Monthly Archives: March 2004

Clear And Present Funk: Papa Grows Funk Live At Quattro

アクシデント。 CD2枚、『ドゥーイン・イット』(2001年)と『シェーキン』(2003年)がでているニューオーリーンズ出身の5人組ファンクバンド、パパ・グロウズ・ファンクが初来日。渋谷クラブクアトロでライヴを見せた。 5人が登場して最初の音を出した瞬間、すでにそこは渋谷ではなくなっていた。ニューオーリーンズだ。メンバー、それぞれが出す一音一音がいちいちファンクしている。ギターの山岸が弾く音、リーダーでキーボードのジョン・グロスが鍵盤を叩きつけて出す音、弾けるマーク・ペロのベース、炸裂するラッセル・パディステのドラムス、そして吹いて吹いてニューオーリーンズの風を吹かせるジェイソン・ミングロドフのサックス。全員が意識しようがしまいが、体に「ニューオーリーンズ・ファンク」という名のDNAを持っていることが痛いほどわかる。そして、そのニューオーリーンズのファンクは、実に楽しく、気持ちがいい。 彼ら5人の演奏を見ていると、彼らが純粋に音楽に集中し、没頭できる環境で音楽をやっているんだなあと思う。いい意味でみんな音楽馬鹿になっているのだ。ニューオーリーンズ・ファンク独特のセカンドラインのリズム、切れ味するどいサックス、ロングヘアを振り乱し、汗を飛ばし口をあけ、歌いながら鳴り響かせるギター。それぞれが音楽を純粋に愛し、音楽に人生をささげ、ただひたすら自身の楽器とともにこれまで歩んできた音楽人たちのピュアでリアルな音楽がそこに存在している。これも間違いなくリアル・ミュージック・バイ・リアル・ミュージシャンだ。 途中でドラマーがスティックを投げていた。ショウの間中何度も投げていた。なんと、それらのスティックは、あまりの激しさに折れたものだった。パティステは、ドラムを叩き、スティックが折れたらそのまま観客席に投げ、さっと新しいスティックを取り、演奏を続けていたのだ。一度のライヴであんな本数スティックを折るのか。(観客のMさんは、その折れたスティックを2本ゲット! おめでとうございます) しかも、ショウの最中、彼は右手親指を突き指というか、右腕がつってしまった。そして、隣のベース奏者ペロに指を折り曲げてひっぱってもらった。その瞬間、ものすごく痛そうな顔をした。その間、右手で叩かなければならないリフを彼は左手で叩いた。それでも、直らず、彼は途中でドラムスを離れ、しばし楽屋に行き、サロンパスのようなものを貼って戻ってきた。思わぬアクシデントだ。 ドラマーのスティックは、何本も折れ、腕までつって突き指までする。なんというバンドだろうか。しかしきっと、奴らは腕が折れても、満身創痍(まんしんそうい)でショウを続けるだろう。まさに、ショウ・マスト・ゴー・オン(ショウは続けなければならない)。それも含めて、彼らのライヴパフォーマンス。 時々、タワー・オブ・パワーや、ゴーゴーサウンド風のファンクリズムも聴こえるが、やはり、ドクタージョン、ワイルド・マグノリアス、ネヴィル・ブラザースなどのニューオーリーンズ軍団の血筋をいやがおうでも感じさせる。実に強力無比なバンドとしかいいようがない。 といったようなことを考えていても、ひとたび彼らに「イエ~」と声を出させられたら、「そんなことはど~~でもいいっ、楽しい時間をすごそうぜ」という気持ちにさせられる。 ショウが終って楽屋で山岸に会った。「ねえ、今日のセットリスト、ない?」 「そんなもん、あるかっ」 一笑に付される。「曲なんか決まってないのよ。誰かが適当に音出して、そこからその曲になるから。最初の音出すのも決まってない。俺が出す時もあるし、ジョン(リーダー)が何かを弾いて曲が決まることもあるさ。あ、でも曲はあるからね。最初の音を出せば、その曲にはなるよ。大体の場合はね。時々違う曲、やってたりすることもあるけどさ。ははは」 失礼しました。 ソウルメートAが言う。「みんなが少年のよう。年を重ねるのではなく、時を越えてしまっている。周りが変化しただけで、彼らの中心軸、スピリットはまったく変わらず今日まで来ている。例えば、子供の頃音楽が好きになる時って、ただ単純に好きになりますよね。それが一歩一歩進むにつれだんだんゆがんできたりする。でも彼らはまさに純粋な道をずっと歩いてきているから、今でも本物のままだ。そしてそれだけのパワーがある。突き指しようが、そこで何が起ころうと、アクシデントも含めて、スティックが折れてその破片が客席に飛んだとしてもすべてがパフォーマンスになっている。何があっても、そこで時が流れていて、観客にすべてを受け取れと言ってるみたいな。演奏が始まった時は、観客のエネルギーレベルは低いところにあったが、ひとたび観客に『イエー』と言わせることによって、一挙に観客の温度をあげてしまう。そして、観客とバンドが一体化する。観客は参加してナンボの世界になる。ミュージシャンたちは息を止めずに、グルーヴをやり続けてる。ミュージシャンたちは、技を持った赤ん坊のようで、そのパワーは計り知れない」 パパ・グロウズ・ファンク。直訳するとパパがファンクになった。成長した。といったところだろうか。Clear And Present Funk は、「明らかに、今そこにあるファンク」の意味。 オフィシャルウェッブhttp://www.papagrowsfunk.com/ (2004年3月30日火曜=渋谷クアトロ、パパ・グロウズ・ファンク・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Papa Grows Funk

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Thin Line Between Caress And Whip: Michel Camilo Live

振幅。 墨田区錦糸町にあるトリフォニー・ホールに初めて行った。うちからは遠いということと、演目がクラシック中心ゆえに行くチャンスがなかったが、今回はミシェル・カミロがたった一日だけここでやるというので出向いた。いやあ、それにしても基本的にクラシックのホールだが、すごい。正面に大きなパイプオルガン。ホールの天井高もゆうに10メートルはあるだろう。1階から3階まであり、2階3階の横にも座席がある。全体的に濃い木目で統一されていて実に荘厳だ。キャパは約2000。まずはこのホールの立派さに驚かされた。 正面ステージにぽつんとグランドピアノ。定刻から少し遅れてミシェル・カミロが舞台左手よりおもむろに登場。この日は一部がミシェルのソロ、二部がミシェルと新日本フィルハーモニー交響楽団との共演である。一音だした瞬間、「おっ、アンプ通さないのか」。 生のピアノの音が直接響く。しかし、さすがにここはコンサートホール。僕が座ったのは前から22列目ということで、キャパ300人のところで見るのとはわけが違う。音量が爆音でこない。少しだけ音が響いて、こちらに到達する。きっと、20世紀より前の音楽会はアンプなしでこんな風に開かれていたのだろう、と思った。今日のこのライヴは、「ライヴ」あるいは「コンサート」という言葉よりも、「音楽会」という言葉が似合っていた。 前回見たライヴは、トマティートとの共演だった。http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/michelle20001019.html今回もやはり、鍵盤の上は嵐だった。しかも、かなり激しい嵐だった。 彼のパフォーマンスを見ていていろいろなことが思い浮かんだ。彼は、なぜこれほどまでに感情を爆発させることができるのか。どのようにして、感情の扉をここまで開くことができるのか。彼に激情のピアノを弾かせているその最大の原動力はなんなのか。そして、彼の音楽はクラシックなのか、ジャズなのか、ラテンなのか。もちろん、ジャンル分けなどというものは、もはや彼のような音楽には必要ないのだろう。音楽はその人を反映する。ということは、ミシェルは激情型の男なのか。ふと疑問に思った。 第一部のソロは、もちろん、トマティートとの共演同様、嵐の鍵盤にすごみも感じたが、会場の大きさゆえか、ミシェルまでに距離があったためか、感動まで至らなかった。ひょっとして目の前で見ていたらちがったかもしれない。 第一部が終って、二階のショップでコーヒーを飲んでいる間、ピアノが再び調律されている音がポロンポロンと聴こえてきた。嵐で荒れた鍵盤を整えているのだ。ステージにはフルオーケストラの椅子が用意されていた。クラシック好きの人がかつて、壮大なフルオーケストラの音色を聴くだけで泣きそうになるということを聞いたことがある。その意味がわかる時がある。この時の2部もそうだった。 壮大な30名以上のオーケストラが奏でるメロディーとミシェルのピアノのハーモニーは、第一部と同様にアンプはなくとも今度は圧倒的な音量で聴く側に迫ってきた。新日本フィルの指揮者は、十束尚宏(とつか・なおひろ)氏。彼が指揮をしているのだが、この空間を支配しているのは、ミシェルだった。10本の指とふたつの目で、彼は88の鍵盤と、何十人というオーケストラを自らの手足の如く操った。 たったひとりのソロと、壮大なオーケストラをバックにした演奏は、まさに対極に位置する。彼とオーケストラの演奏を聴いていると、ミシェルを通じて音楽の神様がここに降りてきているのではないかとさえ思えてきた。 オーケストラとともに演奏したのは既にCD化されている『ピアノとオーケストラのための協奏曲』の第1楽章から第3楽章まで。約30分。これが終ると万雷の拍手が巻き起こり、客席の多くの人たちが立ち上がった。長く続いた拍手を聴きながら、普段僕が行くライヴで聴く拍手と異質のものを感じた。それはクラシックの拍手なのか、コンサートホールにおけるジャズの拍手なのか。だが、演奏者に最大級の賛辞を送る拍手であることに変わりはない。そして、その拍手自体に、なにか熱いものを感じた。 それに答えてアンコールに登場したミシェルは、おもむろに「アランフェス協奏曲」を弾き、さらに、チック・コーリアの「スペイン」へとなだれ込んだ。激しくピアノを叩いたミシェルは、体全体でピアノと格闘していた。それはミシェルとピアノの激しく熱い戦いだった。アンコール3曲目の「トゥ・マッチ」という曲は実に美しい曲だった。今度は彼はピアノをやさしく愛撫した。愛撫と鞭、心の静寂と激情。静と動を自由に、激しく明るい晴天と嵐も自在に操るミシェル・カミロ。ひょっとしてその振幅の激しい熱い戦いに僕は胸を打たれたのかもしれない。 Setlist 2004.3.29 at Sumida Triphony Hall First set Performance started 19:06 1. From Within2. Twilight Glow3. Cocowalk4. The Magic In You5. At Night6. Why Not7. Caribe Performance ended … Continue reading

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Motown: Yesterday, Today, & Tomorrow

特集。 今日の『ソウル・ブレンズ』では、4時間にわたって「モータウン」特集をしました。それにしても、4時間ほとんどモータウン関係の曲だけでやるというのは、かなり気持ちいいですねえ。前半などほんと、曲だけかけているだけで番組が成立する、という感じです。やはり、ラジオの原点というのは、いい音楽をかけるというところにあるんだな、と思いました。DJオッシーも、「いやあ、音楽の力っていうのは、すごいね。こういう曲かけてるだけで、成り立つんだからね」と言ってましたが、まさにそのとおりです。 そして、3時台のゲストはマーチンこと鈴木雅之さん。『ソウル・ブレンズ』的にはまいどおなじみのマーチンさんですが、モータウン特集ということで、マーチンさんもモータウンには多くの思い入れがあり、話が止まりません。しかも、3時から4時までの一時間だけでなく、4時半の『山野ミュージックジャム』のところも出演してくださいました。 4時間やっても、モータウンの話題、曲は尽きませんね。今後、ワンクールに一回くらいやっていこうか、などとも話しております。まあ、次回は映画『永遠のモータウン』が日本公開されたあたりでやるような感じです。リスナーの皆さんも、ぜひ見ていただいて、その感想を大募集したいところですね。 番組などで映画を紹介するのは、本当にむずかしいです。ある程度紹介しなければ、紹介していることにならないし、一方であまりに内容を話しすぎてしまうと、ネタバレで見る人の楽しみを奪ってしまうかもしれない。見るつもりがない人は、全部話してくれと思っているかもしれない。どこで、どう落としどころをみつけるかはとてもむずかしいですねえ。 それにしても、マーチンさんがこの映画を見て「まあ、『白い巨塔』についで号泣した。(映画の主人公、モータウンのベース奏者)ジェームス・ジェマーソンは、さしずめ財前五郎だね」のコメントには大爆笑でした。 ちなみに、『永遠のモータウン』ですが、原書は1989年に発売され、それ以来原作者は映画化を考えるようになっていました。しかし、なかなか製作してくれる映画スタジオが見つからず、結局10年近くかかって出資者と出会うのですね。その出資者というのはポール・エリオットとデイヴィッド・スコットの二人です。彼らは製作総指揮のクレジットで名前がでています。二人ともアマチュアのミュージシャンですが、コンピューター関係の仕事で財をなし、この映画に投資することにしたのです。2000年冬、本がでて11年の月日が流れ、いよいよ映画の撮影が始まりました。6週間で撮影された作品は2002年秋、全米で公開され、話題を集め、グラミー賞なども獲得しました。 映画『永遠のモータウン』のホームページができています。ここに、プロダクションノート、出演者などが詳しくでています。ごらんください。http://www.eiennomotown.com/index2.html僕も、モータウンについて簡単な原稿を寄稿しています。また、この映画のスターたち、ファンク・ブラザースは現在ツアーを行っていますが、彼らの来日も検討されています。ぜひ生で見たいですね。

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The Funk Brothers’ Album Released

