Monthly Archives: October 2008

△「サニー」で有名なボビー・ヘブ・ライヴ

△【「サニー」で有名なボビー・ヘブ・ライヴ】 スプーン芸。 なぜかあの大ヒット「サニー」で知られるシンガー、ボビー・へブが突然の来日。1日だけ東京でショーをするという。何でも奥さんが日本人だとかで。 もちろんこの「サニー」誕生秘話は実にいい。↓ 2003/08/16 (Sat) Sunny: Bobby Hebb Sings About His Brother http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030816.html ということなのか、本人だけの来日で、バンドは日本人ミュージシャン。カラオケでやられるよりはいいが。ま、今回はしかたないとしても、こういう形も今後は増える可能性があるだろうから、やはり、日本在住のブラックのミュージシャンで「ハウス・バンド」的なバンドを作ってもいいのではないかと思う。前にも誰かのライヴのときに同じことを書いたことを思い出す。そのときは連れてきたミュージシャンのレベルが低かったのだが。 ボビーは2005年に35年ぶりくらいのアルバムを出していて、それが『ザッツ・オール・アイ・ウォナ・ノウ』というもの。今回は4曲目で歌われたのだが、これ、調べてみるとサザン・ソウルのジェームス・カーの作品。カーのシングル「ユーヴ・ガット・マイ・マインド・メスド・アップ」のB面に収録されていた「ザッツ・ホワット・アイ・ウォント・トゥ・ノウ」を少しタイトルを変えたようだ。 ヒット曲1曲でどんなステージを組むかと思ったが、なんとその「サニー」、オープニングのイントロ、中盤で本編、エンディングの「アウトロ」と3回でてきた! さすが、使えるものは何度でも使えっていう感じ。普段、あまり歌っていないようで、歌もかなり不安定だが、一番受けたのはアンコールで登場したとき。 舞台袖からステージにあがるとき、1960年代に流行った「モンキー・ダンス」をカクカクしながらやって出てきたのだ! これがかわいくて、最高におもしろい。そして、彼は手にあるものを持ってでてきた。さて、ここで問題です。何を持ってきたでしょう。行った人以外、これがわかる人は絶対いない。正解は2本のスプーンなのだ。 そして、その2本のスプーンをカチャカチャ、テンポよくぶつけながらリズムを取る。まるでその音は、オマー・エドワーズとまではいかないが、ちょっとしたタップ・ダンスの音みたい。ボビーがスプーン使いの達人とは知らなかった。それも、やはり現場で見ての初めての発見だ。ライヴは一度は見ないと。この70分の中で、「モンキー・ダンス」と「スプーン芸」が一番受けた。 もうひとつ受けたのが、そのアンコールのところでのメンバー紹介のとき。メンバーの名前を覚えていなかったようで、キーボードの方を指し、「…キーボード・プレイヤー!」、ドラマーを指し「ドラマー!」と紹介。受ける。(笑)いいものを見せてもらった。だが彼はアンコールでこの「スプーン芸」と「モンキー・ダンス」だけで歌わなかった。なめてるなあ。(笑) ボビー・へブは1938年7月26日テネシー州ナッシュヴィル生まれ、今年70歳。「サニー」は、先日紹介したディスコ映画『DISCOディスコ』でボニーMのヴァージョンがオープニング・テーマとなっている。そういうわけで、個人的には「サニー」がちょっとしたマイ・ブームになった。2-300以上のカヴァー・ヴァージョンがある「サニー」、これ1曲で一生安泰、これぞアメリカのショー・ビジネスの世界だ。 そして、そのサニーをひとりのジャズ・ミュージシャンが自分のものにしていた。 2004/10/15 (Fri) Pat Martino Live At Blue Note: He’s A Jazz Survivor http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200410/diary20041015.html ■ メンバー ボビー・ヘブ/Bobby Hebb(Guitar/Vocals) 祖田 修/Osamu … Continue reading

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▽ネヴィル・ブラザーズ12年ぶりのライヴ

▽【ネヴィル・ブラザーズ12年ぶりのライヴ】 普遍。 なんと12年ぶりというニューオーリンズのネヴィル・ブラザーズのライヴが東京ドーム横のJCBホールで行われた。この会場に僕が足を運ぶのは初めて。やはりできたばかりでさすがに綺麗。レイアウトも4層になっていて、どこからでも見やすくなっている。2000人以上入るホールだ。彼らの来日は1986年が初で以来今回で8回目という。 ドラムス、ギター、ベース、キーボード2、パーカッションにアーロンとシリル・ネヴィルの計8人がオンステージ。19時ちょうどに始まり、1曲目からニューオーリンズのセカンド・ライン系のファンクを披露。のりのりだ。 このドンドドドンドドンというニューオーリンズのリズムは中毒になる。実に気持ちいい。だいたいがミディアム調の曲で、おせおせだ。ライヴ・バンドで鍛え上げただけあり、バンド演奏はがっちり、きっちり、文句なし。ニューオーリンズ・ファンクからブルーズ調のもの、そして、チャールズのサックス・ソロ、アーロンのヴォーカル・ソロなどだいたい一式揃えて披露する。 なによりよかったのが、満席ではないこの会場に来ているお客さんが全員ネヴィルのファンでネヴィルの演奏を真剣に聴きに来ているということ。だから始まる前から観客の熱気が熱い、熱い。そして、1曲目から観客の反応がすこぶるよい。こういうライヴは空気がいい。 アーロンが歌うクラシック「テル・イット・ライク・イット・イズ」は、本当に神々しい。アンコールでも1曲目はアーロンの「アメイジング・グレイス」だった。 その昔、小さなところと、その後どこかで見た記憶があるのだが、12年ぶりとは思わなかった。かつてみたときと、彼らのサウンドは普遍だ。唯一変わったことといえば、彼らが年を取ったというだけ。One Love, One Nevilles! ■ メンバー Art Neville (Vocal & Keys) Charles Neville (Vocal & Sax) Aaron Neville (Vocal & Tambourine) Cyril Neville (Vocal & Percussion) Willie Green (Drums) Chris Severin (Bass) Michael … Continue reading

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☆映画『DISCOディスコ』、11月15日ロードショー

☆【映画『DISCOディスコ』、11月15日ロードショー】 ディスコ。 2008年、フランスで制作された映画『DISCOディスコ』が、日本でも2008年11月15日(土)からシャンテ・シネなどで公開される。 舞台はフランスの小さな港町ル・アーブル。『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』(1978年に世界的ヒット)の頃、ディスコで遊んでいた仲良し3人組みは「ビー・キング」というダンス・チームを組んでディスコで注目されていた。だが、それから30年、40代となった彼らもディスコを卒業し、2人はかたぎの仕事についていた。しかしそのうちの1人、主人公ディディエは定職につけず金もなく、離れて暮らす息子となかなか会えないでいた。そんなとき、地元でダンス・コンテストが行われることになり、優勝者にはオーストラリア旅行がプレゼントされると知る。ディディエは定職についている2人を誘って3人でまたチームを組もうと誘うが、彼らはなかなかうんと言わない。果たして、彼らはチームを組むのか、組んで、優勝できるのか。ミラー・ボールが回り、1970年代のユーロディスコ・ヒットの数々が流れる青春、いや中年ディスコ映画だ。 映画のオープニングは、なんとボニーMの「サニー」。これからして、ディスコ・ディスコした映画だということを直感する。映画では他に、カール・ダグラスの「カンフー・ファイティング」、ティナ・チャールズ「アイ・ラヴ・トゥ・ラヴ」、グローリア・ゲイナー「ネヴァー・キャン・セイ・グッドバイ」、セローン「スーパーネイチュア」、ドナ・サマー「ラスト・ダンス」など、1970年代のディスコ・ヒットが目白押し。 『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』の影響で始まった主人公だが、この映画ではビージーズ楽曲はすべて新人によるカヴァー作品で歌われる。おそらく、ビージーズが楽曲の貸し出しをしないためだ。だが、それが逆に新鮮なヴァージョンを生み出したともいえる。 あちこちに出てくるミラー・ボール。う~む、ダンスマンが出てきそうな映画だなあ。(笑) ■ オフィシャル映画ウェッブ http://www.disco-movie.jp/ 2008年11月15日土曜、シャンテ・シネなどで公開 ENT>MOVIE>Disco

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◎ニック岡井・メモリアル・ナイト

閑話休題。 オマーのお話は、一度お休みし、10月26日(日)六本木のロアビル2階にある「フラワー」で行われた「メモリアル・ナイト・オブ・ニック」に足を運んだ。 お土産の袋には、ニックが映った2009年のカレンダー、親友川畑さんがニックの好きな曲を選んだソウルのCD、『アフター・ザ・ダンス』のフライアーなどが入っている。中に入ると、すでにニックゆかりの人々が多数つめかけていた。 入り口では、川畑さん選曲の超激レア・ソウル・シングルスCD『ソウル・ギャラクシー』と江守藹氏の本『黒く踊れ!』を即売。江守さんも、川畑さんもファンからサインをせがまれ、書いている。 キング・オブ・ソウルでともにステップを踊ったマイケル鶴岡さん、ブラザー・コーンさん、江守藹さんらもあいさつ。宴は朝まで続いた。 +++++ ニックの命日は2007年11月11日。まもなく一年になる。僕の携帯の伝言メモは20秒が3件しかはいらない。11月11日22時40分にマイケル鶴岡から残された「ニックの死を伝える」伝言メモは消せない。もちろん、ニック本人の携帯番号も、その7ヶ月前に亡くなったドン勝本氏の携帯番号とともに、いまだに消すことなく残っている。よく亡くなった人から、着歴が残っているなんて話を聴くが、そんなときのためにも、残しておきたい。 ニック岡井へのトリビュートも込めて、ニックの足跡が作品になった岡伸昭作品『アフター・ザ・ダンス』展が、ニックの命日を挟んで行えたのも何かの縁だと思う。 http://jp.youtube.com/user/soulsearchin2008 +++++ ■ 江守藹氏、『ソウル・ブレンズ』に11月2日(日)登場 日本のダンサーたちの歴史と、ソウル、ディスコ業界で活躍した人々を描いた江守藹氏渾身の著作『黒く踊れ!』のプロモーションのために、江守藹氏が2008年11月2日(日)の『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1mhz、午後3時~5時)にゲスト出演する。登場は4時すぎ。この著作のこと、また、自身のソウル・ミュージックへの思いなどを語る予定。江守氏へのメッセージ、質問などがあれば marvin@interfm.co.jp までどうぞ。 『江守藹・著 / 黒く踊れ!』(銀河出版) 黒く踊れ!―ストリートダンサーズ列伝 posted with amazlet at 08.10.28 江守 藹 銀河出版 売り上げランキング: 31765 Amazon.co.jp で詳細を見る http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877770925/soulsearchiho-22/ref=nosim/ 川畑満男選曲レア・ソウル・シングルス・コンピレーション『ソウル・ギャラクシー』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001EB5BJE/soulsearchiho-22/ref=nosim/ +++++

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○オマー・エドワーズ(パート4)~足と体で歌うオマー

(昨日からの続き) Omar (Part 4): I Am Singing, Space Is Most Important Thing ○【オマー・エドワーズ(パート4)~足と体で歌うオマー】 抽象表現。 渋滞のせいで、随分と遅れてしまい、岡さんたちを待たせてしまった。すでに、カメラマンの木下さん、長渡さんらと岡さんが、オマーを待ち受けていた。すぐに岡さんらにオマーを紹介する。オマーは岡さんのアフロヘアーというか、ドレッドヘアに興味を持ったみたいだ。 オマーは飾られた作品をじっくり見ていく。岡さんが横について簡単に解説する。「これは、抽象表現の作品なんです。ヨーロッパの絵画とは違って、壁に絵を描いたり、イーゼル(キャンヴァスを置く台)にキャンヴァスを置いて絵を描いたりするのではなく、床にキャンヴァスを置いて、作品を作ります。だから、作品には基本的に天地がありません。左右もありません」 オマー。「ワオ、すごいな。リンカーン・センターにあった本を、ちょうど、今読んでるんだけど、それが、抽象表現の絵画の本なんだ。なんという偶然だ! (本が)ホテルの部屋にあるんだよ! これのオリジン(始まったところ)はヨーロッパじゃないんだよね」 岡。「そうなんです、こういう表現方法はアメリカン・スタイルなんですよ」 オマー。「ちょうど、それを読んだところなんだ。ワオ…。僕は抽象表現、好きだな。(それらを見て)混乱することはないよ。…(作品を見ながら) う~~ん、家に一枚置きたいなあ…。君の作品は、ブルーだけど、前にも言ったけど、自分がこういう作品をやるときは、いろんなカラー(色)を使いたいな…。(ここで、ジミ・ヘンドリックスの曲を聴いてオマーが踊った作品の話を再度) いつの日にか、僕がすご~~い大きな家に引越したら、君(岡さん)を呼んで、そこでこのペインティングを作ってもらいたいな。アーティストが僕の家にやってきて、何か作品を作ってもらうのは、僕の夢だよ」 オマーがこれほどアート好きだとは知らなかった。 ちょうど、ビデオでニックが「マザー・ポップコーン」をやりだしたので僕はオマーに尋ねた。「ジェームス・ブラウンの曲は何が好き?」 「『ファンキー・グッドタイム』…、『パパ・ドント・テイク・ノー・メス』、メイシオが大好きなんだ(と、メイシオのまねを少しする)。『マンズ・ワールド』も好きだよ。『セックス・マシン』? あれはテンポが速すぎる。僕はグルーヴが好きなんだ」 「じゃあ、これは早すぎるかな?(『マザー・ポップコーン』のこと)」 「そうだね、…もちろん、僕はこれでも踊れるよ。でも、クリエイターとしては、なにかもう少しスローなものをやる。僕はどんなタイプの音楽でも踊れるけどね、any music…。」 「ソウル・ミュージックはセクシーだ。ジャズのインプロヴィゼーションみたいなものになると(ちょっとアドリブでやってみる)、女性はびっくりしてわからない。女性は、音楽を感じる。そのためには、音楽にスペースが必要だ。そういう音楽だと人々はリラックスできる。リラックスできると、パワーが生まれる。スペースのある音楽はパワーを持つ。スペースはセクシーだ。アートでも同じだ。すべてにあらゆるものが描かれていたら、見るのも嫌になるだろう。この作品だって、こうしてスペースがあるからいいんだ」 音楽のスペースへの理解は、オマーがミュージシャンと同様であることの証拠だ。 岡さんが、なぜブルーにこだわるのか説明する。「この青はウルトラ・マリン・ブルーと言って、ダイアモンドや金よりももっと貴重で高価なラピスラズリーという宝石の一種を原料に作られる顔料のひとつなんです。それはそれは大変高貴な色なんです。ラピスラズリーは海(地中海)の向こうから(ヨーロッパに)やってきた色だと言われていました。だから、ニックさんの足のステップを記録するには、一番高貴な色を使いたかったんです。ニックさんのステップの美しさを表現するのはこの色しかないと思ったんです。ダンサーには、その動きに美しさがあります。あなたと同じように。その動きの美しさをここにこの色で印したかったのです」 そして、彼は青の絵の具のついた靴をオマーに見せた。「これを見てください。この底にスポンジのようなものをつけているでしょう。これをつけることによって、絵の具が長持ちするようになってるんです。絵の具の濃さ、それからこのスポンジ素材、随分と研究し試行錯誤しました。絵の具が濃いと、キャンヴァスの上でうまくすべらない。薄いと色がいまいちになる。でも、実際本番でやってみるまでは、本当にどうなるかわからなかったんですけどね」 オマーがじっくりと説明を聞いて、うなずく。 『両足上げて、フォークダンスではありません』 +++++ 歌。 「オマー、たとえば、あなたは踊るとき、色のイメージを持ったりする?」と僕が訊いた。 「時々ね。実際、僕は音楽を自分の足で聴くんだ。ピアニストと一緒に何かやっているとする。足でピアノの音を聴き、ストーリーをどうフィニッシュさせるか考えるわけだ」 「タップ・ダンサーというより、むしろあなたはミュージシャンですね」 「そうだね、でも、ミュージックというより、よりリリック(歌詞)を考えているな。例えば、ボブ・マーリーには素晴らしい作品がたくさんあるが、1曲にはせいぜい4行くらいしか歌詞がない。stand up, get up… 歌詞の間にもスペースがあるんだ。シンプルであればあるほど、複雑だ。どこまで(踊りだすのを)待てばいいのか。それを考える。(歌詞や踊りも)やりすぎると、結局伝わらない」 … Continue reading

