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■ ナイル・ロジャーズ語る(パート2)~2本のミュージカル~『ダブル・タイム』と『フリーク・アウ

■ ナイル・ロジャーズ語る(パート2)~2本のミュージカル~『ダブル・タイム』と『フリーク・アウト』 【Nile Rodgers’s Musical: Double Time & Freak Out】 ミュージカル。 昨年、本ブログでも、ナイル・ロジャーズが『ダブル・タイム』というミュージカルを準備中であることをご紹介した。昨夏にアラバマ州のシェークスピア劇場でいわゆる「リーディング」という基本朗読のような形で、ミュージカルの前段階のショーを見せ、好評を博した。 この『ダブル・タイム』については、昨年日本の衛星有料放送局ワウワウ(WOWOW)で放送されたドキュメンタリーでも、その様子が紹介されている。 ドキュメンタリー全編(約44分)がナイルのブログで見られる。↓ http://nilerodgers.com/blogs/planet-c-in-english/1531-every-emotion 『ダブル・タイム』は、最初の黒人ブロードウェイ・パフォーマー(タップ・ダンサー)としてスーパースターとなったアラバマ出身のレオナード・ハーパーの人生と時代を描く音楽コメディーを書こうとする白人の脚本家とハーパーの物語。これが二つの時代(古い1930年代と新しい最近の時代)で物語が同時に進行する。 もともとの舞台、すなわちレオナード・ハーパーが活躍したのは1920年代から30年代だが、それをミュージカルとして脚本を書きプロデュースしているのは、現代だ。一見複雑だが、進行はシンプルでわかりやすいはずだとナイルは言う。オリジナルの時代と、それを描く現代という二つの時代を描くのでタイトルは『ダブル・タイム』。したがって、20年代の人物と21世紀の「レオナード役」を演じる人物と、同じ主人公役が二人いる。 ハーパー(1898年4月9日~1943)は、どれくらいすごい人物かというと、たとえば、フレッド・アステアやマルクス・ブラザーズらが彼の元にタップを習いにきた。彼のタップ・ショーの合間にビリー・ホリディが歌っていた。また、プロデューサーとしてリナ・ホーン、ファッツ・ウォーラー、ルイ・アームストロングなどのショーをてがけた。 ナイルは2005年頃からこのプロジェクトにかかっている。 物語では白人が黒人を描こうとするがゆえにさまざまな葛藤と、問題が生まれる。人種差別もあるため、白人が黒人を描くことで、誰からも理解を得られない。最終的にハーパーがその作家に手を差し伸べる。そうした紆余曲折を脚本の中にストーリーとして描いているという。 段階。 さて、その後、このプロジェクトはどうなったか。 ミュージカルといえば、ブロードウェイだが、実はブロードウェイの劇場でかかるまでには、いくつかの段階がある。 ざっくり言うと、「リーディング」(読み合わせ)、「ワークショップ」、ブロードウェイ以外の全米各地のシアター(2-300劇場あるらしい)、そしてブロードウェイという段階だ。 ミュージカル本編をブロードウェイの劇場でかけるには、有名な劇場を押さえなければならない。人気劇場だと1年先まで埋まっている。また人気ミュージカルがかかっていると、なかなか空かない。しかも、一本を始めるには大きな予算がいる。企画もたくさん上がってくるが、どれをかけたら当たるかは、なかなかわからない。 そこで、あまりお金をかけずにそのミュージカルがどのようなものになるかを、資金提供者(資本家・投資家)に見せる必要ができてくる。 まず「リーディング」というのは、主な出演者が、脚本をステージで読んで聞かせて、ストーリーを見せる。ときに、若干のダンサーがいたり、音楽が流れたりすることもある。ナイルが昨年アラバマでやったのは、この『ダブル・タイム』の「リーディング」だ。大きな舞台やたくさんの出演者、スタッフがいらないために、小規模な予算で、どのようなミュージカルになるかが、わかる。ナイルの役目はこのミュージカルでは、音楽。ストーリーにあわせた音楽・曲を作り、ミュージシャン、シンガーに歌わせる。 これが大評判だったので、今度は次のステップに進む。 それが「ワークショップ」だ。 「ワークショップ」とは、「リーディング」が俳優が台本をステージで読むというシンプルなものに対し、出演者の衣装もあわせ、俳優もセリフを覚え、ダンサーの踊りも大々的に入り、ミュージシャンも多くなってバンド・サウンド、あるいはオーケストラでより立体的になる。大規模な舞台設定こそないが、ブロードウェイなどで実際にやるもののミニチュア版みたいな感じになっている。 これを全米各地のシアターのバイヤーが見て、良いと思えば、自分のシアターにかけたりする。ブロードウェイに行くにはかなりのヒットが見込めないとならないが、地方の一劇場がピックアップする場合は、それほど大規模ではなくても、上演可能になる。 「リーディング」で評判を得ると、「ワークショップ」をやって、それを受けて地方の劇場にかけてもらう、あるいは、ブロードウェイのバイヤーが買いたいと手をあげれば、ブロードウェイにかかることにもなる。 「ワークショップ」は、自分が一緒にやりたい監督、振付師、主役を演じる俳優たちを、できる限り本番と同じようにする。そのためには、一定期間、売れっ子監督や振付師らを押さえなければならない。 『ダブル・タイム』について、ナイルは今夏にその「ワークショップ」ができればいいと考えている。 ただし、ナイルが考える一緒にやりたいディレクター(監督)やダンサー、俳優などのスケジュールがうまく合致しないと実現しない。そのスケジュール調整が最大の仕事で、これは力のあるエージェントがやる。ナイルはこのほどそうしたエージェントとミュージカルに関して契約した、という。 ナイルによれば、この『ダブル・タイム』では基本的には音楽担当で、プロデューサーではない。なので、ナイルが希望する監督と一緒にできるかはまだ未定だ。 別プロジェクト。 そして、これと別にまったく新しいミュージカルのプロジェクトの話が持ち上がっている、という。それが彼の自伝本『ル・フリーク』(2011年11月全米発売)を元にしたもので、ミュージカルの仮題は、『フリーク・アウト』。この本に興味を持った周辺から声がかかっている。 この『フリーク・アウト』の場合、ナイルは音楽だけでなく、脚本、うまくいけばプロデューサー的な立場でも参加できる、という。そうなると、かなり自由がきくらしい。 ただ彼の話を聞くと、ミュージカルが一本実現しブロードウェイの劇場にかかるまでは本当にたくさんのハードルがあるという。まさに、当初のアイデアから完成まで10年くらいかかるのは、ざららしい。 … Continue reading

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★4月2日、マーヴィン・ゲイ誕生日

★4月2日、マーヴィン・ゲイ誕生日 【April 2nd Is Marvin Gaye’s Birthday】 誕生日。 昨日(4月2日)は、今年は新年度の実質的始まりとなった。そして、4月2日はマーヴィン・ゲイの誕生日。その一日前、4月1日はマーヴィンの命日だ。毎年この4月になると、マーヴィンのことを書いているような気がする。 実際、去年の4月2日もマーヴィンのことだった。 http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/201104_ame/entry-10848333867.html マーヴィンは生きていれば昨日で73歳。 4月1日にツイートでマーヴィンの命日、などと書いたら、「死因は?」と聞かれた。 マーヴィン・ゲイは、実の父親に射殺された。 その日、マーヴィンの父は保険の書類を捜していたが、なかなか見つからなかった。そこでマーヴィンの母(マーヴィンの父の妻)に当り散らした。それを見たマーヴィンは怒り、父親に殴りかかる。以前から折り合いが悪かった父と息子。 父親に殴りかかるとは何事かとさらに怒りを爆発させ、自室から拳銃を持ってきた。そして、マーヴィンと母がいる部屋にやってきて、マーヴィンに銃弾を撃ちこんだ。 これだけの話だ。 いや、ここにくるまでには、マーヴィンと父との間には40年以上の確執があった。その積み重ねが、一発の銃弾に込められたのだ。 マーヴィンの「ホワッツ・ゴーイング・オン」は、裏のテーマとして、マーヴィンの実父とマーヴィン自身との確執を歌っている。 そのマーヴィンの父との確執について↓ 2002/10/22 (Tue) What’s Going On -3- http://www.soulsearchin.com/soul-diary/archive/200210/diary20021022.html 詳しく知りたければ↓ January 07, 2009 Marvin Gaye ‘s “Divided Soul” & Me 【マーヴィン・ゲイ自伝~『ディヴァイデッド・ソウル(引き裂かれたソウル)』について】 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090107.html … Continue reading

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●ホイットニー3作、アルバム・トップ10入り

●ホイットニー3作、アルバム・トップ10入り 【Whitney’s 3 Albums Now In Top 10】 急死。 ホイットニー・ヒューストンが2月11日に急死してから、彼女のCDが爆発的に売れている。 ビルボード誌3月10日付けトップ200アルバムス・チャートで、ホイットニーのCDが3タイトル、トップ10入りを果たし、アルバム・チャート・トップ10に3作品を同時にいれた初の女性アーティストになった。 『グレイテスト・ヒッツ』が2位(今週の売り上げ17万4000枚)、『ボディーガード』が6位(同4万7000枚)、ファースト・アルバム『ホイットニー・ヒューストン』が9位(3万枚)だ。ほかにも、16位に最新作『アイ・ルック・トゥ・ユー』(1万9000枚)、30位に『マイ・ラヴ・イズ・ユア・ラヴ』(1万5000枚)、39位に『アイム・ユア・ベイビー・トゥナイト』(1万3000枚)、105位に『プリーチャーズ・ハウス』(5000枚)、126位に『ジャスト・ホイットニー』(4000枚)、133位に『ホイットニー』(4000枚)、また73位に『ベイビー』『マイ・ラヴ』『ジャスト・ホイットニー』の3作品をワンセットにした3枚組みも7000セットを売り、チャート入りしている。 このほかに、2月26日までに32万枚のCD、37万3000トラック、ダウンロードがされた。死去以降66万8000枚のCD、276万トラックのダウンロードが記録されている。 トップ10アルバムに同時に3作品をいれたのは、1968年7月のサイモン&ガーファンクル以来、およそ44年ぶりの快挙。同時にトップ10に3作品をいれたのは、ほかに、ビートルズ、ピーター、ポール&マリー、ハーブ・アルバート&ティファナ・ブラスしかない、という。ハーブ・アルパートは、1966年4月4日で同時に4作品をいれた。 ただこの記録は、ビルボードのチャート・ルールが2009年12月5日に変更されたことで起こったもの。それまでは、いわゆる古い作品(今回だとホイットニーの1985年のデビュー・アルバム)などは、トップ200には入ってこなかった。そうした旧タイトルは、旧カタログを集めたチャート(トップ・コンプレヘンシヴ・アルバムス・チャート)のみに入っていたため、新譜中心のいわゆる「トップ200」にはランクインしてこなかった。だが、2009年12月以降、「トップ200」は新旧関係なく、その週に売れた枚数でチャートを決めるようになったため、このような変化が起こった。したがって、このようなルールが適用されていれば、2009年6月25日のマイケル・ジャクソン死去後も、マイケル作品が多数トップ10入りを果たしたことになる。また、2009年9月には、ビートルズがリマスター盤を一斉に発売したが、それらも「トップ200」入りしていたとみられる。 いずれにせよ、大変なセールスが記録されていることにはまちがいない。 今年10月末に発表される物故者セレブ・ランキングにも入ってきそうだ。 ■ 全米アルバム・チャート2位に急上昇~ホイットニー:ザ・グレイテスト・ヒッツ(輸入盤) Whitney the Greatest Hits posted with amazlet at 12.03.02 Whitney Houston Arista (2000-05-12) 売り上げランキング: 411 Amazon.co.jp で詳細を見る 同日本盤 ザ・グレイテスト・ヒッツ posted with amazlet … Continue reading

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★■ 「ソウル・サーチン」では、ボビー・ウーマック

★■ 「ソウル・サーチン」では、ボビー・ウーマック 【Bobby Womack on Soul Searchin】 特集。 今日の『ソウル・ブレンズ』(インターFM、76.1mhz、午後1時~3時)内「ソウル・サーチン」(2時半~)では、先日来日して大好評を博したボビー・ウーマックを特集します。本当は先週ボビーをお送りする予定だったが、急遽、番組が2時半で終了することになり、できなくなっていたもの。 関東地区の方は、ラジコを通じてパソコンで、また全国でもスマートフォン、スカパーなどを通じて聴けます。 http://radiko.jp/player/player.html#INT ■ 誕生日 バースデイ。 ボビー・ウーマックは、今日3月4日が誕生日。1944年生まれなので、今年で68歳になる。 ■2日目ファーストがフジテレビ・ネクストでオンエア さて、2日目(2月23日・木曜)のファースト・セットが、フジテレビの有料チャンネル「フジテレビ・ネクスト」で生中継されました。その模様から冒頭の部分がユーチューブにアップされています。 http://youtu.be/sOabV1tn7BE また、「フジテレビ・ネクスト」では、あと2回再放送があります。2012年3月8日(木)26時~27時30分(9日・午前2時~3時半)と、3月9日金曜15時40分~17時10分。 視聴方法はこちら。 http://www.fujitv.co.jp/otn/howto/index.html ■EPKプロモ・ビデオ そして、ボビー・ウーマックの娘さん、ジーナリー・ウーマック(ステージに途中で上がって、『ア・チェンジ・イズ・ゴナ・カム』を一節聞かせた人です)がワールド・ツアーを控えて、そのプロモーション用ビデオを作りました。 http://youtu.be/8iMwSeYfA5w この中で「自分は癌で、糖尿病で、目が見えなくなり、2回も手術をしなければらなくなって…」などと語っています。 ■ 『アンサング』~ボビー・ウーマックの回(約38分、英語) そして、極めつけは、毎週ブラック・ミュージシャンにスポットをあてる良質のアメリカのケーブルテレビで放映されているドキュメンタリー番組『アンサング』。2012年1月に放送されたもの。全編がすでに見られます。 http://youtu.be/P7yF8CJM1kg ++++ ■ 新作は6月か 新作。 ところで、ボビーとちょっとだけ話をする機会があったが、彼は現在アルバムを制作中。ほぼできあがっていて、6月にはリリースしたい、とのこと。リリース時には、さまざまなテレビ番組などに出て、プロモーションするつもりだそうだ。ここにはゴリラズのメンバー、デイモン・アルバーンらとの共演、エアロスミスのスティーヴン・タイラー、ブラーなどとの共演もあるとのこと。 2010年にゴリラズのアルバム『プラスティック・ビーチ』で客演をしてから、彼らと接点を持ち、今度はボビーの新作に彼らがゲスト的にはいるようだ。 ボビーの新作のタイトルは『ザ・グレイテスト・マン・イン・ジ・ユニーヴァス』。ロンドンでXLレーベルのリチャード・ラッセルのプロデュースの元、レコーディングを続けている、という。イギリスでは、XLから発売されるようだ。 ボビーは、「ゴリラズのデイモン・オルバーンは、若い頃のサム・クックみたいだ」と評している。 ++++ バックコーラスで来日していたKCウーマック。セシル・ウーマックとリンダ・ウーマックの子供で今年19歳。彼女によると、両親(ウーマック&ウーマック)は、今、タイに住んでいるという。自然とそののんびりした空気が好きらしい。タイとときおり、アメリカに戻るらしい。KCは、アメリカに住んでいる。 ■ボビー・ウーマック・ベスト ラスト・ソウル・マン … Continue reading

