Monthly Archives: December 2002

Ageha

午前4時半。 新木場に有線ブロードネットワーク(大阪有線)が十数億円の資金を投入して新しく作った巨大ディスコ「あげは」。大きなダンスフロアに、人々があふれ返っています。一瞬音が止まり、照明が消え、すぐさま、「リライト・マイ・ファイアー」のイントロが始まると、観客は奇声をあげます。待たされに待たされてやっと、いよいよショウタイムの始まりです。 12月31日の正式オープンを前にしたプレオープン。この日は、なんと「ゲイ・ナイト」。それらしき人々がたくさん集っています。店の雰囲気も、ニューヨークの巨大ディスコ「セイント」や、「パラダイス・ガレージ」などを思わせる作り。音も、雰囲気も、かなりニューヨーク的なものを感じさせます。 ダンスフロアの中心にいると、低音のバスドラムの音が、体にびんびん響いてきます。その真上には、やはりこれまでに見たこともないほどの大きなミラーボール。なかなかに、アメリカナイズされたディスコです。 そのこけら落としに登場したのが、今や「ハウスの女王」とでも呼べる、ロリータ・ハロウエイとジョスリン・ブラウンのダブル・キャストです。しかし、それにしてもショウの開始が4時過ぎとは。完全なアフターアワーズのディスコです。クラブではなく、ディスコ。まさに、バブリーなディスコです。 イントロが流れ出しても、幕は下りたまま。長い長いイントロの所々で、ロリータが、「あ~~~」と声をあげます。その声に反応する観客。それはまぎれもない、ロリータの迫力たっぷりの声。そして、幕を少しだけあけ、ほんの顔だけを「ちょっとだけよ」といった趣で、だし、すぐにまた引っ込む。それを何度か繰り返し、2分以上のイントロの末、ついに歌に突入すると、徐々に幕が開き始め、巨漢ロリータの全貌が姿を現しました。 「リライト・マイ・ファイー」「ランアウエイ」「ヒット・アンド・ラン」。わずか20分余のライヴですが、カラオケにもかかわらず、その歌の迫力にはノックアウトさせられました。若干音に不安定なところはありましたが、ロリータは健在です。 そして、登場したジョスリンが、ロリータに勝るとも劣らぬ巨漢。これまたすごい迫力。両者とも、以前にライヴは見ていますが、今回この巨大ディスコで二人続けて見ると、大変な迫力です。 彼女の大ヒット「サムバディー・エルスズ・ガイ」が歌われると、ダンスフロアは熱狂です。 二人とも、バンド演奏ではなく、いわゆる「トラック」(カラオケ)で歌って、これだけのパフォーマンスを見せられるのですから、やはり、歌手としての底力があるんですね。 最後に二人でそろって、今回のあげはのオープニングに関連して制作した「ア・ベター・ワールド」を歌いました。 ロリータは言いました。「今日は『ゲイ・ナイト』なんですってね。私の友達の多くは、ゲイなのよ(笑)」 ロリータも、ジョスリンも、そして、ハウス・ミュージックも、最初はニューヨークのゲイ・ディスコを中心にブレイクしました。彼女たちは、ゲイの間では、ヒロインであり、文字通りのディーヴァだったのです。その点で言えば、ゲイ・ナイトに、ロリータとジョスリンのライヴは、ぴったりだったわけです。 帰る時、全員にランチボックスのような赤いケースがおみやげとして配られました。その中には、あげはのタオルと、先ほどのデュエットで歌われた曲のCDが入っていました。 (2002年12月29日深夜・新木場「あげは」)

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Journal To Death

日誌。 毎日新聞がこの12月からひとりの記者の日記を連載しています。記者の名は、佐藤健(たけし)。昨日(29日・日曜日付け)で18回目。すでにお読みの方はご存知かと思いますが、佐藤記者は今年60歳、昨年、末期がんを告知され、余命いくばくもないと宣告されました。そして、11月に毎日新聞を定年になったのですが、定年を延長して、最後まで現役記者を続ける、ということで、自分のことを書き綴っているのです。 しばらく前まで、もう自分では書くことができないので、口述筆記で仲間の記者が実際は原稿をしあげていました。 金曜日付け朝刊の連載で、佐藤記者の容態が急変したことが報告され、日曜付けの朝刊で、佐藤記者の死去が伝えられました。けっこう、毎日、読んでしまいました。なんと言ったらいいのか。まったく面識もないし、ただ記事で知っただけなのですが、ご冥福をお祈りしたいと思います。 やはり、死と向き合った人の言葉は、重みがある。淡々とした筆致の中にのぞくプライド、尊厳。 彼は文字を書く記者でした。そして、その最後を文字で綴ろうとした。ということは、当然、テレビ出身のキャスターや記者だったら、最後をテレビカメラでとってくれ、と考える人も、これからはでてくるでしょう。(もう、いたのかな) そうしたことを題材にした映画もあったように記憶します。 もし興味がある方は、毎日新聞のサイトへ。 http://www.mainichi.co.jp/eye/satou/kiroku/2002/1229.html 上記アドレスに12月29日分が載っていますが、第一回(12月3日付け)から、ほぼ全文が掲載されています。 同コラムの正式のタイトルは、「生きる者の記録」となっています。なんとなく、ぼくはJournal To Deathという英語タイトルを思い浮かべました。ジャーナルは、ダイアリーよりももう少し文学的な色合いがあります。同じ日誌でも。

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Japanese Title

邦題。 前々からテーマとしては、おもしろいものと思っているんですが。原題(多くの場合英語)とその邦題の関係性についてです。 洋楽のヒット曲の場合、英語のタイトルが長かったりすると、適当にキャッチーな邦題をつけることが、むかしから多々ありました。で、その邦題には、原題とかけ離れたものが、これまた多々あるのも事実なわけです。 で、そんな邦題にも、中には「これは傑作だ!」というものから、「これはないだろう!」という愚作までいろいろありますよね。 たとえば、傑作だと思うのは、こんなものです。 原題 Just The Way You Are邦題 素顔のままで 原題 I Say A Little Prayer邦題 小さな願い 原題 Girls Just To Want To Have Fun邦題 ハイスクールはダンステリア で、一方、よくわからんぞ、というのは・・・ 原題 It Only Takes A Minute邦題 愛のディスコティック 原題 Let’s All Chant邦題 チャンタで行こう 原題 Breakaway邦題 マンハッタン・バスストップ それぞれに、邦題がついたストーリーはあるわけです。邦題は、音楽だけではありません。映画のタイトルにもつきますし、テレビ番組のタイトルにも邦題がつきます。徐々にそのあたりのお話もしていきましょう。 そして、そんな邦題物語を語る時、タイトルはこれで決まり! 『邦題で行こう!』

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45s

シングル。 英語で、『45(フォーティーファイヴ)』といえば、かつては7インチ(17センチ)シングル盤のことを指していました。いわゆる「ドーナツ盤」ですね。「ドーナツ盤」自体がもう死語です。ないんだから。 で、70年代くらいまでは、これが音楽業界の生命線だったわけです。まずこのシングルを出して、ヒットさせて、それからアルバムを作って、という感じでみんなまずシングルをヒットさせることに命をかけていました。今とはだいぶちがいます。 そして、昨日、サルソウルのシングル盤が必要になり、久々にトランクルームで埃にまみれたシングルの山と格闘したのです。 でも、そうすると、それはそれなりに、昔のシングル盤とか思い出して、「ああ、これこれ」とか、「これもあれも、よく聞いた」とか、聞きたくなったりして。これは、アルバムには入ってないシングルのみ、とか。マニア心がまたぞろでてきてしまうんですねえ。まずいまずい。 そんな中、カール・グレイブスという74年から77年くらいまでにかけてちょっとだけ活躍したシンガーがいるんですが、そのシングル盤を5枚ほど発見しました。うち4枚(8曲)は、アルバム未収録という大変貴重なシングル盤でして。ちょっとうれしいですねえ。こういうのが、でてくると。 カールについては、また追って書きましょう。 シングル盤っていうのは、なかなか味わいがあります。特にアメリカ盤は、レーベルのデザインがいろいろあって、おもしろいです。

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Last artist of the month

ラスト。 毎週日曜日、「ソウルブレンズ」のあと午後4時から放送している『バーバーショップ』(DJ鈴木雅之)では、最後の12-15分程度のセクションはスローバラードをかけています。大体3曲くらい。 そして、その一曲目のイントロにのって、鈴木さんが独特のナレーションをきかせます。これがいいんですよねえ。ぼくはこういうの好きですねえ。雰囲気があって。前から、こればっかりで、一時間やりましょう、って言ってるんですけどね。なかなか実現しません。 そのスローのところ、昨年4月に始まったときから、最後の曲を毎月ひとりのアーティストに決めて選曲してきました。その旨のアナウンスは特にしていないのですが、毎週聞いていると、先週も最後の曲、グラディスだったな、今週もか。というようなことに気がついた方もいらっしゃるかもしれません。 大体4-5週あるので、4曲か5曲を選ぶわけですが、なかなか楽しいがむずかしいんですね。スローの得意なアーティストを選び、しかも、大ヒット曲もはさみながら、大ヒット以外からも充分に聞かせることができる曲も選びたい。いろいろ悩むわけです。 去年の4月はテディー・ペンダグラスでした。今年の12月はグラディス・ナイトでした。来年の1月、毎週日曜午後4時55分頃にかかっているのは、アル・グリーンです。