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◆ 【オマー(パート3)、人生を語る】

◆ 【オマー(パート3)、人生を語る】 人生。 約束の時間に迎えに行くと、彼はまだ部屋にいた。ハウスホーン(館内電話)の向こうで「今すぐに降りていくよ」という。しばらくするとロビーの向こうから手を振ってきた。前日遅くまでかなり飲んでしまったので、二日酔い気味だという。車に乗り込みいざ新宿へ。ちょうどカーステレオから流れていた音に彼が興味を示した。 「誰を聴いてるんだい?」  「ボビー・ウーマックだよ」  「彼はまだ生きてるの?」  「生きてるよ。ちょうど先月でたばっかりのベスト・アルバムなんだ。ジャケットの写真は古いけどね。映画『アクロース・ザ・110ス・ストリート(110番街交差点)』は見た? 1973年の映画」  「1973年、生まれてない…。僕は若すぎる。(笑)」  「じゃあ、『ジャッキー・ブラウン』は?」  「おお、もちろん見たよ」  「そのテーマ曲もこれだ」  ジャケットの英文ライナーノーツを彼は一生懸命読んでいる。文字が小さいせいもあるが、食い入るように読んでいる。そして、そこに書かれた文から「サム・クックは殺されたのかい?」と聞いてきた。 「そうだよ、1964年の12月に、サムはパーティーで知り合った女の子をモーテルに連れ込んだ。女の子は逃げようとして、モーテルのオフィースに助けを求めた。サムがそれに気づいて、そのオフィースにおいかけてきた。モーテルの女主人が、そんなサムに恐れをなして撃ってしまったんだ」 「わお、なんという悲劇だ…」 オマーはさらに読み進み、続けて尋ねてきた。「それで、ボビーはサムの未亡人と結婚したんだって?」  「そうなんだ。とてもスキャンダルな話だろ。不思議なんだよ。そこが。サムはボビーにとって、メントゥアー(恩人)みたいなものだからね。いろいろ複雑な事情はあったんだろうけど。ほら、ボビーの歌い方は、サムそっくりだろ」  「そうか、ボビーはサムから歌い方だけでなく、女も取ったってことか…」 「ははは、オーティス・レディングは知ってるかい?」 「ああ、もちろん、知ってる」 「彼は飛行機事故で死んだんだけど、1967年の12月10日が命日だ。サムの死から3年後にね。サムは1964年の12月11日に死んでる。オーティスもサムの影響をたくさん受けたシンガーだ」  「ウ~~ム、誰でも最後は死ぬからなあ…everybody must die」 「でも、彼らは死ぬには若すぎた。たしかサムは33歳くらいで死に、オーティスは26歳くらいで死んでる」  「本当か? おおっ…。っていうことは、逆に言えば、ボビー・ウーマックはうまく生き延びてるってことだね…」 「ははは、その通りだ。『ハリー・ヒッピー』という曲は知ってるかい? ボビーの弟のことを歌った歌だ。傑作だよ。ハリーも死んでしまった」 「なんで死んだんだ?」  「ドラッグ関係のトラブルじゃなかったかな(註:と、この場では言ってしまったのだが、家に戻って確認すると、これは間違いで、ドラッグで悩んでいたのはボビーでハリーは、当時の嫉妬深いガールフレンドにナイフで刺され殺された)」 「僕が育った1970年代には、そんなこと、あちこちであったよ。両親にもそんなトラブルがあった。父は54歳で死に、母が死んだのは35歳にもなってなかった。…(しんみり)…。だけど、人生とはおもしろいものだよ。おばあちゃんが素晴らしい人でね、彼女は86歳なんだけど、まだ元気だ。彼女には6人の子供がいた。そのうちの一人が僕の父だ。おじいちゃん、つまり、おばあちゃんの夫は心臓かなにかの病気で40代で死んだ。そこで1940年代に彼女は6人の子供を育てなければなかった。僕の父は、とてもインテリジェントで強くて、賢かった」 彼が父について語るとき、ある意味、本当に目を輝かせて話す。「彼は本当にスマート(頭がよかった)だった」  「ストリート・スマート(実生活でひじょうに賢いという意味)だったってこと?」  「いや、違う。それ以上だ。彼はものすごく読書家で、何でも知っていた。知らないことはなかった。それで、とても強く、恐いものなしだ。本当に賢かったんだ。彼は自分が手に入れたいと思ったものは、結局何でも手に入れた。金が欲しいと願えば、手に入れられた。それだけの才能があったんだ。だけど、自分で進んでホームレスにもなっていた。すごく変わった男だった」 「僕のおじさん、つまりおばあちゃんの子供の一人が、若くして死んだ。おばあちゃんはものすごく悲しんだ。だけど、おもしろいことに、そのおじさんは僕そっくりなんだ。いや、僕がおじさんにそっくりなんだよ。顔、体つき、風貌。だから、神様はおばあちゃんにもうひとり息子をプレゼントしたようなものなんだ。僕の父は、よく『お前は、俺の弟にそっくりだな』って言ってた。それが人生なんだな(That’s life…)」 「特に1970年代は黒人に厳しい時代だった。ボビーのこのCDいいねえ、(自分のショーで)使いたいな。彼の音楽は、本当に『リアル・ライフ』を歌っている。歌ってることがよくわかる。ところで、なんで君は『ソウル・サーチャー』って言うんだい?」  「いつも、『ソウル・ミュージック』や、ソウルがあるものを探しているからなんだ。十代の頃からラジオでアメリカのソウル・ミュージックに親しんで、すっかり好きになったんだ。アメリカ軍の放送局で、毎日2つのソウル・ショーをやっていて、それをいつも聴いていた。ドン・トレイシー・ショウとローランド・バイナム・ショウだ」  「今でもやってるのかい?」  「いや、もうやってない」  「なるほど、それが、君の人生を変えたんだね」  … Continue reading

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★オマー、電撃的タップ・ダンスの後に語る(Part 2)

体全体。 水曜日デューク・エリントン・オーケストラでスペシャル・ゲストで出ていたオマー・エドワーズ。彼を初めて見たのが2004年7月の『ハーレム・ナイツ』で、それ以降毎年見ているので、『ハーレム…』で5回、そして今回で6回目になる。毎回彼はライヴが終わるとサイン会にでてきて、ファンにサインをしたり、写真を撮ったりする。ライヴが終わりトイレに行こうとすると、彼はすでに出口のところでサイン会を始めようとスタンバイしていた。さすがに毎回会ってるので、いつもながら人懐っこい顔で挨拶してくる。トイレをすませ戻ってきて、どれほど彼のパフォーマンスに感動したかを伝えたかったが、なかなか興奮してうまく話せなかったが、「サンキュー」と感謝してくれた。 ちょうど、ケイリブ・ジェームスとカマサミ・コングが来ていたので、ちょっと挨拶しにいった。コングさんもかなりオマーのパフォーマンスに驚いた様子。彼に岡さんの『アフター・ザ・ダンス』のフライアーを渡し、説明するためにYou Tubeの映像を見せた。最初かたことの説明ではわからなかったものが、これを見せるとすぐに理解してもらえる。百聞は一見にしかず。映像は強力だ。コングさんも興味を持ってくれたので、オマーにもこれを見せようと思いついた。 オマーのところに戻り、簡単に口で説明し、映像を見せようとすると、「待ってくれ、それと同じこと、僕はやったよ。見せないでくれ(笑)」と興奮気味に言って彼のヴァージョンの説明を始めた。オマーがやったのは、友人のギタリストと手を組んで二人でやったもので、ギタリストの彼がジミ・ヘンドリックスの曲を演奏するという。 彼が興奮気味に語り始めた。「いろいろな色の容器が置いてあって、そこに僕がタップの靴をいれて、キャンヴァスにダンスをしていく。すべての容器でダンスをすると、色(の位置)がそれぞれ決まっていて、最後、それがジミ・ヘンドリックスの絵になるというわけだ。ま、出来た絵がヘンドリックスに似てるかどうかはわからないけどね。(笑) (ビデオのものと)基本的には同じだな。彼はタップ・ダンサーかい? ソウル・ダンサーなんだね」  ちょうど、「マザー・ポップコーン」のところだった。「彼はジェームス・ブラウンのようなダンサー? なるほど。僕もこれと同じことをやってみたいよ。基本的には同じアイデアだが、彼は一色しか使ってないよね。でも、僕がやるときはたくさんの色を使いたい。ジェームス・ブラウンのコピーとしてはそれほどではないな。歩いているみたいだ。(笑)ジェームス・ブラウンの映像をYou Tubeで見たが、彼の動きは電撃的だ。本当にゲットダウンしてる。すべてが早く、衝撃的で、かと思えばスローになったり」 オマーは興奮しながら話す。「僕のゴールはいつか(自分のダンスのレベルが)ジェームス・ブラウンのようなレベルに達することだ。ジェームス・ブラウンはタップ・ダンスはしないのに、彼はダンスに関して超有名だ。彼のダンスはとても自然な生まれながらのダンスだと思う。音楽の瞬間と感情に基づいて踊る。それは、僕がやっていることとすべて同じなんだ。いいかい、それと同じことができるもうひとりのシンガーを知ってるかい?」 「誰? わからないなあ」 「ボブ・マーリーだよ! 彼の珍しいコンサートの映像を見たことがあるんだ。彼は1曲全曲を、体すべてで表現してるんだよ! 体、すべてだ。だから、ボブ・マーリーはすばらしいタップ・ダンサーなんだ。時々、僕は彼の音楽を消して、彼の足元の動きだけを見るんだ。もう本当に、タップのようなんだ。一度君も見るべきだ。楽しめるよ。ギターで(曲が)ブレイクするときなんかでも動いている。彼のリズムは、こうだ(動きをする)、1曲全曲を通して、踊っているんだ、体全体(whole body)を使ってね」 そういえば、彼が今年(2008年)の『ハーレム・ナイツ』でパフォーマンスをしたとき、ボブ・マーリーの大きな絵柄のTシャツを来て、マーリーの「ウェイティング・イン・ヴェイン」にあわせてタップをしていた。10年以上伸ばしているというドレッド・ヘアもボブ・マーリーの流れを汲む。彼のタップ・ダンスは、体のすべてを使う。オマーのこの話を見て、聞いて、体全体の意味がすごくよくわかった。 オマーが、フライアーを見て「これ、実物を見たいな。どれくらい大きいんだい? 明日(木曜)は、昼、テレビにでるから(『笑っていいとも』の最後に登場した!)、あさって連れてってくれ」ということになり、オマーを『アフター・ザ・ダンス』にお連れすることになった。 (この項続く) ENT>MUSIC>ARTIST> Edwards, Omar

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▲ガッツ・ライヴ~雨にも負けず…

▲【ガッツ・ライヴ~雨にも負けず…】 雨男。 ガッツの僕が見るライヴとしては2008年5月以来のもの。それにしても、オリジナルばかりで、しかも、まだCD音源も出していないのに、120分近くのライヴをやるのだから恐れ入る。(笑) ここに来てるファンは、心底ガッツ・ファンですね。すばらし。元祖雨男ガッツ、今日も目黒の空は雨に濡れ~。「雨の目黒」とか「雨の権之助坂」とかって曲が出来るんでは?(笑) こうしたスタイルでやるライヴは、ガッツによれば、今回でちょうど10回目。ということで、今回はいつもと違う何かをやりたいと、ガッツは普段は50分2ステージという構成を、100分ワンステージにしてみた、という。そこでライヴの始まりが8時。終わったのはほぼ10時だったから、約2時間たっぷりだ。僕は一気にワンステージのほうがテンションが保たれ楽しみやすい。 Jポップであって、ちょっとソウルフルで、そして、ロックの要素もあるリアル・ミュージシャン、それがガッツというところか。全体的にほとんどの曲がミディアムからアップテンポの曲で、がんがんエネルギーを発してくる。 ちょうどビームス帰りの岡さんと一緒にで向いたら、ゴス、黒沢さん、村上さん、北山さんらと同じ席になり、鑑賞。黒沢さん「いい曲、多いよね。ほら、よく考えたら、彼のオリジナルばっかり聴くの初めてなんだよね。『ソウル・サーチン』も、『ソウル・パワー』もカヴァーが多いし(笑)」。 いくつかの曲で僕はガッツの歌がサザン・オールスターズっぽいなあ、と感じている。僕は個人的にはあんまりサザンぽくならないほうがいいなあ、思った。普通に歌えばそれでもうガッツ節になっているから。 アンコール2曲目「季節の中で」という曲を聴いていたら、なんか黒沢さんにあいそうな曲調に思えた。「これ、歌ってみたら」と冗談ぽく言ったら、さびのフレーズをすぐにちょっとだけ歌っていた。さすが、「すぐ歌う課」黒沢さんだけのことはある。「逆に僕がガッツに曲書いてみてもおもしろいかも」とも。やはり、いいシンガーはいいシンガーを聴くとインスパイアーされるものが多いのだろう。 岡さんと村上さんは青山OA以来の旧知の仲。ライヴ後『アフター・ザ・ダンス』個展について、いろいろと話をしていた。近いうちに来てくれるそうだ。ブルース・アレーのフライアーの棚に『アフター・ザ・ダンス』のチラシがなかったのでマネージャーの高橋さんに言うと、「あ、(もらって)もうすぐに配っちゃったよ」というので、追加のフライアーとはがきをどさっと渡したのは言うまでもない。今日も仕事をした。 ■過去記事 May 15, 2008 Gatz Live At Blues Alley : He Isn’t “Rain Man” Anymore http://blog.soulsearchin.com/archives/002514.html April 01, 2008 Gatz Debut At Cotton Club http://blog.soulsearchin.com/archives/002424.html January 29, 2008 Gatz Live At … Continue reading