ファンク・ブラザースの音源をCD化 発掘。 2002年秋に発表された映画『永遠のモータウン(原題、Standing In The Shadows Of Motown)』によって脚光を浴びたファンク・ブラザースの過去の音源が発掘され、CD化される。ファンク・ブラザースは、元々60年代から70年代初期にかけてデトロイトのモータウンレコードで、同レコード所属アーティストのバックをつけていたスタジオミュージシャンたちのこと。モータウンの大ヒットのすべてを彼らが演奏していた。約20人のスタジオミュージシャンたちがモータウンのスタジオに出入りし、ヒット曲に貢献した。 今回CD化されるのは、ファンク・ブラザースのキーボード奏者のひとり、アール・ヴァン・ダイク名義でかつてリリースされたことがある作品2枚から、編纂された。これに未発表作品、シングルのみでリリースされていた作品なども発掘した。全体的な編集作業は、ユニヴァーサルのハリー・ワインガー氏が担当。『ザ・ベスト・オブ・ファンク・ブラザース』のタイトルで全米で2月に発売された。これは、アメリカ・ユニヴァーサルがリリースする『20センチュリー・マスターズ/ミレニウム・コレクション』の一環での発売。http://www.allmusic.com/cg/amg.dll?p=amg&uid=UIDMISS70311061515161479&sql=Aofd6vwxqa9lk テンプテーションズの大ヒット「ザ・ウェイ・ユー・ドゥ・ザ・シングス・ユー・ドゥ」、「パパ・ワズ・ア・ローリング・ストーン」、スプリームスの「カム・シー・アバウト・ミー」などのインストゥルメンタル・ヴァージョンが収録される。特に注目されるのは、マーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」のインストゥルメンタル・ヴァージョン。また、テンプスの「パパ…」は元々シングルのB面に収録されリリースされた。このインスト・ヴァージョンは、グラミー賞ベストR&Bインストゥルメンタルを受賞している。ただし受賞者はこの時はテンプテーションズ自身だった。 ファンク・ブラザースは、ジョー・ハンター、ジョニー・グリフィス(故人)、アール・ヴァン・ダイク(故人)(キーボード)、ジョー・メッシーナ、エディー・ウィルス、ロバート・ホワイト(故人)(ギター)、ボブ・バビット、ジェームス・ジェマーソン(故人)(ベース)、ジャック・アシュフォード、エディー・ボンゴ・ブラウン(故人)(パーカッション)、リチャード・ピストル・アレン、ユリエール・ジョーンズ、ベニー・ベンジャミン(故人)(ドラムス)など。 映画は、グラミー賞などを獲得。日本でもいよいよ5月に公開される。(正確な日程は未定。前にかかっている映画の公開の延長で変更がある)

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Missy Elliot Will Hit First Japan Tour In May

ミッシー・エリオット来日決定 女性ラッパーとして今、もっとも旬の人気を獲得しているカリスマ女性ラッパー、ミッシー・エリオットの初来日が5月に決まった。現在、2003年11月に発売された5作目のアルバム『ディス・イズ・ノット・ア・テスト』がロングヒット中。今回は20人以上のダンサーがステージに上る派手なものになるという。 ミッシー・エリオットは、本名メリッサ・エリオット。1971年7月1日ヴァージニア州ポーツマス生まれ。10代の頃にラップグループ、シスタを結成。これがジョデシーのメンバー、デヴァンテに認められチャンスを与えられた。また同じく十代の頃から、当時はまだ無名だったティンバランドなどとも交流があった。当初はデヴァンテのところからCDデビューの話が進んだが、これが消え、次にティンバランドと手を組み、当初はソングライターとしてアリーヤなどに作品を提供。徐々に実績を積んだ。アリーヤの96年の作品『ワン・イン・ア・ミリオン』などに作品を提供している。 97年エレクトラからミッシー・エリオットとしてアルバム『スーパー・デューパー・フライ』でデビュー。以後、コンスタントにヒットを出し、ラッパー、プロデューサー、ソングライターとして大きな人気を獲得している。昨年マドンナとギャップのCMに登場した。 日程は次のとおり。 5月19日(水)、20日(木) ゼップ・東京の計2公演。 料金はスタンディングが9,000、2階指定席が10,000。問い合わせ ポジティブ・プロダクション(http://www.bmopositive.com/japanese.htm)(045-505-0010)で、3月22日(月)より発売されている。一般プレイガイドでは、4月3日(土)よりスタンディングのみ発売開始。 詳細は次のウェッブ。http://www.bmopositive.com/missy_2004j.htm

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『ソウルブレンズ』、28日放送分はモータウン、ディスコ特集

毎週日曜昼、東京の空から熱くソウルの波を降り注いでいる『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1MHZ。午後1時から5時)ですが、28日放送分では、いつにも増してダンス・クラシック、モータウンを中心にお送りします。5月に公開される予定の映画『永遠のモータウン』、また、モータウンのヒット曲を集めたコンピレーション『クラブ・モータウン』などを紹介します。また、スペシャルゲストは、鈴木雅之さん。熱いソウルトークが期待されます。ぜひ、お聴き逃しなく。

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Johnny Bristol Dies At 65: A Winner or Loser? Valuable One

ジョニー・ブリストル65歳で死去 モータウンでソングライター、プロデューサーとして活躍したジョニー・ブリストルが(2004年3月)21日(日曜)朝、デトロイト近郊の自宅で死去した。65歳だった。 ジョニー・ブリストルは1939年2月3日ノース・キャロライナ州モーガントンの生まれ。デトロイトに本拠を移し、1960年頃から「ジョニー&ジャッキー」というデュオとして活動を始めた。ジャッキーはジャッキー・ビーヴァーズのことで、彼らは軍隊時代に知り合った。ジョニーは一度目の結婚・離婚の後にモータウン創始者ベリー・ゴーディーの姪アイリス・ゴーディーと結婚。名実ともに「モータウン・ファミリー」の一員になった。 ジョニー&ジャッキーは、1961年「サムデイ・ウィル・ビー・トゥゲザー」を録音、ハーヴィー・フークワが持っていたトライ・ファイからリリースされたが、ヒットはしなかった。しかし、この曲は69年、ダイアナ・ロス&スプリームスが最後のシングルとしてリリースし、大ヒットとなる。 ジョニーとハーヴィー・フークワhttp://www.soulsearchin.com/soulsearchin/2.htmlとは、パートナーとして、ジュニア・ウォーカー&オールスターズの「ホワット・ダズ・イット・テイク」などを書いたり、プロデュースした。他にてがけたアーティストは、ダイアナ・ロス&スプリームス、グラディス・ナイト&ピップスなど多数。 ジョニー・ブリストル自身は主としてモータウンのソングライターとして活躍していたが、74年、モータウンを離れMGMに移籍、ここで「ハング・イン・ゼア・ベイビー」を大ヒットさせ注目のシンガーとなった。この曲は80年にアルトン・マクレーンとデュエットでリメイクされ再びヒットした。 ++++++++++++++++++++++++++++ 勝ち組。 「ハング・オン・イン・ゼア・ベイビー」がヒットし始めた時、いかにもロスアンジェルスのソウルという感じだった。第一印象は、バリー・ホワイト風のサウンドというものだった。74年のことだ。このアルバムが出たときだったか、彼がかつてモータウンで様々なヒットにかかわっていたことを知った。そんな中でダイアナ・ロス&スプリームスの最後のヒット「サムデイ・ウィル・ビー・トゥゲザー」が彼のプロデュース曲だということがわかる。この曲がものすごく好きだったので、モータウンのレコードをいろいろひっくり返した。 1974年頃というのは、元モータウン・アーティストにとっては大きな転機となった年である。それは、1972年にモータウン自体がデトロイトから本拠をロスアンジェルスに一挙に移すからである。ある者はデトロイトを離れず、ある者はモータウンについてロスに引っ越した。その引越しのことを会社は、ミュージシャンやスタッフたちに直前までほとんど知らせていなかった、という。そのあたりのちょっとした悲劇は、5月に公開されるドキュメンタリー映画『永遠のモータウン(Standing In The Shadows Of Motown)』にも登場する。 ジョニー・ブリストルはこの映画には登場してこないが、彼はロスに移って、ある意味モータウン時代以上に成功した珍しい「勝ち組」になった。しかし、今回の死去に際し、デトロイト近郊の自宅にいたということがわかった。すでに引退し、ロスから再びデトロイトに戻っていたのだろう。モータウン自体の華やかさから比べれば、ジョニーが残したヒットによって、彼自身が果たして「勝ち組」になったのか、今となってはわからない。ジョニーの死去は、いまだビルボード誌(音楽業界誌)が報じていない。あまり注目されているとは言えない。人生において「勝ち組」とは一体なんなのだろう。ひょっとすると、ジョニーも「モータウンの影にいた男」の一人なのかもしれない。 しかし、彼が勝ち組ではないとしても、もちろん負け組でないことも確かだ。あれだけいい曲を出したのだから。それだけで充分価値ある人生だったと言える。そう、言ってみれば、価値組ということだ。価値組の人生は、悪くない。 ++++++++ Ex-Motown producer, writer, singer Johnny Bristol dies Monday, March 22, 2004 ASSOCIATED PRESS BRIGHTON TOWNSHIP — Former Motown records producer, writer and … Continue reading

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Nodesha Live At O East

握手会。 あいにくの雨だが、会場は、ほぼ8割方入っていた。立錐の余地がないほどではなく、適度に歩けるスペースがある。ドラムス、ギター、ベース、キーボード二人、コーラス二人、ダンサー二人、そして、今夜のスター、ノディーシャ。ジャム&ルイスがけっこう力をいれてプロデュースしたということで話題になったR&Bシンガー、ノディーシャの一般向けのものとしては初ライヴは最大10人がオンステージに登場。前回のプロモーション来日の時には、トラック(カラオケ)でショウを見せていたが、今回はフルバンドでのライヴ。意外なほどしっかりしたバンドと歌と踊りだった。 一言で言えば充分、しっかり自分の仕事をしている。歌もうまいし、踊りも決まってる。ダンサー二人のうち、なぜか白人の方がちょっとだけダンスがうまかった。会場の渋谷オー・イーストは、スタンディングなので、ステージに近いほうは、かなり体が揺れていた。 ノディーシャは、ミディアムからアップテンポでは踊りや体の動かし方が、かっこよく、さすがダンサー出身。一方でスローの「オールモスト・ゼア」あたりでは、ちょっとばかりジャネット・ジャクソンを思わせる。途中、観客の男性をステージに上げ、椅子に座らせ、その男性に絡む演出もジャネットと同じだ。 ギタリストと二人で並んで歌った「ソー・グッド」がけっこうよかった。そして、彼女はライヴ終了後15分程度で、いわゆる握手会のために、外にでてきた。サーヴィス精神たっぷり。握手会っていうのは、なかなかのものです。(笑) こういうのってアメリカにもあるのだろうか。サイン会ならあるが。握手会って、英語で何ていうのだろう。Handshake Party? 意味通じるかなあ。(笑)  PS、珍しくニュースがたまってしまいました。ジョニー・ブリストル死去ニュースも、速報を出した後だいたい書いたのですが、その他にもミスター・チークス・ライヴ、他にもミッシー・エリオット来日決定、プリンス、ソニーと契約などのビッグニュースもあり、順にご紹介していきます。 Setlist 01. Intro02. Curious03. Shake ‘Em04. Cupid In Me05. Will He Ever Love Me Back06. Sugar Buddy07. That’s Crazy08. The Kind Of Guy I Like09. Band Intro10. Almost There11. So Good12. Rock Your … Continue reading

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Michel Camilo Will Play With Orchestra

共演。 あの早業ピアニスト、ミッシェル・カミロが新日本フィルハーモニック・オーケストラと共演する。ミッシェル・カミロと言うと、最近話題のピアニスト、上原ひろみが登場した時に、新しい時代のミッシェルではないかと感じたが、元祖早業氏が、オーケストラをバックにピアノを弾く。これは、来る3月29日、墨田区のトリフォニー・ホールで行われる一夜だけの企画。 ドミニカ共和国出身のカミロが80年代後期に日本に登場した時のレコード会社のキャッチコピー「鍵盤の上は嵐です」は、いまだに忘れられない。かと思えば、2000年ブルーノートでのライヴでは、フラメンコギターのトマティートとの抜群のコラボレーションを見せた。http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/michelle20001019.html ミュージシャンというのは、共演する相手によって、自らのスタイル、あるいは、雰囲気と言えばいいだろうか、そうした空気が変わる。もちろん、ベイシックな部分はしっかりとありつつ、表層的な部分で様々に変化できるものだ。このカミロはまさにそんな変幻自在のピアニストだろう。 今回の企画は、一部はカミロのソロ、そして、第二部で新日本フィルハーモニック・オーケストラとの共演となる。特にその第二部が一体どんなものになるのか興味深い。思わぬマジックが、予期せぬ火花が散ればいいと思う。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ ミシェル・カミロ ピアノ・コンサート 2004/3/29(月)19:00開演 料金:S:7,000 A:6,000 B:5,000問合せ:トリフォニーホールチケットセンター 03-5608-1212 曲目:Part1:ミシェル・カミロ ピアノ・ソロ    Part2:ミシェル・カミロ&シンフォニー・オーケストラ    ミシェル・カミロ/ピアノとオーケストラのための協奏曲[日本初演] 出演: ミシェル・カミロ[ピアノ]十束尚宏[指揮]新日本フィルハーモニー交響楽団[管弦楽] 詳細は、次のウェッブに。http://www.triphony.com/topics/2004_03/040329.html

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OutKast Leads 18th Soul Train Award Winners

勝者。 第18回「ソウル・トレイン・ミュージック・アワード」の授賞式が3月21日(日曜)ロスアンジェルスで行われ、アウトキャストが「R&Bソウル、アルバム・オブ・ジ・イヤー」、「ベスト・ミュージック・ヴィデオ」の2部門を獲得。このほか、アリシア・キーズ、ルーサーなどが受賞。この賞は、ラジオ局関係者、アーティストのマネージメント、アーティストたちによる投票で決まる。 授賞式にはジャネット・ジャクソンも登場、スピーチを行った。 10部門すべての勝者は次の通り。本命で4部門、対抗で3部門、はずれが3部門、計7割という結果になった。本命対抗で5割の目標はクリアした。 (ノミネート予想は2月24日付け日記)http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200402/diary20040224.html 1) Best R&B/soul single, female: “Rain on Me,” Ashanti “Danger,” Erykah Badu 対抗 ”Crazy in Love,” Beyoncee featuring Jay-Z 勝者・本命 ”You Don’t Know My Name,” Alicia Keys 2) Best R&B/soul single, male: “Comin’ From Where I’m From,” … Continue reading

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Papa Grows Funk Will Hit The Stage On Tuesday

