Monthly Archives: April 2008

■セラート・スクラッチ・ライヴ

■Serato Scratch Live 【セラート・スクラッチ・ライヴ】 発明 昨日「メロー・ライダーズ」で初めて使った「セラート・スクラッチ・ライヴ」。これはパソコンに取り込んで使うDJ用ソフトのことだ。楽曲をたくさん詰め込んだ仮想DJミキサーがパソコン内にあると考えればいい。楽曲をハード・ディスクの容量のある限りパソコン内にいれておけばいつでも、取り出し可能だ。外付けハード・ディスクにいれていけば、何万曲と使えるようになる。 しかもそれらは曲目順、アーティスト順、さらにBPM順で瞬時にソート(並べ替え)できる。つないでいるときには、BPM順にして、そこから選ぶこともできるし、アーティスト名から曲を探すこともできる。 PCのモニターに右と左のターンテーブルが映っていて、それぞれのリアルタイムのBPMもでる。デジタル音源になっているので、その楽曲のリメイン(残り時間)も刻々と表示される。 そして、例えば、右のターンテーブルから鳴らすように指定した楽曲は、手元の本物のターンテーブル(昔ながらのレコードを載せるもの)と同期しており、ターンテーブル上に置く、セラート・スクラッチ専用のディスクと同期。そのディスクで、アナログ・レコードとまったく同じように頭だし、戻し、スクラッチなどもできる。 一言で言えば、音源のソースはデジタルだが、使い勝手は昔ながらのアナログ・ディスクとまったく同じ、ということ。テンポを早くしたり、遅くしたりのピッチの変更も通常のアナログと同時、カットイン、カットアウトのタイミングもアナログプレイヤーでDJをやったことがある人なら、誰でもできる。 このセラートの最大のメリットは、膨大な楽曲をハード・ディスクに収めることによって、何百枚、何千枚ものレコードを持ち歩く必要がない、ということ。全米をツアーして回るDJなどには、実際に持ち歩くレコードは限られるので、こうしたほぼ無限大の楽曲を持ち歩けるということは最大のメリットだ。 と、ここまで説明して、なんとなくおわかりいただけただろうか。これはあくまで本当にベーシックな基本中の基本で、他にもいろいろな応用編がある。 しかし、それにしても、一体この機械の中身がどうなって、こういうことができるのかがさっぱりわからない。リアルなターンテーブル上に置くセラート専用のディスク、それに針を載せて頭だしをするのだが、デジタル信号がどういう経緯、経路でここに、あるいはここから伝わるのだろう。こんなものを最初に考えだした人は、「地球は丸かった」ことを発見した人と同じくらい偉い。(笑) だが、どんなに機材が発達しても、忘れてはならないのは、DJの本質は選曲にあるということ。アナログだろうが、デジタルだろうが、誰のどんな曲をどんな順番でかけるか、それがDJの本質だ。機材はどんな新しいものでも、あくまでも使う道具。なにをどうするかが、DJの力だ。 ■正規代理店ヒビノのウェッブ http://www.hibino.co.jp/proaudiosales/product/rane/seratoscratchlive.html (2008年4月28日月曜、横浜ルーサー=メロー・ライダーズVol.5~DJイヴェント) ENT>EVENT>Mellow Ridaz ENT>DJ>Serato Scratch Live

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●メロー・ライダーズ第5回

●Mellow Ridaz Vol.5 : My First Experience With Serato 【メロー・ライダーズ第5回~初セラート・スクラッチ・ミックス】 初 DJイヴェント『メロー・ライダーズ』第5回が横浜ルーサーで行われた。2006年12月以来、1年4ヶ月ぶり。ゴールデン・ウイーク真っ只中、翌日休みという好条件の元、満員のお客さんを迎えて、大いに盛り上がった。 僕は、DJオッシーがしばらく前に入手し、すでに使いこなしている新機材、セラート・スクラッチ・ミックスを借りた。前の週に事前に使用する予定の楽曲をパソコンに取り込んで、この日使い方を軽く教わり、本番に臨んだ。いやあ、これが楽しいというか、おもしろい。いろんなことができるみたいで、じっくり研究すれば、かなりおもしろそうだ。しかし、これは不思議な機械だ。 このセラート・スクラッチ・ミックスの実演を見たのは、DJスピナがやっていた2006年1月のこと。そのときの驚きの様子。↓ December 28, 2005 DJ Spinna(Part 1): The Future Of DJ 【DJの未来図~セラート・スクラッチ・ミックス】 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200512/2005_12_28.html December 29, 2005 DJ Spinna(Part 2): Record Maniac 【レコード・コレクター、DJスピナ】 http://blog.soulsearchin.com/archives/2005_12_29.html January 06, 2006 DJ … Continue reading

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⊿訃報・アル・ウィルソン68歳で死去

⊿Al Wilson Dies At 68 【訃報・アル・ウィルソン68歳で死去】 訃報。 「ショウ&テル」の大ヒットを持つソウル・シンガー、アル・ウィルソンが2008年4月21日(月)、カリフォルニア州フォンタナのカイザー・パーマネント病院で腎不全のため死去した。68歳だった。 アル・ウィルソンは1939年6月19日ミシシッピー州メリディアン生まれ。幼少の頃から教会でゴスペルを歌ってきた。1958年サン・バーナディーノに引越し、事務仕事などで生計を立てていた。軍隊に入るまでにジョニー・レッグス・ハリス&ザ・ステーツメンというグループに参加、軍隊を出た後ロス・アンジェルスに移住。いくつかのグループに参加。 1966年、マーク・ゴードンというマネージャーに認められ、ゴードンの仲介でジョニー・リヴァースの持つソウル・シティー・レーベルと契約。1968年に「ザ・スネイク」のヒットが誕生した。これは、同レーベルの売れっ子だったジョニー・リヴァースがプロデュースを担当。アル・ウィルソンはジョニーのヒット「プア・サイド・オブ・タウン」をカヴァーしている。 その後1973年、ポップな「ショウ&テル」が大ヒットし、全米ナンバーワンに。「ラ・ラ・・ピース・ソング」、「カウント・ザ・デイズ」などのヒットを出した。 2007年、火事のために自宅にあった多くのマスターテープが焼失してしまった、という。 アル・ウィルソンの代表曲「ショウ&テル」は、最近ではピーボ・ブライソンがカヴァーし、ヒットさせ持ち歌として歌っている。アルのヴァージョンも実は、先にジョニー・マティスにレコーディングされており、そのカヴァーだった。 ご冥福をお祈りする。 ENT>OBITUARY>Wilson, Al (June 19, 1939 – April 21, 2008, 68)

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△深町純・若者のしゃべり声に負ける

△Fukamachi Jun #88: Jun Lose To Young Energy 【深町純第88回即興キーボード・パーティー】 負け。 全曲即興。その場で思いついたメロディーを次々と奏でるキーボード奏者、深町純の定例キーボード・パーティー。その第88回、セカンド・セット、2曲目。 客席後方の7人組みの若者たちのおしゃべりがずっと続いていた。まるで普通のカフェでおしゃべりをしているかのようだ。演奏者は、そのしゃべりに負けないよう、若者たちを自分の音楽のほうに向かせようとムキになっていた。音楽を聴こうとしない若者たち。その彼らをなんとか振り向かせようとする演奏者。それは、あたかも「北風と太陽の話」のようにも思えた。この場合、演奏者は北風で、若者たちはコートをしっかり抑えていた旅人だ。 そして、曲の途中で演奏者は、ぶっつり演奏を止めた。「ゴメン、集中できなくて。なんとか、話が聴こえてきてしまうと、だめで。なんとか黙らせようと思ったんだけど、若者たちのエネルギーに負けました」 つい最近とあるアーティストが「音楽は勝ち負けだ!」と断言したのを聞いて感嘆していたのだが、奇しくも音楽の勝ち負けが表出した瞬間だった。 ファーストでもちょっとそういう部分があったのだが、僕は、こういうときは曲のエネルギーを高めて、力対力で行くのではなく、むしろぐっと静かにして静寂を作ればいいと思う。この日、深町さんは北風になった。逆に太陽のようにすれば、彼らをだまらせることができたのではないだろうか。ピアニシモのような小さな音で演奏すれば、しゃべっている人たちはその声の大きさに気づく。そして会話を止める。しかし、北風になるのも、太陽になるのも演奏者深町純が自由自在に即興演奏をするがゆえに可能だ。次回はぜひ、太陽になって勝負に勝っていただきたい。(笑)とはいうものの、この日も突然演奏を止める瞬間は、かなり静かになっていたんですけどね。 さて、この日はフランスのハーモニカ奏者ジャン・ラーブルさんが飛び入りで深町さんと即興を聴かせた。深町さんは言う。「こういうのいいよね、すぐ(演奏)やっちゃうっていうの」  セカンド2曲目は未完で終わった。一通りの告知をしてショウも終了。すると別のお客さんが「さっきのだと後味が悪いので、ちょっと短く即興でやってください」というようなことを言ったらしい。そこで、珍しく深町さんがもう一度キーボードの前に座り、短い曲をやった。その曲の後半には、ハーモニカのジャンさんも乱入し、2人での演奏に。こういう風にできる曲は、いい曲に決まっている。これもまた、即興の妙。 ■深町純・定例キーボード・パーティー第89回(2008年5月)は、最終土曜日5月31日、祐天寺「FJズ」で午後8時から、60分程度が2セット。ミュージックチャージは、見て気に入った分を自由に払うシステム。 http://fjs.fukamachi-jun.com/map.html ■セットリスト Setlist : Fukamachi Jun #88 @FJ’s, April 26, 2008 セットリスト 深町純 88回  1st set show started 20:12 01. 2008年4月26日20時12分の作品(20:22) 02. 2008年4月26日20時51分の作品(09:39) 03. … Continue reading

