Monthly Archives: September 2003

Nick’s Birthday Party: How Did He Get Nickname “Nick”?

誕生日。 われらがニック岡井の誕生日会・イヴェントが渋谷で行われました。かけつけました。東急ハンズ前のビルの7階。初めて来た店です。しかし、この店に入った瞬間もうダンステリア状態になってました。すごいわ。(笑)  「ニック岡井のニックというニックネームは、誕生日9月29日の29日(ニック)からきている」 はい、へ~~ボタン押してください。いくつくらいあがるんだろ。 毎度おなじみのダンステリア選曲、そして、それにリンクしたステップの数々。近くにいたBボーイがきしくも言いました。「いやあ、ニックさんかっこいいでしょう。50を超えてもこうやってみんな仲間が集まって、好きな音楽かけて、聴いて、踊って、酒飲んで、楽しい時間過ごせて、サイコーっすよ。オレもああいう大人になりたいっす」 この会の主催者はTシャツを作るのを専門としているところ。というわけで、ニックのTシャツをみんな着てました。ニック・56って書いてあるんですよ。ニクは18だろ、って言いたいんですが、56は、ニックの今年の御年。ということは昭和22年生まれですか。・・・イノシシ年です。 それからニューヨーク・ヤンキースのロゴNYをもじったデザインのNICKのロゴ入りTシャツもシンプルでなかなかのもんです。 そして夜中2時過ぎには中目黒の餃子専門店りんりん軒から大量の餃子の差し入れ搬入。踊り疲れた体に、餃子はひときわおいしゅうございました。(踊ってないだろ、おまえ、ってつっこみがきそう)  (2003年9月29日渋谷ロックウェスト=ニック岡井・誕生日イヴェント) ENT>MUSIC>EVENT>NICK’S BIRTHDAY

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From Dome To Dome: 15 Year Old Emyli’s Ambitions.

野心。 3歳の時にすでにマライア・キャリーの「ヴィジョン・オブ・ラヴ」を歌っていた。しかも英語で。4歳の時、マイケル・ジャクソンのステージに上げられ、だっこされた。お母さんの記憶によると91~92年頃の12月30日だという。マイケルの本『マイケル・ジャクソン観察日誌』をチェックすると、それは92年12月30日ですね。マイケル、ドームでやっています。彼女の初ステージはマイケル・ジャクソンとの共演@東京ドーム! このときは東京ドームのみの日本公演で全8回。マイケルはたしかこの年も全部見てるはずなので、ということは、僕はその姿を目撃しているわけだ。witness. 約11年前、東京ドームのマイケルのステージで見た、マイケルにだっこされた当時4歳の女の子が、11年たってFM局のスタジオでインタヴューに答えている・・・。すごいなあ。これだけで。そう今日の『ソウル・ブレンズ』のゲストは、そんなエミリー。88年4月23日東京生まれの現在15歳。awesome. 昼過ぎケイ・グラントさんのT-FMの番組を聴いていたら、なんと彼女がケイさんの最後のゲスト、ということでびっくり。あとで『ソウル・ブレンズ』にも来るということでじっくり聴かせていただきました。(笑)  ケイさん、お疲れ様です。しばらく休養されてまたラジオぜひ復活してください。brilliant voice. 僕が最初にアルバムを通して聴いてみてびっくりしたのが、一曲目にかけた「ホエンエヴァー・ユー・コール・マイ・ネーム」ですね。アリシア・キーズか、これ。ってくらい驚きました。しかも15歳。これが45歳の歌手だったら驚かないと思うのです。へ~~、って感じで。そして、改めてアルバムをじっくり聴くと、いい曲が目白押しなんですね。そこでソングライターのクレジットを見るとkusunokiと書いてあって、誰だろうと思い調べたら・・・。 楠木勇有行さんといって、ビクター・アオシス・レーベルから2枚もアルバムをリリースしているということがわかり、しかもそのアルバムにはマーヴィンの「アフター・ザ・ダンス」やら「ドンチュー・ウォーリー・アバウト・ア・シング」やら「バック・スタバーズ」がカヴァーされているではありませんか。ご本人によれば、昔はアイドルとしてシングルも出していた、とか。その後多数のCM曲を歌い、しかも、なんとジェームス・ブラウンの「ミソンパ」の歌唱指導もした、という経歴が発覚。世界広しと言えども、あのミスター・ブラウンに歌唱指導した人なんて後にも先にもいないでしょう。しかも20年以上前から日本人でダニー・ハザウェイ張りに歌うと東京のバンドシーンで言われていたという人物。(BBS情報) Truly R&B connect.  エミリーのプロフィールにはダニー・ハザウェイ、アリシア・キーズ、クリスティーナ・アギレラが好きなアーティストとあります。ダニー・ハザウェイって、生まれる前の話でしょう、それ。(笑) すごい一家に生まれたものです。 ちなみに、みなさん純粋の日本生まれの日本人の一家で、エミリーはアメリカに住んだことはありません。これも驚愕。ただ学校がインターナショナルスクールなので、英語はネイティヴになっていったのでしょう。教会というのは国内にあるアメリカの教会ということかな。what a family. やはり何がすごいかというと、歌いまわしでしょうね。どこで覚えた、こんな歌い方、って感じでしょうか。そして、曲が日本人好みのメロディーで襲ってくる。しかも、マライア、アリシア、メアリーJ風の要素もある。 僕が最初新人アーティストを見るときに、判断する基準に「これから10年、そのアーティストとつきあっていくか。10年後に聴いているか」というのがあります。ホイットニーなんかあのデビューアルバム聴いて、10年は絶対いけるって確信しましたね。マライアもそうかな、あるいは古いですがドナ・サマーのファースト、マイケルの『オフ・ザ・ウォール』(これは、デビューとは言えませんが)などもそうでした。『オフ・ザ・ウォール』を聴いて、これから10年この彼はどうなっていくのだろうか、っていう感じでした。 でもファーストで必ずしも衝撃をうけるということでもありません。例えば、プリンスはそういう確信を持ったのは4枚目の『コントラヴァーシー』でした。1枚目、2枚目はOK、3枚目はなんだこれ、ていう感じで、4枚目でがつ~んっていう。ジャネットはやはり3枚目の『コントロール』かな。そこから、10年行ける、と。正直最初の2枚のアルバムのときは、このまま消えるかと思った。メアリーJはファーストはすごいアルバムだと思ったんですが、正直10年後についてはわからなかった。途中でふっきれましたね、彼女は。で、見事にサヴァイヴァルしています。ここ2作は特にアーティストとしてすばらしい。テイク6もファーストおよび初めて見たライヴでやられた。10年アーティストだと確信した。それからもう15年ですか。conviction. そうした判断をする材料が、1に作品(LP、今はCD)、2にライヴ、3に会ってみての本人の雰囲気なんですね。この3つをクリアすれば10年行けると思うわけです。エミリーは、10年行けます。他のシンガーとの比較というのは僕はあまり好きではないのですが、わかりやすく説明するためにあえて言うなら、例えば、今年会ってライヴも見たニヴェアあたりは、10年後には聴いてないと思うんですよ。もちろんアルバムが1-2枚ひょっとしたら売れるかもしれませんが。 日本では、ミーシャ、宇多田ヒカル、クリスタル・ケイといったアーティストたちがこうした路線の地盤を築いています。それは、現時点で彼女にとってプラスでもありマイナスでもあります。プラスはもちろんそういうタイプの音楽を聴く人が圧倒的に多いということ、パイは大きいということ。マイナス点はそうしたアーティストのフォロワーだと一見思われてしまう危険性があるということ。だからそのマイナス点をできるだけ排除するようにしていくのがいいのでしょう。でも、大丈夫です、基本的には作品力で走れると思います。最初のブレイクまで時間がかかるかもしれないですが、はやいところオリコンの1位でもとってください。 オンエアでジャム&ルイスに会ったときの話をした後、他に誰かプロデュースして欲しい人はいますか、との問いに、「LAリードとか、クライヴ・デイヴィス」と答えられたのにはまたまた腰抜かしました。(笑) クライヴ・デイヴィスは、古くはスライ・ストーン、ジャニス・ジョプリン、バリー・マニロウ、ホイットニー・ヒューストン、サンタナ、モニカなどなど多数のアーティストをスターにしてきた人です。レーベル的には同じだから会えるチャンスもありますね。そして「東京ドームでライヴをやりたい!」との希望。 彼女のエンタテイナーとしての第一歩はドームから始まっているのだから、ドームに出たときは、人生の第一周目がちょうど一回転したことになります。すばらし。 そうそう、一緒に来ていた6歳年下の妹も「歌、うまいんですよ」とのこと。お母さんによると「エミリーより、もっと太い声でアレサフランクリンとか歌ってる」そうです。まだ9歳・・・。恐るべし。時代は間違いなく変革している。A Change Is Gonna Come. それにしても、番組のスタッフが、僕がエミリーのことを気に入っているのが可愛い女の子だからだと思っているのが、困ったもんだねえ。(笑) 才能だよ、才能。

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The Blues : Seven Directors Will Explore The Blues

ドキュメンタリー。 鬼才マーティン・スコセシーが音頭を取り、ブルース音楽の魅力を探るテレビ用ドキュメンタリー映画がアメリカで28日夜から7夜連続で、PBS系列から放送される。タイトルは『ザ・ブルーズ』で、7人の監督がそれぞれのコンセプトでアメリカ文化の中におけるブルーズについて、ドキュメンタリーを制作した。全体の統括監督がスコセシー。 7本の映画のタイトルと監督は次の通り。 『フィール・ライク・ゴーイング・ホーム』(マーティン・スコセシー監督)『ザ・ソウル・オブ・ア・マン』(ヴィム・ヴェンダーズ監督)『ザ・ロード・トゥ・メンフィス』(リチャード・ピアース監督)『ウォ-ミング・バイ・ザ・デヴィルズ・ファイアー』(チャールズ・バーネット監督)『ザ・ゴッドファーザーズ・アンド・ソンズ』(マーク・レヴィン監督)『レッド・ホワイト&ブルーズ』(マイク・フィギス監督)『ピアノ・ブルーズ』(クリントン・イーストウッド監督) 7人の監督はそれぞれの切り口でブルーズを自由に描くが、ひとつだけ統一したテーマがある。それは、偏狭的な民族音楽のひとつであったブルーズがいかにしてユニヴァーサルな言葉になったか、という点だ。 詳細は次のホームページ。http://www.pbs.org/theblues/ どれもタイトルだけでそそられるが、やはり、7本目のクリント・イーストウッドの作品は面白そうだ。イーストウッドはこれまでに、『プレイ・ミスティー・フォー・ミー』『バード』など音楽を扱った作品も多く、特に熱心なジャズファンとして知られ、多くの音楽を効果的に使っている。その彼が直接音楽ドキュメンタリーを撮ったのだから興味深い。 「ブルーズはいつも僕の人生の一部だった。そして、ピアノもまたいつも僕の人生の中にあった。なにしろ、母がファッツ・ウォーラー(ジャズの有名なピアニスト)のレコードを家に持ってきて以来のことだからね」とイーストウッドは言う。 一方ヴィム・ヴェンダースは、「そうした音楽には、僕が今まで読んだ本や、見た映画で知った以上の真実が絶対にあるはずだ。自分が感動した音楽をドキュメントするのではなく、詩を描くように描いてみたい」と語っている。 ENT>TV>THE BLUES +++ The Blues? anchors a multi-media celebration that raises awareness of the blues and its contribution to American culture and music worldwide. Under the guiding vision of Executive Producer … Continue reading

