SPORTS>
『勝利の女神の優柔不断』
『勝利の女神の優柔不断』
〜フレンチ・オープン1999・女子シングルス決勝戦〜

PROLOGUE  それぞれのプライド

  勝利の女神。

  彼女はいつも、ネットのこちら側に来ようか、あちら側に行こう
か迷っている。ネットのはるか相手側にいても、ふとしたきっかけ
で、ネットのこちら側に走り寄って来ることもある。勝利の女神は
優柔不断だ。
  旧女王グラフと現女王ヒンギスが、フレンチ・オープン決勝で、
それぞれの思いとプライドをかけ火花を散らした。
  グラフは、充分な準備もできずに、フレンチ・オープンを戦って
きていた。それでも、なんとか6勝し、決勝に踊りでた。一方のヒ
ンギスは、唯一持っていないグランドスラム・タイトルを、今年こ
そは絶対に取るという意気込みで、破竹の勢いで連勝してきた。

ACT  1  観客を敵に回したヒンギス

  既にこのタイトルを持っているグラフと、このタイトルの獲得に
執念を燃やすヒンギス。かつて世界ランク1位だったグラフと、現
在2位ながら今大会第1シードのヒンギス。怪我、手術、父の脱税
事件などを経て、復帰してきたグラフと、ここのところ多少の波は
あれ、ずっと好調を維持しているヒンギス。決勝のコートに向かう
ふたりは、対照的だ。
  勝負は一進一退だが、ヒンギスがやや有利に試合を進め、第1セ
ットを彼女が6−4で取る。第2セット第3ゲーム。グラフのサー
ヴィス・ゲームでのラリーのときのことだ。ヒンギスが打ち返した
ボールが、グラフ・コートのベースラインぎりぎりの際どいところ
に落ちた。
  判定は、アウト。  
  だが、入っていたと信じて疑わないヒンギスは、猛然と抗議。主
審が、そこに行き、マークを確認するが、判定は覆らない。それで
も、納得しないヒンギスは、なんと、こともあろうか、相手方のコ
ートまで突き進んで、ラケットで赤土のクレイ・コートを軽くたた
いて、ここよ、と指し示したのだ。相手コートへの侵入はルール違
反だ。セット・ポイントなどのそれほど重要なポイントではなかっ
たにもかかわらず、ここまで熱くなったヒンギス。そこに、彼女の
このタイトルへのはかりしれぬ執着心を垣間見た。
  彼女がグラフ側のコートに歩を進めると、観客からは口笛やブー
イングが巻き起こった。そして、主審は、ヒンギスに対しペナルテ
ィー・ポイントを課した。この瞬間、ローラン・ギャロスの観客は
、全員、ヒンギスの敵、すなわち、グラフの味方になってしまった
のである。          
  観客は、元々、若手とヴェテランだとヴェテランを応援する風潮
があった。観客が、19歳のヒンギスより、29歳のグラフの肩を
持つのも自然なことではあった。
  しかし、これをきっかけに声援は完璧にグラフ一辺倒になってい
った。

