Jewels Are Hard To Find: Name Of Jewel Is Ahmad Jamal

集中。

昨日の続き。アンコールが終って、3人がステージでお辞儀をする。その時、アーマッドはアイドリースと腕をしっかり組んでいた。手をつなぐのはよく見るが、腕を組むんだ、彼は。そして、通路へ。その間中、みな「すごいね、すごいね」の連発だ。「あ~~~、ピアノ弾きたくなった!」とソウルメイトN。「これはすごいねえ、終りそうで、終らないとこなんか息を飲むね」とソウルメイトM。「マイルスが彼を見て、自分のバンドに欲しがるの、わかるよねえ」 僕が「音が小さくなったところがすごいなあ」というと「でも、輪郭がはっきりしてるんですよね」とソウルメイトU。「ホント、レス・イズ・モア(少ないほうが、より多くのものを)・・・だよなあ。まさに!」と僕。するとMが「そうそう、それがヨシオカさんに欠けてるとこよ。いつも、モア&モアなんだから」(一同爆笑) 

確かに日記も長い・・・。だが、モア・イズ・モアだ! (多く書けば書くほど、より多くのものを) 初心に戻ってもっと短くするか。そうなると、レス・イズ・レスになったりして。

それはおいといて。いいライヴを見ると、本当にそのライヴを見た感想をできるだけはやく文字にしたいと思う。書かないと忘れてしまうから。とりあえず書けば残る。そこで、書くためにはメモをする。その音を聴いた瞬間浮かんだ言葉や、イメージをちょこっと書くだけで、後で文章にするときに助けになる。仮にミュージシャンがよくしゃべる人だと、それもキーワードを書いておく。これがおもしろいもので、当たり前と言えば当たり前なのだが、あんまり心にこないライヴはイマジネーションも広がらないから、メモする文字も少ないのだ。アーマッドのライヴは、見ながら次々と言葉が浮かんできた。いいライヴは聴くものにたくさんのイメージやらインスピレーションを与えてくれる。

これだけの興奮のライヴを見せられたら、ちょっとそのスターたちとお話がしたい。この感動を相手に言葉で伝えたい。アーマッドさんへの面会を申し込むものの、残念ながらお疲れのようで却下。しばし一緒に行ったソウルメイトたちとアーマッド談義。

「彼の音楽は、媚びてないねえ。あくまで攻撃的だよな」とM。その通り、本当に媚びない。それを受けて、ふと感じた。「あ、そうか、今、ふと思ったよ。彼、ブラック・モスリムでしょう。アーマッド・ジャマルってくらいなんだから。ってことは、やっぱり、媚びないでしょう」 「ええ? 意味わからない」とN。「うん、つまり、このアーマッド・ジャマルっていう名前、これ本名じゃないと思うけど、その名前からしてブラック・モスリムっていう宗教に入っている人たちの名前なのよ。(ちょうどもっていた紙資料に本名フレデリック・ラッセル・ジョーンズとある) そこに入ると、アーマッドとか、マハマドとか、ジャマールとかそういう類の名前をつけるの。これは60年代に大きな勢力になった黒人急進派の考え方なんだよね。だから絶対に白人には日和らないし。かなりとんがってる。だから彼も昔はもっととんがってたんじゃないかな。でも、そのベースには前向きに、アグレシヴに行く姿勢が絶対にある。そういうのも、彼の音楽が媚びてないところの理由のひとつでもあるんじゃないかなあ」

バスルームに行こうとすると、なんとベースのジェームスがカウンターにいるではないか。早速バスルームに行くのをやめ、声をかける。「ヨシオカです。ジェームスさん! いやあ、すばらしいショウでした。彼とは何年ほど?」 「20年かな」 「最後のあなたとアーマッドとのベースとピアノのバトルがすばらしかった! いつもあんな風にやるんですか」 「ああ、いつもだよ。とても自由な形でやる。インプロヴァイズ(即興)でやる。僕は、アーマッドの音を緊張して聴かなければならない」 「事前にやる曲のセットリストはないんですね」 「ないよ。ぱっと、でたらその曲。こうでたら、別の曲だ。アーマッドが何かを弾いたら、それについていくんだ。アレンジもなければ、事前の予想もない」 

「なるほど、今日の演奏曲目の中で唯一知っていたのは『ポインシアーナ』でした。他は知らない曲だった。でも、とても僕のソウルに触れました」 「ははは、サンキュー。もちろん基本的なコード進行は知ってるよ。何百曲ってレパートリーが頭には入ってるんだが、あんまりめったに弾かない曲だと、最初の音を聴いて、頭の中のコンピューターが『これは、なんだっけ』って回るんだ。(笑) で、思い出せないときもあるが、まあ、大体ついていけるな。アーマッドは、その瞬間にアレンジするんだよ。アレンジは自然発生する。僕は、彼に反応しなければならない。だから、集中して、緊張して、彼の音を聴かなければならないんだ」

「となると、いろんなキューがあるんですか」 「うん、いくつかあるよ。これ(両手でバツを作るジェスチャー)は、ストップ、これ(別の指サイン)はブリッジに進むとかね。もちろん、なにかいいものができるときもあれば、できないときもある。言ってみれば、『リスニング・セッション』なんだ。とにかく集中して(アーマッドの音を)聴かなければならない。Very intense! 」 「レパートリーは何曲くらい?」「(笑) さあ、わからないなあ。100? ノーノー、もっとだ。5-600? あるかもしれないな」 

「リハーサルはしますか?」 「We never rehears(リハーサルなんか決してしないよ)! 唯一、彼が新曲を書いたときだけだな。(笑) サウンドチェックのときかなんかに、彼が言うんだ。『新曲、書いたんだ。ちょっとやってみよう』、こうやって、ああやってと指示を受け、それをやる。僕は、速攻で覚えなければならない。簡単な楽譜を書くこともあるけど、彼が弾いてそれを覚えるということもやるよ。音楽は流れに乗らないとだめなんだ。例えば、海に行くだろう。サーフボードを持って海に入る。波に逆らってはだめだ。なぜなら波はあまりに大きすぎるから」 

このアーマッドのライヴは、もう一度見たいと思ったが、残念ながら東京は2日だけ。しかも、この4回、セットリストはほとんどちがったらしい。あと別の地方のブルーノートが今週いっぱいある。見たいなあ。それも一番前で見てみたい。アーマッドとジェームス、アイドリース(みんなはアイドリースと言ってるように聞こえた。リにアクセントがくる)のその瞬間のやり取りを見てみたい。

10年に一度ではなく、毎年来て欲しい。この形式のトリオをもっと見てみたい。でも、100回見ても、これほどの衝撃のものは、1回あるかないかだろう。宝石は滅多にでてこないのだ。掘って、掘って、掘りまくらないと。だからこそ回数見た中でこういうライヴに巡り会えたときは、喜びもひとしおだ。

アーマッドがブルーノートのヴィデオインタヴューで言った。「(私の)ライヴは観客にも多くのものが要求されるよ。緊張し、集中して見てくれ」 それにしても、いつのまにかいつになく緊張し、集中させられていた。そうさせたのは、もちろん、アーマッドたちである。すごいことだ。

ほとんど観客が帰った後、アーマッドが帰りのエレヴェーターに乗るところに遭遇した。「写真、一緒にいいですか?」 「もちろん」というと、彼は僕の腕をしっかり組んでポーズをとってくれた。

(2003年10月28日・火曜・東京ブルーノート・セカンド=アーマッド・ジャマル・ライヴ)

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