Monthly Archives: February 2003

Living Jukebox or Human Jukebox

流し。 「さあさ、お客さんのリクエスト、なんでも弾きますよ。何が聞きたいですか。言って、言って」 という感じで、流しの人は歌を歌います。「流し」って、英語でなんて言うんでしょうか。外国人に説明するとき、どう言えばいいのかな。 「街の酒場などで、ギター一本で客のリクエストに応じ、その場で一曲歌い、お金をもらうエンタテイナー。日本では、昭和20年代から50年代初期にかけて多くの流しがいた。そうした流しは、たいがい演歌{日本人の魂の音楽}というジャンルの音楽を歌い、ラッキーな者は、流しからレコードデビューに至った例もある。『流し』とは、単純に街を流して歩いていたことから、きている」(吉岡音楽Imidas) よく考えてみると、流しってすごい文化です。アメリカではピアノバーみたいなところで、ピアニストがリクエストに応じてなんでも歌ったりしますね。日本のように飲み屋から飲み屋へ渡り歩くということはないでしょうね。だいたい車社会だし。 六本木のソウルバー「ブレイブ・バー」で毎月最終木曜日に行われている島田奈央子http://www.flavor.fm/flavor/naoko_net/index1.htmlさんのDJのゲストでギターを弾いているのが、杉本篤彦http://www.sugimoto-a.com/ さんです。 フリースタイルで、その場の雰囲気でギターを自由自在に爪弾く杉本さんが、いきなりスローの曲を弾き始めました。「う~~ん、知ってる。なんだっけ」と感じた瞬間わかりました。ハロルド・メルヴィン&ブルーノーツの「イフ・ユー・ドント・ノウ・ミー・バイ・ナウ(邦題、二人の絆)」! これをギター一本でやります。ジョージ・ベンソン風、ウエス・モンゴメリー風。そして、時にデイヴィッド・T・ウォーカー風。 メドレーで続いた曲は、「ワオ! すごいぜ! こいつは!」という意味の「ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウ」!。まさに、ベッチャ・バイ・ゴーリー・ワウです。杉本さんは、なんとチッキンシャックのヴァージョンで初めて知ったそうです。もちろん、それからすぐにスタイリスティックスのものも聞いたわけです。 元ネヴィル・ブラザースのキーボード・メンバーだったSaya(http://www.saya.com)は、横で「私はこれ、アーロン・ネヴィルのヴァージョンで死ぬほど、聞いたし、プレイもした。ものすごいいい曲よね~~」とつぶやきます。さらにその隣で、ボクシングとソウルとサッカーをこよなく愛すウッチーは、「元々はスタイリスティックスで、プリンスもやってるよ」と解説を付け加えます。 そして、続いてでてきたのは、じゃ~~~ん、「ユーヴ・ガット・ア・フレンド」。しかも、キャロル・キング、ジェームス・テイラー・ヴァージョンではありません。ダニー・ハザウエイ・ヴァージョンです。「く、く、くろい・・・」 みんなサビのところは、ダニーのライヴと同じくらいの大合唱になってしまいました。(正確には歌っていたのは3人だけくらいなので、ほんとは小合唱でしたが。少し、大げさに言ってしまいました) こうなると、次の曲への期待が高まります。今度は打って変わってのブルーズ・ナンバー。なんだ、これは、と思ったら、スパイク・リーの映画『モー・ベター・ブルーズ』からタイトル曲。う~~ん、渋い。 そして、一転今度は、ずいぶんとポップな曲調へ。みんな知っている曲なのに、ギター一本で演奏されるので、瞬間に曲名がでてこない。「ああ、これこれ、知ってる。なんだっけ」っていう感じ。「あああ~~、これこれ、ベイビーフェイスの~~。あ、ボーイズ・トゥ・メンの曲だ。『アイル・メイク・ラヴ・トゥ・ユー』」 ポップ、ソウル、ブルーズ、なんでもござれの杉本さんです。そして、しめは、ブルーズの名曲「ストーミー・マンデイ」。いやあ、拍手! ギター一本で、これだけソウル・ヒットをやってもらえると、うれしいですね。まさに、ソウル流し、って感じでした。なんか、「ソウル流し」ってタイトルでアルバム、作れませんか。ねえ。 そして、一息ついた後、SayaのCDから「コルコヴァード」をかけ、それにあわせてギターを弾くという試みをしてみました。これはなかなかむずかしそう。 さらに、「ジャズのスローナンバーを」と言って「アイ・リメンバー・クリフォード」を、何かリクエストはと言われたので、ダニー・ハザウエイかデイヴィッド・T・ウォーカー・ヴァージョンの「ホワッツ・ゴーイング・オン」をお願いしました。彼は、バーナード・パーディーのドラムだけのCDにあわせて、「ホワッツ・ゴーイング・オン」を見事に弾ききりました。う~~む、すごい。 ジャズ、ソウル、ブルーズ、ボサノヴァ、ポップ。彼は何でも弾きます。ソウル流し、いいコンセプトですよねえ。そして、流しの英語は思いつかなかったのですが、表題のような単語を思いつきました。生きるジュークボックス、もしくは、人間ジュークボックス。あるいは、「歩く辞書」=「Walking Dictionary」という表現があるように、Walking Jukeboxとも言えるかもしれません。最近は、ヒューマン・ビートボックスという言葉が市民権を得ているので、ヒューマン・ジュークボックスなんていうのも、キャッチーでいいかもしれません。 でも、垂れ幕は、縦書き、しかも、いかにも、濡れた感じの日本語・筆書きフォントで「ソウル流し」ってしたいところです。

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Saga of Dee Dee Bridgewater continues

愛。 「今夜のショウは、愛を表現するショウ。みなさんに愛をあげるショウです」 バックのミュージシャン一人一人に近寄り「彼には愛が必要」とおもしろおかしく紹介します。最後にギタリスト、パトリックのところにやってきて、「彼には奥さんがいないのよ」と言って会場の笑いを誘います。つかみは完璧! 歌と踊りと寸劇と。ありとあらゆるエンタテインメントの要素を詰め込み、それをこの小さなステージで展開するのが、1950年生まれ、現在52歳のディー・ディー・ブリッジウォーターです。2002年4月に発売された新作『ディス・イズ・ニュー』の作品を中心に7曲83分。軽妙なトークで観客をリラックスさせ、その歌で熱くさせます。 2曲目の「サガ・オブ・ジニー(ジニーの物語)」(1940年のミュージカル『レディー・イン・ザ・ダーク』より)は、ディー・ディーのエンタテイナーとしての魅力を最大限発揮したパフォーマンスでした。そこには、大げさなほどの、シアトリカル(演劇的)なパフォーマンスがあり、一曲の中に語られるドラマの起承転結を、たった一人で演じきります。そこには、古(いにしえ)のブロードウエイがあり、モノトーンのクールなジャズがあり、心が叫ぶソウルがあり、汗が飛び散るダンスがありました。たった一曲の中にこれだけの要素を詰め込むことができるなんて恐るべきパフォーマーです。 孤児になったジニーという女性の3歳から76歳までの生涯を数分の作品の中に凝縮して歌います。それは、その一曲だけで、あたかもブロードウエイ・ミュージカル一本分を見せてくれるかのようです。そう、それはブルーノートがブロードウエイのシアターになった瞬間でした。 「あら、あなたが飲んでるの、今週のスペシャル・カクテルじゃない? そのカクテルの名はユーカリというのよ。あなたの名前は? サリー? 日本人ぽくないわねえ。(笑) あなたのために、この曲を歌います。みなさんも、彼女とともにこの曲を楽しんでください」 途中の客いじりも、完璧。観客の体温も徐々に熱くなります。 ジャズからブロードウエイ・ミュージカルなどを経て、再びジャズの世界に戻っているディー・ディー。いまや、彼女がカヴァーする音楽は、ジャズだけにとどまらず、タンゴ、ラテン、サンバ、ソウル、ゴスペル、ロックまであらゆるエリアに飛び火しています。その音楽吸収能力と、解釈能力と表現能力には目を見張るものがあります。フランスにしばらく住んでいたこともある彼女は、フランス語なまりの英語だってしゃべります。本当に器用なんですね。そのインテリジェンスも完璧。 歌い続け、彼女がペットボトルのミネラルウォーターを飲もうとしたときでした。彼女は観客側に背を向け、つまり、水を飲むところをあまりおおっぴらに見せようとはしなかったのですが、そのとき、彼女は別のペットボトルに刺さっていたストローを新しいボトルに刺して、飲んだのです。いまどきのミュージシャンたちは、男性女性に限らず、みな、ボトルから直接口飲みしますが、ディー・ディーはそうしませんでした。彼女の上品さ(クラース)が、垣間見られた瞬間でした。 ここまでの完璧なエンタテイナーがなぜ日本で人気がないのか。よく考えるとひとつだけ思い当たる節がありました。つまり、日本ではたとえば、他のシンガーほど、彼女にはヒット曲らしいヒット曲がないのですね。彼女にヒットを。このままこの才能を埋もれさせるわけにはいきません。 前回の来日時とは構成も選曲もすべて変わったステージを見せてくれたディー・ディー。完璧な新たなディー・ディーの伝説が生まれました。そして、その物語はこれからも続きます。 (ディー・ディー・ブリッジウォーター・ライヴ)(2003年2月25日・東京ブルーノート・セカンドステージ)

