Monthly Archives: May 2008

▽クリス・ボッティー・ライヴ

▽Chris Botti King Of Smooth Jazz : How Many Sushi Toro Could Be Eaten From The Money He Could Get Paid (これからごらんになる方はご注意ください。若干ネタバレがあります) 【クリス・ボッティー・ライヴ~エネルギー全開】 全開。 1995年のメジャー・デビュー以来、コンスタントに活動、アルバムもベストを含め10枚を数える中堅ジャズ・トランペット奏者クリス・ボッティーの2006年11月以来約1年半ぶりのライヴ。僕は2004年5月以来約4年ぶりに見た。 なにしろ、やわらかいそのトランペットの音色、うっとりしてしまう優しさ、わかりやすい楽曲、ずいぶんと空気を和ませてくれた。 かつてキョードー東京が1970年代に提案した「ラヴ・サウンズ」というイージー・リスニングのジャンルにぴったりではないかと思う。『21世紀のニニ・ロッソ』というキャッチを授けたい。もちろん、ジャズ・アーティストであるだけに、最近でいうところの「スムース・ジャズ」のアーティストとしても人気だ。「キング・オブ・スムース・ジャズ」とも言える。特に、ルックスがイケメンだけに、今回も女性ファンがかなり多く見受けられた。観客には、ほかに金融系のビジネスマンが目立った。 早口ながら、彼の滑舌のいいトークもけっこうおもしろい。 「普段日本に来るときは、東京が最初に降り立つ所。だから、いつも時差ぼけに悩まされる。だが、今回は過去数週間アジア・ツアーをやってきていて、東京にはジャカルタから入った。(時差ぼけがないから)体調万全、エネルギー全開でステージに臨んでいる」(大意) 「今夜はマイルス・デイヴィス好きな人がいてくれるといいけれど。(パラパラと拍手。クリス・ファンは、あまりマイルスを聴かないようだ) 1959年のある日、マイルスは、ジョン・コルトレーン、キャノンボール・アダレー、ビル・エヴァンスなど錚々たるメンバーとスタジオに入った。そして、後にジャズ史に残る『カインド・オブ・ブルー』を録音する。このアルバムがすごかったのは、わずか1日半で彼らがほとんど準備もなく録音したということ。そして、各自のギャラは65ドル。(笑) (日本レストランの)ノブでトロなんか5貫くらいしか食べられないほどのギャラだ。(笑)そのアルバムにトリビュートして、僕たちのヴァージョンの『フラメンコ・ブルー』」 途中、少し省略したが、およそこんなことを言っていた。65ドルというギャラが、各自なのか、バンド全員でなのかが聞き取れなくて、ライヴ後、帰り際にクリスに聞いたら、各自だと答えてくれた。マイルスの自伝を読んで得た情報だという。(その後、家に戻り、マイルスの自伝の『カインド・オブ・ブルー』のあたりを読み返したが、65ドルという記述はその近辺にはなかった。当時のアルバムの相場ギャラなのか、別の読み物か何かの話かもしれない) 実は65ドルというギャラ、僕は最初、バンド全部でかなと思い、いろいろと考えていた。5人として1人あたり13ドル。1ドル360円で4680円だ。昭和34年の日本での大卒初任給は10,000円前後。2日ジャズを録音すれば、通常の一般の生活はできる。たぶんアメリカでも一般庶民は週給で35~50ドルくらいだっただろうから、1日のセッションで13ドルは悪くはないと思ったのだ。だが、1日65ドルなら、当時だってかなり高給ではないだろうか。スシ15貫くらいは食べられるのでは。(笑) (しかし、彼の軽いMCの中のネタで、そんなに細かくひっかかるな、って。はいはい) おもしろかったのは、5曲目の紹介のところ。「これからやる曲はロバート・デニーロの映画『ザ・ミッション』のテーマ曲」 ギターのマーク・ホイットフィールドが弾き始めると、いつのまにか、「ミッション・インポッシブル(スパイ大作戦のテーマ)」になり、「おいおい、それはミッション・インポッシブルじゃないか」とクリスが、つっこむ。マークは、7曲目のソロを担当するときには、超早弾きで5本の指が10本に見えた。 毎回彼のライヴにやってきて、一番前のほうに座っているマダムがいるらしく、「そこのママ、毎回同じ、僕のクソみたいなジョークに笑ってくれてありがとう」と、またまた受けることを言う。 各ミュージシャンは、ひじょうにレベルが高く、ソロを回されたときは、これでもかと自分をアピールする。「ドラムスが沼澤さんを思わせる」、「クリスはニニ・ロッソ風」と感じたら、前回のライヴ評でも同じことを書いていた。毎回感じることは一緒か。(笑) 全曲インストなのだが、やはりメンバーが若いせいか、観客もけっこう集中してエンジョイしているようだ。 アンコールに「ニュー・シネマ・パラダイス」を持ってくるところなど、日本人の音楽嗜好をよく知っているのかもしれない。我らがブレンダ・ヴォーンは実はクリスの大ファン。「もし、彼に会うなら、私が『アイ・ラヴ・ユー』って言ってるって伝えてね」と言われた。ごめん、言い忘れた。 ■    クリス・ボッティ最新作『イタリア』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00144665E/soulsearchiho-22/ref=nosim/ そういえば、彼は幼少時にイタリアにも住んでいたそうだ。 ■過去記事 … Continue reading

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☆ジェイミー・アーロン・ケリー・ライヴ

☆Jamie Aaron Kelley: Tokyo Tour 2008, Less Elvis More Rock ‘N Roll 【ジェイミー・アーロン・ケリー・ライヴ】 老若男女。 エルヴィスの楽曲をそっくりに歌い人気となっているジェイミー・アーロン・ケリーが早くも再来日。都内で5本のライヴを行い、その最終日、スイートベイジルでのライヴを見た。 観客の多くはさすがに年齢層が高いが、前回よりも若い女性ファンが増えていた感じがする。観客の中に姉妹かと思えるような母娘がいた。何人かのグループで来ていたようで、お母さんは以前はエルヴィスをちょっと聴いていたのかな。それで、家に娘(推定7歳くらい)をおいてこられないので連れてきた、という感じ。最初は興味なさげに見ていた娘さんも、途中、ジェイミーが観客に体を動かさせる「アイ・キャン・ヘルプ」では、一緒に踊っていた。この曲では、会場全員が立ち上がってシンプルな動きに酔いしれた。老若男女、ジェイミーの歌を楽しむといったところだ。 (母・娘のイメージ絵) ギター、ベース、ドラムス、キーボードの4人編成バンド。今回は全体的に、エルヴィスの楽曲のみだけで構成するのではなく、現在のジェイミーが気に入っている昔の曲なども多数いれていたようだ。 「現在作っている次のアルバムは、エルヴィス以外の曲もいれる予定なんだ」とジェイミーは言う。ある意味で、1950年代から1960年代初期のロックン・ロール、ロカビリー専門のシンガーというのもおもしろい。 彼がサム・クックの「サッド・ムード」を歌った。レイ・チャールズの「メス・アラウンド」も歌った。このあたりのソウル系選曲は嬉しいところ。 年内にその新作をひっさげて再来日するという。「今度は、もっと大きなステージ・プロダクションでやるつもりだ。照明、舞台などいろいろ凝ってね」とジェイミーは言った。また徐々にオリジナルを含めたエルヴィス以外の楽曲をショーの中にいれていくとも言う。 下記セットリストにオリジナル・アーティストを調べて記した。これを見ると、今回は比較的エルヴィスの曲が少なくなっている点に気づく。少しエルヴィスを減らし、より多くのロックン・ロール曲へ軸足を傾けた、感がした。(なお、セットリストに記したオリジナル・アーティストなどにまちがいがあれば、ご指摘ください。若干わからない部分もありました。メールは、 ebs@st.rim.or.jp まで) ■ 過去関連記事 November 11, 2007 Jamie Aaron Kelley: The Legacy Of Elvis Is Here To Stay http://blog.soulsearchin.com/archives/002141.html … Continue reading

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○アイ(AI)ライヴ@武道館

○AI “Don’t Stop A.I. Japan Tour” Final 【アイ(AI)ライヴ@武道館】 ファイナル。 アイ(AI)が2月末、三重からスタートした『ドント・ストップ・アイ・ジャパン・ツアー』が、足掛け4ヶ月、32本目のライヴを武道館で行い、幕を閉じた。その最終日を見た。 今回は日本縦断、32本の旅、10万人動員という。前回も武道館で締めたが、今回は武道館2日間。確実にファンベースを増やしている。それにしても32本には驚いた。 ショーの内容は、前回同様、大規模な3階建てステージとバックにLEDモニターを使い、さらに6名のダンサーを起用、ヴィジュアル効果たっぷり。選曲は、2007年12月の最新作『ドント・ストップ・AI』からの作品をほとんど中心に構成。これに過去の大ヒット、おなじみ曲をはさんだ。バンドはケイリブをリーダーにドラムス、ベース、ギター、コーラス、キーボードら全員いい。 今回、何がよかったかというと、MCがぐっと少なくなった点。(笑) 実際ちょっと長めにしゃべったところも一箇所程度。特に冒頭7曲のノンストップのところは、ダンス、歌、ヴィジュアル映像ともに、ひじょうによく練られ、固まった完成度の高いもの。さらに、中盤も後半もじっくり楽曲を聴かせるなどして、まとまった。 かつて、全国の小さなクラブやディスコを回っていた彼女がどんどん成長し、人気者となり、ついには武道館で2日間もライヴを行い、満員にするという。平成の大成功物語だ。AIは夢を着実に実現しつつある。次の夢へ歩を進めよう。 ■ AI 過去関連記事 October 04, 2007 Oggi The 15th Anniversary Music On TV “The Basics” 【AIがホストを務め伊藤由奈らが登場】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002058.html April 27, 2007 AI Sung For Don Katsumoto: Katsumoto & … Continue reading

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◎タワー・オブ・パワー・ライヴ~(パート3)~『何か質問は?』:イミーリオはたびたび尋ねた

◎Tower Of Power Live (Part 3): Any Questions? Asked Emilio Number Of Times (タワー・オブ・パワー・ライヴ(パート2)~昨日からの続き) 【タワー・オブ・パワー・ライヴ(パート3)~『何か質問は?』~イミーリオはたびたび尋ねた】 質問? 「オンリー・ソー・マッチ・オイル…」が終わると、軽く再度メンバー紹介。やはり、その中でも、バリトン・サックスのドックの紹介は熱く、ちょっとしたフレーズを吹いた。 セットリストは続く。ミディアム調からアップテンポが多くを占める中、ところどころにスローバラードを挟む。「ウィリング・トゥ・ラーン」は、そんな1曲。「ジョニー・ギター・ワトソンが一緒に書いた曲」と言って次の「トゥ・セイ・ザ・リースト…」をご紹介。またまたのりのり。 時代はいつのまにか1974年まで進んでいる。アルバム『アーバン・リニューアル』からは4曲も選曲された。 イミーリオは、トークの合間で、「何か質問はあるかな Any questions?」と聞く。冒頭での紹介で、今日はこれまでのタワーの歴史を振り返りながら、曲のエピソードや裏話などを披露する、ついては、何か質問があったら、いつでも、何でも聞いてくれ、といったようなことを言っていた。そこで、MCで、何度か「Any questions?」とはさんでいた。一度、誰かが何かを言ったのだが、僕は聞き取れず、またイミーリオも聞き取れずで、彼は「何?」と聞き返した。だが、質問者は英語が通じなかったのであきらめたのか、再度質問はしなかった。 僕も彼が何度か「Any questions?」と聞くので、質問を考えはじめていた。だがなかなか勇気がでない。(笑)となりのカマサミ・コングさんも、考えていたようだが、なかなか言えないでいた。 「クリーン・ステイト」は、ロジャー・スミスのハモンドB3が迫力いっぱい。途中、メンバー間で言葉のやりとりがあったが、ちょっと僕にはわからなかった。だが、隣のケイリブには受けていた。 セットリスト22以降は、いつものタワー・オブ・パワー・ライヴ、後半の再現。「ディス・タイム…」「…ナイト・クラブ」、そして「…ハード・トゥ・ゴー」一気呵成だ。そして、「ハード・トゥ・ゴー」が終わったところで、またイミーリオが尋ねた。「Any questions?」 となりのカマサミ・コングさんが叫んだ。「What is Hip?(ヒップって何だ?)」 あああ、なるほど! これだ! (笑) そして、「ホワット・イズ・ヒップ」へ。時計はすでに9時を8分ほど回っていた。2時間超だ。ジェームス・ブラウンの「ソウル・パワー」をはさみこんだ「ホワット・イズ・ヒップ」は、もうすっかりおなじみ。 しかし、ふと思った。もしショーの途中で「ホワット・イズ・ヒップ」という質問が観客から出たら、そこでこれを演奏してしまうのだろうか。これは、彼に質問しなければ。(笑) ”What if you asked “any questions” then audience answered … Continue reading

