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◇雑誌「熱風」で「続・上を向いて歩こう~蘇生と復活の奇跡~」連載始まる

◇「熱風」で「続・上を向いて歩こう~蘇生と復活の奇跡~」連載始まる 【”Sukiyaki” Saga Continues】 続。 昨年発行され大きな話題を集めた『上を向いて歩こう』(佐藤剛・著、岩波書店)は、同名曲の誕生、それがなぜアメリカに渡り全米ナンバーワンになったかを、ひじょうに詳細に取材し、記した音楽ドキュメンタリーの傑作だ。これはもともとスタジオ・ジブリが発行している月刊誌「熱風」に連載していたものを加筆して一冊の本にまとめたもの。同書では、だいたい1963年くらいまでのことを書いていた。 その佐藤さんが、「上を向いて歩こう」のその後についての連載を、再び「熱風」最新号(2012年3月号)から始めた。 佐藤さんから送っていただいたものを読んだら、なんと15ページにもわたるビッグなヴォリュームで驚いた。文字数でも15000字は超えている。「続・上を向いて歩こう」は、1978年ロスから始まった物語を描く。 佐藤さんは1981年初頭からヒットしたテイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」にフォーカスし、この周辺を徹底取材している。 実はしばらく前から、1978年前後のアメリカのブラック・ミュージック・シーンの状況や、ディスコ・シーンの状況などの話を聞かせてください、と頼まれ、いろいろと話をさせていただいた。で、それなら、テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」のプロデューサー、ジョージ・デュークに直接話を聞いたらよいのではないかと提案。ジョージは年に1-2回来日しているので、と思ったら、3月頭にさっそく半年振りに来日。そこで、ビルボードライブの協力を得て、ジョージのインタヴューをアレンジした。このときの話は、連載で徐々にでてくると思うので、ぜひそちらをごらんください。 佐藤さんは、このテイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」についても、僕が知らなかったことを徹底して調べ上げていて、本当に頭が下がる。僕のところにもグループに関しての当時の紙資料や雑誌などがあるので、ある限り提供している。 佐藤さんの発見でちょっと面白かったのは、テイスト・オブ・ハニーの初代のA&Rディレクター(制作担当ディレクター)は、ラーキン・アーノルドで、僕も2-3度インタヴューしている。その彼は、のちにCBSに移籍する。一方、テイスト・オブ・ハニーの「スキヤキ」時のディレクターは、ボビー・コロンビーといい、元CBSのディレクターでCBSからキャピトルに移籍してきた。ちょうど形としては入れ替わったようになっていた。 ちなみにボビー・コロンビーは元ブラッド・スゥエット&ティアーズのメンバーで、ジャクソンズの3枚目のアルバム『デスティニー』のプロデューサーでもある。 そして、今回の連載で書かれていて、もっと驚いたのが、テイスト・オブ・ハニーが1974年に「ヤマハ・世界歌謡祭」出演で来日したが、そのときの司会が坂本九で、彼がテイスト・オブ・ハニーを紹介した、ということ。テイスト・オブ・ハニーがその後、「スキヤキ」をカヴァーするなんて、なんという奇遇だろうか。様々な多くの事実という点を丹念に掘り起こしていくと、必ずや、その点のどれかが線になっていく。こうして調べることが病みつきになっていく。 次号以降の連載が実に楽しみだ。 ■ 上を向いて歩こう/坂本九 http://youtu.be/mvuO0BsEEss ■ Sukiyaki / A Taste Of Honey http://youtu.be/xqFkUNqBwMw ++++ 活字好きにとってのフェヴァリット・マガジン「熱風」はフリーペーパー。主要書店で配布されています。 「熱風」のホームページ http://www.ghibli.jp/shuppan/np/ 「熱風」本体は無料の雑誌。次のような書店においてありますが、10日過ぎに配布されると瞬く間になくなってしまうそうです。 「熱風」配布書店リスト http://www.ghibli.jp/shuppan/shoten/ そこで、郵送料実費での定期購読の方法があります。 定期購読の案内。年間2000円。 http://www.ghibli.jp/shuppan/np/007495/ ■ 「上を向いて歩こう」 上を向いて歩こう posted … Continue reading

