Bobby McFerrin Live: The Master Of Voice

魔術師。

土曜日(31日)付け毎日新聞の楽庫のページを見ていたら、なんと翌週(2月3日)ボビー・マクファーリンのライヴがあるという情報がでてるではないか。そうだ、来日が決まった時、「行こう」と思っていたものの、その時手帳が去年のものだったので、2004年のスケジュールを書き入れることができず、すっかり忘れていた。楽庫を見てなければ、見逃すところだった。楽庫に感謝。

前回彼のライヴを見たのは90年、新宿厚生年金ホールだった。ちょうど、「ドント・ウォーリー・ビー・ハッピー」が88年秋に大ヒットしてしばらくだったので、タイミング的にはよかった時期。しかも、出し物がヴォイセストラという声のオーケストラによるものだった。そのあまりのすばらしさに感動し、僕は最初に行った翌日かその次の公演も当日券か何かで見に行った記憶がある。いわゆる「二度見」だ。

というわけで、ボビーのライヴはかなり期待度が高かったのだが、今回はなぜかあまり事前告知もなく、会場の文京シビックホールに来るとあまりお客さんは来ていない。この会場も初めて来た。なかなかいいホール。客席1802。かなり大きい。しかし入口で、オンステージは彼一人、それに若干のゲストがからむ、と聞かされ一体どうなるのだろう、と少し心配になった。「セットリストはありますか」と尋ねると、まったくない、との答え。う~む。

中に入ると客席もまばら。7時11分。客電が落ち、おもむろに舞台左手からジーンズに着古したTシャツ姿でボビーが登場。いきなり、あの高い声と、右手で胸を叩きながらのパフォーマンスが始まった。この瞬間、僕は「セットリストなど、存在しうるわけはない」ということを悟った。今日は彼のソロコンサートなのだ。彼が思いついたところに、メロディーは飛んでいくのだ。すべて即興だ。ひとりでやるのだから、その自由度はとてつもなく高い。

喉を自由自在に使ったその様々な声と、胸を叩くリズムで、完璧にボビーの世界に持っていかれた。ステージには彼たった一人しかいないのに。これぞ究極のレス・イズ・モア。それにしても、彼の口から発せられるスキャット、歌のグルーヴ感の見事なことよ。しかも、ボビーの声色の種類の多さも驚く。一人ヴォイセストラだ。南部の農夫風の歌を聴かせたり、のりのいいベースの音を聴かせ抜群のファンク・グルーヴを醸し出したり。実に引出しが多い。一人で90分どうこなすのだろうかと心配したが、それは杞憂だった。

途中、ヴァイオリンのフミコ、ピアノの松永貴志、そして三味線の上妻宏光がそれぞれゲストで登場。特に圧巻だったのは、松永君の「キャラバン」と「スペイン」。まず「キャラバン」は、松永君のCDにも入っているが、彼のピアノをサポートするボビーのベースが抜群にのりがいい。おそろしいほどのグルーヴ感がでた。松永君のソロで「キャラバン」を聴いたこともあるが、ここでは明らかにボビーによって、松永君のレヴェルが引き上げられている。まさしく「ケミストリー(化学反応)」が進行していた瞬間だった。高いレヴェルのミュージシャンたちのコラボレーションのすばらしさに言葉を失ったほどだ。続く「スペイン」もすごい。

個人的には、三味線とボビーのコンビネーションはそれほどマッチしたとは思えなかった。もちろん実験的にはおもしろいが、どうしても楽器としての三味線とボビーのグルーヴ感のある声は奇跡のハーモニーを生み出すまでにはいたらなかった。一方、ヴァイオリンとボビーの声のマッチングはよかった。

後半、ボビーがステージを降りてきた。一番前の席に座っている黒人にマイクを向けて、一緒に歌い始めた。別にボビーはそこに座っているのが、シンガーであろうとかまるで知る由もない。すると僕の目の前のその黒人は、実にうまくボビーとリズムと歌を奏でたのだ。これにはびっくりした。すぐ隣に進み、結局、一番前の列の数人とやりとりをした。ほとんどの人たちが、ベースを歌ったり、スキャットを歌ったりと、ちゃんとできたのだ。一列目は歌手たちが座っているのかと思った。だが、これはたまたま偶然だった。ボビーはさらに進み3列目に座っている黒人にマイクを向けた。ちょうど僕の席からはボビーの背中の向こうにその彼がいるため顔は見えなかった。これがまた、実にうまいスキャットを聴かせる。ボビーが二人のセッションを終えると、僕は仰天した。な、な、なんとそれは友人のケイリブだったのだ。

観客とのやりとりも抜群にうまい。一時たりとも観客を飽きさせない。最後に歌ったトラディショナル・ソング「ダウン・バイ・ザ・リヴァー・サイド」は、サビ部分を観客にも歌わせる。続くアンコールでは、4人全員がそろい一曲を演奏した。

それにしてもこんなすばらしいエンタテインメントにこの空席はもったいない。ブルーノートあたりに持ってきたら、これまた満員になる出し物になりそうだ。ボビー・マクファーリン、彼は無限の可能性を持つ声の魔術師。

(2004年2月3日・火曜、文京シビックホール=ボビー・マクファーリン・ライヴ)

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