パパ・グロウズ・ファンク、来日ライヴ30日に フランス領でもあったことから、アメリカ南部の都市の中でもひときわユニークな文化を持つニューオーリーンズ。そのニューオーリーンズからは独特なブルーズ、R&Bアーティストが登場してきた。かつては、プロフェッサー・ロングヘアー、ドクター・ジョン、最近ではネヴィル・ブラザース、ワイルド・マグノリアスなどがでているが、このところ注目されているのがパパズ・グロウズ・ファンク。輸入盤が2枚でて、ニューオーリーンズ・ファンク好きの熱い視線を浴びていた。そのパパズが初来日する。しかもメンバーの中には、ニューオーリーンズを本拠に活躍する日本人ギタリスト、山岸潤史も参加。ニューオーリーンズのマルディグラのような燃えるファンクが炸裂しそうだ。 KIRIN LAGER CLUB presents – Papa Grows Funk Japan Tour 2004Mar 30 (tue) Doors open: 6:00/ Show start: 7:00 Advance Ticket 5,000 (At Door 5,500) 日 時:3月30日(火) 開場:6時/開演7時料 金:前売¥5,000/ 当日5,500(各1ドリンク付き)会 場:渋谷・クラブクアトロチケット:発売中(ぴあ、ローソン、eプラス) 問合せ:Chocolate Cream Productions, Inc. (TEL 03-3487-5442) KIRIN LAGER CLUB presents3/30(火) 渋谷/ … Continue reading

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Johnny Bristol Dies At 65(速報)

Johnny Bristol Dies At 65 ジョニー・ブリストル65歳で死去 ポリグラムのハリー・ワインガー氏によると、モータウンでソングライターとして活躍したジョニー・ブリストルが21日朝、自宅で死去した。詳細はまだ不明。 (東京・3月22日午後2時30分配信)

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New York State Of Mind Grabs The Heart Of Soul Searcher

ニューヨーカー。 昨日の『ソウルブレンズ』(インターFM、日曜午後1時から5時)内「山野ミュージックジャム」(午後4時半から4時50分)ではビリー・ジョエルをご紹介したのですが、彼の歌はニューヨークそのものです。ニューヨークへの熱き思いを託した傑作曲「ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド(邦題ニューヨークの想い)」は、まさに生粋のニューヨーカーならではの作品ですね。 ニューヨークからどこかに旅立つ時に、飛行機ではなくグレイハウンドのバスで行きたい、というその一行だけで、このソングライターのファンになってしまいます。バスで、ハドソン・リヴァーを渡っていく。バスなら徐々にあの摩天楼が離れていきます。 そして、あちこちに旅をして、あらゆるところに住んでみて、だがやはりニューヨークがいいと思う。次のラインも、ソウル・サーチャーの心をわしづかみですね。(笑) ”It was so easy living day by day / Out of touch with the rhythym and blues /But now I need a little give and take “。つまり、「大都会ではないところで、その日暮らしをしているのは、簡単だ。(←直訳) でも、そんな生活にはリズム&ブルーズはない。そろそろ、そんな喧騒が必要だ」といった感じでしょうか。リズム&ブルースは都会の日々の出来事を歌っているというニュアンスで捉えてもいいでしょう。あるいは、ニューヨークにはR&Bがあふれている、と思ってもいい。ギヴ&テイクが必要だ、はギヴ&テイクじゃないとやっていけないぎすぎすした日常のことですね。田舎は、きっと、のんびりしていてギヴ&ギヴで、みんなが誰かに対してなんでもテイクを期待せずにしてくれる。でも、都会はギヴ&テイクじゃないとだめだ、という雰囲気です。 この曲の最初のところでの「グレイハウンドでハドソン川を渡る時」は、マンハッタンからどこかへ行く時を描いているように思えます。一方、最後の部分は同じ「グレイハウンドでハドソン川を渡る」という時、今度は外からマンハッタンへ戻ってくる状況なのではないでしょうか。歌詞だけからはどちらともとれるんですが。非常によくできてますね。 僕も、田舎も好きですが、猥雑な大都会も好き。よってこういう雰囲気はかなりきますね。(笑) これがもし東京だったら、どうなるんでしょう。「多摩川を長距離バスで渡りたい…」とかになるのかな。(笑) 深夜バスかなんかにのって新宿の高層ビル群がどんどん離れていく、って感じでしょうか。 この「ニューヨーク・ステイト・オブ・マイ・マインド」は、ビリーのほか、同じくピアノ・ウーマン、オリータ・アダムスのヴァージョンが染みます。バーブラ・ストレイサンド、カーメン・マクレイ、ダイアン・シュアーなどもレコーディングしています。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 「ニューヨーク・ステイト・オブ・マインド」ビリー・ジョエル (アルバム『ターンスタイル(邦題ニューヨーク物語)』1976年) 休暇を取るとき、都会から逃れたいと思う者もいる飛行機でマイアミやハリウッドに行く者たち…だが、僕はグレイハウンドのバスで、ゆっくりハドソン川を渡ってマンハッタンを離れたい僕の心はいつもニューヨークにあるから 高級車やリムジンに乗っている映画スターも見た緑の美しいロッキー山脈にも登ったそして自分に何が必要かがわかったんだもうこれ以上無駄な時間は過ごせないと悟った僕の心はやっぱりニューヨークにあるんだ、と。 旅先でその日暮らしに流されるだがそんな生活にリズム&ブルースは流れてこないそう、そろそろ僕には都会の喧騒が必要になってきたみたいニューヨークタイムズや、デイリーニューズがまた読みたい それは、ぎすぎすした現実感にあふれた生活だろうでもそれでいいんだ、しばらく成り行きまかせの日々をすごしてきたからねチャイナタウンでもリヴァーサイドでも、住むのはどこでもいいどこだっていいんだ。一度はすべてを捨ててしまったんだからでも今、僕の心は再びニューヨークに引き戻されている… グレイハウンド・バスでハドソン川を渡ってマンハッタンに戻る今、僕の身も心も、ニューヨークに戻ってきたんだ … Continue reading

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Edmund Sylvers Of The Sylvers Dies At 47

死去。 「ブギー・フィーヴァー」など数多くのダンスクラシックのヒットを放ったシルヴァーズのリード・シンガー、エドモンド・シルヴァーズが去る3月11日、肺がんのためヴァージニア州リッチモンドの病院で死去した。47歳だった。シルヴァーズはおよそ10ヶ月におよぶ闘病生活の末の他界だった。 エドモンド・セオドーア・シルヴァーズは、1957年1月25日ヴァージニア州生まれ。メンフィスに本拠を移し、兄弟たちが一足先にR&Bヴォーカルグループ、シルヴァーズを結成しており、72年、彼が15歳の時にグループに参加。72年、MGM傘下プライド・レコードから『シルヴァーズ 1』でデビュー。シングルヒットとなった「フールズ・パラダイス」他でリードをとっている。当初は7人組だったか、兄弟が徐々に増え、一時期は9人組にまでなった。代表的なヒットは「ブギー・フィーヴァー」(75年)、「ホットライン」(76年)、「ハイスクール・ダンス」(77年)など。 エドモンドは、1980年、ソロアルバム「ハヴ・ユー・ハード」をリリース。これはカサブランカからリリースされた。その後、アリスタでもう一枚アルバムがレコーディングされたが、発売されずに終った。彼の弟クリストファー・ジョセフは85年、17歳で死去している。 また、兄のレオン・シルヴァーズは、70年代後期からプロデューサーとして活躍し、ウィスパーズ、シャラマーなど多数のヒットを放っている。 ご冥福をお祈りしたい。 ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ Edmund Sylvers of ‘The Sylvers’ Dies at 47(AP) March 15, 2004 LOS ANGELES   Edmund Sylvers, the lead singer on the songs “Boogie Fever” and “Wish That I Could Talk To You” for the 1972 … Continue reading

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Shanti Live At MoBius

オーラ。 3セットやって、ファーストはカヴァー曲、セカンドがオリジナル、そして、3セット目は再びカヴァーという構成のライヴ。先日代官山で出会ったシャンティのライヴを見た。四谷のこのライヴハウスは、まだできて2年弱。東京電力を辞められた方が始めた。約30坪で約30席(補助席を加えるともう少し増える)。柱がなく、椅子の配置もゆったりとしているためにストレスなく、ライヴを見られる。 シャンティは、実は、元ゴダイゴのトミー・スナイダーさんの娘さん。15-6歳の頃からCMソングなどをたくさん歌って来た、22歳にして業界のヴェテランだ。最近は作詞、作曲もやってオリジナルが増えてきたという。今日はその中から何曲か披露した。 全体的な雰囲気は、ヴィジュアル的にはどこかノラ・ジョーンズを思わせる感じ。音楽的には、ポップス、スタンダード、Jポップ、さらにギターを弾いたり、ピアノの弾き語りをしたりといったところ。バックは、パーカッション、ギター、ベース、ピアノの4人。英語はもちろん、ネイティヴ。 まあ、ステージとか、トークとか、ぎこちないところとかはありますが、すべてシャンティは可愛いから許される、みたいな部分が多々ある。(笑) 一方で、なによりも選曲が渋い。カヴァーで歌う曲はすべて、彼女が生まれる前の作品のはずだ。ボニー・レイットの「アイ・キャント・メイク・ユー・ラヴ・ミー」や、スタイリスティックスの「ユー・メイク・ミー・フィール・ブランド・ニュー」などいい雰囲気。他にもナタリー・コールの曲や、ロシア人シンガー、エリー・ケイという人の作品など、カヴァーと言っても、ほとんどの人が知らないから、オリジナルをやっているかの錯覚にも陥る。 オリジナルはいくつか日本語の歌もある。ソウルメイトMは、シャンティが終った後彼女に「オリジナルいいよねえ、日本語の歌は意外と、言葉をひとつひとつ大事にしてる感じがしたよ」と言った。「あ、それはありがとうございます」とシャンティ。 一番最後の曲は、彼女が母親へ向けて書いた英語曲。全体的にはいい雰囲気だが、もう少しメロディーを整理整頓するとメッセージはかなりいいだけにもっと感動できる曲になると思う。 しかし、それにしても、歌で抜群に引きつけるというのではなく、ヴィジュアルなどの全体的な雰囲気から微妙なオーラを感じる。不思議な魅力を持った人だ。まだ自身のCDはないのだが、将来非常に有望な感じがする。もっともっとたくさんライヴの本数やればいい。 Setlist First Set 1. Girl From Ipanema (Jobin)2. I Wish You Love (Standard)3. I Can’t Make You Love Me (Bonnie Raitt)4. The Closer I Get To You (Roberta Flack & Donny Hathaway, … Continue reading

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「四谷二丁目宣伝部」(文化放送・土曜深夜2時30分~)にゲスト出演

お知らせ 「四谷二丁目宣伝部」(文化放送・土曜深夜2時30分~)にゲスト出演 来る3月20日(土曜日)深夜2時半から3時まで、文化放送のラジオ番組「四谷二丁目宣伝部」にゲスト出演します。この番組は、なにかひとつのテーマ、売りたい物を宣伝部員が勝手に宣伝する、というコンセプトの番組。今回のクライアントは、鈴木雅之さん。鈴木さんを広く売っていくにはどうしたらいいかを宣伝部員3名が喧喧諤諤(けんけんがくがく)口角泡を飛ばし、話します。お時間あれば、お聞きください。文化放送はAM1134khz。

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Docomo Shop, Visiting Grave, Mike Stern, Nuit, Brown Sugar: It Was A Long Day…

ロングデイ。 昨日の夜、突然、携帯の液晶が真っ白になった。こっちの頭も真っ白。読めない、書けない、かけられない。この三重苦、どうしよう。夜中なので、どうしようもない。超あせっていると一本の電話が。音はなり、発信人も裏側の小さな窓に表示され、相手の声も聞こえる。だが、表の液晶が死んでるので、電話がかけられない。メールなんか読めない、打てない。もちろん、数字を正しく押してスタートボタンを押せばかかるのだろうが…。とにかく朝一番で直しに行くしかない。 ということで、早起きしてドコモショップへ。一応、アドレス帳、ブックマーク、メールの送受信まではSDカードに保存していたが、どこまで(いつまで)保存していたかはよくわからない。2月の頭だったような記憶がおぼろげにある。データの移植に時間がかかるということで、一旦戻る。 約1時間後、ショップから連絡。アドレス帳、ブックマークなどは復活したが、写真がだめだという。「ひえええええっ、うっそ~~~」 となると、あのミスター・ジェームス・ブラウンと一緒の写真や、ジョー・サンプルととった写真、マリーナショウもいたな、クレイグ・デイヴィッドも・・・。そして、多くのソウルメイトたちの写真が、み~~~んなぶっとんだのだ。超ショックゥ・・・。それに、たくさんいれてた着メロもだめです。が~~~~ん。「ホワッツ・ゴーイング・オン」、またダウンロードし直しだ。 ショップの人いわく、「ちょっとした衝撃や、なんらかの磁気で、すべて飛んでしまったりすることもあるんです」 というわけで、できるだけSDカードへの保存はお勧めだ。それと、バックアップ用のバッテリーが、通常のバッテリーとは別に内臓されているが、これは交換不能だそうだ。また、それがどれくらいまでなくなっているかはまったくわからない、という。通常3年から5年くらいもつだろう、ということだ。バックアップ用のバッテリーは、普段電源を切っても、時刻とか、さまざまなメモリーを動かすためのもの。それがなくなると、大事件になる。例えば、5年以上たつと、ある時電源を切ったりすると、すべてがなくなっている朝が来るということもあるわけだ。お~~こわ。バックアップ、バックアップ。 そして、泣く泣く新しくなった携帯(まったくの同機種。ただし微妙にマイナーチェンジしてる)を手にして戻り、その後、前から親と約束していたのでお墓参り2ヶ所に出向く。一ヶ所は自宅近くだが、もう一ヶ所がオール・ザ・ウェイ、谷中。ソウルサーチャー、ソウルの元へってなわけです。雨のせいか、お墓もすいてます。谷中のお墓には、野良猫がたくさんいる。帰り際、麻布十番の更科で蕎麦を食して店を出ようとすると、なんと見覚えのある顔が。某レコード会社のディレクター、O氏。よく一緒に仕事をさせていただいた。なんと、某氏がカナダ・トロントに赴任のための送別会とのこと。 そして、ソウルメイトM1とブルーノートへマイク・スターン。ドラム、ギター、ベース、サックスの4人。マイク・スターンは、元ブラス・ロック・グループとして一世を風靡したブラッド・スウェット&ティアーズ、さらに、マイルス・デイヴィスのグループなどに在籍し、独立した白人のギタリスト。ドラムスはデイヴ・ウェックル、サックスはボブ・フランセスチーニ、そして、ベースと若干の歌にリチャード・ボナ。 ちょっと僕には、ロックすぎた。というか白すぎた。もちろん、マイク・スターンのギターは、うまい、はやい、そして、気持ちいい。そしてさらに癒し系のアルファー波がでてくる。ドラムスもかっこいいし、サックスもいい、ベースもきまる。たぶん、デイヴのドラムスは、まわりのミュージシャンが全員ブラックだったら、そうとうねちっこいドラムになるのではないかと思う。系統で言えば、デニス・チェンバース系だ。いずれにせよ、個々のミュージシャンの力量はみなすばらしいが、ユニットとして全体的にロックベースのフュージョンという感じだった。僕は個人的にはもっと黒い音が好きなので、少々刺激がすくなかった。 それでも、最後の曲の前に見せたリチャード・ボナとマイク・スターンのかけあいは、スリリングだった。一緒に見たソウルメイトM1は、このドラムがお目当てということもあり、大興奮。「いやあ、このドラムはね、CDで前から気になってて、一度生を見たいと思ってたのよ。かなり、最高だね。ドラマーっていうのは、見た目がかっこいいと、大体でてくる音もかっこいいんだよねえ。このデイヴも、かなりかっこいいでしょう」 マイクは終ってすぐにサインをするためにでてきた。彼はものすごくいい奴っていう感じ。明るくて、好感度、めちゃくちゃアップです。 さて、その後、西麻布に新しくオープンしたバー、ヌイ(Nuit)のレセプションをのぞく。比較的小さな店だが、ビルの3階と4階を使っている「フュージョン・タパス&バー」というキャッチフレーズ。なかなかこじゃれた雰囲気で、微妙におもしろいかも。だが、ものすごい人で「人酔い」とタバコの煙で早々に退散。ちょうどその時、別のソウルメイトM2から泥酔状態で電話。聞けば高級男性靴店のオープニングのレセプションから出てきて、「今、西麻布に向かってんだけど、ちょっとどっか行こうよ」。むむ、かなりの至近距離。 西麻布の交差点でM2を拾い、行く先は…。おっと~、恵比寿のブラウンシュガー。エレヴェーターの扉があいて中にはいるなり、「今、吉岡さんのうわさをしていたところですよ~~」とDJケイコに笑われた。ふと横を見ると、先週水曜ブルーノートのロイ・エアーズで会ったソウルブラザー、Aとソウルシスター、N。強烈だ…。濃い…。左利きソウルシスター、Nと握手すると、握力47キロでぐわっとしめつけられます。するとM2「外人みたいな握手するね」。M1は、「おおおっ、指が折れる~~」と悲鳴をあげた。僕の握力は30キロにも満たない。しかし、なんでこんなに握力強いの? (謎) メイズ、エスコーツ、マンハッタンズが流れる中、泥酔コンビM2とAが「酒にのまれちゃいけない、なんていう言い方は、酒に失礼だよな…」、「そうですよねえ」とえらく意気投合。A曰く「吉岡君のところのBBSに、携帯から書き込もうとしたら、はねつけられちゃってさ」 「ええっ? いや、携帯からも行けると思うけど。パソコンからやったら?」 「あ、今パソコン死んでんの」 するとM2が「おおっ、じゃあ、オレにメールで送ってくれ、オレがかわりに書き込んでやるから…」 なんだなんだ。BBS代筆するか、普通。(笑)  というわけで、雨のロングデイでした。 (2004年3月18日木曜・東京ブルーノート=マイク・スターン・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>Stern, Mike

