NO.346
2003/08/08 (Fri)
Kip Hanrahan's Conjure: It's Soooooo New York
魔術師。

前回ブルーノートで見たのは2001年5月なので、2年以上前のことになる。そのときは多数のパーカッション奏者を並べた非常にユニークな実験的な演奏だったのでよく覚えている。それがキップ・ハンラハンの「ディープルンバ」の公演だった。

今回はキップ・ハンラハンの「コンジュアー」としての公演。キップは、言ってみればバンドマスターで、様々なメンバーを集めて、違うユニットを組む。これもそのひとつということになる。

「コンジュア」とは、まじない、魔法、呪文といったような意味。「コンジュラー」は、まじないをする人、魔術師、といった意味になる。

キップ・ハンラハンという人物はものすごく異端だ。今回のこのユニットの最大の目玉は「ポエトリー・リーディング」、つまり詩の朗読だ。先鋭的な黒人詩人、イシュメール・リードの詩作の朗読に、音楽をつけたりしている。

ブルーノートの階段を降りていくと、すでにライヴはスタートしていて、誰かが歌っているのが聴こえた。ヴォーカルがいるとは思っていなかったので、少し驚いた。そして、まもなくリードの詩の朗読が始まった。音楽をバックに読む。

「戦争という状況の中では、そんなことが起こる・・・」というサビが何度も繰り返され、戦争が起こるときの悲惨な例が次々と紹介される。すべてを聞き取ることはできなかったが、なにかを言ったあと、ヴォーカルのアルヴィン・ヤングブラッドが「戦争という状況の中では、そんなことが起こる・・・」というセリフを繰り返しているのが非常に印象に残った。まさにコール&レスポンスの世界だ。

これを聴きながら、以前ニューヨークのカフェかどこかで体験したポエトリー・リーディングを思い出した。まさに、Sooooo New Yorkな空気がぷんぷんしていた。しかも、アップタウンではなく、ダウンタウンのヴィレッジあたりのヒッピー、モッズ風のカフェだ。ニューヨークのポエトリー・リーディングの会って、聴いてる人は聴いているけど、聴いてない人は自分たちで勝手にしゃべってるので、けっこう騒々しい。もちろん、シーンとしてるのもあるのかもしれないが。

英語の詩は、たぶん、かなりわかりにくいと思うが、一遍日本語の詩を作って読んでいた。それが「アザブ・カフェ」というタイトルの詩だ。「麻布喫茶店、毎晩ここに座る。ゴハンは、タバコ。水はウイスキー。(あなたに)手紙を書きます」 これを英語、日本語で繰り返す。最初日本語がよくわからなかったが、何度か繰り返されるうちに意味がわかった。全体的には、非常にカルチャー的におもしろいライヴだった。でも、きっと、来ているお客さんの8割は、なんなんだろう、これは、と思っていたのではないだろうか。なんとなく、キップ・ハンラハンを見にきたというより、ブルーノートにやってきました、という人が多かったのではないだろうか。(笑)  逆にいえば、なかなか滅多に見られないソ〜〜〜・ニューヨークのキップ・ハンラハンのライヴを東京で見られるのだから、ラッキーだ。コンジュアー、まさに、呪文、魔術。そのグループ名が音楽を表していた。

ライヴが終わったあと、ヴァイオリン奏者のビリー・バングという人物がたまたま近くに来てはなすことになった。「日本に初めて来たのは81年。キップとは昔からの知り合いだ。彼はオレと同じブロンクス生まれだからね。日本には3−4回目かな。ヨコハマ知ってるぞ。ヨコハマギンバエ知ってるんだ」 

なぜ横浜の話になったか、思い出せないが、まあ、とにかく横浜の話になった。「な、な、なんで横浜銀蝿なんて知ってるの?」と尋ねると、そのいきさつをこう説明してくれた。「初めて来日したとき、なぜかどこかでスーツケースがなくなってしまったんだ。で、着るものなんかなくなって途方にくれていたんだが、みんながいろんなTシャツとかをたくさんくれたんだよ。そんな中に、一枚のTシャツがあって、気に入って着ていた。そこに書かれていたのが、ヨコハマギンバエって字だったんだよ。日本のロックンロール・グループなんだろ。聴いたことはないんだけどね。(笑) ギンバエってどういう意味なんだ?」

