそれでいい、という雰囲気のものだ。それだけにミュージシャンのヴェクトルはミュージシャンの内面に向いている。 そのヴェクトルがより内面に向いていたのが約12分のインターミッションをおいて登場したミッシェル・ウンデゲオチェロのバンドだ。彼らはまったく観客に向いていない。レタスよりさらに内省的だ。自分たちがスタジオでリハーサルをやっているのと同じように、このステージでも演奏している。そこに観客のヴァイブの取り入れはほとんどない。よってコール&レスポンスもない。メンバー全員もみな好き勝手に演奏している、という雰囲気だった。もちろん、このバンドのコンセプトはそういうものなんだから、それはそれでいいのだろう。だが僕は少々眠くなった。なにしろ、ミッシェルなんて、ほとんど後ろ向きで、観客に背を向けてベースをプレイするのだ。 ミュージシャンにもいろいろいる、ということだ。ところで、まったくほとんど接点が見られないふたつのグループの登場順だが、ミッシェルを先に出し、その後にレタスを出したほうが盛り上がっていいと思う。 (2003年11月21日金曜ブルーノート東京・ファースト=レタス、ミッシェル・ウンデゲオチェロ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Lettuce, Ndegeocello, MeShell

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I’d Rather: Another Great Song By Luther

未練。 ルーサー・ヴァンドロスの『ライヴ~ラジオ・シティー・ミュージック・ホール』の9曲目に収録されている「アイド・ラザー」。彼が今年の2月にこのライヴで歌った時点では「前作」アルバム『ルーサー・ヴァンドロス』(2001年7月発表)に収録されていた作品。一応、シングルカットはされR&Bチャートで40位、アダルト・コンテンポラリー・チャートでも17位を記録している作品です。でも、大ヒットとはいえません。 この曲を書いたシェップ・クロフォードはデボラ・コックスの大ヒット「ノーバディー・サポーズト・トゥ・ビー・ヒア」で一躍注目されています。他にもボーイズ・トゥ・メン、ホイットニー・ヒューストンなどにいろいろと作品を提供している若手のソングライター、プロデューサーです。 しかし、この曲を会場の人たちが歌うのには驚いた。初めてこのライヴを聴いて、なんでなんで、と思ってしまいました。ニューヨークではみんなこの曲知ってるんですね。すっかり、この曲の虜です。いい曲だなあ。まいった。 歌の主人公たち二人はきっと、くっついたり、別れたりしてるんでしょう。で、今回も別れた。でも、よくある別れだから、別にそれほど気にもとめていなかった。しかし今回の別れは二人に厳しかった。そこで、彼は彼女とよりを戻したいと思う。 それにしても、ルーサーらしい弱弱しいラヴソングですね。(笑) こういう女々しい歌を歌わせると天下一品。未練ソングの究極ですね。未練ソウルといえば、ルーサーのお家芸。 ルーサーがI’d rather have bad times with you, と歌うと、観客がthan good times with someone elseと歌う。もうたまりませんね、このコール&レスポンス! こんな内容の歌です。「アイド・ラザー」は、後ろに「ザン」を伴って、私はむしろ~~よりも、~~したい、という意味です。 +++++  「アイド・ラザー」(歌ルーサー・ヴァンドロス)(シェップ・クロフォード作) 時にはお互いしばらく距離を置いて一人でいることが必要だと思ったんだ。君は、今回ばかりはとてもつらいでしょう、と言った。でも、僕にはその意味がわからなかった。僕はよくあるすばらしいラヴストーリーの終焉かと思った。だから、僕は君をひとり家において、でていった。そして、このことがどれほどの真実の重みを持っているか、確かめようと思った。つまり、僕は君なしには、生きていけるのかという真実を。今、よくわかった。僕は、考え方を変えるよ。 僕はだれか他の人と楽しいひと時をすごすより、むしろ、つらくてもいいから君とすごしたいと思う。僕は何も心配なく暖かいところで一人で過ごすよりも、むしろ、君とともに嵐の中にいるほうがよっぽどいい。二人が別れて楽に暮らすよりも、君と一緒に苦難の道を歩むほうがいい。僕の心をしっかりつかんでくれている君と一緒にいるほうがいい。 そして、僕は別の女性に会った。君の代わりになれるかと思った。僕たちはそこそこうまく行ったよ。でもそれは結局時間の無駄だった。なぜなら、彼女は君ではないからだ。僕たちは楽しいひと時を過ごした。でも、楽しいふりをしていただけだということを二人とも知っていた。愛とは、嘘の中には育たないんだね。だから、僕はもう一度ここに戻ってきた。君との愛が真実の愛だってことに気付いたからだ。今、よくわかった。つまり、僕は君なしには、生きていけない、という真実を。僕は、考え方を変えるよ。 僕はだれか他の人と楽しいひと時をすごすより、むしろ、つらくてもいいから君とすごしたいと思う。僕は何も心配なく暖かいところで一人で過ごすよりも、むしろ、君とともに嵐の中にいるほうがよっぽどいい。二人が別れて楽に暮らすよりも、君と一緒に苦難の道を歩むほうがいい。僕の心をしっかりつかんでくれている誰かと一緒にいるほうがいい。 君が僕の元を去っていってしまってもしょうがないね。僕が出て行ってしまったように。僕にはこの真実を時間かけて証明するしかないからね。僕のものになっておくれ。 Luther Vandross: I’d Rather–I thought sometime alonewas what we really neededyou said this … Continue reading

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Chic Drummer Tony Thompson Dies At 48

シックのドラマー、トニー・トンプソン死去 シックのドラマーとして数々のヒットのドラムを担当してきたトニー・トンプソンが去る11月12日(水)カリフォルニア州エンシノで死去した。49歳の誕生日を3日後に控えてのことだった。48歳。死因は癌。 トニー・トンプソンは1954年11月15日ニューヨーク生まれ。70年代からニューヨークの音楽シーンでドラマーとして頭角をあらわし始めた。特に77年、ナイル・ロジャース、バーナード・エドワーズらと結成したシックでは、シュアなドラムを聞かせ、シック・サウンドの重要な土台を築いた。「ル・フリーク」、「グッドタイムス」などシックとしての大ヒットのほとんどすべて、さらに、ナイル・ロジャース&バーナード・エドワーズらがプロデュースしたシスター・スレッジの「ウイ・アー・ファミリー」や、ダイアナ・ロスの「アップサイド・ダウン」など多数のヒットでドラムを聞かせている。 またシックのサウンドを支えるだけでなく、バーナード・エドワーズがプロデュースを担当したワンショット的なユニット、パワー・ステーションでもドラムを叩き、人気を集めた。彼のドラムスタイルは、R&Bだけでなく、ジャズ、フュージョン、ロックなどの要素があったため、幅広い音楽性を持っていた。パワー・ステーションに参加したメンバーでは、2003年9月26日同グループのリードシンガーだったロバート・パーマーが死去している。またシックのメンバーとしては、96年のバーナードの急逝に続く2人目の他界。 1985年7月にフィラデルフィアで行われた「ライヴ・エイド」のライヴでは、伝説のロックバンドで、トニー自身大ファンだったレッド・ゼッペリンからドラム(ジョン・ボーナムの代わり)を担当しないかと誘われ、演奏した。86年の同グループの復帰に参加する話もあったが、86年後半、トニーが大きな交通事故にあい、実現はしなかった。 80年代から90年代にかけては、スタジオのセッションドラマーとして売れっ子となるが、92年のシック復活には参加しなかった。ナイル、バーナードとトニーとの関係は微妙で、彼らがシックのサウンドでドラムマシンを使ったことにトニーは落胆していた。しかし、96年のバーナードの葬儀には出席。90年代後半からはセッションの数も少なくなっていた。 来る12月16日、トニーとその家族のために、ベネフィット・コンサートがロスアンジェルスのハードロック・カフェで行われる。 http://www.tonythompsonfund.com/ http://www.guardian.co.uk/arts/news/obituary/0,12723,1085807,00.html http://www.nme.com/news/106756.htm +++++++++++++++++ 三位一体。 ナイルとバーナードとトニー。彼ら3人が作り出すギター、ベース、ドラムスのコンビネーションは最高のものだった。三位一体とは、彼らのために存在するような言葉だ。だが、シックというと、常にナイルとバーナードにスポットが当たっていた。そのことに少なからず、トニーは不満があったようだ。確かにサウンドプロデューサーとしてはナイル・ロジャースが一歩ぬきんでていた。おそらくスタジオの仕切り方や、ミュージシャンに対するリーダーシップの取り方がうまかったのだろう。音楽的にというより、むしろ、人間関係のとり方がうまかったような気がする。 トニーに正式にインタヴューする機会はなかった。しかし、周囲からわかる話はあった。トニーとバーナード、ナイルらのある種の確執については、『ソウル・サーチン』の第4章に書いた。 それにしても、あのトニーのドラムスはかっこいい。少しロックっぽいが、それ以上にファンキーだ。ロックの要素もあって、ファンクのエッセンスもあるドラマーというのはなかなかいない。もっともっと活躍してほしかった。しかし神様、48歳はないでしょう。あまりに若すぎる。 ご冥福をお祈りする。 Tony Thompson (born in November 15, 1954, died in November 12, 2003) ENT>OBITUARY>Thompson, Tony ++++++++++++++++++++++++++++++++++ Chic Drummer Tony Thompson Dies(LAUNCH, 11/14/2003 4:00:00PM) By LAUNCH … Continue reading

