Monthly Archives: November 2005

Franklins Jazz & Burger Vol.2 Will Be On Friday

【フランクリンズ第二回、金曜に迫る】 ゆったり。 島津山の瀟洒(しょうしゃ)なハンバーガーショップ「フランクリン・アヴェニュー」で行われるジャズ&バーガーその第二回がいよいよ明後日(12月2日=金曜)にせまった。リハーサルも3回ほど行い、まあ、だいたい方向性は固まってきた。 今回も基本的にはジャズやスタンダード曲ばかりで2セットを行う予定。今回のおみやげCDのタイトルは「スターダスト」です。 前回のフランクリンズのレポートは次に。http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_07_19.html 今回は、前回での経験を踏まえて、ステージをお店の中心にもってくる。また、オウナーのご好意によって、前回好評だったワインなどをさらに一歩グレイドアップしたものを提供することになっている。 ワインで酔うもよし、音楽で酔うもよし、ゆったりした時間をお過ごしください。 (ほぼ予約で埋まっていますので、もし参加ご希望の方は、至急ご予約メールをお送りください) ++++++++++(ご案内) スノーフレイクとともに、テイスティーなジャズと、デリシャスなバーガーのひと時を~~ 島津山の片隅で妥協を許さないハンバーガーを作りつづけて15年~瀟洒な一軒家フランクリン・アヴェニューを舞台に行われるカジュアルでクラッシー な一夜 ハンバーガー片手に、ジャジーなひと時を過ごしませんか? Tasty Jazz and Delicious Burger~ジャズとバーガーの夕べFranklins’ Jazz & Burger Vol.2 ~ ”Silent Night” 【日時】 2005年12月2日(金曜日)【開場】 18時30分 【開演】 第一部19時30分、第二部20時30分 (入れ替えなし)【出演】 ザ・フランクリンズ (西任白鵠=ヴォーカル、森田聡=ベース、松本幸 三=ドラムス、加納正隆=ピアノ、中尾剛也=ギター)【場所】 7025フランクリン・アヴェニュー 東京都品川区東五反田3-15-18【料金】 ¥5000–(税込み)ハンバーガーとドリンクが充分についています。CD おみやげ付き(CDおみやげは予約された方のみです)【予約制】 席数に限りがありますので、基本的に予約入場といたします。予約がない場合入場できないこともありますので、ぜひ、ご予約ください。【予約方法】 Franklins0718@yahoo.co.jp まで、お名前(フルネーム)、電話番号、人数、何でこのイヴェントを知ったかをお書きの上、お送りください。 折り返し予約確認メー ルとお店への行きかた等をお送りいたします。【問合せ】 Franklins0718@yahoo.co.jp までメールでお問合せください。申し訳ご ざいませんが電話での問い合わせは受けておりません。 では、12月2日、フランクリン・アヴェニューでお会いしましょう。 ENT>MUSIC>ANNOUNCEMENT>Franklins’ Jazz & Burger Vol.2

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Marcus Miller: Another Strong Black Funk Band

【ブラック度全開のファンクバンド】 フロントマン。 一般的に言えば、ベース奏者はドラムスと同様、音楽の屋台骨を支える文字通り「縁の下の力持ち」的存在だ。ところが、このマーカス・ミラーという男のベースは、思いっきり前面にでてくる。彼は、まちがいなくベースという楽器で堂々のフロントマンだ。 元マイルス・デイヴィス・バンドのベース奏者、アレンジャー。ルーサー・ヴァンドロスの『ネヴァー・トゥ・マッチ』以来のプロデューサーであり盟友。超売れっ子のスタジオ・セッション・ベース奏者。そして自己のグループをいくつも作り活躍するミュージシャン。マーカスにはいくつもの顔がある。 単にベース奏者で人気者と言えば、古くはラリー・グラハム、ブッチー・コリンズ、ルイス・ジョンソンという系譜があり、現在はまさにマーカスがその旬の最高峰か。日本では日野賢二。やはり、ベースを強い力でまるでギターのようにメロディーを弾いてしまうところが圧巻。さらに、勢いのチョッパー・ベースも見逃せない。 マーカス名義では今年の2月に来日していたが、タイミングがあわず見られなかったので、久々になる。 ベースとトランペット、あるいは、サックス、キーボードなどとの楽器バトルがあちこちにちりばめられる。まさに、ミュージシャンズ・ライヴだ。マーカスはさらに多彩なところを見せ、「カム・トゥゲザー」では、キーボード、サックスもてがける。基本的には、ブラック度が圧倒的なファンクバンドだ。そのほとんどがインスト曲という感じ。また今回はハーモニカがなかなかアクセントになっている。もうひとつ縦笛みたいな楽器が目を引いた。 「カム・トゥゲザー」から「フランケンシュタイン」までの約30分のノンストップの流れは、実に強力。4曲目「カム・トゥゲザー」と6曲目の間にもう1曲あったようだが、流れが自然なので、わからなかった。スライの「サンキュー」のリズムパターンをベースにしたような曲だった。ただのジャムなのかな。 それにしても、ファンキーなバンドだ。また、アンコールの「シルヴァー・レイン」(エリック・クラプトンと共作。マーカス自身の歌あり。マーカスの最新作『シルヴァー・レイン』のタイトル曲)は、なんと30分近くやっていた。マーカスが言うところの「ヤンキーには難しいレゲエ・シャッフル・ビートの曲」で、実に気持ちよかった。 (11月28日から12月3日まで東京ブルーノート) ■マーカス・ミラー関連記事 2005/03/15 (Tue) Marcus Miller: Silver Rain http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200503/diary20050315.html 2003/08/19 (Tue) Standing In The Shadows Of Legacy: Finally, Lalah Sings… http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030819.html ■セットリスト Setlist (2nd set) show started 21:3801. The Blues02. Boogie … Continue reading

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Jun Played Newly Arrived Piano: The Sound Of Piano Has Changed In Two Hours

【深町色に染まる新着ピアノ】 色。 この日は深町純ピアノ即興コンサートの第59回。来月12月で60回、つまり、丸5年が終了することになる。2001年1月から始まって、本人さえも驚く5年もの間続いている。 また、この59回目は今までと大きく変わったことがあった。ピアノが新しく入れ替えられたのだ。昭和45年に製造されたヤマハのピアノがついおとといこのアートカフェにやってきた。 深町さんはその時、「ためしに弾いてみますか」と言われ、「嫌だ」と答えたという。もし、そこでそのピアノがあまり良くなかったら、この日のコンサートをやりたくなるかもしれないからだ。さて、初めてこの35歳のピアノを弾いた感想は? 「ノット・バッ~ド(悪くない)」。 「1曲目であらゆる鍵盤を叩いてみて、このピアノはどんなピアノか、どんなことが得意なのか、得意でないのか、というようなことを調べてみた。やさしい、というか、あ、これ、あんまり弾かれてなかったよね、きっと。新しいピアノが来たら、まあ、ある程度のレベルのピアノですが、それは最初にいいピアニストに弾いてもらわないとだめになります。ピアノはピアニストによって、どんどん変わっていきますから。最初に下手な人に弾かれると、そのピアノはだめなピアノになってしまいます。それから、こういう店とかにあって、いろんな人が弾くようなピアノもだめになりますねえ。荒れちゃうというか。ひとりがずっと弾いていくピアノがその人のピアノになって、よいんです」 最初の文字通り1曲目を聴いていると、ちょっときんきんした感じがあって、僕はあまり好きになれなかった。それまでのピアノの音に慣れ親しんでいたせいか。一言で言えば、「違和感がある」ピアノの音色だった。だが、セカンドセット、後半になって、ふと気づくと、最初に感じられたきんきん感がなくなって、丸みを帯びてきたような気がした。ピアノの音が変わったように思えた。たった1-2時間でピアノの音って変わるのだろうか。 帰り際、深町さんに尋ねると、「変わる変わる、1時間でも変わるよ。(今日の場合は)どんどん僕の音になっていったんだろう」という。調律なんかも、途中でやることもある。今までのピアノは音がだいたい固まってきていたから、最初も最後もそれほど違いはなかったのかもしれない。だが、これはまだあんまり人に触られていないで、その固有の音がまだ定まっていなくて、それが徐々に変化していくところだったのだろう。この短時間でのピアノの音の変化は、めったに遭遇できるものでもなく、なかなかおもしろい経験だった。 ところで、この日のハイライトは第二部で登場したテルミン奏者、やの雪(やの・ゆき)さんだ。テルミンという楽器については、以前から噂は聞いていたが、本物を間近で見るのも初めてなら、その音を生で聴くのも初めてだ。 最初のシンセサイザー、つまり電子楽器だという。二つの棒があって、1本のほうに手を近づけたり遠ざけたりして、音の高低を調整、もう1本のほうに同様に手を近づけたり、遠ざけたりして、音量(音の大きさ)を微調整する。それで、5オクターヴくらい出るという。これが、手は楽器に触れないのに、音がいろいろ出てくるので、手品のようだ。 しっかり深町ピアノとあわせて、その演奏がなされた。個人的に印象に残ったのは、二人で演奏した「アメイジング・グレイス」。これはいいヴァージョンになった。深町さんによれば、この楽器はとにかく弾くのが難しい、という。彼もこの楽器が日本に来た時に練習しようと思ったが、あまりの難しさにあきらめた、と言っていた。気温、湿度や、近くに人がいるかいないかなどでも音が変化してしまう、という。要は人間が電気を通すので、その電流の変化を音にするそうだ。 テルミンの演奏はおもしろかったが、やはり、ピアノと音を合わせる時には、テルミンのピッチの調整が難しそうだ。しかし、ピアノやギターのように、押さえるところがはっきり目に見えるならともかく、空気しか見えないところで、よく音をあわせられるものだ。やはり、これもマジック(手品)か。 あまり弾かれてこなかったピアノが、いきなり、激しく弾かれて、きっとびっくりしているのだろう。そしてこれから、このピアノの音がどんどん磨かれていくにちがいない。言ってみれば、「深町純の色」に染まっていくのだ。これはこれで、ひとつ楽しみだ。 +++深町純・定例会、次回は12月24日土曜日です。場所はいつも通り恵比寿アートカフェ。 Setlist 1st setshow started 19:381. 2005年11月26日午後7時38分の作品(11.04)2.2005年11月26日午後8時05分の作品(トーマス君のために「水」)(07.57)3. 2005年11月26日午後8時26分の作品(舞踏家・石井さんと)(4.32)4.2005年11月26日御題拝借作品1(1.10)5. 2005年11月26日御題拝借作品2(「何かしら」)(1.09)show ended 20.40(approximately performing time: 25:52 of 62 minutes show) 2nd setshow started 20.591. 白鳥の湖(サンサース)(テルミン奏者、やの雪さんとともに)(4.24)2. やの雪・オリジナル(やの雪さん・ソロ)(2.07)3. ヴォカリーズ(ラフマニエフ)(やの雪さんとともに)(7.05)4. アメージング・グレイス(やの雪さんとともに)(4.58)5. 2005年11月26日午後9時42分の作品(9.03)6. 2005年11月26日午後9時57分の作品(8.09)show ended 22:08 … Continue reading

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Joe & George: Can Never Describe Their Music By Words

【言葉では表現不能なピアノ】 表現不能。 ”It Don’t Mean A Thing If It Ain’t Got That Swing” とは、つまり、「スイングしなければ、意味はない」といったところだろうか。デュオライヴの二人での幕開けはだいたいこの曲のようだ。デューク・エリントンの作品。ステージの右と左にピアノを置き、ジョージ・デュークとジョー・サンプルが好きに自由にピアノを弾く。そして、二人のピアノともにスイング感はたっぷりだ。 ジョー・サンプルは、「アメリカの古い曲が大好きなんだ」と言う。自らあちこちに足を運び、古いレコーディングを探したりしている。彼には15歳年上の兄がいて、ピアノを弾いていた。さらに、音楽好きの父親の影響もあった。ジョーは父が55歳に誕生した子供だったらしい。きっと、孫のように可愛がったのだろう。その父は1920年代、まだ飛行機がない時代に、ルイジアナからカリフォルニアへ向かう長距離列車の食堂車のシェフだった。その当時列車での仕事は、花形だった。飛行機がないので、どこかに移動するのはもっぱら列車だった。しかも、1等車ともなれば、かなりの値段がしたので、金持ちばかりが乗っていた。ジョーによれば、「父親はひじょうにいいシェフだった。母親もね。だから、問題だった。(笑) (おいしいものばかりが作られるのでたくさん食べて太ってしまう、という意味)」という。 オープニングの「イット・ドント・ミーン・ア・シング」は、ジョーが生まれるはるか昔に書かれた作品。ジョーは1939年生まれだが、この曲は1929年ころにはできていた。なんと父親がよく歌っていて、覚えていたという。 ここ一週間で、どちらかがソロでやった曲をデュオでやったり、デュオでやっていた曲をソロでやったり、彼らの手にかかれば、なんでも自由自在だ。ひとりピアノでの自由度の高さは容易に想像がつくが、ふたりでも彼らにかかれば、何でも自由度いっぱいだ。モーションでは、「エイント・ミスベヘイヴィン」がジョーのソロだったが、今日は二人で演奏。また、それぞれのひとり弾きのところの曲もけっこう入れ替えている。 ジョーがステージで語る。「普通、ピアニストは決してピアニストと一緒に演奏はしないものなんだ。ピアニストは、サックス奏者、トランペット奏者、ギター奏者、トロンボーン奏者・・・ そういった連中と一緒にやるのであって、決してピアニストとはやらない。(笑) だが、私とジョージは、すこしそろそろそういう考え方を変えてもいいと思うようになった」  それにしても、彼らのピアノの音は小さい。何か飲み物を飲んだり、食べたりするのも慎重にならざるをえない。しかし、小さくなればなるほど聴く側の集中は高まる。そして、集中が高まれば、聴き終えた時、どっと疲れる。もちろん心地よい疲れだ。たとえば、スタンディングで大音量のバンドを聴いた後の疲れと、違う種類の疲れだ。肉体的疲労というよりソウル的疲労か。 それにしても、彼らのピアノの音を言葉に置き換えることはできない。何百の単語を持ってしても、ジョーのタッチ、ジョージのフィーリングは表現できない。これは、この場に来て、実際に彼らの生演奏を見て、感じる以外理解はできない。 それにしても、彼らのピアノの息のあったことといったらない。瞬時に、主旋律を弾いていたほうが、リズム隊に変わり、さっきまでリズムを弾いていたほうが、こんどはメロディーを弾いていたりする。 ジョーのソロパートで、「スペルバウンド」と「ザ・ソング・リヴズ・オン」の2曲を終えた後、またジョーが話し出した。「私が生まれ育ったヒューストンは、牛の街だ。昔も牛の街だったが、今も変わらないな。(笑) 要はまったく洗練された街ではないということだ。ヒューストンには、ほとんど何にもないんだ。教会以外はね。あるのは、教会、教会、教会、教会・・・。それと、ブルーズを聞かせるブルーズバーはある。あちこちに、ブルーズバー、ブルーズバー、ブルーズバー・・・。(笑) ピアニストは同じで、日曜には教会で神様のためにピアノを弾き、金曜土曜にはその同じピアニストが・・・(それ以上、言うな、とジョージがストップをかけた=(笑)) 言ってみれば、ブラックミュージックのすべては、チャーチ(教会)とブルーズなんだ。そこから生まれるストンプとシャウト、これだ。リトル・リチャードは教会からでてきている。さあて、ジョージ、世俗的な曲はできるかな」 こう言って二人は、ごきげんなのりのファンキーな曲を演奏し始めた。 左手で主にリズムパターンを繰り返し、右手でメロディーを弾く。ものすごくのりがよく、観客からも手拍子がかかった。この曲のタイトルがわからなかったので、ジョージとジョーにあとで尋ねた。「あのリトル・リチャードなんとかって言ってプレイした曲のタイトルはなんですか」 「ああ、あれか、タイトルないよ。適当にやったジャムセッションだから!」 「えええっ、これ、ジャム・セッション? じゃあ、リハもやってないの?」 すごいなあ。けっこう、起承転結あって、まとまっていたように思えた。ジョーが言った。「『ジョーズ・チャーチ』でいいよ(笑)、『ジョーズ・ブルーズ』でも、どっちでも」 ジョージ「おお、それで行こう。『ジョーズ・チャーチ』」 インストゥルメンタル曲のタイトルなんて、こんな風に決まるのだろう。(笑) また、アンコールで演奏される「ストリート・ライフ」も日に日に彩りを変える。それは、まるで虹のように日によって違う色彩を見せてくれる。ジョージとジョーのライヴパフォーマンスは、雨粒の如く、雪の如く、雲の如く、そして、虹の如く、決して同じものはない。 +++++ Setlist Second Set (November 25, 2005) (註、Joe&George はジョーとジョージのデュオ。それぞれのソロは、ひとりだけで演奏。曲目後は、オリジナル作曲者とその作品が登録された年号。ヒット曲の場合は、ヒットした年) show started 21:33 =Joe & George= 01. It … Continue reading