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Robert Palmer Died At 54

ロバート・パーマー急死 ロバート・パーマーが9月26日、パリで心臓発作のため急死した。54歳だった。パーマーはイギリスでのテレビ・ドキュメンタリー収録後、2日間ほどパリで休養していたところだった。パーマーは過去16年ほど、スイスに住んでいた。 パーマーは、1949年 1月19日イギリス・バトレー生まれ。地中海のマルタ島で育った。十代の頃、リズム&ブルースに傾注。いくつかのバンドを結成したあと、76年「マン・スマート、ウーマン・スマーター」が初ヒット。その後小ヒットを出し、86年「アディクテッド・トゥ・ラヴ」が全米ナンバーワンになり、世界的人気となった。また、非常におしゃれな伊達男というイメージでも知られていた。85年には、デュラン・デュランのジョン・テイラー、アンディー・テイラーとともにパワーステーションというユニットを結成、「サム・ライク・イット・ホット」「ゲット・イット・オン」などのヒットを放った。 ++++++ ソウル。 ロバート・パーマーは白人ながら、ソウルの名曲をうまくカヴァーしていた。システムのヒット「ユー・アー・イン・マイ・システム」、シェレールのヒット「アイ・ディドント・ミーン・トゥ・ターン・ユー・オン」、ジャメイン・ジャクソンの「テル・ミー・アイム・ノット・ドリーミン」、マーヴィン・ゲイの「マーシー・マーシー・ミー」などなど。そうした選曲からも、かなりソウル好きだったことがうかがえる。 パーマーの「アディクテッド・・・」のヴィデオは、美女のバンドがパーマーのバックをつけていた。その人気もあってか、この曲は全米ナンバーワンに。GQ誌を飾るほどのおしゃれぶりは、ミュージシャンの中でもベストドレッサーと言われていた。 ご冥福をお祈りする。 ENT>OBITUARY>PALMER, ROBERT ++++ Edited By Barry A. Jeckell. September 26, 2003, 9:40 AM ET (日本時間 26日午後10時40分発信) Robert Palmer Dies At Age 54 Robert Palmer died today (Sept. 26) in Paris of a … Continue reading

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Foggy Day In Tokyo Town

霧。 珍しく昨日の夜は霧がでていました。なかなかいい感じの霧でしたねえ。まあ、雪が降った日はなんとなく一年に何度かあって覚えていたりしますが、霧の日ってなかなかないでしょう。軽井沢とか、長野のほうとか、箱根とか行けばねえ、霧に遭遇することもたくさんありますが、この都会の東京でこれだけ濃い霧はなかなかありません。 そこで、霧と言えば、ロンドンでしょうか。ガーシュインの傑作に「フォギー・デイ」という曲があります。ルイ・アームストロング、フレッド・アステア、エラ・フィッツジェラルド、ジュディー・ガーランド、フランク・シナトラ、アート・テイタム、最近ではジョージ・ベンソンなどもやっていますね。 もやが濃いのが霧。英語ではフォグFogあるいはミストMistともいいますね。どちらも、いい歌のテーマです。ミストが入った曲といえば、「ミスティー」。超スタンダードです。今挙げた人たちはみんな歌っていることでしょう。 さっき、『ソウルトレイン』でDJのリューがリスナーからのメールで、「レインボーブリッジが霧で見えない」と紹介していました。う~~む、なかなかあることではありません。

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Grammy Will Be In LA Next Year

ロス。 第46回グラミー賞授賞式は来年はロスアンジェルスで行われる。会場はステイプル・センター、2004年2月8日。テレビ放映はCBSで放送開始時刻は東部時間午後8時から。ショウ自体が生放送される。ただし、西海岸では西部時間8時から放送されるため、3時間遅れの放送となる。 また、グラミーは通常2月の最終週あたりに発表されるが来年は少しスケジュールがはやくなっている。これは、毎年しばらく後に発表されるアカデミー賞の授賞式の日程が2月末に繰り上がってきたため、グラミーも前倒しになった。 ノミネートは、今年12月4日に発表される。これも例年より一月ほど早いスケジュールである。 +++++ Edited By Jonathan Cohen. September 24, 2003, 4:30 PM ET The 46th annual Grammy Awards ceremony has been scheduled for Feb. 8 at Los Angeles’ Staples Center. The event will be broadcast live on CBS … Continue reading

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Al Green Recorded New Album At Old Royal Studio With Old Microphone

帰郷。 そこはかつて映画館だった。その名は「ロイヤル・シアター・シネマ」。60年代にその映画館はレコーディング・スタジオになった。そして、名前はシンプルに「ロイヤル・スタジオ」に。70年代初期からこの小さく汚いスタジオから数々のヒットが世界中に放たれた。スターになったのは、アル・グリーン、アン・ピーブルス、シル・ジョンソン、OVライト・・・。ここでレコーディングしていったシンガーも多い。 メンフィスの貴公子、アル・グリーンがそのメンフィスで新作をレコーディングした。しかも、かつて70年代に手を組んで数多くの大ヒットを放ったプロデューサー、ウィリー・ミッチェルとともに、同じロイヤル・スタジオで、しかも同じマイクロフォンを使って録音したのだ。70年代のハイ・サウンドが再現されるのか。 これは、アル・グリーンがこのほど契約したブルーノート・レコードからの移籍第一弾アルバムで、タイトルは『アイ・キャント・ストップ』。全米で11月18日の発売が予定されている。 メンフィスのロイヤル・スタジオで、ウィリー・ミッチェルとアル・グリーンは、70年代初期に「タイアード・オブ・ビーイング・アローン」、「レッツ・ステイ・トゥゲザー」、「シャララ」など多数の作品を録音、ヒットさせた。いわば盟友同士である。そのアル・グリーンとウィリー・ミッチェルが手を組むのは85年のアルのゴスペル・アルバム『ヒー・イズ・ザ・ライト』以来のことだという。 一方、この新録による新作の発売のため、彼のハイ時代の4枚組ベスト作品集『アル・グリーン、イモータル・ソウル・オブ…』の発売が2004年初頭に延期された。この4枚組には1967年から78年までにハイ・レコードで録音された75曲が収録され、マスターテープから新たにリマスターされている。 このロイヤル・スタジオは、ウィリー・ミッチェルが所有しているが、彼は70年代に数多くのヒットを生み出したハイ・レコード(アルなど前述のアーティストはみなハイ・レコード所属)の重要人物でもあった。そして、ロイヤル・スタジオで、ウィリーのプロデュースでアルバムを録音した日本人歌手がいる。オリトだ。そのアルバムは95年6月『ソウル・フード』のタイトルで発売された。 スタジオは軽く30年以上の古さ、しかも、マイクも30年以上前のもののはずだ。21世紀の今日、果たして四半世紀前へタイムトリップさせてくれるか、楽しみだ。 +++++ Edited By Jonathan Cohen. September 20, 2003, 12:00 AM ET Al Green Heads Back To Memphis On his next studio album, soul legend Al Green is repeating history. Due Nov. 18 … Continue reading

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Tatsuro Sings Blues, Emyli Sings Soul: It Was A Blues & Soul Night

サプライズ。 先日のジャム&ルイスのパーティーで会ったエミリちゃんとそのお父さん楠木勇有行(くすのき・ゆうこう)氏が、友人のジャムセッションで歌うというので、目黒のブルースアレーに行きました。この日のイヴェントのタイトルは、『ジュン&アキオ、ブルース…アレ!』というもの。基本的にはミュージシャン仲間が好きなブルースを楽しくやろうというもの。メンバーは青山純(ドラムス)、鈴木明男(サックス)(この二人がジュン&アキオですね)、佐々木久美子(キーボード)、種子田健(ベース)、西山史翁(ギター)の5人。ここに様々なゲストがはいるわけです。 時間の都合で2部から見たのですが、「ブルース・フォー・ショーティー・ビル」(メイシオ・パーカーの曲かな? 確信なし)でいきなりブルージーにスタート。そして、2曲目で楠木勇有行氏が登場し、ダニー・ハザウェイの「リトル・ゲットー・ボーイ」を熱唱します。ダニー好きとは聞いていましたが、なるほど、これは聴きこんでいるというか、歌いこんでいるというか。この曲自体をライヴで見るのは初めてでしたが、きっとダニーもこうやってエンジョイしながら歌っていたんじゃないかなあ、などと想像しながら聴きました。楠木さんは、「柳ジョージ&レイニーウッド」の柳ジョージの後釜にはいった人、という知られざるエピソードをステージでちらっと明かしていました。(60へぇ~~くらい) そして、彼が「15歳の女の子を紹介します。実は娘なんですが・・・」という紹介で、黒の衣装に身を包んだエミリーちゃん登場。まずは「アイル・ビー・ゼア」。しいていえば、ジャクソン・ファイヴというより、マライア・キャリー・ヴァージョンでしょうか。ちょっと出だしが硬かった感じもなくはなかったですが、高音の伸びの部分あたりは、なかなかです。そして、アリシア・キーズの「フォーリン」。ジェームス・ブラウン・マナーのあの重厚な曲です。こんな曲をカヴァーするというだけでいい意味で大胆不敵。そして、ピンクの「ミザリー」。このあたりになると、すっかりステージに慣れたのか、歌いっぷりも堂々としたものです。 途中のトークで、楠木氏「今度のデビュー・アルバムで、エミリーが全曲、詞を書いているんですよ」と説明。すると、横の長年の友人でもある鈴木明男氏「じゃあ、曲は?」と尋ねると、楠木氏「あ、僕」。すると、鈴木氏ちょっと首を振り「それはどうなんだ」と言わんばかりのジェスチャーをみせます。楠木氏すかさず、「今まで書きためた曲から、いい曲ばかりを選抜してるんだから」と切り返し。「選抜!」 いい言葉です。 ライヴパフォーマンスは今15歳ということを考えると、将来性というか、伸びる余地というのは、ものすごいものがありますね。もっともっといろいろなことを経験し、歌にドラマと深みを持たせるようになれば、鬼に金棒でしょうね。言ってみればダイアモンドの原石か。第一、あなたが15歳の時、人前でバンドをバックにこんなに歌を堂々と歌えたでしょうか。声が伸びていくところが、特にいいですね。あとは場数でしょうね。本当にエイジ・エイント・ナッシング・バット・ザ・ナンバーです。 そして、キーボードの佐々木さんが「おそうじオバチャン」を歌います。憂歌団の作品。いやあ、実は僕はこの曲初めて聴いたんですが、これ、いいですねえ。ブルーズで。よく出来てる曲です。最初聴いているときは、「シングルヒット、いけるのでは」なんて勝手に思ってしまいましたが、もう昔話題になっていたんですね。バンドもけっこうタイトで、ブルージーでいい感じです。 一旦全員がはけると、拍手がなかなかやみませんが、スタッフの人がギター・アンプをもう一台ステージに準備し始めました。しばらくして、明男さんがステージにあがり、「もう一台アンプが用意されたということは、ここに誰かが来るということですね。(ひと息あって) 来てくれないかと思っていましたが、本当に来てくれました。山下達郎!!」 観客席から一斉に「おおおおっ」という声と大拍手。超びっくりしました。いやあ、今までもいろんな飛び入りに遭遇してきましたが、久々に背筋がぞくぞくとくる飛び入りでしたねえ。見事なサプライズ。ドラムの青山氏が達郎氏のドラムをずっとやっているつながりでしょう。 達郎氏はブルーズをやりにきました。アンコールの一曲目はジミー・リードの「ベイビー・ホワット・ユー・ウォント・ミー・トゥ」(1960年R&Bで10位)。達郎さん、かなりギター弾きまくり、歌います。そして、続いてはなんとラスカルズの作品「シンギン・ザ・ブルース・トゥ・ロング」。これは68年のアルバム『ワンス・アポン・ア・タイム』に収録されている一曲。彼の透き通った声と、このブルージーな曲のバランスが実にユニークです。彼のブルースは初めて聴いた。とはいうものの、このどちらも曲名はわからず、ショウが終わった後、楽屋に行って達郎さん本人に曲名を尋ねたんですが。 そして、今日のゲスト全員をあげて「ホワッツ・ゴーイング・オン」を合唱。なかなかなものです。こういうジャムセッションは、きっとやっている本人たちが一番楽しいんだろうな、と思いました。もちろん、聴く側のこっちも楽しいんですが、やっている人たちの楽しさが伝わってきます。 達郎氏がブルーズを歌い、プレイし、エミリーと楠木勇有行氏はソウルを歌った。ブルーズ&ソウルな夜でした。いやあ、なんかものすごく得したような一夜でした。 (2003年9月22日月セカンド・目黒・ブルースアレイ・ジャパン=ジュン&アキオ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>JUN&AKIO, EMYLI, YUKOU, KUSUNOKI, TATSURO, YAMASHITA