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■オマーのタップからオマーの歌が聴こえてくる

■【オマーのタップからオマーの歌が聴こえてくる】 感動。 デューク・エリントン楽団がコットンでライヴ。同楽団は2008年2月にビルボード・ライヴに来ていたので、8ヶ月ぶり。ずいぶんと短いインターヴァルで来日する。しかし、コットンほぼ満席。今週は、アメックス・ウィークとのことで、アメックス・カードで支払うとウェルカム・ドリンクが提供される。しかも、ちょっとしたトレイのおみやげまで。いつもより、観客の年齢層が高めなのは、アメックス・カード・ホルダーが多いせいか。 さて、約70分のパフォーマンスでの圧巻は、タップ・ダンサー、オマー・エドワーズのダンス・パフォーマンス。3ヶ月ほど前の7月に、横浜ランドマークの『ハーレム・ナイト』で見たばかりだが、コットンで直近1メートルの距離で見ると、これは大変な迫力で大感激した。オマーのタップは2004年夏から毎年見ていることになるが2005年夏に見て以来の感銘を受けた。 オマーは、タップしながら客席を一巡してステージに上がった。テーブルとテーブルのほんの狭い通路さえも、彼は足を踏み鳴らしながら、タップをした。もちろん僕の目の前もタンタンタンタンと音を鳴らしながら、通っていった。そしてバンドが「キャラヴァン」をやり始めると、それにあわせ、一段高くなったステージで激しくタップを踊る。 オマーのタップは、当たり前のことだが、体すべてであらゆるものを表現する。それも、そこには強烈なブラックネス(黒さ)がにじみ出ている。ただ足を踏み鳴らしているだけで、なぜこれほど感動するのだろう。すぐ目の前で彼が踊るので、その黒い波動が直接届き、見る者を圧倒する。 オマーはリズムだ。オマーは音楽だ。そして、オマーは歌だ。 Omar is rhythm. Omar is music. And Omar is song. 歌がオマーであり、音楽がオマーであり、リズムがオマーだ。 Song is Omar, Music is Omar, and Rhythm is Omar. なんという表現者だろうか。 いかなる演奏よりも、どんな歌よりも、ソウルを感じさせ、僕はただそのパフォーマンスを見ているだけで感動の嵐に包まれた。一体、歌ものよりも感動してしまうってなぜなんだろう。何百というソウルのライヴを見ている中でこんな歓喜を感じることは滅多にない。 パッション、喜び、怒り、熱情、愛、憎しみ、挑発、受け入れ、笑い、そして、人生そのもの。そんなオマーの歌声が聴こえてくる。きっと、オマーの中に強烈すぎるほどのソウルの爆発があるから、それが僕の心の琴線に触れるのではないだろうか。 彼のタップは中心軸がぶれない。だから、本当にかっこいい。そして、彼得意の少し前のめりになって踊るスタイルを連続すると、その前のめりの彼がこちらにいまにも倒れてきそうな錯覚に陥る。だが倒れてきそうな瞬間彼は体を建て直し、すぐに次の動きへ移る。見事だ。無駄な動きなど一切ない。 目の前で彼が踊るので、彼の足元を凝視した。黒いエナメルのタップ・シューズが眼にもとまらぬ速さで動く。そして、彼が勢いよく回転すると、汗の飛沫(しぶき)がダイアモンドのようにきらりと光りながら周囲に飛び散った。2005年7月に僕が「ハーレム・ナイツ」で目撃した汗の飛沫の美しさを再見して感動した。飛び散る汗の飛沫のなんと美しいことか。何度か彼が回転するうちに、そのダイアモンドの飛沫が飛び散る様がスロー・モーションのようにゆっくり落ちていくかのような錯覚に陥った。 そして、後半彼はおもむろにタップ・シューズを脱ぎ捨て、靴下を脱いだ。きた~~! 彼の定番の「裸足のタップ(Barefoot Tap)」だ。なぜ彼が裸足でタップをやりだしたか。2005年7月の下記関連記事で彼が答えている。 音楽は勝負だという。タップも、いや、ダンスもまさに真剣勝負だ。彼がステージにいた23分間、ソウルの神様が彼に白い光を当てているようだった。もし僕が10代で彼のタップをこんなに近くで見たら、オマーのようなタップ・ダンサーになりたいと思って、タップを始めたに違いない。きっと、ニューヨークのアポロ・シアターなんかでは、彼のタップをそれこそ10代の子供たちが見る機会がたくさんあるのだろう。そうして、それに影響を受けて次の世代に文化が継承されていくのだ。 今これを書くとき、目を閉じると、オマーの動きがまぶたに浮かぶ。さすがにこの動きと空気と波動は、いくら文字で書いても伝えられない。たとえビデオやYou Tubeでも伝わらない。その場のライヴで見て感じるしかない。 (この項続く) ■ … Continue reading

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●ジョー、ケダー・マッセンバーグをステージにあげる

●【ジョー、ケダー・マッセンバーグをステージにあげる】 裏方。 ちょうど、ステージ袖にちょっとピーボ・ブライソン似の小柄な男性がいた。なんと、彼が1997年から2004年までの約6年モータウン・レコード社長の座にいた人物、ケダー・マッセンバーグだった。日曜日に東京入りしたそうで、この日は自身のレーベルの所属アーティスト、ジョーのライヴを見に来ていた。ジョーはライヴ最後のところで、「今日はスペシャルな人物が来ています。彼は『ネオ・ソウル』という言葉を生み出し、世に広めた人です。そして、ディアンジェロやエリカ・バドゥーといったアーティストをスターにした人です」と言ってケダーをオーディエンスに紹介した。ちょっと照れながら彼はステージにあがった。 ケダーは現在ジョーとともに自身のインディ・レーベル、「563ミュージック」を設立、ジョーの新作はアメリカではこのレーベルからインディ作品として発売されている。昨年、ジョーのオープニングを担当したアルジェブラも同レーベル所属だ。 ライヴ後少しだけケダーに会った。「いや、僕はステージに上って、踊ったりする人間じゃないんだ。(笑) 言ってみれば裏方の人間だからね。日本にはディアンジェロと一緒に初めてやってきたよ」 比較的早口で、ひじょうにスマートな印象だ。いろいろなインタヴューを見ると、ケダーのアーティスト育成に関するポリシーはなかなか素晴らしい。 曰く「アーティストは、世間に出せるまでトレーニングして、一挙に世間に出す。いい音楽を作るだけでなく、メディア・トレーニングもする。それだけではない、会計のコンサルタント、音楽ビジネスのことも教える。我々はアーティストをストリート・レベルで通用するのと同時に、レコード会社の役員会などでも通用するような人間に育てるんだ。だが、今ではそういうことはメジャーのレコード会社ではほとんどできない。なぜなら、メジャーはすべて4半期ごと(3ヶ月毎)に数字が上がらないとだめだからだ」 ブルックリンに1963年ごろ生まれたケダーは、地元のハイスクールを出た後、オハイオの大学、ノース・キャロライナ大学などで学び、後者で弁護士資格を獲得。卒業後一度はペプシコ社に就職。その後1991年、大学時代からステッツアソニックのダディー・オーと組んで会社を作ったりして、音楽業界に入ってきた。1995年、ディアンジェロ、さらに1997年、エリカ・バドゥーを世に送り出し、一躍注目のミュージック・マンとなり、その後モータウン社長へ。ディアンジェロ、エリカを売り出すときに、「ネオ・ソウル」という言葉・定義を生み出し、大成功した。 ほんの瞬間、ジョーにも会えた。間近で会うジョーは実にかっこよかった。同行松尾さんが、かつてジョーと一緒に六本木のしゃぶしゃぶを食べに行ったときのことを話すと、「ああ、覚えてる、覚えてる。でも、僕はしゃぶしゃぶは食べなかったんだ」 「で、そのあと、ケンタッキー・フライド・チキンを食べたんですよね(笑)」と松尾さん。「そうそう、KFC頼んだよ(笑)」 「日本に来た回数はもうわからないな。1995年に初めて来て、年に2度くらい来ることもあるので、最低15回は下らないと思う」  ジョーにひとつだけ質問した。「あなたは、もうゴスペルは歌わないのですか。あるいは、ゴスペルの曲をレコーディングしたりはしないのですか」 すると、「僕の両親は教会で歌ってる。実は自分のレーベルでゴスペルのアーティストと契約したんだ。だからゴスペルはやるよ! たぶん来年くらいに出る」 今もアトランタに住んでいるのかと思ったら、「アトランタは20年前に出て、ずっとニュージャージーに住んでるよ。今、みんなアトランタ、アトランタだからね。その中で一緒になりたくないんだ(笑)」 October 20, 2008 Joe : More Hug & Kiss At Joe’s Live; Something In Common With Peabo Bryson http://blog.soulsearchin.com/archives/002708.html ジョー・今回来日・ライヴ評、セットリスト、過去記事一覧も。 ENT>MUSIC>LIVE>Joe ENT>MUSIC>PERSON>Massenburg, Kedar

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⊿ディー・ディー・ワーウィック死去

⊿【ディー・ディー・ワーウィック死去】 訃報。 ソウル・シンガーでディオンヌ・ワーウィックの妹であるディー・ディー・ワーウィックが2008年10月18日(土)、ニュージャージー州エセックス・カウンティの老人ホームで死去した。63歳だった。姉のディオンヌらが看取った。シシー・ヒューストンの姪にあたり、ホイットニー・ヒューストンの従姉妹にあたる。ディー・ディーはここ数ヶ月、体調を崩していた。 姉のディオンヌは、「今朝(10月18日)10時、私の愛する妹は旅立ちました。静かな平和なもので、その点はよかったと思っています。彼女に祈りを捧げてくれたすべての人に御礼を申し上げます」とコメントを寄せた。 ディー・ディー・ワーウィックは1945年(昭和20年)9月25日、ニュージャージー州ニューアーク生まれ。本名、デリア・メイ・ワーリック(Delia Mae Warrick)。姉のディオンヌが発音の問題で、ワーリックをワーウィックにしたのに伴い。ディー・ディーもワーウィックと芸名を変更。 幼少の頃から地元の教会でゴスペルを歌い、まもなく、一足先にポップ音楽を歌い始めていた姉のディオンヌ・ワーウィックのコーラスなどを担当するようになる。1960年代初めのこと。1963年、ジュビリー・レコードで録音した「ユー・アー・ノー・グッド」はヒットこそしなかったが、後にリンダ・ロンシュタットによってカヴァーされている。その後1965年、ブルー・ロックから出した「ウイ・アー・ドゥーイング・ファイン」が初ヒット。1966年にはフィラデルフィアのギャンブル&ハフが書いた「アイム・ゴナ・メイク・ユー・ラヴ・ミー」がソウル・チャートで13位を記録。これはのちにダイアナ・ロス&シュプリームス&テンプテーションズでヒット。翌年マーキュリーに移籍、ここで「アイ・ウォント・トゥ・ビー・ウィズ・ユー」がソウル・チャートで9位を記録するヒットになった。その後も小ヒットをいくつか放った。 ディー・ディーは昨年から今年にかけて、姉ディオンヌのワン・ウーマン・ライヴ、「マイ・ミュージック&ミー」で一緒に歌っていた。また、2008年にリリースされたディオンヌ・ワーウィックのゴスペル・アルバムの中で「ホワイ・ウィ・シング」を歌っている。 ENT>OBITUARY>Warwick, Dee Dee (9/25/1945 – 10/182008 =63 years old)

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△ジョーとピーボの共通点~ジョー・ライヴでの発見

△【ジョーとピーボの共通点】 好感度。 アトランタ出身のセクシー・シンガー、ジョー・トーマスの約1年1ヶ月ぶりのライヴ。ジョーもほぼ毎年のようにやってきて、日本でもとても人気の高いシンガーだが、今年も連日ほぼ満席、しかも、7割がた女性ファンで埋め尽くされる。そして、ジョーは徹底してファン・サーヴィスに務める。 昨年ライヴをやったため、ビルボード・ライヴの会場を熟知したようで、ステージを降り、客席を回るルートも完璧、ほぼ一筆書きのように上手に満遍なく周る。花をファンからもらえば、必ず、ハグやキスをして返す。このあたりの「お客様は神様」といった姿勢は好感度ア~~ップ。 そのあたりを見ていて、「ピーボ・ブライソンに姿勢が似ている」と松尾さんが指摘、同意した。そう思ってみると、ピーボとジョーにいくつか共通点を発見。 1)ジョーもピーボも最初は自分で曲を書いていたが、途中から他の職業作家の作品を歌うようになる。ちなみに最新作『ジョー・トーマス~ニュー・マン』では自作曲なし。ただし、2009年発売の新作は自作曲多数らしい。 2)ピーボもステージに上がる前に、客席の全員と握手する大サーヴィス。ジョーもさすがに全員ではないが、かなり客席に降り、ハグ&キスの大サーヴィス。 3)ピーボも1曲ライヴでギターの弾き語りをするが、ジョーもアンコールで弾き語りをする。 4)どちらの曲も、メロディー重視のメロディアスな作品が多い。よって日本人受けする。しかも、二人ともセクシーなラヴ・ソングをたくさん歌う。 5)ジョーはジョージア州出身、ピーボは生まれはお隣サウス・キャロライナだが、ジョージア州アトランタ在住。ジョージアつながり濃し。 というわけで、ジョーは21世紀のピーボか。(笑) 全体的なセットリストは、ほぼ昨年と同じで、次々と曲がメドレーでノンストップで歌われるので、実に飽きない。セットリストで15曲目までを一気に40分程度で歌いまくる。このテンポ感はすばらしい。そして、前半に1曲、後半に5曲、新作アルバムからの作品を交えた。やはり、「オール・ザ・シングス」「ノー・ワン・エルス・カムズ・クロース」などのメロディアスなヒットは、イントロで歓声があがる。この手のシンガーとしては、最高だ。 ■ ジョー最新作 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001BLSF1I/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ジョー・過去記事(ライヴ評) September 05, 2007 Joe At Billboard Live: Joe Sings For All The Ladies In The House http://blog.soulsearchin.com/archives/001992.html (前回ライヴ評=昨年のセットリストもあります) 2003/12/13 (Sat) Sex & Soul: That’s What … Continue reading

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▽フォー・トップス・リード・シンガー、リーヴァイ・スタッブス72歳で死去