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Experience you’ll never go through again

体験。 そこは、別にライヴハウスでもなければ、ちょっとしたただのイヴェントホールでした。表参道・アニヴェルセールの入ったビルの5階。2002年4月26日、そこに来ていたのはほんの数十人のラジオ番組から招待されたリスナーたち。ほんとうに、こじんまりとしたイヴェントでした。 特にそのシンガーを照らすためのスポットもなく、照明が全体的にそのあたりを少しだけ明るくする程度です。一段高くなったステージもありません。ミュージシャンたちは、僕たちと同じフロアレベルにいます。客席と言っても、普通の4人がけ程度の丸テーブルに軽食と飲み物がのっているだけ。 その日は、4月11日にデビューアルバムを日本発売したばかりの新人シンガーがベースとギター奏者を従えてちょっとしたショウケースを行うことになっていました。まだまだ知名度はありません。彼女は、ピアノを弾きながら歌うことになっています。 そう、ここまで来ればおわかりでしょう。その新人シンガーとは、今週グラミー賞を総なめにしたノラ・ジョーンズです。ノラ・ジョーンズが、ほんの小さなスペースでライヴをやっていたのです。実は僕もその情報を前日あたりに聞いて、レコード会社の人に無理を言っていれたもらったのです。でも、無理を言ってよかった。 もうあんな間近で彼女を見ることは到底不可能です。まさかあの時点で翌年のグラミー賞の最大のハイライトになるなんて夢にも思いませんでした。その後彼女は9月に東京国際フォーラムの小さい会場「C」(収容約1000人)でライヴをやります。それも、もう不可能です。次に彼女が来日するときには、おそらく国際フォーラムなら大きい「A」(約5000人)でしょう。下手したら武道館なんて声もでてしまうかもしれません。(それはやめてほしいですが) つまり、去年の4月にあの小さなスペースでノラを見た数十人、9月にフォーラムCで彼女を見た1000人x2日の人たちは、そのライヴを見たことを多いに自慢できるということです。かけがえのない貴重なライヴを体験したことになります。 ライヴとは、『体験すること』です。その現場にいて、その時の空気を吸い、その時の振動を感じ、匂いをかぎ、すべての彩りを網膜に焼き付ける。そんな五感をすべて使って感じること、体験すること。それがライヴに足を運ぶということです。そして、それは二度とないかけがえのないワン・アンド・オンリーな貴重な瞬間なのです。 もちろん、ライヴはミュージシャンによって、いいライヴもあれば、つまらないライヴもあります。同じ人でもいい時もあれば、悪い時もある。しかし、いいライヴに「当たった」時の嬉しさは格別です。 ノラのその時のライヴでは、とても暖かいものを感じました。彼女の人間性がそのままでているような。淡々と次から次へと、それほど余計なおしゃべりもなく、彼女はピアノ・トリオで歌いました。地味といえば地味。でも、CDそのままの音が、うまく再現され、ノラの世界が作られていました。彼女のような音楽は、これくらい小さなスペースで聞くとちょうどいい、と思いました。ほんとに小さなジャズクラブあたりで聞くピアノの弾き語り。そんな感じでした。もちろん、ブルーノートくらいのところで聞けるともっといいでしょう。 そう、今となっては、昨年4月にあの小さな会場でノラを見た、という体験がすばらしく輝かしいものになりました。それはもう二度と経験することができない体験でした。 PS: グラミーの予想みたいなことは長年やってきていますが、主要4部門を全部当てたのは確か93年度以来のことなので、ノラ様様です。(笑) グラミーを当てた、ということと、昨年4月のショウケースを見たぞ、というのがしばらく自慢できそうです。(笑)

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Michael Jackson’s Soul Searchin’

真実。 それはどこにあるのか。あるいは、何が真実で、何が虚像なのか。マイケル・ジャクソンの話題のドキュメンタリーが24日午後9時から2時間余にわたって日本テレビ系列で放送されました。あらゆる点でおもしろかった。 まず、第一にマイケルの知られざる顔が見られたこと。もう1点、ドキュメンタリーの手法として、興味深かった。マーティン記者が非常に立っていた。 イギリスのジャーナリスト、マーティン・バシールが8ヶ月密着取材し、編集して放送したものです。 う~~ん、初めて見たのですが、そんなに伝えられているほど、マーティンの編集があくどいという感じは受けませんでしたねえ。一方、マイケルもそんなバッシングされるほどのこともない、というのが僕の個人的感想です。 なんで、これで騒ぐか。という感じです。確かに12歳の男の子の手を握りながらインタヴューに答え、一緒にベッドをともにする、という表現だけを抜き取ると、異様な感じはありますが、その前後を見れば、別にマイケルらしいという感じがします。 確かにマーティンの常識、それは恐らく僕たち普通の人々の常識とマイケルの常識にはかなりの隔たりがあることは事実です。しかし、それはマイケルの成長過程の特殊性をかんがえれば、理解はできる範疇のものだと、僕は思います。 彼は普通の人じゃないんだから、我々の常識は通用しないんですよ。やはり、人間というのは、ある意味でどこか身体に障害のある人間を、ばかにしたり、おもしろおかしく遊ぶものなのでしょう。マイケルは、そういう意味で、非常に特殊な障害者なのかもしれません。それは心の傷をおった人間であり、顔になんらかの傷をもった人間なのです。それでいて尋常でない金持ちであることが、人々の好奇心をあおる。そして、人々はそれを笑い者にしたがる。人間とは本来、そうした残虐なものです。 今回のドキュメンタリーを見て、それでも、マイケルの子育ての仕方がベストとはとうてい思えませんでした。なにか違う、もっといい方法があるだろう、と僕は感じました。でも、それは人に囲まれて常に注目されつつ育った経験のない僕の意見であり、マイケルとはあまりに境遇が違うのですから、マイケルはマイケルなりの考えで、正しいと思うことをやっているのでしょう。それに対して、他人がとやかく言う筋合いのものでもありません。 彼が高級アンティークショップで、次々と買い物をしたからといって、それは大変異様であり、珍しい、驚くべき光景ではありますが、彼は彼のお金で買い物をしてるのであって、これも別に他人がとやかく言う筋合いのものでもありません。 ジャーナリストとしては、そういうシーンを撮影し、放送した。そういう事実があった。それを知らせた。それだけであり、それ以上でも、それ以下でもない。もちろん、あの浪費のシーンを見て、ベストセラー『地球が100人の村ならば』を思い出す人もいるかもしれません。 あんなことに無駄なお金を使うなら、食事もろくにできない人々に、たべものを買ってあげたらいいじゃないか。それも、まっとうな意見です。彼は莫大なお金を稼ぐ。そして、それを自分の好きに使う。その使い方は自由です。 2時間のドキュメンタリーを見て、改めて、マイケルの幼少時代の苦悩などがわかり、興味深く思いました。人間形成の過程で、大きな心のダメージを受けたのでしょう。そして、それ以後の非常に特殊な環境との複合作用によって、極めて普通ではないひとりの人間が育った、ということにつきるのではないでしょうか。それは彼自身の責任でもないでしょうし、誰の責任でもないのでしょう。言ってみれば、そういう「デスティニー」(運命)だったのです。 彼が幸せなのか、不幸なのか、僕には判断ができません。マイケルが生涯を終えるとき、『自分はマイケル・ジャクソンの人生を生きてよかった。幸せだった。また同じ人生を歩んでみたい』と言えるようになって欲しいと思いました。マイケル・ジャクソンにも、人には計り知れないソウル・サーチンの物語があるようです。書き手としては、非常にそそられるテーマであります。 彼は子供時代、鏡を見たことがなかった、と言っていました。果たして、マイケルが「マン・イン・ザ・ミラー」(鏡の中の男)を歌うとき、彼の脳裏にはどのような思いが巡っているのでしょうか。

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Grammy Winners (Final)

45回グラミー賞、主な勝者は、次のとおり。 General Field Record of the Year:    ”A Thousand Miles,” Vanessa Carlton    ”Without Me,” Eminem 勝者・本命”Don’t Know Why,” Norah Jones 対抗”Dilemma,” Nelly Featuring Kelly Rowland    ”How You Remind Me,” Nickelback Album of the Year:    ”Home,” Dixie Chicks   ”The Eminem Show,” Eminem … Continue reading

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Norah, Biggest Winner tonight

