Eric Benet: A Man At Crossroad (Part 1 of 2 Parts)

【人生の交差点】

期待。

ライヴが始まる前は、観客の期待感も徐々に高まっている。特に満員のセカンドセットとなれば、その温度もかなり熱くなっている。エリック・ベネイ初日、一人できていたその彼女はジントニックを係りの者にオーダーすると、おもむろにバックからハンカチを取り出し、テーブルに置き、さらに最新CD『ハリケーン』の解説書まで取り出した。そして、その解説文(ライナーノーツ)をさらりと読み、歌詞の日本語訳を熟読していた。まさに来るべきショウへの予習を熱心にしていたのだ。

約20分遅れで始まったショウ。バンドが音を出した瞬間から、その彼女はたったひとりで来ていたにもかかわらず、大爆発して座りながらも激しく体をゆすり踊り始めた。何人かグループで来て、盛り上がって踊り出す連中はよくいる。しかし、たったひとりできて、こののりは。いったいなぜ、彼女はこれほどエリック・ベネイの音楽に反応しているのか・・・。

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挫折。

1994年、札幌に住んでいた歌手志望の彼女は、真剣に歌手になる夢を求めていた。札幌時代にいくつかデモテープを作って売り込んだところ、とあるレコード会社が声をかけてくれ、レコード・デビューへの話が進み、とりあえず東京にやってきた。都内に部屋を借り、ちょっとアルバイトをしながら、ひたすら曲を作リ始めた。自分はいっぱしのシンガー・ソングライターだと思っていた。自分が他人よりも感性があることはうっすら気付いていた。自分が何かの出来事に感じる悲しみや喜びの度合いが他の人たちよりはるかに大きいのだ。だから嬉しいときはとても嬉しいが、悲しいときは相当落ち込む。その感情の起伏の激しさゆえに、なかなか友達も作り辛かった。

男2人と彼女でとりあえずユニットを作り、ライヴの準備も進めた。レコード会社の指導の元でレコーディングをしてみた。だが自分が作った作品について、ディレクターがあれこれ口出しをしてきた。もちろん、その曲をよくしようという建設的な意見なら、それもいいだろう。しかし、根本的な音楽的な違いからくる意見の相違は、なかなか受け入れることが難しかった。それでも、まだ何も音楽業界のことを知らない、10代のうぶな新人は、できるだけ、ディレクターや周囲の人に好かれようと、彼らの言う意見をどんどんとりいれた。

目指すサウンドは、スイングアウト・シスターズやシャーデーのようなちょっとおしゃれでクールな都会的サウンドだった。ところが、彼女は地があっけらかんとしていて、「がはは」と大きな声で笑うような豪快な女性だったから、目指す音とは少し違っていた。そして、周囲の意見に基づいて直して出来あがったデモ・テープの音は、彼女が最初に作ったものとは、似ても似つかぬものに変貌していた。ライヴも、MC(トーク)は、クールに行くようにといわれていたが、ひとたび話し始めるとオヤジギャグ満載でかなりファンキーになってしまった。観客からはバカ受けしたが、メンバーとスタッフは眉間にしわを寄せていた。

そして、次のライヴでは、自分を殺してクールにやってみた。しかし、自分で自分が自分じゃないように思えた。そんなこんなで、徐々に彼女にはストレスがたまっていった。曲も思うようにできなくなり、彼女は煮詰まって煮詰まって、部屋にこもるようになった。典型的な引きこもりだ。そして、悩みに悩んだ末、彼女は音楽をやめようと一大決心を固める。

収入も途絶え、なんとかわずかな蓄えとアルバイトでその日暮らしを続けたが、毎日がつまらなかった。大好きだった音楽を止めて、なにか自分の体から魂が抜けてしまったようだった。自分はせみのぬけがらのようだったと彼女は感じていた。挫折の日々だった。

自殺。

自分の顔を鏡で見ても、とても嫌な顔になっていた。そんなとき、アルバイト先のひとりの女性がいつも彼女のことを応援してくれいてた。なぜかはわからないが、落ち込み、元気のない彼女を「だいじょうよ、いいことが起こるから」と声をかけてくれた。もちろん、彼女にとっては少しは嬉しかったが、それほどの励ましにはならなかった。躁鬱(そううつ)のうつ状態がずっと続いた。自分が嫌いで、何度も自殺したいと思った。「でも、痛いのは怖いので、本当に自殺する勇気はないの。だから、何かの事故にでもあって死ねればいいのになんて本気で考えていた」