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Arthur Conley Dies In The Rural Town In Netherlands

アーサー・コンレー、オランダの片田舎で死去 60年代に活躍したソウル・シンガー、アーサー・コンレーが11月17日、居住していたオランダのルーローという田舎街で死去した。しばらく癌をわずらっていた。57歳だった。 コンレイーは1946年4月1日ジョージア州マッキントッシュ生まれ。59年にアーサー&コーヴェッツを結成、63年から64年にかけてアトランタのインディ・レーベルなどからシングルを出した。 その後、何枚かシングルを出した後、天才ソウル・シンガー、オーティス・レディングに見出され、オーティスが持つレーベル、ジョーティス・レコードへ移籍。オーティスが、師とあおぐサム・クックの作品「イエー・マン」を元に改作した「スイート・ソウル・ミュージック」をアーサーが録音した。この「スイート・ソウル・ミュージック」は、67年3月からヒット。アーサーにとって初のヒット、ミリオンセラーを記録、アーサーは以後オーティスとともにそのレビューに参加、人気を獲得する。 ところがオーティスは67年12月11日の飛行機事故で他界。たまたまアーサーはこれに乗り合わせておらず、生き長らえたが、彼は生涯この事故のショックを拭い去ることはできなかった、という。アーサーはその後もアメリカで音楽活動を続けたが、そのプレッシャーに耐えられず、70年代初期以降、ツアーで出向いたヨーロッパが気に入り、ベルギー、イギリスなどに住むようになった。1980年、オランダの片田舎に移住。名前も正式にリー・ロバーツと変え、若手のミュージシャンたちにアドヴァイスを与えていた、という。ロバーツは母親のメイデンネーム(旧姓)。 作家ジェリー・ハーシーは、『スイート・ソウル・ミュージック』というソウルミュージックについての本を発表している。 アーサー・コンレーが録音した「スイート・ソウル・ミュージック」は「Do you like good music that sweet soul music ?」といって始まる。後に、ロッド・スチュワートやホセ・フェリシアーノ、サム&デイヴなども録音しているクラシック曲だ。「甘く素敵なソウル・ミュージックが好きか?」と問われれば、僕たちSoul Searcherは誰もが、それに「Yeah, Man(もちろん)」と答える。Rest in Peace! Edited By Jonathan Cohen. November 17, 2003, 3:05 PM ET (Billboard Magazine) Soul Vocalist Arthur Conley Dies Arthur Conley, known … Continue reading

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Luther Vandross’ First Live Album Ever: Love Story For 75 Minutes Long

誘発。 ルーサー・ヴァンドロスの初めてのライヴ・アルバムがリリースされました! 今年の2月にニューヨークのレイディオ・シティー・ミュージック・ホールで録音されたライヴ。まってました! タイトルは『ライヴ~ラジオ・シティー・ミュージック・ホール』(BMGファンハウス=アメリカ盤は10月28日発売、日本盤は11月26日発売)。ルーサーの奇跡の歌声が続く75分36秒。今宵あなたをルーサーの愛のライヴにお誘いしましょう。すべてのあなたが、とろける夜を—。 これまでにルーサーのライヴのヴィデオ映像は発売されていましたが、CDとしては初めてのもの。ここで聴かれる声からはとてもその2ヵ月後に心臓発作で倒れるなんてこと、神でさえ予想だにしなかったのではないでしょうか。 あちこちの曲の途中で「マママママ・・・」とか「ウォオオオオオ」とか、例のルーサー節全開です。そのたびごとに、「おお、ルーサー」と声をあげてしまいます。「ア・ハウス・イズ・ノット・ア・ホーム」のイントロでは、手持ちマイクを口元から離したり近づけたりして、声が大きくなったり小さくなったりします。歌の途中で「キャ~~」という悲鳴にも似た声が観客席から飛び交います。 うらやましかったのが、9曲目の「アイド・ラザー」。前々作アルバム『ルーサー・ヴァンドロス』(2001年)収録の一曲ですが、観客が歌うんですねえ。一緒に。この曲がこんなに人気があるとは知りませんでした。やはり、ホームでやるライヴは違いますねえ。 11曲中5曲までがカヴァーでしめられています。とはいうものの、彼の解釈によるカヴァーは、カヴァーのレベルを超えています。誰かが先に録音した曲ではありますが、すでに、ルーサーが歌った瞬間ルーサーの歌になってしまっています。これがなんといってもすごい。こんなシンガーは、めったにいない。 「これまでに録音した曲のなかでも、これはとっても気に入っている曲のひとつです。この曲はめったに歌わないんだけど、今夜は、今、ここで(here and now)歌うよ! これは、みなさんの曲かな?(Is this your song?)」 こうルーサーが語って歌い始めたのが、ブレンダ・ラッセル作の「イフ・オンリー・フォー・ワンナイト」。 「もしできるなら、せめてたった一晩だけでも(If only for one night)、君を僕の傍においておきたい。一晩だけでも、それはとても素敵なこと」 そして、この後にスティーヴィー・ワンダーの「クリーピン」へ。「君の吐息が聴こえる。僕の横にいてくれるんだね。どうして、君は僕の夢の中に入り込んでくるの?」 2曲セットで完璧です。というよりも、むしろ全曲の流れが完璧です。75分余で語られるラヴストーリーが展開されます。愛の伝道師ルーサー・ヴァンドロスの面目躍如。愛の力がにじみ出ています。このライヴ・アルバムは、愛を誘発するアルバムかもしれません。

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Ms. Kani Rika: Water To Standing Board, Raindrops To Board Horizontal

饒舌。 っていうか、僕の出る幕ないですねえ。(笑) 今日は『ソウル・サーチン』のコーナーに放送作家カニリカさんが登場して、まもなく来日するテイク6について好き勝手におしゃべりしてってくれました。しっかし、よくしゃべるなあ。会話の96%はカニリカさんが支配してましたね。大阪生まれじゃないのか、千葉生まれなんてウソだろ。 僕もいろいろネタは用意しておいたんですが、紹介する隙まったくなしです。感服します。カニさん立て板に水、ボク横板に雨垂れ(あまだれ)、ははは。しかし、カニさん、新作本のプロモーションに来たんじゃなかったっけ。その話は、冒頭でちらっとしただけ。ま、いいっか。 さすがに、厳しい放送業界で活躍されているだけありますねえ。ちょっと隙があるかと思うと、すぐに何かギャグをはさまないといられない。まあ、おしゃべり放送作家の性(さが)ですかねえ。転んでも絶対にただじゃ起きないぞ、と。7転び10起きくらいですね。すばらし。 そしてなによりも誰よりも沈黙を恐れる。コンマ5秒、会話が途切れるだけで、指にしびれが来て、唇が震えだし、瞬時に言葉が自分の頭の回転よりも早く、声帯から飛び出してくる。沈黙こそ彼女の恐怖! 沈黙こそ彼女の弱点。カニリカさんを無音室にいれたら、果たしたどんな突然変異が起こるのか。生物学的にヒジョーに興味がある。 最近つくづく思うんですが、文章をきちんと書ける人で、しゃべれる人の話って、おもしろいんですよねえ。しゃべりはうまいが文章はだめという人もいれば、文章はうまいがしゃべりはだめ、という人もいる。しゃべりはうまい人にも、内容があるしゃべりができる人と、まったく口だけの人もいる。そうやってみると、いろんな人がいますねえ。 石原慎太郎都知事とか、田中康夫長野県知事とかね、もともと文章書きですが、口もうまいからね。それは説得力でますね。文章が書けるということは、頭の中で物事を整理することが上手なんですね。で、うまく整理した上で話をするから、話自体がわかりやすい。もちろん、政治家の中には口だけうまいという人もいるわけですが。というわけで、都知事、県知事と並んでカニリカさんを語るというのも、あまりに大胆不敵ですが。誉め殺し、いや、誉め生かし。ま、いいっか。 しかも、お笑い系にも強いってことで、ひとりでボケとツッコミやります。一人二役ですから、おつかれさまです。歌舞伎、パバロッティーから、テイク6、ウィル・スミス、エミネムまで。守備範囲広いでっせ。 というわけでカニ先生の本をご紹介です。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/search-handle-url/index%3Dbooks-jp%26field-author%3D%E3%82%AB%E3%83%8B%E3%83%AA%E3%82%AB/250-7533342-0805807 どんな人かというのを知りたい方はこちらへ。 http://book.asahi.com/topics/index.php?c_id=96 http://shopping.msn.co.jp/softcontent/softcontent.aspx?scpId=862&scmId=250 テイク6の印象より、カニリカさんの印象の方が強かったかもしれないなあ。ははは。そんなこたあ、ないか。 あ、ちなみにWater To Standing Board, Raindrops To Board Horizontalってこれ適当な訳です。しゃれで訳してみました。もちろん「立て板に水」と、「横板に雨垂れ」。もし、もっといい言い回し、英語表現、あるいは正しい言い方があったら、教えてください。 PS: アプルーヴ(承認)もらわずに、日記にさくっと、そして、堂々とアップしちゃおうっと。文句来る前に。ははは。 +++++ 「立て板に水」=すらすらとよく話すさま。弁舌の流暢(りゅうちょう)なさま。「横板に雨垂(あまだ)れ」=つかえながらものを言うことのたとえ。弁説の流暢(りゅうちょう)でないたとえ。 +++++ PEOPLE>Kani, Rika

