Monthly Archives: June 2003

Longest Soul Song Ever (probably)

長尺。 テンプテーションズのアルバムはすでに約50枚。シングルヒットは約90枚。文句なく現役R&Bヴォーカルグループのナンバーワンです。昨日『ソウル・ブレンズ』でご紹介したアルバム『オール・ディレクションズ』は72年の作品ですが、当時のソウル・アルバムとしてはかなり斬新なものでした。 なんといっても、「パパ・ウォズ・ア・ローリング・ストーン」がここでは11分45秒もありますからねえ。イントロだけで3分53秒。イントロだけで、普通の曲なら終わります。当時はやっていた頃、ライヴではどうしていたんだろう。最近はさくっと短くして歌ってますけど。まさかロング・ヴァージョン、イントロ3分、バンドにあわせて振付けてたわけじゃないでしょうねえ。(笑) シングル・ヴァージョンでさえも6分58秒もあるんです。こちらでもイントロは1分54秒。よくこんな長い曲、7インチにいれましたよね。ほんと長尺ソウルです。 この曲は、結局グラミー賞を3部門獲得します。しかし、おもしろいのが、「R&Bインストゥルメンタル」部門を受賞しているところ。テンプテーションズと、アレンジャーのポール・ライザーが受賞者なんですが、テンプスは別になんにもやってません。このトラックを作ったのは、実際はプロデューサーのノーマン・ホイットフィールドであり、ミュージシャンたちですからねえ。(笑) いくら70年代になって、ロックの世界で長い曲が流行り始めたと言っても、ソウルの世界でこんなに長い曲は聞いたことがありません。(ライヴ・ヴァージョンは別です) テンプスのメンバーは、ノーマンが作り出すいわゆる「サイケデリック・ソウル」のサウンドがあまり好きではなかったようで、けっこうスタジオではぶつかったようですが、当時はヒットが続いていたこともあって、なんとかなったわけですね。まあ、勝てば官軍です。 このアルバムには、エドウィン・スターのヒット「ファンキー・ミュージック」、アイザック・へイズの「ドゥ・ユア・シング」に加え、ロバータ・フラックの「ファースト・タイム・アイ・エヴァー・アイ・ソウ・ユア・フェイス」などのカヴァーが収録されています。 この中ではやはり、ロバータの曲のカヴァーが、ヴォーカル・グループらしさを存分にだしていて聴き応えがあります。このファルセットはデイモン・ハリスかな。 そして、現在ではこのアルバムとやはり70年の傑作アルバム『サイケデリック・シャック』の2枚が「2イン1」になって1枚のCDとして発売されています。輸入盤ですが。30年後にもひっぱりだされてじっくり聴かれるアルバムなんだから、たいしたものです。

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Genuine Improvisation Made By Jun

純正。 救急車が前の道をサイレンを鳴らして走れば、彼はそれまで弾いていたピアノの曲もその音に瞬時にあわせて演奏する。サイレンの音階がピアノによる音階に瞬時に変化。変幻自在、ピアノの魔術師、深町純の純正・純製・即興ライヴ。 そんな即興家の彼がこのところ毎月1曲、事前に譜面に書いた、作曲してきた作品を演奏しています。昨日で10曲目。その名は「リヴォーカブル・インプロヴァイズド・エレジー revocable improvised elegy 」 意味は「なくてもいい即興のエレジー(哀歌)」。 「即興の曲と譜面に書かれた曲をやるときは、確かに何か違う。僕もよくわからないんだけど」と彼は言います。来月か再来月、これらをまとめて演奏するかもしれない、とのことです。 さて、深町純さんのライヴは、ときどき、飛び入りゲストがやってきて何かをやる。彼の即興にあわせて何かを演奏したり、歌ったりすることもあれば、ある程度打ち合わせたり、譜面を用意したりして、演奏したりすることもある。 昨日は、なんとヴォイス・パーカッションとファルセット・シンガーの二人がやってきた。パーカッション担当がカズくん、もうひとり、ファルセットがしのぶくん。彼らはワーナーからCDをだしているベイビーブーという6人組ヴォーカル・グループのうちの二人だ。 まず、深町・ピアノとカズ・パーカッションで、しばしのりのいい即興演奏。そして、続いてしのぶ・ファルセットをいれ3人で、なんと、スタイリスティックスの72年の大ヒット「ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」を歌った。深町さんのこのアートカフェライヴでソウルのカヴァーをやったのは、30回の歴史の中で初めてではないか。 日本人歌手でファルセットを歌う人をあまり知らないので、非常に興味深かった。深町さんは、彼らへの拍手が自分への拍手よりも大きかったので、不満そうだった。(笑)  僕はベイビーブーというグループを知らなかったので、ライヴが終わった後少し話を聞いた。グループは96年9月にリーダーのカズくんが神戸で結成。2000年9月までに現在の6人のラインアップになった、という。インディでシングルを出した後、2002年メジャーのワーナーに移籍。2002年8月にファーストアルバムを出し、2003年7月にはワーナーから5枚目のマキシシングルが出る。基本的にはJポップというジャンルなのかな。 ファルセットを歌ったしのぶくんはテイク6が大好きだと言うので、8月にマウントフジジャズフェスで彼らがマーカスミラー、レイラハザウエイと一緒にやってくることを伝えた。 これまでに出したシングルには必ず一曲カヴァーをいれるということで、次の新曲シングルには「愛のコリーダ」をアカペラでいれた。ちょうどそのサンプルをもらったので早速うちで聴いたら、いやいや、ルイスジョンソンのベースソロのところをカズくんがやっていた。受けた。他にはブレッドの「イフ」、シンディー・ロウパーの「タイム・アフター・タイム」などをカヴァーしている。 広く告知はしていないそうですが、ベイビーブルーが6月30日月曜日午後8時過ぎから渋谷ハチコー前でストリート・ライヴをやるという。ちょっと覗いてみようかな。 そして、深町純さんは、7月8日(火)に横浜モーションブルーでライヴをやります。午後7時と9時半。入れ替えなし。チャージ3000円。問い合わせはモーションブルー 045-226-1919。モーションブルーでもトーク爆発でしょうか。(笑)  (2003年6月28日・深町純ライヴ・恵比寿アートカフェ) ENT>MUSIC>LIVE>JUN, FUKAMACHI

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New Soul Bar In Monzen-Nakacho

門前仲町。 昨日の続き。ガッツのライヴが終わり、Kは帰り、Mとともに門前仲町に新しくできたソウルバー「FUNX(ファンクス)」に向かう。6月16日オープンなので、まだ10日あまり。20代前半の若者3人が共同で始めた12坪の店だ。 Mはオープンまもなく一度来ているが、ぐでんぐでんに酔っ払っていてあんまり場所を覚えていない、という。しかし、僕は事前に住所をきいていたので、場所のめぼしはつけていた。Mも、近くまで来たら、すぐにわかった。一本裏道だが、一度来れば、後は簡単だ。 永代通りからその店に行く途中、「やさしいママがおもてなし、生ビール400円」という張り紙のあるスナック店の横を通過。これはなんだ? 「生ビール400円でも、テーブルチャージ3万円くらい取られたりして」などと軽口をたたきつつ、ファンクスに到着。 もともと白金ダンステリアでアルバイトをしていた川端君が仲間と始めた。ターンテーブル2台、CDなし。約15席のお店。かける音楽は60年代から現在までのソウル、R&B中心。アナログをとりあえず1000枚程度そろえた、という。 内装は、コンクリート打ちっぱなしで実にかっこいい。と思いきや、よ~~くみると、打ちっぱなしに見える壁紙であった。M曰く「ああ、これね、触んなきゃ、わかんないよ。僕も前ラーメン屋やってたとき、木目の壁紙使ったんだけどさ、木の節みたいな穴までちゃんとできてるんだ。でこぼこついてさ。そしたら、客がそこをごりごりほじくりやがってさ。ほじくるな、っつうの」(笑) みんなも、コンクリートの打ちっぱなしだと思って、卵とか投げつけないでね。(誰もそんなことは、しないか) 意外ときゃしゃです。 川端君は、東西線沿線でやりたかった、という。おそらく、門前仲町初のソウルバーでしょう。ここのすごいところは、営業時間。夜7時から、な、な、なんと翌日朝10時まで! アフターアワーズもおまかせ、って感じですね。ソウル・モーニング食べて、出社だ!  門前仲町駅から徒歩2分。門前仲町の交差点から永代通りを銀座と逆のほうに右側を歩き、最初の信号を右折、すぐに最初の角を左折、まもなく行った右側。看板がでている。永代通りと並行に位置する、車が通れない細い路地にある。 FUNX 住所 東京都江東区富岡1-4-13 1F電話 03-3642-2280休業 基本的になし。営業時間 午後7時から翌午前10時。チャージ 男性 500円、女性 なし。ドリンク 600円~フード チャーハン、パスタなど 900円~開店 2003年6月16日(月) ENT>SOULBARS>FUNX

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GATS TKB SHOW Live At Shibuya Boxx