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◇ワックスポエティックス第20号発売

◇ワックスポエティックス第20号発売 【Waxpoetics #20 Released】 発売。 ブラック・アーティストやクラブ系DJ、リミキサーなどにフォーカスを当て徹底したインタヴューなどを紹介している良質な音楽誌「ワックスポエティックス(日本版)」の最新号(第20号・隔月刊)が2012年2月末に発売された。 今回は日本独自の制作記事で伝説の故ラリー・レヴァン記事18ページ、やはりニューヨークをベースに活躍するDJ、リミキサー、フランソワ・ケヴォーキアンのインタヴュー15ページ、ハミルトン・ボハナン・インタヴューなど、ひじょうに中味の濃い一冊になっている。 僕もサム・クックで8ページ寄稿した。僕はこれまでサム・クックを生で見たことがある人には会ったことがないので、実際に生で見た人(なんとピーボ・ブライソン)からそのときの話を直接聞いたときには、大興奮した。そのあたりも、書き込んでいる。たぶん今出てるサム・クック記事の中で、サム・クックのライヴを生で見た人の話を直接きいたものはどこにもないので、貴重かと思う。サムは1964年12月11日33歳で死去。 内容などは、こちら。 http://www.waxpoetics.jp/magazine/ Wax Poetics Japan No.20 posted with amazlet at 12.02.24 Grunt Style Amazon.co.jp で詳細を見る MAGAZINE>Waxpoetics>#20

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◇○☆ ワックス・ポエティックス第19号~ディスコ・ミックスの父、トム・モウルトン・インタヴュー

◇○☆ ワックス・ポエティックス第19号~ディスコ・ミックスの父、トム・モウルトン・インタヴューはリミックスの歴史満載 【Wax Poetics #19: Tom Moulton Interview】 ディスコ・ミックス。 ダンス系、ブラック系のアーティストなどのインタヴューを掲載している音楽誌ワックス・ポエティックスの最新号(2011年12月30日発行、第19号)が30日に発売される。 今回マイケル・ジャクソンの『イモータル』のアルバムについて、詳しく解説を書いたのだが、「マッシュアップ」を解説する中でリミックスの歴史を簡単に紹介し、その父とも言える「トム・モウルトン」のことを書いた。そうしたら、偶然、同じ号にそのトム・モウルトンのインタヴュー記事が掲載されており、興味深く読んだ。 トム・モウルトンに関しては、1970年代からあちこちでたくさん書いてきたが、直接会ったことはない。ただいろいろ噂話なども聞いていて、最近フェイスブックでつながったりした。いずれ、どこかで会うなりして、じっくりインタヴューしてみたい人物だ。ただ、このワックスのインタヴューは十分、おもしろく読み応えがあるので、リミックスの歴史などに興味がある方はぜひお読みになるといいと思う。 トム・モウルトンは、「ディスコ・ミックスの父」と言われ、いわゆるディスコ・ミックスの生みの親、ブレイク・ビーツの元を発明した人物である。それより以前は、ジュークボックス用の7インチ・シングル(ドーナツ盤)のセールスマンをしていた。 誕生。 たとえば、ものすごく面白いストーリーのひとつは12インチ誕生の瞬間の話だ。 いつもトムは、自分がリミックスしたものをアセテート盤というラッカー盤に焼いて、ディスコで試していた。これはやわらかい盤面に音を直接カッティング(刻む)して、盤を作る。しかし、盤面がやわらかいもので、その場でカッティングできて、一応、盤にはなるのだが、10回くらいプレイしてしまうともう溝が削れて使えなくなってしまう。今だったら、出来上がったミックスをCDRに焼くが1970年代はまだまだこのアセテート盤に焼いて、いろいろなオーディオ機器で試して聴いて、低音が不足してるとか、高音が出すぎとか、ヴォーカルが小さいなどと調整するために、使っていた。 ちょうどアル・ダウニングの「アイル・ビー・ホールディング・オン」をミックスして例によってアセテート盤を作ろうとしたら、たまたま7インチのブランクのアセテート盤がなく、しかたなく12インチに刻んだ。ところが3-4分ほどしかない曲を12インチに刻むと、外側の2-3センチくらいにしか、その刻みがなく、あとはまったくのブランクになる。それでは、あまりにかっこうが悪いので、溝を中央まで均等に刻みなおした。それをすると、今度は、音量が足りないことがわかり、大きな音量で、12インチのかなりの盤面を使ってカッティングした。溝の幅自体が広く刻まれたのだ。それをディスコに持っていったら、音が大きく入っていて、ものすごい迫力で再生された。そして、これはいい、ということになり、ディスコ用の12インチ・シングルというものが出来た、というのだ。 たまたま7インチのアセテートがなかったから、12インチを使ったところ、それがものすごくよくて、次々これで行こうとなった。まさにひょうたんから駒、怪我の功名、災い転じて福となす状態である。 トム・モウルトンの話は計10ページにわたって紹介されているので、ほかにも、おもしろい逸話が存分に出てくるのでわくわくしながら読んだ。ちなみに、筆者のマイケルの話は6ページ、それから日本のファンキーなキーボード奏者、スウィング・オーさんのインタヴュー記事も4ページ、デトロイト・テクノ特集、ロン・ハーディー特集など、満載だ。 クレジット。 ちなみに、僕がすべてのライナーノーツの最後のクレジットに「An Early Bird Note」と表記しているのは、トム・モウルトンがミックスを施したすべてのレコードに「A Tom Moulton Mix」というクレジットをつけていたところからインスピレーションを得て、つけたものだ。1975年のこと。「A」という不定冠詞がついているところが、「唯一の」という感じがしてよいと思った。たまたまアーリーバードの場合、不定冠詞につづくEが母音だったので、Aではなく、Anになったのだが。最初は「A Early Bird Note」かなあと思ったが、すぐにAnでなければならないことに気づいた。ただ、An かあるいは、The がいいのかどうかは、すごく迷った。もうひとつ、通常「ライナーノーツ」と複数なので、単数でいいのかなあというのも迷ったが、Liner Note でもNotesでも間違いないということ、同じ意味のSleeve Noteは単数だったので、ま、いいかと思って、そうした。 話がそれたが、トム・モウルトンとリミックスについては、いくらでも書けるので、また機会をみて書いてみようと思う。 ■ワックスポエティックス・ジャパン 2011年12月30日発売号、第19号 トム・モウルトン・インタヴューなど Wax Poetics Japan … Continue reading