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●★ ホイットニーからトム・スコットへの感謝の電話

●★ ホイットニーからトム・スコットへの感謝の電話 【Whitney Called Tom Scott For Thanking For His Play】 感謝。 ホイットニーについては、いろいろな思い出話がでているが、ロスアンジェルスをベースに活躍するヴェテラン・サックス奏者、トム・スコットがちょっとしたエピソードをフェイスブックで明かした。なかなかいい話だったので、簡単にご紹介しよう。 トムは、ホイットニーの曲は1曲(「セイヴィヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー」)しかプレイしていないが、こんな思い出があるという。 彼はプロデューサーのマイケル・マッサーに頼まれ、「セイヴィング・オール・マイ・ラヴ・フォー・ユー(すべてをあなたに)」でサックスをプレイしてレコーディングした。1984年の後半くらいだろう。しかし、それはバック・トラック(カラオケ)のレコーディングだったので、シンガーであるホイットニー本人はスタジオにはいなかった。レコーディングを終えて、すっかりトムはこのことを忘れていた。 すると数週間後、アルバムのリリース直前にトムに電話がかかってきた。「ハーイ、私はホイットニー・ヒューストンです。一度もお会いしたことはありませんが、『セイヴィング・・・』でのあなたのプレイが大変気に入っていることをお伝えしたくて電話しました」 ホイットニーはこの時点では、まだまだ無名のシンガーだ。トムはロスの売れっ子サックス奏者。業界内ではもちろん大先輩だ。ただ、シンガーは、バックのトラックで誰が何をレコーディングしているかなどは、知らないことが多い。もちろんバンドなどで一緒にやっている場合は別だが。 なので、彼女がサックス奏者の名前を聞き、わざわざ電話番号を調べ、電話してきて「感謝してくれたこと」にトムは大変感激した、というわけだ。トムは「このことは決して忘れない」と言う。なかなかいい話だ。 一方で、この話を読んだシー・ウィンドのメンバーで、ホイットニーの1998年のツアーに参加し、ホーンやキーボードをプレイしたラリー・ウィリアムスは、「それはすばらしい話。しかし、実際、珍しい話だ」と前置きして、「ステージに大きな紙に(メンバーの)名前が書かれていたが、2週間のツアー中、結局、彼女は僕の名前は覚えてくれなかった」と言っている。たぶん、このふたつの話には14年ほどの歳月が流れているが、時代やさまざまな状況はすべて変わるということだろうか。 Saving All My Love For You http://youtu.be/fQgRwrYRLtk 中盤からのサックス・ソロがトム・スコット。 Saving All My Love For You @ 1986 Grammy Award: Dionne handed her Grammy … Continue reading

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○ボビー・ウーマック、来日~17年ぶり4度目~サム・クック直系ソウル・シンガー

○ボビー・ウーマック、来日~17年ぶり4度目~サム・クック直系ソウル・シンガー 【Bobby Womack’s Live In Japan, First In 17 Years】 17年ぶり。 「ラスト・ソウル・マン」として知られるヴェテランR&Bシンガー、ボビー・ウーマックが約17年ぶりに来日した。(ライヴ評は明日以降のブログでご紹介します) 2月22日(水)、23日(木)、東京・六本木のビルボードライブでライヴを行う。両日、ファースト・セカンドともに満員御礼となっている。 ボビー・ウーマックの初来日は1987年9月、五反田ユーポートなど、以後1991年6月、1995年3月と来ており、今回の来日はおよそ17年ぶり4度目となる。初来日からちょうど25周年でもある。 ボビーは1944年(昭和19年=申年さるどし)3月4日オハイオ州生まれ。現在67歳。伝説のソウル・シンガー、サム・クックに師事し、ゴスペルからソウルの世界に足を踏み入れた。 ウーマック兄弟は次の通り。 フレンドリー・セカンド(長男・1941年生まれ) カーティス・ウーマック(次男・1943年生まれ) ボビー・ウーマック(3男・1944年生まれ) ハリー・ウーマック(4男・1946年生まれ、1974年3月7日死去) セシル・ウーマック(5男・1947年9月25日生まれ) セシルは、サム・クックの娘リンダ・クックと結婚し、子供をもうけている。今回のバックコーラスでリンダの子供たちが来日しているようだ。セシルとリンダは、二人で「ウーマック&ウーマック」のアーティスト名でレコードを出し、ヒットも出している。 キーボード奏者フィリップ・ウーは、彼ら、ウーマック&ウーマックの最初の何枚かのアルバムでキーボードをプレイしており、当時のレコーディングのことをよく覚えている。1983年~1985年頃のことだ。その頃、セシルとリンダはまだ2-3歳だったベイビーをスタジオに連れてきていて、その子供たちがやんちゃだったことを覚えている、という。フィリップの記憶ではその時点で3人子供がいたという。その子供たちも、いまや、20代後半から30代になっているわけだ。現在は4人の娘、3人の男の子供がいて一家総勢で9人で歌っているらしい。 セシルとリンダは、アフリカに旅をしたときに、ルーツに目覚め、ウーマック姓を「ゼカリヤス」姓に変えた。 +++ 直系。 ボビー・ウーマックは、熱いソウル・ヴォーカルを聴かせるサム・クック直系のソウル・シンガーで、自らを「ラスト・ソウル・マン(最後のソウル・マン)」と呼ぶ。ちなみに初来日のときのドラマーは当時まだ無名だった日本人ドラマー、沼澤尚(ぬまざわ・たかし)だった。ボビーのバック・バンドのドラマーが日本人らしいということで話題になり、その後彼は日本に戻り売れっ子ドラマーとなった。 ボビーはソングライターとしてもジョージ・ベンソンで有名になった「ブリージン」、ウィルソン・ピケットの「アイム・イン・ラヴ」、その他自身のヒットの多くを書いている。特にアルバム『ポエット』および『ポエット2』はウーマックの傑作としていまだに根強い人気を誇る。 ボビー・ウーマックは、サム・クック→オーティス・レディングの流れを汲むソウル・シンガーだ。 ■ ボビー・ウーマック関連記事 前回来日時インタヴュー記事 ボビー・ウーマック、インタヴュー『僕たちの地震』(1995年5月記) http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/interview/womack19950501.html 2008年10月08日(水) ボビー・ウーマック、ベストはリミックス入り http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20081008.html ■ ソウル・サーチン、第5章「ウーマック・ウーマック」でサム・クック~ボビー・ウーマックらについて書いてあります ソウルサーチン R&Bの心を求めて … Continue reading

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■★スティーヴィー・ワンダー周辺作品特集

■★スティーヴィー・ワンダー周辺作品特集 【Stevie Wonder And Friends】 傑作。 『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列全国ネット)スティーヴィー・ワンダー特集4日目・今日は、吉岡正晴が生ゲストで登場します。この日は、前3日でほぼスティーヴィー自身の曲を網羅しているので、スティーヴィーが他のアーティストに書いた曲、プロデュースした曲、客演した作品、あるいは、他のアーティストがカヴァーしたスティーヴィー作品などを中心にお送りします。 スティーヴィーはいろいろなアーティストに楽曲を提供していますが、アリーサ・フランクリンの「アンティル・ユー・カンバック・トゥ・ミー」などは有名です。また、モータウン時代レーベル・メイトのスピナーズに提供した「イッツ・ア・シェーム」もスピナーズの大ヒットになっています。 シカゴの無名のグループ、ルーファスがスティーヴィーの「メイビー・ユア・ベイビー」をカヴァーし、アルバムに収録したおかげで、次のアルバムでスティーヴィーが一緒に曲を書いてくれました。それが、ルーファスの「テル・ミー・サムシング・グッド」です。 スティーヴィーの元妻シリータとも一緒にたくさんの曲を書きました。ミニー・リパートンも、スティーヴィーが先にファンになっていました。スティーヴィー・ワンダーと女性シンガーは、ひじょうに相性がよいです。 スティーヴィーとクインシー、マイケル・ジャクソンも固い絆があります。クインシーは元々スティーヴィー楽曲を以前からカヴァーしていましたが、アルバム『デュード』では、「ベッチャ・ウドント…」を書き下ろし。そのクインシー・プロデュースのマイケルには、「アイ・キャント・ヘルプ・イット」を提供しました。 スティーヴィーとダニー・ハサウェイの関係もひじょうにユニークなものです。スティーヴィーより、ダニーのほうが年上ですが、スティーヴィーのほうが先に脚光を浴びました。 スティーヴィーはさまざまなジャンルの音楽家と共演します。ジャズ、レゲエ、ソウル、ゴスペルなど。ジャズからラムゼイ・ルイス、レゲエの世界からサード・ワールドをピックアップします。 また、スティーヴィーは最近、多くのアーティストとデュエットをしたり、コラボレーションをします。そんなコラボレーション作品のいくつかをご紹介します。 スティーヴィーが作り出す楽曲はどれもクラシックに成るうるひじょうに完成度の高い作品ばかり。ゆえに多くのアーティストがスティーヴィー作品をカヴァーします。そんなカヴァーから何曲かをご紹介。 4時までじっくりお楽しみください。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。DJ小山ジャネット愛子さん。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。ツイッターには次のハッシュタグをつけて、質問などお寄せください。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ENT>RADIO>BIG SPECIAL>Wonder, Stevie

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■★スティーヴィー・ワンダーの5大傑作アルバム

■★スティーヴィー・ワンダーの5大傑作アルバム 【5 Big Masterpiece Album Of Stevie Wonder】 傑作。 今日(2012年2月9日木曜)の『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列全国30曲以上ネット)、スティーヴィー・ワンダー大特集3日目では、スティーヴィーの5大傑作アルバムをフィーチャーします。1972年の『心の詩』から1976年の『キー・オブ・ライフ』までの5作です。まさに、スティーヴィーが神懸かり的なクリエイティヴ・ピークにいたときの作品群です。『心の詩』発表時で、21歳。『キー・オブ・ライフ』発表時で、まだ26歳です。改めてその年齢と作品を比べても驚きを隠せません。最初の2日で番組でオンエアしたものを除いた作品をご紹介します。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。DJ小山ジャネット愛子さん。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■スティーヴィーの5大アルバム紹介 ■ 心の詩 Music Of My Mind 1972年3月発売。スティーヴィーがモータウンとの契約が切れた1971年5月13日以降、それまで供託されていた100万ドルの資金を持ってニューヨークにわたり、ひたすら自分の作りたいように作り始めた作品がこれ。スティーヴィーの自作自演作の記念すべき第一作目です。タイトルがすべてを物語っています。出始めたばかりのシンセサイザーを多様し、スティーヴィーがほとんどの楽器を多重録音して作り上げた作品。一人多重録音はこの頃から始まっています。シンセの専門家、ロバート・マーグレフとマルコム・セシルの協力を得て作り上げました。 心の詩 posted with amazlet at 12.02.08 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサル インターナショナル … Continue reading

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○ 『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー・ワンダー特集

○ 『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー・ワンダー特集 【”Big Special” Featuring Stevie Wonder】 大特集。 深夜の本格派音楽番組『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列ネット)で4夜連続でスティーヴィー・ワンダーの特集をしている。今日はその二日目。最終日2月9日(木曜深夜、10日午前1時から)には、吉岡正晴も生出演してスティーヴィー・ワンダーについて話をする。今年はスティーヴィー・ワンダーがデビューしてちょうど50周年。さまざまなスティーヴィー・ワンダーの話題、トピックを集めて大特集をする。 本ブログでは、この『ビッグ・スペシャル』と連動して、「スティーヴィー・ワンダー」特集をお送りする。番組では初日2日目で大体主なヒットをかけ、3日目で5大アルバムを特集、4日目でスティーヴィーの世界と題して、さまざまなスティーヴィー関連、プロデュース、楽曲提供作品などをお送りする。 今日はスティーヴィー・ワンダー物語(パート2)」。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■ スティーヴィー・ワンダー 最近の強力3枚組みベスト。 ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 12.01.25 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 45815 Amazon.co.jp で詳細を見る ++++ … Continue reading

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○ スティーヴィー・ワンダー・ストーリー~『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー特集今日から