「シルヴァー(銀)・フライ(蝿)かな。ぶ〜〜ん、て飛ぶような」 「ほんとか?」 「ほんとだよ。で、あなたはいつもヴァイオリンを弾いてるの」と尋ねると、一言「サムタイムス(時々な)」(笑)。「サムタイムスかあ。ははは」 「彼はミスター・サカイ、彼はシンガーなんだ。彼のグループは、100万枚も日本でCDが売れるんだよ」 「ワオ! それじゃ、オレは彼のグループでプレイしなきゃ。(笑)。グループの名前はなんていうんだ?」 「ゴスペラーズっていうんだよ」 「何だって? オレは歌ってたよ、子どもの頃」 「いや、そうじゃなくて、彼のグループの名前がゴスペラーズっていうんだ」 ビリーはものすごく驚いた顔を見せて、「なんでそんな名前をつけたんだ?」 「僕たちゴスペルが大好きで、テイク6というグループが大好きだったからんなんですよ」とミスター・サカイが答える。 「へえ、君の音楽は今、もってないのかい?」 「今は、ないなあ」 「じゃあ、ぜひ送ってくれ」と言って彼が名刺を出してきた。

そして、話はポエトリー・リーディングになり、「君は、こういうのに興味があるのか」とビリーが尋ねてくる。「あるよ。でも、よくわからないんだ。英語だから。(笑)。しかし、今日のライヴはものすごくニューヨークを思わせたよ」 ミスター・サカイも言う。「僕も、そう思った」 僕が続けた。「しかも、1969年くらいのニューヨークのヴィレッジって感じだ」「ははは、それは、おもしろいな。そう思ったか」 「ちょうど、ブラックパワーの頃、セイ・イット・ラウド、アイム・ブラック・アンド・アイム・プラウドの頃を思わせたよ」 「あんた、おもしろいな。ははは、ジェームス・ブラウンだな。じゃあ、アミリ・バラカって知ってるか。彼はこの前の911の事件についての詩を書いたんだが、ユダヤ人たちからものすごく反発をくらってるんだよ。ああ、このアミリは、昔リロイ・ジョーンズっていう名前だった男だよ。みんな、ムスリムで名前を変えるんだ」 「カシアス・クレイがモハメド・アリになったみたいに?」 「そうだ、そうだ」といいながら、彼がなぜヴァイオリン奏者になったのか話始めた。

とにかくこのビリー、よくしゃべる。年の頃、40代後半か50代前半のアフリカン・アメリカンと思って調べたら、1947年9月20日アラバマ州モービル生まれ。55歳だ。昭和22年生まれ、いのしし年です。

つい先月はカナダのモントリオール・ジャズ・フェスティヴァルに出演してきた、という。「生まれはモービル・アラバマだけど、すぐにニューヨークに移り住んだ。オレの名前はもともとビリー・ウォーカーだったんだけど、政府がオレのウォーカーって名前をどこかに捨ててきやがってな。オレのパスポートにはウォーカーって名前がないのさ。オレは昔はバイオリンなんて、大嫌いだった。だってとても男がやるようなものじゃないだろう。途中でパーカッションをやったこともあるんだ。子どもの頃はゴスペルだな」 

このあたりで、スタッフが彼らミュージシャンたちを呼びにきた。帰りのバスの用意ができたのだ。「そうかあ、もう、行かなきゃならんのだ。オレたちは、この話の続きをせにゃあかんなあ。今週、また来ないのか。あるいは、ホテルのほうに来て貰ってもいいぞ。お茶でもしながら話をしよう。we should finish this conversation」

何がなんだかわからないうちに、というか、嵐が去るようにビリーは出て行った。で、なんで、彼はヴァイオリンを弾いているのか。その話は、トゥ・ビー・コンティニュードだ。あああ。謎はそのまま残った。Mystery still remains... 

ニュー・エディションはアップタウンのアポロ劇場から、そして、このハンラハンはダウンタウン・ヴィレッジのカフェ。この日は一日でニューヨークのアップタウンとダウンタウンを経験してしまった。

(2003年8月6日水曜・東京ブルーノート・セカンド=キップ・ハンラハンズ・コンジュア)

ENT>MUSIC>LIVE>HANRAHAN'S, KIP, "CONJURE"

Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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