Monthly Archives: January 2005

Ray On “Mita-Cine Club” On SkyPerfect TV

今日は告知を2本です。 スカイパーフェクトTV『MITA CINE倶楽部』で『RAY/レイ』を紹介 1月28日(金曜)から2月10日(木曜)まで、スカイパーフェクトTV「パーフェクト・チョイス、ムーヴィー」で放送中の『MITA CINE倶楽部』で映画『RAY/レイ』の紹介をしています。司会は山田五郎さん、川瀬良子さん。彼らとレイ・チャールズの話、映画の話などをしています。番組は約15分。トークに沿った映画からのシーンがふんだんに使われています。この番組自体はノー・スクランブルで放送されるので、スカイパーフェクトTVと契約している方は無料でご覧になれます。 番組のウェッブは次のとおり。 http://www.ppvj.co.jp/movie/mitacineclub/ 放送スケジュールは次のとおり。 【放送スケジュール】1月28日(金)~2月10日(木)パーフェクト チョイス161 21:00~パーフェクト チョイス162 20:45~パーフェクト チョイス171 23:00~パーフェクト チョイス172 23:15~ほか、パーフェクト チョイス170、174でも放送 +++++ Wolfman Jack Show Will Begin Regular Basis Starting February 1stAt Inter FM ウルフマン。 2004年10月に特番でご紹介したあの伝説のDJプログラム『ウルフマン・ジャック・ショウ』が2005年2月1日からインターFMでレギュラー化される。毎週月曜から木曜まで毎日深夜12時から12時半まで。 真夜中、東京の空にウルフマンの遠吠えが響く! +++++ いよいよ、あのウルフマンがレギュラーになって東京の空に戻ってくる。毎日深夜12時から30分。往年のDJプログラムがそのままオンエアーされます。 インターFMの番組ウェッブ内で、ウルフマンについての小さなコラムを担当します。 +++++ わが心のジョージア―レイ・チャールズ物語

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A Passion For A Record Turns To A Passion For Music

情熱。 いやあ、楽しかったなあ。映画『RAY/レイ』の公開前夜祭が28日夜、銀座みゆき座で行われた。トークイヴェントに登場したのは越谷政義(司会)、鈴木雅之、鮎川誠(シーナ&ロケッツ)、ブラザー・トム、ダイアモンド☆ユカイ、宮腰理(CooDoo’s)の各氏と吉岡正晴(音楽評論家)。 それにしても、ブラザー・トムと鈴木さんの漫才やりとりは、おもしろかった。聞けば以前、バブルガム時代から鈴木さんは、よく一緒にライヴをやっていて、司会のからみもあったという。このふたりで番組のコーナーでもできる!  また、ブラザー・トムさんの「アイ・キャント・ストップ・ラヴィン・ユー」を初めて聴いた時の話、彼がレイ・チャールズのピアノを調律した時の話、レイが「さくら、さくら」を弾いて、最後の音をはずし、おもむろにサングラスを上げるという話、みなおもしろい。特に「僕に2分くれる?」と言って話し始めた「アイ・キャント・ストップ・・・」を初めて聴いた時の話は、ちょっと感動した。彼が話し終えた時、会場から拍手が起こったものだ。 そして、鮎川誠さんの熱いレイへの思いも、おもしろかった。なにしろ、彼が持ってきた「ホワッド・アイ・セイ」の日本盤シングルはすごかった。330円。邦題は、「何と言ったら」(その1、その2)!  本番前、楽屋で顔合わせをし、しばしレイ・チャールズ談義に花が咲く。 鮎川さんが持ってきたシングル「何と言ったら」を見せてもらっていたら、裏の歌詞カードのところに、小さな字で鉛筆で何かが書かれていた。じっくり見ると、「ヘイ・カーチャン きいてくれ、みんなオイラをバカにする」と書いてあるではないか! 小学生か中学生くらいで、英語を訳していたのだ。これは59年のヒットだが、彼が買ったのは62年頃だと言う。小中学生ころだった彼がそうした訳を書いていたことに、僕は感激した。しかも、その古びれたシングル盤は43年も前のものだ。 鮎川さんは「アイ・キャント・ストップ・ラヴィン・ユー」のシングル盤も持ってきていた。それを見たトムさんは、「初めて聴いた(レイの曲)のが、これなんですよ」と感激ひとしお。そして、ステージでその時の秘話が明かされたわけだ。 鮎川さんは言う。「当時こずかいが500円くらいでね。アルバムなんか、なかなか買えんかった」 さらに、驚いたのが彼が持ってきたアルバムは、当時はよくあった25センチ盤のアルバム。30センチアルバムより一回り小さい。そこにはレイ・チャールズの選りすぐりのヒット曲が収録されていた。 そして、そのジャケットで僕はまた発見した。そこにはやはり鉛筆書きで曲の分数が書かれていたのだ。小中学生で別に放送の仕事をしていたわけでもあるまいし、なぜにタイミングがいるのか、僕は大いに疑問を持った。このタイミングは? すると、昔はあんまり収録時間が短いアルバムは、損だから買わなかった、という。同じお金を出すなら、長く楽しめるほうがいい。だから、片面で15分にもならないアルバムは買わなかった、とか。 確かに、昔は「一枚のレコードを買う」という行為には、大変な決断と労力と、お金が必要だった。やっとの思いで買ったレコードは、それこそ擦り切れるほどターンテーブルに乗せた。たった一枚のレコードへの熱い思いが、そのまま好きな音楽への熱い情熱へ変化していったのだな、と痛切に感じて、そこにも感激した。 ダイアモンド・ユカイさんは、「わが心のジョージア」をギター1本で歌ったが、実はギター1本で歌ったのは初めてのことだという。ちょうど、彼はスティーヴィー・ワンダーの自伝(正確には彼の母が書いた『ブラインド・フェイス』)を読み終えたところで、次に何を読もうかと思っていたところだったので、レイ・チャールズの自伝を喜んで手にしてくれていた。 というわけで、楽屋で顔合わせをした頃から、すでにレイ・チャールズ談義がヒートアップし、トムさんも司会のマイク越谷さんに何度も「ほんとに、呼んでくれてありがとう」と言っていた。いやあ、こういう熱い音楽トークは楽しいな。これだけの面子で、たった30分はもったいなかった。もっと2時間くらい、できたかもしれない。 トムさんがそでにひいてから言った一言がまた印象的だった。「普通、映画の前夜祭とか、シーンとかしてるけど、今日のお客さんはほんとにみんな暖かいね、きっとみんなレイの音楽が好きなんだろうね」 (2005年1月28日金曜、銀座みゆき座=映画『RAY/レイ』前夜祭) ENT>MUSIC>EVENT>”Ray” Preview Night わが心のジョージア―レイ・チャールズ物語

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Zapp & P Funk Live At Zepp

確信犯。 ジョージ・クリントンが来ると言われつつも、結局、来なかった。あ~~。ロジャー亡きザップ、そして、ジョージ・クリントンなきPファンク。果たしてどこまで盛り上げられるか。11月のライヴが仕切りなおしとなってのゼップでのライヴ。 第一部はラップ・アーティストのフィフス・エレメント。DJひとりにラッパー数人。英語がわからないので、まったくだめだった。結論から言えば、この分、ザップとPファンクの出番を増やしたほうがいい。 ロジャー亡きザップは、なんとヴォコーダーが2台。これはびっくり。さらに、ロジャーのレガシーがあちこちに残り、ブラック・エンタテインメントの真髄をこれでもか、これでもかと見せる。音も大きく、まさにサウンドの洪水の中、ファンク魂が炸裂した。このハイエネルギーな感覚はたまらない。ドラムスが刻むリズムと歯切れのいいカッティング・ギターが実に見事なグルーヴ感を生み出す。そして、次々飛び出す様々な小道具。また、何度衣装変えしたかわからないほどの衣装群。楽しい。 一昔前のダンス・ステップ(例えば、バードなど)と、最初から全力疾走のファンク・トレインは、途中、マイケルの「ビリー・ジーン」やら、アウトキャスト、アッシャーなどのヒットも適度に織り込み、観客を飽きさせることなく進む。このエンタテインメント性は、さすがだ。Zapp At Zepp. いい語呂だ。 Pファンクは、ジョージ・クリントン他数名が来日せず。ひとりジョージ・クリントンもどきが登場。これは笑えた。「アップ・フォー・ザ・ダウンストローク」「ギヴ・アップ・ザ・ファンク」「ワン・ネーション・アンダー・ザ・グルーヴ」「フラッシュライト」など有名どころをいれて、ほぼ全部ノンストップで炸裂。1時間7分程度で、終ったが、ずいぶんと彼らとしては短かったことだろう。 彼らのライヴは、みんながパーティー、宴会というのりのもの。最後は観客をたくさんステージに乗せ、みんなで踊って楽しんだという感じ。ライヴ演奏も、ジャムセッションがひたすら続く、という雰囲気。どこからどこまでが、なんと言う曲かなど、なかなかわかりにくい。ある意味、これで徹底的に押して押して押しまくるのだから、確信犯的にすごいものがある。ま、これでジョージ・クリントンが来てれば、やはり、もうひとつ盛り上がりレベルが上がったのだろう。 (2005年1月27日木曜、ゼップ東京=フィフス・エレメント、ザップ、Pファンク・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Fifth Element, Zapp, P-Funk

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FM横浜『ダンシング・グルーヴ』にゲスト出演

FM横浜『ダンシング・グルーヴ』にゲスト出演 FM横浜『ダンシング・グルーヴ』(84.7MHZ)の月曜(1月31日)午後11時からの放送に、僕吉岡正晴がゲスト出演して、レイ・チャールズの話をします。DJは鈴木昇治さん。お時間ある方はお聴きください。

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Tribute For Ray Charles At Ikspiari