▽【フォー・トップス・リード・シンガー、リーヴァイ・スタッブス72歳で死去】 訃報。 モータウンを代表するソウル・ヴォーカル・グループ、フォー・トップスのリード・シンガーで独特の迫力あるヴォーカルを聴かせたリーヴァイ・スタッブスが2008年10月17日、アメリカ・ミシガン州デトロイトの自宅で死去した。72歳だった。癌、心臓疾患を抱え、2000年から自宅療養でセミ・リタイアしていた。48歳の妻クリニース、5人の子供によって送られる。葬儀の詳細は未定。 フォー・トップスはテンプテーションズと並んでモータウンを代表するヴォーカル・グループ。グループ名の通り、4人組。このうち、ローレンス・ペイトンが1997年、オービー・ベンソンが2005年に亡くなっているので、今回リードのリーヴァイが亡くなったことで、唯一アブドゥール・デューク・ファキールだけが生き残りメンバーとなった。 リーヴァイは2004年7月28日にデトロイトのミュージック・ホール・センター行われた「フォー・トップスの結成50周年記念トリビュート・コンサート」でアレサ・フランクリンに紹介され車椅子でステージに登場、そこに集まったアーティストたち、観客に感謝をし、涙をあふれさせながら、1曲「アイ・ビリーヴ・イン・ユー・アンド・ミー」を歌った。最後はほとんど曲にならなかったほどだ。 そのときの映像。 フォー・トップスは1953年(1954年説もある)、デトロイトでこの4人によって結成され、チェス・レコードなどで実績を積み、その後1963年にモータウン入り。結成から、メンバーの一人ローレンスが1997年に死去するまでの44年間、一度もメンバー・チェンジをすることなく強固な絆で続いてきた。1960年代には「リーチ・アウト・アイル・ビー・ゼア」「アイ・キャント・ヘルプ・マイ・セルフ」「バーナディット」など多数のヒットを放った。その張りのある迫力のリード・シンガーがリーヴァイだった。リーヴァイはフォー・トップスのリード・シンガーとして、大変目立ち人気もあったが、グループから脱退しソロに転じることは一切なかった。デルズのリード・シンガー、マーヴィン・ジュニアと似ている。 フォー・トップスは1970年にアルバム『スティル・ウォーターズ・ラン・ディープ』をリリースするが、これは、モータウン作品の中でもほとんど初期にできた「コンセプト・アルバム」になっていた。マーヴィン・ゲイは、このアルバムを聴いてインスパイアーを受けた部分もあり、その影響が翌年の『ホワッツ・ゴーイング・オン』へつながる。「ホワッツ・ゴーイング・オン」の曲自体が、フォー・トップスのメンバー、オービー・ベンソンが作品作りにかかわっていた。 フォー・トップスは、モータウンが1972年本拠をロス・アンジェルスに移すのを機に、ABCレコードに移籍、ここで「キーパー・オブ・ザ・キャッスル」「エイント・ノー・ウーマン」(今年の『ソウル・パワー』でゴスペラッツがカヴァー)、さらに、カサブランカで「ホエン・シー・ウォズ・マイ・ガール」などのヒットを出した。1997年以降、オリジナル・メンバーが3人になってからは、「ザ・トップス」となり活動を続けていた。リーヴァイは体調不良を理由に、2000年からステージにはあがっていなかった。 最近は、唯一の生き残りアブドゥール・デューク・ファキールが、オリジナルのローレンス・ペイトンの息子のロクゥエル・ペイトン、元テンプテーションズのメンバー、テオ・ピープルス、元モータウンのシンガー、ロニー・マクネアを加え、4人組ヴォーカル・グループ「ザ・トップス」として活動している。 リーヴァイは、1980年代以降、その声を生かし映画やテレビのナレーションの仕事などもしていた。有名なのは、『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』の声など。 フォー・トップスは、1974年に初来日、その後1998年に、前年に死去したローレンス・ペイトンを除く3人で「ザ・トップス」として来日した。 ENT>OBITUARY> Stubbs, Levi (6/6/1936 – 10/17/2008, 72)

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☆ニック岡井x岡伸昭 フット・ペインティング展スタート

☆【ニック岡井x岡伸昭 フット・ペインティング展スタート】 開催。 「ソウル・ステップの神様」ニック岡井が好きだったソウル・ヒットで、白いキャンヴァスの上で踊った「フット・ペインティング」展が新宿ビームス6階Bギャラリーで16日から始まり、17日そのレセプション・パーティーが行われた。ご来場いただいたみなさま、ありがとうございます。展は11月18日まで開催されていますので、みなさまお誘いあわせの上、おいでください。 狭い会場に20数点の作品も所狭しと飾られ、さらに多くの人が集まり、歓談の声が止まなかった。印象的だったのが、テレビ・モニターに映し出される作品制作風景の映像をみんなが囲むように見入っていたこと。「こうやって、踊って、できた作品がこれ!」と、飾られた作品に目を移すと「なるほど」と妙に納得がいくようだ。 もちろんこのキャンヴァスには、ニックのソウル・ステップがしっかりと刻まれているが、まさにこの蒼い飛沫のキャンヴァスを見ることで、そこから音楽、メロディーが浮かんでくれば、それが一番素晴らしいことだ。 作家岡伸昭は、この日、一生懸命早起きして、ニックさんのお墓参りに横浜まで行ってきて報告をして、ビームスに戻ってきた。満員の会場で、岡は「ニックさんの足型を取りたかったということではないんです。ニックさんの美しい所作(しょさ=振る舞い)を形に留めたかったということです。その手段として抽象表現主義のスタイルを取ったんです。今後、海外にも出て行ければいいと思っています」と挨拶。スタジオに入るまでどうなるかわからず、ある意味ぶっつけ本番的なところがあったが、結果は大成功で自分でも大変満足したと語った。 「ニックさんが亡くなってすごく悲しいんですが、こうしてニックさんのステップのソウルがここに残っていて、すごく嬉しいです。きっと天国から、これを今見ていると思います。今はきっと、JBや勝本さんと一緒にステップを踏んでいるかと思いますが、何年後か何十年後か、そのときは一緒に遊んでください」(Jウェイヴ・持田さん) 「『ソウル・パワー』の会場で僕も見たんですが、ニックさんのことを知らない人たちにも、こういうものがあるということを知らせるお手伝いが少しでもできてよかったです。僕自身は、ニックさんの教則ビデオを見て、いろいろステップを覚えたんですが、こう、決まりきったステップのほかに、ちょっと、シュッシュッという粋な動きがあって、どうやってるんだろう、って必死に見ていたんです。かっこいいけど、まねできない、そういう動きがあるんです。それで、この作品(『マザー・ポップコーン』)なんか見てると、そのシュッシュッっていうちょっとした引きずったような動きが、随所に残ってるんですよね。これを見て、『これだあ! これこれ!』ってある意味、すごく合点がいったんですね。僕たちはニックさんのある意味、弟子のようなマイケル鶴岡さんからステップを勉強して、躍らせてもらってるんですが、そういう意味では、僕たちゴスペラーズはニックさんの孫弟子で~す!(笑)」(ゴスペラーズ・酒井雄二さん) 「思った以上に素敵な個展で、驚いています。この前はライヴに来ていただいてありがとうございます。これからも末永いおつきあいをお願いします。これ、ひとつ、欲しい。(笑)(作品を指差す) かっこいいですよね、最高ですよ。薄めの顔料でやっているのがいいですよね、だから、こうステップがしゅっとなっていて。また何回もやってください」(ゴスペラーズ・黒沢薫さん) 「僕はまったく知識なくて来たんですけど、来てすごくよかったです。なんか、ここにいると、すごくパワーをもらうような感じです。すごくパワーをもらってるっていう感じです」(シンガー、富永裕輔さん) 「すばらしい作品ですね。これ、黒人っぽいというより、作品自体が白人っぽいですよね。この青の色が綺麗で、すごくいいですね。たとえば、この大きな作品(『マザー・ポップコーン』)なんか、こう床にガラスを置いて、下からライトで照らして真上から見られるようになんかしたら、いいんじゃないでしょうか」(デザイナー、マイク・スミスさん) 「前々からお話は聴いていましたが、実際こうやって見ると、じんわりきますねえ。この前(『ソウル・パワー』で)大きいのは(『マザー・ポップコーン』)拝見したんですが、これはちょっと買うには大きすぎるかなあ、と思っていたんですが、今回飾られている小さな額装されている作品は買えるかなあ、と思いました。検討します(笑)」(音楽プロデューサー、松尾潔さん) なんと黒沢さん、僕と岡さんがつけていた缶バッジを見つけ、「これ、欲しい」といい、結局缶バッジをいつの間にか、お買い上げいただいた。ありがとうございます! 2種類ある中で足跡が付いたほうが好評で、追加注文しておかないと。(笑) みなさま、コメント、そして、ご来場ありがとうございます。ぜひニックの飛沫を感じにビームス・ギャラリーへ足をお運びください。今後もご感想などありましたら、BBSへの書き込みなどもどうぞ。 ■ 『ニック岡井x岡伸昭 フット・ペインティング展After The Dance』 新宿ビームス・Bギャラリーで2008年10月16日から11月18日(火)まで。入場無料。11時から20時まで。 ENT>ART>After The Dance

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◎江守藹著『黒く踊れ!』出版記念パーティー

◎【江守藹著『黒く踊れ!』出版記念パーティー】 和気藹々江守藹。 ソウル・イラストレーター、エッセイスト、ダンサーなどさまざまな肩書きを持つソウル・マン江守藹(えもり・あい)氏が自身の半生と、盟友たちを綴った『黒く踊れ!』の出版記念パーティーが、10月16日(木)、銀座のベノアで盛大に行われた。 「キング・オブ・ソウル」サヴァイヴァー、マイケル鶴岡氏の司会で始まったこの会は、著作が日本のダンス、ダンサー・シーンを軸に語られることから、多くのダンサー、また、ソウル・バー関係者らがつめかけた。冒頭江守氏は挨拶で「数年前、親友、ドン勝本とニックとほぼ同時期に自分も(彼らと)同じ病になりました。その頃から、これまでの日本のダンス・ミュージック、ダンス・シーンについて、書き記して、後世に伝えていきたいと思うようになった。そして、昨年、相次いでこの二人が亡くなってしまったことで、それが自分への強い使命感となっていき、一気に書きました。今、僕は『生かされている』と強く感じています。彼らとの出会い、どうやって仲良くなっていったかなどもじっくり書いてあるので、ぜひ読んでください」と述べた。 続いて、ファンキーなブラザー・コーン、さらに、グルーヴィーな久保田利伸さんがあいさつ。久保田さんは「子供のころ、江守さんの描いたイラストにあこがれ、自分がデビューし比較的早い時期に江守さんとお知り合いになれ、江守さんにイラストを描いていただき、本当に幸せです」と挨拶した。 ダンサー・ショウ、DJショウなどが繰り広げられた。久保田さんは、「もう帰らなきゃいけないんだけど、その前に、ちょっとグルーヴいれてこ」といいつつ、ブラザー・コーンを誘ってダンスフロアに。彼らの周囲にはいつしか、カメラの列が。写真撮影会になってしまいました。(笑)もちろん、ショータイム以外はみんな和気藹々に談笑中。 さてさて、古顔が続々登場。あのハッスル本多氏、すっかり元気になって、最近はお酒も飲めるようになったそう。今度ゆっくりお話しましょう。松本みつぐさん、「明日、村上太一さん、お通夜いきます、同じ年の人が亡くなると、やんなっちゃうよねえ…」としみじみ。コーンさんの月曜(13日)のビデオ撮影会は残念ながら行けなかったが、「朝5時までやったよ。娘と踊ったり、久保田もマーチンも来てくれた。12月にシングル出ますから、よろしく」とバリバリ元気。 そんななか、赤坂ミラクル川畑さん。「いやあ、あの『ソウル・ギャラクシー』、いろいろありがとうございます。今度、10月26日(日)フラワーでやるニックのイヴェントで、このアルバム、先行発売しますから! ぜひ遊びに来てください」とのこと。「いやあ、こうやって、自分たちの仲間でひとつのものが出来るのが、ほんと、嬉しいんですよ。このジャケット描いてくれた彼も、もう十年来の常連さんでね、それで吉岡さんがライナー書いてくれて、こうやってコーンちゃんや久保田さんが乗ってくれて(ふたりともCDをじっくり見ながら、あーだこーだ和気藹々)、みんな巻き込んでできて嬉しい」 で、しばらく前に、江守さんから、「吉岡がフライヤー用にくれたコメント、帯に使いたいんだけど、いい?」という連絡があり、二つ返事で「もちろん」と答えていたのだが、すっかり忘れていた。この日、その本を見てびっくり、僕のコメントがそのまま帯にど~~んとでてるではないか。(笑) これは光栄のきわみです。しかし、こうやって帯になるんだったら、もう少し短くてもよかったかな、と思った。(笑) ソウルフルな夜は更けていく…。江守藹さんの藹は、和気藹々の藹だったんだ…。いつも漢字変換に悩んでいたんです。 そして、明けて今日(10月17日)は、新宿ビームス・Bギャラリーで、ニック岡井x岡伸昭『アフター・ザ・ダンス』レセプション・パーティー、18時から20時まで。みなさんお誘いあわせの上、おいでください。どなたでもご入場いただけます。詳細は、こちら↓。 October 15, 2008 Nick Okai’s Foot Painting: Now On You Tube http://blog.soulsearchin.com/archives/002703.html ■ 『黒く踊れ!』(江守藹・著、銀河出版、1995円)(発売中) http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4877770925/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■江守氏過去関連記事、 July 14, 2008 Illustrator Emori Ai’s Book Will Focus On Dancers In Japan http://blog.soulsearchin.com/archives/002606.html … Continue reading

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○ゴールド・コンサート~村上太一さん

○【ゴールド・コンサート~村上太一さん】 本日。 いよいよ今日(16日)から『フット・ペインティング展』、もうこのブログ、こればっかりで、呆れられているかもしれません。こういうのをてがけるのは初めてなので、次々とやることが出てきて大変です。Tシャツ、ポストカード、ポスターのほか、急遽、「アフター・ザ・ダンス」缶バッジを試作。関係各位のOKがでれば、発売されます。 談笑。 そんな合間を縫って、13日(月)の体育の日にはちょっとしたご縁から昨年参加した『ゴールド・コンサート』へ。これは障害者の音楽コンテスト。全国から応募があった一般の人たちから、テープ審査を終えた14組が国際フォーラム・ホールCで歌ったり、演奏したりして優勝を争うというもの。今年は平均的なレベルが上がっていたようだ。 この会で、昨年もご一緒した湯川れい子先生らと本番始まる前に談笑。これがけっこう楽しい。ちょうど、湯川先生は前日にヴァイ・ヒギンセンの『シング・ハーレム・シング』をごらんになったそうだ。僕が感じたことを素直に言うと、同意していただき、心強く思った。湯川先生とヴァイはそれこそ20年来の友人で、お互い気心知れているので、すでに屈託のないご意見を交換されたらしい。『シング…』で「ラヴィン・ユー」を歌うきれいな女性シンガーがいたが、彼女はなんとそのヴァイの娘さんとのこと。彼女のことは、4-5歳の頃からご存知だったという。 やはり、この会でジャズ系ライターの工藤由美さんとも再会。工藤さんのご尽力で、今年はデイヴィッド・サンボーンのビデオ・コメントが紹介され、また渡辺香津美さんの出演が決まった。サンボーンは、そういえば、昔子供の頃小児麻痺になり、それを克服するために、サックスを吹き始めたということをすっかり忘れていた。まさにこの会にふさわしい人物ではないか。 またマイケル・ブレッカーは子供の頃から自閉症気味でいつも4歳年上の兄が、人とうまくコミュニケーションを取れない弟の面倒を見ていた、という話を聞いた。そんな彼も音楽があったおかげで、世界が開けたわけだ。 工藤さんのご友人でもあり今年から審査員に加わられた鎌田さんは、スマップなどのレコーディングにかかわってこられ、ナイル・ロジャースを起用したときのおもしろい話などを聞かせていただいた。スマッピーズのレコーディングもコーディネートされたそうだ。 +++++ 3人組。 そんなこんなで、なんと、メール・ニュースで、ビルボード・ライヴに、「ボビー・ブラウン、ジョニー・ギル、ラルフ・トレスヴァント」という3人組が登場するとのこと。これはまたすごいラインアップだ。ビルボード東京が2008年12月15日、16日だ。 +++++ 訃報。 ばたばたしている中、僕にとっては衝撃のメールが高橋裕二さんから。なんと音楽関係の仕事を精力的にこなしていた村上太一君が10月12日に死去したという。彼とは中学時代からの友人同士、同級生。同じ年だよ。ありえない。当時、同級生だった村上君、斉藤薫君らと音楽好きでよく話をしたりした。確か村上、斉藤君らと一緒に、幻となったローリング・ストーンズの来日公演チケットを取るために渋谷東急本店地下に徹夜して並んだ。村上君は大学を卒業し、CBSソニーへ入社、いろいろなアーティストのディレクターをやり、その後独立、自身で会社を起こし、執筆活動、ラジオ番組制作などを精力的にこなしていた。斉藤君は大学卒業後TBSに入社、ラジオ番組制作、テレビ番組制作に従事、テレビ時代には『王様のブランチ』をてがけていた。彼らとはライヴなどで顔をあわせてはいたが、まさかこんなことになるとは。裕二さんからのメール後、すぐに斉藤君から電話。なんでもこのところすい臓の病気で何度か入退院を繰り返していたとか。彼は今年初めのポリスのライヴで会い、一緒に食事をしたそうだ。ご冥福をお祈りしたい。 ENT>ANNOUNCEMENT ENT>OBITUARY>Murakami, Taichi – 2008/10/12 (53)