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Leon Russell: Living Legend

【レオン・ラッセル・ライヴ・バンド・ヴァージョン】 バンド。 生きるロック界の伝説、レオン・ラッセルが久々の来日。東急文化村オーチャードには、往年のロックファンらしき人たちが集結した。しばらく前のアル・クーパーの観客と似ている。ラッセルは、月曜日にアコースティック・ヴァージョンのライヴを行う予定だったが、結局エレクトリックになったという。よって、2回(月曜と木曜)ともエレクトリック・バンドのライヴ。 それにしても、レオンはしっかりした声で、次々と作品を歌っていく。なんと言っても、よく声がでていて、エネルギッシュにアップテンポの曲を歌っていく様が力強い。 彼は南部出身ではないが、やはりアメリカ南部のルーツ・ミュージックをしっかり根底で押さえている感じがする。リアル・ミューシャンのリアル・ミュージックだ。 そして彼の歌声を聴いていて、ここにも改めてレイ・チャールズのヴォーカルの影響を感じた。と思ったら、なんと、レイの曲「ナイト・タイム」や「ジョージア・オン・マイ・マインド」をやった。「ジョージア・・・」に限って言えば、この一週間でジョー・サンプル、シーラ・レイ・チャールズ、そして、レオン・ラッセルと3つのヴァージョンを聴いたことになる。レイ以外でも、ドクター・ジョンなどの影響も感じられた。 セットリストは事前にもらっていたのだが、どうにもわからない曲が多かった。また、1曲1曲が短く、ほとんどおしゃべりもないのがひじょうに印象的だった。メドレー形式でやることもあるので、1曲が短いということもある。下記セットリストで 「~」をつけたのは、次の曲とメドレーでやったもの。 (守島さんの書き込みを参考に、セットリストを少し補完しました。ありがとうございます。// で示してあるのは、曲がメドレーではなく、きっちり一度終ったという意味です。~はメドレーでつながっていた、という感じです) Setlist (Imcomplete) (~denotes medley to next song) show started 19:0601. Delta Lady02. Rolling In My Sweet Baby’s Arms~03. Stranger In A Strange Land04. (Night Time Is) The Right Time (Ray Charles)05. Kansas City … Continue reading

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Joe Sample (Part 5); Performance In Living Room

【リヴィング・ルームのパフォーマンス】 財宝。 ちょうど、ジョー・サンプルがピアノに向かって座ったその真後ろに陣取った。ジョーの揺れる背中、上下に動く両腕、左右に動く両方の手の指が見える。三分の一ほど蓋があいたグランドピアノから直接、音が耳に入ってくる。 ずっとその揺れる背中を見ていると、徐々にジョーに感情移入してしまい、なんとなく一緒にプレイしているような錯覚に陥った。映画を見ていて主人公に感情移入することはよくあるが、ミュージシャンのライヴではなかなかない。それはきっと、向こう側のピアノのジョージ・デュークとジョーのアイコンタクトがたっぷりあるからだろう。ジョージがこっちを見るので、別に彼は僕を見ているわけではないが、なんとなくジョージと何かをしているような錯覚をしたのだ。 ジョー・サンプルの曲解説は、まるで大学の黒人音楽史のクラスを聞いているかのようだ。1920年代に活躍したジェリー・ロール・モートンの「シュリヴポート・ストンプ」を演奏した後、マイクを持って彼は解説した。「みなさんは『ケーキ・ウォーク』を知ってるかな。奴隷時代に、奴隷たちのカップルがダンス・コンテストをやっていて、優勝するとケーキがもらえた。そんなダンスがケーキ・ウォークだ。(註、きっと、独特のダンスステップなのだろう) 僕の母親は、ケーキ・ウォークをしてたらしい。ジョージもやってたんだろう。(笑) (やってないよ、とジョージ) まあ、彼の血にはチェロキーの血が入ってるんだ。アメリカ人なんて、(あらゆる血が入り混じっているので)自分が(純粋に)何者かなんてわからないものだ」  もちろん、こうしたサンプル教授の講義も楽しみのひとつではある。彼の講義から知ったことも多い。(ニューオーリンズについて↓) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/diary20040507.html そして、それ以上に、例えばピアノを志している人、プロでもアマチュアでも、そうした人にとっては、ジョーとジョージのこの80分のパフォーマンスを間近に見るということは、何十時間のレッスン以上のものを得られるのではないだろうか。いいプレイヤー(音楽でも、スポーツでも)は、いいプレイヤーのパフォーマンスから盗むことがうまいものだ。ここには、そんな盗める素材が山のようにある。財宝ざくざくといったところだ。 僕も小学生の頃、ごたぶんに漏れずピアノを習わされた。バイエルを少しだけやった。だが、退屈で2年も続かず止めてしまった。もし、その頃、こんなジョーやジョージのライヴ・パフォーマンスを見たら、きっとものすごくピアノをやりたくなったかもしれない。もっとも小学生では、まだ無理かなあ。(笑) ピアノを嫌々習っている子供たちにこのような演奏を見せたらどうなるのだろうか。興味津々だ。 この日のハイライトは、ジョージ・デュークが初めてやったという「ソー・アイル・プリテンド・アゲイン」。ジョージの95年のアルバム『イリュージョン』収録の曲で、そこではダイアン・リーヴスが歌っていたもの。 彼らの演奏を間近で見ていると、誰かのリヴィング・ルームでピアニストがリサイタルを開いているかのようだ。ほんとにインティメイトな雰囲気で、しかし、ミュージシャンシップがほとばしり、緊張感とリラックスがほどよく混在し、なんともいえない空気感にあふれ、独特の時の流れがある。 アンコールとなった「ストリート・ライフ」では、ジョージがグラスを片手で持って、観客に向けて「カンパ~イ」とやったら、ジョーもそれを受けて、やはり右手でグラスを持ち、ジョージに向けて「カンパーイ」とやった。その間、二人とも演奏は左手だけになった。そして、ジョーの左手は、かなりファンキーなリズムパターンを演奏するにいたった。ジョーが言うところの「ファンキー・ストリート・ライフ」だ。たしかに今までの中で一番ファンキーな「ストリート・ライフ」になっていた。 Setlist Second Set (November 23, 2005) (註、Joe&George はジョーとジョージのデュオ。それぞれのソロは、ひとりだけで演奏。曲目後は、オリジナル作曲者とその作品が登録された年号。ヒット曲の場合は、ヒットした年) show started 21:02 =Joe & George= 01. It Don’t Mean A Thing If It Ain’t Got That Swing (Duke Ellington: … Continue reading

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Cab Calloway III: Kicked Off The Cotton Club’s Opening Week

【30年代のニューヨーク・ハーレムへ】 タイムマシーン。 キャブ・キャロウェイというコミカルなエンタテイナーが一世を風靡したのは1930年代のこと。その舞台は、ニューヨーク・ハーレムの当時もっともおしゃれな人々が行くコットン・クラブだった。コットン・クラブから全米に人気の火がついたアーティストは、多い。このキャロウェイやデューク・エリントンなどそのもっともいい例だ。キャロウェイはその後もコンスタントに活動を続け、最近ではジャネット・ジャクソンのヒット曲「オールライト」のビデオにキャメオ出演していた。それでも1990年のこと、今から15年前だ。 そして、そのコットン・クラブが日本にオープンし、柿落とし(こけらおとし)がキャブ・キャロウェイの孫、キャブ・キャロウェイ3世というわけだ。 通路を通ってステージに上がるときに、その顔からして、祖父であるキャブ・キャロウェイの生き写しかと思った。それほど雰囲気が似ていた。白いスーツで、白い指揮棒を激しく振りながら、観客を楽しませる。まさにブラック・エンタテイナーらしいエンタテイナー。 途中に女性シンガー、ポーラ・ウェストの歌でスタンダードの「ザ・マン・アイ・ラヴ」と「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」が歌われた。 「さあて、みなさんの中にちょっとだけ、グッドラック(幸運)が欲しい人はいるかな? もし、いるなら、これから私がその幸運の鍵となるおまじないを教えよう。私の後について、それを言ってみてくれ。ヘ~イ、ナウ! さあ、みなさん! ヘ~イ、ナウ~~」  何曲かのスタンダード、時代がかったビッグバンドが奏でるオールド・ソングの数々。今から70年前には、きっとニューヨークのハーレムでこんな感じのライヴに、ニューヨーカーたちが熱狂していたんだろうなあ、と思うと、ちょっとだけタイムマシンに乗ったような気になってきた。 この日は、なんと本家本元ニューヨークのコットン・クラブのオウナーという人が招かれてきていた。一言だけ話をしたが、「まあ、ここは、(ニューヨークの店の)ベイビーのようなものだ。そうだな、これからはあちこちにベイビーを作りたいな」と笑った。 Setlist (Incomplete) show started 20:3101. Calloway Boogie02. (He’s Such A) Be-Bop Guy03. Uh-Nah 04. Christmas With You05. The Fastest Song Ever Written =Paula West, Singer on two songs=06. The Man I … Continue reading

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Cotton Club Has Just Opened: Legend Begins With Ellington’s Song

【コットン・クラブ、丸の内にオープン】 伝説。 2005年11月22日、東京駅前、丸の内に新しいライヴハウス「コットン・クラブ」がオープン。そのオープニング・レセプションが19日と21日に華々しく行われた。入口にはレッドカーペットが敷かれコットン・クラブと書かれたナンバーをつけたクラシックカーが芸能人などを待ち受けていた。ちょっとしたセレブの集いのような感じ。 ニューヨークの伝説のライヴハウスで現在も営業している「コットン・クラブ」から正式に名前の使用許可を取りオープン。店内は、柱もなく舞台が見易く、内装は高級感漂い、青山のブルーノート風な雰囲気もある。「コットン・クラブ」は、座席数約180、店内のどこからでも、ステージが見易い段差のついた設計になっている。一番高いレヴェルが4人から5人のボックス席が舞台正面になる後方に6つ、右側と左側の壁側も、ボックス的な座席、一番下のアリーナが通常のテーブル席でここは、まさにステージのかぶりつき席という感じだ。一番下のアリーナ席だとステージと並行の感じになるが、ちょうどいい。店内の視覚には柱は1本もなく、ステージを見る上では最高の環境だ。 「コットン・クラブ」のアーティストのブッキングは、当初はブラック系を中心に、徐々にブラックにこだわらず良質な音楽に幅を広げていきたい、という。 レセプションに招聘されたのは、なんとあのレイ・チャールズの娘であるシーラ・レイ・チャールズというシンガー。アメリカでは、クラブやチャリティー・コンサートなどで歌っているという。このシーラに先日、インタヴューしたが、その模様はまた別の機会にご紹介する。 21日のオープニング・レセプションでは、16人編成のビッグバンドが登場。ビッグバンドの演奏をこの規模のライヴハウスで見られるというのは、なかなかのものだ。オープニングは、デューク・エリントンの「セカンド・ライン」という曲。 デューク・エリントンは、ニューヨークの「コットン・クラブ」に1927年12月から4年の長きに渡って出演した。言ってみれば、「コットン・クラブ」の顔のような存在になり、しかも、エリントンもここへ出演することで、人気をあげていった。そのエリントン作品を柿落とし(こけらおとし)の第一曲目にもってくるのも粋なもの。インストゥルメンタルで5曲(内1曲でタップダンサーが踊った)を披露した後、シーラが登場。こんどは全5曲、父親レイ・チャールズの歌を歌った。 シーラは、顔立ちがやはり、レイ・チャールズを思わせる。「アンチェイン・マイ・ハート」から始まり、これが終るとシーラが話し出した。「みなさん、映画『レイ』はご覧になったかしら。マージーはその中で、とても怒ってこの曲を歌っていました。今日は、私のヴァージョンで、お送りしましょう。『ヒット・ザ・ロード・ジャック』」 そして、曲の途中でバンドマスター、マイクとのやりとりをおもしろおかしく演じた。「マイク、あなたは昨日の夜、どこに行っていたの? 私は朝の6時まであなたをホテルの部屋で待ってたのよ。あなたは、リハーサルだと言ったけど、そんなことあるわけないわ。香水の匂いがするし、口紅がシャツについているわ」とナレーションをいれながら、うまく曲にしていく。シーラの声は太くて、ゴスペルで鍛えたことがわかる。 「ジョージア」は、ひときわ、この日の観客を喜ばせたようだ。さらに、「ホワッド・アイ・セイ」では、立ち上がる人たちも。アンコールは、彼女がもっとも好きだという「ドロウニング・イン・マイ・オウン・ティアーズ」。 こんご、この「コットン・クラブ」からどのような伝説が生まれるだろうか。 +++++ (11月22日からは、キャブ・キャロウェイ・オーケストラのライヴが始まります。実際はキャブ・キャロウェイの孫が率いるオーケストラが登場) コットン・クラブ・ウェッブhttp://www.cottonclubjapan.co.jp/ccj/top.html Setlist show started 20.0101. Second Line (Duke Ellington)02. Such Sweet Thunder (Duke Ellington)03. Love For Sale (Cole Porter)04. (tap dancer)05. Cotton Tail (Duke Ellington) Sheila Ray … Continue reading

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A Night To Remember: Thank God For Joe Played It For Me ~ Joe Sample (Part 4)

