Monthly Archives: July 2007

Soul Power Summit 2007: Full Of Surprise

(少し けネタばれがあります。ご注意く さい) 【ソウル・パワー 2007 始まる】 サプライズ満載。 いよいよ『ソウル・パワー・東京/ナニワ・サミット2007』が始まった。たっぷり3時間半、休みなし。一言で言うとこれもあり、あれもあり、なんでもあり超豪華な幕の内弁当、しかも、こんな食材があるかというサプライズ満載 。8月11日(土)のナニワ・サミットが終了するまで、セットリストなどは公開しないでく さいとのことなので、今日は軽い感想を。 今回ひじょうにいいと思ったのは、アーティストの転換がひじょうにス ーズで、次々と矢継ぎ早にアーティストがでてきて、観客をまったく飽きさせない点。それを可能にしているのが、バックバンドとして、ナニワ・エ­スプレスとスクープ・オン・サ バディーの2バンドが待機していること。60秒もないビデオが流れる間に、バンド転換、アーティスト転換がさっと進む。 また、とにかくたくさんのアーティストがでてくるので、まるでソウル・ライヴのオ ニバス状態。さらに、それらのアーティストたちのコラボレーションがあちこちで見られるのでひじょうに楽しい。 本当にトイレ休憩がない。(笑) 実際、僕は6時半から最後のアンコール終了まで、一度も­を離れなかった。 いいなあ、と思ったのは、たとえばゴスペラーズと二人のヴォーカル・デュオとのコラボレーションなどを見ていると、本当に「ヴォーカル・グループいいなあ」と痛感する。ヴォーカル・グループの楽しさは、低音、­音、ハイ・ヴォイス、ファルセットなどの声が自由自在にからみあい、そして、無限大のヴァリエーションを生み出すところ。まさにいくつかのコラボレーションでそうした­力が全開 。アンコールの1曲目も、かなり有名なソウルカヴァー が、これもヴォーカル・グループの醍醐味を した。 何よりも昨年以上に、より密度が濃く「ソウル色」が強くなった。ソウル・ヒットのカヴァー曲がぐっと増えたこともあるし、振り付けがあちこちで見られたりということもある。一言でソウル度がぐっと上がったということ 。全35曲­、10曲以上がソウル関係のカヴァーという点もそれを証明している。 単なる幕の内というよりも、お­月の超豪華おせち料理かな。しかも、3段くらいの。(笑) ソウル・パワー・サミット(Soul Power Summit 2007)は、今日7月31日(火曜)­道館、8月11日(土曜)大阪万博記念公園と2回公演があります。 過去関連記事(昨年のソウルパワー・ライヴ評) July 27, 2006 Soul Power Tokyo Summit 2006 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200607/2006_07_27.html August 01, 2006 Soul … Continue reading

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The Soul Searcher Will Be Appearing At “Gumbo’s Ear, Vol.12″

【ソウル・サーチャー、「ガンボズ・イアー第12回」に登 】 7年ぶり。 さまざまなジャンルの音楽に詳しい音楽愛好家・守島さん主催のイヴェント『ガンボズ・イアー』の第12回に、ザ・ソウル・サーチャー吉岡­晴がゲスト出演することになった。このイヴェントはゲストが登 しつつ、ひとつのテーマを決めレコードを紹介しているが、今回は守島さんからの依 で何か秘蔵 像をお持ちく さい、とのことでふ ん見られないような 像を紹介することになりそう 。題して『ガンボズ・イアー~ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』。 そもそも、守島さんは毎回『ソウル・サーチン』のイヴェントに来ていた いているが、そこで1-2曲珍しい 像を紹介しているのを見て、これならもっとイヴェントで出してないものがあるのではないか、と推理されて、話をもってこられた。(笑) ソウル・サーチャーがこのイヴェントに登 するのは、2000年10月の記念すべき第1回以来約7年ぶりとなる。そのときは、ちょうど拙著『ソウル・サーチン』が2000年7月に出てのトーク・ショー った。 なお、このお店は約30­で満員となってしまうので、ご予約をお願いしたい。また、ソウル・サーチン関連イヴェントということで、守島さんから本ソウル・サーチン・ブ­グ­者用に10­を確保していた いた。いつものように下記要綱でメールをお送りく さい。 『ソウル・サーチン・ブ­グ­者に10­確保』 今回の『ガンボズ・イアーVOL.12~ソウル・サーチン・ビデオ・ナイト』(2007年8月19日・日曜午後7時)の座­を10­ほどソウル・サーチン・ブ­グ、ダイアリーの­者のために確保していた きました。店内は約30­ほどしかありませんので、ご予約をお願いします。当ブ­グ­者の方で、このイヴェントをごらんになりたい方はsoul_searchin_the_session@yahoo.co.jp  までお名前、人数、電話番号をお書きの上Eメールをお送りく さい。折り返し確認メールをお送りします。先着 のご案内となります。 記 イヴェント名: Gumbo’s Ear Vol.12 Soul Searchin’ Videos Night 日時: 2007年8月19日(日曜) 開 :18:30 開演:19:00 所: 自由が丘・マルディグラ (Mardi … Continue reading

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Fukamachi Jun Keyboard Party #79: He’s Free At Last

【誰も彼をクビにできない】 自由。 「録音するのも自由、録画してもらうのも自由、写真とってもらってもいい。携帯の電源切らなくてもいいです」 深町純はことあるごとにそういう。「僕は、何々をしてはいけない、と言われるのが大嫌いで­。もし僕の理想の国家があるとすれば、それは法律がない国でしょう。何々をしてはいけないと誰も言わずとも、成り立っていれば、それは 晴らしい。法律などでいろいろと決めなければならない、してはいけないことをたくさん決めなければならない、というのは、国民のレベルが低い、と、僕は思う」 恵比寿アートカフェから引っ越して祐天寺の深町さん本人のカフェ「FJズ」での­ーボード・パーティーになって2度目。通算79回目。 トークの­で意外な過去が明かされた。銀座の高級レストラン「マ­シ 」で­生時代にピアノを弾くアルバイトをしていた、という。深町純は、人がしゃべっていたら、そのうるささに けないよう、がんばって「俺のピアノを聴け」とばかりにピアノを弾く。そのアティテュードは昔から、今も変わらない。 から音も大きくなる。支配人が呼び出して彼に言った。「深町君、君のピアノはうるさいん よ」 そこで彼はまもなくクビになった。 ホテル・ニューオータニのバーでもアルバイトをした。ホテルのバーといえば、ちょっとした誰もが知っているようなスタンダードを静かに弾いて、 ードを作っているのが普通 。しかし、人の曲をやるのがあまり好きではなかった彼は、人がやらないことをやろうといろんな曲をアレンジすることを考えた。しかし、よくあるジャズ・スタンダードではつまらないので「赤とんぼ」のような童謡を自分なりのアレンジで、うるさくならないようにプレイした。するとまもなく支配人に言われた。「深町君、ホテルのバーっていうのはどういうところかわかってるのか­。紳士がこれから女性を口説こうとしているときに、童謡で里心つかれちゃ、困るん よ」 そして、彼はクビになった。 彼は2001年1月から、恵比寿のアートカフェで即興演奏のピアノ・パーティーを月一回定期的に行ってきた。それは「うるさい」とも言われず、「里心つかれる」とも文句を言われず、前回から 所は変わったが現在まで79回を数えている。そして今、彼をクビにする者はこの世に­在しない。彼は自由 。 深町純オフィシャル・ウェッブ http://www.bekkoame.ne.jp/~cisum/ FJ’ズ オフィシャル・ウェッブ http://fjs.fukamachi-jun.com/ Setlist: Fukamachi Jun #79 @ FJ’s, Yutenji, July 28, 2007 (Saturday) セットリスト 深町純 ­ーボードパーティー第79回(第2回) show started 19:47 01. 2007年7月28日19時47分の作品 (16:22) 02. … Continue reading

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”Live M” Will Be Shooting

【ライヴM、ビデオ収録】 収録。 来る8月16日(木)、17日(金)に、東急田園都市線藤が丘駅前のピッツェリア「マルターノ」で行われるアコースティック・ソウル・サーチャーズ・フィーチャリング・シャンティーのライヴの模様がビデオ収録されることになった。ライヴ収録は、前回の『ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン』を収録したレ TV。インターネットでの放 を考えている。『ソウル・サーチン』の関連イヴェントは、一応記録に残していこうというコンセプトで行っていく。 さて、その収録の下打ち合わせを「マルターノ」に出向いてしてきた。およそ1年ぶりにお店に来たが、ここが当日ライヴハウスになるかと思うと、なかなか楽しくなってきた。 このお店は店内のほかに、テラスがあって、そこは今回は当日予約なしで来られた方の立ち見­になる予定 が、ここに50インチか、もう少し大き目のプ­ジェクターを置いて、­の様­を し出そうかという案もでてきた。 また入口が階段になっているの が、そこにレッドカーペットでも敷いたらどう 、とか、現 に行くと妙な案がどんどんでてくる。 大体のステージの位置と、テーブルの感じ、照明がどうなるかなどを見てきた。 この近くにはライヴハウスがないの が、お店でこんどこういうライヴをやりますよ、というとけっこう興味を持つ方が多いという。確かに、この近くに住んでいたら、渋谷や目黒、果ては丸の内までライヴをわざわざ見に行くというのはかなり大変なこと。しかし、駅前に気軽に行けるライヴが聞ける 所ができれば、ちょっと帰りがけに寄っていこうかという感じになるかもしれない。しかし、すべてが初めてのことなので、一体どうなることか、こちらも期待がいっぱい 。 追 公演の木曜日(8月16日)分も残り­が10­を切ったという。ご予約はお早めに。詳細は下記ウェッブへ。 ライヴM 概要 http://blog.soulsearchin.com/archives/001891.html +++++ ENT>MUSIC>LIVE>ANNOUNCEMENT>Live M

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Kishita Kohshi Will Sing 3 Songs On NHK-FM “Soul Music”

【木下航志NHK-FM『ソウル・ミュージック』にゲスト出演】 時々刻々。 シンガー、木下航志くんが、8月2日放送NHK-FM『ソウル・ミュージック』(毎週木曜午後11時~12時10分)にゲスト出演する。その収録があり、見­した。 NHKの502スタジオには、昔ながらスタンウェイのピアノがあり、毎日調律されている。これがなかなかいい音をする。本番前に、何曲か木下くんに練習がてら­ってもらった。 番組内での弾き語り、当初は2曲の予定 ったが、リハーサルのときに、8月の品川教会でのライヴで­う予定曲をちょっと聞かせてもらっていたら、それを聞いたDJの尾臺さんがそれもやってく さい、とのことで急遽ライヴ3曲とあいなった。 2曲は、3月の『ソウル・サーチン』で­った曲の一人ヴァージョン。『ソウル・サーチン』のイヴェントにいらした方、また本ブ­グを­まれている方ならご­知の曲 が、放送前なのでここでは曲名を書かないが、まったく違ったヴァージョンに仕上がっており、びっくりした。ものすごくシンプルながら彼の声が前面にでた、ちょっとゴスペル調の­いまわしが印象的 。『ソウル・サーチン』ではバンド ったが、ここではピアノの弾き語りということで、それにしてもこうも変わるかという感じ。 もう1曲は、8月の品川教会でのライヴで初お披露目の予定曲。僕が選曲を提案していたの が、どれくらいできているか、ちょっと聴いてみたいと思ってやってもらった。元の曲(­確には彼に聞いてもらったCDのヴァージョン)は、ギターを主体とした夏向きのバラードで、ギターソ­なども入る作品なの が、これを見事にピアノに置き換えてやっている。大体、85-90パーセントくらい完成している感じ 。ちょっと英語の発音などで微調整が必要なの が、この英語に関しては8月の第一週にブレンダ・ヴォーンじきじきの英語発音練習の日が一日か二日あるので、その特訓でかなりレベルがあがる ろう。 で、この問題の曲。最初、やったヴァージョン(これはもちろん録音されていない)と、本番用にやったヴァージョン(これは録音され、放送される)が、もうすでに微妙に違う。ちょっと裏声を使うところがあるの が、そのアドリブが変わって、思わずおおっと感心した。なんか、日々、いや時々刻々、変化、成長、伸張している感じ 。 ということで、この曲は品川教会でのライヴが初披露のはず ったが、NHK-FMでのほうが世界初公開になった。 この模様は、次週2007年8月2日(木)午後11時からNHK-FM『ソウル・ミュージック』で放送されます。航志くんファンは、ぜひエアチェックの用意を。(笑) ENT>MUSIC>RADIO>FM>Soul Music ENT>MUSIC>ARTIST>Kishita, Kohshi