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◆タワー・オブ・パワー・ライヴ(パート2)~歴史集大成ライヴ

◆Tower Of Power Live (Part 2) : History Of Tower Of Power 【タワー・オブ・パワー・ライヴ(パート2)~歴史集大成ライヴ】 集大成 ラリーが「タワー・オブ・パワーの核となる4人のメンバーをご紹介しよう」と言って、ドラムスのデイヴィッド・ガルバルディ、ロッコー・プレスティーア、ドック・クプカー、そして、イミーリオ・カスティーアをステージに招き入れる。この段階で観客の熱狂はすでに沸騰中。「レディーズ・アンド・ジェントルマン、フロム・オークランド・カリフォルニア! タワー・オブ・パワー!!」そして、1曲目「ウィ・ケーム・トゥ・プレイ」に流れ込む。すでに観客総立ちだ。 ホーン・セクションの5人がステージの前に立ち、動きながら演奏している様は、圧巻。後ろのロッコー、ドラムスのガルバルディーも見えない。だがそのシュアなサウンドはいつもと同じに強力だ。 MCは、イミーリオが担当。「われわれは1968年にグループを結成して40年。今夜は、僕たちの曲を、現在から逆に昔にたどりながらやっていこうと思う。もし、何か質問があったら、いつでも訊いてくれ」 「タワー・オブ・パワーのホーン・クリニックス」などと言って、ドックをはじめとするホーン・セクションが、「オークランド・ゾーン」をちょっとだけ披露。 そして、1997年のアルバム『リズム・アンド・ビジネス』から「アイ・ガット・ザ・グルーヴ」へ。この曲自体がジェームス・ブラウンの「スーパーバッド」のリズムを元に作られている。それが終わると「さて、世界中で一番ファンキーなグルーヴを持っているのは?」と観客に尋ねる。ケイリブたちが、「J~B」と答える。イミーリオが「ジェームス・ブラウンだな」 そして、ジェームス・ブラウンの専属MCダニー・レイさながらに、観客を煽る。「1968年、それ以来、ずっと思い続けていることがある」 「それは、な~~んだ??」 観客が一斉に答える。「ジェームス・ブラウン!!」「いまだに、ジェームス・ブラウンが大好きなんだ!! (I’m Still Diggin’ On James Brown)」 それにしても、小気味よく挟み込まれるドックの超低音バリトン・サックスは、腹の底に響く。観客に、サビの部分をマイクを渡し歌わせる。客も慣れたもので、「I’m Still Diggin’ On James Brown」と歌う。コール&レスポンスうまい。ホーンの5人の腰をフリフリの振り付けがかわいい。 「僕とドックが、あるとき部屋で本を見つけた。神についての7か条のようなものが書いてあった。ディープだろ。そのうちのひとつに、『ゴッド・イズ・ソウル』と書いてあった。その『Soul』という文字が、普通の『soul』ではなく、大文字の『Soul』だったんだ。次の曲は、『ソウル・ウィズ・キャピトル(大文字の)S』」(いずれも、イミーリオのコメントは大意) フロントのメンバーがアップテンポの曲にあわせてこぶしを前に突き出す。 「ヒューイ・ルイスは、1980年代に大スターだった男だが、タワー・オブ・パワーの大ファンだった。彼は僕に約束した。あらゆるインタヴューで、タワー・オブ・パワーの名前を出してくれ、サポートしてくれた。次の曲はアルバムではでていない曲。シングルのB面のみのもので、『オークランド・ストローク』の続編のような作品だ」 オルガンのファンキーなイントロに導かれ、完璧なタワー節が炸裂。もうたまらない。下記セットリスト8~10は、メドレー。11は、「日本で書いたヒントを得て書いた」そう。しかし、40年もこのバンドを続けてきたという事実にひれ伏す。LBことラリー・ブラッグスのリード・シンガーぶりも、初期リード、レニー・ウィリアムスを思わせ、実にいい。 「日本に来たとき、テレビでなにかのCMをやっていた。~ブンブンブン~という音がしていた。そのとき、ドックに言ったんだ。なあ、これをもっとファンキーにしたててみないか、ってね。それでできたのが、『キャント・スタンド・トゥ・シー・ハー』」 「ドックが小学生の頃、悩んだ顔をしていたのか、校長室に呼ばれた。校長がドックに尋ねた。『何か悩みでもあるのかな』 ドックは答えた。なんて答えたんだい、ドック」とマイクをドックに渡す。ドックが言う。「ひとつだけ、悩みがあるんだよ。(「それは、何だ」とイミーリオ) もし限りある石油がなくなったら、世界はどうなるのだろう、って言ったんだよ。僕は9歳だった」(笑) 9歳のドック少年は、なぜ、その頃、世界を憂えていたのだろうか。なんておませな少年か。(笑) そして、「オンリー・ソー・マッチ・オイル・イン・ザ・グラウンド(=地球には石油資源が限られている)」。Only so much で「限られた量の」を意味する慣用句なんですね。このファンク曲が終わった時点で、すでに15曲を演奏し8時21分。イミーリオは最初に、歴史をさかのぼって行くと言った。まだまだ、いつもやる1970年代初期作品群がまったくでてきていない。一体、この後どうなるのだろう、最後はどう着地するのか、あとどれくらい続くのだろう、などどんどんと期待が膨らんでいった。あるいは最後はメドレーにしてさらっとまとめるのか。そのときはまだこれがほんの折り返し地点になるなど、まったく予想だにしなかった。 … Continue reading

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★タワー・オブ・パワー、ブルーノート史上初、2時間半超ライヴ(Part 1)

★Power Of Horns, Rhythms, Vocals And Everything (Part 1): Hi Energy Funk Exploded More Than 2 Hours & Half … 【タワー・オブ・パワー、ブルーノート史上初、2時間半超ライヴ(Part 1)】 怒涛 5月16日(金)からやり始めて、2度の週末をはさみ、あしかけ3週間ライヴ。まさにタワー・オブ・パワー・ウイーク、あまりの人気に当初最終日のあとに追加公演が決まり、その日曜日の特別公演に。もう少し前に来たかったのだが、なかなかタイミングあわず、やっと最終日にまにあった。来年以降は、タワー・ウイークは、彼らのライヴを先にがっちり予定に書き込んでおかないとダメみたいだ。初日、中日、最終日とか。(笑) この日は特別公演というわけか、通常1日2ステージが7時開始の1ステージのみ。アリーナ(ステージ前の一段低いエリア)の両サイドに高いスツールを置き、スタンディング・エリアを特設。どんどん踊ってください、という雰囲気を作った。会場に入るなり、なんとケイリブ・ジェームスがいた。彼がDJカマサミ・コングさんと来ている。彼らの横で見ることができた。 さて、一言で言えば、超お得なライヴだった。コンセプトは、イミーリオが解説をしながらタワーの歴史を、現代から昔にさかのぼるというもの。こんなことは見たことがなかった。何しろ、通常は70-80分程度のファンク・ショーをノンストップで行っていく彼らが、ほぼ1曲ずつに簡単な解説や、誕生エピソードを語りながら、演奏していく。しかも、それまでの1週間ファーストとセカンドでほぼダブりなく演奏していた彼らが、そのファーストとセカンドの両方をあわせたようなショーを繰り広げたのだ。2割増量なんてものではない、ダブル・ザ・ショー、ショー自体が2倍になっていた。結局、2時間半超、27曲以上を演奏する特大ステージになった。ブルーノートには20年近く通っているが、少なくとも、僕のブルーノート歴の中で、もっとも長いショーになった。 1曲目から観客総立ちの怒涛のパフォーマンスであった。 それにしても、このホーン・セクションが最大のスターであるタワー・オブ・パワーは、結成40年を向かえ、ますます輝きを増す。「1988年、俺は酒を止めた。だから、今こうして生きている。ドックも1989年に酒を止めた。だから、こうやって生きている」 イミーリオのMCは、過去40年を振り返って、さまざまな思い出話をしていく。「僕たちは40年間、ソウル・ミュージックをやってきた」 ソウルをやり続けて40年、途中に多くの山あり谷ありを乗り越え、ソウル・サヴァイヴァーに。 A4の紙にセットリストと話したことをメモしたが、あまりの長さに裏を使っても書ききれなかった。イミーリオが話したことなどを記憶の限り、明日のブログでもご紹介しよう。 ↓表 ↓裏 今回の来日で15回の公演を行った彼らだが、もし1回だけ見ることができるなら、この日のものが文句なく最高だ。僕が今年見たライヴの中でダントツのナンバーワンである。それだけではない。ブルーノートのライヴの中でも歴史に残る一夜になったと断言できる。本当にラッキーだった。興奮冷めやらない。 (この項・明日につづく) ■ 過去関連記事 March 17, 2007 Tower Of … Continue reading

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▲ファンク・オール・スターズの演じた5曲を調査

▲Studying In Funk All Stars  【ファンク・オール・スターズの演じた5曲を調査】 勉強。 昨日、フレッド・ウェスリーたちが83分で演奏したのは、たった5曲。しかし、その中でわかったのは、3曲目のみ。それもメロディーが「ああ、これこれ、なんだっけ」っていう感じで、もぞもぞしながら、横に座っていた湘南ビーチFMのDJ人見氏に聞くと、「イン・ア・センチメンタル・ムード」とタイトルを言われ、「ああー。それそれ」という感じでわかったというもの。 しかし、昨日のブログで書いたように、フレッド・ウェスリー本人に尋ねてわかった5曲は、いずれも、ジャズ界ではスタンダードというか、一般常識的な作品ばかりであった。 せっかくだから、その調査報告を。「わからなければ、調べる」「調べたら、すぐ書く」をモットーに行きます。(笑) 「受け売り」もはやいよ。「受け」たら、すぐ「売る」。5分前に初めて聞いた話を、太古の昔(×)、太古(○)から知っているかのように話す。 さて、「リトル・サンフラワー」は、1938年生まれのジャズ・トランペッター、フレディー・ハバードの1966年の傑作アルバム『バックラッシュ』に収録されている作品。多数のカヴァー・ヴァージョンがある。このアルバムは、彼のアトランティックに移籍しての第1弾。 続く2曲目は、1935年生まれのジャズ・オルガン奏者、ルーベン・ウィルソンの1969年のアルバム『ブルー・モード』からの1曲。このアルバムでは、ジャズとメンフィス・ファンク、あるいはR&Bを融合しようとし、エディー・フロイドの「ノック・オン・ウッド」や、デトロイトのエドウィン・スターの大ヒット「25マイルス」をカヴァーしたりしている。 3曲目はデューク・エリントン作の1935年の超有名スタンダード作品。 4曲目はアン・ロネールという1930年代に活躍した、当時としてはひじょうに珍しい女性シンガー・ソングライターの代表曲。彼女は初めてのディズニーのヒット曲のひとつ「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」も共作している人。ハリウッドとティン・パン・アレーで最初に成功した女性ソングライターのひとりだそうだ。この曲は1932年にポール・ホワイトマン・オーケストラでヒットし、その後、エラ・フィッツジェラルド、ウェス・モンゴメリー、フランク・シナトラ、ビリー・ホリデイなど錚々たるシンガーたちが録音している。その後1964年にイギリスのデュオ、チャッド&ジェレミーがカヴァー、ヒットさせた。 ロネールはこの曲を、彼女に音楽業界での機会を広げてくれた大作曲家ジョージ・ガーシュウィンに捧げて書いたという。ロネールは大学時代、大学新聞のライターとしてジョージ・ガーシュウィンにインタヴューをしたことがきっかけで、彼に気に入られ、リハーサル・ピアニストの仕事をもらったという。そこから人脈が広がり、さまざまな音楽関係の仕事に就くことになった。まさに「ご縁」があったわけだ。そして、そのジョージに捧げたのが、これ。前述、人見氏によれば、この曲の邦題は、「柳よ泣いておくれ」。 クリフォード・ブラウンは、1956年、わずか25歳で非業の交通事故死を遂げるジャズ界に残る偉大なトランペッター。その彼の1955年のアルバム『スタディー・イン・ブラウン』収録曲。なんと1995年のフレッド・ウェスリーのアルバム『トゥ・サムワン』の1曲目を飾っていた。 というわけで、今日は、まさに『スタディー・イン・ファンク・オール・スターズ』でした。 Setlist : Funk All Stars @ Billboard, May 23, 2008 Show started 21:30 01. Little Sunflower [Freddie Hubbard -- LP ”Backlash”- 1966] 02. … Continue reading