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◆【ニック&岡、フット・ペインティング展ビデオ、You Tubeに】

◆【ニック&岡、フット・ペインティング展ビデオ、You Tubeに】 アップ 10月16日からスタートする『ニック岡井 x 岡伸昭 ~フット・ペインティング展』用のビデオをYou Tube にアップした。ぜひごらんください。こうして、ニックの足跡が、キャンヴァスの上に印されたのだ。今回のこの企画を説明するとき、どうしても説明が長くなり、なかなか伝わりにくく、苦労していたのだが、とりあえず、こうして動画を見せることができれば、かなりわかりやすく伝わるものと思う。 簡単に解説をすると、1が、イントロダクションでテンプスの「マイ・ガール」、さらに、マーヴィン・ゲイで、「ヒッチハイク」「セクシュアル・ヒーリング」「悲しいうわさ」、そして、スピナーズの「イッツ・ア・シェーム」、ジェームス・ブラウンの超大作「マザー・ポップコーン」、そして、エンディングはニックと岡が二人で作品作りを終えて、話しているシーンだ。 展示会では、この映像をノンストップで見せる予定だ。これをごらんになって興味をもたれた方はぜひ、ビームス・ギャラリーにおいでください。 After The Dance 1, Intro : My Girl (Temptations) [Step: My Girl] http://jp.youtube.com/watch?v=riwAWAXZo8A After The Dance 2, Hitch Hike (Marvin Gaye) [Step: Free Style] http://jp.youtube.com/watch?v=k8sEcPVS744 After The Dance 3, Sexual Healing (Marvin … Continue reading

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★『アフター・ザ・ダンス』ニック岡井x岡伸昭、フット・ペインティング展

【『アフター・ザ・ダンス』ニック岡井x岡伸昭、フット・ペインティング展】 編集。 10月16日(木)から新宿ビームスで始まる『ニック岡井 x 岡伸昭 フット・ペインティング展~アフター・ザ・ダンス』の展示場で流すビデオの編集がなんとか終わった。当初12分くらいをメドに考えていたものが、結局18分になってしまった。 ビデオでニックが踊ったのは、「マイ・ガール」、「ヒッチハイク」、「セクシュアル・ヒーリング」、「悲しいうわさ」、「イッツ・ア・シェーム」、そして、「マザー・ポップコーン」。 中でも圧巻はジェームス・ブラウンの「マザー・ポップコーン」。これは、9分2秒のライヴ・ヴァージョンを使ってニックが踊ったのだが、およそ6分、ニックはひたすらに「ポップコーン7」を踊り続ける。そして、3枚の白いキャンヴァスが瞬く間に蒼い飛沫(しぶき)で彩られる。 当初の映像には、カメラのマイクで録ったかなり貧弱な音しか入っていなかったのだが、CD音源をシンクロさせた。すると、どうだろう。画面のニックが見事に輝き始めた。映像のプロたちは、ひとつの映像で「7割、音、3割、絵」だというそうだ。それほど、映像において、音が重要だということだ。ニックがジェームス・ブラウンで本当に踊っているのだ。これには本当に感動した。 というわけで、この18分ほどの映像は、会期中、ずっと流す予定。また、タイミングを見計らって、You Tube などにアップするかもしれない。 5種類のポストカード、額装したポスター(岡サイン入り)、またTシャツ3種なども販売予定だ。 岡伸昭、『アフター・ザ・ダンス』にあわせ、オフィシャル・ホームページを開設。まだ未完成だが、早急に完成を目指す。ここに動画を載せるかもしれない。 http://www.oka-works.com/

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▲「アフター・ザ・ダンス」準備追い込み

▲【「アフター・ザ・ダンス」準備追い込み】 追い込み。 今週木曜(16日)から始まる『ニック岡井 x 岡伸昭 フット・ペインティング展~アフター・ザ・ダンス、ゲット・オン・ザ・グッド・フット』の展示中にかける簡単な10分程度のビデオの編集をしている。ニックが岡と作品を作った2004年5月25日の記録映像をまとめるのだが、ほんの少しだけインタヴューも残されている。これらの映像をすべて見ると、本当にニックが今でもそこにいるような気になってくる。 イントロの編集をしていたが、ここにテンプテーションズの「マイ・ガール」が流れている。もちろん、ニックが「マイ・ガール」を聴きながら、足にペンキをつけて踊るシーンだ。最後にニックの一言、二言をインサートしたのだが、何度も見ているとその言葉が印象的なだけに、自分でも泣きそうになる。 今回の編集は、昔からの友人でビデオ関係に強い新居さんにお願いした。時間がないのに、ここにナレーションをいれようとか、テロップいれようとか、凝りだしてしょうがない。(笑) 大感謝です。  このビデオを見ながら、展示会のキャプション案を考えた。それはこうだ。 □□□□□ NICK OKAI X NOBUAKI OKA ダンスステップの神様、ニック岡井の人生は テンプテーションズの「マイ・ガール」から始まった 以来40年以上、彼は華麗なソウル・ステップを 踏み続け、多くのクラシック・ステップを生み出した ニックが愛したソウルで、ニックがステップを踏み、 ダンスの後に残されたニックの足跡~ AFTER THE DANCE, GET ON THE GOOD FOOT 世界唯一のフット・ペインティング それはソウルの蒼いしぶきだ 当時マイナーだったものが、 今、僕たちの心の中でメジャーなものになった  A Tribute to Nick Okai □□□□□ どのようにして、この「静なる飛沫(しぶき)」が誕生したか、その動画でぜひお確かめください。 2008年10月16日(木)から、新宿ビームス、Bギャラリーにて。10月17日は18時より20時までレセプション・パーティーを行い、作家・岡伸昭がご挨拶します。無料。どなたでもご参加いただけます。みなさまお誘いあわせの上、ふるってお越しください。 ◎ 岡伸昭ラジオゲスト出演 … Continue reading

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■『シング・ハーレム・シング』

■『シング・ハーレム・シング』 全国縦断。 ハーレムを舞台にしたミュージカル『ママ、アイ・ウォント・トゥ・シング』でヒットを飛ばしたプロデューサー、ヴァイ・ヒギンスがてがけた新プロジェクトが『シング、ハーレム、シング』。ニューヨークのハーレムに息づくゴスペル、ソウル、R&Bミュージックの歴史を俯瞰して見せようというもの。『ママ…』がドリス・トロイというシンガーの生涯を描くというストーリーに、数々のゴスペル・ソングなどをいれたものだが、これは音楽主体のライヴ。3~4曲ごとに、ヴァイのDJが声だけで入り、ブラックの歴史などが語られる。それに付随した映像も見せられる。これが日本全国をかけめぐる。 ヴァイはWJOY局というハーレムの架空放送局のDJだ。シンガーは、17人。冒頭は紫の衣装に白いかけをかけていて、いかにも教会風。いろいろと振り付けがなされていて、飽きない。これにバンド(ドラムス、ギター、ベース、キーボード2台)がつく。 基本的な方向性は僕はいいと思うのだが、バンドとシンガーがただカヴァー曲をやってしまうショウというギリギリの線にいる。もちろん、選曲がいいのと、シンガーの数が多いからまさに物量作戦でそこそこの迫力は出るので楽しめることは楽しめるのだが、『ママ…』と比べると、正直、物足りない。たぶん、『ママ…』は、ドリス・トロイというシンガーのストーリーがあり、その物語がいいからライヴそのもの、つまり歌へのめりこめたのだろう。だがここではそういうストーリーがなく、単にドキュメンタリー的になっていて、時代を追ってソウルなどのヒットがカヴァーされている、という感じになっている。あくまでカヴァーはカヴァーの域をでない。とは言っても、別に何も考えずにそこで歌われた曲をただ楽しみ、コンセプトなど関係なくソウルのカヴァー・ヒットを次々聴くにはいいのかもしれない。ミュージカルなのか、ただのライヴなのか。『ママ…』の出来がよかっただけに、ヴァイ・ヒギンセンへの期待値は最初から高いから少し辛口になる。 途中(下記セットリストで21)で日本人シンガーが登場し、日本語の曲を歌うが、これもよくわからない。NHKのみんなの歌にでもでてきそうな曲で、どこにゴスペルやソウルと接点があるのだろうか。もし日本語で歌うなら、ゴスペル曲を日本語で歌うなどしたほうがいい。つまり、ここは、パーシー・スレッジ→シャカ・カーン→日本語曲→アル・グリーンという並びなのだが、ここでこの曲がはいる必然性がまったくない。公演地が日本だから日本人に1曲歌わせたのだろうが、歌わせるならもっといい形で出したいところ。日本語の歌は上手だっただけに残念。例えば本編を1部2部に分け、その間のつなぎの特別枠として日本語曲を、ボーナストラック的にいれるとか。 『シング、ハーレム、シング』ではあくまでそのルーツはゴスペルということで、最初ゴスペルで始まり、最後もゴスペルで〆る。これはひじょうに効果的で、終わりよければすべてよし、という感じでオーディエンスは総立ち、熱狂して終わる。 コンセプトがいいだけに、もう少し作りこめるのではないだろうか。例えば、ゴスペルがあり、ブルーズがあり、リズム&ブルーズが生まれ、ロックン・ロールが生まれた。そして、1960年代半ばにはR&Bはモータウン、スタックスを始め世界を席巻するポップ・ミュージックになった。1960年代後期からは、ブラック・パワー、公民権運動が盛んになった。サイケが流行り、ニュー・ソウルの波があって、ディスコが登場、それが衰退し、ヒップホップが登場、そして、またゴスペルへ戻る。これらのポイントの曲はいくつかちゃんと歌っているのだ。一般の人にはよいかもしれないが、熱いブラック・ミュージック愛好家としては何かちょっと消化不良気味だ。ヴァージョン・アップしてもう一度来年でもやってきてもらいたい。 話は変わるが、『ママ…』は映画化され、これが全米で2009年4月に公開される。映画は、シアラ(主演)、パティー・ラベール、ベン・ベリーン、リン・ホイットフィールドなどが出演。『ママ…』が初めて公開されたのは1983年のことだから、今年で25周年。ミュージカルから映画へ、見事なものだ。やはり、ストーリーがしっかりしているから、永続性を持つ。 ■今後の日程 2008年 10月11日(土)東京  東京厚生年金会館(昼夜公演 14:00~/17:30~) 10月12日(日)東京  東京厚生年金会館(昼公演 14:00~) 10月14日(火)佐賀  佐賀市文化会館(夜公演 19:00~) 10月15日(水)熊本  熊本市民会館(夜公演 19:00~) 10月17日(金)広島  アルソックホール(夜公演 19:00~) 10月18日(土)福岡  福岡市民会館(昼夜公演 15:00~/18:30~) 10月19日(日)福岡  福岡市民会館(昼夜公演 13:00~/17:00~) 10月20日(月)長崎  ブリックホール(夜公演 19:00~) 10月22日(水)名古屋 中京大学文化市民会館(夜公演 19:00~) 10月23日(木)名古屋 中京大学文化市民会館(夜公演 19:00~) 10月25日(土)沖縄  沖縄コンベンションセンター(夜公演 18:00~) 10月27日(月)宮崎  宮崎市民文化ホール(夜公演 19:00~) 10月28日(火)鹿児島 宝山ホール(夜公演 19:00~) 10月30日(木)大阪  梅田芸術劇場(夜公演 19:00~) 10月31日(金)大阪  梅田芸術劇場(夜公演 … Continue reading

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●フィリップ・ウー・セッション

●【フィリップ・ウー・セッション】 凱旋。 彼が以前在籍していた強力ソウル・バンド、メイズ・フィーチャリング・フランキー・ベヴァリーでの北米、イギリスでのライヴに参加し、久々にメイズの一員となった強力キーボード奏者、フィリップ・ウーのライヴ。今回は日本在住のブラック女性シンガー、デイ・ノーマンをフィーチャー。 デイは、なかなかいい声の持ち主で、歌声をしばらく聴いていると、彼女の歌のトーンを伸ばすところが、後を引くおいしいソフトクリームのよう。メイズ帰りのせいか、今回のセットリストは、ファンキー調の曲が目立った。 いつも、事前にフィリップにセットリストをください、と頼むのだが、いつもはたいがいその場で紙切れに書いたものをくれたり、一枚しかないと、その場で手書きで写したりするのだが、な、な、なんとこの日はちゃんとプリント・アウトしたもの、しかも、曲間に余白があり、フィリップのロゴが薄く入ったセットリストをくれた。「おお、事前に印刷してきたんだ」と言うと、「君のために、プリント・アウトしてきたんだよ」と笑いながら言った。 全体的に、今回は選曲がマニアすぎた感がある。セカンドのほうが若干なじみはあったかもしれない。セカンド前にやってきて、セカンドから見た盟友ハセヤンは、「ドラムスは、とてもうまいんだけど、その音が他の音と比べて大きすぎる。パーテーションで区切ったほうがよりいいと思う」とコメント。ジェイ・スティックスについて、「今、スマップのツアーで、ずっとドラムス叩いていて、キムタクと一緒にバトルするんだよ」と解説すると、一呼吸おいて、「それがどうした?」 「いや、別に」 「俺なんか沢田研二と一緒にやったぞ」(笑) フィリップの周りは、アコースティック・ピアノ(グランド・ピアノ)、ハモンド・オルガン、ローズ、あと2台と計5台を駆使して音を作る。それにしても、ファンキーでタッチが強いのだろう。 今回のゲスト・シンガー、デイ・ノーマンはご主人の関係で11月まで東京に在住している。アメリカではほとんどシャワーくらいで歌った程度。不安定な部分はあるが、声が実にいい。ホイットニーなどを思わせる。デイは、将来弁護士になるべく勉強をしている、そうだ。影響を受けたシンガーとして、シャーデー、アリシアなどと答えた。 デイは、セカンドの4曲目、アリシア・キーズの曲の途中で感極まって泣いてしまった。あとで聞くと「あまりにもいろんなことが思い出されて。それに、フィリップのキーボード、ハンクのギターが見事に素晴らしかったので、もう歌えないと思った。 それにしても、ジェイのドラムス、ハンコ屋さんのギター、クリフのベースというリズム隊は実に強力だ。バンドとしては、とてもいいバンドで、演奏もしっかりしているので、もう少し事前に宣伝をして、お客さんを増やしたい。 ■ メンバー PHILIP WOO SESSION (HAMMOND A-100/Leslie147)Philip Woo (G)西山HANK史翁 (B)Cliff Archer (Ds)Jay Stixx (Vo)Day“D.C.”Norman ■セットリスト フィリップ・ウー @目黒ブルーズアレー  Setlist ; Philip Woo show started 19:40 01. Brown Bread [Jimmy McGriff] 02. Think Of You (↓Day Norman) … Continue reading