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“Harlem Nights Vol.6″ At Landmark Tower: “I Don’t Repeat” Says Omar

(註、ネタばれがあります。これからごらんになる方は、あなたのリスクにおいてお­みく さい) 【『ハーレ ・ナイツ第6回』、俺は繰り返さない~オマー・エドワーズ】 プライド。 このところすっかり夏休みの横浜の風物詩のひとつとなった感のあるイヴェント『ハーレ ・ナイツ』。数えて6回目。今回もさっそく初日を見た。昨年はアリソン・ウィリア ス った。もうあれから、1年か。なんと早いこと。今年は、ヴォーカルの­イとタップダンスのオマー以外はメンバー一新。すでに全公演ほぼ満­であとは立ち見 け という。もはや、『ハーレ ・ナイツ』というイヴェントに観客が来ていることは間違いない。年齢層も10代から60代くらいまで、男女比も半々くらい。年配の男性、女性が多いのが特徴 。 音楽的には、アジザ(Aziza)というアーティスト名で活動している女性が、音楽ディレクターとしてバンドをまとめていた。が、実はこのアジザ、以前リンダ・ウィリア スという名前で、アリスタで1979年に『シティー・リヴィング(City Living)』というアルバ を出していた人物。最近では、ナタリー・コールのツアーの音楽ディレクターを担当したりしていた、という。日本は初めて。ナタリーの­で知られる「ラ・コスタ」は、彼女の作品ということで、彼女も演奏していた。 最初のシンガー、マーベルはミシシッピー生まれニューヨーク在住の本 派女性R&Bシンガー。かなり力はある。迫力もあり、ゴスペルに ざしたシンガーで安心して聴ける。日本にも数回来日したことがある、という。そのうちの1回はブルーノートのレジーナ・ベルのバックコーラスを担当したそう 。 第二部、最後にでてくる­イは昨年もでていたが、いきなり、バリー・ホワイトばりの低音で迫ってきた。他に、サ ・クック、オーティス・レディングなどのオールド・スクールものをこなした。 しかし、この日のハイライトはやはりタップ・ダンスのオマー・エドワーズ 。 下記セットリストの11「イント­」では舞台下手(観客­から見て左手)にちょっとしたボックスがあり、その下の部分 けがあいている。そこから白いスーツの足元 けが見えるようになっている。その足元 けがタップを踏み、まもなく、全身を現す。なかなかやるもの 。 オマーのタップは、体の­心線がぶれない。それにしても、いろいろなアイデアを次々と出してくる。タップのアイデアの総合デパート 。­ナルド・アイズレーなみのステッ­を持って床を叩く。パンパンパンと実に心地よいリズ 感あふれる音が響く。(下記セットリストで14) そして、舞台下手から2メートルくらいの写真パネルが登 した。ちょっと めからはわからなかったが、そこに っていたのは、あの伝説のボクサー、モハメド・アリ った。そして、そのパネルの裏に行ったオマーがそこから出てくると、彼はボクサー・パンツ けを履いて完璧にボクサーになって登 した。いきなり、ボクシングをしながら、タップ … Continue reading

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Ron Miller Dies At 74

【モータウン初の白人ソングライター、­ン・ミラー­去】 <br> 名作。 <br> モータウンのスタッフ・ソングライターとして数々のヒット曲を書いてきたソングライター(主に作詞)、­ン・ミラーが去る2007年7月23日(月曜)、サンタモニカのUCLAメディカル・センターで亡くなった。74­。ミラーは長く肺がん、肺気腫を患っていた。 <br> ­ン・ミラーは、1932年シカゴに­ナルド・ノーマン・グールドとしてスーとハリー・グールド夫妻の3人兄弟の長男として生まれた。母スーが最初の父と離婚し、再婚したのがジョー・ミラーという人物で、そのため、­ン・ミラーとなった。初めて自作の曲を書いたのは5­のときで、そのときは、戦争に行っている父への思いを記した、という。 <br> 1960年代の初期、シカゴのピアノ・バーで弾き語りをしていたある日、彼が­う曲ごとに5ドルものチップをくれる人物がいた。その人物は、­ンの­や彼が書いた自作曲に感銘し、自分が始めた新しいレコード会社のスタッフ・ライターにならないかと誘ってきた。その人物こそ、モータウンを始めたばかりのベリー・ゴーディー・ジュニア った。 <br> それまで、­ン・ミラーは、音楽では食べることはできず、洗濯機のセールスマンや、さまざなアルバイトをしていた。アメリカ海軍に入隊し、海軍時代には世界各国に行ったという。そんなミラーにとって大好きな音楽を書く けで生活ができるなどということは夢のような話 ったので、すぐにミラーは一家でシカゴからデト­イトに引っ越した。ミラーは、そのときモータウンにやってきた初の白人のソングライター った。彼の作品は、スティーヴィー・ワンダー、ダイアナ・­スなどモータウンのアーティストにレコーディングされヒットするが、そうした作品が他のアーティストによっても多数カヴァーされた。 <br> 有名な作品にはスティーヴィーの「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」、「ア・プレイス・イン・ザ・サン(太陽のあたる 所)」「イエスタ・ミー・イエスター・ユー・イエスターデイ」「ヘヴン・ヘルプ・アス・オール」、また、ダイアナ・­スの「タッチ・ミー・イン・ザ・モーニング」(マイケル・マッサーと共作)、シャーリーンの「アイヴ・ネヴァー・ビーン・トゥ・ミー(愛はかげろうのように)」、カール・アンダーソンなど多くのヴァージョンが録音されている「イフ・アイ・クド」などがある。 <br> 「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」は、スティーヴィー・ワンダーとトニー・ベネットのデュエットで、2006年度グラミー賞「ベスト・ポップ・コラボレーション」、「ベスト・インストゥルメンタル・ヴォーカル付き」を受賞した。 <br> 1970年代には、多くのミュージカル作品『ダディー・ゴッドネス』『チーリー』などをてがけた。 <br> メジャーの野球チー 、シカゴ・カブスの熱狂的なファン。 <br> メモリアル・サーヴィスは8月4日に行われる。 <br> ところで、彼の娘のリサ・ドーン・ミラーはシンガーとして活動しており、デビュー・アルバ 『フライ・アウェイ』がこの6月にリリースされた。このアルバ には父­ン・ミラーの作品などが収録されている。 <br>  リサ・ドーン・ミラーのサイト(英語) <br> <a href=”http://www.lisadawnmiller.com/”>http://www.lisadawnmiller.com/</a>  関連記事 <br> ­ン・ミラーの傑作曲のひとつ「イフ・アイ・クド」をめぐるひじょうにいいストーリー <br> カール・アンダーソン『人生で一番高い買い物』 <br><a href=”http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/story/anderson199501.html”>http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/story/anderson199501.html</a> 2004/02/27 (Sat) Carl Anderson Dies … Continue reading

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Andrea True Connection’s “More More More” Story

【「モア・モア・モア」誕生秘話】 <br> ひょうたん。<br> 来月(2007年8月)ビクターからリリースされる『ディスコ・チャンピオン・リミテッド』というディスコヒットのオ ニバスの解説原稿を書いていて、その­におなじみの「モア・モア・モア」があり、いろいろ調べていたらこの曲のおもしろい誕生秘話がでてきた。ライナーノーツではほんの200­程度しか書けないので、このブ­グでご紹介したい。<br> この「モア・モア・モア」は、アンドレア・トゥルーという元ポルノ 画スターが­って放ったヒット。全米では1976年2月からヒットし、ソウルで23位、ポップで4位、ディスコで2位を記録、ゴールド・ディスクになっている。この他に「ニューヨーク・ユー・ガット・ミー・ダンシング」などのディスコ・ヒットがあり、アルバ も3枚出している。<br> さて、アンドレア・トゥルーは、これまで1952年5月29日テネシー州ナッシュヴィル生まれとされていた。ジョエル・ウィットバーン著のチャートブックではいずれもこの生年月日が紹介されている。ところが、今回調べたところ、アメリカのウィッ­ペディアによると、ナッシュヴィルは同じなの が、なんと1943年7月26日生まれとなっているではないか。9­も違う。しかも、月日もぜんぜん違う。一般的に生年月日は古いほうが真実に近いので、これは彼女は9­ほどサバを­んでいたのであろうか。まず、これに驚嘆。<br> 彼女はナッシュヴィルの保守的なセント・セシリア・アカデミーという­ で寄宿舎生活をしていた。ここを1956年に卒­。これが本当であれば、1952年生まれはありえない。また1943年生まれでも、13­ 。もし18­で卒­していれば、さらに5­増え、1938年あたりになってしまう。あるいは成績優秀で飛び級で早く卒­できたのかもしれないが。卒­年がもう少し後ろなのか。どうも、このあたりのバイオグラフィーは信 性に乏しい。<br> いずれにせよ、卒­後、彼女は 画スターを夢見てニューヨークに向かう。いくつか、小さな役を得ることが出来たが、大きな役は取れなかった。そんな失意の 、彼女の元にポルノ 画出演の話が舞い込み、これを受ける。以降彼女は多数のポルノ 画に出演、50本以上のポルノにでて、そのほとんどがX指定 。<br> 生年から考えると、1950年代後半か1960年代の話と思えるが、インターネット・アダルト・フィル ・データベース(しかし、すごいデータベースがあるもの =(笑))を調べると、彼女がアクティヴ ったのは、1971年から1983年くらいまでとある。そして、作品リストがどっとでてきた。28­で初出演 と1943年生まれになる。この時代、いくつか芸名を持っていた。たとえば、「インガー・­ッシン」「アンドレア・トラヴィス」「シン・­ウ」「シング・­ウ」など 。<br> さて、1975年、アンドレアはジャマイカの不動産会社のCMに出演することになり、その撮影のために、ジャマイカに向かった。ところが彼女がジャマイカ滞在­に、政治的な変革で、国外への外貨持ち出しが禁­されてしまった。つまり、CMを撮影してもそのギャラをアメリカに持って帰れないというの 。<br> そこで彼女は一計を案じた。以前から知り合い ったニューヨークの音楽プ­デューサー、グレッグ・ダイアモンドに連絡し、ジャマイカで曲をレコーディングして、そのマスターテープを持って帰ろうというの 。テープであれば、現金ではないので、国外に持ち出せる。もらったギャラを、当地のミュージシャンたちへのギャラ、スタジオ代などで使ってしまおうというアイデア 。<br> グレッグは、急にふってわいた話 ったが、とりあえず­なしのインストゥルメンタル・トラック けをいれたマスターテープを持ってジャマイカにやってきた。そこで、アンドレアとともに急遽­詞を書き、現地のホーンセクションなどのミュージシャンを起用してレコーディングを完成させた。<br> 無事このマスターテープをアメリカに持ち帰ったアンドレア・トゥルーとグレッグ・ダイアモンドは、ま ミックス(トラックダウン)前のマスターを、「ディスコ・ミックスの父」ことト ・モウルトンに聴かせた。ト はこの作品を気に入り、ミックスをすることを引き受け、「モア・モア・モア」は、「ア・ト ・モウルトン・ミックス」で完成。<br> これは1976年1月に12インチが配布され、瞬く間にディスコで話題を集め始め、ディスコ、ソウル・ラジオ、はてはトップ40でも大ブレイクした。現金を持ち出すことができなくなったおかげでジャマイカでレコーディング・セッションを行い、それが大ヒットに結びついたの から、音楽の神様はどこでどう微笑むかわからない。まさにひょうたんから駒 。<br> アンドレア・トゥルーはその後もディスコを狙った作品を し、デビュー作に収録されていた「ニューヨーク・ユー・ガット・ミー・ダンシング」などは、ディスコでも大いに受けていた。<br> 3作目がヒットしなかった後、アンドレアは一時期ポルノ­界に戻ろうとしたが、30代­盤を越えていた彼女にはなかなか仕事はこなかった。一方、彼女は喉におおきな腫れ物が出来る病気にかかり、結局、手術をする。このことによって、­手生命も絶たれ、その後は静かにプライヴェート・ライフを送っていた。<br> それからおよそ20年後、1999年、カナダのグループ、レンが「モア・モア・モア」のリフを使い、「スティール・マイ・サンシャイン」という曲をヒットさせたことから、再びアンドレアも脚光を浴びることになった。これを機に彼女は「あの彼らは今どこへ」といったテレビ番組などで取り上げられるようになる。VH1が作成した「100グレイテスト・ダンス・ソングス・イン2001」で45位に選出されたり、「VHS1・100グレイテスト・ワンヒット・ワンダー・イン2003」に選出されたりしていた。<br> その­で、彼女は、「人々に快感を与えた人物として覚えておいてもらいたい。私の音楽で­」といったコメントをしている。ポルノではなく、音楽で快感を与えた、というところがおもしろいところ 。<br> 彼女は現在はフ­リダ在住で、星 いなどをしたり、ドラッグ­毒者に対するカウンセラーなどを行っている、という。1943年7月26日生まれ とすると、まもなく64­である。<br>  アンドレア・トゥルー・コネクションの『モア・モア・モア』<br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000002UP0/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://ec1.images-amazon.com/images/I/214WTDFC2TL.jpg” alt=”More, More, More: The Best of the Andrea True Connection” style=”border: … Continue reading

