Monthly Archives: May 2003

Lip Sync & Choreography Sync: That’s Another Entertainment

あてぶり。 まあ、いろいろイヴェントはあるわけですよ。ちょっと内輪ネタが続いて申し訳ないのですが。(笑) 昨日(2003年5月30日・金)の白金ダンステリアにおけるイヴェントは『エンバシー・ナイト』というタイトル。何をやるかと言えば、別にたいしたことはやりませんが、かつて72年頃から80年代初期まで六本木にあった伝説的ディスコ「エンバシー」を一夜だけ復活させようという試みってところでしょうか。で、「エンバシー」にちょっとつながりがある人が集まって何かやる、と。 とはいうものの、大体メンツは決まってるわけですね。そんな中、昨日のメインイヴェントは、「グラディス・ケイコ・ナイト&ピップス・エレキバンズ」によるあてぶりの「夜汽車よ、ジョージアへ」。 いやあ、グラディス・ケイコ、顔黒いよ。鼻の穴でかいよ。唇厚いよ。で~は~だよ。(派手だよ) 「年とってるんで、ピップス・エレキバンズという名前にしました」(マイケル談)というバックの男性3人組。 手拍子たたくよ。踊りが決まるよ。ターンが揃うよ。みんなまとめて、笑えるよ。 こんな、手軽なエンタテインメント、もっともっとあるといいですね。ピップス・エレキバンズのメンバーは、江守アイさん、ニック岡井さん、マイケル鶴岡さん。平均年齢52.7歳。フッ、フッ~(ピップス風に) あてぶり、って英語でなんていうか、考えました。もちろん、ないと思います。直接的な単語は。口パクと踊りの真似、ということで、リップ・シンクとコレオグラフィー・シンクというのを考え出しました。通じるかどうか、自信ないですが。英語の得意な方、なにかいい表現あったら、教えてください。 そうそう、少し自己主張しましょう。僕も、このあてぶりエンタテインメントに少しだけお手伝いしました。この曲の歌詞カードを探して提供したんです。グラディスが歌う部分の歌詞は、それこそ、すぐにでてくるんですが、バックコーラスの部分が入った歌詞はなかなかなくてねえ。ネットでいろいろ探して、やっとの思いで見つけて、グラディス・ケイコに渡したわけです。 で、せっかく探して、CD聞きながらこの歌詞を見ていたら、訳したくなったので、全面的に訳して、日記に書いたわけですね。それが4月19日付け日記です。本当は4月末のイヴェントで踊る予定だったのですが、みなさんスーパーダンサーだけにお忙しくリハーサルのスケジュールが調整できなかったために、今月にずれ込んだわけです。 しっかりビデオ撮りましたよ。ビデオで見ると、グラディス・ケイコ、ほんとに歌ってるみたいに見えるから面白いですね。終わったあと、マイケルに言われました。「ビデオ、ちゃんと撮ったか。そしたら、それ持って、営業取ってきて」 忘年会のネタあたりには、いいと思うんだが。ま、営業もできるか。ギャラはいくらくらいまで言ってもいいのだろうか。 でも、これ受けるのって、この「夜汽車よ、ジョージアへ」を知ってる人たちだよねえ。けっこう年齢層高いかもしれませんね。年末の「お笑い物まね大作戦」あたりにいれこむか。…そんな番組ないって。 ビデオとりの、営業とりの早起き鳥・・・。フッ、フッ~~~(もう一度ピップス風に)

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Promotional Talk

雑談。 ニック岡井、マイケル鶴岡とともに、J-Waveの『ソウル・トレイン』に遊びに行きました。主たる目的は、ニック・プレゼンツ・ディスコ・ソウル・ナイトのイヴェントの告知。いわゆるプロモーションですね。 まあ、打ち合わせもなく、ただひたすら雑談をしてくるという感じなんですが、それでもインターネットの話になって、ニックが「僕の名前、いれると百何件もでてくるんだよね」と言いました。「でも、ニックさん、自分ではそのページ開けないんですよ」と僕。 リュウ「ほんとですか? そういえば、ニックさん最近携帯持ってますよね」 マイケル「でも、メール送っても返事来ないんだよねえ」 僕「そうそう、本人自分のメールアドレス、わかんないのよ」 ニックがたまらず、「もう、僕の話はいいよ~~」 といったところで、6月8日のイヴェントの告知。プレゼントとして3組6名さまにあげました。 リスナーの人から、「今、また『ソウル・サーチン』読み返してます」というメールや「『ソウル・サーチン』は私のバイブルです」というメールが来ました。うれしいですね、ありがとうございます。 最近どうですか、とリュウに聞かれたマイケルが、「吉岡さんのホームページ毎朝見るのが楽しみでねえ。コーヒー飲みながらね。ルーサー、やばいんだ、とか、バリー・ホワイトだいじょうぶか、とかね。そこで勉強するのよ」と答えたのには笑えましたです。はい。 さくっと終わって、ニック、マイケルらとともに、恵比寿ブラウンシュガーへ。カウンターに3人で座ったら、マスター白川氏、「濃い~~ですねえ」と。しばし、再び生産性のまったくない雑談を、DJ恵子ちゃんなども交えながら、軽くかわし、終了。ニックを送って行き、「じゃあ、また明日」と言って解散。まあ、今日ですが。 白金ダンステリアでは、今日のイヴェント「エンバシー・ナイト」で「グラディス・ケイコ&ピップス」の「夜汽車よ、ジョージアへ」が見られます。ケイコは、このDJ恵子、そして、ピップスはニックにマイケルに江守アイ氏だ。「キング・オブ・ソウル」は、江守さんではなく、ドン勝本なのだが、このピップスは、言ってみれば「裏キング・オブ・ソウル」って感じでしょうか。かなり笑えるに違いない。絶対ビデオとるぞ。

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Dance With My Father

父。 ルーサー・ヴァンドロスの新作アルバム『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』(全米で6月10日、日本では7月9日発売予定)のタイトル曲がオンエアされ始めています。といっても、ニューヨークのFMですが。WBLSが一足先に、プレイしていました。毎週日曜日の『サンデイ・クラシック』の5月4日放送分で、御大ハル・ジャクソンが紹介していました。 以下は、そのエアチェック(正確にはネットチェック?=インターネットで聞きながらカセットに録音した)したものを聞き取って、一部訳してみました。音が途切れたり、よく聞き取れなかったりしているので、とりあえず、仮訳ということでご了解ください。(笑) すでに書いたとおり、ルーサーの父は、ルーサーが8歳頃の時に他界しています。なので、彼にとっては7-8歳くらいまでしか父の記憶はありません。以来、母親に育てられてきたわけです。その彼が父親との思い出をつづったのが、この「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」です。 ここでは、「ダンス・ウィズ・・・」は直接的には父とダンスを踊る、ということになりますが、全体的なニュアンスからすると、父親と一緒に過ごす、遊ぶ、戯れる、といったことすべてを指しているようです。父がほぼいなかったに等しいルーサーが、「もし父がいれば一緒に遊びたかった」と心の内を吐露する傑作です。ルーサーの母がこれを聞いて「よく7歳くらいまでの記憶がこんなにあるものだ」と言って号泣したのもうなづけます。 ゆったりとしたちょっとだけリズムのあるスロー・バラード。こういう状況でもあるので、大ヒットまちがいありません。ひょっとして、全米ナンバーワンにもなるかもしれません。もちろん、彼が元気でも、この曲は彼にとって「ヒア・アンド・ナウ」以来の大ヒットになるでしょう。単純に父と息子というテーマは、曲のテーマとして、永遠に不滅です。 「僕が子供だった頃、すべては無邪気だった。父は母や僕と一緒にダンスを踊ってくれた。寝付くまで、僕をあやしてくれた。そんな時確信したものだ。僕は愛されている、って。 もう一度チャンスがあるなら、一緒に父と散歩をしたり、踊ってみたい。きっと母だって父ともう一度踊ってみたいと思っているだろう。 母の言い付けに僕が納得できない時、父は僕を笑わせ、慰め、結局母の言い付けたことを僕にやらせてしまったものだ。 もう一度父を見ることができるなら、最後のダンスを一緒にできるなら、僕は決して終わることがない歌をかけよう。なぜって、僕はもう一度、父と一緒にダンスをとっても、とっても踊りたいから」 ルーサーは、ブラックチャートでは7曲のナンバーワン・ソングを記録していますが、まだ、ポップチャートでは1位になったことがありません。この「ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー」はルーサーにとって初のポップにおけるナンバーワンになるでしょう。注目していてください。ほんと、胸を打つめちゃくちゃいい曲です。すでに何度もリピートして、今週の僕のへヴィーローテーションです。 この歌詞の一部を借りるなら、「もう一度チャンスがあるなら、僕はルーサーのライヴを見たい。 If I could get another chance, I’d love to see Luther sings」っていう感じです。WBLSでこの曲が終わったときに、ドロップ(アーティストなどのちょっとした声のメッセージのこと)が入りました。ルーサー本人の元気な声です。「ハ~イ、ルーサー・ヴァンドロスです。僕がニューヨークにいる時は、ハル・ジャクソンのサンデイ・クラシックを聞いています。107.5、WBLS-New York」

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明日深夜のソウルトレイン

お知らせです。 明日深夜のFM『ソウルトレイン』(J-Wave 81.3mhz)にニック岡井さんと一緒に少しだけゲストで出ます。明日は木曜深夜です。出番は1時過ぎあたりでしょうか。お時間あるかた、どうぞ。 6月8日のイヴェントの告知です。

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Finest Beef Tongue Restaurant O.V.Wright Brought Me To

舌雅。 読み方は、「たんまさ」。4月始めに小冊子が送られてきた。高校時代の同窓生向けに年1回発行される雑誌で、これが2号目だった。表紙は歌舞伎の市川右近さん。A4版40ページ程度の薄い雑誌なのだが、ぱらぱらとめくっているうちに、一枚の写真にひっかかった。 それはヤマハの全面広告だった。男の人が居酒屋風のところで楽しそうにギターを弾いている写真。コピーは、「ブルースが好きで好きで習い始めた。もう一杯、いやもう一曲いかがですか?」 広告の狙いは音楽好きのみなさん、ギターでも習い始めましょう、というものだ。しかし、僕が惹かれたのは、コピーもさながら、その彼の後ろの壁に貼られていた一枚のポスターだった。 「Club Paradise, O.V.Wright…Little Eddie Wright…」 明らかにアメリカ南部の小さなライヴハウスのライヴ告知ポスターだ。O.V.ライトのポスターを貼るとは、むむ、これは・・・。お主、何者ぞ。この店に行きたい、と当然思う。ところが、店の名前、住所電話番号などがまったく書かれていない。よく見ると、「平尾雅和・牛たん料理店店主、四十四歳、続・音楽時代はじまる。」と書いてある。だが、店名は? ヤマハの音楽レッスンの広告なので、その案内は書かれているのだが。 そして、目を皿のようにして何度もその写真を見ていると、右端のほうに、一枚の紙が貼られている。「炭火牛たん焼、舌雅(たんまさ) 目黒鷹番」 ええ~~? これが店の名前なのかなあ。しかし手がかりがこれだけだ。店の看板というか、こんなところに張らないだろう。でも、店紹介データを載せないかわりに、この看板のような一枚の紙をここに貼ったのかとも思い、ネットで検索してみた。 すると出てきた。はい。舌雅。目黒・鷹番。間違いなし。住所、電話番号、確認。そうかあ。ソウル牛タン屋か・・・。いや、ブルーズ牛タン屋か。 そして、それから一ヶ月余。行く機会が訪れた。「ゲロッパ」の試写の帰り。そこで会った人たちに声をかけた。「ちょっと、鷹番の面白そうな牛タン屋行かない?」 さすがに住宅街にあったので、なかなか探せなかったが、匂いでわかるというか、あれじゃないの、というちょうちん風の店を発見。 引き戸をあけて中に入ると、カウンター10席だけの小さな店。そして、あのポスターが貼ってあった。広告と位置は違ってたが。きっと、撮影用に場所を変えたんだろう。そして、主人もあの写真に映っていたその人だった。われわれが入ると席すべてがふさがってしまった。主人一人が次々と注文をさばいているが、それぞれに丁寧な仕事をしているためか、なかなかゆっくりしたペースだ。一人で10人のオーダーをこなすのは、かなり大変だ。こちらも、ゆっくり構えることにする。 まずはパリパリ浅漬け。うまい。牛タン、うまかった。ゆでたタン、タン塩。豆腐よう。鮭のハラス焼。うまい。どれもていねいな仕事がしてある。豆腐ようなどは、そのまま仕入れているそうだが。(笑) ゴーヤのさっと炒め、あたりめ、う~ん、思い出すだけでも、また食べたくなる。パリパリ浅漬けなんて、店にはいってまず頼み、後半でもう一度頼んでしまった。牛タン、しっかりした厚みがあり、味がある。これはまた食べたくなる。 この日は食することができなかったが、シチューもある。そこで、パンもある。となりのカップルがシチューを頼んでいて、それをじ~っと見ていたら、声をかけられた。「これ、おいしいんですよ」 「そ、そうみたいですね。次回、絶対頼みます」 非常に質の高い牛タンという感じがした。焼酎も30本近く種類がある。主人は次々と料理と飲み物を作るのに忙しいので、やたらと話し掛けるのがはばかられたが、それでも何か声をかければ、誠実に答えてくれる。 かすかに流れるBGMは、ばりばりのブルーズ。やっぱりねえ、ポスター見て、想像はした。マスターに尋ねた。このBGMは? 「あ、これ、有線なんです」 おっと、有線でしたかあ。しかし、この店で、ポスター以上に僕の目を点にしたのが、チェスなどの7インチシングルを数枚ほど壁に直接貼ってあったところ。マニアックだ。2000年6月オープンで、まもなく3周年。 死ぬほど食べてひとり約3500円。帰り際に「ショップカードありますか?」と尋ねると、「あなた様のご多幸を心より祈って。舌雅、ご縁袋」という名刺大の小さな袋をもらった。手渡された瞬間、袋の中に硬いものがあるのを知った。指先が5円玉の存在を教えてくれた。 O.V.ライトに導かれた隠れ家的牛タン屋さん。O.Vに感謝!  +++ +++ 『O.V.ライトに導かれた牛タンレストラン』 店名・舌雅 (たんまさ)(炭火牛たん焼き) 住所・東京都目黒区鷹番3丁目19-11 電話・03-5704-8262 定休・日曜営業・18時から午前1時まで。カウンター10席。 東横線学芸大学駅・西口から西口商店街を駒沢通りのほうに向かい、とみん銀行先の角を右折。すぐ右側。 DINING>RESTAURANTS>ESSAY >TANMASA