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■ファンク・オール・スターズ・ライヴ~事前セットリストなしのライヴ

■Funk All Stars Live At Billboard: Fred Will Never Know The Setlist Before The Show Begins 【ファンク・オール・スターズ・ライヴ~事前セットリストなしのライヴ】 勉強。 「ファンク・オール・スターズ」と銘打ち、しかも、そこにフレッド・ウェスリーとピー・ウィー・エリスというジェームス・ブラウン・ファミリーの名前を見れば、どう考えてもファンクにあふれる70分を想定してしまう。 ところがどっこいこのバンドのリーダーは、ドクター・ロニー・スミスであった。ハモンドB3の達人にして、演奏しながら声もだしてしまうアーティストである。事前のセットリストは一切なし。ドクターが何かのフレーズを弾きだし、そこから曲が展開し、残りのミュージシャンたちがそれについていく。 5人のミュージシャンとしてのレベルには驚かされた。何がどうきても、なんなく対応する。まるで、その様は「こんなの朝飯前だよ」という感じだ。プロ野球の選手が、難しいフライやゴロを簡単に捕って裁くのと同じだ。プロたちは何事も一見、「簡単に」見せるのだ。 そこでこの夜飛び出したのは、ジャジーなラウンジ風作品。1曲目はフレディー・ハバードの「リトル・サンフラワー」、スロー・ジャムで各メンバーにソロをまわし、30分近くやった。途中で、この日のセットは3曲だけか、とさえ思ってしまったほど。(笑) 続いて、ジェームス・ブラウンの「コールド・スウェット」のような曲、これが唯一、のりのりのファンク系作品だった。 一言でまとめれば、優れたジャズミュージシャンが、それぞれの持ち場で一流のライヴ・パフォーマンスを見せたジャズ・ライヴといったところか。このあたりが、ちょっと想定外。ギターのロニーは、メイシオの盟友だけあって、かつてのジミー・ノーランを思わせるファンクさいっぱいだった。 セットリスト、まったくわからなかったので、ライヴ後にでてきたマイ・フレンド、フレッド・ウェスリーに尋ねたら、親切に思い出してくれた。「2曲目はどんな曲だったっけ?」 「ちょっと、『コールド・スゥエット』に似た感じ(Like a “Cold Sweat”)の曲でした」 「じゃあ、『ライク・ア・コールド・スゥエット』だ」(笑) 「そうだな、『ホット・スゥエット』てとこだな」。すると、ギターのロニーが「それは、『オレンジ・ピール』だよ」と助け舟。ちなみに、ステージで紹介されたIdris の発音は、「イードリス(・モハメド)」だそうだ。 「セットリストは、事前にわからないんですね」と聞くと、「知らないよ。今でも(ライヴ後も)知らない。ワハハハ。曲は全部、ドクターが決めるからね」とフレッドは答えた。ということは、明日はまたまったく違うセットリストになるのかもしれない。 というわけで、フレッド先生から教わった楽曲とセットリストを元に、そのオリジナル・アルバムなどを調べてみました。下記セットリストをごらんあれ。なんと、一番古いのは1932年作品、新しくて1969年なんですね。このあたり、ジャズ・マニアにとってはスタンダードということで、「常識」というか「基礎教養」のようです。勉強になる~~。 ■ フレッド・ウェスリー過去関連記事 April 04, 2008 Rad. Live At Cotton With Fred Wesley: … Continue reading

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●リル・ママ・ショーケース

●Lil Mama Showcase @ Womb 【リル・ママ・ショーケース】 ダンサー。 ダンサー兼ラッパー兼シンガーである新人、リル・ママが初来日、2008年5月22日(木)、渋谷のクラブ「ウーム(Womb)」でショーケース・ライヴを行った。バックはトラック(カラオケ)で、歌も一部口パクかもしれないが、4人の女性ダンサーを従えたエネルギッシュなパフォーマンスは、彼女の若さ、元気よさを思い切り発揮していた。新人のしかもダンサーのショーケースなら仮に口パクでも、まあ、いいでしょう。(笑) 基本的にはダンサー出身のせいか、踊りが、バックのダンサーを含めて、ひじょうにいい感じ。踊りとファッションで見せる。最初に登場したピンクの帽子や、手袋などが印象的。 リル・ママは、1989年10月4日ニューヨーク生まれ、現在18歳で今年の誕生日で19歳になる。本名はニアーシャ・ジェシカ・カークランドという。若い。ジェイZや、アヴリル・ラヴィーンなどとのコラボレーションで、すでに業界の注目を集めていて、かなりの期待株。 ファッションもかわいく、踊りがかっこいいので、ガールズたちの支持を集めそうだ。 ちなみに、彼女の母は昨年12月に癌で亡くなっているそうだ。そこで「シャウティ・ゲット・ルース」は、その母に捧げられている。 7時スタートのイヴェントだったが、オープニングアクトのダンサーが登場したのが7時50分くらい、これが二組でて、もういちどブレイクがあり、司会者の紹介があってやっとリル・ママの登場は8時10分。約25分のショーケースだった。司会者早口で、前座二組のダンサーの名前、まったく聞き取れず、わからずでした。(苦笑) ■セットリスト リル・ママ  Setlist : Lil Mama @ Womb, May 22, 2008 [not complete, correction to be requested] Show/performance started 20:10 01. Intro / Make It Hot 02. Girlfriend … Continue reading

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⊿今後のライヴなどまとめ~6月から7月にかけて

⊿Up Coming Live, Gigs 【今後のライヴなどまとめ~6月から7月にかけて】 ギグギグ。 じつに多くのライヴがこれからもある。ソウル・サーチャーが興味を持っているものを簡単にまとめてみた。ここでは、アーティストと日程、会場だけを記すので、興味のある方は各アーティスト、あるいは、会場にお問い合わせください。主なアーティストの過去ライヴ評もまとめた。鑑賞のご参考にどうぞ。 ■ ファンク・オール・スターズ (フレッド・ウェスリー、ピー・ウイ・エリス、ドクター・ロニー・スミス、アイドリス・ムハマド、ロドニー・ジョーンズ) 2008年5月23日(金)~24日(土) 会場 ビルボード東京 JBファンクのフレッド・ウェスリーとピー・ウイたちに、強力メンバーが集う。ファンク魂、炸裂。 April 04, 2008 Rad. Live At Cotton With Fred Wesley: Funk In A Time Capsule http://blog.soulsearchin.com/archives/002432.html September 15, 2007 Maceo Parker Thanks For Stuff At Blue…No, Billboard Live http://blog.soulsearchin.com/archives/002025.html … Continue reading

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△ハサウェイ、自信作

△The Hathaways: Donny And Lalah 【ハサウェイ、自信作】 ハサウェイ レイラ・ハサウェイのソロ・ライヴ・レポートをしばらく前に書いた。で、そのときHathawayの表記を「ハザウェイ」とした。「サ」がにごって「ザ」だ。僕はずっとダニーもレイラもハザウェイと書いてきたのだが、日曜日に、レイラのアルバムを『ソウル・ブレンズ』で紹介したときに、DJのマーヴィンにその発音を確かめると、どうやら「ハサウェイ」だ、という。「うん、これはハサウェイだね、ハザウェイとは言わないね」 「さすが、ナチュラル・イングリッシュの先生!」 今回、ユニバーサルから出た最新作『セルフ・ポートレート』から、彼女の表記がハサウェイになっていた。ジョー・サンプルのときは、ハザウェイだった。ネットなどでも、両方書かれていて、ハザウェイと書くと、ハサウェイではありませんか、と出てくる。最初はハザウェイだったダニーのほうも、ハサウェイになっている。ちょっと出遅れたなあ。(苦笑) ところで、レイラの母もユーレイラ・ハサウェイで、歌手のレイラもユーレイラ・ドニル・ハサウェイ。ユーレイラを短くして、レイラ。妹のケニヤはケニヤ・カネリブラ・ハサウェイ。ケニヤは、人気テレビ番組『アメリカン・アイドル』のハウス・バンドのコーラス3人のうちの1人だ。 母ユーレイラと父ダニーは、ハワード大学で出会っている。 ということで、今後、僕もHathawaysは、ハサウェイと書いていくことにします。 ■ レイラ・ハサウェイ最新作『セルフ・ポートレイト』 セルフ・ポートレイト~レイラ・ハサウェイの肖像 posted with amazlet at 08.05.19 レイラ・ハサウェイ ユニバーサル ミュージック クラシック (2008-05-03) 売り上げランキング: 18910 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0015XF90C/soulsearchiho-22/ref=nosim/ レイラによれば、このアルバムは自身がコンセプトから、ミュージシャン、アレンジャー選び、制作全般のみならず、宣伝マーケティングまでかかわって作ったという、まさに自信作だそうだ。 ENT>ARTIST>Hathaway, Lalah

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▼ゴールデン・スプーンはおいしいフローズン・ヨーグルト

After Or Before Billboard Live, How About Golden Spoon 【ゴールデン・スプーンはおいしいフローズン・ヨーグルト】 癖 その昔、今はなき赤坂・キャピトル東急ホテルのコーヒー・ハウス「オリガミ」に、おいしいソフト・フローズン・ヨーグルトがあった。ちょっとしたヴォリュームがあるのだが、おいしいので結局完食してしまう。まさにデザートは別腹である。僕の好きなフレイヴァーは、ブルーベリーだった。まあ、ここだとパーコー麺(排骨拉麺)を食べて、このブルーベリーのフローズン・ヨーグルトという組み合わせが多々あった。 これはけっこう人気メニューだったようで、だが、サイズが大きいためか、いつしかそのハーフ・サイズがメニューにでていた。そして、キャピトル東急が建て替えのために取り壊され、オリガミもなくなった。その後赤坂見付前、赤坂東急プラザ内にオリガミは復活。しかし、フローズン・ヨーグルトがメニューには復活しなかった。 さて、ときは流れ、カリフォルニアからおいしいソフト・フローズン・ヨーグルトがやってきたという情報を入手。しかも、よくライヴを見に行くビルボードの入ったミッドタウンのまん前に店ができたというではないか。 うわさを聞きつけ、さっそく覗いてみると、いろいろあるある。バナナ、ピーチ、ラズベリー、ストロベリー、コーヒー系4種、ヴァニラ系2種など計20数種、内、常時15種類ほど在庫しているという。 まず基本はオールドファッションヴァニラ。これに3種類のトッピング(ナタデココ、イチゴ、チョコクッキーをチョイス)をいれて早速チャレンジ。 とろけるアイス、ミッドタウン 食感グッドなトッピング アイスなめなめビルボード~ てな感じで、あの滑らかなソフト・フローズン・ヨーグルトがカンバック! いやあ、おいしい。この食感、ぐ~~っ。カップに付されるスプーンが、なんと、ゴールド。店名がゴールデン・スプーンだけのことはある。(笑) 営業時間は、月から木が午前11時から午後10時、金曜だけ午前3時まで、土日・祝日が午後9時まで。ソフト・クリーム系のアイスとか、フローズン・ヨーグルト好きな方、一度お試しあれ。けっこう癖になりそう・・・。ビルボードの前とか、ファーストの後、金曜ならセカンドの後でもOKだ。ビルボードで出してくれないかなあ。そうしたら、ライヴ中にこれが食べられる。 ■ゴールデン・スプーン 東京都港区六本木7-8-11 電話03-6240-0141 http://www.goldenspoon.jp/ DINING>RESTAURANTS>ESSAY>Golden Spoon