大勝利。 ノラ・ジョーンズ、全部取りました!! おめでとうございます。グランドスラム!! これで、言えます。「予想通り!」 主要4部門制覇はグラミー史上二度目。80年のクリストファー・クロス以来22年ぶりの快挙です。 今年は、「アルバム・オブ・ジ・イヤー」がもっとも難しかったのですが、ノラがとりました。「アルバム」「ソング」「レコード」そして、「ベスト・ニュー・アーティスト」全部獲得。 それにしても、発表を「アルバム」を一番最後にするあたり、番組的にもうまいですねえ。ここが一番わからないというか、どっちにいくかビミョウなところでしたからね。オーディエンスはブルースに一番支持があったようですが、そこをノラが持っていったところがいい。 予想33部門中18部門で本命であたり、5部門が対抗、10部門がはずれました。9部門のはずれがちょっと厳しいですが、18部門の的中は5割を超えたので、まあまあ、というところでしょうか。 WOWOWで松任谷さんが「予想してもしょうがない」と言っていましたが、こういうのは「予想しなきゃ、しょうがない」でしょう。(笑) それと、WOWOWの同時通訳は毎年ひどすぎますが、今年の通訳の中で女性らしき人の通訳は、今まで聞いた中でもっともひどかった。日本語きちんとしゃべれないひとはやめてください。もう少し、ギャラの高い人でも使ってください。この同時通訳は、声を聞くのも嫌になる。オーディションとかしないのかね、WOWOWは。            ++++++++ 第45回グラミー賞は、ノラ・ジョーンズ関連の作品がノミネートされた全部門で獲得、この夜の話題をさらった。ノラ・ジョーンズ関連は、主要4部門の他、ポップ分野で2部門、ベスト・エンジニア部門、さらに、ベスト・プロデューサー(アリフ・マーディン=対象作品がノラ・ジョーンズ)の計8部門を総なめにした。主要4部門独占は80年のクリストファー・クロス以来22年ぶり。グラミー史上2度目。

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Grammy Winners (show still goes on)

発表。 続いています。今、11時半。予想した33部門中、主要4部門以外28部門での発表が終わっています。ここまで本命で14部門があたり、5部門が対抗できて、まったくのはずれが10部門です。一応目標の本命5割はクリアしてますね。(笑) 残念なのが、R&Bのフィメール、本命アシャンティ、対抗アリーヤにしたのですが、結果はメアリーJブライジ! 「ソウルブレンズ」スタッフも全員ノーマークでした。 R&Bメールは、アッシャー。最初、アッシャーを本命にし、次にRケリーを本命にし、結局、ジョーを本命にしたんですが、裏目にでましたね。アッシャーは2年連続です。 R&Bデュオオアグループは、本命のスティーヴィー&テイク6が来ました。パチパチ。トラディショナルR&Bヴォーカルも本命で「ホワッツ・ゴーイン・オン」。さらに、アーバン・パフォーマンスで本命のインディア・アリー。ベストR&Bソングは、対抗のエリカ・バドゥー。ベスト・R&Bアルバムは、本命インディア・アリーがきています。ベスト・コンテンポラリーR&Bは、本命のアシャンティで、R&Bの分野は8分の4が本命であたりました。2つがはずれ、2つが対抗。う~ん、メアリーJは、ノーマークだったなあ。アッシャーはちょっと悔やまれます。 詳細はまた後ほど。 (2003年2月24日日本時間午前11時55分配信=ニューヨーク時間23日午後9時55分)

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And the Grammy goes to…

勝者。 さて、今日24日午前10時からいよいよグラミー賞が発表されます。結果は、24日の午後1時までにはすべて出揃います。WOWOWで生中継がありますので、注目です。 今年は指折り数えて、33部門で予想してみました。目標としては、本命で5割、対抗で残り3割は当てたいですね。年一度のお祭りですから。(詳細予想は、過去日記をご覧ください) 予想した分野は次のとおりです。 主要4部門 4ポップ分野 7トラディショナルポップ分野 1ダンス分野 1R&B分野 8ラップ分野 5ジャズ分野 4ゴスペル分野 2プロデューサー部門 1 です。 R&Bは、本当にわからないですね。去年のアリシアのような決定打がいません。 やはり主要4部門、ノラがかなり行けると思いますが、唯一『アルバム・オブ・ジ・イヤー』が心配です。ブルースとの一騎打ちです。唯一の頼みの綱は、ブルースとデキシーがともに同じコロンビア・レコードということで、コロンビア票が割れるという展開です。 新人賞は、まず間違いないでしょう。ノラ関連は8部門にノミネート。最大で8部門を獲得することができます。ただし、『ソング』は、作者への賞のため、受賞はノラではなく、作家のジェシー・ハリスに行きます。『プロデューサー・オブ・ジ・イヤー』はノラのプロデューサー、アリフ・マーディンが候補で、賞はそのアリフに行きます。またエンジニア賞も、エンジニアへの賞です。 2月23日、45回グラミー賞は、「ノラ・ジョーンズのグラミー」として記憶に残ることになるでしょう。今年の勝者はその点で行けば、ノラということになりそうです。 (24日午前2時半・配信)

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Chicago, Maurice, Charles

空っ風。 その街は風がよく吹くので、ウィンディー・シティー(空っ風の街)と呼ばれます。イリノイ州シカゴのニックネーム。 シカゴにチェスレコードという、ソウル、R&Bの名門レーベルがありました。50年代からジャズ、ソウル、ブルーズ、R&Bなどのさまざまなタイプのブラックミュージックを世に送り出してきたソウルの名門宙の名門レーベルのひとつです。 そこにはさまざまなミュージシャンやプロデューサー、アレンジャーなどが出入りしていましたが、そんなアレンジャーのひとりにチャールズ・ステップニーという男がいました。彼はチェスでレコーディングされる多くの作品でアレンジを担当したり、プロデュースを担当したりしていました。 チャールズは、後にアース・ウィンド&ファイアーを結成するモーリス・ホワイトとも親しく、結局アースの作品のアレンジをするようになります。 チャールズのアレンジは、デルズの作品や、ミニー・リパートンがいたロータリー・コネクションなどでも聞かれます。ストリングスの使い方が上手で、たとえば、デルズの「ラヴ・ウィ・ハド」なんかのアレンジは背筋がぞっとするくらいスリリングです。確か、同じくデルズの「ラヴ・イズ・ブルー」あたりもそうだったと思います。そして、テリー・カリアーの作品も彼でした。 モーリスは、チャールズに全幅の信頼を置いていました。チャールズ(1931年生まれ)は76年5月17日に病気で死去します。40代半ばですよ。若すぎる。『スピリット』(76年9月発売)が彼のてがけた最後の作品になってしまいました。 僕はこの中の「サタデイ・ナイト」や、楽曲のほうの「アース・ウィンド&ファイアー」などが大好きです。アルバムのあちこちにシカゴ臭がします。なんなんでしょうねえ。これって。アースの次のアルバム『オール・ン・オール(邦題、太陽神)』は、アレンジがトム・トム・84という人に代わりますが、若干シカゴらしさは残るものの、この『スピリット』ほどではありません。 アースは、この『スピリット』までがもっともシカゴっぽいといえるのでしょう。いったい、シカゴっぽさってなんなんでしょう。ここでは、やっぱり、チャールズのアレンジなんじゃないでしょうか。 そして、その『スピリット』のトップを飾るのが、昨日ちらっとふれた「ゲットアウェイ」というわけです。トヨタのバリアーという車種のCM曲になっています。モーリスとチャールズが作る音楽がシカゴを思わせるわけです。

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S—-oul Train; Stevie Wonder One Day

丸々。 この日の『ソウルトレイン』(J-Wave 81.3ー月曜から金曜まで毎日24時半から26時)は、ぜ~~んぶ、スティーヴィー・ワンダー。すごいですねえ。たくさん、リクエストきてました。スティーヴィーいろいろお話したいですねえ。お話、したりませんねえ。丸々スティーヴィーの一時間半。 でも、飛び入りでいろいろ、話してきました。真夜中のスタジオからは、東京の夜景がきれいです。なんと、J-Wave、今年、六本木の新しいビル(まもなく完成)に引っ越すそうですね。 ところで、こんど、スティーヴィーの5枚のアルバムが紙ジャケット仕様で発売されるんですね。(BBSでも話題になっていました) その現物スタジオで見たら、欲しくなりました。(笑)  何か一曲選んでくれ、と言われて、「リボン・イン・ザ・スカイ」は、と答えたら、それはたくさんリクエストがきているので、なにかきそうもない珍しい曲でも、ということだったので、「イフ・イッツ・マジック」を選びました。 スティーヴィーがミニー・リパートンのお葬式で歌った曲です。スティーヴィーとの握手の話は、なかなかよかったですね。彼の暖かさ、人間の大きさというものを感じた握手、という話です。 ぜんぜん話が変わりますが、アースの「ゲットアウェイ」が、トヨタのバリアーという車の宣伝のバックで使われてますね。びっくりしました。アース話は、また、明日。

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Earth Wind & Fire Live In Rio