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Lost soul in the 90s

喪失。 90年代に失われしソウル! ものすごいタイトルですが、これが来年1月4日から4週間連続で『フィールン・ソウル』で行われる新春大放談大会のテーマです。 90年代に一発ヒットを飛ばし、その後2枚目のアルバムがでなかったり、ほとんど話題にならずに、消えてしまったアーティストを選んで、その曲をかけ、なぜ消えたかなどを勝手きままに語り倒すという、かなり無謀な企画であります。 ゴスペラーズの黒沢さん、村上さん、そして、石島春美さん、ぼくの4人であ~~だ、こ~~だ、暴走発言が続きました。 喪失したソウル。それには様々な理由があります。レコード会社の担当が変わった、社長が変わった、プロモーションに金がかけられなかった、期待したほどの売上があがらなかった。よって2枚目の発売は、なし。という実にシヴィアな世界が、そこにはあります。その実態をも浮き彫りにする新春放談です。 一週目はグループ編、2週目は男性ソロシンガー、3週目は女性ソロとガールグループ、4週目は消えそうで消えなくて、見事に復活したグループ、その他、などとなっています。 お楽しみに。

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Ave Maria

聖母。 友人が、「アヴェ・マリア」ばかりで1枚のCDーRを作りました。クラシック、ポピュラー、ジャズなどさまざまなジャンルのアーティストの「アヴェ・マリア」を集めて。 全27曲、結局CD-R2枚になってしまいました。アーロン・ネヴィル、サラ・ブライトマン、セリーヌ・ディオン、スティーヴィ-・ワンダーなどなど。様々なヴァージョンがあるわけですが、こうして立て続けに「アヴェ・マリア」ばかり聞いてると、なんとなく心が洗われるような気になってきますね。 しかも、クリスマスだし。 ご存知だと思いますが、「アヴェ・マリア」って何種類もあるんですね。一番有名なのは、シューベルトのもの、それからグノーのものもそれについで有名です。 ピンポーン。「は~~い」「お歳暮の宅配です」 この時期、なにかとセイボな季節です。失礼しました。

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Lyrico Live At Nakano-Sun plaza

必然。 日本のトラディショナル・ソングの一曲かと思いました。日本のどこかの民謡か、あるいは、NHKの「みんなの歌」で歌われるような、そんな曲かな、と。 シンガー、Lyrico(リリコ)の中野サンプラザでのライヴで歌われた「キセキノハナ」という曲です。 楽屋でばったし会った妹尾さん(キーボード奏者/作曲家)が、語ってくれました。「今回、彼女のアルバムにいくつか曲を提供していて」 「あ、そうなんですか。で、どの曲?」 「『「キセキノハナ』とか、です」 「あ、そうなんだ。あれはいい曲ですね。どんな経緯でこの曲を?」 「『ゼロ戦公園』っていうところに行ったとき、ものすごく感銘を受けてね。で、その時に感じたことを曲にしたんです。ずいぶん前ですが、ずっとあのときの気持ちを曲に書きたいとおもっていたんです。歌詞を書いたのは、リリコです」 「『キセキノハナ』っていうのは、いい曲ですねえ。ほんと、日本の昔からある曲かと思いましたよ」と言うと、彼は「それは、うれしいですねえ」と答えました。 リリコは歌が上手です。そして、きっと日本人の歌を歌いたいのでしょう。彼女の歌を聞いていて、過去の先達で言えば、加藤登紀子とか、森山良子とか、最近だと元ちとせとか、歌のきれいさで言えば、竹内まりあとか岩崎宏美とか、ポップ面でいけばエポとか、そういう人たちを思い浮かべました。伝統的な女性シンガーの系譜に入る人なのでしょう。 ゴスペル風あり、ポップ風あり、多重録音によるアカペラ風あり、様々なタイプの曲を、縦横無尽に歌いました。2時間以上、ほとんど、観客がずっと座ったままのライヴは、最近ではとても珍しかったですね。それだけ、みんな歌をじっくり聞いたのでしょうね。 リリコがかつて露崎春女と名乗っていたころの作品はほぼ封印し、リリコとなってからの作品を中心に構成したライヴ。基本的なバンド編成に加え、ストリングスを4人、パントマイムなども含め、かなりの大所帯のステージでした。 特にこれといったソウルフルさは感じなかった。ミーシャと同じように、R&Bを打ち出しても、歌はまったくR&Bではありませんでした。ポピュラーソングですね。特にグルーヴを打ち出したものはありません。 「キセキノハナ」は、ライヴ後半で一度歌われました。しかし、アンコールの2曲目で、彼女は再びこの曲を違うヴァージョンで歌い、観客の耳を奪いました。改名によって、果たして、どのような飛躍が彼女に訪れるのでしょうか。 彼女はステージで言いました。「今日みなさんが、このライヴにいらしていただいたのは、偶然ではありません。必然です」 僕もそのライヴに足を運んだのは、偶然ではなく、必然なのでしょうか。では、一体どのような必然があったのか。あるいは、このライヴに出かけたことによってこれから何が僕の上に起こるのでしょうか。楽しみです。 (2002年12月22日=日曜)中野サンプラザ

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Grammy Nominations

新人賞。 来年のことを言うと鬼が笑うそうですが、来年そうそうの話をしましょう。 昨日『ソウル・ブレンズ』内で、今年のベストオブ的に3曲を選んだのですが、その中で、ノラ・ジョーンズを再度紹介しました。4月に紹介したときには、まさかこんなスーパースターになるとは夢にも思いませんでした。 今年の新人のブレイクの中では、きわめて大きな成功を収めたアーティストといっていいでしょう。ライヴも大好評でした。アルバム、アメリカでジャズながら200万枚ですからねえ。これは、すごい。 で、話は、どんどん突き進むわけですが、はやくも、来年のグラミーのノミネーションにはいるかどうか、っていうことなんですね。最近は、グラミーを当てに行くのではなく、グラミーのノミネーションを当てに行くという、まあ、マニアックなメンタリティーにもなっているわけで。 来年1月7日ノミネーションが発表されます。その中で、やはり、「ベスト・ニュー・アーティスト(新人賞)」に一体誰が来るか。 こんな名前が可能性ありです。 ノラ・ジョーンズ、アヴリル・ラヴィン、アシャンティ、ミッシェル・ブランチ、ジョン・メイヤー、ヴァネッサ・カールトン、ダニエル・ベディングフィールド、ザ・コーリング、そして、B2Kなど。 そして、おもしろいことに過去6年間、この部門はすべて女性シンガーが獲得しているんですね。 僕は、ノラ・ジョーンズを本命に、アヴリル、アシャンティあたりを対抗にしたいところ。グラミーの選考委員の音楽的嗜好から行くと、まず、ノラ・ジョーンズは固いと思います。 ノラにスポットを当ててみた場合、彼女が入れるカテゴリーは他に、「アルバム」、「レコード」、「ソング」の主要3部門に加え、「ベスト・ポップ・フィメール」、「ポップ・ヴォーカル・アルバム」、「ベストR&Bフィメール」、「ベスト・ジャズ・ヴォーカル・パフォーマンス」など計8部門にものぼります。わお、すごいな。来年のグラミーは、前年がアリシア・キーズ、インディア・アリーに注目が集ったように、ノラにスポットがいくかもしれません。そうすると、また、これが売れることになりますね。 1月7日にノミネートが発表されたあと、2月23日、今回はニューヨーク・マディソン・スクエア・ガーデンで発表されます。 And the winner goes to…

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My Top 5 Top Song of The Album

トップ。 昨日、クリスマスソングのマイトップ5を作ったので、ふと、勢いつけて『アルバムの一曲目のマイトップ5』を作ってみることにしました。好きなアルバム一曲目の曲のベスト5! 昔、アナログ時代には、A面の一曲目というのは、たいへんな意味をもっていました。(今でもCDの一曲目は大事ですが) みな、A面一曲目にアルバムで一番いい曲、もしくは強力な曲をもってきました。だから、そのアルバムを計るにはある意味で、A面の一曲目次第だったんですね。これがだめだと、あとはきいてもらえない、極端ですが、そういう感じです。 このトップ5、もちろん、今日現在です。明日は明日の風が吹きます。では、いざ! #5 I’m Every Woman by Chaka Khan from “Chaka” #4 Ai No Corrida by Quincy Jones from “The Dude” #3 Don’t Stop Til You Get Enough by Michael Jackson from “Off The Wall” #2 Love’s In Need … Continue reading

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My Top 5 Christmas Song as of today