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◇『亀淵昭信のロックンロール伝』単行本~私的ロック史

◇『亀淵昭信のロックンロール伝』単行本~私的ロック史 【Kamebuchi Akinobu’s Rock ‘n’ Roll History】 書籍。 中村とうよう氏の遺稿「とうようズトーク」が掲載されるという20日発売のミュージックマガジンを書店に買いに行ったら、近くにおしゃれなカヴァーの亀淵昭信さん著による『亀淵昭信のロックンロール伝』という本を見つけたので、そのままレジに持っていった。奥付は2011年8月20日発行となっていたが、書店には7月31日ごろから並んでいたようだ。 これは、亀淵さんがスタジオジブリ発行の月刊フリーマガジン『熱風』に2008年8月から2010年11月まで28回連載していたエッセイ「ドーナッツ盤に恋をして~私説ロックンロール黄金史」に加筆して単行本化したもの。一回の連載を一章にまとめたので28章で構成されている。大体1章が6500字くらいで、28章なので、18万字超くらいの大作。亀淵さんが当時の新しい音楽の流れ、ロックンロールにどんどん魅了されていき、さまざまな情報を仕入れ、当時紹介した話なども含めてここに書かれている。まさにタイトル通り、亀淵さんの目を通したロックンロールの歴史、1950年代から60年代のアメリカ音楽業界のいろいろなことがエピソードとともに語られる。文章もとても読みやすく、しかも、活字が大きめなのが嬉しい。 まだ飛ばし読みしかしていないのだが、ソウル・シンガー、ジョニー・エースの話(14章)などもおもしろい。僕もずっとエースはロシアン・ルーレットで死んだものと聞いていたので、実はそうではないらしい、と書かれていて、驚いた。当時は今ほど情報が出ないので、ちょっとした噂がじわじわと広まっていくのだろう。 かと思えば、巻頭のカラー写真。なんと亀淵さんご本人撮影のオーティス・レディングのライヴ写真! これは、すごい。1967年9月頃の撮影とのこと。その3ヵ月後にオーティスは不慮の飛行機事故で他界する。また、ソングライターにとって伝説とも言えるブリル・ビルの前での写真など、これまた貴重。1960年代から海外に出て、いろいろなライヴを見られたり、業界の人たちと会えたなんて、うらやましい限りだ。今でこそ簡単にアメリカに行ったり、そういう人たちと会ったり、少なくともメールの交換など簡単に出来るが、当時はめったなことではそんなことはできないはず。 これを読んでいたら、語られる曲のことについて知っているとより楽しめるなあと思っていたら、なんと、同時発売で、この本に関連する楽曲を集めたCDコンピレーションも発売されていた。かつて、僕もモータウン創始者ベリー・ゴーディーの自伝『モータウン、わが愛と夢』(TOKYO-FM出版、1996年)を翻訳出版したときに、訳しながらモータウン楽曲を聴きまくり、本で書かれている曲のオムニバスがあればいいと思って、結局本とほぼ同時にCD『モータウン、わが愛と夢』を本のジャケットとあわせて出した。 亀淵さんは1942年生まれ。僕にとっては、1960年代後半の深夜放送『オールナイト・ニッポン』のスーパーDJという存在だ。当時ニッポン放送が出していた『オールナイト・ニッポン』の小冊子『ヴィヴァ・ヤングVIVA YOUNG』なんて、いまだに持っている。ひっぱりだしてみたら、1968年9月発行の第1号から1972年5月発行の第46号からまで若干抜けてるのもあるが、あった。版型も何度も変わっているが、途中一時期、17センチシングル盤(ドーナツ盤)のジャケットと同じサイズになっていた。