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The Song That Changed His Life

鳥肌。 DJマーヴィンが尋ねます。「なぜ、この曲を選んだんですか」 ニックが答えます。「この曲、リアルタイムで聴いてたんですよ。向こう(アメリカ)ではやっていた頃。やっぱりね、僕は、これ聴いて何十年とここまでやってきたような感じなんでね。この曲だけは、お墓に入るときもこの曲を流して欲しいな、って思って。(笑) それくらい好きです!」 『ソウル・ブレンズ』でのニックさんセレクションの2曲目は、彼のこのコメントとともに紹介されたテンプテーションズの「マイ・ガール」でした。アメリカでは1965年1月からヒットし始めたので、1947年9月29日生まれのニック岡井は、その時17歳でした。まだ青山あたりで遊んでいる頃のことでした。 そして、その曲を聴いて、ソウル、ダンスの魅力にとりつかれたニックは、大学を一年で辞め、どっぷりこちら側の世界に足を踏み入れました。以来、38年、ニックは今日まで踊り続けています。生涯一ダンサー、生涯一ソウルブラザーです。まさに「マイ・ガール」はニックの人生を変えた一曲ということになります。 ある一曲をDJなり、ラジオのパーソナリティーが紹介するとき、そこに選曲の必然性があれば、そのプレイされる曲には「かけられる意味」が生まれます。その曲は、プレイする人にとってどんな意味があるのか、あるいは、それを歌うシンガーにとってどんな意味を持った曲なのか、それを解説してプレイすれば、聞く人々もその曲をよりよく理解することができ、ときには感動することもできるのです。 今まで何千回と聞いてきた同じ曲が、それをかけるDJの一言によって、あるいは紹介されるエピソードによって、まったく違った輝きを放つことにもなるのです。そして、そのエピソードを聞いてリスナーがその曲をより好きになったとすれば、それは曲を紹介する側としても大いなる意義があるわけです。DJや音楽を紹介する者は、本来そうしたことにもっと力を注ぐべきなのですが、最近はとてもそんなことをする人が少なくなりました。それはとりもなおさず、DJたちが音楽の魅力を、リスナーに伝えていないということなのです。 だから、音楽の力が弱くなり、まあ、コピーでいいか、MP3でいいか、CD焼けばいいか、ということにつながっていくのです。もちろん、音楽の力が弱くなっているのはDJだけのせいではありません。ミュージシャン自身も弱くなっているのでしょう。 「これを聴いて、何十年とここまでやってきた」 大ヴェテラン、ニック岡井の歴史的記念すべき第一歩がテンプテーションズの「マイ・ガール」だったわけです。そして、そのエピソードを披露した彼は、見事に「マイ・ガール」にゴールドの輝きを与えたのです。 テンプテーションズの「マイ・ガール」に、その瞬間、特別な意味が付加されました。だからラジオの前の人の鳥肌が立つのも当然なのです。

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Dance, It’s His Life: Legendary Dancer Organized His First Event

伝説。 ディスコの歴史も、すでに30年以上数えます。これだけの長き年月があれば、そこには伝説のひとつやふたつは生まれます。1965年、ラジオから流れてきたテンプテーションズの「マイ・ガール」に心打たれた当時17歳の男は、以来、ソウル、R&B、そして、ダンスにどっぷりとつかり今日まで、ソウル一筋、ダンス一筋でやってきました。ミスター・ニック岡井! その人です。そのニックが来る6月8日(日)、ニック・プレゼンツとして初めてのイヴェントを川崎クラブチッタで行います。 詳細は、下記サイトで。チケットプレゼントもあります。 http://www.teccom.jp/contents/souldisco_nite.htm 日本独自の文化のひとつであるステップダンスの考案者として、また現役ダンサーとしていまだに数多くのイヴェントで踊ったり、ステップダンスの教則ビデオでの講師役など、そして、日本語のダンスクラシック「可愛い人よ」を歌うクック・ニック&チャッキーのひとりとして、幅広いフィールドで大活躍中です。言ってみれば、現役であり伝説でもあるダンサー、それがニック岡井です。 このイヴェントは、ニックさんたちのクラシック・ダンス、さまざまなステップ・ダンス、ライヴ・バンドの演奏なども行われます。そして、映画『ゲロッパ』の井筒監督などもスペシャル・ゲストとして登場する予定です。 日本におけるソウル、ダンスの歴史が一夜に凝縮されるイヴェントでもいうことになるのでしょうか。みなさんも、お時間ある方は、ぜひ。 ビッグ・シャウト・アウト・トゥ、ミスター・ニック岡井、55歳。生涯一ダンサー!  はっきり言って、いつ会っても、彼は若いです。 +++++ NICK presents SOUL & DISCO NITE ●開催日:2003年 6月8日(日) 開場/16:30.開演/17:00.終演/22:30~23:00 ●開催場所:川崎クラブチッタ 〒210-0023.神奈川県川崎市川崎区小川町1-26.TEL:044-246-8888 ●チケット:前売¥3,000/当日¥3,500(taxin)1ドリンク付、フード別料金 ●チケット取扱い:チケットぴあ03-5237-9966(Pコード[148-307])/ローソンチケット0570-00-0903(Lコード[36079]) ●主催:株式会社クラブチッタ/株式会社テック・コミュニケーションズ/SOULFREAK ●出演アーティスト:ニック岡井/クック豊本/KING OF SOUL/江守藹/KooLEEZ/Funky松田&HappyBoys/and more… MC:月忠藤本.DJ:”Root” Inaba/Ma-chanNakamura ●SPECIALゲスト:井筒和幸(映画監督、今夏劇場公開予定「ゲロッパ!」) +++

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James Brown “Get Up! Tour” 2003

ジェームス・ブラウンが10月に来日する。今回は「ゲロッパ! ツアー 2003」と題され、全国5回公演が予定されている。チケット発売は6月28日(土)。 10月2日(木) 武道館。19時。S8500円、A8000円(税込)10月6日(月) 福岡サンプパレス。19時。S9500円、A8500円(税込)10月9日(木) 大阪フェスティバルホール。19時。S9500円、A8500円(税込)10月10日(金) 名古屋市民会館。19時。S9500円、A8500円(税込)10月13日(月・祝) 北海道厚生年金会館。19時。S8500円、A8000円(税込) 総合問い合わせ JECインターナショナル 03-5474-5944 日程の間隔がゆるいので、ひょっとすると、チケットの売れ具合によっては東京は追加がでるかもしれない。

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Mr. Dabada: Carlos Jean Showcase Live

ダバダ。 回る、回る、頭の中を、止めどもなく回る。アップテンポの「ダバダ・・・」の響き。スキャットマン・ジョン風のノヴェルティー・ソング「ミスター・ダバダ」をヒットさせているのが、スペイン生まれのカルロス・ジーン。「バダバ、ダバダバ、ダバダバ・・・」 一度聞いたら、決して忘れません。超強烈な、いつのまにか口ずさんでしまいそうな、この夏に大ヒット間違いない一曲です。 そのカルロス・ジーンのショーケース・ライヴが24日(土曜日)、東京・青山のレストラン「カイ」で行われました。ほんの40分程度でしたが、バンドを従えてのもの。しかも、オープニングは、かなり凝ってました。 彼のファーストアルバム(日本未発)で、宇宙に行ったらしいのですが、このセカンド(本邦デビュー作=『ミスター・ダバダ』=原題バック・トゥ・ジ・アース)では、地球に戻ってくるわけです。そこで、宇宙服のようなものを着たメンバーがステージに登場して、大爆音とともにライヴが始まるという演出です。 ちょっと大げさに言えば、その昔のアース・ウィンド&ファイアーの演出にも似たものを感じました。もちろんアースほどおおがかりではありませんが。ドラム、ギター、ベースなどが刻むリズムは、すっきりしたファンク系の音。ま、言ってみれば、これが新しい「スパニッシュ・ファンク」ってところでしょうか。あるいは「ユーロディスコ・ファンク」かな。現地では昨年大ヒット、若干、テクノ系のようにも捉えられているようですが、ライヴバンドを見ると、ポップなファンク系の比重が強いように思えます。 そして、スキャットマン・ジョンなどに通じるめちゃくちゃ明るさがあって、ポップ、わかりやすくて、理屈抜き、それが最大の魅力です。ダバダのリズムは、誰でも踊れます。彼らがファンク、あるいは、ダンス・ミュージックへアプローチする方法は、ちょうど日本人やイギリス人がそうする方法と似ています。だから、日本人ミュージシャンもこれくらいできるだろう、と思えてきます。そういう意味ではゆるいファンクかな。 「オーラ・サンバ」は、サンタナのヒット「オエコモバ」をフィーチャーしてやっていました。この日ライヴではやりませんでしたが、CDでは「カンフー・ファイティング」をカヴァーしています。 ライヴが一通り終わり、カルロスがステージに戻ってきました。司会者のケイ・グラントさんといくつかの一問一答。ライヴ前にケイさんが彼のプロフィールを紹介したときに、「カルロスは1973年の6月生まれで、来月30歳になります」と言うと、観客から「えええっ」という驚きの声が。これは一体どういう意味でしょう。(笑) つまり、あの風貌からすると、もっと年をとっているように思えたのでしょうか。ま、きっとそうなんでしょうね。 そして、「今度のアルバムは、いろいろな音楽的要素を取り入れた。だから、これを聞けば世界中を旅できる、そんなアルバムだ」と彼はスペイン語で説明しました。スペイン語、皆目わかりません。「影響を受けたのは、最初の頃はマドンナ、マイケル・ジャクソン、それからファットボーイ・スリム、ジャミロクワイ、エミネム、ミゲール・ホセ、ウィリアム・オービット・・・などなど」 うむ、アーティスト名のところだけ、聞き取れた。 打ち上げの席にやってきた彼に、「ムーチョグスト」(こんにちは)、「メ・アレグロ・デ・コノセルレ」(お会いできて光栄です)の二つの言葉を、レコード会社の人が持っていたスペイン語会話の本から覚えて、本人にお声がけしました。通じたのかねえ。(笑) もうひとつ覚えました、スペイン語。「サル~」(乾杯)  (2003年5月24日(土)東京青山レストランCAY) ENT>MUSIC>LIVE>JEAN, CARLOS