宿題。 「ソウルマン」ガッツTKBショウのライヴが渋谷のAX(アックス)であるというので、友人MとKとAX入口で待ち合わせる。7時の待ち合わせに20分くらいあったのと、ランチをまだ食べていなかったので、数年ぶりにチャーリーズハウスでラーメンを食べることにした。 なかなか車をとめるところがなかったので、一度店の前を通過。すると、店の中には客が二人しかいなかった。一時期は並んでたのにねえ、と思いつつ、なんとか車を止めて店に向かう。扉を押し中に入ると・・・。そこで、僕が見たものは! (モノクロ映像の反転) な、な、なんと、その待ち合わせのMとKが一足先に、ラーメンなどを食べているではないか。二人の客は彼らだった。しかも老酒、ビールなどの飲みかけもある。やられた。 「しかし、この渋谷に何千軒とある店で、どうして、同じ店に来るかね(笑)」とM。Kは初めてというので、Mと「チャーリーズハウスといえばねえ、一世を風靡した店だよねえ。じゃあ、これからも渋谷にお寄りの際はぜひ、こちらで食べてからライヴに」とほとんど宣伝部長みたいな言い方をするも、「一世を風靡した」などと過去形で語っているときに、店の人の視線が一瞬気になった。すいません。チャーリーズハウスは1975年オープン、28年この地でラーメンなどを出している店だ。とりいそぎ、パーコーメンみたいのを食べて、AXに向かう。 と、ところが、AXに来たがなんだか様子が違う。客層が違うのだ。改めて、案内のファクスをよ~~く見ると、そう、ガッツのライヴはおとなりのBOXX(ボックス)だったのである。なんとなく、AXって聞いていたような気がしたんだけど。AXから雨の中をとぼとぼBOXXまで歩く。Kも、MもAXだと思っていたので、全員、すっかり意気消沈。 だが、会場に入ると小さな音で、スピナーズの曲が流れてきた。思わず、「は~い、75年のスピナーズのスマッシュ・ヒット、『ゲームス・ピープル・プレイ』」などとMとKに解説して失笑を買うも、徐々に意気衝天。 ライヴはほぼ時間通りにスタート。オンステージにガッツを含め8人。立派なバンドだ。感じたことはたくさんあった。なにより、彼の音楽は、ガッツの声が抜群にいいということだ。この場合バンドの仕事は、そのガッツの声の良さをいかに引き立たせるか、どうやったら彼の声の魅力が輝くかという点に集中することが大事になる。 もちろんバンドによっては、バンドサウンドを重視して、声をバンドの中の一部、楽器の一部として捉える方法もあるが、この場合はまず、なにをおいてもガッツの声ありき、ということだ。 バンドは、日本人のバンドとしては、タイトでかっこいい。おそらく、このバンドなら、CDよりもライヴ・パフォーマンスのほうが、かっこいいだろう。ガッツはCDよりも、ライヴの人ではないかと感じた。フルのライヴは2月以来とのことだったが、このバンドで毎週あるいは毎日でも箱バンド的にやっていたら、めちゃくちゃ強力無比になるだろう。ついでに、ブラスセクションかなんか入れた日には、かなりファンキーなバンドになれると思う。今はガッツの声がソウルフルなのに、バンドの音は、うまいだけにかなりクリーンだ。 アース・ウィンド&ファイアーのライヴ、ジェームス・ブラウンのライヴ、マイケル・ジャクソンのライヴなんかをもっと研究して、ショウアップしたライヴにしたら、より楽しくなること間違いない。まだ、動きがないから、次はコレオグラフィーでもつけてもらいましょう。(笑)  一番印象に残った曲はアンコールで歌われたカーティス・メイフィールドの「ピープル・ゲット・レディー」。前回青山で聴いたときはアコースティック・ヴァージョンだったが、この日はバンド・ヴァージョン。これは、さすがに歌いこんでいるだけあって、聴き応えある。ただし、これはグッドニュースとバッドニュースでもある。バッドニュースは、これが一番ということはオリジナルはどうなんだ、ということになるからだ。ぜひ、オリジナルでこの「ピープル・ゲット・レディー」を超える曲を作って欲しい。いい楽曲が生まれ、タイアップでもつけば、ブレイクはすぐそこだ。それが最大の宿題だ。 といったようなことを、ライヴを見ながら考えていた。そしたら、渋い顔をしていたのかもしれない。ライヴ後、ガッツに言われた。「渋い顔してましたねえ。見えましたよ。楽しくないのかと思いました」 「いやいやいやいや、エンジョイしましたよ!」と強く否定した。アンコールを含めて1時間57分。このバンドでジェームス・ブラウンみたいに年間150本くらいやってみたら、どうでしょう。(笑)  【2003年6月26日(木)渋谷BOXX】 ENT>MUSIC>LIVE>GATS TKB SHOW

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Get Out And Get The Japanese Title

邦題値千金。 ナット・キング・コールの89年に東芝からでていた2枚組40曲入りのベストCDを入手しました。そうしたら、ここに先日ウッチーさんがBBSで話題にあげてくれた「月光値千金」(5文字・11音)がはいっていました。キャッチーでいい曲ですねえ。 「モナ・リザ」「トゥ・ヤング」「枯葉」などなどスタンダードばかり。で、何を書くかと言えば、この頃の邦題についてです。1940年代から60年代にかけての作品群の邦題は一ひねりしつつも、その曲のエッセンスをついています。 みんな邦題がいいんですよねえ。たとえば、Red Sails In The Sunset 夕陽に輝く赤いセール=「夕陽に赤い帆」(6文字)。イメージがすぐにわきあがります。あるいは、これは映画のタイトルをそのまま使っていますが、Love Is A Many Splendored Thing 愛とはたくさんのすばらしいもの=「慕情」(2文字)。慕情とは、慕わしく思う気持ちです。昔の人はセンスありましたねえ。っていうか、ヴォキャブラリーがあったんでしょうね。 An Affair To Remember 最近だったら「思い出のラヴアフェア」といった程度の邦題か。これが「過ぎし日の恋」(6文字)。 これもいいですよ。Oh, How I Miss You Tonight 「オ~、どれほど今宵(こよい)君のことを思うか」が直訳。これが「君しのぶ宵」(5文字)だ!  次のもうまい。Those Lazy-Hazy-Crazy-Days Of Summer。まあ直訳すれば、「けだるく、どんよりした、クレイジーな夏の日々」といったところでしょうね。これを「暑い夏をぶっとばせ」(9文字)とするわけだ。 月曜日にNHKの番組に字幕翻訳家の戸田奈津子さんがでていて、字幕の話をいろいろしていましたが、セリフ1秒につき3-4文字しかはいらない。だから、日本語がものすごくむずかしい、ということを力説されておりました。 最近、こいつはうまい、という曲の邦題があんまりありませんが、やはり、ずばっとくる邦題は覚えますよね。 そして、ナット・キング・コール全40曲中、ナンバーワン邦題賞は、文句なく「月光値千金」です。原題は、Get Out And Get Under The Moon。日本人のDJは、誰もこんなタイトル読みません。(笑) せいぜい直訳だと、「飛び出せ、月光の元に」といったところかな。それも悪くないか。でも、たった5文字のほうが勝ちですねえ。 値千金の邦題です。

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Crusaders’ Blue Note Tour Finalized

クルセイダーズ来日決定。 50周年。 クルセイダーズのブルーノート・ツアーが10月に決定した。メンバーは、ジョー・サンプル、ウィルトン・フェルダーのオリジナル・メンバーに加え、ドラムには新人のケンドリック・スコットが参加。名古屋、大阪、東京、福岡の各ブルーノートに登場する。まもなく正式に発表される。 他のメンバーは、ギターにレイ・パーカー・ジュニア、トロンボーンにスティーヴ・バクスター、ベースにフレディー・ワシントン。ゲスト・ヴォーカリストは現在のところいない模様。クルセイダーズとしての来日は92年8月のマウントフジ・ジャズ・フェスティヴァル以来。 公演日程は次の通り。 2003年9/29(月)~10/1(水):名古屋ブルーノート 052-961-631110/2(木)~4(土):大阪ブルーノート  06-6342-772210/6(月)~11(土):東京ブルーノート 03-5485-008810/13(月)~15(水):福岡ブルーノート 092-715-6666 問い合わせは正式発表後に各ブルーノートへ。 クルセイダーズは、昨年クルセイダーズとして11年ぶりの新作『ルーラル・リニューアル』を、オリジナル・メンバーのうちの3人(ジョー、ウィルトン、スティックス・フーパー)で発表している。 オリジナル・ドラマーのスティックス・フーパーの代わりを務めるのはバークリー音楽院出身の新進気鋭のドラマー、ケンドリック・スコット。テキサス州ヒューストン出身で、ジョーやウィルトンなどとも同郷にあたる。また、ヤマハの契約ドラマーで、数多くのセッションを経験、神戸のジャズ祭で来日もしたことがある。若き血をいれたヴェテラン、クルセイダーズがどのようなサウンドを見せるのか注目される。 クルセイダーズは、ジョー、スティックス、ウィルトンにウェイン・ヘンダーソンで1953年にテキサス州ヒューストンで母体が結成された。よって、今年で50周年ということにもなる。61年ジャズ・クルセイダーズとしてデビュー、71年にジャズが取れ、シンプルにクルセイダーズとなってから急激に人気を集めるようになった。79年、ヴォーカリスト、ランディー・クロフォードを大胆に起用した『ストリート・ライフ』が大ヒットになり、フージョン界最大の人気グループになった。その後、メンバーのソロ活動なども活発化、クルセイダーズとしては91年の『ヒーリング・ザ・ウーンズ』が最後のアルバムだったが、2002年前述の新作がでた。 +++

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Sacred Steel: Campbell Brothers Will Be In Town In July