【忘れえぬ夜】 ハート&ソウル。 「ソウル・ブレンズ」が終って、青山へ直行し、整理番号をもらい、開場を待った。番号は14番。なんという番号。これだったら、どこでも好きな所へ座れそうだ。意外に、満員にはなっていなかった。会場に入るとピアノが2台右と左に少し離れて置かれていた。お店の人に、ジョー・サンプルはどちらのピアノか尋ねると、左だという。そこで左の一番前に座ろうとしたら、「あ、すいません、ジョーは右側のピアノです」と言うので、あわてて、右の一番前の席を取った。あぶないあぶない。(笑) ちょうど、彼がピアノを弾くと背中が見えるところになる。 それにしても、ふたりのピアノ・デュオというのは、どんなになるんだろう。まったく想像がつかない。 暗転してふたりがそれぞれの持ち場につく。ジョーがすぐ横を通る時、僕に気がついてくれた。いきなり、ジョー・サンプルとジョージ・デュークの演奏が始まった。どうやら、ジョーがリードして、ジョージがそれをフォローする形のように見受けられる。ジョージはずっとジョーのことを見ている。ジョーのピアノは、僕たちの席からは間近なので、アンプを通さない直接の音が聴こえる。アップテンポの曲は、ジョーがけっこう声を出して歌っているのが聴こえる。 ふたりで演奏する曲は、楽譜を見ている。そのため、彼はめがねをかけていた。たしか、ソロの時は、楽譜を見ないので、めがねをかけていなかったと思う。最初、ジョーが演奏を始めて、まもなく、ジョージが演奏を始めたのだが、ジョーの動きと違う音がでていて、初めてジョージがかぶさっているのが、わかった。それにしても、一体どのように連係しているのだろうか。まったくわからない。すごいものだ。こんなことができるのか。溜息ものだ。同行オッシーも、「いやあ、すごいっですね」。「ほんとすごいねえ」 ふたりで2曲演奏して、ジョージ・デュークのソロへ。自分の大好きな曲だと言って「マイ・フーリッシュ・ハート」を演奏した。これを聴いて、ジョージもジョーに負けず劣らず、優しいタッチを聴かせるのだなあ、と感心した。確かにジョージのピアノは、CDなどで聴かれるが、やさしくメロディアスだ。ジョージのソロピアノというのは、バンド内で1-2曲演奏されるだけで、なかなかじっくり聴く機会はなかったが、とてもよかった。 再び、デュオ。ジョージがシュアなリズムをキープし、ジョーが物語を爪弾く。それにしても、このデュオはすごいなあ。ピアノのデュオってみんな、こんななのだろうか。ジョーもジョージも、それぞれの力を出し切っている。 今度はジョーのソロの番だ。ちょっとだけ何かを弾いたら、突然気が変わったのか、それをやめてマイクを握った。「ちょっとまってくれ。実はひとりの人物が、先日ある曲をやってくれないか、と言ってきたんだ。その彼は僕が泊まっているホテルにCDを置いていった。『スターダスト』を覚えてくれ、と。(笑) そこで、僕はCDを聴いた。昔やっていたが、『スターダスト』はもう30年以上、やっていない。僕は、ナット・キング・コールのヴァージョンがとても気に入っている。そこで、(CDに入っていた)彼の曲を聴いて、やってみることにした。では今夜、30年ぶりに『スターダスト』をやってみよう」 やった~~~! ジョーはピアノの上に置かれている何枚かの楽譜から「スターダスト」の楽譜らしきものを取り出して、譜面台に立てかけ、それに目をやり、演奏を始めた。「あれ、なんで楽譜があるの? なんで、楽譜が?」 一挙に疑問符が点灯した。まさか、CDから楽譜を聴き起こしたのだろうか? 明らかに、何か弾こうとした曲は、やめてこれに変えたということだ。楽譜に目をやりながら、ジョーは「『スターダスト』はものすごく音(音符)がたくさんあるんだよ」と微笑みながら不満げに言った。 あのやさしいタッチで曲が始まった。紛れもないジョー・サンプル、間違いなく「スターダスト」。とてもゆったりしたテンポだ。はっきり言って、もうとろけます。大好きなジョー・サンプル氏が大好きな「スターダスト」を演奏してくれるなんて。しかも、ソロで。夢のようだ。死んでもいい。(笑) 5分半くらいだったが、このジョー・サンプルの「スターダスト」は、決して忘れない。 もう1曲、ジョーがソロを弾き、ジョージとふたりで2曲。そのうちの1曲はトゥーツ・シールマンの「ブルーセット」だった。今度はジョージのソロの番になり、ジョーは舞台を降りた。すると、なんと彼は僕らのテーブルの横に並んで座って、ジョージのパフォーマンスを見たのだ。グラスを少し掲げ乾杯をして、テーブルにあったフライドポテトをつまんだ。つまり、僕たちは今度はジョー・サンプルと同席して、一緒にジョージのライヴを見て、杯をかわし、ディナーを共にしたことになる。(笑) わお!  ジョージのこのソロパートもやられた。なんとあのアップテンポの「シャイン・オン」をスローのアコースティック・ピアノ1本でやったのだ。最初僕はわからなかったが、オッシーがすぐにわかった。「シャイン・オン」のスロー・ヴァージョンは想定外だ。そして、それに続けて、「スイート・ベイビー」。ジョージがいきなり歌いだした。ここで歌が入るか! まいった。 そして、再びジョーがステージに上がり、「僕も1曲やろう」と言って、「スペルバウンド」を演奏した。ちょうど、その演奏中、オッシーが、僕のメモノートに「ブルームーン」「ラヴ・フォー・セール」「ストリート・ライフ」と書いた。何かと思ったら、ジョーの足元に置いてあるセットリストを見て、それを書いたのだ。僕なんてとても、その距離の字は読めないが、なんと言っても視力2.0のオッシーの眼力はすごい。ほ~~。読めちゃうか、あの字が。すると、順番は違ったが、この3曲が最後に演奏された! 最後の「ストリート・ライフ」は、かなりピアノ・デュオの斬新なアレンジになった。ジョージは、よくジョーの方を見ている。特に、曲の締めのところなど、お互い目で合図しながら、うまく終わりを合わせる。 夢のような90分。ありがとう、ジョージ&ジョー。きっと、ジョージとジョーにとって、同じ夜はないに違いない。毎夜、たとえ同じ曲でもまったく違ったアレンジで、別の展開で披露していることだろう。マネジャーのポールがふと漏らした言葉がいまだに心に残っている。「(ジョーが)演奏する曲は同じでも、演奏自体は、毎回違うんだよ。彼のハート&ソウル(心と魂)以外はね」 毎回違うパフォーマンスを見せるが、曲の奥底にはいつもジョーのハート&ソウルが漂っている。 (ジョー・サンプル、ジョージ・デューク・ピアノデュオ・ライヴは、今週土曜日26日まで、東京ブルーノートで行っています) Setlist Second Set (November 20, 2005) (註、Joe&George はジョーとジョージのデュオ。それぞれのソロは、ひとりだけで演奏。曲目後は、オリジナル作曲者とその作品が登録された年号。ヒット曲の場合は、ヒットした年) show started 21:04 =Joe & George= 01. It Don’t Mean A Thing If It Ain’t Got … Continue reading

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Could You Do Me A Favor? Will You Play “Stardust” For Me? : Joe Sample (Part 3)

【30年は演奏していない「スターダスト」】 リクエスト。 饒舌になってきたジョーはいろいろな話を始めた。本当にテープレコーダーで録音したかったほどだ。記憶にまかせてジョーの言葉に聞き耳を立ててみよう。 「最近、僕はひとりでの演奏がけっこう気に入っている。バンドとかではなくね。なぜなら、ひとりでやるほうが、圧倒的に自由度が高いからね。バンドと一緒にやっていると、ある程度方向性が制限される。だが、ひとりでやっている限り、ある瞬間は、こっち、次の瞬間になにか思いついたらそっちと、どこにでも自由自在に移動できる。そういうところが好きなんだな。ポップ・ミュージックは、同じことを繰り返すので、苦手だよ」 「ジョージ・デュークとのデュエットは、8月だったかに、ハリウッドボールでやる機会があった。リハーサルかい? ジョージと5分くらいやったよ。(笑) ショウの構成は、ふたりで2曲やって、ジョージのソロ2曲、またふたりで2曲やって、僕のソロ2曲、といった感じで進めていく」 最近、聴いたアニタ・ベイカーのクリスマス・アルバム『クリスマス・ファンタジー』でのジョー・サンプルのパフォーマンスが大のお気に入りだったので、そのことを伝えた。「ああ、あのレコーディング・セッションはとてもいい経験になった。とても楽しかったよ。2日間だったかな。どれも、みんなワンテイクかツーテイクだよ」 「こんなことがあった。彼ら(プロデューサー、ソングライター、アニタたち)はその場で、曲を作るんだ。アレンジャーのバリー・イーストモンドが、彼もピアノを弾くんだが、こういう風にやってくれ、と僕に指示した。ところが、その指示通りにやると、そうじゃない、こうやってくれ、という。ところが、その指示が最初と次のでまったく違うんだな。(笑) 僕も言われたとおりにはできなくて、勝手にやってしまったりするんだけどね。まあ、何をどうするかが決まってないときには、よくあることなんだが。そのうちにドラマーのリッキー(・ロウソン)が、ドラムセットを引っくり返さんばかりに切れてね。(笑) いいかげんにしてくれ、みたいな雰囲気になったんだ。そうしたら、その瞬間から、すべての流れが変わった。そして、すごくセッションがうまく行き、とてもいい曲ができたんだよ。(註、『ファミリー・オブ・マン』か、『ムーンライト・スレイライド』のどちらかと思われる)」 「アニタはね、自分が周りの連中からクレイジーだと思われているということを知ってるんだ。彼女も自分はこういうシンガーだという枠を無意識のうちに決めていたりするんだね。そのために、ミュージシャンたちに対して厳しいことを言ったりしたりするのかもしれない。彼女自身が考える喉の限界とか、(歌える)音域の限界とかね。ところが、いいミュージシャンとコラボレートすると、そういう一流のシンガーでも、さらに一歩壁を越えて向こう側に行けるんだよ。きっと、アニタは、このセッションでそういうことができたと思う。その点でも、このレコーディングはとてもいい経験になった」 「東京から帰ったらニューヨークに行って、グラディス・ナイトのレコーディングに参加する。その後は、LAに戻って、ランディー・クロフォードとアルバムを作るんだ。そのために曲を書いて、アレンジしないといけない。今、(ホテルの)部屋でやってるよ。ランディーには、ニーナ・シモンや、ナンシー・ウィルソン、エラ・フィッツジェラルドなんかの曲を歌ってもらおうとおもっている」 そんな古い曲の話をしているうちに、セカンド・セットのオープニングでスタンダードの「ペーパームーン」をやった話題になった。「なんでまた『ペーパームーン』を?」 「いや、昔からなじみのある曲だから。昔の作品には、メロディーがあるだろう。僕はメロディーがある作品が好きなんだ」 そこで、僕の脳裏にひとつのアイデアが浮かんだ。 「1曲、演奏していただきたい曲が思い浮かびました。リクエストです。『スターダスト』は、演奏されますか?」 「おー、『スターダスト』・・・。昔、随分やったよ。でも、30年はプレイしてないな。(笑) 曲を正確には覚えてないよ。(といって、冒頭のメロディーをハミングする) ここは、メロディーだな、ヴァース(サビの部分)はどうだったっけ。(いろいろメロディーを試すが、なかなかサビ部分がでてこない) お~い、ポール(マネージャー)!」 「イエス・サー」 「スターダストのサビの部分はどうだった?」 「(ちょっと試すが、やはりイントロのメロディーのところ)」 「そこは、メロディーだ」  「なるほど、じゃあ、歌詞カードがあれば、いいですか」 「いや、歌詞カードじゃなくて、レコードがないとだめだ。あるいは、楽譜」 「わかりました、では、スターダストのCDをお渡しします。明日、ホテルに持っていきますよ。フロントに預けておきましょう」 「わかった。じゃあ、もし準備する時間があったら、考えてみるよ。日曜日に来るんだね」 「はい、日曜のセカンドに」 こうして僕はうちに帰るなり、家中の「スターダスト」をひっぱりだして、一枚のCDに焼いた。こんなのは朝飯前だ。なんてったって、昨年、オッシーとともに横浜のバー、スターダストの特集番組を作るために、「スターダスト」を集めたことがあったからだ。結局、8つのヴァージョンをいれた「スターダスト」CDを作った。8つのヴァージョンは、ロッド・スチュワート、ナット・キング・コール、エロール・ガーナー、ウィリー・ネルソン、ウイントン・マルサリス、トク、ファッツ・ウォーラー、スティーヴ・タイレルだ。しっかり、トクのヴァージョンもいれてみた。エロールとファッツは、ジョーより先輩のピアニストだ。CD作るのは朝飯前だが、「スターダスト」8ヴァージョンを作るとほとんど夜は明け、朝飯時になっていた。そして、明けて土曜の午後、そのCDをホテルにおきにいった。 果たして、日曜日、ミスター・サンプルは「スターダスト」をプレイしてくれるのだろうか。もし、ソロで弾くとなると、どんなになるのか? スローなのか、ミディアム調なのか。まったく想像がつかない。期待に胸を弾ませて、ブルーノートに向かった。 (ジョーの話、続きます) ENT>MUSIC>LIVE>Sample, JoeENT>MUSIC>ARTIST>Sample, Joe

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The Master Of Improvisation; Like Raindrops & Clouds : Joe Sample (Part 2)~

【インプロヴィゼーションの達人、ジョー・サンプル~雨粒や雲の如く~】 雨粒。 赤レンガに近づくと、通常はモーション・ブルーでのバンドの音が漏れてくる。誰が何をやっているかまでは、判断できないが、音がでているのがわかる。ところが、この日はいくら建物に近づいても、音は漏れてこなかった。港の静けさと石畳が印象的だ。ひょっとしてライヴ、まだやってないのか。 3階に上がり、入口のトンネルを進んでも、横のバーで流れているBGMは聴こえてきたが、中の演奏は聞こえなかった。そして、おもむろに重い扉を開けると、やっと、ピアノの演奏が聴こえてきた。すでにファーストセットが始まってしばらく経っていた。全体的に、ピアノからの直接の音も聴こえてくるほど、音量が小さい。これなら、外に音が漏れるはずもない。 軽快なリズムの曲を演奏した後、スコット・ジョプリンが作曲した「ジ・エンタテイナー」を演奏した。ジョーの解説によると1900年代初期にジョプリンが書いたということだが、1973年、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード主演の映画『スティング』のテーマ曲として大ヒットし有名になっている。 ピアノのタッチが違う。普通のホテルのバーなどで聞かれるラウンジピアノとは、まったく違い、クラス(品格)、格調がある。オリジナル曲以外のスタンダード曲の解釈がまたユニークだ。それは、その曲の理解度が圧倒的に高いからに他ならない。カヴァーする曲を知り尽くして、あたかも自分の曲のように消化して、それを輩出するから、オリジナリティーのあるカヴァーが生まれる。たとえ、自分のオリジナルであっても、時代とともに、その解釈を変えてしまう。 ファーストとセカンド、両方で「メロディーズ・オブ・ラヴ」と「アイヴ・ガット・リズム」を演奏した。しかし、どちらのヴァージョンもファースト、セカンドで微妙に違う。いや、大きく違った。アップテンポの曲で興がのってくると、彼はいつしか「う~~」とか「あ~~」とかピアノの前で声を出しながら演奏している。 「アイヴ・ガット・リズム」の後に、聞き慣れたメロディーが流れてきた。さて、~~~おおおっ、「ジョージア・オン・マイ・マインド」だ! ピアノ1本で歌もなく、彼は演奏する。彼もまたレイ・チャールズの大ファンだったが、ジョー・サンプルのまったくのソロによる「ジョージア・・・」はまた格別だった。 2セット終了後、楽屋に行った。マネージャーのポールさんに、「『メロディーズ・オブ・ラヴ』、セカンドのはファーストとまったく違いましたね」と言うと、「そうなんだ。ジョーはいつも違ったように弾く。そこがすばらしいんだよ」と答えた。「何年くらい、ジョーのマネージャーを?」 「16年かな。長いけどね。毎晩、違う彼の演奏を聴けるなんて、こんな嬉しい仕事はないよ。光栄だ。彼の演奏は、雨粒や雲みたいなもんだ。つまり、同じように見えて、どれも同じじゃないだろう。刻々と変化していく」 「おおっ、すごい。その通りだ! あなたは詩人ですね!」 「いや、僕が詩人なんじゃなくて、彼(といってジョーを指差す)が詩人なんだよ」  そう言ってにっこりした。 ミスター・サンプルに挨拶をして、「『メロディーズ・オブ・ラヴ』をまったく違った風に演奏されましたね!」と言うと、「(前に弾いたのを)覚えられないんだよ! (笑)」と返ってきた。「僕は、同じことを何度も繰り返すことができないんだ。すぐ飽きてしまう。ポップ・ミュージシャンは、よく同じことを毎晩毎晩繰り返しできるなあ。何年か前に、エリック・クラプトンのバンドでツアーしたことがある。そのとき、本当に毎晩同じように演奏しなければならなかった。みんなのことを感心したよ」 ちょうど、ワインが運ばれ、スタッフ何人かで軽く乾杯となった。毎日グラスで1、2杯ほど赤ワインを楽しむ程度だという。「いやあ、最近のジャズ・シーンっていうのは、ホーンセクションがひとつの音をえらく早弾きするだろう。(といって音真似) だが、どれもワンノート(ひとつの音、ひとつの音階)だけで、ハーモニーがない。ある時、マイケル・ブレッカーが『バババババッ~』(と少しメロディーをつけて、口真似)とえらく早く吹き、しかも、相当数の音を息継ぎもせず吹いていた。『マイケル、息をしろよ!(笑)』って感じだ。ハーモニーがないとメロディーがでてこない。僕自身はメロディーが好きなんだ」 徐々に、ジョーが饒舌になってきた。 (ジョーの話、続く) (ジョー・サンプルは、日曜=11月20日=から一週間、ジョージ・デュークとともにピアノ・デュオ・ライヴを東京ブルーノートで行います) 1st set: Setlist(incomplete) 00. ??00. Shreveport Stomp00. The Entertainer00. One On One00. I Got Rhythm00. Georgia On My Mind00. Melodies Of LoveEnc.1. Jitterbug WaltzEnc.2. How Ya Gonna … Continue reading