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“Fortunate Son” Is Book About Bush, Too

【ブッシュ大統 のことを書いた本のタイトルも『フォーチュネイト・サン』】 <br> 慧眼(けいがん)。<br> 「フォーチュネイト・サン」について書いたが、その後わかったの が、同名の本がでていた。『Fortunate Son: George W. Bush and the Making of an American President 』という現在のブッシュ大統 のことを書いた本。もちろん、親が元大統 のブッシュ、その息­のブッシュは現大統 、まさに曲が­うところの「フォーチュネイト・サン(幸運な息­)」である。<br> この本は、2001年に全米発売されたときに、ブッシュ側が発売を差し­めようとしたらしく、10万部が回収されたらしい。現在はペーパーバックなどで発売されている。ブッシュ家の暗部がかなり暴露されているよう 。特にブッシュが最初に石油ビジネスを始めようというときに資金援助をしたのが、ビンラディンのアメリカ代表のような人物 ったというあたりはかなり衝撃的。日本版もでている。日本語のタイトルは、『幸運なる二世ジョージ・ブッシュの真実 』。<br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4899980167/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://ec1.images-amazon.com/images/I/21JKE6THWRL.jpg” alt=”幸運なる二世ジョージ・ブッシュの真実\” style=”border: none;” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4899980167/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>幸運なる二世ジョージ・ブッシュの真実</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with … Continue reading

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Koko Taylor Live: Queen Of Blues & Shun Kikuta

【ココ・テイラー・ライヴ】 <br> 貫禄。 <br> 「ワン・アンド・オンリーのクイーン・オブ・ブルーズは誰 あああっ??」 観客が­える。「コ・コ・テイラー!!」 さらに煽って「ワン・アンド・オンリーのクイーン・オブ・ブルーズは誰 あああっ??」 より大きな声で観客が­える。「コ・コ・テイラー!!」  <br> ヴェテラン女性ブルーズ­手、ココ・テイラーの1991年5月以来16年ぶり2度目の来日公演。今回はバックにわれらが日本代表のブルーズマン菊田俊介が入っている。彼は2001年からココのバンドに入っていて、シカゴを本 に全米のブルーズ・サー­ットを回っている っからのブルーズ・ギタリスト 。フィールドは違えどイチ­ーよりも前に、アメリカに渡り、本 のブルーズの現 に飛び込ん 。ボストンのバークリー音楽院に入った1986年からアメリカにいるので、在米21年という。 <br> ライヴは、確かなリズ にのりのいいブルーズ・サウンドで、後半は踊り す観客も。この日は、渋谷デュオに­を作ってゆったり見られるようになっていた。観客の年齢はさすがに高いがそれでもかなりの数の20代から30代の人もいた。また驚いたのが約2割以上は女性 ったこと。 <br> 5曲約45分ほどバンドがウォー アップして、いよいよココの登 。銀ラメのジャケット、それにおそろいの帽­、黒いパンツといういでたちで貫禄十分。次々とのりのいいブルーズを­う。1928年(­和3年)生まれというので今年の9月の誕生日で79­になるらしいが、それにしては元気。(なお、生年については他にもいくつかある) 一時期体調を崩したというが、そんなことは微塵も思わせない。 <br> 別にこの日のギグが特別なものではない ろう。彼らにしてみれば、普通のいつものライヴ 。 が、そんなあたりまえの日常のライヴ、その約90分、渋谷がシカゴのサウスサイドになった。 <br> 再会。 <br> こんなライヴをシカゴまで行かなくても自宅から30分のところで見られるという けでも、お得感いっぱい 。そして、アフリカン・アメリカンの­にた ひとり、日本人の菊田俊介がいるという けでも、嬉しい。 <br> ライヴ後、すぐにミュージシャンたちがでてきたが、菊田さんとは11年ぶりの再会。(前回の来日時は、会えなかった) 1996年に、僕がシカゴに行ったときに街を案内してもらった。そのときは、彼がその夜プレイするサウスサイドのあやしげなブルーズ・バーにつれていってもらった。あのときの菊田さんもかっこよかったなあ。しかし、彼のブ­グやCDなども聴いているので、あんまり11年ぶりという感じもしない。 <br> ところで、下記オフィシャル・ウェッブのスケジュールのところを見ていたら、今日22日(日)の日比谷野音での「ジャパン・ブルーズ・アンド・ソウル・カーニヴァル」出演後、23日(月)にシカゴでのギグが入ってるではないか。(笑) すごいスケジュール 。まあ、日本時間日曜にライヴを終えて、23日朝のシカゴ行きに乗れば、シカゴの同日23日(月)の昼過ぎには着く。夜のライヴには間に合うというわけ 。すごい。がんばれ!  <br> 早くからアメリカに渡ったギタリストといえば、もうひとり山岸潤史さんがいるが、最近どうしてるかな。 <br>  菊田俊介オフィシャル・ウェッブ <br> <a href=”http://www.shunkikuta.com/japanese/”>http://www.shunkikuta.com/japanese/</a>  菊田俊介最新作 <br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PDZLU6/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/music/comingsoon_music.gif” alt=”Rising … Continue reading

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“Fortunate Son” Story (Part 2): “Die Hard 4.0″ Saga Continues 

(昨日からの続き) <br> 【「幸運な息­」(フォーチュネイト・サン)物語(パート2)】 <br> 混迷。 <br> ジョン・フォガーティーは、この曲についてこう語っている。 <br> 「これはニクソン(大統 )と自分の戦いのようなものなん 。つまり、権力を持つ者、すべてをもっている者たちとの対決 。ワシントンに住む連­に対して、僕は大きな車に乗っていて、とても尊敬できるような連­ではない、ネガティヴなイメージを持っていた。ヴェトナ 戦争のとき、(人は行かせるのに)自分たち自身は戦争に行かないような連­ 。ドゥワイト・アイゼンハワー(大統 =34代)の­デイヴィッドのことを思い浮かべていた。彼はニクソンの娘ジュリーと結婚していて、彼らはいかにも金持ちの家のおぼっちゃま、おじょうさまのよう った。 <br> いずれにせよ、最初にバンドにこの曲を聴かせたときはま ほとんど­詞はできていなかった。コード進行とエネルギーとタイトルの『フォーチュネイト・サン』があったくらい 。<br> そして、ベッドルー にいって、フエルトペンでレポート用紙に­詞を書き始めた。すぐに、it ain’t me, I ain’t no fortunate son(俺じゃあない、俺は幸運な息­、恵まれた息­じゃない)というフレーズがでてきた。心の­で叫んでいた。声には さなかったが、3ページにわたって(­詞を)書いた。ほんの20分くらいで全部書けたよ。<br> まさに、ニクソンがインスピレーションを与えてくれた作品 。彼は『名誉ある平和』『わが国を、愛するか、去るか』なんてことを言っていたが、今やこの男がまちがいなく悪­ ったことをみんな知っている」 <br> 「1969年当時、国民の8割は戦争肯定派 ったん 。 が、事実を注意深く見守っている連­は、まちがいなく大きなトラブルに向かっていると考えていた。僕はニクソン支持でもなかったし、政治家の息­たちが戦争に行かないことも知っていた。僕はその 23­で、なんでもない普通の若者たちは、彼ら自身が戦争反対の考えをもっていても戦争に行かなければならないのに、権力者の息­たちはそんなことすら考えなくてよかったん 。彼らは恵まれていたよ、幸運 ったん 。そういう連­は「(戦争は)アメリカのためになる」と言っていたが、その­供は誰一人戦 には行っていない」(コメントは、クリーデンスの非公式バイオ・ブックに掲載されたジョンのもの) <br> 戦争肯定派と反戦派。それぞれが入り混じった1969年。混迷の時代の傑作 。 <br> というところで、「フォーチュネイト・サン」の訳詞を「ダイ・ハード・ヴァージョン」でやってみました。(冒 ­の4行の部分は、ダブルミーニングです) <br> +++++ Fortunate Son (John Forgerty) フォーチュネイト・サン(ダイ・ハード・ヴァージョン訳詞) <br>訳・ザ・ソウル・サーチャー <br>(オリジナルの­詞は7月19日付けにあります) <br> 生まれながらに愛国心いっぱいの連­がいる <br>(生まれながらに国旗を振るのが大好きな連­がいる) <br>共産主義者でも、保守派でも、無党派でも <br>(その星条旗の色は赤、白、青) … Continue reading

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“Fortunate Son” Story (Part 1): “Die Hard 4.0″ Saga Continues 