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▼ダイアン・リーヴス新作は『ラヴィン・ユー』

▼Dianne Reeves New Album “When You Know” 【ダイアン・リーヴス新作は『ラヴィン・ユー』】 ミニー。 ジャズ・シンガーで来日回数も多くを数えるダイアン・リーヴスが新作『ホエン・ユー・ノウ(邦題・ラヴィン・ユー)』をリリース。プロデュースにジョージ・デュークがあたり、コンテンポラリーなジャズとダイアンのていねいなヴォーカルがマッチし、なかなかいいアルバムに仕上がっている。 基本はアコースティック系だが、なによりも選曲が日本人向け。たとえば、ミニー・リパートンの大ヒット「ラヴィン・ユー」などはまずエアプレイを得れば、「これを歌っているのは誰」ということになるだろう。 なにより驚いたのが、CD1曲目。しっとりとした面影で、テンプテーションズの大ヒット「ジャスト・マイ・イマジネーション」をカヴァーした。まさに最近はやりの「スムース・ジャズ」の範疇にもはいり、しかも、通常のR&Bやポップ部門にも行けそうな感じがする。 あるいは7曲目の「風のささやき」は、ミッシェル・ルグランが映画『クラウン・アフェア』のために書いた作品。彼女もジャズ、フュージョン、最近でいうところのスムース・ジャズというジャンルの中で注目されているヴェテラン・シンガーだ。 ■過去関連記事 2004/02/25 (Thu) A Drop Of Soul : Dianne Reeves Live At Blue Note http://www.soulsearchin.com//entertainment/music/live/diary20040225.html 2004年2月来日時のライヴ評。 ENT>ARTIST>ALBUM ENT>MUSIC>ARTIST>Dianne Reeves

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▽ブルーマン・グループ~新感覚のアート・パフォーマンス

▽Blue Man Group Live; Exciting New Adventure With New Experience 【ブルーマン・グループ~新感覚のアート・パフォーマンス】 青男 縁あって、東京・六本木のインヴォイス・シアターで行われている『ブルーマン・グループ』のライヴを見た。これは、もともと1988年に、ニューヨークに住む3人が、顔をブルーに塗って路上でユニークなパフォーマンスをしたところから始まったもの。路上から小さなクラブ、さらに、1991年からオフ・ブロードウェイのアスター・プレイス・シアターへ進出、現在でもイースト・ヴィレッジにあるそのシアターでは『ブルーマン・グループ』が行われている。ニューヨークでの超ロングランの成功を受け、フロリダ、シカゴ、ロンドン、トロントなどでも公演、2007年12月から日本でもライヴが行われている。 オンステージは、顔をブルーに塗り黒の衣装に身を包んだブルーマン3人と上部のステージにミュージシャン4人(ドラムス、パーカッション、キーボード、ギター)。この3人は、決してしゃべらない。顔の表情と動きで、観客を驚かせ、笑わせ、考えさせる。 メッセージは、日本語の字幕とナレーションで語られ、彼ら自身がまったくしゃべらなくても、意味は通じる。それにしても、次々と繰り出されるネタは実にクリエイティヴなアイデアに満ち溢れていて素晴らしい。そして、あれはどうなっているのだろう、という謎もいくつか残った。また、観客いじりもかなりあり、典型的な観客との一体型パフォーマンスになっている。 3人がドラムのようなさまざまな楽器を叩いたりするシーンがいくつかあるが、このドラムのようなものを叩くあたりは、『ストンプ』などを思わせる。 さすがにセットリストは1回見ただけでは作れないが、ざっと順不同でこんな出し物があったと思う。 ■ セットリスト Setlist : Blue Man Group, @ Invoice Theater, April 24, 2008 (順不同、タイトルはすでに名前がついているものは、それらを、また名前がわからないものは、パフォーマンスを見てこちらでつけたもの) Show started 19:01 Shadow Drum Drums with Colors Gum … Continue reading

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☆ウォー、そのふたつのグループ

☆War & Lowrider Band 【ウォー、そのふたつのグループ】 分裂。 1960年代後期から1970年代初期にかけて、ウェストコーストを本拠にすこしばかりラテン色のあるファンク・サウンドで大人気となったカリフォルニアのグループ、ウォーのベスト・アルバム『ヴェリー・ベスト・オブ・ウォー』がライノ・レコードからリリースされる。(日本盤は2008年3月19日発売) ウォーは1962年、ハワード・スコット、ハロルド・ブラウンらによってカリフォルニア州ロングビーチで結成された。その後、彼らのライヴ・パフォーマンスを見たイギリスのシンガー、エリック・バードンが彼らにほれ込み、「エリック・バードン&ウォー」としてデビュー。「スピル・ザ・ワイン」などのヒットを放った。バードンは元々イギリスのアニマルズというグループにいた人物。このアニマルズは、「太陽があたる家」「悲しき願い」などの大ヒットで知られる。バードンは2枚のアルバムで抜け、その後はウォーだけで活動、さらに大きなヒットを放った。「シスコ・キッド」「ミー&マイ・ブラザー」、「ギャラクシー」などなど。 そして、このほどアメリカのライノが、これまでいくつかのレーベル(UA、MCA、RCAなど)に分散していた原盤をまとめて、ウォーのベストを出した。それがこのアルバムだ。 このアルバム発売のプロモーションをかねて、メンバーのひとりロニー・ジョーダンのウォーとエリック・バードンが一日だけのライヴを2008年4月21日にロンドンで行った。ところで、ロニーは正確には設立メンバーではないのだが、なぜか彼がグループ「ウォー」の名前の使用権を持っている。オリジナル設立メンバーのうち、ハワード・スコット、ハロルド・ブラウン、BBディッカーソン、リー・オスカー(ハーモニカ)の4人は一緒にバンド活動をしているのだが、ウォーと名乗れず、現在は「ロウライダー・バンド」と名乗って、多くのライヴ活動をしている。 おそらく、グループ名についてはいろいろあったのだろう。今回、ウォーのベストが出るというので、少し調べてみたら、そんなことがわかった。 作品が多くのヒップホップ・アーティストたちにもサンプリングされているウォーは、まさにファンク・リズムの宝庫でもある。ロウライダー・バンドでもいいから、来日しないかなあ。ウォーはかつて、1970年代に来日し、後楽園でライヴを行っている。 ■ ヴェリー・ベスト・オブ・ウォー http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001277M8I/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ENT>ARTIST>War ENT>ARTIST>ALBUM>War

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○アル・グリーン最新作、コラボ満載

○Al Green’s New Album Will Be Out On May: Clone Of Great Hi Sound 【アル・グリーン最新作、コラボ満載】 ハイ・サウンド。 ソウル・シンガー、アル・グリーンがブルーノート移籍第3弾アルバム『レイ・イット・ダウン』を2008年5月27日に全米リリースする。ブルーノートで出た3作の中でもっともアル・グリーンらしさがでた傑作に仕上がっている。プロデュースには、アル・グリーンのほか、ジェームス・ポイザー、そして、ザ・ルーツのクゥエスト・ラヴ。また、ゲスト・シンガーにアンソニー・ハミルトン、コリーン・ベイリー・レイ、さらにジョン・レジェンドまで登場、ということで、このあたりでも大いに話題を集めそうだ。ストリングス・アレンジは、ラリー・ゴールド!  なによりも、驚くのが、サウンドだ。クゥエスト・ラヴはかなりアル・グリーンが好きと見え、相当研究した成果がでている。特にドラムス。クゥエスト・ラヴ自身がドラムスを叩いているが、これがアル・グリーンがかつて所属したメンフィス・ハイ・レコードのドラマー、ハワード・グライムスのドラミングを実にうまく再現している。さらに、オルガンの入れ方、昔ながらのパーカッションなどのはさみ方など、まるで1970年代のハイ・サウンドが21世紀によみがえったかのようだ。ハイ・サウンドのクローン、出現だ。ひょっとして、メンフィスのハイのスタジオで録音したのか。(詳細クレジットがまだないために録音場所は不明。リリース時には判明する) また各楽曲が、かつてのアル・グリーン作品を元にしたような作品になっており、古くからのファンも思わずにやりとしてしまいそうなアルバムに仕上がった。 アル・グリーンは、「これまでにウィリー・ミッチェル以外に自分をプロデュースさせたことはなかった。この若者たち、お手並み拝見といったところだったが、出来上がった作品は見事だったよ」と述べている。 個人的には、アンソニー・ハミルトンとアル・グリーンのデュエットなどには大変感銘を受けた。ジョン・レジェンドもあっている。またそれほど黒っぽくないコリーンとのデュエットは、この「ハイ・サウンド」の中に入ってくると、コリーンの声さえも少しソウルフルに聞こえるかのように思えた。 「レイ・イット・ダウン」、「テイク・ユア・タイム」は、「ハウ・キャン・ユー・メンド・ア・ブロークン・ハート」を下敷きに、「ステイ・ウィズ・ミー」は、「シャラ・ラ・ラ」を下敷きに、「ユーヴ・ガット・ザ・ラヴ・アイ・ニード」は「ラヴ・アンド・ハピネス」を、「ノーワン・ライク・ユー」は「タイアード・オブ・ビーイング・アローン」を、「スタンディング・イン・ザ・レイン」は、「テイク・ミー・トゥ・ザ・リヴァー」などをベースに作られたような気がする。曲によっては、インスピレーションを受けたものが違うかもしれないが、いずれにせよ、実にアル・グリーン・サウンドが研究され尽くしたアルバムだ。しかし、こんなアルバムを作れるクゥエスト・ラヴは本当にうらやましい。今までのレコーディング・セッションで一番楽しかったのではないだろうか。 まちがいなく、しばらく僕のCDライブラリーの中ではヘヴィー・ローテーションになる。 Track list 01. Lay It Down (Featuring Anthony Hamilton) 02. Just For Me 03. You’ve Got The … Continue reading