埃にまみれていたが、糸居さんの記事など読み返すとおもしろい。この『ヴィヴァ・ヤング』のことは、また別の機会に書こうかな。 『亀淵昭信のロックンロール伝』は、多分団塊の世代、エルヴィスやレイ・チャールズ、ビートルズ、当時の洋楽、ラジオなどを聴いて親しんだ方々には絶好の著作だと思う。 ■ 亀淵昭信のロックンロール伝~ビートルズ以前、16歳の僕はドーナッツ盤に恋をした (単行本) (章のタイトルがアマゾンのページですべて見られます) 亀渕昭信のロックンロール伝~ビートルズ以前、16歳の僕はドーナッツ盤に恋をした posted with amazlet at 11.08.21 亀渕 昭信 ヤマハミュージックメディア 売り上げランキング: 5599 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ 亀渕昭信のロックンロール伝~16歳の僕はドーナッツ盤に恋をした CD (書籍で触れられる楽曲を集めたコンピ。本を読みながら聴くもよし、CDを聴いてから本を読むもよし) 亀渕昭信のロックンロール伝~16歳の僕はドーナッツ盤に恋をした posted with amazlet at … Continue reading

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○ ワックスポエティックスからマニアックなレコード紹介本『Re:Discovery』

○ ワックスポエティックスからマニアックなレコード紹介本『Re:Discovery』 【”Re:Discovery” : Book of Vinyl】 再発見。 ニューヨークのクラブ系音楽を中心に編集されている「ワックスポエティックス」誌の連載「リ・ディスカヴァリー」を編纂したものが、単行本「Re:Discovery」として2011年7月31日にリリースされた。 このコラムは、オリジナルのアメリカ版「ワックスポエティックス」では、2005年秋の第14号から始まり、2011年7月までで170枚(34号分)紹介されている。そこから75枚を選び、一冊にまとめた。本のサイズは17.7センチ四方。そう7インチシングル盤(いわゆる17センチシングル=ドーナツ盤)とほぼ同じもの。もし、あなたの家に7インチ用コレクション棚があれば、ちょうどすっぽり収まりよく入る。 普通の30センチ盤ヴァイナル・アルバムから、12インチ・シングル、そして、7インチ(17センチシングル盤)まで、かなり珍しいものまでが、ジャケット写真、あるいはシングルの場合はレーベル盤面の写真とともに語られる。 しかし、これを読んでいると改めて思わせられるのが、レコード収集は底なしだという、何度も痛切に感じていることだ。そして一度始めるとなかなかここから抜け出せない。だから、ジャンキーになる。しかし、この75枚を全部持っている人はこの世にいるのだろうか。 ■Re:Discovery Re:Discovery posted with amazlet at 11.08.05 GruntStyle 売り上げランキング: 125686 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ちなみに、ワックス最新号はレゲエ中心の編集。次号は8月末発売予定。 Wax Poetics Japan No.16 posted with amazlet at 11.08.05 Grunt Style Amazon.co.jp で詳細を見る BOOKS>Re:Discovery MAGAZINES>Waxpoetics