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▽アリ・オリのテンプス、ケントス3店舗でライヴ

▽Ali Ollie’s Temptations Will Be At 3 Kentos 【アリ・オリのテンプス、ケントス3店舗でライヴ】 来日 昨年秋、コットン・クラブにデニス・エドワーズのテンプテーションズ・レヴューの一員として来日したアリ・オリ・ウッドソンが、自己のグループで6月に来日する。今回は、ケントス・グループの招聘で同グループが持つ都内3店舗で順にライヴを行う。 来日するメンバーは、ラリー・グリフィン、レオン・フランクリン、デニー・イーウェル、セシル・ジョーンズ、そして、アリ・オリ。 ライヴの予定は次の通り。 2008年6月15日(日)、16日(月) 銀座ケントス 東京都中央区銀座8-2-1ニッタビル 9F Tel. 03-3572-9161 6月17日(火) 六本木ケントス 東京都港区六本木5-3-1第2レーヌビルB1 Tel. 03-3401-5755 6月18日(水)、19日(木) 新宿ケントス 東京都新宿区新宿3-18-4セノビル6F Tel. 03-3355-6477 料金体系は各店舗で若干違うために、それぞれの店舗にお尋ねください。また、ライヴ・ショウの開始時刻もまだでていないので、各店舗に。おおまかにいって、まず同店のハウス・バンドのライヴが30分程度あり、その後アリ・オリたちが60分程度ライヴをやるものと思われる。一日2ステージの予定。 ■ケントス・ウェッブ http://www.kentos-tokyo.jp/ ■メンバー Featuring Ali Ollie Woodson former lead singer of The Temptations and his revue: … Continue reading

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☆音恵ライヴ@マルターノ

☆Otoe Live At Martano 【音恵ライヴ@マルターノ】 戦い。 サンフランシスコ・ベイエリアを本拠に活躍する日本人女性サックス奏者、音恵(オトエ)さんが、マルターノでライヴを敢行。昨年8月にスタートしたマルターノのライヴ・シリーズも今回で7回目。7回目にして初めてドラムスが入り、ドラムス、ギター、ベース、キーボードにメインのサックスという5人編成になった。 これまでここでのライヴはドラムスというより、パーカッションでリズムを作り、全体的にはアコースティックな編成が多かった。というのも、ステージが狭いということ、下にコンビニがあるため、あまり大きな音をだせないなどの理由による。だが、この5人編成で大音量を出しても、下には響かないことがわかった。ステージ上はぎりぎり5人くらいまでだが、編成的にはこのような楽器編成もできるということがわかった。 さて、音恵さんの音は初めて聴いた。ライヴ後、少し話を聴くと、大好きなサックス奏者は、たくさんいるが、メイシオ・パーカー、デイヴィッド・サンボーン、ケニー・ギャレットなどなど。バンド全体が、ロック寄りのジャズ、フュージョンにファンク味をちらりといれる。特にドラムの音は大きかった。日本に住んで25年というスコット・レイサムさん。かなりアグレシヴで、いかにも「俺が俺が」タイプの強烈なドラマーで、このバンドで見ていると、「スコット・レイサム・バンド」に「ゲストで」あるいは、「フィーチャリングで」音恵さんが入ったという印象すらする。特にマルターノは店が狭いため、ドラムの全ての音が生音で聴こえてしまうので、音圧の弱いサックスはマイクを通しても負けてしまう。ドラムスはサックスを引きたてようなどとは思っていない風に見えたところが印象に残った。なるほど、音楽は戦いだ。 音恵さんのサックスは、メイシオを目指すような方向性が感じられた。かつて、ストリートではPファンクやジェームス・ブラウンの曲も吹いていたそうだ。 ■ メンバー Scott Latham(dr)、Chris Silverstein(b)、羽仁知治(key)、樋口直彦(g) ■セットリスト 音恵 マルターノ Setlist : Otoe Live At Martano, May 17, 2008 Show started 19:14 01. Southwick 02. I Wish 03. Crystal Rose 04. Sofia 05. Chapter … Continue reading

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○ボーイズ・トゥ・メン~壮大なるカラオケ・ショウ:涙のトラック

○Boyz II Men: Tears Of My Tracks ~ Money That’s What They Need (ライヴの内容について書かれています。これからライヴをごらんになる方は、ご注意ください) 【壮大なるカラオケ・ショウ~ボーイズ・トゥ・メン:涙のトラック】 カラオケ 4人組日本人Jポップ・コーラス・グループがトラック(カラオケ)で前座として4曲やったときから、ステージは楽器もなくスカスカでどうなることかと思ったが・・・。ボーイズたちがでてきても、なんとまさかのカラオケ(トラック)・ショウ。武道館のフル・ショウでカラオケ・ショウは前代未聞だ。 アメリカの人気コーラス・グループ、ボーイズ・トゥ・メンの武道館公演。武道館6割くらいの入りか。2003年以降、マイケル・マッケーリーが正式脱退し3人組に。1994年の初来日以来、今回で11回目の公演。僕が前回見たのは2004年(6回目)だった。2005年4月、2005年11月、2007年1月とタイミングを逸して見ていない。カラオケということに度肝を抜かれたが、前回公演でもやっていたライヴ後にアーティストと会えて写真なども撮れる「バックステージ・パス」を、今回も売っていたという話にダブルで驚いた。前回は200名限定でそのバックステージの料金が7500円。今回はいくらだったんだろう。 さて、肝心のライヴだが、今回はカラオケのせいか、とにかく音が悪い。(本当はカラオケだから音が悪いということはない。要はミキサーが悪いのだろう) バスドラとベースの音がわんわん響いて、ヴォーカルも最初のうちはほとんど聴こえない。小さなクラブ系のところや、無料のショーケースだったらこれでもいいだろう。しかし、よりによって「世界の武道館」でこれはないだろう。こんなに音の悪い武道館は、30年くらい前のヴィレッジ・ピープルのライヴ以来かも。(笑)あのときも、気持ち悪くなってしまったなあ。(笑) もちろん、このライヴで評価すべきところもある。多くの曲でビデオ映像を使い、ヴィジュアル的に見せていたこと。「ウォー」のビデオはよかった。(でも、「ウォーター・ランズ・ドライ」なんかは、4人が映っていて、今や3人組となった彼らがステージにいると、なんだかなあ、という気になる) 何曲かでしっかりとした振り付けをしていて、観客をエンタテインしていたこと。(テンプス曲の振り付けなど大変よろしい) 3人の歌声はしっかりして、歌は聞かせてくれたこと。よかったのは、選曲。新旧の彼らのヒットと、最新作でソウル・カヴァーをやっていたので、そのあたりをうまく盛り込んだこと。「アイル・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」での定番バラのプレゼント。しかし、そんなプラス・ポイントもカラオケ(トラック)でやるというだけで、全部一挙にマイナスだ。こうなると、彼らは前回のライヴ評で危惧したようにもはや「オールディーズ・グループ」になってしまうのか。 しかし、驚くのはまだはやい。なんとこのカラオケ・ショウで「ワールド・ツアー」に出ているらしい。日本のプロモーターは武道館でカラオケでやると知っていたのだろうか。知っていたとすれば、随分となめられた話だ。残念なのが、彼ら3人がちゃんと歌っていて、そこそこのパフォーマンスをがんばってみせている点。これでバンドや、コーラス、ダンサーなどがつけば悪くはない。アメリカ側のマネージメントが金儲けしか目がないのだろうか。ほんと、才能ある連中なのにもったいない。プライドはどこへ。No Pride, No Gain。日本のプロモーターもしっかりしてください。手抜きのカラオケだったら、ギャラ半額、チケットも半額とか。 (註) 小見出しのTears Of My Tracks は、「トラック(カラオケ)でやってるライヴに悲しみの涙」というニュアンスです。Money (That’s What They Want)は、「彼らが欲しいものは金」という意味。どちらも彼らがこの日歌った作品からとってあります。 ■ 今後のツアー予定 2008年5月16日(金) 日本武道館 5月18日(日) 福岡サンパレス 5月19日(月) 長崎ブリックホール 大ホール 5月21日(水) 神戸国際会館こくさいホール 5月24日(土) 大阪国際会議場 … Continue reading

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◎ウルビーノのヴィーナス・鑑賞

◎La “Venere Di Urbino” 【ウルビーノのヴィーナス・鑑賞】 ギリシャ型 ソウル・サーチン美術部、久々の開催。2-3日寒い日が続いたが、この日はすっかり晴れて日中は若干汗ばむほどの上野の森。岡先生の解説で「ウルビーノのヴィーナス」展を鑑賞に。学生時代美術部だったK夫妻、Sちゃん、Kちゃん、岡先生。K氏が美術部だったとは知らなかったあ。本日は蝶ネクタイで登場。「(美術展用の)コスプレです」。名探偵コナンのようだった。(笑) まもなく最終日ということもあってか、かなり混みあっていた。絵画、彫刻、アクセサリー小物など全70点余。ヴィーナスを切り口にさまざまな作品が展示されている。それにしても、こんなにヴィーナスの絵があるんだ。僕が知ってるのはせいぜい「ミロのヴィーナス」くらいだが。 今回のテーマ「ウルビーノのヴィーナス」(ティツィアーノ・ヴェチェリオ作=1538年)は、ウルビーノという画家が描いたのかと思っていたら、違った。ウルビーノはウルビーノ公という貴族の名前で、ウルビーノ公が所蔵していたヴィーナス、ということらしい。 この頃、絵はお金持ちが画家に注文をだして、描かれていた。この注文主グイドバルドは1538年に、ティツィアーノに一言「裸の女」とだけ書いて注文した。描かれている後ろの侍女らは、ヴィーナスの洋服をあわてて探している様子を描いているそうだ。 [ウルビーノのヴィーナス(カタログIII-4) 印象に残るのは、やはり大きな絵だ。「こういう絵は、お金持ちの家の玄関とかにど~んと飾られてたんですか」 岡先生解説。「いえいえ、こんなヌードの絵は誰もが目に付くところなんかにはおきません。そもそも裸の女性の絵なんていうのは、当時でも不謹慎なもので、こうした絵は豪邸の一室にひそかに飾られ、誰か親しい友人なんかが来たときに、そっと見せたりするものなんです。秘め事ですよ。また、裸婦は基本的にはよくないんですが、これがギリシャ神話にでてくる女神のヴィーナスだから、許される、ということがあったんですね。神様だから裸を描いてもいい、という考え方です。だから、これだけ多くのヴィーナスが描かれたわけです」 へええ。やはり当時もヌードはだめだが、ヴィーナスの名の下にそれがなんとか許された。だから、ヴィーナスを想定させるヴィーナスとの関連物が必ず描かれるという。例えば、キューピッド、そして、キューピッドが持つ矢、鳩、バラなどなど。ヴィーナスはヌードを描く免罪符だったわけだ。 「ヴィーナスとキューピッド」(ポントルモ作・ミケランジェロの下絵による=1533年頃)のヴィーナスは筋肉隆々。ここには二種類の愛、卑俗的な愛と神聖な愛が描かれ、通俗的な愛だと苦しんで、痛い目にあうぞという示唆を含んでいるそうだ。この絵に限らず、キューピッドはあちこちに登場。黒猫みたいな絵も、隠し絵的にあったりして、本物を間近に見ると発見新たで楽しい。 [ヴィーナスとキューピッド(カタログIII-3)] 岡先生、ノンストップで約3時間。「今日は、途中で怒られませんでしたね」「そうですね、随分ソウル・サーチン美術部も板についてきました(笑)」偶然来ていた先生の別の生徒さんから声をかけられていた。何度来てるのかなあ。  講義の途中、ヴィーナスの足(カタログI-6 メディチ家のアフロディテ=メディチのヴィーナス・大理石像からの石膏複製)を指し、「このあたりのフォルムが後のヴィーナス像の基本形になるんです」と説明。その後、足のフォルム(膝から下、特に親指より人差し指の長い指がギリシャ型でよいなど)に関する熱い解説が続き、実は、先生、足フェチであることが発覚した。「大好きなんです(ギリシャ型)」と告白。学生時代には、学校のとある女子の足のフォルムに惚れ、石膏で型取りして、模型を作り飾っていたそうだ。かつての足フェチが今や美術部の先生です。ブラヴォー! 今日のテーマ曲。サム・クックの「キューピッド」。次回はモディリアーニ展かな。 ■ 過去記事・美術部 October 10, 2007 Philadelphia Museum of Art Exhibition Begins Today 【フィラデルフィア展・今日から】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002075.html November 16, 2007 The Appreciation Of Philadelphia Museum … Continue reading