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◎「可愛いいひとよ」マーチンたちがカヴァー

◎“Kawaii Hito Yo” Will Be Covered By Martin, Korn, Noritake 【「可愛いいひとよ」マーチンたちがカヴァー】 トリビュート。 日本の生んだディスコ・クラシックとして1970年代から現在にいたるまで、いまだに人気の高いクック・ニック&チャッキーの「可愛いいひとよ」が、カヴァーされる。ご存知の通り、これを歌う3人の1人、ニック岡井さんは、昨年(2007年11月11日)亡くなっており、カヴァーはニックさんへのトリビュートということになる。今回、カヴァーするのは、なんと日本のソウル・シーンで歌い続けるマーチンこと鈴木雅之、バブルガム・ブラザースのブラザー・コーン、そして、その2人をディスコ、ダンスの師とあおぐトンネルズの木梨憲武のトリオだ。 マーチンは、現在新作を準備中で、ここにはこれまで彼がレコーディングしてきたデュエット曲、コラボレート作品を集める。タイトルは『マティーニ・デュエット』になる予定で、6月末の発売予定。菊池桃子とのデュエット「渋谷で5時」さらにその続編となる新録曲「恋のフライトタイム~12PM」、「ロンリー・チャップリン」、「エンドレス・ラヴ」、「シーズ・マイ・ガール」(エナメル・ブラザース)などが収録される。 「可愛いいひとよ」のアーティスト名は、コック・マック&ノッキー。コックがブラザー・コーン、マックがマーチン、ノッキーが木梨憲武だ。この曲に関しては、それぞれが思い入れをもっている。マーチンもよくディスコに通っていた時代、ステップあるところに必ずこの曲が流れ踊っていた。特に、この3人の中ではコックことブラザー・コーンは、新宿ゲット時代からのニックの大ファン。ニックをダンスの師匠と崇め、崇拝している。そしてそんなコーンに連れられて日夜ディスコに通い詰めていたのが木梨憲武だった。 この新ヴァージョンの「可愛いいひとよ」では、単にカヴァーするだけでなく、いろいろなソウル・ヒットの数々がちりばめられていて、ソウル・ファンなら思わずにやりとしてしまうようなものになっている。 マーチンのデュエット・アルバムには何曲か新録による作品が収録されるが、これもその1曲。今年も9月に『ソウル・サミット』が行われることになっており、そこでこの「可愛いいひとよ」が歌われることになりそうだ。 オリジナルの「可愛いいひとよ」は1972年に最初のシングルがリリースされた。その後、ジャケットを変えて何度かリリースされているが、1973年以降、全国のディスコでこの曲の振り付けがついて、人気となった。海外のソウル、ディスコ作品がかかっていた日本のディスコでプレイされていたほんの数曲の日本語曲のひとつ。もちろんオリジナルの振り付けはニックが担当していた。そして、作詞は誰あろう阿久悠、作曲は大野克夫という名コンビ。これまでにドン勝本らのキング・オブ・ソウルのほか、山瀬まみ、レイジー 、時東ぁみ、ホワッツ・ラヴ(What’s Love?)などもカヴァーしている。 なお、この楽曲の表記だが、当初は「可愛いひとよ」だったが、第二版から「可愛いいひとよ」と、「い」が二文字に表記されるようになった。本来は誤記だが、「かわいい」の音を優先したためらしい。当時のレコード会社にはよくありがちなミスというところが愛嬌だ。 アルバムがリリースされる6月以降、ニックの誕生日(9月29日)、命日(11月11日)へ向けて、「可愛いいひとよ」が盛り上がれば、ニックへのいい供養になりそうだ。 ENT>MUSIC>SONG

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◆ジョディー・ワトリー・ライヴ

◆Jody Watley Live: Billboard Live 【ジョディー・ワトリー・ライヴ】 ダンス。 2004年3月横浜モーション・ブルー、2006年7月、2007年7月丸の内コットン・クラブ以来、およそ9ヶ月ぶりの来日ライヴ。編成は、ドラムス、パーカッション、キーボード、DJ にダンサー2人、プラス・ジョディー・ワトリー。ギターもベースもいない。またコーラスもいないが、いずれの音もキーボードが出す。 1曲目が始まる前からDJが曲をかけて観客をあおる。下記セットリスト冒頭5曲は、完全にダンスを見せるシーン。さすが、「ソウル・トレイン・ダンサーズ」のダンサー上がりだけのことはある。 また「ルッキング・フォー・ア・ニュー・ラヴ」や「フレンズ」などは、かなり大胆にアレンジしたヴァージョンで聞かせた。ダンサー2人とともに激しく踊るが、最初の5曲はピッチも完璧、ヴォーカルの音圧なども一定していて、声にライヴっぽい荒さはまったくなく一瞬の揺るぎも見せなかった。 一方「エヴリシング」からはダンスがなく、声からは吐く息の音も伝わってくる。興味深い選曲は、スティーヴィー・ワンダーの「トゥ・シャイ・トゥ・セイ」。しっとりとしたスティーヴィーの傑作で、これをジョディーがキーボードと2人だけで歌った。全体的には、クラブ風、ラウンジ風のアレンジが多かった。マドンナのヒット「ボーダーライン」、シックの「アイ・ウォント・ユア・ラヴ」などのカヴァーは、なぜ歌うのだろうか。 黒の上下に、黒のハット。ハットや椅子なども使いダンスを見せるヴィジュアル効果は抜群。 ■ 過去関連記事 July 08, 2006 Jody Watley Live At Cotton Club http://blog.soulsearchin.com/archives/2006_07_08.html (前回ライヴ評) 2004/03/04 (Thu) Jody Watley Live At Motion Blue: She Never Sung Any Shalamar Song http://www.soulsearchin.com//entertainment/music/live/diary20040304.html … Continue reading

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★スカーレット・ヨハンソンのカフェ・ラッテCMソング

★Who Sings Caffe Latte Song? Shanti Sings 【マウント・レーニア・カフェ・ラッテのCMソングを歌っているのは?】 シャンティ。 先週(4月15日)頃から、テレビで森永マウント・レーニアのカフェ・ラッテのCMが盛んに流れている。映像は女優スカーレット・ヨハンソンが、このカフェ・ラッテをストローで飲む。そしてこれにかぶさるさわやかな曲がひじょうに印象的なのだが、さて、これを歌っているのは? まずは映像を↓ 最初が夜編、続いて、朝編。ともに30秒。 http://www.mt-rainier-cl.com/index.html #/Top/0/ http://www.mt-rainier-cl.com/index.html #/Top/1 テレビでは15秒が流れることが多いようだ。CM画像のクレジットは、Hajime Yoshizawa とある。この音楽を制作したのが、東京生まれの音楽家吉澤はじめさんだ。彼は1965年生まれで、1990年にニューヨークに行き、本格的に音楽活動を進めた。1993年からは、モンド・グロッソのメンバーとなったり、東京だけでなく活躍する舞台をインターナショナルにもち、音楽制作活動を続けている。 マウント・レーニアのCMではこれまでにジョディー・フォスター(1993年)やウィノナ・ライダー、ナタリー・ポートマンを起用したり、音楽もクレモンティーヌ、ガーディガンズ、吉澤さんらの音楽を使ったりしている。そんな彼がこの「ホーム」という曲のヴォーカルと作詞に抜擢したのが、誰あろうシャンティだ。実は吉澤さんとシャンティは、幼馴染。それぞれ別の道で音楽活動をしていたが、しばらく前に偶然再会して意気投合、今度のプロジェクトへと話が進んだ。 このCM映像、一見、このスカーレットが歌っているかのようにも見えるが、実際はシャンティが歌っている。歌とスカーレットの映像のマッチングがかなりいい。 なお、このスカーレットも今年2008年、CDデビューする。『エニウェイ・アイ・レイ・マイ・ヘッド』というタイトルで5月全米リリースの予定。当初2006年ごろにリリースの話があり、その時点では『スカーレット・シングス・トム・ウェイツ』というタイトルになるはずだった。シンガー・ソングライター、トム・ウェイツの作品をカヴァーすることになっていた。トムの作品も収録されるが、結局そのほかにオリジナル曲も入ることになるようだ。 すでに、このCMで歌を歌っているのは誰かという問い合わせが来ているそうで、広報担当は、シャンティと答えているという。CMクレジットにHajime Yoshizawa featuring Shanti といった表記がされると、よりわかりやすくなるだろう。この楽曲は、近く発売される次の吉澤さんのアルバム『ジャパン』にフル・ヴァージョンが収録される予定。また、シャンティは自らのライヴではすでにこの楽曲を歌い始めている。 ■ シャンティ・デビュー・アルバム『シェア・マイ・エア』 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00137N3MG/soulsearchiho-22/ref=nosim/ ■ シャンティの今後のライヴ予定 2008年5月 1日(木) 東京中目黒・楽屋(らくや)http://www.rakuya.net/ 2008年5月24日(土) 神奈川県葉山市レストラン・ラマーレド・チャヤ http://www.chaya.co.jp/shop/lamaree/home.html 2008年6月13日(金) 神奈川県横浜市・カモメ http://www.yokohama-kamome.com/index.html 2008年6月21日(土) 神奈川県横浜市青葉区藤が丘駅前ピッツェリアバール・マルターノ(藤が丘店)TEL & FAX 045-973-5844 横浜市青葉区藤が丘1-29-2-2F  http://www.martano.jp/live/index.html いずれも、アコースティック・ヴァージョンの予定。 ■ … Continue reading

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▲クインシー・ジョーンズ・ライヴDVD

▲Quincy Jones Live At Montreux DVD  【クインシー・ジョーンズ・ライヴDVD】 Q。  あのスーパー・プロデューサー、クインシー・ジョーンズが1996年にスイス・モントルーで行われた『モントルー・ミュージック・フェスティヴァル』で行ったライヴを収録したDVDが発売された。 モントルー・ミュージック・フェスティヴァルは1967年にスタート、当初は小規模なものだったが、最近では2週間近く行われる大規模なものに発展している。 クインシーのこのDVDは、ちょうどクインシーの音楽業界50周年を記念してのライヴ。ゲストで登場するのは、シャカ・カーン、デイヴィッド・サンボーン、トゥーツ・シールマンス、ジェラルド・オルブライト、パティー・オースティン、シンプリー・レッドのミック・ハックネル、フィル・コリンズなど。 彼のジャズ・トランペッター時代の作品から、プロデューサーとして大ヒット作品をてがけるようになっての作品、手がけた映画音楽からの楽曲など、クインシーの音楽人生が凝縮されたステージになっている。 http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0012VU16E/soulsearchiho-22/ref=nosim/ オーケストラを指揮するクインシー・ジョーンズ。まさに音楽業界のボスがボスであることを象徴するように、堂々としている。 ENT>DVD>Jones, Quincy