○ スティーヴィー・ワンダー・ストーリー~『ビッグ・スペシャル』でスティーヴィー特集今日から 【”Big Special” Featuring Stevie Wonder】 大特集。 毎回、一人のアーティスト、ひとつのテーマにスポットをあて、4日間毎日2時間半から3時間にわたって特集する深夜の本格派音楽番組『ビッグ・スペシャル』(東京FM系列ネット)。今夜から4夜連続でスティーヴィー・ワンダーの特集をする。最終日2月9日(木曜深夜、10日午前1時から)には、吉岡正晴も生出演してスティーヴィー・ワンダーについて話をする。今年はスティーヴィー・ワンダーがデビューしてちょうど50周年。さまざまなスティーヴィー・ワンダーの話題、トピックを集めて大特集をする。 本ブログでは、この『ビッグ・スペシャル』と連動して、「スティーヴィー・ワンダー」特集をお送りする。番組では初日と2日目で大体主なヒットをかけ、3日目で5大アルバムを特集、4日目でスティーヴィーの世界と題して、さまざまなスティーヴィー関連、プロデュース、楽曲提供作品などをお送りする。 ブログでは、月曜・火曜用の「スティーヴィー・ワンダー物語(パート1)」。これで、基本的なスティーヴィーをご紹介する。 ++++ 『ビッグ・スペシャル』は東京FMをキーステーションに全国のFM局で放送される生番組。月曜深夜25時から28時(深夜1時から4時)まで。 番組宛のメールはこちら。 直接メールを送るフォームはこちら http://www6.jfn.co.jp/mailforms/index/94 『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 2012年2月7日(火)午前1時~4時生放送(6日月曜深夜25時~28時)、『ビッグ・スペシャル~スティーヴィー・ワンダー特集』(東京FM・JFN系列全国ネット)。 関東地区は、関東のラジコで。その他の地区は各地区のラジコでも聞けます。 関東用のラジコ↓ http://radiko.jp/player/player.html#FMT この『ビッグ・スペシャル』は、毎週月曜深夜25時(火曜午前1時~4時)から木曜深夜(金曜午前)まで生放送しているもので30以上の局でネットされる。(番組ホームページでは35局のネット局名が出ている) http://www.fmsounds.co.jp/production/program_detail.php?b=1&p=62&PHPSESSID=vvnqkbcm 当日は生放送ですので、リスナーからのメール、ツイッターでのメッセージなども受け付けます。 ハッシュ・タグは、次のようなものがあります。 ビッグ・スペシャル #bigsp 東京FM #tfm ■ スティーヴィー・ワンダー 最近の強力3枚組みベスト。 ラヴ、ハーモニー&エタニティ~グレイテスト50・オブ・スティーヴィー・ワンダー(初回限定価格盤) posted with amazlet at 12.01.25 スティーヴィー・ワンダー ユニバーサルインターナショナル (2010-08-04) 売り上げランキング: 45815 Amazon.co.jp で詳細を見る … Continue reading

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★ ザ・リヴレーションズ・フィーチャーリング・トレ・ウィリアムス~70年代のディープ・ソウルを彷

★ ザ・リヴレーションズ・フィーチャーリング・トレ・ウィリアムス~70年代のディープ・ソウルを彷彿 【The Revlations Featuring Tre Williams】 ディープ・ソウル。 ウェッブをいろいろうろついているとときに思わぬ拾い物がでてくる。どこでどうやってこのグループを知ったのか、それを忘れてしまったのだが、ユーチューブで見て、一発で気に入り、即アマゾンへ行き、ポチっとして、そのCDがさっき届いた。3枚頼んだが、なぜかばらばらの発送で、まだ一枚しか到着してないが…。 すでに一部ではずいぶんと話題になっていたらしいが、僕は知らなかった。アーティスト名は、リヴレーションズ・フィーチャリング・トレ・ウィリアムス。最初に到着したのが、2008年リリースの最初のアルバム『ディープ・ソウル、ザ・リヴレーションズ・フィーチャリング・トレ・ウィリアムス Deep Soul The Revelations Featuring Tre’ Williams』。 一番近いのは、アンソニー・ハミルトンかな。それからライアン・ショー、あるいは、ラファエル・サディークの最近のものなど、70年代ソウルを薄くせずに黒っぽくそのまま熱く再現した感じだ。 最初に聴いた曲がこれ。 The Revelations feat. Tre Williams ‘I Don’t Want To Know’ http://youtu.be/PGMGSmzCgrI プロフィールには、「Here, there are no teenage whines, no auto tune, no … Continue reading

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◎ 由紀さおりとピンク・マルティーニ(フィリップ・ウー&ニューヨーク・オールスターズ(パート2)

◎ 由紀さおりとピンク・マルティーニ(フィリップ・ウー&ニューヨーク・オールスターズ(パート2)) 【Philip Woo & New York All Stars】 (昨日からの続き) 音楽談義。 フィリップ・ウーのライヴが始まるまで、湯川れい子先生とニューヨークのファースト・クラス・エンジニア、ゴー・ホトダ(Goh Hotoda)さんとしばし音楽談義に花が咲いた。 湯川さんに、まずこのバンドについて軽くご説明をした。久保田利伸バンドのメンバーで、ドラムスとコーラスの2人は来年1月までずっと日本にいて、ツアーにでている、ということ。フィリップ・ウーはニューヨークで長く活躍し、メイズ、ロイ・エアーズ、アシュフォード&シンプソン、ジェフリー・オズボーンなど数々のR&B系アーティストバックをつけたりしているということなどなど。 湯川さんは最近来日していたベンEキングにインタヴューをされ、そのときのお話などもされた。FM横浜の湯川さんのラジオ番組でオンエアされるそうだが、ベンEキング本人がとってもいい人で、50年以上一人の妻と寄り添っているという話しや、今回の「上を向いて歩こう」日本語盤誕生の秘話などを教えてくださった。 今回ベンEのバック・コーラスの一人で来ているマキシン・ブラウン(ヴェテランのR&Bシンガーで60年代にヒットがある)が一員であるワイルド・ウーマンという女性トリオが、かつて欧陽菲菲の「雨のNew York」という曲をカヴァーしたが、その作詞が湯川先生で、楽曲は大黒魔季だった。それにかかわったのが、今回のライヴでキーボードをプレイしていたトーヤさんということで、彼のことなどもご存知だった。今回のベンEのプロジェクトは、そのトーヤさんとワイルド・ウーマンを日本でマネージしている日本のプロダクションの原さんらが音頭を取ってベンEで何か日本語曲を歌う企画盤を作ろうとしたところから始まったようだ。それがユニバーサルからリリースされ、宣伝もうまく行き、テレビでの露出もあり、ビルボードのライヴは満員になった。 ピンク・マルティーニ。 アメリカに進出を試みたアーティストということで、今、アメリカのジャズ・シーンで大きな話題の由紀さおりさんがピンク・マルティーニとレコーディングした作品について話しが盛り上がった。 ホトダさんも、ピンク・マルティーニを以前からご存知で、今回のアルバムもしばらく前にタワー・レコードで買って楽しんでいるということ。湯川さんは、3年ほど前に由紀さんのプロデューサー、佐藤剛さんからその件で相談を受け、日本の曲をしっかり聴かせる作品を作ったらどう、とアドヴァイスをされていたという秘話を教えてくださった。なるほど、あの大ヒットの裏には、湯川さんのちょっとしたアドヴァイスもあったんですね。さすがです。 僕もこの件に関してはとても興味を持ちいろいろ読んだら、十数年前にピンク・マルティーニのリーダー、トーマス・ローダーデールが地元オレゴンの中古レコード店で、由紀さおりさんの1969年のデビュー作『夜明けのスキャット』のアナログ・アルバム(もちろん日本盤)を買ったところから始まっているというところがおもしろいと思った。トーマスはこの中から「タヤタン」を自身のジャズ・グループ、ピンク・マルティーニのアルバム『ヘイ、ユージーン!』の中の1曲としてレコーディング。そのアルバムがリリースされたのは2007年5月のこと。2009年6月、そのユーチューブの映像が日本の関係者によって発見され、そこからさらに物事が進んでいった。 湯川さんは、オレゴンにも行ったことがあり、その地はとても日本人好みの街で、そこで日本的なものが受けるのも行ってみるとすごくよくわかる、とおっしゃっている。それにしても、いろいろと紆余曲折あり、アルバムが完成し、ついにはロンドンのロイヤル・アルバート・ホールでのライヴというのは、すごい快挙だ。ニューヨークのオペラ・ハウスのようなところでも、なにやらやるらしい。由紀さんは来年3月に渋谷のジェイジー・ブラットでライヴをやるそうで、その選曲などの相談にも乗っているそうだが、今回のブレイクで、とてもあのキャパでは収まらなくなってしまい、おそらく即完になるだろうとのこと。 「上を向いて歩こう」については、佐藤剛さんの著作『上を向いて歩こう』がひじょうに詳しく、素晴らしい作品だが、湯川さんは同著作の元の原稿がスタジオ・ジブリの雑誌『熱風』に載っていた頃から愛読していて、そのために、『熱風』を定期購読するようになった、とおっしゃっている。そして、「上を向いて歩こう」が全米ナンバーワンになったことも含め、由紀さおりさんのCDが日本語で受けている点について、「結局、(アメリカで)日本語であれだけ話題になるってことは、歌詞じゃないのよねえ。歌い方とか、歌唱、声とか、サウンドなんでしょうね」と作詞家でもあられる湯川先生がそうおっしゃったのが、ひじょうに印象的だった。 日本語楽曲「上を向いて歩こう」が全米ナンバーワンになったメカニズムを解明したその佐藤剛さんが、由紀さおり&ピンク・マルティーニで、日本語で全米ジャズ・チャート・ナンバーワンを生み出した。佐藤さんはその鍵を掴んでいる。 ■由紀さおり オフィシャル http://www.emimusic.jp/pmsy1969/ ■ 「上を向いて歩こう」佐藤剛著 いかにして、「上を向いて歩こう」が、全米・ナンバー1になったかを膨大な資料を元に明らかにしていく名ドキュメンタリー 上を向いて歩こう posted with amazlet at 11.11.26 佐藤 剛 岩波書店 売り上げランキング: 30224 Amazon.co.jp … Continue reading

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◇ 最近のアマゾン・ポチから

◇ 最近のアマゾン・ポチから 【CDs & Books Bought From Amazon】 アマポチ。 このところ、めっきりCDショップや書店に行くことが少なくなった。確かに、「それじゃだめだよ」と友人から言われるのだが、夜中にネットで見ていたり、どこかで噂を聞いたりして調べて欲しくなると、もっぱらアマゾンのお世話になる。そこで新コーナー。「サンソン~棚からひとつかみ」の「棚ツカ」ではなく、最近の「アマゾンのポチ」、略してアマポチ。最近アマポチしたものをさらっとご紹介。 まずはタイム21年ぶりの新作。 Condensate [Import, From US] Original 7ven (アーティスト) | Condensate posted with amazlet at 11.10.18 Original 7ven Saguaro Road Records (2011-10-18) 売り上げランキング: 660 Amazon.co.jp で詳細を見る いま、車の中、超ヘヴィーローテーションです。マーチンに輸入盤出たみたいです、とメールで教えたら、マーチンのほうが僕より1日早く入手した。どうやら、メール受信後速攻でタワーかHMVに直接買いに行ったらしい。僕は、アマポチしたので、1日遅れた! どれもノリノリで最高。次週、「ソウル・サーチン」でご紹介します。日本盤は予定がないみたいなので、自分でライナーでも書こうかな。前作『パンデモニウム』はライナー書いた。 (『パンデモニウム』これは輸入盤) Pandemonian posted with … Continue reading

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★ トニー・ベネット、85歳で初の全米ナンバー1アルバム獲得

★ トニー・ベネット、85歳で初の全米ナンバー1アルバム獲得 【Tony Bennett Got His First Number One Album In Life】 快挙。 ヴェテラン・シンガー、トニー・ベネットの最新作『デュエッツ II』が2011年10月8日付けビルボード誌アルバム・チャートでナンバー1に輝いた。(実際には9月30日までにデータは公表された) 60年以上のキャリアでトニーがこれまでに持つアルバム最高位記録は前作『デュエット』(2006年)の3位で、1位になるのは初めてのこと。リリース第一週目で17万9000枚を売った。100枚以上のアルバム、15のグラミーを獲得しているスーパースターにとって初の全米1位だが、さまざまな記録を打ちたて、ポップス・ファンの話題を集めている。 ●「史上最高齢全米アルバム・チャート1位獲得」 (これまでの記録はボブ・ディランが2009年にリリースした『トゥゲザー・スルー・ライフ』の67歳) ●「史上最高齢全米シングル・チャート・イン」(エイミー・ワインハウスとのデュエット楽曲「ボディー・アンド・ソウル」) ●「史上最大年齢差デュエット」 (11歳ジャッキー・エヴァンコとのデュエットはなんと年齢差74歳、日本盤のボーナス・トラックとして収録)  ● 「初ヒットから最新ヒットまでの期間、最長記録」 最初のヒットと最新ヒットを出した期間(スパン)がアルバムでは54年8ヶ月、シングルでは60年4ヶ月という長きにわたる活躍も他を圧倒するという記録ずくめだ。 2011年7月23日に急逝したイギリスのエイミー・ワインハウスとのデュエット「ボディー・&ソウル」がアルバムからの最初のシングルとなり、プロモ・ビデオもできている。レディー・ガガとの「レディー・イズ・ア・トランプ」のプロモ・ビデオが公開された。ほかにもアレサ・フランクリン、クイーン・ラティーファらのデュエットが収録されている。 今回のアルバムは2006年の『デュエット』に続くもので、17人のシンガーとデュエットしている。(日本盤ボーナス・トラックはさらに2人が加わり計19人) それもすべて実際に二人でスタジオに入り、同時にレコーディングしているところが大きなポイント。その模様もドキュメントされ、一部がDVDに収録されている。 トニー・ベネットは1926年8月3日生まれ。1950年にコロンビア・レコードと契約、現在まで61年間、一度も他社に移籍せず、コロンビア(現在のソニー)一筋に生きてきた。 このクラス(品)と歌唱、立ち振る舞いはヴェテランならではだが、それ以上に85歳でこの元気ぶりはすごい。 トニーとレディー・ガガのプロモーション・ビデオがリリースされている。 ■ トニー・ベネット&レディー・ガガ 「レディー・イズ・ア・トランプ」 http://youtu.be/ZPAmDULCVrU ■ トニー・ベネット&エイミー・ワインハウス 「ボディー&ソウル」 http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=_OFMkCeP6ok#t=0s (この項、楽曲「レディー・イズ・ア・トランプ」「ボディー・アンド・ソウル」などに関して続く) ■ DVD付きのCDがお勧め デュエッツII(初回生産限定盤)(DVD付) posted with amazlet at … Continue reading

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★スライ・ストーン、ヴァンで生活中~仕事をくれと語る

★スライ・ストーン、ヴァンで生活中~仕事をくれと語る 【Funk Legend Sly Stone Lives In Van】 レジェンド。 ファンク・レジェンドとして絶大なる人気を誇るスライ・ストーンがこのところロスアンジェルスのクレンショー・エリアで車の中で生活していると、ニューヨーク・ポスト紙が2011年9月25日付けで報じた。 FUNK LEGEND SLY STONE HOMELESS AND LIVING IN A VAN IN LA By WILLEM ALKEMA and REED TUCKER Last Updated: 12:10 PM, September 26, 2011 Posted: 2:05 AM, September 25, … Continue reading