マジック。 昨年11月に来日し、久しぶりにモーリス・ホワイト入りのライヴを見せたアース・ウインド&ファイアーですが、彼らの『ライヴ・イン・リオ』のアルバムが日本のエイヴェックスから3月26日急遽発売されることになりました。 当初、11月の時点では久々のスタジオアルバムを3月までに発売する予定だったのですが、レコーディングが遅れて発売のめどが立たないので、取り急ぎ、このライヴを発売しようということになったものです。 で、このアルバム、昨年の来日時にライヴ会場で売って、バカ売れしたアルバムなんですね。国際フォーラム3回で、約15000人の観客に対して、な、な、なんと1800枚もCD売りきってしまったんですよ。普通、こんなに売れません。ま、今まで日本未発ということもあるのかもしれませんが、アース人気不滅を文字通り証明したような一枚です。 ところで、このライヴ、アースのマネージャーは、82年のライヴだと言っていたそうなのですが、メンバーと曲目を精査しますと、どうも違うようですね。 なんと言っても、メンバーの中にアル・マッケイの名前があるのがポイントです。アルは、80年11月発売のアルバム『フェイセス』を最後にアースを去っています。その『フェイセス』レコーディングの時に、モーリスと意見が対立してグループを去るわけです。よって、82年のライヴに彼がいるわけがない。 そして、曲目を見ると、一番多いのが79年のアルバム『アイ・アム(邦題、黙示録)』からの作品。80年以降の作品も収録されていません。もちろん『フェイセス』からの作品はありません。そこで考えられるのが、『アイ・アム』発表後のツアーであろう、ということです。おそらく79年後半から80年前半までの間のライヴではないでしょうか。 今、アースのライヴの記録を調べているのですが、これがなかなかでてこないんですね。ネットじゃだめかも。 このライヴ・アルバム、そういう意味でいくと、歯切れのいいリズム、そして、ごきげんなブラスセクションが聞かれます。まさにアースのサウンドがマジックにかかっていた時期の作品とも言えます。確かに、アースの一番いい時期のライヴ・アルバムかもしれません。そういえば、ライヴ自体でもメンバーが瞬間に消えてしまうというマジックをやっていました。

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Music never gets old

老練。 その楽器をプレイするミュージシャンは、毎年年をとっていきます。しかし、その年老いたミュージシャンがプレイする楽器の音色は、年をとりません。しいて言えば、音に渋みが増した、とか、成熟した、とか、円熟味を感じさせる、あるいは、枯れたといった表現がなされることはあります。 しかし、80歳のトゥーツ・シールマンスの吹くハーモニカは、決して年をとりません。古くなりません。彼の20年前のレコーディング作品を聴いても、今日彼のハーモニカを聴いても、変わりません。これはすごいことです。それに比して人間の声は、やはり年をとりますから。 60年以上吹きつづけているそのハーモニカの音色は、宇宙一美しいと言ってもおおげさではないでしょう。そして、実に暖かい。ショウが進むにつれ、心がどんどん満たされていきます。 「みなさんは、私が年老いた老人であるということをご存知でしょう。20年以上前に活躍した偉大なジャコ・パストリアスに捧げて次の曲をやります。ジャコは上にいるからね(と言って指で上を指す)」 こうして演奏し始めたのがジャコのアルバム『ワード・オブ・マウス』(81年)に収録されている「スリー・ヴューズ・オブ・シークレット」。 茶目っ気たっぷりに、表情豊かに、両手で小さなハーモニカを握り、彼は吹きます。黒ぶちの目がねの奥にある目は、時に宙を見、時に観客を眺め、時に仲間のミュージシャンとアイコンタクトをとります。 彼のハーモニカの音色を聴くと、本当に心が温かくなります。「ルイ・アームストロングに捧げます。彼も天国にいますよ」と言って吹き出したのが、「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。最初のほんの数音で思わず胸が一杯になってしまいました。元曲がすばらしいこともありますが、トゥーツの音色のなんとすばらしきことか。「ホワット・ア・ワンダフル・ハーモニカ」! 一瞬、ハーモニカをマイクからはずし、歌詞のワンフレーズをサッチモよろしく真似をして見せました。彼のこの曲を聴いて、感じることができる人間なら誰もが、今から戦争を起こそう、などという気持ちには絶対にならないでしょう。 トゥーツさん、今すぐ、ホワイトハウスに行って、あなたのヴァージョンの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」をブッシュに聴かせてやってください。 ギターのオスカルのことをトゥーツは「マエストロ」(巨匠)と呼びます。二人の老人がこんなにも楽しく音楽をやっているのを目の当たりにすると、高齢化社会の前途も有望に思えます。(笑)  「ブラジル、イタリア、ベルギー、オランダ・・・。僕たちは、マルチナショナル(多国籍)なバンドだ」と彼は言います。そのミュージシャンの出身がどこであれ、音楽の名の元にワンネーション(ひとつの国)。まさに、それを体言しているトゥーツとその仲間です。 ショウが終わったとき、会場は暑くなっていました。トゥーツのハーモニカに触れて、観客すべての心の体温もぐっと上昇した夜でした。 (トゥーツ・シールマンス・ライヴ=2003年2月18日東京ブルーノート) 関連HP(ブルーノート)http://www.bluenote.co.jp/art/20030217.html

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Grammy Prediction -4-

22年ぶり。 昨日、JFN系の『ヒルサイド・アヴェニュー』(DJ西任暁子=にしと・あきこ=さん。Tokyo FM系列の全国ネット。東京以外で放送)で、ほんの20分ほどグラミーのことをしゃべってきました。なんか、ちょろっとしゃべったら、あっという間に20分。一曲かけておしまい。いやいや。また、しゃべりすぎちゃいました。(笑) でも、用意したことの半分もしゃべれませんでしたあ。 西任さんのホームページがあります。http://plaza4.mbn.or.jp/~LaRA/ ご自分ですべて作られているそうです。日記も気が向いたら、書かれるそうです。好奇心旺盛の勉強好きの方です。 さて、同録聞いたんですけど、話自体はわかりやすいんですが、とにかく、あれもこれも、しゃべろうとして、焦点が定まりませんねえ。時間が短いときに、よく僕がやるパターンです。(笑) さて、今日はグラミー、「主要4部門の独占」についてお話しします。 1980年以降過去22年で4部門でノミネートされた例は、7回あります。そして、4部門を制したのは80年のクリストファー・クロスだけ。これは、過去44年の歴史の中で唯一のことです。今回ノラがとれば、22年ぶり、史上2度目のことになります。 そして、おもしろいことに、4部門をとれなかった6回のうち、2回を除き4回まで、そのアーティストはベスト・ニュー・アーティストは獲得しています。 ということは、ノラ・ジョーンズの新人賞は、すでに書いたようにかなり確率が高いと言えます。 さて、『レコード』部門と『ソング』部門の関連ですが、この二つを同時に受賞する例が、過去20年で12回ありました。過去10年ですと、7回です。つまり、『レコード』と『ソング』は、同じ曲、アーティストになりやすい、という傾向がわかります。 となると、これでノラも『レコード』、『ソング』、『ニュー・アーティスト』はとれました。そこで、問題が、やはり、『アルバム・オブ・ジ・イヤー』です。 ここが、ずっと、ブルース・スプリングスティーンがど~~んとノラの前に立ちはだかっています。アメリカの予想も、かなりブルースが優位なんですよねえ。はっきり言って迷います。(笑) 予想、ブルースに最後でひっくり返しちゃおうかなあ。

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Grammy Prediction -3-

苦戦。 グラミー予想、続きます。しかし、R&B部門は、難しいなあ。これっていう決定打がないんですよ。これもきそう、あれもきそうで。予想に苦戦です。 それと、話は変わりますが、今日(18日=火曜日)、午後1時20分くらいから20分ほど、JFN系の番組『ヒルサイド・アヴェニュー』でグラミーについてお話します。東京以外の方、聞けますので、よろしければ、どうぞ。 Dance Field Best Dance Recording: “Gotta Get Thru This,” Daniel Bedingfield “Days Go By,” Dirty Vegas “Superstylin’,” Groove Armada 本命 ”Love at First Sight,” Kylie Minogue 対抗 ”Hella Good,” No Doubt Traditional Pop Field Traditional Pop Vocal Album: 対抗 ”Playin’ … Continue reading