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Soul Synchronicity: R&B Connect With Jaco 

偶然。 超強力フュージョン・バンド、ウェザー・リポートのベース奏者としても名を馳せたジャコ・パストリアス。そのジャコの記念すべきデビュー・アルバム『ジャコ・パストリアス』は76年6月に全米発売されています。後に名盤の誉れを獲得する作品です。 僕はこのアルバムを76年6月28日に入手しました。この頃は買ったレコードを全部ノートにつけていたので、その同じ日に入手したレコードのリストが残っています。同日に手に入れたのは、コモドアーズの『ホット・オン・ザ・トラックス』、キャンディ・ステイトンの『ヤング・ハーツ・ラン・フリー』、グラハム・セントラル・ステーションの『ミラー』、ジョニー・ギター・ワトソンの『エイント・ザット・ア・ビッチ』、LTDの『ラヴ・トゥ・ザ・ワールド』、ラロ・シフリンの『ブラック・ウィドウ』、インディヴィジュアルズの『トゥゲザー』などなどです。ペン書きの横に鉛筆書きの小さな字で266とあります。この年に買った266枚目だったんですね。あの頃はよく買ってました。(笑)  当時は基本的には僕が買っていたのはソウル、R&B系のアルバムで、いわゆるジャズ、フュージョンものはあまり買っていませんでした。ではなぜ、ジャコのファーストをリリースと同時に買ったのか。その時点では、僕はジャコのことはほとんど知りませんでした。ウェザー・リポートの『ブラック・マーケット』は、同年4月1日に入手していましたが、ほとんど知識はなかった。そんな中でジャコのソロ・アルバムを手に入れたのは単純な理由です。2曲目「カムオン・カムオーヴァー」でゲストに60年代に大活躍したソウルメン、サム&デイヴが入っていたからです。レコードを買う動機なんて、そんなものです。 この曲は今日の『ソウル・ブレンズ』でもかけましたが、じつにかっこいいでしょう。ホーンセクションも、すごくいい。今聴くと、やはりベースがしっかり立ってるんですね。ベース奏者のアルバムなんだから、当たり前と言えば当たり前ですが。 ジャコは、フィラデルフィア生まれですが、マイアミ育ち。そして、そのジャコが初めてレコーディングらしいレコーディングに参加したのが、マイアミ・サウンドのクリエイターのひとり、リトル・ビーヴァーの「パーティー・ダウン」(74年8月のヒット)の収録されたアルバム『パーティー・ダウン』(75年1月18日に入手)でした。このアルバムには、ベース奏者がジョージ・ペリー、ネルソン・ジョッコ(Jocko)・パドロン、ロン・ボグドン、ウィリー・ヘイルと4名が記されています。なので、シングルヒットした「パーティー・ダウン」がジャコかどうか、ちょっと微妙なんですが。 アルバムをひっぱりだして改めて聴いてみました。A面3曲目の「マネー・ヴァイブレーション」、B面1曲目の「アイ・キャン・ディッグ・イット・ベイビー」あたりが、ちょっとジャコぽいと言えば言えるかもしれません。後者は、ちょっとジョージ・マクレイの「ロック・ユア・ベイビー」風のフレーズもある超マイアミな曲です。後者がジャコなのかな。ちょっとジャコのディスコグラフィーなどを調べてみたんですが、どこにも書いてありませんでした。もっと、ディープなディスコグラフィーに遭遇すればわかるのかもしれませんが。 ジャコは無名時代のバンドでアレサやウィルソン・ピケット、ジェームス・ブラウンなどのコピーをやっていて、かなりのソウル好きでした。彼の有名な作品に「チキン」があります。ジェームス・ブラウンの曲ですが、この曲はブラウンの69年5月リリースのシングル「ポップコーン」の裏面に収録されているもの。ジャコはこれを69年にはすでに、ホームレコーディングで試し録音しているんですね。いかにマニアックだったか。 さて、それはさておきインターFMでミーティングを終え、帰ろうとしたところ、 そこでばったりピーター・バラカン氏に遭遇。「今日、ジャコやったんですよ」というと「『ポートレート・オブ・ジャコ』?」と聞かれたので、「いえ、ファーストです」と答えました。しばし、ジャコ話があり、ピーター氏。「イギリスの16歳の新人、ジョス・ストーンっていうの聴いた? ヴァージン傘下のレーベルからでた新人でその社長っていうのが、大のソウル好きで、プロデュースにマイアミのベティー・ライトとか、リトル・ビーヴァーとか、ラティモアとかその一派がはいってるんですよ。白人なんだけど、かなりいいですよ。線はちょっと細いんだけど、16歳とは思えない・・・」 「マイアミで録音されたんですか」 「そう、(マイアミの)クライテリア(・スタジオ)と、ルーツなんかもかかわってるんで、フィラデルフィアと、あとニューヨークもあったかな。みんな、ソウルのカヴァー。ハーラン・ハワードの『チョーキン・カインド』とか。」 「あ、ジョー・サイモンとかやってる曲ですね」 「そう、いろんな人たちがカヴァーしてる。アイズレーの『フォー・ザ・ラヴ・オブ・ユー』とかも・・・。あと、今日ね、グループ・デル・クアレイムっていうのかけますよ。これね、『アイ・キャン・ディグ・イット・ベイビー』。ジャコがやった曲で、これはウルグアイのグループで、ここではジャコの息子がベースやってるんだ」 「ええ? ということは、トレイシーとの間に生まれた子かな」 「いや、二度目の結婚のほうの双子のほう」 「待ってください。ジャコのこと、今日はお任せください。(笑) (といって資料を出す) あ、これだ。82年にイングリッドとの間に生まれた双子。ということは、21歳ですか、今」 その後、インターのピーターさんの番組で、ジョス・ストーンの「チョーキン・カインド」とグルーポ・デル・クアレイムのその曲を聴きました。ジョス・ストーンは、すごいわ。これ。16歳? 26歳といっても通用する。36歳でもいいかもしれない。輸入盤、もうあるみたいなので、チェックしにいこう。http://www.s-curverecords.com/joss/ 白人なんですが、けっこうソウルです。最近は本当に年齢関係ないですね。マイアミオールスターを従えて、すでにニューヨークでライヴやったみたいですね。声は、メイシー・グレイほど野太くはありませんが、かなり円熟味を感じさせる声、歌唱です。 上記サイトを見ると、元々オリジナル・アルバムを録音することになっていたが、ベティー・ライトと知り合ったことで、ちょこっとサイドプロジェクトとしてカヴァー・アルバムを作ろうということで、ベティー・ライトの人脈で、アルバムがたったの4日でできちゃったんですね。こういうのが、けっこう、ど~~んと売れちゃうんですよ。(笑)  そして、話はジャコに戻ります。結局、リトル・ビーヴァーのアルバムでやっていたのは「アイ・キャン・ディグ・イット・ベイビー」だったんですね。『ソウル・ブレンズ』でジャコをやり、マイアミの話をし、そして、ピーターさんが、まさにそのマイアミつながりの新人ジョス・ストーンと、ジャコつながりのグルーポの「アイ・キャン・・・」をかける。シンクロニシティー(同時性、偶然)とはこのことでしょうか。9月21日は、ジャコの命日です。 R&B Connectな今日この頃・・・。

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How To Give Him/Her A Standing Ovation?

拍手喝采。 ついでだから、もう少し著作権について書いてみましょう。著作権は英語でcopyrightといいます。そのコピー(もの)の権利、あるいは複製する権利といったところが語源でしょうか。そして、ここ十年くらいでしょうか、アメリカでコピーレフトという考え方がでています。言ってみれば、ライト(右)の反対でレフト(左)としゃれているのですが。しいて訳せば非著作権です。 この言葉を知ったのは、昨日書いたダイソン氏の著作の中ででした。97年の本なので6年前です。著作権という言葉は、それを守るというスタンスの言葉です。著作権を守る、あるいは、著作権を侵害された、とかいった雰囲気です。ところが、コピーレフトの概念は、最初からその著作権を放棄する考え方、著作権フリーと同じニュアンスです。 その言葉を知る前に、『オルタ・カルチャー(インターネット時代全傍流)』(スティーヴン・デイリー、ナサニエル・ワイス著=リブロポート刊=日本版97年発売。現在廃刊)の中で、「デッドヘッズ」というものが紹介されていました。それは、ロックグループ、グレイトフル・デッドの熱心なファンのことです。デッドのライヴでは、ファンの人たちがそのライヴを自由に録音していいのです。そして、それを売ってもよくて、そのために著作権料、原盤使用料を払わなくてもいいというのです。これこそ、究極のコピーレフトの発想です。深町純氏も自分のライヴをいくらでもテープにとってもらっていいと言っています。コピーレフトです。深町さんの即興演奏を撮る、録る人たちを「ジュンヘッズ」とでも名づけましょうか。(笑) これ、いいな。 グレイトフル・デッドは、レコードもそこそこ売れますが、ライヴの動員がものすごいバンドでした。バンド・リーダー、ジェリー・ガルシアは基本的にはファンが録音したものがいくら売れようが、ファンがライヴに来てくれればそれでいい、という考え方のようでした。太っ腹というか、なかなか並みのミュージシャンには真似のできないことでしょう。ファンはライヴに来てこそ、デッドへッズの一員になるのです。そして、デッドへッズは、ライセンス契約されたTシャツやグッズを買い、グレイトフルデッドの元にはその使用料がはいります。Tシャツ、グッズまで海賊版がでていたかどうかは、はっきりわかりませんが。(笑) ここは、しっかりコピーライトなんですね。まあ、出ててもおかしくないですが。 元々、音楽というのは一度限りの生演奏、しかも、時には即興演奏だったわけです。徐々に楽譜に書き記して同じ曲を演奏することができるようになった。その楽譜を複製して売るあたりから著作権の概念がでてきます。同時に、エジソンが蓄音機を発明し、レコード盤というものが生まれる。すると同じ演奏が複製されるようになり、そこにも著作権、さらには原盤権の概念が生まれます。 それからわずか100年で、同じものの複製がいとも簡単にできるようになり、著作権の概念の土台が揺らぎ始めているわけです。長いスタンスで音楽と著作権というものを見た場合、元々なかったコピーライトなどというものは、一時的な「バブル」のようなものと言えるのかもしれません。このような考え方は、かなり現状では異端であるかもしれませんが、そういう考え方もできる、ということです。 とはいうものの、この経済社会において、ミュージシャンや作家やあるいはゲームクリエイターたちが精魂こめて作ったものをただで享受しようというのは、今度はそれを受け取る側の倫理として、よろしくありません。今度は、倫理、マナー、礼儀といった類の問題になってくるのです。 そこで、前にも一度引用(2003年2月1日付け日記)しましたが、『翼にのったソウルメイト』(リチャード・バック著・1984年・日本版93年5月マガジンハウス刊)の一文にいきつくわけです。それは— 「芸術、本、映画、ダンスにおける栄光の瞬間は、その鏡の中に自分自身を見るから甘美なのだ。本やチケットを買うことですばらしい仕事に対してお礼の拍手をすることができる」(飯田 昌夫 ・翻訳) 何かいいものを作る人がいて、それを見たり聴いたりして感動したら、お礼の拍手喝采をしたほうがよいでしょう。そして、それは法律で強制されるものではなく、自主的にそうなるほうが美しいのです。そして、その拍手喝采の方法は千差万別です。 ENT>MUSIC>ESSAY>STANDING OVATION タイトル・拍手喝采の送り方