(昨日の『ダイ・ハード4.0』からのつづき) <br> 【「幸運な息­」(フォーチュネイト・サン)物語(パート1)】 <br> 反戦。 <br> 昨日『ダイ・ハード4.0』のエンディングで、CCR(クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル)の「フォーチュネイト・サン」がかかったのを機に、彼らのベストCDをひっぱり して聴いた。 <br> そのCCRは、1960年代後期のまさにアメリカの気分を表現していたグループ 。ヒッピー発祥の地、サンフランシスコを本 に活躍したが、音楽的にはアメリカ南部のスワンプ・­ック、黒人のブルーズ、ソウルなどの影響を多大に受けていた。 <br> その のヒッピーは、反戦、反体制が主流で、クリーデンスもそうしたヒッピー、反体制のスピリットを持った作品を多く した。この「フォーチュネイト・サン」も反戦­的側面をもつし、彼らの大ヒット曲「ハヴ・ユー・エヴァー・シーン・ザ・レイン(邦題、雨をみたかい)」は、ヴェトナ 戦争への明らかな反戦­ った。 <br> この「フォーチュネイト・サン」は、これまでにもいくつかの 画で使われていた。たとえば、『フォーレスト・ガンプ』で、またワイクリフ・ジーンのカヴァー・ヴァージョンが 画『マンチュリアン・­ャンディデート』でも使われている。 <br> カヴァーも、ワイクリフ・ジーン以外にも、ボブ・シーガー、パール・ジャ 、U2、.38スペシャル、ブルース・スプリングスティーンなどが­っている。 <br> さて、「フォーチュネイト・サン(幸運な息­、恵まれた息­)」について調べてみると、けっこうおもしろかったのでご紹介したい。 <br> この「幸運な息­」とは、1969年当時戦争が激しさを増して、全米の若者たちが次々徴兵されていたときに、有力政治家の息­や金持ち、権力者の息­たちはコネによって、徴兵を免れたり、徴兵されても前線ではなく比較的安全な 所に配属されるよう裏で話をつけられていたことについて­っている。<br> 曲の作者であり、クリーデンスのリード・シンガー、ジョン・フォガティーはこの曲のモデルをアイゼンハワー大統 (第34代)の­、デイヴィッド・アイゼンハワーのことを想定して書いたという。そのデイヴィッドは1968年12月、リチャード・ニクソン大統 (第38代)の娘ジュリー・ニクソンと結婚した。デイヴィッドは、そうした特権を利用していわゆるネイヴィー・リザーヴ(予備兵役軍)という前線ではなく比較的安全な職務についた。 <br> この曲自体は、もともと徴兵される男の目線で書かれたもの。そして、ヴェトナ 戦争反対の立 でもある。しかし、すでに前線に行った兵士たちには士気を上げ、がんばるよう応援の意味がある。結局は国会­員の息­ではないために、戦 に送られてしまった不運な男の視点での­になっている。 <br> (この 、明日へ続く。明日のブ­グでは『フォーチュネイト・サン』の訳詞をお送りします) <br> ENT>MUSIC>SONG>Fortunate Son ENT>MUSIC>ARTIST>CCR ENT>MOVIE>Die Hard 4.0 <a href=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp” target=”_blank”><img border=”0″ src=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp/tag/blog.php?k=3b465645b4b281a23e124c2baefe0b39&s=3d229&c=6″ /></a> ++++++++++++++++++++++++

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Hey, Hey, John McClane Never Dies: He’s Fortune One At The End

【ジョン・マクレーン君は世界一不運の男か幸運の男か】 <br> 幸運。<br> 公開­の 画『ダイ・ハード4.0』を見た。<br> ダイ・ハード・マン、ジョン・マクレーン(ブルース・ウィリス)が、­送­のコンピューター・ウイザード(コンピューターの天才)のマット・ファレル(ジャスティン・­ング)と車で移動している。カーラジオから、CCRの「フォーチュネイト・サン」(1969年11月からヒット。シングル「ダウン・オン・ザ・コーナー」のB面)が流れてきた。マクレーンが「クリーンデンス 」と言ってヴォリュー をあげる。すると、ファレルは「そんな昔の音楽を・・・」と小ばかにする。マクレーンはその台詞に無言でさらにヴォリュー をあげる。ファレルがいやな顔をする。<br> この曲は1960年代後期から1970年代­期くらいまで大人気 ったクリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァルという長い名前の­ック・グループの作品のひとつ 。おそらくデジタル世代のファレルはもっとコンピューターで打ち込まれたような音楽が好きなの ろう。こうしたアナ­グの「一時代も前の­ック」はあまりに古­く感じたに違いない。<br> 僕は、このシーンがけっこうデジタルなファレルとアナ­グなマクレーンをうまく象徴してるように思えて、気に入った。ま、単純にクリーデンスを好きなマクレーンが好きって けかもしれないが。(笑)<br> さて、『ダイ・ハード4.0』の最後、無事一件落着しエンディング・クレジットになるところで、再びクリーデンスの「フォーチュネイト・サン」が流れてきた。つまり、エンド・テーマ 。うまい­え。<br> この「フォーチュネイト・サン」は、­詞をよく調べてみると、「I ain’t no fortunate one, no,(俺は、決して運のいい息­じゃないぜ)」というもの。世界一運の悪い男=ジョン・マクレインにはぴったりのテーマではないか! <br> ところで、この 画のタイトル、日本ではシンプルに『ダイ・ハード4.0』 が、アメリカでは『Live Free or Die Hard』となっている。この英語は、アメリカのニューハンプシャー州の州のモットー「Live Free or Die(自由に生きるか、さもなくば­を=自由がなければ、­ん ほうがまし)」をもじったもの という。た 、このフレーズはアメリカ以外ではわからないために、アメリカ以外の世界では「ダイ・ハード4.0」というタイトルで公開されたそう 。<br> でも、世界一運の悪い男といっても、結局、あれ け危機一髪を乗り越え、生き延びてるん から、He’s a fortunate son (彼は幸運な男)ではない ろうか。(笑) ジョン・マクレーン、サイコー! <br> CCRベストアルバ <br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000000XB9/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://g-ec2.images-amazon.com/images/I/31CX-IEG7FL.jpg” alt=”CREEDENCE CLEARWATER REVIVAL:CHRONICLE … Continue reading

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Soul Power Pamphlet’s Proof Reading Is Done

【『ソウル・パワー2007』パンフレット ­終了】 <br> 終了。<br> ここ3-4週間かかりきりになっていた『ソウル・パワー2007』のパンフレットの ­が終了、あとは印刷完了をまつのみとなった。6月19日にもろもろの依 があってから、ほぼ一月。7月30日(月曜)の会 では、みなさんのお目にとまることになる。<br> しかし、このところ、ほとんどライヴにも行けずこれにかかりっきりになってしまった。全部で40ページ、全ページカラー、写真たっぷり、インタヴューもたっぷりなので、けっこう­み応え、見応えはあるかと思う。<br> 前回このブ­グでちょこっと書いたときは、東方神起のインタヴューがま  ったが、これも先週無事終了した。最初は彼らも固かったが、ソウル談義になったあたりから、ヒートアップ。けっこうおもしろいものになった。<br> やはり今回笑えるのは、エナメル・ブラザースと­田哲也のユニットか。エナメル誕生秘話、また、「母に捧げるバラード」誕生秘話などがたっぷり語られた。しっかり「エナメル­箇条」もでているのでお楽しみに。<br> ふ~~、みなさん、おつかれさま。でも、アーティストのみなさんは、これからリハの続きと本番、全力でがんばってく さい。<br> ENT>EVENT>Soul Power <a href=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp” target=”_blank”><img border=”0″ src=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp/tag/blog.php?k=3b465645b4b281a23e124c2baefe0b39&s=3d229&c=1″ /></a>

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Janet Jackson Moves To Island Urban

【ジャネット・ジャクソン、アイランドへ移籍】 <br> 移籍。<br> ジャネット・ジャクソンが、これまでのヴァージン・レコードからアントニオ・LA・リードのアイランド・アーバン・レーベルへ移籍した。アイランド・アーバンの社長は、現在のジャネットのボーイフレンド、ジャーメイン・デュプリ。昨年、デュプリが同レーベルの社長に就任したのを機にジャネットの同レーベルへの移籍がうわさされていた。すでに、ほんの何週間か前からジャネットは新録のためスタジオ入りしている。<br> このプ­ジェクトのA&R(制作担当)は、アントニオ・リードじきじきにてがけ、デュプリはかかわらないという。デュプリは、アイランドのもうひとりの­姫、マライア・­ャリーの新作をてがけることになる。アイランドは、ジャネットとマライアという強力なディーヴァふたりが顔を揃えるという珍しい例になる。普通ひとつのレーベルには、同種のシンガーは置かない。ジャネットのヴァージンにおける最後の2枚『ダミタ・ジョー』と『20 Y.O』はどちらも不本意な成績に終わった。一方、マライアの前作『エマンシペーション・オブ・マライア』(2005年)はひじょうによく売れ、グラミー賞にも多数ノミネートされた。マライアも奇しくもヴァージンからアイランドに移籍している。マライアはヴァージンでは失敗作『グリッター』(2001年)1枚をリリースし、契約を解除した。<br> マライアのアルバ 、ジャネットのアルバ 、ともに年内発売を目指すが、お互いによい競争になる ろう、としている。<br> 一方、デュプリは自身の自伝本『ヤング、リッチ・アンド・デンジャラス、マイ・ライフ・イン・ミュージック』を10月にリリースする予定 。<br> +++++ ENT>MUSIC>ARTIST>Jackson, Janet <a href=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp” target=”_blank”><img border=”0″ src=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp/tag/blog.php?k=3b465645b4b281a23e124c2baefe0b39&s=3d229&c=1″ /></a>

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Carlos Kanno’s Tropical Jazz Orchestra

【カル­ス菅野さん、熱帯ジャズ楽団】  <br> ト­ピカル。 <br> 『ソウル・ブレンズ』(インターFM、毎週日曜午後3時~5時)に昨日は二組のゲストが登 。最初がダンス★マン、そして、新­を した熱帯ジャズ楽団のリーダー、バンマスであるカル­ス菅野さん。熱帯の新­は、『熱帯ジャズ楽団XI~レッツ・グルーヴ』というもので、タイトル通り、グルーヴがコンセプト。スタッフ側から、なぜか「ト­ピカルなトークをお願いします」とのこと。(笑)  <br> 1995年に結成して、12年、11作目のアルバ となるここには、「レッツ・グルーヴ」や「ピック・アップ・ザ・ピーセス」、そして、「愛がすべて」などの超有名大ヒットがラテン調にアレンジされ収められている。 <br> この楽団のアレンジは3人によって行われており、菅野さんはまさに「選曲をし、アレンジャーを決め、そして、録音する」という仕事をするバンド・マスター。ということは、クインシー・ジョーンズと同じです­、と向けると「クインシーほど、仕事してません。(笑) せいぜい、スマイリー小原さんくらいです(笑)」との謙遜の­え。スマイリーさんは「踊る指揮者」の異名を取る、ビッグバンドの指揮者 。でも、バンドマスターになるには、やはり、それなりのリーダーシップがあるような気がするの が・・・(笑)。 <br> 菅野さんが選ん 楽曲のひとつはウェザー・リポートの「エレガント・ピープル」。これはさすがにアレンジが凝っていて、アレンジの打ち合わせもなんどもファイルのやりとりをして完成させたそう 。 <br> ところで、オンエア―で菅野さんがかつて在籍していたバンド「オルケスタ・デラ・ルス」のことを「デラ・ソル」と言ってしまいました。すぐ菅野さんに「デラ・ルス」と訂­していた きましたが、どうも、似ている語感のものって間違えてしまいます。すいません、菅野さん。(苦笑)<br> ところで、「ト­ピカル・トーク」になったであろうか。(笑) <br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PWQORG/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/music/comingsoon_music.gif” alt=”熱帯JAZZ楽団 XI~Let’s Groove~” style=”border: none;” alt=”no image” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PWQORG/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>熱帯JAZZ楽団 XI~Let’s Groove~</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with <a href=”http://www.amazlet.com/browse/ASIN/B000PWQORG/soulsearchiho-22″ title=”熱帯JAZZ楽団 … Continue reading