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He is News Maniac

ニュース魔。 「ゲロッパ」の試写会の続き。ここでは、何人かの知り合いに会ったのですが、テレビのワイドショウなどで活躍されているD.Sさんと久々に話しました。会うなり、「ルーサー大変だよねえ。僕、前シカゴで(ライヴ)見てね。もう、最高だよねえ。これが音楽だよね。今の音楽は、つまらないよねえ。きちんとメロディー歌わないもんね。ホイットニー・ヒューストンがだめにしたんだろうね。こう、メロディーくずす歌い方始めちゃって。(シカゴでは)両親と一緒に行ったんだけど、ほとんど黒人で、白人なんて僕たちくらいしかいなかった。でも、みんなおしゃれしててね」とひとしきり、ルーサー話をまくしてたてたかと思ったら、「バリー・ホワイトは大丈夫みたいよ」ときたもんだ。みんな見てるニュースは一緒なんですね。(笑) ホイットニー悪役説は、初めて聞きました。(笑) どうなんですかねえ。そこんとこ、もう少し検証してみたいですね。彼はシカゴ出身で、なぜかソウル・ミュージックが大好きで、昔からどこかで会うとソウル話に花が咲く。「今、マックだと、一曲99セントで、昔のソウルのヒット曲とかを合法的にダウンロードできるの、知ってる? これも便利。吉岡さん、どっち? あ、ウィンドウズか。それ、もうしばらくしたら、できるようになるよ。で、ためしにスピナーズの『ゲームス・ピープル・プレイ』ダウンロードしてみた。いったんハードディスクに落とすから、一度落とせばいつでも聞けるし、そのままCDに焼いてもいいし。あの曲、好きなのよね。決済? クレジットカード。でも、アメリカ発行のやつみたい。たぶん、承認の問題があるんじゃないかな」 ということは、日本からではまだだめかな。アメリカ国内で発行されたカードを持ってればいいわけですね。サイトの名前を聞いたのですが、ちょっと度忘れしてしまいました。だから、その場でメモしなきゃいけないんですよねえ。メモ、メモ。D.Sさんは、ニュース魔だからねえ。いろんなニュース知ってます。 「ゲロッパ」のサントラというのが、映画公開にあわせて発売されます。ジェームス・ブラウンの「セックス・マシン」、「マザー・ポップコーン」など映画で使われた曲が収録されています。強力なコンピです。たしかインナーライフの「エイント・ノー・マウンテン・ハイ・イナフ」も収録されるとか聞いたんですが、はいってませんね。これは、没になったのかな。 エンディングでは、ドン勝本、ニック岡井、マイケル鶴岡、3人あわせてキング・オブ・ソウルもばっちり映ってます。

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Get Up is The Name Of The Movie

ゲロッパ。 ついに完成です。井筒和幸監督の新作映画『ゲロッパ』、見ました。(1月23日付け日記・参照) 思った通り、楽しかった。 収監を数日後に控えた組長、羽原大介(西田敏行)にはやり残したことがふたつある。ひとつは25年前に生き別れてしまった娘かおり(常盤貴子)と再会すること、そしてもうひとつは、大好きなジェームス・ブラウンの名古屋公演を見ること。組を解散すると意を決した羽原組長。その一番舎弟、金山(岸部一徳)はある決意を固め、子分(山本太郎)たちに命令を下す。それは「いますぐジェームス・ブラウンをさらいに行ってこい!」という命令だった。 だいたいジェームス・ブラウンをさらってこい、という命令が奇想天外で面白い。全編ダンスとファンクが炸裂する112分。ジェームス・ブラウンの「セックス・マシン」、「マザー・ポップコーン」や、エモーションズの「ベスト・オブ・マイ・ラヴ」、シェリル・リンの「ガット・トゥ・ビー・リアル」などがかかり、ソウルファンにとってはたまらない選曲です。 ストーリー展開も起承転結あり、思わぬどんでん返しありで楽しい。また、細かいネタで次々と笑わせるところはさすが。よくできてます。組長が、紆余曲折あってステージで「セックス・マシン」を歌いだすシーンには、ちょっと胸がいっぱいになりました。娘との再会とジェームス・ブラウンと会うことが、それぞれの運命の糸が徐々に引き寄せ合っていくように、重なります。組長(西田)と舎弟(岸部)がともにジェームス・ブラウン好きという設定が、そこだけでもおもしろい。 本当は、本編上映前に舞台挨拶をする予定だったという井筒監督は、ちょっと緊張していたためか、それを上映後にしました。普段は他人の作品をめった切りにしている監督が、いささか緊張気味に、そして、あがっていたところがなかなか印象的でした。「これから8月までは、営業に徹しますわ。どんどん口コミで広げていってほしいです」 と、告知、宣伝に徹していく気配です。 しいて言えば、組長がなんでこれほどジェームス・ブラウンが好きなのか、その好きになった理由、あるいはエピソードなどがはさまれていたら、もっとストーリーに幅と説得力が出たのではないかと思いました。あとは、もう少しテンポを早くして、尺を10分くらい短くしてもよかったのではないかと感じました。かなりいいテンポの映画ですが、JB並みのファンキーなリズムで映画のストーリーが流れるともっともっと密度が濃くなります。つまり使っている音楽はソウルなんですが、映画のリズムは超ドメスティックなのです。でも、十分楽しめるエンタテインメント作品です。これは、笑えます。 井筒監督は言います。「エンタテインメントのエッセンスが、つまるところ『ゲロッパ』だと思うんですよ。つまり、ゲットアップ、起きろ、奮い立て、と見る者すべてを励ますようなもの。それがエンタテインメント、と」 いやあ、それにしてもトータス松本のカメオ出演には驚いたなあ。そして子役の琴音ちゃん、かわいく、うまかった。将来楽しみ。 さて、これをジェームス・ブラウンさまにお見せしたい。そして、どのような感想をもたれるか、御大のお言葉を拝聴したい。 (2003年8月から公開。配給・シネカノン) (ジェームス・ブラウン、10月に来日決定。10月2日・日本武道館ほか計5回公演。問い合わせ、JECインターナショナル=03-5474-5944) ENTERTAINMENT>MOVIE>REVIEW

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Aretha sung “Amazing Grace” for Luther

アレサ・フランクリン、「アメージング・グレイス」で全快の祈り 捧げる クイーン・オブ・ソウルことアレサ・フランクリンが19日、闘病中のソウル・シンガー、ルーサー・ヴァンドロスのために、デトロイトの教会でキャンドルを灯し全快の祈りを捧げた。 アレサ・フランクリンをはじめとするシンガーたちは、デトロイトのリトル・ロック・バプティスト教会に集まり、アレサは5000人の前で「今、彼にはお祈りが必要だと感じています」と挨拶し、「アメージング・グレイス」を歌った。アレサのほか、フォー・トップス、オセア・バーンズ、アレサの子供たちなども歌った。 ヴァンドロスは、4月16日ニューヨークの自宅で倒れ、その後集中治療室で意識不明が続いている。また、彼はアレサのまもなく始まるツアーのための衣装をデザインしていた。 +++++ 非過多。 先日はルーサーに続いて、バリー・ホワイトまで闘病中というニュースが伝わってきたが、どちらも、早くよくなって欲しいところ。最近、しばらく『ネヴァー・トゥ・マッチ』のアルバムを聞いていたが、それにしてもこのアルバムはよくできている。 ルーサーは言う。「長い間、他人のバック・ヴォーカルをやった後、僕の願いは自分自身の曲を自分自身で歌うということだった。ネヴァー・トゥ・マッチのアルバムは、一曲を除き、すべて僕が書いて、プロデュースした。バックからフロントにでて、一番の難しかったことといえば、僕がシャイだってことかな」 「ネヴァー・トゥ・マッチ」で、ルーサーは歌う。「君からの千回ものキスも、多すぎることはない(ネヴァー・トゥ・マッチ)。君の腕の中に100万日いたとしても、多すぎることはない」 そう、ルーサーの歌は、何万回聴いても、ネヴァー・トゥ・マッチ(トゥ・マッチであることは決してない。多すぎることは決してない。) Fans Hold Candlelight Vigil for Vandross Tue May 20, 1:45 PM ET DETROIT – Fans and fellow singers held a candlelight vigil for R&B artist Luther Vandross (news), who’s recovering … Continue reading

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Songs played tonight were hits before she was born

誕生前。 仕事が11時過ぎに終わり、夜ご飯をまだ食べていなかったので、一人でどうしようかと思案したわけですね。途中でラーメンでも食べようか、と考えたのですが、恵比寿のソウルバー、ブラウンシュガーのDJ恵子ちゃんに「そこって食べるものあったっけ」とメール。「ご飯、スパゲッティー、ピザなどいろいろあります」との返事。で、軽くブラウンにて食べることにしたわけです。 雨のキラー通りをひた走り、到着。トランクに載っていた荷物から、CDを3枚だけ抜いたのですが、それは、ジェームス・ブラウンのインストの曲を集めたCD『ソウル・プライド(インストゥルメンタル60~69)』とアレキサンダー・オニールの『ラヴ・メイクス・ノー・センス』とサム・ディーズの『シークレット・アドミラー』。前2枚が93年、3枚目が90年にそれぞれ日本発売されています。とはいうものの、いわゆる新譜扱いの作品はアレキサンダーだけ。この3枚を抜いた理由は特になし。ただそれぞれに聞きたい曲があったというだけです。 中にはいると、お店には2人組と1人しかいませんでした。マスターが言います。「夕方から雨だったでしょう。こういう日はだめですねえ」 そこでいつものDJブースの前に座り、さっそく食べ物を注文。「え~と、じゃこ飯と~~」 「あ、すいません、今日、それないんです」 「おっと、じゃあ、チキンライスと、ジンのジャエール割りで・・・」 そのときはクール&ギャングの『グッドタイムス』のアルバムやら、キャメオやら、比較的ファンキー系でまとめていました。そこで、しばらく様子をみつつ、そっとジェームス・ブラウンのインストから「チキン」をリクエスト。最近では、あのニューオーリーンズのピアニスト、Sayaもカヴァーしているファンキーな一曲。 しばらくしてから、少し流れが変わり、今度はアレキサンダー・オニールのアルバムからサッチモでおなじみの大ヒット「ホワット・ア・ワンダーフル・ワールド」とマーヴィン&タミーで有名な「ユア・プレシャス・ラヴ」をリクエスト。アレキサンダーのサッチモのカヴァー曲は、いわゆるボーナストラック。やたらなごむ。マスター「これは、そっくりですねえ」 「ホワット・ア・ワンダフル・・・」がかかっている時に、友人M氏から電話。武蔵小山のソウルバーに行きたいので正確な場所を教えて、という。しかし、電話が途切れ途切れでなかなか話がつながらない。 そこで、今ちょうど恵比寿にいるから、こちらにいかが、と誘う。約30分後M氏登場。DJ恵子ちゃん、マスター白川さんを紹介。そのころ、別のお客さんがきていくつかリクエストが入っていた。それらをさばいた後あたりから、DJ恵子本領発揮し始めます。(笑) スイート・ソウル系が多くなり始め、ブレンダ&タブュレーションズ、モーメンツ、エイス・デイ、アナコスティアなど続々、とろとろ。 アナコスティアときたところで、M氏たまらず、「次に5-10-15-20・・・を聞きたいなあ」と言うと、DJ恵子、「次かけようと思ってました」。「じゃあ、そのあとはモーメンツの『ラヴ・オン・ア・トゥ・ウエイ・ストリート』でしょう」と僕。 さらにエイス・デイときたところで、M氏我慢できず「次、スミス・コネクションある?」といよいよ椅子から立ち上がりだします。さらに、DJ恵子、ファンタスティック・フォーの『ナイト・ピープル』からB面4曲目をかけると、「このアルバムはなんと言っても、この曲だよ!」  「しかし、あなたいくつ?」とM氏。「27です。76年2月生まれ」 「おかしいよ。なんでホットワックス、インヴィクタスがこんなにかかるわけよ」とあきれるやら、びっくりするやら。そう実際、この時間帯かかっていた曲はみな彼女が生まれる前のヒット曲ばかりです。以前恵子ちゃんの話はちらっとM氏にしたのだが、「それにしても、すごいねえ」。 う~む強力です。恵比寿ブラウンシュガー、DJ恵子ちゃん。恐るべし。彼女の出番は毎週火曜から木曜。