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◆ガッツ~雨男返上

◆Gatz Live At Blues Alley : He Isn’t “Rain Man” Anymore 【ガッツ~雨男返上】 多彩。 「雨は止みました!」 開口一番、ガッツはそう言った。過去1年ほど7回のライヴのうち5回は雨、内1回は台風、とすっかり雨男の異名を取ってしまったガッツ。今日も昨日まで台風が近くにきていただが、見事に去っていった。 ガッツのブルース・アレーでは、1月以来、またアコースティック・ヴァージョンでは3月のコットン・クラブ以来のライヴ。今回はフル・バンド。バンドは、回数を重ねるごとにタイトになっていく。バンドマスターでキーボード、ハーモニカを担当する西脇さんによれば、「やっぱり、(これだけやってくると)楽譜を追うのではなくて、音楽を一緒にやって楽しむという感じ、一体感がでてくるからよくなってくるよね」とのこと。おっしゃるとおりだと思う。 ほぼ満席に近い感じで、新曲3曲を含めたセット。新曲もいい感じ。これまで何度か聞いた「真夏の海」なんか、ほんとよくできた曲だと思う。「エクスキューズ」では、ジョージ・ベンソン風ギターとシンクロしたスキャットが楽しい。「グレイト・エスケープ」では、下野さんのベースが炸裂、各曲での見所もそつなく作っている。「ウェイク・アップ」でのギターを従えた歌いっぷりは、ちょっとラウル・ミドンをも思わせた。ジョージ・ベンソン、ラウル・ミドン、スティーヴィーと、なかなか多彩な顔を見せる多才なガッツだ。 ■ 過去記事 April 01, 2008 Gatz Debut At Cotton Club http://blog.soulsearchin.com/archives/002424.html January 29, 2008 Gatz Live At Blues Alley: Tons Of Sparkling New Songs … Continue reading

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★レイラ・ハザウェイ~ダニーに抱きしめられて

★Lalah Hathaway : Standing In Her Own Light 【レイラ・ハザウェイ~ダニーに抱きしめられて】 解釈力 2006年2月以来、2年3ヶ月ぶりの来日。前回来日の後、ついこの5月3日に日本先行でレイラの新作『セルフ・ポートレイト』(全米は6月3日発売)がリリース、その新作からの曲も交えながらのライヴとなった。 バンドは、ドラムス、ギター、ベース、キーボード、コーラス2人の6人にレイラという布陣。レイラの歌声はいつもながらに素晴らしい。僕はなにより彼女のこの低い声が大好き。 この日、下記セットリストでもっともよかったのは、ルーサー・ヴァンドロスの「フォーエヴァー・・・」、そして、スタンダードの「サマータイム」。ここでのスキャットなんかは(バックコーラスとのやりとりも含め)、シンガーとしての底力を見せる。やはり楽曲の解釈力がひじょうにあるので、いい楽曲にめぐり合うと、そのシンガーとしての素晴らしさが突出する。 しかし、前回ライヴ評でも書いたが、1曲が各ミュージシャンにソロパートを与えすぎるあまり、長くなりすぎる。75分程度で9曲なので実質1曲あたり8分を超える。全部5分以内にまとめるとすばらしいものになるだろう。1曲5分にしたら15曲歌える。もちろん1-2曲でソロパートを与えるのはいいと思うが。 僕は彼女がジョー・サンプルと作ったアルバム『ソング・リヴズ・オン』が彼女の最高傑作だと思う。あのちょっとフュージョンがかりながらも、ソウルフルな魅力がちりばめられている、あのさじ加減がパーフェクトなのだ。最新作も概ねその路線を意識したものだと思うが、CDがあれだけいいだけにライヴもより高みを求めてしまう。ライヴでは若干曲調が単調になり、一本調子になる。各曲はレイラのパフォーマンスも悪くはないと思うので、おそらく曲の並べ方に一考の余地があるのだろう。セットリストの命は、曲順だ。たぶん、ある程度のセットリストを決めておき、その場でのりで曲順を決めている。また、この日は観客ののりもおとなしかった。 刺青(いれずみ) さて、ライヴ後はサイン会も。かなりの人がCDを持って並んでいたが、すごい人に出会った。なんと、ファンの1人が右腕にダニー・ハザウェイの見事な刺青をしていて、それをレイラに見せたのだ。彼の名はタカさん。最初、ダニーのベスト・アルバムを聴いて衝撃を受け、それから彼のアルバムをすべて揃えて聴き込んでいるという。歌手ではないが、好きでよくカラオケなんかで歌ったりはするそうだ。目黒の刺青師のところで4時間ほどかけて彫ってもらった。この顔のもとになったのは、レコードなどにある写真。そして、絵の下に、[Someday We’ll All Be Free]と文字が書かれている。 [レイラとタカさん] レイラもこれには驚き、一緒に写真を撮って!と盛り上がった。今回のツアーにレイラは母を連れてきていた。「ママを呼んで」とレイラはスタッフに告げた。そしてママもこれを見てびっくり。 [レイラのお母さんとタカさん] レイラのライヴは? とタカさんに聞くと、「初めて」とのこたえ。「当然、ダニーのライヴは見たことないですよね」 「はい、生まれてませんから。彼が亡くなったのは79年でしょ。僕は83年生まれです」 彼は新宿のバーで仕事をしている、と言った。「ソウル・バーですか?」と尋ねると、「いえ、普通のバーです」と答えてくれた。 [Donny On His Arm] ■ レイラ・ハザウェイ過去関連記事 February 04, 2006 Lalah Hathaway: Some Songs Were Too … Continue reading

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▲深町純・布美子さん結婚パーティー

▲Fukamachi Jun & Fumiko Wedding Party 【深町純・布美子さん結婚パーティー】 祝福 ピアニスト深町純さんが、同じく音楽の先生でもあり「おのふみこ音楽教室」を主宰する布美子さんと4月にイタリアで挙式、そして結婚披露パーティーが5月12日(月)、品川プリンスホテルのステラ・ボールで行われた。 それまで「結婚などしない」と言い張っていた彼がその言葉を反故にしたその理由の説明会、と深町さんはこの会を位置づけたそうだ。(笑)  深町さんと関連のあるミュージシャン、シンガーの方たちが次々とステージにあがりパフォーマンスを見せた。河口さんは大ヒット「さくら」などを歌った。彼のCDで深町ピアノが聴かれる。大島さんは、深町さんのお店FJズなどでもライヴを行っているが、布美子さんの生徒さんたちとともに「君の仲間」などを、さらにゴスペルを歌う亀淵さんは、深町さんと即興で「お題拝借」で歌った。観客から「お題」を募集したところ、「大好き」という言葉がでて、その場で曲を作った。これは、即興でできたものとしてはなかなかのものだった。さらに、「ブーム」の宮沢さんが大ヒット「島歌」をギターの弾き語りで、最後に深町さんが布美子さんのために書いたという曲「君」を歌った。これだけ出し物があると、結婚パーティーというより、ほとんどコンサート・ライヴだ。(笑) 布美子さんの両親への手紙(いつも支えてくれたお母さんの話、お父さんのお茶で元気になれた話)、深町さんの結婚した理由(こんなに僕と結婚したいと強く言ってくれたのは布美子さんしかいない)など、聴き物だった。特に手紙は、下條アトムさんが読んだが、あの「ウルルン」さながらの名調子で感動の渦を巻きおこした。 深町さん、布美子さん、ご結婚おめでとうございます。末永くお幸せに。 最後にいただいたお土産には心のこもった手書きのカードが添えられていた Setlist : Fukamachi Jun & Fumiko Wedding Party @ Stellar Ball, May 12, 2008 Party started 19:00 司会 下條アトム 01. さくら(河口恭吾) 02. 私のすべて(河口恭吾) 03. サファイア(大島花子) 04. 君の仲間(悲しみの後に) (大島花子+子供たち) … Continue reading

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■モーリス・ベジャール追悼特別公演

■“In Memory Of Maurice Bejart” 【モーリス・ベジャール追悼特別公演~東京バレエ団】 倍増師 いろいろなご縁と幸運がつながり、ところてん式に東京バレエ団のモーリス・ベジャール追悼特別公演を観劇させていただくことになった。(Aさんが取ったチケットが、Aさんが行けなくなり、Bさんに渡され、Bさんが行けなくなり、僕の手元に舞い降りた) モーリス・ベジャールはフランスのバレエ振付師で、多くの作品を残し、昨年(2007年)11月22日に80歳で死去した人物。その彼の作品を、1964年に創設された日本を代表するバレエ団、東京バレエ団のメンバーが追悼公演ということで演じた。 僕はこういうバレエを見るのは初めて。ダンスは、ポピュラーなものであれ、ヒップホップ的なものであれ、見るのは大好きなのだが、やはり、一言で感想を述べるなら、人間の肉体の動きには不可能はない、ということ。本当にダンサーのみなさんは、よく体が動く。また肉体そのもの美しさが、動きとともに倍増する。振付師とは、まさに美の倍増師だ。そして、このモーリス・ベジャールという稀代の振付師の振付は圧倒的に感じた。 圧巻だったのは、3つ目の演目「春の祭典」。冒頭、20人以上のダンサーが床にうつぶせになっていて、彼らが1人、2人と起き上がっていく。「春の祭典」というだけあり、何かが始まる「春」の訪れ、そこから表現されていくものが実におもしろい。こういう動きとか、踊りそのものを見ていると、たとえば、マイケル・ジャクソンなんかこういうものを見て、ものすごくインスパイアーされて自分のダンスに取り入れているんだろうなと思う。 これは、モーリス・ベジャールが鹿の発情、鹿の交尾を描いた映画を見てインスピレーションを得て、振り付けを作った、という。パンフレットのモーリスのコメントによれば、「春とはいったい何であろうか。春は突如として沸き起こり、植物、動物、人間それぞれの世界を燃え立たせる。このバレエ作品が、肉体の深淵における男女の結合、天地の融合、春のように永遠に続く生と死の賛歌とならんことを」とのこと ここで生贄(いけにえ)でソロを演じる吉岡美佳さん、あるいは、「ギリシャの踊り」で2人で演じる上野水香さんらはやはりオーラがあり、輝いている。バレエを見るのが素人の僕でも見惚れた。 ■ セットリスト (主な配役)上野・東京文化会館大ホール 2008年5月10日(土)  東京バレエ団<モーリス・ベジャール追悼特別公演>「ギリシャの踊り」「火の鳥」「春の祭典」 Setlist: Danses Grecques, L’loiseau De Feu, Le Sacre Du Printemps / The Tokyo Ballet 2008 @ Ueno, Tokyo Bunka Kaikan, Dai-Hall (各演目の間には20分程度の休憩あり) 【振り付け モーリス・ベジャール】 「ギリシャの踊り」 … Continue reading