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Grammy -2-

喧喧諤諤。 昨日の『ソウルブレンズ』の中で、主要4部門の予想をご紹介したわけですが、けっこうみんな意見が分かれるんですね。喧喧諤諤の議論が盛り上がりました。 少し解説してみましょうか。ノミネートは下記、昨日付けの日記をご参照ください。グラミー予想、最近はどこでもやるようになって、楽しいですね。年に一度のお祭りです。自分で予想してから、ライヴを見ると、おもしろさ倍増しますよ。みなさんもどうぞ。発表された後はなんとでも言えますから、できるだけ、発表されるまえに、能書きは言っておきましょう。(笑)  レコード部門 僕の本命はノラ、対抗がネリーなのですが、マーヴィンはネリーが本命、ヴァネッサが対抗、プロデューサー、オッシーはエミネム本命、対抗にニックルバックで受けねらい。たまちゃんは、ネリー本命のエミネム対抗。AP通信の記者は、二人が1人はノラ、ヴァネッサ、ノラとエミネム。 レコード部門は、この4部門の中でももっともプレスティジアスな部門。毎年、最後に発表されるのが、この部門です。3つのうちひとつだけ取れるなら、このレコードを欲しがる、というわけです。これは、この年(2002年)を代表する一曲となります。 消去法でいくと、エミネムとネリーがラップ系の評をちらしてしまって、なし。ニッケルバックはへヴィロックゆえになし。残るはヴァネッサとノラですが、インパクトからいくと、ノラが残ります。対抗は、ヴァネッサがいいですかねえ。(迷) ソング部門 この部門はソングライターに賞が行きます。マーヴィンは、ブルース、対抗はアランジャクソン。オッシーがノラ本命。たまはノラ、APがひとりがブルース、もうひとりがノラ。元ビルボード記者ポールグレインがブルース本命、アラン対抗。 ソング部門は、職人的プレスティジアスがある部門。楽曲です。その年を代表する楽曲はどれか、ということになります。その点でいくと、911関連のブルースとアランが浮上します。僕はやはり、ノラジョーンズのドントノウホワイを本命。かなり強力な対抗馬としてブルースです。ノラが70、ブルースが30くらいの割合でしょうか。 アルバム部門。 これは、文字通り、もっとも優秀なアルバムを選びます。5作いずれも、全米ナンバーワンになっています。そのうちノラ以外はすべて1位初登場という強力作ばかり。マーヴィンがエミネム本命、対抗ブルース。オッシーがディキシーチックス本命、ブルース対抗、たまがディキシー本命、ブルース対抗。ポールグレインは、ブルース、AP2人ともブルース。ここが最大の難問ですね。僕は今年はノラと心中を決めたので、ノラを本命にしますが、ブルースはここはかなりくるかもしれません。ノラ対ブルースは、50:50とみました。 ノラの主要3部門独占をはばむものがあるとすれば、このアルバム部門をブルースが取るという選択肢です。ここはブルース本命に変えてしまおうかなあ。(笑) (迷) ベストニューアーティスト オッシーは、ノラ本命、アヴリル対抗。マーヴィン、たまも同じく。APは、1人がアヴリル本命、ノラ対抗。もうひとりがノラ本命です。僕はもちろん、ノラ本命、アヴリル対抗です。 ここはノラで堅いでしょう。95:5くらいじゃないでしょうか。得票率で行けば、ノラ40、アヴリル30、残りが10ずつといったところではないでしょうか。 もっとも、グラミーは得票率や次点を発表しませんから、わからないのですが。そうしたデータがでてくると面白いのですけどね。 ノラが4部門を独占すれば、80年のクリストファー・クロス以来、22年ぶり史上2度目。1アーティストの3部門独占は、ポール・サイモン、キャロル・キング、エリック・クラプトン、クリストファー・クロス以来史上5人目。 さて、みなさんの予想は?

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45th Grammy Award Prediction

予想。 グラミー賞大胆予想です。パート1。発表は2月23日、日本時間では24日午前10時から。ニューヨークはマジソンスクエアガーデン。毎年やっていますが、今年はなんと言っても、ノラ・ジョーンズでしょう。明日は、R&B部門、ラップなど。また、本命、対抗が書いてないものは、予想ができないものです。目標としては、本命で5割、対抗で残り3割を当てる、という感じです。 General Field Record of the Year:    ”A Thousand Miles,” Vanessa Carlton    ”Without Me,” Eminem 本命”Don’t Know Why,” Norah Jones 対抗”Dilemma,” Nelly Featuring Kelly Rowland    ”How You Remind Me,” Nickelback Album of the Year:    ”Home,” Dixie Chicks   ”The Eminem Show,” … Continue reading

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Barefoot Diva:Lalah Hathaway

裸足。 人類が靴というものを発明したのはいつ頃のことでしょうか。その昔、人間は靴を履いていませんでした。人々は素足のままで大地を踏みしめ、地球の鼓動や、息吹を感じていました。 地球のリズムを感じるために、裸足で地球に立つ、ということは、原点に戻るという意味で大いなる意義があることかもしれません。 そして、このディーヴァは、いつも歌うときに裸足でステージに立ちます。それはあたかも、地球のリズムを自らの体を介して感じ、表現するかのようです。 そう、その裸足のディーヴァとは、レイラ・ハザウエイ。何度もさまざまな形で来日を果たしてきていますが、今回は久々のレイラ単独公演。 これまでに出した2枚のソロアルバム、『レイラ・ハザウエイ』=90年、『ア・モーメント』=94年と、ジョー・サンプルとの共演にて傑作アルバム『ソング・リヴズ・オン』=99年の計3枚からの作品を中心に新曲なども交えての80分。 圧巻は、「ワン・デイ・アイル・フライ・アウエイ」、「ホエン・ユア・ライフ・ワズ・ロウ」、そして、キーボードのみで歌った「フォー・オール・ウィ・ノウ」。 言葉の発し方、歌い方、フレージングの作り方、すべてが、単語に息吹を与えるのに必要条件ですが、これらの曲におけるレイラのパフォーマンスは、完璧としかいいようがありません。 レイラが歌えば、アルファベットの羅列である単語に息吹を与え、そして、単語の連続によって作られる文章に生命を吹き込み、メロディーがそこに添えられてソウルが生まれます。 「私たちの知る限り、ふたりはもう二度と会わないかもしれない」(「フォー・オール・ウィ・ノウ」)と彼女が歌うとき、その悲恋のストーリーがブルーノートの空間を漂います。 そうした点において、ロバータ・フラックと同じ匂いをレイラにも感じました。時にシャカ・カーンをも思わせます。まさにソングスタイリスト、ディーヴァ(歌姫)・・・。声こそ才能である稀有なシンガーです。 そして、彼女は裸足でステージを踏みしめる。裸足のディーヴァ。 〔2003年2月14日金曜・東京ブルーノート)

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Give Mimi A Standing Ovation

拍手喝采。 ヒット曲「ジョイ・ラヴ・アンド・ハピネス」を歌った後、始まったのがAWBなどでおなじみの「イフ・アイ・エヴァー・ルーズ・ディス・ヘヴン」。やはり、いい曲だ! 初めて聴いた人にもいい曲だと思わせる力を持っている曲です。 そしてミミはこう話し始めました。「2年ほど前に車のCMに私の曲が使われました。でも、CMに使われたからと言って、車がもらえるわけではありません」 つかみはOKだ。(笑) ミュートされたトランペットのイントロから始まったのが、シンディー・ロウパーでおなじみの「タイム・アフター・タイム」。そうでした、ミミもやっていました。いい曲です。 さらに、「ワイルド・フラワー」。元々はカナダのグループ、スカイラークのヒットですが、ミミのヴァージョンは、スカイラークをカヴァーしたソウルグループ、ニュー・バースのヴァージョンを下敷きにしています。どう考えてもいい曲です。ということで、ここの3曲の流れはお見事です。 なにより、8人編成のバンドが、タイトで実にかっこいい。やっぱり、生バンドは最高です。特にドラム、ベースのコンビネーションには脱帽。キーボード以外全員黒人。それは、それはファンクになります。 閉塞した日本から91年に脱出し、本場アメリカでソウルを吸収してきたミミのいわば二度目の凱旋公演。 大きなアフロがひときわ輝きます。生バンドによるリアル・ミュージックに彩られたスイート・ベイジルの夜、Give Her A Standing Ovation! 2月13日(木)六本木スイートベイジル

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Rose: Soul or not

薔薇。 マーチンさんの番組に映画『ローズ』(1979年)のテーマ曲のリクエストがきました。そのメールには、「ソウルって何ですか。よくわからないのですが、これはソウルですか?」と書かれていて、しばし迷ったのですが、リクエストに答えることにしました。 2月23日〔日〕午後4時からインターFM(76.1mhz)『バーバーショップ』内でかかります。 もともとローズは、ご存知のとおり、白人のしかしブルーズ・シンガー、ジャニス・ジョプリンをモデルにした映画です。そのジャニスはとってもソウルフルです。そしてそのジャニスがあこがれたのは、リアル・ソウル・シンガー、エタ・ジェームス。そういう意味でいけば、ソウルつながりの作品です。だから、かけることにしました。それに、なにより、僕自身がこの映画とこの曲を好きだということがあります。 確かに、「ローズ」の曲自体はジャンル的に厳密に言えば、ソウルではないでしょう。しかし、ベット・ミドラーって白人なのにソウルのあるシンガーです。同じ白人で言えば、バーブラ・ストライサンドなども、そんなソウルのあるシンガーです。ジャニスがアカペラで歌う「メルセデス・ベンツ」なんか、ゴスペル経験のない黒人シンガーよりはるかにソウルがあります。 とは言っても、マイケル・ボルトンは、どうなんですかねえ。(笑) いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」〔白人のソウル・ミュージックの別称)といわれてますが。ただソウルの曲をカヴァーするだけで、「ブルー・アイド・ソウル・シンガー」になれるんだったら、日本人でもいくらでも、「ブラウン・アイド・ソウル・シンガー」になれちゃいます。 話がそれました。映画『ローズ』のラスト・シーン。ローズが公衆電話のボックスに座り込んでいて、徐々にカメラが引いていくところは、すばらしい。 結局、映画自体が、ソウル・サーチンの物語になってるんですね。だから、いい~んです(カビラ風に)。それに、ベイビーフェイスだって、ローズ好きだし。