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Lyrics Belongs To Whom It Needs, Not To Whom Wrote It

著作権。 歌、とくに流行歌というものは、まず第一にはレコード、現在はCDが売れてなんぼのものです。そして、次にはあちこちでかかって、たくさんの人に聴かれ、あるいは、歌われて、その価値がでます。ある人にとって、そのヒット曲は特別の歌になるかもしれませんし、別の人にとっては同じ曲が悲しい思い出になるかもしれません。 では、その歌は一体だれのものなのでしょう。しばらく前にBBSで、歌詞の引用についてちょっと触れました。以前から考えていたことをもう少し詳しくお話しようかと思います。著作権の問題ともからんできます。 これだけデジタルの技術が発展してくると、あらゆるデジタル情報は簡単にコピーができるようになります。CDであれ、DVDであれ、数分もあれば、同じものが同じクオリティーでコピーできてしまいます。インターネット創世記からの識者であるエスター・ダイソン氏は、今から6年前の97年の著作『未来地球からのメール』の中で「デジタル情報の価値は、無限に安くなる」と言っています。 現実に、そうなっています。ではその場合、その著作者、なにか新しいものを作った人はどのように経済的な利益を得ればいいのでしょうか。ダイソン氏はさまざまなモデルが考えられるが、そのひとつの方法として単なる情報以上の付加価値をつけて売ればいい、といいます。音楽家の場合で言えば、いいCDを作って、それがヒットしたら、いいライヴをたくさんすればいいのです。いいライヴをすれば、お客さんがお客さんを呼び、たくさんの人々が集まるようになります。ライヴには、CDにはない付加価値が存分にあります。ライヴは、コピーできないのです。もちろんライヴCDやライヴDVDを発売することはできますが、それはライヴそのものではありません。 こういう言い方もできます。CDやレコードは、版画やポスターのようなもの。一方、ライヴは一点ものの絵画。その場合どちらが価値があるかというのは自明です。では、CDをたくさん売って儲けるというビジネスモデルがもはや破綻しつつあるのか、と言われれば、徐々にそうなるかもしれないが、絶対になくなることもない、といったところでしょう。コピーコントロールをつけたところで、何の問題の解決にもなりません。デジタル情報は結局は、簡単にコピーできるのですから。 そして、歌詞ですが、歌詞というものは、もうすでにパブリック・ドメイン(公共物)になっていると言っていいでしょう。もちろん、歌詞を書いた人には著作権者がいるので、その歌詞を複製して販売するには著作者の許可がいります。そして販売したときにはその利益の一部を配分しなければなりません。それはカラオケで歌ったときも、誰か別の歌手がそのソングライターの作品を大勢の前で歌ったときも、同じです。 数年前一本の映画を見ていて、これだ、と思ったセリフがありました。映画は『イル・ポスティーノ』(95年・イタリア)というもの。地中海の美しい小島を舞台にした20世紀を代表する偉大な詩人ネルーダとそこに毎日郵便を配達する青年マリオの交流の話です。詩人は、文字も書けないようなその青年に詩のイロハから教えていくのですが、あるときちょっとした討論になり、その青年が詩人に向かってこういうのです。 「詩は書いた人間のものではない。それを必要とする人間のものだ」 思わずテレビ画面に向かって拍手してしまいました。流行歌などというものは、ひとたびヒットしてしまったら、作者の元から一人歩きを始めるのです。そして、「歌は、その時点ではもはや書いた人間のものではない。歌を必要とする人間のものだ」ということになっていくのです。これは、もう自然の流れなんですね。 では著作権なんてものはなくなるのか。いや、当分はなくなりません。当然既得権を確保しようとする動きが強いですから。でも、歌詞をウエッブに載せる程度のことなど、上記の言葉があれば、なんら問題にもならないということです。デジタル技術の発展はありとあらゆる点で、著作権という概念の土台を揺らし始めているのです。著作権者は、自分の著作物に何らかの付加価値をつけて売らなければならない時代がやってきたわけです。 CDをコピーしていい、と言っているのではありません。だめだと言って禁止したところで、結局はコピーされてしまいます。それだったらコピーされた後、どうしたらいいかを前向きに考えなければなりません。 結論は、その歌を必要とする人間をたくさん作らなければならないのです。その歌を必要とする人間がたくさん増えれば、結局はその歌を作った人、歌った人に最終的に経済的利益はもたらされるはずです。そして、歌はやはりそれを必要とする人々のものになっていきます。 ENT>MUSIC>ESSAY>COPYRIGHT OF LYRICS タイトル・歌詞は誰のものか?

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A Crescent Moon Behind Liz

月。 今夜のスターが登場する前、誰もいないステージ中央にぽつんと立っていたマイク・スタンド。そのマイクの位置がずいぶんと高い。「あれが、リズのマイクだろうか・・・」 もし、そうだとすると、リズはかなり背の高い女性ということになる。前回のジョー・サンプルの時に見ているはずだが、果たして、こんなに大女だっただろうか。今年初のソロ作品『ソルト』を出した、リズ・ライトのリズ・ライトとして初のライヴである。 ジョー・コーハード(ピアノ)、ダグ・ワイス(ベース)、EJストリックランド(ベース)のトリオがまず一曲ウォームアップ曲を演奏した。そして、拍手にうながされてリズが登場。マイクの前に立つリズは、やはり大きかった。しかし、顔が小さいから、モデルみたいだ。一体何等身なんだろう。アルバム未収録曲を歌いだした。彼女のCDジャケットはセピア色で彩られている。そして、そのリズの歌声は単色のセピア色そのものだった。 ジェニュイン(純粋)で、無垢で、素朴で、汚されていなくて、誠実で、シンプルで。こうした単語以外の他に形容の言葉が浮かばない。彼女には七色のカラーはいらない。アンコールを含めてリズは1時間15分にわたってモノトーンの9曲を歌った。カサンドラ・ウィルソン、ダイアン・リーヴスなどと共通する匂いが漂う。彼女は太陽ではなく、月だ。 体が大きいので、歌いながら動かす腕ひとつで、ヴィジュアル的にもリズの世界を作り出す。存在感が生まれる。若干、曲調が単調なために、一本調子になるところはあるが、シンガーとしてはしっかりと地に足がついていることがわかる。スタンダードの一曲「ネイチャー・ボーイ」を歌っていたが、なかなかいい雰囲気だった。 ライヴが終わった後、ちょっとだけ楽屋に行った。リズは大きなりんごを丸ごとかじっていた。「あ、ごめんなさい。こんな姿で」 「りんごが好きなんですね」 安定した歌声はどのように維持しているのか。「2-3日前までずっと咳がでててね。でも、直っちゃったわ。特にこれと言って、何かをするということはないわね」 「一部と二部では曲は変えるの?」 「変えるわ。ちょっとだけ。そのときの気分で」  ジョニ・ミッチェルの「フィドル・アンド・ドラム」を、やらなかった。なぜ。「ああ、あの曲ね。別に理由はないわ。できるわ。でも、あの曲は、今、アメリカではちょっと歌いにくいわね」 「ではなぜ、録音したの?」 「プロデューサーが録音して欲しいって言ったから(笑)」 アメリカでちょっと歌いにくいというのは、歌詞のニュアンスがちょっと反戦歌的なところがあるからだ。 繊細で几帳面風な人物に見受けられた。淡くライトアップされた人影のないモーションブルーを出て車を走らせていると、横の歩道を大柄な女性が、それほど大柄ではない男性と歩いていた。なんとリズ・ライトとミュージシャンのひとりだった。ホテルまで歩いて帰っているところだった。リズ・ライト、ホテルまで徒歩で帰る・・・。まあもちろん、車も用意されているのだろうが、本人が歩いて帰りたいと言ったのだろう。そのあたりが、素朴な23歳なのかもしれない。 夜風は涼しく、大きな観覧車のライトは消え、時刻を表す数字だけが光っていた。そして、リズの後ろには三日月が浮いていた。 (2003年9月18日木セカンド・横浜モーションブルー=リズ・ライト・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>WRIGHT, LIZ リズ・ライトのライヴは、9月19日(金)、20日(土)横浜モーションブルーで。ただし、土曜日は満員。立ち見なら可能かもしれません。 +++++ リズ・ライト・毎日新聞・楽庫記事(2003年9月16日付け)『幸運のクッキーに導かれ』 http://www.mainichi.co.jp/life/music/cia/2003/0916.html リズ・ライト・関連記事(ソウルサーチン日記7月14日付け)http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200307/diary20030714.html リズ・ライト・関連記事(ソウルサーチン日記9月1日付け)(日にちが進むとページが変わりますので、9月1日付けをお探しください) http://www.soulsearchin.com/soul-diary/little_diary.cgi?page=10 リズ・ライト・ライヴ2003年9月17日~20日 横浜モーションブルーモーションブルーのサイト(日本語)http://www.motionblue.co.jp/schedule/index.html +++++ Fiddle And The Drum written by Joni Mitchellrecorded by Danilo Perez featuring Liz Wright And so once againOh America … Continue reading

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Time Reunion Will Be In 2006? : Jam & Lewis Say Never Say Never

再結成。 さて、そのノディーシャ、および、プロデューサーのジャム&ルイスに会ってきました。昼間『フィールン・ソウル』用のインタヴュー、さらに記者会見、夜ライヴ、最後にレセプション・パーティー。非常に密度の濃い一日でした。 ジャム&ルイスは以前ミネアポリスのフライトタイム・スタジオに訪ねて話を聴いたことがあります。ミネアポリス取材は、日本人ジャーナリストでは初めてでした。86年のことですね。彼らの来日は、宇多田ヒカルのライヴのとき以来2度目。90年のタイムの来日時には、彼らは直前でキャンセルになっていました。ジミーが「何度も来る機会はあったけど、いつも、そのときになってなにかが起こって、来られなくなってしまったんだ」と言ってました。 気になるタイムの再結成について聞くとジミー・ジャムは、「う~~ん、never say never(絶対にないとは、絶対に言えない)かなあ。ただし、例えばあと3年もすれば、タイム結成25周年になる。(2006年) そうしたら、そのときにベストアルバムを出したり、そこで新曲を録音したりということはできるかもしれないね」と答えました。 一方、テリー・ルイスはこう言います。「僕たちは、タイムは解散したとは決して言ってないんだよ。(笑) モーリス・デイは確か、ハリウッドレコードとソロ契約したんじゃないかな。実は、モーリスと一緒にタイムのレコードを録音しているんだ。まあ、いつになったら出るかわからないんだけどね。昔ながらのタイムのサウンドで、一曲は『カウガール』、もう一曲『ベイビーラヴ』はとっても楽しい曲だ」 タイムのメンバーで録音! そんなことがあったんですか。これは、ニュースですね。 ジャム&ルイスが並ぶと、たいがいしゃべる役はジミー・ジャムになりますが、レセプションの席ではテリーもたくさんの人と歓談していました。ノディーシャは、まったくものおじしない、はきはきした女の子という感じ。オーディションの席上で、テリー・ルイスの目の前のテーブルの上に乗って、ダンスを見せ、テリーを圧倒させたというガッツの持ち主です。 ノディーシャのライヴで印象に残ったのは、ダンスが非常に上手だということです。一足先にプロモヴィデオを見て、ジャネットばりのダンスに感心しましたが、ライヴでもかなりいけてます。しかも、スローの曲などは、かなりセクシーでいい感じ。これで本当に18歳、と思いました。 ライヴ後のパーティーでは、『ソウルブレンズ』にもゲストで登場している兄弟グループ、ブレス・フォーがみんなそろって、アカペラでジャム&ルイスの前で歌を一曲披露しました。堂々と歌った彼らが歌を終えると、ジャム&ルイスの二人が拍手をし、回りからも拍手が巻き起こりました。いやあ、いままできっと、こうして彼らの前でアカペラで歌を披露してきたグループってたくさんあって、その中の何組かは、本当にデビューに至ったんじゃないかな、って思いましたよ。ブレス・フォーの面々が一生懸命アカペラでジャム&ルイスの前で歌っている姿は絵になっていた。 さらにそのパーティー席上に、今月アルバムが出るエミリ(アーティスト表記はEmyli)とそのご両親がいらしてました。実はこのエミリちゃん、9月28日『ソウルブレンズ』の方にゲスト出演が予定されているのですが、そのアドヴァンスCDを聴いて、大変気に入っていたところなのです。彼女のデビューアルバムは、『フラワー・オブ・ライフ』(BMG、9月25日発売)。この中の8曲目「ホエンエヴァー・ユー・コール・マイ・ネーム」にとにかくノックアウトさせられました。英語で歌いその堂々たる姿はアリシア・キーズばりです。彼女については、近々書こうと思っていたので、いずれゲストに入る前に、少しまとまったものを書きます。 ジャム&ルイスの話、ノディーシャの話、そして、エミリ・ファミリーの話、日記3-4日分の量です。ふ~。 ENT>MUSIC>LIVE>NODESHA (Showcase)ENT>MUSIC>INTERVIEW>JIMMY JAM & TERRY LEWIS