今日現在。 クリスマス・ソングがこのところ、あちこちのラジオでかかっています。まあ、この時期ですから、やもうえませんね。(笑) しかし、それにしても、年々新しいクリスマスアルバムが発売され、どんどん新しい曲がでてくるわけですからねえ。2-3時間の番組全曲クリスマスソングでも、うまってしまいます。 中で、自分の番組では絶対クリスマスソングかけないぞ、なんていう強いポリシー持ったDJとかはいないんでしょうか。まあ、この時期、クリスマスソングかけておけばとりあえず問題ないですからねえ。やはりみんなイージーにかけてしまうんでしょうね。その気持ちもわからないでもない。 クリスマスソングの中でしいて好きな曲をあげるとすれば、ダニー・ハザウエイの「ディス・クリスマス」かなあ。まあ、あとはルーサーのクリスマスアルバムとか、ピーボーブライソンとか、TLCとか、テイク6とかナタリーコールあたりですかねえ。スティーヴィーのクリスマスもあったっけ。 といった前ふりで、僕の今年のクリスマスソング・ベスト5を決めましょう。でも、これはあくまで、今日現在のベスト5ですから。24日は変わっているかもしれないし、来年は全曲いれかわっているかもしれません。 まず、第5位! (シャカシャカシャカ) 第5位 Hark! The Herald Angels Sing by Take 6 テイク6で、「あめにはさかえ」! テイク6は、どのクリスマスソングも、いい感じです。では第4位! (シャカシャカシャカ)ベイビーフェイスの「サイレントナイト」! 第4位 Silent Night by Babyface ベイビーフェイスのクリスマスアルバムも、みんな使えます。第3位! (シャカシャカシャカ)ピーボのヴァージョンで、「ザ・クリスマス・ソング」! 第3位 The Christmas Song by Peabo Bryson もうこういう歌歌わせたら、右に出るものはいません。そして、第2位!! (シャカシャカシャカ) 第2位 I’ll Be Home For Christmas by Al Green アル・グリーンの「アイル・ビー・ホーム・フォークリスマス」 いやあ、これはノックダウンです。たださえ神がかってる曲を、牧師さんですよ、牧師さんのアル・グリーンが神のメッセージとして歌うんですから、そんじょそこらのソウルシンガー以上の重みがあります。これは、文句なしでしょう。そして、12月21日付け吉岡正晴マイトップ5クリスマスソング、どうどうのナンバーワン!  (ダダダダ~ン) 第1位 This Christmas … Continue reading

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Talking Bass

液キャべ。 そのCMソングがテレビから流れてきたとき、ちょっとびっくり。トーキングベースを使ったCMソングだったんですね。そう、ソウルファンならご存知、今は亡きファンクアーティスト、ロジャーがもっとも得意としていたものです。 ちょっとなんと言ってるのかは、聞き取れなかったんですが、まあ、ロジャー風のサウンドっていうのはわかりました。 そういえば、こういうそっくりサウンドは、けっこうありますね。ビールの宣伝で、ビートルズの「オール・ユー・ニード・イズ・ラヴ」そっくりの曲が使われました。あれは、ビートルズのヴァージョンを使う許可がでなかったために、しかたなく、そっくりな音を作ったんですね。 あと、ギャップのCMで、以前「ラヴリーデイ」のカヴァーが使われてましたね。CMソングにトーキングベース、まあ、時代の流れでしょうか。プロデューサーは、音楽作る人に、「ロジャーみたいの作ってくれ」ってオーダーするのでしょうか。きっとそうなんでしょうね。

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One Nation Under A Groove

ヴァイブ。 横一列に並んだ総勢13人のメンバーを紹介した後、ブルーイはこう宣言した。 「ここには、いろんな国のいろんな人種が集っている。様々な国、様々な文化。このメンバー間には肌の色の違いなんて、ないんだ。ひとつのグルーヴの下、ひとつの国だ!」 超満員、立ち見もでている観客から「イエ~~」の歓声。 インコグニートの新作からの「ピープル・アット・ザ・トップ」に続いてイントロが流れる。「なんとなくスティーヴィーっぽい曲だなあ」と思っていたら、なんと、スティーヴィー・ワンダーの名曲「アズ」。 楽屋でブルーイと再会し、「アズ」について聞いた。「今回この曲をやるの、初めて?」「うん、今回のツアーでだね」「レコーディングの予定は?」「ないなあ。これはね、実はジーン・ハリスのヴァージョン(のカヴァー)なんだよ」「あ~~、なるほど。気に入ったよ。他に今までスティーヴィーの曲はどんなのをやったことがあるの、『ドンチュー・ウォリー・バウト・ア・シング』以外で」「う~ん、一度、『スーパーウーマン』やった。起用したシンガーが歌える曲のリストを持っていて、そこに書いてあったんで、やったんだ。それから、『クリーピン』、『スーパースティション』もやったことがある」「スティーヴィーはお気に入りなんですねえ」「そうだね、『トーキング・ブック』の前のアルバム、なんだっけ」「『ミュージック・オブ・マイ・ライフ』?」「そう、それそれ。それからスティーヴィーにのめりこんだ。その後、古いのもたくさん聞いた。あのアルバム以降『トーキング・ブック』『インナーヴィジョンズ』『フルファイリングネス・ファースト・フィナーレ』『ソングス・イン・ザ・キー・オブ・ライフ』までのスティーヴィーは、もう完璧にキャリアが光輝いていただろう。あの頃、アメリカは変化しつつあった。政治的にも、ヒッピー文化も変わり、ヴェトナム戦争もあった。スティーヴィーはそういうことに目を向けて、メッセージを発していた。スティーヴィーは僕にとって、バイブルみたいなものだったよ」 ステージで、ブルーイはこう叫んでからショウをはじめた。 「イチ、ニ、ブルーイ・サンデ~ス」 メンバー紹介も、かなりの日本語を使いおもしろおかしくやっていた。 「最近、何が気に入ってるの?」ブルーイに聞かれた。すぐに思いつかず、「う~ん、新しくはないけど、ノラ・ジョーンズがよかったなあ」と答えた。「ああ、あれは、いいねえ。レコード会社やスタッフをよく知ってる。ライヴを見たけど、すばらしかった。ライヴは見た?」「もちろん、見ました。よかった。それからライヴではプリンスのライヴがすばらしかった。プリンスは、リアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャン、って言っていたけど、今日のあなたがたのライヴも同じようなものを感じましたよ」「それは、ありがとう」 実際、13人編成のバンドというのは、なかなか最近おめにかかれない。生のミュージシャンたちが本当の音楽を演奏している、という意味ではリアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャンなのだ。 「サンプリングを使うアーティストが多いよね。そんな必要性をあんまり感じないんだ。おおくのミュージシャンがレコードと違った演奏をすることを恐れている。あるいは、間違えることを恐がる。でも、そんなことを恐れたりすることはない。その曲を正直にやれば、そのエモーションが必ず観客に伝わる。テンポがレコードと違っても、関係ない。オーディエンスがメローなリズムを求めていると感じれば、その曲をメローに演奏したっていいんだ。サンプリングなどをしすぎると、ミュージシャンが自由にやる部分を狭めてしまうんだよね」 ブルーイは、ステージでこうも言った。「僕たちは、世界中を旅して演奏してる。毎日同じ曲を何度も繰り返し繰り返し演奏する。そうすると飽きてくるだろう。でも、観客のみんなのヴァイブが返ってくると、違って演奏できて、毎回その同じ曲をフレッシュに演奏できるんだ。だから、この曲をそのようにさせてくれるのは、みんな、なんだよ!」 話だすと止まらないブルーイが楽屋での別れ際、「君とは共通のものがたくさんあるね。同じヴァイブを感じるよ。keep in touch!」といわれた。同じヴァイブか・・・。ちょっと嬉しかった。

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Otis Clay: Soul Hero In Japan

熱唱炸裂。 昨日(17日)、ゴスペラーズの『フィールン・ソウル』(東京FM系で毎週土曜日夜10時から放送)の今年最後の2回の収録がありました。番組内に「オール・ザット・ソウル」というコーナーがあり、そこで「自分がソウルを感じた曲」を募集しているんですね。 番組が始まった4月には、そのコーナーあてに、白人のロックの曲とかもぱらぱらきていたのですが、最近はかなりマニアックなのが来るようになりました。 そこで、今日ピックアップしたのは、な、な、なんとオーティス・クレイの「I Die A Little Bit Each Day」という73年の曲。それが、リクエストを送ってくれた人が福島の20歳の男性の方だったんですね。なんかのラジオで聞いて衝撃を受けた、って。彼が生まれる前の曲ですよね。しかし、この曲をかけたラジオってなんなんでしょう。逆に興味を持ちました。それにまた、感動するってところもすごいです。 オーティス・クレイは、1942年ミシシッピー州生まれで、70年代初期にアル・グリーンと同じメンフィスのハイ・レーベルというところから数々のヒットを送り出しました。72年の「Trying To Live My Life Without You」が大ヒットして大きく注目されるようになりました。元々ゴスペルシンガーということで、非常に熱い歌唱が魅力的な本格的なR&Bシンガーです。 なんと言っても、彼の名前を決定づけたのは、78年4月の初来日ライヴでしょう。この感動的なライヴの話は広く伝わり、ライヴレコーディングが発売され、日本のソウルシーンで彼はヒーローとなりました。それ以後も、何度も来日しているクレイですが、この初来日の時のインパクトは、今でも多くの人たちの語り草になっています。彼は、世界中のどこよりも、日本で人気を獲得した、と言ってもいいでしょう。日本のソウル・ヒーローとも言えるのです。 そのときのライヴ盤を久々にだしてみました。ここで、彼は「I Die A Little Bit Each Day」をしっかり歌ってるんですね。しかも、これはソウルオン誌編集長桜井ユタカ氏のリクエストで、2日目のライヴで歌ったんですね。いやあ、あのライヴ会場が思い出されるなあ。 オーティスの直近のライヴは、去年でしたっけ。やっぱり熱かったですよね。熱唱炸裂魂爆発って感じです。これは一時期CD化もされたので、入手はそんなに難しくないのではないかと思います。ぜひ。