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●山下達郎・アコースティック・ミニ・ライヴ・セットリスト

●Yamashita Tatsuro Acoustic Mini Live @ Hamarikyu Asahi Hall 【山下達郎・アコースティック・ミニ・ライヴ・セットリスト】 公開  5月6日の夜の部に行ったミニ・ライヴ。5月10日の大阪終了までセットリストの公開は自粛して欲しいという小さなお願いがあった。大阪が終了したので、セットリストとレポートをお届けします。 冒頭、いきなり、CM(ジャックス・カード)がでてきて、なんか映画館でロードショー映画を見る感じになった。(笑) そして、達郎さんのアーカイブ映像から2曲。彼は自身の多くのライヴを、「記録用」に映像で録画している。この5月6日も、おそらく3台(見えないところにあれば、それ以上)のテレビカメラが入っていて録画していた。ただこれは将来DVDとかにして売ろうということはまったくないらしく、あくまで「記録用」。それと、こうしたライヴでお客さんに見せるために押さえているという感じらしい。 これらの映像が出てきた瞬間、客席から「おーっ」という声や、「若いっ」という声なども聴こえた。 ステージに登場後は、曲紹介、歌と演奏で次々と進んでいく。途中でおもしろかったのが、「今日、初めて山下達郎のライヴに来た人、手をあげて」と言ったら、半分までは行かないが、けっこうな数、3分の1以上は手をあげた感じがした。 彼も言っていたが、この編成(ギター、ベース、ピアノ)だとへたをするとフォークっぽくなってしまうが、きっちりとロックしている。また、この編成でできる曲、できない曲がある、という。アコースティックでできそうだなと思ってリハをしても、ぜんぜんだめだったり、これは難しいだろうと思っても意外とよかったりする曲がある。結局、やってみなければ、何もわからない、ということだそうだ。 そして、通常のライヴでも途中にはさむ「アカペラ・コーナー」を今回も3曲。もちろん、自身の声で作ったアカペラ・カラオケで歌う。 アカペラ3曲(6曲目、7曲目は、それぞれアカペラの中でもベスト・オブ・ベストとのこと)を終えて、次の曲の紹介を少し長めのトークで。「自分は政治とは一線を引くようにしてきた。だが前回5年前アコースティック・ライヴを(東京FMホールで)やったときに、ちょうどアメリカのイラクへの戦争が始まり、急遽そのときやった曲です。自分はこの曲がでたときにものすごく衝撃を受けた。それは、1番の歌詞は反戦を歌っていたが、2番では髪の毛が長いからって悪いって決め付けたりしないでくれ、というところがあったりして共感した。自分も髪の毛が長かったから」(大意) そして、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」と「蒼氓」を2曲続けて。 人前にでて歌うのは、5年ぶりくらいになる、という。ずっとツアーにはでたいと思っていた。そして、「ま、今日のは(本格的ライヴへの)リハビリみたいなものです(笑)」と告白した。どうやら12月までに正式なライヴをやるようだ。 「ライド・オン・タイム」の後半では、マイクから離れ少しステージの後ろに行き、ノー・マイクで歌った。会場も狭かったので、このノー・マイクでもその力強い歌声がよく響いた。 アンコール1曲歌った後、「オマケです」と少し照れながら紹介して出てきたのが、竹内まりやさん。会場から一斉に歓声があがる。「リハなしで歌えるのはこれだけなんです」と言って、「レット・イット・ビー・ミー」。それまでにない拍手を集めていた。というよりも、後半になればなるほど、どんどん拍手が熱くなっていった。 彼の通常ライヴは3時間半を超えるものになる。だから、2時間やっても「ミニ・ライヴ」なのだ。本格的ライヴが今から楽しみだ。 ■ 5月6日の感想文その1 May 07, 2008 Yamashita Tatsuro Live At Hamarikyu Asahi Hall 【山下達郎~素晴らしき人生】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002493.html 「ホワッツ・ゴーイング・オン」について 2002/10/22 (Tue) What’s … Continue reading

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⊿JAL機内放送

JAL “Soul Number 1 Hits”: Absolutely On The Air 【JAL機内放送でソウル・ナンバー・ワン・ヒッツ】 オン・エアー JALの機内放送には50チャンネル以上の映像、音声プログラムがある。その中で、「ソウル・ナンバー・ワン・ヒッツ」というプログラムの選曲・構成をオッシーに誘われ担当した。ソウル・チャートでナンバー・ワンに輝いた作品ばかりを1960年代から2000年代までうまくバランスをとって選曲。誰もが楽しめるおなじみの曲ばかりだと思う。さて、制作面ではこれが通常のラジオ番組の選曲・構成とは一味もふた味も違った。そのナレーション録音があった。 まず、台本での表記、読みがひじょうに厳格だ。DJは、以前東京FMの番組などで顔をあわせているDJリッチー。日本語ぺらぺらの彼である。たとえば、マーヴィン・ゲイのあの大ヒット曲は、日本語で言うと「ホワッツ・ゴーイング・オン」。「ワッツ」ではなく、「ホワッツ」。英語ならWhat’s Going On でいい。 Supremes は、英語的な発音だと、「スプリームス」。ところが日本のレコード会社の表記は、「シュープリームス」。しかも、ややこしいことに、レコード会社も時代によって表記を変えている。最初は「シュープリームス」、それから「スプリームス」、そして、最近はまた「シュープリームス」。機内誌に曲目アーティスト名などが印刷されるので、正確を期さないとならない。 Whitney は日本語読みだとホイットニーだが、英語では「ウィットニー」だ。日本語のナレーションは、日本語風に、そして英語のナレーションはネイティヴぽく。Philadelphia などの発音を日本語っぽくフィラ・デル・フィアと言おうとすると、英語ネイティヴのリッチーは逆につっかかってしまう。 今回は選曲されていないが、Loleatta Holloway なんてどうしましょう。当初のレコード会社の表記は、「ロリータ・ハロウェイ」。「ロリータ」が発音も、表記も一番近いのだが、一時期レコード会社がこれをわざわざ誤って「ロレッタ」とした。 今回初めて知ったのだが、JALは、英語読みでは「ジャル」ではなく、「ジェイ・エイ・エル」と読むそうだ。日本語では「ジャル」でいい。ローカル・ルールでそのように統一しているという。 この番組は2008年7月1日から8月末日まで、JALの「マジック3」という音響映像機材が積み込まれている機種・路線で流れる。主にヨーロッパ、アジアに就航しているという。 オッシーと現場で、「じゃあ、7月になったら、これを聴きにアジアかヨーロッパに行きましょう、行きましょう」と言って盛り上がった。 「放送」という言葉は、英語で「on the air」あるいは「on air」。つまり、電波が「空気の上に乗る」というニュアンスだ。この番組は、飛行機の上で聴くことができるので、正真正銘「オン・ジ・エアー」! 夏休みJALにお乗りの際は、ぜひ「ソウル・ナンバー・ワン・ヒッツ」のオン・エアーをオン・エアーでチェック! ENT>ANNOUNCEMENT>JAL Soul Number 1 Hits

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△木下航志、ライヴ、テレビ再放送

△Kishita Koushi: Up Coming Live & TV Rerun 【木下航志、ライヴ、テレビ再放送】 告知。 昨日5月8日が19歳の誕生日だったソウルフルなシンガー・ソングライター、木下航志くんの告知を3本。 まず、2004年にNHKで放送され大きな話題となったドキュメンタリー番組『響けぼくの歌 ~木下航志 14歳の旅立ち~』がNHKハイヴィジョンで2008年5月16日(金)14時から再度放送される。 NHKでは、航志くんのドキュメンタリーを2本制作したが、これはその2本目。これを見た感想文が下記↓ 2004/04/30 (Fri) Kishita Koushi: 14-Year-Old Genius, I’d Call Him “Little Koushi” http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200404/diary20040430.html また、2003年12月に彼に最初に出会ってから、2007年の品川教会まで、そこへ至るまでの記事。 August 30, 2007 Kishita Kohshi Live At Shinagawa Church: Can I Get A Witness? … Continue reading

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▼ミシェル・ンデゲオチェロ・ライヴ

▼Meshell Ndegeocello Live 【ミシェル・ンデゲオチェロ・ライヴ】 前衛。 ロック、ジャズ、ファンクなどの要素を取り入れたアーティスト、ミシェル・ンデゲオチェロのライヴ。ドラムス、ギター、キーボード、ベースにミシェルという5人がオンステージ。ミシェルは自身でもベースを弾き、少し歌う。ときにダブル・ベースとなる。 彼女は1993年にファースト・アルバム『プランテーション・ララバイ』をマドンナが始めたレーベル、マーヴェリックからリリース。その翌年初来日した。会場が池袋かどこかの珍しいところで、客がほんの数人しかいなかったことを覚えている。ファーストは日本でもほとんど一部でしか注目されなかったから、まあ、しょうがないか、と思ったが。宣伝もされていなかった。 1968年8月ドイツ生まれ、アメリカ・ワシントンDC育ちのアメリカ人。同地のゴー・ゴー・バンドで腕を磨き、その後ニューヨークに出て、よりロック的なアプローチをするようになった。 この日のライヴは、全編ロック色だった。それもかなり前衛っぽい。(前衛っていう言葉もあってるのか、どうか) アルバムも8枚でているが、僕は3枚しかもってなかった。一番かっこよく思えたのだが、ドラマー。さまざまなスタイルをいろいろに演じる。リズムもいいし、かなり強力。バンドメンバーの個々の力量はあるようだ。ただし僕には、どの曲も、演奏を聞かせたいのか、楽曲を聞かせたいのか、曲のメッセージを伝えたいのか、バンド・ユニットとしてのサウンドを聴かせたいのか、そのあたりの焦点がしぼれていないような感じがした。 一番おもしろかったのが、おそらく8曲目あたりで、スローっぽく曲は進むのだが、なにかのキューをきっかけに突然ドラマーが狂ったようにプレイする。スロー、狂ったように、スローとあり、「世界のナベアツ」がドラマーに乗り移ったかと思った。きっと、あの狂ったようにプレイするところは、「3」なんだろうな。(笑) 以下にもらったセットリストを記すが、どの曲をやって、どの曲をやらなかったかは不明。僕も一曲もわからないというのは、初めてだが、一応、参考までに掲載する。過去8枚のアルバム曲と照らし合わせると、既存アルバムからの曲が、1、10、11の3曲だけのようで、残りは新曲か出所不明。となると、やはり、各曲の簡単な解説が欲しいところ。「次の曲は、新作アルバムに収録予定の曲~」とか、「現在、制作中の実験曲です」とか。 ■ メンバー ミシェル・ンデゲオチェロ/Meshell Ndegeocello(Vocals/Bass) クリス・ブルース/Chris Bruce(Guitar) ジェイソン・リンドナー/Jason Lindner(Keyboards) マーク・ケリー/Mark Kelley(Bass) デントーニ・パークス/Deantoni Parks(Drums) ■ セットリスト(未完成) ミシェル・ンデゲオチェロ Setlist : Meshell Ndegeocello @ Billboard Live, May 7th, 2008 (setlist listed the song to … Continue reading

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▽山下達郎~素晴らしき人生:アコースティック・ミニ・ライヴ