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★ オリジナル・タイム、ザ・ファミリー再結成~タイムは21年ぶりのアルバム発売へ

★ オリジナル・タイム再結成~21年ぶりのアルバム発売へ 【Original Time Re-formed】 再結成。 プリンスに詳しいツナさん情報提供による、プリンス周辺の情報を不定期でお届けする「不定期プリンス情報」。今回の最大のニューズは、あの「ザ・タイム」の再結成。 1981年、「ゲット・イット・アップ」でセンセーショナルにデビューしたプリンス・キャンプの名物グループ、ザ・タイムが紆余曲折を経て再結成し、21年ぶりの新作アルバム『コンデンセイト』を出す。 また、そのタイムに在籍していたジェリービーン・ジョンソン(ドラムス)がジェローム・ベントン、セント・ポール・ピーターソン、エリック・リーズ、スザンヌ・メルヴォイン、ミコ・ウィーヴァー(サポート・メンバー)らと、これまた紆余曲折を経てザ・ファミリーを結成。その彼らが、エフデラックス(fDeluxe)と名前を変え、活動を開始。アルバム『ガスライト』をリリースしている。彼らはこれにともない2011年9月16日、ミネアポリスのローリング・シアターでお披露目ライヴを行った。 http://fdeluxe.com/ まず、タイムについて。 ザ・タイムは モーリス・デイ (ヴォーカル) ジミー・ジャム (キーボード) テリー・ルイス (ベース) ジェシー・ジョンソン (ギター) ジェリービーン・ジョンソン (ドラムス) モンテ・モア (キーボード) ジェローム・ベントン (お付の人) の7人から成るバンド。 モーリス・デイとジェロームのコミカルなキャラクターが、ひじょうに印象深いイメージを持つグループだが、このバンドのジャム&ルイスは後に大ヒット・プロデューサーになる。元々は、プリンスが自身の音楽とは別の音楽を作ろうとすでにミネアポリスにあった「フライト・タイム」というグループをリクルートし、若干メンバー・チェンジし、デビューさせたもの。レコードでは、ほとんどの楽器、楽曲をプリンスがレコーディングしている。 ザ・タイムはアルバムを4枚だし、4枚目の『パンデモニアム』は1990年のリリース。それ以来のアルバムということで21年ぶりとなる。アルバムは2011年10月18日にリリースされる。先行シングル「# Trendin」(発音がよくわからないが、ナンバー・トレンディンか?)が一部試聴できるが、9月20日からデジタル・リリースとなる。あるいは、ツイッター用のハッシュタグで、曲名としては、ただ単に「トレンディン」かもしれない。 今回、このザ・タイムは、ジ・オリジナル・セヴン(表記は、The Original 7Ven)と名前を変えている。 すでにサイトができている。 http://www.theoriginaltimeband.com/ ここでは、The Band Formerly Known As The Time と表記されている。 ザ・タイムは、『パンデモニアム』の後、再度解散。その後1995年、メンバーを少し入れ替え、「モーリス・デイ&ザ・タイム」として、いくつかライヴを行った。このあたりからアルバム制作のうわさが出ていたが、その後2008年2月のグラミー賞授賞式で、オリジナル・メンバーでザ・タイムが再結成され、この模様は全世界に中継された。これを受け、オリジナルのラインアップで6月から7月にかけ、ラスヴェガスでライヴが行われた。2010年6月にもライヴが行われ、このときに、アルバムは9割がたできている、と発言していた。 グラミーのときの映像。 http://www.dailymotion.com/video/x4c7e5_rihanna-time-umbrella-don-t-stop-th_shortfilms (若干映像が悪いですが) タイムは、すでにツイッターで独自のアカウントを取っている。IDは、@theoriginal7ven 当初は … Continue reading

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◎ブッツィー・コリンズ~ファンク・ユニヴァーシティーを開始

◎ブッツィー・コリンズ~ファンク・ユニヴァーシティーを開始 【Bootsy Collins Starts Funk University】 大学。 久々に二日続けて同じアーティストのライヴを見た。初日は2時間半。ほぼノンストップ。会場の設定は、一階が座席があったが、1曲目から総立ち。2日目は最初からスタンディングの設定だ。 7時半過ぎにDJアトムが煽っている途中で、呼び出され、一言二言、アトムと話して、盛り上げに一役買った。(だろうか…。苦笑) それにしても2時間半の怒涛のファンク塊。もう、超おなかいっぱいになった。 セットリストは結局初日と二日目で同じ。 パーラメント/ファンカデリックの作品、そして、ブッツィーズ・ラバー・バンドとしてのヒット、縦横無尽にファンクを操る。そして、ジミ・ヘンドリックスの「パープル・ヘイズ」や、いくつかの曲でロック的なサウンドが聴かれるが、昨日も書いたが結局ファンクの真髄になっている。 60年代、70年代からファンク第一線で活躍してきたブッツィー・コリンズ。今年の誕生日(10月26日)で還暦を迎えるブッツィーだが、そんな歳ともまったく思えない。 ■ Bootsy Collins’ Funk University ところで、ブッツィーは、昨年2010年7月からオンライン(インターネット)だけで、ベース・ギター・スクールを始めた、という。ブッツィーはキュレーターと主任教授を務める。これが、ファンク・ユニヴァーシティー、すなわち、ファンクUだ。ある程度中級以上が対象で、ゲスト講師には、ミッシェル・ウンデゲオチェロ、ヴィクター・ウーテンなどそうそうたるメンバーも名前を連ねる。ブッツィーは、自ら「プロフェッサー・ブッツィー」と名乗る。ファンク・ユニヴァーシティーを作ったこともあり、バンド名もザ・ファンク・U・バンドというわけだ。 月謝は約35ドル、あるいは、年間で350ドル。 ベースが好評であれば、徐々に他の楽器にも広げる予定だ。 入学申し込みはこちら。ただし、今期はまだクラスは始まっていない。 https://secure.thefunkuniversity.com/enroll/ ■ 最新CD”魔法の未来都市=ファンクと「U」な仲間たち” 魔法の未来都市=ファンクと「U」な仲間たち posted with amazlet at 11.05.11 ブーツィー・コリンズ ビクターエンタテインメント (2011-04-20) 売り上げランキング: 8873 Amazon.co.jp で詳細を見る ■ これは便利ワーナー時代の5枚のアルバムで2000円弱(輸入盤) BOOTSY … Continue reading

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★ スモーキー・ロビンソン、「エラ・アワード」を受賞

★ スモーキー・ロビンソン、「エラ・アワード」を受賞 【Smokey Robinson To Receive Ella Award】 受賞。 アメリカを代表する伝説的ソングライター、シンガー、スモーキー・ロビンソンが、ジャズ・レジェンド、エラ・フィッツジェラルドにちなむ「エラ・アワード」を受賞することになった。来る2011年9月19日、ビヴァリーヒルズのビヴァリーヒルズ・ホテルの授賞式で受賞する。 この「エラ・アワード」は「ソサエティー・オブ・シンガーズ(SOS)」という非営利団体が1989年から開催されているもので、過去にはフランク・シナトラ、リナ・ホーン、トニー・ベネットなどが受賞者として名を連ねている。2007年にはグラディス・ナイト、昨年はナタリー・コールも受賞している。開催されていない年もあり、同アワードは今年で20回目となる。 http://www.huffingtonpost.com/2011/08/11/smokey-robinson-2011-ella-award-recipient_n_924960.html エラ・アワード過去の受賞者。 Previous Recipients – Frank Sinatra (1990), Tony Martin (1992), Peggy Lee (1994), Steve Lawrence & Eydie Gorme (1995), Lena Horne (1997), Rosemary Clooney (1998), Joe Williams (1999), Tony … Continue reading

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★△ アレサ・フランクリン、8月28日にワシントン・モールに登場

★△ アレサ・フランクリン、8月28日にワシントン・モールに登場 【Aretha To Sing At Washington Mall On Aug 28】 登場。 このところ精力的に活動している「クイーン・オブ・ソウル」ことアレサ・フランクリンが来る2011年8月28日、ワシントンDCのモール(大きな広場)でゴスペル曲「Take My Hand, Precious Lord」を歌うことになった。この日は、黒人公民権運動家マーティン・ルーサー・キング牧師が、1963年8月28日、歴史的な大行進の終点となった日であり、なった地。(なお、この曲は「Precious Lord, Take My Hand」と表記されることもある)そして、キング牧師がこの日ここで伝説となった「アイ・ハヴ・ア・ドリーム」の名演説を聞かせた。 キング牧師は、若きアレサやマヘリア・ジャクソンに彼女らが来ると必ずこの「Take My Hand, Precious Lord」をリクエストしていた、という。これはトーマス・A・ドーシー(作詞)、ジョージ・ネルソン・アレン(作曲)のゴスペルとしてのスタンダード・ソング。アレサも1956年『ソングス・オブ・フェイス』というアルバムでレコーディングしているが、マヘリア・ジャクソン、ニーナ・シモン、アル・グリーン、BBキング、クララ・ワードなど多数のカヴァーがある。 元々1844年にアレンによって作曲された「メイトランド(Maitland)」という讃美歌に新たに歌詞が書き加えられたもの。 ワシントンのナショナル・モールは、2009年1月、アメリカ初の黒人大統領となったオバマ氏の就任演説が行われ、そのときもアレサは、アメリカのアンセム「マイ・カントリー、ティーズ・オブ・ジー(「わが国、それは汝のもの」の意味)(「アメリカ」というタイトルとしても知られている)を歌った。 キング牧師のゆかりの地、ゆかりの日に、アレサが再び、ワシントン・モールに立つ。 「テイク・マイ・ハンド、プレシャス・ロード」の基本的な歌詞は次の通り。 “Take My Hand, Precious Lord” lyrics by Rev. Thomas A. Dorsey … Continue reading

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★TMスティーヴンス「ソウルブレンズ」ゲストで大いに盛り上がる

★TMスティーヴンス「ソウルブレンズ」ゲストで大いに盛り上がる 【T.M.Stevens Jacked Soul Blends】 乱入。 まさに、乱入と呼ぶにふさわしいすさまじいゲスト出演であった。(笑) 今週金曜から川崎クラブチッタで行われるブーツィー・コリンズのライヴでベース奏者としてステージに上がるT.M.スティーヴンスが別件で一足先に来日しており、スケジュールをあわせ、『ソウル・ブレンズ』に生ゲストで急遽出演してくれることになった。 あいにく僕は土曜夕方あたりから、ちょっと夏カゼ気味で体調が完璧ではなかったのだが、日曜午後2時前に、スタジオでT.Mに会うと、その元気さ、エネルギーいっぱいの迫力から、こちらまで熱などどこかに行ってしまうほどだった。 スタジオで初顔合わせし、名刺を渡すと、「ソウル・サーチンかあ。名前がいいな。気に入った」と言って、いきなり旧知の仲ムード。そこにいる誰とでも瞬時に友達になれる究極のフレンドリー男だ。『ソウル・ブレンズ』前の番組「レイジー・サンデー」のジョージとも、一言二言話をして、「シャシン、シャシン」と言ってベースまで持ち出し、写真を撮り出す。 T.M.は、なんと、「ラジオに出るなら、新曲をかけろよ」とブーツィー自らその朝にメールをもらい、それをその場で焼いて、オンエアに用意してくれた。その新曲のひとつは、アル・シャープトンのラップのようなものがはいったもの、もう一曲はなんとヴォーカルがボビー・ウーマックのもの。すごい、びっくりした。 それにしても、元気なこと、声も大きい。ベースも持ってきて、「弾けっていうなら、なんでもやるぜ」みたいな頼もしいことをどんどん言ってくれる。 ナラダ・マイケル・ウォルデンの「アイ・シュダ・ラヴド・ヤ」は彼が書いた最初のヒット。それから、ジェームス・ブラウンの「リヴィング・イン・アメリカ」もベースを弾き、バックコーラスをすべて歌っている、という。 左・ソウルブレンズ・ファミリー、左からオッシー、吉岡、TM,チーちゃん、マーヴィン、右・TM& The Soul Searcher T.Mが言う。「ミスター・ブラウンがね、あそこでは誰もジェームスなんて言わない。みんな、ミスター・ブラウンと呼ばなければならない。ベースを録音した後、自分のヴォーカルを録ってたんだが、そこにバックコーラスがないんで、どうしてもノリが悪く、先にコーラスを入れようということになった。ところが、そのときは、コーラスのシンガーが車の渋滞で遅れてたんだ。そうしたら、スタジオにいた僕を指差して、『お前、コーラスやれ』という。『ミスター・ブラウン、僕、歌ったことないんです』というと、『かまわん、歌え』という。それで歌ったというわけだ。ははは」 生ゲスト中も、ベースを離さず、いつでもベンベンベンベン弾いている。彼の元奥さんが徳島出身の方で、それで少し関西なまりの日本語をカタコト話す。いや、カタコトどころではない。僕が日本語で質問しても、英語だが、答えるのである。聴いている方は不思議に思ったのではないだろうか。僕が彼の目を見ながら、日本語でちょっとした質問をすると、彼はうなずいているので、「ああ、理解してるんだな」と思って、そのまま英語にせずに、やってしまったのだ。で、彼も言いたいことがたくさんあるときは、英語でペラペラ言って、適当なところで僕に「じゃあ、訳して」とキューを振ってくる。実に、やりやすい。 出演が終わった後も、「なんでもやるぞ」「ソウル・サーチンのポスター撮影しようか」とまで言ってくれる。最高にやさしい。そして、ことあるごとに「オレはリアル・ミュージックが大好きなんだ。コンピューターのピコピコやる音楽はダメなんだ。ソウル・サーチンもリアル・ミュージックなんだろ。すばらしい」と言う。そして、番組用IDをやってもらうことにした。 「Hi, I’m T.M.Stevens, you are listening to Soul Blends, R&B Connect」これをベースをちょろっと弾いてから、しゃべってくれたのだ。最初のテイクワンでは、ベース演奏が長く全部で50秒くらいになったので、まるで1曲のような感じになったら、「もう少し短いのやり直そうか」と、ショート・ヴァージョンを作ってくれた。 そういえば、本編終わりで、「本日のゲストはTMスティーヴンスさんでした~~」というところで、本人から、「はい、一本ジメ~。いよーポン」というのにはおそれいった。(笑) T.M.最高です。あのテンション、素晴らしい。そして、歳を聞いたら、先週(7月28日)に60歳になったばかり(1951年7月28日生まれ=ウィキにも書いてない情報だ!)だという。こんな還暦、ほかにいるか??? 一目会って、惚れました。(笑) ブーツィー・ライヴで会おう、TM。 TM のベースは、なんとライトが点く (あ、そうそう、土曜日ブーツィーのライヴの前座をわれらがDJアトムが勤めるのだが、そのアトムと最後の部分でちょっとだけ、からんで登壇するかもしれません) ■ 過去関連記事 2011年05月12日(木) … Continue reading