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『ソウル・サーチン・トーキングVOL.2~A Tribute To Stevie Wonder: A Moment Of You, Me, & Piano』開催のおしらせ

イヴェント『ソウル・サーチン・トーキングVOL.2~A Tribute To Stevie Wonder: A Moment Of You, Me, & Piano』開催のおしらせ ソウルミュージックの魅力、ソウルミュージックのすばらしさ、ソウルミュージック の力をトークと音楽でご紹介するイヴェント『ソウル・サーチン・トーキング』。そ の第二弾を来る4月22日(木)開催いたします。今回のタイトルは「A Tribute To Stevie Wonder: A Moment Of You, Me, & Piano」。スティーヴィー好きな3人のトー クと、日本在住・隠れステ ィーヴィー・マニア、多方面で活躍中のケイ リブ・ジェイムスによる生のアコースティック・ピアノと歌でお送りします。スティーヴィーのライヴの感動をもう一度、トークとライヴで 再現し、スティーヴィーの魅力に迫ります。 詳細は、http://www.soulsearchin.com/ トップページ、もしくは、3月15日付日記をご覧ください。                  記 イヴェント名 『ソウル・サーチン・トーキング』 タイトル『ソウル・サーチン・トーキングVOL.2~A Tribute To Stevie Wonder: A Moment … Continue reading

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Golden Lady by Toku, Kurosawa, Sakai, & Matsumoto.

セッション。 『フィール・ン・ソウル』の収録があった。ゲストにトク(TOKU)さんということで、なんと、黒沢氏、酒井氏、トクさんの歌3人にピアノの松本氏という超豪華の4人によるセッションとなった。トクさんは、フルーゲルホーンと歌。 はたして、歌われる曲は…。これがスティーヴィー・ワンダーの「ゴールデン・レイディー」だったのだ。昨年12月から今年1月にかけてのスティーヴィーのジャパンツアーの実質的なオープニングソングだ。 もともと、「月一でひとり歌い」ということで始めたコーナーだったが、徐々に二人歌いになることもあったが、歌3人、ピアノにフルーゲルホーンというセッションは、ちょっとしたレコーディングセッション並の布陣だ。かけあいもなかなかスリリングでこれは、かなりの聞き物だ。 ところで、なぜ「ゴールデン・レイディー」になったかというと、彼の昨年のアルバム『TOKU』(ソニーSICP-321、2003年1月22日発売)で、歌っていたから。キーは、トクさんの声がかなり低く、黒沢さんが歌うには少し高いが、そこはちょっと調整してすぐにできてしまう。途中のピアノ・ソロ、フルーゲル・ソロ、コーラスへと展開。 番組内のトーク部分も、トク節全開で、いつもとちがって夜10時、大人の雰囲気になっていた。(笑)  「ゴールデン・レイディー」は、73年のアルバム『インナーヴィジョンズ』の4曲目に収録されている作品。自分が大好きな女性のことを「ゴールデン・レイディー」と呼び、その元に行きたいということを切々と歌う。2番のここが好き。「雨の雫(しずく)と太陽の微笑が、花を育て、やがて大きく花開く愛らしい笑顔に移りゆく。いまや、夢が叶うのだ。この恋を失うことなどありえない…」 ナイスなセッションでした。 『ゴールデン・レイディー』 君の天使のような瞳を見つめながら、僕は自分の目を閉じてみる。何かを期待しながら…君の瞳に佇(たたず)む天国は、もうすぐそこに…君という名の天国に行くことさえ、僕はいとわないこれまでに知りえることがなかった輝かしい愛のためなら、僕はすべての身を委(ゆだ)ねる 輝かしきレイディー、美しきレイディー君の元に行きたい神々しいレイディー、華やかなレイディー君の元に駆け寄りたい今すぐに 君の手を見た瞬間、もう僕の手は感じているいつ君の手を握ろうかと雨の雫(しずく)と太陽の微笑が、花を育て、やがて大きく花開く愛らしい笑顔に移りゆくいまや、夢が叶うのだこの恋を失うことなどありえない… 訳詞・The Soul Searcher (このセッションによる「ゴールデン・レイディー」は、3月20日(土曜)午後10時からの『ゴスペラーズ~フィール・ン・ソウル』(東京FM系)でオンエアーされます。) Stevie Wonder “Golden Lady” From album “Innervisions” (1973) (Verse 1) Looking in your eyesKind of heaven eyesClosing both my eyesWaiting for surpriseTo see the heaven … Continue reading

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Prince, Dells Inducted Into Rock and Roll Hall Of Fame

殿堂。 プリンス、デルズ、ジョージ・ハリソン、トラフィックなどが、19回目を迎えるロックンロール・ホール・オブ・フェイム(殿堂)入りを果たし、15日、ニューヨークのウォルドルフ・アストリア・ホテルでその授賞式が行われた。 プリンスは、3時間におよぶショウのトップバッターとして登場、「レッツ・ゴー・クレイジー」、「サイン・オー・タイムス」、「キス」の3曲を演奏。大好評を博した。彼はまた、ショウの最後、ジョージ・ハリソンへのトリビュート「ホワイル・マイ・ギター・ジェントル・ウィープ」のところでも、参加した。このほかに殿堂入りしたアーティストは、ボブ・シーガー、ZZトップ、ジャクソン・ブラウンなど。 プリンスはステージで、「デビュー当初は、かなり(クリエイティヴな)自由を獲得することに執着していた。僕は自分が思った以上に、すばらしい音楽の旅をすることができた。若いアーティストに一言アドヴァイスをするのであれば、精神的な導き(支柱)がなければ、時として、あまりに多くの自由は精神性(ソウル)を失わせることにもなる。若いミュージシャンのみなさんも、このすばらしき音楽の旅が最高のものになるように。旅は終わらないから」と語った。そして、こう付け加えた。「本当の友人や、メントゥアー(恩師、尊敬できる人、師匠)は、自分が給料を払っている人物の中にはいないものだ」 プリンスは、この授賞式の後、NPGファンクラブのメンバーのために、ニューヨークのクラブ・ブラックでライヴ・パフォーマンスを見せた。 「オー、ホワット・ア・ナイト」や「ステイ・イン・マイ・コーナー」などの大ヒットを多数持つヴェテランR&Bグループ、デルズはハイスクール時代の友人同士が現在も同じメンバーの長寿グループ。50年以上の歴史を数える。デルズのメンバー、チャック・バークスデールは、「この賞がオージェイズやマンハッタンズ、ウィスパーズ、チャイライツなどにも与えられればいいと思う」と述べた。さらに、彼らは「私たちはたくさんのヒットをだした。だが、そのほとんどで、私たちは金をもらっていない。だから、今そこにいる皆さん方は我々に印税の借りがあるということだ。我々はみなさんのところに集金にうかがうつもりだ」 この後、彼らは「オー、ホワット・ア・ナイト」を歌った。 『殿堂入り』する条件は、初のレコードリリースから25年以上たっているということ。この条件にあてはまるアーティストが候補としてあげられ、そこからさらにノミネートが絞り込まれ、受賞となる。またビートルズのメンバーのうち、これで、ジョン、ポールにつづいてジョージも獲得。残るはリンゴだけとなった。 http://www.rockhall.com +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 先輩。 プリンスが若いミュージシャンに向けて、ということでスピーチをした。そうかあ。デビューして、もう25年たつんだ。はやいなあ。デビューしたときは彼が若いミュージシャンだったのに、って、当たり前だ。しかし、「本当の友達は、自分が給料を払っている連中の中にはいない」というのは強烈だ。よほど、今まで痛い目にあったのだろう。 それにしても、このスピーチからは、プリンスも丸くなったなあ、というか、変化したなあ、ということを感じた。あれだけ、クリエイティヴ・フリードムを必死になって獲得しようとして、そして、実際獲得したものの、それでもまだ、ぶつかって、飛び出して、試行錯誤を繰り返してきた。 僕は前回の来日(2002年11月) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/prince20021115.html の時、ずいぶんミュージシャンであることをエンジョイしているなあ、と感じたものだが、こういう心境の変化があったわけだ。妙に、なるほどと思ってしまった。 デルズは1952年頃に結成されたが、1960年以来メンバーは代わっていないという。それも奇跡である。 On the Net: http://www.rockhall.com New York Times:http://www.nytimes.com/2004/03/16/nyregion/16rock.html Billboard:http://www.billboard.com/bb/daily/article_display.jsp?vnu_content_id=1000463165 Prince Inducted Into Rock and Roll Hall(AP, 03/16/2004 7:41 AM) By David Bauder Prince burst into the Rock … Continue reading

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Toku’s New Album Opened With “Hello, It’s Me”

もしもし。 日曜日、『ソウル・ブレンズ』のゲストは、トク(TOKU)でした。このところ、ブルーノートをはじめあちこちでよく顔をあわせます。アイズレー、ロイ・エアーズ、その後の代官山、都内のライヴハウス…。土曜日も、都内でジャムセッションしていたそうです。しかも、先週火曜日(3月9日)のロイ・エアーズでは、「サーチン」をはじめ、3曲も飛び入りで吹いたそうです。僕が行った水曜は一曲でした。なにしろ、彼は以前自身のアルバムで、ロイ・エアーズをゲストに迎えているわけですから、二人は旧知の仲というわけです。 それにしても、彼の声は太くて、いい声をしています。DJマーヴィンや僕の声よりもはるかに太くて、声量が圧倒的にある。ヘッドフォン越しに聴いていて驚きました。彼と比べると僕やマーヴィンなんか声が細いんですね。しゃべってても、彼の声のほうが面積というか、体積がかなりある、という感じなんです。これは発見でした。だから、シンガー向きです。 最初は比較的クールなトクも、徐々に地がでてきた、というか、リラックスしてきたというか、よくおしゃべりしてくれ、あっという間に予定の30分がすぎてしまいました。そこで、急遽、時間を延長することにしました。前代未聞というか、まあ、ゆるい番組ですので。(笑) トクのニューアルバムは、『30(サーティー)』。彼がレコーディングしていた時、30歳だったので、このタイトルにしたそうです。現在は31ですが。この中から「ロバータ」という曲をかけました。「仕事でもプライヴェートでもいろいろありましたから」と彼は言いました。「ロバータ」はなんとトク本人が作詞作曲した曲。なかなかいい曲です。内容は、お互い好きで愛してるのですが、それがうまくいかないという物語。オフマイクでちらっと訊きました。「これって、実在の話?」 「あんまりつっこまないでください(笑)」 後半の彼のホーンが実にいい味わいをだしています。なんだか、すでにスタンダードの風格を備えてますね、この曲。 『30』は、トッド・ラングレンの名曲「ハロー・イッツ・ミー」で幕を開けます。マーヴィンが言います。「もしもし、オレだよ」 「そうそう、もしもし、オレオレ」ってところでしょうか。いや、雰囲気としては、深い低い声で、「もしもし、ぼくだよ」って感じでしょうね。スティーヴィーの「ザット・ガール」、スタンダードの「スターダスト」もはいってます。 このアルバムの中で、先日代官山で「ユー・メイク・ミー・フィール・ライク・ア・ナチュラル・ウーマン」を歌っていたシャンティさん(2004年3月12日付け・日記)が4曲も作詞で一緒にやってるんですね。発見でした。彼女今週の金曜に四谷でライヴやるんですね。3セットあって、カヴァー、オリジナル、カヴァーかあ。見に行こうかな。http://www.mebius-yotsuya.jp/sche.html  アルバム『30』は、トクにとってもひとつのターニングポイントにあたる充実のアルバムになっているようです。 関連ウェッブTOKUのオフィシャルページhttp://www.toku-jazz.com/index_j.html TOKUのライヴスケジュールなど。http://www.toku-jazz.com/schedule_j.htmlただし、ライヴハウスはほとんど売り切れで、次回ゆったり見られるのは、4月26日、27日のスイートベイジルです。 シャンティーのオフィシャルページ(英語のみ)http://www.snydersmarket.com/shanti.html ENT>RADIO>PROGRAMME>SOUL BLENDS>Toku