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■訃報・ルーサーの母死去

■Mama Luther Dies At 82 【(訃報)ルーサーの母死去】 死去。 2005年7月1日に54歳で死去したシンガー、ルーサー・ヴァンドロスの母、メリー・アイダ・ヴァンドロスさんが、2008年4月9日(水曜)ニューヨークで老衰のため死去した。82歳と伝えられている。しばらく前から意識はなくなっていた。メリーさんには、夫、4人の子供がいたが、いずれも、メリーさんより先に亡くなっていた。 ルーサーは、4人兄弟のうち、最後に亡くなった。4人のうち3人が、また11人いる孫の1人が糖尿病が原因で死去しており、ヴァンドロス家にとっては、この病気は家系のようなものだった。 メリー・アイダさんは、1926年ごろ、サウス・キャロライナ州シャロウという街の生まれ。(彼女の死亡記事はいずれも82歳となっているが、2006年の記事で82歳という記載がある) 17歳のとき(1943年ごろ)、幼馴なじみのルーサー・ヴァンドロスさんと結婚。1946年にニューヨークに移り住んだ。その後、誕生した息子のひとりに「ルーサー・ロンゾーニ・ヴァンドロス」と名付けた。このルーサー・ジュニアが後にシンガー、ルーサー・ヴァンドロスとなる。母メリーさんは、大変信心深い女性で、教会活動なども積極的に行ってきた、という。 シンガー、ルーサー・ヴァンドロスの葬儀(2005年7月)には、ルーサーの親友フォンジー・ソーントンに車椅子を押されて出席。またこの席では、パティー・ラベル、アリシア・キーズ、アレサ・フランクリンらが「パワー・オブ・ラヴ/ラヴ・パワー」を歌ってルーサー送り出した。この葬儀では、母メリー・アイダさんが書いた詩をパティー・ラベルが朗読した。 ■過去関連記事 September 15, 2006 Luther’s Mother Promoting Her Son’s Album 【ルーサー母親が息子の新作をプロモート】 http://blog.soulsearchin.com/archives/001268.html July 07, 2006 Takayama Hiroshi Talks About Luther Vandross 【高山広・ルーサーを語る】 http://blog.soulsearchin.com/archives/001124.html 2005/07/03 (Sun) Luther Vandross Died At … Continue reading

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●職人ギタリスト、コーネル・デュプリー

●Cornell Dupree : Soul Survivor Should Survive 【職人ギタリスト、コーネル・デュプリー】 酸素吸入器 ライヴが始まる前、客席にディーヴァ・グレイを発見。今日のドラムス、バディー・ウィリアムスと談笑していて、僕を紹介してくれた。ニューヨークをベースにルーサー・ヴァンドロスの『ネヴァー・トゥ・マッチ』のアルバムなど多数のセッションでドラムスを担当、ファミリーのようなものだ。かっこいいアフロ・ヘアが印象的。 さて、彼を除くバンドメンバーがステージで位置に付くと、まもなく、今日のスター・オブ・ザ・ショウ、コーネル・デュプリーがステージにゆっくり進んだ。付き人が酸素吸入器を一緒に持ち、彼の座り位置の後ろに置いて、吸入ホースを鼻に設置した。いやあ、これには驚いた。 ニューヨークの名うてのギタリスト、コーネル・デュプリーの本人名義のライヴ。スタッフの一メンバーとしても、日本でも圧倒的人気を誇るギター奏者だ。1942年生まれと言われているので、今年で66歳になると思われるが、ちょっと体調が心配になった。だが、ひとたび、ミュージシャンが音を出し、コーネルがギターを弾きだすと、まったく問題はなかった。いぶし銀とはよく言ったものだ。 ドラムス、ベース、キーボード、サックスを従えてコーネルを含めて5人が醸し出すサウンドは、ジャズ・ファンク。西海岸のフュージョンより、ファンク度があがる感じがする。1曲ごとに簡単に曲紹介をしつつ演奏。そのほんの短いMCの「間」が実におもしろい。「みなさんのために…、CDがある。入り口で売っている。買ってくれた人だけにサインをしよう…」 「次の曲は、ジョー・ザビヌルが書いた曲だ。(観客から=ジョー・サンプル?) ジョー・サンプルじゃない…。ジョー・ザビヌル! 曲名はマーシー…マーシー…(さらに間をとって)マーシー」 「今、演奏した曲は(ビートルズの)『サムシング』。で、次には、何か違ったもの(something else)をお送りしよう」 一番前に陣取っていたファンが、すぐに立ち上がって、えらく盛り上がっていた。すると、すぐ後ろの観客が「見えなくなるから、座ってくれ」と合図をした。しばらくは収まっていたが、テンポのある曲でまた立った。すると今度は店のスタッフから指示が言った。コーネルたちも、「なんでまた、この子たちは、こんなに立ち上がるんだ」といった風な顔で彼らを見ていた。もちろん、乗っている観客を見る彼らも悪い気はしていなかったようだが、他の客はじっと聞き入っていたので、あそこだけ浮いていた。 本編が終わりメンバー紹介では4人の名前を紹介し、一番最後に自分の名前を言うかと思いきや、ひとこと「Me(俺)」。受けた。アンコールが終わると、吸入器のチューブをはずしたが、ソウル・サヴァイヴァーはもっともっと長生きしてもらわないと。 ライヴ中、同行松尾潔画伯が、敬愛するバディー・ウィリアムスの似顔絵を描いた。ルーサー大好き画伯にとって、バディーは縁深い。 [Buddy Williams : A Drawing by Matsuo KC Kiyoshi, 2008] ライヴ後、そのアフロ・ヘアーについて思わず「それは本物の毛か」と尋ねてしまった。形があまりにきれいなので、カツラかもしれないと思ったのだ。バディーはディーヴァとえらい勢いで話をしていたが、「(アフロ・ヘアは、本物に)決まってるだろ」みたいな答えを返してきた。彼は16歳のとき(1968年ごろ)に初めて来日して以来、ほとんど毎年のように来ているという。画伯の絵にサインをもらったら、カタカナでも「バディー」と書いた。しかし、彼はエディー・マーフィーのナッティー・プロフェッサーみたいだなあ。(笑) バディーやディーヴァと雑談をしていてふと下を見ると、コーネルのサイン待ちの長い行列ができていた。 ■メンバー ~Soul Survivors~ コーネル・デュプリー ジェームス・アレン・スミス ジェリー・ジェモット ロニー・キューバ バディ・ウィリアムス ~Soul Survivors~ Cornell Dupree … Continue reading

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⊿「愛がすべて」、その魔力のすべて

⊿Stylistics : Magic Of The Song 【「愛がすべて」、その魔力のすべて】 魔力 2007年6月のケントス、同年12月のビルボード・ライヴ以来約4ヶ月ぶりの来日、今回はケントス。冒頭5曲が前回と同じで、「おおっ、また完全復元か」と思ったら、若干の曲の入れ替え、曲順変えがあった。 ケントスでのライヴでは、ケントスの固定ファンが圧倒的に多い。彼らは普段からここのライヴバンドで音楽を楽しんでいる。バラードでは狭い通路で、カップルが普通にチーク・ダンスを踊る。普通のコンサート会場ではなかなか見かけないシーンだ。チーク率高し。また、ライヴが始まる前と、終わった後の喫煙率も高いが。 アップテンポ、ミディアム、バラードと適度なバランスで、次々とヒット曲を披露。バンドは、ここ新宿ケントスのハウス・バンド「ハイ・ジャック」。ホーン・セクションもしっかりはいっている。スタイリスティックスのメンバーは、軽快なステップを踏み、曲の間奏で時に後ろを向き、汗を拭きながら、水を口にする。それにしても、イーヴァン・ブラウンのファルセットは強力。そして、下記セットリストで13曲目、14曲目「誓い」のメドレーは、もうひとりのリード、エアリオン・ラヴが「その日一番」スポットをあびるところ。 セットリスト全17曲のうち、「マイン・オー・マイン」が1980年の作品である以外はすべて1970年代のヒット。当時をリアルタイムで聞いていた人も多く見受けられるが、けっこう若い人も多い。 ちなみに、彼らは前々日に入り、1日「ハイ・ジャック」とリハーサルをして、本番にのぞむ。何度もやっているので息もぴったりだ。アンコールはもちろん彼らの作品中、日本で一番人気がある曲「愛がすべて」。このトランペットのイントロが流れた瞬間、観客は瞬時に熱狂、誰もがハッピーになる。これがアンコールで歌われることを全員知っていても、日本人の観客はこの曲が持つ魔力の前にひれ伏す。こんな魔力を持ったヒットを出せた彼らは幸せ者である。 ++++ ■ アリ・オリ、またまた6月に来日 ケントスで別のフライアーをもらってびっくり仰天。アリ・オリのテンプスがまた6月に来日! 今度のテンプスは、アリ・オリ主体のテンプスのようだ。 正式名称は「フィーチャリング・アリ・オリ・ウッドソン・フォーマー・リード・シンガー・オブ・ザ・テンプテーションズ・アンド・ヒズ・レヴュー」。 2008年6月18日(水)、19日(木)新宿ケントス チケット7350円。(そのほかにミュージック・チャージ、飲食代、サーヴィス料) メンバー名がまだ発表されていないが、デニスのテンプテーションズのメンバーはいない模様。詳細はわかりしだいまたお知らせする。 ■スタイリスティックス・ライヴ 新宿ケントスで4月15日から17日(木)まで。その後4月20日から22日(火)まで銀座ケントス。時間・料金システムなど詳しくはケントス各店へ。03-3355-6477(新宿店)、03-3572-9161(銀座店) http://www.kentos-tokyo.jp/special/stylistics/index.php ■ 過去関連記事 December 22, 2007 Stylistics : Take Me Back To The 70s 【スタイリスティックス・ライヴ~70年代のあのころへフラッシュバック~】  http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200712/2007_12_22.html (ここに過去関連記事一覧)   … Continue reading