キャンベル・ブラザース来日 神聖。 セイクリッド・スティールSacred Steelというのは、「聖なる(神聖なる)ギター」と呼ばれるのですが、ブルース、ゴスペルをフュージョンさせたようなサウンドを聞かせるキャンベル・ブラザースが来日します。 http://www.campbellbrothers.com/ http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&uid=CASS80305190557&sql=Bjx6htr5qkl6x 一曲だけ聞きましたが、実に迫力があるゴスペル、ブラック・ミュージックでした。彼らの特色はスティール・ギターを中心に編成されているところ。なかなか見る機会はないようです。 彼らのようなグループは、絶対にCDよりライヴでしょうね。ライヴでその魅力がでてくるアーティストでしょう。 来日公演は次の通り。 タイトル『ブルース・パラダイス2003』 日時 2003年7月14日(月) 開場6時、開演6時半会場 芝ABC会館ホール 前売り6000円、当日6500円(全席指定)出演 キャンベル・ブラザース、鬼ころし、レイニーズ・バンド問い合わせ チョコレートクリーム・プロダクション 03-3487-5442http://www.chocolatecream.co.jp/ なお、鬼ころしは、横浜を中心に活躍するグループ、またレイニーズ・バンドはカズ南沢、レイニー加藤、ボブ斎藤、エルトン永田、ジュニア豊田、三松亜美、染谷由紀乃らヴェテランで結成されたバンドです。 +++++ Nouveau Zydeco: Chris Ardoin Coming To Japan, Also ザディコのクリス・アルドワンも来日 ザディコ。 古くからルイジアナ州ニューオーリンズを中心に人気のザディコ・ミュージックのアーティスト、クリス・アルドワンも来日します。 http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&uid=CASS80305190557&sql=B23jeear14xf7 http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&uid=CASS80305190557&sql=B0u1gtq3zbu48 ザディコは、ニューオーリンズのダンス・ミュージック。そのルーツは、フランス系移民の人々の間で受け継がれてきたケイジャン・ミュージックです。このクリス・アルドワンは、1981年生まれで、すでにザディコでも第三世代になる新世代のミュージシャン。ソロ名義、グループ名義で数枚のアルバムを発表、地元ではかなり人気とのこと。ザディコでもヌーヴォー・ザディコと呼ばれています。 タイトル 『ジャズ・イン・トウキョウ・プレゼンツ・ジャズ・イン・虎ノ門VOL.9』 出演 クリス・アルドワン&ダブル・クラッチン日時 2003年7月22日(火)、23日(水)会場 虎ノ門JT本社 2階アフィニスホール料金 座席 3000円(当日3300円)、立ち見2500円(当日2800円)問い合わせ チョコレートクリーム・プロダクション 03-3487-5442http://www.chocolatecream.co.jp/ なお、7月24日は「新橋こいち祭」に参加。新橋駅前SL広場ステージでも演奏予定。時間は未定。無料。 ともに、チョコレートクリームのウエッブから優先予約があります。 +++

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What’s Going On by Tatsuro Yamashita

解釈力。 このところ、と言っても先週からですが、日曜は午前11時40分からの日本テレビのバカ騒ぎ番組をちらっと見て、2時から『サンデイ・ソングブック』を聴き、そして、4時半の男にのぞむ、というのが、パターンになっているわけですが。 先週と今週の山下達郎さんのその番組『サンデイ・ソングブック』は2003年3月21日(金=祝)に東京FMホールで行われた番組リスナー招待のアコースティック・ライヴの模様を放送していました。先週書こうと思っていたのですが、彼は「ホワッツ・ゴーイング・オン」を歌うんですね。よく歌っていると言ってました。知らなかった。 ちょうどその前日開戦になったということで、急遽これを歌うことにした、とコメントしていました。う~む、このセンスはさすがですね。 この日のバンドはギター、ベース、キーボードだけのアコースティックバンド。達郎氏は、「普通はこの編成でやると、フォーク調になってしまいますが(といって、若干いかにもフォーク調の曲をほんの瞬間やる)、われわれがやると、見事なロックンロールになります」と言って一曲やったんですね。 たしかに、フォークではなく、ロックンロール。結局、音楽は楽曲じゃなくて、やる人、演奏家、歌手の心構えなんですよね。ソウルの名曲もカントリーの名歌手が歌えば、カントリーの名曲になります。フォークだって、ソウルにもなるし、ロックにもなる。 そして、その伝でいけば、この珠玉のソウルソングである「ホワッツ・ゴーイング・オン」が彼の手にかかると、見事なまでに達郎節のポップソングに生まれ変わります。これをして、解釈というのでしょう。そして、解釈力のあるミュージシャンは、概して非常にすぐれたミュージシャンです。 昨日(2003年6月22日)のオンエアでは、スカイライナーズの「シンス・アイ・ドント・ハヴ・ユー」を歌ってました。これも、ポップソングに変身です。

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Artist who remind me “Best Hit USA”

土曜夜。 シンディー・ロウパーっていうと、80年代です。80年代っていうと、洋楽ファンからすると、『ベストヒットUSA』です。小林克也さんです。これは、洋楽のプロモビデオを流すテレビ番組で80年4月からテレビ朝日系列で毎週土曜日11時過ぎから始まりました。なんとアメリカで音楽専門チャンネルMTVが放送を開始するのが81年8月ですから、その前からプロモーション用のビデオクリップをかけていたことになります。はやい。小林克也さんはその番組の司会者でした。 でも、その頃はまだまだプロモビデオの数もなかったので、番組でベスト10を紹介するときも、ビデオがないものがけっこうあったんですね。で、番組はどうしたかというと、レコードかけて、ダンサーたちがその曲にあわせてダンスしている適当な映像を流したわけです。『ベスト・ヒット』自体がアメリカの音楽番組『ソリッド・ゴールド』からそんな映像をもらって作っていたので、それができたわけです。 今でこそ、ベスト10にはいるような曲にはすべてプロモビデオがありますが、その頃は全部が全部についていたわけではないんですね。隔世の感があります。 で、やはり80年代のアーティストって、日本ではこの『ベストヒットUSA』をきっかけにブレイクしたアーティストが多いですよね。『ベストヒット』を思い出してしまうアーティストというのは確かにいて、このシンディー・ロウパーなんかそんなアーティストのひとりです。

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Dance With My Father: Complete Japanese Translate Version

号泣。 たった4分19秒の間に、これだけの起承転結をつけるんですから、まいります。こういう物語なんですね。部分訳は以前だしましたが、これで完全版。どうぞ、ゆっくりルーサーの世界を堪能してください。しかし、これを聴いた世の母親は、いや、父親もみんな涙するんじゃないか。お涙頂戴もここまで行けば、脱帽です。7歳くらいまでの記憶だけで、これだけの物語を書くのですから、ルーサー、恐るべきストーリー・テラーです。こんな曲、一生に一曲でも書ければ、ソングライター冥利につきます。 +++++ 「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」訳詞完全版 「それは、僕が子供だった頃、人生がすべての純真さを失う前のことだった。父は僕を高く持ち上げてくれた。父は母や僕と一緒にダンスを踊ってくれた。父は寝付くまで、僕をあやしてくれ、そして2階の寝室に連れてってくれた。そんな時確信したものだ。僕は父に愛されている、って。 もう一度チャンスがあるなら、一緒に父と散歩をしたり、踊ってみたい。僕は決して終わることがない歌をかけよう。どれほど、僕が父ともう一度踊ってみたいと思っていることか。 母の言い付けに僕が納得できない時、僕は父のところに助けを求めに走ったものだ。父は僕を笑わせ、慰め、でも、結局母の言い付けたことを僕にやらせてしまった。 そんな夜遅く僕が寝ていると、父は枕もとにそっと1ドル札を忍ばせてくれた。そんな父がいなくなるなんて、夢にも思わなかった。 最後にもう一度父をどこからかそっと見ることができるなら、最後のダンスを一緒に踊れるなら、僕は決して終わることがない歌をかけよう。なぜって、僕はもう一度、どうしても父と一緒にダンスを踊りたいから。 ときどき、母がドアの向こうで父を思い出してすすり泣いているのを聴いた。僕はそんな母のために、祈った。 僕は無理なお祈りをしたかもしれない。『彼女が唯一愛した人をもう一度生き返らせて』っていうお祈りだからね。もちろん、神様、あなたはそんなことは普通してくれないってわかってる。でも、母はものすごくもう一度父とダンスを踊りたいんだ。 僕が寝るとき、これこそが僕が夢見る夢なんだ。」 +++++ いやあ、いい歌詞だ。いい物語です。特に気に入ったラインは、 If I could steal one final glanceOne final step, one final dance with him というところ。glance は「ちらりと見る; ざっと見る 」という意味。父の姿をたくさん見るのではなく、ちらっとでいいから、見たい、ということになる。しかも、steal one final glance。これは、どこからか覗き見するニュアンス。きっとルーサーが天国にいる父親をちらっとでもいいから、見たい、最後の一度でいいから、っていうニュアンスですね。see とかwatchではなく、steal~glanceっていうところが繊細なルーサーらしい。 しかも、その後に、One final step, one … Continue reading

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Luther’s Album Made No.1 For The First Time In His Life

