India.Arie & Gandhi Family

ドット。

インディアの後には、「.」(ドット)があります。放送で言うときは、インディア・ドット・アリーですか。

ライヴを3日(木曜)に見てきました。僕としては、アリシアほどは感動せず、エリカほど衝撃は受けず、という感じでしたが、彼女のキャラクターを含めて好感の持てるステージでした。

で、そのライヴ評を昨日書いていたのですが、その中で気が付いたことが。この日、彼女はバンドメンバーに突然「ハッピーバースデイ」を歌われて、感激して泣いてしまい、しばし舞台の袖にはけたのです。で、終わった後関係者にちらっときいたら、「今日が誕生日で、インディラ・ガンジーの誕生日と同じで、それで母親がインディアと名づけた」といった話を聞きました。27歳というから、彼女の誕生日は75年10月3日なのね、と思ったわけです。

で、原稿を書いた後、一応念のために、インディラ・ガンジーの誕生日を調べたんですね。そしたら、違う違う、インディラの誕生日は11月19日で、インディアに近いのは、なんと、マハトマ・ガンジーだったんですよ。彼は1869年10月2日生まれ。3日じゃないじゃない! 2日だ。

それで、マハトマとインディラの違いは何? というわけでしばしインドの歴史を勉強してしまったんです。(笑) で、その受け売りをせっかくだから。

マハトマは、インド建国の父と言われる人。独立運動を行いインド独立に大きく貢献しました。

しかし、インディラはマハトマとは血縁関係はありません。インディラ・ガンジーがガンジー姓を名乗るのは、夫であるフェローズ・ガンジーのためです。とはいうものの、インディラの父親は、初代インド首相ネールということで、かなりの高い階層にいた人物であることにはちがいありません。

さらに、インディラ・ガンジーは、マハトマとも交流があり、ある意味で大変よくかわいがられていた。

1948年1月29日、インディラは、まだ当時3歳だった息子のラジブ・ガンジーを連れて、マハトマ・ガンジーのところに遊びに行きました。マハトマは、孫のようなラジブを見て、大歓迎します。しかし、運命はドラマを作ります。

その正に翌日、1月30日、マハトマは、暗殺されてしまいます。そして、36年後の84年、今度はインディラが暗殺されてしまいます。悲劇はそれだけで終わりません。さらに7年後の91年、今度はその息子ラジブまでが暗殺者の手によって命を絶たれるのです。

48年1月29日、マハトマの家で会った3人のガンジー、すなわち、マハトマ、インディラ、ラジブの3人が、すべて志半ばで暗殺されるわけです。

アメリカのケネディー家の悲劇に、勝るとも劣らないガンジー家の悲劇ですね。

インディアの誕生日を調べたら、こんなになってしまって、えらく時間がかかってしまいました。(笑)

そうそう、ライヴ評は、今週土曜日(12日)の毎日新聞の夕刊・楽庫に掲載されます。ここで、掲載されるヴァージョンはかなり短いもので、フルヴァージョンは、10月15日(火曜)に本ホームページのライヴのところにアップします。お楽しみにお待ちください。

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