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Shanti Live At Motion Blue

【シャンティー・ライヴ モーションブルー】 <br> 台風。<br> 台風接近で、かなりの雨の­、横浜モーション・ブルーでシャンティーのライヴ。基本的には下記ライヴ評で書いた5月のブルース・アレーで行われたもののショート・ヴァージョンという感じ。今回は入れ替え制のために、全17曲 ったところが9曲に。半分なので物足りないが、こういう制約ではしょうがないかな。メンバーはドラ スが違っていることと、サックス&パーカッションにゲイリー・スコットが参 している点が違う。<br> 今回特に関心したのは、アコースティック・ピアノのフィリップ・ウーとサックスのゲイリーがからみあったところ。下記セットリスト4の「クワイエットリー」でのアコースティック・ピアノとサックスが醸し出すバックはなかなかのもの った。フィリップのアレンジ力がやっぱりすごいの ろう。特に7曲目「アズ・ゴッド・ラヴズ・ユー」のピアノなどは、ジョージ・デュークか、ジョー・サンプルかというくらいのセンスのよさがでていた。<br> アンコールを含めてセットが60分強しかないので、1曲目のインストはちょっと長すぎた。曲 と選曲に課題が残った感がある。つい一週間ほど前までパリに行っていたシャンティーはま 時差ぼけが残っているという。声の調­がま 戻ってなかったのかもしれない。やはり60分でも、その60分で「これがシャンティーの世界 」というのをがーんと前面に打ち出したいところ。<br> さて、既 通り、シャンティーをフィーチャーしたアコースティック・ソウル・サーチャーズ(ケイリブ・ジェー ス&ゲイリー・スコット)のトリオによるライヴが藤が丘のマルターノで8月16日と17日に行われる。これはほぼソウルのカヴァー曲ばかりをアコースティック・セットで。また、オリジナルを­心にしたライヴが9月27日目黒ブルースアレーで行われることが決まった。<br> またフィリップ・ウーのブルース・アレーでのライヴも決まった。11月8日。ま 内容はわからない、という。フィリップはその前に10月1日、同じくブルース・アレーでグレッグ・ハーティジというサックス奏者のバックも担当する。<br> May 17, 2007 Shanti Live @ Blues Alley ; Music & Shanti Will Be As One <a href=”http://blog.soulsearchin.com/archives/001775.html”>http://blog.soulsearchin.com/archives/001775.html</a> June 30, 2007 Acoustic Soul Searchers Featuring Shanti Will Be Performing At Martano : … Continue reading

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Ichiro’s Masterpiece

【イチ­ーの傑作】 <br> 作品。<br> 7月10日(現地時間=日本時間11日)にアメリカで行われた野球のオールスターで、イチ­ー選手が3安打を放った。そのうちの一本はご­知の通り、ランニング・ホー ランとなった。<br> イチ­ーはこれらの打撃を「ピッチャーの指先からボールが離れた瞬間からイメージどおりに来て、打てた。作品のよう った」といった趣旨のことをコメントしている。<br> このコメントには、やられた。本当にすごい。こんなせりふを言える野球選手がいま かつていた ろうか。あの世界の王選手でも、落合選手でも、こんな文­的な形容はしたことがない。<br> おそらく、イチ­ーには相当な「自分なりの野球の美­」というものがあるの ろう。類まれな集­力から生まれる、たかが一本の「ヒット」をひとつの「作品」という高みに持ち上げる。<br> 僕には「作品」がたまっていけば、その­には、た のひとつの「作品」 けでなく、「傑作=Masterpiece」が誕生する ろうと思う。た の「ヒット」を「作品」にし、「作品」を「傑作」にするイチ­ー。自分で選ん 「作品ベスト10」などを聞いてみたい。あの「レーザービー 」も文句なくベスト10入りの作品 ろう。<br> イチ­ーが書いた文 というのを­ん ことはないの が、彼が書く文 も­んでみたい。目を大事にしているので、パソコンはやらないとか。<br> ところでランニング・ホー ランは、和製英語なんですか。英語ではinside-the-park homer というそうで。<br> ESSAY>Baseball <a href=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp” target=”_blank”><img border=”0″ src=”http://blogscouter.cyberbuzz.jp/tag/blog.php?k=3b465645b4b281a23e124c2baefe0b39&s=3d229&c=1″ /></a>

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“Live M!” Now Has Additional Date

【ライヴM! 追 公演決定】 <br> 追 。 <br> 2007年6月30日付けソウル・サーチン・ブ­グで告知したアコースティックス・ソウル・サーチャーズ:ライヴM(8月17日金曜、藤が丘・マルターノ店)が好評につき、急遽追 日程を決定した。追 日程は、前日の8月16日木曜。すでに17日分は予約がいっぱいになっているので、今後は8月16日分の予約を受け付ける。 <br> ライヴの内容は次のブ­グを。 <br> June 30, 2007 Acoustic Soul Searchers Featuring Shanti Will Be Performing At Martano : Second Spin Off Project Of Soul Searchin’ <a href=”http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_30.html”>http://blog.soulsearchin.com/archives/2007_06_30.html</a> ま はっきり確定的なことはいえないが、地元近辺に住む一流ミュージシャンの飛び入りもあるかもしれない。 <br>   記    LIVE M 追 公演 <br> Soul Searchin’ Presents: LIVE … Continue reading

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“Soul Power 2007″ Booklet Will Have Full Of Interview

【「ソウルパワー2007」パンフレットはインタヴュー満載】 <br> 満載。<br> 今月末(7月30日、31日)東京で2回、来月(8月11日)大阪で1回行われるソウル系アーティストが集うイヴェント「ソウルパワー・サミット2007」のパンフレット原稿を執­している。今回は主 ったアーティストのインタヴューをたくさん載せることになり、これまで一気に取材をさせていた いた。<br>  め切りがもはや限界になってきているが、それぞれのファンの方にはかなり­み応えがあるものになっていると思うので、ぜひライヴにお運びのさいはごらんく さい。<br> 昨年のパンフレットはおかげさまで大変好評で、スタッフ間にもほとんど残っていない。完売した。そこで今回は少し部数を増やす予定らしいが、パンフレットを集められている方は、早めに入手されたほうがいいかもしれない。<br> 現在、インタヴューしたのは、鈴木雅之さん、ゴスペラーズ、スクープ・オン・サ バディー、エナメル・ブラザース、­田哲也。そして残るのが東方神起。すでに出演者たちは、入念なリハーサルを開始している模様 。<br> インタヴューする出演者、全員が例外なく、昨年よりもさらにパワーアップしたものを見せると意気込んでおり、かなりおもしろいイヴェントになりそう 。<br> +++++  「SOUL POWER TOKYO SUMMIT 2007」 <br>公演日時:<br>2007年7月30日(月) 開  17:30 / 開演 18:30 2007年7月31日(火) 開  17:30 / 開演 18:30 会 :日本­道館 出演:鈴木雅之 / ゴスペラーズ / Skoop On Somebody / 東方神起 / エナメル・ブラザーズ / ­田哲也 … Continue reading

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Dance★Man: First Album In Three Years

【ミラーボール星人のプライド】 <br> プライド。 <br> 昨日、静岡K-MIXで放送されている『ブギー・ナイツ』(DJ大西貴文=毎週金曜午後7時~)という番組に、一宇宙人のゲストがやってきた。はるばる3億光年のかなたからやってきたダンス★マン 。でっかいアフ­ヘア、は けた胸元から飛び出す胸毛、ミラーボール星人ならではの濃ゆ~~いヒゲともみあげ。宇宙旅行にはかなりの時間がかかって時差ぼけなどない ろうかと心配したら、それには及ばなかった。ダンス★マン曰く「(瞬時に)ワープしてきますから」 インタヴューには、よどみない日本語で­えた。<br> 7月11日に最新作『ダンス★マン・リターンズ』がリリースされ、そのプ­モーションの一環 。DJの大西さんが「では、ダンス★マンをご紹介しましょう」というと、開口一番、「みゃおおおおっ」。<br> 最新作からの一押し曲は「シャツたたんで収納」。これは、ジョージ・デュークの大ヒット「シャイン・オン」を高度な空耳で完成させた。ダンス★マンによると、これは「もともとは『社員採用』という言葉でずっと暖めていたんですが、どうしてもその先が続かなくて。で、あるときツアーで同室になりたくないのは誰 っていったときに、ダンス★マンが一番になったんですよ。ま、とにかく、片付けができない。散らかす。水周りがきたない。そこで「収納」って言う言葉がでてきて。そうしたら、またたくまに、その後の言葉がぽんぽんでてきて完成したんです。まあ、ご縁があるというか」 という。<br> パーフェクト空耳スト・ダンス★マンとしては、た タイトル け空耳で­詞全体がちゃんとしてないと、そういうのは、許せない、と。最初の「社員採用」は、ダンス★マン的には「レベルの低い空耳度」 ったという。ダンス★マンは一言で言い切った。「(いろいろ作ってくると、確かに)レベルの低いものから、高いものまでいろいろあります。低いものは、た の替え­です(きっぱり)」。<br> なるほど。空耳にかけるダンス★マンのプライドを見た! <br> ちなみに、この曲、バックコーラスに耳をこらすとゴスペラーズの面々とズーコまで参 している。「ということは、ダンス★マンがゴスペラーズに­唱指導したんですか」と尋­ると「いや、指導というか、こういう感じてって一言言うと、こうしようか、とか、こんな感じのハモリでどう、なんてどんどんすぐにできちゃうんですよ。たぶん、1-2テイクでできたんじゃないかな」とのこと。<br> 「ところで、ミラーボールでは、こうしたダンス、ディスコ曲とか、ユー­ビートなんかもはやってるんですか」と尋­ると、「いや、個人的にはユー­ビートみたいのは、あんまり好きじゃないんですが・・・」とのこと。どうやら、たとえば、「ジンギスカン」みたいな曲は、昔は­ぬほど嫌い ったけど、もはや、「敵はそこにはない」と確信するに至ったらしい。最近「ヘヴィーメタル系」のほうが、音楽的に熱く、怖いと感じているそう 。<br> どうやら元々はブラックのファンク好き ったらしく、「ジンギスカン」のような曲は見下ろしていたらしい。なるほど、ここにもダンス★マンのダンスミュージックにかけるプライドを見た! <br>  ダンス★マン・ウェッブ<br><a href=”http://danceman.jp/index.html”>http://danceman.jp/index.html</a>  ダンス★マン リターンズ<br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000RRD49U/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://ec1.images-amazon.com/images/I/316kGIubfCL.jpg” alt=”ダンス☆マン リターンズ” style=”border: none;” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000RRD49U/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>ダンス☆マン リターンズ</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with … Continue reading

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Gatz [Gats] Will Be Background Chorus For Dreams Come True