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△アトランティック・スター:完全復元

△Atlantic Starr Live: Exactly The Same Setlist 2 Years Ago 【アトランティック・スター:完全なるパッケージ】 復元。 「オールウェイズ」と言えば、「三丁目の夕日」ではなく、アトランティック・スター。ニューヨーク出身のソウル・グループで結婚式の定番曲「オールウェイズ」の大ヒットで知られるアトランティック・スターがちょうど2年ぶりの来日を果たし、コットン・クラブでライヴを行った。 今回は前回のライヴ評セットリストをプリントアウトして、読み直してから、鑑賞。 April 25, 2006 Atlantic Starr Live; They Always Play "Always" As Encore 【アンコールはいつも「オールウェイズ」】 http://blog.soulsearchin.com/archives/000979.html 今回も2年前同様松尾潔さんらとともに。1曲目「シルヴァー・シャドウズ」、2曲目「ホエン・ラヴ・コールズ」。ふむふむ、セットリスト、ここまでは一緒。メンバーはドラマーだけ変わってるが、他は全部一緒。リードのメリサ、スタイル抜群。 観客はさすがに1980年代に彼らを知ったファンが多いようで、中にはアナログのジャケットを持って、かざしている人も。基本的なヴォーカルは、女性のメリサ・ピアースとルジョン・エップス。これに時々、ウェイン・ルイスがからむ。下記セットリスト3では、ウェインとメリサ、6曲目などではルジョンとメリサなどという具合。 セットリストが進むが、なんと最後の11曲目、そして、アンコールまで完璧に同じであった。やはり、アンコールはいつも「オールウェイズ」。一番受ける。21年前の大ヒットで、観客の中には少し涙を浮かべている人もいる。きっと、いろんな思い出が走馬灯しているのだろう。 このセットリスト12曲が2年前と全曲同じという世界大発見もつかの間、新たな大発見が。前回の演奏時間は82分だったが、なんと今回も奇しくも82分。まったくやらせではありません。こんなことってあるのか。見事な復元。別の言葉で言えば、それだけ、やりなれて完成されたパッケージ・ショウになっていることの証だ。(こんな大発見は、ここソウル・サーチン・ブログでしか読めません) 松尾さん。「12曲ですかあ。もっと他の曲もやればいいのにね~といった話を2年前にもしたような気がしますね」(笑)。観客の会話まで復元。(苦笑) ライヴ後、リード・シンガーのひとり、ルジョン・エップスがでてきたので、ちょっとだけ話をした。「2年前とまったく同じセットリストでしたね」「そうなんだ、だけど、観客が聴きたい曲があったら、どんどんリクエストしてくれ。僕たちにはたくさんのレパートリーがあるんで、いくらでも入れ込んでいくよ。(今日の)セットリストは、ある意味、誰もが知っている基本形みたいなものだから。(ミュージシャンは)みんな(自分たちのヒット)曲を知っているから、いつでもできるよ」 なるほど、じゃあ、彼らにリクエストすれば、どんどんやる曲が変わっていくのかな。それは楽しみだ。ちなみにルジョンは1975年12月23日生まれ。わか~~い。それでもすでにアトランティック・スターに入って10年くらいだという。ルイス兄弟たちより20歳近く年下だ。 ラヴ・ソングのオンパレードで「カップル向け」ライヴ、と前回紹介した。今回も、コットンの座席はいわゆる「外側のカップル・シート」から埋まっていった。熱々ムードは外から内へ向かう。 ■ ライヴは4月17日(木)まで丸の内コットン・クラブで。 ■ アトランティック・スター メンバー Jonathan … Continue reading

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▼ひとつの文章が与える影響

▼Some Times, A Piece Might Influenced Somebody 【時にひとつの文章が、誰かに影響を与えることもある】 影響。 こうして文章を書いていると、ときに、その文章が本人の知らぬ思わぬところで影響を与えることがある。先日、ノーナ・リーヴスの西寺郷太さんと会ったという話をブログに書いた。 April 07, 2008 Talk About MJ With Nishidera Gota, MJ-Spirit 【マイケル研究家・郷太観】 http://blog.soulsearchin.com/archives/002437.html そうしたら、彼も自身のブログでそのときのことを書いてくれた。(下記ノーナ・リーヴスのページから、下のほうにあるLIFE →GOTAMA’S LIFETIME へ進み2008年4月8日付けに行ってください) ダイアリーへのリンク (日付が進むと、ページが変わりますので、2008年4月8日付けへ) http://www.nonareeves.com/cgi-bin/nr_bbsultra.cgi?number=1&;;category=0&type=read&file=bbs_a (うまく開かない場合は、アドレスの文字全部をコピー&ペーストしてアクセスしてみてください) ノーナ・リーヴスのウェッブ http://www.nonareeves.com/ 自分がその昔、書いた文章が後世の人たちに影響を与えているというのは、ひじょうに嬉しく思う。そして、同時に責任も感じる。文章、特に活字になるものというのは、後世まで残る。新聞、雑誌(週刊誌や月刊誌)などでも、すぐにハードコピー(現物)はなくなるが、アーカイブとして残る可能性が高い。極端な話し、図書館には残るだろう。さらに、インターネットだと、削除しない限り、その文章は未来永劫残ることになる。それを考えると、より正確な文章を書かなければならないとつくづく思う。もちろん、ネットの場合は、まちがいを発見したら、すぐに訂正できるという利点はある。訂正できないアーカイブがどこかの倉庫に残ることもあるが。特にブログの場合、「書いて出し」なので、細心の注意を払ってもどうしても小さなミスなどが残ることがある。改めて、文章を書くときには細心の注意を払いたい。 さて、もうひとつ、自分が書いた文章について。アル・マッケイのライヴ評を2008年3月21日付けで書いた。 March 21, 2008 Al McKay Allstars Live … Continue reading

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▽チュニジア大使、シャンティに「ブラヴォー」

▽Shanti Live :“Bravo! Bravo!” Said Ambassador Of Tunisia 【チュニジア大使、シャンティに「ブラヴォー」と言う】 ブラヴォー。 ライヴ・パフォーマンスが終わって、シャンティはCD即売とサイン会を開いていた。ボックス席に座ってずっとフランス語をしゃべっていた外国人グループが帰り際、シャンティの前を通る瞬間、言った。「ブラヴォー! ブラヴォー!」 そして、その彼らがCDを売っているのを見て、一枚買いサインを求めた。彼らはなんとチュニジア大使館の大使たちだった。「チュニジア、じゃあ、フランス語しゃべるの?」 「もちろん、そうだよ」 シャンティと大使たちは、なにかフランス語で会話をしていた。 ちょうどシャンティの横に座っていたキーボードのフィリップ・ウーに「フランス語しゃべれる?」と聞くと、首を横に振る。「スペイン語は?」 親指と人差し指で少しだけ隙間を作る。「じゃあ、日本語は?」と聞くと「ちびっと」。 しばらくすると、今度は別の外国人が僕に英語で声をかけてきた。 「彼女、いいね、すごくいいね。仕事で3-4ヶ月に1度日本にやってくるんだけど、本当は今日、仕事が早く終わったんで帰ろうとした。ところが飛行機のチケットが明日でフィックスされていて変更できなくて、一日滞在が伸びてしまった。今夜はやることがなかったので、ライヴ・ミュージックを楽しみたいと思ったんだ。そこでホテルにあった案内で、ここ(コットン・クラブ)にやってきたんだ。いやあ、ラッキーだったよ、こんな素晴らしいシンガーのライヴを聴けるなんて。1年くらい前かな、とてもファンキーなバンドを見に一度やってきたことがある。バンド名は覚えていない。僕はドイツ人なんだけど、デンマークに住んでる。おお、CD売ってるんだ」 そう言いながら、彼はシャンティのCD『シェア・マイ・エア』を1枚買って、サインをもらうことにした。 「いやあ、今日はラッキーだった」と彼は僕にした話をシャンティにした。すると彼女も「わお、私もラッキーだわ、来てもらえて」。 その彼はドイツ人なので、ドイツ語を話す。もちろん英語も話す。フランス語も、そして、デンマーク語も話す。「あと、中国語も少しね」と彼はこともなげに言う。 シャンティがその彼に尋ねた。「サインの宛名は誰にしましょうか」 「そうだな、いや、誰にあげるかわからないから、名前はいいや。ありがとう」 シャンティは、別のファン用のサインを続けた。しばらくファンたちとやりとりをしていると、その彼が再びサインの列に並んだ。なんと、2枚目のCDを買っていたのだ。「これって、フランスで録音したんだって」 「ええ、そうです」 彼女が答えた。「フランス人の友達がいるんだ。その人用に、サインを書いてくれるかな」 そういって名前のスペルを教えた。 丸の内、インターナショナルな交差点の夜。 ■ シャンティ 前回ライヴ評 February 24, 2008 Shanti At Kamome: The More You Challenge, The More You Get http://blog.soulsearchin.com/archives/002345.html (過去記事一覧もここに) ■ メンバー Shanti(vo), Philip … Continue reading

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☆ストリート・カフェ~明日のスター?