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People At The Top

インスパイアード。 「あれ、これ何かにそっくり」「これ、あの曲のパクリじゃん」「これ、カヴァーか? え、クレジットないの? じゃあ、盗作?」「えっ、偶然の一致?」 様々な表現によって語られる似たもの同士の曲。Aという曲とBという曲が似ていたら、そこにはなんらかの作為があるかもしれません。しかし、偶然かもしれません。その真実は書いた本人しかわかりません。 そうした似たもの同士は、「影響を受けた」とか「インスパイアーされた」とか、言われます。それが度が過ぎると盗作となります。 かつて、レイ・パーカーの「ゴーストバスターズ」は、ヒューイ・ルイスの「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」に酷似しているとして、訴えられました。裁判になり、レイ・パーカーは負けました。盗作が正式に認められたわけです。 そんな前ふりで紹介するのもなんなんですが、インコグニートの新作に入ってる「ピープル・アット・ザ・トップ」という曲が、カーティス・メイフィールド風のサウンドなんです。これは、盗作ではありません。(笑) ものすごく気に入ってます。とってもいい雰囲気でね。これは、いい意味で「インスパイアー」された作品でしょうか。こういう風に作れば、いいわけですよ。これは盗作とは言わない。 歌っている女性シンガー、ケリー・サエもなかなかいいです。人々の上に立つ人は、ぱくったりしてはいけません。ちゃんと自分なりに把握し、消化し、それを自分なりの色をつけて排出しないと。自分のものにすればいいんです。そのままコピーではだめです。コピーか消化か。それが問題です。

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Ally McBeal

耳寄り。 邦題は『アリー・マイ・ラヴ』ですね。今はNHKで毎週日曜日に放送されています。第5シリーズです。たまたま久々にチャンネルをつけていて、ちらっと見ました。ドナ・サマーの「ラスト・ダンス」が歌われていました。それにあわせて、アリーが激しく踊っていました。 そして、なにより驚いたのが、マライア・キャリー本人が登場して、前作『グリッター』からの作品を歌っていたことです。シンガーにとっても、この番組にでて歌うことがプロモーションの一環になっているのかな。なってるんでしょうね。きっと。 で、NHKのホームページには詳しいことがでています。 http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally5/index.html ここで「耳よりクリック」というところに進むと、その回にかかった曲についての解説がでています。これは、いいわ。便利、便利。 http://www.nhk.or.jp/kaigai/ally5/mimiyori/index.html 映画でも、どの映画のどこそこで、だれだれのなんという曲がかかった、っていうのが一発でわかるサイトがあるといいですけどねえ。誰か作ってませんかね。 曲からも検索できて、アーティストからも検索できて、もちろん、映画からもその一覧がでる、みたいな。 欲しいなあ、そういうサイト。もしすでにあって、ご存知の方、いらっしゃったら、そんな耳寄り情報をお知らせください。

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Enseigned’angle Where the soul coffee is

角。 学生時代から濃いコーヒーが好きだった僕は、六本木のカファブンナを皮切りに、いろいろなコーヒー屋さんに行くようになりました。アンセーニュダングルという名のコーヒー屋さんに初めて行ったのはおそらく79年なんだろうと思います。原宿の裏のほうにありました。本当に階段を2-3段下りて、うらびれた街角にある、壁にはつたがからまっているような、そんな店でした。 そして、そのアンセーニュが80年に広尾に二号店を出します。うちからは、この広尾のほうが近いので、こちらによく通うようになりました。 お店はだいたい11時くらいまでなんですが、あるとき一人で閉店間際に入ったんですね。いつものとおり、ウインナコーヒーを頼み、だらだらしていると店は閉店時間を迎えましたが、なぜか、僕はまだいつものようにカウンターの一番右側に座っていました。僕がそこに座るのは、マスターがその目の前でいつもコーヒーを落とすからです。 すると、マスターがなぜか声をかけてきたんですね。ちょっと、そこのところを正確には覚えてないんですが、いずれにせよ、音楽の話になり、ソウルミュージックの話になり、その流れでマスターが古いソウルの曲がはいったカセットをかけだしたんです。 僕はびっくりしました。それまでそこのお店では静かなクラシックしかかかっていませんでしたから。そのシックな店に、60年代のソウル、R&Bがかかり始めたのです。まったく場違いでした。ウィルソン・ピケット、オーティス・レディング、サム&デイヴ、テンプス、そして、ジェームス・ブラウンなどなど。いろんなソウル・ヒットがはいっていました。そのマスターが自分で作ったカセットでした。 「よろしければ、お貸ししますよ」とマスターは言いました。もちろん「あ、ありがとうございます。でも、いいですよ」と言って丁重にお断りしたように記憶しています。それとも借りたのかなあ。 「で、ソウルけっこうお好きなんですねえ」と僕が言うと、「ええ、まあ。営業時間はクラシックですけど、営業終わったら、こういうのですかね」と淡々とした声で言うんですね。 「なんで、また、こういうソウルがお好きなのに、こんなおしゃれなクラシックがかかるようなお店を?」と当然疑問がわきあがります。彼は淡々と、その暗い店でコーヒーカップを洗いながら話し始めました。 「昔ね、新宿で働いているというか、アルバイトとかしていて、まあ、ろくな仕事もせずに、不良だったような頃にね、あるとき、喫茶店にはいったんですよ。そうしたら、そこでね、ジェームス・ブラウンの『アイ・フィール・グッド』がかかったんです。多分、有線かなんかでしょう。初めてそれを聞いたとき、ものすごい衝撃でね。それまで自分はだらだら仕事ともいえないようなことをやってきて、のんべんだらりとした生活をしていた。で、その曲を聴いた瞬間、ものすごいパワーというか、目を覚まさせられたんですよ。それ聴いて、『おれは、こんなこと、してていいのか』って強烈に思ってね。すぐに歌っている人を調べてジェームス・ブラウンのその曲のレコード買いました。それから毎日のようにそのレコードを聞いてね。そこで、いつかは自分の店を自分でやりたいと思ったわけです。それで、コーヒーが好きだったんで、いろいろ勉強してね、一念発起してコーヒー屋を始めたというわけです」 つまり、彼はジェームス・ブラウンを聞いたことによって、現在大繁盛のコーヒー屋を始めたということなのです。「やる気をおこさせられた」というか、今風に言うなら、「インスパイアーされた」というか「モチヴェーションをもらった」ということでしょう。 「今まで聞いたことがない音楽でしたからね。なんで、こんなリズムができるんだろう。なんで、意味もわからないのに、こんなにやる気がでるんだろう。なんで、これを聴くと元気になるんだろう、って思いましたね。それから、けっこう黒人のソウルにのめりこみましたね。やっぱり、ガッツがあるソウルが好きですね。軟弱なのよりね。ほんとに、ジェームス・ブラウンを聴いて、人生変わりましたよ」 アンセーニュのコーヒーはオールドビーンズを使ったフレンチスタイル。そして、そのコーヒーをマスターはだいたい20杯分を一度にいれます。僕はそのマスターが真剣なまなざしで、コーヒーを落としている姿を見るのが大好きです。自分でも、家でみようみまねでコーヒーを落とすようになりましたが、いつでも、やはりそこのマスターを思い出します。 マスターがいれるときもあれば、店では若い店員がいれるときもあります。でも、やはり、マスターが落としたコーヒーのほうがおいしいんですねえ。これが、不思議なんですけどね。たぶん、それは、寿司でもてんぷらでも、同じ食材を使って同じように調理しても、マスター(達人)が手をかけて作るのと、まだその域まで行ってない若い職人が作るのとは、違うのでしょう。 そのことをマスターに訊ねたことがあるんです。「なんで、同じコーヒーの豆、同じ量、そして、同じように落として味が違うんですかねえ」 「それはね、僕がソウルを込めていれてるからですよ」とマスターは、軽く言いました。「ソウル・コーヒーですよ」 ソウル・コーヒーを出す店。「角」は、かどと読んでください。アンセーニュダングルはフランス語で、「角」を意味します。

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French Roast

在庫切れ。 だいたい毎朝起きるとフレンチローストの濃いコーヒーで目を覚まさせるのですが、そのフレンチロースト最近ではスタバで買ってくるんですね。 ところが、前回買いに行ったら、「フレンチロースト全店で品切れです」とのこと。「で、いつ頃、再入荷の予定ありますか」と訊ねたら、「いやあ、まったく予定ないんです」との返答。 しかたなく、イタリアンロースト買ってきたんですが、やはり、違いますねえ。まあ、スタバ以外で買えばいいのかな。あるいは、以前行ってたコーヒー屋さんのコーヒーを買いに行けばいいのかな。むずかしいところだなあ。 それ以前は広尾のアンセーニュダングルという店のコーヒーを買ってました。で、そこのマスターがおもしろい人物で。今は、広尾店ではなく、自由が丘店でコーヒーをいれてますが、それが、まあ、魂の入った「ソウル・コーヒー」なんですね。 マスターが実はジェームス・ブラウン好きであることは、おそらくそのお店に来る人の99%は知らないと思います。(笑) ふだんお店では静かなクラシックがかかってますから。ジノリ、ウエッジウッドなど高級なコーヒーカップに、深い煎りのおいしいコーヒーを静かなクラシックを聞きながら飲める店。そこの店とジェームス・ブラウンなんて、火と油みたいなもんです。 では、なんで、そんなことがわかったか。それは十年以上も前に戻ります。 (といったところで、この続きは明日)