写真集。 レイ・チャールズ熱が盛り上がっている。某レコード会社のディレクター氏と電話で話していて、「レイ・チャールズの盛り上がり感は、すごいですねえ」というし、また、DJオッシーは、「TFMも、F横も、なんかやたらレイ・チャールズばっかりかかってる感じがする。みんな吉岡さんが仕込んでるのかと思った(笑)」と、ありえない臆測をする始末だ。レイ・チャールズの自伝本、すでに渋谷の駅前のレンタルショップでは「レイ・チャールズ・コーナー」ができていて並んでいる、と友人からメールが来た。 さて、そんな中、舞浜イクスピアリ(何度はっきり発音しようと思っても、噛む)にレイ・チャールズ・トリビュートのライヴを見に行った。このイクスピアリ、先月デニス・ラサールを見に行けず涙をのんだ場所である。 なかなか綺麗なところで、いい感じ。確かにブルーノートを一回り小さくしたような感じのところ。入口のスペースがかなり広くとってある。急な告知ということもあってか、観客はまばらで、約30名程度。ライヴが始まる前に、レイとジェイミーとのやりとりが見られるいわゆる「EPK」(プロモーション用に作られた映像素材)と予告が流れた。レイの横にいるジェイミーもかなり楽しそうだ。 バンド編成は、ドラムス(ジェイ・R・ロビンソン)、キーボードふたり(ジェームス・フィールズとギャリソン・デイヴィス)、ヴォーカルふたり(プーキー・ワトソンとスペシャルK)の5人。ヴォーカルのひとりスペシャルKは昔からのちょっとした知り合いだ。横浜をベースに活躍しているブラザー。よく西麻布のGQで歌っているところを聴きに行った。カール・トーマスの「アイ・ウィッシュ」が得意で歌ってもらった。 レイ・チャールズの作品ばかりを2セット(各約50分ずつ)行った。曲の合間にはスペシャルKのレイ・チャールズへのリスペクトあふれるコメントなどが語られた。いわゆるカヴァー・バンドとして、こうした歌と演奏のライヴは楽しめる。身近にこういうバンドが、普通に聴けるといい。 基本はスペシャルKが歌い、女性がリードを取るところはポーキーが歌う。一曲、「エリー・マイ・ラヴ」で、舞台向かって右側のキーボード担当のジェームス・フィールズが歌った部分があったが、彼の声がキース・ワシントン、あるいは、アーサー・プライソック系の渋いにやにや系だったので、印象に残った。 帰り際に抽選会をやっていた。その賞品にアメリカででた映画『RAY/レイ』のシナリオなどが入った豪華な写真集(30ドル)があり、これがぜひ欲しい、と言いながらくじを引き、開けてみると、なんと「写真集」と書かれていた。めちゃ、ラッキー。はるばる舞浜まで来た甲斐があった。 Tribute For Ray Charles“Specielle K & Friends” 1st show started 19:331. Mess Around2. I’ve Got A Woman3. Hit The Road Jack4. Here We Go Again5. Crying Time6. Hard Times7. Ellie, My Love8. … Continue reading

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レイ・チャールズ掲示板設置しました

1月29日映画公開、自伝発売を記念してレイ・チャールズの掲示板を設置しました。映画、自伝の感想文などをどんどん書き込んでください。 http://www.soulsearchin.com/ray-bbs/basic_bbs.cgi

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鈴木雅之さん、『RAY/レイ』前夜祭トークイヴェントに登場

来る1月28日(金)銀座みゆき座で行われる映画『RAY/レイ』の前夜祭のトークイヴェントに、急遽、鈴木雅之氏が参加することが決まった。 1月28日(金曜) 映画「Ray/レイ」前夜祭銀座みゆき座 19時開場、19時半トークイヴェント開始・抽選会20時25分映画上映開始 23時終了予定トークイヴェント出演、越谷政義(司会)、鈴木雅之、鮎川誠(シーナ&ロケッツ)、ブラザートム、ダイアモンド☆ユカイ、宮腰理(CooDoo’s)、吉岡正晴(音楽評論家)全席指定 一般席¥2,200 プレミアシート¥2,900(各税込)

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57th Man Benny Golson Live At Blue Note

(昨日からのつづき) 57番目。 『ターミナル』効果があってか、ブルーノートは火曜日だというのにほぼ満員。『ターミナル』を見た音楽好きは、みなベニー・ゴルソンのライヴがあると聞けば来るだろう。(笑) 観客の中にはマーカス・ミラーの姿も見えた。僕がベニー・ゴルソン名義のライヴを見るのは初めて。 今回はドラムス、ベース、ピアノにベニーのサックスという4人編成。みなそれぞれ持ち場をしっかり守り、いい演奏を聴かせる。古いスタンダードナンバー「シュリー・ウィズ・ザ・フリンジ・オン・トップ」で始まったライヴは、2曲目の前でベニーがマイクを持ってこう話し始めた。 「昨年、私たちはスティーヴン・スピルバーグの映画に出演する機会がありました。映画は『ターミナル』というもので、撮影現場ではスピルバーグやトム・ハンクスたちと楽しい一日を過ごしました。それから帰ってきて、私たちはその映画出演に影響を受けて(インスパイアーされ)、アルバムを作ることにしました。そうして出来上がったのが『ターミナル1』です。そこから、タイトル曲をお送りしましょう」 実に渋い。落ち着いた音。ゆったりとした余裕の音だ。ベニー・ゴルソンは1929年1月25日、ペンシルヴェニア州フィラデルフィア生まれ。ワシントンDCの名門ハワード大学で音楽を学んだという。さすがにインテリだけあって、司会も落ち着いた知性を感じさせた。そして、この日は彼の誕生日ではないか。 彼はさまざまなジャズの名曲を書いている。その中のひとつが「アイ・リメンバー・クリフォード」。さすがにこれは人気が高い。ひときわ大きな拍手が彼らを待ち受けていた。 ところで、彼がステージに上がっているところで、サインをねだる者はいなかった。(笑) ライヴが終った後、ドラムスのカール・アレンがカウンターのところにいたので声をかけた。「『ターミナル』のライヴシーンではあなたも一緒に演奏していたのですか?」 「もちろん、プレイしていたよ」 「あの撮影はどこで?」 「モントリオールだよ」 「へえ、撮影はどうでした?」 「みんないた。スピルバーグ、トム・ハンクス…。とても楽しかった」 映画ではニューヨークの設定だが、なぜか撮影はモントリオールだったというわけだ。 ベニー・ゴルソンのライヴ、それは57番目の男のライヴ。 show started 21:41 1. Surrey With The Fringe On Top2. Terminal 13. Seven Minds4. Along Came Betty5. I Remember Clifford6. Whisper Not7. (Theme)Enc.show ended 23:14 メンバー。 ベニー・ゴルソン(サックス)、マイク・ルドン(ピアノ)、バスター・ウィリアムズ (ベース)、カール・アレン(ドラムス) Benny Golson(sax),Mike … Continue reading

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The Movie “Terminal”: The Reason Victor Came To USA

(映画『ターミナル』についての感想文です。後半ネタバレになります。先入観なしにご覧になりたい方はご注意ください) 約束。 東欧の国クラコウジアからある目的を持ってニューヨークにやってきたひとりの男。その名はヴィクター・ナヴォルスキー(トム・ハンクス)。だが彼がジョンFケネディー空港に到着すると、彼の母国でクーデターが起き、アメリカとクラコウジアとの国交が断絶した。そのため、ナヴォルスキーは、アメリカに入国できず、しかも、母国に帰ることもできなくなった。彼はしばし空港内にとどまらなければならなくなった。 空港は様々な出会いが訪れる場所。まさに出会いの宝庫だ。そんな中で英語もおぼつかないナヴォルスキーにも様々な出会いが訪れ、ドラマが生まれる。美人のフライトアテンダント、アメリア(キャサリン・ズィータ・ジョーンズ)、国際空港の国境警備主任フランク(スタンリー・トゥッチー)などといったいどんなことが起こるのか。徐々に空港の人たちと親しくなり、友情が深まっていく。彼がいつも大事そうに持っている空き缶の中には何が入っているのか。 スティーヴン・スピルバーグ製作・監督のハートウォーミングな映画『ターミナル』だ。 (以下、ネタばれになります) さて、映画の最後のほうで、ヴィクターがアメリカにやってきた理由が明かされる。彼が常に大事そうに持っていた空き缶にその秘密があった。そこには、40年以上も前に雑誌エスクワイアーに掲載された一枚の大きな写真が入っていた。これは、1958年8月にニューヨークのハーレムで撮影されたもので、59年1月号の同誌に見開きで掲載された。被写体は、ニューヨークで当時活躍していたありとあらゆるジャズ・ミュージシャンたち。カメラマンは57人のミュージシャンを一堂に集めて大きな写真をとった。 ヴィクターの父はジャズ好きで、ここに映っている写真のミュージシャンすべてからサインをもらおうと考えた。しかし、父はひとりのミュージシャンの写真のサインをもらう前に他界してしまった。そこで、息子は父の意志をついで、その最後のまだサインをもらえていないミュージシャンに会うために、ニューヨークにやってきたのである。そのミュージシャンこそが伝説のサックスプレイヤー、ベニー・ゴルソンだった。 東欧からの訪問者、ヴィクターにとってベニー・ゴルソンと会ってサインをもらうことは、父への約束だった。56人のサインのはいった写真を持って、ナヴォルスキーはライヴハウスで演奏している57人目のベニー・ゴルソンの元に歩み寄る。演奏を始めようとしていたゴルソンは、「サインはショウの後で」と答えて演奏を始める。演奏が終って、無事サインをもらえたナヴォルスキーは大喜びしながら、JFKに帰る。 僕は、こういうストーリーは好きだ。たくさんのアーティストが映っている写真にサインをもらい、最後に残ったアーティストのサインをもらう瞬間って、どんなものだろう。どれほど嬉しいことか。しかも、この場合、そのサインは父と息子という2世代に渡って、完成をみた。スピルバーグは実にうまい物語を作るものだ。職人芸の脚本、そして、もちろん、各俳優のうまさも充分でている佳作だ。 そして、そのベニー・ゴルソンが日本にやってくる。サインをもらいに行くしかないではないか。 (続く) http://www.terminal-movie.jp/ ENT>MOVIE>REVIEW>Terminal

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Chat At “Good Morning Tokyo”(J Wave) On Tomorrow Morning

Chat At “Good Morning Tokyo”(J Wave) On Tomorrow Morning 突然ですが、明日朝(26日・水曜)、Jウェイヴの『グッド・モーニング・トウキョウ』(朝7時から9時)に電話出演します。レイ・チャールズの映画と自伝の話を5分程度する予定です。登場時刻は7時40分くらいです。お時間ある方、ぜひどうぞ。

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‘Ray’ DVD Will Be Released In February

