NO.464
2003/12/02 (Tue)
Master Of 88: Genius Or Mediator? Hiromi Uehara Connect (Part 2)
コネクト。

6曲目の「ダンサンド・パライーゾ」を終えて、万雷の拍手を受けた上原は一旦ステージを降り楽屋に戻ろうと僕の横を通った。その時、「ひろみさん!」とちょうど目の前に座っていた人が声をかけた。すると、その人たちを見た上原は「わ〜〜」と歓喜の声を上げた。

一息おいて再びステージに戻った上原はマイクを握ってしゃべり始めた。「私がこうやってピアノを弾いていられるのは、最初に出会ったピアノの先生がいたからです。今すごく驚いているのですが、彼女がここにいらっしゃって・・・。心から音楽を伝えることを教えてくれたひきた先生にこの曲を捧げます」 そして、彼女が弾いたアンコール曲は「ジョイ」。

上原ひろみのピアノの先生が目の前に座っていたのだ。これは話を訊かないわけにはいかない。正確には僕の斜め前に座っていたので、ソウルメイトUと席を代わってもらい、もうひとりのソウルメイトNとともに先生の真後ろに移動した。「あの〜〜、ちょっとお話をおうかがいしたいんですが・・・」と若干の前ふりをして、「一体、上原ひろみさんはどのような生徒さんだったのですか。他のお子さんと何か違いとかありましたか」 先生は突然の質問に面食らった様子だったが、口を開いてくれた。「いやあ、ちょっと変わっていました。それから絶対にあきらめない、というか頑固というか。自分が好きなことはとことんやる、という感じ。そのかわり、嫌いなことは一切やらないんです」

ひきた先生は上原が6歳のときからピアノを教え始めた。頑固さを示すこんなエピソードを話してくれた。「ピアノの曲でちょっと難しいブルグミュラーの『貴婦人の乗馬』という曲があるんですが、それが弾きたい、と言うんですね。でも、それはあなたにはまだちょっと難しいから、そこに行く前にこの曲が弾けるようにならないとだめよ、と言うと翌週にはその曲を弾けるようになってるんですよ。そして、これでどう、といわんばかりに『貴婦人・・・』を教えて、となるわけです」

ひきた先生は個人でクラシックピアノを教える先生だったが、プライヴェートではジャズも好きだった。そこで上原にクラシックだけではなくいろいろジャズを聴かせるようになると、すっかり彼女もジャズに傾注していった、という。6歳でオスカー・ピーターソンがお気に入りだったというから恐れ入る。「とにかくやりたい、と思うと頑固でしたね。そして、なにより、他の生徒と違って個性的でした」

しばらくして上原がやってきて、レコード会社の人が紹介してくれ、立ち話をした。「あなたは自分を天才だと思いますか」と聞くと、「さあ、わからないです」。「では、才能はあると思いますか」 「はい」ときっぱり。「では、いつ頃、自分に才能があると感じましたか」 「6歳の頃です」 「!!!!」  ソウルメイトNとの会話の中で、上原は6歳の時、生まれて初めてのピアノ発表会の日、ステージに向かう時「自分の家に戻ってきたような感じがした」と言ったという。

彼女は6歳の時に、自分に才能があると認識し、自らの人生の道を見出し、しかもその道をしっかりと進むべき道と確信したのだ。6歳で、これは、天才というより早熟の極みではないだろうか。そして、こんな幸せな人生はないだろう。

上原はピアノを弾くとき満面の笑みを見せる。僕は尋ねた。「あの満面の笑みはどこからでるのですか。笑顔の練習でもするんですか(笑)」 「いや、別に。(笑) (ピアノを弾いていると)楽しいから」 「じゃあ、一日のうち寝てる時と食事をしている以外の16時間、ピアノを弾いていてもオーケー?」 「ぜんぜん、オッケーです」と顔色ひとつ変えず彼女は言う。

「挫折したことは?」 「ないです」 「曲はどうやって作りますか?」 「曲はすぐできます。いくらでもあります」 確かに、彼女はできなければできるまでやる。だから、できないことはない。従って、それは挫折に値しない。極めて明快だ。そうかあ、できなければできるまでやればいいのか。っていったって、なかなか現実にはそうもいかない・・・。でも、それは彼女が正しい。

「ライヴをしている時は何を考えていますか、あるいはどんな感じなんでしょう?」 「トランス状態かな」 「では、弾いている時、神は降りてきている感じはありますか?」 「はい、あります」 「それは、いつも?」 「毎回です」 「毎回、降りてくるの?」 「観客の前で弾いてれば、降りてきます」 「では、練習の時は?」 「練習の時は、ちょっと違います・・・」

「好きなピアニストは?」 ちょっと困った顔をして「いっぱいいすぎて・・・」 「では好きなベース奏者は?」 「アンソニー・ジャクソン(笑)」 「好きなドラマーは?」 「マーティン・ヴァリホラ(笑)」(この日のドラマーのこと) 「共演したい相手は、例えば、黒人、白人、あるいは日本人など特に問わないのですか」 「えー、関係ないですね。コネクトすれば(OKです)」 「!!!! コネクトすれば!!!!」(僕)  すばらしい! (コネクトするとは、つながることができれば、とか、フィーリングがあえば、とか、ミュージシャンシップが通じあえば、といったニュアンスです) 僕はこの「コネクトすれば」という一言にものすごく感銘を受けた。(ちなみに『ソウル・ブレンズ』のキャッチは、「R&Bコネクト」です)

多くの子供たちにとって、例えばピアノのレッスンは親や先生から言われたりする「やらなければならないもの」だっただろう。だが、彼女にとって、それは「やりたいもの」だったのだ。だから、やることは何の苦でもなかった。そして、やれないものは、やれるまでやるのが彼女の信条だった。やれるものをやってきて、彼女は今のこの位置に立つ。ほんの数分の立ち話だったが、彼女の意思の強さとガッツを強烈に感じた。そして、何かものすごく強いオーラから元気をもらったような気がした。「自分も何かをやらなければ」という気持ちがふつふつと湧いてきたのだ。

「だから彼女には、(これまでのところ)ソウル・サーチンがないというか、必要がないのね」とNが言った。僕は答えた。「いや、今のところないけれど、何年かのうちに彼女がソウル・サーチンをすれば、さらにもう一周りもふた周りも大きな存在になると思うな。それが見てみたいな」

上原はライヴを見せる時、神とコネクトしている。神とコネクトできるピアニストなんて、そうそういない。ピアノの近くから漂う白い光は、神とコネクトして起こった化学反応の産物だ。彼女は天才? あるいは彼女は神の媒介者なのかもしれない。ということは、僕は神の使者と話をしたんだ。いいなあ、コネクトできて。うらやましい。

Setlist

show starts 21.46

1. Summer Rain
2. Another Mind
3. Kung Fu World Champion (new song, will be on next album)
4. If (with Honma Masato)
5. XYZ (with Honma Masato)
6. Dancando No Paraiso
(encore)
7. Joy

show ends 22.08

(2003年11月30日(日)ジェイジー・ブラット=JZ Brat=上原ひろみ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Hiromi, Uehara
Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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