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★◇トニー・ベネットの新作にアレサ、エイミー・ワインハウスなど

★◇トニー・ベネットの新作にアレサ、エイミー・ワインハウスなど 【Tony Bennett’s New Album Will Be Joined By Aretha, Amy & Others】 デュエット。 ヴェテラン・ジャズ・シンガー、トニー・ベネットの次のアルバム『デュエット2』がイギリスで2011年9月19日、アメリカで9月20日、リリースされる。全17曲で17アーティストとデュエットしている。これは、2006年9月にリリースされ好評を得た『デュエット』の続編ともいうべきもの。 今回は、エイミー・ワインハウス、アレサ・フランクリンのほか、ナタリー・コール、マライア・キャリー、ノラ・ジョーンズ、シェリル・クロウ、レディー・ガガなどが参加している。前回も参加したマイケル・ブーブレだけが、2度目の登場となっている。 エイミー・ワインハウスとのデュエットは、今年初めにロンドンのアビーロード・スタジオでレコーディングされた。 トニー・ベネットは1926年(昭和元年)8月3日ニューヨーク生まれ。ちょうど85歳になったばかり。2011年8月3日には、全米ネットワークの『トゥデイ』に出演、エイミーとのデュエット曲「ボディー&ソウル」を披露した。これはシングルになるという。 また、ベネットはこの中で、エイミーの父ミッチが創設したドラッグ、アルコール中毒者を助けるための基金のために、この曲の印税を寄付することを発表した。ベネットは、「エイミーはジャズ・シンガーだ。ジャズ・シンガーの振りをしているのではない。彼女は完全にオリジナルで、とてもそれがいい」と評している。 ベネットの『デュエット2』の曲目は次の通り。 1. ‘Stranger In Paradise’ feat. Andrea Bocelli 2. ‘I Wanna Be Around’ feat. Michael Bublé 3. ‘When Do The Bells … Continue reading

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★ 山下達郎メディアラッシュ始まる

★ 山下達郎・メディア・ラッシュ始まる 【Tatsuro Yamashita: Media Rush Begin】 膨大。 2011年8月10日に6年ぶりのアルバム『レイ・オブ・ホープRay Of Hope』を出す山下達郎が、膨大なメディアのインタヴューに答え、発売を控えて、続々と公開されている。かなりの量になっているので、気づいた分で、ウェッブで見られるものをピックアップ、まとめてみた。いずれも8月4日までに発表されたもの。 また、彼は来る2011年11月6日から全国64本におよぶツアーにでる。 (なお、下記リンクは時期によって削除されるかもしれませんので、お早めにお読みください) http://www.hmv.co.jp/news/article/1107200117/ HMVインタヴュー 2011年8月3日アップ http://wmg.jp/100nenmusic/feature/4_1.html ワーナーミュージック、100年ミュージック、アップ済み、全4回、第二回は8月5日アップ予定。インタヴュー・内本順一 http://wmg.jp/tatsuro/interview01.html オフィシャル・ディーラー・インタヴュー・ツタヤ すでにアップ済み。取材・手塚潤、早勢龍、文・山田邦子 http://wmg.jp/tatsuro/interview.html オフィシャル・ディーラー・インタヴュー・タワーレコード すでにアップ済み。取材・押塚岳大、村越辰哉、文・山田邦子 http://www.pia.co.jp/interview/198/index.php @ピア 2011年8月1日アップ、後半が8月8日アップ 文・森朋之 100の質問。 http://mainichi.jp/enta/music/news/20110804dde012070093000c.html 毎日新聞 2011年8月4日 東京夕刊 らっこ・アーティスト:山下達郎 今こそ光さす祈りを 文・天辰保文 http://www.asakyu.com/column/?id=1028 朝日新聞 2011年7月31日 仕事力-1、8月7日、8月21日、8月28日まで。 http://www.asahi.com/showbiz/music/TKY201108030279.html 朝日新聞 2011年8月4日 夕刊 文・近藤康太郎 http://natalie.mu/music/pp/tatsuro/page/3 「山下達郎フリーク座談会」 西寺郷太・土岐麻子・やけのはら 取材・文/久保田泰平 http://r25.yahoo.co.jp/interview/detail/?id=20110804-00020960-r25 R25、2011年8月4日付け 文・武田篤典 ■山下達郎・最新作『レイ・オブ・ホープ(Ray Of Hope)』 … Continue reading

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★○オーティス・レディング生誕70周年イヴェントにブレンダ・ヴォーン参加

★○オーティス・レディング生誕70周年イヴェントにブレンダ・ヴォーン参加 【Brenda Vaughn Joins Otis Redding 70th Anniversary Event】 オーティス。 伝説のソウル・シンガー、オーティス・レディングが誕生して今年で70周年を迎える。オーティス生誕70年を記念して、オーティスの故郷ジョージア州メイコンで、今年の誕生日にオーティスのための記念イヴェントが3日にわたって行われ、日本からブレンダ・ヴォーンが参加する。 オーティス・レディングの誕生日は、1941年9月9日、命日は1967年12月10日。わずか26歳で飛行機事故で亡くなった。オーティスが活動した期間は実質的にはほんの数年程度だが、その間に残した作品の多くが現在でもソウル・クラシックとして高い評価を得ている。いずれの作品も20代前半の録音だが、その深みのあるヴォーカルは、とても20代とは思えぬ成熟ぶりを聴かせる。声、歌唱、表現力、楽曲の解釈力はどれをとっても天性のもので、オーティスが天才ソウル・シンガーと呼ばれるゆえんだ。メイコン市は、オーティスの誕生日9月9日を市として「オーティス・レディング・デイ」と制定した。 イヴェントは、オーティス生誕の地、メイコンで9月9日から3日にわたって行われる。 ライヴが行われるのは2日目の10日と11日。10日はここにオーティスの二人の息子、デクスター・レディングとオーティス・レディング3世、ティモシー・ブルーム&V.ボーズマン、ブレンダ・ヴォーンらが参加。オーティスの楽曲を歌う。デクスターとオーティス3世は、かつて、もうひとりとレディングスというトリオで活躍し、アルバムも出した。 11日は、「ゴスペル・トリビュートによるオーティス」と題し、ゴスペル界の雄、カーク・ウェイラムがリーダーとなってライヴを行う。 詳細はこちら。(英語) http://otisredding.com/70intro/intro.html September 9th. 2011: The City of Macon and the County of Bibb officially declare September 9th as “Otis Redding Day” Music, Food and … Continue reading

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★プリンス~ツアー続く オスロ・ライヴは延期~プリパ8月17日新宿で

★プリンス~ツアー続く オスロ・ライヴは延期~プリパ8月17日新宿で 【Prince Tour Continues: Oslo Dates Push Back To August】 プリンス。 先日(2011年7月22日)ノルウェイ・オスロとウトヤ島で起こった連続テロ事件のその日、プリンスはオスロにいた。翌日(23日)からのライヴのためだ。しかし、このテロのため、同公演は8月2日、3日に延期された。プリンス危機一髪か。バンドメンバー、プリンスともに、全員無事とのこと。 また、日本のプリンス・ファン有志によるプリンスのファン・イヴェント「プリンス・パーティー」(通称・プリパ)が、来る2011年8月17日水曜、新宿ビー・ウェイヴで行われる。(詳細は下記) プリンスについては、前回6月9日付けでヨーロッパ・ツアーの記事を書いた。 ■前回・前々回のプリンス関連記事。 2011年04月23日(土) プリンス、「ウェルカム・トゥ・アメリカ・ツアー」続行中 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20110423.html 2011年06月09日(木) プリンス、ヨーロッパ・ツアーへ ~ 「キス」誕生秘話 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10916685583.html 8月のプリンスのツアー予定は次の通り。 2011-08-02 Oslo, Norway 2011-08-03 Oslo, Norway 2011-08-06 Copenhagen 2011-08-07 Copenhagen 2011-08-09 Budapest 2011-08-12 Gothenburg 2011-08-17 Zurich … Continue reading

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★深町純さん、最期の朝

★深町純さん、最期の朝 【The Last Morning Of Fukamachi Jun : A Letter From Mrs. Fukamachi Jun】 メール。 2010年11月22日急死したピアニスト、深町純さん。その奥様からご丁寧なメールをいただいた。そこには、純さんと奥様との最期の朝のやりとりが書かれていた。大変、胸を打たれたので、許可を得て、その一部をご紹介したい。 深町さんが急逝されて半年。奥様はなかなか深町さんに関する記事など、目を通せなかったが、メールを送られてきた前日に僕のブログを読んで、メールをくださった。 彼女は、僕の次の文章に打たれたそうだ。 ~~ 彼は昨日の夜、「僕の人生は素晴らしい人生だった」と言えただろうか。言えたと僕は信じている。 ~~ 奥様が読まれた記事全文はこちら↓。 2010年11月24日(水) ピアニスト深町純氏急死 http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10716152876.html そして、奥様からのメール(一部)は次の通り。 ~~~~~ 余談ですが、心情的に、この半年近く純さんに関する記事など、なかなかネットにも目を通す事が出来なかったのですが、昨日、吉岡さんの11月に書かれたブログを読ませて頂きました。 純さんの最期に「僕の人生は素晴らしい人生だった」と彼は言えたと信じている…と書かれたのを読んだとき、思わず涙がこぼれました。 最期の朝、私が仕事に出かける時に、何かの話の流れで、 「音楽家で生涯生き切るなんて恵まれた生き方だね」と言いました。 「この音楽界の中で仕事をするには恵まれているとは思わないけど、 でも、もちろん僕は僕の音楽に誇りを持っているし、仕合せな人生を生きているよ、それは良い人生だと思う」と言いました。 そして「僕は音楽家だ」 そう言って、身体を起こし爪をバチバチと切りました。 その後、ピアノに向かったのが最期でした。 身体の調子が悪い自分が許せず、音楽家だ、僕は音楽をしなければいけないと、奮起して常に自分が在るべき場所に立ち向かった姿でした。 猫のように死に際も見せず、その生き様どおり、潔く旅立ちましたが、ピアノの下に真っ直ぐに倒れたその後ろ姿は、本当に立派な最期の生き様でした。 最期に、深町純は、「良い人生だった」素晴らしい人生だった、吉岡さんの信じているとおりに、彼がそう確信した事は事実です。 それだけを、吉岡さんにお伝えしたく、長々と心情を書きまして失礼しました。 吉岡さんにこのメールを書こうとおもったのは、深町純からのメッセージかも知れないと、そんな事を思いながら、送らせて頂きます。 ご報告まで。 … Continue reading

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◎ レディー・ガガ『徹子の部屋』~ガガとマイケル・ジャクソン

◎ レディー・ガガ『徹子の部屋』~ガガとマイケル・ジャクソン 【Lady Gaga on Tetsuko’s Room: Gaga & MJ】 インパクト。 レディー・ガガが先日来日したときに収録した『徹子の部屋』が、昨日(2011年7月11日)午後テレビ朝日系列で放送された。ファッションとヴィジュアルで強烈なインパクトを残した。 さっそく、ユーチューブに一部がアップされた。(削除される可能性はありますので、ごらんになるのはお早めに) http://youtu.be/LVuyjeSUen8 http://youtu.be/LdvFEzmI8BE 第一印象。冒頭、ものすごい靴とファッションで、巨人みたいになっているが、ガガの身長は155センチほどだという。どれだけ、上げ底なのか。すごい。(笑) レディー・ガガのチャリティーに対する考え方などは、マイケル・ジャクソンなどと近いと思う。 また、音楽的にレディー・ガガはソウルとかブラック・ミュージックのジャンルには入らないが、マイケル・ジャクソンがアプローチしたロック寄りのエリアにいる。それは、マドンナともかぶる。そのため、ダンスの要素がとても強い。ダンス・オリエンテッド・ロックといったエリアだ。 ジェームス・ブラウン→マイケル・ジャクソン→マドンナ→レディー・ガガという流れはダンスという軸で一本筋が通っている。だが、もはや彼女にとっても聴き手にとっても音楽ジャンルなどは関係ないはず。 ここまで現象的な人気になると、レディー・ガガという音楽が、マイケル・ジャクソンがひとつの音楽ジャンルになったのと同じように、それ自体ひとつの音楽ジャンルになったともいえる。これは本当にすごいこと。 マイケルとの違いは、ガガの家庭が裕福だったこと。そして、十代の頃には、自らアルバイトなどで一般社会との接点を多数持ったことなどがある。一方マイケルは10代初期からスターになってしまったために、一般社会との接点が持てなかった。それが後に性格形成で大きな影響を与えた。そこが大きく違うと思う。考え方などしっかりしていて、とても好感が持てる。 マイケルが歌のうまさとダンスの素晴らしさゆえに、不幸にもみなそこに目が奪われ彼の真摯なメッセージがなかなか伝わらなかった側面がある。レディー・ガガのこの奇抜なファッションだけが広がってしまい、彼女の地に足の付いたきちんとしたメッセージが伝わらなくならないように願いたい。 ガガくらいの存在になると、ひとつ間違えるとメディアがいっせいに叩くことをするので、ぜひそういう隙を与えないでほしいと切に願う。 きっと、マイケルが生きていたら、間違いなくガガのファンになっていただろうと思う。僕は彼女のこうした奇抜なファッションよりも、もっと素の彼女のほうが魅力的だと思う。いずれ、そういうのも出てくるのだろう。今なら、何でも出来て、何でも受け入れられる。 また、この放送では、同時通訳の声とガガの声がかぶって聞きづらい。字幕もしくは二ヶ国語放送にすべきだ。 一箇所、ユーチューブの「徹子の部屋~ガガ1」3分12秒あたりで、ガガがyouと言った部分を通訳は「徹子さんも世界にインスピレーションを~」と訳してるが、たぶん、前後の流れから言うと、「日本人も世界にインスピレーションを~」と言ってるのではないだろうか。 黒柳徹子さんの風邪声みたいなのが心配になる。滑舌も悪い。永六輔さんもラジオで大活躍を続けるが、以前と違いかなり聴きづらい。とはいえ、どちらも放送界の超大御所。番組プロデューサーは悩みどころだ。 レディー・ガガ、本名ステファニー・ジョアン・アンジェリーナ・ジャーマノッタ、1986年3月28日生まれ。25歳。昭和61年生まれの寅年です。3月28日は神田うのと同じ誕生日だ。 BS朝日で2011年7月14日(木)17時30分~18時から再放送される。 ■ 最新作 ボーン・ディス・ウェイ (スペシャル・エディション(2CD)) posted with amazlet at 11.07.11 レディー・ガガ ユニバーサルインターナショナル (2011-05-23) … Continue reading