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A Night To Remember

ラウンジ。 ロンドンのレインズボロー・ホテル。ハイドパークに隣接する高級ホテルのひとつです。そのホテルにラウンジのようなレストランがあります。朝食からディナーまでだしてくれるそのレストランは、天井が高く、朝は日差しが入ってきて、じつに気持ちよく、夜は夜で暗めの照明がおちついた雰囲気をかもし出します。 一段高くなった台の上に大きなグランドピアノがあります。94年12月のある夜、そこには2-3組のお客さんしかいませんでした。ウエイターたちの数の方が多いのです。普段は、週末あたりにピアニストが入って、ラウンジ系のスタンダードなどを、時には客のリクエストに応じてプレイします。 その夜、その彼は「ちょっと歌ってみたくなった」ので、ピアノのほうに進んで行きました。別に誰のために歌うでもなく、自分のために、自分がただ歌いたいから歌うのです。カラオケで人が歌いたいと思うように、彼は歌いたかっただけなのです。 ピアノをポロポロと弾きだし、歌い始めました。here we are…。それは、「ユー・アンド・アイ」という曲の出だしでした。そう、それはスティーヴィー・ワンダーだったのです。ホテルのラウンジで、スティーヴィーがピアノの弾き語りを始めたのです。お客さんなんかほとんどいません。そのお客さんでさえ、最初はそれがまさかスティーヴィーだとは知らないのです。 好きに、自由に、続けて「ノー・タブー・トゥ・ラヴ」、さらに、ピアノ一本で「ユー・アー・ザ・サンシャイン・オブ・マイ・ライフ」、「リボン・イン・ザ・スカイ」と一気に歌ったのです。「リボン」では、声を張り上げて、熱唱です。そして、「リボン」が終わると、いつのまにか、仕事を忘れて立ちすくんでいたウエイターたちからも割れんばかりの拍手が鳴り響きました。 この日、ちょうどスティーヴィーは新作「カンヴァセーション・ピース」の発売に関連して、世界各国のメディアのインタヴューを受けていました。僕もその一人として、取材をしたのですが、それが終わって、夕食を取りにきていたのが、このときだったのです。 それにしても、この4曲のさりげないメドレーには感動しました。特に「リボン」の後半は、ぐんぐんスティーヴィーの世界に引き込まれてしまいました。 こんな間近でスティーヴィーの弾き語りを聞けるなんて、この夜のことは、僕にとってまさに記憶に残る一夜となりました。 (また、スティーヴィー・ネタになってしまいましたね。明日こそは、話題を変えましょう) 

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How he could know the beauty of Ribbon in the Sky

想像力。 たとえば、僕たちは「夜空にはふたりのためにリボンがかかっている」(「リボン・イン・ザ・スカイ」=82年)という表現を聞いたとき、なんと素敵なイメージだろう、と考えます。夜空に瞬く星がリボンの形を作っていることを想像できます。 「君は輝くレディー。君のひとみを見つめる。天国のようなひとみ」(「ゴールデン・レディー」=73年)と彼が歌うとき、僕たちは、ゴールデン・レディーが、きっとすばらしく輝いている、あるいはずば抜けて美しい人であろうということを想像します。 しかし、立ち止まって考えてみてください。それを書いた詩人は、夜空を見たこともなければ、夜空を彩る星も、リボンも見たことがないのです。ましてや、空にリボンがかけられている様なんか、絶対に見たことなどありえないのです。 そして、君のひとみを見たこともなければ、輝いている黄金の女性を見たこともないのです。いったい、見たこともないものを、どうしてあたかも見たかのように表現できるのでしょうか。 そうです、その詩人とは、スティーヴィー・ワンダーのことです。当たり前に聞いている曲、その表現を改めて、盲目の人が書いていることを認識して聞いてみると、その表現力に驚嘆させられます。 その表現力は、すべて想像なのです。想像がすべてを生み出す源泉なのです。よく言われる言葉に「Use your imagination」(想像力を使えよ)というものがあります。いろいろなときに使える僕も好きな言葉ですが、スティーヴィーの作品を聞くたびに、この言葉を思い出します。 「ウーマン・イン・レッド」(赤の女、赤のドレスに身を包んだ女=84年)というときに、僕たちは、赤のドレスを着た女性を思い浮かべられます。しかし、彼には赤という色さえわからないのです。 どうして、夜空にリボンをかける、なんて表現を思いつくのでしょうか。彼の10分の1でも、想像力を使ってみたいと思います。 そうそう、「だからさ、スティーヴィーは、目が見えてるんだよ」という声がどこからともなく、聞こえてきそうです。

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Talking Book Saga Continues

速攻。 「スーパースティション」誕生には、こんな話があります。もともと、ジェフ・ベックが、『トーキング・ブック』に収録されていた「メイビー・ユア・ベイビー」が欲しいと言ったわけです。しかし、スティーヴィーはこの曲をあげることを断る代わりに、新しい曲を書いてプレゼントする、ということになりました。 そして、彼が録音を始めたのが、「スーパースティション」でした。まず、彼はスタジオに一人で入り、ドラムスを録音しました。あのグルーヴ感のあるドラムスはスティーヴィー本人です。それから「ファンキーなベースサウンドが欲しい」というので、シンセ・プログラマー・コンビ、マルコムとロバートの二人がベース部分をプログラムします。「クラヴィネットの音が欲しいな」と言って、再びスタジオに入り、クラヴィネットを録音します。歯切れのいいキーボードがクラヴィネットです。そして、その時点では何もメロディーらしいメロディーはありません。 そして、やっとスティーヴィーは歌を録音するのです。その時初めて、歌の全貌が姿を現します。最後にトランペットとサックスを加え、やっと完成です。 ジェフ・ベックはこの曲を72年7月に録音します。ところが、ジェフはすぐにこれをリリースしませんでした。 そうこうしているうちに、スティーヴィーの『トーキング・ブック』が完成し、アルバムは72年11月にリリースされます。そして、そのアルバムからの最初のシングルとして、モータウンはこの「スーパースティション」を速攻でリリースするのです。11月初旬のことでした。 スティーヴィーの「スーパースティション」は73年1月27日付けビルボードで堂々ナンバーワンになります。ジェフ・ベックが「スーパースティション」を含むアルバムをリリースするのは、73年4月のことでした。スティーヴィーのものが大ヒットしたこの時期では、もはや、シングルカットはできませんでした。

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Stevie Wonder’s Talking Book

泉。 今日の『山野ミュージック・ジャム』(インターFM76.1、午後1時半から)では、スティーヴィー・ワンダーのアルバム『トーキング・ブック』をご紹介します。「トーキング・ブック」ってなんだかわかりますか? これは、いわゆる目が不自由な人のために、内容を朗読したものが録音された本のことなんですね。 いわゆる「カセット・ブック」のようなものです。アメリカでは新刊本が出ると、たいがいその本のほとんどを朗読したテープが発売されます。目の不自由な人向けの、音で聞く本、というわけです。朗読本、とでもいいでしょうか。これを「トーキング・ブック」といいます。 現在は、カセット、もしくは、CDになっているようですが、昔は、ソノシートあるいはレコードだったようです。そして、70年代初期にはそのレコードも33と3分の1回転の半分の速度、16と3分の2の回転数だったそうです。それだけに収容時間が長くとれるわけですね。 スティーヴィーは71年に21歳になってから、自作曲をふんだんに作るようになりました。そして、次から次へと曲のアイデアがでてきて、どんどんそうしたものを録音するようになりました。ひたすら、アイデアが浮かび、録音し、曲をとりだめしていったわけです。 そこで、アルバムを出す時にはそうしたストックの中から何曲かを選ぶということになるわけですが、それでも、曲が泉のごとくわくので、彼はこれも、あれも、アルバムの中に入れたいと言い出すようになるのです。 そして、一緒にレコード作りをしていたマルコム・セシルとロバート・マーグゥレフの二人があるとき、スティーヴィーにこう言ってたしなめたそうです。「スティーヴィー、これはトーキング・ブックじゃないんだから」と。こうして出来あがったのが『トーキング・ブック』というわけです。 マルコムとロバートは、初期シンセサイザーの第一人者。71年の『ミュージック・オブ・マイ・マインド』から『キー・オブ・ライフ』ごろまで、ずっと一緒にレコード作りをしてきました。 そんな話を中心にお送りします。話すネタには困らないので、早口になってしまうかもしれません。気をつけないと。

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Brief history of live shows of soul acts in Japan

来日。 確かそれは中野サンプラザ、1975~6年頃のことでした。そう、クール&ザ・ギャング の初来日コンサート。「ファンキー・スタッフ」(73年)、「ジャングル・ブギー」 (73年)、さらに、「ハリウッド・スゥインギン」(74年)などがディスコを中心に 大ヒットした後を受けての来日でしたから、それはそれは期待に胸を弾ませて、出向 いたのですね。 その頃、ソウル系のアーティストの来日なんて、年に1-2本あればいいところだった ので、まあ、誰しも期待感は高まるわけですね。70年代初期のソウル系ライヴってい うと、ジェームス・ブラウン、アイク&ティナ・ターナー、スリー・ディグリーズ、 スタイリスティックス、グラディス・ナイト&ピップス、バリー・ホワイト、そし て、このクール&ザ・ギャングあたりですかねえ。指折り勘定できるほどでしたね。 フォー・トップスもあったな。ウィルソン・ピケットも。コモドアーズ、アル・グ リーン、マンハッタンズなどは、東京音楽祭とのからみで来ました。そうそう、デ ィープソウル系で、オーティス・クレイ、OVライトなども大きな話題でした。 クール、グラディス、バリーは、サンプラで見た印象が強烈でした。 79年3月のアース武道館を皮切りに、ディスコでのヒットを放ったアーテイストはどん どん来るようになりましたね。79年はこのほかに、5月にドナ・サマー、そして、9月 にマーヴィン・ゲイが来ています。80年代はけっこう、中堅どころも来るようになり ました。82年にできた渋谷の「ライヴ・イン82」という天井の低いライヴハウス は、今となっては来日ソウルアーティストの数々の伝説を生み出しました。 カーティス・メイフィールド、ファットバック、バーケイズ、ネヴィルブラザース、 ザップ・ロジャー(渋谷だったかな、MZAもありましたね)、ダズ・バンド、SO Sバンド、チャカ・カーンなどなど。 そして、88年から90年にかけての有明MZA。いやあ、ここには本当によく来ま したね。なにしろ、毎週週代わりでブラック系のアーティストがライヴやるんだか ら、行くほうも大変でした。(笑)  そして、同じ88年春、東京ドームが完成し て、ドーム・コンサートがちょっとしたブームになります。マイケル、ジャネット、 ハマー・・・。 う~む、切りがなくなるから、やめよう。(笑)  70年代以降の来日ソウルアーテ ィスト一覧みたいの欲しいですねえ。誰か作ってくれないでしょうか。