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Groove Hand, Poet Hand: Magic Hand Of Joe Sample (Part 1)

【ピアノの魔術師、ジョー・サンプル完全ソロライヴ】 旅先案内人。 なんとイマジネーションを広げてくれるパフォーマーだろうか。たったひとりでステージに置かれたグランドピアノに向かい、たった2本の腕と10本の指で88の鍵盤を操り、200人ほどの聴衆の心をわしづかみにする。そのピアノの音色に身を委ねれば、世界中のどこにでも、いつの時代にでも瞬時に連れて行ってくれる。それはあたかも、このピアニストがすばらしき旅先案内人の如くだ。 ピアノの魔術師、ジョー・サンプルの完全なソロ・コンサート。2年程前にやはりここモーション・ブルーでソロ・ライヴを見たが、それ以来。バンドではなく、完全なソロというのは、緊張感もあり、しかも、自由度が圧倒的に高いために、ひじょうにおもしろい。アーティストの調子によって、出来不出来が如実に表れたり、セットリストが決まっていない分、思いもかけない曲が弾かれたりすることもある。まさにこの日のこの瞬間しか存在しない真の一期一会だ。85分間のパフォーマンスは、この空間に来た人だけの経験だ。そして、その経験をどのように評価するか、どれほど価値あるものと思えるかは、参加してその演奏を聴いた本人次第ということになる。 1曲終えるとタオルで額の汗を拭い、力強く、そして、さらに強烈なタッチで鍵盤を打つかと思えば、ぐっと引いてゆるいタッチで触れる。こんな緩急を付けられるピアニストを他に知らない。 ミスター・サンプルは何曲かに解説をつけて、プレイする。例えばこうだ。「ジョージ・ガーシュインが7歳の時、親に連れられてニューヨークのハーレムに行ってそこでプレイしているピアニストたちを見ていた。そして、彼はその(黒人の)ピアニストたちを見て、曲を書こうと思った。彼らには、リズム(感)があったのだ。自分もそういうリズムが欲しいと思った。そして、彼はそのものずばりの曲を書いたのだ。『アイヴ・ガット・リズム』」 「ジョージ・ガーシュインが7歳頃というと、ちょうど第一次世界大戦の頃だろう。1912年ころかな、ハーレムではいわゆる『ストライド・ピアノ』という奏法が大流行だった。その達人がジェームス・T・ジョンソンという人物だ。では、みなさんを1918年のハーレムにお連れすることにしよう」 こうして演奏されたのが、「キャロライナ・シャウト」。 「その昔、ピアニストがもっとも好きな音楽はブルーズだった。酒場で酒を飲めないことがあった。隠れて飲まなければならなかった。そんな酒場ではピアニストは、ブルーズ・ピアノを静かに弾かなければならなかった。おまわりがやってくるからね。ピアノも静かに、話もひそひそ話でね。だから、今夜私もピアノをそっと弾くことにする。『アフター・アワーズ』という曲です」 それは、ジョー・サンプル教授のピアノの歴史のレッスン。時間軸と地域の軸が縦横に行き来して、我々を未知の世界にいざなう。 セカンドセットでひときわ驚いたのは、ジョーとレイラがレコーディングした傑作『ソング・リヴズ・オン』からの「ホエン・ユア・ライフ・ワズ・ロウ」だった。これはオリジナルであり、レイラの名唱で決定的になったヴォーカルソングだ。他の誰もが知ってるスタンダードとはちょっと意味が違う。あれだけ強烈な歌の印象を持っていた曲だが、ジョーのたったひとりのソロピアノで、この曲が持つ世界が創られた。 もうひとつは、ファーストでもやったジョーの18番「メロディーズ・オブ・ラヴ」。最初の2-3の音でそれとわかったが、ファーストとはまったく違ったアレンジで、まるで別の曲のようだった。ここまで違う「メロディーズ・オブ・ラヴ」をあっさり弾けてしまうなんて。おそれいった。 それにしても、アップテンポの時のグルーヴ感といったらない。そして、バラードの時のメロディアスな魅力。ジョー・サンプルの左手はグルーヴを生む手。そして、右手は詩を語る手。グルーヴ・ハンド、ポエット・ハンド、それらはマジック・ハンド。 (ジョー・サンプルについては続きます) (ジョー・サンプルは、日曜=11月20日=から一週間、ジョージ・デュークとともにピアノ・デュオ・ライヴを東京ブルーノートで行います) Setlist (2nd) show started 21:35 01. Paper Moon02. Sweet Lorraine03. Spellbound04. I Got Rhythm05. Embraceable You06. Carolina Shout07. All God’s Children08. When Your Life Is Low09. … Continue reading

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Platters Will Hit Japan Tour 2005

【プラターズ・ジャパン・ツアー2005】 伝統。 1950年代から数多くのポピュラー・ヒットを放ってきた名門ヴォーカル・グループ、プラターズが2005年12月に日本ツアーを行う。12月12日(月曜)の東京・日比谷公会堂を皮切りに、石川県、名古屋、山梨、札幌、大阪など9本のライヴを行う。今回は、訪れる日本の土地土地の由緒ある歌を各地で最低1曲は披露する企画がある。また、最近日本ではゴスペルやアカペラがブームということで、ゴスペル的な作品、また、アカペラでも歌うという。 プラターズは、1950年代初期に、ロスアンジェルスでトニー・ウィリアムス、デイヴィッド・リンチなどによって結成されたヴォーカル・グループ。1955年頃、作曲家、プロデューサーでもあったバック・ラムという人物がマネージャーとなり、「オンリー・ユー」を書いてレコーディング。当初、フェデラル・レコードからリリースされたが、すぐに再レコーディングしてマーキュリー・レコードから出しなおし、これがソウルチャートで1位になる大ヒットに。その後「グレイト・プリテンダー」、「マイ・プレイヤー」、「トゥワイライト・タイム」などのナンバーワンヒットを次々と放った。日本でも「オンリー・ユー」、「スモーク・ゲッツ・イン・ユア・アイズ(煙が目に染みる)」などが大ヒット。そのポップな歌声で60年代に大きな人気を博した。 グループ自体はメンバー変遷が激しく、現在少なくとも11のプラターズが存在してライヴなどを行っているという。一応、かつてプラターズに在籍したメンバーがやっているプラターズがいくつかあるが、一番の王道といえるのが、バック・ラムがてがけていたプラターズで、今回の来日はそのバック・ラムのプラターズ。つまり、一番オリジナルに近いグループということになる。ただし、55年頃にオリジナルのグループが結成されてから50年以上経っているので、メンバーは若いシンガーに変わっている。いわゆる名門グループの名前を冠した新しいグループが、伝統と名誉を受け継いで歌う形になりそうだ。 ■詳細はオフィース・オークのウェッブ。http://www.oak-japan.com総合問合せも、オフィース・オーク。電話03-3568-6660 。 ■公演予定 公演は次のとおり。 2005年12月12日(月) 東京都日比谷公会堂 18:30 SS席6,500 S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-807CNプレイガイド 052-968-0999オフィス・オークジャパン TEL03-3568-6660 2005年12月13日(火) 石川県石川県立音楽堂 18:30 SS席6,500 S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-798石川県音楽堂076-232-8632香林坊めいてつエムザ山蓄プレイガイド076-260-2431オフィス・オークジャパン 2005年12月14日(水) 名古屋名鉄ホール 18:30  S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-798CNプレイガイド052-968-0999名鉄ホール052-561-7755オフィス・オークジャパン 2005年12月19日(月) 埼玉県大宮ソニックシティ 18:30 SS席6,500 S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-807CNプレイガイド052-968-0999大宮ソニックシティ 048-647-4001オフィス・オークジャパン 2005年12月20日(火) 千葉県千葉市民会館 18:30 SS席6,500 S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-807CNプレイガイド052-968-0999千葉市民会館 043-224-2431オフィス・オークジャパン 2005年12月21日(水) 山梨県山梨県民文化ホール 18:30  S席6,000 A席5,500 チケットぴあPコード213-807甲府音協(TEL055-235-3975)山交友の会(4F) 055-237-0111岡島友の会(4F) 055-231-0619オフィス・オークジャパン … Continue reading

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112 Live@Liquid Room

【112 ライヴ】 しっかり。 ショーン・パフィーのバッドボーイ・レコードから96年にデビューした112(ワン・トゥエルヴ)が来日。恵比寿のリキッドでショウケース的なライヴを見せた。この日は二組のオープニングアクトのあと、112はトラック(カラオケ)で登場。約1時間、トラックに合わせて歌い踊った。 112は、アトランタのハイスクールの仲間たちが集まって結成した4人組のR&Bヴォーカル・グループ。彼らはアトランタのことを「Aシティー」と呼んでいた。 1曲1曲はとても短く、てきぱき曲が変わっていく。今回初めてライヴを見て、意外としっかりと歌を聴かせるので驚いた。後半に歌った「プレイヤー」などは、ゴスペルっぽい節回しで、なかなかのものだった。 タンクトップを引きちぎって脱いで見せたり、筋肉むきむきの肉体をさらし、身体をくねくねさせる様は、最近の若いR&Bグループならではのもの。 観客は圧倒的にBガール、Bボーイ風たちだ。 Setlist show started 20:3201. Intro/Let This Go02. Closing Da Club03. Only You04. Anywhere05. If You Are Available06. It’s Over Now07. Now We Done08. Can I Touch You09. What If10. Cupid11. God Knows12. That’s … Continue reading

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TKY Final Live: Someday They’ll Be Together

【TKYファイナル~またいつの日にか】 ファイナル。 約1年の期間限定で活動してきたジャズ、ファンク・グループ、TKYの最終公演が品川のステラ・ボールで行われた。僕個人としては2004年の9月に初めて見て以来、約1年追いかけてきた感じだが、それもとりあえず今日で幕。本当は、この後にタイ国での王様の前でのジャズフェス・ライヴというのが、予定されていたのだが、それがキャンセルになり、この日が名実ともに最終日となった。 8月の東京ジャズ以来約3ヶ月ぶりだが、もう特に改めて言うことはない。バンドユニットとして完璧に完成しており、こなれて、熟成している。バンドのパフォーマンスに関しては、過去の2005年5月14日付けをご覧ください。そのまま、ここにコピペで大丈夫。 この日、挟まれたトクのシャーデーの曲は、彼にどんぴしゃ。彼は男版シャーデーともいえそうだ。 付け加えるとすれば、この日は最後ということで、その挨拶が若干入って、ソロなども長かったという感じ。「トーキング・ロウ」のメンバー紹介で、秋田さんがちょこっと「ありがとう」と歌ったのは、印象的だった。4人のメンバー紹介をし、トクが「フライ・ミー・トゥ・ザ・ムーン」を歌ったが、その時点でひとり、ドラマーのカルタさんだけ紹介していなかった。忘れたのかと思ったら、最後に紹介した。「トーキング・ロウ」の冒頭では秋田さんがメロディオンという楽器でメロディーを弾いた。小沼さんのギター・プレイとスキャットのユニゾンなども披露され、結局、この曲は全員のソロがたっぷりと聴け、1曲で36分に及んだ。 もう一点、この会場は天井が高く、とても綺麗なので、音が拡散する印象がある。渋谷クアトロの、凝縮されコンプレス(圧縮)された空気感がTKYのようなファンキーで疾走感のあるサウンドにはあっているように思えた。演奏自体は関係ないのだが。 また、何年か後のリユニオンを待つことにしよう。 Setlist show started 19:08 1. TKY2. Snarl3. Reminiscence4. As Allure ~ 0079 ~ As Allure5. Somebody Already Broke My Heart/Never As Good As The First Time (Vocal)(Sade)6. Just For Fun! (“Purple Haze”)7. Talking Low (Vocal)(Each members’ solo: … Continue reading

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Luther “No.1″ Ichimura Will Do Solo Live Concert: Back Where You Belong

【リアル・ブラッドのルーサー氏、ソロ・ライヴ開催】 低音。 本格派ソウル・ヴォーカル・グループ、リアル・ブラッドのベース・ヴォーカルとしても知られるルーサー・”ナンバーワン”市村さんが、2006年1月に待望のソロ・ライヴを府中のライヴハウスで行う。ソロ・ライヴは4回目。 ライヴが行われるのは、2006年1月21日(土曜)、府中のライヴハウス、ライヴ・シアター・フライト。18時開場、18時半開演。料金は前売りで4500円。ライヴハウスの収容人数は、座席を作った場合、約100、立ち見の場合は約300程度なので、ご予約はお早めに。 詳細は、次のとおり。 +++++ ”LUTHER “NO.1″ ICHIMURA 4TH SOLO LIVE ” OPENING ACT Kyoco 大友正明(B) GAAA(Dr) 澤口憲治(G) 貝原正(Kb) Sierra(Cho.) Kyoco(Cho.) 2006年1月21日(土) 18:00 OPEN/18:30 START 前売:4500円/当日:5000円(ドリンク代は別途になります) LIVE THEATER FLIGHT 185-0006 東京都府中市緑町1-17-18 シャトーアルフィーB1 TEL:042-362-5330 http://www8.ocn.ne.jp/~f-flight/maintop.htm(お車の方は、駐車場がございませんので、近隣のコインパーキングを御利用下さい) チケットのお申し込み/お問い合わせ order@luther-net.com ■ルーサー市村・オフィシャル・ウェッブ http://www.luther-net.com/ +++++Back … Continue reading

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Osaka Monaurail Live: An Osaka Monaurail Addict