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★カリンバ奏者、ケヴィン・スピアーズ語る

★カリンバ奏者、ケヴィン・スピアーズ語る 【Kevin Spears Talks】 カリンバ。 カリンバ。アフリカの楽器だ。日本では指ピアノなどとも紹介される。だいたい15くらいの鍵盤が付いていて、それを両手で持ちながら、指ではじいて音を出す。ただこの鍵盤の数も別に決まっているわけではないそう。形状も決まりはない。よって、さまざまな種類のカリンバがある。オルゴールの原形・起源とも言われる。しかも、名前もアフリカの場所によって様々に呼ばれる。ンビラ、ンビラ・ニュンガ、カリンバ、マリンバ、オケメなどなど。 このサウンドを広く世界に紹介したのは、アース・ウィンド&ファイアーのリーダー、モーリス・ホワイトだ。彼が1970年代初期から自身のグループのレコーディングの中で積極的にこの楽器を使い、一気に広まった。とは言うものの、楽器自体が珍しいこと、演奏家が少ないことなどから、だれもかしこもやって大ブームということにはならなかった。しかし、それでも、徐々にアフリカ音楽をプレイする以外のアーティストたちにも浸透していった。 僕など、アースのサウンドをもっとも際立たせている楽器が、カリンバだと感じているので、カリンバの音が流れるだけで、アース! と条件反射で思ってしまう。 さて、そのカリンバを巧みに操るのがプロのカリンバ奏者、ケヴィン・スピアーズだ。先日、少し話を聞いた。 彼がそもそもカリンバに興味を持ったのは、彼の姉が大のアース・ウィンド&ファイアー好きだったからだ。姉がアースのアルバムを持っていて、それを聴いているうちに、モーリスが持っていたカリンバという楽器に興味を持った。1974年のこと、彼が10歳頃のことだった。アルバムは、『オープン・ユア・アイズ(邦題、太陽の化身)』(1974年3月リリース)だった。この中ジャケに各メンバーの写真がそれぞれあり、モーリスがカリンバを持って映っていた。 これは、オリジナルのアルバムの中に入っているLPレコードをいれる中ジャケットの写真のことで、今リリースされているCDにはその写真は入っていない。モーリスは、さまざまなタイプの打楽器を置いて、写真に映っている。カリンバもいくつかの種類を見せている。この写真が、いわば、ケヴィンのその後の人生を変えた。 ケヴィンは、1964年8月27日ケンタッキー州レキシトン生まれ。15年ほど前からアトランタ在住。11歳の誕生日(1975年)に、母親に「洋服も何もいらないから、カリンバを誕生日プレゼントにほしい」とねだり、買ってもらってから、毎日のようにカリンバで遊びようになった。彼によると、ケンタッキーというのは本当に畑くらいしかなく、何もない田舎の土地なので、カリンバにはかなり集中して練習したという。 ケンタッキーというと、たしか、モハメド・アリがケンタッキー生まれではなかったか、とケヴィンに言うと「おおっ、そうだ。アリはルイヴィル。僕はレキシントンという街だ。そこから車で1時間くらいのところだよ。よく知ってるな。(笑) ケンタッキー出身の人は、何もない田舎だから、けっこう隠したがるものなんだよ」と笑った。 おそらく、30ドルくらいで母親が買ってくれたのだろう。しかし、教則本もなければ、コーチもいなかったので、すべて独学。ひたすらアースのレコードを聴いて、どんな風に鳴っているかを耳で覚え、勉強していった、という。 そして、20代になると、少しずつプロとしての仕事が入ってくるようになり、1996年ごろ、アトランタに本拠を移し、多くのアーティストとかかわるようになった。 これまでに、ヴィクター・ウーテン、ブルース・ハンプトン、エリック・ベネイ、アレステッド・デヴェロップメント、ビル・サマーズなどと共演。プロのカリンバ奏者として知名度を上げている。 ステージでは、ループ・ステーションというその場で音を録音したものを、再生し、それにあわせてさらにプレイしたものを聴かせ、録音を重ねる機材を使い、おもしろいことを聴かせる。ケヴィンによれば、ここ4年ほど、このループ・ステーションを使っている、という。ただし、「プリ・レコード(事前に録音した音源)は、使わない主義だ」という。 ケヴィンのループ・ステーションを使ったパフォーマンス例 http://www.youtube.com/watch?v=e3BBAG1i5uw&feature=player_embedded カリンバをプレイする人はやはりそれほど多くはないらしい。これまでに、カリンバを弾いていたら、ワイルドな動物が近づいてきたこともあるそうだ。 また、最近、彼は複数のカリンバをプレイすることもある。彼はカリンバをベースやロック風ギター、ヴォコーダーっぽく演奏してみたい、と考えている。そして、かつて、レス・ポールやジミ・ヘンドリックス、ハービー・ハンコックらがそれぞれの楽器で新たなサウンドをクリエイトしたように、このカリンバで新しい音、演奏方法などを生み出したいと思っている。 ■「ジャズ・ファンク・アフリカ」のライヴは2011年7月9日(土)赤レンガ倉庫で 詳細↓ http://www.jfafesta.com/ 横浜公演 【日時】2011年7月9日(土) 【場所】横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール 【開場】15:00 【演奏】1st: 16:00~17:30 / 2nd: 18:30~20:00 (入替無し) 【ワークショップ】カリンバ、コラ、アフリカンドラム 【物販コーナー】 ☆アフリカのハープ「コラ」の展示販売。最高峰のToumani Diabate工房製 ☆マリの「泥染め」衣装 ☆西アフリカの「パーニュ」布の衣装、小物 … Continue reading

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★アレサ・フランクリンはデトロイト出身なのになぜモータウンに入らなかったのか

★アレサ・フランクリンはデトロイト出身なのになぜモータウンに入らなかったのか 【Why Aretha Franklin Didn’t Go With Motown】 謎。 日曜日(2011年6月12日)「ソウル・サーチン」のコーナーで、アレサ・フランクリンの『グレイト・アメリカン・ソングブック』を紹介した。これは、アレサが1960年から1967年まで在籍していたコロンビア・レコードに残された音源を編纂した企画アルバム。ロッド・スチュワートがスタンダードばかりを録音した作品を作り、このタイトルでリリースしたところベストセラーとなったことから、その企画に乗ったもの。音源としてはほとんど過去にリリースされているものばかりだが、このネーミングがひじょうによく、マーケティングのうまさが目立った新作だ。 これを紹介するとき、デトロイト出身のDJマーヴィン・デンジャーフィールドは、アレサ自身がデトロイトの名士ということもあり、親近感を覚えている。そして、マーヴィン曰く「デトロイトといえば、モータウンでしょう。どうして、アレサはモータウンに入らなかったんでしょう」と疑問をなげかけてきた。 これはおもしろい質問なので、番組でも答えたがブログでも書いておきたい。 まず、アレサがコロンビアと契約したのが、1960年6月14日。たぶん交渉はその前から進んでいたのだろう。ベリー・ゴーディーがモータウンを始めるのが1959年1月、最初のミリオン・セラーとなるミラクルズの「ショップ・アラウンド」がリリースされるのが1960年9月。その後、年をまたいで大ヒットする。1960年の初めのあたりでは、まだベリー・ゴーディーは一介の弱小インディ・レーベルのどこの馬の骨ともわからぬ人物だ。 一方、アレサの父、CLフランクリンは、地元デトロイトの名士であり、有力な教会の司祭。いわば、デトロイトでは有名なセレブで、その娘となれば、それだけで注目されるエリート中のエリート的存在だ。CLフランクリンからすれば、ベリーなど、鼻にも掛けない存在、見下ろすような感じだっただろう。もし、愛娘をレコード会社と契約させるなら、当時のメジャー・レコード会社と契約させるのが、自然だ。当時、メジャーといえば、コロンビア、RCA、そして、キャピトルくらいだろう。そんな中、コロンビアが熱心に誘ってくれれば、コロンビアとの契約は文句なしだった。 しかし、運命とは皮肉なもので、コロンビアではアレサはほとんどヒットらしいヒットをだせない。レコード会社のジャズ、ブルーズ・ヴォーカル寄りのコンセプトが受け入れられなかったのだ。 一方で、1960年、61年以降、徐々にヒットを出し始めたモータウンは、急速に地元デトロイトのナンバー・ワン・インディ・レーベルへ成長していく。特に1965年、ダイアナ・ロスとシュープリームスが全米ナンバー・ワン・ヒットを連発すると、アメリカのモータウン、世界のモータウンというビッグな存在になり、デトロイト中のシンガーたちは、みなモータウンに入りたがった。それは、デトロイトだけでなく、中西部のシンガーたちはみなモータウン入りを狙うようになったほどだ。 アレサは、1967年コロンビアを離れて、アトランティックに移籍するが、このとき、モータウン入りの可能性はあったのか。そのあたりはわからないのだが、この時点でモータウンがラヴコールをすれば、少なくとも、交渉のテーブルには乗ったのだろう。しかし、そうはならず、アトランティックに移籍し、そこから歴史的な快進撃が始まる。もちろん、1967年時点ではアトランティック、とりわけ、プロデューサーのジェリー・ウェクスラーがコロンビア時代からアレサに目を付け、延々とアトランティック入りのラヴコールを送っていたので、その結果アトランティック入りしたわけだ。 モータウンはアレサにアプローチしたのか。この時点でモータウンのナンバー・ワン・女性シンガーは、ご存知の通り、ダイアナ・ロスである。モータウン社長、ベリー・ゴーディーの恋人でもあり、モータウンのナンバー・ワン・プッシュ・アーティストが女性シンガーのダイアナだった。そうなると、そこにアレサを招き入れることは不可能だ。同じような女性シンガーを一社で二人かかえるわけにはいかない。つまり、ダイアナがいたから、アレサはモータウンに来なかった、という推測は成り立つ。 1960年の時点では、モータウンは、アレサ側からすれば、契約を結ぶようなレーベルではなかった。1967年の時点では、モータウンは十分ビッグになったが、そこに女性横綱としてダイアナがいたので、そのポジションには入れなかった、ということになる。この二つの大きな要因で、アレサはモータウンに入らなかった。 アトランティックに入り、ジェリー・ウェクスラーらのソウルフルな路線が全米ナンバーワン・女性ソウル・シンガーを生み出したのだから、おもしろい。ただ、モータウンに入っていたら、グラミー連続獲得ということはできなかっただろう。「たら・れば」を言っても仕方がないが、アレサがモータウンに入ったらどうなっていたのかというのも、ソウルの歴史を振り返るときに、ちょっと見てみたい一ページではある。 ■ソウル・サーチン:ザ・セッション~アレサ・フランクリン・レポート 「ソウル・サーチン」イヴェントでも、2007年3月にアレサ・フランクリンをとりあげています。 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070327.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070328.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070329.html http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20070330.html ■ 過去関連記事 2010年12月11日(土) アレサ・フランクリン~すい臓がんで手術~5月までの予定キャンセル http://ameblo.jp/soulsearchin/entry-10732753969.html 2009年01月21日(水) オバマ大統領誕生~アレサの歌が祝福 http://ameblo.jp/soulsearchin/day-20090121.html ■グレイト・アメリカン・ソングブック グレイト・アメリカン・ソングブック posted with amazlet at … Continue reading

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★エヴァ・キャシディー(パート2):ワシントンDC最高の悲劇のシンガー 

★エヴァ・キャシディー(パート2):ワシントンDC最高の悲劇のシンガー  (一昨日からのつづき) 【Eva Cassidy: The Saddest Singer In Washinton DC】 死後。 しかし、状況は、彼女の死後、急転していく。 地元のシンガー、グレース・グリフィスがブルース・アレイのライヴ・アルバムを彼女のレーベル・オウナーに紹介したところ、この作品を気に入り、同レーベルが3枚のアルバムからベストトラックを選んだアルバムを企画。これが『ソングバード』というタイトルとなり、リリースされた。1998年のことだった。 リリースされた当初は、それほど話題にはならなかったが、それから2年後の2000年この輸入盤がイギリスにわたり、BBCラジオ2のテリー・ウーガンの番組でかけたところ、大いに話題になり、イギリスで10万枚を売るヒットになった。そして、その話題が逆輸入されニューヨーク・タイムスまでが高評価を与えるまでになった。 2000年のクリスマス前までに、イギリスのテレビ番組『トップ・オブ・ザ・ポップス2』はエヴァの『オーヴァー・ザ・レインボー』のビデオを放送。さらに、『ソングバード』のセールスを加速。その他の番組もエヴァを紹介するようになり、イギリスでちょっとしたブームとなった。 結局イギリスではこの『ソングバード』が180万枚という驚異的セールスを記録、最終的にはアメリカでもインディ・レーベルから出たものとしては超異例の50万枚以上のセールス(ゴールド・ディスク)を獲得した。メジャーのレコード会社から出たものではなく、純粋に音楽そのもののもつ力で売れた作品と言っていいかもしれない。 2001年5月、アメリカのABCテレビのドキュメンタリー番組『ナイトライン』が、エヴァのミニ特集を放送。この放送後にはエヴァの5枚のアルバムが一躍ベストセラーになったという。 その後も未発表音源などが編集されアルバムがリリースされ、主としてインターネットでの好調なセールスが続いている。 そして、こうした死後の人気に乗じて、彼女の過去のライヴ音源や、かつて在籍していたバンドの音源までもCD化されるようになっている。 その後、インタヴューを元に構成された伝記本、ミュージカル企画、映画企画なども進む。2002年冬季オリンピックでは、フィギュア・スケートのミシェル・クワンがエヴァの「フィールズ・オブ・ゴールド」をエキシヴィジョンで使用。他にもフィギュアの選手、クリスティー・ヤマグチ、サラ・ヒューズ、キミー・マイズナーなどもエヴァ作品を使用するようになった。ほかにも多くのシンガーたちが、エヴァにインスピレーションを受けて曲を書いたり、トリビュートしたりしている。 特に映画化に関してはロバート・レッドフォードの娘エイミー・レッドフォードがその他2名らが映画化権を獲得、プロデュースすることになっている。 また、彼女は絵画が好きで、自分でも作品を残している。 魅力。 彼女の魅力はなんといっても、そのクセのない透明感あふれる声だ。嫌われない声と言えるもの。それは、たとえば、ノラ・ジョーンズ、ミニー・リパートン、ティーナ・マリーらと同列に並べられる「好かれる声」ということだ。 たまたま彼女は、メジャーなレコード会社と縁がなく、しかも33歳という若さで他界してしまったが、別の出会いがあり、メジャーで多くの宣伝費をかけられてプロモートされたら、もっともっとビッグな存在になっていただろう。 そして、癌となってほんのわずかしか生きられなかった彼女にも、まちがいなくソウル・サーチンの物語があるだろう。そのあたりは、いずれ掘り起こしていきたい。 エヴァ・キャシディー。彼女はグレイテスト・アンノウン・シンガー、フロム・ワシントンDC(ワシントンDC出身の最高に素晴らしいもっとも無名なシンガー)だ。 +++++ ユーチューブから。 オーヴァー・ザ・レインボー http://youtu.be/4RDmXsGeiF8 エイント・ノー・サンシャイン http://youtu.be/mWJQeuOO-VA 枯葉 http://youtu.be/XSXYu-3r1S8 ■ ソングバード (ブレイクのきっかけとなったアルバム) Songbird posted with … Continue reading