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If You Would Have Time Machine…

時空。 昨日、「もしサムとオーティスがもう少し長生きしていれば」なんて書いている最中に、もし逆に自分がいつの時代にかタイムトリップできるとしたら、ということを考えてしまいました。 もしタイムマシンがあったら、あなたはいつの時代、どこに行ってみたいですか。平凡な質問ですが、やはり、いろいろ想いがめぐりますね。 音楽面で言えば、やっぱり、サム・クック、オーティス、そして、ダニー・ハザウエイ、ミニー・リパートンのライヴが見たい。ダニーのあのライヴ盤をとったその現場に行きたい。拍手はできなくてもいい、そっと、その現場の片隅にいるだけでもいい。一体、どのようにして、あのライヴが行われ、進行していったのか、この目で確かめたい。 他のライヴもみな同じ。その時代、その瞬間、もっとも旬なときのアーティストを見てみたい。 旬のアーティストの勢いというのは、とても大事です。今、別にボビー・ブラウンのライヴを見たいとは思わないが、90年頃だったら、何をおいても見たかった。そして、実際来日したときのライヴは、若さの勢いが爆発していて、その圧に押された。もう絶対、今の彼にはできないはず。 それから、可能なら、傑作アルバムが録音されているスタジオの現場を垣間見てみたい。どのようにして、マーヴィン・ゲイは「ホワッツ・ゴーイン・オン」を作り出したのか。そして、その同じマーヴィンがいかにして、「レッツ・ゲット・イット・オン」を録音していくのか。スティーヴィーの「キー・オブ・ライフ」の録音模様はどんなものだったのか。(これは、再現ビデオが発売されましたが) ナタリー・コールが「アンフォーゲッタブル」を録音していたとき、一体どんな感慨が彼女に訪れたか。 ぜんぜん話は違いますが、忠臣蔵の赤穂浪士の討ち入りのところも、俯瞰してみてみたい。ケネディー暗殺のダラスの現場にいてみたい。マーティン・ルーサー・キングのときも。あるいは、マハメド・アリのキンシャサの奇跡も見てみたいな。 まあ、そうしたものを様々な資料などから、いかにも現場で見た風に書くのが、作家のお仕事なんでしょうね。ということは、作家は時空を越える仕事をしてるんだ。特に、歴史作家と呼ばれる人々は。 ねえ、時空を越えた旅。本当にできたらいいのにね。

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If: Sam Cooke & Otis Redding would live little bit of longer

もし。 この時期は、やはり、二人のソウル・ジャイアントの命日でしょうか。ジョン・レノンの時にも書きましたが、サム・クックは64年12月11日、オーティス・レディングは67年12月10日、それぞれ死去しています。サムは33歳、オーティスは26歳でした。 もし、彼らがそんなに若くして死ななかったら。 二人とも、ソウルの歴史の中でもっとも重要なシンガーに数えられます。どちらも、ゴスペルをベースに、さらに世俗的な歌を歌いだすようになり、爆発的人気を獲得しました。 オーティスのアイドル、ヒーローはサム・クックでした。しかし、興味深いのは、オーティスのラフで、生々しい歌とサムのスムーズで滑らかな歌唱とは、ずいぶんとかけ離れている点です。 オーティスの「アイヴ・ビーン・ラヴィン・ユー・トゥ・ロング」が車のCMに使われたのはもう10年も前のことでした。最近も、何かに使われてましたね。でも、そういえば、サムの曲が使われたのは、日本ではあんまり聞かないですね。一度たばこのCMに使われたことがあるらしいのですが、僕は聞きませんでした。 イギリスでは、86年頃、「ワンダフル・ワールド」がジーンズのCMかなにかに使われて、リヴァイヴァル・ヒットしたことがありました。 それにしても、もしこの二人があと10年長く生き、ソウルを歌ったとしたら、その後のブラック・ミュージックの世界はどうなったのでしょうか。二人のデュエットなんてことが実現したのでしょうか。 まったく想像もつきませんね。歴史にもし、はないのですが。

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Brian McKnight: The Lady’s Man

粋。 そして、「レディーズ・マン」。ブライアン・マクナイトを一言で言えば、そんな感じです。今年2月のライヴから10ヶ月。1年に二度も来日してくれるなんて。「みんなが僕を望んでくれれば、僕はいつでも〔日本に〕やってくるよ」と彼は、ステージから語りかけました。 全14曲1時間13分ほどの短いステージでしたが、こ粋にまとまった小品というところでしょうか。やはり、ゆったりしたミディアムからスローが、いい味わいをかもし出します。 たくさんのラヴソングをこれでもか、これでもか、と歌い、会場にいる恋人達をあおるかのようです。もちろん、中には失恋の歌や未練たっぷりの歌もありますが。 「僕は、また独身になったんだ」と話始めると客席からやんやの喝采。しかし、「ある若い女の子と出会って・・・」と続けると、「え~~っ」と不満声が・・・。そして歌われた最新ベストアルバムからの新録曲のひとつ「レット・ミー・ラヴ・ユー」。 3人のギタリストが並んで奏でたアコースティック・ヴァージョンの「チェリッシュ」、「クレイジー・ラヴ」、「6,8,12」のメドレー。とても暖まるひと時でした。 ショウの後、ロビーに登場したブライアンに「最新作のベストアルバムでは、イントロが針飛びみたいになってますよね。なんであんなことをしてみたのですか」と訊ねてみました。「いやあ、別に深い意味はないよ。なんとなく、試しにやってみて、おもしろいと思ったからだよ」とあっさりした答えでした。まあ、じっくり話しできる状況ではなかったので、真意はどうかわかりませんが。 〔2002年12月10日お台場ゼップ東京〕 〔Special thanks to Michiko Matsuura for complete setlist〕

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Annotated “American Pie”

解釈。 Annotatedは、注釈をつける、といった意味です。今日は、注釈、そして、解釈のお話です。 「昨日の続きは今日の続き、今日の続きはまた明日~」っていうコピーで始まるラジオ番組が昔ありました。たった10分の番組ですが、生放送で、その日のことをいろいろネタに、前田武彦、羽佐間道夫と富田恵子という女性がしゃべっていたように記憶します。(女性の名前は若干自信がない。すいません、違っていたら) 当時のラジオ関東(現在ラジオ日本)の平日夜10時半か10時40分くらいでしょうか。あるいは、10時40分から50分だったか。もう30年以上前のことだから、やっぱり記憶はあやふやです。 という前ふりで、昨日の続きは、「音楽が死んだ日」です。 「音楽が死んだ日」をテーマにした曲といえば、1972年の大ヒット、ドン・マクリーンが歌う「アメリカン・パイ」です。当時、FENでこの曲を初めて聞いたときの衝撃は忘れられません。夜8時台の生DJ〔今、名前をど忘れしました〕が8分30秒フルコーラスでかけたんですね。すでにビルボードを急上昇していました。一体、この曲はなんなんだろうと思ってチャートを見ていたのを思い出します。 そのときは、歌詞の意味なんて何もわかりませんでした。その後歌詞カードを入手したのか、この曲に関する記事を読んだのか、よく覚えていませんが、いずれにせよ、この曲はロックンロールが死んだ日のことを歌った歌ということを知ります。 「2月、配達していたあらゆる新聞に、僕は凍りついた。悪いニュースが載った新聞が家のドアのところに配られる。僕はもう一歩も動けなくなった」という一行は、1957年2月3日アイオワ州に墜落した飛行機事故のことを指しています。この飛行機に、当時の人気ロックンロール・スターが3人も乗っていたのです。 バディー・ホリー、リッチー・ヴァレンス、ザ・ビッグ・ボッパーの3人です。そうですねえ、もう少しわかりやすく言えば、ビートルズのメンバーが全員同時に死んでしまう、それほどのインパクトが当時はあったのでしょう。 ロックンロールスターが飛行機事故で死んだニュースが載った新聞を配達していたドン少年は、もう一歩も動けなくなってしまったわけです。アメリカではポストがない家の場合、新聞を数段の階段があるドアステップのところに置いてきます。「ドアステップのところに置かれたバッドニュース」とはそういう意味です。 作者のドン・マクリーンは、ミュージシャンを目指し、同時に生活のために新聞配達のアルバイトをしていました。この曲は彼の自伝的作品であるだけでなく、その2月3日の衝撃を物語にしたものです。 そして、この曲は発売当初から様々な解釈がなされてきました。いろいろな解釈が可能な意味を持った歌詞が、「アメリカン・パイ」の研究者を生み出すことになったのです。では、どれが決定的に正解か。それはこれを作ったドン・マクリーン本人しかわかりません。ところが、作者は黙して語らずを通しつづけています。 そして、この「アメリカン・パイ」を研究する同好会のようなものが、1983年ニュースグループの中に生まれたのです。それが発展し、多くの人が様々な解釈を考え、述べてきました。そうした解釈をもっとも吟味し詳細にまとめてみせたのが、リッチ・クロウイエックという人物でした。 彼の詳細なる解釈は次のところにあります。最後にはこの解釈をまとめるにあたって貢献してくれた人々のクレジットがつらなります。 http://www.faqs.org/faqs/music/american-pie/ この文字だけのページに初めて遭遇したのは一月ほど前でした。たまたま別のことを調べていたときに、これにひっかかってしまったのです。初めて見たときは、「なんなんだ、これは」と衝撃を隠せませんでした。こんな解釈があったのか、と。たまたま10月9日に発売され。この欄でも一度紹介した「僕たちの洋楽ヒット」のシリーズの中に「アメリカン・パイ」が収録されていて、久々に聞いていたものですから、改めてCDを聞き、その解釈を読み、大変知的好奇心をくすぐられたのです。それでも、まだわからないところは、あるんですが。 「バイ・バイ・ミス・アメリカン・パイ」と歌います。このミス・アメリカン・パイは、「ロックン・ロール」そのものを表しているわけです。つまり、「さよなら、ロックンロール」ということですね。また、3人が乗った飛行機は、元々「アメリカン・パイ」と命名されるはずだった、という説もあります。 たとえば、途中ででてくる「ローリング・ストーン」は何を意味するのか。それはボブ・ディランか、エルヴィスか、ロックンロール全体か、あるいは、ローリング・ストーンズそのものか。 「道化師(jester)」は、ボブ・ディランで、キングとクイーンは、それぞれエルヴィスとコニー・フランシスあたりではないか。 「ブルーズを歌う女の子に出会った。彼女にいいニュースは何かないかと訊ねたが、彼女は微笑んで、行ってしまった」という歌詞。それは、ジャニス・ジョプリンを指す。ジャニスは、70年10月ドラッグで死亡している。 といったことをこと細かく一行一行、解釈、注釈をつけているのです。日本盤についている訳詞を見ても、よくわからないのですが、この注釈を読むと、なんとなく少しはわかったような気になります。本当にアメリカの50年代から60年代くらいまでの若者文化がいろいろと登場してきて、興味津々です。 さあ、CD棚からもう一度、「アメリカン・パイ」を出して聞いてみるとしますか。あなたも辞書を片手に、もう一方の手でアメリカン・パイでも食べながら。アップルパイがいいかな。