▽Yamashita Tatsuro Live At Hamarikyu Asahi Hall 【山下達郎~素晴らしき人生】 リハビリ いろいろなご縁と幸運があり、山下達郎さんのアコースティック・ミニ・ライヴを見ることができた。これは2008年5月5日と6日、浜離宮・朝日ホールで昼・夜2回ずつと、大阪で5月10日に2回の計6回行われるもの。CD購買者から抽選で当選した人、また6日夜の部は達郎さんのラジオ番組『サンデイ・ソング・ブック』(毎週日曜午後2時~・東京FM系列全国ネット)で募集し当選した人たちへの無料ライヴ。会場の規模が小さいために小編成(ギター、ベース、ピアノ)でのアコースティック・ライヴとなった。 セットリストなどはネットに書かないで欲しい、という達郎さんの意思を尊重しここでは詳細は省くが、この2時間余に感じたこと、僕がインスパイアーされたことを書いてみたい。なお、セットリストを書かないでというお願いを、彼は6日の夜の部では言い忘れた。ただ、セットリストは大阪終了後には公開できると思う。 僕が彼の音楽を知ったのは1979年かその前年ごろだと思う。その頃の僕はソウルのレコードに熱中していて、アメリカからのソウルのシングル盤やアルバムをかたっぱしから買っていて、ほとんど日本の音楽には目を向けていなかった。 そんななか、1979年に僕は西麻布の「トミーズ・ハウス」という店に出入りするようになり、1980年にはそこで週2回DJを始める。そこのオウナー兼DJのトミーが実に音楽に対してセンスがあり、普通の洋楽曲にさらりと日本のポップス(歌謡曲ではなく、洋楽に強い影響を受けているもの)をまぜてかけていた。そこに山下達郎の一連の作品があった。たぶん、彼のソロ、それからシュガーベイブ、その周辺アーティスト作品などをかけていたのだが、ずいぶんここでそれらの曲を覚えた。 なによりも強烈に覚えているのが、これは一度書いたが、この店のクロージング・テーマが山下達郎の「ラスト・ステップ」(1976年『サーカス・タウン』に収録)だったということだ。毎日閉店時の午前3時になると、これがかかり、暗かった店内の照明が明るくなる。だから、僕はこの曲がかかると、トミーズ・ハウスが少し薄明るくなり、客の残したごみや汚れが姿を見せ、散らかった感じが浮かび上がってくる映像がフラッシュバックする。 その頃感じたのが、「ここまで洋楽寄りの日本の音楽って、一般には売れないだろうなあ」というものだった。実際ニューヨークでチャーリー・カレロといったアレンジャーを起用して制作した作品は、カラオケだけだったらもろ洋楽だ。いってみれば、彼の音楽は日本の音楽シーンの中ではかなりの「カウンター・カルチャー」だったような気がする。あるいは、メインストリームに対するオルタナティヴだ。一部の熱狂的なファンを作るが、それが一般受けするとはとても思えなかった。 ところが時代は急速に変化していく。1979年、ソニーがウォークマンを発売。音楽がオーディオルームから外に飛び出す。車にカセットテープのカーステレオが搭載される。そして、1980年「ライド・オン・タイム」は、CMに使われ、見事な大ヒットとなる。 さらに、1980年12月8日、ジョン・レノン暗殺。このニュースはNHKの『7時のニュース』や朝日新聞の一面で取り上げられ、それまで洋楽アーティストや洋楽というものが、あくまで一部の人たちのものであったのが、一挙に市民権を得る。この年には、田中康夫の小説「なんとなくクリスタル」が大ヒット。これも、それまでだったらカウンター・カルチャーだったものが、オーヴァーグラウンドになったものだった。ここにもたくさんの洋楽アーティストのレコードが出てきていた。 こうした背景から、僕は1980年という年が、あらゆるところで、それまでアンダーグラウンドだったものが、オーヴァーグラウンドにメジャーになっていった年だと感じている。ある意味で、後に言われる「Jポップ」の誕生年としてもいいのではないか、とさえ思う。山下達郎とその音楽も、それまで一部の洋楽マニアの間だけで受け入れられていたものが、広く一般に浸透し始めた。彼の音楽のルーツにはご存知の通り、アメリカン・ポップスだけでなく、アメリカのソウル・ミュージック、さらにドゥワップなども厳然とある。だからそうしたものの影響があり、彼のフィルターを通したそうしたブラック・ミュージックの部分に、ソウルしか聴いて来なかった僕が反応したとしてもおかしくはない。特にアカペラ・アルバム『ストリート・コーナー・シンフォニー』が登場したときには度肝を抜かれ、これがアメリカで出たらそのソウル・シーン、ポップ・シーンでどのように受け入れられるか、ものすごく興味を持った。 僕は1980年か翌年、中野サンプラザに初めて彼のライヴを見に行った。日本のアーティストのものをサンプラザに見に行ったのはそれが初めてだった。だから27~8年ぶりの山下達郎ライヴということになる。 彼がギター片手に歌っている間、そんなことに思いを巡らせていた。そして、彼の音楽に対する真摯な姿勢、まじめにストイックに追及してきている様に感銘した。彼がやってきていることは、1970年代の半ばから、つまり最初から30年以上経った現在まで、まったく軸がぶれていないのだ。しかも、いわゆる「ザ・芸能界」的な部分とは一線を画し「アーティスト」としてしっかり地に足をつけて活動している。それは信念といってもいいだろう。強い信念は立派な道を作るのだ。 彼の言葉の中でものすごく印象に残ったことがある。ネタばれになるが、これだけは書いておきたい。「僕は音楽が政治や世界を変えられるなどとは一度も思ったことはないんですけど、音楽で、人々の気持ちや心を癒せたり、慰めたり、励ますことができるのであれば、そうしていきたい」(大意)。素晴らしい。その通り。完全に同意する。 彼が歌った曲を聴いていると、本当に職人ソングライターだなあ、と強く感じる。あるいは職人シンガー・ソングライター、といってもいいかもしれない。それは、イチロー選手、王選手などに通じる天才肌の職人だということである。多くの人は、イチローや王を「天才」というが、僕はそれ以上に努力の人、努力を積み上げに積み上げて、一見「天才」に見せてしまう、そういうことをやってのけてしまう人物に思える。もちろん基本的な才能は他の選手よりもはるかにあるだろう。彼らより身体能力のある選手はいくらでもいるはずだ。だが彼らが抜きん出ているのは、その基本的な身体能力以上に、努力であり、徹底的な追及であり、切磋琢磨なのだ。山下達郎もそうだ。 そしてなによりも、この日、もっとも強く感じたのが、彼自身がこの音楽をやることを楽しんでいる様が手に取るようにわかったことだ。「これまで自分が書いた曲は270曲くらいですが、やはりその中には、出き、不出来があって、思いいれのある曲、歌いたいと思う曲がでてきます。昔は(ライヴで去年と)また同じ曲をやるのかと、来ているお客さんにしかられたりするので、いろいろ考えましたが、最近は歌いたい曲は素直に歌おうかなと思うようになってきました」(大意)といったところに、純粋に自作曲を演じて楽しむ、楽しんで歌うことへの渇望が読み取れる。もちろん、彼が言うように古い曲ばかりやっていたら、オールディーズの歌手になってしまうが、「もう少し前に進みたいんで」という気持ちもあるので、そのあたりはバランスをとってくれるのだろう。 自分が好きなこと、音楽だけを、自分の好きなようにやってきて、ここまで来られている。「売れない、多くの修羅場をくぐって」今、この地に立つ。こんな素晴らしい人生はないではないか。しかも美しい奥さんまでいて。まさにそれは「バラ色の人生」だ ■ メンバー 山下達郎 (ギター、ヴォーカル、パーカッション、鉄琴) 伊藤広規 (ベース) 難波弘之 (ピアノ) ■ セットリスト 山下達郎 Setlist : Yamashita Tatsuro @ Hamarikyu Asahi Hall, May … Continue reading

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☆ナニワ、東京に参上

☆Naniwa Express Live At Blues Alley : Show Must Go On 【ナニワ、東京に参上】 超満員 『ソウル・パワー・サミット』のホストバンドでもある大阪のナニワ・エクスプレスのライヴ。会場のブルース・アレーは超満員で、階段のところまで立ち見が。しかもこの日は2ステージ、入れ替えだ。機材トラブルで約40分遅れてスタート。基本はドラムス、ベース、ギター、キーボードの4人編成。ここにゲストでゴスペラーズの村上、酒井両氏にズーコが入る。それにしても、ベースの清水興さんのだみ声がすごい。よく通る声のMCで、さすが大阪ということもあって、ぬかりなく笑いを取る。 結成31年になって、興さん「『最近、あの~~ナニワをやってられた興さんですよね~』と言われたりする。『まだ、やってるっちゅうねん』!」。(爆笑) インスト曲は、ナニワの作品。70年代から80年代の、打ち込みでは決してでてこないフュージョン風サウンド。これにちょっとグルーヴの香りをふりかける感じ。途中「ナニワのルーツ」のコーナーではメンバーそれぞれの思い出の曲をカヴァー。 アンコールのスライ&ファミリー・ストーンの「サンキュー」の途中では、ジェームス・ブラウンの「セックス・マシン」や、KCの「ザッツ・ザ・ウェイ」、クール&ザ・ギャングの「ジャングル・ブギー」などをはさみこんだ。 ブルース・アレーに来る前に神戸の老舗ライヴハウス「チキン・ジョージ」が、4度目のリニューアル・オープンしたそうで、彼らはそこで3日間6ステージを杮落とし(こけらおとし)としてこなしてきた。そこでは、ワイン、シャンペーン200本、ビール90ケースが空いたと言う。すごい…。 ■ メンバー NANIWA EXPO 2008 (B)清水興 (G)岩見和彦 (Key)中村建治 (Ds)東原力哉 ★Special Guest (Vo)村上てつや、酒井雄二(from ゴスペラーズ)、ズーコ ■ セットリスト ナニワ・エクスプレス Setlist : Naniwa Express @ Blues Alley,  May 5th, 2008 (セットリストは、日とセットによって違います) Second … Continue reading

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○シーラE・ライヴ

○Sheila E. & Friends Live At Blue Note 【シーラE・ライヴ】 プリンス。 やはり、シーラEは、プリンスの曲をやると、抜群に映える。前回のライヴが、女性メンバーばかりのC.O.E.D(コード)だったので、2曲目に「ゲット・オン・ザ・ボート」をやられたのにはまいった。(笑) 確かにコードは、実験的ではあり、シーラEのミュージシャンとしての立ち位置などもいいのだが、やはり体は、プリンスをやるシーラEを欲している。反応は正直なのだ。(笑) 「ゲット・オン・ザ・ボート」はしばらく前からやっているそうだが、シーラ曰く「もう、まるで私の曲みたいに感じてるわ」とのこと。 すっかりドラマーになったシーラ、そのほかのミュージシャンとの自由なジャムもお手の物。彼女の大ヒット「ラヴ・ビザール」では、途中に「スーパースティション」のフレーズをちりばめたり、ピアノ、ギター、ベースなどにソロ・パートを与えたりして、自由度の高いジャジーなアレンジを見せる。最後は、この曲をスローにして終えた。 確実でいつも抜群ののりを見せるベースは、レイモンド・マッキンリー。しばらく前に、アン・ヴォーグ、ラサーン・パターソンでも来日していた。シーラはメンバー紹介の時に、「25年来の友人」とレイモンドを評した。また、ケネス・クラウチもシェリル・リン、ラサーン・パターソンで来日。このあたりのメンバーはまちがいない人選だ。 「今日のシーラEのスペシャル・ドリンク、飲んでいる人、いるかしら? あ、いたわ。では~」といってその人のところに行き、乾杯し、ドラム・スティックをプレゼントした! もうひとり、そのドリンクをオーダーしていた人を発見したら、わざわざステージのドラムスのところに行き、スティックを取ってから、その人のもとへ。大サーヴィスだ。 ライヴが終わったら、ブレンダ・ヴォーンに声をかけられた。最初からいたらしい。ブレンダはもちろんオークランドつながりで、シーラやレイモンドたちとお友達。なんと、ブレンダから大ニュースが。9月の東京ジャズで、海外から来るとあるソウル・シンガーとデュエットすることになったそうだ。東京ジャズのラインアップは一部発表されているがそのシンガーはまだ、公表されていない。 下記セットリストは、レイモンドの手助けを得て作った。Thanks, Raymond! 次回彼に会うのは、来月ビルボードにやってくるココ(元SWV)、ニッキ(元ブラウンストーン)、シャニースの3人でのショーだそうだ。 ■ シーラEといえば、ファースト『グラマラス・ライフ』(1984年) The Glamorous Life posted with amazlet at 08.05.05 Sheila E. Warner Bros. (1987-07-16) 売り上げランキング: 35078 Amazon.co.jp で詳細を見る ■シーラE・ソウル・サーチン過去記事 August 11, … Continue reading

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◎安齋肇個展、最終日までに完成か?