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◆ネルソン・ジョージから学んだこと

◆ネルソン・ジョージから学んだこと 【Lesson From Nelson George】 日本。 ネルソン・ジョージには、1980年代に2-3回会った。1度は正式にインタヴューした。あの頃、僕は毎年夏にニューヨークで行われる「ニュー・ミュージック・セミナー」というのに参加していて、そこでいろんな業界人と知り合ったが、ネルソンはインタヴューをオファーし、アポイントをとって行った。 しかし、そのアポはなかなか取れなかったことを覚えている。あの頃はメールがなかったので、エアメールか、ファクスか、しつこいほど電話をしたんだと思う。とにかく、アメリカのそういう業界人は、相手を知らないと、折り返し電話をかけてこない。もちろん、当時は携帯もないので、相手のオフィースに電話、こちらはホテルの部屋で待機、みたいなものだ。あと、みんなページャーというポケベルを持っていた。 何度かやりとりがあって、やっとのことで彼に会えることになった。ミッドタウンにあるビルボードのオフィースに行ったが、会うなりいきなり、僕に「日本でのR&B、ブラック・ミュージックの状況はどうだ、誰が人気があるか、ラジオはどうだ、何局くらいあるんだ」など立て板に水で質問を矢継ぎ早にしてきて面食らった。さすが、ジャーナリストだなと思った。ジャーナリストっていうのは、どんどん質問しないといけないんだ、ということを知ったのが、彼と会ってからだ。ほぼ同時期に、ミネアポリスの新聞の記者(名前を思い出せないのだが、60代くらいの品のいい女性だった)にも会ったが、同じく質問攻めに合い、いかに効率よく的確に質問すべきかということを学んだ。そして、遠慮なんてものをしていては、あっという間に時間はなくなり、インタヴューは終わる。アメリカ人の質問は直接的で、ずばっとくる。誰もがそうなので、基本的にそれでいいんだと思うようになった。 ネルソンも、ミネアポリスのジャーナリストも、日本に漠然と興味を持っていたのだろう。それで、そういうことを訊かれた。だが、僕はそれほど「日本」について知らなかった。ちょうどその頃からだと思う。外国に行くと、日本についてきちんと説明ができないといけないということを認識するのが。 それこそ、ささいなネタでも日本について、説明できないと場がもたないのだ。たとえば、食べ物の話になれば、すしの話をしなければならない。魚の名前を英語で言えないといけない。そんなことは、いまだにできない。(笑) ま、最近は日本通の外国人は、すしのネタを日本語で知ってるからいいんだけどね。(笑) ネルソン・ジョージは、ちょうど『リズム&ブルースの死』を出し、以後コンスタントに著作を発表する。いつの間にか、ハリウッドとコンタクトが出来、ビルボードを辞めて、作家となり、映画の脚本なども書くようになったらしい。彼がビルボードを辞めてからは、なかなか彼のブラック・ミュージックのレポートを見る機会が減ったが、時折、ローリング・ストーン誌やら、なにかで彼の記事が出てたりすると、けっこう読んだものだ。 ネルソンの記事がおもしろかったのは、彼が黒人であって、黒人の目から黒人の音楽シーンをきちんと見ていたからだ。それも、かなりきちんとした文章で書いていたので読み応えがあった。当たり前だが、ビルボードにいたので、きちんと取材をして書いていた。 僕が海外の評論家で一目置いていたのが、トニー・カミングス、デイヴィッド・ネイサン、そして、ネルソンだった。評論家ではないが、デイヴィッド・リッツも注目していた。トニーもデイヴィッド・ネイサンも、いずれもイギリスの白人。リッツも白人、だから、ネルソンがアメリカの黒人の視点でブラック・ミュージックを語るのが新鮮だったのだ。 ■ ネルソン・ジョージの著作 『スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間』 スリラー マイケル・ジャクソンがポップ・ミュージックを変えた瞬間 posted with amazlet at 10.12.18 ネルソン・ジョージ シンコーミュージック・エンタテイメント 売り上げランキング: 2078 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ デス・オブ・リズム&ブルース リズム&ブルースの死 posted with amazlet at 10.12.18 ネルソン ジョージ 早川書房 売り上げランキング: … Continue reading