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Get It While It’s Hot: New From Nodesha

熱鉄。 ノディーシャという新人がいます。日本では10月22日リリースの『ノディーシャ』でデビューする18歳のR&Bシンガーです。彼女は、なんとあのミネアポリスのプロデューサー、ジャム&ルイス一押しの新人ということでのデビュー。となれば、期待も高まります。 で、そのデビュー作、聴きました。なかなか、いかにも今風の音作り。「オールモスト・ゼア」などのバラードはちょっとジャネット・ジャクソン風でもあります。最初のシングル「ゲット・イット・ホワイル・イッツ・ホット」は、アップテンポのシンプルなコードに彼女の歌声が乗るという非常にダンサブルな曲。しかも、繰り返し聴いてくると、おまじないのように、また聴きたくなる、そんな中毒性のある曲です。 そして、続く第二弾シングルが「ザッツ・クレイジー」。ジャネット・ミーツ・メアリーJっていう感じでしょうか。全体的には、ミニ・ジャネットという感じかな。 最初のシングルのビデオが見られます。下記のサイトでビデオに進んでください。 http://www.nodesha.com/ さて、ここで、ワンポイント・イングリッシュ・レッスン。 Get It While It’s Hot 直訳すれば「それが熱いうちに手に入れよ」といったところでしょうか。さて、これに近い日本語があるんですねえ。そう、「鉄は熱いうちに打て」。鉄も熱いうちにはいろいろ形を変えられる、だから、そのうちに打って、有効な形にせよ、という意味です。なんでも、ホットなとき、売れてるとき、いい時期に手に入れることは大事です。確かにGet It While It’s Hot だとかなり即物的ではありますが。 また、「鉄は熱いうちに打て」は転じて、「機会を逃すな」という意味にもなるそうです。そうなると、Get It While It’s Hot とはかなり近くなりますね。 今日は新人のノディーシャの紹介と、Get It While It’s Hot のワンポイントイングリッシュレッスンでした。 ノディーシャの新譜CDも、Get It While It’s Hot (売れてる間に入手して) Little language goes a long way…

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He’s Not 70 Years Old But 70 Years Young

老若。 一般的に、何歳というときに、英語では ~years old (year-oldでも大丈夫) と言います。ジェームス・ブラウンは70イヤーズ・オールドです、という感じ。ところが、年齢が行った人に使うとき、70イヤーズ・ヤングという表現をすることがあります。 70歳の老い、ではなく、70歳の若さ、というわけです。ほんの些細な違いですが、この表現はいいですよねえ。僕がこの表現を知ったのは、WBLSの毎度おなじみ『サンデイ・クラシック』の中ででした。だれだったか、忘れましたが、アーティストの誕生日を紹介し、彼は今週60イヤーズ・ヤングになる、なんて言ってました。 英語らしい前向きな表現です。英語で人生の先輩と年齢の話になったときには、ぜひこれを使いましょう。日本もどんどん高齢化社会になっているというような記事が新聞を賑わしています。となると、意識としても70歳の若さ、ということが必要になります。日本語では単純に~歳と書くので、古いも若いもありませんが。 さて、ジェームス・ブラウンは1933年生まれで、今年70歳。まさに70イヤーズ・ヤングです。彼にとっても、Age Ain’t Nothing But A Number(年なんて関係ない、ただの数字さ)という感じです。 ということは、年齢を聞くときにも質問は、how old are you? ではなく、how young are you? ってなるのかなあ。でも、これはある程度の年齢の人には失礼にはならないかな。ま、聞くときはhow old are you? で、答えが63 years old.とか返ってきたら、oh you are 63 years young! とか言えば、いい感じでしょうか。

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The Line between BB King And Bob Marley

つながり。 たとえば、ブルースのBBキングのグレイテスト・ヒッツ・アルバムを聴けば、彼のオリジナル・アルバムを聴きたくなります。あるいは、他のブルース界のジャイアントたちのアルバムも聴きたくなります。BBとジョン・リー・フッカーは、どう違うのかとか。ロバート・ジョンソンはどんなスタイルなのかとか。全体像の中でBBの位置はどこにあるのだろうか、とか興味はどんどん広がります。 同じことが、たとえばボブ・マーリーを聴くときにも言えます。ボブ・マーリーの場合、歌詞にかなりのメッセージが込められているので、中身も知りたくなります。その歌詞を理解するには、彼のことを周囲の状況も含めて知らなければならない。すると、彼の歴史に興味が沸くようになります。 BBに影響を受けたアーティストは、誰か。それこそ星の数ほどいるでしょう。BBスタイルを引き継ぐ人は誰か。それを探るのもおもしろいかもしれません。そのときに、エリック・クラプトンの名前がでてきても自然なことです。そして、そのエリック・クラプトンはボブ・マーリーの「アイ・ショット・ザ・シェリフ」をカヴァーして、オリジナルよりもヒットさせてしまいました。 BBキングとボブ・マーリーという、一見まったく接点がないような二人の音楽をつなぐエリック・クラプトンとは何者か。そこにも研究の余地が生まれます。こうやっていくと、どんどん音楽を聴くフィールドが広くなっていきます。 最近、いわゆるそのジャンルの巨匠たちの作品を聴くにつけ、音楽の世界の深さをひしひしと感じている今日この頃です。そして、今度はジャズ界の天才ベース奏者、ジャコ・パストリアスをちょっと研究してみます。

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Bebu “Spring Rain” Silvetti Died At 59

べブ・シルヴェッティ死去。 1977年世界的に「スプリング・レイン」がディスコでヒットしたシルヴェッティーことベブ・シルヴェッティーが、去る7月5日にマイアミで死去していたことがわかった。直接の死因は肺炎。59歳。日本では電気グルーヴが97年にリリースした「シャングリラ」でこの「スプリング・レイン」をサンプリングして、知られるようになった。 べブ・シルヴェッティーは1944年3月27日アルゼンチン生まれ。当初はクラシックを聞いていた。地元でレコード制作をしていたが、77年録音した「スプリング・レイン」がアメリカのサルソウル・レコードから発売されアメリカのディスコだけでなく世界的にヒット。その後ワーナー傘下サイアー・レコードから「サン・アフター・ザ・レイン」をリリース。小ヒット。 彼はピアノ奏者でもあったが、アレンジャーとしても活躍。シルヴェッティー名義の作品以外で、他のアーティストの作品をプロデュースしたりしていた。彼がてがけた作品にはヴィッキー・カー、ルイス・ミゲール、ラリー・エルガート、ポール・アンカなど多数。最近でもエンゲルベルト・フンパーディンクなどをプロデュースしていた。 また今年9月第一週に発表された2003年「ラテン・グラミー賞」では、ベスト・プロデューサー・オブ・ジ・イヤーに輝いている。 +++ 偶然。 シルヴェッティーのことをちょっと調べていたら、なんと彼が既にこの7月5日に死去していたことを知った。ほとんど報じられていなかったのでびっくりだ。バリー・ホワイトが他界した日と同じということになる。ビルボードのサイトにもでていなかったので、一応この日記でも掲載しておくことにした。死亡記事は、ある程度有名だとけっこう入手できるが、少しマニアックだとなかなかでてこなかったりする。しばらく前のホーマー・バンクスなんかもそうだった。ここでは遅くなってもその情報を入手した時点で掲載していく。 シルヴェッティーはなんといっても「スプリング・レイン」だ。日本では「シャングリラ」の元歌ということで知られている。まあ、実質的なカヴァーと言ってもいいだろう。だが、シルヴェッティーとしては他に大ヒットらしいヒットはないので、典型的なワンヒット・ワンダーだ。 今回の死で知ったが、いろいろラテンコミュニティーを中心にレコーディングやアレンジの仕事などをしていたようだ。その証拠に先週、ラテングラミーでプロデューサー賞を獲得している。しかし、そのラテングラミーでのベストプロデューサー賞は、本人は受け取れなかったことになる。奥さんが受け取ったのだろうか。59歳とは若すぎる死だ。 ご冥福を祈りする。 +++ Bebu Silvetti Once again we’re confronted with a brick wall in our attempts to research and document information on an early disco pioneer. From what I’ve been able … Continue reading

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What Is At The Top Of Stairway: AI Live At Quattro