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⊿40周年スタイリスティックス12年ぶりの新作リリースへ

⊿【40周年スタイリスティックス12年ぶりの新作リリースへ】 新生。 日本でも圧倒的な人気を誇るソウル・ヴォーカル・グループ、スタイリスティックスが、なんと12年ぶりのスタジオ新録による新作を出す。しかも、この新作には、2000年にメンバー加入した新リード・ヴォーカル、イーバン・ブラウン、ヴァン・フィールズの二人も参加しており、彼らにとっての初アルバムともなる。また、彼らは1968年結成以来ちょうど40周年を記念するアルバムとなる。 アルバムのタイトルは、『ザット・セイム・ウェイ』、日本発売は2008年11月19日予定。プロデュースは、プレストン・グラス。ナラダ・マイケル・ウォルデンとの仕事が有名で、これまでに、ナタリー・コール、アレサ・フランクリン、ケニーGなど多数のヒットを放っている人物だ。彼らの前作は、1996年の『ラヴ・イズ・バック・イン・スタイル』。その後、精力的にライヴ活動を続けており、日本にも毎年のようにやってきているのはご存知の通り。 今回のこの新譜は、年末の恒例クリスマス・ライヴへ向けてのリリースとなる。ビクターでは、クリスマス時期の来日ということもあり、1992年に出た『スタイリスティックス・クリスマス』も、同時にジャケットを新装して再発する。 新作アルバムの中で、注目されるのは、イーバン、ヴァン・フィールズのヴォーカルでもあるが、いかにもスタイリスティックス風な作品が多い点。特に「ユー・ブリング・アウト・ザ・ベスト・イン・ミー」は、彼らをスターにしたトム・ベル&リンダ・クリードの作品。タイトルについて調べてみたが、同名異曲はあったが、トム・ベルたちのものは誰も録音していないようなので、おそらく、未発表曲なのだろう。リンダは1986年に死去しているので、それよりも前の作品と思われる。 また、スタイリスティックスのデビュー作『スタイリスティックス登場』にも収録されていた「エボニー・アイズ」を今風にリメイクしていて、ここにはアコースティック・ギターで、レイ・パーカー・ジュニアが入っている。 いずれにせよ、12年ぶりの新作、来日ライヴでは何曲か歌ってくれることだろう。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001GM7A7M/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ スタイリスティックス・ジャパン・ツアー 2008年12月11日~13日 ビルボード・ライブ福岡 12月15日 札幌市教育文化会館 12月17日~20日 ビルボード・ライブ大阪 12月22日~27日 ビルボード・ライブ東京 12月28日 横浜ロイヤル・パーク・ホテル ■ 過去関連記事 April 16, 2008 Stylistics : Magic Of The Song 【「愛がすべて」、その魔力のすべて】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002457.html 前々回来日時ライヴ評。 December 22, 2007 Stylistics : Take Me Back To The … Continue reading

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△待ちに待ったジェニファー・ハドソンのデビュー作いよいよリリース

△【待ちに待ったジェニファー・ハドソンのデビュー作いよいよリリース】 一日千秋。 いやいや、「待たされたよ」。それが実感。あの2004年の『アメリカン・アイドル』、2006年の『ドリームガールズ』(日本公開は2007年)、そして、2008年『セックス・アンド・ザ・シティー』、さらに、アカデミー賞と常に大きなスポットライトを浴びているシンデレラ・シンガー、ジェニファー・ハドソンがついに、やっと、自らのフル・アルバムを出す。もともと2007年秋頃にリリースが予定されていたものの、作り直したりして、約1年遅れて日本では2008年11月5日の発売になる。 日本盤は2曲のボーナス・トラック付きだが、まさに、ホイットニー・ヒューストン、マライア・キャリー、ビヨンセに続く大物女性ディーヴァの誕生だ。プロデュースには、スターゲイト、ニーヨ、ティンバランド、ミッシー・エリオット、アンダードッグスなど超一流どころが集結、絶対に負けない布陣でデビューする。 まあ、もっともデビューと言っても、『ドリームガールズ』の大ヒットもあるので、まだデビューしてなかったの、という感じもするが、フル・アルバムとしては堂々のデビューだ。 いずれもじっくり作りこんだだけのことはあり、全米アルバムチャートでも1位になりそうだ。通して聴いて、ひじょうにおもしろいと思った曲があった。8曲目の「アイム・ヒズ・オンリー・ウーマン」(フィーチャリング・ファンテイジア)だ。1975年の大ヒットにシャーリー・ブラウンの「ウーマン・トゥ・ウーマン」という不倫の作品があり、この「アイム・・・」はそのパート2というか続編的なものだ。イントロに、「ウーマン…」同様の語りをいれて、二人のバトルをそれぞれ歌う。カヴァーではないが、アイデアはそこから頂いた楽曲という感じ。 ファンテイジアが、ジェニファーに電話をかける。「ハロー、ジェニファーとお話できるかしら」 「ジェニファーよ、どなた?」 「ハーイ、私はトニーの彼女なの…」 「ちょっと待って、私がトニーの彼女よ、番号違いじゃないの・・・」 そして、「私が、彼のただひとりの彼女(ウーマン)よ」という歌へ。「ウーマン・トゥ・ウーマン」は、シャーリー(本妻)とバーバラ(浮気相手)の闘いだったが、ここはジェニファーとファンテイジアの闘い。ゆったりとしたソウル・バラードで、二人のヴォーカル・バトルが聴き物だ。一日千秋で待ち焦がれるアルバムとはこういう作品か。そして、ファンテイジアとジェニファーはともに、2004年『アメリカン・アイドル』シーズン3の出身者、ファンテイジアが優勝している。ちなみに、このときジェニファーは7位だった。 ◎次回『山野ミュージック・ジャム』(10月12日日曜、午後4時半~インターFM76.1mhz)でご紹介します。 Jennifer Hudson : Jennifer Hudson BMG BVCP 24147 2300円(2ヶ月限定スペシャル・プライス) 2008年11月5日発売 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001EVNVV4/soulsearchiho-22/ref=nosim/ Songlist 1 Spotlight 2 If This Isn’t Love 3 Pocketbook (feat. Ludacris) 4 Giving Myself 5 What’s Wrong (Go Away) … Continue reading

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▽ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り

▽【ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り】 ギター。 「ザ・ラスト・ソウル・マン」「ソウル・サヴァイヴァー」などの異名を取るソウル・シンガー、ボビー・ウーマックが1960年代から1970年代に所属した、ミニット、リバティ、ユナイテッド・アーティスツ(UA)レーベルに残した作品を編纂したベスト・アルバム、『ザ・ベスト・オブ・ボビー・ウーマック~ザ・ソウル・イヤーズ』が2008年10月8日、リリースされた。 ザ・ベスト・オブ・ボビー・ウーマック~ザ・ソウル・イヤーズ http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0012PYHGK/soulsearchiho-22/ref=nosim/ Song list 1 Across 110th Street [From Across 110th Street] (03:44) 2 Woman’s Gotta Have It (03:30) 3 I’m a Midnight Mover (02:00) 4 That’s the Way I Feel About Cha (05:06) 5 You’re Welcome, … Continue reading

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☆ニック岡井トリビュート~フット・ペインティング展ビームス・ギャラリー

☆【ニック岡井トリビュート~フット・ペインティング展ビームス・ギャラリー】 準備。 このところ、僕は岡伸昭さんの来週(10月16日から新宿ビームス・ギャラリー)から始まるフット・ペインティング展の準備でかなり多忙。今回はいろいろとお手伝いしているのだが、僕もこういうことはやったことがないので、何もかも初めてで、次々とやることがでてくる。これも、ニック・トリビュートという気持ちで出来ることなのだが。 同じ週に本が出る江守さんと電話で話した。来週(10月16日=木曜)に銀座のベノアで行われる出版記念パーティーで、来場者に配る本のサインをそろそろやらなければならないそうだ。なんと、200冊準備するという。つまり、200冊に直筆のサインをするわけだ。腱鞘炎(けんしょうえん)にならないよう、気をつけてください。江守さんの本は、このソウル・サーチンでも何度も紹介している『黒く踊れ!』。実質的な発売日は10月16日頃で、そのあたり以降に店頭に並ぶ予定だ。一方、いわゆる本の奥付は、11月11日ごろになりそう。奥付が11月11日だったら、ちょうどニックの命日だ。 +++ 飛沫。 岡さんのフット・ペインティング展『アフター・ザ・ダンス~ゲット・オン・ザ・グット・フット』では、額装したポスターと、5種類の葉書を制作し、グッズとして売ることになった。実際に展示する一点ものは、なかなか貴重でたぶん値段もかなり高くなってしまうが、ポスターや葉書だったら、気軽に買えるだろう。 展覧会会期中に、ずっと会場でリピートで流す10分~15分程度のビデオを編集しなければならなくなった。そこで、6時間分のテープを見たのだが、ニックの元気な姿、しかも、かっこよく踊っている姿を久々に見て、仕事を忘れて見入ってしまった。 2004年5月25日、ニックは青いペンキを靴につけて、「悲しい噂」で踊った。「マイ・ガール」で踊った。「マザー・ポップコーン」で踊った。「イッツ・ア・シェーム」で踊った。 ニックは「29」と描かれたTシャツを着て、「ヒッチハイク」で踊った。「セクシュアル・ヒーリング」で踊った。「イッツ・ユア・シング」で踊った。踊った後(After The Dance)残ったのが、フット・ペインティングだ。 すべてを踊った後、ニックは岡と少し話をしていた。「僕も(こんなことをするのは)今日が初めてだからね。誰がやっても同じだと思うけど、岡君が僕じゃなきゃダメだって言うんでね。(笑) ただ僕はソウル・ミュージックが好きで、それだけやり続けてきたけれど、もし、今僕が十代だったら、ヒップホップやラップやっただろうし、80年代に聴きはじめたら、Pファンクだっただろうしね。ただ僕にはこれしかなくて、好きでやってるだけ」  岡が言った。「今回は、自分で(自分の筆などを作って、自分が描くことによって)作品を作らないということを第一に考えたんです。僕がやることは、最高の素材で、最高のプレイ、パフォーマンスをしてもらい、それをキャンヴァスに残すこと。仮に僕が踊ったんじゃダメなんです。ニックさんじゃなければ」 そう、これはニック岡井でなければならなかった。そして、これを作るのも岡伸昭でなければならなかった。二人の必然がキャンヴァスの上で、火花を散らし、青い飛沫(しぶき)になっている。「動」が「凍結」された瞬間のアートがここに存在している。 ■B GALLERY EXHIBITIONのご案内 「岡伸昭 × ニック岡井 フット・ペインティング “After The Dance”~Get On The Good Foot~」 期間 2008年10月16日(木)~11月18日(火)11時~20時 会期中 無休 入場無料 場所 B GALLERY (BEAMS JAPAN 6F) 東京都新宿区新宿3-32-6 電話03-5368-7309 http://www.beams.co.jp 内容 「ソウルダンスの神様」ニック岡井が、足に青のペンキをつけ、ニック自身が愛した数々のソウル・ヒットでソウル・ステップを踊り、それをキャンヴァスに記したもの。10号程度の小さなものから、120号x3枚連作までの大規模なものまで20数点を展示。 オープニング・レセプション 2008年10月17日(金) 18時~20時 入場無料。どなたでもご参加いただけます。作家よりワインとソフトドリンクが提供されます。 +++++ フィリップ・ウー凱旋ライヴ … Continue reading