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Barry White, King of Get-it-on Music, Suffers Stroke

バリー・ホワイト、脳梗塞(のうこうそく) ビルボード電子版が5月19日報じたところによると、ソウル・シンガー、バリー・ホワイトが最近脳梗塞を起こした。ホワイトの娘、シャヒーラによると、バリーは昨秋から腎臓疾患をわずらっており、去る5月1日、脳梗塞を起こし、言語障害になっているという。 そのため、現在右半身が麻痺しているが、精神的には問題はなく、腎臓移植ができるための健康状態の回復を待っている。 バリー・ホワイトの所属レーベル、デフ・ジャム・グループによると、バリーは昨秋以来、高血圧による腎臓機能の低下により人工透析を受けていた。5月1日、腕にカテーテルを注入する手術を受けたが、脳梗塞を起こしたという。 ただし、これは小さなもので、復活し、歌うことに問題はない、としている。 一方、ロスアンジェルス市はサウスパーク地区のリクリエーションセンターに「バリー・ホワイト」の名前を冠することを決めた。これは、彼が同地区で育ったことにちなんでのもの。 +++++ 低音。 バリー・ホワイトと言えば、その低音の声が最大の魅力。コンサートでは70年代中期に一度来日している。1944年9月生まれということで、現在58歳。最近ではテレビ・ドラマ「アリー・マイ・ラヴ」の中で彼の作品が使われたり、実際彼が番組に登場したりして、人気復活しているところ。 彼の音楽をさして、英語でget-it-on musicと表記する。直訳すれば「やるときの音楽」。なるほど。今回初めてこの表現を知った。確かに、彼のセクシーでセンシュアルな音楽は、まさにベッドタイム・ミュージック。ほかにもget-it-on musicといえば、マーヴィン・ゲイ、テディー・ペンダーグラス、アイズレー・ブラザースなどなど、いろいろある。 僕が彼の中で非常に好きなのが、ビリー・ジョエルの「ジャスト・ザ・ウェイ・ユー・アー」。バリーが歌っているヴァージョンはイントロに彼独特のナレーションをいれて、情感豊かに歌う。アルバム・ヴァージョンが長くて、とてもいい。シングル・ヴァージョンはちょっと短くなっていて、物足りない。 そのほかでは、最近だとクインシー・ジョーンズの「シークレット・ガーデン」でのバリーの声も印象的だった。早期回復を祈りたい。 +++ Edited By Barry A. Jeckell. May 19, 2003, 11:30 AM ET Barry White’s Family Confirms Stroke Soul singer Barry White, battling kidney failure since last … Continue reading

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Date the Linernotes was written

日付け。 アトランティック・スターは78年に「スタンダップ」の大ヒット以来、コンスタントにヒットを放ってきたグループです。もう25年くらいたつんですねえ。昨日、彼等のことをいろいろ調べていたんですが、このグループの中心はウェインとデイヴィッドのルイス兄弟なんですね。で、どっちが兄かがわからなかった。会って話したことあるんですが、どっちだったか忘れてしまった。ネットとか調べてみたんですが、でてない。 それで最終的に、ライナーにあたったんですね。吉岡さんの。89年の「ムーヴィング・アップ」のアルバムのライナー。ちゃんとでてました。ウェインが57年4月13日うまれ、デイヴィッドが58年9月8日うまれ。年子だ。最初からそれを調べればいいのにねえ。(笑) そのライナー読んだら、彼等が85年8月に横田ベースに来て、その後、87年12月の横浜ベイサイドクラブのこけら落としで来日していることもわかりました。 このあたりっておぼろげには覚えているんですが、正確な年月となると、さすがに情報のダブルチェックが必要になります。そして、そんなことが書いてある資料とかほとんどないんですね。貴重ですねえ。こういうライナー。(笑) たぶん、ライナーを88年とかに書くと、ふつうは「先日、来日した」みたいな書き方をする人が大半なんです。それで、ライナーを書いた日付けが最後に記されていればまだいいんです。88年に書かれたライナーに「先日、来日した」とあれば、ああ、87年あたりだったか、ってわかるから。でも、ライナーを書いた日付けがないと、もう話にならないわけです。その時はいいんですが、後になると「先日、来日した」、その先日っていつだよ、ってことになるわけです。でも、書いてる方の意識は「先日」なんだから、考えずに「先日」って書いちゃうわけですね。 最近だと、CDの発売日がちゃんと外に書いてあるから、けっこう助かりますが。それでも再発ものとかになると、また話は別。以前はレコードの発売日とか、レコード盤にもジャケットにも書かれていなかったのが大半なんで、やはりライナーを書いた日付けというのは、基本情報として、重要なんですね。だから、ライナー書く人にお願いします。ライナー書いたら、書いた日付けをいれてください。最低、何年何月だけでも頼みます。 あれ、アトランティック・スターの話しから全然、方向逸れてしまいました。脱線、脱線。

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Promise; New from Earth Wind & Fire

復活。 アースの新作「プロミス」の話題がにぎわっています。このアルバム、制作にずいぶんと時間がかかったようです。詳細なクレジットを見ていると、いろいろなことがわかります。 6曲目のWhere Do We Go From Hereと19曲目のDirtyは、1978年アルバム「アイ・アム」制作時の作品だといいます。そう言われて聞いてみると、そんな感じもしなくもありません。(笑) 13曲目のSuppose You Like Meは途中にハーモニカがはいっていますが、これが一瞬スティーヴィー・ワンダーだという説が流れました。クレジットにはトーラック・オレスタッドという名が記されています。ちょっとスティーヴィー風ではあるんですが、たぶん、違います。 個人的に一番気に入っているのは9曲目のNeverと12曲目のSoulという曲です。前者は、ミディアム調でちょっと宇宙のファンタジー的な雰囲気の曲で、途中の ジエラルド・オルブライトのサックスが非常に印象的です。もう一曲はどこかタワー・オブ・パワーを思わせるファンキーな作品。いいリズムです。ちょっとスライ風とも言えるかな。やっぱり、リアルミュージシャンの響きはいいですね。 さて、いったいこの新作アースのファンからはどのように受け入れられるのでしょうか。

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9th Essence Music Festival

エッセンス。 今年で早くも9回目を迎えるエッセンス・ミュージック・フェスティヴァルが、来る7月3日から5日までニューオーリンズで行われる。登場アーティストが続々と決定しつつある。 登場予定のアーティストは、スティーヴィー・ワンダー、エリカ・バドゥ、ベイビーフェイス、Pディディ・ファミリー、シャカ・カーン、ジャヒーム、メイズ、アニタ・ベイカー、スモーキー・ロビンソン、ミュージック、キース・スウエット、ウィル・ダウニングなど。予定されていたルーサー・ヴァンドロスの出演は、キャンセルになった。 詳しくは、同フェス公式ページに。 http://www.essence.com/essence/emf/home_2003.htm また、ニューオーリンズのサイトでも紹介されている。 http://www.satchmo.com/nolavl/essencefest03.html チケットは、各日35ドルから125ドル。このホームページにチケットマスターへのリンクが張られている。ここには、大まかな座席情報もあり、チケットを条件をいれて探すと、ある場合そのチケットをそのまま購入できる。 +++ 95年から行われているエッセンス・ミュージック・フェスティヴァルは、ニューオーリンズにおける音楽フェスの中でも徐々に知名度をあげている。日程的にはモントリオール・ミュージック・フェスティヴァルなどとも重なるが、このフェスはソウル、R&B、ブルーズ、ジャズなどに特化していて注目だ。 チケットマスターのサイトを少しのぞいたが、非常にわかりやすい。日本だとどこの席を購入したのかさえわからないことがあるが、ここだと席までわかる。ここの席をいくらで売ります、ということがはっきりしているから、非常にフェアだ。日本のシステムも、こういうふうにガラス張りになってほしいところ。

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Thanks For Your Message

感想感謝。 昨日のルーサーの日記についていくつかのご感想ありがとうございます。当初は外電だけをそのまま載せようかと思ったのですが、それではなんだし、まあ、ちょっと何か書きたかったので、ちょうど、アレサが歌うという記事を読んで、これだと思い、一挙に書いてみました。 ルーサーは、個人的にも76年のグループ、ルーサーからリアルタイムでずっとフォローしてきただけに、ものすごく思い入れがあるシンガーのひとりです。『ネヴァー・トゥ・マッチ』は、80年代を代表するブラックアルバムの一枚といえます。そのCDが20ビットで再発されるときに、かなりまとまったストーリーを書きました。これは、近くアップしましょう。 ルーサーにとって最大のアイドルは、アレサ、ディオンヌ、そして、ダイアナの3人の女性シンガーです。中でもクイーン・オブ・ソウルことアレサへの思いはただならぬものがあります。そこで、そのアレサがデトロイトの教会で「アメイジング・グレイス」を歌うというニュースを聞いて、ルーサーの歴史がフラッシュバックしたんです。 確かに、アレサが、ファーストネームの「ルーサー」と呼ばずに、「ヴァンドロス」と呼ぶところに、親しき中にも礼儀ありというようなリスペクト感が感じられますね。 あと、マーカス・ミラーとルーサーの出会いなども、ちょっとおもしろい感じです。このところ、かなりへヴィーな日記が続いたので、今日は軽めで。(笑) PS: アースのライヴ、ライナー、やっとアップしました。ミュージック>ライナーノーツにお進みください。あるいは次のアドレスへ。 http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/linernotes/earth20030326.html

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Luther Still Unconcious: But Mother Confident of Recovery

ルーサー、依然 昏睡状態。母親は回復に自信 4月16日、ニューヨークの自宅で倒れたルーサー・ヴァンドロスは、その後も意識を回復せずに依然昏睡状態が続いている。いくつか外電が入っているので、まとめて紹介しよう。 ルーサー・ヴァンドロスの母親、メアリー・アイダ・ヴァンドロスが12日(月曜)にステートメントを発表した。「息子は必ず回復します。回復すべきなのです。彼は、私が持っている最後の宝物だから。彼は、唯一生き残っている子供なのです」 母は、2ー3日おきにルーサーを見舞い、手を握り、彼が好きなアレサ・フランクリンやディオンヌ・ワーウィック、彼自身のレコードをかけている、という。ルーサーが倒れた直後はかなり危険な状態が続いたが、以後は危険ながらも安定した状態になっている。現在は器官切開し人口呼吸器が呼吸を助けている。「息子がよくなるのは時間の問題だと思う。ただし、ゆっくりなペースですが」と母は言う。 ルーサーの新作アルバム『ダンス・ウィズ・マイ・ファーザー』は、全米で6月10日に発売が予定されているが、この曲は亡き父、メアリーの夫に捧げられたもので、母はこれを聞いて涙したという。母はルーサーの状態いかんにかかわらず発売を遅らせないで欲しいという。「きっと息子も、予定通りリリースされることを願っていると思う。彼自身、このアルバムを大変気に入っていましたから。カンバックした際には、奇跡の復活物語として語られてほしいわ」という。 一方、ルーサーが80年代に2枚のアルバムをプロデュースし、元々ルーサーのあこがれのシンガーのひとりであったアレサ・フランクリンは、地元デトロイトの教会で、徹夜の祈りを捧げる。ここには仲間でもあるフォー・トップス、アレサの息子たちエディー、キーカーフなども参加する予定。 +++++ Wake Up, Vandross 夢。 ルーサーは、1951年4月20日ニューヨークに4人兄弟の末っ子として生まれた。上に姉2人、兄がいた。母のコメントから、すでに3人の子供たちは他界していることになる。父親はルーサーが8歳の頃(1959年頃)死去。 13歳の時に、ブルックリン・フォックス・シアターでディオンヌ・ワーウィックのショウを見て感激し、シンガーになる決意をした。ルーサーは言う。「(ステージで)ディオンヌが赤いシフォンのドレスに身を包み、歩きながら『エニワン・フー・ハド・ア・ハート』を歌った。その時のことを今でも覚えている。彼女は僕の前を横切って歩いた。その瞬間僕は音楽で一生暮らしていきたいと思ったんだ」 彼は高校を卒業するとウエスタン・ミシガン大学に入学。しかし、大学生活は孤独で、退屈だった。友人もほとんどなく、ガールフレンドもなく、スポーツに熱中することもなく、彼の人生は音楽だけだった。ルーサーの人生はヘッドフォンの中にあった。ヘッドフォンから流れてくるアレサやディオンヌの歌声だけが彼の友人だった。 大学をドロップアウトするとき、彼は医学を志していたルームメートに告げた。ルームメートは「君が大学を逃げ出すなんて信じられないな」と言った。ルーサーは答えた。「なあ、君が医者になり、僕が病気になったら、僕は君のところにリムジンで乗りつけよう。僕は逃げだすんじゃない。僕は自分の夢を追いかけるんだ」 その後、彼はセッションシンガーとして人気となり、自身のグループのアルバムも発表、81年にソロ第1弾『ネヴァー・トゥ・マッチ』をだし、以後大ヒットを続出、80年代にもっとも人気のソウル、R&Bシンガーとなった。そして、人気シンガー、プロデューサーともなったルーサーの元にあるシンガーのプロデュースの仕事の依頼がくる。誰あろう、彼の幼い頃からの大アイドル、アレサ・フランクリンだった。 ルーサーがそのときのことを興奮気味に話す。「僕が子供の頃、もしアレサがレストランで食事をしていたら、きっと頭に血が上って、彼女が食べてるスペアリブでもなんでもいいからサインしてくれ、って頼んだと思う。彼女をプロデュースしないかと頼まれたときのショックを想像してみてよ。81年のことだった。僕は覚えてる。椅子に座って彼女がドアから入って来るのを待っていたとき、僕の心臓は止まったよ。彼女は僕を見るなり、『ヴァンドロス』と言った。彼女はいつも僕を『ヴァンドロス』と呼ぶ。それ以外呼んだことがない。彼女は言った。『私は「ジャンプ・トゥ・イット」が気に入ったよ。やりたいようにやって、終わったら教えておくれ』」 このアルバムは、アレサにとっても久々の大ヒットとなる。そして、それから22年余。2003年5月19日、アレサ・フランクリンは、一月以上昏睡状態の親友ヴァンドロスのために、教会で祈りを捧げる。彼女は「アメージング・グレイス」を歌う。アレサは、ヘッドフォンの中に生きていた少年時代のルーサーに生きる喜びと意味を与えた。そして、今再び、彼に第二の命を授けようとしている。アレサのソウルは叫ぶだろう。「Wake Up, Vandross(ウェイク・アップ、ヴァンドロス=起きろ、ヴァンドロス)」 届け、その叫びよ、ヴァンドロスへ。 (『ネヴァー・トゥ・マッチ』ライナーノーツ=吉岡正晴・著より一部転載) +++++ Vandross’ Mother Confident of Recovery Mon May 12,11:56 AM ET By NEKESA MUMBI MOODY, AP Music Writer NEW … Continue reading