【オーサカ=モノレール・ライヴ】 中毒。 前回の渋谷のライヴから一月もあけず、西麻布イエローでのイヴェントに出演。オーサカのライヴは、何度か見ていると、段々中毒になってきた。ちょうど、スティーヴィーのライヴや、ジェームス・ブラウンのライヴ、プリンスのライヴなどを見出すと、何度も何度も見たくなる。そんな感覚と同じものがふつふつと湧き出てくる。ジェームス・ブラウン・ショウの若くて元気爆発の頃のライヴを彷彿させるライヴだ。しかし、中田さんはJBをよく研究しているなあ。 基本路線は、前回の渋谷と同じだが、若干の曲の入れ替えがある。見所はいっぱいあるのだが、例えば、トランペットの二人のコネタなども最高にかっこいい。トランペットを右に左に振り、それぞれがしゃがんで相手のトランペットをよけるというパフォーマンス。よく間違えてぶつかったりしないものだと感心する。あるいは、ぱっと吹いて、トランペットをくるくるっと一回転させたり、一回転させてまた逆回ししたり。 ライヴを見ていて感じたことをいくつか。ヴォーカルが中田さんひとりだが、やはり、ボビー・バードに相当する男性シンガーが欲しくなる。ちょっと声質が違うファンキーでソウルフルなシンガーをいれたい。同時に、前にも書いたが、リン・コリンズ、マーサ・ハイ的な女性シンガーもいると楽しそう。バックコーラスでも使えるし、フィーチャーで1曲くらい歌ってもらってもいい。ミスターブラウンが得意とするマイク蹴りはどうだろう。また割(両足を広げて、ぴったり床につけるパフォーマンス)ができるのだから、マイクキックもいけるのではないだろうか。 それぞれのミュージシャンにソロパートを与えるあたりもなかなか楽しい。終った後、楽屋の入口あたりにいると、ギターのイケダユウイチさんが通った。「ウエス・モンゴメリー、お好きですか」と声をかけると、「はい、一時期よく聴きました」 「ジョージ・ベンソンは?」 「それほどでもありません(笑)」 ベースのオオウチツヨシさんが通った。「やっぱり好きなベースはジャコ(・パストリアス)ですか?」 「ジャコも好きですが・・・」 「他には?」 「やっぱり、ブッチーが」 「ああ、そうだそうだ!  あのスタイルはブッチーだ!」  ところで、この日、イエローに入るとき、僕は身分証明書の提示を要求された。20以下に見えたのだろうか。日本でID見せろと言われたのは初めてだ。喜んでいいのか、どうなのか。(笑)  +++++ ■今後のライヴ予定 2005/11/20 [Sun] 福井 平成大野屋 平蔵 2005/11/26 [Sat] 東京 SEARCHING at 渋谷La Fabrique2005/12/02 [Fri] 東京 西麻布YELLOW 2005/12/09 [Fri] 大阪 HEAVY FUNK SYSTEM@梅田NOON2005/12/14 [Wed] 東京 渋谷O-nest2005/12/16 [Fri] 広島 福山JB’s2005/12/17 [Sat] 福岡 小倉リバーウォーク2005/12/18 [Sun] … Continue reading

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Sugarhill To Cotton Club To Sugarhill:

【ソニー・ロリンズ~コットンクラブ~シュガーヒル】 フィーヴァー。 シュガーヒル生まれのソニー・ロリンズのライヴが終って、ちょこっと楽屋にいれてもらった。控え室の別の間に通され、たぶん3-40分くらいしてから本人がでてきた。ステージではけっこう大きいように見えたが、実際はそれほど大きくはなかった。170センチより少し上という感じではないだろうか。着替えて、帰り支度をして、しっかり手にはサックスのケースを持っていた。付き人にでも持たせるのかと思ったら、違った。当たり前なのだろうが、飛行機に乗るときも、もちろん手荷物なのだろう。 ほんの4-5分程度しかいられないみたいなので、ただ「お会いできて光栄です」としかいえなかった。一瞬の隙を見て、写真をとってもらったが、なかなか大変そう。話し声はステージでもマイクを持ってしゃべっていたように、ちょっと甲高い。しかし、全体的にものすごく誠実そうな印象を受けた。 国際フォーラムをでて、すぐ道を挟んで隣にできたトキア(TOKIA)ビルをのぞいた。そう、22日に正式オープンするライヴハウス、コットン・クラブのはいっているビルだ。 関係者だけのレセプションはすでに火曜日あたりに終っていて、ただしビル自体は11月11日金曜が正式オープン。かなりの人で賑わい、地下一階のレストラン群の前には多数の花がところ狭しと並べられていた。どこの店も満員で入店待ちの状態だ。 コットンクラブは、ここの2階にはいっている。まだオープンしていないので、中は見ることはできなかったが、すでに準備は始まっている様子。かなりおしゃれな店になっているようだ。 ライヴのラインアップも数本決まっているので、ここら辺は見てから感想文をアップすることになると思う。現状で決まっているのは、キャブ・キャロウエイ、ベンEキング、レジーナ・ベル、JTテイラー、ウィスパーズなど。僕のもっとも得意とするブラック系ばかりなので、かなり期待している。昔のエムザ(有明)みたいになるのだろうか。(コットンクラブについては、改めて詳しくご紹介する予定です。) そして、このビルを出て、一路六本木シュガーヒルへ。日本一音がいいソウルバーだ。 シュガーヒルの紹介記事http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200406/diary20040624.html 車を駐車場に止め、歩いてエレヴェーターに乗り、扉が開くと、なんと店の明かりがついていない。おおっ、今日は休みか? いや、まだあいてないのか。時刻は1時近い。やってないわけないが、マスター、風邪でもひいたのだろうか。マスター越川さんの携帯に電話しようと思ったら、なんと携帯に番号が登録されていなかった。あいにく手帳は、車の中。さあ、どうしようか、と思っていたら、エレヴェーターの扉が開き、「うぉあ~~~~」とマスターが何人かと登場。「あ~~、すいません、すいません。今、あけますから~~」 どうやら、お客さんの接待をしていてあけるのが遅くなったらしい。 まあ、中にはいってゆっくりやっててくださいと言われ、くつろぐ。まだ、マークレビンソンのオーディオは、温まるまで時間がかかるというので、しばしサブシステムの方で音をだしていた。僕も何枚かCD持参でやってきたので、それらを越川さんに渡して、かけてもらった。 この日たまたま持っていたのは、スティーヴィーの新作、ロッド・スチュワートの『グレイト・アメリカン・ソング・ブック 第4集』など。しばらしくしてから、大きなシステムで鳴らしてもらったら、さすがに重低音も、どこもかしこも素晴らしい音で聴こえてきた。スティーヴィーも音は良かったが、ロッドの音もひじょうによかった。 こういういい音で音楽を聴くと、しゃきっと背筋を伸ばして聴かなければならないなあ、と思う。いろいろかけたもらったりして、そろそろ帰ろうかと思ったところ、なんとソウルナッツなどでよく会うK君たちが5人で登場。かなりべろべろで、いきなりダンクラもので揃って踊りだした。「となりのトウキョウ・ア・ゴーゴーが9周年で、いま、そっちから移ってきたんですよ」という。トウキョウとここは、ほぼ隣のビル。歩いて一分だ。 ピーチェス&ハーブの「ファンタイム」、ダン・ハートマン、ドゥービーズなど典型的なダンスクラシックが次々と流れて、ソウルバー転じてディスコになった。「セプテンバー」「ブギワン」そして、「君の瞳に恋してる」ときたもんだ。彼らはいつのまにか汗だくになっていた。まさに、フライデイ・ナイト・フィーヴァーだ。ミスター・ロリンズ→トキアビル→シュガーヒルと、密度の濃い1日であった。 ENT>ESSAY>Night Cruising

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Standing Ovation For 50 Years-plus History

【半世紀へのスタンディング・オヴェーション】 秘薬。 東京国際フォーラムA(収容約5000人)が瞬く間に売り切れ、追加でフォーラムC(収容約1000人)が発売されたが、これまた完売という超人気となったジャズのヴェテラン・サックス奏者、ソニー・ロリンズの公演。まさに真のジャズ・ジャイアンツのひとりで、しかも、今回が最後と宣伝されたため、一気に注目度があがった。 暗転してメンバーがステージに出てきた。ドラムス、ギター、ベース、パーカッション、トロンボーン、そして、ソニー・ロリンズ(サックス)。グレイの髭がとても精悍な印象を与える紳士だ。サックスを吹く時に少し猫背気味になる。1930年9月9日ニューヨーク・ハーレムのシュガーヒル生まれということで、今年75歳。ステージ中央までの歩みはちょっとおぼつかないが、ひとたびサックスを口にあてると、生き生きと若返る。 ミュージシャンから出てくる音は、そのミュージシャンの人柄を表す。ミスター・ロリンズの音は、やさしさに溢れている。誠実さ、人の良さ、ときにやんちゃさがでてくる。何十回と日本を訪れ、日本にも友人知人が多い彼は、ステージで日本語を操る。「どーも、どーも。ありがとうございます!」  それにしても、よく吹き続ける。一曲の中でも、他にソロを任せる以外、ひたすら吹く。すごいエネルギーだ。このパフォーマンスを見ていると、とても引退などする必要はないだろう、と誰しもが思うに違いない。 もし不老不死の秘薬があるとすれば、それは音楽という薬か。オフ・ステージのミスター・ロリンズと、ステージでサックスを鳴らしているミスター・ロリンズの差を見ると音楽というエキスがまちがいなくこの初老の人物に輝きを与えていることがわかる。 代表曲「セント・トーマス」が終わるなり、観客全員のスタンディング・オヴェーションになった。ホールCのほぼ全員だ。ライヴ最後の曲が終って座席の前のほうからまん中あたりまでがスタンディング・オヴェーションになったりすることはしばしばあるが、客席の全員が立ち上がるなんて光景はなかなか目にできない。「立て」と言わずに観客を立たせるパフォーマンス。これは、もちろんこの日のパフォーマンスに対するものだが、それ以上に彼が吹き続けてきた半世紀の足跡へのスタンディング・オヴェーションでもあるのだ。 シュガーヒル生まれのミスター・ロリンズを見たら、行く先は? Aトレインに乗って六本木のソウルバー、シュガーヒルへ。 ■メンバー Sonny Rollins Tenner Sax Steve Jordan Drums Clifton Anderson Trombone Bobby Broom Guitar Bob Cranshaw Bass Kimati Dinizulu Percussion (2005年11月11日金曜、東京国際フォーラムC=ソニー・ロリンズ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Rollins, Sonny

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Victor Wooten Live: The Music Prince Loves

【プリンスが注目した男】 注目。 ファンキーでアグレシヴなベース奏者、ヴィクター・ウーテンのライヴ。ドラムス、ギター、ギター、ベース、キーボード、コーラス2人という強力な布陣。ファンク、ロック、R&B、グルーヴ、ダンス・・・。ありとあらゆる要素がつまったライヴ。これはすごいバンドだ。彼らのようなバンドは、CDよりもライヴでのほうが100倍すごさがでてくる。 どの曲もヴィクターのチョッパー・ベースがふんだんに聞かれるが、そののりは、強烈だった。ベースをまさに自由自在に操る。ときにギターのように、時に打楽器のように。このエネルギーの爆発は充分な熱気を爆発させる。 何曲もベースのフレーズが印象的な作品をさらっとメドレー形式でやって、ヴィクターがマイクをとった。 「何年もの間、素晴らしいベースラインが生まれてきた。本当に多くの素晴らしいベース奏者がいる。多くの場合、そうしたベース奏者が死んでから、みんなトリビュートするようになる。僕たちはそこまで待たない。今、チャック・レイニー、ポール・マッカートニー、スタンリー・クラーク、ジャコ・パストリアス、ラリー・グラハム、ルイス・ジョンソン・・・。そうした人たちへトリビュートします」 ギターとベースのかけあいなど、見事な演出。二人が正面に向き合い、お互いのギターとベースを前に広げて、相手の楽器の弦をたたく。あるいは、ヴィクターのベースが音によって光るベースになるという演出もあった。光るドラムスティックというのがかつてあったが、これはそのベース版。 ライヴバンドとしての基本的な必要な要素をすべて取り揃えている。ライヴショウは2時間半近くになったが、ひとつだけ難を言えば、ソロが長すぎるということ、あるいは一曲が長すぎる。もちろん、このプレイを見たいという気持ちはあり、一方でミュージシャンたちがプレイしたいのはわかるのだが、やはり、「あ、もう少し聴きたいな」くらいのほうが、ちょうどいいのだ。その辺をコンパクトにまとめて、2時間以内のショウにシェイプアップしたら、もっと密度の濃いライヴになるだろう。 プリンスがいち早く注目したミュージシャンということだが、それもこれを見れば超納得だ。次回はもっと事前に告知しましょう。 Setlist(incomplete): Soul Circus Tour 2005 show started 18:0501. Intro02. Victa03. Stay04. Bass Tribute(Goodtimes, I Want You Back, Papa Was A Rolling Stone, Knee Deep, ??, U Can’t Touch This, For The … Continue reading

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Brenda Vaughn Steal The Show

