Leela James: Goddaughter Of Soul Is Here To Stay

【リーラ・ジェームス・ライヴ~ゴッドドーター・オブ・ソウルが21世紀のソウルを創る】

ゴッドドーター。

ドラムス、ギター、ベース、パーカッション、キーボード、そしてコーラス2人というバンド演奏が始まってまもなくリーラが登場。リズムにのって大きな特大のアフロヘアを振る。金髪のアフロヘアが激しく揺れる。しばらくして形が崩れていないか、鏡を持って確かめる。そんなエンタテインメントで、いきなり、オーディエンスをがっちりつかんだ。期待以上に、予想以上に素晴らしかったリーラ・ジェームスのライヴのオープニングだ。これだけオールド・スクールなのに、これほどの若いオーディエンスを獲得しているとは。

「ソウル・フード」(下記セットリストで7)が終わってスローへ移行する時彼女はこう言って歌い始めた。「少しスローにしましょう。私は、ゴスペル、ファンク、ブルーズ、ジャズ、ソウル・・・、そんなものを聴いて育ってきた。そうしたものがひとつになって今の私、リーラになっている。(中略) ブルーズを歌いたい気分。さあー、カモン・ヨー!」 

彼女の本質は、リアル・ミュージックをやるリアル・ミュージシャン。ゴスペル、ブルーズ、ソウル、そうしたものが素晴らしかった時代のものを、彼女なりに捉え、咀嚼(そしゃく)し、完璧に自分のものとして排出している。そして、彼女の体の動きや、ミュージシャンとの連係、指示の仕方、そして、何よりそのちょっとした南部風の訛りなどから、女性版ミニ・ジェームス・ブラウン・ショウ的な印象を持った。

CDもディープで、ルーツで、奥が深かったが、ライヴはもっとさらに地球の根っ子に突き進んでいる感じだ。声がディープで、ソウル・ミュージックとしては、70年代、しかも南部のソウル、ゴスペルを思わせる。ライヴを見ると、CDでさえ今という時代へ歩み寄ったことがうっすらわかる。

一体、彼女は何歳なのだろうか。このオールドスクールぶりを見ていて、大いなる疑問が湧きあがった。見た目では年齢不詳。20代にも思えるが、こんなグレイトなライヴパフォーマンスを見せるんだから、相当なヴェテランとも思える。アンジー・ストーンより上でもおかしくないだろう。40代半ば以上という意味だ。

そして、一体、彼女は何者なのだろうか。アレサ・フランクリン、グラディス・ナイト、ティナ・ターナーを聴いてきた。シャーリー・シーザー、アル・グリーン、サム・クックを聴いていた。ミリー・ジャクソン、シャーリー・ブラウン、パティー・ラベルを聴いていた。それは彼女がリアルタイムで知った音楽か、それとも後から覚えたものなのか。

「音楽が本物の輝きを持っていた時、音楽がみんなのものだった頃、リアル・ミュージシャンがリアル・ミュージックをかなでていた頃。そんな頃に、私たちはもう戻れないのかしら? アイ・ラヴ・ミュージック!!」 リーラのオールドスクール賛歌宣言だ。こうして、ローリング・ストーンズのヒット「ミス・ユー」を使った彼女自身の「アイ・ラヴ・ミュージック」が歌われた。(「ミス・ユー」のリズムに彼女の替え歌がのったもの) 

決して新しい物へ妥協などせず、リアル・ミュージシャンによるリアル・ミュージック=本質的な音楽を追求することを信念としていることが痛いほどわかった一言だ。「つまらないテーマではなく、本質を持った音楽。そんな曲を1曲お送りしましょう」と言って歌い始めたのが、ステイプル・シンガーズの「アイル・テイク・ユー・ゼア」だ。ここにもリアル・ミュージックへの強い信念がほとばしり出る。メイヴィス・ステイプル風に歌ったこれも素晴らしい。

「私の音楽は、ソウル・ミュージック。私のソウル(魂)からほとばしる音楽」 リーラのソウル・ミュージック宣言だ。こうも言い放った。「私はビデオでお尻を振ってレコードを売りたくはない」 「ミュージック」という曲(CDでは2曲目に収録。下記セットリストでは11)では、こうも歌う。「マーヴィン・ゲイが死んだことはみんな知ってる。でも、今どうなっているか(what’s going on)をいまだに語らなければならない。音楽は死んでしまった、と。ソウル・ミュージックはどこへ行った? ビデオばかりじゃないの。もはや私たちは歌を忘れている。音楽はどこへ行った? ソウルは死んだ。ソウルを取り返そう」 