【ガッツ、ドリカ のコーラスに抜擢される】 <br> 大抜擢。<br> 『ソウル・サーチン:ザ・セッション』イヴェントでもレギュラーとして、またソウル・サーチャーズのギター&ヴォーカルとして、さらにソ­・アーティストとしても活動を続けるガッツが、このほど、日本の人気グループ、ドリー ズ・カ ・トゥルー(アーティスト名の表記は、DREAMS COME TRUE)(以下、ドリカ )のツアーのバックコーラスの一員に抜擢された。<br> これは『史上最強の移動遊園地 DREAMS COME TRUE WONDERLAND 2007』と題される全国のドー を­心に計13本行われる大規模ツアーで、1991年から4年に一度行われているもの。今年はおよそ35万人を動員する、という。<br> 今回はこのバックコーラスを一般公募で集めた。約3000人の応募があり、まず、書類選考で10人が選ばれ、その­から5人が選ばれ6月末のイヴェントに参 、そして、最終的に2人が選ばれ、本ツアーへの参 となった。ガッツは、その2人のうちの1人。倍率は1500倍ということになる。ガッツは他の応募者同様に必要種類と資料を提出し、オーディションを受け、 光の切符を手に入れた。この書類には、彼は本名の「­澤信 (なかざわ・のぶよし)」で応募、合 が発表されたときも、この名前が告知された。<br> なお、この5人の­には、同じくソウル・サーチャーでもあるマル(maru)が、ガッツとはまったく別に一般応募、選ばれていたが、残念ながら最後の2人には入ることができなかった。ソウル・サーチャーから3000人­5人の­に2人が入ったことも驚異的 。<br> ガッツは、アーティスト表記を、しばらく前に関ジャニ∞(カンジャニ・エイト)に楽曲を提供したときから、それまでのGats からGatz に変更しており、ドリカ のツアーのときにはGatzの表記になる模様。ツアーは2007年8月4日の­幌ドー からスタートするが、チケットはほぼ完売になっているという。<br> ガッツは、­式な合 通知を7月1日にもらい、2日からすでにリハーサルに入っている。その合 の喜びを自分のブ­グに書いている。<br> <a href=”http://tkb.gats.tv/”>http://tkb.gats.tv/</a> (↓2007年7月5日付けの日記)<br><a href=”http://tkb.gats.tv/?day=20070705″>http://tkb.gats.tv/?day=20070705</a>  ガッツ・過去関連記事<br> May 10, 2007 Gats Live: Mr. Bassman Will Be Break This Year 【今年は火がつくガッツのライヴ】 <br><a href=”http://blog.soulsearchin.com/archives/001762.html”>http://blog.soulsearchin.com/archives/001762.html</a> (↑ここにガッツの過去記事一覧)<br>  ガッツは2007年8月23日(木曜)、24日(金曜)、横浜モーション・ブルーで単独ライヴを行う。これはオーディション合 前から決まっていたもの。<br> +++++  史上最強の移動遊園地 DREAMS … Continue reading

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Marlene Live

【マリーン・ライヴ】 <br> 継続。 <br> 2007年4月25日にメジャーから16年ぶりのアルバ 『ジャズン・アウト(Jazz’n Out)』をリリースしたフィリピン出身のジャズ・シンガー、マリーンが大阪、名古屋のブルーノートを経てブルーノート東京で2日間ライヴを行った。マリーンといえば、1980年代初 ­からずっと日本のジャズシーンで人気を得たシンガー。なんと土日ということもあってか、2日間4ステージすべて超満員。3桁の数の予約を­らなければならないほどの大入りになった。 <br> このライヴは、新作でタグを組ん 本田雅人率いるビッグバンドとの共演。マリーンのライヴはずいぶん前に­本木のライヴハウスでバンド編成で見たが、今回はビッグバンドをバックということでずいぶん贅沢な感じがした。 <br> それにしてもこの人気は何なの ろう。久々のメジャーからの新作、本田さんのビッグバンドとの共演、昔からの固定したファン層、このリッチなビッグバンドに日本人受けする人気曲の選曲。さまざまな要 がからまっているの ろう。ステージを見ていて、彼女のかわいらしい­ャラクターも人気の秘密の一部 ということも感じた。また、­い続けること、継続が力、それが人気の土台になっている。 <br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000NQDES6/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://ec1.images-amazon.com/images/I/31fLIDyPDfL.jpg” alt=”ジャズ&アウト\” style=”border: none;” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000NQDES6/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>ジャズ&アウト</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with <a href=”http://www.amazlet.com/browse/ASIN/B000NQDES6/soulsearchiho-22″ title=”ジャズ&アウト\” target=”_blank”>amazlet</a> on 07.07.09</div></div><div … Continue reading

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Bill Pinkney, Original Drifters Dies At 81

【オリジナル・ドリフターズ、ビル・ピンクニー­去】 <br> オリジナル。<br> 1950年代後半から1960年代初期にかけていくつものR&Bヒットを放ったR&Bヴォーカル・グループ、ドリフターズのオリジナル・メンバーのひとり、ビル・ピンクニーが2007年7月4日、フ­リダ州のホテル「ヒルトン・デイトナ・ビーチ・オーシャンフ­ント・リゾート」で­去した。81­ った。ピンクニーはこの夜、ここでライヴを行う予定 った。­ は発表されていないが、事件性はない模様。独立記念日のライヴは彼なしで行われ、ライヴ終了後にピンクニーの­が発表された。彼の­により、ドリフターズのオリジナル・メンバーは全員­去したことになる。<br> ビルは、1925年8月15日サウス・­ャ­ライナ州ダルゼルという街に生まれた。ゴスペルを­っていたが、幼少の の夢は野球選手になることで、ニグ­・リーグの「ニューヨーク・ブルー・ソックス」のピッチャーでもあった。その後第二次世界大戦に従軍、除隊後、再びゴスペルを­い した。<br> 1953年、クライド・マックファーターに誘われ、彼の新しいヴォーカル・グループ、ドリフターズの創世期に参 。当初はベース・バリトンを担当していたが、まもなくベース専任になる。1954年に録音された「ホワイト・クリスマス」は、後の1990年、 画『ホー ・ア­ーン』で使われた。<br> しかし、1958年金­面でグループ・マネージャーと衝突、ドリフターズを脱退。この時点までに、グループの創­者クライド・マクファーターは、グループの名前の権利をマネージャーに売却。クライドはその後、ソ­・シンガーに転じた。マネージャーは新たにメンバーを募り、オリジナルとはまったく別個の新生ドリフターズを結成。ここにベンE­ングらがいた。ドリフターズはその後「アンダー・ザ・ボードウォーク」、「セイヴ・ザ・ラスト・ダンス・フォー・ミー」などの大ヒットを放つ。このとき、ほぼオリジナル・メンバーが脱退したため、ビルは彼らを誘い、新たに「オリジナル・ドリフターズ」を結成。本家と争いながらも、精力的にライヴ活動を続け、人気を集めた。<br> ビルのドリフターズはある意味で、オリジナルとして認知され、「リズ &ブルーズ基金」、「­ックン­ール・ホール・オブ・フェー 」など多くの賞を獲得した。<br> □関連記事<br> ドリフターズ・ライヴ <br> February 24, 2007 Drifters Live: Nice Oldies Show, Impressed By Bass Vocal <a href=”http://blog.soulsearchin.com/archives/001606.html”>http://blog.soulsearchin.com/archives/001606.html</a> ENT>OBITUARY> Pinkney, Bill(August 25, 1925 – July 4th, 2007, 81 years old)

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“Jazz!!” Album Featuring Maru

【”Jazz”アルバ にマルがゲスト】 <br> ジャズ。<br> 『ソウル・サーチン』でもおなじみの女性シンガー、マル(アーティスト表記はMaru)がニューヨークを本 として活躍するベース奏者塩田哲嗣(しおた・のりひで)さんプ­デュースのアルバ 『JAZZ!!』で2曲でゲスト・ヴォーカルを披露している。このアルバ は、サックスの太田剣さん、アーブ(urb)の類家心平さんらを集めてジャズのスタンダードを録音した作品。そこで、マルが「フライ・ミー・トゥ・ザ・ ーン」と「ラウンド・ミッドナイト」でジャズ・ヴォーカルを聞かせている。かなり大人っぽい雰囲気 。<br> マルは、このところ、ソウル・シーカーズでのソウル曲、また、­本木のライヴハウス、アルフィーでのジャズ系ライヴ、そして、自分自身のバンドでのコンテンポラリーでソウルフルな作品群など、幅広い活躍を見せている。<br> アルバ のタイトルは、『SUPER★STARS』と★印が入る。じつは、塩田さんは名刺にも星マークをいれている。ファン­ーなベース奏者、ブッチー・コリンズも­ゴの一部に★印をいれているが、そののり。たまたま以前インタヴューしたときに、僕の名刺を渡したら、僕の名刺にも星印があって、「ここにも星印があるじゃないですか」ということでファン­ー・ピープルに星は必  という結論になった。(笑) <br> またマルは、9月に行われるあるシンガーのバックコーラスに抜擢された。ま 発表できないが、まもなく詳細が発表される ろう。<br> bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PIU0M0/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://images-jp.amazon.com/images/G/09/icons/music/comingsoon_music.gif” alt=”JAZZ!!” style=”border: none;” alt=”no image” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PIU0M0/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>JAZZ!!</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with <a href=”http://www.amazlet.com/browse/ASIN/B000PIU0M0/soulsearchiho-22″ title=”JAZZ!!” target=”_blank”>amazlet</a> on 07.07.07</div></div><div class=”amazlet-detail”>SUPER★STARS <br />ポニー­ャニオン (2007/06/20)<br … Continue reading

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Starbucks Has Started Hear Music Label: Signed Paul McCartney

【スターバックス、ポール・マッカートニーと契約】 <br> 融合。<br> コーヒーでおなじみのスターバックスが音楽に本 的に参入、「ヒア・ミュージック」というレーベルを2007年3月にスタートさせ、その第一弾アーティストとして、ポール・マッカートニーと契約、同レーベルからのデビュー作『オールモスト・メモリー・フル』を2007年6月リリースした。<br> スターバックスは、限られたオ ニバス・アルバ などをすでに店内で発売していたが、新録による新­をリリースするのは初めてのこと。<br> スターバックスの音楽部門「ヒア・ミュージック」には現在4つのセクションがあり、1)CDのスターバックスにおける店 ­販売、2)店内でのXMラジオという衛星ラジオ放送の運営、3)「ヒア・ミュージック」の­ゴを した音楽ショップ、4)「ヒア・ミュージック・レーベル」の運営を担当する。<br> 2006年末現在で3)にあたる「ヒア・ミュージック・コーヒー・ショップ」はサンタモニカ(カリフォルニア州=2004年3月オープンの1号店)、サンアンオトニオ(テ­サス州)、マイアミ(フ­リダ州)、ベルヴュー(ワシントン州)と計4店舗ある。このほか、スターバックスのコーヒー店10店舗には、「ヒア・ミュージック」の「メディア・バー」というものがあり、ここではパソコンが置いてあり、料金を払って多くの楽曲から独自のCDを焼けるようになっている、という。<br> これらの店 ­でのシステ はコーヒー・ハウスのライブラリーにあるCDをバーコードでス­ャンして店のPCなどで聞く。ここまでは無料。その­で気に入ったものがあれば、それぞれ規定の料金を払って、好きに独自のCDに焼くことができる。もちろん、一枚のCDそのものを買うこともできるし、7曲まで8ドル99セントで焼くことができる。(追 は1曲ごとに99セント)。店内には約2500枚のCDがある。<br> 「ヒア・ミュージック」自体は、1990年に­立されたカタ­グを扱う会社 ったが、1999年、スターバックスに買収されていた。当初は、アトランティック、モータウン、ブルーノートなどの旧­のコンピレーション・アルバ などを独自に制作、スターバックスのレジ前などで販売していた。2004年にレイ・チャールズの遺作となった『ジニアス・ラヴズ・カンパニー』のアルバ を店 ­で販売したところ、爆発的に売れ、最終的には280万枚以上の全米でのセールスのうち、70万枚近くをスターバックスで販売するに至った。<br> これを機にスターバックスでは新作の販売を強化し始めるようになり、2005年にはアラニス・モリセットのアコースティック・ヴァージョンの『ジャグド・リトル・ピル』のアルバ をスターバックス独 で6週間発売した。<br> そして、2007年3月12日、スターバックスはコンコルド・ミュージックと販売契約を結び、「ヒア・ミュージック・レーベル」をスタート。その記念すべき第一弾アーティストとしてポール・マッカートニーと契約した。第一弾アルバ 『メモリー・オールモスト・フル』は日本でも先月リリースされている。<br> スターバックスのヒア・ミュージックのサイトに行くと、同店でプレイされているアルバ のベスト10なども発表されているが、これが、通常のビルボードのベスト10などとは違ってユニークでおもしろい。<br> <a href=”http://www.hearmusic.com/#NOW_PLAYING”>http://www.hearmusic.com/#NOW_PLAYING</a> 従来のCDショップでの販売とインターネットでのダウン­ードでの音楽販売のちょうど­間点的な音楽販売方法 。逆にCDショップでもこうした販売方法も模索できそう 。<br> □ポール・マッカートニー新作<br> <div class=”amazlet-box” style=”margin-bottom:0px;”><div class=”amazlet-image” style=”float:left;”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PDZNQS/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”><img src=”http://ec1.images-amazon.com/images/I/21v2fhFkOoL.jpg” alt=”追憶の彼方に~メモリー・オールモスト・フル” style=”border: none;” /></a></div><div class=”amazlet-info” style=”float:left;margin-left:15px;line-height:120%”><div class=”amazlet-name” style=”margin-bottom:10px;line-height:120%”><a href=”http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000PDZNQS/soulsearchiho-22/ref=nosim/” name=”amazletlink” target=”_blank”>追憶の彼方に~メモリー・オールモスト・フル</a><div class=”amazlet-powered-date” style=”font-size:7pt;margin-top:5px;font-family:verdana;line-height:120%”>posted with <a … Continue reading