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The Day The Music Died

命日。 その電話を受けた時、僕はまだベッドの中だったように記憶しています。当時よく書いていた雑誌の編集者からでした。 「吉岡さん、知ってます? ジョン・レノンが殺されたんですって」 一変に目が覚めましたね。つまり、12月9日の昼頃だったと思います。当時は今のようにインターネットなどないですから、まず、ラジオやテレビをつけ、夕刊がやってくるのを待つしかありませんでした。 オーティス・レディングが死んだ日〔67年12月10日〕は、リアルタイムでは知りませんでした。先輩の方々は、当時はFENのニュースで知ったそうです。 当然サム・クックの命日〔64年12月11日〕もリアルタイムでは知りません。 今でこそ、オーティス、サムの命日などについては、ソウルファンを中心に多くが語られるようになりましたが、ほんの20年前まではそんなことはありませんでした。 ミュージシャンの死が、一般のニュースネタとして大きなヴァリューがでてきたのは、77年8月16日のエルヴィス、そして、1980年12月8日のジョン・レノン以降でしょう。 ずいぶん昔〔80年代半ば〕ニューヨークに行ったとき、図書館に出向いて、サム、オーティスが死んだときの新聞記事をマイクロフィルムで読もうと試みたことがあります。検索の仕方とかよくわからなかったんですが、まあ、なんとか探し出したんですね。でも、記事自体はほんとに小さな扱いだった。ニューヨークタイムスを見たのかな。 きっと地元の新聞、あるいは、もうすこしタブロイド紙的新聞を探せば違う結果がでたかもしれません。それにしても、ほんの数行だったので、苦労して探し当てたのに失望したことを思い出します。 それがジョンの時は、朝日の一面、NHKの7時のニュースですからねえ。もちろん、ジョン、ビートルズの人気の大きさとサム、オーティスの人気の違いはあるにせよ、驚いたものです。 ジョンが死んだ日を「音楽が死んだ日」とする人もいるようです。ジョンの死以前に、「音楽が死んだ日」を歌にした人もいました。ドン・マクリーンです。3人のロックスターが同じ飛行機事故で死んだ日のことを歌った歌です。 80年はジョンの死があり、ポールの来日公演中止がありました。それまでビートルズの人気が若干エアポケットだった状況に、そのふたつのニュースがビートルズというロケットに点火することになったのです。そのロケットは、勢いをつけて発射し、今も宇宙を飛びつづけています。

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Interviewer’s interest

興味。 昨日昼間のマチャミーがでてるテレビ番組『メレンゲの気持ち』に阿川佐和子さんがゲストででていて、今までインタヴューした中で何か印象に残った方は、といった話をしていました。そこで、俳優の渡部篤郎がやってきたときのことを披露したわけです。 阿川さんが何を聞いても、「あ、そう」とか「どうなんですかねえ」と、ほとんど質問に答えずに、インタヴュー記事になりそうにもないセッションになったわけですが、最後に彼が「とっても楽しかった」と言ったので、阿川さんや編集者がずっこけた、という話をおもしろおかしくしてたわけです。で、途中あまりにつまらなそうな渡部も楽しんでいたんだということがわかり、人はそれぞれの楽しみ方があるもんなんだな、と思った、と阿川さんは大人っぽくまとめたわけです。 で、その渡部の応対を阿川さんが話してるのを聞いて、さもありなん、と思ったんですね。というのも、以前NHKの午後1でやっている『スタジオパークからこんにちは』にゲストででてきたときに、たまたま見てて、その応対にずいぶん失礼な奴だな、といっぺんで渡部を嫌いになったことを思い出したからです。 基本的にこう、質問にまじめに答えようという姿勢がないんですね。相手(つまりインタヴューワー)を小ばかにしたようで、見下ろしてくる感じ。「性格悪っ」「育ち悪そう」って感じました。こういう人には「日本語会話」という授業を一から教えなければならないんじゃないか、と痛切に感じたのです。基本的な人間としての質問に対する答え方みたいな授業ね。会話というか「質問・答え」のやりとりは、まず、質問の意味を理解し、それに対して答える、というのが基本なんですね。それが成り立ってないんですよ。国会なんかでも、そういう授業が必要な人たちはけっこういるようですが。ま、それはおいといて。 で、「なんだこいつ、何様だあ」と思って見てたのですが、司会の上田アナもさぞかし困ったことでしょう。まいったなという表情があふれてました。絶対、こういう相手、インタヴューしたくないな、と思ったのです。 僕の場合インタヴューする相手が外人であることが多いので、めったにこういう人物と出会うことはないんですが、ふと考えたんです。 「いままでで一番不愉快だったインタヴューは誰だったか」と。二組いました。その話は今日の主題と離れるので、また別の機会にしますが、次に「こういう相手にぶつかったら、どうしたら、いいんだろう」と考えました。 質問に答える気がない相手に答えさせるにはどうしたら、いいか。これは難問です。 きっと、方法はないと思います。しかしながら、そのインタヴューワーは、おそらく仕事として、その人物にインタヴューを敢行しているわけで、ライターであれば、規定の文字数をうめなければならないであろうし、司会者であれば、その時間を進行させなければなりません。まさにShow Must Go Onです。 次々と質問をあびせかけ、「うん」とか、「どうなんでしょうね」とかいう気のない返事をひたすら、とる、というのも一つの手かもしれません。そして、その紙面を読んだ読者が「なんだこいつは」と思うだけのことです。 そして、奇襲作戦として、相手を怒らせるという方法があります。「いいインタヴューを取るには相手をまず怒らせることだ」という説があります。僕は必ずしもこの説に賛成はしないのですが、その言わんとすることはよくわかります。相手が怒ると、おもしろい話が取れるのは確実なんです。いい例がこれは厳密にはインタヴュー番組ではないですが、『朝まで生テレビ』なんか誰かが怒ったほうがおもしろいでしょう。ただ、相手があまりに怒りすぎて、インタヴュー自体が中止されると元も子もないので、そのさじかげんがむずかしいんですけどね。あと、相手が怒って、あるいは喧嘩を吹っかけてきたときに、それに熱くなってのってしまってはだめです。ま、読者側、視聴者側から見ると、それでもおもしろければいい、という説もありますが。 最後の手段としては、インタヴューワーが「あなたに答える気がないインタヴューをしても時間が無駄だから、今日はやめましょう」と言って席を立ち、セッションを終了させる、という手もあります。テレビは厳しいかもしれませんが、紙媒体だったら、いくらでもなんとでもなるでしょう。 そこで阿川さんに戻るわけですが、彼女の話を聞いて、逆に僕はがぜん一度この渡部くんにインタヴューしてみたいな、と思ったんですね。僕もへそ曲がりだよねえ。阿川さんは、まあ、お嬢様で、言ってみれば素直な人で、物事をひねくれて捉えたりしない、そんなかわいい人でしょう。一方、渡部はどこか、すべてを斜に構え、なんでも皮肉っぽく物事をみたりする。これはあわないんでしょうね、絶対。 で、おもしろかったのは、番組の後半で大竹まことが登場して阿川さんにむかって「おまえ、渡部篤郎嫌いだって言ってたじゃねえか」と大暴露しちゃうんですね。阿川さん、おお慌てで、ソファで大竹を殴りつけ必死に「そんなことないですぅ」とか言ってる。でも、絶対に彼女が「嫌いだ」っていうのは、みんなわかっちゃったわけです。番組的には最高におもしろかった。そして「やっぱりそうだろ!」と意を同じくしたのです。 そこで、僕は想像した。ということは、渡部はいつもインタヴューにそういう態度で臨んでいるわけだ。テレビだったら、それが悪印象を与えるであろうことぐらいはわかるでしょう。それとも、そんなことこれっぽちも感じないのかな。わからないのかなあ。ひょっとしたら理解していないのかもしれませんね。 一方で、そんな悪印象を与えたくて、わざとそういう態度を取っているのか、と邪推してみた。そういうイメージを作りたい、と。あるいは、インタヴューワーが困るところ、まいってるところを見て楽しんでいる、とか。つまりイジワルしてほくそえむというタイプ。それとも天然で性格と頭が悪いのか。自然にああいう態度になってしまうのか。その場合は、事務所とかまわりのスタッフとかは何も言わないのだろうか。あるいは、こういう取材とか別にたいしたギャラがでるものでもないので、「金にならないことは、力をいれてやらない」とかいうポリシーがあるのでしょうか。それはそれで、見識ですから、別にかまわないんですが。まあ、そうなら、金にならないことは受けなければいいんでしょうけど。 つまり僕は、上記のようなことを疑問に思ったのです。そして、渡部のそのインタヴューの応対の仕方自体に、ものすごく興味を持ってしまったわけです。彼の演技なんかぜんぜん興味ない。別にドラマも映画もぜんぜん見る気もないし。でも、そのひねくれた人間性には興味を持った。どうしたら、そういう人間が育つのか、何か人生の途中にトラウマとなることがあったのか、人に言えない挫折があったのか、とか。だから、そういうスタンスでインタヴューしてみたくなったんです。インタヴューワー魂がうずきます。 いつか機会ないかなあ。どこかの編集者の方、取材の機会作ってください。きっと楽しいインタヴュー・セッションになりますよ。最後にツーショットの写真撮れるかなあ。ふふふ。