☆James Fujiki & Friends @ Street Cafe 【ストリート・カフェ・オープニング~明日のスター誕生】 (昨日の続き) 6歳 「ストリート・カフェ」の旧店でもときどきライヴはやっていた。そこで今回の新店ではよりライヴができやすくなっている。ジェームスさんや、ワンダラーズ、東京モウタウン・ショウの面々などが集まっている。そんな中で目をひいたのが、ひとりの小さな男の子。靴の先はとんがっていて、ブーツみたい。メンバーのお子さんのひとりでその名は鈴木ゆうや君。まるでマイケル・ジャクソンの小さな頃みたいな雰囲気だ。(笑)まさか、この子、歌うの? という雰囲気だが、どうやら歌うらしい。 ジェームスさんと長野さん(ベース)がなにやら打ち合わせをし、「ゆうや、歌うか」みたいな感じになった。そして、演奏が始まると、ゆうや君、マイクを持ってリズムに体をゆらしながら、歌いだすではないか。サビのところが聞き覚えがあった。なんだっけ、この曲。そうだ、アーサー・コンレーの「スイート・ソウル・ミュージック」。サビの「オーイエー」というリフが印象的だが、ゆうや君、日本語で歌っている。 聴けば、これはクールスの「涙のベイビーズ・コール」という曲だそうだ。アーサー・コンレーの曲に、ジェームスさんが一部のメロディーを作り、さらに横山剣さんが歌詞を書いたという。調べたら、1982年にリリースされたクールスの『クールス・オールディーズ・スペシャル』(CDは1986年リリース)というアルバムに収録されていた。 ここで試聴可。 http://item.rakuten.co.jp/book/3997124/ そして、次に何を歌うかと思ったら、ジェームスさんのギターに乗せて、な、な、なんと「トライ・ア・リトル・テンダーネス」を歌い始めるではないか。驚きを超えて、笑ってしまった。まだ歌詞とか、ところどころメロディーなど怪しげなところもあるのだが、この6歳くらいの子がこういう曲にあわせてリズムをとって歌うところに驚いた。どうやら、ジャクソン5の「アイ・ウォント・ユー・バック」もレパートリーにあるようだ。 さっそくゆうや君にインタヴュー。「名前は、漢字でどう書くの?」「ゆうやは、ひらがなだよ」「誕生日は?」「8月2日」「何年生まれ?」「わかんない」「じゃあ、いくつ?」「むっつ」「ということは、2001年生まれ、平成で…13年生まれかな」「わかんない」 「マイケル・ジャクソンとか、やはり好きなの?」「ううん(否定形)」「じゃあ、誰が一番好きなの?」「JBっ」「(笑)JBは、死んだの知ってる?」「知ってるよ」「あの、ほら、さんまのテレビ番組『からくりテレビ』だっけ、あれで、子供のバンドやってるじゃない」「うん」「ああいうのに、出たら、どうなの?」「でないよ」「なんで?」「まだそんなに上手じゃないもん」 おいおい、ほんとに6歳か。しかし、何で、靴の先とんがってるんだ。(笑) ちなみに、下記セットリスト、ゆうや君、あとでもう1曲歌った。(遊びで適当にやってるのに、セットリストを書くというところが普通ではない←自我自虐) それがウィルソン・ピケットの「シーズ・ルッキング・グッド」という曲であった。 「英語の歌、歌の意味は知ってるの?」「わかんない」「じゃあ、歌詞はどうやって覚えるの」「聴いて覚える」「『トライ・ア・リトル・テンダーネス』っていう歌の意味、知りたい?」「うん」「これはね、女の人には優しくしてあげなきゃ、いけないっていう曲なんだよ」「ふーん」「ゆうや君は彼女はいるの」「いない」「好きな子はいるの」「いない」「じゃあ、ゆうや君を好きな子はいるの」「いる」 おおおっ。 歌っていない間は、ステージを見ながら、一丁前にずっとリズムをとっている。写真、とっていいか、と聞いたら、「いいよ」といってカメラ向けるなりポーズをつけた。 [ Star of Tomorrow? ] しかし、こんな環境の中で育つ子って、将来どんなエンタテイナーになるんだろう。聞けば、小学校1年生、学校は今週の月曜から行っているそうで、小学校に通い始めてまだ4日目。同級生とは、絶対、話、あわないだろうなあ。(笑) それにしてもワンダラーズ、東京モウタウン、ジェームスさんファミリーは強力ですなあ Setlist : At Street Cafe; April 10th, 2008 Jam Session 01. 涙のベイビーズ・コール(Sweet Soul … Continue reading

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○『ストリート・カフェ』三茶で開店

○Soul Bar “Street Cafe” Will Be Open April 14 【ソウル・バー『ストリート・カフェ』三茶へ移転しオープン】 心機一転 世田谷通りにあったソウル・バー「音楽酒場 ストリート・カフェ」が水の事故のために2007年4月に急遽閉店したが、それから1年、三軒茶屋に引越し、2008年4月14日新規オープンする。10日、関係者を集めた簡単なお披露目を行った。 世田谷通りのお店で配水管が破裂し、店が水浸しになったのが2007年4月13日のこと。一時期は、同地での再開も模索したが、諸条件で不可能となり、新たな場所を探し、今回無事三軒茶屋でのオープンにこぎつけた。 新店は前店のほぼ2倍、約18坪30席。地下1階のためか、天井も高く解放感がある。そして、新店は簡易PAなどを設置し、3-4人のバンド・ライヴは常にできるようになった。店主長野さんは、ご存知、ジェームス藤木さんとともに東京モウタウン・ショウ、ワンダラーズなどのグループでベースを弾くが、そんな音楽仲間もちょくちょく顔を出しそうだ。 長野さんによると、当分、年中無休、ライヴは月に3回程度いれていくつもりだという。その3回もソウル・バンドのライヴと、一人娘ミーのダンサー仲間を中心としたダンス系ライヴも行う。 場所は、三軒茶屋から茶沢通りを下北沢の方に行き、約200メートルの右側。100円パーキングのすぐとなり。カフェ・ド・クリエの斜め向かいにある。1階はメキシカン・レストラン「メチャリブレ」。 最初の「ストリート・カフェ」は、世田谷通りに1997年11月11日オープンした。長野さんがドゥワップからソウルの世界に入ったこともあり、ドゥワップ、ヴォーカル・グループものに強いが、新しいものもかけてきた。旧店もカウンター、レコード棚、椅子などをほぼ長野さんが日曜大工的に作ったが、今度の新店も、長野さんとその仲間で、まったく何もないところから8割がたを作ったという。壁を塗ったり、カウンター下のガラスブロック、水道の配管なども自分たちでやったと言われ、ここまでできてしまうなら「ワンダラーズ工務店」が営業できるのでは、と話をした。(笑) ストリート・カフェのウェッブの日記のところに、スケルトン(まっさら)の状態で工事をしているところの写真などがある。 新規オープンは、事故からちょうど1年と1日、2008年4月14日(月曜)。三軒茶屋、三宿近辺は、まさにソウル・バー激戦区になってきている。 この日は、ジェームス藤木さんご一行がお祝いに駆けつけ、のってきたところで、バンド演奏が始まった。 (その模様は明日以降の本ブログで) ■    音楽酒場 ストリート・カフェ Street Cafe 住所 154-0004 東京都世田谷区太子堂2-23-5 プルミエ太子堂 地下1階 電話 03-3487-4886 開店 2008年4月14日(月) 営業 19時~午前4時 年中無休 テーブルチャージ 500円 ドリンク 600円~ ■ストリート・カフェ・オフィシャル・ウェッブ http://stcafe.soul-star.net/ ■過去関連記事 http://www.soulsearchin.com/entertainment/soulbars/streetcafe20020327.html ストリート・カフェに訪れたマーチンこと鈴木雅之さん ENT>SOUL BARS>Street Cafe

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◎ケヴィン・マイケル・ショーケース

◎Kevin Michael Showcase 【ケヴィン・マイケル・ショーケース】 アフロ。 ケヴィン・マイケルが大きなアフロヘアで登場した瞬間、一見、日本のダンスマンかDJオズマかと思った。アメリカ・ペンシルヴェニア州出身、現在22歳(1985年生まれ? 今年の誕生日で23になるようだ)。父親がアフリカン・アメリカン、母親がアフリカン・アメリカンとイタリアンのハーフ。ということで4分の3がブラックで、4分の1がイタリアン。デビュー・アルバム『ケヴィン・マイケル』を日本でもリリースしたばかりで、プロモーション来日。そのショーケースが渋谷ウームであった。 基本は、トラック(カラオケ)にあわせて歌うが、一応DJ1人(DJオメガ)、ギターとキーボードを担当するアキル・ダサンがステージにいる。4曲歌って、質疑応答。受けたのは、なぜミュージシャンになったのか、という質問に「僕が音楽を選んだじゃんない。音楽が僕を選んだんだ」と答えたところ。彼が英語でそう言った瞬間、観客から「ヒュ~ヒュ~」と歓声があがった。「マイケル・ジャクソンやプリンスのような息の長いアーティストになりたい」とも。 途中でヴォコーダーを使う部分もあったが、ロジャーほどではなかった。さらっと使った感じ。せっかくだから、ダンスマンに会わせて、どっちのアフロが大きいか比べてみたいと思った。(笑) セットリスト ケヴィン・マイケル Setlist : Kevin Michael @ Womb, April 9, 2008 Performance started 19:43 01. Hood Buzzin 02. Vicki Secrets (+Vocoda improvisation) 03. Ain’t Got You 04. It Don’t Make Any Difference To … Continue reading

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◆テイク6は、ベスト6

◆Take 6 Are Best 6 In The World 【テイク6は、ベスト6】 一声一気(ひとこえいっき)。 2006年9月、さらに2007年3月以来約1年1ヶ月ぶり通算18回目の来日ツアー。セドリックはほぼ事実上脱退したかのようで、代わりに今回もクリスチャン・デントリーが参加。 ステージには6本のマイクと、グランドピアノ。なぜかこの日はドラムもあったが。(笑)マークたちが一声発しただけで、一気に観客のすべてをつかむ。ヒップホップ風リズムを口でやりながら、ファンキーなコーラスをつけたかと思えば、美しいゴスペル風作品を見事なハーモニーで聴かせる。スタンダードもあれば、ポップ、R&B、さまざまなタイプの音楽を、すべて「テイク6」節にする。 司会役・低音のアルヴィン・チアが聞いた。「今までテイク6のコンサートに来たことがある人、手を上げて」3分の1くらいが手をあげた。「あなたたちは、みんなファミリーだ。では初めての人は?」 驚いたことに半分くらいが手を上げた。「もちろんあなたたちもファミリーだ」 すごくいいバランスではないだろうか。初めてこのテイク6を見たら、それは度肝を抜かれるだろう。何度見ても、それは強烈だ。歌声だけでここまで持っていけるというのは、本当にすごい、実力者ならではだ。 この日おもしろいと思ったのは、下記セットリストで12からの「フリー・スタイルのジャム・セッション」。その場でメンバーそれぞれが歌いたいと思った曲を、やりだすというもの。誰かが頭を歌うと、残るメンバーはそれに合わせてコーラスをつけていく。もちろん膨大なレパートリーの中から歌われるのだが、その即興性が楽しい。新加入のクリスチャンは、この日はマイケル・ジャクソンの「ロック・ウィズ・ユー」を歌い、途中ムーン・ウォークまで見せた。彼のソロ部分を聴いたとき、ずいぶんとマイケルに似た声だなと思っていたので、妙に納得した。 現在次の新作をレコーディングだそうで、そのタイトルは、「ザ・スタンダード」となるという。スタンダードばかりを録音するということで、これはまた話題になりそうだ。 唯一リクエストがあるとすれば、「ハウ・スゥイート・イット・イズ」や「サムデイ・ウィル・ビー・フリー」「ピープル・ゲット・レディー」あたりのソウル曲をもう少しセットリストに加えて欲しいということくらいだ。 しかし、テイク6、コーラスの完璧さからして、全員上手な歌い手ということで「ベスト6」と名付けたくなる。6人のコーラス・グループとしては世界一の一声一気だ。 ■過去のテイク6関連記事 November 09, 2005 Take 6 Live: We Want More http://blog.soulsearchin.com/archives/000630.html 2003/12/10 (Wed) Take 6 Junkie: World’s Number One Groups’ Number One Fan http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/diary20031210.html … Continue reading