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Soul Of Piano: Fujiko Hemming Turned Grief Into Gold

【悲しみを黄金に変えるピアニスト、フジ­ヘミング】 <br> 黄金。 <br> 楽­とは、音の高さ、長さをメモ書きしたものにすぎない。楽­とは、小説や文 で言えば、た の一文­の羅列 。 <br> 文 をコンピューターが­むと、ひじょうに平板になる。よくある機械音が話すような抑揚がない感じ 。しかしナレーション、朗­が上手な人が­めば、心がこもる音になり物語に血が通う。文 をどのように上手に­むか、それはその­む人、声を出す人の心、気持ち、ソウルにかかってくる。­も同じ 。­詞カードに書かれた文­は、どのような文­で書かれていても、みな同じである。しかし、そこに感動が吹き込まれるのは­い手によって「命」が与えられるから 。 <br> 日曜日(2007年7月1日)にテレビ朝日系列で放送された『永 のカンパネラ~フジコ・ヘミング愛と­の200日~』がなかなかおもしろかった。その­で美輪明宏との対談で、クラシック・ピアノ奏者フジ­ヘミングは、とある音楽評論家が彼女のショパンの演奏を、楽­で書かれた音符よりも何倍も演奏して何事かと批判的に書いていたことを笑っていた。 <br> 彼女と美輪明宏の言葉には、いくつも 晴らしいメッセージがあった。そのいくつかをアットランダ に。 <br> フジコ。「ごはんは残すのが嫌い。米粒ひとつ残すのも嫌い。そういう風に母、祖母に育てられたんですよ。あるとき、ごはん粒をこぼして、納屋にいれられたことがあった。でも、あれはいい教育 ったと思います­。今、日本のレストランってたくさん物を残すでしょう。あれ けのものがあれば、どれ け世界­の人を救えるのか。どうなっちゃってるんでしょう­って思います­」 <br> フジコ。「ある音楽評論家が、私のショパンを聞いて、楽­では四分音符なのに、なぜ、フジコは3倍も伸ばすのかって批判してた。­面にかかれている­から詩を­み取って、人に涙を流させる演奏をするのが、演奏家の才能であって­。­面にないことをするのが、演奏家なんですよ(笑)」 <br> 美輪。「初めてテレビであなたの演奏を見て、それからCD買って聴いて、演奏会に行って、いつも言うん けど、あなたの音楽は『現代のもの』とは思えないって。それに感動しちゃって­・・・。(あなたの音楽の 晴らしさは)時代とか、人間性とか、(あなたが持つ)美意­ と思う。美しいものに対する感度­・・・」 <br> フジコ。「ミシャ・マイス­ー(ラトビアの世界的チェ­奏者)が(私のピアノを聴いて)別世界 と言ったそうよ」 <br> フジコ。「自分の演奏を、(上手に弾いて)聴かせてやろうなんて思うと、必ず間違える。神様のバチがあたるの­。いったい、神様、どこで見てるん ろうって(笑)」 <br> フジコ。「(ピアニストとしていい演奏をしても)ずっと認められないで終わる人もたくさんいますよ。でも私の 合(幸運にも)一夜にして認められた。きっと、神様が私のために(そういう)プ­グラ を作っておいてくれたん と思う。いつも、周りの人に愛を与えなさい、って言われてたから、そうしてきた。それをやってれば、神が助けてくれますよって。モーツァルトは、(晩年不遇で)­んでしまったけど、私は生きて、今こうしている・・・」 <br> フジコ。「相手を受け入れるということをすれば、戦争なんか起きないわよ。相手が気に入らない、ってことがあるからいさかいが起こる」 <br> 美輪。「音楽というのは、情緒とか心とか、そういうプラス・アルファ と思うんですよ­。人間が持っている心、­、­マンとか、そうしたものがその指先から出て、ピアノに伝わって振動となってお客さんの心に波動として伝わる。お客さんにそういう受信機があれば、その波動が伝わる。つまり、それは『精神の波動』­。メカニックのようなものと音楽という芸術のようなものは、まったく対極にあると思う。そうしたメカニックな(心が通っていない)ものばっかりに触れていると、若い人は精神的、神経的におかしくなってしまうのではないかしら。そこには潤い(うるおい)とか、美意­とか、情緒とかそうしたものがないから。 から、平気で人を傷つけたり、殺したりして『なんでいけないの』ってなことになってしまうん と思う」 <br> フジコ。「私は自分のピアノ聴いて、泣くなんてことはない。泣くなんて浅いですよ。若い 、涙が枯れるくらい本当に泣いたから­。(笑)(数々の自分の苦難の­史による)悲しみが、私(の 合)は、黄金になったから­。今、思い出したら、よかったと思いますよ。(あの のことが)私の雨となり、血となって、汗となって、私の体に入り込ん ん から。あれがなかったら(何もない)」 <br> 芸術家、アーティストという職­は、どんな苦しいこと、悲しいこと、そして、うれしいことが何十年と続いてもそれを黄金に変えられる唯一の職­である。 から、これ以上どん底はない、悲しい、苦しいと思ったら、職­をアーティストにしてしまえばいい。 <br> 彼女のピアノは「­のピアノ」と呼ばれる。 <br> 彼女はその「­のピアノ」を弾く自分の指を「大 のような指」という。 <br> 彼女は60­を超えてから注目されるようになった。 <br> 彼女は「黄昏(たそがれ)」が好き 。特に10月の。 <br> … Continue reading

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Sly & Family Stone Reunion: Hit The European Tour

【スライ&ファミリー・ストーンこの夏再結成】 <br> 奇跡。 <br> 1960年代後期にサンフランシスコで結成され、ファンクと­ックを融合し独特のサウンドを作り上げたスライ・ストーン率いるスライ&ファミリー・ストーンがグループを久々に結成。この夏10都市でのヨー­ッパ・ツアーを敢行する。 <br> 日程は次の通り。下記リストは2007年7月、()内が日にち。7月12日イタリアのウンブリア・ジャズ・フェスがトップを飾る。 <br> Umbria Jazz – Umbria, Perugia, Italy (July 12) Montreux Jazz Festival – Montreux, Switzerland (July 13) Blue Note Festival – Gent, Belgium (July 14) North Sea Jazz Festival – Rotterdam, Holland (July … Continue reading

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“Tie A Yellow Ribbon ‘Round The Ole Oak Tree” Story

【幸せの黄色いリボン・物語】 <br> 象徴。 <br> 日本では『幸せの黄色いハンカチ』という 画が有名になった。山田洋次監督による1977年の作品 。 <br> その元になったのが、トニー・オーランドー&ザ・ドーンが1973年に放った全米ナンバーワン・ヒット「タイ・ア・イエ­ー・リボン・オール・オーク・トゥリー(邦題、幸せの黄色いリボン=直訳は、古い樫の木に黄色のリボンを巻きつけておいて)」という曲。 <br> 曲か 画のどちらかはご­知の方は多いと思うが、一応「幸せの黄色いリボン」のストーリーをご­知ない方のために簡単にご紹介しよう。このストーリーは、1971年コラ ニスト・作家であるピート・ハミルがニューヨーク・ポスト紙に書いた「ゴーイング・ホー 」という記事が元になっているとされる。 <br> ひとりの­生がフ­リダ州フォート・­ーダーデールからバスに乗った。その­で刑期を終えた元囚人と知り合う。その彼は故郷に帰るが、妻にもしま 自分とやり直せるのなら、その街の入口にある樫の木に黄色いリボンを一本巻いておいてくれと手紙を書いていた。もしリボンが巻かれていたら、自分はそこでバスを降りて君の元に戻る。しかし、もし結婚していたり、僕とやり直せないと思ったらリボンは巻かないでいい。リボンがなければ、自分はそっとそのままバスに乗り続けどこかもっと くへ行こう。 <br> その話は、バスに乗っていたみんなの知るところとなり、その街に近づくにつれ全員が緊張してきた。果たしてリボンは巻かれているか否か。ついに彼の故郷の街の入口にやってきた。そこで彼らが見たものは、一本ではなく、樫の木いっぱいに巻かれていた無数のリボン った。それを見たバスの客たちは­喜の­声をあげた。 <br> この感動的なストーリーは、9ヵ月後の1972年6月号の「リーダーズ・ダイジェスト」誌に載録され、さらに多くの人たちが知ることになった。 <br> ピート・ハミルは、これを口伝えの伝説として聞き、記事に書いたとのこと 。 <br> 「リーダーズ・ダイジェスト」に掲載されてまもなく、1972年6月に三大ネットワークのABCがこの話をドラマ仕立てにしてオンエアした。このときの元囚人は、ブラックの俳優ジェー ス・アール・ジョーンズが演じた。 <br> そして、それから1ヵ月半後、ソングライターのアーウィン・レヴィンとL・ラッセル・ブラウンの二人が「タイ・ア・イエ­ー・リボン・ラウンド・ジ・オール・オーク・トゥリー」という曲を書き、その楽曲の著作権登録をしたという。彼ら自身は、このストーリーを軍隊にいた に聞いたという。 <br> この曲はトニー・オーランドー&ザ・ドーンによってレコーディングされ、1973年2月から大ヒット。300万枚のセールスを記録、世界­で聞かれることになる。そして、このヒットを見て穏やかでなくなったのが、先にこのストーリーをコラ に書いたピート・ハミル 。そこでこの曲のことを知ったピート・ハミルは、彼ら(ソングライター)に対して訴訟を起こした。 <br> この楽曲は続く17年間にラジオでトータルで300万回はプレイされたと推計された。 <br> 訴訟は、しかし、ソングライターたちがこの物語がハミルが書く以前に書かれた似たようなストーリーを見つけ出し、取り下げられることになった。 <br> そして、この曲の話を聞いた日本の 画監督山田洋次がぜひとも日本ヴァージョンを作りたいと考え、少しばかり日本風にアレンジして『幸せの黄色いハンカチ』として 画化したわけである。日本版では囚人役を高倉健が演じていた。ずっと待ちつづけた妻が倍賞千恵­、旅のお供が­田鉄也と桃井かおり 。 <br> 以後、この「黄色いリボン」は、たとえば、捕らえられている人が解放されるとき、囚人が戻ってくるとき、さらにそれが広義に捉えられ、イランのアメリカ大使館人質事件の人質実解放のとき(1981年1月)、湾岸戦争の兵士が帰国するとき(1991年1月以降)などに、象徴的に使われるようになった。 <br> この「幸せの黄色いリボン」をプ­デュースした二人のうち一人が、ハンク・メドレス った。 <br> ENT>MUSIC>STORY>Tie A Yellow Ribbon ‘Round The … Continue reading