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Take 6: We Are Talking About Take 6

最高峰。 テイク6は、かなりお気に入りのグループです。デビューアルバムから聴いています。そのデビュー作はアメリカでは88年3月にリリースされていますが、日本盤がでたのは89年6月。そのデビュー作のライナー書きました。その前だったか、ロスアンジェルスのBRE(ブラック・レイディオ・エクスクルーシヴ誌)のコンヴェンションでライヴを見ました。いやあ、たまげました。なにしろ、6人のアカペラですからね。そのハーモニーがどうなっているのか、初めて見たときは、まったくわからなかった。 テイク6の存在を知ったのは88年秋。以前書いたが、ブレンダ・ラッセルのライヴが終った後、スタッフやミュージシャンたちがホテルの一室に集まり打ち上げをしていて、そこのラジカセでテイク6のデビュー作が大きな音でかかっていたのです。そして、みんながこれらの曲にあわせて歌っていた。その衝撃といったら。名前を聞き、CDのジャケットを見せてもらい、翌日輸入盤を買いに行きました。 もちろん、それまでもアカペラグループは大好きでした。パースエイジョンズ、パースエーダーズ、ストリート・コーナー・シンフォニーなどなど。他にもドゥワップ・グループにもたくさん好きなグループがいました。一方、スゥイングル・シンガースなんていうアカペラコーラスもいた。マンハッタン・トランスファーなんかもいましたね。だが、そうしたアカペラ・グループとこのテイク6はまったく違っていた。その違いにも驚いたものです。 ソウル、ジャズ、ゴスペル、こうしたものが見事に融合していたのです。中でもジャズとゴスペルの融合は、アカペラグループとしては初だったように思えた。そして、89年11月、五反田のゆうぽーとで初来日公演。以来、彼らの来日は2003年12月で13回目を数えます。今年なんか8月にも来て、また12月だ。しかもブルーノートのドル箱アーティストになっている。そこでライヴアルバムさえ作っているのだから、彼らの日本への肩入れもたいしたものですね。 他の追従を許さない、とはまさにこのこと。日本でもハーモニーやアカペラがちょっとしたブームになっていますが、そうしたコーラス、アカペラを目指す人たちが最高峰として彼らを崇めたてるのも当然といえば当然です。 そんなテイク6の魅力を、今日の『ソウルブレンズ』の「ソウル・サーチン」のコーナーではスペシャルゲスト・スターに、放送作家であり、テイク6のライナーなども書き、ナッシュヴィルまで会いに行っているカニリカ先生をお迎えして語り倒します。(笑) インターFM、午後2時半頃、チェキ! 

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Matrix Revolutions: Everything That Has A Beginning Has An End

壮絶。 それにしてもすっごいなあ。この映像。思わず見るこちらも体に力がはいりまくり、エンドロールが終る頃にはかなりの脱力感。「マトリックス・レヴォリューションズ」を見ました。最初、よく何がなんだかわからなかったので、改めて、パンフレットをじっくり読んだ。99年の「マトリックス」のパンフも引っぱりだしました。少しわかったところもあったが、わからなかったことも依然ありました。(笑) すっかり忘れてた。「2」は、見てないし。(笑) 基本的な設定を知らないといけないということを知った。映画をこれから見る人も、これは知っておいたほうがいいという基本設定。舞台は2197年近く。人間が作り出した人工知能、マシンが謀反を起こし、逆に人類を制圧し、マシンが人間の熱を栄養として生きていた。マシンが作り出した仮想現実の世界が「マトリックス」の世界だ。 そして、それに気付いた一部の人間がマシン軍に対し、再度戦いを挑む、という物語。その人間たちが住んでいるのが、ザイオンという場所。ザイオンは地底2000キロにあり、人口は25万人。その人類の救世主となるかもしれないのが、ネオ(キアヌ・リーヴス)だ。それでもちょっとわからないところが、いくつかある。 そして、見た人がいて、内容を完璧に理解している人がいたら、わかりやすく説明してください。 (これ以後は、映画をこれから見る人は見ないほうがいいです)  最後、太陽がうつくしく輝く公園での老女オラクルと老人アーキテクト(?)のやりとりはどういう意味だったのでしょうか。 地下鉄の駅で、黒猫がでてきて、それが変化し、ホームに横になっていたインド人の女の子が目を覚まします。あれは、「マトリックス」の世界から、現実の世界に戻ったのでしょうか。それとも、23世紀から、21世紀の今日に戻ったということなんですか? その前段として、インド人の女の子と一家は地下鉄に乗って、「マトリックス」の世界に行きましたよねえ、確か。そのとき、ネオはその地下鉄に乗せてもらえなかった。でも、そうなると、ネオがいたところは、どっちなんだろう。一応、あそこは、現実とマトリックスの世界の境界線のようなところですよね。ぱ~とキアヌが走っていっても、また元にもどってしまう。 しつこいくらいの宿敵、スミス(ヒューゴ・ウィービング)がコピー能力をもち、複数の自分を作りだしたのはわかった。しかし、スミスは、「1」では死んだはずなのに、どうして、どのようにして生き返ったの? 地上にあるマシン世界の究極のパワー、デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)は、滅びたの? それともまだ生きてるの? さて「ソウル・サーチン」的には、人類の戦士のひとりにノーナ・ゲイがいました。そう、マーヴィン・ゲイの娘です。『アリ』につづいて、すっかり女優ですね。他には、ローレンス・フィッシュバーン、ジェイダ・ピンケットなども堂々登場。ラリーは、いつもいい味だしてます。サミュエル・ジャクソンと並んで大好きな俳優です。ジェイダも『ジェイソンズ・リリックス』以来のファン。 「始まりがあるものすべてに終わりがある・・・」という言葉から思い浮かぶのは、Beginning Of The Endという単語です。「終わりの始まり」という概念です。意味深い言葉ですねえ。逆にいえば、終わりがあるものすべてに始まりあり、ということでもあります。 『マトリックス・レヴォリューションズ』、結局僕の結論は、もう一度じっくり見たほうがいいというものです。それはつまり、「終わりとは2度目の始まり」なり・・・。 (映画『マトリックス・レボリューションズ』) ENTERTAINMENT>MOVIE>Matrix Revolutions

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How Would 8 Year-Old Boy See Manhattan Transfer?

8歳。 昨日の日記で書いた世界的なグループとは、もうすでにおわかりの人はおわかりだと思いますが、マンハッタン・トランスファーのことです。マンハッタン・トランスファーを見ていて、ふと思いついたことを書いてみました。というのは、たぶんメンバーのジャニス・シーゲルの息子だと思われる子どもが、ブルーノートをちょろちょろしていて、舞台に行くときや帰るときに、彼がぴったりジャニスにくっついていたところを目撃したのです。 ずいぶんママのことが大好きなんだな、と感じました。で、ほんとはその子に話しかけていくつか質問したかったんですが、さすがにステージ終ると、彼は楽屋にこもっちゃって出てこないんですね。当たり前ですよね、ママのところにびったりなんだから。 で、まあ、インタヴューできないなら、想像してみようかな、と。そこで、フィクションというただし書きをつけました。この日記ではいろいろと実験的にやってみようと思ってまして。いくつかちょろっと調べたりはしましたが。本当は、彼がママのことをどう思っているのかとか、世界中を旅するのはどんな感じかとか、クラスメートと会えないのは寂しくないのかとか、スターの息子であることはどんな気分なのかとか、いろいろ訊きたかったんですね。 8歳の子どもの目線であの世界的に有名なマンハッタン・トランスファーはどう見えてるのかっていうのはいいテーマのように思えました。ひょっとしたら、彼にとってステージなんて一秒でも早く終って欲しいものかもしれません。そうすればママが自分の所に戻ってくるわけですから。あるいは、自分も歌うことが大好きで、ママがステージに上がって歌っているのを、めちゃくちゃ大好きかもしれません。で、いつかはママと同じステージに立ちたい、という夢を持っているかもしれない。 マンハッタン・トランスファーのライヴは、たぶん20年くらい前の初来日かその後くらいに見ていて、そのときは本当にうまいなあ、すごいなあと思いましたが、今ではこれだけ他にも優れたコーラス・グループやらアカペラ・グループがでてくると、彼らだけがめちゃくちゃすごいということはなくなりますね。(笑)  彼らのライヴはある意味で20年前と同じでした。確かに、パパとママのための音楽かもしれません。ふと、彼らは同じことを20年以上やって飽きないのかな、とも疑問に思いました。彼らにとっては毎日フレッシュに、新しいことができているのでしょうか。そうかもしれないし、そうでないかもしれません。 とは言うものの、この種のグループとしてほぼ最初に大きな人気を獲得したということで、やはりリスペクトされるべきグループであります。実際文句なくうまいし。しかもブルーノートが満員になるんだから、人気抜群です。 (2003年11月12日水曜ブルーノート東京・ファースト=マンハッタン・トランスファー・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Manhattan Transfer