ルーサーの新作、アルバム・チャートに1位初登場 生涯初。 6月10日に全米で発売されたルーサーのアルバム『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』が、今週末付けの全米アルバム・チャート(ビルボード誌など)で、1位初登場する。これは彼が81年『ネヴァー・トゥ・マッチ』でソロ・デビューして以来、22年の歴史の中で、初めての快挙。これまでにルーサーのアルバムは、ベスト、クリスマス・アルバムなどを含め15作品がアルバム・チャート入りしているが、最高位は94年の『ソングス』の5位、また、もっとも売れたアルバムは89年の2枚組のベスト・アルバムで300万セット(600万枚)だった。 ニールセン・サウンドスキャンの調べによると、集計締め切りの6月15日までに同アルバムは44万2千枚売り、堂々の1位となった。なお、2位には先週1位で、今週約36万枚を売り上げたメタリカが続いている。さらに3位には同じくロックグループ、レイディオヘッドの新作が約30万枚売りランクインしている。 ルーサーのレコードは、元アリスタ・レコード社長クライヴ・デイヴィスが持つJレコードからの作品。デイヴィスは、親会社BMGからアリスタの社長を解任され、自らJレコードを始め、成功した。昨年親会社BMGは、Jレコードの株を半分買収することにより、デイヴィスを再びグループ内の統括者に戻し、RCAレーベルのヘッドに据えた。このRCA傘下にJレコードが位置する。 現在RCAからは、テレビ番組『アメリカン・アイドル』(いわゆるスター誕生的な歌手志望アーティストたちの勝ち抜き番組)優勝者もしくは出身者のクレイ・エイキン、ルーベン・スタッダードのシングルがともにシングルチャートで1位、2位に初登場し、大ヒットさせている。 ++++++ Luther As Silk, Silk As Luther シルク。 まさにシルクのような声とはこのルーサーのこと。新作『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』を繰り返し聴いている。全14曲、ゲストはフォクシー・ブラウン、ビヨンセ(デスチャ)、バスタライムス、クイーン・ラティーファなど、かなり若いヒップホップな連中を集めて、若い層の支持も集めようという狙い。 それにしても、やはり、彼の作品のクオリティーは若干の波はあれ、基本的にこの四半世紀変わらない。今回の作品は彼の入院騒ぎゆえに大量の露出があったために、一挙に大ブレイクしたが、おそらくそのプラスアルファがなくても、かなりの注目を集めただろう。アイズレーが1位初登場したように、ルーサーも1位初登場になったと思われる。それにしても、16枚目のチャート作品で初1位、しかも、初登場1位という栄誉までついた。 なにしろ、その表題曲がじつによくできている。誰にでも書けそうだが、これがなかなか書けないものなのだ。ここに到達するまでに、ルーサーは四半世紀を要しているのである。もし、これがデビューアルバムあたりで書かれ、歌われてもおそらくそれほどの感動は与えないだろう、と思う。そういう意味で、この曲にはルーサーの四半世紀のいや、もっとそれ以上の「人生のソウル」が込められていると思う。 ロバータ・フラック&ダニー・ハザウェイの名唱で知られる「ザ・クローサー・アイ・ゲット・トゥ・ユー」(78年、ソウルで1位、ポップで2位)を、デスティニー・チャイルドのビヨンセ・ノウルズとともにデュエットした。これも、キラー・カット! そういえば、たしかロバータのツアーでルーサーとマーカス・ミラーが実質的に親しくなった。それまでもスタジオなどで面識はあったが、じっくり音楽の話をするようになったのは、二人がロバータのツアーにでたとき。その出会いが『ネヴァー・トゥ・マッチ』に結集する。ルーサーは、ロバータの作品はかつて、「キリング・ミー・ソフトリー」を94年のアルバム『ソングス』で録音している。 アルバムにはもう1曲カヴァーがある。ビル・ウィザースの大ヒット曲「ラヴリー・デイ」(77年、ソウルで6位、ポップで30位)だ。バスタ・ライムスのMCに紹介されてルーサーのシルキー・ヴォイスが登場。 そして、文句なしのキャリアソング「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」。歌詞がすでにネットにでていた。しばらく前にはでていなかったので、アルバム発売後、アップされたのだろう。 シルクの如くルーサーの声。それは、ルーサーの如くシルクの手触り。    +++++ なお、ルーサーに関する記事は、次の過去日記に書いてあります。 4月25日http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200304/diary20030425.html、5月5日http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200305/diary20030505.html、5月15日http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200305/diary20030515.html、5月22日http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200305/diary20030522.html、5月29日http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200305/diary20030529.html、6月13日、6月14日、6月20日。 ソウル・サーチン・ダイアリーは、今一番ルーサーについて読める日記ですね。(笑) +++++ Song: “Dance With My Father ” Artist: Luther Vandross Back when I was a … Continue reading

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Nivea Live At Liquid Room

途上。 ニヴェアのライヴ、新宿リキッド。前座二組が終わり、9時過ぎに女性ダンサー2人、ラッパー1人を従えて登場。全曲トラック(カラオケ)。全11曲38分、アンコールなし。「25リーズンズ」「ランドロマット」「スティル・イン・ラヴ」などを経て、最後に大ヒットした「ドント・メス・ウィズ・マイ・マン」。歌はうまい。そこそこ踊りもついている。 途中で男性シンガーが登場。けっこう上手。「ランドロマット」を一緒に歌う。その彼はなぜかひとりで、Rケリーの曲「イグニッション」他を歌った。 さすがに「ドント・メス・・・」は大ヒットしただけに、反応も大きい。だが、11曲中実質彼女の歌は6曲で、他の曲はラッパーがでたり、先の男性シンガーが歌ったりで、さすがに物足りない。また一曲終わるごとにステージ袖に引っ込むのは、一体なぜ。 ニヴェアのライヴショウというより、まだショウケースというか何かのクラブイヴェントで、歌もありましたのレヴェル。発展途上だ。フルショウ、最低でも90分くらいできるようになってから、ツアーにでたほうがいい。それまでは、彼女は誰か他のヘッドライナーのオープニングアクトあたりがいい。 ライヴはまったくだめだったが、本人は可愛く、人なつっこい。日曜(15日)に『フィールン・ソウル』用に黒沢さんがインタヴューしたが、話は盛り上がった。この模様は今週土曜日にオンエアする。 彼女の左腕に刺青を見つけた。インタヴューが終わった後、何て書いてあるのかを尋ねた。するとそこには「ドゥエイン」と彫られていた。「これが、フィアンセ?」「そう、リル・ウェインのこと」と答えが返った来た。82年3月24日ジョージア州アトランタ生まれ。21歳。CDは日本でも6万枚以上売れている、という。立派な数字だ。CDは実によくできている。 (2003年6月18日新宿リキッドルーム) ENT>MUSIC>LIVE>NIVEA

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New Edition Will Hit Japan Tour

ニュー・エディション来日公演決まる 初物。 80年代に数多くの大ヒットを放ちバブルガム・ソウル・アーティストとして人気を集めたスーパーグループ、ニュー・エディションが8月に初来日する。来日メンバーは、リッキー・ベル、マイケル・ビヴィンズ、ラナルド・デヴォー、ラルフ・トレスヴァント、そして、ジョニー・ギルの5人の予定。ボビー・ブラウンは現在、裁判所からの命令で居住州外にでられないために、来日しない。これまで、ベル・ビヴ・デヴォーの3人、ラルフ、ジョニー、ボビーもそれぞれの単独公演は行われていたが、全員がまとまってニュー・エディションとしての来日は初になる。 ニュー・エディション来日公演 東京公演: 8月5日(火曜)、6日(水曜)渋谷AX。8000円(税込み) 問い合わせ先は、スリーヴェース。03-5464-9099。チケットの発売は6月末か7月初旬になる予定。 ニュー・エディションは、ボストン出身のプロデューサー、モーリス・スターがジャクソン・ファイヴのようなティーンのグループをヒットさせようとメンバーを集めて80年代初期に結成したグループ。83年、「キャンディ・ガール」のヒットを皮切りに次々とヒットを送り出すようになった。このとき、メンバーはまだ16歳前後だった。84年、メジャーのMCAに移籍、「クール・イット・ナウ」が大ヒット。メンバーのボビー・ブラウンは86年、グループ活動と並行してソロ活動も開始。ボビーは88年、「ドント・ビー・クルーエル」「エヴリ・リトル・ステップ」などが大ヒット、この時期までにグループを事実上脱退した形となり、ブラック・コンテンポラリー・ミュージックの寵児となった。 80年代はティーンのR&Bグループだったが、90年代に入ると徐々に大人のグループへの変貌をとげようとしている。グループからボビーがソロ活動を開始した後、メンバーのうち、ベル、ビヴ、デヴォーの3人が「ベル・ビヴ・デヴォー」を結成。90年の「ポイズン」から大ヒットを送り出す。ほぼ同時に、ラルフ・トレスヴァントもソロ・レコードを発表。「センシティヴィティー」が大ヒットしている。 ボビーのソロ活動への比重が重くなってきた88年、グループは新しくジョニー・ギルをリード・シンガーに迎え新生ニュー・エディションとして再出発をはかった。メンバーそれぞれが来日したことはあるが、グループとしての来日は初。その点でも大いに注目されそうだ。 なお、この後グループは大阪ブルーノート(8月11日、12日)、名古屋ブルーノート(8月14日、15日)でライヴを行う。

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Bittersweet Voice That Turned Blue Note A Desert

砂漠。 オーダーしようとしたドリンクは、ジンジャーエール。スタッフが尋ねる。「ドライにしましょうか、ソフトにしましょうか」 辛いほう、つまりドライを注文する。 13分ほどバンドがウォーミングアップの演奏をしてから、いよいよ今夜のスター、ナタリーがスパンコール系のキラキラ光るパンツでステージ中央に登場。スポットライトに照らされる彼女は相変わらずの存在感を輝かせる。 前半6曲は最新作『アスク・ア・ウーマン・フー・ノーズ』からの作品(「テル・ミー・オール・アバウト・イット」「アイ・ハヴント・ガット・エニシング・ベター・トゥ・ドゥ」)、「トゥ・フォー・ザ・ブルーズ」「ルート66」「アイム・ビギニング・トゥ・シー・ザ・ライト」「ライク・ア・ラヴァー」などをゆったりとしたペースでこなす。歌う曲のためもあってか、まるで砂漠のオアシス、ラスヴェガスのホテルのショウのようだ。 ひときわ拍手を得たのが、彼女が「今日ここに来たすべての恋人たちのために歌います」と言って歌った「トゥ・ヤング」。もちろん、父の大ヒットでもある。曲が終わると前の外人6人組が手が壊れるのではないかと心配になるほど思い切り手を叩いている。この曲の人気を再確認。そして、ステージ両側のテレビモニターがモノクロの映像を映し出した。「最初の歌詞で、みなさん、次の曲がおわかりになると思います」と紹介して、イントロが流れ出す。流れ出る声は父ナット・キング・コール。歌いだしの単語は、「アンフォーゲッタブル・・・」 昨年は声だけだったが、今年は映像付き。以前から何度もこの演出をしていたが、何度見てもこのシンクロはすばらしい。そしてナタリーのこれを歌うまでの道のりを思うと、どうしても感動してしまう。 時折ナタリーが画面の父を見る。曲のエンディングで、ナタリーが父ナットと同じように右手を横に伸ばしおじぎをするしぐさを見せる。それは、モニターに映し出されるモノクロのナットの生き写しさながらだ。おじぎもシンクロしているのだ。もちろん「トゥ・ヤング」よりもさらに大きく、もっと長い拍手。まさにナタリーのキャリア・ソングと呼ぶにふさわしいパフォーマンスだ。 そして、「ペーパームーン」で一度舞台を降りた後、アンコールで再度登場。バンド指揮者とちょっと打ち合わせをし「コーリング・ユーでもやろうかしら」とつぶやき、「この曲は80年代に映画『バグダッドカフェ』(88年)でアカデミー賞にノミネートされた作品です」と説明して歌いだしたのが、最新作に収録されている「コーリング・ユー」。 「ラスヴェガスからあてもなく続く砂漠の道。今までいたところよりは少しはましな所を求めて。壊れかけたコーヒーマシンしかない小さなカフェで気が狂ったように、あなたの名を呼ぶ。聞こえないの?(コーラス) 暑く乾いた風が私を包む。赤ん坊が泣き、私は寝付けない。でも私たちはお互い変化していることに気づいている・・・」(コーリング・ユー) ナタリーのヴァージョンも新鮮で、その声がブルーノートの空気を一瞬乾いた砂漠のようにしてみせた。そして、最後は彼女の出世作「ディス・ウィル・ビー」(1975年)。またまた万雷の拍手が空間を満たす。飲むのも忘れ残っていたドライのジンジャーエールを飲み干した。砂漠のように乾いていた喉がオアシスのように潤った。 出口のところで、小さな袋を渡された。リシャールのチョコレートだった。さて、チョコレートとナタリーの共通点? 時に甘く、時にほろ苦いところか。 【2003年6月16日月曜・セカンド・ステージ 東京ブルーノート】 (ナタリー・コール、ブルーノート6月16日から6月21日まで) +++++ 「ソウルサーチン」第7章・ナタリー・コール「二度のグラミーのはざまで」http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/7.html ナタリー・コール・ライヴ評 『心の変遷、ここに』【2002年5月28日火曜・セカンド・ステージ・東京ブルーノート】 http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/natalie20020528.html ENT>MUSIC>LIVE>COLE, NATALIE>2003.6.16