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The Moment of Truth: Tuck & Patti Sung for Me

とどめ。 「パリ、フランスのあちこちの街、イタリア、オーストリア、スペイン、オランダ・・・。どこへ行ってもこの曲をみんなが歌ってくれます。みなさんにもぜひ一緒に歌ってほしいと思います」  こう言ってパティーが観客に「タイム・アフター・タイム」の歌い方を教えます。観客を3つのパートに分けて、それぞれのコーラスを教え、最後に一緒に歌わせ観客と一体となった「タイム・アフター・タイム」が完成です。毎度のことですが、素敵な瞬間です。いつも彼らのライヴには心暖まります。 その「タイム・アフター・タイム」に続いて「歌うことが私の生命線」と歌う「ライフライン」を終えたタックとパティーと、今回だけ特別に参加しているキーボード奏者のフランクが横に一列に並び手をつなぎ、お辞儀をしました。続く拍手。アンコールはないのでしょうか。 パティーがマイクを取りました。「今日は特別なEメールをもらいました。彼はとある曲をリクエストしてきました。ひょっとしたら彼は恋をしているのかもしれません。その曲を歌います。『ホワット・ア・ワンダーフル・ワールド』。マサハル、これをあなたのために」 「わお! やったあ」 一緒にいたM氏とY氏とNさんが僕を見る。本当は手をあげようと思ったのだが、「恋してるかもしれない」なんて言われたら、シャイな僕はとうていあげられません。前回だったかその前だったか、パティーがステージで「何かリクエストがあったら、私たちのウェッブからEメールをください。できればそんなリクエストを歌ってみたいと思うわ」と言っていたのを覚えていたのです。 そこで、僕はその日彼らに「僕は、長年のあなたたちのファンです。今日ブルーノートにショウを見に行きます。ぜひサム・クックの『ワンダフル・ワールド』を歌ってください」とメールしていたんです。ライヴの間にはすっかりリクエストしたことを忘れるほどショウを「集中して」見ていたんですが、最後の「ライフライン」を歌い終わった後に、「あ~、そういえばリクエスト、歌ってくれなかったなあ」などと思っていたわけです。 そんなときに、パティーが「ワンダフル・ワールド」を歌い始めたので、かなり感激しましたよ。彼女が歌っている間なんだか体が熱くなりました。この曲は彼らの94年のアルバム『ラーニング・ハウ・トゥ・フライ』の日本盤のボーナストラックとして収録されている曲です。初めてこの彼らのヴァージョンを聴いたとき、「なんでこれがボーナストラックなのか」と思いました。そんな、もったいない。宝物は世界でシェアしなきゃ。彼らの中で一曲選べと言えば、間違いなく僕はこれを選びます。サム・クックのオリジナルも素晴らしいのはもちろんのことですが、このタック&パティーのヴァージョンもすっかりパティー節になっていて心に響きます。彼らも本当に音楽の理解度(理解の度合い)がすばらしい。他人の曲をすっかり自分のものに消化してるわけです。 「歴史も、生物学も、科学の本もわからない。でも、あなたを愛しているということだけはわかっている。もし、あなたも私のことを愛してくれるなら、最高に素敵な世界になるのに。自分は秀才なんかじゃないけれど、でも、努力している。だってもし秀才になったら、あなたの愛を勝ち取れるかもしれないから」 男性シンガーが歌っても、女性シンガーが歌っても、文句なし。名曲は時代を超えます。 タックがギターを弾きパティーが歌っていた約4分間は僕にとっては天国にいるような至福の瞬間でした。リクエストしてみるものですねえ。(笑)  お礼を言いに、ちょっとだけ楽屋におじゃましました。「『ワンダフル・ワールド』歌ってくれてありがとう」 「メールありがとう」とパティー。「これは最近はあんまり歌わないのですか」 「以前は何度かやってたと思うけど、最近はしばらくやっていなかったよ」とタックが言います。「ところで、もう日本に何回来たか、勘定できないでしょう」と言うとタックが「22回かな、今回が23回めかな」と答えます。そ、そ、そんなに。親日派もいいところですね。 いつ聴いても音のいいタックのギターは、1949年製のギブソンだそうです。パティーのマイクの手元に小さな箱がついています。あれは、モニターアンプで、ギターの音と彼女の声、今回の場合はピアノなどの音も耳元のイアフォーンに伝えるボックスです。同様にタックも耳元でモニターが聴こえるようになっています。二人とも髪の毛で見えませんが、イアフォーンをしているわけです。この仕組みはもうすでに20年くらい使っているとのこと。音をモニターして、イアフォーンで聴くシステムは、スティーヴィーがかなり昔から使っていて、それを開発した人と同じ人がタックたちのも作っているそうです。「出ている音がきっちり聞こえているほうがいいからね」と説明されました。 彼らのウエッブはhttp://www.tuckandpatti.com/index.shtml ここから彼らにメールを送ることができます。必ずしも返事が来るとは限りませんが、すべてのメールには目を通しているそうです。 今ステレオからリピートで何度もかかっているのは彼らのCDで「ワンダフル・ワールド」。なんと素敵な世界なのでしょうか。次のリクエストはアル・グリーンの「レッツ・ステイ・トゥゲザー」あたりか。(笑) いやあ、今夜はタック&パティーにとどめをさされました。ぐさって感じです。 (タック&パティー、東京ブルーノート、5月12日・月曜から17日・土曜まで) ブルーノートのHPhttp://www.bluenote.co.jp/ +++