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Mama Is Always On The Stage

ママ。 僕の名前はガブリエル。僕のママは有名なヴォーカル・グループの一員。アメリカ中、世界中旅をしてまわる。僕は、いつもママと一緒にいたいから、ママについて世界中を旅する。グループは結成してもう30年近くたつらしい。僕はまだ8歳だから、僕が生まれるずっと前の話だ。男女2人ずつの4人組。ママはそのうちのひとり。 ママたちは本当に世界中どこへでも行く。勉強はママが教えてくれる。まあ、たまには学校に行ってクラスメートに会うというのもいいかもしれないけど、毎日クラスメートに会うよりも、毎日ママと一緒にいたほうがいいや。それに、他のグループのメンバーもみんなやさしいし。 夜遅くまでライヴハウスにいて、眠くなったりしないかって。大丈夫だよ。もう慣れっこさ。それに本当に眠くなったら楽屋で寝ちゃえばいいんだから。どこでもいつでも寝られるのが僕の特技さ。 今日も東京のライヴハウスでママが歌う。超満員だ。このライヴハウスは広くて、しかも天井が高くて、とてもかっこいい。立ち見もでてる。ママたち、日本でも人気なんだ。ママたちが歌っている曲は、スタンダードっていうらしい。昔からある曲らしいんだ。それを4人でハモッテる。でも、僕はいつも見ているからね。ママたちが歌ってるとき、僕はいつも舞台の袖で見てる。近くにいたいからさ。時々、ママは僕の方を見てくれる。ママが歌って、観客席からママに拍手が送られるととっても嬉しいんだ。僕もいつかあのステージに上ってみたいな。ママたちの音楽は、ママたちのママやパパたちが好きそうな音楽みたいだね。 ママはシンプルなライフスタイルが好きらしい。うちには、いまだかつてテレビっていうものがないの。それから、皿洗い機もないよ。以前、同じ年くらいの子と話したときテレビがないって言ってたら、驚いていた。テレビの話題はついていけないんだ。でも、同年代の子たちとしゃべる機会はあんまりないし、テレビがないっていうのが当たり前だから、別に気にならないよ。テレビの代わりに、いつもママたちのステージがあるからね。それに同年代の子たちが行けないようなところにも行けるわけだし。 ママは「知らない人と話ちゃいけない」ってよく言ってる。だから、あんまり知らない人とはしゃべらないんだ。ママはだいたいいつもゴキゲンだけど、たまにうまく歌えなかったりすると、楽屋で落ち込んでたりする。それから、風邪とかひかないように、すごく気をつけてるみたい。 あとね、うちではいつも歌ってるよ。サックスが好きでよく吹いてる。前はよくピアノを弾いてたんだけど、最近はいつもサックスだ。最初のうちはえらくうるさかったけど、このところ、まあまあって感じになってきたかな。ママは友達には「サックスは趣味だから」って言ってるみたい。メディテーションもよくやってる。僕にもやれって言うんだけど、たいくつだからすぐ飽きちゃうんだ。あんな長い時間なんで、じっと座ってられるんだろうね。 マンハッタンのアパートのうちの隣にとても音楽好きのおじさんが住んでるんだ。で、部屋にいるときはいつも音楽を大音量で鳴らしてる。僕は、うるさいなあって思うんだけど、ママはときどき聞き耳を立てて聞いてる。今では、友達になって、いろんな音楽情報を交換してるみたいなんだよ。おじさんは映画監督らしい。何を作ってるかは知らないんだけどね。でも、とにかくいろんな古い音楽を知ってるらしくて、ママが感心してた。ママがアルバム作るときも、そのおじさんから勧められた曲なんかも歌ってるみたいだ。 もちろんママがスタジオにレコーディングに行くときもいつも一緒さ。スタジオはライヴと雰囲気が違うね。ママもけっこう普段着で行くし。あと、スタジオにはいろんなゲームマシンがあって大好きさ。でも、ママは歌入れもあっという間に終らせてしまう。 あ、ショウが終った。ママがステージから降りてくる。一旦楽屋に戻って、また出てくるんだ。ママはいつもステージの上。そこで、観客からの拍手喝采をもらって、毎日の栄養にしてるみたい。ステージのママもおうちのママもどっちも大好きさ。 (この物語はフィクションです)

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Welcome To Number One!

パワステ。 以前からケイ氏と一度ゆっくり食事&飲みをしましょう、ということで、ミスティークのライヴのあと、ケイさんご推薦の赤坂の和食の店へ。その場で作ってくれる豆腐、かなりおいしいです。豆の香りがぷ~~んとしてきて、やわらかいが、しかし、ふんわり固まっている。これは絶品だ。同じく豆腐で海苔がかかっているものも食したが、今度は海苔の香りがぷ~~んとしてきて、トリップ感覚。う~~ん、たまりません。 次々といろんな話題がでてきて、話が止まりません。(笑) 彼がMCを担当している前回のプライドがものすごかったという話を聴いていると、なんだか現場にいたかったなあ、と思いました。ストーンズの時よりも、東京ドームものすごいグルーヴだった、そうです。 その後、世田谷ストリートカフェへ移動。僕の車で移動したんですが、動かし始めたとき、「ゴーゴー」とハンドルがなるんですよねえ。ここんところ、動かし始めによくなるなあとは思っていました。そしたら車にもかなり詳しいケイさん、「センセ、これ、パワステのオイルいれたほうがいいですよ。そうしないと、パワステ、焼きついちゃいますよ」というアドヴァイス。「へえ、焼きついちゃうの? 知らなかった。それは大変だ」 ストリートカフェでは次々かかるインディ・ソウルの名曲に酔いしれます。途中で、リアル・ブラッド、ヒューマン・ソウルの話題になり、マスターが何曲かヒューマン・ソウルとリアル・ブラッドの曲を続けてかけてくれました。外は小雨が続き、「シルクの雨」がかかったので「恋は上々」をリクエスト。「リアル・ブラッドのアルバム、タワーあたりでもあんまり売ってないんですよねえ」と長野マスター。ケイ氏「あ、そうそう。トムがテレビなんか出てリアル・ブラッドのCDの告知するとき、トムのPHSの番号がでてるんだよね(笑) お、今、電話してみよう」  しかし、リアル・ブラッドの一枚目はなんと手売りでライヴハウスなどで5000枚も売ったという。すごい数字だ。そしてトムさん、その昔、ピアノの調律師をやっていたそうです。絶対音感があるそうで。今度お会いしたときには、ぜひとも、そのあたりの話を聴いてみたいもんです。そういえば、話題のピアニスト、上原ひろみも絶対音感ありましたねえ。その模様をテレビでもやってました。ドライアーの音を聴かせどの音かを当てさせる、というもの。 様々な話の中で僕が非常に感銘したのが、これ。「まあ、いろいろな人と出会いますよねえ。で、仕事もプライヴェートも仲良くなってよく会うような人もでてきます。それで、長く続く人たちっていうのは、結局、みんな親戚になっちゃうんですよね。どこがで途切れちゃう人は、それで途切れちゃう。でも、友達づきあいが続く人は、ずっと続いて絆みたいのが深まっていく。継続は力なりというか、継続は親戚にというか」 おっしゃる通りです。「長くつきあっていくと(みな)親戚になる」((C) ケイ・グラント) 黒人の世界とか非常にそんな感じがしますね。ソウル・ファミリーって感じでね。 ソウルのカヴァー曲の話題で、しばしソウル・トーク。そんな中でいろんなライヴの話に。ケイさん、10年以上前に日清のパワーステーション(今はなくなってしまったライヴハウス)で見たエディー・ケンドリックス、デニス・エドワーズらテンプスのライヴに行ったときの話をしてくれました。このライヴは僕も見ましたが、既にそのときに肺がんで余命いくばくもないエディーが最後の力を振り絞って来日してくれたライヴでしたが、それに感激したケイさんは、アポもなく楽屋まで彼らに会いにでかけます。入口でマネージャーのような人物に「オレは日本でナンバーワンのDJだが彼らに会いたいんだ」と言うと、マネジャーは中にいれてくれた。そして、エディー、デニスたちが会ってくれたのです。それまで酸素を吸って横になっていたエディーが、彼らが部屋に入るや、一瞬にしてびしっと立ち上がり、一言「ウェルカム・トゥ・ナンバーワン! (よく来てくれたな、ナンバーワン!)」と言って手を差し伸べてきました。それにケイさんが大感激したのは言うまでもありません。「ウェルカム・トゥ・ナンバーワン!」という歓迎の言葉が泣かせますねえ。かっこいい! ストリート・カフェは、すべてマスター長野さんの手作り。つまり、日曜大工ですべてテーブルとか棚とかを作った。すると、ケイさん「僕も、昔店作ったとき、全部やりましたよ。大工トークできますよ」と言い、しばし、マスターと大工トーク。う~~む、入り込めません。(笑) というわけで、大工トークにインディ・ソウルに明け暮れた夜でした。 そして、今日さっそくオートバックスに行って、パワステのオイル入れてきました。音がしなくなって、気持ちハンドルが軽くなったような気がしました。(笑) なんだ、はやくいれればよかった。パワステにオイルを入れるように言われ、パワステでのいい話を聞かされ、すっかりパワステ三昧でお送りしました。チャンチャン。

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Mis-teeq: I’ve Just Remember Member’s Name