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Soul Searchin’ Talking Vol. 2 Will Be Held In April 22

イヴェント『ソウル・サーチン・トーキングVOL.2~A Tribute To Stevie Wonder: A Moment Of You, Me, & Piano』開催のおしらせ 2004年3月15日 ソウルミュージックの魅力、ソウルミュージックのすばらしさ、ソウルミュージック の力をトークと音楽でご紹介するイヴェント『ソウル・サーチン・トーキング』。そ の第二弾を来る4月22日(木)開催いたします。今回のタイトルは「A Tribute To Stevie Wonder: A Moment Of You, Me, & Piano」。スティーヴィー好きな3人のトー クと、前回CDでスティーヴィーの作品をご紹介した部分を、日本在住・隠れステ ィーヴィー・マニアであり、R&Bセッションシンガーとして多方面で活躍中のケイ リブ・ジェイムスによる生のアコースティック・ピアノと歌でお送りします。多くの 方がごらんになられたスティーヴィーのライヴの感動をもう一度、トークとライヴで 再現し、スティーヴィーの魅力に迫ります。ちょうど、新譜発売のタイミングにもあ うかもしれません。 今回の最大のハイライトは、スティーヴィーのライヴの部分でももっとも自由度が高 く、何が歌われるかわからない前半のアコースティック・ピアノを中心に歌われる約 15分のセクションを、ケイリブに再現してもらう点です。ピアノ一本で歌われるステ ィーヴィーの名曲の数々。あのスリリングな興奮をもう一度。「あなたと私と、ピア ノのひと時を…」 あなたもワンダーフルなひと時をシェアしてみませんか。                  記 イヴェント名 『ソウル・サーチン・トーキング』 … Continue reading

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Power Of Internet: Visitors All The Way From Kyoto, Okinawa

ようこそ。 昨日ロビー・デュプリーのライヴのことを日記に書いていたら、ソウルメイトUからメールが来た。「今、武蔵小山のいつもの店に来てるんですが、吉岡さんのホームページを見てきたという人がきてますよ」 ふ~む。それはすごい。ということで、日記を放ってうちから10分のその店に行くことにした。 ソウルメイトUは、かなり酔っ払っているが、その方々を紹介される。すると、なんとわざわざ京都からいらした、という。「ここすぐわかりましたか?」 「え~、大体のあたりは、つけてきました。住所がわかったので。でも、ちょっと自信がなかったです。ちょっと通り越してしまったみたいです。『Aサイン』がよく見えなくて。でも、ちょうど、中からかすかにチャイ・ライツが聴こえてきたんで」 そういえば、このソウルバーに僕がソウルメイトUと初めて来たとき、やはり、最初はよくわからず、前を通り過ぎた。なんどか行ったりきたりして、どうもここらしいという戸のところで、ガラス戸に耳をそばだてて聴くと、かすかにテディー・ペンダグラスが聴こえてきたので、「絶対にここだろう」と思った。それでも、なかなか扉を開ける勇気がなく、しばし、「どうしようか」と悶々としたことを思い出す。(笑) するとマスターの渡辺さんが、「先日は沖縄から3人組の人たちが、わざわざ探してやってこられましたよ。それも吉岡さんのホームページ見て、しかも沖縄の泡盛をおみやげにいただきました」と教えてくれた。ほ~~。インターネット、恐るべしですね。「その人たち、すぐに見つかったのかなあ」 「いや、20回くらいこの前、行ったり来たりしたみたいですよ(笑)」  ところが、当の渡辺さんはインターネットがつなげていない。「いやあ、ビデオの留守録もできないアナログな人間なんで…。(笑) 一度(ホームページを)見てみたいんですけどねえ。パソコンはあって、つなごうと思うんですが、なんか、だめなんですよ」  マスター、「いやあ、沖縄からわざわざ来ていただいたり、京都からわざわざ来ていただいたりって、バー冥利につきますね」と言って、「嬉しいから飲んじゃおうかな」と、ぐいっといってました。ソウルメイトUは、よっぱらった勢いで次々リクエスト。かかった曲は、エボニーズ「イッツ・フォーエヴァー」、インプレッションズ「スーナー・オア・レイター」、そして、極めつけはハーヴィー・メイソンの「ホワッツ・ゴーイング・オン」。これは77年のメイソンのアルバム『ファンク・イン・ア・メイソン・ジャー』に収録されている一曲。U曰く「このジョージ・ベンソンのギターがいいんだよねえ」 そこにいつの間にか乱入していた別のソウルメイトMが割り込む。「そうそう、このベンソンは怒ってるよね。『ブリージン』(76年のベンソンのアルバム)でのうっぷんを、なんかここではらしてるって感じだよなあ」 このほかドラマティックスの「ミー・アンド・ミセス・ジョーンズ」などでは、静かなバーでUは歌い出す始末。そして、Mの声もでかい。このバーでは、静かにお願いします、ってか。 京都からいらした方たちは大学時代の友人同士で、Sさんは東京在住、もう一人のKさんは京都在住で時々出張や遊びで東京にでてくる、という。そして、今回はこのお店に来ることにした、とのことだった。Kさんがソウルにのめりこんだきっかけとなったのは、アレサ・フランクリンの「ソウル・セレナーデ」が入っている『アイ・ネヴァー・ラヴド・ア・マン・ザ・ウェイ・アイ・ラヴ・ユー』(67年)から。でもほんの2-3年前の話だという。「えええっ、たった2-3年でこんなにマニアックになるんですか?(笑)」と僕がびっくり。ちなみにマスター、渡辺さんのソウル初めてのレコード(略して「はじレコ」)は、なんとオージェイズの「裏切り者のテーマ」(72年)のシングル盤だそうだ。 しかし、沖縄から、京都からはるばる、ようこそ。ある意味でインターネットの力を感じた夜でした。いいかげんなことは書けないな、とも思った夜でした。(笑)  ENT>SOUL BARS>Musashi Koyama

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Robbie Dupree Live At Shibuya Duo

カヴァー。 前半は、ゆったりしたゆるい雰囲気でショウは進んでいきました。4人のバンドは、なかなかにシュアなバンドです。最初ベースがいいなと思ったら、ヴェテランのリック・チーダコフ、ドラムスも途中からえらくよくなったなと思ったら、ピーター・バネッタということで、もう25年以上もトップクラスで活躍している人たちではありませんか。彼らはこの日の主人公と20年以上前に多くの作品で共演していたわけです。彼らなら間違いない! これにキーボード・ピアノ、デイヴィッド・サンチェスそして、ギターにラリー・ホッペンという4人バンドは、一言で言えば、いかにもバーやラウンジでトップ40ヒットなどを演奏していそうなバンドです。そして、主人公の名前は、ロビー・デュプリー。 1980年に「スティール・アウェイ」の大ヒットが生まれたいかにもウェストコースト風のアダルト・コンテンポラリー系のアーティストです。声質、曲調からして、マイケル・マクドナルド系のシンガーということになります。 さて、その「スティール・アウェイ」、「ホット・ロッド・ハーツ」に続いて、なんと聞き覚えのあるギターリフが。何かと思えば、スピナーズの大ヒット「アイル・ビー・アラウンド」が登場。ドラムスのピーターが俄然のりだして、生き生きしてきました。ギターもおなじみの繰り返しのリフが盛り上がります。この曲で一度ステージを終えた後、アンコールで演奏しだしたのが、アイズレーの「ワーク・トゥ・ドゥ」! さらにリズムがのりのりになりました。このあたりのサウンドを聴いて、彼らはバーなどのラウンジで客を踊らせるようなバンドとしてぴったりではないかと感じました。 この日は2階は使わず1階のみで6割ぐらいでしょうか。ライヴ終了後、メンバーがすぐに客席に下りてきました。ロビーが来たのでちょっと話をしました。彼はすでに10回近く来日している、といいます。前回はマウントフジ・ジャズ・フェスに来ていたそうです。「スピナーズとアイズレーのカヴァーは、なぜまた?」 ロビー。「もちろん、それが好きだからだけどね。こういうのりがいい曲だと観客のリアクションもいいだろう。(アメリカでは)カヴァーだけのライヴをやったりすることもあるんだ。スタイリスティックス、アヴェレージ・ホワイト・バンド、アイズレーなどのヒット曲ばっかりやったりしてね。ある時は、時間を区切って前半はオリジナル、後半はこうしたクラシックをやったりね」 彼のCDは現在、キーボード担当であるデイヴィッドとともに書いた楽曲が多く収録され、自らインディで発売している。約5000枚のセールスをあげるそうだが、こうして自分たちでやっていく分には充分な数字だとロビーは言った。 ところで、ロビーは1946年12月23日ニューヨーク生まれ。ということで57歳なのだが、彼のサウンドはしばしばウェストコーストサウンドと呼ばれます。そのことを訊いてみました。「あなたはニューヨーク生まれなのに、なぜあなたのサウンドは、ウェストコーストっぽいのですか」 すると彼は答えた。「うん、それは僕が長い間ウェストコーストに住んでいたからじゃないかな。79年くらいから、20年近くね。今? ニューヨーク郊外のウッドストックに住んでるよ」 ちょっとショーン・コネリーを若くしたような感じのロビーだけでなく、みな、いい感じの人たちだ。 Setlist show started 19.36 01. Goodbye LA02. Miracle Mile03. Real World04. Right Direction05. Mister O06. Desperation07. Talk To You08. This Is Life 09. It’s Too Late To Talking Over10. Sunny Days11. Dance … Continue reading

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Is It Tuesday Night Music Club or Daikanyama Music Club? It’s Freeform Jam Session

ジャムセッション。 ブルーノートでロイ・エアーズのライヴが終わると、ボビーとロイがワインセラーの前にでてきてCDを持っている人へサインを始めた。ボビーは、実に明るいキャラクターで誰とでもすぐに友達になれそうな雰囲気をもった人物。一緒に写真をとってもいいか、というとすぐに二つ返事「OK,OK」。  さてこの後、ライヴに飛び入りしたトク(TOKU)を始め、ロイを見に来ていたゴスペラーズの北山氏、日本在住のR&Bシンガー、エボニー・フェイ、ロイ・エアーズ・バンドのドラマー、デニス・デイヴィス、日本在住のドラマー、トミー・キャンベルなどが、代官山の某店に行くというので、移動した。 ちょうど、その日はソニーのジャズセクションが独立するというので、若干のお披露目パーティーのようなものが行われていた。その店は10坪少々という感じの店でアップライトピアノとドラムセットなどが置かれていて、サックス、アコースティックベースなどもある。店に入るときには、すでにジャムセッションが行われていた。ソニージャズ所属のグループ、アーブ(urb)や小沼ようすけさんなどが演奏していた。 それぞれのミュージシャンが、好き勝手にはいったりでたりして、思い思いにプレイする。本当に自分たちがやりたいからそこでジャムセッションをするという感じだ。適当にその場でやる曲を決めて、その曲なら僕が、私が歌える、というのりでやる。 いつのまにか、デニスがドラムスのところに座って軽妙なドラムを叩いている。聞き覚えのあるメロディーが…。おっと、ダニー・ハザウェイの「ゲットー」ではないか! 小沼さんのギターがけっこう黒くなってる。サックスは、ロイ・エアーズ・バンドのレイ・ガスキンスだ。いすに座りながら、吹いてる。いいね、いいね、こんなところで、こんな「ゲットー」が聞けるなんて! ファンキーなソウルがあるかと思えば、ソニー・ジャズのチーフ、渡辺こうぞうさんらのサックスによるストレートジャズも。しかし、うまいですねえ。玄人はだし、っていうか、ある意味玄人か…。(笑) ピアノもいれかわり立ち代りでしたが、そのうちの一人はクリヤ・マコトさんでした。生を見るのは初めてでしたが、お名前はよく見ていました。これからもよろしく。 夜中の2時を過ぎたら、なんと、ケイリブがエボニーから聞いたということで登場。びっくりした。さらに、その後、BNからボビー・ハンフリーまで登場。さすがに彼女は楽器を持っていなかったが。そこにいたシャンティさん、作詞作曲、それに歌などもやる人ですが彼女が「ミスティー」や、アレサでおなじみの「ユー・メイク・ミー・フィール・ナチュラル・ウーマン」を歌った。いいなあ、すぐにぱっとピアニストの人と、コードは何で、とか言って一曲歌えるなんて。 なんと、ケイリブとデニスはニューヨーク時代からの知り合いだった。お互いこんなところで、何年ぶりかで出会って両方ともびっくりしてる。ケイが言う。「彼とは、ニューヨークのめちゃくちゃアフターアワーズのクラブでよくあったんだよ。そこは夜中の2時から始まって、朝の10時くらいまでやってるんだ。あそこではサングラスはかっこをつけるためにつけるんじゃないんだ。外に出たとき、(まぶしいから)目を守るために、絶対に必要なんだよ(笑)」  ケイリブがいつのまにかピアノを弾き始めていたので、その後ろの椅子に座って聴いた。ケイはブライアンが弾けるので、話してみると、残念ながら北山さん得意の「6,8,12」は弾けないという。だがRケリーの「アイ・ビリーヴ・アイ・キャン・フライ」が弾けるというので、その伴奏で北山さんが歌うことに。後半は横に座っていたレイが歌で参加。う~む、レイもいい声してるな。まあ、言ってみれば超ぜいたくなカラオケ、というか、バンド演奏に歌という感じか。そして、ケイに「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」をリクエストした。先のシャンティが歌えるので、シャンティの歌、ケイのピアノで始まり、途中からケイもトクも北山さんなどもはいってきた。けっこう、やはりこの曲は知っていて、みんなの合唱になった。ダニーハザウェイのライヴほどではないにしろ、プチあんな感じ。 しかし、こんなことが定期的に起こっていたら、日本の音楽シーンも絶対に変わりますね。小沼さんのギターも黒人のドラム、ピアノ、あるいは、サックスなどに囲まれると間違いなく黒くなる。これぞ、ミュージシャン同士に起こる化学反応、そしてミュージシャンシップだ。トクさんが帰り際に言った。「絶対こういう場所がないといけないんだよね。今、あまりないからなあ」  その昔、ロスの何人かのミュージシャンが毎週火曜の夜ライヴハウスに集まって、ビールを飲み、ジャムセッションをし、ときに曲を作ったりしていた。そこから発展してできたのが、シェリル・クロウのアルバム『チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブ』だ。自然発生的にミュージシャンたちが集まり、ミュージシャンの輪が広まって何かが生まれたら、これはすばらしいことだ。 この日、代官山のジャズバーでの自由なミュージシャンたちのジャムセッションを見ていると、チューズデイ・ナイト・ミュージック・クラブのようなものが月一でも始まれば、いいなあと思った。「ダイカンヤマ・ミュージック・クラブ」か? (笑) しかし、日本一のファンキードラマー、トミー・キャンベルのあのでかいドラムスの音は、近所からクレイムはこないのだろうか。(笑)  (2004年3月10日水曜=ジャムセッション) ENT>MUSIC>LIVE>Jam Session