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Can’t Take My Eyes Off Of You → Can’t Take My Eyes Off You

謎。 みなさんの謎、なぜ今ボーイズタウン・ギャングなのか。お答えしましょう。(笑) 山野楽器の定盤には23枚のブラック系アルバムがリストアップされています。すでにこの一年で22枚を紹介しました。残る、最後の一枚がこのボーイズタウンでした。これは、ブラックというより、ディスコという感じですが。最後に残った一枚を、予定通り紹介した、ということです。 そして、彼らの「キャント・テイク・マイ・アイズ・オフ・ユー(邦題、君の瞳に恋してる)」は、日本では誰でも知ってる超大ヒットです。今週はラジオが聴取率調査週間。先週から今週にかけて、各局で知ってるヒット曲ばかりがかかるでしょう、そして、プレゼントも。それは聴取率を調べているからです。業界では、これを「レーティング」といいます。 で、レーティングの週は、できるだけ誰でも知ってる曲をかけ、プレゼントをあげまくり、多くの人に聞いてもらおうとするのが大原則。というわけで、この時期ボーイズタウンは、ぴったしなわけですね。 さて、守島さんご指摘の通り、この曲二通りの表記がありますね。Can’t Take My Eyes Off Of You というのと、Can’t Take My Eyes Off Youという書き方ですね。最近の作品はみな短縮形で書かれることが多いようです。 で、オリジナルのフランキー・ヴァリーのレコードをひっぱりだして聞いてみました。う~~ん、「・・・オフ・ユ~~~」に聞こえる。表題表記は文語表現なのかな。よくわかりません。(笑) 最初にこの曲が録音された67年には、オフ・オブ・ユーで著作権登録されたようです。で、いつのまにか、オフ・ユーになっていった。 これは、ひょっとしたら、Can’t Take My Eyes Off (Eyes Of) Youの略なのかな、などとも思ってみたりして。で、タイトルにはOfだけ残ったが、結局、これも省略された・・・みたいな。正しいところは謎です。マーヴィン先生に聞かないと、さすがにわかりませんね。大筋の意味は、どちらでも同じですね。あるいは英語に得意な方、教えてください。ボーイズタウン二つの謎をご紹介しました。 以上4時半の男でした。

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Rick James? or George Clinton? No, he’s Mr.Kankawa!

Pファンク。 最近は日本人でもずいぶんとファンキーなバンドがいるものです。驚いてしまいます。金曜日に渋谷のエッグサイトで見たのは、ミスター・カンカワとそのバンド。ニューヨークを本拠にしたオルガン奏者。ジミー・スミスの弟子ということでも知られています。 でてきた姿は、う~む、Pファンクかと思いました。(笑) で、音はそれ系。さらに、近づいて見てみるとPファンクというよりも、リック・ジェームスという感じでしょうか。いや、これステージちょっと見たら、誰も日本人とは思わないだろうなあ。すごいわ。このヴィジュアル。 でも何曲かやっているのを聞くとやっぱりPファンク系かなって感じ。一曲が長いんですよ。(笑) で、どこからどこまでが、どの曲かがわからないところが、Pファンク的。(笑)ドラムやベース、そしてオルガンはもちろん、ファンキーなんですけど。曲が何がなんだかわからなくなってきて、ちょっと後半飽きてしまいました。まあ、ジャムセッションなわけです。 以前、ミスター・カンカワをお台場のライヴハウスで見たときは、もっとジミー・スミス風でした。今回はPファンク風ということで、ずいぶんと違っていたので、新鮮でした。 (2003年6月13日金曜・渋谷エッグサイト)

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Now it’s official: Luther is out of ICU

奇跡。 外電などを総合すると、ルーサー・ヴァンドロスが木曜日(12日)、4月16日に自宅で倒れて以来初めて、集中治療室を出た。同日マネージャーが発表した。 ルーサーのマネージャーであり友人でもあるカーメン・ロマノは、「彼は日に日によくなっており、反応するようになっている」と語った。また、これまでに付けられていた人工呼吸器もはずされ、自力で呼吸をするようになり、集中治療室もでた。問いかけにも、イエス、ノーを首を振るなどして意思表示できるようになっている、という。 またルーサー所属のJレコードのロイス・ナジャリアンによれば、ルーサーはベッドの上で、新曲「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」が地元ニューヨークで現在もっともリクエストされている曲だということを聞いて微笑んだ、という。 一方、ルーサーも出演が予定されていたエッセンス・ミュージック・フェスティヴァルの他の出演者、パティー・ラベル、アシャンティなどは、ルーサーへのトリビュートを決め、寄付を募る。エッセンスフェスは7月4日の週にニューオーリーンズで行われる。 ロマーノは、「私はあたかも現代の奇跡を目撃しているかのようだ」と語っている。

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Luther is out of his coma?

未確認。 まだ、確認は取れていないのですが、ルーサー、人工呼吸器を取ったらしいです。そして、家族の問いかけなどにうなづきながら一言、二言声を出したそうです。また、ICU(集中治療室)も出たとのこと。これが事実なら、大躍進です。すごい。奇跡は起こるかもしれない。詳細を待ちましょう。 そして、新作『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』アメリカで予定通り6月10日にリリースされました。日本は7月かな。このタイトル曲、いいですねえ。もう僕のチャートではずっと1位です、このところ。彼の「ヒア・アンド・ナウ」を超える大ヒットになるんじゃないかなあ。 この曲は何度かこの日記でも触れていますが、彼が7歳の時に死んだ父親のことを歌った歌。ピアノのイントロから始まる美しいメロディーを持ったスロー系のバラードです。まだチャート入りしていないようですが、時間の問題でしょう。 これを最初にラジオでかけたのは、ニューヨークのWLTW のプログラムディレクター、ジム・ライアンだそうです。彼は、今年の初めルーサーからじきじきに「僕のキャリア・ソングができた。すばらしい気持ちだよ」という手紙をもらいました。そこで、レコード会社の許可を得て一足先にオンエアーを開始したそうです。 「キャリア・ソング」とは、生涯一の歌、あるいは、生涯を代表する一曲といったもの。アーティストにとっては、誰しもなにかしらそのような作品を生み出します。たとえば、ナタリー・コールの「アンフォーゲッタブル」、ミニー・リパートンの「ラヴィン・ユー」、オーティス・レディングの「ドック・オブ・ザ・ベイ」、マクファーデン&ホワイトヘッドの「エイント・ノー・ストッピン・アス・ナウ」、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイング・オン」などなどはまさしく「キャリア・ソング」でしょう。 来年のグラミーR&B男性部門は、ルーサーですね。なんて、気がはやいんだ。(笑)

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Crash Between Maurice White And Al McKay

衝突。 マーヴィン・ゲイ漬けに続いてはアル・マッケイ漬けです。昨年(2002年)来日して「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」でライヴを見せたアル・マッケイ・オールスターズのライヴ盤が7月23日にビデオアーツ社からでます。で、そのライナーを書きます。 アル・マッケイはこれまでにも何度か来日して、その強力無比なステージを見せてきていますが、これはその初ライヴ盤。それにしても、彼のグループがアースよりもアースらしいっていうのは、どういうことなんでしょう。(笑)  アル・マッケイはご存知アース・ウィンド&ファイアーの名物ギタリストです。72年9月から80年10月発表のアルバム『フェイセス』まで約8年間グループに在籍していました。その間に刻んだギターの回数は無数です。(って当たり前ですね) きしくも、アルの脱退とアース・ウィンド&ファイアーの人気の衰退が同時に起こりました。アルがやめたから人気がなくなったのか、それとも、グループのサウンドが時代の流れと微妙にあわなくなってきたのか。もちろん、様々な要素がからみあって、ヒットが出にくくなったわけですが。81年の「レッツ・グルーヴ」が彼らにとって最後の大ヒットになります。 なぜアルは、グループを辞めたのか。彼は言います。「最大の理由は、僕がモーリス・ホワイトとぶつかったからだね。彼も個性の強いキャラクターで、僕も同じだった。それぞれの意見が対立し、まともにぶつかりあった。(80年代に入ってからの)バンド内にはいつもテンション(緊張)があった。ぴりぴりした雰囲気でね」 バンドというのは、常に個性がぶつかりあう場所です。だから、逆に何十年もひとつのグループがまとまっているというほうが、きわめて珍しいのです。もちろん、それはそれで多いにリスペクトするものですが。アルがもし、モーリスの言うことにだまってうなずいていれば、ただの「イエスマン」だったら、少しは歴史が変わったかもしれません。(笑) もちろん、そんな必要はないのですが。ミュージシャンやアーティストは、どんどん自己主張していいと思います。

