Bambino’s Curse Brought New York Electrifying Victory

呪い。

クレメンスとマルティネス。大リーグを代表するもっとも強力な二人のピッチャーの対決は、かなりの接戦が予想された。どちらの投手からもなかなか点など取れそうもないからだ。ニューヨーク・ヤンキーズがリーグ優勝シリーズでゲーム7(第7ゲーム)までもつれたのは46年ぶりだという。特にゲーム6を松井のまずい守備をきっかけに落として3勝3敗になった時には流れはボストン・レッドソックスに傾きかけていたかのようだった。ゲーム7は明日なき戦いだ。明日以降があるのは、どちらかの勝利チームだけだ。

接戦の予想に反して、ゲーム7は4回を終了してなんとボストンの4-0となった。ボストンは、リーグ優勝ペナントに片手をかけていた。ニューヨークはジアンビーの2連続本塁打で4-2としたものの、8回一死からリリーフのウェルスがさらに1点を取られ5-2。2点差ならともかく、残り2イニングで3点差は、相手がマルティネスだけにかなり敗色濃厚になってきた。ニューヨークはウェルスへの交代が失敗に思えた。

8回裏マルティネスは1死をとる。3点差、あとアウト5つでワールド・シリーズへの扉が開く。だが続くジーターが2塁打で出塁、すぐにウィリアムスのヒットでホームに戻り5-3。それでも2点差。ここでボストンのリトル監督がマウンドのマルティネスのもとに進む。監督はマルティネスに尋ねた。「奴を退けるだけの弾はまだあるか」 マルティネスは答えた。「あるよ」 「オレは絶対に、ノーと言わないんだ」 マルティネスはここまで115球を投げていた。彼は振り返る。「監督を責める理由なんて何にもない。彼がプレイしてるんじゃないからな。プレイしてるのはオレなんだからね。アンタがオレを判断したり、非難したり、あるいは、呪ってみたり、まあ、なんでもいい、オレは甘んじて受けよう。すべてオレの責任だからな」 

監督はベンチに戻り、マウンドにはマルティネスが残った。監督は言う。「マルティネスは一年を通して我がチームの主役なんだ。こういうピンチの時こそ、ブルペンの誰よりも彼にマウンドに立っていてもらいたいんだ。それにポサダにはいいピッチングをしていたしね。実際、(ポサダは)差し込まれていただろう」 続投の決断が下された。続いて松井。2-0から松井は強烈な打球をライト線に放つ。しかし、クッションボールが観客に当たり、ウィリアムスは3塁ストップ、松井は2塁で止まった。そして、マルティネスの運命の123球目、続くポサダの打球はマルティネスの球威に押されるものの2塁、ショート、センターの間にぽとりと落ちるヒットとなり、2人が帰りついに同点となった。すべては振り出しにもどった。マルティネスはマウンドを下りた。

ニューヨークは投手交代をして過ちを犯した。ボストンは交代せずに過ちを犯したのだ。同点の殊勲打を放ったポサダにピンチランナーが送られた。アラン・ブーンだ。

ニューヨークは9回表から押さえの絶対的切り札リヴェラを送る。息をのむような延長戦、ボストンは10回裏からこのシリーズで第1戦と第4戦の勝利投手となっているウェークフィールドを送りだした。彼のナックルボールにヤンキーズはてこずっていた。ボストンからすれば彼の活躍なしに、このゲーム7の舞台はなかったのだ。リヴェラ対ウェークフィールドは、クレメンス対マルティネスに勝るとも劣らぬエース対決の第二幕だった。それはまさに「明日なき戦い」にふさわしいガップリ四つの決戦だった。リヴェラは完璧なピッチングで11回表を終えた。彼が3イニングを投げるのは非常に珍しいことだった。

11回裏、8回にピンチランナーで入っていたアラン・ブーンにこの試合初打席が回ってきた。7月31日にシンシナティーから移籍してきたばかりの選手で兄のブレット・ブーンは、イチローでおなじみシアトル・マリナーズの2塁手。ブーンのポストシーズンの成績は16打数2安打。とても何かが起こるとは思えなかった。ウェークフィールドが投げた初球、ブーンはバットを振った。ボールは大きく伸びてレフトスタンドに突き刺さった。劇的な幕切れとなった。2勝していても、たった1球で地獄に落ちたウェークフィールド。ほとんどヒットのなかったブーンは、たった1球で大ヒーローへ。あまりの明暗だ。

きしくも対するナショナル・リーグ、シカゴ・カブスもゲーム6で、あと5つアウトを取ればワールド・シリーズというところまでこぎつけていた。だが、ほとんどアウトにしていたファールボールをファンがもぎとったことをきっかけに、その試合は大逆転負け、さらにゲーム7も落とし、ワールド・シリーズを逃した。今年はあと5つのアウトのところに、大きな鬼門があったようだ。

この日のヒーロー、アラン・ブーンの兄ブレット・ブーンは同じスタジアムのFOXテレビの中継ブースでこの瞬間を見ていた。

1920年ボストン・レッドソックスは金銭で大打者ベーブ・ルースをニューヨーク・ヤンキースに売り渡す。それ以来、ヤンキースは26回のワールド・チャンピョンに輝き、レッドソックスは1度たりともその栄光をものにしていない。そして、人々はそれを「バンビーノ(ベーブ・ルースの愛称)の呪い」と呼び、この2チームの因縁となっている。ブーンのサヨナラホームランは、80年以上続くバンビーノの呪いの仕業だったのかもしれない。もっともボストンの選手は皆、それを否定するのだが・・・。

そして、ヤンキーズに再びワールド・シリーズへの扉が開いた。ヤンキーズには明日がやってくる。

(2003年10月16日・メジャーリーグ・ベースボール・ア・リーグ優勝決定戦・第7戦。ニューヨーク・ヤンキース対ボストン・レッドソックス)

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タイトル・バンビーノの呪い

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