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Roy Ayers Live At Blue Note: Music Is My Lady, My Mistress

黒さ。 セカンドステージ入場前に待っている間、人間観察をしていると、本当に音楽のジャンルによって集まってくる人種が違うという事実が改めておもしろく感じられる。この日の客層は、普通のブルーノートのそれと明らかに違う。普段はスーツ、ネクタイ系が多い一方、例えばアイズレーは、いかにも昔ディスコで遊んでました系が主流で、スーツ姿もほんの一握り。これにミスター・ビッグスでアイズレーを知った20代の男女で、客層が構成される感じ。このロイ・エアーズのライヴは、クラブによく行ってそうな若い層が圧倒的に多い。 ロイ・エヤーズは昨年横浜モーションブルーに来日している。今回はゲストに初来日のフルート奏者ボビー・ハンフリーを従えてのライヴになる。ロイは、ヴィブラホーン奏者。日本語でわかりやすく言えば鉄琴奏者だ。彼が使用しているのは電子鉄琴。90年代にはいってからロンドンのクラブシーンなどで注目を集めるようになり、日本でも人気となった。鉄琴を叩く棒のことをマレットという。彼は常に4本のマレットを持ち、その華麗なマレット裁きは、いつも通りお見事。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200308/diary20030821.html さて今日は、いきなり「サーチン」でスタート。バンドは、ドラムス、ギター、ベース、サックス(キーボードも兼任)の4人。これにゲストでボビー・ハンフリー登場となる。 このサックスとキーボード担当のレイ・ガスキンスは、ニューヨーク・アポロ劇場で毎週水曜に行われている「アマチュア・ナイト」などのバンドリーダーをしている人物。実は歌もうまい。また、ドラムスのデニス・デイヴィスはかなり面白い男で、これまでにスティーヴィー・ワンダーに12年、ジョージ・ベンソンバンドにも数年、デイヴィッド・ボウイにもいた。5人の子供がいて、長男のTボーンは、ロンドン本拠のドラマーで、ラップ・グループ、パブリック・エナミーのバンドでも演奏しているという。 この日は4曲目「エヴリバディー・ラヴズ・サンシャイン」で、日本のシンガー/フルーゲルホーン奏者、トク(Toku)が飛び入りで出演。自由自在に吹きまくっていた。こうした自由な飛び入りというのがどんどん行われるともっともっとライヴシーンが盛り上がる。 5曲目でボビー・ハンフリーがでてきた。いきなり、何をやるのかと思えば、ライオネル・リッチーの大ヒット曲のカヴァー、「ハロー」。主旋律をフルートで吹く。なかなかいい感じがでていた。それより、ボビーがものすごく小さかった。150センチはないように思えた。実際に見るのは初めてなので、ちょっと驚いた。 ロイはステージでこう言った。「先日(昨年9月)、私は63歳の誕生日を祝ったんだが、41年間こうして音楽をやりつづけている。私にとって音楽とは愛だ。女性のようなものだ。恋人であり、愛人だ。これに熱中していると、濡れてきて、満足してくるからだ」  ロイにせよ、ボビーにせよ、どんなメロディーをいかなるリズムで演奏しても、どうやってもグルーヴが爆発し「黒く」なる。ボビーはフルートで3曲演奏するが、3曲目の「ハーレム・リヴァー・ドライヴ」ではアップテンポのグルーヴ感あふれる曲にのりのいいフルートをかぶせた。 ドラマーのデニスは、「この後、ロンドンではロニー・スコットのクラブで3週間、36回のライヴをやるんだ。日本と逆だったらいいのにね(ロンドン3日の日本3週間だったらいいのに、の意味)。(笑)」という。 終った後、なんとヴェテランDJアトムとばったり。いつもイヴェントの案内もらってます。ありがとうございます。「いやあ、僕はロイ・エヤーズ、全部持ってますよ! 今日は『フリーキー・ディッキー』(77年作品)聴きたかったのになあ。なんでやんないんだあ」と酔っ払いながら、文句を言っていた。(笑) setlist (second stage) show started 21.40 01. Searching02. Running Away03. Evolution04. Everybody Loves Sunshine (with Toku) With Bobbi Humphrey 05. Hello06. Home Made Jams07. Harlem River Drive 08. … Continue reading

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David Bowie Live: Singer, Songwriter, Rock & Roller, & Actor

演技者。 実は今日は渋谷DUOにキャロン・ウィーラーを見に行く予定だったのですが、前日ソウルメイトMさんから、デイヴィッド・ボウイ行きませんか、とのお誘いがあり、急遽変更してボウイに行くことにした。たしか、「レッツ・ダンス」が大ヒットした後の来日公演に行って以来。ボウイ自体の来日ライヴは約8年ぶり。待ち合わせはライヴ開始が7時なので、東京ドームの敷地内のコーヒーショップに6時半。 6時35分頃、車を止めてドームの敷地内に入るものの、やはりどのコーヒーショップかわからず、Mさんに電話。「どこ? 後楽園ホールの横あたり。お茶飲めるところ、たくさんある。ドーナッツあたり?」 「ドーナッツ? 駐車場の前の小汚いコーヒーショップだよ。武道館のまん前の!」 「えええっ? 武道館????」 やっちゃいました。(笑) なぜか前日からすっかり会場を東京ドームと勘違いしていたのでした。理由はわからず。人間思い込みは、いけませんねえ。(笑)  あわてて、武道館へ直行! さっき、横通ったのになあ。実はその時一瞬、「武道館じゃないよなあ」などと思いがよぎったのだが…。それは虫の知らせだったか。なぜ、確認しない。(←自問自答) 武道館まではほぼ10分。7時過ぎには武道館の駐車場へ。駐車場から会場入口へ向かうところで、Mさんから声をかけられた。車が入るのが見えたのだという。「いやあ、すいません、お待たせしちゃって! まったく勘違いしてました」  このチケットは、Mさんの友人の某社社長Sさんからのものということで、席はどの辺だかわからない、というのだが、なんと座席を見ると前から6列目、しかも、ほぼ真中のEブロック。おおおっ。こ、こ、これはすごい。中にはいると、ステージ中央にせり出しがあって、実質的には前から3番目のほぼ真中というあたりだった。Sさんにご挨拶、丁重にお礼をいいつつ、すでにこの時点で前座のグルーヴ・シンジケートの演奏が始まっていた。 ステージ横から、ものすごい勢いでスモークがでている。ステージに立っているのがどうやら3人らしいのだが、そのスモークでよく見えない。(笑) 目を横に転じると、壁に大きな「禁煙」のサイン。おいおい、煙、禁止じゃないのか。(笑) それはおいといて、この3人、一見ダークスーツにサングラスで、やっている音楽は打ち込み系のハウス、テクノ、ディスコ系。キーボード2台にギターという布陣。音楽的には、僕の趣味ではないが、なんとなく、初期YMOを思わせ、妙に「売れそうな」感じがした。根拠はないのだが、勘です。 座席にチラシがあった。それによると、このグルーヴ・シンジケートは、松居常松、布袋寅泰、岸利至、オオエタツヤの4人によるユニットだという。だが、布袋さんはいなかった。なぜだろう。 さて、セットチェンジをして、7時49分、暗転。前方マルチスクリーンにアニメのようなものが映し出され、ライヴがスタート。そのスクリーンが真っ白の光の壁になったところでミュージシャンがその前を通って登場。逆光になって、彼ら一人一人がシルエットになって実にクール。そして、デイヴィッド・ボウイ本人が黒のジーンズに黒グレイっぽいTシャツで登場。これが、また筋トレしっかりしていて、めちゃかっこいい。驚きました。目の前3メートルくらいのところにいるボウイは、大変なオーラと存在感を発揮してました。 最大の印象は、彼が歌う姿を見ていると、まるで映画の一シーンではないかと思うほど、美しいということ。いくつかの曲で、彼はアーティストであり、シンガーであったのですが、同時にアクター(俳優)でもありました。あまりミュージシャンの演奏するところ、あるいは、歌うところをみて、映画の一シーンなどと思うことはありませんが、スクリーンに映し出されるであろうことが、目の前で行われている、という感覚になりました。映画撮影の現場がそこにあるかのような錯覚です。 これは、やっぱり彼自身が映像作家でもあるからなんでしょうね。映画に何本もでたり、自らプロモーションビデオも凝ったものを作ったりしていて。彼にはアクターとしての資質もかなりあるのだと思いました。これはただのロックスターにはなかなかないものです。バックから照明を当て、ボウイの姿がシルエットになるというような演出ももちろん非常に効果的です。マルチスクリーンを使ってヴィジュアル面でもかなりおもしろいものを見せていますが、それ以上に、デイヴィッド・ボウイ自身がヴィジュアル・アーティストです。被写体というか。まあ、一言で言えば、真の意味でのパフォーマー、演技者。 一曲目から立ち上がった観客。その腕には、[Bring Me db](dbはデイヴィッド・ボウイの略)の文字が書かれたプラカード。ステージには、ギター2人、ドラムス、キーボード2人、そして、黒人女性ベース奏者。彼女の服装はピンク、黄緑、黒、グレイの4色がきっちり分けられたとてもカラフルなもの。特に、ピンクと黄緑のところが、蛍光になっていて、ブラックライトに当たって実に発色よく綺麗。ボウイは実によく声がでている。 24曲を完全燃焼で歌いきり、さらにアンコールを5曲! 計29曲。2時間25分たっぷりです。いやあ、久々にコンサート見て、こっちの肩がこった。(笑) 本編がこれだけ長いなら、前座いらないじゃない。(笑) ライヴ終了は10時をさらにまわり、10時14分。驚いた。いやあ、別に彼の音楽はそれほど僕のタイプではないんですが、それにしても普通に一音楽ファンとして感動しました。この感動の半分以上は、この前から3列目、ボウイの目前という座席の良さにあったことは疑う余地がありません。Sさん、ありがとうございます。 外にでてプログラムでも買おうと思ったら、めちゃくちゃ長い列でしかも白いテントのところで入場制限をしているので、あきらめました。車をだしたところ、武道館正面の路上に真っ白で非常に長いリムジンが止まっていた。あれは、デイヴィッド・ボウイが乗るのだろうか。でも、ボウイが乗るのなら、もっと楽屋口に近いところにあるはず。お客さんなのかな。 夕食がまだなので、何か食べに行こうと麻布十番のK庵に向かうが、なんと満席で入れず。そこで、Mさんの提案でよく行っていた白金のQへ。和系の創作料理だという。Mさんが言う。「昔、そこよく行っててさ、ミュージシャンとか意外と多いのよ。夜遅くまでやってるんで。布袋寅泰とか今井美樹とかもよく来てたよ」 地下の店に入ると意外と天井が高く、大きな丸テーブル2つ、4人テーブルが2つに長いカウンター。時々、ライヴもやるという。近いうちでは4月10日にブラック・ボトム・ブラス・バンドという7人組のニューオーリーンズ系セカンドラインのバンドのライヴをやるという。おなかがすいているので、刺身やいろいろ次々とオーダー。ドリンクが来たあたりで、Mさんがお店の人を紹介してくれ名刺交換。93年12月にオープンで、この前ちょうど10周年を迎えたという。 しばらく談笑中に、お店の人が、「すいません、ちょっとこちらのテーブルに今から7-8人くらいのグループがいらっしゃるんで、そちらの5人テーブルの方に移っていただけますか?」と言ってきた。「ああ、いいっすよ。問題ない。問題ない」 しばし、何品かでてきて、談笑が続くと、そのグループが到着。Mさん入口を見て、唖然。「うわさをすればなんとやら…」 な、な、なんとさっきMさんが言った人たちの一行だった。ということはうち3人はステージにいたわけですね。ひょっとしてあの白いリムジンは彼らだったのか。4人目のメンバーは夫婦でどこかで見ていたわけだ。こうして、白金の夜は更けていく…。 Setlist from http://davidbowie.com/news/index.php?id=20040309 Tokyo March 9th 2004 @ Nippon Budoukan show started 19.49 01 Rebel Rebel 02 Hang On To Yourself 03 New … Continue reading

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Ani DiFranco Live At O-East: Studying Ani