DVD レイ・チャールズの自伝映画『RAY/レイ』のDVDがアメリカで2月1日に発売される。これは、昨年10月末に公開された作品としては異例の早さ。27日(木)にアカデミーのノミネーションが発表されるがその一週間後の発売で、アカデミーのノミネートを念頭にいれたリリース計画。 オスカーの投票用紙は投票権を持つ会員に2月2日に配布され、2月22日までにアカデミーに返送され、27日に発表される。その期間にDVDが発売され、大きな話題になっていれば、そうした投票になんらかの影響を与えることを期待している。 またこのDVDヴァージョンには映画本編には収録されていない未公開映像が約25分、さらに、ライヴ・シーンなども収録される予定。また、監督テイラー・ハックフォード、ジェイミー・フォックス、その他のコメントも入り、かなりの特典映像が盛り込まれる。これらのDVDのリージョンコードがどうなるかはまだわかっていない。 また、映画『RAY/レイ』のサウンドトラックのヴォリューム2も発売される。ここには、レイが映画用に録音したものなどが収録される。既発のヴォリューム1は、すでに大ヒット中。 ・・・・・ “CBS 60 Minutes” Will On Air Interview On Foxx 『CBSドキュメント』(TBS、28日深夜)、『週刊NAVIテレビ』(NHKBS2、29日深夜)で、映画『RAY/レイ』を紹介 今週金曜(28日)深夜26時55分(正確には土曜日午前2時55分)から放送予定の『CBSドキュメント』(原題60ミニッツ)で、映画『RAY/レイ』に関連して、ジェイミー・フォックスらのインタヴューが放送される。フォックスのインタヴューや、関係者のコメントなどがまとめられている、という。日本語のコメンテーターは、ピーター・バラカンさん。 また、今週土曜(29日)深夜24時10分(正確には日曜0時10分)過ぎから放送予定のNHK-BS2の『週刊NAVIテレビ』の映画コーナーでも、映画『RAY/レイ』についての紹介がされる。コメンテーターは西任白鵠さん。 お時間ある方はぜひご覧ください。 +++++++++++++

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Marvin Declairs He Would Start Blog Right Away

ブログ。 なぜか、昨日の『ソウル・ブレンズ』のテーマが、「私のブックマーク」ということになり、そこでいろんな人たちのさまざまな「私のブックマーク」の話題になった。 で、そんな流れから、ブログ(Blog)というものに、DJ、マーヴィンが異様に興味を示したので、知ってることを教えた。要は日記で、誰でも簡単に始められる。ホームページを作ることと比べると雲泥の差で簡単に写真などもアップでき、しかも、トラックバックという機能で、多くの人たちと二方向のやりとりが可能になる。といった説明をすると、マーヴィン曰く「じゃあ、今日帰ったら、僕もブログ始めるよ。来週日曜までに絶対に始めるから」といきなり盛り上がった。 曲がかかっている間、マーヴィンはパソコンのところに行き、blogでさっそく検索をかけていて、どこのを使えばいいかと尋ねてきた。最近、 眞鍋かをりのブログとヤクルト古田選手のブログのトラックバック・バトルが話題になっていたが、そんな話までしてしまった。(笑) 「これで、僕もブロガーになるぞ。ははは」とマーヴィンは言い放った。 番組宛て、「お気に入りのブックマーク」として僕のウェッブと書いていただいた方々、ありがとうございます。 ところで、「ソウル・サーチン」でスタックスの作品をかけたが、その時にマーヴィンがこれらの作品がヒットした時期、60年代後期から、さらにその後の70年、彼が育った時期の話になった。「僕の友達10人のうち7人は、ドロップアウトしたり、悪い人になったり、死んだりした。僕の時代の『ボーイズ・イン・ザ・フッド』(90年代の黒人街を舞台にした映画)だったんだよ。映画は90年代だったけど、僕も70年代、ああいう(映画のような)ところに住んでいた。もちろん、黒人版の『スタンド・バイ・ミー』(スティーヴン・キング原作の映画)みたいな風景もあるけど、『ボーイズ・イン・ザ・フッド』みたいな風景もあった」 では、マーヴィンはそんなタフな世界で、どのようにして生き延びることができたのか。マーヴィンは答えた。「自分は違うところ、見たいと思ったんだね」 つまり、いろいろな世界を見てみたい、ということだ。そして、彼は日本にやってきて、日本を見て、日本を気に入り、日本に住みついた。 「世界を見る」ということを、まさに彼は実践したわけだ。これは、素晴らしいな、と僕は思った。時々、まったく予期せずにでてくるこうしたマーヴィンの昔話は、実におもしろい。 マーヴィンの「スタンド・バイ・ミー」の話。(ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリーにいれてもいいですねえ、これは↓) http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200402/diary20040207.html なんてことを書いていたら、テレビのほうから「我が心のジョージア」が流れてきた。おお、映画『RAY/レイ』のCMだ。初めて見た。いいねえ。これでたくさんの人が映画館に足を運んでくれたらいいと思う。 ENT>RADIO>SOUL BLENDS

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Brother Ray(Japanese Edition) Finally Arrived

完成。 昨日、ついに『わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語』(デイヴィッド・リッツ、レイ・チャールズ著・戎光祥出版)の見本ができあがってきた。たった2ヶ月というか3ヶ月で完成させたものだ。2000年7月の『ソウル・サーチン』以来の書籍だから、4年半ぶりのものになる。やはり、あれだけ「魂(こん)をつめて」作ったものができあがると感慨深いものがある。A5版360ページ。1ページ1144字はいっている。ざっと計算すると40万字弱の文字が印刷されていることになる。吐き気がしそうな文字数だ。やっている時には怖くて文字数など計算できなかった。(笑)  ところで、本が出来上がったら、間違いを探してはいけない、といわれる。必ず、見落としの校正ミスなどが発見され、落ち込むことになるからだ。でも、探してしまうのが作った人間の性。あ~~。 そしてすぐに探してしまった。あわてて、送った原稿と照らし合わせる。すると原稿はあっている。どこかで打ち直したかなんかで、ミスがでたのか。小さい字だったので、校正を見落としたのか。もうひとつ帯で、発見した。これも微妙だ。(笑)  それはまあ、おいといて、映画『RAY/レイ』、本書刊行と同時公開、という帯があるが、レイ・チャールズがグラミーを受賞し、ジェイミー・フォックスがアカデミーを受賞したら、この帯を新しいものに変える。 例えば、「グラミー賞、レコード・オブ・ジ・イヤー」受賞とか、「グラミー賞、6部門受賞」といった文字が躍ることになる。レイおよびレイの作品関連で10のノミネートを獲得しているが、ひとつの部門で2つノミネートされているものがあるので、最大獲得して9つ。グラミーの予想は近いうちに、例年通りに30部門程度を行うが、「レコード」と「アルバム」はかなり確実だと思う。その他もうまく行けば、6部門程度の獲得で、今年のグラミーの最大の話題を集めることだろう。 問題はアカデミーだ。ノミネートは今週発表されるが、作品賞と主演男優賞はノミネートは確実だろうが、助演の女優賞あたりはどうだろう。前哨戦のゴールデン・グローヴは、主演男優を獲得、幸先のよいスタートを切っている。僕はもちろん、ジェイミーに一票いれるが、他の候補はどのあたりが来るのかわからないので、まったく予想が立てられない。 でも、グラミーは確実なので、この初版の帯は貴重になります。コレクターの方は、お早めに書店をお駆け込みください。って、そんなコレクターはいるのか。(笑) そうそう、書店へ予約していただくのも嬉しいです。1月29日、発売です。書店、映画館、また、大きなCDショップにも入る予定です。書店、映画館、CDショップに直行! 

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Gay Power: The Movie “Priscilla”

ゲイ。 いわゆる「ゲイ・ムーヴィー」だ。映画『プリシラ』。23日(日曜)、「山野ミュージック・ジャム」(「ソウル・ブレンズ」内、午後4時半から)で「定盤」に選ばれているサントラを紹介する。 舞台はオーストラリア。ゲイの3人組が大都会シドニーからでて、田舎町でのショーの仕事を得て旅に出るが、その行く先々では…。「プリシラ」とは、彼らが旅をするために手に入れたツアー・バスの名前だ。 いかにも、ゲイの人好みの曲が次から次へとかかる。いきなりオープニングは、シャーリーンの「愛はかげろうのように(アイヴ・ネヴァー・ビーン・トゥ・ミー)」。オカマのシンガーがこれを口パクで歌う。ショーガール3人組のロード・ムーヴィーともいうべき映画。物語と、音楽が微妙に交錯して楽しめる。もっともオカマ系がダメな人は、絶対にダメだろうが。(笑)  ゲイの人たちって、美しいものへの意識がひじょうに強いという印象を僕は持っている。美意識というものだろうか。また音楽でも独特のテイストをもっている。そうしたことを最初に知ったのは70年代中期のいわゆるアメリカのディスコブームの時だった。 ニューヨークでディスコ・シーンが盛り上がり始めたのは、ゲイ・パワーがあったからだ。多くの人気ディスコの初期は、ゲイの人々がこぞって通った。ゲイ好みのサウンドがディスコチャートで人気を集めるようになった。最初、ディスコではソウル系のものが中心だったが、なぜか徐々に白人ディスコものが幅をきかせるようになって、少しばかり疑問に思っていた。まもなくその謎が解ける。つまり、ゲイの人たちが支持を集めたものがすぐに大ヒットへ結びついていたのである。 例えば、シルヴァー・コンヴェンションやドナ・サマー、多くのヨーロッパからのディスコヒットだ。 この『プリシラ』のサントラでは、シャーリーン、ヴィレッジ・ピープル、アリシア・ブリッジス、アバ、CCぺニンストン、グロリア・ゲイナーなどなど、その手の作品が次から次へと登場する。このゲイ好みの音楽という「くくり」が僕は妙に興味がある。 プリシラ (1994) 原題 THE ADVENTURES OF PRISCILLA, QUEEN OF THE DESERT 上映時間 103 分 製作国 オーストラリア 初公開年月 1995/07 監督: ステファン・エリオット Stephan Elliott 製作: アル・クラーク Al Clark マイケル・ハムリン 脚本: ステファン・エリオット Stephan Elliott 撮影: ブライアン・J・ブレーニー Brian J. Breheny 音楽: ガイ・グロス Guy … Continue reading

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Get Crunk with the Millenium FUNK Tour

ファンク。 11月に開催が予定されていた「ゲット・クランク・ウィズ・ザ・ミレニウム・ファンク・ツアーの延期公演が来週行われる。来日予定メンバーには、ファジー・ハスキンス、レイモンド・デイヴィス、ジーン・トーマス、ベン・パワーズ、レスター、トニーのトゥルートマンなどの名前がある。 ザップのメンバー、そして、Pファンクのメンバーなどによるファンク・バンドのライヴということになる。ジョージ・クリントンの来日も最終的には入国してみないとわからないが、今回は大丈夫のようだ。 ジェネシス主催で、2005年1月26日Zepp大阪、,27,28日Zepp東京で“Get Crunk with the Millennium FUNK Tour”。             記 出演アーティスト、オリジナルPファンク、ザップ、ザ・フィフス・エレメント、ジョージ・クリントン(スペシャル・ゲスト) 2005年1月27日(木)、28日(金) ゼップ東京開場 18:30  開演 19:00料金 指定席=8500円、スタンディング=7500円(税込)問い合わせ先 プレイガイドジェネシス 電話 03-5467-7880港区西麻布2-12-2 極東設計ビル6F 2005年1月26日(水)、 ゼップ大阪開場 18:30  開演 19:00料金 指定席=8500円(税込)問い合わせ先 プレイガイド チケットは→キョードー東京 (03ー3498ー9999)キョード東京のホームページにアーティストの写真が載っています。http://www.kyodotokyo.com/ 検索方法:キョード東京TOP→ミュージック→来日アーティスト→Get Crunk with the Millennium FUNK Tour そのほか、電子チケットぴあ・ローソンチケットなどでも発売中。