記憶。 小雨降る渋谷AX。入口でショウの始まりを待っていると、再び佐藤英輔氏登場。僕を見るや、一拍おいて、「まあ、これはねえ、来るよね」。イギリスから登場した女性R&Bグループ3人組、ミスティークの初ライブ。会場の入りはまあゆったりとした感じ。6割ぐらいか。前日インターFMのゲストでやってきていたが、DJマーヴィンは彼女たちが来るというので、いつもと違ってスーツで来ていた。力、入ってた。僕は普段着です。 前座はCDにほぼ全曲口パクで登場の新人タイムス・フォー(Tymes 4)というグループ。「ルックスからして、決してアイドルではない」というのがちょっと小耳にはさんだ評判。約30分のステージを終えて、DJ・ケイ・グラント氏一言。「う~~ん、テレビ『ソウルトレイン』の収録みたいで、いいですねえ」 (笑) そうそう、『ソウルトレイン』の収録は、きっとこんな感じなんでしょうね。レコードにあわせて、観客も出演者もただ踊る。タイムス・フォーは衣装も普段着のようなものででてました。日本在住の黒人グループなのかとさえ思った。実際はこれもイギリス出身らしいです。このライヴを見ていた若干14歳ソウルシスター、M一言「踊り、ひとり以外、あんまりうまくないよ。これじゃ売れないでしょ」。斬る、切る、キル・ビル。 さて、いよいよミスティーク登場。これはバンド付きで、ちゃんと歌っています。やっとメンバーの名前と顔が一致しました。え~と、ブランディー似の一番リードを取る子がサブリナ、ラップを担当し顔が一番小さいのがアリーシャ、そして、ちょっとマライア・キャリー似なのが、スー・エリス。「ワタシタチ、3人アワセテ、ミスティーク!」とステージで挨拶。 かなり、踊ります。スー・エリス、踊りがんばってます。アリーシャ、ラップ上手です。サブリナ、一番たくさん歌います。途中にTLCなどへのトリビュートも含め約86分。若干途中間延びした感はありましたが、新人としてはまあまあのできじゃないでしょうか。 ミスティークがライヴを始めてしばらくしたら、ちょうど僕の真後ろに、さきほどまでステージにいたタイムス・フォーのメンバーが、実に真剣にミスティークのライヴを見ていた。こういう場合の彼女たちはどういう思いでライヴを見ているのだろうか、と気になり、思わず、インタヴューしてしまおうか、と思った。勉強しているのか、自分たちの方が勝ってる、あるいは、負けてるとか思うのだろうか。 バンドは、ドラムス、ベース、ギター、キーボード、コーラス2人、DJという7人。バンドの音が、ちょっとロックっぽいところがあって、個人的にはもう少しR&Bっぽいといいなと思った。途中で一度お色直しあり。白から赤に変わった。みな、何を着てもかわいい。ステージ見ながら、名前と顔を復誦。「サブリナ・ブランディ、小顔アリーシャ・ラップ、マライア・スーエリス・・・」 さあ、覚えたぞ。後で会うチャンスがあったら、名前をしっかり呼んでみよう。 ライヴが終ると、なんと彼女たちは3人揃ってサイン会を開催。6-70人が列を作っていた。名前を記憶した成果を直接会って発揮しようと思ったが、その列に負けて帰ることにした。残念。 (2003年11月10日月曜・渋谷AX=ミスティーク・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Mis-teeq

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Party To Party: Street Cafe To Brown Sugar

恫喝。 いやあ、ロングデイでした。インターでアシャンティの話と、『ソウル・サーチン』のお話をしてから、まず、ストリートカフェの6周年記念パーティー@六本木エリアへ。ちょっと遅れてしまったら、どうも、ストリートカフェのひとり娘ミーのショウが終ったところだったらしい。 まもなく、日本一うさんくさいインチキソウルバンド、ワンダラーズ登場。あいかわらず、かっこいい。よくここまで徹底して楽しませてくれる。基本的にはロックンロールのオールディーズのカヴァーをやるが、中にはいい感じのソウル、R&Bのカヴァーも。歌い、飛び跳ね、踊り、ステップを踏む。黒のスーツにサングラスがどこかブルース・ブラザースを思わせる雰囲気。 彼らのお得意のウォーの「ロウライダー」なんか、ハーモニカの音も実にファンキー。そして、一番印象に残ったのがトランプスのヴァージョンの「ジング・ウェント・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」。シュアなドラムスに、低音と中域の声の二人がトランプスよろしく歌う。フィリーサウンドを熱くした感じのアレンジに感心した。 ジェームス藤木&リスペクト・オールは、もう変わらず、ファンク炸裂。http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200306/diary20030604.htmlフィーチャード・シンガー、イクミも迫力満点。ジェームスさんのバンドは、曲も事前に決まっておらず、そのときの気分で次の曲が決まる、という。やはり、ジェームス・ブラウンと同じだ。(笑) 時にはテンポがはやかったりしてしまうこともある。するとジェームスさん途中で、「ちょっとテンポ、はやいんだよ」とドラマーに一言。すると、少しBPMが落ちる。非常にフリーフォームの、スポンテニアスな感じでバンド演奏が続く。きっちり決められたというよりも、その場の盛り上がり方で変幻自在のライヴ・バンドたたき上げの、言ってみれば、ライヴ・バンド中のライヴ・バンドといったところだろう。お立ち台のダンサー、付け毛のミーもかなりダンスうまい。 この会場でばったり、ニック岡井氏に遭遇。「お~ヨシオカ! あとでブラウン、行こうよ。来るんだろ」と軽く恫喝はいる。ジェームス・バンドを見終え外にでると霧雨。音が大きかったので、ちょっとだけ静かなところでワン茶してから、ニックの恫喝に従い恵比寿ブラウン・シュガーへ。入口のところの看板に、なんと白川さん(オーナー)とダニー・レイ、フレッド・トーマスのスリーショットの写真が飾ってあるではないか。 エレヴェーターが3階につき、扉が開くと、中はものすごい熱気。ダンスパーティーになっていた。ニック、中にいて「オ~ッス」。20年ぶり以上に会う元レコード会社の人や、ベニーKの事務所の人や、川畑さんなどいろいろな人が来ていた。 カウンターの一番左端に座ってしまったためDJケイコに直接リクエストできなかったので、DJに聴きたい曲をメールした。曲はもちろん、トランプスの「ジング・ウェント・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」だ。しばらくして、かかった。いやあ、名曲です。いつのまにか、ニックはいなくなっていた。 (2003年11月9日・日曜・六本木エリア=ストリートカフェ6周年記念イヴェント) ENT>MUSIC>LIVE>FUJIKI, JAMES & RESPECT ALL FEATURING IKUMIENT>MUSIC>LIVE>WONDERERS

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Soul Searchin’ Campagine

「ソウル・サーチン・キャンペーン」始まります お知らせです。今月から12月一杯まで山野楽器全店で、「ソウル・サーチン・キャンペーン」と題するキャンペーンを行っていただくことになりました。期間中は拙書『ソウル・サーチン』とその物語で関連するCDを店頭で販売いたします。選出したアルバムは20タイトル。書籍も同じスペースに並べられます。期間中お買い上げの方から抽選で5名様に筆者のサイン入り本をプレゼントいたします。まだ『ソウル・サーチン』をお持ちでないかたは、この機会にぜひどうぞ。                   記 『ソウル・サーチン・キャンペーン~R&Bの心を求めて』 期間 11月から12月一杯場所 山野楽器全店展開 吉岡正晴著『ソウル・サーチン』(音楽之友社・発行=2400円)とそこで語られる関連CDを販売。ソウル初心者にもわかりやすく説明し、紹介する。特典 キャンペーン期間中、当該商品をお買い上げの方に、抽選で5名様に吉岡正晴著『ソウル・サーチン』(著者サイン入り)本をプレゼント山野楽器のホームページ http://www.yamano-music.co.jp/index_soft.htmここからソウルサーチン・キャンペーンのところにお進みください。当該のCDの一覧リストがあります。 『関連イヴェント』 1.山野楽器提供『ソウルブレンズ』(毎週日曜日午後1時から5時インターFM=76.1MHZ)内『山野ミュージック・ジャム』(午後4時30分から50分)で3週にわたり『ソウル・サーチン』の特集 オンエアは11月9日、16日、23日。コーナーでは『ソウル・サーチン』で語られるアーティストのエピソードと関連曲などをオンエアーします。 2. イヴェント『ソウル・サーチン・トーキング』開催 また、これと関連し下記の通り来る11月27日(木曜)六本木のブレイブバーで「ソウル・サーチン・トーキング」というイヴェントを開催します。約30席ほどの小さなお店ですので、ご予約されたほうがいいかもしれません。(なお、予約メールはebs@st.rim.or.jp宛てでもけっこうです)                  記 ソウル・サーチン・トーキング第1回  日時 2003年11月27日木曜 開店19時トークセッション&ミュージック 22時~23時(予定)場所 六本木ブレイブバーhttp://www006.upp.so-net.ne.jp/kova/BBAR/bravebar.htm住所 東京都港区六本木5-18-1ピュア六本木ビル6階電話 03-3587-2985 問い合わせも同じ。行きかた 六本木交差点から東京タワー方面に向かいAXISビル角を右に入りすぐ左側。地図 http://map.yahoo.co.jp/cgi-bin/ploc?nl=35.39.29.108&el=139.44.25.062&icon=mark_loc&l=1&cat=cat03チャージ 1500円+ドリンクその他 本の即売もする予定 テーマ 『来日直前・スティーヴィー・ワンダー特集。これが知りたい、あれが知りたい、スティーヴィーそのエイス・ワンダー(8番目の不思議)に迫る』 司会 島田奈央子http://www.flavor.fm/flavor/naoko_net/index1.htmlゲスト 吉岡正晴(音楽評論家)、内田英一(コメンテーター) (飛び入りゲストもありかも) 内容は、司会の島田さん(「サマーソフト」は彼女の永遠の子守唄)、内田さん(ブエノスアイレス午前8時の男=http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200303/diary20030314.html)、僕の3人でスティーヴィーについていくつかテーマを決めて、好き勝手におしゃべりしながら、スティーヴィーの曲を聴くというものです。スティーヴィー・トリヴィアなどスティーヴィー三昧の一時間余。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「ソウル・サーチン・キャンペーン」に寄せて  今回、山野楽器さんのご厚意により、拙著『ソウル・サーチン』のキャンペーンを行っていただくことになりました。感謝感謝です。昨年、山野楽器さんでは、AORのキャンペーンを行いました。それのソウル・ヴァージョンをやってもらえないか、というお話で、そこから本とのつながりまでお話が広がってきました。 『ソウル・サーチン』が発行されたのは2000年7月のことです。それから3年を経て、まあ、細々本は売れているようです。本当に細々ですが。(笑) 今回、関連CDを一緒に並べるというので、調べたのですが、かなりの数の作品が廃盤になっていました。一応、今回は輸入盤ではなく日本盤で紹介するというのを原則としたのですが、なんと、ウーマック&ウーマック関係は全滅でした。そこで、山野楽器さんの、誰にでもわかる初心者向けのソウルのアーティストやアルバムもいれてください、というご希望でいくつかそうしたものも選んであります。各店舗によって、キャンペーン・スタート時期が微妙にずれますが、徐々に始まり、12月一杯つづきます。一度、ごらんになってください。 『ソウル・サーチン』という本は、自分でもかなり満足度の高いできになっています。特に、ソウルミュージックがお好きな方には、自信を持ってお勧めできる本です。こういうミュージシャンの、それもソウル系アーティストのドキュメンタリーは日本では他に類書がありません。本当はこういう本がある程度売れるようになると、翻訳ものでも、もっと状況がよくなると思いますが、なかなか現実は厳しいものがあります。 『ソウル・サーチン』とはどんな本か、簡単に次のところに説明が描いてあります。 http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/index.html そして、その7人とはーーー http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/seven2.html これを機に、まだお持ちでない方は、一度手にとっていただければ幸いです。 (吉岡正晴) +++++ Event & Announcements>Soul Searchin’ Campagine