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Ain’t Nothing But Marvin Gaye

17歳。 ライヴのヴィデオと、ドキュメンタリーのヴィデオがでるのですが、そのために、この3日間くらいすっかりマーヴィン・ゲイ漬けでした。ライヴを見て、CDを聞いて、あらゆる資料などを読んでみて。至極のひとときでした。 ライヴは、1980年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにおけるもの。もう一本はイギリスBBCが作ったマーヴィンのドキュメンタリー。いずれも7月23日ビデオアーツからDVDで発売されます。 まず、ライヴですが、23年ぶりに発掘されたというか、日の目をみることになったものです。マーヴィンは79年9月に来日して各地で公演しています。僕も武道館2日間行きました。腰をくねくねさせて、今まで見た中で一番セクシーなライヴパフォーマンスでした。いまだに、これを超えるセクシー度のあるライヴはないような気がします。これをできる日本人歌手は、いませんね。断言できます。そんな姿が、ヴィデオ映像に記録されています。来日の翌年80年7月のものです。 モントルージャズフェスは、1967年からスイスのレマン湖のほとりモントルーで始まった音楽祭。今年で37回目になります。で、けっこうライヴ映像があるらしいんですね。ところが権利関係がクリアになっていないので、なかなかその映像が世に出回ることがない。それが、今回は日の目をみたわけです。残念ながら僕はまだ行ったことありません。一度はぜひ行ってみたいですね。 「ガット・トゥ・ギヴ・イット・アップ」から「ホワッツ・ゴーイング・オン」まで約100分のマーヴィンのライヴです。フルの長さのライヴ映像は初めてなので、貴重です。この映像を見ていると、79年9月の武道館、83年8月のロスのグリークシアターでのライヴのことが、僕自身にフラッシュバックしてきます。 もう一本はドキュメンタリーで、タイトルは「マーヴィン・ゲイ、ビハインド・ザ・レジェンド」という約80分の作品。マーヴィンを知る関係者、ミュージシャン、レコード会社の人、家族たちが証言して、マーヴィンの人となりを語ります。 このドキュメンタリーで、もっとも注目されるのは、彼の2人の元妻がインタヴューに答えた点です。最初の妻、アンナと2番目の妻、ジャニス(ジャン)。そして、驚くことなかれ、最初の妻、アンナはモータウン社長ベリー・ゴーディーの姉で、マーヴィンより17歳年上、一方、2番目の妻ジャンはきしくも今度はマーヴィンより17歳年下なのです。 73年3月、マーヴィンとジャンは初めて衝撃の出会いをします。それぞれが一目ぼれでした。そのとき、ジャンはまだ16歳、マーヴィン33歳。Rケリーもまっつぁおってところでしょうか。(笑) マーヴィンは葛藤するわけです。まず、その彼女の年齢に、そして、次に自分は50歳の女性と結婚している、という事実に。どうします、このプラス・マイナス17、計34歳の違い。50歳と結婚している33歳の男が16歳の子に一目ぼれ。もうあとはトラブルマン、一直線でしょう。 でも、残念ながら、この点についてのマーヴィンのコメントはありません。ジャンが初めてマーヴィンに会ったときの話を少ししますが、アンナもジャンについて少しだけコメントするにとどまっています。このあたりもっとつっこんで聞けばおもしろいのに、と思いました。 ここでインタヴューされている人物の中で、ラーキン・アーノルド、ハーヴィー・フークワ、デイヴィッド・リッツは僕もインタヴューしました。このドキュメンタリーを見ていて自分が彼らをインタヴューしていたときのことを少し思いだしました。そして、それがご存知『ソウル・サーチン』のハーヴィー・フークワの章に結実します。http://www.soulsearchin.com/soulsearchin/2.html マーヴィンお好きな方は、まず、ドキュメンタリーを、そして、部屋を暗くして比較的大音量でライヴヴィデオをごらんください。たっぷりマーヴィンの世界に浸れます。それは至極の瞬間です。ぜひ。

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Ain’t No Way is the Classic

名唱。 たしかに、「エイント・ノー・ウェイ」はクラシックです。名曲です。アレサのヴァージョンは名唱です。ではしばらく、ちょっとこの話を続けましょうか。 この「エイント・ノー・ウェイ」は、シングル「シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン」のB面に収められて68年2月にリリースされます。「シンス・・」はミディアム調のジャンプナンバー。一方、「エイント・・・」はじっくりとしたスローバラード。ともに、67年12月12日にニューヨークのスタジオで録音されました。 なぜこちらがB面になったのかはわかりません。おそらく、ジャンプナンバーのほうがラジオプレイを得やすいと思ったのでしょう。実際、「シンス・・・」はソウルチャートで1位、「エイント・・・」は9位が最高位でした。 この曲もプロデューサーのジェリー・ウェクスラーが、アレサの妹のキャロリン・フランクリンに「エイント・ノー・ウェイ・・・」というコンセプトで曲を作ってくれといってできたものでした。 これら二曲ともバックコーラスを担当しているのは、ご存知スイート・インスピレーションズです。女性3人組で、こうしたR&Bヒットのバックコーラスを得意としていました。このうちの一人がシシー・ヒューストン、すなわち、ホイットニー・ヒューストンのお母さんです。ホイットニーもこの曲をライヴで歌ったりしていますね。 この「エイント・ノー・ウェイ」はその後も多数のシンガーがカヴァーしています。最近ではメアリー・J・ブライジ、その他、ジーン・カーン、シェリル・ペプシ・ライリーのヴァージョンは小ヒットしましたね。また、アーロン・ネヴィル、ミーシャ・パリスもカヴァーしています。 「あなたを愛する方法はまったくないのかしら」という悲恋の歌です。アレサはこれをレコーディングしたとき、まだ25歳でした。歴史に残る名唱のひとつでしょうね。

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Live, Live, Live

チッタ。 ニック・プレゼンツのソウル・ディスコ・ナイトのイヴェントが川崎のクラブチッタで行われ、行ってきました。何年かぶりのチッタでしたが、周りがまとめてものすごくきれいになっていたので、びっくり。 7時過ぎに到着。すでに、フロアは満員で、バンドがKC&サンシャイン・バンドの「ザッツ・ザ・ウェイ」を演奏していました。そして、まもなく、『ゲロッパ』の井筒監督が登場。映画にも登場したニックとドン勝本氏らと3人で、映画について話をしました。 すると、井筒監督、ニックたちに「ちょっと『マザー・ポップコーン』踊ってもらおうか」と言い出しました。事前の予定がなかったようですが、レコードもでてきたので、急遽二人が、これを踊り始めました。 ほかに出し物としては、キング・オブ・ソウルのモータウン・メドレーのダンスなどをはさみ、クック&ニックの「かわいい人よ」が歌われました。それにしても、このクックさん、おもしろい。酔っ払っていて、非常におもしろいキャラだしてます。ニックとクックで、とりあえず、漫才でもやってみたらどう、って感じ。 閑話休題。 昨日の『ソウル・ブレンズ』はライヴ音源特集。これは、よかった。予想以上によかったねえ。日曜夕方に、ダニー・ハザウエイの「ゲットー」12分がノンストップで、ノーカットでかかるなんて番組、日本で他には考えられません。(笑) ほんと、途中のパーカッション部分から聞いた人なんて、何がどうなってるか、わからないでしょう。いいセレクションでした。 まだまだ、ありますよ。今日でなかったもので、マーヴィン・ゲイ、アース、クール&ギャング、ソーラー・オールスターズ、アレサ、テディ・ペンダーグラス、ジャクソンズ、OVライト、アル・グリーン、コモドアーズ、テンプテーションズ、ベイビーフェイス、パティー・ラベル、オーティス・レディング、ジョニー・ギル・・・。 おもいつくまま書いてもこれだけあるし。半期に一度といわず、ワンクール(3ヶ月)に一度くらいやりましょう。(笑) ライヴの曲ばっかり聞いていると、気分が高揚してきます。

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Queen Of Soul: Aretha Franklin, Truly A Lady Soul