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Baton Was Passed On To

『手渡されたバトン』 一見(いちげん)。 「いらっしゃいませ~~~」 引き戸を開けると、甲高い声が狭い店内に響いた。なんの変哲もない普通の中華料理店、いや、ラーメン屋といったらいいか。ほぼ毎日のように通る国道1号線沿い、古川橋近くにある店で、しばらく前から明るい看板がなにやら、僕に「おいでおいで」をしているような感じがしていた。深い意味はない。ただそう感じただけだ。 そして、意を決して、ある日初めて店内に足を踏み入れた。僕はただの一見の客だ。もう何ヶ月か前のことだった。店内にはそれほど客はいなかった。カウンターが約10席、テーブル席が約6席。つめれば、もう少し座れるそんな店だ。主人が中華なべを手際よくつかみ勢いよく前後に動かし、もう一人の女性が水を運んだり、注文を取ったりする。空いていたカウンターの一番端に座った。 壁に貼られたメニューを見ると、ラーメン600円、タンメン750円、ワンタン750円、餃子600円などの横にチャーハン1100円とあった。しかも、その横には「ランチタイムにはチャーハンはできません」と書いてある。他の品と比べて、このチャーハンの値段だけずば抜けて高かった。「一体なんなんだろう。なんで、これだけこんなに高いの。ランチタイムに作らないというのは、めんどくさいからか」とふと思った。そして逆に興味がわいた。この値段とランチタイムにやらないという言葉で、僕はチャーハンを注文、そして、餃子も頼んだ。 しばらくして、餃子がでてきた。よく焼けている。そして、まもなくチャーハンがでてきた。カニがたっぷりはいっている。つい今まで大きな中華なべの中で右に左に、上に下に動いていたゴハンと具が、お皿の上できれいに円錐形に置かれ、しかもスープからはちょっとだけ湯気がでている。スープを飲んでから一口食べると、熱々のゴハンと玉子、その他の具がうまく混ざり合う。水っぽくなく、かといってぱさぱさでもない。「こ、これは・・・。実にうまい」 思わず心の中で叫んだ。 すでに主人は黙々と次の料理を作っている。女性は、帰った客の食器を下げ、洗い場に移している。完全にルティーンワークになっていた。 1100円に納得した。街場のラーメン店でのチャーハンだったら600円から700円が妥当なところだろう。しかし、このときは、2000円近くもする下手な高級中華料理店のチャーハンなんかよりも断然いいと感じた。そして、それ以来この前を通るときには、いつも行こうと思うのだが、けっこう店が閉まっていることが多い。深山亭にしろ、何度か足を運び、閉まっていてふられるような店のほうがいいのかもしれない、と思った。 休みは土日、祝日、営業時間はランチが12時から2時、夜は7時半から10時。10時までにはいればいいのだが、麺がなくなったりすると、9時台にのれんをさげることもある。だが、平日でもやっていなかったことが、1度や2度ではなかった。僕が店の前を通る時間が遅いのか。それでもその後何度かこの店のチャーハンと餃子を食べることができた。そのたびに感心し、一体この主人はどういう人なのだろうかと興味がわいてきた。 最後の客。 その日、帰り道にふと見ると、10時過ぎだというのにまだのれんがでていて営業しているようだった。中に入るとなんと満員だった。この店が満員だったのは初めて見た。何人かは食べ終わっていたが、まだ注文したものが来ていない客が何人かいた。しばらく入口で立ったまま待った。やがて一人帰り、二人帰り、いつも通りチャーハンと餃子を注文し、テーブル席でタクシーの運転手さんらしき人と相席になった。 まもなくカウンターもあき、僕は一人でいつもの一番端の席に移った。さすがに注文をこなすのに時間がかかり、僕のチャーハンが来て食べ始める頃には、先のタクシー運転手風と二人になっていた。彼は一足先に食べ終え、すぐに勘定をすませ出ていった。僕は計らずも最後の客になっていた。 主人はなべやかまなどを一生懸命洗っている。奥さんと思われる女性はのれんを下げ、残った食器を次々と片付け、テーブルを拭いたりしている。僕のいつもの好奇心がむくむくと頭をもたげてでてきた。ちょっと躊躇したが、それでも声をかけてみた。 「ここは、いつ頃からあるんですか?」 僕は勝手にここ数年のうちにできた店かと思っていた。主人は推定で30代後半か行ってても40代前半のように見えたこと、看板が比較的新しかったことなどからだ。 洗い物の手を休めず主人は答えた。「昭和32年からでね。最初父がやっていて、僕は二代目なんですよ。昔はもう少し川のほうでやってたんですけど、東京オリンピックの年に、高速ができるんで、こっちに移ってきたんです。動いたのは、ちょっとだけですけどね」  僕は驚いた。すでに46年の歴史を持つ店なのか。「僕は、平成になってからですけどね」と主人は言う。それでも、15年になる。なんで今まで気がつかなかったのだろう。看板が新しくなったから気がついたのだろうか。 ずばり直球で尋ねた。「ここのチャーハン、すごくおいしいんですけど、何か秘密でもあるんですか?」 だが、これはあまりいい質問ではない。こんな質問には答えようがないからだ。言いたくない秘密だったら、言わないだろうし。だが、なんとなくそう聞いてみたくなったのだ。 「そうですか、ありがとうございます。いやあ、別にないですけど。父のを見よう見真似で作ってるんですけどね。僕がここに来て、わりとすぐに父と母が他界しましてね。13年前ですけど」 彼は依然手を休めずに、僕の質問に答える。 「それまではどこに?」 どこか他の中華料理店にいたものと思っていた。すると予期せぬ答えが返ってきた。「銀座のソニービルの下にあるマキシムっていうフレンチにいたんです」 マキシムといえば、フレンチの超有名店ではないか。果たして、彼が作るチャーハンにフレンチの要素はあるのか。僕にはわからない。そして、彼もわからない、と言った。だが高級フレンチから街場の中華ラーメン店への転身は意外だった。 僕はここの店に初めて来て以来ずっと持ち続けている疑問を主人にぶつけた。「チャーハンがものすごくおいしいんですけど、これって他のメニューと比べるとちょっと高いでしょう。これはなんでなんですか。めんどくさいんですか、作るの、やっぱり」 「え~、めんどくさいんで。(笑) できるだけ作りたくないんですよ。高くすれば少しは注文も減るかと思って(苦笑)」 「ああ、やっぱりねえ。だからランチタイムはやらないんだ」 とはいうものの、若干このやりとりは僕の誘導尋問に彼がひっかかった風でもあった。すると、食器を洗っていた奥さんらしき人が笑いながら口をはさんだ。「いやあ、めんどくさいというのは冗談なんですけど、カニがたくさんはいってるんでねえ・・・」  彼女は、そんなこと言っちゃだめでしょう、とたしなめるかのように彼の言葉をサポートした。でも、それはとても感じのいいほほえましいものだった。僕はおそらくこの夫婦は姉さん女房だと思う。 40年間。 46年の歴史を刻むこの店の最大の人気メニューはタンメンだという。ランチタイムの注文の9割方はタンメンというから大変な人気だ。いつも、他のラーメンなどのメニューにも目が行くのだが、どうしてもチャーハンを注文してしまう。次回は意を決してタンメンにチャレンジするか。そして、やはり9割方が常連さんだとも付け加えた。常連で持つ店は、地域密着の店ということ。そして、味が安定していることの証だ。 主人が打ち明けた。「父の代から40年間毎日うちのタンメンを食べにきてくれたタクシーの運転手さんがいらっしゃってね。毎日、毎日です。ここでタンメン食べて、また仕事にでられるんです。(今は土日・祝日休業だが) 以前は5人でやってましてね。両親と僕たちとおばさんがいて、日曜だけ休みだったんです」 ざっと勘定してもその運転手さんは12000食タンメンを食べたことになる。「今でも?」と聞いた。「いえ、その方3年ほどまえに亡くなられて、今はもう・・・」 ということは、その運転手さんは30年ほど先代のタンメンを食べ、10年ほどその息子さんである現在の主人のタンメンを食べてきたことになる。これはすごい。日曜日は、一体、その人は何を食べていたのだろう。妙に気になった。 「たぶん、僕の(タンメン)は、最初のうちけっこう我慢して食べられていたんじゃないでしょうかねえ。(笑) いろいろ味については言われて、でも、とっても助かりましたよ。勉強になったっていうか」 父親は厳しく、最初のうちはスープも触らせてもらえず、ひたすら洗い物ばかりさせられた。だが、料理をまともに教わる前に、父は他界してしまった。だから彼の料理は父親のものを見よう見真似で覚えたものだ。それでも、子供の頃から父のものをずっと食べ続けていたので、その味はある程度、体で、いや、舌で覚えていたと思う、と彼は告白する。 30年間毎日父親のタンメンを食べ続けたひとりの客が、続く10年で二代目の息子にその味を教える。先代の味に徐々に近づいていく二代目の味。まさに、店は客が作るのだ。 13年前、父親の代から彼の代になったときには、けっこうお客さんが離れていってしまった、という。「でも、最近そういう方たちが戻られてくるようになったんです」  「それは、お父さんの味に近づいたということなんでしょうか」と僕は尋ねた。「さあ、わからないですね。そうだったらいいんですけど」 彼は少しはにかみながら答えた。 歴史のバトンは、見事に次のランナーに手渡されたのだ。 「じゃあ、これからもおいしいチャーハンとタンメンを作ってください」 「ありがとうございま~す」 再び主人の甲高い声が響いた。 扉を閉めて外にでると、時計の針はいつのまにか11時を回っていた。夜風が冷たかった。だが、美味なチャーハンと餃子以上のおいしい話に、身も心も満腹になった。 +++++ 中華・大宝 東京都港区南麻布2-7-23電話  03-3452-5625土、日、祝日休業営業時間 12時~2時、19時半~22時 国道1号線ぞい古川橋そば。 1号線を麻布十番から五反田に向かい、古川橋交差点(明治通りとの交差点)少し手前左側。看板がでています。 … Continue reading

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Soul voice on Mother’s Day

ソウル声。 昨日は母の日でした。『ソウル・ブレンズ』のオープニングはジュニアの82年のヒット、「ママ・ユースド・トゥ・セイ」でした。今、WBLSの「サンデイ・クラシック」は、そのジュニアとボーイズ・トゥ・メンの「ママズ・ソング」をメドレーでかけています。どこでもかける曲は一緒です。 ちなみに、この僕の愛聴番組「サンデイ・クラシック」は今年20周年を迎えるそうです。1983年に始まったということですね。いやあ、そんな長寿番組だとは知りませんでした。 さて、昨日の番組にゲストが二組登場したのですが、そのうちの一人、ガッツTKBショウ(これがアーティスト名です)が、アコースティック・ギター一本で一曲歌ってくれたのですねえ。それが、なんとカーティス・メイフィールドの「ピープル・ゲット・レディー」http://www.soulsearchin.com/periodical/l&g/l&g03.htmlでした。 ゆっくりとしたテンポのギターの調べに、ソウルフルなガッツの声が「people get ready, there’s a train comin’ 」と歌い始めます。いやあ、なかなかいいですね。ガッツは日本人のシンガーの中では、珍しく、声そのものがソウルフルなんですね。この声自体がソウルフルな人って実は、あまり日本人にはいないんですよ。たくさんの日本人歌手がサウンドだけは、R&B風にしたり、歌いまわしだけソウルフルにして出てくるんですが、実は声自体にソウルがあるかどうかというと、まあ、ほとんどないんですね。 これは、練習とかそういう次元ではなく、持って生まれたものだから、どうしようもないんです。黒人の歌手の声は99パーセント、ソウルフルですね。でも、日本人歌手でソウルフルな声の持ち主って5パーセントもいないんじゃないでしょうか。僕も、なかなか思い浮かびません。 ガッツによると英語の曲のレパートリーは100曲くらいあるそうです。これは、ぜひソウルのカヴァーだけで、一晩やってほしいですね。 WBLS、今、デルズの「ギヴ・ユア・ベイビー・ア・スタンディング・オヴェーション」をかけています。クラシックですね。ガッツの声は、少しばかり、このデルズのリード、マーヴィン・ジュニア系の声に似ています。誉め過ぎか? (笑) でも、ソウル顔って言うでしょう。それと同じで、ソウル声っていうのは確かにあります。で、ガッツはそのジャンルに入るような気がしますね。後は、この声にあう楽曲をうまく選ぶことです。

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Algonquin’s Bar: From Manhattan To Daizawa

朝日。 マンハッタン44丁目。フィフス・アヴェニューとシックスス・アヴェニュー(アメリカズ・アヴェニュー)の間にあるのが、1902年にオープンし、ドロシー・パーカーなど数多くの作家たちを惹きつけた魅力的な名門ホテル「アルゴンキン・ホテル」です。10年以上前に、一度滞在したことがありますが、そのときはかなり重厚な、そして、伝統的なホテル、でもちょっと古臭いという印象でした。98年に大改装をしたそうですが、それは見ていません。 アルゴンキンの中にあるバーは、「ブルー・バー」。かつて多くの文士たちがここや、レストラン、スイートルームに夜な夜な集っていたそうです。日本で言えば「山の上ホテル」みたいなものでしょうか。 そのアルゴンキンの名前を冠したバーが下北沢にあると聞き探しに行きました。正確に言えば代沢、茶沢通り沿い。ローソンの斜め前あたり。小さな扉を開けると、かなり暗めのカウンター8席だけのバーがありました。ほんの2ー3日前に噂を聞いたのですが、なんとお店の創業は89年頃とのこと。 オープン当初は、ピチカート・ファイヴの小西さんの弟さんがやっていましたが、96年暮れから現在の保(たもつ)さんが、引き継いで経営をしています。 「ソウル・バーということで、いいんですか」と訪ねると、マスターの保さんは、「ええ」と答えます。バーの壁約半分がお酒、半分がアナログのレコード棚。およそ2000枚程度のアルバム、12インチと若干のCDがあります。かけるのは、ターンテーブル2台とCDプレイヤー。基本的には、70年代のソウル・ヴォーカル・グループが大好きということで、そうしたスロー・ジャム系が中心で、次々とメローで、ジェントル、とろとろのとろけスイート・ソウルが、これでもかこれでもかと惜しげもなくかかります。僕もすっかり骨抜きにされてしまいました。 週7日営業で休みなし。営業時間は夜8時から原則朝4時まで。ただし、お客さんが残っていれば、続けます。年に一度くらい1ヶ月か2ヶ月まとめてお休みをいただくこともあります。先日はタイに2ヶ月ほど行ってきたそうです。 「イン・ザ・レイン」がかかりました。しかし、ドラマティックスではありません。「う~~ん、誰だ、これ」 「オリジナルと関連のある人です」と彼がヒントをくれました。「わかった! ウィ・ジーだ!」 「はい、正解です」 カルトクイズ、スイートソウルの巻。なんと元ドラマティックスのウィ・ジーでした。 ハイ・ファイヴ(無名なほうのハイ・ファイヴ)の「レッツ・ゴー・オール・ザ・ウエイ」、ヴァン・ジョーンズ、スパイス、アートワーク、そして、J.R.ベイリーの「シー・コールド・ミー・ベイビー」がかかります。さらに「シュー・シュー・シャイン」が流れてきました。しかし、オリジナルのダイナミック・スペリアーズではなくて・・・。そう、センターホールド!  マニアックだ。インディだ。レアものだ。知らないのが次々かかる。思わず車に乗っていた数枚のシングルとアルバムをお持込。次から次へ、「これは?」 「これ、なんですか?」の質問。メモ、メモ。 「いやあ、最近はそんなに音楽聞いてる人いないから、そういうときは、もう自分で焼いたCDRかけっぱなしの時もあるんですけどね。今日はやりがいがあるなあ(笑)」と保さん。 しばし、これでもか、これでもかのソウル・バトルの趣です。いいですねえ。お店は、お客さんが作るんです。(笑) はい。「DJやる気」に火をつけたようです。 僕を含めて5人で乗りこんだこのアルゴンキン。いやあ、気に入りました。いろんな話をしていて、ふと気がついたらもう5時。外にでたら、な、な、なんと明るくなって太陽がでているではありませんか。またまたドーン・ウィズ・フェヴァリット・ソングでした。 「徹夜明けの朝日がまぶしい・・・」(刑事コジャックのオープニング・ナレーション)。真っ赤で大きな朝日がまぶしかった。 アルゴンキンズ〒155-0032 東京都世田谷区代沢5-6-14電話 03-3412-6942休業・基本的になし。午後8時から午前4時。チャージ300円、ドリンク600円~

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サーヴァしばらくダウンしてました

サーヴァが本日午後しばらくダウンしていました。ご迷惑をおかけしたことをお詫びいたします。 なお、本ホームページは一時的にアクセス不能になっても、すぐに復旧するので、ご安心ください。