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Michael Jackson: Documentary

密着取材。 マイケル・ジャクソンの密着取材ドキュメンタリーが、イギリスでこの月曜日(3日) に放送され、アメリカでも木曜日(6日)にABCから放送されます。(日本時間では 7日朝10時から) これが、かなり話題を集めています。 この番組はイギリスのITVの製作で、マーティン・バシールというリポーターが約 8ヶ月間、マイケルに密着取材したもので、これまでにベールに包まれていたマイケ ル・ジャクソンのプライヴェート・ライフに深く入り込んでレポートしています。 まだ番組自体を僕は見ていないのですが、この中で、マイケルが子供と一緒にベッド に入る、というあたりが、イギリスでは問題になっているようです。すわ、幼児虐待 か、というニュアンスです。しかし、マイケルはセクシュアルな関係はなく、ただベ ッドに入るだけで、どこが悪い、というスタンスをくずしません。 マイケルは、このマーティンのことを信頼して取材に応じたのに、出来あがった番組 を見て、裏切られたと深く傷ついているとコメントを発表しています。アメリカでは 7日の放送前に、マイケルが記者会見を行うという情報があり、注目されます。 一方、NBCは2月17日に、このドキュメンタリーとはまったく別のドキュメンタリー の放送を計画中です。これはマイケルの整形を担当した医師の証言などを取材したも のです。 いったい、どのような番組になっているのでしょうか。情報が入り次第、お伝えした いと思います。

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Boyz II Men: War is not the answer

トリオ。 本当なら4人なのに、一人が病気でお休みしていて、トリオでショウをこなしている ボーイズ・トゥ・メン。休んでいるのは、マイケル・マッキャリー。前回2001年1月の 来日時も、彼はお休みでした。最初からトリオということであれば、こちらもそのつ もりで聴きますが、一応、4人組ですからねえ。最新CDも4人映ってるし。3人だった ら、う~ん、1人減ってると・・・って考えちゃいますね。 その昔、スタイリスティックスが5人から4人に、さらに、3人になり、最後には2人に なってしまったときには、どうしようかと思いました。〔別に、僕がどうするわけで もないのですが〕 まあ、ボーイズたちの場合はまだそんなことはないでしょうけれ ど、心配です。次回来る時は、4人になってくれるのでしょうか。それとも、もう、ず っと3人のままなのかなあ。 すっかりショウは、トリオでやるのに慣れていましたね。4人が3人になろうが、 show must go on って感じですね。 さて、昨年発売された最新作『フル・サークル』からの作品6曲を含め、全15曲94分。 「ベンデッド・ニー」のところでは、マイケル・ジャクソンよろしくストップ・モー ションを見せて、場内をシーンとさせました。 それにしても、スローの曲が歌われている間も、アリーナの観客はずっと立ちっぱな し。なんで? 座ればいいのに。リップシンク〔口パク〕と、実際に歌っているとこ ろの区別はちょっと遠目だったのでわからなかったです。 今回印象に残ったのは、新作からのベイビーフェイス作の「カラー・オブ・ラヴ」。 バックにスクリーンを下ろし、ガーナ、プエルトリコ、東京で撮影した映像を映し出 してこのスロー・バラードを歌いました。やはり、曲がいい。さすが、ベイビーフェ イス。そして、その映像の中に、War is not the answer というプラカードがありま した。それを見た瞬間、彼らにマーヴィン・ゲイの「ホワッツ・ゴーイン・オン」を 歌ってもらいたいと思いました。 マーヴィンの「ホワッツ・ゴーイン・オン」は、カヴァーするには非常にむずかしい 曲で多数のアーティストがカヴァーしていますが、なかなかオリジナルを超えるヴ ァージョンはありません。しいていえば、ダニー・ハザウエイのヴァージョンがよく 解釈している、と言えるくらいで。でも、なんとなく、ボーイズたちがあのきれいな コーラスハーモニーでカヴァーしたら、はまるのではないか、とふと思ったのです。 彼らが「ホワッツ・ゴーイン・オン」をうまくできたら、またまた全米ナンバーワン になるのではないでしょうか。まちがっても、ニュー・ジャック・スイングの音でカ … Continue reading

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Change Again

変革。 チェンジのアルバムは、全部で6枚でているのですが、ジャック・フレッド・ペトラス とマウロ・マラヴァシが手を組んでいるのは、4枚目までです。5枚目は、当時プロデ ュースの仕事を始めて、ヒットがでてきたミネアポリスのジャム&ルイスが、さらに 6枚目は5枚目でジャム&ルイスと一緒に仕事をしていたティミー・アレンがプロデ ュースをしています。 マウロ・マラヴァシはどうしたのでしょうか。推測でしかないのですが、ジャックと マウロの間がうまくいかなくなった、ということが考えられます。ジャックは、かな り支配欲が強い人物で、あれこれマウロに指示をだしていました。指示というより、 「こうしろ、ああしろ」といった命令口調だったのでしょう。 そうした横柄な態度にひょっとしたら、マウロが嫌になったのかもしれません。ミ ュージシャンとプロデューサーの関係は、そうした人間関係も大事です。いずれにせ よ、ジャックが「俺がチェンジだ」というように、また、あらゆるレコーディング・ セッションはジャックがしきり、その楽曲がどのアーティストに使われるかなどは、 ジャックしか知らなかった、もしくは、ジャックとマウロしか知らなかった、という 状況だったわけです。 ジャックは、マウロが袂を分かった時点で次のプロデューサーを探し出さなければな らなかった。そこで、白羽の矢が立ったのがジャム&ルイスだったわけです。 ジャム&ルイスがプロデュースした「チェンジ・オブ・ハート」なんか、改めて聴く と、やっぱりSOSバンドそっくりな音ですね。チェンジのグループの中で起こった 変革。それは、マウロの旅立ちでしょうね。ただ、ジャックがマウロがてがけた4作目 の出来が気に入らず、プロデューサーとしてのマウロのピークが過ぎたと見きって、 くびにした、というのであれば、それはそれで、鋭い判断ではありますね。真相は、 わかりませんね。マウロに聞けばいいのかな。

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Jacques Fred Petrus

殺し屋。 もりしまさんがBBSに書かれていたジャック・フレッド・ペトラスの記事 http://w1.887.telia.com/~u88703496/petrus.htmは、ものすごい分量で驚きました。 彼のことをこんなにリサーチしていた人がいたんですね。リスペクトです。すごい。 ぺトラスは、80年代初期に、数々のディスコ・ヒットを放ったイタリアを本拠とする プロデューサーでした。中でももっともヒットしたのが、チェンジというグループと BB&Qバンドは有名です。 一時期は、イタリア・ニューヨーク・コネクションということで、ダンス・ミュージ ック業界でもずいぶんと話題になりました。歯切れのいいリズムと、覚えやすいメロ ディーで、かなり日本人受けするダンス・ミュージックでした。いまだに、チェンジ やBB&Qバンドはダンス・クラシックとしてプレイされます。 また、チェンジの最初のアルバムには、フィーチャー・シンガーとして、ルーサー・ ヴァンドロスが起用されていたのも大きな話題でした。 で、これらのプロジェクトをプロデュースしていたのが、ジャック・フレッド・ペト ラスという人なのですが、実は86年頃、マフィアに殺されていたらしいのです。この 情報は僕も聞いていて、これまでに原稿に書いたり、ラジオでしゃべったりはしたと 思うのですが、いつ頃かはよくわかりませんでした。 このサイトの原稿によると、どうやら86年頃に、おそらくマフィアに彼の出身地グア ドループ島〔西インド諸島=国名はセント・マーチン〕で殺されたらしいと書かれて います。もちろん、どこに真実があるかは、今となってはわからないのですが、おお よそのことはこういうことなのでしょう。 ぺトラスは、故郷グアドループ島からイタリアに渡り、そこで音楽ビジネスを始め た。折よくディスコがヒットしたので、自分もスタジオ・ミュージシャンを集めて、 ディスコのレコードを作り始めた。しかし、レコードを作るためには資金が必要。そ の資金をマフィアから調達した。いくつか作った中で、チェンジ、BB&Qバンドが ヒット。本来ならば、その資金を当然返さなければならないのだが・・・。なんらか のマフィアの逆鱗に触れ、ヒットマン〔殺し屋〕に消された・・・。といったあらす じでしょう。 また、記事ではぺトラスの人となりがうまく描かれています。彼はこわもての大柄の 男で、常にすべてを支配したがる人物。つまりは、ボス。 ぺトラスは基本的には、ビジネスサイド、つまりお金面を取り仕切っていて、一方、 彼のパートナーであるマウロ・マラヴァシが音楽面を仕切っていたようですね。ギャ ンブル&ハフで言えば、ビジネス面のギャンブル、音楽面のハフ、ジャム&ルイスで 言えば、ビジネス面のルイス、音楽面のジャムという感じです。 映画か、ドキュメンタリーは一本できますね。久々にチェンジのCDをひっぱりだし て聞いてみました。一枚目の『グロウ・オブ・ラヴ』、なかなかいい感じです。ルー サーは、ちゃんとギャラをもらったのでしょうか。