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★エヴァ・キャシディー(パート1):ワシントンDC最高の悲劇のシンガー

★エヴァ・キャシディー(パート1):ワシントンDC最高の悲劇のシンガー 【Eva Cassidy: The Saddest Great Singer In Washinton DC】 故人。 一昨日ユーチューブ映像で「タイム・アフター・タイム」をご紹介したエヴァ・キャシディーは日本ではほとんど無名のシンガーだ。日本盤は一度もでていないので、若干の輸入盤が出回ったほど。しかも、ほとんど新譜もなく、コンスタントにリリースがないので、知名度もあがらない。なによりも、彼女がすでに若くして亡くなったシンガーということも大きい。彼女のことは数年前に知って、いつかゆっくり紹介しようと思っていたので、「タイム・アフター・タイム」ででてきたので、これを機に少し書いてみたい。 僕が最初に彼女の歌を知ったのは、スティングの「フィールズ・オブ・ゴールド」のカヴァーだった。透き通った声が大変印象的で、すぐにCDを何枚か入手。10年くらい前のことか。CDにはいろいろな曲のカヴァーが入っていた。しかし、調べるとその時点で、もう彼女は故人だった。 ワシントンDC。 エヴァ・キャシディーは1963年2月2日、アメリカ東部ワシントンDC生まれ。4人兄弟の3番目。父はスコットランド/アイルランド系、母はドイツ生まれ。子供の頃から音楽や絵画など芸術に興味を持ち、9歳の頃から父親が彼女にギターを教えるようになった。11歳の頃にすでにワシントンDCのローカル・バンド、イージー・ストリートに参加。以後いくつものバンドに参加したり、スタジオでのレコーディング・セッションに参加するようになる。 そんな中で、ワシントンDCのゴー・ゴー・サウンドのEU(エクスペリエンス・アンリミテッド)や、チャック・ブラウン&ザ・ソウル・サーチャーズらと接点を持つようになり、チャック・ブラウンが彼女の声を気に入り、かわいがられるようになった。そして、これがチャックとエヴァのデュエット・アルバム『ジ・アザー・サイド』につながる。1992年、彼女が29歳のときのことだった。(ちなみに、エヴァはEUの「リヴィング・ラージ」でもバックコーラスをやっているという) このアルバムは、チャック・ブラウンの作品を出しているレコード会社からリリースされた。カヴァー曲中心のアルバムで、ここに収められた「オーヴァー・ザ・レインボー(虹のかなたに)」、「フィーヴァー」、「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」などが地元を中心に話題となった。チャックとエヴァで、この時期、地元でアル・グリーンやネヴィル・ブラザースの前座を務めたこともあるという。 1993年にはワシントンDCエリアの音楽賞「ワミー・アワード」で「ヴォーカリスト・ジャズ/トラディショナル」部門を獲得。1994年には同賞受賞式で「オーヴァー・ザ・レインボー」を歌い、これも大喝采を浴びた。その後、ブルーノートと契約、ピーセス・オブ・ア・ドリームと共演したアルバムを出し、ツアーにもでた。 ところが、この頃、エヴァは背中にできたほくろを除去する手術を受けるが、このときは大事には至らなかった。 皮膚癌。 1996年5月にはワシントンDCの有名なライヴ・ハウス、ブルース・アレイでのライヴを収録したアルバム『ライヴ・アット・ブルース・アレイ』をリリース。当初、本人はその出来にリリースを躊躇したが、リリースされたところ、ワシントン・ポストをはじめひじょうに前向きな評価を得て、少しずつ知名度もあがり、以後も活動を続けた。 だが、その『ライヴ』アルバムをプロモーションしていた1996年7月、彼女はお尻に痛みを感じ、それが続いたため、検査をしたところ、黒色腫という一種の皮膚癌になっていることがわかった。さらに精密検査をすると、この癌が肺や骨にも転移しており、その時点で余命3-5ヶ月だと診断され、エヴァはそれを告知された。 手術ができないということで、かなり強い抗癌治療を行ったが、同時に体力も落ちていった。痛みも継続し、治療のために頭髪はなくなっていった。この頃までに、ワシントンDCの音楽業界ではエヴァの病気がかなり悪いということが知れ渡り、9月に、保険に入っていなかったエヴァのために治療費を集めることと彼女を励ますトリビュート・ライヴが行われることになった。 これを聞いたエヴァは大変喜んだが、自分がそれを見に行くことすらできないのではないかと思った。しかし、抗がん剤のために体力の弱っていた彼女は、なんとライヴの2日前から抗癌治療を一旦やめ、体力の回復を図ったのだ。 1996年9月17日、チャック・ブラウンを始めとする友人ミュージシャンたちが、ライヴ・ハウス「ザ・バイヨー」に集まり、エヴァのために多くの作品を歌った。エヴァはすでに車椅子で、歩くにも杖が必要になっていたが、友人たちの力を借りながら気丈にもステージに上がり、スツールに座り、このとき、友人、ファン、家族の前で「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」を歌った。これが、彼女が人前でパフォーマンスする最後となった。そして、その後、ジョンズ・ホプキンス病院に運ばれた。 1996年1月のときの「What A Wonderful World」。ママとパパに捧げている http://youtu.be/uEBBGSgO16M この日を境に、エヴァの体力は落ちていった。ライヴの日が彼女がもっとも輝いた日で、おそらくそのために力の限りを尽くしたのだろう。 エヴァはそのわずか2ヶ月もしない1996年11月2日、自宅で息を引き取った。33歳という若さだった。 エヴァの遺体は故人の意思で火葬され、その遺灰はメリーランド州のセントメリー川ウォーターシェド公園の水際に撒かれた。 しかし、この時点でも、エヴァ・キャシディーはワシントンDCでもほんの一部の音楽関係者と一部のファンだけが知る存在だった。彼女はかつて、「自分のCDを出したところで、誰が買ってくれるの?」とまるで「売れる」ことに無関心だった。 (この項つづく) フィールズ・オブ・ゴールド http://youtu.be/SfPZ_HpnIVY ■ ライヴ・アット・ブルース・アレイ (これも大きなきっかけとなった作品) Live … Continue reading

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★伊東たけしさん『ソウルブレンズ』に

★伊東たけしさん『ソウルブレンズ』に 【Ito Takeshi On Soul Blends】 サイクリング。 Tスクエアのサックス奏者、伊東たけしさんがTスクエアの新作『Nine Stories(ナイン・ストーリーズ)』のプロモーションで2011年5月22日『ソウルブレンズ』にやってきた。 伊東さんとは、2007年12月に出たソウルのカヴァー・アルバムでお会いして以来。しばらくぶりの感じだったが、3年半ぶりとも思えなかった。 なんと、伊東さんは、ここ数年自転車に凝っていて、休みの日にはかなりの距離を走るという。山のほうに遠出すると一日で170キロも走るそうだ。最近の自転車は軽くなってスピードも速くなり、平均で時速2-30キロ、速いときには4-50キロも出る。 そんな自転車好きが昂じて、伊東さん、「ヒルクライム本部事務局」から請われて、そのアンバサダー(大使)役をおおせつかった。ここでは、サイクリングの大会を一般に広げるためにさまざまなことをやっている。今年から活動を本格的にして、10年後までには、全国の都道府県でサイクリング大会を開催したいという。 そのホームページに行くと、Tスクエアの最新作からの「はやぶさ~The Great Journey:奇跡の帰還」が流れる。(ページを開くとすぐに音がでるので、ご注意ください) http://hill-challenge.jp/index.php この「はやぶさ」は、F1のテーマとなって有名な「Truth」的な軽快なアップテンポの作品。 自転車をやっているので、心肺機能が高まり、サックスを吹くのにもいい影響を与えているという。 また伊東さんは、これとは別に秋口くらいまでに、ビッグバンドを結成してライヴをやりたいという。 ■T Square最新作『Nine Stories』 ナイン・ストーリーズ posted with amazlet at 11.05.22 T-SQUARE ヴィレッジレコーズ (2011-04-27) 売り上げランキング: 382 Amazon.co.jp で詳細を見る ■伊東たけし~ソウルのヒット曲を中心にカヴァーしたソロ・アルバムMellow Madness。2007年12月リリース Mellow Madness posted … Continue reading

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★ジョー・サンプル・インタヴュー (パート2)~電気キーボードの登場でツアーを続ける

★ジョー・サンプル・インタヴュー (パート2)~電気キーボードの登場でツアーを続ける 【Joe Sample Interview (Part 2): Talks About Creole Joe Band And Zydeco And More】 ジョー・サンプル・インタヴューの昨日からの続き。還暦で、ルーツに戻ったジョー・サンプル。それまでにも、彼は多数のレジェンド(伝説)と一緒に仕事をしてきています。そんなエピソードのいくつかを。 メットポッドでインタヴューの模様を聴くことができます。 http://metropolis.co.jp/podcast/ レジェンド。 ――多くの人たち、レジェンドたちと仕事をしてきていると思います。マイルス・デイヴィス、スティーヴィー・ワンダー、ミニー・リパートン・・・。そんな中で、ビル・ウィザースとの話をしていただけますか。 「ビル・ウィザースは僕が書いた『ソウル・シャドーズ』を歌ってくれたが、彼がスタジオに来て最初に歌ったのを聴いて、『これで仕事は終わった』と思った。ファースト・テイクだ。彼は『いやいやいや、もう一回やる、やらせてくれ』と言ったが、僕はこれで十分すぎると思った。結局、彼は何度となくやらせてくれと言っていたが、なんとかビルを帰すことにして、翌日、そのテープを電話越しに聞かせたら、「『なんで最初のでうまく歌えてるって、言ってくれなかったんだ』と言われた。(笑) 」 「(ビルもジャズとソウルをうまくミックスした人物だが)もうひとり、ジャズとソウルをうまくミックスした人物がいる。仕事を一緒にしてとても楽しめた人物、それがマーヴィン・ゲイだ。彼の素晴らしさについて、たとえばマーヴィンはソウル界の、洗練されたピアノを聴かせるセロニアス・モンクに匹敵すると思う。彼はソウル・シンガーだ」 ジョーは1939年2月1日生まれ、マーヴィンは1939年4月2日生まれ。2ヶ月しか違わない。ビル・ウィザースは1938年7月4日生まれ、みなほぼ同世代だ。 http://youtu.be/TWqGzH9vKg8 ■「ストリート・ライフ」誕生秘話 ――もう1曲、あなたが作った傑作で「ストリート・ライフ」という曲があります。このレコーディング・セッションはどのようなものでしたか。 「1976年、(ランディー・クロフォードが所属する)ワーナーブラザースから連絡があった。ランディーのセッションでピアノを弾いてくれないかと言われた。それが78年に実現するんだが、そのときにこのシンガーは、『オフ・ザ・ウォール・メロディー』を実にうまく歌う(註=壁から自然にとろけるようにメロディーが出るというイメージ)ので、このシンガーにそういう曲を書けないかと思った。僕は、いわゆる『トップ40ライター』(ヒットチャートをにぎわすトップ40ヒットを書く作曲家)ではない。僕は、そうだな、『クリオール・ライター』(笑)なんだがね。ただ、ソウル、ゴスペル、クラシックの要素をいれた曲をランディーに書きたいと思ったんだ。そこで彼ら(ワーナー)に、彼女に曲を書きたいと申し出た。すると、彼らはもちろんと答えた」 「僕は当時、山に家をもっていて、スキーに行った。そこでリフトに乗り、頂上に向かった。リフトに乗りながら、人々が滑っている下のスロープを見下ろした。周りに木々があり、みんなジャンプをしたりして滑っていた。そして、その瞬間に『ストリート・ライフ!』って言葉を思いついたんだ。そこでこの単語を思いつき、メロディーが浮かび、いくつかの歌詞、ストーリーを思いついた。すぐに(作詞家の)ウィル・ジェニングスに電話をして、『いま、こんなメロディーが思い浮かんだので、歌詞をつけてくれ』と頼んだんだ。そして、曲(のデモテープ)を完成させ、クルセイダーズ(のメンバー)に聞かせ、彼らも気に入ってくれた。そのとき、(メンバーの一員)ウィルトン・フェルダーが『この曲を歌うにはオールド・タイム・ヴォイス(昔ながらの声)が必要だ、エンディングをもう少し伸ばしたほうがいい』とアドヴァイスをくれた。結局、これをレコーディングしたら、13分くらいになってしまったので、編集で11分にした。だが、この長さでは通常の『トップ40ヒット』には決してならない。(訳注、普通ヒット曲は3分半程度。ラジオでは長い曲はまず普通かからない) そして(リリースされて)、しばらくしてから、ある夜ベッドに入ろうとするときに、ラジオから『ストリート・ライフ』が流れてきた。そのときに、こう言ったものだ。『Damn, that’s great! くそ、これはすばらしい!』(一同爆笑)」 http://youtu.be/5xovXxa6sGU ――1960年代から、あなたは積極的に新しいキーボードなどを使い、言ってみればそうしたものを使うパイオニアでした。新しいテクノロジーを使ってプレイすることについて、どのようなお考えをお持ちでしょうか。 「1968年、クルセイダーズのメンバーに言ったんだ。『もうジャズ・クルセイダーズとして、一緒にツアーできない。ジャズ・ミュージシャンとして、ツアーをし続けて生きることができない』と言った。というのは、全米のジャズクラブのピアノは、すべてどこへ行っても最悪なものばかりだった。(メンバーの)君たちは、自分のサックスや自分のトロンボーン、自分のギターを持っている。君たちは確実にコンディションのいいものを自分のチョイスで使える。だが、(ピアノは持ち歩けないので。各地の最悪のピアノに)僕はピアノを選べない。それですっかりうんざりしてたんだ。だから、もう旅にはでないで、ロスの家に留まってスタジオの仕事なんかをする、と宣言した」 「すると、ウーリッツァー(電気キーボード)が登場した。1950年代後期にレイ・チャールズがウーリッツァーをプレイするのをテレビで見た。それからフェンダー・ローズが登場した。フェンダーはその頃は、今ほど、十分に強くなかった。僕やジョー・ザビヌルのプレイに耐えられるほどではなかったんだ。僕たちは、フェンダーをよく壊してしまったものだ。そこで僕たちはこれをもっと強くしなければと考えた。しかし、このフェンダー・ローズの登場で、再び、ツアーに出ることができるようになった。だが、このフェンダーはピアノではない。だから、ピアノとはまったく違ったアプローチをしなければならない」 「あらゆる雑誌、キーボード・マガジンなどが尋ねるようになった。『あなたは、電気ピアノからどのようにしてあのサウンドを出すのですか』と。僕は、工場出荷されたままの状態でプレイすることをまず考えた。それからヴォリュームを一番低いところにして、4のあたりにまわしてそこで止める。4を越えると決していい音はでない。(音が割れてしまう) その低いところでの音が、その楽器の一番いい音を出すことができる。だけど、『どうやってあの音を出すか?』って質問かい? それは、この(僕の)指から音を生み出すんだよ!(と、両手の指10本をみんなに見せる)」(笑)(一同爆笑) ――かなりの回数日本の東京にやっていらっしゃいますが、何があなたをこれほどまでに日本に来させるのでしょうか。 まず何より、日本の食べ物(食事)が大好きということがある。(笑) 日本の食事の大ファンなんだよ。僕が日本に初めてやってきたのは1967年、パーシー・フェイス楽団の17人の一員としてだった。以後、ほとんど毎年のようにやってきている。前回は東京ジャズだったかな。それと、僕のロンジェヴィティー(永続性、継続性、長く続くこと)の秘密のひとつは、太陽が昇る前にベッドに入るということだ。(笑)  ――ジョー・サンプルさん、ありがとうございました。 ジョーが今回「ザディコ」を選んで、そのバンドを結成し、演奏を日本で初披露したことには、自らのカルチャーへの敬意を表わす意味がある。世界の各地にさまざまな文化(カルチャー)がある。それが、みな同じではつまらない。あちこちにあるものがそれぞれ違っているから、多様性があるからこそ、おもしろい。そこで、ジョーは「(固有の)文化にしがみつこう(こだわろう)Stick to … Continue reading