【ブレンダの声に感動】 声。 ハリケーン・カトリーナ救済チャリティー・コンサート第一部が2005年11月9日(水曜)、渋谷オーイーストで行われた。ニューオーリンズ・エレクトロ、リトル・ジャイヴ・ボーイズ、ジェイ&シルキー、フィリップ&ハンクなど多数のアーティストが参加。4時間を越えるライヴを繰り広げた。客の入りは少なかったが、みな、それぞれいいパフォーマンスを見せて、なかなかいいイヴェントだったと思う。 この日、僕がもっとも感銘を受けたのは、フィリップ・ウー&ハンク(西山はんこやさん)にサプライズ・ゲストで登場した旧知のブレンダ・ヴォーンだった。フィリップ&ハンクがバンドとともに1曲「ブルース」を演奏。フィリップ・ウーがリーダーとなり、次々とベース奏者、ギター奏者、ドラマーにソロを指示し、見事なファンク・ジャム・セッションが繰り広げられていた。フィリップがここまでファンクな演奏を見せてくれたのにはまいった。さすが元メイズだけのことはある。 そして、その演奏曲を終えて、「今日は特別ゲストを迎えます。長い友人、ブレンダ・ヴォーン!」といってブレンダ登場。こちらは、おおっ、という感じで驚いた。「私たちは、何々ができない、何々が手に入らない、行くところがないなどと不平を言ったりします。でも、ニューオーリンズの人たちは、それまであった家が、ある日突然、家だけでなく全てを失ってしまいました。それを見て、私はもう不平不満は言うまいと思いました。私たちには、家があり、家族があり、行くところがあるのですから。今日は、この場に来てくれてありがとう」とコメントすると、フィリップがオルガンを演奏し始めた。歌は、「アメイジング・グレイス」。まちがいない!  ファンキーでゴスペルタッチのオルガンにブレンダの声がかぶさった瞬間、会場の空気が変わった。凍った。ブレンダのことは、前から知っていて、たぶん誰かのバックなどでうたっているのをみたことがあったと思う。しかし、彼女が自分でソロで堂々とここまで歌えるものとは知らなかった。いやあ、度肝を抜かれましたよ。日本在住の女性ソウル・シンガーでナンバーワンといってもいいかもしれない。椅子を座りなおして、しっかり前を見て、気持ちとしては正座して聴いた。(椅子に正座はしなかったが・・・) 本当に、こういう本格的なソウルシンガーをしばらく聴いていなかったな、と思った。声も体も歌も全部ゴスペル。声も体も歌も全部ソウルの塊(かたまり)。濃い。ソウル・シンガーを突き詰めて聴いていくと、結局、そのシンガーの持つ声自体に感動するという極地に到達する。しかし、そこまで行ける、また、感じられるシンガーは少ない。この日のブレンダの歌唱には、声だけで人々を感動させる「魂(たましい=ソウル)」が宿っていた。 「アメイジング・グレイス」が終って、続けてフィリップがピアノでイントロを弾き始めた。おおっ、あれだ。「You can reach me by railway, You can reach me by trailway」ときた。 そう、ブレンダ・ラッセルが書きオリータ・アダムスでヒットした「ゲット・ヒア」だ。ブレンダ・ラッセルのものも、オリータのものも好きだが、この瞬間からブレンダ・ヴォーン・ヴァージョンが一番気に入った。ふたりのものよりも、はるかにソウルフルになっている。すごいわ。後半、その歌声だけでどきどきして、感動した。 「ソウル・サーチン・トーキング」で、いずれアレサ・フランクリンをやろうと思っているが、その時は絶対にブレンダに頼むことに決めた。まちがいない。 あまりによかったので、バンド演奏が終わってすぐにブレンダに会いに楽屋に飛んで行った。「いやあ、すばらしかったよ」 「ありがとう。来てたとは知らなかったわ」 「アメイジング・グレイスはよく歌うの?」 「これは、もう何度もね」 「ゲットヒアは」 「時々、歌ったことはある」 「あの流れだと、ユーヴ・ガッタ・ア・フレンドなんかもいいね」 「そうね!」 「自分のライヴはいつやるの?」と聞くと、「さあ、わからないわ」との答え。う~む、もったいない。ブレンダによると、イギリスのレコード会社のコンピレーションCDに彼女の歌が入っているそうだが、こっちのCDショップにはあまりおいてないらしい。 客席に戻ると石島はるみさん。何度かラウンジなどでブレンダのパフォーマンスは見ているそうだが、「今日のは彼女のベスト・ライヴ・パフォーマンスだわ」と驚嘆驚嘆。そうこうしているうちに、尾臺順子さんが、横を通るなり「あの人は何者ですか? ええっ、日本にいるの? すごいすごい。こんど紹介してください」と感嘆感嘆。 まさにこういうことをBrenda Steal The Show(ブレンダ・ショウを盗む)という。これは会場に足を運ぶまでまったく予期できなかった。 ++第二部は、11月11日(金)渋谷オーウエストで行われます。 カトリーナ救済イヴェントの告知http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_10_26.html (2005年11月9日水曜、渋谷オーイースト=ハリケーン・カトリーナ被災ニューオーリンズ救済コンサート) ENT>MUSIC>LIVE>Concert For Hurricane Katrina ReliefENT>MUSIC>LIVE>Vaughn, Brenda

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Take 6 Live: We Want More

【もっと聴きたい】 ヴェテラン。 テイク6が今年の1月以来1年あけずに10ヶ月ぶり通算15回目の来日。ワーナーを離れ、自分たちのレーベル、テイク6レコードを始めて、その第一弾アルバム『フィールズ・グッド』を出してのライヴツアーになる。アカペラ・グループの最高峰として、日本でも最大級の人気を誇るテイク6は、いつもブルーノートが満員になる。 ステージ裁きはもうこなれたもの。毎回来日ごとに少しずつ手を変え品を変え、小ネタをはさみつつの約70分。うまさ、テクニック、構成なども安定してすばらしい。もうヴェテランだ。 それぞれの曲に見所はたくさんあるが、例えば、4曲目の「オール・ブルーズ」(ライヴ盤に収録)でのメンバーの楽器ソロなどは、いつ見ても楽しい。クロード・マクナイトのトランペット→ジョーイ・キブルのミュートしたトランペット→マーク・キブルのスキャット→デイヴィッド・トーマスのワウワウ・トランペット→ドクター・セドリックのピアノ→そして、再びクロードに戻る。この「マウス・トランペット」(口でやるトランペットの音)はラウル・ミドンが華々しくやっていたのが記憶に新しいが、これだけヴァリエーションがあると圧巻だ。 新作『フィールズ・グッド』は全編アカペラということで、彼らのファースト・アルバム、原点に戻った感がある。ショウは新作の幕を明ける「カモン」から始まった。同アルバムからは結局「フィールズ・グッド」、「ジャスト・イン・タイム」、「モア・ザン・エヴァー」、「ディス・イズ・アナザー・デイ」など6曲が次々と歌われる。CD盤の「モア・ザン・エヴァー」あたりは、どこかナチュラリー7を思わせるサウンド構成で興味深い。 1曲アンコールが歌われ、終りかと思ったら、もう一度戻ってきて2度目のアンコールとなった。そこで歌われたのがファーストアルバムからの「メリー」。後半では、ジョーイとマークの兄弟ヴォーカル・バトルが、楽しくおもしろかった。 まあ、それにしてもあの曲もやって欲しい、これも歌って欲しいというリクエストはたくさんあり、よって70分では短いなと感じる。もうちょっと長く聴きたいのだが・・・。個人的には、もう少しソウルフルな曲も聴きたい。たとえば、ライヴでやっている「ハウ・スイート・イット・イズ」とか、「ピープル・ゲット・レディー」やスティーヴィーの曲など。それから、やはりファーストアルバムからの曲をもう何曲か聴きたい。新しいファンだったら、一番ヒットした「ビッゲスト・パート・オブ・ミー」や「シング・ア・ソング」を聴きたいと思うだろう。なんかこのあたりは、もうメドレーにしてまとめる時期かもしれない。 Setlist(Second set) ()内は収録アルバム。 show started 21:37 01. Come On (“Feels Good”)02. Feels Good (“Feels Good”)03. Wade In The Water (“Beautiful World”)04. All Blues (“Live”)05. Just In Time (including riff of As Time Goes By) … Continue reading

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Stevie Wonder Press Conference (Part 3 of 3 Parts):

【スティーヴィー記者会見・全訳・パート3(全3回)】  会見。  (スティーヴィー・ワンダーが11月2日に行った記者会見の全容の第3部です) 質問6 今回リリースされた『ア・タイム・トゥ・ラヴ』は愛のメッセージのつまったアルバムですが、戦争や事故で苦しんでいる人、またはハンディキャップを背負って自分の生きる道を模索している人、あるいは悩み苦しんでいる人たちがこの世の中には大勢います。そういった人たちに、このアルバムを通して一番伝えたいメッセージは何でしょうか? そのような道に迷っている人たちに何かアドヴァイスがあればお願い申し上げます。(オールアバウト・かわもと氏) SW ある意味で、人間というものは誰でも苦しんでいるんです。心がある人であれば、苦しんでいる人の気持ちもわかるはずです。私たち人類が今苦しんでいるのは、世界で戦争が起こったり、憎しみが充満していたり、テロが起きているからなんです。以前よりも憎しみや苦しみが世の中には増えているのではないかという人もいます。人々が信仰している神がアラーであれ、どんな神であれ、僕が知っている神は、純粋な人や無実の子供たちを傷つけるようなことはしないと思っています。人々を傷つけたり、人々に毒を与えたり、人々に崩壊をもたらしたりということは、僕の知っている神はしません。 神から与えられている僕らの人生や生命は、世界を永続的により住みやすいものにしていくために使っていかなければならないと思います。だから(恵まれている人は)あまり恵まれていない人たちに手を差し伸べていかなければいけないんです。真の愛の心を持つ人は、僕たちとともにこの世界をよりよいものにしていかなければなりません。それは人種、宗教とか全く関係なく、我々人類というものは神の手によってこの世に生を授かったものですから。 今、世の中にはネガティヴなことがたくさん起こっていますが、全員が一致団結して苦しんでいる人を助け、いい世の中にしていかなければいけない。僕の愛は、そういった様々な人たちに向けられているものです。僕の愛は傷害のある人へ向けられます。世の科学者、医学者たちは自分達が神から与えられたそうした才能を使って、病気や苦しみを癒すために努力してほしい。歩けない人が歩けるようになったり、耳が聞こえない人が聞こえるようになったり、目が見えない人が(目が)見えるようになったり、彼らがそういうことを成し遂げれば、それは愛を表していることになります。そういったことにお金や、僕らの地球にある資源を使えれば、世の中はもっと素晴らしい世界になっていくのではないかと感じています。(席から拍手) 質問7 アルバムの完成を心から望んでいました。私たちは再び、あなたの作品から最高の愛を与えられました。個人的な意見ですが、アイーシャさんとのデュエット「ポジティヴィティー」が大好きで、その曲の歌詞にはミニー・リパートンのエピソードなども出てとても励まされました。では、音楽活動でも人生でもかまいませんが、あなた自身を「チアアップするもの(元気づけるもの)」と言いますか、モチヴェーションを上げているものは何でしょうか? (ラヴFM) SW (モチヴェーションは)人生そのものです。僕自身に曲を書かせる原動力となっているのは、人生そのもので、僕自身は神から授けられた(音楽の)才能を使って、曲を作っていると思っています。人生の様々なことを経験して、いろいろなことを発見し、そうしたことを曲にしている。よく人から「なぜ、あなたはこんなに楽観主義なんですか? なぜそんなにいつもハッピーなの?」などなど、いろいろ聞かれますが、そんなことはありません。楽しいこともありますが、皆さんと同じような痛みや苦しみだって感じます。常に嬉しいことばかりではないのです。ただ、この地球に命を与えられたのであれば、僕たちが与えられた可能性の中でベストを尽くしていかなければならないと思っています。 人生の中には模索していけば何か(問題の)解決策があるはずだと僕は信じています。例えば、政治家が様々な決断を下しますが、もし政治家たちが「本当の人間の心」を持っていれば、戦争や破壊以外に解決策を思いつくはずです。愛とは人々の人生に神から授かったプレゼントです。その人生には確かに、愛、憎しみ、傷つけることなど様々なことが起こります。 僕はミニー・リパートンがかつてこんなことを言っていたことを思い出します。人生はグラスに注がれたおいしいワインのようである、と。いいワインがグラスに半分入っていたら、そのグラスの人生を半分空っぽ(ハーフ・エンプティー)と見るのではなく、半分も一杯入っている(ハーフ・フル)と見たい。本当に気に入ったワインがグラスにあれば、全部を飲み干したくはないと思うでしょう。それほど、おいしいわけだから。それは人生も同じです。そして、愛も同じ。その愛がとても素晴らしいものだったら、その愛を(全部飲み干して)終わりにはしたくないでしょう。ずっとずっと続いて欲しいと思うはずです。僕はそういう風に感じています。 人生というものは、とても価値あるものだし、いっぱいやりたいこともある。「行ける」という希望を持たなければいけない。希望を持つことができなければ、世の中は絶望的になってしまいます。 質問8 スティーヴィーさんが未来に残したいものは何ですか? 教えてください。(東京FM) SW 僕が未来に残したいものは、今まで自分が生涯作ってきた作品、ベストを尽くして作ってきた作品です。残りの人生では、これからほんの何枚かアルバム(訳注、英語ではfew more albums。あまり多い枚数のニュアンスはない)を作れればいいし、他のプロジェクトも、機会があれば参加するかもしれない。次はゴスペル・アルバムを作ってみたいとも思うし、子供用のアルバムやジャズ・アルバムなんかも作ってみたい。 『ア・タイム・トゥ・ラヴ』に収録されなかった曲で「ジャッジメント・デイ」という曲がありますが、非常に強烈な歌詞なんです。私たちが実際住んでいる社会のことを歌詞にして歌っている曲なのですが、真実を伝えた歌で、非常に大事な曲なのですが、今回このアルバムには収録することができませんでした。 何が言いたいかと言うと、僕がこの世を去る時には、多くの愛をこの世の中に残し、さらに皆に永遠に歌い継がれるようないい曲を残していきたいなと思っているということです。 (通訳が訳し終わった後) じゃあ、今からステーションIDを作るから、各局ごとに名前を言ってください。ひとりひとりね。 (いっせいに声があがる) (このあと、各局のステーションIDをその場で作った) (2005年11月2日水曜、恵比寿ウェスティン・ホテル、スティーヴィー・ワンダー記者会見)  ENT>MUSIC>ARTIST>Wonder, Stevie

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Stevie Wonder Press Conference (Part 2 of 3 Parts):

【スティーヴィー記者会見・全訳・パート2(全3回)】  会見。  (スティーヴィー・ワンダーが11月2日に行った記者会見の全容の第二部です) 質問4 とっても美しい女性が側にいるので、「さすが、スティーヴィー」と思ったら、アイーシャさんだったんですね。アイーシャさんとの共演はとても嬉しいことだったと思いますが、どんないきさつでデュエットで歌うことになり、また歌った結果どんな思いでいるか教えてください。(質問者・小学館・週刊ポスト) SW (彼女と一緒に歌うことになったのは)フォース(想像を越える力=映画『スターウォーズ』でよく使われる言葉)ゆえだ! (笑) 冗談だよ。(声色で)(アイーシャは)歌う以外に他に何ができるんだ? (彼女と一緒に歌ってると)僕が若くいられるからね。(笑) アイーシャは、家で赤ちゃんの時からいつもバスタブの中で歌ったりしていたんだ。「イズント・シー・ラヴリー(可愛いアイーシャ)」で聴こえる赤ちゃんの泣き声みたいにね。その頃は彼女が将来、素晴らしいシンガーになるなんて夢にも思ってなかった。彼女が9歳か10歳くらいから、僕がよく(家で)歌っていた曲にあわせて彼女も歌うようになっていたんです。僕や、彼女の母であるヨランダは「素晴らしい声ね」、「彼女は歌手になればいいのに」とずっと思っていました。 この「ハウ・ウィル・アイ・ノウ」はおそらく10年くらい前に書いた曲です。その頃、ある女性とつきあっていて、その彼女の気持ちを「どうやったらわかることができるだろうか(how will I know)」と思って書いたのです。あれは、ニューヨークでのとある朝のことだった。火曜の朝に起きたときだったと思う。その前、素晴らしい夜をすごしてね、熱烈なメイクラヴをしたんだ。(横に座っているアイーシャが、「そうなの?」という風に微笑む) 真実を語らないとね。(笑) 彼女が僕のことを愛しているか、どうやったらわかるだろう、って思ってこの曲を書いた。そして、この曲を何度も何度も家で歌っていた。するといつのまにかアイーシャもこの曲を覚えて、よく歌うようになったんだ。で、その歌声を聴いていたら、僕よりもうまいじゃないか、と思って、それで僕のアルバムにいれようということにしたのです。 こうして娘と共演できたことはとても光栄で、幸せです。確か2年前の僕の誕生日にスタジオに入って1日かけてレコーディングしました。楽しかった。あと、「ポジティヴィティー」という曲でも彼女はとても誠実な歌声を披露しています。彼女ができるだけ早いうちにレコード契約ができるといいなと思っています。そうすれば、もうお小遣いをあげなくてすむからね(笑) 司会者 お隣にいらっしゃるアイーシャさんご自身は、「イズント・シー・ラヴリー(可愛いアイシャ)」と歌われた存在ですが、こんなに素敵な大人の女性になられてお父様と共演なさる、そのお気持ちはいかがですか? アイーシャ 毎日ありがたく光栄なことだな、と感謝しています。私が父と共演できたということを表す言葉もないくらい、とても幸せです。父と会う機会がある人はそんなにいないのに、父は私にとって親友でもあるし、もちろん父でもあるし、一緒に父と娘としてふざけあったりとか、友達としてふざけたりとか、そしてまた音楽でも共演できるわけですから。こんな機会は、まさに生涯に一度の経験だったと思います。そして、毎日感謝しています。毎日ね。 司会者 お父さまから何かありますか? SW (声色を変えてコメディー風に)アイーシャの父として、一言言っておこう。父親なので、娘の旦那さんになる人の事は心配なんだ。娘が付き合う相手についてもとても心配しています。(アドヴァイスとしては)『盲目の男に拳銃を持たせるなよ』(笑)。どうなるかわからないぞ! まだ娘は結婚してないので大丈夫ですよ。でも、彼氏がいるんだ。熱烈な恋愛をしているみたいだよ。で、彼には「娘をちゃんと扱えよ。泣かせるなよ」と言っています。(アイーシャは終始、微笑んでいる) 質問5 愛娘アイーシャさんとの共演もそうですが、あなたの作品には他にもポール・マッカートニー、プリンスなどが参加しています。また、アルバム以外でも、例えば先週来日していたラウル・ミドンなどとも一緒に仕事をされています。一緒に仕事をしたりコラボレートする基準、また仕事をする上において大切にしていることは何かありますか? (FM横浜・藤田琢己氏) SW 今回の『ア・タイム・トゥ・ラヴ』のアルバムでは、実に多くの素晴らしい人たちとコラボレーションができました。例えば、インディア・アリーはアルバムのタイトル曲「ア・タイム・トゥ・ラヴ」を一緒に書いてくれました。また、アフリカのガーナ出身の素晴らしい作家で女優のアクーシア・ブシアという人も歌詞を書いてくれました。彼女は、(映画)『カラー・パープル』に出ている女優でもあります。(訳注、「ムーン・ブルー」の作詞を担当) 他にもプリンス、アン・ヴォーグ、ヒューバート・ロウズ、ポール・マッカートニー、ボニー・レイット、キム・バレル、カーク・フランクリン、そしてアイーシャと、実にいろいろな人たちがこのアルバムに参加してくれました。 どういう人たちと共演するか、その判断基準は(コラボレーションをオファーしてくる)アーティストたちが、本当にその曲に僕を必要としているか、その楽曲に僕がフィットするか、ということです。彼らが望むことを、もし僕が出来るなら、つまり、彼らが望むサウンドを僕が提供できるなら、喜んでスタジオに行きます。スタジオにひとたび入って彼らの曲に何か協力する場合、僕がハーモニカを吹くにせよ、何をするにしても「私はスティーヴィー・ワンダーだぞ。俺は俺がやりたいようにやるんだ」というような偉そうな態度では臨まない。僕は、キーボード奏者としてでも、ピアニストとしてでも、ヴォーカリストとしてでも、なんでも、一ミュージシャンとしてベストを尽くして彼らが望むことをやります。 これまでにも多くの素晴らしいミュージシャンたちと、一緒に共演してきました。例えば、ハービー・ハンコックとは2枚でコラボレーションしてますが、こういった素晴らしい人たちと共演をできて本当に光栄に思ってます。一緒に何かをやる時、僕自身の姿勢は相手がヴェテランでも新人でも変わりません。 司会者 ありがとうございます。質疑応答をこれにて終了とさせていただきます。最後にスティーヴィーご本人からメッセージを一言お願いします。 SW あと質問、3問受け付けますよ(笑)」(会場には笑いと拍手) (スティーヴィー・ワンダー記者会見・パート3へ続く) (2005年11月2日水曜、恵比寿ウェスティン・ホテル、スティーヴィー・ワンダー記者会見)  ENT>MUSIC>ARTIST>Wonder, Stevie