ご褒美。 「オリジナル・エー・アイ!」こと「アイちゃ~~ん」の初のワンマンライヴ。初かあ。何度も見ているのだが、ワンマン、フルショウは初めてですか。クアトロの入口で妹のサチとばったり会った。今はおねえちゃんと一緒に住んでるという。アイは日本で最初のレコード会社が決まる前からのつきあいだから、けっこうもう古い。 初めて会ったのが99年、歌のうまさにうちのめされてもう4年か。英語の歌も、日本語の歌もここまで歌える歌手はなかなかいない。ちょうど宇多田ヒカル旋風真っ只中だった。宇多田が出て、アイを聴いたときには時代が変わったと思った。しかもアイはラップもできて、ダンスもできるときた。 アイはこれまでにアルバムを2枚だし、デフジャム移籍第一弾アルバム『オリジナル・アイ』は徐々に売れてきて7万枚を超えるという。この日クアトロは超満員。800人近くでもうこれ以上はいれられないという雰囲気。 さて、問題のライヴだが・・・。注文ありすぎ。基本的にアイは歌がうまくラップも上手なのだから、そうしたアーティストとしての良さをできるだけ出してくれればそれでかなりいいショウになる。今まで見た彼女のライヴは時間も短かったせいか、歌って、踊って、ラップしてまとまっていた。ところが今日のは、まず、長い。アンコール(どこまでがアンコールかどうかもわからないゆるゆる具合だが)含めて2時間15分。これ、楽勝で1時間半に凝縮できるでしょう。 曲間のトークがとにかくだるい。話すこと考えておいてくれ。あれだったら話さずに一気に歌いきったほうがかっこいい。そういう意味では1時間半か、まあ、百歩譲って1時間45分のショウの構成をまず考えたほうがいい。 バンドだが、ベースはかっこいいと思ったら、日野賢二だったのね。これは間違いない(アイ風に)。でもドラムスが、どうなんですかねえ。どういうバックグラウンドの人なのだろう。ロックが好きな人なのかなあ。アイがハウス系の軽いのりの歌手なら、これでもいいんだろうが、アイの場合かなり黒い感覚のグルーヴ感があるので、頭ではなく体でグルーヴ感を知っているドラマーがいい。まあ、なかなか日本にはいないんですが。確かDJとからむところがあったが、DJのスクラッチののりとぜんぜんあってない。 そのDJの10分くらいのショウはいらないでしょう。あれは、曲の中に8小節とかDJプレイをいれたほうが絶対にかっこいい。DJのソロをいれる曲が2-3曲あればいいんじゃないだろうか。まあ、アイを休ませるために必要なのかもしれないが、1時間半にすれば一気に行けます。途中で、こういうブレイクがあると、どうしても流れが分断されて、そのたびにテンションが下がる。 アンコール前、トークで終わって舞台を下りるのはどうでしょう。客は次がアンコールだということがわからない。一応終わったとは思わずに、休憩に行ったと思う。やはり歌いきって、曲が終わって「サンキュー」とか言って下りないと、アンコールの拍手のしようもない。実際、観客はとまどっていた。拍手はなく、また戻ってくるものと思っていた。最後も同じ。そして、バンドのメンバー紹介も長く感じた。もっとコンパクトに凝縮できるはず。え~~願いましては、トーク20分、DJ10分、バンド紹介7分、引きますと~~1時間38分のショウになります。そうなれば完璧です。 さて、カヴァーの部分だが、「リアル・ラヴ」(メアリーJ)、「サムバディー・エルスズ・ガイ」(ジョスリン・ブラウン)、「ソウル・ヒット・メドレー(5曲)」は、さすがにうまくこなす。水を得た魚状態。メアリーJを聴いていると、アイも日本のメアリーJかと思ってしまったり、「サムバディーズ・・・」を聴けば、さすがにのり抜群でこんなにグルーヴ感を出して歌える歌手はいないと感心し、「キリング・ミー・ソフトリー~ドゥワップ」と来た日には、ローリンが乗り移ったかとため息をつかされる。こういうのを聴くと、ほんとに普通に洋楽を聴いているのと同じレベルで聴いてしまう。なので、これらの配置をもう少し考えるといいんじゃないかなあ。聞かせ方、見せ方よ。そして、残るはいいオリジナル曲。これ急務。 なにしろ、アイの場合、歌に力があるから、それがすばらしい。それを思い切りうまく見せることが一番なのだ。アンコールの「最終宣告」の後、サプライズ・ゲストが登場した。先日『フィールン・ソウル』にゲストでやってきて、一緒に歌い「このおにいちゃんとまた一緒に歌いたい」と言っていたゴスペラーズの黒沢さんだ。番組でも歌ったモニカの「ビフォー・ユー・ウォーク・アウト・オブ・マイ・ライフ」だ。アイが紹介し、彼が登場すると、歓声が巻き起こる。アイが曲名を言ったら、近くの人が「私、この曲大好きなの」と言うのが聞こえた。 アイと黒沢さんのコンビネーションはおもしろい。そして、こういう曲を歌うときのアイは最高だ。どうしてもアイに初めて会ったときの印象が『歌えるシンガー』というイメージが強いので、それを思わせる楽曲がくると、ぐっとくる。黒沢さんは「僕が10年前だったらかなわないよ。(彼女と同じ年くらいの)10年前に絶対あんなに歌えなかったもん」という。彼の説によると、男性シンガーは歌がうまくなるのに時間がかかるが、女性の場合は早い時期から、あるいは生まれながらにうまいというのがある、という。女性のほうがませているからかもしれない、と。なかなか日本人だと男女のデュエットってあんまりいいコンビネーションをみかけませんが、これはいい感じ。 黒沢さんは、スタジオでは歌詞を見ていたが、今日はしっかり覚えていた。「覚えたんですよ~~」 いやいや、いつの間に。さすが、プロです。 たくさん、注文だしました。それだけ期待が大きいというわけです。とはいうものの、まだまだ初のワンマンですから。徐々に微調整していってください。時間はいくらでもある。きっと、次回は今回より、その次はさらに次より、どんどんよくなりますよ。彼女のあのキャラクターは、誰からも愛されるもの。あのキャラに、あの歌のうまさ。これは、最大級の武器です。 大丈夫、大丈夫、ちゃんと階段一歩一歩あがってます。階段上がった頂上にはグラミー賞のご褒美があるよ。(予定よりちょっと遅れてますが。(笑)) (2003年9月12日金曜・渋谷クアトロ=アイ・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>AI (ライヴ評タイトル・階段の頂上にあるもの)

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Audio In Ebisu: Another Soul Bar

香月下。 リアル・ブラッドのソウルを浴びた後は、当然気分はソウル・バーです。恵比寿にしばらく前にできていて一度入ってみようと思っていたオーディオ(Audio)という店にロケハンがてら行ってみました。(なんのロケハンだ) 場所は簡単です。恵比寿のラーメン香月の地下。オン駒沢通り。恵比寿駅から駒沢通りを中目黒方向に右側を歩いていくと最初の四つ角のところ。 階段を降りていくと重厚な扉。上部が一部ガラスになっていて、覗くと確かにバーだ。入っていくと、カウンター、ボックス、ソファ席とけっこう広い。35席くらいある。カウンターの奥にDJブース。その前は低めのソファ席、4人がけx3、手前に6人くらいが座れるやはりソファ席。奥正面にビデオ映像が映し出されている。 全体的にはこの日は80年代のダンスクラシック中心にかかっていた。お店のスタッフが注文をとりにきたので、「ここは、ソウルバーですか?」と質問すると、「そうです」と答えてくれた。チラシやショップカードなどを見ると、なんと恵比寿で鳥英、郷などを経営している会社がやっている。両方行ったことあった店だった。ということもあってか、それらのお客さんが流れてくるような雰囲気もあった。 フライアーには「70年代、80年代のソウル、ジャズ、ディスコ・ミュージックが流れるレトロモダンな空間で、ハードリカーを飲みながら、あの頃の話で盛り上がる、気軽に素敵に飲めるDJバー」と書いてある。ジャズもかかるようだ。 この日はカウンターに座れなかったので、お店の人とあまり話ができなかったが、何かの2次会とか気楽に来られそうな感じの店だ。 オーディオAudio渋谷区恵比寿西1-10-8 本間ビルB1F電話 03-5457-1400営業時間 19時から4時30分 ウィスキー&スピリッツ 500円~モルトウィスキー 550円~カクテル 700円~自家製ピクルス 680円かつサンド880円など ENT>SOULBARS>AUDIO

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Lowest Budget, Highest Quality: Real Blood Would Take You Back To The 70s

満月。 「日本一のファルセット~~~! シルキー藤野~~~」「すばらしいバリトンテナー、ジェイ公山!」 「すばらしいスキンヘッド! ルーサー・ナンバーワン市村!」 (笑) ブラザー・トムの軽快絶妙爆笑トークで進行する日本が誇るソウル・ヴォーカル・グループ、リアル・ブラッドのライヴ。 「日本一低予算で世界一ハイクオリティーなステージを!」というキャッチフレーズのリアル・ブラッドのライヴ。笑い、踊り、体を揺らし、チークタイムに身をゆだね、70年代に連れて行かれる1時間40分(予定のアンコールと、観客の拍手によってやるかやらないかわからなかったが結局やったアンコール含む)。 いやあ、まいった、まいった。楽しい。うわさには聞いていましたが、おそれいりました。完璧なエンタテインメントですね。日本のソウル界に彼らありといわれたヒューマン・ソウルのメンバーとブラザー・トムが組んでできたリアル・ブラッドのライヴは、ソウルたっぷりでした。ソウルと言っても特に70年代ソウルです。 それにしてもブラザー・トムが言う「日本一のファルセット」シルキー藤野のファルセットは、本当にすごいですね。CDではわからない魅力にライヴで完璧に圧倒させられびっくりです。最近のフィリップ・ベイリーより強力です。そして、ゴスペル臭漂わせるジェイ公山のソウルフルヴォイスはデイヴィッド・ラッフィン、デニス・エドワーズか、さらに、いつも渋い顔のルーサー市村のベースパートはメルヴィン・フランクリンか、ウィンフレッド・ブルーか。なんちゃって言い過ぎました。でも4人の声がそれぞれ個性が立っていて、ヴォーカルグループとしてのヴァリエーションをだしているところが立派です。 いろいろ細かいところで、おもしろいネタがあるのですが、圧巻は途中の70年代ディスコメドレー。40代以上の人たちには涙ものでしょう。これをブラザー・トムのDJスタイルで次々と披露します。ターンテーブルで曲を変えるジェスチャーをするとバンドが次の曲を演奏し始めます。ターンテーブルの早回転、逆回転、スクラッチ、針飛びまで見事に再現します。すばらしい芸です。芸術です。国宝級です。このパートだけでもアポロのアマチュアナイトに持っていきたい。 「ハッスル」「レッツ・グルーヴ」・・・「ユール・ネヴァー・ファインド・アナザー・ラヴ・ライク・マイン」・・・。そして、新宿風のディスコDJまで入ります。これ最高。アナウンスが入るとき、フェ-ダーを下げるジェスチャーをするのですが、その下げ方を両腕でやる。昔のフェ-ダーは今みたいに片手で簡単にできないんですね。実に芸が細かい。 彼らのもうひとつのキャッチフレーズは、「貴方はこの4人のステージを必ず人に観せたくなる」。完璧に同意です。この会場に来た人が次回友達を必ず1人ずつ連れてくれば、次回はこの倍の客がきます。その次も、友達を連れてくればこの日の4倍に、さらに、その次は8倍に・・・。この計算で行けば、東京ドームも楽勝だ。リアル・ブラッド、目指せ東京ドーム。(うそ) そんな大きな所じゃ、見たくない。(笑)  やはり生声で会場全員に聞かせられるスケールにとどめておいてください。彼らもCDより絶対的にライヴのグループです。お笑いとソウルのフュージョン・グループ、リアル・ブラッド。 アカペラの「ダウン・バイ・ザ・リヴァー」で舞台を降りていった4人。この日、外にでるとまん丸の大きな月がぽっかりと夜空に浮かんでいた。満月の夜に満足のライヴを満喫。 (2003年9月10日(水) 渋谷BOXX=リアル・ブラッド・ライヴ) ENT>MUSIC>LIVE>REAL BLOOD (ライヴ評タイトル「満月の夜がもたらすもの」)

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Madonna & Missy: Nice Combination

組み合わせ。 このところ、テレビで盛んに放送されていい感じなのが、マドンナとミッシー・エリオットのギャップのコマーシャル。ギャップのCMは、いつもセンスがいいですが、これも実にキャッチーで人目を引く。曲はマドンナの85年のヒット「イントゥ・ザ・グルーヴ」と「ハリウッド」をうまくミックスしたというもの。べースは「イントゥ・ザ・グルーヴ」です。この特別製CD、ギャップの商品をいくらか以上買うともらえるとか。 最初何気についていたテレビからこの曲が流れてきたときにはさすがに画面を見た。そうしたら、マドンナとミッシーが一緒に映っているので、二度びっくり。おもしろい組み合わせですねえ。なんか、マドンナが10年くらい前のマドンナみたいで、なんとなく若返った感じがあって高感度ア~~ップ。 最近はCM曲にもいろんなソウルの曲がかかっています。車の宣伝にマーヴィン・ゲイの「マーシー・マーシー・ミー」や、同じマーヴィンの作品を日本のトータス松本がカヴァーした「スタバン・カインド・オブ・フェロー」が別の車のCMに使われたり。「ホワッツ・ゴーイング・オン」も何かに使われていましたね。 ところで、ギャップのジーンズの次のCMは、なんとアース・ウィンド&ファイアーの「セプテンバー」です。アメリカのものがそのまま日本でオンエアされるかどうかはわかりませんが。ここの「セプテンバー」、微妙に編集されてます。でも、映像と曲とのマッチングはあいかわらずいいですね。上手です。 http://www.gap.com/assets/tv/gap/fall03/fall_2_tv_2_hi.wmv (もし見られない場合は、http://www.gap.com/asp/home_gap.html?wdid=0からTV SPOTSのところへ)