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Acappella

循環信者。 ほんとは、ア・カペラですね。元の意味はイタリア語でアット・チャペル。つまり教会で、ということです。教会で無伴奏で歌われるゴスペルなどをアカペラといいました。今では、無伴奏の歌のことを広くアカペラといいます。 で、このアカペラ、日本では山下達郎さんがアカペラのアルバムを出して、一躍認知度がアップしました。 テイク6の登場も大きかったですね。 そこで、なんと、アメリカには『アカペラ』と名乗るアカペラ・グループがいたんですね。ワードレーベルなどから多数のアルバムがでていて、ものすごい数のライヴをやっています。 その固有名詞アカペラが、昨日(6日)、新宿厚生年金会館でライヴをやったので、見に行きました。 いやあ、客層がちょっとというか、かなり違う。おそらく教会関係者の方なんでしょう。老若男女。子供たちも多数います。ふだん、ぼく達がライヴ会場で見かけるような人々とはかなり違うタイプの人たちがきていました。 アカペラ、ウエッブもあります。 http://www.acappella.com/main_whois.cfm それによりますと、結成してから20年以上、アルバムも16枚を数えるのですが、メンバーチェンジがひんぱんに行われ、今回来日したメンバーはみな22歳から26歳前後。 メンバーが「20年の歴史を数えるこのグループの・・・」などと言っていたのですが、プログラムにはメンバーが76年生まれ、80年生まれ、なんて書いてあるんで、どういうことだ、と思ったんですが。要はどんどんメンバーが新しい人たちに変わってるんですね。 4人ですからねえ。そりゃ、音楽的にテイク6なんかと比べちゃかわいそうってもんです。まあ、教会の会合で4人が歌いに来ました、という感じでしょうか。 で、そこから一歩抜け出るっていうことは本当にむずかしい。まあ、彼らの場合、まだまだ若いので、これからの将来がありますが。いろいろ課題はあるでしょう。 しかしアカペラと名乗るところが、あっぱれ、というか、大胆というか。きっと、教会などでは、彼らのようなグループがたくさんいて、毎週のように歌っているのかもしれません。ちなみに、彼らの固有名詞アカペラは、Acappellaで A と cの間があかないんですね。 彼らを見て、改めて、ほんとテイク6ってすごいな、って思いました。技術的にも、そして、声の力そのものも。もし本当に声に力があれば、あるいは、ハーモニーに力があれば、それはきっと、聞くものに伝わってくるはずです。 だから、テイク6と比べちゃ、かわいそうだって、言ったでしょう。(はい、すいません) 普通にライヴを聞いて、そこでCDを買って、うちで聞いて、また気に入ったら、次のライヴにまた行って、という循環を繰り返すリスナーというか、信者を獲得すればいいわけです。きっと、彼らはすでにそういう固定層を掴んでいるのでしょう。 めざせ、循環信者獲得!

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December: Month Even Teachers Running

師走。 日本の12ヶ月の呼び名でもっとも知名度が高いのがこの「師走(しわす)」でしょうね。ぼくも一番最初に覚えました。あと、何が言えるかな。霜月。11月か。3月が弥生。そんなもんですかねえ。ぱっとでてくるの。 先生も走る月。という概念がおもしろいですね。それには、先生というのはとてものんびりしているという大前提があるわけだ。先生ってのんびりしてるのかなあ。 先生って、忙しそうよね。学校の先生だって、お医者さんだって。国会議員のセンセーだってね。でも、むかしの先生はのんびりしてたんでしょうね。普段はのんびりしている先生でも、12月は忙しくて走っちゃう、ってことなんですね。 それにしても、もう12月ですか。このホームページを立ち上げたのが8月ですから、もう4ヶ月。はやいなあ。これからも内容どんどん充実していきますので、よろしく。 今日、何を書こうか迷ったんです。ネタとしては、ホイットニーがダイアン・ソウヤーに語る、というものや、現在リサーチ中の70年代ソウルシンガー、カール・グレイヴスの話、サルソウルレーベルの話、マライアVSホイットニー、それぞれの新作の話、「ピープル・ゲット・レディー」の話の続編とかがあるんですが、なんとなく、たまにはこういうごみネタもいいかな、と思って。 今日の日記は内容がないなあ。(笑)

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Brand New Restaurant Never Open Again

ロケハン。 何かをするとき、どこかに行くときのために、事前にロケハンすることは大事です。 しばらく前から気になっていたレストランがあったんです。うちの近く、よく通る道にある日、こじゃれたおそらくイタリアンっぽいレストランができてて、これはいつかチェックしなければ、と思っていたわけです。 そこで、たまたま昨日帰り際にその前を通る機会があったので、ショップカードでももらおうとロケハンしたんですね。店はクローズはしていたんですが、明かりはついていて、人の気配はある。店の外にショップカードがあれば、それをもらって帰るつもりだったんですが、外にはなにもなかったので、ドアを開けて中に入りました。 「あの~、すいません。もう終わりでしょう。ショップカードだけいただけますか?」 店から若い店員がでてきた。「はい、こちらですが・・・」 ショップカードを渡しながら、「でも、明日から、ちょっとクローズするんです・・・」と元気なさそうに言う。 店内は間接照明が落ち着いた雰囲気を演出して、なかなかいい感じ。見渡しながら、僕は聞いた。「いい店ですねえ。へえ、そうなんですか。じゃあ、いつオープンするんですか」 「いや、ちょっとしばらく・・・」 「じゃあ、予約とかはできないの」 「ええ・・・。ちょっとクローズするんで」 「ここっていつオープンしたんでしたっけ」 「11月1日ですが・・・」 「じゃあ、まだ一ヶ月。しばらく前から、ここが、できてるなって気になってて、こんど来ようと思ってて、はいってみたんですよ。改装でも?」 「いや、そういうわけじゃなくて・・・」 「え、お客さん、入らなかったの?」 「いえ、けっこうご好評いただいて」 「じゃあ、これからも予約、はいってるんだ」 「ええ・・・」 「ほ~~」 としばし、僕も考える。 「ということは、よっぽどのご事情があるんでしょうね・・・」 その若い店員が、僕を扉のほうにそっと押しながら、「実は・・・。ほんとにここだけの話なんですが・・・」 「はあ?」 なんだろう、と大きな疑問符が僕の頭の上に点滅。 「ほんとにここだけの話にしていただきたいんですが・・・」 「ええ~。いいですよ」 「実は・・・、うちの会社が倒産しまして・・・」 「えええええっっ??? そ、そ、それで明日からクローズなんですね・・・」 「ええ、僕たちも、ほんの2時間ほど前に聞かされてどうしていいかわからなくて・・・。僕もこの店に来て、まだ一ヶ月なんですよ・・・」 彼の顔が笑っているというか、途方に暮れてもう笑うしかない、といった表情を見せる。 「いやあ、それは、ご愁傷様ですというか・・・。なんと言ったら、いいか。これから、どうするの?」 「まったくわからないです・・・」 「そうですかあ。じゃあ、気を落とさずにがんばってください」 「ありがとうございます」 車に戻りながら、考えた。予約したレストランがクローズしてたらお客さんはどうなるんだろう。これから数週間先、予約したお客さんたちには連絡が行くのだろうか。もしクリスマスなんかにここのお店予約していたカップルがいたら、どうなるんだろう。 彼『今日はとっておきの新しいイタリアンを予約しておいたよ』彼女『わあ、うれしい』ーーそこに到着ーー彼『あれえ、暗いなあ』彼女『やってないんじゃないの』彼『そんなばかな』(ドンドン=ノックする音)彼『誰かああ、いませんかあ。今夜予約したんですけど~~』ーーそこにまた別のカップル登場ーー別の客『どうしたの?』彼『なんかやってないのよ』ーーそこにまたまた別のカップル登場ーー別の別の客『どうした?』別の客『なんかやってないらしいですよ』別の別の客『なにい、ばか言ってんじゃないよ。今日はクリスマスだぜ。どうしてくれるんだよ~~』彼『おおおい、責任者、でてこ~~い』店の中はシーン。ーーそこにまたまたまた別のカップル登場ーー ・・・延々と続く。そして、そこには黒山のひとだかりが・・・。 てなことに、なるんだろうか。 というわけで、倒産したレストランをロケハンしたという貴重な経験をした吉岡でした。もちろん、そのショップカードもコレクターズアイテムになるかもしれない。(なんで、こうやって、すぐコレクターズっぽくなるのか。これも性(さが)か) そう、それは二度とオープンしないブランニューなレストランでした。