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Stevie Wonder Press Conference (Part 1):

【スティーヴィー記者会見・全訳・パート1】 会見。 東京に2005年10月31日から11月5日まで新作『ア・タイム・トゥ・ラヴ』のプロモーションのために滞在していたスティーヴィー・ワンダーは、11月2日(水曜)に恵比寿のウェスティン・ホテルで記者会見を開いた。質疑応答は約60分に及んだが、その全訳を3回に分けてご紹介する。質問は、事前に抽選で選ばれた記者、DJなどが順番に行い、スティーヴィーは計8人の質問に答えた。なお、ここでは記者会見でなされた訳に、手直ししてある。 スティーヴィーは、アイーシャに手を引かれながら、ステージに登場。中央にソファがあり、その前にはキーボードが置かれている。最初の数分はスチールのカメラマン用にポーズをとっての写真撮影。それが終ってから、質疑応答が始まった。 司会者: まずは一言お願いします。 スティーヴィー・ワンダー(以下SW) コニチワ(笑)。日本に戻ってこれて大変、嬉しく光栄に思ってます。僕は、日本が大好きで、第2の故郷という風に思っています。この世にもし輪廻転生があるとしたら、僕はきっと昔は日本人だったのではないか、そんな気さえします。それくらい、日本の人たちとは共通点を感じますし、すごく日本を近くに感じるのです。日本以外に、これほど近くに感じる国はアフリカで、それくらい僕にとって日本は重要なんですが、個人的に本当にまた日本に来られて嬉しいと思ってます。 質問1 (ステーヴィーにとって)グラミー賞はどのようなものですか? また、2006年のグラミー賞にも、今回の素晴らしいアルバムが必ず受賞されると思いますが、どのようにお考えですか?(質問者・ワウワウ=WOWOW) SW グラミー賞にはクラシック、ジャズ、ヒップ・ホップ、リズム&ブルース、ポップス、カントリー、ゴスペルと多くの部門があって、そういった様々な分野で活躍したアーティストたちを紹介するといった意味でも、素晴らしい賞だと思う。(グラミー賞は)まわりの人たちが、それぞれのアーティストが成し遂げた作品をどのように聴いているかという一つの意見でもあるので、とてもいいものだと思っています。僕自身の作品がこれまで(グラミーを)受賞していることにはとても感謝しています。次のグラミー賞を、自分が受賞するかということですが、(アルバムには)非常にいい反響があってとても嬉しく思ってますが、現時点ではまだまだグラミー賞を取るまでには、十分な記者会見をやってないかな、と感じています。(笑) 偉大な故ヘンリー・マンシーニさん(アメリカの映画音楽家)と、以前お話する機会がありました。僕自身、グラミー賞を19回獲得していますが、ヘンリー・マンシーニさんはそれを上回って30回以上受賞しています。彼とグラミー賞の話をいろいろしていたら、彼から「(君は)まだまだいけるよ!」と言われたので、僕も「まだまだこれからいけるな」と感じて、彼の記録に追いつこうと思ってます。彼のようにこれだけ多くのグラミー賞を受賞できたことに大変感謝してます。また、彼と同じくらい多くのグラミー賞を受賞しているクインシー・ジョーンズ(米ポピュラー音楽界の巨匠)さんらと並んで、(自分が)語られることも大変光栄に思います。 ただ、僕自身は、グラミー賞を受賞すること自体はあまり重要視してません。それほど大事だとは思ってないのです。それよりも、人々が僕自身の音楽を、僕の主張をちゃんと理解してくれている、僕が書いた歌詞、メロディー、そういったものをちゃんと理解してくれているということが、また、自分が書いた曲が人々を勇気付けたりしていることのほうがとても大事なのです。そういう光栄なことが、(結果的に)これだけのグラミー賞をもたらしてくれ、(僕の音楽の素晴らしさを)証明してくれるものであって、それは神から僕に与えられたものだと思います。神の恵みといえば、今、隣にいるアイーシャを紹介したいと思います。(一瞬、「イズント・シー・ラヴリー=可愛いアイシャ」のフレーズを弾く) 質問2 今回のアルバムの中の「シェルター・イン・ザ・レイン」という曲は、ハリケーン・カトリーナの被災者に捧げられた曲ですが、チャリティー・ソングにもなっているとお聞きしました。この曲が、チャリティー・ソングになったいきさつを教えていただけますでしょうか?(質問者:ライター・内田真紀子氏) SW この「シェルター・イン・ザ・レイン」は、僕が約4年前に書いた曲です。これは僕が人生の中で一番辛い時期に生まれた曲なのです。ちょうど弟のラリーの病気が末期だということを聞かされた時期でした。そのことを聞く1年前にも僕の最初の妻シリータとこんなことがありました。ちょうどマンデラ大統領(南アフリカ大統領)の娘さんからシリータに連絡が入り、マンデラ大統領の誕生日を祝うために(僕に)来てくれないかと依頼がありました。僕はシリータに『君は僕と一緒に曲をたくさん書いてるんだから、君も一緒においでよ』と言いました。彼女とは、たとえば『イフ・ユー・リリー・ラヴ・ミー』(ワンフレーズ歌う)を共作したり、彼女自身はビリー・プレストンとデュエットで『ウィズ・ユー・ボーン・アゲイン』(少し歌う)を歌ったりしています。それはさておき、彼女と一緒に南アフリカに行きました。その時にシリータが自分の胸にしこりがあるということを告白してきました。彼女はとても不安に感じていて、僕がどう思ってるのか意見を尋ねてきました。僕はカリフォルニアに戻ったらすぐに医者に見てもらうべきだと話しました。でも、彼女はとても(医者に行くのを)怖がっていて、『一緒に行ってくれる?』というので、『もちろん一緒についていってあげるよ』と答えました。そして、カリフォルニアに戻って一緒に(医者のところに)行ったのですが、残念なことにその腫瘍はひじょうに悪性のものでした。そして、彼女は2年前に亡くなってしまったのです。(訳注、実際シリータが他界したのは、2004年7月、1年前のこと。スティーヴィーがちょっと勘違いした) その時は本当に心が痛み、悲しみにくれました。当時は、シリータとはもう離婚していましたが、(シリータは、自分の)家族のようなもので、彼女の子供も僕の子供も同じようにファミリーだったんです。ラリーもシリータも、僕の大事な家族で、その家族を失ったという痛みをそのときもの凄く感じていたのです。そんなときに神が試練を乗り越えさせてくれるべく力をくれ、授かったのが「シェルター・イン・ザ・レイン」という曲でした。当初はシリータと一緒に歌おうと思っていたのですが、彼女はとても歌える状態ではありませんでした。結局僕ひとりで歌ったのですが、この歌を歌うことによって、僕はその苦しい時期を乗り越えられたような気がしたのです。そこで、ハリケーン・カトリーナの被災者の人たちとともに、僕が神から授かったこの曲の何かを一緒に分かち合えればいいのではないかと思うようになりました。そして(自分が所属する)ユニバーサル・レコード、モータウン・レコードと話し合い、この作品をシングル・リリースして、そこから上がる純益をすべてハリケーン・カトリーナの被災者たちに寄付することにしました。 質問3 スティーヴィーがデビューした1961年から、ニュー・アルバム『タイム・トゥ・ラヴ』まで、ずっとスティーヴィーの音楽を楽しませていただいています。一番最初に曲を書いてから今まで、作曲においてもっとも大切にしていることは何でしょうか? それは、デビューした時から、今回のアルバムまで同じなのか?それとも、各60年代、70年代、80年代、時代を見て書いてらっしゃるんでしょうか?(Jウェイヴ リュー氏) SW まず、何よりも僕は音楽愛好家(ミュージック・ラヴァー)であるので、音楽が大好きなんです。ですから、曲は様々な理由で書きます。自分自身のことを表現するために、あるいは曲を書く手段を持たない人の意見や言いたいことを代弁するために、あるいは何か伝えたいことがあるために曲を書きます。こういうことができるということを自分ではとても光栄だと思っています。僕が曲を書く理由は様々です。その曲に向かうフィーリングとか、そこで何が起こっているか、なんでも書きます。どういう気持ちを込めて書いているのかは、曲によって違いますが、一番重要なことは、書いたものをまた聴き直して、それを客観的に聴くことだと感じています。 曲を書いて完成させたら、音楽好き(ミュージック・ラヴァー)としては、一度スティーヴィー・ワンダーの外側から客観的に聴いて、もし気に入らなければそれはリリースしません。それを聞いていいなと思えば、出す、ということです。作曲してて、長年すごく大事だと思うのは、僕自身がその曲を聴いて一緒に歌えるかどうかということです。一緒に歌えるかどうかということは、その曲がいいメロディーを持っているか、ちゃんと(ストーリーが)成り立っている歌詞ができているか、仮に馬鹿げだ内容の歌詞でもそれなりにつじつまがあっているか、真剣で真面目な歌がメイクセンス(理に適っている)しているか、スピリチュアルな曲でもきちんと歌詞の整合性があるかどうか、そういうことが大事なんです。自分なりのそうした基準が満たされれば、それは世にでます。 僕自身は(シンガー・ソングライターであると同時に)常にプロデューサーでもあって、プロデューサーとして客観的に音作りを見ていかなければなりません。僕としては、スティーヴィー・ワンダーというアーティストを客観的に自分の耳で聴いて、「このヴォーカルはちょっと気に入らないなあ。これはもっとうまく聴こえるんじゃないか?」とか「その歌い方は、彼(スティーヴィー)が(曲の)意味するところをうまく歌っていないんじゃないか」「これは必要ないんじゃないか?」「もっとよくできるんじゃないか?」などと見ます。プロデューサー、ソングライター、そういった観点から僕自身は曲を書きます。 もうひとつ付け加えたいのは、僕は音楽愛好家なのでありとあらゆる音楽を聴いています。それはヒップ・ホップからクラシックから、ありとあらゆるものです。いろいろな意味で、そういった曲からインスピレーションを受けたり、影響を受けたり、それらを自分なりの方法で消化して自分の作品を作っています。 (スティーヴィー・ワンダー記者会見=パート2へ続く) (2005年11月2日水曜、恵比寿ウェスティン・ホテル、スティーヴィー・ワンダー記者会見) ENT>MUSIC>ARTIST>Wonder, Stevie

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Switchblade Live: Soulful Unit

【スイッチブレイド・ライヴ】 集中力。 先週日野賢二さんのライヴを見に行ったら、サックスに太田剣さんがいて、彼が翌週自分のバンドでやるから、ぜひ来てくださいと誘われたので、さっそくモーションへ直行。このバンド名はスイッチブレイド。ブレイドは「剣」から、剣がいろいろ音楽性を変えるバンドといったニュアンスを含むそうだ。なるほど、うまいネーミング。 このスイッチブレイド、メンバーがなかなかすごい。ギターに小沼ようすけ、ドラムスに大槻カルタ英宣、オルガンに金子雄太、そしてヴォーカルに神谷えりという布陣。太田さんとカルタさんは、共演もはんぱではなく多く、私生活でもかなりべったりだそう。(笑) このバンドは、何度もやっているだけあって、バンドユニットとしての息も実にぴったり。初めて見たが、これはこれはファンキーでタイトでかっこいい。第2のTKYか。(笑)  ベース奏者がいないのに、実にうまくグルーヴ感が作られる。そして、もちろんオルガンのサウンドがファンキー・ジャズ的な要素を加える。全体的なサウンドは、ファンク・ジャズというか、例えば、イギリスあたりのソウル・ファンク・グループ的なアプローチを感じさせる部分もある。インコグニートやブランニュー・へヴィーズを一歩ジャズ寄り、インスト寄り、ファンク寄りにするとこんな感じになるのではないだろうか。オリジナルとカヴァーをまぜた選曲で、カヴァーもおもしろい曲、ちょっとひとひねりある曲が選ばれている。 バンドサウンドとしては、特にアップテンポの曲、例えば「スクエアドライヴ」などのオルガン、ギター、サックスのかけあいなど、もう最高だ。 例えば、第二部の「ヒューマン・ネイチャー」はマイケル・ジャクソン、「ユーズ・ミー」はビル・ウィザース、さらにスティーヴィーも「バード・オブ・ビューティー」が選ばれたりといった具合だ。また、ビージーズの「ステイン・アライヴ」を、それとわからないくらい斬新なアレンジで聞かせてくれたが、このアレンジはなんとフィリップ・セスのものを下敷きにしているという。 紅一点、神谷えりさんは名前はよく見ていたが、実際にライヴを見るのは初めて。ファーストで「ステイン・アライヴ」で登場した時、最初の声を聞いて、レイラ・ハザウェイ風の低い声だな、と思った。かつて、テイチク、BMGでレコードを出し、その頃はJポップだったが、最近はジャズが中心になり、この5月には洋楽系のEKリミックスというユニットでのCDが発売されたばかり。このCDの中に「アイ・ビリーヴ・イン・ミラクル」が収録されている。特にアンコールの「ラ・ラ・ミーンズ・アイ・ラヴ・ユー」などとてもよい感じだ。 それぞれのソロのバトルの部分などひじょうにおもしろい。ファーストでは見られなかった圧倒的な迫力と緊張感が第二部で炸裂し、音楽への集中力とドライヴ感が圧巻だった。もうこのグループ、このままライヴ録音してしまえばいいのに、と思った。 メンバーSwitchblade スイッチブレード 太田 剣(sax)、小沼ようすけ(g)、神谷えり(vo)、金子雄太(org)、大槻“カルタ”英宣(ds) Setlist: 1st show started 18:3201. (New Song)(Intro)(タイトル未定)(Original)02. Warp Factor 8 (Charles Earland)03. Valdes In The Country (Donny Hathaway)04. Miller Street (Original)05. Stayin’ Alive (Bee Gees) (With Kamiya Eri)06. … Continue reading