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Ruben Studdard: A Star Is Born

誕生。 今年のアメリカにおける人気テレビ番組『アメリカン・アイドル』の優勝者、ルーベン・スタッダードのデビュー・シングル「フライング・ウィズアウト・ウィングス」をやっと聞くことができました。プロモ・ビデオを入手して見ました。いやあ、思ったとおりすばらしいシンガーです。絶対お勧めです。まだアメリカでもアルバムはでていないんですが、来月あたりでるのかな。日本はその後でしょうか。(はっきりしたら、また書きます) 『アメリカン・アイドル』は、昨年から始まったいわゆる日本の『アサヤン』みたいなアマチュアのシンガーたちが勝ち抜いていく番組です。昨年の優勝者はケリー・クラークソン。一足先にヒットしています。そして、今年の優勝者がこのルーベン・スタダードという歌唱力・圧巻のアフリカン・アメリカンの巨漢です。 声質はルーサーをちょっと太くして、ダニー・ハザウェイをかけあわせるといった感じでしょうか。僕は彼のデビューを見て、10年以上前にでてきたデイヴィッド・ピーストンというやはり巨漢のシンガーを思い起こしました。シングルになった「フライング・ウィズアウト・ウィングス」はゆったりしたスローバラード。イントロがちょっとだけ「グレテスト・ラヴ・オブ・オール」を思わせます。 『アメリカン・アイドル』は10週間の勝ち抜き戦です。なかなか大変です。最後の週、10週目はテレビ視聴者が2人の候補の歌を聞き、電話で投票します。今回の彼のライヴァルはクレイ・エイキンでした。過去10週、どんな歌をルーベンが歌ってきたか調べてみました。いやあ、この選曲リスト見せられたら、もうノックアウトです。全部テレビ見たかったですねえ。 このリストは次の『アメリカン・アイドル』の公式サイトにありました。 http://www.idolonfox.com/contestants/rubenstuddard.htm# Ruben Studdard “A House Is Not A Home” – 5/20/03“Imagine” – 5/20/03“Flying Without Wings” – 5/20/03“Signed, Sealed, Delivered” – 5/13/03“Smile” – 5/13/03“If Ever You’re In My Arms Again” – 5/13/03“How Can You Mend … Continue reading

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Answer Song

返答歌。 今ちょうどWBLSでシャーリー・ブラウンの「ウーマン・トゥ・ウーマン」がかかっています。75年の大ヒット曲です。いわゆる当時大流行していた不倫ソングのひとつ。そして、それに続いてかかっているのが、バーバラ・メイソンの「フロム・ヒズ・ウーマン・トゥ・ユー」。いわゆるアンサー・ソングというものです。 前者は、浮気をされた妻が浮気相手に対して、女同士で(ウーマン・トゥ・ウーマン)話し合いましょう、という歌。イントロからかなり長い語りがはいる曲。これが大ヒットしたので、それに対する曲が「彼の愛人からあなたへ」という挑戦状です。 アメリカではこういうアンサーソングがけっこうあります。有名な歌ではニール・セダカがヒットさせた「オー・キャロル」、これは当時はまだ無名だったキャロル・キングにあてた歌だったのですが、これがヒットした後、キャロル・キングは「オー・ニール」という曲をヒットさせました。 ラップの世界でもありましたよね。ちょっと今思い出せないんですが。LLクールJの曲に誰かがアンサーしたのがありましたね。またアンサー・ソングではないのですが、アル・ヤンコビックの作品はみなオリジナルをパロディー化したものですね。マイケル・ジャクソンの「ビート・イット」に対して、「イート・イット」なんていう曲が大受けしてました。 そのたぐいで僕が昔きにいっていたのが、フローターズの大ヒット・名曲の「フロート・オン」に対するアンサーソング。チーチ&チョンというお笑いの二人組が歌った「ブロートオン」という曲です。まあ、これもアル・ヤンコビック的なパロディーでしょうか。アンサー・ソング特集というか一覧とかあると便利ですねえ。 +++ PS 今日のエラ・フィッツジェラルドとサッチモの「ニアネス・オブ・ユー」、自分で選んでおいてなんですが、オンエア中も聴き惚れました。女性ジャズ・ヴォーカルを何か聴きたいなんていうとき、エラはお勧めですね。もっとじっくり研究してみましょう。

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Who’s Coming Out? I’m Coming Out

カミングアウト。 白金近辺から明治通りを新宿に進んだんですが、原宿あたりから渋滞。すっかり忘れてました。明治通りの工事。昼も夜も、ぜんぜんうごかないんですよねえ。15分で着くかと思ったら40分以上かかってしまった。そして、駐車場も夜中なので入口がいくつも閉鎖されていて、けっこう歩かないといけない。いら。 新宿歌舞伎町近辺をこんな夜中に歩くのかなりぶりかもしれません。あやしい店や危なそうな人たちがたくさんうろうろしています。コマ劇場のところまで行くのに、やばそうな外国人の方に二度ほど声をかけられました。こわ。 プリンスのイヴェント。といってもプリンス本人は来ませんが、いろいろなプリンス・ファンが全国から集まってきました。BBSにもいつも書き込んでいただいているTsunaさんらがオルガナイズした「デジタル・ガーデン・ヴォリューム5・オール・プリンス・イヴェント2003」と題されたイヴェントです。なんと夜中の12時からドーン(夜明け)まで。じつはそれまでは、同じ会場で別のイヴェントがあったため、こういう時間帯になっているそうです。すご。 それにしても、こんなに日本にもプリンスファンがいたんですねえ。なんと大阪や熊本からいらっしゃった方もいました。「プリンス・ファンは自分がプリンス・ファンであることをなかなかカミングアウトできないんです。だからこういうイヴェントでみんなが知り合えるととても嬉しいんですよ」とTsunaさんの解説。うむ。 たまたま隣にいたMさんはなんと8-9歳の頃からプリンスが気に入っていたといいます。Mさんはその頃はやっていたシンディ・ローパーが気に入ってデビュー・アルバム『シーズ・ソー・アンユージュアル』を買って毎日聴いていたら、3曲目の「ホエン・ユー・ワー・マイン」という曲がなんともいえなくものすごく好きになりました。で、この曲は誰が書いたんだろうと思ってみたらプリンスだったので、「おお、こいつはすごい」と思って、プリンスのアルバムを買ったのです。非常に音楽を聴く姿勢として、まっとうですばらしい。えら。 84年頃のことですが、それ以来かなりプリンス好きになったということです。その頃だとまあ、一般的にはマイケル・ジャクソンが世界を席巻している時期ですから、普通の子だったらマイケルに行きそうですが、「マイケルより、ぜったいプリンス」と思ったのですから、かなりユニークでおませです。「だいたいそんな年の頃は、マイケル、プリンスなんていうレベルじゃなくて、みんな回りは邦楽でした」とのこと。まあ、そうでしょうねえ。ふむ。 大阪から夫婦でいらした方は、前回の来日公演、奥さんのほうはすべて行かれたそうです。だんなさんは仕事で3回ほど行けなかったので、夫婦間できまづくなったとか。すごいレベルの話だ。うお。 プリンスのコピーバンドをしている方も紹介されました。なるほど。そうか。そういえば日本でプリンス風といえばミッチーくらいですか。そして、外にでたらドーン(夜明け)でした。やば。 ENT>MUSIC>EVENT>PRINCE

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Ichiro Fukuda Dies At 78

福田一郎さん死去。 音楽評論家・福田一郎さんが9月4日都内の病院で死去した。78歳。6月に腸閉塞の手術をし、その後回復したが、このところ体調不良のため入院していた。 福田氏は1925年(大正14年)2月16日東京深川生まれ。日本大学在学中から洋楽に傾注し昭和30年代から雑誌、ラジオなどで音楽評論活動を始めた。海外取材の回数も多数で、現在もオリジナルコンフィデンス誌で毎週のコラムを執筆していた。1970年代にはTBS「パック・イン・ミュージック」、さらにFMが開局してからは、インターFM、FM横浜などでも番組を持っていた。著書に「ロックの巨人たち」「世界のロックグループ」などがある。 +++++ ご冥福。 朝刊(5日付け)を開いてびっくりした。福田先生が昨日(9月4日)お亡くなりになったという。非常に長く活躍された方なので、誰しも福田先生の思い出のひとつやふたつはお持ちだろう。最後にお会いしたのは、数ヶ月前、インターFMの廊下あたりでばったり遭遇した。福田先生は毎週日曜の深夜に「ロック・ザ・イチロー」という番組をもたれていて、その収録でいらしていた。そのときは、元気そうに見えた。今回のニュースで6月に手術をなさったということを知ったが、お会いしたのはそれより前だったのだろう。 今年3月のグラミー賞もニューヨークからの生中継をピーター・バラカンさんと担当されていた。「ノラ・ジョーンズの大量受賞は当然だ」というようなコメントをされていた。僕も今年のノラに関しては同じように感じていたので、我が意を得たりといった感じだった。 僕が個人的によく覚えているのが、モータウンのベリー・ゴーディーの自伝『モータウン我が愛と夢』を96年に翻訳出版したときに、ポリドール(当時)のモータウン担当の高橋さんと一緒にご挨拶がてら青山でランチをしたときのことだ。福田さんは60年代にデトロイトのモータウンに行かれたときの話をしてくださった。60年代にモータウンに行ってるというのにまず驚かされた。そのとき、先生も本を書いているとおっしゃっていた。 それから4年ほどして、僕の『ソウル・サーチン』がでるときに、「おまえのほうが(本をだすのが)はやかったな」と言っていただいた。で、結局福田先生の本は未完のまま幻となるのだろうか。 福田さんは最近ライナーノーツなどをあまりお書きにならなかったが、昔のアルバムのライナーで時々先生の文章に遭遇することがある。かなり情報量があるライナーだ。よく覚えているのは、スティーヴィー・ワンダーの『キー・オブ・ライフ』が76年に出たときのライナー、アースの『オール・ン・オール(太陽神)』が最初にでたときのライナーなど。頻繁に海外に行かれて情報収集されていたのでリアルタイムの情報をたくさんお持ちだった。 ご冥福をお祈りしたい。 ENT>OBITUARY>FUKUDA, ICHIRO

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Luther Live Album Due Next Month

ライヴ。 現在療養中のR&Bシンガー、ルーサー・ヴァンドロスのライヴアルバムが10月14日にアメリカで発売されることになった。タイトルは、『ライヴ・アット・レイディオ・シティー・ホール2003』。今年2月14日にニューヨークのレイディオ・シティー・ホールで行われたライヴの模様を録音したもの。ここで、ルーサーは、「ヒア・アンド・ナウ」「アイド・ラザー」「ネヴァー・トゥ・マッチ」「ストップ・トゥ・ラヴ」などを披露している。 ルーサーの長年の友人であり音楽監督を務めているナット・アダレイ・ジュニアがアルバムをプロデュース。「われわれ関係者全員が、ルーサーの初めてのライヴアルバムを、ルーサー自身が誇れるようなものにするために最大の努力をした。彼本人が(スタジオに)いなかったことで、かなりの面でむずかしいところもあったが、きっと多くの人がこのアルバムを気に入ってくれるだろう。部屋のそこにルーサーがいるみたいに思えるよ。彼が好きなら間違いなく聞かなければならないアルバムだ」とナットは言う。 またルーサーの健康状態は、特に顕著な変化はないが、一生懸命リハビリに精を出しているようだ。ルーサーの最新作『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』は現在120万枚を売っている。 +++ Edited By Jonathan Cohen. September 03, 2003, 3:15 PM ET Vandross Live Album Due Next Month As R&B star Luther Vandross continues to recover from a debilitating April stroke, J Records will on Oct. 14 … Continue reading

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Ain’t No Stoppin’ Us Now: Disco Influence 2003