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Muscles: Unlimited possibility of human being

筋肉。 そのキーワードは、肉体、汗、物量、限界への挑戦、頭脳、非物語、そして、無限。 TBSのアクトシアターで行われているミュージカル『マッスル・ミュージカル』を見ながら様々なことが思い浮かびました。しかし、こんなミュージカル見たことありません。音楽に合わせて、人間の体の可能な限りの限界に挑戦しています。そして、次々と考えも及ばないようなアイデアが飛び出します。 一番感心したのは、圧倒的な物量作戦ということ。50名以上のダンサーたちが一挙に同時に踊ったり、体を動かしたりすれば、それだけで美しい。2人より5人、5人より15人、15人より30人・・・。多ければ多いほど、あらゆる点で迫力があってすばらしい。 そして、人間の体の無限の可能性を感じます。体はなんでもできる、どうにでも動けるんだな、と思わされます。さらに、さまざまなアイデアを生み出す頭脳も無限の可能性があります。総じて、この「マッスル・ミュージカル」は人間の無限の可能性を見せ付けます。 透明人間にたたかれるようなパフォーマンス、かなりの笑いを取る人間ピアノ、迫力一杯の空中ダンス、床と天井とで繰り広げられるトランポリン、柔道着で踊るタンゴ、壁を昇る側転・・・。斬新なパフォーマンスが次々と登場して、見るものを飽きさせません。 このミュージカルの最大の美しさは、人間の肉体であると同時に、まったくストーリーというものがないにもかかわらず、観客をくぎ付けにできるパフォーマンスそのものです。ストーリーがないだけに、そこで行われるパフォーマンスに意味を見出す必要がない。まったく無意味なことを、ここまで徹底してやりとげるというところが、美しく、すばらしい。限りなく究極に無意味なものに対して、没頭する。それがすごい。 ストーリーがあれば、それゆえ、パフォーマンスにストーリーの意味を持たせることになるが、この「マッスル・ミュージカル」には、ストーリーがないから、パフォーマンス自体に意味がない。だからパフォーマンスそのものが観客にストレートに訴えるのです。「こんなことやって、何になるの」というようなことを、思いきり、練習して、技術を高め、高度なレベルでやって見せるわけです。 エンタテインメントなんて、衣食住と違ってもともとなくても生活には困らないもの。そして、この「マッスル・ミュージカル」は、それが徹底しているところがすごい。各シーンは、それぞれが独立しているから、それぞれの出し物の順番を変えても関係ない。言ってみれば肉体的パフォーマンスのオムニバスがこのミュージカルということになるのでしょう。しいて言えば、こういう動きをしたら、見る人が面白いのではないか。そんな動きを徹底して集めたわけです。 ぜひ、これをニューヨークのブロードウェイあたりでかけてもらいたい。言葉が必要ないのだから、アメリカ人がどのように受け止めるか、ものすごく興味がある。思わぬ超ロングヒット・ミュージカルになるかもしれません。 ひとつだけ注文があるとすればこうです。現在は途中15分の休憩をいれて、トータル2時間10分くらいだったが、休憩をなくして1時間45分くらいにまとめたら、もっと密度が濃くなるのではないでしょうか。第二部の方が第一部に比べて、若干物足りなく感じました。 (4月26日から5月11日まで、赤坂ACTシアター)

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Miracle: Don’t show up with old name

新規一転。 「昔の名前で出ていません!!」  六本木のソウルバー「テンプス」が2002年12月で閉店して以来、同店オウナーの川畑さんが次に出す店が注目されていましたが、去る4月25日、赤坂に新しい店、その名も「ミラクル」が開店しました。冒頭のキャッチは、その新しいお店のフライヤー。 「一から出直そうと思って」と川畑さんが言います。30坪ほどあったテンプスから20坪のミラクルへ。若干こぶりになったミラクルはこじんまりと、インティメートな雰囲気になりました。約40席のお店は、業界用語でいう「居抜き」。つまり、前にやっていたお店の椅子や内装をそのまま使って、新しい店を営業するスタイル。 どうやら、以前はカラオケかなんかがあって女の子がいるお店だったようです。そこにDJブースを備え付け、内装に若干手をいれ、あっという間にソウルバーになりました。大きなファンカデリックのボードがソウル度を高めます。 当分は川畑さんを含め3人+DJの態勢で行くそうです。ほぼ1万枚近いレコードはなんとか棚を作って、収めました。昔の名前で出てはいませんが、ドリンクの下に置かれたコースターはテンプスのもの。このあたりに、歴史を感じる人もいるかもしれません。 「ピープル・ゲット・レディー」(インプレッションズ)から、キャンディ・ステイトン、ドロシー・ムーア、OVライトの「ザッツ・ザ・ウェイ・アイ・フィール・アバウチャ」、「ミー&ミセス・ジョーンズ」、モジュレーションズなど、じっくり、しっとり、とろけさせてくれたのは、レギュラーDJキヨミさんでした。 トイレにびったり貼られたモノクロのノーマン・シーフなどの写真を見ると、ソウルアーティストは、モノクロのほうが映えるかななどとも思ってしまいます。で、ふと気づいたのが、テンプスの天井を飾っていたレコードジャケットがふんだんに印刷されたパネルがないということ。 あれ、どうしたんですか? 「(テンプスに)置いてきちゃいました」と川畑さん。「えええ?? うっそ~~~。もったいない。欲しいなあ」 「みんなに言われるんですよ」 ラヴィン・パワー、テンプス1、テンプス2、下北テンプス、ヒップホップなどを経て登場したミラクル。川畑さんのソウル店の歴史の新たなる1ページが開かれました。 ミラクル2003年4月25日オープン港区赤坂2-14-12赤坂井上第一ビル2階03-3589-50148時から朝5時まで日曜定休・祝日は営業チャージ500円、ドリンク700円~ (行き方) TBS前赤阪通りを、外堀通りのほうからきた場合、国際ビルの手前、スターバックスのあたりの道を左折。そのまま行き、突き当たりの道を左折。すぐに左側に車の通れない細い道があります。そこに左折してはいり、つきあたりの右のビルの2階。ちょっとわかりにくいです。

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Little language goes a long way

纏綿。 昨日(7日付け)毎日新聞の夕刊特集で『国語学者の金田一春彦さんを訪ねて~日本語のこころを聞く」という記事がありました。2面の半分を使ったインタヴュー記事ですが、なかなかおもしろかった。 なにより驚いたのは、金田一先生、1913年4月生まれの90歳ということ。まだ6ー70歳くらいかと思っていた。根拠ないんですけど。で、ばりばりに現役なんですね。 その見だしに使われた言葉なんですが、こうでています。「相手を思いやる表現をたくさん聞いて育つ子は思いやりを持った子になる。子育て世代の親御さんは言葉に敏感になってほしい」 なるほど、って感じですね。毎日新聞のサイトをチェックしたんですが、まだ、この記事はアップされていませんでした。後日でるのかもしれません。 以前、日本語の「侘び寂(わびさび)」をどう英語で表記するかということを書いたことがありましたが、日本語には英語にならないような日本人らしさを表現する言葉がたくさんあるようです。 金田一さんは、いくつかの例をあげていますが、「気」を使った表現が日本人らしさを感じさせるひとつとしてお話されています。 「たとえば、「気がつく」「気にかける」「気に障る」「気をひく」「気を許す」・・・。どれも微妙な心の動きを表しています。」 ふむふむ。最近自分の知らない日本語に興味があってねえ。読めない漢字も。仮に何か覚えても、使えないんですよね。大体そういうのはそういう言葉を使うシチュエーションがないから、使われないんですよねえ。 「纏綿」って、読めますか? 僕は読めませんでした。見たこともない。即gooの辞書にコピペして国語辞典をクリック。読めなくても、コピペでいいんだから、いまどき超便利。昔だったら画数勘定して、漢和辞典でまず読み方を探さなければならない。それだけで一仕事です。もう、やらないですね。そんなこと。でも、今はクリックひとつ。 正解は「てんめん」。同辞書によると、 「まつわりつくこと。からみつくこと。「憂患の胸間に―するあり/佳人之奇遇(散士)」(1)まつわりついて離れないさま。「お前を庇ふ心持が始終自分の心に―としてゐたものだから/疑惑(秋江)」(2)情愛のこまやかなさま。「情緒―」」 ほ~~~。今度は「憂患」がわからない。再びコピペ。 ゆうかん「ひどく心配して悩むこと。「世の識者の―する所も/文明論之概略(諭吉)」 「庇ふ」がわからない。 たばう(1)大切にしまっておく。たくわえる。「君がため―・へる米は/仮名草子・仁勢物語」(2)他から守る。かばう。「身を―ひ、命を全くして心をとげたまふべし/曾我 5」 もうひとつ、「艶冶」。見たことないです。(笑) えんやと読みます。 えんや(女性が)なまめかしく美しい・こと(さま)。「洗い髪の―な姿態」[派生] ――さ(名) 艶冶なジェニファーロペスの肢体と憂患な男が纏綿と重なる・・・とかって使うわけでしょうか。むずかし。でも、ちょっとソウルっぽい・・・。強烈なこじつけだ。(笑) 本日は、よくわからない日本語講座でした。

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Sunshine Hill @ Shimo-Kitazawa

下北。 下北沢のソウルバー「サンシャインヒル」に探検に行きました。オウナーは豪徳寺の「ニュー・ジャック・シティー」と同じだそうで、約1年半前にオープンしたとのこと。店のタイトルは、Soul Cafe。なるほど。お茶だけでもいいのかな。 かなり急な階段を上がって、二階に。左に引く扉をあけて中にはいります。右手にカウンター、左手にテーブル席。真正面にDJブース。DJブースの横に、段ボールに入ったアナログ・アルバムがたくさん置いてありました。 この日は、カウンター内に男の子と女の子がいて、その女の子がドリンク・オーダーの合間をみて独自に焼いたCD-Rを流していました。一曲一曲をかけるのではなく、CD-Rをそのまま流しています。ブラザース・ジョンソンの「ストンプ」からウォーの「ユーヴ・ガット・ザ・パワー」につながるノンストップ・ミックスでした。80年代のダンスクラシック中心でしたが、新しいのもかけるとのことでした。DJが入ることもあるのかな。 カウンターが約8席、他に高めのテーブル席が10席くらい。黒を基調としたお店でした。客層は若い感じがしましたが、下北という街柄のせいでしょうか。 場所は、下北沢駅南口のマックのすぐ裏です。マックまで行けば、その並びに看板がでています。 Soul Cafe サンシャイン・ヒル〒155-0031 世田谷区北沢2-12-7電話03-5486-4547チャージ500円、ドリンク500円~朝5時まで営業 第二第三火曜日・定休

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Earth Wind & Fire; New Album & New Tour

小箱。 ゴールデン・ウィークもあっという間に終わってしまいました。はやいですねえ。 それはさておき、アース・ウィンド&ファイアーが全米ツアーにでます。アースは全米で5月20日に新作アルバム『プロミス』を発表しますが、その発売と関連して約20本のツアーを7月まで行います。ツアーの初日は、フロリダ州ボコ・レイトン。 現在のアースの正式メンバーは、昨年の来日メンバーと同一で、モーリスとヴァーディン・ホワイト、ラルフ・ジョンソン、そして、フィリップ・ベイリーの4人です。このほかに若干の追加メンバーがはいり、ステージにあがります。 『プロミス』は97年の『イン・ザ・ネイム・オブ・ラヴ』以来6年ぶりの新作。 ツアー予定は次のとおりです。 5/11/2003 St. Lucia Jazz Festiva/Pigeon Island Nat’l Park 5/23/2003 Mizner Park Amph., Boca Raton, FL 5/24/2003 Tampa Bay PAC, Tampa, FL 5/25/2003 The House of Blues, Orlando, FL 5/26/2003 Chastain Park Amph., Atlanta, GA … Continue reading