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○スイングジャーナル誌も休刊へ~6月発売・7月号で

○スイングジャーナル誌も休刊へ~6月発売・7月号で 【Swing Journal Discontinued As Of July Issue】 休刊。 ジャズ専門誌「スイングジャーナル」が、2010年6月20日発売の同年7月号で休刊することになった。5月20日発売の6月号で正式発表する。 スイングジャーナル誌は、1947年(昭和22年)創刊。63年の歴史に幕を下ろす。ジャズ専門誌として一時期は多数の広告を掲載、大部数を発行していたが、近年は部数も広告も大きく落ち込んでいた。スイング・ジャーナル誌の現在の編集長は8代目(7人目)の三森隆文氏。同社からは、同じく音楽専門誌アドリブ誌が2010年5月号で休刊、これで2つの大きな定期刊行物を失うことになった。 ++++ 変革。 アドリブに続いて、スイング・ジャーナルもということで、確実に時代の変革が訪れている。音楽業界の景気の悪さも現している。一般論として、音楽誌そのものの存在価値、意義がなくなっているのだろう。ただの新譜情報だけだったらネットで十分。ちゃんとした音楽評論を読みたいと思っても、既存の音楽誌には載っていない。音自体もネットで、とりあえず、お試しで聞くことができる。また、CDが売れず、レコード会社の景気が悪いから、広告出稿もままならない。広告を出してもらうために、タイアップ記事を出す。で、それらは読まれない。読まれないから売り上げに直結しない。まあ、すべてそういうスパイラルだからしょうがない。 しかし、スイング・ジャーナルについて言えば、63年の歴史というものすごく貴重なアーカイブがあるので、それをたとえば、全部デジタル化して、ネットに無料で公開したらどうだろう。そこに広告をいれて、その収益は筆者に二次使用料として分配していく。いずれにせよ、スイング・ジャーナル誌も十分歴史を作った。その日本のジャズ界への影響は計り知れない。それを休刊ということで埋もれさせてはよくない。 一方、これから生き残れる音楽誌は、徹底した取材と読み応えのある深く突っ込んだ記事、資料性の高い記事、そして、長く保存しておきたいと思うようなレイアウトといったところになるのかもしれない。最初から大量部数は期待せずに、コアなしかし確実な読者を掴むことが重要のように思える。 ■ 関連記事 2010年03月19日(金) 音楽月刊誌アドリブ、5月号で休刊へ http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10485415185.html ■ スイングジャーナル2010年5月号 Swing JOURNAL (スイングジャーナル) 2010年 05月号 [雑誌] posted with amazlet at 10.05.16 スイングジャーナル社 Amazon.co.jp で詳細を見る スイングジャーナル2010年6月号 Swing JOURNAL … Continue reading

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☆ワックスポエティックス第9号発売~テディペン、映画『ソウル・パワー』、ジミヘンなど