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Yamashita Yosuke’s Live: That’s His Format

カタチ。 アーマッド・ジャマルのライヴを見て以来ピアノトリオを見たいなあと思っていた僕としては、ちょっとだけ期待して山下洋輔のトリオを見に、はるばる池袋まで出かけていったんです。うわさの山下洋輔トリオ、初体験でした。 う~~ん、しかしこれは厳しいなあ。トリオあり、邦楽の和太鼓などありで即興などもするのですが、一言で言えば、みんながそれぞれ勝手にばらばらにやっている、という印象です。コラボレーションという雰囲気にはなってないですねえ。かなり爆睡させていただきました。会場も大きすぎるのかもしれません。池袋芸術劇場の中ホール、600人以上入ります。彼のトリオだと100人くらいのライヴハウスの方が迫力がでるのかもしれません。ちょっと距離もあったし。ピアノの力強さはなにも感じなかった。ミュージシャン間に張り詰めた緊張の糸は、少なくとも、僕には感じられなかった。 それでも、これだけのお客さんがやってくる、というのが興味深い。20年以上も前に山下洋輔のライヴを見たという人物は、「う~ん、むかしはもっとかっこよかったけどなあ。坂田明と一緒にやったときなんか、すごかったですけどねえ~」 まあ、人間丸くなったんでしょうか。 ライヴ終ってロビーに出ると、佐藤英輔氏とばったし。またまた僕がこんなところにいるのをいぶかしげに見る。彼は僕がブラック以外のライヴに来ていると必ず不思議がる。一言「ああ、バックに黒人がいるから、来たの?」 それを無視して「で、どうなのよ、こういうのって」と僕。「う~~ん、あれが、もうカタチだからねえ」 「あああ、なるほど。そうだ! あれがもうカタチなんだね!」 「僕はもっとめちゃくちゃなフリージャズっぽいほうが好きなのよ」と英輔氏。とはいうものの、カタチを持っている人は、それが個性なわけでして。 これだけの人っていうのが多いのか少ないのかはわからないが、山下さんは文化人だから人が集まる、そうなのだ。なるほど、それも納得。僕も確かに山下さんの書く物とかけっこう読んでおもしろかったと思う。話し方とか、話自体はおもしろいし好きですが。まあ、今日のライヴは、別に僕のソウルには触れませんでした。 それにしても、改めて、あのアーマッドのライヴのすごさはなんだったんだ、ということを強く強く確認した夜でもありました。 (2003年11月6日木曜・池袋芸術劇場=山下洋輔ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Yamashita, Yosuke

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Anniversary Month Of Soul Bars

周年。 先日新宿の「ソウル・ジョイント」の2周年記念パーティーの案内をしましたが、今週から続々と都内ソウルバー関係の周年記念パーティーなどがあります。まとめてご紹介します。 1) 世田谷・ストリートカフェ・オープン6周年記念イヴェント タイトル Street Cafe Review Vol.6 六本木エリア日時 2003年11月9日(日) 18時開場、18時半開始ライヴ出演 ジェームス藤木&リスペクトオール・ウィズ・イクミ、ワンダラーズDJ出演 キンヤ場所 六本木エリア(六本木日拓ビル地下)電話 03-3479-3721料金 前売り 4500円、当日5000円(フリードリンク、フリーフード)問い合わせ 黒人音楽酒場 ストリートカフェ 03-3706-2344 2) 恵比寿ブラウンシュガー3周年記念イヴェント 日時 2003年11月9日(日) 20時から場所 恵比寿ブラウンシュガー住所 東京都渋谷区恵比寿1-22-17 興和ビル3F電話 03-3441-6266料金 2500円 2ドリンク特典 先着30名様にDJケイコ特別編集CDをプレゼント問い合わせ 恵比寿ブラウンシュガー 03-3441-6266 3) 要町フィリーズ1周年記念パーティー 日時 2003年11月15日(土) 20時から場所 要町フィリーズ住所 豊島区池袋3-3-11音羽ビル1階電話 03-3957-0430料金 4000円 Tシャツ付き問い合わせ 要町フィリーズ 03-3957-0430 4) 板橋ゲット1周年記念パーティー 日時 2003年12月7日(日) 17時から20時場所 池袋駅東口 アルコミール(Alcomeal)住所 豊島区東池袋1-15-3電話 03-3985-8179料金 男性6000円、女性5000円問い合わせ 板橋バー・ゲット 板橋区板橋2-64-16電話 03-3963-8623 5) 新宿ソウルジョイント2周年記念パーティー 日時 2003年11月7日(金)、8日(土) 19時から真夜中まで場所 新宿ソウルジョイント住所 新宿区新宿3-10-7 前田ビル 2階電話 03-3353-5102料金 3000円飲み放題 +++++++++++++++++++++ この中で1)のジェームス藤木さんのバンドは、ジェームス・ブラウンのコピーを実にうまくやります。かれらについては、http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200306/diary20030604.html。 それぞれのパーティー、秋の夜長お楽しみください。 >Event & Announcements>Soul Bar’s Anniversary

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Hiromi Uehara: Talent, Technique, Gutsiness & Little Bit Of Luck