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Brand New Heavies: Off The Mike

魂談義。 「ソウル・ブレンズ」にゲストでやってきたのが、イギリスのグループ、ブラン・ニ ュー・へヴィーズのひとり、ヤン・キンケードです。彼もまた、11月にやってきたイ ンコグニートのブルーイ同様音楽好きのミュージシャンでした。一緒にグループをや っている二人とは同級生で、もう20年以上のつきあいです。 サイモンとは4歳のときから、アンドリューとは11歳のときからの友達です。それだけ にグループとしての結束はイギリスのグループにしては珍しく(!)強固です。 1966年生まれのヤン本人は、ジェームス・ブラウンとミーターズがもっとも好きな影 響を受けたアーティストといいますが、実は、彼自身も4-5000枚を超えるアナログ・ レコード、さらに同じ位のCDを持つレコードコレクターでありました。そこで、好 きなアーティストやアルバムを選んでくれ、と言われても、「それは、無理だ」と答 えます。 「僕は別にいわゆる『コレクター』ではないから、音楽そのものが聴ければいい。も ちろん、アナログで入手できればそれにこしたことはないが、CDでも別にかまわな いよ。僕のコレクションは、さまざまなジャンルに及ぶ。もちろん、ソウル、R& B、ジャズ、ラテン、ワールドなども聴く」 彼に番組でかけたい曲をひとつ選んでもらったら、なんと、それはマーヴィン・ゲイ の「ホワッツ・ゴーイン・オン」でした。なぜか、と問うと「メッセージだ。この曲 のメッセージを今、みんなに聴いてもらいたい。昔の曲だけど、今こそ、このメッ セージが聞かれるべきだと思うから」と答えました。完璧に同感です。 曲がかかっている間、彼が「ダニー・ハザウエイのライヴのこのヴァージョンを知っ てるか」と話しかけてきました。「もちろん、あのアルバムはクラシックだよね。ど の曲が好き? 『ゲットー』、『リトル・ゲットー・ボーイ』・・・」と僕。 「う~~ん、みんないいな。ダニーの『ホワッツ・ゴーイン・オン』も、本当にすば らしいね。あのライヴ・アルバム自体が、完璧だ。あの現場にいたかったよ。『ゲッ トー』の途中で、観客が拍手をして興奮するところがあるだろう。あそこなんかもう 最高だ」 「ということは、タイムマシンがあったら、あのライヴ会場に行きたい?」 「まちがいない! もうひとつ、もし時間が戻れるなら、行きたいところがあるよ。 ジェームス・ブラウンのライヴを録音したそのときのアポロ劇場の一番前の席でジ ェームス・ブラウンを見たい!」 「ジェームス・ブラウンに会ったことは?」 「ある、ある。8年ほど前、彼のオープニング・アクト(前座)をやったことがあるん だ。そのとき、僕たちがリハーサルをしていたら、どうやら、ジェームス・ブラウン が楽屋にいたらしい。そこで、僕たちの音が聞こえたらしくて、いつのまにか、リハ をしている僕の真後ろで見ていたんだ。そして、『いいじゃないか』って後ろから声 をかけられて。僕は何も知らなかったから、ただ振り向いた。そうしたら、そこにゴ ッドファーザーが立ってたんだよ。もう、びっくりしたよ。今までの人生の中であん なに驚いたことはなかったよ。もうそれから緊張してね。(笑)」 「は~い、そろそろ、はいりま~す」 ディレクターが声をかけてきました。まもな … Continue reading

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Vulnerable

趣向錯誤。 「ヴァルナーヴル」とは、傷つきやすいという意味です。そして、これは97年に発売 されたマーヴィン・ゲイの未発表作品のアルバム・タイトルです。マーヴィン・ゲイ が67年に録音するも、レコード会社(モータウン)がずっと発売せずに、お蔵入りし ていたものでした。 これは、マーヴィンがずっとあこがれていたクルーナー(バラードを歌うシンガーの こと)としての側面を見せた珍しいアルバムでもあります。当時、マーヴィンはさま ざまなビートのきいたアップテンポの作品でヒット曲を送り出し、スターになってい たために、こうしたバラード系の作品は、モータウンからは歓迎されずに、ずっと日 の目をみずにいました。 7曲が録音され、マーヴィンはずっとこのテープを持っていましたが、彼の死後、97年 になって、やっと一般発売されたのです。このアルバムでは、7曲のほか、その7曲の うちの3曲の別テークが収録され、一応10曲入りのアルバムになっています。 どれも、ストリングス、ビッグバンドをしたがえた歌を聴かせます。「いそしぎ(シ ャドウ・オブ・ユア・スマイル)」、あるいは、「アイ・ウォント・クライ・エニモ ア」などは、スタンダード・シンガーとしての魅力がたっぷりです。 僕も70年代だったら、マーヴィンのこのようなアルバムを聴いても、きっと、一度聴 いただけで、「ふんっ」などと言って、棚の奥にしまいこんでいたでしょう。でも、 それがこうして、いまどきになって聴くと、けっこう聴けてしまうんですねえ。しか も、いい感じになって。休みの夜更けなんかに聴いたら、もうたまりませんねえ。 やっぱり、聴く音楽の趣味趣向って、年齢とともに、変化するんでしょうかねえ。趣 向も錯誤していく、ってことで。別に、どっちの趣味・趣向が間違ってるわけじゃな いんですけど。

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Stop! In The Name Of Law

プライド。 60年代に一世を風靡したモータウン・サウンドを生み出したソングライター/プロデ ューサー、ホランド・ドジャー・ホランドのトリオのひとり、ラモント・ドジャーが 1月26日付けロスアンジェルス・タイムスのコメンタリーに「Baby, Baby, Where Did Our Royalties Go?(私たちの印税はどこに行ったの)」という原稿を寄稿しました。 最近インターネットなどで著作権料を払わずに多くの人が音楽を利用していることへ 苦言を呈したものです。「ある人々は、インターネットから音楽をダウンロードする ことを、音楽〔楽曲〕をシェアする〔共有する〕という。私は、それは単純に「盗ん でいる」だけだと言いたい。アーティストやソングライターたちは、そのことによっ て生活を奪われていると感じている」 さらにこう続けます。「裁判所は、『法律の名の元に、〔盗みは〕止めなさい!』と 言う。しかし、私は『愛の名の元に、〔盗みは〕止めなさい』といいたい。そうすれ ば、音楽を毎日作って生活している人々が、音楽を作り続けることができるのだ」 約600ワードを超える原稿で、無料の違法サイトからのダウンロードではなく、ちゃん としたサイトでお金を払ってダウンロードしてください、とアピールしています。こ の問題は、テクノロジーの発展とともに、非常にむずかしい問題です。技術が発展す れば、品質のいいものが、無料もしくはかなり安価で、入手できてしまいます。そう すると、それを作った人々に適正な報酬が支払われなくなってしまう可能性がでてき ます。そうなると、音楽を作る人は生活できなくなってしまう、と考えられています。 僕自身は、ひとたび世に出たものは、それが音楽であれ、本であれ、それはそれを作 った人のものであるだけでなく、大衆の物になってしまうという考え方にも理解がで きます。極端に言えば、世に出たものは、それを必要とする人のものだ、ということ です。 すばらしいラヴソングを書いた人がいる。しかし、そのラヴソングは、それを必要と する恋人たちのものであってどこが悪いのでしょう。 しかし、一方でその作品を作るためには、多くの時間と労力がかかっており、それに 対する対価が支払わなければならないという考え方も当然だと思います。 ただで入手できるものに、なぜお金なんか払うのか。と考える人も中にはでてくるで しょう。そこが文化遺産に対する考え方、コンセプトの持ち方の問題になります。そ の自分が聞きたいと思う作品を作った人に対する感謝の気持ち、お礼の気持ちを持つ ことができれば、その人は何らかのお礼をするでしょう。そして、自分は無料のサイ トからダウンロードしたのではなく、ちゃんとお金を払って聴いてるんだ、というこ とをプライドとして感じることができれば、きちんと払うでしょう。 ドジャーはそこを「愛」という言葉で表現しましたが、僕は「プライド〔誇り〕」で はないかと感じます。そして、あまりに無料のダウンロードが闊歩するのであれば、 … Continue reading

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