Jukebox At The Basement Leads To The Road To DJ

地下室。

ウルフマンの自伝を流し読みというか、速読しているのだが、彼がDJ的なものに興味を持ち始めたところがおもしろい。

彼の家は最初はそこそこ裕福で地下室にジュークボックスがあった。そこで、彼の10歳年上の姉がよく友達を呼んでパーティーをやっていた。ウルフマン(当時はまだボブ少年)は、彼らのためにジュークボックスの曲を選んでかけていた。すると、どんな曲に彼らが踊るか、反応がいいかを知るようになる。そして、まもなくそれだけでなく、彼はそれらの曲をどのような順番でかけると、より彼らが盛り上がるかを知るのである。1950年代初期のことだろう。

これぞ、まさに、DJの原点ではないか! 彼もその時のことを自分のDJの原点であることを認める。ただ曲をかけるだけではなく、どのような選曲で、どの順番でかければ、人々がより盛り上がるか、反応するか、それは例えば、クラブやディスコのDJのもっとも考えなければならないところだ。それはラジオDJにもあてはまる。こうして、彼はDJをすることのおもしろさを知ってしまうのだ。

僕がおもしろいと思ったのは、それをジュークボックスでもやってのけていた、というところだ。ジュークだったら、曲と曲の間に微妙な数秒間の空白がある。それでも、人々は前の曲の余韻を知っている。今は、クラブにしろ、ラジオ局にしろ、ターンテーブルは最低2台はあるから、曲間があくということはない。

どのように曲をかければ、人々が喜ぶかを知ったボブ少年は、ただのソウル好きからどんどん人々をエンタテインすることの喜びを知っていくわけだ。地下室のジュークボックスが、ボブ少年をDJウルフマンにする原点だったのである。

というようなことを、当然話そうと思っているわけですが、なんで、話すことをこうやって事前に日記に書いてしまうか。実は、読んだことや聞いたことを一度こうして日記などに書き記すと、ひじょうに理路整然と話すことがしやすくなるのである。やはり、書くことによって一度頭の中でさらに整理できるのだろう。

確かに、読んだことやただ聞いたことをそのまま話そうとすると、微妙にまとまりが悪かったりするが、一度書いてまとめていると、意外と楽にまとめられたりする。というわけで、今日のテーマは、ウルフマンをダシに、書くことと話すことの関係についてでした。(笑) 

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