新入社員。 「マサハル、君は新しいピアニスト、ヒロミ・ウエハラっていうの知ってるか」 こう話かけてきたのは、先日のピアノバーXEX(ゼクス)で弾き語りをしているケイリブだった。(10月25日付け日記) 「この前、CDショップの試聴機で聴いたんだが、ものすごいんだよ。で、そこにはヴィデオもあって、それも見た。激しくて、ものすごい迫力なんだ。アーマッド・ジャマルがプロデュースしているらしい。ピアノを叩く感じだな。とにかく一度聴いてみなよ」 僕はその名前は知らなかったが、ケイリブがあまりに熱心に言うので、その名前をメモした。 それからしばらく僕はその名前を忘れていた。そして、先週アーマッド・ジャマルのライヴに行った。(10月29日、30日付け日記) そこで、彼のプロフィールをブルーノートで見ていると、上原ひろみという名前がでてきた。「あれ、どこかで聴いたことある名前だな」と思い、メモ帳を取り出すと、果たして、ケイリブが話していたその彼女のことだった。 家に帰り調べてみると既にちょっとした話題になっているらしい。しかも、10月19日にTBS系のテレビ番組『情熱大陸』で彼女が取り上げられたという。そこで、さっそくCDとそのヴィデオをレコード会社の担当者に送ってもらい見た。 アルバムは『アナザー・マインド』(6月25日発売)。最初の曲を聴いた瞬間、僕はあのミッシェル・カミロを思い出した。彼のCDを売り出した時の日本のレコード会社のキャッチコピーは今でも鮮明に覚えている。それはこうだ。「鍵盤の上は嵐です」 上原ひろみを聴いて、鍵盤の上は嵐だと思った。 『情熱大陸』を見た。いいねえ。しっかりしていて。インタヴューに答えている様を見て、シアトル・マリナーズのイチロー選手と同質のものを感じた。それは自分がすべきことを自分自身がよく知っていて、自分自身その目的のために最大級の努力をしているという自負がある点においてだ。多くの人は、ミュージシャンに限らず、なかなか自分自身がすべきことがわからないものだ。それを彼女はすでに24歳にして知っていた。ひょっとしたらアメリカに来て約4年間のうちにそれを学んだのかもしれない。 ケイリブが熱く語る。「なんかで、彼女のCDレヴューを読んだんだ。そうしたら、そのライターはまあまあの評価しかしていなかった。オレは訊きたい。アンタにとっての最高のピアニストは誰なんだ、と。彼女に賛辞を贈らずして、一体誰を誉めるんだ、とね。(笑) まあ、評論家なんて、そのアーティストを誉めもしなければ、けなしもしないのが多いからな。(笑)」  番組の中で、彼女はいくつもすばらしい言葉を語っていた。「例えばうまく弾けない日が3ヶ月続いたとしても、原因は自分にある(とわかった)時点で、それは苦労でも挫折でもないですね。曲が出来ないからスランプとか、うまく弾けないからスランプだとか、そんなのは(関係ない)、とにかく、できるまでやれ、と。(笑)」 「(自分には決められた)労働時間なんてないですよ。(その道を)極めたければ極めたいだけ働けということなので、死ぬまでにどこまで極められるかは自分の労働時間にかかっている」 こういうセリフがものすごくイチローっぽい。表情とか言葉のしゃべり方とか。(笑) 別に彼女がイチローのファンということはないだろうが。 「荷物が全部なくなっても、靴と衣装とピアノさえあればなんとかなる」 「まだまだ駆け出しですからね。演奏させてくれるところがあればどこへでも行く。営業取ろうと必死になっている新入社員と同じですよ」 彼女は現在ボストン在住。ニューヨークの名門ジャズクラブ「ジャズ・スタンダード」に出演するときは、朝、10ドルの長距離バスで4時間半かけてニューヨークに行き、演奏を終えて、吉野屋の3ドルのビーフボール(牛丼)を一人で食べてから、再び終夜バスで戻る。日帰りの長い一日だ。飛行機なら4-50分の距離だが、まだまだ新入社員は飛行機には乗れない。しかし、重い荷物を持ってマンハッタンのパークアヴェニューを歩く彼女にはそんなことはものともしない充分なガッツがあった。 テレビ番組放映後、CDの売り上げがどーんと伸び、現在品切れになっている、という。このドキュメンタリーを見たら、日本人なら誰でも彼女を応援したくなるだろう。アーマッド・ジャマルのライヴ以来、ピアノ・トリオをたくさん見たい僕としては、はやくライヴが見てみたい。そして直接話をしてみたい。 「ひとつ山の頂上を昇るとまた目の前に大きな山が立ちはだかってるんですよねえ。ずっと続くんじゃないでしょうか」と彼女は言う。 マンハッタンからボストンに帰る深夜バスは、喋り声さえまったく聞こえず、かすかな寝息がもれてくるだけ。彼女も疲れでうとうとしているだろう。下手をするとボストンに着く頃には朝になっているかもしれない。だが、きっと近い将来、彼女はニューヨークに移動するときにも飛行機を使うようになり、ライヴが終ってもその日はニューヨークのホテルでゆっくり熱いバスタブに浸かって体を休めることができるようになるだろう。荷物も彼女自身が持たなくてもよくなるにちがいない。 1979年3月26日静岡生まれ。24歳未年のこの新人社員は、将来大出世まちがいなしだ。 +++++ 上原ひろみオフィシャル・ホームページ http://www.yamaha-mf.or.jp/art/official/hiromiuehara/http://www.hiromimusic.com/index.htmhttp://www.universal-music.co.jp/jazz/j_jazz/hiromi/ 毎日新聞掲載の記事。 http://www.mainichi.co.jp/life/music/cia/2003/0609.html ボストンからの夜行バスの物語。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030423.html +++++ PEOPLE>Uehara, Hiromi

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Soul Joint Will Held 2nd Anniversary Party

2周年。 新宿のソウルバー、ソウル・ジョイントがこの11月で2周年を迎え、その記念パーティーが11月7日(金曜)、8日(土曜)に行われます。この二日間は夜7時から真夜中まで、3000円で飲み放題。 ソウル・ジョイントは、新宿3丁目の界隈のソウルバーの中では新しい部類にはいります。僕もオープンしてまもなくソウルメイトUに連れられ行きました。プレイするのはCDのみですが、オープン当初から比べるとずいぶんとCDの数が増えています。 カウンター横の壁にいつのまにかCD棚ができていました。マスターは60年代から70年代のソウル、R&Bがお好きなようです。オーティス・レディング、OVライト、アレサ・フランクリン、チャイライツなどなど・・・。彼は2年ほど前サラリーマンをきっぱりやめて、このソウルバーを始めました。比較的大人向けのソウルバーでしょうか。一度ぜひ。 ソウル・ジョイント〒160-0022 新宿区新宿3-10-7前田ビル 2階03-3353-5102日曜祝日・休み 新宿通りと靖国通りの間。要通りの一本新宿寄りの道沿いにあります。 ENT>SOULBARS>Soul Joint

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Bobby Caldwell Would Support The Night For Tropical Rendezvous

ランデヴー。 「ホワット・ユー・ウォント・ドゥ・フォー・ラヴ(風のシルエット)」がアメリカでヒットし始めたのは1978年10月からのこと。日本にはその輸入盤アルバムが同年暮れに入った。日本盤がCBSソニーから発売されるのは79年3月。79年の夏は六本木あたりに現れ始めたカフェバーなるもので、こうしたボビーやボズ・スキャッグスなどの聴きやすくメロディアスな作品がアルバム単位でプレイされるようになっていた。原宿のメロディーハウスや青山のパイドパイパー・ハウス(ともに当時流行っていた輸入盤専門店)では、日本盤が出る前に爆発的に売れていた。 それらの音楽は日本ではまもなく「AOR」という言葉で語られるようになる。アダルト・オリエンテッド・ロック、すなわち大人向けロックという意味だ。アメリカで「AOR」というとアルバム・オリエンテッド・ロックなのだが、いつしか日本ではAORは、こうしたボズやボビーなどのサウンドを指すようになった。サーファーが好きそうなタイプの音楽ということで、サーファー・サウンド的な受け入れられ方もした。 「風のシルエット」は90年代に入って、アリーヤ、モナリサ、グル、2パックなど多数のヒップホップ系アーティストたちによってサンプリングされ、一部のサビのメロディーは大変浸透度が高くなっている。そして、「風のシルエット」がでてから4半世紀、90年代にはいって何度も来日し根強い人気を持っているボビー・コールドウェルが再び超満員のブルーノートに登場した。僕が彼のライヴを見るのは79年の初来日と90年のパーラメントでのライヴ以来だと思う。 アンコールを含めて12曲、70分。メロディアスな作品群は、観客を70年代後半から80年代初期に連れ戻す。もっともヒットした頃には聴いていない新しい世代にとっては、新鮮な音楽に映る。すっかり日本通の彼は、曲間で時折日本語を交える。 カヴァー曲がおもしろかった。ディオンヌ・ワーウィックなどでおなじみのバカラックたちの名作「ウォーク・オン・バイ」、エモーションズの大ヒット「ドント・アスク・マイ・ネイバーズ」、アーロン・ネヴィルの「テル・イット・ライク・イット・イズ」など、けっこうボビー節になっていた。声もしっかりよくでていた。あの顔が誰か有名人に似ているような気がしたが、思い浮かばなかった。 やはり一番受けていたのは「風のシルエット」だった。「風のシルエット」というシングルの邦題もすごいが、このアルバムの邦題もすごい。それは『イブニング・スキャンダル』! そして、お宝発掘だあ! 79年頭に日本のレコード会社が作ったチラシの文句はこうだ!   「シルエットは揺れ動く、スキャンダラスな夜、今夜はトロピカル・ランデヴーとシャレてみようぜ!」 どうだ! トロピカルっていう言葉も、かなり死語ですねえ。(笑) ランデヴーは、デートのこと。でも、このアルバムはたくさん売れて、ボビーは一躍人気洋楽アーティストになった。今夜の会場のカップルは、トロピカル・ランデヴーとシャレてみたかな。 Artist: Bobby Caldwell WHAT YOU WON’T DO FOR LOVEBobby Caldwell I guess you wonder where I’ve beenI searched to find a love withinI came back to let you knowGot a thing … Continue reading

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Dear Friend: Illustration Of Sampling Or Remix