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Up Coming Ray Charles Related Events

告知。 いよいよレイ・チャールズの自伝映画『RAY/レイ』の公開、自伝『わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語』の発売が1月29日に迫ってきました。ここで、自伝のプレスリリースと、これからのいくつかのイヴェントなどをまとめて紹介します。 次週はいよいよ公開週ということもあり、さまざまなイヴェントが行われます。僕も28日の前夜祭(上映を含む)のトークイヴェントにもでます。 ++++++++ 『わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語』出版のおしらせ “ページをめくれば、一粒のソウルが一粒の涙に変わる” 誰も知らなかった素顔のレイ・チャールズ 最初で最後の自叙伝、ついに完訳! 「音楽と女とドラッグがあれば、あとは何もいらない……」。<ソウル・ミュージックの神様>が描いた魂{ソウル}の軌跡を自ら赤裸々に告白! 黒人、盲目、貧困、孤児という究極の四重苦を背負ったレイ・チャールズは、激動の時代をいかにして生き延び、世界にはばたいたのか?そして、死の直前に訪れた魂{ソウル}の平和とは……?ページをめくれば、一粒のソウルが一粒の涙に変わる 映画『Ray/レイ』と同時にヒット! グラミー賞、アカデミー賞…。この春、レイ・チャールズが熱く再評価される! ***** 去る2004年6月10日、73歳の生涯を閉じ、改めてその偉大さが広く語られるようになった「ソウル・ミュージックの創始者」「ソウルの神様」レイ・チャールズ。ビリー・ジョエル、クインシー・ジョーンズ、ウィリー・ネルソン、BBキングなど多くの優れたアーティストから、日本の桑田佳祐、柳ジョージ、和田アキ子まで世界中のシンガーたちに絶大な影響を与えたレイ・チャールズ。その唯一の自伝の日本語版がいよいよ1月29日登場します。 チャールズに密着取材し、本人の膨大なインタヴューを書き記した名著『わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語(原題・ブラザー・レイ、レイ・チャールズ・ヒズ・オウン・ストーリー)』は、レイ・チャールズの生まれた時から、盲目になり、孤児になり、人種差別の厳しい時代に黒人一人で生活を始め、ミュージシャンとして徐々に頭角を現し、ついには世界的スターになり、しかしドラッグで挫折し、さらにそこから這い上がるという激動の人生を見事に描ききります。盲目、孤児、貧困、そして黒人・・・。その四重苦から世界の頂上に上った人生は「波乱万丈」という言葉だけでは表しきれません。そこにはソウルを捜し求め続けた一人の男の果てしないソウル・サーチンの旅がありました。 音楽、酒、ドラッグ、女。それだけを生きがいに生きてきたレイ・チャールズは、どん底からいかに頂上まで登りつめたのか。その強烈な個性と、南部人ならではの温かみあふれるやさしさを持ったレイ・チャールズ。弟の溺死、母の死、友情と裏切り、時に悲しみの涙あり、笑いあふれるユーモアあり、真摯な言葉あり、その人生と、人生哲学は、現代に生きる多くの人々にさまざまな示唆とアドヴァイスと感動を与えます。 翻訳・監修はブラック・ミュージックを日本に紹介し多くの文章を書き記し、レイ・チャールズについての原稿も多数ある音楽評論家、吉岡正晴。本書をレイ・チャールズとともに書いた著者デイヴィッド・リッツとも長年の友人で、翻訳に関してデイヴィッドの協力も得ています。 また、本書には昨年6月10日死去以降、著者デイヴィッド・リッツが最後のレイ・チャールズとの会話を描いた感動の「レイ・チャールズ最後の日々」(原書で18ページ)が特別に翻訳収録されます。レイ・チャールズの50余年の軌跡と死を間近に悟ったレイ本人の心の内が今、初めて明らかにされます。 全米では、レイ・チャールズの死はロック音楽史上、ジョン・レノン以来の大きな扱いで報道されました。全米に生中継されたその葬儀には、スティーヴィー・ワンダー、BBキング、ウィリー・ネルソン、クリント・イーストウッドなどアメリカ・エンタテインメント界の錚々たるメンバーが集まり故人をしのびました。スティーヴィーのスピーチと歌は、多くの人の涙を誘いました。 また、タイミングよく、レイ・チャールズの自伝映画『RAY/レイ』が昨秋全米で公開され、主演のジェイミー・フォックスの見事な演技にアカデミー賞の呼び声も高まっています。本書はその映画『RAY/レイ』の日本公開(2005年1月29日)と同時発売で、話題の相乗効果を狙います。すでに昨年8月には彼の遺作であり、12人のすばらしき仲間たちとのデュエット・アルバム『ジーニアス・ラヴ~永遠の愛』がベストセラーになっており、これもグラミー賞確実の呼び声が高まります。 映画公開、自伝本発売、CD、グラミー賞、アカデミー賞…。この春、レイ・チャールズが大きな話題となり、再評価が高まります。ぜひ、ご一読いただき、各方面でご紹介いただけると幸いです。 記 原著: Brother Ray Ray Charles Own Story 、348ページ著者: Ray Charles & David Ritz原著出版社: Da Capo Press, 1978, 1994,2004邦題: わが心のジョージア~レイ・チャールズ物語日本版発売日: 2005年1月29日日本版定価: 2100円(税込み)A5版 ソフトカヴァー 約400ページ翻訳監修: 吉岡正晴日本版出版社: 戎光祥出版〒102-0083 東京都千代田区麹町1-7 相互半蔵門ビル8階URL:http://www.ebisukosyo.co.jp/編集・制作: アーリーバード・スタジオhttp://www.soulsearchin.com ***** レイ・チャールズ関連、過去1年から今後の流れ 2004年6月10日 73歳で死去。2004年8月 … Continue reading

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Lil’ ED & The Blues Imperials Live Will Be At Ikspiari

スライドギター。 80年代初期からシカゴを本拠に活躍しているブルース・アーティスト、リル・エド&ザ・ブルース・インペリアルズが2月に来日、舞浜のライヴハウス、イクスピアリで公演を行う。リル・エドの来日は88年のブルース・カーニヴァル以来2度目。 リル・エドの音楽的特長は、ブルースをベースにしながらもかなりのりのいいパーティー・サウンドを繰り広げるところ。 リル・エド・ウィリアムスはシカゴ生まれ。伯父にスライド・ギターの名手でブルース界にその名前を轟かせたJBハットー(故人)という人物がいて、そのハットーじきじきにギターを教わった。リル・エドは、ハットーからギターのみならず、ベースやドラムなども学んだ。 また異母兄弟ジェームス・ヤングもハットーの元で音楽を学んでいたので、後にリル・エドがバンドを組む時に、彼に声をかけたのも自然の流れだった。 リル・エドとジェームス・ヤングの異母兄弟たちは、70年代初期にグループを結成。当初はアマチュアだったが、75年頃からプロとして活躍。シカゴのウエストサイド中心に活躍するようになった。バンド活動を始めた頃は、一晩のギャラが6ドル程度でそれをメンバー全員で等分していた、という。リル・エドは当時は昼間はカーウォッシュで働き、ヤングはスクールバスを運転して生計を立てていた。 80年代初期までにファンをつかみ、86年、ブルースの名門レーベル、アリゲイターから『ラフ・ハウジン』でデビュー。以後コンスタントにアルバムを発表している。その後、カナダ、ヨーロッパ、日本などでもライヴを行うようになった。 彼らは時代の流れとともに、自らのバンドサウンドを変えることなく、かたくなに結成当初の音を守り、それをファンが支えているという。その一徹な姿勢に共感するファンが多く、彼らを「エド・ヘッズ」と呼んだりする。ロック・グループ、グレイトフル・デッドの熱心なファンを「デッド・へッズ」と呼ぶのにならっての名前だ。 ライヴに関する問い合わせは、チョコレート・クリーム・プロダクション。03-3487-5442http://chocolatecream.co.jp/ +++++ The Blues ShowLil’ ED & The Blues Imperials (リル・エド&ザ・ブルース・インペリアルズ) [Members]Lil’ Ed Williams – guitar & vocal James “Pookie” Young – bass Mike Garrett – guitar Kelly Littleton – drums スケジュール2005年2月11日(金)~12日(土)・13日(日)Everyday 2 sets show … Continue reading

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Lou Rawls, Daddy Again At 69

父親。 ちょっと小ネタを。あの「別れたくないのに(原題、ユール・ネヴァー・ファインド・アナザー・ラヴ・ライク・マイン)」や、「タバコ・ロード」などの大ヒットを持つグラミー賞受賞歌手、ルー・ロウルズが69歳にして再び父親となった。 ロウルズは2004年1月1日に、ロウルズのマネージャーであるニーナ・ロウルズさんと結婚していた。夫妻にとっては一周年の記念に素晴らしい贈り物となった。子供が生まれたのは1月10日、オハイオ州アクロン。子供は6ポンド14オンスで順調に成長している。母のニーナにとっては初めての子供だが、ロウルズにはすでに成人している子供が3人いる。 +++++ 69歳で父親へ。なかなか話題だ。だが、こういう例はよくある。あのジェームス・ブラウンもたしか69歳くらいで父親となった。また、最近はCNNでラリー・キング・ショウをやっているラリー・キングがやはり、30歳以上はなれた女性と結婚しちょっとした話題となっていた。 そこに愛があれば、年齢差など関係ない、というわけだ。ロウルズには3人の成人した子供がいるので、もしそこに子供がいれば、孫よりも若い息子に恵まれたということになる。 高齢化社会が進む中、そして、核家族が進み、少子化が問題となるこの時代。69歳でも父親になるということだけでも、いいことではないだろうか。ただこの子が成人した時、父は89歳か…。 +++++ Lou Rawls, daddy again at 69 http://www.usatoday.com/life/people/2005-01-14-rawls-baby_x.htm?csp=34 Posted 1/14/2005 11:00 AM By Brad C. Bower, AP LOS ANGELES (AP) Grammy-winning R&B singer Lou Rawls and his wife Nina celebrated their first wedding … Continue reading

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The Movie “Ray” Portrays Life On The Fast Lane: He Ain’t No Cripple Ever Again