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◎ジョー・サンプル(パート4)、ル・サンプルにて

◎【ジョー・サンプル、ル・サンプルにて】 アート。 夕方ホテルに迎えに行き、ハウスフォーンでジョーの部屋に電話をいれる。すると、誰も出ない。交換を通してもう一度かけるが、でない。シャワーでも入ってるのかな、と思ったら、なんと彼はすでにロビーにいた。「いま、ヒサオ(ビデオアーツ社長)を待ってるんだ」 なるほど。まもなく、すっとヒサオさん登場。ル・サンプルに向かう。 広尾の住宅街に目立つことなくひっそりと佇むル・サンプル。半地下に降りていくと、16席ほどの落ち着いたレストランが姿を現わす。「メロディーズ・オブ・ラヴ」の楽譜の一部が、ガラス自体に彫りこんで作るガラス・エッチングになって、席を仕切る。ジョー・サンプルのワーナーからの『インヴィテーション』の中ジャケットに使われている写真が額装され、静かにその『インヴィテーション』のアルバムが流れている。テーブルにはMr. Joe Sampleの札…。 「ここは、メニューがないんだ。先に、食べられないもの、嫌いなものだけ言って、あとはお任せ。シェフの才能を信じるんだよ。コー(とジョーはオウナー・シェフ、菊池晃一郎氏のことを呼ぶ)は、素晴らしいシェフだから、すべて任せるんだ。アートは、(音楽も料理も)みんな同じだよ。シェフがその日のいい素材を使って、クリエイティヴなものを作る。その昔、60年代にはロスにはおいしいフレンチ・レストランなんか、ぜんぜんなかった。70年代か80年代になってからボツボツ出始めたかな。僕の父はシェフだった。ニューオーリンズからカリフォルニアに向かう鉄道の食堂車のシェフをやっていた。だからいろんな料理を作ってくれた。そうそう、コーがクリオール料理に興味を持ってたんで、クリオール料理のいろんなレシピーが書いてある本をあげたんだ。コー、ちょっとあの本を見せてくれないか」 菊池さんがそのぶ厚い本を持ってきた。「僕の(料理の)秘密をあんまりしゃべらないでくれ(笑)」と彼はジョーに言った。テーブルにはいつのまにか、前菜が置かれた。ジョーが言うようにまるでアートのような盛り付けだ。そして、フォークとナイフをいれると上品な味わいが口の中に広がる。 しばらく前から、ジョーの『インヴィテーション』が流れていた。「このアルバムのアレンジャー、名前はなんと言ったかな、忘れてしまったが、彼は僕に、僕のピアノが気に入らないといって、あれこれ指示を出したんだよ。(笑) 彼はオーケストラのアレンジをした人物なんだが。彼はずっとしゃべってしゃべって、ああだ、こうだ、あれはこう、ここはこう、って延々と指示をしていた。(笑)フレディー・ハバード、CTIあたりで仕事をしていた人物だよ」 CDのジャケットを見せてもらい確認するとデール・エーラー(Dale Oehler)と書いてある。ジョーは名前を覚えていなかったが、クレジットを見て思い出していた。 すると、堰を切ったように、当時の話が飛び出してきた。「メジャーのレコード会社は、ひとたび契約すると、ヒット曲を作れ、ヒットを作れとばかり言ってくる。たとえば、このときも、だれそれと組んでアルバムを作れ、とか。この時期は最悪だったよ。ヒットを作ろうと思ってレコードを作ったら、絶対にだめなんだよ。僕は、そういう意味では、レベル(rebel=反逆者。体制におもねない人)なんだよ! メジャーとの契約が切れるまでの7年間は本当に耐えた。切れたときには、もうこれ以降は必ずインディペンデントで行こうと思った。だけど、おもしろいことに、レコード会社でその昔、あーしろ、こーしろ、と言っていた連中は今、もう生きてないんだ。(爆笑) 僕はどうにか、生き延びてるけどね。(笑)」 魚料理(この日は白身の魚だった)に続いて、肉料理。蝦夷鹿にソースがつけられたもの。これはずいぶんリッチな味だ。マーヴィン・ゲイの話になっていた。 同じ年。 「マーヴィンが、離婚するときに作ったアルバムがあったよね、なんだっけ」「ヒア・マイ・ディアー、ね。」「それそれ。確か、彼がベルギーに住んでたのはその頃だろ? その後くらいか。 僕たちがクルセイダーズでロンドンでライヴをやると、彼はなぜか必ずロンドンのクラブにいたんだ。クラブの名前は忘れたが、3回くらいあった。そこで会うと『ヘイ、ジョー、ジョー、ジョー』と言って、大喜びでハグしてきた。たぶん、長いことベルギーにいて、アメリカン・ミュージシャンが恋しかったんだろう。だから、ベルギーからわざわざロンドンまで来たんじゃないかな」 「マーヴィンの(アルバム)は、『レッツ・ゲット・イット・オン』のレコーディングに参加した」 「エド・タウンゼント!」 「そう、エド・タウンゼントだ。そのソングライターのパートナー、リニー・ホール(Rene Hall)というんだが、それが、『レッツ・ゲット・イット・オン』のテンポが遅いとか、速いとか言って、何度もやり直しをさせられたんだ。レコーディングは延々とかかって、マーヴィンはスタジオで(ボードに)手を伸ばして、ぐったりしていた。だが、ある瞬間、これだっていうテンポが決まって、やったら、それこそ『ボーン』って感じで、はまったんだな。あの、ヴェトナム戦争の曲…」 「ホワッツ・ゴーイング・オンね」 「そう、それだ。あれと、この『レッツ・ゲット・イット・オン』は全然違うだろ。アーティストっていうのは、その時その時の感情で作品を作るものなんだ。マーヴィンが父に撃たれたのは、本当にショックだった」 「1984年のエイプリルフール・デイのことでした。マーヴィンは1939年の4月2日生まれです」 「僕は1939年の2月1日だ」とジョー。ということは、2ヶ月しか違わない。そうか、ジョーとマーヴィンは2ヶ月しか違わなかったんだ。気がつかなかった。まったくの同じ年生まれ。 身振り手振りを交えたジョーの話は、なかなかおもしろい。そして、話は尽きない。彼が参加したマイケル・フランクスの話、フィーチャー・シンガーとして起用したリズ・ライトの話、彼の昔話をサンプリングしたマーカス・ミラーの話、初めてローラーコースターに乗ったときの話、初めてパーシー・フェース楽団の一員として来日したときの話、その時初めて日本食を食べた時のこと、かと思えば、黒人差別の話(分離と統合の話)、1950年代から1960年代に南部でライヴをやるときに、決してオーディエンスを見下ろしてはいけない、エンタテインしなければならない、といったシリアスな話、クリオール料理の話、最近のハリケーンの話、あ~覚え切れない…。(笑) いつのまにか、デザートがでていた。ジョーの哲学のひとつは「おいしい料理と素晴らしい音楽がなければ、人生は台無しだ」というもの。ジョーの周りにはそのふたつがある。しかし、ジョーのあのエネルギーもすごい。ディナーは4時間を越えていた。久々にゆっくり食事をした。 「ヒサオ、明日のフライトは何時だったっけ」 「9時半、成田です。ということは8時には成田着、ホテル出発が7時…、ジョー、6時に起きてください」 「いや、起きるのは6時半だ(笑)」 ■ ジョー・サンプル&ランディ・クロフォードの新作『ノー・リグレッツ』には、ル・サンプルの紹介が書かれたカードがあります。そのカードを持っていくと、ワインもしくはソフト・ドリンクが一杯サーヴィスされます。 ■ 「ル・サンプル Le Sample」 ウェッブページ http://le-sample.com/ 住所 東京都渋谷区東4-9-10 TS広尾ビルB1F 電話 03-5774-5760 アクセス 恵比寿駅西口より徒歩13分/広尾駅2番出口より徒歩13分/表参道駅A5出口より徒歩12分 営業時間 6:00PM~10:00PM (ラストオーダー) 定休日 火曜、第1・3水曜 席数 16席 … Continue reading

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○ジョー・サンプル語り倒す(パート3)

○【ジョー・サンプル語り倒す(パート3)】 歴史家。 「彼のライヴは、大きな会場で見たことはあるんだ。といっても、いつも舞台の袖とか、バックステージでだけどね。ライヴを客席でこうやって見るのは初めてだよ。なかなかいい音してるじゃないか」とジョー・サンプルは言う。 そして、「彼はエンタテイナーだなあ」とも付け加える。サイン会を終えたデイヴがジョーのもとにやってきて、デイヴが、いかに自分がジョーの音楽をリスペクトしているか、熱く語った。 ジョーはデイヴに説明する。「僕は、いつも音楽を、どれくらいの重さがあるかで見るんだ。この曲はどれくらい重いか、どれくらい軽いか。自分がプレイするとき、このC7(コードのひとつ)には75ポンド(30キロ)の重さが必要だ、こんどのC7は8オンス(220グラム)でいい、とかって考えるんだ。その曲(メロディー)に、どれくらいの重さが必要かを考える」 僕は、メモを取りながら、ジョーの話に耳を傾ける。 ジョー・サンプル教授の講義は延々と続く。デイヴが言う。「あなたは、本を書いたことは?」 「ないよ」 「絶対書くべきだ。だって彼は(僕のこと)、ノートを取ってるよ(笑)」 ジョーはウィスキーか何かをロックで飲んでいる。 『ソウル・シャドウズ』。 ちょうど、僕がジョー・サンプルの2004年にリリースされたピアノ・ソロのほうの『ソウル・シャドウズ』のアルバムを持っていた。すると、海老根さんが、「これ、来年(2009年)、うち(ビデオ・アーツ)から出せることになったんですよ。前のユニバーサルとの契約が切れてね」と言うではないか。これは確か日本盤が出ていなかった。ニュースだ。「この曲はね」と1曲目の「ハウ・ユー・ゴナ・キープ・エム・ダウン・オン・ザ・ファーム(どうしたら、彼らを農場にとどめておけるのか)」についてジョーが話し始めた。 「1918年かな、第一次世界大戦の頃だ。第369歩兵部隊というアフリカン・アメリカンばかりの連隊があった。彼らは通称、『ヘル・ファイターズ』と呼ばれていた。そして、このヘル・ファイターズはさまざまな差別を受けた。だが彼らはその後、フランスに送られ、そこでフランスの部隊と一緒に戦う。これはその頃、その第369歩兵部隊の中にあったバンドが歌っていたものなんだ」 帰って調べてみると、第一次世界大戦のために、アメリカの農業の形態がかなり変わったらしい。地方の農家の人たちが、農業をやらなくなり、それ以外のことに興味を持ち始めたりした。また戦争になると、さまざまな食料が必要になるので、農家の人にはがんばって食料を生産してもらわないと困る。そこで、どうしたら、彼らを農業従事者でいさせ続けられるかが重要な問題となったらしい。で、このタイトルのこの曲が生まれた、というわけだ。う~む、勉強になるなあ。 ジョー・サンプルは、歴史家だ。さまざまなことについて詳しい。メモと筆記用具は必需品なのだが…。(笑) しばらくして、デイヴが帰った。そろそろ、こちらも帰る時間になると、「明日は何をしてるんだ」というので、「いや、特に」と答えると、「明日、ル・サンプルで食事をするんだが、一緒に来ないか」という。 「ル・サンプル」は広尾にできたフレンチ・レストラン。その名前は、「ジョー・サンプル」から取っている。元々ロス・アンジェルスでレストランを経営していた菊池さんがロスを引き払い、日本でレストランをオープンしたもの。ロスの菊池さんのレストランにジョーはよく行っていた。それで彼が日本にオープンするとき、「ル・サンプル」という名前をつけても良いかと尋ねると、二つ返事で了承してくれた。それだけでなく、このお店のロゴ「Le Sample」という文字は、ジョー本人が書いたものだ。そして、「ル・サンプル」には、ジョー・サンプルの名曲「メロディーズ・オブ・ラヴ」の譜面をガラス面に彫りこんだ「ガラス・エッチング」されたものがある。静かに流れる音楽は、もちろん、ジョー・サンプルのCDばかりだ。グルメのジョーは来日のたびにここに食事をしに来る。僕も一度ロケハンしてあったが、これは行くしかない。 というわけで、翌日、「ル・サンプル」に出向くことになった。 「じゃあ、明日、ホテルに迎えに行きます」とジョーに言った。インタヴュー、ブルーノート・ライヴ鑑賞、そして、ディナーとジョー三日間連続になった。 (この項、続く) ■ ジョー・サンプル最新作『ノー・リグレッツ』、今日の『ソウル・ブレンズ』(インターFM 76.1mhz 午後3時~5時)内「山野ミュージック・ジャム」(午後4時半から)で、本人のインタヴューを含めてご紹介します。 ■ ジョー・サンプル過去記事(基本的に、上から新しい順に並んでいますので古いものからごらんになりたい場合は、下のリンクからお読みください) October 04, 2008 Joe Sample Talks (Part 2): Dave Koz Live: The Most Choreographed Sax Player In The Jazz … Continue reading

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◆ジョー・サンプル(パート2):ジョー飛び入りのデイヴ・コーズ・ライヴ

【ジョー・サンプル飛び入りのデイヴ・コーズ・ライヴ】 伝説。 急遽デイヴ・コーズのライヴをジョーと鑑賞することになり、ブルーノートへ。頭が欠けたが、到着するとすでに彼は来ていた。デイヴは、サックスを吹きながら、横のベース奏者、ギター奏者とともに、ゆったりした振り付けをしながら、演奏していた。彼は、いくつかの曲で、実におもしろい振り付けをする。デイヴ・コーズは、「フュージョン界でもっとも振り付けをするサックス奏者」だ。観客をエンタテインすることに徹底している。実に楽しい。 これを見たジョーは、「He does big production(ずいぶん、作りこんでるな)」と笑いながら言った。そして、「後でプレイするよ」と付け加えた。おおっ、やった! 日本語を巧みに交えて、デイヴはよくしゃべる。メンバー紹介で、「やるね!」「チョい悪オヤジ」などなど。そして、こんなアナウンスも。「ウェイマン・ティーズデール(Wayman Tisdale=ベース奏者、元NBAのバスケート・ボール選手)が今回は来る予定だったが、彼はガンと闘っていて、今回は来れなかった。だけど、みなさんにはっきりとお伝えしたい。彼はその闘いに勝利した。今は休んでいるけど、次の来日の機会には必ずや一緒に来てくれると思う」  調べてみると、昨年(2007年)ガンが発見され、2008年8月になって、右足の一部を切除したそうだ。デイヴ同様に、復帰を期待したい。 そして、デイヴがまたまたしゃべりだした。「このブルーノートでは何でも起こる。ファーストとセカンドの間に、ある人物がやってきました。まさに『レジェンド(伝説)』というにふさわしい人物です。そこで僕は彼の腕を掴んで、頼みました。(笑) これからご紹介する紳士は、過去2-30年以上、僕たちだけでなく、多くのミュージシャンに多大な影響を与えた人物です。コンテンポラリー・ジャズ界のパイオニアのひとり、それ以上に、実際に会うととても素晴らしい人間です。ジ・インクレディブル(素晴らしい)、ジ・インフルエンシャル(影響力のある)、ミスター・ジョー・サンプル!」 大拍手に迎えられ、ジョーがステージに進んだ。キーボードが2台、台の上にのせられていて、いくつか音を確かめると、演奏を始めた。ジョーによると、ハービー・マンが1964年に録音したアルバムに入っている「スインギン・シェパード・ブルーズ」という曲だという。のりのいいブルーズ曲で、ジョーのタッチがものすごく強いということが、そのキーボードが上下に揺れる度合いからもわかる。途中からデイヴのサックスがはいり、ドラムスがちょっとだけからむ。アイコンタクトを取って、無事、終了。再び拍手。 席に戻るとジョーは言った。「キーボードがぐらぐら揺れて、力、入れられなかったよ。(笑)」 確かに、ジョーがピアノ(グランド・ピアノ)、あるいは、しっかり足の付いている固定式のキーボードをプレイしているときは、そのタッチの強さがわからないが、あのようにゆるいキーボード・スタンドに乗せてるだけだと、力はいれられないだろう。 キーボード、ブライアン・シンプソンのソロCDに入っている曲(シャカタクみたいだった=彼がプレイするときは、キーボード・スタンドはほとんど揺れない)、さらに、観客を「シャララ~~」で巻き込む「キャント・レット・ユー・ゴー」、ゴー・ゴー・サウンドのリズムを思わせる「シェイキン・シャック」などなど。振り付けのついた徹底したエンタテインメントは楽しい。しかも、首も腕も長いビルもキーボードのブライアンらも、みな、芸達者。このショーだったら、彼の音楽を知らなくても、楽しめるだろう。 最後、日本の曲メドレー。なんと一緒に見ていたジョーのCDを出しているレコード会社・ビデオアーツ社長海老根さんがネタを提供しているそうだ。デイヴから日本の曲で何やったらいいかと相談され、しばらく前から曲と楽譜、ものがあれば、音源も渡しているという。今回は時間がなかったので、ネットで楽譜を探して、送ったという。ただ、「秋桜(コスモス)」だけはどうしても楽譜が見つからず、音源を送ったそうだ。こういうのは、日本人受けする。サーヴィス精神旺盛なデイヴならではだ。 最後、最初のアンコールが終わったあと、照明もつき、モニターも映像を出し始めたが、拍手は鳴り止まず、結局彼らが再度登場。開口一番「もうやる曲がないんだ。…。(笑)そうだな、じゃあ、『オーヴァー・ザ・レインボウ』でもやろうか…」とメンバーに言い、1曲軽く演奏した。 ショーが終わると、メンバーがみなジョーのところにやってきて、握手を求めた。 (このジョー・サンプルの項、つづく) ■ デイヴ・コーズ関連記事 (ジョー関連記事一覧は最後にまとめます) April 07, 2006 Dave Koz & Kirk Whalum Live http://blog.soulsearchin.com/archives/000935.html 前回、ソウル・サーチャーが見たライヴ評。 ■ メンバー デイヴ・コーズ(サックス)Dave Koz (sax) ブライアン・シンプソン(キーボード)Brian Simpson (key, … Continue reading

