NO.160
2003/02/20 (Thu)
Music never gets old
老練。

その楽器をプレイするミュージシャンは、毎年年をとっていきます。しかし、その年老いたミュージシャンがプレイする楽器の音色は、年をとりません。しいて言えば、音に渋みが増した、とか、成熟した、とか、円熟味を感じさせる、あるいは、枯れたといった表現がなされることはあります。

しかし、80歳のトゥーツ・シールマンスの吹くハーモニカは、決して年をとりません。古くなりません。彼の20年前のレコーディング作品を聴いても、今日彼のハーモニカを聴いても、変わりません。これはすごいことです。それに比して人間の声は、やはり年をとりますから。

60年以上吹きつづけているそのハーモニカの音色は、宇宙一美しいと言ってもおおげさではないでしょう。そして、実に暖かい。ショウが進むにつれ、心がどんどん満たされていきます。

「みなさんは、私が年老いた老人であるということをご存知でしょう。20年以上前に活躍した偉大なジャコ・パストリアスに捧げて次の曲をやります。ジャコは上にいるからね(と言って指で上を指す)」 こうして演奏し始めたのがジャコのアルバム 『ワード・オブ・マウス』 (81年)に収録されている「スリー・ヴューズ・オブ・シークレット」。

茶目っ気たっぷりに、表情豊かに、両手で小さなハーモニカを握り、彼は吹きます。黒ぶちの目がねの奥にある目は、時に宙を見、時に観客を眺め、時に仲間のミュージシャンとアイコンタクトをとります。

彼のハーモニカの音色を聴くと、本当に心が温かくなります。「ルイ・アームストロングに捧げます。彼も天国にいますよ」と言って吹き出したのが、「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」。最初のほんの数音で思わず胸が一杯になってしまいました。元曲がすばらしいこともありますが、トゥーツの音色のなんとすばらしきことか。「ホワット・ア・ワンダフル・ハーモニカ」! 一瞬、ハーモニカをマイクからはずし、歌詞のワンフレーズをサッチモよろしく真似をして見せました。彼のこの曲を聴いて、感じることができる人間なら誰もが、今から戦争を起こそう、などという気持ちには絶対にならないでしょう。

トゥーツさん、今すぐ、ホワイトハウスに行って、あなたのヴァージョンの「ホワット・ア・ワンダフル・ワールド」をブッシュに聴かせてやってください。

ギターのオスカルのことをトゥーツは「マエストロ」(巨匠)と呼びます。二人の老人がこんなにも楽しく音楽をやっているのを目の当たりにすると、高齢化社会の前途も有望に思えます。(笑) 

「ブラジル、イタリア、ベルギー、オランダ・・・。僕たちは、マルチナショナル(多国籍)なバンドだ」と彼は言います。そのミュージシャンの出身がどこであれ、音楽の名の元にワンネーション(ひとつの国)。まさに、それを体言しているトゥーツとその仲間です。

ショウが終わったとき、会場は暑くなっていました。トゥーツのハーモニカに触れて、観客すべての心の体温もぐっと上昇した夜でした。

(トゥーツ・シールマンス・ライヴ=2003年2月18日東京ブルーノート)

関連HP(ブルーノート)
http://www.bluenote.co.jp/art/20030217.html

Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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