◎Anzai Hajime Exhibition: To Be Completed By The Last Day 【安齋肇個展、最終日までに完成か?】 個展 イラストレーター、CMナレーター、デザイナー、そして、ソラミミストとマルチな活躍をする安齋肇さんが個展をするという案内をしばらく前にもらっていた。同じくデザインもし『ソウル・サーチン』のイヴェントにもコメンテーターで出てくれている岡さんから、「安齋さんの一緒に行きましょうよ」と誘われたので、行こうということになった。で、どうせ行くなら、安齋さんがいる日がいいなあ、ということで、いついらっしゃるか聞こうと電話してみた。すると~~、そこでソウル・サーチャーが聞いた言葉は? 「安齋さんがいらっしゃる日に行こうかな、と思って。いついらっしゃいますか? あれ、毎日は、(現場に)いらっしゃらないんですか」 「ええ、実はまだ作品が全部できてなくて、行くと『早く(作品)作れ』って怒られるのがオチで~。行けないんですよ… (トホな感じ、醸し出す)」 ええっ? まだ作品、全部できてないんですか。「ええ、まだ白いキャンヴァスだけのものとか、置いてあったり…(トホホな感じ)」 じゃあ、最終日に近いほうがいいかな。「そうですねえ、もしごらんいただけるんでしたら、最終日に近づけば近づくほどいいか、と」 じゃあ、最終日あたりに行こうかなあ。「あ、でも、(5月)16日から地方出張で、最後はいないんですよ」 が~~ん。個展は18日までだ。ということは16日以降には新作は追加補充されないんだ。(笑) では、15日あたりにおじゃましようかな。「実は、本当はできてなくちゃいけないTシャツのデザインも、まだできてないんですよ…(さらにトホホホな感じ)」。 しかし、個展期間中に作品作りに励むアーティストっていうのも珍しいもんだ。さすが、安齋さん! これは、一応パート1(PART HOY!)とパート2(PART HOY! HOY!)の2部構成になっているらしい。でも、きっと最終日になっても、完成しないんだろうな。(笑) ま、アーティストの作品作りの途中経過を見せるという個展もよろしいんじゃないでしょうか。 ■ 安齋肇オフィシャル・ウェッブ http://www.office-123.com/harold/index.html ■ 安齋肇個展2008「HOY! HOY! HOY!」】 期間 2008年4月25日(金)~5月18日(日) PART HOY! → 4月25日(金)~5月6日(火) PART HOY! HOY! → 5月7日(水)~5月18日(日) 会場 LAPNET SHIP(東京都渋谷区神宮前1-9-11-1F)電話03-5411-3330 http://www.lapnet.jp/ 入場料 無料 ENT>ANNOUNCEMENT>Anzai, … Continue reading

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◆アレクサンダー・オニール・ウィズ・シェレール・ライヴ

◆Alexander O’Neal with Cherrelle Live : Take Me Back In The Days 【アレクサンダー・オニール・ウィズ・シェレール・ライヴ】 キラキラ 有明エムザ(1989年2月、1990年2月=タブー・ナイツ)、武道館(1990年6月=タブー・ナイツ)、池袋芸術劇場(1991年10月)、渋谷クアトロ(1997年7月)、ヴェルファーレ(2002年12月、ダンスマンのイヴェントにゲスト出演)以来、おそらく7回目となるアレクサンダー・オニールの来日公演。エムザ、武道館がシェレールと一緒だったか。(来日履歴、そのほかの情報、訂正などがあればお知らせください)  彼ら2人がステージに上ると、それだけで、バブルの時代がよみがえってくる。まさにアレックス&シェレールは1980年代後半の何もかもがキラキラしていたころ、すべてを思いださせてくれる。しかも、アレックスとシェレールのCDを引っ張り出すと、ずいぶんと自分でライナーノーツを書いている。 この日、アレックスが歌った作品は全曲ジャム&ルイスがらみの曲。こうして聴くと、アレックスがジャム&ルイスのてがける男性シンガーとしては一番弟子というか、ナンバー・ワン・シンガーだったことがよくわかる。ほんと、「ブラコン」という看板が後ろでピカリと光っているようだった。 ちょっと足に不自由がある感じが気になったが、あの甲高い歌声は健在だ。以前見たときより、ちょっと痩せたかな。 5曲歌って、いよいよ盟友シェレールを呼び込む。デュエットでおなじみ曲2曲を歌うと観客の喝采もピークに。途中、シェレールとのヴォーカル・バトル風の部分もちらりと見せた。シェレールはアレックス以上に現役ばりばりでよく声がでていた。願わくば、シェレールのソロ・ヒット(「アイ・ディドント・ミーン・トゥ・ターン・ユー・オン」「エヴリシング・アイ・ミス・アット・ホーム」)あたりも聴きたいところだ。 バンドは若干あらっぽかったような気もするが、アレックスのパフォーマンスは予想外によかったように思う。 2008年、バブルから20年以上も経った今、彼らのステージはまさにバブルの残り香を漂わした。 ■メンバー アレクサンダー・オニール/Alexander O’Neal(Vocals) シェレール/Cherrelle(Vocals) フェイ・ジョーンズ/Fay Jones(BGV) マーク・ウォーカー /Mark Walker(Keyboards) ケビン・ブリグス/Kevin Briggs(Guitar/BGV) アンドリュー・キャンベル/Andrew Campbell(Bass) ビリー・オズボーン/Billy Osbourne(Drums) ■セットリスト アレクサンダー・オニール・ウィズ・シェレール  Setlist : Alexander … Continue reading

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★アメール・ラリュー・ライヴ

★Amel Larrieux Live At Billboard Live 【アメール・ラリュー・ライヴ】 可愛い 2006年10月コットンクラブ以来約1年半ぶりのアメールのライヴ。ドラムス、ギター(ベース)、アコースティック・ベース、キーボード、コーラスを従えてのパフォーマンス。少しジャジーで、若干のインプロヴィゼーションが入る。ところどころ、ミニー・リパートンあたりを思わせる歌唱や、いわゆるネオ・ソウルの雰囲気を漂わせるところが多々あった。 おもしろい選曲はスティーヴィーのアルバム『インナーヴィジョンズ』収録の「ジーザス・チルドレン・オブ・アメリカ」を歌ったあたり。こういうファンキーな曲も、彼女にはありなのだなあ、と感じた。そして、とても2人の娘がいるとは思えない可愛らしさ。 最後のアンコールで、観客のリクエストで突如「メイク・ミー・ホーム」を少し歌った。そして、お約束「テル・ミー」へ。ここで、アメール、客席に下りてきて観客にワンフレーズ歌わせる。目の前の松尾潔さんのところにやってきて、彼の肩に手をやり体をゆらし、マイクを向けると、松尾さん「ウォオ~~」と歌って、喝采を浴びるではないか。別に彼のことを知っていたわけではなく、のりのりで踊っていたからお声がけされたらしい。松尾氏曰く「僕が誘ったんじゃないですよ。向こうから誘われたんですよ、そこんとこ、おまちがいなく!」。 すると同行K氏。「いやあ、観客がああいう風に一緒に歌ってくれるのはいいんですけど、それが身近な席の人である必要はないんですよね」と言って一同大爆笑した。 ネオ・ソウル風の味わい、そして、さらっとしたシャーデー的なおしゃれ系の雰囲気などがうまい具合にでたアメールだが、僕はふと、このソウル・サーチンでもおなじみの日本のマルとシャンティを足して2で割ったような感じがした。それって、逆かなあ。(苦笑) ■ 前作 『モーニング』 Morning posted with amazlet at 08.05.02 アメル・ラリュー ポニーキャニオン (2006-08-18) 売り上げランキング: 37467 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 過去関連記事 October 13, 2006 Amel Larrieux Live: Floating In The Air … Continue reading

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▲チック・コリア&上原ひろみ~9ラウンド真剣勝負

▲Chick Corea & Uehara Hiromi : Dancing In The Piano 【チック・コリア&上原ひろみ~9ラウンド真剣勝負】 武道館 広いステージにはジャズ・ピアニストがふたりだけ。グランド・ピアノが向かいに2台。上原ひろみとチック・コリアで武道館。カメラが7台ほど設置され、逐一その模様が2台のモニターに映し出される。ブルーノート、東京ジャズでも見せたふたりのライヴが、武道館。登りつめたという感じだ。それだけで、すごいですね。 「今夜、武道館ジャズ・クラブへようこそ」 そうチックは言って、上原とともにピアノをプレイし始めた。 お互いアイ・コンタクトをとりながら絶妙のコンビネーションで両者の火花がスパークする。それにしても上原ひろみの表情は最高だ。ときに嬉しそうに、ときに恍惚に、そして、喜びに満ち溢れて、ピアノと戯れる。その動きはまるで、ピアノとダンスを楽しんでいるかのよう。ここまでピアノと楽しめれば、ピアノも本望だろう。 一方、チック・コリアは、愛弟子をやさしく包み込むように余裕だ。しかし、ある瞬間、同じ土俵に立つものとして同等レベルでの勝負をしている勝負師の目になる。このあたりのやりとりが最高におもしろい。ふたりの間にある緊張感は見事。しかし、その緊張感もどちらもエンジョイし、リラックスしているのかもしれない。そしてもちろん観客も適度な緊張感を持つ。 セットリストも本編ではコリアの曲2曲、ひろみの曲2曲、ガーシュウィンなどその他の作家の作品3曲とバランスを取る。 4日前のブログで、「音楽は勝負だ」ということに触れたが、この日も「音楽は勝負だ」ということが見てとれた。本編7曲、アンコール2曲、計9曲なので、ボクシングで言えば9ラウンド。ジャッジとして採点すると、90対90の引き分けか。(笑) カメラが映し出す映像でもっとも印象的なのは、2台のピアノを真上から撮影しているもの。まるでスニーカーのように映るその映像はピアノの美しさを存分に出していた。 かつて、上原が17歳ごろのとき、12年前、チック・コリアの前でピアノを弾き、チックを驚かせた。そして、3年ほど前、まったく別のルートから新人ジャズ・ピアニストの音を聴かされたチックは、その新人と共演することを決めた。そのときは、それがかつてチックの前でピアノを聴かせた小さな女の子であることはわからなかったという。ふたりが再会し、デュオのプロジェクトをやりだしてから、あのときの、ということがわかった、という。もちろん、上原は17歳のときの邂逅を「額縁の中にいるような偉大なピアニストを特等席で聴けるというだけで、そしてその前で、ピアノを弾けるというだけで感激でした」と鮮烈に覚えていたが。 上原1979年生まれ、チック1941年生まれ。そこには38歳の年齢差があるが、ステージの上で、音を聴く限りそんな差はみじんも感じさせない。これも、音楽のマジックだ。 ステージに現れた上原が着ていた赤いワンピースのようなドレスは、ご主人三原康裕さんの作ったものだそうだ。 5年前、平社員だった彼女は、いまや社長クラスのVIP。すごい出世だ。 ■過去関連記事 December 28, 2007 Uehara Hiromi Wrote A Piece Tribute To Oscar Peterson 【上原ひろみさん、オスカー・ピーターソンへの追悼文を書く】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002231.html (ここに過去記事一覧があります) 2003/11/06 … Continue reading

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