そんな彼女は、自分ではひじょうにまっとうに生きてきて、曲がったこと、道理にそぐわないことが大嫌いな性格だった。竹を割ったような性格で、白黒をはっきりさせるタイプだ。たとえば、男女関係で言えば、不倫などもってのほか、絶対に許せないことであり、自分が妻子持ちなどに興味を持つことなどありえなかった。彼女はそのころ、ミュージシャンの彼氏と同棲していた。

彼女のバイト先は飲食店だった。そこにはさまざまなタイプの客がやってきた。そんな中で彼女に積極的にアプローチしてくる男がいた。だが第一印象から、彼女はその男が大嫌いだった。自分の嫌いなタイプだったのだ。客なので、それほどそでにもできないが、彼女なりにかなり邪険に扱っていた。何度も顔を合わせるようになってしばらくしてから、店のスタッフとその客の男と何人かで飲みに行くことになった。宴が終わり、帰ることになると、その大嫌いな男と家の方向が同じだったので、その彼が彼女を送ることになった。彼女はかなり酔っていた。彼の家のまえで別れ際に、なんと彼女のほうから彼にキスを求めてしまったのだ。

「それがわからないのよ。なんでそうなったのか。よっぱらっていたからか。嫌いなはずなのに、しつこく、これでもかこれでもかってアプローチされて、だんだん惹かれていたのか。わからない」。そして、これを機に彼女は彼と会うようになり始める。

ところが、彼女が一番感じたのが、その彼に会うことによって、自分がうつから少しずつ抜け出せるような気がしてきたということだった。彼女はそれが信じられなかった。しかし、しかし、その彼には妻子がいることが発覚したのだ。絶対に不倫などしないと思っていた自分がよりによって気になり始めた男に妻子があったのだ。彼女は、またここで多いに葛藤する。

彼女は、いつも自分は死にたいと思っていた。そんな死にたいと思っていた95年1月、阪神大震災が起き、さらに2ヶ月後の3月には地下鉄サリン事件が起こる。魂の抜け殻の体で「ぼーっと」その映像をテレビで見ていて、彼女は思った。「私が、地震で死ねばよかったのに。私がサリンで死ねばよかったのに。死にたい私がこうして死ねないでいるのに、なんで死にたいなんてこれっぽっちも思っていない多くの人が死ななければならないの? これはおかしい。私は、神にひょっとして生かされているのかもしれない。私は生きていかなければならないのかもしれない」と。

生。

そんなあるとき、彼女は友人たちに屋久島へ数日間の旅を誘われる。うつ状態からも少しずつ抜け出し、しかし、不倫で悩んでいることもあり、悩みの状態は続いていた。心機一転する意味でこの旅行にでかけることにする。

屋久島はもちろん、彼女にとって初めてだった。ここで彼女は初のダイヴィングに挑戦することになった。初めてのダイヴィングは楽しかった。彼女はどんどん調子にのって沖に進んでいった。まったくの初心者だったので、自分では方向性がわからず、沖から岸に戻ろうとしているのに、実際は岸にはまったく近づいていなかった。ちょっと不安に思ったその瞬間、彼女の足がつった。そして、そこで彼女はおぼれかかったのだ。

足をばたばたさせると、水が口の中にはいってきた。苦しい。ダイヴィングの機材が急に重く感じられた。海底のほうから、何かが自分の足を引っ張るような感覚がした。しかし、おぼれ始めて、自分が何がどうなったのかわからなくなったその瞬間に、彼女は思ったのだ。「死にたくない!」 そして、思いの丈をこめ彼女は叫んだ。「助けて~~~!!!」

周囲の人たちがかけつけ、大事に至らずに彼女は助かった。このおぼれそうになった時感じた「死にたくない」という気持ちを、彼女は感慨深く考えていた。「私は、死にたくないんだ」 岸に引き上げられた彼女は、何度もその気持ちを反芻(はんすう)した。生への執着が生まれた瞬間だった。

(明日のパート2へ続く)

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