☆ワックスポエティックス第9号発売~テディペン、映画『ソウル・パワー』、ジミヘンなど 【Waxpoetics Japan #9 Now Released】 テディ。 ブラック・ミュージックを中心に良質な音楽を深く掘り下げている音楽誌ワックスポエティックス(日本版)の第9号が、2010年4月20日発売された。この号では、僕はテディー・ペンダーグラスのインタヴュー記事とそれに関する記事(計9ページ)、映画『ソウル・パワー』の紹介記事(6ページ)を担当した。 テディーのメインのインタヴュー記事は、2009年にアメリカ版に出たものだったが、このインタヴューが実に興味深い。以前にも書いたが、テディーが若手のインタヴューアーに対して怒っているのだ。他のテディーのインタヴューを見たり、読んだりしても、そういうのはなく、また、ここまでアーティストが怒っているインタヴューもめったにない。たぶん、インタヴューアーが若くて、表面的なことしか聞かなかったからかもしれないのだが、話が進むにつれ、どんどんと険悪になっていくところが、はらはらドキドキものなのだ。これを読むと、まさにインタヴューとは「生き物」「戦い(勝負)」だということをつくづく感じる。そこで、本編のインタヴューのほかに、1ページだけ、このインタヴューがどうしてこのような形になったかについて、若干の分析をしてみた。 もう1本は、6月に公開される映画『ソウル・パワー』の記事だ。本ブログではすでにご紹介しているが、その様子を写真もたっぷりに6ページ特集。特集1ページ目にドン・キング、ビル・ウィザース、モハメド・アリの3ショットが掲載されている。食事をしているのだが、ドンとアリがいろいろしゃべっているが、ビルは黙々と食べている。このとき、アリは珈琲に砂糖を入れるのだが、その砂糖を入れる量がはんぱではない。 このほかに第一特集はジミ・ヘンドリックス(15ページ)、これに付随して「アイズレイのジミ・ヘン」とも呼ばれているアーニー・アイズレイのインタヴュー(7ページ)があり、あわせると22ページ、大変読み応えのある内容だ。アーニーのインタヴューを読みながら、彼のファースト・アルバムのライナーを書いたこと、そのときに電話インタヴューをしたことを思い出した。幼いアーニーが、ジミ・ヘンドリックスが一時期居候していたことを思い出すシーンなど、最高の話しだ。 というわけで、内容の濃い記事は、ぜひ立ち読みではなく、おうちでじっくりお読みください。アマゾンでも、買えます。(アマゾンサイトに目次的な紹介があります) ■関連記事 2010年01月16日(土) テディー・ペンダーグラス死去:フィリーのメッセージをのせて http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10435270093.html 2010年01月14日(木) (緊急寄稿) テディー・ペンダーグラス『トゥルーリー・ブレスド』ライナーノーツ 復刻 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20100114.html 2010年03月14日(日) 映画『ソウル・パワー』6月に日本公開決定 (パート1) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10481294944.html 2010年03月15日(月) 映画『ソウル・パワー』6月に日本公開決定 (パート2) http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10482117209.html#main ■ ワックスポエティックス・ジャパン第9号(2010年4月20日発売) Wax Poetics Japan No.9 posted with amazlet at 10.04.19 GruntStyle Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>MAGAZINE>Wapoetics … Continue reading

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○音楽月刊誌アドリブ、5月号で休刊へ

○音楽月刊誌アドリブ、5月号で休刊へ 【Monthly Music Magazine Adlib Cease To Publish】 37年。 1973年に創刊された音楽専門誌、アドリブ(スイング・ジャーナル社・発行)が、2010年4月19日発行の2010年5月号を持って休刊することが決まった。3月19日発行の4月号同誌で正式に発表される。 このところ、雑誌不況で多くの一般紙、専門誌が休刊している中、アドリブも37年の歴史に幕を閉じることになった。 スイング・ジャーナル社アドリブ編集部からの案内では次のように書かれている。  《ADLIB》は、1970~90年代におけるクロスオーヴァー、ディスコ、ソウル、AOR、フュージョン、ブラック・コンテンポラリー、ニュー・エイジ・ミュージックなどの黎明期、成長期、発展期、成熟期など、すべての時代を共に歩み、情報発信して参りました。しかし、今世紀に入り本格的にインターネット時代を迎え、情報収集の対象が変化し、新聞や雑誌などの役割も以前とは大きく変化してきました。それに加え、昨今のレコード業界の業績悪化、それに伴う音楽雑誌全般の広告収入の減少など、そうした時代の大きな変化を見るにつけ、弊誌も自らが担い続けてきた使命の限界を予感し、忸怩たる思いもございますが、37年間の歴史に、ここでひと区切りを打とうと決心した次第です。 +++++ お疲れ様。 アドリブ誌は僕も創刊2号目(1973年)から執筆させていただいた。だから随分、長い付き合いになる。僕にとってはソウル・オン誌に続いて書くようになった雑誌だった。特に1980年代に「プリンス物語」を月刊連載で書いたときは楽しかった。あれが一番の思い出かな。 このところ一般の人の音楽情報を集める手段がすっかりインターネットに移行してしまったので、アドリブに限らず、雑誌媒体は苦しい。これも時代の流れでしょう。松下編集長、編集部の八田さん、諏訪さん、37年間、本当におつかれさまでした。そして、ありがとうございました。 ■ アドリブ(2010年4月号) ADLIB ( アドリブ ) 2010年 04月号 [雑誌] posted with amazlet at 10.03.19 スイングジャーナル社 Amazon.co.jp で詳細を見る ENT>MAGAZINE>Adlib