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★ジョー・サンプル・インタヴュー(パート1)

【ジョー・サンプル・インタヴュー(パート1)】 2枚目。 ワン・アンド・オンリーなピアニスト、ジョー・サンプルが新作アルバム『ノー・リグレッツ』のプロモーションのために、来日中だ。去る10月1日にインタヴューした。 ■ ジョー・サンプル&ランディ・クロフォード 『ノー・リグレッツ』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001D08OXQ/soulsearchiho-22/ref=nosim/ 実は、このアルバムのライナーノーツを書いたのだが、ライナー用に一足先に電話インタヴューをした。その模様は、ライナーにふんだんに書いたが、今回のインタヴューは、来る10月5日(日)のFM番組『ソウル・ブレンズ』(インターFM76.1mhz毎週日曜午後3時~5時)内「山野ミュージック・ジャム」(午後4時半から)でオン・エアするためのもの。 ちょっと話がだぶるかと思ったら、ほとんど違う話になり、思う存分インタヴューを楽しめた。ジョーは本当に話がおもしろい。もちろん、「今回のアルバムのコンセプトは」とか「聴き所は」といった質問は答えが重なるだろうが、それでも違った話をしてくれたりする。今回プロモーションで来日しているが、プロモーション来日という行為が、50年近いキャリアの中で初めてのこと。連日5-6本のインタヴューを受け、4日で20本以上受けるらしい。 ジョーの新作『ノー・リグレッツ』は、シンガー、ランディ・クロフォードを全曲に迎えてのいわばデュエット・アルバム。しかも、前作に引き続き、全曲ランディとの録音だ。なぜ、ランディと2枚もアルバムを作ったのか。ジョー雄弁に語る。 「4年ほど前に、ロンドンでクルセイダーズのライヴに彼女がゲストででたことがあった。(ロンドン郊外の)アスコット競馬公園でライヴをやることになったのだが、サウンドチェックを待つまでに3時間ほど時間があいた。そこで僕たちは近くで時間をつぶすことにしたんだ。その日は本当にいい天気で、環境も素晴らしかった。木が茂っていて、ランディはここで、歌を歌い始めた。その時、彼女はまさに『音楽のエンサイクロペディア(百科事典)』だということを悟った。次から次へと、歌っていた。それはまるで、ブロードウェイのダンサーのように、くるくる回ったり、まるで(映画)『サウンド・オブ・ミュージック』の主人公のようだった。しかも、彼女はメロディーだけじゃなくて、歌詞をみんな知ってたんだよ。僕が忘れていたようなものまでね。ずっと歌い続けた。ランディの音楽へのパッション(情熱)のようなものを、思い出したんだ。それは、1976年に彼女と初めて会って以来感じていたものなんだが、それを思い出したんだよ。その後、ランディとカリフォルニアで再会したとき、彼女がその頃出たアルバムを聴いてくれと言って、聴いたんだ。すると、それはどこかヨーロッパのレコード会社から出たものだと思うが、あからさまにヒットを出さねばという作りのアルバムで、ひどいものだった。5人のプロデューサーがいて、それぞれがヒット曲を(シンガーに)書いてやる、という感じでね。そこで僕はマネージャーに言った。『彼女は、シンプルにピアノにベース、ドラムスといった編成で歌うべきだ。ただ彼女の声を(作品の中で)聴ければ、それこそがヒットなんだ。だから、ヒット曲を作ろうとして、レコーディングするのは止めなさい』とね。そうして(我々の)最初のアルバム(『フィーリング・グッド』=2006年)が出来上がった。で、(笑いながら)、最初の1枚のポテトチップスがおいしかったら、君は2枚目のポテトチップスを食べるだろ。(笑) これは2枚目のポテトチップスだな」 電話で話を聴いた時は、ジョーは2年前のモスクワのコンサート・ホールでランディが歌ったブルーズ・ソングの話をしてくれた。その話も、この話も、ジョーのストーリーはまるでちょっとした映画を見ているように、情景描写が実にうまい。ほとんど同じような質問をしても、まったく違ったストーリーを語ってくれる。ストーリー・テラー、ジョー・サンプルの面目躍如だ。 というわけで、この『ノー・リグレッツ』は、「2枚目のポテトチップス」とのこと。(笑) そして、話はどんどん続いたのだが、ジョー本人にこの新作アルバムから、オン・エアー用に2曲を選んでもらった。 彼はジャケットをじっくりと見ながら、「難しいなあ」と言いつつ、「リスペクト・ユアセルフ」と「リード・ミー・オン」をピックアップ。これを「山野ミュージック・ジャム」でかける。そして、その曲紹介をDJのようにやってください、と頼んだ。もちろん、その場で軽くやってくれたので、これら2曲の曲紹介をぜひ、日曜日、お聴きください。 インタヴューの中身は他に、彼がメジャー・レコード在籍時に経験した苦労、自分の音楽がカテゴリーに入らないことへの悩み、1984年頃、自分が自信を失ったときの話、彼のピアノのタッチ、などなど。追々ご紹介していきたい。 ところで、このインタヴューの翌日、「明日は何してるんだ?」みたいな話になり、「中野で1本ライヴを見る」というと、ジョーは、リー・リトナー&デイヴ・グルーシン、新日本フィルを墨田トリフォニー・ホールで見た後、ブルーノートにデイヴ・コズを見に行くという。「あなたは、プレイするんですか、飛び入りで?」と聞くと、「いや、しないと思う。ただ見るだけだ。一緒に見ないか」と言われ、二つ返事でOKし、翌日ブルーノートに出向くことになった。 (ジョー・サンプルの項・続く) ENT>MUSIC>ARITIST>Sample, Joe

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▲江守氏出版記念パーティー、岡展覧会レセプション、ニック・トリビュート・イヴェント続々

【江守氏出版記念パーティー、岡展覧会レセプション、ニック・トリビュート・イヴェント続々】 命日。 日本のダンス、ソウル・ステップのクリエイターとして最高峰のニック岡井氏が昨年11月11日に亡くなり、まもなく1年が経つ。その一周忌を記念してニック・トリビュート・イヴェントなどが続々と行われる。 まず、本ブログでもご紹介しているニック&エモのコンビでおなじみのソウル・イラストレーター・ナンバー・ワン、江守藹氏の著作『黒く踊れ!』が10月末に発売され、その出版記念パーティーが2008年10月16日(木)銀座ベノア(BENOA)で行われる。もちろん、この本の中には、江守氏とニックの出会いのシーン、さらに、1970年代の二人の活躍ぶり、そして、最後の別れまで描かれている。 同じ日(10月16日)から新宿ビームスで、ニック岡井が足に青いペンキをつけ、ソウルの大ヒットで踊り、そのステップをキャンヴァスに記したフット・ペインティング作品『アフター・ザ・ダンス~ゲット・オン・ザ・グッド・フット』が始まる。2日目の10月17日金曜には、そのBギャラリーで作家・岡伸昭も来てレセプションを行う。11月11日にも何かをやろうと計画中。これは、計らずも昨年11月にニックが逝去したために、ニックの遺作展になってしまった。『ダンスの後のニックの足跡』をぜひ、ごらんください。 そして、ダンス・DJイヴェントが3本行われる。三宿ソウル・ナッツ主催の『スーパーフライ』、元ダンステリアの常連さんたちが企画したイヴェント、そして、ニックのホームベース・ダンステリア主催のイヴェントだ。 ストリートダンサーズ列伝 『黒く踊れ!』出版記念パーティー 2008年10月16日(木)19時~22時 銀座ベノア(BENOA)中央区銀座6-13-16地下3階 電話0120-759-219 出演 DJマサコ ダンス・ショウ:シンク 会費 7000円 (『黒く踊れ!』をお持ち帰りいただきます) ニック岡井 x 岡伸昭 フット・ペインティング展 『アフター・ザ・ダンス~ゲット・オン・ザ・グッド・フット』 2008年10月16日(木)から11月18日(水)まで 11時~20時 入場無料  2008年10月17日(金)18時~20時 レセプション 入場無料 新宿ビームス6階 Bギャラリー 新宿区新宿3-32-6 電話03-5368-7309 http://www.beams.co.jp  問い合わせBギャラリー 電話03-5368-7309 ソウル・ナッツ・プレゼンツ『スーパーフライVol.3』 2008年10月19日(日)18時~23時 ピンクノイズ 世田谷区多摩川3-20-11 マノア多摩川第一地下一階 電話 03-3707-9911 3500円(前売り) 4000円(当日) DJ ケイコ、ガーリック、マッキー ライヴ シュガー・ピンプス、レディー・キューブ、 ダンス ユキ、マイケル鶴岡 問い合わせ先 ソウル・ナッツ 03-3487-3493 (20時~6時) ニック・トリビュート 『メモリアル・ナイト・オブ・ニック』 2008年10月26日(日)20:00~5:00 六本木フラワー(Flower) 東京都港区六本木5-5-1 ロアビル2F 電話 03 5785 1761 料金 4000円(2ドリンク)※記念品付 出演・ゲスト カズ南沢+1ナオ DJ’s: 川畑、鶴谷 マサコ キヨミ ハラ 有輝 司会: 藤本 … Continue reading

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■SMAPライヴ: スーパー・モダン・アーティスティック・パフォーマンス

(ライヴ内容に触れます。これからごらんになる方は、あなたのリスクにおいてお読みください) 【SMAP: スーパー・モダン・アーティスティック・パフォーマンス~スマップ・ライヴ】 迷子。 ちょうど10月8日にリリースされるソウル・シンガー、ボビー・ウーマックのベスト・アルバム『ラスト・ソウル・マン ベスト・オブ・ボビー・ウーマック』を聴きながら、東京ドームに向かう。この『ベスト』には、映画『110番街交差点』や『ジャッキー・ブラウン』のテーマにもなった傑作「Across 110th Street」が新ヴァージョンで入っている。雨の首都高で聴くには最高の一枚だ。 この日、東京ドームで行われる出し物は、なんとスマップ。縁あって、スマップのコンサートに行くことになった。本当にこういうものは、ご縁だと思う。ドームは何度も行っているが、小雨降り足元がすべりやすく、走ると危ない。ちょうど時間ぎりぎりに席に着くと暗転し、その瞬間ものすごい歓声があがった。ドームはステージのところ以外周囲300度くらい観客でぎっしり。ここまで人が入るかというほど入っていた。青と赤のペンライトが客席から揺れる。 冒頭オープニング用ビデオ。そして、ダンサーを従え、黒装束に身を包んだ5人が客席に伸びたセンターステージ(通常の横に広がるメインステージから客席に直角に伸びる花道的ステージ)からメインステージ中央に歩み進む。歓声は続く。そして、いきなり、炎がセンターステージ両サイドから瞬時に上がる。炎があがると、その熱さが顔面に当たってきた。なんなんだ、これは。黒装束の5人が瞬時にビル5階分くらい上にするするっと上がっていく。ステージ中央縦にしつらえられたテレビモニターに、指につるされた5人のアニメが映り、少しずつ下に降りる。ちょうど真ん中あたりに下りるとそのモニター中央あたりに5つの扉があり、そこが開き、本物の5人が姿を現した。さらに、大歓声。リアルな5人が斜めになったステージを紐に操られるが如く下に降りていき、バンバンバンと花火。音に視覚に圧倒させられ、1曲目が始まった。それ以降10曲を矢継ぎ早に歌って踊る。約40分の息もつかせぬ展開は圧倒的だ。1曲が意外と短いので次々と曲が押し寄せてくる感じが強い。ライヴ・ショウは最初と最後が一番重要だが、このオープニングはすごい。 20数人のダンサー、そして、ミュージシャンは、ドラムス(ジェイ・スティックス)、ギター(ジューン=名前、聞き取れず)、ベース(レンジー・クロスビー)、キーボード(ケイリブ・ジェームス)、パーカッション、ホーンセクション(トランペット、トロボーン、サックス)3人の、計8人編成。ところどころ、バンドがいなくなり、トラックだけで歌・踊りを見せるところもあるが大勢に影響はない。 暗転から3時間半、次から次へと、歌と踊り、若干のマジック、光とレーザー光線、炎と大音響の花火で圧倒するめくるめくエンタテインメント・ショウだった。歌や演奏そのものを聴かせるのではなく、全体的なショーとして、歌、踊り、トーク、総合的にそして徹底的にファン・サーヴィスを、5万人のファン・クラブ会員に向けて送るイヴェントだ。もしこれで歌がうまく楽曲にもう少し深みのあるものがあれば、鉄壁だ。いや、そこまで言わなくても、これだけの仕掛けを予算に糸目をつけずにできたら、マイケル・ジャクソンのステージの影響も強いこのパッケージ自体にマイケルさえも嫉妬するだろう。ファンであれば、超おなか一杯で満足間違いなしだ。 東京ドームだけで6回、その他のドームもすべて(計10回)制覇するというスマップ。グッズの種類も多く、チケットも完全ソールド・アウト。まさにそこにはすべてが完璧にシステム化された『スマップ株式会社』が存在している。ラスト部分「オレンジ」あたりで、彼らはホーム側バックネット向きのステージで歌うが、その時、彼らを乗せた支柱は10メートル以上の高さに伸び、後ろから見ていると、5本の塔がその『SMAP Inc.』を象徴しているかのように映った。このライヴと観客の反応を見て、完璧に音楽のファン層群の階層化が進んでいることも痛感した。一生スマップ・ファンになるであろう70万人~100万近くの層、そして一方それらとまったく接点を持たないであろう人たち。(もちろん、そういう人たちはこの日のドームにはいない) 僕はラッキーにも、この日そのライヴを目撃することができたが、いわばドームの中の迷子のような存在だった。 イントロのすごさに比べて、エンディングは若干地味のような気がしたが、おなか一杯でこれでいいのかもしれない。 喧騒の中から車に戻りエンジンをかけると、再びボビー・ウーマックが流れてきた。なんかドームの3時間半が非現実的な夢のような時間のように思えた。それはそれでエンタテインメントの真髄だ。そして、ボビーのソウルフルな歌声を耳にして、再び現実に戻ったような気がした。 ■ ボビー・ウーマック ベスト http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0012PYHGK/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ スマップ最新作 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001EZHDPK/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ メンバー =スマップ= 中居正広、木村拓哉、草なぎ剛、稲垣吾郎、香取慎吾 =ミュージシャンズ= ジューン・ヤマザキ?(ギター) レンジー・クロスビー(ベース) ジューン・ワタナベ (パーカッション) ケイリブ・ジェームス (キーボード) ジェイ・スティックス (ドラムス) トシ・コバヤシ (トランペット) ヒトシ・イトウ(トロンボーン) ? (サックス) ■ セットリスト スマップ 2008年9月29日(月)東京ドーム Setlist : SMAP … Continue reading

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