(映画『RAY/レイ』の映画評です。ネタバレは最小限ですが、先入観なしにご覧になりたい方はご注意ください) 障害者。 ピアノを弾く指が動く。黒いサングラスにそのピアノの鍵盤が映っている。演奏者は身体を揺らし、のっている。軽快な「ホワッド・アイ・セイ」が流れている。煙草の煙が揺らいでいる。オープニング・シーンが終ると、ひとりのサングラスをした若き黒人、レイ・チャールズ(ジェイミー・フォックス)がバス停でぽつんと佇んでいる。そして、「フロリダ州、1948年」の字幕。 ソウル・ミュージックの創始者、レイ・チャールズの自伝的映画が『RAY/レイ』だ。彼がいかにして盲目になり、ミュージシャンとして成長し、ドラッグ漬けになり、人生を歩んでいくかが描かれる。レイ・チャールズ役を演じたのは、自らミュージシャンでもあるジェイミー・フォックス。レイ・チャールズそっくりの演技は、圧巻だ。 音楽、酒、ドラッグ、そして女性。レイの人生はそれらだけで彩られていた。しかも、徹底的に。時代的には1930年生まれのレイの1948年ごろから1965年ごろまでの間が中心に描かれる。 映画の冒頭で、レイの母アレサが言う。「誰にもあなたを盲目(cripple=かたわ、障害者、無能者)なんて呼ばせないで」 この言葉はレイが失明した時以来、生涯レイの言葉になる。正確には、目に視力はないが、かたわ、障害者ではない、という意味だ。だが、彼はある時期まで肉体的にも、精神的にもクリップル(障害者)だった。果たして、彼は何をきっかけに目覚めるのか。 自伝にも出てきて興味を持っていたのだが、彼が幼少の頃、まだ失明する前に生家の近くにある雑貨店に一台のピアノがあった。そこの主人、ミスター・ピットが子供のレイにピアノを教えるシーンがある。ミュージシャンとなるレイ・チャールズ少年の原点だが、このシーンになんとも言えずに僕は感動する。 ひとつの失敗から学び、それを教訓とし、知恵をつけ、強く強く生きていくレイ・チャールズ。その自立心と信念、頑固さには驚嘆する。 (以下、少しネタバレになります) 「ライフ・オン・ザ・ファースト・レーン」(全速力で走る人生)という言葉がある。日々ライヴに明け暮れるレイの人生は、ヒット曲がでるにつれ、忙しさは増し、まさに「ライフ・オン・ザ・ファースト・レーン」になっていった。その彼には、幼少時の事件がひとつの心のトラウマとして残っている。子供時代を過ごしたフロリダにあるボトル・トゥリーの数々。ガラスの空き瓶が何本も吊るされ、木のようになっているボトル・トゥリーは彼のトラウマを象徴するかのようだ。 そして、後半、レイが夢の中で、生まれ故郷のフロリダで母親に会う。自分の生家のヴェランダ。この時のレイ(ジェイミー・フォックス)は、今の大人で目が開いている。そこに登場する弟のジョージが言う。「レイのせいじゃないよ」 母親が言う。「もう誰にもあなたを『盲目』にはさせないわ」 それまで心が盲目だったレイは、この瞬間、「目を見開く」のである。 1961年、レイ・チャールズは黒人と白人を分けていた会場での演奏を拒否したことから、ジョージア州での演奏が禁止された。ジョージア州からの永久追放だ。それから18年間、彼は自らのホームタウン、ジョージア州で演奏することができなかった。しかし、時が流れ、人種差別も少しずつなくなった1979年3月7日。彼が1960年に歌った傑作「我が心のジョージア」は、ジョージア州州議会から「州歌」と認定され、同時に18年前の事件に関して正式に謝罪されたのである。 拒絶から受け入れまでの18年間、レイ・チャールズはひたすらステージで「我が心のジョージア」を歌い続けて来た。彼にとっては、ジョージア州から拒絶されようが、受け入れられようが、その曲が持つ意味はまったく変わらない。ブラザー・レイの信念はいささかも揺るがず、ジョージアへの郷愁は消えることはなかった。 だが、「我が心のジョージア」という曲を歌ったことが、結果的にジョージア州議会にレイに対して謝罪のチャンスを与えることにもなった。そう、「我が心のジョージア」がレイ・チャールズをジョージアに引き戻したのだ。 曲の中で歌詞はこう歌われる。「今、ここにある道はジョージアへ戻る道…」 レイ・チャールズはジョージアへ戻った。ジョージアに始まった物語が、ジョージアで完結した。 (映画『RAY/レイ』1月29日からみゆき座など全国ロードショウ) 映画公式ホームページhttp://www.ray-movie.jp/index.php +++++ 『我が心のジョージア』訳詞Georgia On My Mind ジョージア、我が心のジョージアよ、 一日中、古きよき時代を思わせるあの甘い歌がジョージアへの郷愁を誘う ジョージア、ジョージアの歌が、月明かりが木々の隙間から漏れてくるように、やさしく、心に染みてくる ジョージアの魂が歌いかけてくる・・・ジョージアの瞳がやさしく微笑む・・・ジョージアの地には心の安らぐ夢がある今、ここにある道はジョージアへ戻る道 ジョージア、我が心のジョージアよ・・・他の地では心の安らぎを見出せない 古きよき時代を思わせる甘い歌・・・そんな歌がいつもジョージアを思い出させる (訳詞ソウル・サーチャー) +++++ 映画『RAY/レイ』関連記事。 2004/11/12 (Fri) “Ray” This Could Be Jamie Foxx’s Career … Continue reading

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The Fighting Temptations: Another Barbershop Harmony

(映画『ファイティング・テンプテーションズ』の紹介です。ネタばれは最小限ですが、何も予備知識をもたずにご覧になりたい方はご注意ください) “The Fighting Temptations”: Another Barbershop Harmony バーバーショップ。 あのビヨンセとキューバ・グッディング・ジュニア主演の映画『ファイティング・テンプテーションズ』が2月12日(土曜)からテアトルタイムズスクエアで3週間限定で公開される。映画のサントラは一足先に2003年9月に日本でも発売中。 南部ジョージア州の片田舎からでてきてニューヨークで口八丁手八丁で出世してきたダリン(キューバ・グッディング・ジュニア)の元に、子供時代、自分の世話をしてくれていたサリーおばさんが亡くなったという知らせが届く。その遺産配分のために戻ってくるように言われ、葬儀に出た後、その遺言が明かされると、ダリンが指揮するゴスペル・クワイアーを大会で優勝させたら時価15万ドル相当の株券を渡すという。そこで、まったくゴスペル・クワイアーなどを作ったこともないダリンが地元の連中を集めて、クワイアーを作るのだが…。 いやあ、おもしろかった。まったく予備知識もなく見たのだが、冒頭からやられた。結論から言えば、ソウル、R&B、ゴスペルなどの音楽が好きな人、興味がある人なら、まちがいなく楽しめるエンタテインメント映画だ。 最初の教会のシーンからして、ゴスペル好き、ブラックミュージック好きにはたまらない。さすがに映画会社の試写室では立ち上がって踊りだすことはできないが、大きな映画館で大音量でこれを流されたら、観客は立ち上がるのではないか、とさえ思った。この教会のシーンでリードを取るのは超ヴェテランのシャーリー・シーザーだ。(彼女の大ヒット「ノー・チャージ」は、僕の個人的な大フェヴァリット) 貫禄としかいいようがない。そして、続々登場するミュージシャンたち。ビヨンセ、ミッシー、アンジー・ストーン(けっこういい役だ)、フェイス・エヴァンス。 ビヨンセはキューバ・グッディングが気に入るR&Bシンガー。地元のさえないクラブで歌っているが、世俗的なR&Bを歌っていることで、神聖な教会からはつまはじきにされている。だが歌はぴか一で、キューバはその彼女を見て、自分が結成するクワイアーにどうしても彼女をいれようと必死になる。 僕が最高に気に入ったのは、理髪店でのシーン。ある子供がヘアカットにやってくる。理髪店の椅子に彼が座ると、そこの店員たち3-4人がその椅子の周りをゆっくりまわりながら、アカペラ・ハーモニーを聞かせるのだ。これが、すごい。カミソリやはさみをパーカッション代わりにして聞かせるハーモニーは、これぞバーバーショップ・ハーモニーだ。そして、ここで歌うのがエディー・リヴァート・サーを始めとする、そう、オージェイズのメンバーなのである。エディー・リヴァート最高だ!きっと昔のバーバーショップはこうだったんだろうな、と思わず膝を叩いた。 最高に面白かったのは、キューバが刑務所に歌のうまいのがいると聞きつけてリクルートに行くところ。3人の囚人が自己紹介をして、歌を聞かせるのだが、この中で背が一番高い男が最高におもしろい。どうおもしろいかは、映画本編を見ていただくとして、僕はその時はわからなかったのだが、あとでクレジットでみたところ、この長身の男はなんと、モンテル・ジョーダンだった。ほかに気になったキャストはメルバ・ムーア。その昔ハッシュ・プロのオフィースでインタヴューしました。音楽監督は、ジャム&ルイスだったんですね。アン・ネスビーなんかもいたみたいだ。 映画のストーリーとしては単純で、また、演技がどうのこうのという話ではない。言ってみればB級映画なのだろうが、このライヴ・シーン、歌のシーンだけで、ブラック・ミュージック・ファンは十分に元をとれる。DVDで、お気に入りのところを繰り返して見たい、そんな作品だった。『天使にラヴソングを』が好きな人あたりは、はまるにちがいない。 +++++ 映画『ファイティング・テンプテーションズ』原題:The Fighting Temptations監督・ジョナサン・リン 出演・ビヨンセ、キューバ・グッディング・ジュニア公開2005年2月12日(土)から、テアトル・タイムズ・スクエアで3週間限定ロードショー。2時間3分。配給:UIP、DVD:パラマウント・ホーム・エンタテインメント・ジャパン サントラ『ファイティング・テンプテーションズ』 ENT>MOVIE>REVIEW>The Fighting Temptations

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”Soul Explosion” Album: Compilation Of Era Of Soul Explosion