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Eye To Eye Contact With Stevie

【通訳中は、スティーヴィーは手持ち無沙汰】 目線。 今回の記者会見は、通常どおり、質問は日本語で行い、通訳が英語に直し、スティーヴィーの答えを通訳が日本語に直すという手順で行われた。海外のアーティストの場合、通訳が日本語を話している間、手持ち無沙汰となる。 僕はステージに向かってセンターよりやや左に座って、彼らを見ていたが、アイーシャとスティーヴィーは時々、耳元で何かを話したりしているのが見える。実際にアイーシャを見るのは初めてだったが、実にかわいらしい。一時期はそれほどではなかったが、最近はかなり一緒にいることが多いという。 火曜日(1日)に行われた『ミュージック・フェア』の収録では、予定時間を大幅に越え、収録が終了したのは、夜中の12時くらいだったという。途中で曲を変えたり、また、変えた曲のトラックのアレンジを変えたりしたために、予想以上に時間がかかったそうだ。すでに録音してあるトラックのアレンジを変えるなど、完璧主義者スティーヴィーならではだ。 ここでは、結局「ポジティヴィティー」と「ソー・ホワット・ザ・ファス」をメドレーにして、さらに、「心の愛(アイ・ジャスト・コールド・トゥ・セイ・アイ・ラヴ・ユー)」、「フロム・ザ・ボトム・オブ・マイ・ハート」を歌った、という。今回は5人ほどバンドが帯同している。 さて、今回は質問できる人が抽選で選ばれるということで、しかも15人まで。さらに、時間がなくなれば、たとえば、7番目か8番目で終るかもしれない、という制限だ。残念ながら、僕が会見場に着いた時には抽選は終っていて、僕は質問できない。 ちょうどインターネットデレビ「ギャオ」の取材で来ていた西任さんが、ラッキーなのかアンラッキーなのか14番目を引いていた。で、一緒に質問を考えてくれというので、考えた。というより、それ以前に14番目まで回ってくるか、かなり可能性が低いように思えたのだが。 スティーヴィーが来るまでたっぷり時間があったので、喧喧諤諤になったのだが、今回のテーマが「愛」なので、「愛に関する質問はどうか」ということになった。スティーヴィーは、今の時代にこそ、愛が必要だという。また、愛は永遠だ、君をずっと愛しつづけるというようなラヴソングもある。だが、実生活では最初の妻シリータとは離婚し、次のガールフレンドとも別れ、事実上「永遠」ではない。その彼に、「あなたは、愛は永遠だと歌っています。でも、実際はあなたの愛は永遠ではありません。本当に愛は永遠なのでしょうか」と質問したら、どうだろう、ということになった。これはけっこうおもしろい質問ではないだろうか。 そうして、質疑応答が始まったが5番目で一旦終りそうになり、あと3問ということで、結局14番目はとうてい届かないことになった。 さて、4番目の質問の答えを通訳が訳しているときのことだった。スティーヴィーはいつものように手持ち無沙汰だったのだが、ふと気づくとずっとこっちの方を見ていた。しっかりとこちらを見据え、僕の方を見ていたのだ。よく人から目を凝視されると、自分の目をそらす人がいるが、僕はじっくり相手に見られたら、目線をはずさずに見返すというか、視線を返すタイプ。だからここは、目をそらしてはいけない、と直感した。「ずっとスティーヴィー、こっち見てるよ」というと「ほんとだ」と西任さん。サングラス越しにずっと僕を見つづけるスティーヴィーをしばし僕も見つづけた。10秒以上あったような気がする。けっこう長かったような。今回の記者会見の最大の収穫であり、もっとも嬉しかったこと、それは、スティーヴィーと目があったことだ!  ENT>MUSIC>ARTIST>Wonder, Stevie

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Stevie Wonder: Accept 3 More Questions, 10 More Radio IDs

【スティーヴィー、ご機嫌な記者会見】 抽選。 スティーヴィー・ワンダーがプロモーションのために10月31日(月曜)に来日、11月2日(水曜)都内のホテルで記者会見を行った。質疑応答は質問者が多数でることが予想されたため、事前に抽選をし、質問者の順番を決めて行われた。11時半に抽選が行われ、15名のメディアの人々が番号をもらい、1番から順に質問することになった。会見場には150人を超える記者らが集まった。 会見の開始予定は当初は12時だったが、12時にはまったく現れる様子はなく、スティーヴィーは12時35分すぎに会場に姿を現した。舞台中央にはソファが、その前にキーボードが置かれている。スティーヴィーは、なんとアイーシャをともなって登場。写真撮影の後に質疑応答が始まった。 質問はグラミー賞についてどう思うか、「シェルター・イン・ザ・レイン」について、曲を書くときの心得、娘アイーシャとのデュエットができた経緯、災害やテロなどの被害者に対してへのメッセージなどの質問がでた。当初5問が終ったところ、予定時間がきたためか、司会者がこれが最後になると伝えたところ、スティーヴィーは「あと3ついいよ」ということで、質疑が3問増えた。 この中で例えば、次のような話が明かされた。「シェルター・イン・ザ・レイン」は4年ほど前に作った。シリータからネルソン・マンデラの娘のイヴェントで一緒に歌わないかと誘われて、南アフリカに行った。その時に彼女から胸にしこりがあることを打ち明けられ、一緒に病院に行ってくれるかと頼まれた。もちろん、一緒に行って検査をしたが、残念なことに悪性の腫瘍だった。当初は、この曲はシリータと一緒に歌うつもりだったが、徐々に彼女の容態が悪くなり、それはかなわなかった。そして、この曲をレコーディングした後、ハリケーン・カトリーナが起こり、その被災者へのチャリティーにすることにした。この曲からあがる純利益をハリケーン・カトリーナの被災者へ全額寄付することにした。 「ハウ・ウィル・アイ・ノウ」は、10年ほど前のとある火曜日、ニューヨークで書いた。その前日、当時つきあっていた女性と素晴らしい夜、素晴らしいメイクラヴをした後にその時の気持ち書いた。つまり、「彼女は僕のことを愛しているだろうか、どうやったらわかるだろう」という気持ちだ。この曲を作って、自宅で何度も歌っていると、そのうちにアイーシャが覚えてしまい、いつしか歌うようになっていた。それを聞いたスティーヴィーは、彼女のほうが自分よりうまいじゃないか、と思い、今回彼女とともにレコーディングすることにした。 さらに、計8人からの質問に答えた後、突然「ラジオ局のID(ラジオ局のコールサインをちょっとした音楽に乗せて歌ったりするジングルのようなもの)を今、作ってあげるよ。局の名前を言って」と発言。 記者席から次々と声がかかる。「東京FM」「Jウェイヴ」「インターFM」などに混ざって、テレビ番組などもかかり、何本か作った後、収拾がつかなくなったところで、スティーヴィーが「あと10本やるから」と太っ腹なところを見せた。 次々とスティーヴィー・メロディーに乗って曲になっていく各局のコールサイン。記者も、1曲ができるごとに拍手喝采を送る。「フロム・ザ・ボトム・オブ・マイ・ハート」からできた「東京FM」、「ポジティヴィティー」からできた「ラヴFM」、「ホワット・ザ・ファス」のメロディーを使ったID、「シェルター・イン・ザ・レイン」を使ったID、「ドンチュー・ウォーリー・バウト・ア・シング」を使った「目覚ましテレビ」のIDなど、10本以上が出来上がった。 これらが終って、スティーヴィーが会見場を去るとき、記者たちからスタンディング・オヴェーションが巻き起こり、しばし続いた。この日のスティーヴィーは、実にごきげんもよく、次々に質問に答えるだけでなく、こうしてID作りもした。本人自身がとても記者会見を楽しんでいた。予定の1時間を越え、1時間20分以上になり、会見が終了したのは、当初の予定午後1時から1時間以上押して2時過ぎになっていた。 +++++ スティーヴィーは、今回の来日で、4日(金)の『ミュージック・ステーション』(テレビ朝日系列、午後8時)に生出演するほか、『ミュージック・フェア』(11月26日=フジテレビ系列)、『ニュース23』(11月11日頃の放送予定)に出演する予定。 +++++ ENT>MUSIC>ARTIST>Wonder, Stevie

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Dinner Refugee: Searchin’ For Good Cutlet

【夕食難民になりにけり】 夕食難民。 収録を終えて、横浜ランドマークからオッシーを乗せて東京方面へ向かう。夜8時、小腹がすく。というより、ちゃんとおなかがすいている。何か食べましょうか、ということになり、とんかつはどうか、という話になった。オッシーが自由が丘の丸栄を提案、「いいね、いいね」となったが、ちょうど第三京浜を走っていたので、前ここにも書いた川崎のとん黒http://blog.soulsearchin.com/archives/000330.htmlに行こうということになった。 確か月曜が休みで、9時まではやっているはず。充分間に合うはずだ。だが、第三景品を川崎で降りていくだけに、一応電話確認したいところ。オッシーが104で番号を調べるとわからない、という。え~~? じゃあ、僕の手帳に電話が書いてあるかもしれないので、それを見てもらう。しっかり書いてあった。044…しかも、とん黒・月曜定休とまで書いてある。さすが、吉岡手帳。今日は火曜日。やった。そこで、電話をする。出る。やった。やってる。「もしもし、とん黒さんですか。吉岡です。ごぶさたです」 一瞬間があり、「あ~~、どうもごぶさたです」 「今日はまだ、やってますか」 「あ、今日はお休みいただいてるんです。いま、月曜と火曜が定休なんですよ」 「ありや~~~」  というわけで、次のB案へ。自由が丘の丸栄。104で調べる。番号わかる。かける。しか~~し、出ない。微妙にやな予感。とりあえず、第三京浜を降りて、自由が丘に向かう。もしだめなら、自由が丘のとんきに行こうということになる。丸栄、ロータリーに一瞬車を止めている間にオッシーがロケハンに行く。やはり、休みだった。ぐるっとまわって、とんきへ。すると、なんとまあ、ここも定休日。 「とんかつ屋さんは、火曜日はだめということか」という暗雲が立ち込める。この時点で、ふたりはすっかりとんかつモードにできあがり、なにがなんでもとんかつという感じになる。たしか、目黒のとんきも火曜あたり、休みではないか。(後で調べると、火曜日・定休、さらに第三月曜が休み) キムカツは並ぶので今回はパス。じゃあ、最近密かにお気に入りの広尾の貴香村(たかむら)に行こうと提案。その前に、ステーキのBMはどうだ、風邪気味なら、肉でパワー付けだ、といって大鳥神社近くのBMに行くが、やはり並んでいて40分待ちと言われ撤退。 道順で行けば、次に白金すずきへ。白金トンネルを抜けると、すずきの看板に明かりがついていた。しかしここは9時まで。時刻は8時56分くらい。「すずき、あかりついてますよ!」「いやあ、ここは、9時までだから、もうユーターンして車止める頃には明かりが消えますよ。(笑) 貴香村はたしか9時半すぎまでやってるから、そっちのほうが確実ですよ」 し、し、しかし~~。貴香村の前に行くと、あかりが消えているではないか! な、な、なんと。火曜日、定休? きいてないよ~~。後で調べると、年中無休のはずだが・・・。果たして、なぜだ。なぞだ。 ここで、さっきまであかりがついていたすずきに急遽、戻ることにする。し、し、しか~~し。戻ると時計は9時を2分くらい回っている。あかりが消えてる・・・。さっき、はいっておけばよかったか・・・。一応、オッシーが降りて、店に確認しにいくが、「もうしわけない」と丁重に断られた。こんなもんです。 万策尽きた・・・。6軒、だめだったわけだ。こうして我々は夕食難民になったのだった・・・。 DINING>RESTAURANTS>ESSAY

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日記の消滅部分について

このページでの日記のうち、2005年10月10日付けから10月26日付けまで、消えています。当該の日記は、同内容を掲載している下記ブログでごらんになれます。よろしくお願いします。 http://blog.soulsearchin.com/

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Franklins Jazz & Burger Vol.2; Return By Popular Demand

【フランクリンズ・ジャズ&バーガー第二回開催】 告知。 このところ、告知が多いような気もしますが、前回7月に行って好評だったフランクリンズ・ジャズ&バーガーの第二回を行います。ご興味のある方、大体60人くらいでいっぱいになりますので、お早目のご予約をお勧めいたします。基本的に、予約入場制です。 +++++ スノーフレイクとともに、テイスティーなジャズと、デリシャスなバーガーのひと時を~~ 島津山の片隅で妥協を許さないハンバーガーを作りつづけて15年~瀟洒な一軒家フランクリン・アヴェニューを舞台に行われるカジュアルでクラッシー な一夜 ハンバーガー片手に、ジャジーなひと時を過ごしませんか? Tasty Jazz and Delicious Burger~ジャズとバーガーの夕べFranklins’ Jazz & Burger Vol.2 ~ ”Silent Night” 【日時】 2005年12月2日(金曜日)【開場】 18時30分 【開演】 第一部19時30分、第二部20時30分 (入れ替えなし)【出演】 ザ・フランクリンズ (西任白鵠=ヴォーカル、森田聡=ベース、松本幸 三=ドラムス、加納正隆=ピアノ、中尾剛也=ギター)【場所】 7025フランクリン・アヴェニュー 東京都品川区東五反田3-15-18【料金】 ¥5000–(税込み)ハンバーガーとドリンクが充分についています。CD おみやげ付き(CDおみやげは予約された方のみです)【予約制】 席数に限りがありますので、基本的に予約入場といたします。予約がない場合入場できないこともありますので、ぜひ、ご予約ください。【予約方法】 Franklins0718@yahoo.co.jp まで、お名前(フルネーム)、電話番号、人数、何でこのイヴェントを知ったかをお書きの上、お送りください。 折り返し予約確認メー ルとお店への行きかた等をお送りいたします。【問合せ】 Franklins0718@yahoo.co.jp までメールでお問合せください。申し訳ご ざいませんが電話での問い合わせは受けておりません。 では、12月2日、フランクリン・アヴェニューでお会いしましょう。 +++++前回の模様http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_07_19.html +++++

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