女王。 まさしく女王の名にふさわしいシンガーといえば、アレサ・フランクリンです。『レディー・ソウル』というアルバムは、1968年2月に発売されたアトランティック・レコードからの3枚目の作品です。傑作アルバムの一枚と言えるでしょう。タイトルもいい。 この中からは4曲のヒットが生まれました。「ユー・メイク・ミー・フィール・ライク・ア・ナチュラル・ウーマン」、「チェイン・オブ・フールス」、「スイート・スイート・ベイビー・シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン」、そして「エイント・ノー・ウエイ」です。どの曲もみなすばらしい。 「ユー・メイク・ミー・・・」は、キャロル・キングとジェリー・ゴーフィンのコンビが書いた作品。これは、アレサのプロデューサー、ジェリー・ウェクスラーがキャロルたちにこういうコンセプト、タイトルでアレサ用に一曲書いてくれと注文して書いてもらった作品です。言ってみればアレサ用の特注曲、カスタムメイドの作品なのです。そして、アレサで見事にヒットして、後にキャロル・キングが自分のアルバムを作るときに自ら歌ったヴァージョンを録音し、それに収録したわけです。そのアルバムこそ71年に発表され、現在まで売れ続けている傑作『タペストリー(つづれおり)』です。 ですから、誰がオリジナルか、という問題はむずかしいのですが、書いたオリジナルはキャロル・キングたち、一番最初に歌ってヒットさせたオリジナルはアレサ、みたいなことになるのでしょう。キャロル・キングたちがこの曲をアレサに提供したとき、まさか将来的にキャロル本人がこれを録音するであろうなどということはまったく夢にも思わなかったはずです。60年代は、ソングライターとシンガーの仕事は、まったく別物でしたから。いわゆるシンガー・ソングライターという存在が注目されるのは70年代に入ってからです。 このアルバムには、「グッド・トゥ・ミー・アズ・アイ・アム・トゥ・ユー」という曲が収録されています。プロデューサーのジェリー・ウェクスラーは、相棒のプロデューサー、アーメット・エルテガンから一人のギタリストを紹介されます。当時ヤードバーズというグループにいたエリック・クラプトンという人物です。この曲でクラプトンはギターを弾いています。レコーディング初日、クラプトンはうまく弾けませんでした。しかし、翌日スタジオに現れた彼は、見事にそのギターパートを弾きこなしたということです。 ここには、別のギタリストがいます。その彼はすでにスターになっていたR&Bシンガー、ウィルソン・ピケットに「アイム・イン・ラヴ」(67年12月からヒット)を提供していた人物でもあります。その名はボビー・ウーマック。 そして、もうひとり、「チェイン・オブ・フールズ」でブルージーなギターを弾くのはやはり南部で活躍するミュージシャン、ジョー・サウス。後に自ら「ゲームス・ピープル・プレイ」(スピナーズの同名曲とは違います)の大ヒットを放つ人。 また彼女はこのアルバムでジェームス・ブラウン、レイ・チャールズ、そして、カーティス・メイフィールドの作品もカヴァーしています。 中でもカーティスの傑作曲「ピープル・ゲット・レディー」のアレサによる解釈は、圧巻です。このインプレッションズのヒット曲でさえ、アレサが歌うと、アレサのためのカスタムメイドの作品かと思ってしまうほどです。 ここから大ヒットした「チェイン・オブ・フールズ」は、グラミー賞女性R&B部門を獲得します。アルバムはソウル・アルバム・チャートで16週にわたってナンバー・ワンを独走。 このアルバムのアレンジを担当していたのは、当時、プロデューサー、ジェリー・ウェクスラーの下でみようみまねで仕事をしていたアリフ・マーディンです。アリフは、その後自らプロデューサーとして、アレサ、シャカ・カーン、ビージーズ、アヴェレージ・ホワイト・バンド、ラスカルズ、ホール&オーツなど数々のアーティストをてがけスーパープロデューサーとなる人物です。今話題のノラ・ジョーンズの作品をプロデュースしたのもこのアリフです。 というわけで、この『レディー・ソウル』のアルバムにかかわった人たちの何人かは、その後、大出世することにもなるわけです。

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Marvin Gaye’s Live Album: Why did he hate to perform?

恐怖症。 マーヴィン・ゲイの1980年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにおけるライヴアルバムが発売されるにあたって、いろいろとマーヴィンのライヴアルバムを聞いています。それにしても、マーヴィンの84年4月1日の死後、ものすごい数の怪しげなライヴが出てます。調べてみると、最低でも7種類のライヴが『ラスト・ツアー』とか、『ファイナル・ツアー』とか、ただ単に『ライヴ』とかといったタイトルで発売されています。一体どういうことなんでしょうね。(笑) マーヴィンのオフィシャルなモータウンからのライヴは3枚ですが、やはり、なんと言っても74年の『ライヴ』(オークランド・コロシアムにおける録音)と77年の2枚組『ライヴ・アット・ザ・ロンドン・パレイディアム』ですね。 今後者を聞きながら、この日記を書いています。ずいぶん久しぶりに聞きますが、オープニングの「オール・ザ・ウエイ・アラウンド」、いい感じ! そして、「レッツ・ゲット・イット・オン」。元祖「ゲット・イット・オン・ミュージック」、マーヴィンの面目躍如ですね。    マーヴィンの思い出はいくつもありますが、やはり、79年9月の来日公演。2日間武道館に通いました。そして、83年8月の結果的にファイナル・ツアーになったロスでのライヴのライヴ体験は、ハイライトですね。 今回CD化されるのは、80年7月のスイス・モントルーでのライヴです。メンタル的にはかなり落ち込んでいる時期のライヴですが、なかなかこれも、いい雰囲気です。これは、ちゃんとした映像もあるし、音もいいので、きっちりしたライヴアルバムといえます。 ところで、マーヴィンは、なぜライヴパフォーマンス恐怖症だったのでしょうか。1967年夏、「エイント・ノー・マウンテイン・ハイ・イナフ」などのデュエット・ヒットを一緒に歌っていたタミー・テレルが脳腫瘍が原因で、マーヴィンとのステージで倒れるます。タミーはマーヴィンに抱かれたまま意識不明となり、そのまま病院に運ばれます。その後入退院を繰り返し、症状は一進一退で、結局、70年タミーは死去。この事件がマーヴィンに大きな痛手を与えるわけです。 やはり、これがマーヴィンのライヴ恐怖症の布石になっているのではないでしょうか。しかし、それ以上の理由があるとなると、われわれには知る由もありません。しかし、いずれその謎解きを試みてみたいと思います。     

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Just Hit The Stage! Michael!

ステージ。 2万人の大観衆のステージにクリス・タッカーが登場しました。登場するなり、セリフもしゃべらずに、アクションで、マイケル・ジャクソンの真似をします。観客はやんやの喝采。そして、例によってまくしたてます。「実はこの前、マイケル・ジャクソンから電話がかかってきたんだ。オレは電話に出た。オレは聞いた。『誰だい?』 すると(か細いマイケルの真似をして)『クリス、マイケル・ジャクソンだけど、君に一言言いたいんだよ』、オレは尋ねた。『何だい?』、マイケルが言った。『「ラッシュ・アワー2」を見たんだけど、君のステップが間違ってるんだよ』」 そして観客、大爆笑。 これは、2001年9月にニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデンで行われたマイケル・ジャクソン活動30周年イヴェントにおけるワンシーンです。このライヴは、大変な数のアーティストがマイケルにトリビュートしたものです。登場したアーティストも、グラディス・ナイト、ホイットニー・ヒューストン、ディオンヌ・ワーウィック、デスティニー・チャイルド、ミッシー・エリオット、マーク・アンソニー、98°&ルーサー・ヴァンドロスなどなど錚々(そうそう)たるものです。 そして、最大のハイライトはジャクソンズ(ジャーメインとランディー・ジャクソンを含む)の再結成です。「アイ・ウォント・ユー・バック」「アイル・ビー・ゼア」「シェイク・ユア・ボディ」などなど。84年の『ヴィクトリー・ツアー』を思わせる大復活です。 やっぱり、マイケルはゴシップでテレビに出るより、ステージで所狭しと歌い、踊っている姿が本当に一番です。no more gossip, just hit the stage! (ゴシップはいらない! ただ、ステージに上がってくれ!)という感じですね。 2001年9月の7日と10日に行われたのですが、日本では残念ながらテレビ放送されませんでした。僕はエアチェックのビデオを見ることができました。2度目のショウは9月10日でした。そう、その翌日あの9月11日の事件が起こるのです。もし、あの事件が先に起こっていたら、このイヴェントは間違いなく中止になったでしょう。9月10日の夜、ガーデンに集まった2万人は疑うことなく最高に幸せを感じて帰路についたことに違いありません。 しかし、夜が明けて11日の朝、前日最高の幸せを感じていたニューヨーカーたちは、最悪の悲しみに打ちひしがれるわけです。アース・ウィンド&ファイアーの歌声が聞こえてきそうです。”That’s The Way Of The World…” 世界とは、そんなものなのでしょうか。それにしてもこの2時間余にわたるエンタテイナーたちのパフォーマンスはものすごいものでした。そして、マイケルの人生はステージの上にこそある、ということを改めて確認したわけです。 (2001年9月7日、10日、ニューヨーク・マジソン・スクエア・ガーデン、ビデオで) ENT>MUSIC>LIVE>MICHAEL JACKSON CELEBRATION

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Poor Peaches & Herb: Why they are omitted?

理由。 映画を見るときどうしても、その映画の中で音楽がどのように使われているかに気が行ってしまうことがあります。もちろん、基本的にはストーリーに入りこんでいくんですが、ふと、ある曲がいい場所でかかったりすると、そのシーンを覚えてしまったりします。どの曲が、どの映画のどのシーンでかかったか、というのが一覧でわかるサイトがあったら、本当にうれしいのですが。 あの曲、どの映画でかかってたっけ、なんていうの、よっぽどじゃないとなかなか覚えてられません。もちろん、サントラがあれば、Aという曲を探して、Bという映画のサントラに入っていれば、Bという映画に使用されたんだな、ということはわかりますが。あとミュージシャンの固有名詞。誰の口からどんなアーティストの名前がでてくるかも楽しみです。 そんな前置きはおいといて。先日WOWOWで『ラッシュアワー2』をやっていました。マシンガントーク、クリス・タッカーと不死身のアクションスター、ジャッキー・チェーンの二人。で、おもしろかったセリフ。 ジャッキーがカジノの裏に潜入するために、クリスが守衛やカジノのスタッフの気を引こうとして、クラップス・テーブルでそこのディーラーに因縁をつけます。チップを買おうとすると、500ドル分しかもらえずに、彼は「白人には1000ドル分渡すのに、黒人には500ドルか。人種差別する気か。ここのカジノは、黒人エンタテイナーは、使ってないじゃないか」とまくし立てます。すると、支配人風の男「うちでは、ライオネル・リッチーをいれてるよ」。「ライオネルは、黒人を廃業したんだよ。ピーチェス&ハーブ(字幕ではボツ=(笑))、グラディス・ナイト&ピップス(ピップスの部分は字幕でボツ)、アイク&ティナ・ターナーはどうなんだよ。そういう黒人は使わないのかよ。彼らは元のさやに戻ると思うけどな」と、さらに倍速でしゃべりまくります。 仮にですが、ライオネル・リッチーがこの『ラッシュアワー2』を映画館なんかで見てたら、どうなんだろう、とふと思いました。(笑) でも、なんで、アイク&ティナが元に戻るなんて、思うんだろう。根拠なんてないんだろうな。どうせ、口からでまかせか。 一般的に、日本語字幕は1秒間に4文字と言われています。こういう早口の場合困りますよねえ。字幕製作者の方、ご苦労さまです。ま、それ以上にかわいそうなのは、字幕でカットされたピーチェス&ハーブの二人です。その理由は、文字制限のためか、あるいは、日本での知名度がないせいか、どっちなんだろう。 そして、『ラッシュアワー2』、エンディングではマイケル・ジャクソンの「ドント・ストップ」が流れ、クリスがステップを踏みながら、画面の奥の方に消えていきました。 ENTERTAINMENT>MOVIE>RUSH HOUR 2