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★ジョー・サンプル・インタヴュー (パート1)~還暦でザディコを再発見

★ジョー・サンプル・インタヴュー (パート1)~還暦でザディコを再発見 【Joe Sample Interview (Part 1)* Talks About Creole Joe Band And Zydeco】 ザディコ。 今回のジョー・サンプル・バンドの来日は、ジョーにとってもかなりユニークなものになっている。飯倉のスージーズでカマサミ・コングさんと彼のメットポッド用インタヴューで一緒に話を聞いた。ジョーは言う。「僕は今回はジョー・サンプル・トリオでもなく、ランディー・クロフォード&ジョー・サンプルでもなく、クルセイダーズなどの音楽をやるのではなく、『クリオール・ジョー・バンド』をプレイしにやってきた」 クリオール・ジョー・バンドとは、その彼が目指すものは?  この模様は、メットポッドでインターネットで無料で聴ける。(ジョーの生声が聞けます)(金曜までにアップされる予定です) http://metropolis.co.jp/podcast/ ジョー・サンプル ジョーは実に話題の豊富な人物だ。そして、博識、さまざまな学術的、歴史的な考察から、おもしろいコネタのミュージシャン・エピソードまで、なんでも話がおもしろい。彼とはいつもいろいろな話をするが、ほとんど同じ話がでてこないところがすごい。毎回新鮮なネタを提供してくれる。一方で、他のインタヴューでもおそらく「ザディコ・ミュージックとは何か」という何回も聞かれている質問にも丁寧に、何度でもいやがらずに解説してくれる。このあたりが、プロフェッショナルだ。「ザディコ」を知らない人には一からまるで、家庭教師のように本当に丁寧に説明してくれる。 このインタヴューでは、クリオール・ジョー・バンドのこと、これまでに一緒に仕事をしたアーティストのこと、ビル・ウィザースとの「ソウル・シャドーズ」誕生秘話、「ストリート・ライフ」誕生秘話などが聞ける。 彼が話す前に、この話の前提となるルイジアナ州とテキサス州について簡単におさらいしておこう。これら二つの州はアメリカ中南部にある。ミシシッピー河が二州を分けるが、東側(地図で見ると右側)がルイジアナ、西側がテキサスになる。ルイジアナの西側にテキサスがある。もう一点、クリオールというのは、黒人とヨーロッパ(特にフランス系、スペイン系)との混血人種のこと。ヨーロッパの植民地だったこともあり、そうしたヨーロッパ人たちのミックスが多く、シンプルな黒人たちとちょっと違ったコミュニティーができていた。 まず、この『クリオール・ジョー・バンド』の説明を目を輝かせながら始めた。 ――では、まず今回の来日について、このバンドについて簡単に説明してください。 「説明しよう。僕は1939年テキサス州ヒューストンのサウス・イーストに生まれた。1927年にルイジアナにはミシシッピー川の大洪水(Great Mississippi Flood)が起こり、そこに住んでいた人々はみなヒューストンに移らなければならなくなった。そこで僕は生まれた。ちょうど、ミシシッピー川は、ルイジアナとテキサスを分けるが、その川の氾濫で80万人が家を失い、(ルイジアナのサウス・ウェストに住んでいた人々は)テキサスのサウス・イーストに移住した。そういうわけで、そこにはルイジアナから移り住んできた人々のコミュニティーができた。あらゆるルイジアナ・カルチャーがそのまま移り住んだ。食べ物、音楽、ライフスタイルあらゆるものだ。その頃の(我々クリオールの)音楽は『ララ・ミュージック』と呼ばれていた。ファミリーの曾おじいさん、そのまたおじいさん、あるいは、父母、子、兄弟・従姉妹たち、みんなが月に2回カトリック教会に通った。そこでは「ララ・ミュージック」が流れ、おじいさんも子供も孫も、何世代もの人々が同じ音楽で踊っていた。これは、今までにクリエイトされたダンス・ミュージックの中でも最高のものだった。決して座って聴くことはできない音楽だよ。(笑) 」 1927年のミシシッピー川の洪水は、シンガー・ソングライター、ランディー・ニューマンが「ルイジアナ1927」という作品にしている。これを後にニューオーリンズ出身のアーロン・ネヴィルもカヴァー。 アーロンとインディア・アリーのデュエット・ヴァージョン。 http://youtu.be/-OxcXHuAY0k アーロン・ネヴィル・ヴァージョンの「ルイジアナ1927」収録 Warm Your Heart posted with amazlet at 11.05.19 Aaron Neville … Continue reading

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★ナイル・ロジャーズ、ミュージカル『ダブル・タイム』に挑戦

★ナイル・ロジャーズ、ミュージカル『ダブル・タイム』に挑戦 【Nile Rodgers Concentrate On Musical “Double Time”】 チャレンジ。 シックのナイル・ロジャーズが現在、ミュージカル『ダブル・タイム』の製作に集中している。これはここ数年構想を得て、いよいよ実現に向けてステップを歩んでいるもの。ほぼ台本と楽曲は出来上がり、あとは詳細を煮詰め、ブロードウェイにかけられるような資金を集め、キャスティングする段階まで来ている。その第一歩として、2011年5月14日午後1時半からアラバマ州モンゴメリーのアラバマ・シェークスピア・フェスティヴァル(会場名も同名)で朗読公開される。 『ダブル・タイム』の脚本を書いているのは、これまでにもいくつかミュージカル台本をてがけているジョン・ウォルチ。音楽をナイル・ロジャーズが担当する。 アラバマ・シェークスピア・フェスティヴァルは毎年5月に同会場で3日間にわたって行われる演劇、ミュージカルなどのイヴェント。新劇の南部作家フェスティヴァルの一環で5月13日から15日まで行われる。 『ダブル・タイム』は、最初の黒人ブロードウェイ・パフォーマーとしてスーパースターとなったアラバマ出身のレオナード・ハーパーの人生と時代を描く音楽コメディーを書こうとする白人の脚本家の物語。白人が黒人を描こうとするがゆえにさまざまな葛藤と、問題が生まれる。誰も、この作家を手助けしようとしないが、最終的にハーパーがその作家に手を差し伸べる。そうした紆余曲折を脚本の中にストーリーとして描いているという。 南部作家プロジェクトは1991年に南部出身の作家を育成する目的で設立された。 この『ダブル・タイム』用の楽曲「スタート・アゲインStart Again」が次のサイトで試聴できる。 http://www.reverbnation.com/doubletimethemusical アラバマ・シェークスピア・フェスティヴァル www.southernwritersproject.net ★ ナイル・ロジャーズ、5月29日再来日 ナイル・ロジャーズが2011年5月29日再来日し、東京ブルーノートで1夜(2ステージ)だけのライヴを行う。ナイルによれば、もしチケットがすぐ売れきれたりしたら、もう一日追加するかもしれない、と言う。これは前日、マカオでライヴがあり、本来だったらそのままニューヨークに戻る予定だったが、東京は通り道でもあるので、どうせなら、東京に立ち寄って一日だけライヴをしていこうという話が持ち上がって実現したもの。バンドは翌日帰国するが、ナイルはしばらく残り、仙台などに行き、同地のストリート・ミュージシャンとジャム・セッションをしたい意向を持っている。29日はもともとレデシーのライヴの予定が入っていたが、震災のために、来日をキャンセルして、日程が空いていた。 http://www.bluenote.co.jp/jp/whatsnew/#002301 ジャム・セッション会員予約受付開始日:2011年4月26日火曜から 一般予約受付開始日:4月29日金曜から 電話番号03-5485-0088 (午前11時~午後11時、日曜・休日~午後9時) エヴリバディ・ダンス! posted with amazlet at 11.04.25 オムニバス ナイル・ロジャース シック ワーナーミュージック・ジャパン (2011-04-06) 売り上げランキング: 1385 Amazon.co.jp … Continue reading

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★『ホワッツ・ゴーイング・オン』40周年記念CD発売~イヴェントも

★『ホワッツ・ゴーイング・オン』40周年記念CD発売~イヴェントも 【What’s Going On: 40th Anniversary Super Deluxe Edition】 マスターピース。 ボブ・ディランによって「アメリカ最大の生きる詩人(America’s greatest living poet)」と最大の評価を得たソウルのシンガー・ソングライター、スモーキー・ロビンソンが、「時代を超えた最高傑作(the greatest album of all time)」と最大級の評価を下したマーヴィン・ゲイの傑作、アメリカ音楽史上に残る歴史的な傑作でもあるアルバム『ホワッツ・ゴーイング・オン』が発売されて今年でちょうど40年になる。そこで、5月21日、『ホワッツ・ゴーイング・オン』40周年記念盤『スーパー・デラックス・エディション』が全米でリリースされる。これは、2枚のCD、1枚アナログ盤から構成され、14曲の未発表音源が収録される。LPサイズのブックレットには、エッセイ、珍しい写真なども多数掲載される、という。 2本のエッセイのうち、一本はマーヴィン・ゲイのバイオグラフィー『引き裂かれたソウル』の著者、デイヴィッド・リッツによる「ホワイ」(なぜ、マーヴィンはすべてセルフ・プロデュースでアルバムを作ったか、というテーマの原稿)、もう一本は『マーヴィン・ゲイ:ラスト・デイズ・オブ・モータウン』の著者、ベン・エドモンズの「ハウ」。ベンは、どのようにこの「ホワッツ・ゴーイング・オン」をマーヴィンが作り上げたかを書いている。 日本盤は2011年5月25日発売予定で、予価10,000円(税込)。(下記に予約リンク) ■ 40周年記念コンサート開催 ライヴ。 この『ホワッツ・ゴーイング・オン』リリース40周年を記念して、スターたちが集まりトリビュート・コンサートをおこなう。 これが行われるのは2011年7月24日、ロスアンジェルスのハリウッド・ボールでスティーヴィー・ワンダー、ジャネル・モネイらが出演して行われる。 また、2012年5月には、ワシントンDCのケネディー・センターで、ジョン・レジェンド、ルーツらが集まりトリビュート・コンサートを行う。これも、マーヴィンがこの会場で初めてライヴを行ってからちょうど40周年になることを記念してのもの。 マーヴィン・ゲイの『ホワッツ・ゴーイング・オン』は40年を経てもまだ輝きを失わない。もちろん、マーヴィン・ゲイ自体の存在も、ますます神話化されてきている。 http://www.essence.com/entertainment/hot_topics/stevie_wonder_janelle_monae_john_legend_tribute_concert_marvin_gaye.php ■ マーヴィン・ゲイ本人が語る唯一のバイオグラフィー 『引き裂かれたソウル』 ソウル・アーティスト伝記本の傑作。マーヴィンの魂がいかに引き裂かれていったか。いかにして、『ホワッツ・ゴーイング・オン』が生まれたか。なぜ、彼は父親の銃弾に倒れたのか。内省的なマーヴィンに深く切り込む著者デイヴィッド・リッツの筆致が圧巻です。 マーヴィン・ゲイ物語 引き裂かれたソウル (P‐Vine BOOKs) posted with amazlet at 11.04.25 … Continue reading

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