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★アート・カフェ・フレンズ再開

★Art Café Friends Open 【アート・カフェ・フレンズ・オープン】 再開。 昨年5月、地上げによって閉店した恵比寿の「アート・カフェ」が場所を近くに移し、新たに4月7日オープンした。9日から一般営業が始まる。こんどの店舗は80~90席を有し、前店舗の約2倍の広さ。また地下一階のためか、天井も高く、かなり解放感がある。この場所は、以前、恵比寿のボーリング・センターがあったところ。 すでに4月から毎日、軽いアコースティック系のジャズ・アーティストなどをブッキング、ライヴをやることになっている。いまのところ、チャージは3000円からで、これにドリンク代500円がかかるスタイル。ドラムス、ピアノ(スタインウェイ)などは常備。簡単なPAはある。 以前の店と比較すると、かなり広いので、カフェというより、ライヴスペースという印象が強い。毎日ライヴが入るわけだから、まあ、新しいライヴ・ハウスができたということになりそう。また店舗の壁には、オウナー鈴木正勝さんが趣味で集めた絵画が多数飾られている。前の店舗で使われていた立派なカウンターも今回バースペースに復刻されている。 お店のオフィシャル・ページ http://artcafefriends.com/ ライヴ・スケジュール http://artcafefriends.com/artcafefriends_002.htm 「アート・カフェ・フレンズ」       – 東京都渋谷区恵比寿南1-7-8 恵比寿サウス・ワン B1 03-6382-9050 / FAX: 03-6382-9051 JR恵比寿駅西口を出て、恵比寿像側に出ます。すぐに左に曲がって、スーツ・セレクトの横を入り、2ブロックめのビルの地下です。 ENT>LIVE HOUSE>Art Café Friends

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▲マイケル研究家・郷太観

▲Talk About MJ With Nishidera Gota, MJ-Spirit 【マイケル研究家・郷太観】 研究。 先日ライヴ・パフォーマンスを見たMJ-Spiritのブルートゥリーさんがマイケル・ジャクソン研究家の西寺郷太さん(ポップ・グループ、ノーナ・リーヴスのヴォーカル担当)をぜひ紹介したいというので、一席もうけていただいた。かなりマイケルについては研究しているとはうわさに聞いていたが、実際に会って話してみると、大変なものであった。 5時間近くあっという間にしゃべり倒された。(笑) テーマも多岐にわたったのだが、それらは郷太さんの仮説がひじょうにおもしろく、興味津々だった。そのうちのいくつかは彼が宇多丸さんのラジオ番組に出たときに話したというものだという。 彼は音楽と政治と歴史に興味がある。そこでマイケルの歴史と日本の政治家小沢一郎とを関連付けての仮説は最高におもしろかった。小沢一郎が衆院議員に初当選するのは1969年、奇しくもマイケルがジャクソン5としてモータウンからデビューするのと同年だ。そんなことを発見する郷太さんは、すごい。以降、それぞれの年表を作り、共通点をあぶりだしていく。2人の最大の共通点は周囲に周到な根回しができない点だと彼は指摘する。その結果、周りにいる優秀な人たちがみな徐々に離れていってしまう、という。な~るほど。 またマイケルとクイーンとの関係、マイケルとプロデューサー、クインシー・ジョーンズとの関係、『オフ・ザ・ウォール』、『スリラー』、『バッド』とアルバムを制作していく過程でのマイケルとクインシーとの関係の推察なども妙に説得力がある。クイーンの「アナザー・ワン・バイツ・ザ・ダスト」はもともとマイケルに提供されたものだった。それが没になってのクイーンとの関係がどうなったか。あるいは、「ウィ・アー・ザ・ワールド」におけるマイケルの位置、そこから発展し、「ウィ・アー・ザ・ワールド」に参加したアーティストたちが、その後、一発程度大ヒットを飛ばすものの、ほとんどみな人気が下降していく、という指摘。おもしろい。 マイケルのアルバム『バッド』のジャケットとクインシーのアルバム『バック・オン・ザ・ブロック』のジャケットは、横に並べるとデザインがシンメトリーだ、という発見。これも気づかなかった。 さまざまな事実、ひとつひとつはささやかな事実を、徹底して俯瞰(ふかん)して見つめることによって浮かび上がる壮大な真実。僕もライナーノーツや記事を書くときに、徹底して主観を排し事実を積み重ねていくが、彼も同様のことをここ20年近くやってきた。 彼がマイケル好きになったきっかけが、ジャクソンズのアルバム『ヴィクトリー』(1984年)の僕が書いたライナーノーツだという。その後、僕が翻訳したマイケルの年表ブック『マイケル・ジャクソン観察日誌』(小学館)は、それこそ穴があくほど読んだそうだ。マイケルをここまで研究するようになったきっかけが僕のライナーノーツだと言われて、驚いた。 しかし、あの事実だけの資料ブック『マイケル・ジャクソン観察日誌』やさまざまな資料から、ここまでの仮説をイマジネーションたくましく広げられるというのは本当にすごい。いちいち説得力がある。そこに感銘を受けた。 彼は言う。「司馬遼太郎は、坂本龍馬には会ってないんですよ。でも、彼が書く坂本龍馬は、司馬の視点で書かれていて、それはまさに『司馬観』でできている。だから、僕も『郷太観』でマイケルを見つめています」 これらの仮説はまとめて、将来一冊の本にしたいという。これはまちがいなくおもしろい読み物になる。 ENT>ARTIST>Jackson, Michael ENT>ARTIST>Nishidera Gota

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■ティファニーで夕食を

Dinner At Tiffany : Tiffany At Cotton ] 【ティファニーで夕食を】 ティファニー。 ティファニーで検索するとよく出てくるのが宝石店のティファニー。ニューヨーク5番街にあるティファニーは全女性の憧れ。オードリー・ヘップバーンの映画『ティファニーで朝食を』でのシーンも有名だ。 さて、ここに登場するのは、ティファニーという名の女性ジャズ・シンガー。セットリストをごらんになればわかるように、誰もが知っているタイプのスタンダードを歌う。 最近、このコットン・クラブでは、気軽なミュージック・チャージでライヴを楽しめるようにと、日本在住ミュージシャンを次々とブッキングしている。このティファニーもその一環。敷居の高さを、より低くしようという試みだ。こうした入門編企画をして、ライヴの楽しさを一人でも多くの人に知ってもらえるということは素晴らしい。 彼女はエラ・フィッツジェルラルドやサラ・ヴォーンなどに影響を受けたシンガー。バイオグラフィーを見ると、6月7日ロスアンジェルス生まれだそうで。ということは、あのプリンスと同じ日ではないか。 僕が個人的に印象に残ったのは、アンコールで歌われた「アメージング・グレイス」。特に、このイントロからの秋田慎治さんのブルージーなピアノがすばらしかった。それまでは、あまり黒さを感じなかったのだが、この「アメージング・グレイス」のピアノはなぜかけっこう黒かった。 このコットンでは、夕食も食べられるので、ティファニーを聴きながらディナーを取れば、「ティファニーで夕食を」。いいキャッチ。(←再び自画自賛) ■ メンバー Tiffany(vo), 秋田慎治(p), 井上陽介(b), Jimmie Smith(ds), Raymond McMorrin(sax) ■セットリスト ティファニー@コットン・クラブ Setlist : Tiffany @ Cotton Club, April 4, 2008 show started 21:30 01. (Instrumental) 02. … Continue reading

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●ショーン・ギャレット・ライヴ

●Sean Garrett Show Case @ Atom 【ショーン・ギャレット・ショーケース・ライヴ】 MJ。 ソングライターとして、これまでにアッシャー、デスティニーズ・チャイルド、クリス・ブラウン、ファーギーなどへ多くの作品を提供し、ヒットを送り出してきたショーン・ギャレットが、いよいよ満を持してシンガー・デビューを果たす。5月にリリースされる『ターボ919』というアルバムがそれで、そのお披露目をかねてプロモーションで来日、4月1日、渋谷のクラブ、「アトム」でショーケース・ライヴを行った。 さまざまなメディアでの招待などで、会場は若いファンでたいへんな熱気。DJリューのMCで紹介されてショーンが登場。彼の歌声を聴くと、クリス・ブラウンというより、コメディアンのクリス・タッカーのよう。ちょっと高い声で、でも、マイケル・ジャクソンほどは高くない。さすがにソングライターでヒット曲を多数生み出しているだけあって、曲がなかなか強力。ヒットメドレーのさわりを聴くだけで、時代に乗っているということがわかる。 さくっと歌い終えたところで、ちょうど来日中のニーヨが舞台に姿を出すと、それまでの客がど~とステージの前のほうに進み、スペースができた。こんなに人間ってつめられるんだ、と感心。(笑) 満員電車で乗車率200%なんていうのは、こういう風につまっていくんだろうな、と思った。ニーヨは、ショーンの観客をすべて持っていった感もあった。観客泥棒か。(笑) ライヴ後は関係者とミート・アンド・グリート。「シンガーとして一番影響を受けたのは誰?」と聴くと、即座に、「マイケル・ジャクソン」と答えた。MJだ。なるほど、そうかあ。で、誕生日は?「3月9日、1981年」 27歳になったばかり。おおっ。もっといってるかと思った。(笑) Setlist : Sean Garrett @ Atom, Shibuya April 1, 2008 Show started 21:44 01. Grippin 02. Hit Medley: Yeah – Posse – Loose My Breath – 03. Lay Up … Continue reading