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How do you file your tons of CDs, that is the question

整理。 特にCD。使ったら、即プラスチックケースにいれないといけません。何百枚も、何千枚もCDがある人は、一度聴いたCDをほったらかしにしたりしていると、もうどうしようもなくなります。 ゴスペラーズの黒沢さんは、けっこう、聴いたらそのまんまだそうです。AというCDケースに、BというCDの中身がはいっていて、BのジャケットにはCのCDがはいっていたり、と。結局、聞きたいCDが見つからず、買いなおすこともあるというわけです。 ソウル・ライター石島春美さんは、もうきっちりきっちり、一枚聴いたら、元のところに戻します。しかも、彼女はプラスチックケースからCDとインナーのライナー部分などを取り出しヴィニール袋に入れ替え、体積を3分の1にして、整理をしています。さらに、CDはABC順に、きっちり整理されているというから、もう、大尊敬です。 僕はといえば、アナログのLPレコードは、まあ大体ABC順になってるんですが、CDがもうほとんど脈略ありません。めちゃくちゃです。一応CD棚をふたつ壁に並べてるんですが、そこに入る数などたかがしれていて、ABC順などにもなっていません。今は、テンポラリーに、レコード会社別にざっくり分類しています。 今は、Sony、ユニヴァーサル、BMG、WEA,EMI、ビクター、その他です。でも、これじゃあ、ざっくりすぎて、すぐに出てこないんですね。欲しいCDが。しかも、棚に入らないCDは床にマンハッタン状態でどんどん積み上げられていく。それでも、けっこう欲しいCDを探しだすんですけどね。それを人は奇跡と呼ぶこともありますし、熟練工ともいうことがあります。しかし、CDの摩天楼にアルカイダが突っ込んできたら、万事休すです。 CDをどのように整理するか、それは大問題なのです。あ~~。考えただけでも、気がめいる。

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Barbershop

非難。 いわゆる年末進行というやつで、収録だめが増えている今日この頃ですが、『バーバーショップ』(インターFM毎週日曜日午後4時から5時)の収録があったわけです。 その中で、最後のパートはスローバラードを3曲ほどかけるのですが、そこでマライアの「アイ・ドント・ウォナ・クライ」を選んだわけですね。今まで、一度もかけてなかったし、プロモーションでも来ていたし、ま、一度くらいかけてもいいかな、と思って。 そしたら、プロデューサーのO氏いわく「なんでまた、マライアなの」と非難がましく言うわけです。 「いやあ、別に。え、なにマライア嫌いなの」と訊ねると「嫌いですねえ」ときっぱり。 マーチンさんも「オレもあんまり好きじゃないなあ」 四面楚歌。こりゃ、マライア、封印だ。「バーバーショップ」では。 そして、次にリクエストのコーナーで、ボーイズ・トゥ・メンの「アイル・メイク・ラヴ・トゥ・ユー」がかかったのですが、これは、すでに「エンド・オブ・ザ・ロード」が番組的には一度かかっていたので、こっちを選んだのですね。 そしたら、アシスタントのN女史が、「『エンド・オブ・ザ・ロード』は好きだけど、『アイル・メイク・ラヴ・・・』はあんまり好きじゃないんですよ」と、これまた非難がましく言うわけです。Nさん、理由は特にないんですが、と。『エンド・オブ・ザ・ロード』好きなら、『アイル・メイク・・・』も好きになりなさい! なんていってもだめなもんは、だめですねえ。不思議ですねえ、曲の好き嫌い。 「アイル・メイク・ラヴ・・・」も封印だ。 選曲家も楽じゃないですねえ。っていう話でした。 ま、話は変わりますが、マライアの新作ねえ、どうなんですかね。あれで、売れるんでしょうか。話題性はあるかもしれないけど、かんじんのCDのほうが。内容がかなり厳しいと思うけど。A&Rは、いるのかなあ。ちゃんと仕事してんでしょうか。EMIが違約金払ってもマライアとの契約切ったのが、正解なのでしょうか。

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Standing In The Shadows Of Motown

影。 華やかなスターの裏には、彼らを支える何倍もの影の人々がいます。影の人々、裏方さん、あるいは、時に「アンサング・ヒーロー(歌わぬヒーロー)」などとも呼ばれます。 デトロイトで始まったモータウン・レコード。そこからは、たくさんのアーティストがスターに育っていきました。マーヴィン・ゲイ、スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・ロス、スモーキー・ロビンソン、マイケル・ジャクソン・・・。その数は枚挙にいとまがありません。 そうしたモータウン・レコードからでてきたヒット曲の数々を「モータウン・サウンド」と総称します。そして、モータウン・サウンドを支えた人々、つまり裏方のバック・ミュージシャンにスポットライトを当てた映画、その名も「スタンディング・イン・ザ・シャドウ・オブ・モータン」が近頃全米で公開されました。 これは、同名の本をもとにしたモータウンの裏方ミュージシャンたちを追ったドキュメンタリー映画で、メジャーではなくインディ映画として公開されています。本のほうは、日本でも『ジェームス・ジェマーソン物語』として、リットーミュージックから発売されています。 映画はまだ僕も見ていないので、なんともいえませんが、きっとモータウン・ファンだったら、とりあえず、押さえておきたい映画のはずです。 かつては、レコードで演奏しているミュージシャンはその名前をクレジットされることはほとんどありませんでした。それがクレジットされるようになったのは、ロックの世界で60年代後期から、ブラックミュージックの世界では70年代にはいってからです。 モータウンで初めてバックミュージシャンが詳しくクレジットされたアルバムをご存知ですか。マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイン・オン』なんです。ここにはほとんどあらゆる楽器を演奏したミュージシャンの名前が書かれています。 しかし、モータウンのバックをつけていたミュージシャンの名前が一般的に知られるようになったのは、80年代にはいってからです。特に60年代、数々のダイアナ・ロス&スプリームスやテンプテーションズ、フォートップスなどのバックをつけていた人たちの名前は、まったくわかりませんでした。 ベース奏者がジェームス・ジェマーソンという人物であったり、ドラムスがベニー・ベンジャミンという男であったり、ギターがロバート・ホワイトであったり、ピアノがアール・ヴァン・ダイクであったりということは、あとから知るのです。 そうした男達はモータウンの影(シャドウ)に立っていた連中でした。このタイトルは、もちろん、フォー・トップスの大ヒット曲「スタンディング・イン・ザ・シャドウズ・オブ・ラヴ」をもじったものです。影に立っていた男達にスポットを当てた映画というわけです。 まず、日本では公開されないでしょうから、ビデオでも入手して見ることができたら、また何か書きましょう。

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Maurice White Talks

集中。 突然ですが、アース・ウインド&ファイアーのリーダー、モーリス・ホワイト、ヴァーディン・ホワイト、ラルフ・ジョンソンの3人にインタヴューすることができました。モーリスは単独で30分、ヴァーディンとラルフが一緒に60分。いやあ、たっぷりお話聞きました。 一応、来年でる予定の新作の話を中心にきいたわけですが、そうは言っても、彼らから70年代から80年代にかけての話を聞かないわけにはいきません。いずれ、この内容は来年の新作発表時のタイミングでまとめて出せると思います。お楽しみに。一部は、このホームページでも出したいと思います。 それよりも、なによりも、モーリスの声がとても小さかったのが、印象的です。ソフトスポークン、なんてものではなく、耳をそばだてなければ、聞けません。よって、彼の言葉に思わずただならぬ集中をしてしまいました。たまたま録音している器材からイヤーフォンでモニターしていたので、比較的聞き取れましたが、そんなのなかったら、かなり厳しいかも。そして、静かなホテルの部屋でよかったです。インタヴューでこれほど集中したのは、久々でした。 モーリスは、元気そうでした。話もシャープだし、質問の答えは、シンプルで明快。特に病気のようには思えませんでした。 ニューアルバムのタイトルは、おそらく「プロミス」になるだろう、来年3月くらいまでには発売できるだろうとのことでした。収録されるうちの6曲ほどを聞きましたが、打ち込みを主体としたメロディアスな曲がありました。 フィラデルフィアのルーツ、そして、アンジー・ストーンなどがゲストで入っています。ちょっとベイビーフェイス風の「ワンダーランド」という曲では、そのアンジーが歌っています。これ、いい曲です。 担当のディレクター氏がモーリスのインタヴューが終わったあと、「モーリスがあんなにしゃべったの、初めて見た」と言いました。うまくしゃべらせたのでしょう。取材した側にしてみれば、なかなか嬉しい言葉です。 今週は、ブルーイといい、モーリス、ヴァーディン、ラルフと、非常に密度の濃いインタヴューができました。

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