研究。 まずは、なによりも、たった一本のギターで弾き語りをして、それを80分も続けるというその行為自体に拍手です。究極のひとりパフォーマンス。プリンスがらみでちょっとだけ興味があったアーニー・ディフランコですが、最新作『エデュケイテッド・ゲス』なども聴いていたりしたんです。 そして、オンエア・イースト改めオー・イーストとなったライヴ会場でアーニーを見ました。立ち見で8割方は入ってるでしょうか。すし詰めという状況ではないですが、まあまあ、よく入ってます。けっこう外国人密度が高かった。 前座が終わり、8時4分。ギター一本持って登場。弾き語りが始まった。しかし、そのギターの弾き方がやたらかっこいい。びっくりした。で、けっこうファンキーなフレーズがある。アコースティックギターなんですが、意外とベース風の音も出て、グルーヴ感もあります。 一番気に入ったのは、9曲目に歌われた「イヴォールヴ」という曲。実にファンキーで、のりがよくて気に入りました。ちょっとスライ・ストーン風で、ベース風の音が気持ちよくはじけます。でも、家に帰ってCD聴いたら、ぜんぜんライヴのほうがよかった! 彼女はひょっとしたら、今時には珍しい「CDの人」より「ライヴの人」かもしれません。一曲終るごとにギター技術者が新しいギターを持ってきて、それを持ちかえます。 曲間で話すことはなんとなくわかるんですが、英語の歌詞は、よほど予習していかないとわからないです。ここにきてる人たちはみな、歌詞カード対訳読んで、全部意味を理解しているんでしょうか。だとしたら、すばらしい。このライヴは歌詞がわかって聴いたら、もっともっと理解できて、楽しめるだろうと思いました。音楽より歌詞の比重がかなり高いです。もちろん、歌詞の意味などわからなくても、のりやグルーヴでいいと感じるというのも音楽のよさのひとつですが。 一見、アラニス・モリセット、シェリル・クロウ風、それにジョニ・ミッチェルや、キャロル・キングなどをまぶすとこんな風になるのでしょうか。何かじっくり研究してみたい対象のひとりではあります。 Setlist show started 20.04 01. Names & Dates02. Educated03. Anticipate04. Swan Dive05. Origami06. Swim07. Knuckle Down08. Studying Stones09. Evolve10. Bliss Like11. Bubble12. You Each Time13. Phase14. Recoil15. Shameless Enc. Gravel show ended 21.24 … Continue reading

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Gumbo’s Ear Vol.7 :

ダメだし。 守島さんと島田さんのイヴェント「ガンボズ・イヤー、VOL.7」を覗きに行った。この第一回は僕もお世話になっていたこと、それからライヴをわれらがFMBが歌うということで、はるばる芝浦から自由が丘まで。7時からのイヴェントだったが、その前のミーティングが伸びて到着は8時過ぎ。30人弱が入って超満員。 入口でいきなり、島田さん、僕に向かって「ちょっと一緒にしゃべってよお」。あれ、僕通りすがりの人間なんですけど。今日、ジャンバラヤ食べに来たんだよ。「守島さんと二人でしゃべるんじゃないの」 どうやらプログラムは、守島さんが1時間DJ、30分ライヴ、島田さん1時間DJ、30分ライヴということらしい。そこで島田分の1時間は一人。「スティーヴィーの話のところで、なんとか、よろしく…」 あきれて口からあごがはずれそう。(笑)  結局、前に座らされ、マイクを持たされ、スティーヴィーの話などをしてしまいました。島田さんがまたまた「サマーソフト」をかけて、「これは元々ボツになるような曲だったのが、結局入ったということらしいんですけど、そうなるとボツの曲をたくさん聴きたいですね」 「それはスティーヴィーが死んだら未発表曲がたくさんでてくるってこと?(笑)」 「いやいやいや(笑)」 他にいくつかスティーヴィーのカヴァー曲などをかけつつ、ライヴの話などをしつつ、4月22日の「ソウル・サーチン・トーキング」の告知もした。(これ、正式発表は今週中にします。すいません。僕が案内文を書くのが遅れてます) あるいは、「グラミーでルーサーがビデオメッセージながら登場したところで泣きそうになりました」などのルーサー・ネタをしばし。その流れで、ピアノのすぐ横で歌っていたセリーヌ・ディオンがモニターイヤホーンをつけているのは、ダメだ、みたいな話にもなってしまいました。「セリーヌにダメだしをする男」は私です。 そうそう、夕方オッシーに、言われましたよ。。「吉岡さんは、自分に甘く、他人に厳しいから…」 おいおいおい、そんなこたあ、ないよ。(笑) 僕は自分に厳しく、他人に甘いです。 しかし、好き勝手しゃべってて、ふと思った。やはりラジオでしゃべれないことってけっこうあるんだな、ということ。(笑) この時は何にも準備もなく、おもいついたことをその場で話したわけだが、なんのしがらみもなく自己規制もなくという感じだった。(笑) リアル・トーク、リアル・トーク! さて、ライヴで歌ったFMBhttp://www2u.biglobe.ne.jp/~fmb/は、以前、中目黒の楽屋(昔の方)で見て以来かな。FMBはファンキー・モンキー・ベイビーの略。アレサ命の、ソウル作品を中心に歌うシンガー。今回はウーバッツという別ユニットでのライヴ参戦。FMBがロバータ・フラックの「ウィル・ユー・スティル・ラヴ・ミー・トゥモロー」、インディア・アリーの「ビデオ」などを。 そして、もうひとりのヴォーカル老沼祐貴さんは、なんと、最近ジョス・ストーンが超お気に入りということで、ジョスのアルバムから「フェル・イン・ラヴ・ウィズ・ユー・ボーイ」を歌った。「ホントに驚きましたよ、16歳って聴いて。16歳のニュアンスを完コピしました」と言って、ファンキーに一曲を歌いました。ひとつだけアドヴァイス。男性が歌うときは、この曲の場合、歌詞の「ボーイ」を「ガール」に変えないと。女性のジョスが歌うから「フェル・イン・ラヴ・ウィズ・ユー・ボーイ」ですが、男性が歌う時は「フェル・イン・ラヴ・ウィズ・ユー・ガール」になります。性の一致です。男が男に恋していたら、ゲイの歌になってしまう。(笑) ゲイならいいですが…。(笑)  FMBは、なんと4月22日からニューオーリーンズ・ジャズ・フェスティヴァルに行くそうです。しかも、しかも、そこでジョス・ストーンのライヴがあるという! うわああ、行きたい! おや、ソウルサーチントーキングと日にちがバッティング…。うおおお、悲しい。まだ正式発表してないし、ソウルサーチンのほうをずらすか? (笑)  途中で、NHK-FM『ソウル・ミュージック』でおなじみの尾臺順子(おだいじゅんこ)さんがお店に到着。ライヴが終った後にしばし立ち話。「『ソウル・サーチン』の第二弾は?」と訊かれ、「1が売れないと…」と僕。「売れないんですか。番組関係ではものすごく話題ですけど…」「ええっ、うっそー、ほんとですかあ。なかなか売れないんですよ~~」 『ソウル・ミュージック』http://www.nhk.or.jp/soul/index.html は、毎週木曜午後11時20分からNHK-FMで1時間放送されているソウルの専門番組です。もう4月からは6年目になるそうです。いやあ、長寿番組になりつつありますね。これからもぜひ続けていってください。 っていうか、ふらりと遊びに来たのに、なんでマイク持ってしゃべってるんだ。僕って、人が良すぎる…。 (2004年3月7日日曜=自由が丘マルディグラ=ガンボズ・イアー第7回) EVENT&ANNOUNCEMENTS>Gumbo’s Ear Vol.7

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Anita Baker Goes To Blue Note

復活。 「ソングストレス」「ソングスタイリスト」などさまざまなニックネームがあるジャズ系ソウル・シンガー、アニタ・ベイカーがブルーノート・レコードと契約した。アニタ・ベイカーは、デトロイト出身。同地のグループ、チャプター8のリードシンガーとして活躍。その後ソロに転じ、86年アルバム『ラプチャー』が世界的ベストセラーとなった。その後結婚、出産となり、94年のアルバム『リズム・オブ・ラヴ』を最後にCDを出していなかった。 アニタ・ベイカーは、ブルーノートで最低2枚のアルバムをリリースする。既にレコーディングを開始。年内中におよそ10年ぶりの新作アルバムがでることになる。 彼女が『ラプチャー』を大ヒットさせた時期はちょうど、アメリカのブラックラジオの世界で「クワイエット・ストーム」というフォーマットが急激に人気を集めていた時期で、ジャズテイストのあるアニタ・ベイカーの歌はそのフォーマットにぴったりだった。 ブルーノートは、ノラ・ジョーンズの大ヒットで多くの予算を持っているものと思われ、昨年のアル・グリーンに続いて、ヴェテランR&Bアーティストの復活劇を演出する。 90年代に一度来日している。

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Rita Coolidge Live At Shibuya Duo: Typical Soul Songs Without Soulfulness

メインテナンス。 「私の隣に住んでる男の子の話をさせて。毎朝、太陽が昇る前に彼は私のお気に入りのカップにコーヒーをついでくれるの。ハレルヤ! 彼のこと、愛してる…」 ソウルマン、レイ・チャールズのクラシック「ハレルヤ、アイ・ラヴ・ヒム(ハー)・ソー」で、ステージは始まった。最近は、誘われれば節操なく何でも見に行ってしまうThe Soul Searcherであるが、いきなり、ソウル・ヒットが飛び出してきた。一体どこの誰かといえば、女性シンガー、リタ・クーリッジのライヴだ。 もはやヴェテランの域のリタは、なんとグラミー賞2回受賞とアナウンスされてステージに現れた。その容姿からは、とても実年齢は想像できない。(実年齢は一番最後に) リタといえば、ボズ・スキャッグスでも有名になった「ウィ・アー・オール・アローン」だが、元々南部ロックのデラニー&ボニー、レオン・ラッセル、エリック・クラプトンなどのバック・コーラスを担当していたシンガー。よって、ソウル、R&B、ブルーズなどアメリカン・ミュージック全般がお気に入りであることがわかる。 彼女は仕事も一緒にしたレオン・ラッセル作の「スーパースター」(カーペンターズで大ヒット。最近ではルーベン・スタッダードのカヴァーが秀逸)へと続く。71年のアルバム『リタ・クーリッジ』から、81年の『ハートブレイク・レイディオ』まで13枚のアルバムをヒットさせた。 全体的な印象は、スタンダードを歌うアメリカンなシンガーというところ。例えばラスヴェガスあたりのホテルのラウンジで歌っていそうな雰囲気のショウだった。そして、音楽的にはポップ、カントリー、ジャズ、ソウル、ロック、ブルーズなどの要素がふんだんに取り入れられていた。多分アメリカの観光客がラスヴェガスにやってきて、ギャンブルに飽きたらたまには古き良きアメリカの音楽を聞こうと思ったときに、ドンピシャのシンガーということになるのだろう。 バックはキーボード、ベース、ギター、ドラムスの4人。8曲目では客に指を鳴らさせ、スタンダードの「フィーヴァー」を歌い、さらに続けてテンプテーションズの「ザ・ウェイ・ユー・ドゥ・ザ・シングス・ユー・ドゥ」、マーヴィン・ゲイの「ハウ・スゥイート・イット・イズ」へメドレーでつなげた。彼女の解釈でこうしたソウル曲を歌っても、面白いのは、決してグルーヴ感がないということ。リタは非常にきれいに、クリーンにポップソングに仕立てて歌うのだ。ちょうど、ジェームス・テイラーやライ・クーダーがソウルのカヴァーをするのと同じようなニュアンスである。 「私は、しばらくクリス・クリストファーソン(70年代に活躍した男性のシンガー/ソングライター)と結婚していました。彼との間に娘が生まれました。彼は依然すばらしい父親でもあります。その彼が書いた作品です」 こう言って歌われたのは、「フーズ・トゥ・ブレス」。 そして、「ウィ・アー・オール・アローン」が歌われ始めると、いつになく歓声があがった。そして、シングルヒットした「ハイヤー&ハイヤー」だ。このリタのヴァージョンを聴いて、オリジナルのジャッキー・ウィルソンを聴くようになったのはソウルメイトUだ。 途中で「私のフィアンセが客席にいます。彼は日本人で、明日、彼のお母さんと会うので、どきどきしてます」といったことを発言していた。すごいなあ、恋多き女性なのだろうか。そして、彼女の年齢だが、一応ジョエル・ウィットバーンのブックなどでは1944年5月1日ナッシュヴィル生まれと書かれている。これによれば、現在59歳、5月で60歳になる。ちょっと彼女の声につやがなくなっていて、もっと声のメインテナンスをしたほうがいいのでは、と感じた。 Setlist (second set) show started 21.39 01. Hallelujah, I Love You So (Ray Charles) (From her album “Out of the Blues” – 1996)02. Superstar (Leon Russell, Carpenters)03. Mean To … Continue reading

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The Reason Jody Never Sing Shalamar Songs: The Best Decision She Ever Made

きっかけ。 昨日の日記を読んだソウルメイトLから、「ジョディーは前に来たときも、シャラマーの曲はやってないよ。絶対、いつもやらないんじゃないの」と言われた。そういえば、かつて見たジョディーのライヴもそうだったかもしれない、と思った。初来日が15年も前で、その時のセットリストはさすがに今手元にない。仮にあっても、どこかの書類の山の中だろう。そういうのが、さっとでてきたら、すばらしいのにね。(笑)  そして、なんと91年12月にしっかりインタヴューしていた。しかし、このインタヴューは、ちょうど発売されたばかりの通算3枚目のアルバム『アフェアーズ・オブ・ザ・ハート』のプロモーションのためにやってきたために、その新作の話を中心に聞いていた。 別の機会に自分でインタヴューしたのか、どこかの記事を読んだのか、誰かミュージシャン仲間から聞いたのか、ちょっと出所が確かではないのだが、昨日書いたようにジョディーがシャラマー時代にあまりいい思い出を持っていないというのは確かなようだ。その頃、彼女は「自分は、プロデューサーや周りの人間に、こういう曲を歌えとか、こうやれなどとただ命令されるだけで、自分がクリエイティヴなことにまったく参加できなかった点に非常に不満をもっていた」というようなことを言っていたと記憶する。 周りのスタッフもまた、他のメンバーもそれぞれが個性が強く、それぞれが自分たちの意見を主張し、彼女の意見があまり聞き入れられなかったのだろう。グループというのは、微妙な力関係が常に存在する。リーダーが一人いて、そのリーダーが全体を引っ張っていくタイプもあれば、完全民主主義で、全員が平等な立場にいるタイプもある。どれがよく、どれがよくない、という問題ではない。特にミュージシャン、アーティストなどの場合、全員が個性が強いということなのだ。 例えば、3人組の場合、正三角形の力関係が保たれていればいいのだろう。だが、誰か一人が強くなったりすると正三角形が崩れる。その時に、きしみがでてくる。4人組なら、正方形か。5人組なら、正五角形か。シャラマーの場合、少なくとも正三角形ではなかったのだろう。特に、彼らの場合、女性1人、男性2人という珍しい形だからなおさらだったのかもしれない。 「離婚で終った結婚生活」という表現は、あまりいい印象ではない、というニュアンスだ。元夫とは、もう会いたくないのかもしれない。というわけで、ジョディーは84年に独立した瞬間、シャラマーの過去にきっぱりと封印をしたのだ。 インタヴューの中で、僕は「今までのキャリアの中で、もっとも間違った決断はなんでしたか?」と聞いた。彼女はしばし考えて、「わからないわね。ビジネス上の決断などをいろいろしてきたけど、それのどこが悪かったのかは、わからない…」などと答えた。続いて「ではもっともよかった決断は?」と聞くと、すぐさま「シャラマーを辞めたこと(笑)。これは(私のキャリアの中で)ベスト・ディシジョン(最高の決断)だったわ。(爆笑)」と答えたのだ。この対比はおもしろかった。そして、彼女は一言付け加えた。「私は、振り返らないの(I will never look back!)」 先のソウルメイトLは言った。「でもさ、みんなはシャラマーの曲を聴きたいんだよね。『ナイト・トゥ・リメンバー』とか」 まあ、そうなんですよね。ファンは、グループ間のごたごたなんて関係なく、単純に曲が好きなのだから。僕は個人的には、ジョディーがいつの日か、なにかのきっかけで「吹っ切れて」、シャラマーの曲を歌う時が来ることを期待したい。「きっかけ」は何でもいい。「フジテレビ」でも。