鹿。 真鍋太郎さんの個展を見てきました。雑誌「L&G」連載時の拙文にイラストを描いていただきました。それ以前から他の雑誌などでよくイラストは拝見させていただいていましたが、自分の文章にちゃんとカラーのイラストが掲載されるというのはほんとに楽しいものだな、とその時つくづく思ったものです。 代官山で行われている個展は鹿を描いた作品が18点プラス大きな作品で4点。真鍋さんは、かつて子どものころアメリカの西部劇を見て、馬やインディアンなどにすごく惹かれ、たくさんの馬を描いてきましたが、今回は馬ではなく鹿を描きました。 なんでまた鹿を? 映画『ディア・ハンター』でもお好きなんですか。「ええ、あれも好きなんですが…(笑) 鹿にはやさしいところもあれば、野性的なところもあるでしょう。二面性というか。そういうところをちょっと描いてみたかったんですよ。マイケル・ジャクソンだって、やさしそうなところもあれば、すごく普通の人からみると変わっているところもあるでしょう。みんなどこかしら、そういう二面性みたいなものがあると思うんですよ」と彼は語ります。 ちょうど、耳のところに安全ピンが刺さった鹿がいたので、「これはなんで、ピンが刺さってるんですか」と尋ねると、「これは、ちょっとワルの鹿です・・・」とのお答え。ワルの鹿とグッドな鹿、なるほど。ピアスをしているような感じです。たしかに可愛い鹿、こわもての鹿、いろいろいます。 今回の作品は、実際さまざまな紙などの素材に絵を描いたものをデジタルデータ化し、それをデジタルプリントしたものだということです。で、そのデジタルプリントをクロース(布)などに施しています。それぞれの作品は限定で10作品ずつ、1から10までナンバリングされています。 真鍋さんは、ジャズ、カントリー、そして、ソウル、R&Bなどを聴いてきました。彼はどんな素材のもの上にも絵を描きます。雑誌の紙の上を白く塗ったりして、そこに書きます。ここはこっちから、そこは別のところから素材をとってきたりもします。ただ「コラージュとはちょっと違う」と彼は言います。しいて音楽の世界の言葉で言えば「素材をリミックス」したり、あるいは、「サンプリング」したりして絵を描いている、あるいは、作品を作っているというニュアンスでしょうか。 例えばこのホームページのトップに掲載している鹿の絵は黒ですが、デジタル処理でやろうと思えばどのような色にもできます。それこそ、アンディー・ウォーホールが同じデザインの絵を色違いで数十点も並べたようなことが、今ではいとも簡単にできるわけです。そして、鹿の絵自体は同じものの、下地が違っています。これなど、基本的な絵は同じですが、まさにちょっとしたリミックス違い、といった感じです。 その鹿の頭上にはバナナが描かれています。ウォーホールっぽいですよねえ。「このバナナは、ここにバナナがあったらどうなるかな、と思って描いてみたんですよ。そしたら、きっとウォーフォールもそんな感じでいろんなものを描いていたんじゃないかな、って思って」 ウォーホールとピカソが、真鍋さんのアイドルだそうです。なるほど。「もし、ウォーホールやピカソが生きていたら、絶対こういうデジタル技術を使って作品を作っていたと思うんですよ」  真鍋さんも、ヒップホップ系イラストレーターということになるのでしょうか。少なくとも充分にオルタナティヴです。あ、西部劇が大好きだから、会社名が「ボナンザ」なんですね! 今、気付きました。 +++++ picaro taro真鍋太郎、鹿を描く。ディア フレンドDear Friend, @ HUSK in 代官山2003.11.2(sun)~11.24(mon)毎日OPEN◆11:00→→19:00 HUSK ギャラリースペース渋谷区恵比寿西 2-12-14 TEL◆03-5459-1539 EXHIBITION>TARO, MANABE

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Moon River: Great Song, Great Story: Who Is Huckleberry Friend?

ハックルベリー・フレンド。 「ムーン・リヴァー」っていい曲ですね。(10月14日付け日記) この曲の歌詞の意味を何度も何度も聞いて再考しました。映画『ティファニーで朝食を』を借りて見ました。なるほど。映画を見て、新たな発見、納得した部分がありましたので、少し書いて見ます。 映画の主人公ホリー(オードリー・ヘップバーン)は訳ありの美しい女性。その彼女のアパートの上に住んでいる作家(ジョージ・ペパード)も金持ちのご夫人のつばめもしているという訳ありの男。この映画は彼らふたりの間のラヴストーリーです。 映画の中ではオードリーがアパートの窓辺でギター片手に歌います。これは名シーン。この曲は、ヘンリー・マンシーニがあまり音域のないオードリーのために、音も一オクターブ以内で作られました。そして、このオードリーが歌うようにジョニー・マーサーによって歌詞が書かれました。当初このシーンは、映画会社はカットしようとしたそうです。しかし、オードリー本人の希望もあり、採用されます。 タイトルとしては「ジューン・リヴァー」「レッド・リヴァー」「ブルー・リヴァー」などの候補もあがったといいます。しかし、結局、作詞家ジョニー・マーサーの実家近くに流れている「バック・リヴァー」の愛称「ムーン・リヴァー」に決めました。 曲のテーマは、映画の主人公オードリーが誰にも束縛されずに生きたい、世界に飛び出して、いろいろなものを見たいという希望をもつところにあります。その世界にでていく道筋がこの「ムーン・リヴァー」に象徴的に描かれています。 「いつか私は優雅にこの川を渡ってみせる」は、まさに優雅に世界に飛び出してみせる、という意味です。ティファニーにあこがれているオードリーです。優雅に世界にでるに決まっています。そして、この川のむこうには、夢もあれば、挫折もあります。そして、二人の漂流者が世界に一緒に飛び出す。この二人は、結局、オードリーとジョージになっていきます。二人の愛はなかなか最初のうちかみあっていません。だが、二人は同じ虹のかなたをめざしていたのです。それぞれ別の道で虹にアプローチしていたんですが、結局行きつく先は同じだった、というわけです。 そして、一番むずかしい一行が次です。 「マイ・ハックルベリー・フレンドとムーン・リヴァーと私」。さて、訳では「マイ・ハックルベリー・フレンド」を「冒険を共にする友達」としました。前の日記で書いたようにこれはマーク・トゥエインの小説からきています。一緒に川を上っていく友達です。さて、しかし、これは一体誰のこと? ジョージ・ペパードのことだと思いますか。違うんです。今回、わかりました、映画見て。(もっとも僕の解釈ですが) その秘密はエンディングにありました。もし映画見てない人で映画を見る予定の人は、これより先に進まないように。(笑) もっとも何度もテレビなどでも放映されてますから、みなさんこのエンディングはご存知かもしれませんね。 エンディングで再び「ムーン・リヴァー」が流れます。このシーンでオードリーはずっと飼っていて、ブラジルに行くためについさきほど路上に捨ててしまった猫を雨の中で探します。同じくその猫を探しに来たジョージ。オードリーが猫を見つけ、ジョージと目があい、猫を間に抱いたままふたりは熱いキスをします。そう、この猫ちゃんこそ、ハックルベリー・フレンドとしか言いようがないのです! 二人とこの猫ちゃん=ハックルベリー・フレンド。3人で、一緒にこれから生きていくのです。 こういうのって100回くらい聞いていて、ふと101回目に「あ、そうだ!」ってわかるもんなんですねえ。現場100回とはよく言ったものです。翻訳の時も、わからないときは、「原文100回」ですね。(笑)  そして、今度は最後のハックルベリー・フレンドの次に来るムーン・リヴァーは、ジョージのことも隠喩しているとも受け取れます。それまでジョージはずっとオードリーに生きる道筋をアドヴァイスしてきた。世界にでていくムーンリヴァーは、まさにジョージが照らしてきた川なんです。 映画のエンディングのところではちょっとだけ歌詞が違っています。最初のヴァージョンはTwo drifters off to see the world なんですが、エンディングではMoon River off to see the worldになってるんです。 ですから、「川の流れに私は身をゆだねる。ムーンリヴァーは世界に続く・・・」という意味になります。そして、猫ちゃんとジョージと私で、虹のかなたの夢に向かっていく、というわけです。 たかだか9行程度の歌なのにとても深みのあるお話ですね。以上、今日の世界名曲物語でした。 本日の山野ミュージック・ジャムでヘンリー・マンシーニの特集をし、この曲のお話をします。 ++++++++++++++++++ ムーン・リヴァー ムーン・リヴァー、それは1マイル(1.6キロ)以上の幅の大きな川いつか、私は優雅にこの川を渡ってみせるこの川のかなたには夢もあれば、失望もある川の流れのままに、私は身を任せる二人の漂流者は、世界に出るために川を進んでいく 見るべき世界は数知れない私たちは同じ虹のかなたを追い求めているきっとその虹のかなたにはいいことが待っている冒険を共にする友達と、ムーン・リヴァーと私 +++++ Moon RiverWords by Johnny Mercer … Continue reading

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Mr. Picaro Taro’s Exhibition Will Opens On Sunday

個展。 既に、トップページでお知らせした通り、本ホームページの「車窓を奏でるメロディー」のイラストでおなじみの真鍋さんの個展が11月2日から開かれます。僕も2日の日におうかがいします。 真鍋さんのイラストは、以前から存知あげていましたが、彼がソウル、ドゥワップ好きであることはあとになって知りました。 送っていただいたメッセージにはサム・クック、テンプテーションズ、ミラクルズなどからTLCなどの名前もでてきます。 ところで文字を書く人間とイラストレーターは、紙面では一緒になっていても、意外と直接会ったりすることはないものです。2年弱の連載中、お会いする機会はありませんでした。僕がこのホームページに「車窓・・・」を載せ、そのためにイラストの掲載許可をお願いするために連絡したときも、近いうちにお会いしましょう、と言いつつ今日までのびのびになっていました。お会いできるのを楽しみにしてます。 真鍋さんのイラストのファンの人がいて、その雑誌のコラムを読んでいる人がいました。その人物はイラストに引かれて原稿を読んだのですが、それが昔からの僕の知り合いだったことから、僕に連絡をしてきたことがありました。雑誌の原稿なんて誰が書いているかなどなかなか気にもなりませんが、イラストや絵は、誰が書いたか一目見ただけでわかるからすごいものがあります。 タイトルや、小見出し、フォントを見ても誰の文章かはわかりませんが、イラストや絵はすぐにわかります。うらやましい。僕は昔から絵が上手な人に、いつもちょっとした嫉妬心を持っています。(笑)  というわけで、真鍋さんの個展、興味あるかたはぜひ一度足をお運びください。

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