爆発。 そして、『ステイ・イン・スクール』に続いてもう一枚がリリース当時は2枚組で出た『ソウル・エクスプロージョン』のアルバム。CDでは77分半で1枚に収録されている。これで1995円は安い。 http://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A010090/VICP-62930.html 全部で28曲。69年1月に全米で発売された。ジョニー・テイラーの「フーズ・メイキング・ラヴ」や、ウィリアム・ベル&ジュディー・クレイの名作「プライヴェート・ナンバー」などのヒット曲も収録されつつ、それほど大ヒットしていない曲も収められている。14曲目までが主にヒット曲。15曲目以降が、アルバムでは未発表曲など。シングルのみのリリース作品などだ。 今でこそ、ソウル・レーベルのコンピレーションが次から次へとリリースされるが、60年代はまだまだそうしたコンピは少なかった。 また、このアルバムのタイトルに『ソウル・エクスプロージョン』(ソウルの爆発、の意味)とついているところが、時代を反映している。それまで、ブラック・ミュージックのヒットに関してはビルボード誌ではR&Bチャートと呼ばれていて、このアルバム発売後の69年8月からそのチャートがソウル・チャートと呼ばれることになる。R&Bの時代からソウルの時代への移行時期でもあり、アルバムのタイトルはまさにソウルの爆発の時代を象徴的に表している。 北のモータウンに対抗して南のスタックス。その存在感は素晴らしいものがあった。個人的には「プライヴェート・ナンバー」や、「アイヴ・ガット・ア・スア・シング」(オリー&ナイチンゲールス)などのサザン・ソウルにひじょうに惹かれる。 こうした60年代のソウルのコンピレーションがどんどん発売されると嬉しい。 +++++ VARIOUS/SOUL EXPLOSIONソウル・エクスプロージョンビクター VICP-62930  2005.01.21発売 01 フーズ・メイキング・ラヴ / ジョニー・テイラー WHO’S MAKING LOVE(Banks – Crutcher – Davis – Jackson) / JOHNNIE TAYLOR 02アイ・ライク・エヴリシング・アバウト・ユー / ジミー・ヒューズ I LIKE EVERYTHING ABOUT YOU(Davis – Hunter – Gordy) … Continue reading

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Stay In School Album Will Be Released As CD Configuration For The First Time In History

世界初。 『ソウル・ブレンズ』(日曜午後1時~5時、インターFM)内「ソウル・サーチン」(午後2時~2時半)で、今メンフィスのソウル・レーベル、スタックス・レコードの特集することになったのは、1月21日にスタックスにおける名盤でレア盤の作品2枚が世界初CD化されることに関連してのもの。この2枚を紹介するなら、一挙にスタックスのレーベルヒストリーでもやりましょう、ということで4回にわたってご紹介することになった。 さて、その2枚とは、67年8月ころリリースの作品『ステイ・イン・スクール』と69年1月リリースの作品『ソウル・エクスプロージョン』だ。ともに当時のスタックス所属アーティストたちの作品を集めたオムニバス。後者は2枚組でリリースされていた。(CDでは1枚)  前者はリリース当時プロモーション用アルバムとして、全米のラジオなどに向けて4000枚ほどしかプレスされなかった、という。収録分数30分程度というものだが、そのレア度はずば抜けており、裏ジャケットにはハンフリー副大統領のコメントが寄せられている。アルバムタイトルは、「学校にとどまりなさい」「ドロップアウトするな」という意味。このころ学校をドロップアウトする学生が多数いて社会問題化していた。それに歯止めをかけるべく、こうした企画が始まったようだ。 オーティスやカーラ・トーマスなど歌手たちが「学校にいることの意義」などをちょっとしゃべり、曲になる。他には、エディー・フロイド、ウィリアム・ベル、サム&デイヴ、マーキーズ、ブッカーT&ザ・MGズなどの作品が収録されている。このコメントや、グループ・ディスカッションなどがおそらく当時のラジオで繰り返し流されたのだろう。 プロモーション用だけにリリースされた作品が一般にしかもCDで発売されることで、コレクターズ・アイテムが誰の手にも届くことになる。 ビクターのウェッブhttp://www.jvcmusic.co.jp/-/Discography/A010090/VICP-62929.html

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Mike Stern, Dennis Chambers Live: The Moment The Magic Hand Touched Me

接触。 8時45分を過ぎても、まだファースト・ステージが終っていない。前の回がかなり伸びている。相当盛り上がっているらしい。やっと音が静まり、どっとファーストの観客が出始めた。入口で待っていると、なんとトクさんと小沼ようすけさんが出てきて声をかけてくれた。ファーストを見た後だった。「何か飛び入りでやったの?」と聞いたら、「いや、見に来た」とのこと。彼らはいろいろ、見にきてるなあ。 今年初めてのライヴは、マイク・スターン、デニス・チェンバース、そして、リチャード・ボナらのライヴ。マイク・スターンはギター、デニスは元Pファンクのドラマー、そして、リチャードはベースも弾くヴォーカリスト。久々のブルーノートでのライヴは、やはりいい感じ。結局セカンドが始まったのは、9時44分。 なんと言っても、彼ら4人のミュージシャンシップがスパークする瞬間が美しい。マイク・スターンのギターは、フュージョン風でもあり、ロック風(時にジミ・ヘンドリックス風)、ソウル風、R&B風あり、さわやかスムース・ジャズ風でもありと何でもござれ。基本的には白いが、リチャード・ボナとからんだり、デニスとからんだりするとファンキーになったりもする。 なんといっても、僕はこのデニスのドラマーが最高だ。本当にこれだけのシュアなリズムを刻める、それでいて、音自体がかっこいいドラマーはまずいない。しかも、訳のわからない微妙な変拍子まで叩きだす。 もっともスリリングだったのは、後半、デニスとマイク・スターンの掛け合いになったところ。それまで、基本的にはマイクがこのステージのスターというか主人公なのだが、この時はドラマーのデニスが主導権を握る。彼がシンプルなリズムからどんどん難しい変拍子に移行するのだが、マイクはそれに惑わされず、同じファンキーなリズムギターをキープする。 デニスはあたかもマイクに向かって「さあ、これでもついてこれるか」といった具合にチャレンジしてくる。そして、マイクはそれに「だいじょうぶだぞ、どんなリズムでも」と答えるかのようだ。この緊張感はライヴならではのもので、たまらない。マイクもマジックハンドだが、デニスのドラムスの叩き方もマジックハンドである。 途中、デニスや他のメンバーがステージを離れてしばし休む時がある。舞台をはけて、戻る時、たまたまデニスの肩が僕に背中に触れた。すると彼が「ごめん」といった仕草をしてステージに向かっていった。マジックハンドのデニスと僕が触れた瞬間であった。ライヴが終ったのは23時29分だった。 ブルーノートウェッブhttp://www.bluenote.co.jp/art/20050110.html (2005年1月12日水曜セカンド、東京ブルーノート=マイク・スターン・バンド・フィーチャリング・リチャード・ボナ、デニス・チェンバース・アンド・ボブ・フランセスチーニ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Stern, Mike/Bona, Richard/Chambers, Dennis/Franceschini, Bob

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Meguro Shokudou: New Club In Meguro

食堂。 前々から噂の目黒食堂に行った。目黒にクラブみたいな、それでいて食事もできる店ができたということで噂を聞いていた。すでに食事ができるスペースは2004年9月にオープン、踊れるクラブスペースも12月8日にオープン。いくつかイヴェントが行われている。まあ、なにせこの二ヶ月、僕はほとんど浦島太郎状態だったので、この目黒食堂も今回が初。 『フィールン・ソウル』の収録後、オッシーが目黒食堂の話をしたので、じゃあ、今から行きましょうか、ということになり、村上さんなどもこれにのり、急遽目黒へ。 全部で75坪くらいの広さ。お店のコンセプトとしては、踊って、遊べて、食事が出来てというもの。ダイニング・ゾーン、プレイング・ゾーン、クラブ・ゾーンの3つに分かれている。ダイニング・ゾーンは、けっこう種類豊富な食事が安価でできる。オムレツが売り物だとか。プレイング・ゾーンはダーツなどがある。クラブ・ゾーンはたち見だったら200名まで入れるというスペース。ライヴもできる機材を揃えている。 ここは、駅から2分というめちゃくちゃいい立地なので、これは使い勝手がいい。ダイニング・ゾーンもラストオーダー4時なので、深夜族にも対応できる。 目黒駅東口(山手線内側)を降り、左に。目黒通りとの交差点を左奥に入ると突き当たり。目黒通り、白金方向への一通の道沿いに看板がある。ただし店自体はそこからちょっとだけ入る。 目黒食堂141-0021東京都品川区上大崎2-16-2クリスタル羽山ビルB103-5798-4858、ファクス03-5798-4859営業時間 ダイニング 17時から5時クラブ 23時から朝までhttp://www.meguroshokudo.com ENT>SOULBARS>Meguro Shokudou

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What Does “Gee Whiz” Means:

習慣。 「ジー・ウィッズ(Gee Whiz)」を歌ったのはカーラ・トーマス。1961年のヒット。これがメンフィスのスタックス・レコードにとっての初めての全国ヒットになりました。さて、この「ジー・ウィッズ」の意味は? マーヴィン先生に教わりました。 「これは、最近使わないね、ちょっとダサいよ。僕は黒人だけど、白人の真似して、『ジー・ウィッズ』っていうかもしれないけどね。意味は、『まあ、残念』とか、too bad(残念)といったところかな。オー・マイ・ゴッド(まあ、なんてこと! なんてこった!)は、強すぎる。でも、61年、あのころ、南部ではこれくらいの言葉がちょうどよかったのかもしれない」 「今日は外にでなければならないので、ソウルブレンズが聞けない」「ジー・ウィッズ(残念)」「彼(彼女)とのデートがドタキャンになった」「ジー・ウィッズ(残念)」 カーラ・トーマスのこの曲調もどこかもの悲しげな感じ。しかも、ウルフマン・ジャックや『アメリカン・グラフィティー』にでもでてきそうな感じだ。 そして、続いてエディー・フロイドの大ヒット「ノック・オン・ウッド」。木を叩く、という意味ですね。これは、何かを願ったり、お祈りする時に、例えば机なんかをコンコンと叩くことを言います。日本では神社で手を叩いて、神頼みしますが、それをアメリカでは木や机なんかを叩いて、お祈りするわけです。 「宝くじ、買ったんだよ。当たるといいなあ」「ノック・オン・ウッド!」「競馬、6-3が来ますように」(ノック・オン・ウッドする) これに似たおまじないに、人差し指と中指をクロスさせてお祈りする「フィンガース・クロースド」というのもまります。 「宝くじ、あたりますように」と言いながら、指をクロスさせるわけです。 まあ、アメリカの習慣といいますか、いろいろありますね。スタックス関連で選んだ曲から偶然ワンポイントイングリッシュ・レッスンになりました。

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Stax Story Part 2: After Otis, It’s New Generation Of Stax