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Hank Medress Dies At 68: A Member Of The Tokens

【「ライオンは寝ている」のメンバー、ハンク・メドレス­去】 <br> ライオン。<br> 1960年代に活躍した白人ヴォーカル・グループ、トーケンズのメンバーで後にプ­デューサーとなったハンク・メドレスが2007年6月18日(月曜)ニューヨーク・マンハッタンの自宅で肺がんのため­去した。68­ った。<br> ハンク・メドレスは1938年11月19日ニューヨーク・ブルックリン生まれ。彼は地元ブルックリンのリンカーン・ハイスクール生 った十代の1955年、友人で同級生のニール・セダカらとともに「リンク・トーンズ」という5人組ヴォーカル・グループを結成。当時ニューヨークでは多くの若者が、街角で­うストリート・コーナー・シンフォニーを作り、明日への成功を夢みていた。ニール・セダカはソ­になるために1958年グループを脱退するが、4人でグループを継続、若干のメンバーチェンジを経て「トーケンズ」となった。<br> 1961年トーケンズは、1952年にウィーヴァーズというグループがヒットさせた「ウイモエー」という曲を「ライオン・スリープス・トゥナイト」と改題し世に送り出し、1962年初 ­から大ヒット。た しここでハイヴォイスを聞かせるのはリード・シンガー、ジェイ・シーゲル。「ライオン・・・」は、アカペラ、ドゥー・ワップなどの愛好者からもっとも愛されている作品のひとつで、最初にヴォーカル・グループをやろうとするときに基本として練習するようなクラシックになった。<br> トーケンズはその後小ヒットを出すが、メドレスらは若手育成に力を注ぎ、ガール・グループ、シフォンズをてがけ、彼女たちの「ヒーズ・ソー・ファイン」(1963年2月からヒット、全米ナンバーワン)、「ワン・ファイン・デイ」(1963年6月からヒット、全米5位)などが大ヒットした。これを機にメドレスの興味は自分が表 って­うのではなく、裏方でヒットを作るほうへ移っていったといわれる。<br> メドレスは、パートナーのデイヴ・アッペルとともに1970年代に入ってトニー・オーランドー&ザ・ドーンをプ­デュース。ドーンは「­ャンディダ」(1970年7月、全米3位)、「ノック・スリー・タイ ス」(1970年11月からヒット、全米1位)、「タイ・ア・イエ­ー・リボン・ラウンド・ジ・オール・オーク・トゥリー(邦題、幸せの黄色いリボン)」(1973年2月からヒット、全米1位)などポップな大ヒットを放つ。この「幸せの黄色いリボン」は、実話を元にした­詞で、そのストーリーに感銘を受けた山田洋次監督が日本で『幸せの黄色いハンカチ』と改題し 画化、ヒットした。「­ャンディダ」でバックコーラスをつけていたひとりは、「ライオン」のリード・シンガー、ジェイ・シーゲル そう 。<br> 1980年代には、ニューヨーク・ドールズのシンガー、デイヴィッド・ヨハンセンをプ­デュースしたりしていた。<br> 1990年から1992年までカナダのEMI音楽出版の社長に就任、ニューヨークに戻ってからはライヴハウス「ボト ・ライン」が始めた「ボト ・ライン・レコード」をてがけていた。<br> メドレスは、4人の­供、2人の­によって送られた。<br> +++++ ニュース。<br> このハンク・メドレス­去のニュースは昨日日曜(1日)の山下達郎さんの『サンデイ・ソング・ブック』を聞いていて知った。あわてて調べると、もう2週間前に亡くなっているではないか。気が付かなかった。そこで、さっそく調べて訃 記事を書いたのが上記のもの。<br> で、いろいろ調べていたら、けっこうおもしろいことがわかった。メドレスについては、僕は最初はドーンのプ­デューサーとして知った。1970年  。いわゆる「バブルガ ・ポップ」のプ­デューサーという認­ った。その後、トーケンズのメンバー ったことを知る。 が、それ以降はすっかり意­もしていなかった。<br> 今回調べて、トーケンズの前身にニール・セダカがいたとか、ドーンの「­ャンディダ」のバックにトーケンズのリードシンガー、ジェイがはいっていたとか、また、例の「幸せの黄色いリボン」の誕生秘話の詳しいヴァージョンなどを知った。「黄色いリボン」は、コラ ニスト、ピート・ハミルのコラ 原稿から始まったのかと思っていたが、どうもそれ以前にストーリーがあったらしい。<br> そのあたりについては明日、書いてみたい。<br> ENT>OBITUARY>Medress, Hank (November 19, 1938 – June 18, 2007, 68 years old)

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Fukamachi Jun: Another First Step With Confusion And Agony

【混乱と悶絶と新たな旅立ち】 <br> 再出発。 <br> 先月まで恵比寿アートカフェで行われていた月一のピアノ・パーティーが、アートカフェの閉店により終了し、 所を改めて「­ーボード・パーティー」になり再スタート。 所は、深町さんが昨年12月に祐天寺にオープンした自身のカフェ「FJ’ズ」。 <br> すべてが変わり、いろいろと興味深かった。気づいた点をいくつか。 <br> 最大の違いは、ここではアコースティックのグランド・ピアノではなく、ヤマハのCP80という電気ピアノがプレイされているということ。これは電­ピアノではなく、実際に弦がありそれをハンマーで叩き、その叩いた音をピックで拾いアンプで増幅しスピーカーに出す。ちょうどエレ­・ギターのようなもの 、と深町さんは解説する。ある意味アナ­グな電気ピアノ 。 <br> この日なによりも驚いたのが、深町さんがライヴ・スタートして1時間以上、まったくしゃべらずにピアノを弾き続けたこと。4曲を約65分ほどノンストップで演奏。前代未聞 。かと思えば、それから約1時間弱、しゃべり続けた。 <br> CP80からかもし出される音は、ときにシンセサイザーのようでもあり、クラビネットのようでもあり、アコースティック・ピアノに似た音 ったりする。音色が多数あるのが、グランド・ピアノとの決定的な違い 。ひとつの­ーボードから即興演奏でこれ けのヴァリエーションが次々 されたら、それはそれで楽しい。 <br> 最初僕は深町さんの­面に座っていたの が、音がなかなか僕に入り込んでこなかったので、どこかいい 所はないかと探したら、二つのスピーカーの­面­央がそこそこいい 所ということに気づき、­を移動することにした。常連さんたちは先にそこら辺に座っていて、なるほどと思った。 <br> ところが移動後もなかなか集­できなかったので、いろいろ考えてみた。ドアがオープンされていて、駒沢通りを行き来する車の音がけっこう聞こえてくる。この「FJ’ズ」の床がコンクリートのような 材、さらに天井がほぼ打ちっぱなし風、配管などが剥き出しのままなので、音の環境がライヴ、つまり、かなり響く。アートカフェは、床は木、壁もしっくいということで意外と音を吸収していた。また、この日は観客が20名少しということで人が多ければもっと吸収されたであろうが、それもなかった。 <br> しかし、それでも決定的に違うのは音が二つのスピーカーから聞こえてくること った。­確に言うと、二つのスピーカーからしか聞こえてこないのである。グランドピアノは、ピアノという楽器すべてから音がでてくる。演奏者が鍵盤を叩く、それが弦を叩く、叩かれた弦の音が共鳴して、音が空気の振動となって人々に伝わる。 が、スピーカーからでてくる音 けでは、どうしても空気の振動がものたりない。音量が大きくてもた 大きい けで めなの 。アートカフェでは、アンプ、スピーカーは使っていなかった。グランドピアノが体すべてで生み出す音そのものを空気の振動で感じていた。 から、この日は楽器の音を聞いているというより、むしろ、電気の機械から出てくる音を聞いている感じ った。そう、楽器ではなく機械 。あるいは、ちょっと音の大きなステレオから音がでてくる、そんなニュアンス 。 <br> これは想像でしなかないが、おそらく演奏者である深町さんも無意­のうちにアートカフェ・マナーでこのCP80をプレイし、その返り、応­がまったく違うので戸惑ってしまったのではない ろうか。演奏家は観客とコール&レスポンスしながらパフォー する。観客のレスがよければ、それは演奏にも跳­返る。そのコール&レスポンスは、実は演奏家は演奏家と楽器の間でもやっているの 。 <br> 最初、深町さんはこのCP80をあまりプレイしていないのかと思った。しかし演奏後に聞けば、深町さんはこのCP80はすでに20年以上プレイしているという。ということは、この機械の特性や、得意とするところは熟知しているはず 。実際、クラビネット風の音などは70年代ファンクバンドがやりそうな感じで僕にとってはひじょうに新鮮 った。 <br> 珍しく途­休憩もなく演奏とトークが続いた。さらに前代未聞、深町さんは曲を終えて弱音を吐いた。「どうも、今日は めなん よ­え。いいフレーズがうかんでこない。実は、(先月までの)アートカフェでは毎月60人くらいの人が来てくれていたんです。でも、今日はそこからは10人くらいしか来てない。初めての人もいますが。それがちょっとショックで­え。アートカフェ から行くというのもわかるんですが」 常連から檄や応援、喝采も飛ん 。「アートカフェと深町さんという融合で化­反応が起こってああなったわけで、ま ここでは初めてなん から、これから作ればいいんじゃないですか」といったことを僕も言った。「不安な音楽家の機微がいい­(苦笑)」と声が飛ん 。 <br> しかしおもしろいことも言っていた。「いい演奏ができないと、いい演奏ができるまでいくらでも弾いちゃうかもしれない」 それはそれでいいかもなんて思った。 <br> そんな弱音の後プレイした曲はかなりおもしろかった。僕は勝手にその曲にタイトルをつけた。「悶絶(もんぜつ)」 。相当な苦悩ともんもんとした様­が­み取れた。 <br> そしてこの曲を聴いているときに思った。深町純という卓越した­ーボード奏者のダイナミズ にこのCP80という機械は十分に応えられる­ャパシティーがないのではないか、と。どうしてもでてくる音が平板な印象がぬぐえないの 。プレイヤーの力量と機械の力の差が出てしまう。少なくともグランドピアノの 合は拮抗していたにもかかわらずである。 <br> おそらく、グランドピアノにはグランドピアノに向いたプレイの仕方、シンセにはシンセ向きのプレイ、そして、このCP80という電気ピアノにはそれ向きの、しかも、この「FJズ」という会 でのプレイの仕方があるの ろう。それがま 見出せていないの が、深町さんのこと から、すぐにその解­を見出す ろう。 <br> なにしろ、床も違う、天井も違う、壁も違う、ハコが違う。何より楽器が違う。音楽を楽しむ上の諸条件いくたある­で唯一同じものは、演奏家が深町純であるという け 。気にすることはありません。きっと何年か経ってこの第一回のことを思い出したら、「ああ、あの日はどうなることかと思った」と笑って振り返ることができる ろう。「FJ’ズ」での­ーボード・パーティーをこれから作っていけばいいの 。 <br> 聞く側も演奏する側も、6年以上アートカフェに慣れてきた。そこからの脱却は一朝一夕でいかなくとも恥じることはない。 <br> テレビシリーズでもシーズン2の初回などは時間延長で放送するもの。(笑) 前代未聞の3時間弱休憩なしのライヴ、混乱と悶絶と発見によって再出発の扉が開いた。 <br> … Continue reading

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