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Jody Watley Live At Motion Blue: She Never Sung Any Shalamar Song

決意。 ドラムス、パーカッション、ギターにキーボードだけという4人編成のバンドで、ジョディーは登場した。元々人気テレビ番組『ソウル・トレイン』のダンサーとして注目された人。『ソウル・トレイン』は、ご存知のようにレコード(今ならCD)にあわせてスタジオにいる普通の人たちがダンスをする番組だ。ところが、70年代初期、その中にやたら踊りがうまくて、目立ったのがいた。それがジョディー・ワトリーとジェフリー・ダニエルスだった。もちろん、当時は彼らの名前など一般的には知られていなかった。ダンスが上手なあの娘、くらいだ。ところが、彼らがシャラマーの一員として歌手としてデビューすると、いきなり、彼女たちの人気は爆発した。 そして、ジョディーは84年シャラマーを脱退、ソロへ転じた。以来、次々とソロヒットを放ち一世を風靡する。デビューアルバムは当時つきあっていたボーイ・フレンドで、プリンスの学生時代からの友人アンドレ・シモーンがプロデュース。89年9月、有明MZAに初来日している。 さて、全13曲。やはり、踊りが抜群にいいセンスをしている。歌の合間に見せるちょっとした仕草や動きが優雅だ。ダンスを知り抜いていて、ほんのちょっとだけ体を動かすだけで、充分にダンスを見せるという、プロのダンサーの余裕みたいなものを感じさせた。さらにどんどんと彼女は客席に降りてきて、時に客席に座って歌ったり、サーヴィス精神爆発だ。ほとんどの曲がアップテンポでダンサブルなものだが、ヒット曲「エヴリシング」はピアノ一本でしっとりと歌ってみせた。 アンコール一曲目ではお立ち台ではないが、席の上にそのままのり、踊る。声もしっかりしているし、何よりもそのエンタテインメントぶりに感心した。ダンスや曲調は、ところどころ、マドンナを思わせるところがあった。 さて、ライヴが終ってふと気付いた。なんと、シャラマー時代の作品を彼女は一曲も歌っていない。「ナイト・トゥ・リメンバー」などジョディーの魅力がよくでた作品だと思うが、それに限らず一曲も歌わなかった。ジョディーはかつて、ソロ・デビューした時に、シャラマー時代を振り返って「離婚に終った結婚生活のようだった」と答えた。あまり良い思い出はないようだ。そうした時代を思い出したくないために、ひょっとしたら、彼女はシャラマー時代の作品を封印したのかもしれない。シャラマー時代の作品が一曲も、メドレーという形でさえもなかったことに、彼女の決意のようなものを少し感じた。 Setlist (second set) show started 21.33 01. Lookin’ For A New Love (CD”Jody Watley”-1987)02. Don’t You Want Me (CD”Jody Watley”-1987)03. Saturday Night Experience (CD”Midnight Lounge”-2001)04. Whenever (CD”Midnight Lounge”-2001)05. I Love To Love (CD”Midnight Lounge”-2001)06. … Continue reading

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Isley Brothers Day Two: Rock, Soul, Funk, All Happening Here

内緒。 一日、一度ではちょっと物足りないわけでして。本日リターンマッチ。つくづく感じるのは、たとえまったく同じショウを見たとしても、2000人収容のコンサート会場と300人収容のライヴハウスでは、その感動度合いは何倍も違うということだ。やはりこの距離で、生の10人以上のバンドを見られるというところが圧倒的にすばらしい。このブルーノートはアポロシアターよりも狭いんだから。アイズレー・ブラザースのライヴ。 曲目が1日目より2曲ほど減っていたが、「ファイト・ザ・パワー」では、ロナルドがなんと客席に降りてきた。11分に及ぶ「ファイト・ザ・パワー」は、かつてスパイク・リーの映画『ドゥ・ザ・ライト・シング』のテーマになった曲でもある。この「ファイト・ザ・パワー」は、直訳すると「権力と戦え」と言った意味だが、70年代中期のアイズレーは、そうした社会的メッセージも叫んでいた。メッセージの爆発と、ファンクサウンドの炸裂とが見事に融合した傑作でもある。 そして、その180度逆側のメロウネスを聴かせるのが数多くのバラードだ。「サマー・ブリーズ」、「フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー」、「コンテジアス」…。ライヴ会場にいてその空気の中に浸っているとすっかりそのテンションに染まってしまうが、少しだけ冷静になってこうして感想文を書いていると、ふと、この前紹介した『バカラック』のアルバムからの曲が一曲もないことに気がついた。あそこからも歌うでしょう、などという予想は完全にはずれた形だ。(笑)  20年以上前から知っている友人O氏と久々に会ったら、彼はアイズレーを初めて見たそうで、「アイズレー・ブラザースがこんなにロックっぽいとは知らなかった」と言った。そこで思わず立ち話ながら説明してしまった。「あのギターのアーニー・アイズレーは、彼が子供の頃にまだ無名だったジミ・ヘンドリックスのギターの洗練を受けたんですよ。ジミがアイズレーのうちにしばらく居候(いそうろう)しててね。きっと、ジミの派手なギターを10歳くらいのアーニーはあこがれを持って見てたんでしょうね」  アーニーは、1952年3月7日生まれ。ジミがアイズレー家に居候していた60年代初期は10歳前後ということになる。ジミは1942年11月生まれなので、ほぼ10歳年上ということになる。アーニーが小学校4年くらいの時、ジミは大学生か大学卒業したあたりの、立派な大人だ。それがかっこいいギターを弾くのだ。あこがれないわけはない。言ってみれば、アーニーはジミ直系のフォロワーということになる。 口でピックをくわえ、弦をはじき、ギター自体を首の後ろに回して弦を見ずにプレイするアーニー・アイズレー。見せるギター、魅せるギター。ファンクなギター、ロックなギター。 そしてもうひとつ。これは以前に別の原稿にも書いた話を彼にした。アイズレーのメンバーが、ビートルズがアメリカ上陸する1964年以前に、イギリスでビートルズに会っているという事実。ビートルズはすでにアイズレーにただならぬ尊敬の念を持っていた。アイズレーのヒット「トゥイスト&シャウト」をビートルズはカヴァーするほどだ。そして、海を越えたイギリスで、自分たちがそこの若者に支持されているという事実に驚き、感激したのだ。それゆえに彼らはロック、ロックンロールに対してなんら抵抗感なく、以後たくさんの白人ロックの作品を積極的にカヴァーしていくことになる。 通訳であり音楽ライターでもある村松さんが誰か友人を待っているということでレジの前にいて、しばし立ち話。するとその待ち人は、日本で活躍するR&Bシンガー、ブレンダ・ヴォーンさんだった。フィリップ・ウーのライヴで名刺交換をしていたので、「あの女性シンガー二人、キムとキャンディーは、シンガーの見地から見て、どうですか?(笑)」と尋ねた。「そうね、シンガーの見地から見ると、いいわね。クールよ。声もよくでてるし、声域もある。ただ、ああいうタイプの曲(「アイスクリーム」)は私は、歌わない。(笑) ナスティー(いやらしい)すぎる!」  そのキムとキャンディーだが、彼女たちは「JS」というグループ名でCDを出している。http://www.js-johnsonsisters.com/about.html プロデュースはロナルド・アイズレー、R.ケリーら。彼女たちは、最初3人で活動していたそうで、前々回の来日は3人で来ていたという。もうひとりの名前はクリスタル。なぜグループ名が「JS」かというと、ジョンソン・シスターズの略から。 さてここだけの話、このクリスタルはフィリップ・ベイリーとつきあっているそうだ。そして、もうひとつ、ここだけの話。あのキャンディー・ジョンソン(ステージでは向かって右に位置。かわいい方←失礼=(笑))は、ロナルドの新しいガールフレンドだそうで。アンジェラと別れた後ということで、そうなったらしい。このあたりの丸秘情報は、私ソウルサーチャーのディープスロートからの情報です。 ところで、前日(1日=初日)は、鈴木雅之さん、黒沢薫さん、そして、ケイ・グラントさんらと一緒に大盛り上がりになったわけですが、ケイさんのウェッブのダイアリーにその時の4人の写真が掲載されています。僕のサングラスは、ケイさんからその場で借りたものです。ははは。最初4人で写真とりましょう、という時に3人がサングラスをしていたので、では僕も真似をして、ということになりました。ケイさんはいつもサングラスを3-4つ持っています。 http://k-grant.com/index_diary.html ケイさん、どうもありがとうございます! もちろん、ポーズは「Shh…(シー)」。今の「ここだけの話」は、「Shh…」(内緒)。 Setlist(second set) show started 21.48 01. Between The Sheets02. Footsteps In The Dark03. That Lady04. It’s Your Thing05. Twist & Shout06. Shake Your Body Down … Continue reading

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Power Of Blood Brothers, Power Of Continuation: Isley Brothers Live At Bluenote

(アイズレー・ブラザースのライヴ評です。これからごらんになるかたは、充分ご注意ください) 継続。 彼らはは1950年までに兄弟グループとして父親の指導で歌い始めていた。彼らの正式なスタートはなかなか確定できないが、54年あたりをこのグループのスタートとする説がある。その場合でも、結成50周年である。50年、半世紀だ。恐るべき継続の力。血を分けた兄弟たちの強さ。その両者をあわせ持った男たち、その名はアイズレー・ブラザース。 今は亡き赤坂ブリッツ、渋谷AXというライヴハウスから一転、小規模なブルーノートでのライヴ。かの伝説をこの距離で見られるとは。アポロ・シアターよりもここははるかに小さなライヴハウスだ。客席もいつものブルーノートとは違ったソウルブラザー、シスターたちが多い。この近さでこの迫力あるソウル! 誰がどこに文句をつけようか。タワー・オブ・パワーに続いて、生バンド・ソウル・ライヴの真髄をこれでもか、これでもかとまざまざと見せつける。 黒のパンツ、白の少し光沢のジャケット、そして、おなじみステッキ。いかついロナルド・アイズレーが舞台に上がるとそれだけで歓声が倍増する。いきなりミディアム調にした「ビトゥイーン・ザ・シーツ」から。さらに「フットステップス・イン・ザ・ダーク」とゆったりミディアム調が続いて、いよいよ「ザット・レディー」へ。「ゴー、アーニー、ゴー、アーニー」の掛け声にのって、アーニーのギターが炸裂。途中のギター・リフではアーニーが口にピックをはさみ、弦をはじいて音をだすという演出もある。いきなり、普段おとなしいブルーノートの観客が、早くも立ち始めた。それまで一バック・ギタリストに甘んじていた彼が、自らスポットライトを浴びるセンターステージのスターとして輝き始めた。ギターの先端には、薔薇の花がささっていた。 R&Bのパッケージショウの最大の魅力のひとつは、グループ内に様々なヴァリエーションを持ち、そうした若い才能をショウの中に組み込むことだ。キーボード担当でかなりひょうきんなロドニー・イーストにやらせたのは、なんとマイケル・ジャクソンの真似だ。ジャクソンズの大ヒット「シェイク・ユア・ボディー」を、マイケルよろしく歌って、踊って見せた。さらには、ロナルド・アイズレー・プロデュースのもとデビューした女性二人組、JSのヒット「アイス・クリーム」を、JSメンバー、キャンディーとキム姉妹が歌う。 ロナルドのこの声にやられる。特にバラード系になると、レコードで聴くあの声が目の前のその本人の口からでてくる。ヒット曲は70曲以上、その中から今日歌われるのは十数曲。すべてを歌うことは不可能だ。それでも、ビートルズでおなじみの「トゥイスト&シャウト」、あるいは、「シャウト」などのロック系の作品もうまく交えながらバランスのとれたショウを見せていく。ロナルドのようなねちっとした、セクシーで、センシュアルなヴォーカリストはなかなかいない。 ファーストではやらなかったという「サマー・ブリーズ」がプレイされた。途中のギターになると、アーニーが再び熱いギターソロを弾く。ジミ・ヘンドリックス直伝のギターだ。アンコールにおける「ファイト・ザ・パワー」は、13分にも及ぶロング・ヴァージョン、ロナルドがステージを降りてからも、しばしロック風の演奏が続いた。 おそらく現役グループとしては、グループ結成以来だんとつに歴史の長いグループだ。正に伝統と革新、苦難と栄光、低迷と復活、分裂と再結成、兄弟たちの死別など、すべてを経験し、その一つ一つが彼らの血肉となり、それがアイズレー・ブラザースというグループの輝かしい歴史となっている。 この迫力満点の爆発ライヴ、ソウルバンドショウとして最高だ。もう文句などない。ブルーノートがアポロ・シアターになった夜だった。 Setlist(second set) show started 21.37 01. Intro02. Between The Sheets03. Footsteps In The Dark04. That Lady05. It’s Your Thing06. Twist & Shout07. Shake Your Body Down To The Ground (Jacksons)08. … Continue reading

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