Marvin Gaye’s Live Album: Why did he hate to perform?

恐怖症。

マーヴィン・ゲイの1980年のモントルー・ジャズ・フェスティヴァルにおけるライヴアルバムが発売されるにあたって、いろいろとマーヴィンのライヴアルバムを聞いています。それにしても、マーヴィンの84年4月1日の死後、ものすごい数の怪しげなライヴが出てます。調べてみると、最低でも7種類のライヴが『ラスト・ツアー』とか、『ファイナル・ツアー』とか、ただ単に『ライヴ』とかといったタイトルで発売されています。一体どういうことなんでしょうね。(笑)

マーヴィンのオフィシャルなモータウンからのライヴは3枚ですが、やはり、なんと言っても74年の『ライヴ』(オークランド・コロシアムにおける録音)と77年の2枚組『ライヴ・アット・ザ・ロンドン・パレイディアム』ですね。

今後者を聞きながら、この日記を書いています。ずいぶん久しぶりに聞きますが、オープニングの「オール・ザ・ウエイ・アラウンド」、いい感じ! そして、「レッツ・ゲット・イット・オン」。元祖「ゲット・イット・オン・ミュージック」、マーヴィンの面目躍如ですね。   

マーヴィンの思い出はいくつもありますが、やはり、79年9月の来日公演。2日間武道館に通いました。そして、83年8月の結果的にファイナル・ツアーになったロスでのライヴのライヴ体験は、ハイライトですね。

今回CD化されるのは、80年7月のスイス・モントルーでのライヴです。メンタル的にはかなり落ち込んでいる時期のライヴですが、なかなかこれも、いい雰囲気です。これは、ちゃんとした映像もあるし、音もいいので、きっちりしたライヴアルバムといえます。

ところで、マーヴィンは、なぜライヴパフォーマンス恐怖症だったのでしょうか。1967年夏、「エイント・ノー・マウンテイン・ハイ・イナフ」などのデュエット・ヒットを一緒に歌っていたタミー・テレルが脳腫瘍が原因で、マーヴィンとのステージで倒れるます。タミーはマーヴィンに抱かれたまま意識不明となり、そのまま病院に運ばれます。その後入退院を繰り返し、症状は一進一退で、結局、70年タミーは死去。この事件がマーヴィンに大きな痛手を与えるわけです。

やはり、これがマーヴィンのライヴ恐怖症の布石になっているのではないでしょうか。しかし、それ以上の理由があるとなると、われわれには知る由もありません。しかし、いずれその謎解きを試みてみたいと思います。
     

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