アリシア・キーズより、さらに一歩オールドスクールで、しかも過激だ。アリシアは20代なので、70年代にリスペクト感はあるが、ここまではいかない。こうした考え方は、とても20代には思えない。40代以降でないとここまで行き着かないと推察する。もし彼女が20代なら、相当早熟で、世間を俯瞰する力を持っていることになる。あるいは近くに強力な指導者がいるか。肉体的に何歳かはわからないが、間違いなく50代の叡智と知識と見識と知性を兼ね備えている。

約2時間弱のパフォーマンスの中で最高の輝きを見せたのは、なんと言っても「ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム」のシーンだ。彼女に言わせると、「こんな現状の音楽業界だが、必ずいつか変革は訪れる」ということだ。なんと力強いメッセージをこめた歌唱か。天井から落ちるスポットライトに頭をあげ、手を伸ばしている姿は感動的ですらあった。リーラの額から落ちる汗は、彼女のソウル・ミュージックへの信念の結晶だ。

ゴスペル、ブルーズ、ソウル、ファンク、ジャズ。すべてを飲み込み、リーラ・ジェームスは21世紀のソウル・ミュージックを創る。

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1849。

ショウが終わった後、ほんのちょっとだけリーラに会えた。

彼女のライヴには事前のセットリストがなかった。確かにゆるい進行ではあった。だが、音楽自体は彼女が何度も言うとおり「リアル・ミュージック」だった。曲は毎回、リーラが音楽ディレクターであるキーボード奏者に伝える。「いくつかキーとなる言葉があって、それを言うと、音楽ディレクターはすぐにわかってくれるの。例えば『フード』と言えば、次は『ソウル・フード』を演奏する。『アイ・ワズ・ボーン・・・』と言えば、『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』という具合。何年も一緒にやっているので、次に何をやるか大体わかるのよ」 

「あなたのライヴを見て、最初、ジェームス・ブラウン・ショウを思い浮かべました」 「あら、そう。しばらく前にジェームス・ブラウンに会ったわ。彼は私のことを『ゴッドドーター・オブ・ソウル』と言ってくれた。(ジェームス・ブラウンが『ゴッドファーザー・オブ・ソウル』なので、それにちなんで)」 ソウルの孫娘だ。特にショウの途中でバックコーラスの一人に付き添われて、ステージをはけるシーンがあるのだが、その時身体を震わしながら、舞台そでに歩いていくところがミスター・ブラウンそのものを思わせた。あのまま、付き添いを振り払えば、もはやミスター・ブラウンのマントショウである。セットリストがないところも、ミスター・ブラウン風か。

彼女の英語にちょっと南部訛りを感じたので「あなたは、サウスキャロライナあたりの出身?」と訊いたら「LAよ」とのこたえ。これは意外。

「ところで、あなたの誕生日は?」 「5月22日よ」 「年号は?」 「何年かって? エイティーン・フォーティー・ナイン・・・よ」 「エイティーン・フォーティー・・・? え~~?? 1849?? えええっ。(すぐに暗算できず)100歳以上か?」 「そんな年齢には見えないでしょ。ふふ」  さすがの僕も切り返せなかった。残念、無念。負けた。(笑) 

絶対に、2枚目の作品を出して欲しい。お願いします。

Setlist  セットリスト (Documented by Yoshioka Masaharu)

show started 19:15
01. Intro
02. (sampling “Rise”) Clap Your Hand (?)
03. Long Time Coming
04. Good Time
05. We Are Gonna Have A Good Time (As Known As “Doing It To Death”)
06. Give It To Me
07. Soul Food
08. I Love To Sing The Blues
09. My Joy
10. It’s Alright
11. Music (A riff of “I Love Music”)
12. Miss You (I Love Music)
13. I’ll Take You There
14. I Believe Change (Prelude To “A Change Is Gonna Come”)
15. A Change Is Gonna Come ~ (Gospel Uptempo Arrange Song)

Enc.1 Apache (Recorded)
Enc.2 Don’t Speak
Enc.3 Presence Of A Change (?)
show ended 21.06

(2006年 4月14日金曜、渋谷オーイースト=リーラ・ジェームス・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>James, Leela
2006-75

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