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Oldest Funk Band in Tokyo at Newest Live House

魂爆発。 初めて行くライヴハウスは、いつもちょっとしたどきどき感があります。渋谷に昨年秋にできたというプラグ(http://www.plug.tv/contents.html)という店。地図によると、山の手線ぞいだというのですが、あんなところに、ライヴハウスなんてあるのだろうか、と思って歩いていくと、確かにありました。これは知らなきゃ、わからないわ。 地下へ行く階段をけっこう降りて、会場に到着。ちょうど、演奏が始まりました。会場は立ちで100人くらいは入るでしょうか。中くらいのハコ。オンエア(渋谷)の小さい方くらいでしょうか。聞き覚えのあるグルーヴ、そう、曲はジェームス・ブラウンの「スーパーバッド」(のりのり抜群)です。演奏しているのは、超ヴェテラン、ジェームス藤木&リスペクト・オール、フィーチャリング・イクミ。このバンドは以前にも見たことがありまして、っていうか、長いですから、ジェームスさんのバンドは、そこそこライヴハウス行って日本のファンク系、ソウル系、あるいは、ロックンロール系に通ってる人なら、誰でも一度は触れるであろう、バンドです。 「スーパーバッド」からファンク炸裂です。これだけのグルーヴ感、タイトのリズムっていうのは、改めてすごいな、と思いました。オオサカモノレールもまっつあおっていう感じでしょうか。(笑) そして、「ムスタング・サリー」(ロッケンロールの味も)。どこを切ってもソウルがあふれでてきますねえ。 そして、バンドの紅一点、イクミが登場。ラベルの「レディー・マーマレード」をぎんぎんに歌います。イクミちゃんに関しては、一度2002年11月6日付け日記(http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/diary20021106.html)で書いてますが、迫力は昔ゴスペルでも歌ってたんじゃないか、ってほどですね。その他に、彼女はこの日、リン・コリンズの「シンク」、「ロック・ミー・アゲイン」(迫力)、マリリン・マックー&ビリー・ディヴィス・ジュニアの「ユー・ドント・ハヴ・トゥ・ビー・ア・スター(邦題、星空の二人)」(ジェームスさんとデュエット)、シルヴィアの「ピロー・トーク」(腰をセクシーにくねらせる)、そして、再びグラディス・ナイト&ピップスの「ニーザー・ワン・オブ・アス(邦題、さよならは悲しい言葉)」(おなじみ、超しっとり)などを歌ってくれました。 強力です。バンドはツー・ステージ。「ギヴ・イット・アップ・ターン・イット・ルーズ」、「アイ・フィール・グッド」、「セックス・マシン」などジェームス・ブラウンのナンバーを軸に、ソウル、R&Bヒットのオンパレードです。彼らのような、ライヴたたき上げのバンドは、やっぱり違いますね。 まあ、日本最古のファンクバンドが、東京の最新ライヴハウスで魂を爆発させたっていうところでしょうか。これぞソウル・エクスプロージョン! (2003年6月1日、渋谷プラグ) ENT>MUSIC>LIVE>FUJIKI, JAMES & RESPECT ALL FEATURING IKUMI

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Curtis Mayfield & Linda Clifford

デュエット。 1日(日曜)のWBLSの番組『サンデイ・クラッシック』を聴いていたら、やたらカーティス・メイフィールドの曲がかかるなあ、と思ったわけです。ちょっと調べたら、6月3日生まれだったんですね。カーティス。そこで、ミニ・カーティス特集というわけです。 その中で、えらく感じのいいスローバラードのデュエット曲がかかっていました。なんていう曲かわからなくて、じっと曲紹介を待ちました。「フレディーズ・デッド」、「スーパーフライ」と続いてやっとDJクレイ・ベリーが登場しました。 曲名言ってくれました。「ビトゥイーン・ユー・ベイビー・アンド・ミー」という曲でした。一緒に歌っていたのは、リンダ・クリフォード。そうだ、ふたりのデュエット・アルバムあった、あった。早速調べると、79年のヒット。そのデュエット・アルバムにはいっていました。改めて聴くと、な~るほど、いい曲。でも、こんなのいちいち覚えてないですねえ。(笑) ちなみに、この曲自体はカーティスのソロ『ハートビート』にも収録されていました。 クレイ・ベリーが言います。「なんという才能! そしてすばらしい音楽! 『スーパーフライ』の映画、覚えてる?」と相棒のDJデビー・ビーに尋ねます。「もちろん」 「70年代には、あんな風な洋服を着ていたの?」とクレイが聞くと、「あなたがそういう服、着ていたんでしょう」と答えます。すると、彼は、無視して曲紹介に進んでしまいました。そのあと、笑い声。 「カーティスは、今年61歳、もし生きていれば。でも、99年12月に長い闘病の後、亡くなっています。ブルックリンのステージで照明が彼の上に落ちて以来、半身不随になってしまいました。でも、彼の音楽はここに生きつづけています」 後半のいい感じのサックスはクレジットによるとソニー・シールズという人のようです。いい曲だなあ。それにしても、忘れてるこういういい曲なんて、たくさんあるんでしょうねえ。

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Is It You? Who Is It?  Who Are You?

誰? 「だれえ?」と聞くときにも、いろいろな聞き方があります。リー・リトナーの81年の大ヒットは「イズ・イット・ユー?」。直訳すると「君かい?」っていう感じ。扉が閉まっていて、ノックの音がする。そこに、たとえば彼女が来る予定になっていたりする。そういう時は、「イズ・イット・ユー?」(君かい) 女性が男性を待っていれば「あなた?」  あるいは、新聞の集金が来ることがわかっていれば、そんなときも「イズ・イット・ユー?」と使ってもいい。あらかじめわかっている相手のときに使います。 それに比べると「フー・イズ・イット?」は、相手が誰かわからず、文字通り、「誰?」という意味。ドアがノックされた。誰かわからない。一体誰だろう。そんなとき、「フー・イズ・イット?」(誰?) どちらの表現も、電話でも使えますね。電話が鳴る。とる。声に聞き覚えがある。確認する意味で「イズ・イット・ユー?」 誰かわからないときで、相手が名乗らなければ「フー・イズ・イット?」(誰?) この二つは相手の顔が見えていないときに使います。 で、一方「フー・アー・ユー?」は、実際に面と向かって会っていて、「あなたは誰?」と聞く場合に使う。あるいは「あなたは、何者?」と聞くとき。ただし、使い方によっては「あんた、誰よ」みたいなけんか腰的なのりになることもあるので、注意しないといけません。 なので、初対面のときは、「フー・アー・ユー」はあまりお勧めしません。まず自分の名前を名乗り、「お名前聞いてもいいですか(メイ・アイ・アスク・ユア・ネーム?)」といったあたりから、会話を始めるのが一般的です。 リー・リトナーの「イズ・イット・ユー」も、彼女が来るのを待っている彼が、ノックの音を聞いて「イズ・イット・ユー」というところから始まる3分間の物語です。そういえば、マイケル・ジャクソンがアルバム『デンジャラス』で、「フー・イズ・イット」という曲を歌っていましたね。 といった話を「イズ・イット・ユー」をかけているときに、オフ・ザ・マイクでお話していました。講師は僕で、マーヴィンが「そうそう」とうなずいていました。以上、今日のワン・ポイント・イングリッシュ・レッスンでした。

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Hurricane, Hurricane, Hurricane

台風。 東京は来たんだが、来なかったんだか。湿度は高く、ちょっと動くとじめっとする。なんだか梅雨みたいな気候。台風関連の曲でまず思い浮かぶのが、キャロル・ダグラスの「ア・ハリケーン・イズ・カミング・トゥナイト」(1975年)ですね。彼女のデビュー・アルバム『ザ・キャロル・ダグラス・アルバム』からの第二弾シングルヒットでした。 「ハリケーン」っていう曲はたくさんのアーティストが、さまざまなヴァージョンを作っているんですね。あと、ハリケーン・スミスなんてのもいました。「オー・ベイブ・ワット・ウド・ユー・セイ」というヒットを出しましたね。あれはいい曲だった。あ、これはソウルじゃありませんよ。ジョニー&ハリケーンズなんてのもいましたね。これも、ソウルじゃないですが。 そういえば、『ハリケーン』(1999年)という映画ありました。無実の罪で投獄されたのではないかというボクサー、ルービン・ハリケーン・カーターが無罪を獲得するまでの物語ですね。これは、主演がデンゼル・ワシントンなので、少しはソウルっぽいでしょうか。 もっとソウルっぽいので言えば、DJハリケーンというのがいますね。 ま、軽いハリケーンつながりでした。

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