死後。 オーティスの死後、しばらく、スタックスの面々はまったく何も手がつかなかった。だが、彼らは仕事を続ける。ルーファス・トーマス、ジョニー・テイラー、エディー・フロイド、ソウル・チルドレン、ジュディー・クレイ、ステイプル・シンガーズ、オリー&ナイチンゲールズ、ニューカマーズ、ドラマティックスなどなどがヒットを出しつづけ、スタックスの火を消すことなく守った。 67年12月のオーティスの死をきっかけに、アトランティックが配給から手を引き、68年からはガルフ&ウェスタン社が全米での配給を担当。このころスタックスの運営に有能な人物が登場する。元メンフィスのラジオDJ、アル・ベルである。彼は地元でDJをやっていたが、スタックスの作品、メンフィスのローカルアーティストの作品群を積極的にプレイし、地元アーティストの人気を高める手助けした。 そうした実績が認められ、彼はスタックスのプロモーションマン(宣伝マン)として雇われるようになる。そして、すぐに手腕を発揮し、彼は副社長にまでなる。アル・ベルは、スタックスに新たなイメージを作ろうとした。新しい「指がなっているような」ロゴを作り、レーベルデザインを変え、配給元も変え、心機一転再出発を計った。そして、上記のアーティストらが次々とヒットを出すようになった。 それまでソングライター、プロデューサーとしてスタックスを裏から支えてきたアイザック・ヘイズは自らの低音を打ち出し、シンガーとしても登場。彼は映画『シャフト』のテーマを担当し71年全米ナンバーワンを生み出す。ゴスペル・グループ、ステイプル・シンガーズも「リスペクト・ユアセルフ」「アイル・テイク・ユー・ゼア」の2大ヒットで一躍メジャーな存在に、さらに、デトロイトのドラマティックスも「イン・ザ・レイン」(72年)の大ヒットを放ち、エモーションズがコーラス・グループとして注目され、それまでになくスタックスは成功する。 そして、スタックス・レコードの歴史上最大の出来事が72年8月に起こる。アル・ベルが音頭をとり、スタックスのアーティストを集合させ、ロスアンジェルスコロシアムで行った大イヴェント「ワッツタックス」である。これは、ロスの黒人街であるワッツ地区を潤そうということで、行われたイヴェントでスタックスのアーティストが10時間以上にわたってライヴを見せた。「ワッツタックス」とは、おわかりのように「ワッツ」と「スタックス」をあわせた言葉である。この模様はライヴレコード、映画にもなり、そのイヴェントは現在でも伝説として語られる。 しかし、残念ながら73年ごろからスタックスからなかなかヒットがでなくなり、最終的に75年、スタックスは倒産。所属アーティストは、次々と他のレーベルへ移っていった。ジョニー・テイラーはCBSに移籍し、「ディスコ・レディー」の大ヒットを、ウィリアム・ベルはマーキュリーに移り「トライング・トゥ・ラヴ・トゥー」の大ヒットを、エモーションズもCBSに移り「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」などの大ヒットを出すようになった。 スタックスの作品の権利はその後ファンタジー・レコードが買収し、管理発売している。スタックスの実質的な活動時期は59年から74年くらいまでの15年ほどだったが、その間に残した作品群はブラック・ミュージックのかけがえのない宝物である。 +++++++++++++++ 「スタックス・レコード・スペシャル」は、『ソウル・ブレンズ』(日曜午後1時から5時、インターFM76.1mhz)内「ソウル・サーチン」のコーナー(午後2時から2時半)で4週間にわたってお送りします。第二回は1月16日(日曜)。30分に拡大です。

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Stax Story: Stax Is Answers From Southern To Motown In Nothern

メンフィス。 『ソウル・ブレンズ』内「ソウル・サーチン」のコーナーでは、1月9日から4回にわたってメンフィスの名門レーベル、スタックス・レコードを特集する。時間も通常の20分から30分へ拡大してのご紹介だ。 スタックス・レコードは1959年テネシー州メンフィスで、ジム・スチュワートとエステル・アクストンの2人の兄弟(正確には姉=エステルと弟=ジム)によって設立されたインディのレコード会社。設立当初は、サテライト・レコードといった。ジムは、銀行員のかたわら、カントリーが好きで自らフィードルを演奏していたが、当時、地元から登場して全米的な人気を得始めていたエルヴィス・プレスリーの成功が大いに刺激になった。 地元のDJ、フレッド・バイラーの歌を録音し、サテライトから発売。これが記念すべき第一弾となった。その後、レーベル名をスタックスと変更。このSTAXは、スチュワート(Stewart)のSTとアクストン(Axton)のAXからとった。当時は、地元のカントリー、ポップ、ソウルのアーティストなどをそれほどこだわりなく録音していた。 61年、一度地元で発売したカーラ・トーマスの「ジー・ウィズ」の発売権をメジャーのアトランティックが獲得し、全米発売したところ、全米規模でヒット。これがスタックスとしての記念すべき初ヒットとなった。 以後、このレーベルからは、マーキーズ、ルーファス・トーマス、ウィリアム・ベル、ブッカーT&ザ・MGズなど多くのアーティストが登場。そのアーティストもほとんど黒人となり、ソウル、R&B中心のレーベルになっていく。 そして、62年秋、このレーベルにひとりの天才シンガーが現れる。それがオーティス・レディングだ。彼がスタジオの余り時間に録音した「ディーズ・アームス・オブ・マイン」が62年10月にリリースされると瞬く間に大ヒット。オーティスの存在とメンフィスにある一レーベル、スタックスの存在をアメリカの音楽業界に広く知らしめることになった。 オーティスの人気に牽引されるように、スタックスからの作品は徐々に大ヒットするようになる。エディー・フロイド、ジョニー・テイラー、サム&デイヴ、アイザック・ヘイズ、メイブル・ジョン、さらに無数のローカル・アーティストたちが作品をだした。 スタックスからでるソウル・レコードは、いわゆる「スタックス・サウンド」と呼ばれ南部を中心に人気を集めるが、その特徴は、ブルースとゴスペルに根ざした黒いサウンドだった。北部のモータウンが都会的に洗練されポップになっていったのに対し、スタックス・サウンドはあくまで黒さが全面にでていた。その点で、モータウンはアメリカだけでなく、世界的に支持を受けたが、スタックスはあくまで黒人による黒人のための、黒人の音楽という意味で、世界的な広がりはモータウンほどにはなかった。 しかし、一方で、ソウル、R&B、ゴスペル、ブルースといったブラック・ミュージックの王道をリリースしてきたスタックスの存在意義は大きい。またスタックスは、地元メンフィスだけでなく、北部シカゴ、デトロイト、東部のフィラデルフィアなどのアーティストたちの作品も積極的にリリース、徐々に総合ソウル・レーベル的な存在になっていく。 スタックスは、60年代中期、メジャーのアトランティックが配給を担うことになり、ヒットを出すが、まったく予期せぬ不幸が襲う。スタックスの看板スター、オーティス・レディングが67年12月10日、飛行機事故で他界するのだ。これは同レーベルにとって計り知れぬ衝撃を与えた。 スタックスの歴史を俯瞰すると、59年からこの67年暮れまでを第一期、68年から75年までを第二期とすることができる。第一期は、まさにすべて勢いで走ってきた。だが、それ以降はそれまでと違った空気で運営されていくようになる。 (この項・続く) 「スタックス・レコード・スペシャル」は、『ソウル・ブレンズ』(日曜午後1時から5時、インターFM76.1mhz)内「ソウル・サーチン」のコーナー(午後2時から2時半)で4週間にわたってお送りします。

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Brother & Sister Talk: Midnight Love

兄弟。 『ミッドナイト・ラヴ』の収録があった。今回は通算10回目。10回目にして初めてのゲストの登場である。誰かといえば、マーチンさんのファンキーお姉さん、聖美(きよみ)さんだ。ちょうど、12月に新譜『ゴー・オン(Go On)』がでたので、ゲストでプロモーションでもしてもらいましょう、的なのりだったのだが…。 いやいや、新春放談で兄弟トーク炸裂です。めちゃくちゃおもしろい。20分の予定が40分近くになり、しかも、『ソウル・ムーヴィー』のコーナーまで、居残りです。(笑) 正月そうそう笑い転げた。 普段の2人の会話がそのままオンエアに乗るという感じ。アルバムのプロモーションの話とか、このアルバムはどうだとか、そんな話は一切なし。(笑) マーチンさんが後半で、「で、このアルバムは、何枚目のアルバムになるの?」と聞くと、聖美さん、ひとこと「わかりません」。ここでスタッフも含めて爆笑です。 曲がかかっている間、聖美さん、とあるメロディーを歌い、この曲誰の曲? と尋ねる。途中からフォートップスの曲の「イッツ・ザ・セイム・オールド・ソング」のメロディーがでてくるんだが、どうも違うらしい。その前の部分はポップな感じ。どこかで聴いたことがあるような気もするが、マーチンさんも我々もわからない。そこで、オンエア部分でも歌ってもらい、リスナーのみなさんからヒントを募集することにした。 それにしても、気取りのないファンキー・シスターで、実に楽しい。マーチンさんは宣言した。「この番組がある限り、必ず一月はおねえちゃんと新春放談をやり続けます!」 打ち合わせの時、マーチンさんが聖美さんに小さな封筒を手渡していた。聖美さんの娘さんへのお年玉だった。「あんた、もういいのに、もううちの娘24なんだから・・・」 普通の兄弟のやりとりだった。 (この模様は2005年1月15日土曜・深夜1時半から3時半まで、FM横浜で放送されます) 

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Boz Scaggs’ “Silk Degrees” Remind Me Summer Of 76

青い空。 昨年暮れ、ボズ・スキャッグスのアルバムが一挙に廉価盤で再発売され、その中にあの名盤『シルク・ディグリーズ』(1976年作品)があったので、何度も聴いている作品だが、また久々にCDを聴いてみた。 76年の夏、ちょうど「ロウダウン」がR&Bラジオや、ディスコでもかかっていたことを思い出す。白人の作品ながら、ソウルフルなサウンドで、R&Bステーションでも支持を集めたのだが、やはり、このベースラインが醸し出すグルーヴ感は素晴らしい。アヴェレージ・ホワイト・バンドなどのいわゆるブルー・アイド・ソウルが話題になっていた時期でもあり、「ロウダウン」もある種ブルー・アイド・ソウル的に受け入れられていたことも納得できる。 とはいうものの、僕は当時は完璧にソウル・ミュージック至上主義(笑)で曲を聴いていたので、みんなが黒っぽいといったこの「ロウダウン」でさえも、白さを感じていた。だが、抜群なポップ感覚はこの曲に感じていたから、これがポップ・チャートを駆け上るのは容易に理解できた。 76年7月、僕は初めてアメリカに行った。友人がロスにいてその彼を訪ねておよそ一週間の予定で機上の人となった。で、その時レンタカーを借りたのだが、カーラジオから繰り返し流れてきた曲のひとつが「ロウダウン」だった。僕が聴いていたのはもちろん、局はどこだったか忘れたが、ブラックステーション、R&Bステーションだったにもかかわらずだ。 当然、ロスの風景と、カーステレオから流れてくる多くのソウル・ヒットの中に混ざってこの「ロウダウン」がかかってもまったく違和感はない。たしかアメリカのラジオというものにどっぷり浸かったのもあの時が初めてだったかもしれない。そこで、アメリカのラジオはヒット曲が一時間に1回かかるものだということを知った。 天辰保文さんが2004年10月に書き下ろしたCD解説によれば、天辰さんはこのアルバムがヒットした76年の12月にサンフランシスコでボズのライヴを見た、という。しかも、そのライヴは男性ブラックタイ、女性ドレスというドレスコードがあったそうだ。もうそんなころからボズの音楽とそのファンは、おしゃれだったのかと改めてびっくりした。 ここには、他に「ハーバー・ライト」という傑作バラードやあるいはリタ・クーリッジでヒットした「ウィ・アー・オール・アローン」も入っている。まさに名盤である。 ボズはサンフランシスコ出身だが、僕にはこの「ロウダウン」とカリフォルニア、それもロスの青い空が結びついている。それはちょうどこのジャケットの雲ひとつない青い空のイメージである。76年、日本では雑誌ポパイが誕生する年だ。アメリカ、カリフォルニアが日本の若者にぐっと近づこうとしていた時期でもある。