特番。 突然ですが、今度の日曜日東京FMでディスコの特番をやることになり、急遽今日収録をしてきました。午後7時から約1時間の『サンデイ・スペシャル』という枠で、「ディスコ・インフルエンス2003」と題して、最近のディスコブームについて、話をするというもの。 集まったメンバーが宇治田みのるさん、元マハラジャ・チーフDJで現ビブロスチーフDJ長谷川さん、現マハラジャチーフDJカツさん、ユニバーサルレコードで数々のディスコヒットを送り出し、パパイヤ鈴木氏の親父ダンサーズの影の仕掛け人、加藤さん、そして、僕。司会は加藤和佐。スタジオ内は6人です。 まあ、予想されたとはいえ、話は止まりませんねえ。なぜクラブではなく、ディスコが最近盛り上がっているのか、とか。昔のディスコのVIPルームにみんながやってきたという設定で、いかにもディスコにいる雰囲気がぷんぷんです。昔ながらのディスコDJもはいります。これ、おもしろいです。 僕は通りすがりの構成者なので、一歩遠慮しておりましたが、宇治田さんの見事な仕切りで、次々いろいろな話が飛び出してきました。リクエストをかけるとチップがもらえた話とか、VIPルームに来る連中はなぜみなフルーツ盛り合わせをオーダーするのか、とか。止まらない、止まらない、Ain’t No Stoppin’ Us Now… かかる曲も、マハラジャ、キサナドゥ、ビブロスで頻繁にプレイされる曲ばかりです。今度の日曜(9月7日)、『ソウルブレンズ』が6時に終わったら、その後軽く食事でもしていただいて、7時には東京FM(80.0)にダイアルあわせてみてください。

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One Hundred Ways: Very Special Song For A Singer And A Producer And More…

特別。 ずっと仕事をしながら今日はふとクインシー・ジョーンズの『デュード(邦題、愛のコリーダ)』(81年)のアルバムを聴いていました。どの曲もすばらしく、まったく無駄がない完璧なアルバムですが、中でもジェームス・イングラムが歌う「ワン・ハンドレッド・ウェイズ」は、いつ聴いても素敵な曲です。 こんな歌です。「彼女のすることを誉め、ご褒美に薔薇を贈りなさい。彼女のお気に入りの歌を捧げなさい。今日、彼女を100の方法で愛してあげなさい。彼女に傍らにいてくれるように頼みなさい、100通りの方法で。もし、彼女が君に美しすぎるほどの借りがあると感じるのであれば、彼女も君にそれを返そうとするだろう、100通りの方法で」 プロデューサーのクインシー・ジョーンズはこう言っています。「この曲はあなたの彼女をいかにしてずっと幸せにしておくかのインストラクション・マニュアルです。この歌詞から知恵が得られるはずです」 クインシー先生、その通りです。 そして、もうひとつ、この曲をレコーディングした1980年のその日、これを歌ったジェームス・イングラムには2人目の娘ジェニファーが誕生していたそうです。その朝4時にジェニファーが生まれ、朝6時に彼は家にいったん戻り、そして朝10時にはスタジオに入りこの曲をレコーディングしました。 しかも、この日クインシーとジェームスは初めて対面したのです。それまで電話とデモテープだけで聴いていたジェームスの生の声にクインシーは触れたわけです。ジェームスからすれば、あのスーパープロデューサーであるクインシーと初めて会うわけですから、それがどれほど特別な日であったことでしょう。そして、そこでレコーディングされたこの上ないラヴ・ソング。そのラヴ・ソングは、もっと特別なものをもたらしました。ジェームスはこの作品で81年度のグラミー賞「ベストR&Bヴォーカル・パフォーマンス部門」を受賞したのです。 この曲はジェームスにとっても、その娘のジェニファーにとっても、クインシーにとっても特別な歌となりました。そして、世界中の恋人たちにとっても、特別な歌となっているに違いありません。特別中の特別という感じでしょうか。 後半印象的なサックスはアーニー・ワッツ、シンセサイザーとキーボードはグレッグ・フィリンゲインズ。地声からファルセットへ、そして次の瞬間また地声へ。ジェームスの声の七変化。この歌に彼の声はレインボウ・カラーを与えます。 +++++ ONE HUNDRED WAYSQuincy Jones with James Ingram(written by Kathy Wakefield, Ben Wright, Tony Coleman) Compliment what she doesSend her roses just becauseIf it’s violins she loves let them playDedicate her favorite … Continue reading

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My Prediction: Aretha’s New Album Will Be Her First Number One Pop Album

女王。 風格。5年ぶり。61歳。堂々。意気込み。圧倒。 歌い続けて何十年、そして、録音し続けたアルバムが何十枚となると、作品ごとの意気込みの違いというものは一体どれほどのものになるのだろうか。もちろん、毎回新作を作るときには、それなりの意気込みが絶対にあるはずだ。とはいうものの、そこは人間。相当な力が入るときもあれば、そうでもないときもあるだろう。だが、この新作には相当な意気込みがあった。 ソウルの女王アレサ・フランクリンの新作『ソー・ダム・ハッピー』を聴いての印象だ。前作『ローズ・イズ・スティル・ローゼス』は、そのバックの今風の音とアレサの声のマッチングに僕は若干違和感を感じていたが、この新作の堂々たることや、なんたるもの。バックの音が少々新しくたって、古くたって、そんなものは関係ない、私は私。という感じで、徹底的に声で圧倒してきた。アレサの声のシャワーがこの『ソー・ダム・ハッピー』に降り注ぐ。 『ソー・ダム・ハッピー』とは、「くそ、なんて幸せ!」といったニュアンスか。あるいは「超しあわせ!」とか。 1曲目「ジ・オンリー・シング・ミッシン」はアコースティックギターのイントロから始まるいかにも今風のミディアム調のサウンドだが、6秒のところから始まるアレサのその叫び声だけで持っていかれる。メアリーJブライジがらみの2曲(「ホールディング・オン」と「ノー・マター・ホワット」)も、いいマッチングだ。 アレサのセルフプロデュースによる「ソー・ダム・ハッピー」と「ユー・アー・マイ・ジョイ」は、70年代風のアレサを思わせる。ゆったりしたウォーキングテンポの作品とスローバラードは、クイーンが60年代から21世紀になってもいまだにクイーンであることを証明しているかのようだ。 アレサのルーツ、ゴスペルを思わせるのが、メンフィスのソウル・グループ、ソウル・チルドレンのメンバー、ノーマン・ウェストがプロデュースした「グッド・ニュース」。そして、もう一曲、ポップに迫るのがバート・バカラックの作・プロデュース「フォーリング・アウト・オブ・ラヴ」。 アレサのアルバムの歴史を振り返ると、これだけたくさんのアルバムをだしていながら、ポップ・アルバム・チャートでのナンバーワンがない。ゴールド、プラチナム・ディスクは多数。グラミーも多数。しかし、アルバムチャートの最高位は2位。唯一取れていないタイトルとも言える。初ヒットアルバムがでたのが1962年。それから41年の歳月が流れている。ルーサーが初の1位、アイズレー・ブラザースも初の1位を獲得している昨今、アレサ・フランクリンのポップ・アルバム・チャート初のナンバー・ワン・アルバムがこの新作によって記録されるのではないか。 彼女がこのアルバムにかけた意気込みとは一体なんだったんだろう。ものすごく興味がわいている。ツアーとの関連もあるのか。少なくとも前作にはなかった何かがここにはある。 Queen Is Still A Queen. クイーンは依然クイーンである。 『アレサンフランクリン/ソー・ダム・ハッピーSo Damn Happy』2003年9月25日発売BMGジャパン BVCA-211492548円(税込)

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Liz Wright Speaks: Music Speaks Herself

音行一致。 東京の朝10時は、ニューヨークの午後9時。9月に来日するリズ・ライトに電話で話を聴いた。彼女は現在ニューヨークに住んでいる。思った通りというか、物静かな知的な感じの女性だった。「自分の部屋では、静かにすごしているわ。静かな雰囲気が好き。大騒ぎはしないし」 電話の向こうから、ポットでお湯を沸かしている音が聞こえてくる。沸騰するとぴ~となるポットだ。おそらく静かな夜を過ごしていたのだろう。 ジョー・サンプルと来日したときが初の日本体験だった。「日本は本当にあらゆることがオルガナイズされていて、驚いたわ。人々がきっちりしていて、それに私の友達のだれよりもみんな音楽を知っている。(笑) ライヴも静かに聞いてくれて、そして、真剣に音楽をアプリシエート(鑑賞)していることが伝わってきた」 リズ・ライトは2001年4月にユニヴァーサル・ミュージック傘下ヴァーブ・レコードと契約。デビュー作を出す前にジョー・サンプルとのセッションがセッティングされた、という。ジョーの作品で歌ったのは、現在のレコード会社の作戦だったわけだ。(当初はジョーとのレコーディングが、現在のレコード会社との契約に結びついたのかと思っていたが、逆だった)  彼女は言う。「でも、初めて彼と会ったとき、ジョー・サンプルの音楽は知らなかったの。なぜなら、うちではゴスペルしか聴いていなかったから。それと若干のジャズだけね。ソウル、R&Bなどはほとんど知らなかった」  父親が牧師だったためだ。「でも、ジョーとはお互いゴスペルをルーツにしていたので、すぐに打ち解けた。彼からはたくさんのことを学んだわ。その昔の人種差別のこと、彼の40年以上にわたる音楽の歴史、とても勉強になった」 ジャズなどを聴き始めたのもここ数年。では最近はどのようなものを聴いているのか。「オリ-タ・アダムス、ダイアン・リーヴス、カサンドラ・ウィルソン、トレイシー・チャップマン、ジョニ・ミッチェル・・・。オリータがハリウッドボールで歌った(ビリー・ホリデイの)『グッドモーニング・ハートエイク』はすばらしかったわ。元々オリ-タのファンだったし。彼女はピアノを弾きながら歌っていた。私もピアノは弾くけれど、ほんのちょっとだけ」 ウェイン・ショーター・グループで活躍中のパナマ出身のピアニスト、ダニーロ・ペレスの新作『ティル・ゼン』の中で、リズは2曲客演している。一曲はそのタイトルソング。そしてもう一曲はジョニ・ミッチェルの「フィドル・アンド・ザ・ドラム」という曲だ。ちなみにこのアルバムにはインストで、スティーヴィーの「オーヴァージョイド」の軽いカヴァーも収録されている。 ライヴではどんな曲をやるのか。「(自分のアルバム)『ソルト』からの作品、それから若干の新しい曲、スタンダードなんかかしら」 「あれ、ジョー・サンプルとの曲は?」 「やらないと思うわ。あれは、ジョーとやるときのためにとってあるの」 「えええっ? 聴きたいなあ、あの2曲は・・・」 「あら、OK, じゃあ、わかった。I try (やるようにがんばってみましょう)(笑)」 「お願いします」 ジョー・サンプルのアルバム『ピーカン・トゥリー』にはいっているのは、「ノーワン・バット・マイセルフ・トゥ・ブレイム」と「フールズ・ゴールド」だ。 音楽はそのミュージシャンを表すとは何度も書いてきた。電話の向こうのリズの声や話し方からでさえも、彼女のキャラクターの一部は伝わってきた。音行一致である。ライヴが今から楽しみだ。 +++++ リズ・ライト・ライヴ2003年9月17日~20日 横浜モーションブルーモーションブルーのサイト(日本語)http://www.motionblue.co.jp/schedule/index.html オフィシャルサイト(英語)http://www.lizzwright.net/ ユニバーサルのサイト(日本語)http://www.universal-music.co.jp/jazz/artist/lizz_wright/index.html リズ・ライト・関連記事(ソウルサーチン日記7月14日付け)http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200307/diary20030714.html ENT>MUSIC>INT>WRIGHT, LIZ

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