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Luther Is Still Alive

誤報。 アメリカで一時ルーサー死亡説が流れたようです。 この日記でも、ルーサーが倒れ入院し、危篤だが状態は安定しているとお伝えしましたが、木曜日(1日)に一部のラジオが「ルーサー死亡」のニュースを流したようです。ファンの間で混乱が続いています。 ところが、すぐにその後続報はなく、一般メディアでも、そのようなニュースは伝えられてきていません。一体どうなったんでしょう。不思議ですねえ。 そこでちょっと調べてみました。 どうやら、5月1日(木曜)デトロイトのABC系列のラジオで午後7時ごろ、確かにルーサー死亡のニュースを報じたようです。しかし、11時にはもうすでに、そのニュースは触れられていません。また、同日午後10時、フロリダ州ジャクソンヴィルのラジオ局もこのニュースを報じましたが、その後のフォローアップはありません。 おそらく、こういう推理が成り立ちます。 今、ルーサーは危篤状態、いつ死ぬかわからない。そこで、死亡したときの記事を「予定原稿」として書いておいた。それをどこかの通信社が誤って、流してしまい、それを見たラジオ局が即報じた。しかし、それは誤報だったので、以後のニュースはなく、おそらく訂正放送でも、した。といったところではないでしょうか。 ニューヨーク・タイムス、LAタイムスなど大きなところは全部調べたんですが、やはりルーサー死亡のニュースはまだ5日午前1時現在ないですねえ。もし本当に死亡したのであれば、かなり大きなニュースですから、一斉に報じられるはずです。バリー・ギブ以上の報道がでるものと思われます。 ただこれで安心というわけではありませんね。危篤であることはかわらず、あいかわらず意識はもどっていません。これだけ長期間意識が戻らないのは珍しいとのことです。下手すると、ジャッキー・ウィルソンみたいに植物人間になってしまうかもしれません。 いま、こうしてルーサーは死んでいません、と書いても、明日には亡くなってしまうかもしれません。予断は許さない状況であることには変わらないのです。 全快をお祈りしつつ。

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Breeze on Saturday Afternoon

そよ風。 土曜の午後。駒沢のカフェN。久々にマスターがいました。彼はかなり年季がはいったキース・ムーンのTシャツを着ています。外にあるテントの席では、犬連れの人たちが思い思いのゆったりした午後を過ごしています。気持ちのいい風が頬にあたってきます。 マスターは、絵が好きで、ここの壁や天井の絵はすべて彼が描いたもの。ちょっとばかり60年代風の面影があり、手作りだが落ちつきます。ここにはなかなか来れませんが、僕の家の近くにあったら、毎日でも行ってしまいたい店ですね。 音楽はラウンジ系をアナログのアルバムでかけます。以前ここで、サミー・デイヴィスの「シャフトのテーマ」を聴いて気に入ったのですが、今日もそれをリクエストしてしまいました。 その後にかかったのが、ルーベン・ウィルソンのアルバム。耳慣れた曲がかかったなと思ったらシャイ・ライツのヒット曲「ストーンド・アウト・オブ・マイ・マインド」のカヴァー。ルーベンは、シカゴのカデット・レーベルのピアニストです。76年頃の作品でした。 こういうのっておもしろいものですねえ。当時はきっと聴いても、ばかにして、一度聴いて終わりだったんでしょうけど、いまどきだと、こういうB級ものでも、カフェではちょうどいいんですね。あるいはTPOかな。 隣のお客さんが犬を2匹連れていました。一匹は2歳でもう一匹は7歳。お店でコーヒーについてくる小さなチョコレートクッキーを犬たちにあげていました。それを見ていると、「ほんとはあげちゃいけないんですけどね」と彼女は笑いながら言いました。2歳の子がやってきたときは、7歳のほうが嫉妬して、若干神経性胃炎になったそうです。 注文したタルトがやってくると、いかにも手作りというそれが来たので、思わずお店の子に尋ねました。「これ、手作り?」 そしたら、その子「いえ、ケーキ屋さんの手作り」と言って苦笑しました。正直に言うか・・・。(笑)  CDプレイヤーもあるんだっけ、とマスターに尋ねると、「あるんですけど、今、壊れてるんです」。確か、前来たときも、同じようなことを言われたことを思い出しました。そのとき、また、開き放たれていた窓から初夏のそよ風が静かに室内に吹き込んできました。

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Jealous Guy

嫉妬。 BBSでSoul Ozさんが紹介してくれたクインシー・ジョーンズの自伝ははやいところ読みたいですね。著者クインシー本人でしたか。ついに書いたんですね。 クインシーだったら、何冊書いてもエピソードにはことかかないでしょうね。(笑) 中でも、スティーヴィーとダニーのエピソードは非常に興味深い。ダニーがスティーヴィーばかりがもてはやされることに嫉妬した、というくだり。ダニーは1945年生まれ、スティーヴィーは1950年生まれ。ダニーのほうが5歳年上です。年下の彼が次々とヒットを放っていくことに、嫉妬、焦りなどを感じたとしてもおかしくありません。 スティーヴィーは63年「フィンガーティップス」が大ヒットして、13歳にして一躍スターの座にのぼりつめました。その時点でダニーは、17歳。ダニーに初ヒットが生まれるのは69年2月、23歳でした。その時点でスティーヴィーはすでに17曲のチャートヒットを持っていました。 70年代にはいると、ダニーはロバータ・フラックとともに「ニュー・ソウル」の旗手などとしてもてはやされます。優れたアルバムを発表し、シングルヒットもだし、ダニー自身に大いなる注目が集まるようになります。やっと、ダニーがスティーヴィーに追い付いたかにみえました。ところが、スティーヴィーは同時期、グラミー賞を次々と総なめするようになり、さらに人気格差が拡大してしまうのです。ダニーも実にいい作品をだしていますが、どうしても印象的にスティーヴィーのほうが、インパクトがある、といえば確かにそうです。この人気格差に、自分がいくらやっても、スティーヴィーに追い付けない、というあきらめのような気持ちが生まれたのでしょうか。インテリゆえに、そこが頭で理解できてしまったのかもしれない。感情的には理解できなくとも。 今でこそ、ダニーに対する評価は高いものがありますが、一般的人気という点では確かに、スティーヴィーでした。そして、そこに「なぜスティーヴィーばかりが・・・」という気持ちが芽生えたとしても、まったく不自然ではありません。 73年頃から79年1月13日の自殺の日まで、おそらくダニーには人の想像を絶するようなストレスがあったのでしょう。彼がインテリで頭がよかっただけに、さらにその苦悩は大きかったはずです。その日々は、ダニーにとっての、疑うことのないソウル・サーチンの日々でした。 ダニー最後のアルバム『バック・トゥゲザー・アゲイン』(1980年)には、そのスティーヴィーが書いた作品「ユー・アー・マイ・ヘヴン」が収録されています。気持ちがひとつふっきれたのでしょうか。ダニーが「君は、僕の天国だよ」と歌うとき、それはスティーヴィー本人に対して歌っているのかもしれません。そしてこれを最後に、ダニーがこの世を去りました。ということは、これはひょっとしてダニーの辞世の歌なのでしょうか。 「ジェラウス・ガイ」ダニーよ、安らかに。あなたの音楽は永遠に。

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Conversation with Instruments

会話。 楽器とミュージシャンの関係は、とても微妙です。ひとつ言えることは、同じ楽器を弾いても、プレイするミュージシャンが違うと出てくる音が違うものになるということです。これは、不思議なのですが、事実そうなのです。 以前どこかで話したか、書いたかもしれませんが、かつてドクター・ジョンのライヴをブルーノートで見たときのことです。普通の彼のバンドでドクター・ジョンが歌っていたのですが、そのバンドのギタリストは別に可もなく不可もなくという感じでした。まあ、よくあるバンドの一員という感じでした。 そこに一人のギタリストが飛び入りで参加したのです。そのギタリストはドクター・ジョンの大ファンだったので、この日、ライヴを見にきていたのです。最初、ブルージーンズの中年男がステージに上がったとき、だれだか分かりませんでした。でも、顔をよく見ると、「えええっ? うっそ~~」の声を出してしまいました。そう、エリック・クラプトンだったのです。 バンドのギタリストからそのままギターを受け取り、エリックはベルトを肩からかけました。そして、ドクター・ジョンのキューと同時に、エリックがギターを弾き始めました。するとどうでしょう。今までとまったく同じギターだったにもかかわらず、音がまったく変わってしまったのです。なんということでしょう。これこそマジックです。本当に今までとまったく同じギターで、しかも、チューニングなども同じです。 同じギターも、エリック・クラプトンが弾くと、まさにクラプトンのギターになってしまったのです。それほどまでに、楽器はプレイする人を表すのです。 「ピアノもねえ、同じなのよ。特にピアノは、乗馬と同じように感じるわ」 こう話すのは、先日ライヴを見せたピアニストのサヤ。「以前乗馬したときに、乗馬の先生が乗った馬と同じ馬に私が乗っても、なかなか言うことをきいてくれないの。教えられた通りに指示するのに、馬はまっすぐ行ってくれないのよねえ。馬は、乗る相手がどれくらいの力量があるか知っているのね。下手な人の言うことはきかない。なにか、こう見透かされているようで」 「ピアノも同じように、自分の調子がいいときは、ピアノもそれを知ってるのよ。ピアノはまさに生き物と一緒。ピアノも、相手のレベルや気持ちがわかっているの。いかに集中できるか、いかにそのピアノをコントロールできるか、それが問題なわけ」 ピアノにもむずかしいピアノ、やさしいピアノがあります。上品な馬や荒くれの馬がいるように、さまざまなピアノがあります。弾き手のレベルが高くなれば、どんなピアノでも、どんな馬でも乗りこなせるようになります。でも、そこまでの域に達していないと、ピアノに負けてしまうこともある。また逆に、ピアニストの力が足りないときには、ピアノ・パワー(ピアノの力)に助けられることもあるのです。 で、サヤは荒くれ馬でも乗れるのだろうか、と尋ねました。「いやあ、私はまだ上品な馬(ピアノ)しか乗れないわねえ。いずれ、どんな馬でも乗れるようになれるといいけれど(笑)」と答えました。 ピアノも、演奏者の心の動きを知っているんですね。すごいけど、そういうことなんでしょう。わかる気がします。僕には、その模様がミュージシャンと楽器が会話をしているのではないかと感じます。きっと会話が成立している演奏は、極めてすばらしいものでしょう。そして、そういう瞬間にはなかなか立ち会えないのもまた事実です。だから、そんな現場に遭遇したら感動もひとしおということになります。そして、その会話を聴くためには、聴く側も感性を研ぎ澄まし、集中しなければなりません。

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Aretha’s Last Tour: Is It True?

最後。 アレサ・フランクリンが全米ツアーにでます。そして、これがこの規模のツアーとしては最後のものになると言っています。4月15日に配信されたニュースです。 アレサは極度な飛行機嫌いで知られます。現在はデトロイトに住んでいますが、ロスやニューヨークでライヴをやるときには、バスなど車で移動します。ですから、大変です。めったにライヴやりません。 僕が個人的にソウル系のアーティストで80年代後期からどうしてもライヴを見たかったアーティストが二人います。そのうちの一人がアレサでした。もう一人は、今危篤のルーサー・ヴァンドロス。二人の共通点は、極度な飛行機嫌いということです。だから、日本なんかやってきてくれません。彼らを見ようと思ったら、こちらから出向かないと。 だから、アレサは出向きました。ルーサーはチャンスがなくて実現してません。ルーサーはかなり日本の人でも見た人がたくさんいるようですが、アレサを見たという人はさすがに少ないですね。ルーサーは彼が完全復活したら、絶対に見に行きましょう。そう心に決めました。だから死なないでね、ルーサー様。 あと最近だと、バーブラ・ストライサンドのライヴを一度見たい。これも数年に一度しかしないから、かなり叶わぬ夢です。しかもチケット超高額にかかわらず即完(即・完売)です。 さて、このニュースだと今回のツアーがこの規模としては最後になる、と言ってますが。この「最後のツアー」というキャッチフレーズが、大物ヴェテラン・アーティストのツアーの冠につくようになったのは、80年代後期のマイケルジャクソンからですねえ。ゆゆしき問題です。(笑) マイケル、ストーンズ、ポールマッカトニー、そして、今度はアレサですか。 最後だから、みんな来てね、みんな見逃すなよ、ということなんですね。でも、数年たったら、またやる。「最後だよ~~、最後だよ~~」というこの狼少年の叫びはなんとかならないものでしょうかねえ。 ちなみに、アレサの場合は、6月5日からヴァージニア州ヴィエナ(ウィーン)から始まり、約10回、秋までつづく、とのことです。タイトルは『アレサ・シングス・ハー・ミュージカル・ヒストリー』。 +++++ Billboard.com’s Daily Music Update for April 15, 2003 R&B legend Aretha Franklin has confirmed that her 2003 tour will be the last such full-scale endeavor of her career. The tour … Continue reading

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