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Grammy’s Trustee Award Goes To Don Cornelius & Others

前哨戦。 2月13日日曜日に発表される第47回グラミー賞のトラスティー・アワードに、テレビ番組の『ソウル・トレイン』の司会者、ドン・コーネリアス、「スターダスト」「わが心のジョージア」などの作者、ホーギー・カーマイケルなどが選ばれることになった。当該の賞は、前日の12日に手渡される。 また「ライフタイム・アチーヴメント(生涯功労賞)」が、レッド・ゼッペリン、アート・ブレイキー、カントリーのカーター・ファミリーらに手渡される。 さらに、長年にわたって音楽業界に貢献してきたエディー・アーノルド、ジャニス・ジョプリン、ジェリー・リー・ルイス、ステイプル・シンガーズなども表彰される。 グラミーの「トラスティー」「ライフタイム・アチーヴメント」などは、本選の前哨戦的な表彰になる。 Edited By Barry A. Jeckell. January 04, 2005, 11:00 AM ET Recording Academy Names 2005 Lifetime Honorees Legendary rock group Led Zeppelin, jazz great Art Blakey and pioneering country music act the Carter Family are … Continue reading

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Tonki Essay: Return By Popular Demand

復活。 「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー2004」へいろいろなご意見ありがとうございます。特に選ぶ基準というほどのものはなかったのですが、それではご要望にお答えして、とんかつ・とんきのお話は、さっそく「ベスト・オブ」に復活、付け加えておきます。(笑) 話のネタがよかったんですね。文章的にはこれは、もう少しじっくり書き込んでみたいですねえ。ほんとは、あのおばさんとかにもインタヴューできればいいんだけどね。 2004/08/24 (Tue) Tonki: Service Of Ton Of Ki http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200408/diary20040824.html 目黒の老舗とんかつ店「とんき」についての小編。ソウルあふれるそのサーヴィスぶりは見事と言うに尽きる。(by popular demand) とんかつのお好きな方はぜひ一度いらしてみてください。なお、とんきという名のお店は目黒にふたつありますので、ご注意ください。日記自体には、住所電話などを載せていませんでしたので、ここにアップしておきます。 店名:とんき住所:目黒区下目黒1-1-2電話:03-3491-9928行きかた:JR目黒駅西口を出て、駅前の権の助坂を山手通りに向かって一方通行を下方向に下り、さくら銀行裏を左折、大きな看板があります。営業時間:16:00~22:45(22時45分までに入れば大丈夫)定休:第3月曜日および火曜日席数:1Fカウンター席40席程度、2Fはテーブル席メニュー:ロースかつ定食  1650円 (消費税込み)     ヒレかつ定食   1650円     串カツ定食    1200円      (単品は500円引き) 音楽ライターより、食のライターでもやったほうがいいのかしらん。(笑) その昔、ちょっとトラヴェル・ライターもやったことあるんですけどね。ははは。あと、スポーツ・ライターもいいですねえ。 食べ物関係だと、やはり、あの幻の蕎麦店、深山亭の話でしょうね。今はもう営業していないらしいです。残念だなあ。しかし、今、営業していないとなると、このエッセイは貴重です。よくこんなに話を聞けたものだ。 http://www.soulsearchin.com/dinning/restaurants/essay/miyamatei01.html http://www.soulsearchin.com/dinning/restaurants/essay/miyamatei02.html 蕎麦屋ネタとしては、あとやはり、小淵沢の「翁」の話をいずれ書きたいですね。正月そうそう、おなかがすきそうなネタでした。

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The First Visit Of The Year To A Shrine

初詣。 実はそれほど毎年必ず行くと言うほどではない初詣。今年は、やはり本のヒット祈願もかねて、初詣に行ってみました。かなり現金な奴ですが。赤坂日枝神社。昔行ったことがありますが、その時とは様変わり。 なんと言っても、エスカレーターが上段まであって、ほとんど歩くことなく、本堂まで上がれます。するとけっこうな数の人がたくさんいる。参拝の方は13列に並んでください、と書いてあって、なんで13列なのかと思ったら、あのカランカラン鳴らす鈴が13列になっていた。 お賽銭をいれ、そして、手を合わせ、お願いしました。この日枝神社、キャピトル東急の真裏。クレープやら焼きそばやら、いろんな売店・露店がでていて、ちょっとしたお祭り気分ではありました。 入口のあたりで、お猿の太郎くんの芸をやっていました。飛んだり跳ねたり、竹馬をやったり、実に芸達者。最後に網のかさみたいなのに、ご祝儀までねだります。ザ・ソウル・サーチャー初詣に行くの巻きでした。

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Chicken Songs For Year Of The Chicken

チキン。 『ソウル・ブレンズ』、新春第一弾「ソウル・サーチン」は、イギリスのシールのベスト『ベスト1991-2004』と、ちょっと今年の注目もの。今、僕に何か言わせたら、そりゃあ、レイ・チャールズでしょう。(笑) レイともう一曲は、これから話題になるから紹介してと頼まれたノラ・ジョーンズ。 シールの声はひじょうにユニーク。マーヴィンが「シャーデーの男版みたいでしょう」と言ったのが、とてもぴったりかもしれない。 ふと気づいたというか、突然でてきてびっくりしたのが、マーヴィンの鳥の真似。オープニング、ルーファス・トーマスの「ドゥ・ザ・ファンキー・チキン」でのにわとりの鳴き声のところに、マーヴィン鳥の真似がかぶさり、レコードかと思った。実に声色、うま~~い。思わず、マーヴィンに言った。「マーヴィン、このところ芸幅、広げてるね~~」。 鳥つながりの選曲だったわけですが、7時からのピーター・バラカンさんの番組のオープニングは、メイシオ・パーカーのヴァージョンによる「チキン」だった。ジャコがやったりもしているジェームス・ブラウンの名曲である。 番組冒頭で曲がかかっている間、前番組のDJヴァンスが新年の挨拶にやってきた。ひとしきり、新年の挨拶をして、「じゃあ、今年もチキンとやっていきますから」。爆笑した。で、さっそく、マーヴィンも僕も使わせていただきました。今年はチキンとやっていきます。仕事もチキンとやります。 Feels Like Home [ENHANCED] [FROM US] [IMPORT]

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The First CD That I Ever Heard At Beginning Of The Year: Ray Charles

聴き初め。 夜中12時をすぎて最初にかけるCDは何にしようかなどと考えてみたら、やはり、今年はレイ・チャールズしかないだろうと思い、近くにあったベスト・アルバムを取り出してかけた。このベストの一曲目は「ジョージア・オン・マイ・マインド」だ。 先週の日曜(26日)、『ソウル・ブレンズ』で最後にかかった曲でもある。オッシーが今年を振り返り、来年につながる一曲として、これを選んでいた。レイ・チャールズはまさに2005年の顔となるだろう。 ここ2ヶ月ほど、本当にレイ・チャールズずくしだったので、日記ネタもそればっかりになってしまったが、これからは一段落したので、以前のような日記に戻りたいと思う。 さて、1月1日、今年は元旦が土曜日ということで、午後12時からの『シェル・サウンド・イグニッション』の立会いに行く。そこで、かかっていた曲で、僕が選曲したのではないが、ブラック・クロウズというアトランタ出身のロックグループの曲がかかった。今年は酉年(とりどし)ということで、酉関係の曲を選んでいたのだが、このブラック・クロウズは僕は聴いたことがなかった。解説は伊藤正則氏。さすがに僕とは接点がないアーティストである。(笑)  で、初めて聴いた曲だが、けっこういい感じで、「なに、これ、誰々? いいね、これ」とかいいながら、ジャケットのクレジットを見ると、曲名は、「ハード・トゥ・ハンドル」。な、な、なんと作者は、「レディング、イスベル、ジョーンズ」と書かれているではないか。オーティス・レディングの曲だったのだ。カヴァーはアルバム中、これだけだったが、いやあ、実にかっこよかった。こんな曲やってるんですねえ。解説を読むとメンバーは、ブルースが好きで、ロバート・ジョンソンなんかをかなり聞き込んでいるらしい。アルバムは、『シェイク・ユア・マネー・メイカー』で、1990年の作品でした。 そして、1月1日土曜は、『フィールン・ソウル』で恒例・新春放談。今年のテーマは、ブラコン。つまり、ブラック・コンテンポラリー。80年代の香りを振り返ります。 というわけで、今日(2日)は、本年第一回の『ソウル・ブレンズ』。今年もテンションあげてやっていきます~~。

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Happy New Year: Best Of Soul Searchin’ Diary 2004, Part 2

謹賀新年。 新年おめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 今年は1月からレイ・チャールズ自伝本で、いろいろお世話になるかと思いますが、ぜひよろしくお願いいたします。 今年もまた、引き続きソウル・サーチンに精進したいと思います。 2005年元旦 +++++ さて、昨日前半をお送りした「ベスト・オブ・ソウル・サーチン・ダイアリー2004」。今日は、後半7月から12月まで。さすがに12月は内容が薄いですねえ。(笑) ま、とりあえず、次のような作品を選んでみました。 <7月の1本>2004/07/06 (Tue) Watanabe Sadao Blows Theme For Yungchen Lhamo’s Voyage To India http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200407/diary20040706.html 渡辺貞夫さんとチベットのシンガー、ヤンチェン・ラモのライヴ。ここで初めてヤンチェンを知ったのですが、なかなか2人の出会いがよかった。 <7月のその他の候補>2004/07/13 (Tue) Syreeta To Eva Cassidy: Only The Good Die Young http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200407/diary20040713.html シリータの死去と、同じ乳がんで死去したエヴァ・キャシディーのストーリー。エヴァ・キャシディーについては、一度ゆっくり紹介したいですね。 2004/07/18 (Sun) Movie “Moumochennga” : An … Continue reading

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