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⊿ラッド&フレッド・ウェスリー・ライヴ

⊿Rad. Live At Cotton With Fred Wesley: Funk In A Time Capsule 【ラッド・ライヴ~タイム・カプセルの中のファンク】 タイム・カプセル。 想像した以上によかった。サンフランシスコ・ベイエリアを本拠に活躍するキーボード奏者、シンガー、ラッドのおよそ半年振りのコットン・クラブでのライヴ。しかも、今回はトロンボーンにジェームス・ブラウン・ファミリーでおなじみのフレッド・ウェスリーがゲスト的に参加。これはファンク度があがりそうだ。 全体的なサウンドは、どこか、タワー・オブ・パワー風、ジェームス・ブラウン風、シーラE風…。まさにリアル・ミュージシャンの醸し出すファンク・サウンドだ。女性のラッドは、フィリピンに生まれ生後9ヶ月でオークランドに移り住んだ。フィリピンのことはほとんど記憶がない、という。子供のころからオークランドに住んでいれば、自然にソウル、ファンクが体に染み付くであろう。彼女たちのライヴを見ていると、ベイエリアという地域は、いい意味でのリアル・ミュージックが本当の輝きを持っていた時代が、タイム・カプセルにそのまま保存されているかのようだ。 ベイエリア=ファンクのタイム・カプセル。いいキャッチ。 ドラムスも、ベース(オランダ・アムステルダム出身=現ロス・アンジェルス在住)も、ギターも、サックス奏者(このバンドのレギュラーは、エリック・リーズで、エリックの都合がつかないとこの彼になるという)もみな強力にファンキーなミュージシャンだ。 フレッド・ウェスリーがひとたびトロンボーンをブロウすると、瞬間にジェームス・ブラウン・ファンクがよみがえる。なんと、この日は「ハウス・パーティー」で渋い喉も披露した。 アンコール前に、彼女がひとりになって歌いだした曲。” I don’t wanna lose your love…” 歌詞とメロディーは知っている、あれ、これなんだっけ。ゆっくりとキーボードだけで歌いだしたその曲はエディー・フロイドの「ノック・オン・ウッド」だった。そして、途中からフレッドが傍らにやって、吹き始める。シンプルなアレンジがすばらしい。今年の「ソウル・サーチン・ベスト・アレンジメント・ソング・ライヴ・パフォーマンス賞」の候補にあげたい。 ラッドは、どこかパトリース・ラッシェンや、男フランク・マッコムという雰囲気を漂わせる。キーボードを弾きながらの歌など、フランクを思わせ、一方、声は低く落ち着きがあり、ふとレイラ・ハザウェイを思わせるところもある。アルバムもPヴァインから数枚でており、さらに日本盤のでていないものもあるそうだ。タワー・オブ・パワーなどのベイ・エリア・ファンクが好きな人だったらまちがいなく気に入る。ラッドっていくつくらいなのかなあ、と思ったが、バイオに1990年に大学を出たとあった。推定すると1968年前後の生まれか。年季がはいっているわけだ。ちなみに誕生日は3月7日だそうです。 本編最後では、JBズの大ヒット「ドゥーイン・イット・トゥ・デス」を演奏、フレッドがでてきた日にゃあ、もう本物のJBズ。なんでたった一音、一フレーズで「おおっ、フレッド」となるのだろうか。 ライヴ終了後は、ラッドとフレッドがCDを即売してサイン会。メンバーたちも客席でファンたちと気軽に話をしている。フレッドとライヴを見る以外で、直接会うのは昨年『ソウル・ブレンズ』にゲストで来て以来。今年は、少なくともあと2回来日が決まっている、という。楽しみだ。 ■ フレッド・ウェスリー過去記事 September 15, 2007 Maceo Parker Thanks For Stuff … Continue reading

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△「メロー・ライダーズ」4月に開催

△DJ Event “Mellow Ridaz” Vol.5 Will Be Held On April 28th 【DJイヴェント「メロー・ライダーズ」第5回、4月28日に開催】 1年余ぶり。 「スイート・ソウルの番人とファンクの達人による、超強力夢のコラボレート・イヴェント」というコンセプトで、横浜のソウルバー、クラブ「ルーサー」で開催されてきたDJイヴェント「メロー・ライダーズ」の第5回が来る2008年4月28日に行われることになった。今回も、ソウル、R&Bのレコード、CDをソウルに造詣(ぞうけい)が深いDJたちが回す。 この「メロー・ライダーズ」は、第1回が2005年2月に行われ、以後、2005年7月、2005年10月、2006年12月と過去4回行われているが、2007年は各DJのスケジュールがあわず、ついに一度も開催されなかった。そこで満を持して2008年、1年4ヶ月ぶりに第5回が行われる。 ちなみに前回(2006年12月27日)は、ジェームス・ブラウンの死去(25日)直後だったため、ソウル・サーチャーは自分の持ち時間すべてをジェームス・ブラウンの作品に捧げた。 なお、本イヴェントのチケットは完全予約制・抽選で販売する。詳細は次の通り。 イヴェント名「メロー・ライダーズ」~第5回 ~ソウル、ファンク、ダンスクラシックス~ mellow ridaz vol.5 @ Luther ■日時 2008年4月28日(月)開場20:00~4:00 ■料金 ¥2,500(2ドリンクつき) ■DJ DJ Osshy、吉岡正晴[The Soul Searcher] ほか ■会場 横浜・ルーサー 神奈川県横浜市西区南幸2-10-18 東海屋ビル3階 (1階は中華屋さん) 電話 045-314-8993 【1】本イヴェントは完全予約制です。 【2】チケット購入ご希望の方は、お名前、住所、連絡先、年齢、Eメールアドレスを明記の上 info@osshy.com 担当:山本までEメールをおおくりください。メールには「ソウル・サーチン・ホームページを見た」とお書きください。なお携帯電話のメール受信でドメイン指定をしている場合、「osshy.com」からのメールを受信できるように設定してください。 【3】応募締切りは2008年4月17日(木)。 【4】厳正な抽選により当選者にチケットを販売致します。 【5】20歳未満の方は入場出来ません。予約名とID(年齢と氏名)との確認があります。予約名とIDが違う場合入場できません。 … Continue reading

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▼訃報・ショーン・リヴァート39歳

▼Sean Levert Dies At 39  【訃報・ショーン・リヴァート39歳で死去】 刑務所。 R&Bヴォーカル・グループ、リヴァートのメンバーのひとりで、リード・シンガー、ジェラルド・リヴァート(故人=2006年11月10日に40歳で他界)の弟でもあるショーン・リヴァートが去る2008年3月30日(日曜日)夜、オハイオ州クリーヴランドの収監先のクヤホガ・カウンティー刑務所内で意識不明になり、すぐに近くのルーサーラン病院に運ばれたが、死去した。39歳だった。 ショーンは、子供の養育費の未払いが8万ドル以上あり、そのために1年10ヶ月の実刑を受けて収監されていた。これが先週月曜(3月24日)のこと。ショーンには、11歳、15歳、17歳の3人の子供がいた。ショーン自身、元々14歳ごろからマリファナを使用していたが、死因に特に不審な点はない模様。裁判で判決が言い渡されたときには特に健康面での問題は語っていなかった、という。毒物・薬物検査なども行われるが、その結果は4-6週間かかる。 刑務所によると、ショーンは高血圧と若干の幻覚に悩まされ、24時間体制で監視されていた。 リヴァートは、1980年代に「カサノヴァ」などの大ヒットを放ち、グラミー賞にもノミネートされた。 +++++ ショーン・リヴァートまで亡くなった。一体なんたること。ショーン・リヴァートは1968年9月28日オハイオ州クリーヴランド生まれ。まだ40歳の誕生日を迎えていない。ショーンもジェラルドの後を追うようにソロ活動をした。だが、ジェラルドほど大きな成功は得られなかった。彼の唯一のソロ・アルバムは1995年の『ジ・アザー・サイド』。 リヴァートとして成功を収めた息子たち2人をすでに失った父エディー・リヴァート(オージェイズのメンバー)の気持ちは計り知れない。父エディーがこれに気を落としてがっくりしないように祈りたい。 オハイオ州カントンには、彼らのファミリー・ネーム、リヴァートを冠したストリートがあるという。 音楽プロデューサー・松尾潔さんの話。「ジェラルドに続いてですか。リヴァートはアメリカで何度か見てるんですよ。本当に好きなグループだったなあ。2人の息子を失った父の気持ちは、言葉にできませんね…。今夜は『ステアウェイ・トゥ・ヘヴン』(オージェイズの1976年のヒット)でも聴いて喪に服します」 「ステアウェイ・トゥ・ヘヴン」(歌詞・一部) Here we go Still in a moment of pleasure You and I We are gonna find the pirates treasure Here we go Oh … Continue reading

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▽元祖雨男~ガッツ、コットン初登場

▽Gatz Debut At Cotton Club 【元祖雨男~ガッツ、コットン・クラブ初登場】 雨男。 ついにガッツがコットン・クラブ・デビュー。しかし、このところ、ガッツがソロ・ライヴを行う日は、なぜか雨が降る。(笑) まさに元祖雨男だ。ライヴ告知も一ヶ月前の急遽のライヴ、雨ということで、若干動員も心配されたが。この日はベースとキーボードという3人編成でのアコースティック・ヴァージョン。バンドはバンドで大きな魅力だが、こうしたアコースティック・ヴァージョンでも、意外とガッツの場合はグルーヴ感がある。たった1人でもグルーヴ、2人でもグルーヴ、そして、3人でもグルーヴ。もちろん10人でもグルーヴ。 西脇さんは、キーボードのほかにカホーン、そして、いつものハーモニカも。下野さんは、一見ギターのようなベースをプレイしていた。選曲は、前回ブルース・アレーでおこなったフル・ショウの凝縮版。ガッツは同じ曲でも、バンドでやるときはバンドのスタイルで、またアコースティックのときはそれなりにまとめる。職人という感じだ。 コットンでは、僕はブラックのバンド編成を聞くことが多く、そうした音がなかなかよいので、次はここでもバンド編成でやって欲しいところ。 ■過去記事 January 29, 2008 Gatz Live At Blues Alley: Tons Of Sparkling New Songs http://blog.soulsearchin.com/archives/002291.html (ここに過去記事一覧も) ■メンバー GATZ(vo,g)、西脇辰弥(key,arr)、下野人司(b)、 ■セットリスト Setlist : Gatz Live @ Cotton Club, March 30, 2008 セットリスト ガッツ  … Continue reading

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