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◆巡り巡って、そのソウルの旅は出発点に

◆巡り巡って、そのソウルの旅は出発点に 【What Goes Around Comes Around】 原点回帰。 拙著『ソウル・サーチン』(音楽之友社)は、2000年7月に発売された。初版だけで、好評のためか出版元も品切れだが、2刷りにはならず、今ではヤフオクなどでときにとてつもなく高い値段がついている。 実は、僕の手元にもほとんどないので、ヤフオクなどで安い値段で出ていると、適宜買ったりしている。ずいぶん前、もう半年以上前に、どこからか買ったものを、そのまま放っておいたが、ちょっと必要があって、封を切った。 すると、な、な、なんと、そこの裏表紙に、ボ・ボ・僕のサインが書かれてるではないか。いやあ、めぐり巡って、作者のところに戻ってくるんだ。 ただこのサインにはだれそれさんという宛名がない。ただサインしたのかなあ。記憶がない。で、日付はある。2000年10月15日。 そこで、古い手帳をひっぱりだしてみた。な~~るほど。この日、僕は自由が丘のマルディ・グラで、この『ソウル・サーチン』の発売記念トークイヴェントを、友人の守島さんのご尽力で行っている。たぶん、ここで本を持参された方にサインしたのであろう。それとも、即売会してたかなあ。記憶がない。 いやあ、しかし、10年かけて、よ~く、僕のところに戻ってきたなあ。(笑)海に投げた(流した)ボトルが、戻ってくるみたいなものですかね。 別に売った人に対して、怒ってないですよ、ラヴです、ラヴ。オール・フォー・ラヴ!  ソウルサーチン R&Bの心を求めて posted with amazlet at 10.03.18 吉岡 正晴 音楽之友社 売り上げランキング: 729777 おすすめ度の平均: 音楽が変る、人生が変る! Amazon.co.jp で詳細を見る +++++ 10年。 で、この『ソウル・サーチン』、2000年7月に出てから、今年の7月でちょうど10年になるんですね。 この10年の間に随分と状況は変わっている。何より、第一章で取り上げたジョン・ホワイトヘッド。彼こそが、僕に「ソウル・サーチン」という言葉を1988年に教えてくれた人物だが、彼も亡くなった。その相棒、ジーン・マクファーデンも亡くなった。 第2章はハーヴィー・フークワの目から描いたマーヴィン・ゲイ・ストーリーでもあるが、そのマーヴィンの伝記を昨年(2009年)、筆者の翻訳で出せた。マーヴィン物語を、これで、ある意味で表と裏で立体的に捉えられるかもしれない。 第3章、マイケル・マッサーで触れたモハメド・アリを巡る動きでは、1974年の「キンシャサの奇跡」が、1996年に映画となり、2010年にそのサイド・プロジェクトでもあるライヴの様子が映画になった。ここで焦点を当てたホイットニー・ヒューストンは、結婚から離婚、ドラッグ中毒から復活へと、マッサー以上のソウル・サーチンをした。 第4章、ナイル・ロジャースは隔年のようにやってきて、今年(2010年)の来日も決まった。 第5章、ウーマック&ウーマックで登場するテディー・ペンダーグラスは2010年1月に亡くなった。 第6章、ミニー・リパートンの冒頭とエンディングに登場する六本木のソウル・バー、ジョージズは、ミッドタウンの開発で、六本木から西麻布に引っ越した。 第7章のナタリー・コールは、持病が悪化し、苦労をしている。 … Continue reading

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