ACT  2  最後のチェンジ・オーヴァー

  だが、ヒンギスは、観客全員が敵だとしても、自分のペースで試
合を進めた。恐るべき精神力だ。彼女は、自分がベストなプレイヤ
ー(世界最高のプレイヤー)だと信じてボールを打ち込んだ。第2
セット8ゲーム目まで、それぞれワン・ブレイクで4−4のイーヴ
ン。そして、グラフのサーヴィス・ゲームである第9ゲームをヒン
ギスが見事ブレイクし、ヒンギスの5−4となる。王手だ。彼女が
次の自分のサーヴィス・ゲームをキープさえすれば、それまで唯一
獲得できていなかったグランド・スラムのタイトルが手に入る。
  全豪も取った。ウインブルドンも取った。そして、全米も取った
。彼女のトロフィーを飾るスペースで唯一ローラン・ギャロスのと
ころだけが、ぽっかりと空いている。その空席は、大きなトロフィ
ーを何年も待ち続けているのだ。もうあと1ゲーム、サーヴィスを
キープしさえすれば、その指定席に置くべき物が置かれることにな
る。
  第2セットの第9ゲームという土壇場でブレイクされたグラフは
、追い詰められた。5−4とされベンチに戻った彼女の脳裏にはこ
んな考えがめぐった。「これが私にとっての最後のチェンジ・オー
ヴァー(コート・チェンジ=2ゲームごとに、プレイするコートの
サイドを変えること)になるんでしょうね。コートに向かって歩き
出したとき、これで最後かもしれない、でも、やるだけやりましょ
う、と思ったの」
  グラフに後はなかった。足は徳俵にのっていた。
  勝利の女神は、完全にヒンギスのコートに佇(たたず)んでいた
。
  最後のチェンジ・オーヴァーかと覚悟を決めたグラフ。同じく最
後のチェンジ・オーヴァーだと確信していたであろうヒンギス。そ
れぞれの思いで最後のチェンジ・オーヴァーを感じていたふたりが
コートに入る。
  第2セット第9ゲーム。ヒンギスは、最初のポイントを獲得し、
15−0とする。サーヴィス・ゲームとして、さらに、サーヴィン
・フォー・ザ・チャンピョンシップとしては、見事な滑り出しだ。
  あと、3ポイントで念願のローラン・ギャロスのタイトルだ。だ
が、この15−0で、ヒンギスの何かが切れた。取れそうだという
安心感か。集中力か、極度の緊張の糸か。あるいは、全員グラフの
味方になった観客の重圧に押し潰されたのか。
  ヒンギスは言う。「5−4の15−0で、ろうそくが燃え尽きた
のよ」
  グラフが次のポイントを取り、15−15。続いて、ヒンギスは
ドロップ・ショットを試みて失敗。15−30。少しばかり息を吹
き返したグラフは、次にクロスへ決め、15−40。ブレイク・ポ
イント。ヒンギスも1ポイントを取り返すものの、再度、ドロップ
・ショットを試みて失敗し、グラフが土壇場で奇跡のブレイク・バ
ックを果たした。
  時折コート上で舞う風が、コートサイドの赤いゼラニウムの花を
揺らす。
  5−5に戻り、グラフは次のサーヴィス・ゲームをキープ、6−
5とし、再びグラフの元に訪れるはずがなかったチェンジ・オーヴ
ァーがやってきた。
  それでもヒンギスが、次のサーヴィスをキープすれば、タイ・ブ
レイクへもつれこむ。だが、既に「ろうそくが燃え尽きた」ヒンギ
スは、成す術もなく、再びブレイクされ、この第2セットはグラフ
のものとなった。そのセットは、長く熱い59分間の戦いだった。
  勝利の女神が、いつのまにか、ネットのところまで戻ってきてい
た。
  第10ゲームを境目に、流れは大きくグラフに傾き始めた。

ACT  3  命運を分けたバスルーム・ブレイク

  ヒンギスはエラーが目だち始め、一方、グラフは別人のようにス
トロークやショットが安定し始めたのだ。観客の声援は、依然、「
シュテフィー!  シュテフィー!」だ。グラフのショットは、観客
のシュテフィー・コールの大きさと比例していくかのように安定度
を増していった。
  グラフは、第3セット第1ゲームをキープ。流れが完全に相手に
あると見たヒンギスは、ここでバスルーム・ブレイクを取った。圧
倒的なグラフの流れをこのブレイクで断ち切ろうという狙いだ。自
分を一旦冷静に落ち着かせなければならない。燃え尽きたろうそく
に、もう一度火を灯さなければならないのだ。19歳にして試合巧
者のヒンギスならではの好判断に思われた。
  だが、このバスルーム・ブレイクが意外なドラマを演出してしま
ったのだ。
  コートにひとり取り残されたグラフは手持ちぶさたで、やること
もなく立ちながらラケットをもてあそぶ。ヒンギスはなかなか戻っ
てこない。すると、どこからともなく、「シュテフィー、シュテフ
ィー」のコールが始まり、さらに、ウエイヴまで巻き起こったので
ある。グラフと観客は「共通の敵」がいぬ間に、さらに一体化して
しまったのだ。ヒンギスも誰も、予想だにしない展開だ。ヒンギス
はシャツを着替え、しかもヘアスタイルまで変え、正に心機一転で
試合に臨もうとしていた。だが5分後に、コートに戻って、観客の
シュテフィー・コールを見せつけられた瞬間、彼女は泣き出しそう
になった。
  どうしても欲しいタイトル。だが、すりばち状の底にあるコート
上で、たった一人、しかも、会場全体を敵にして、戦わなければな
らない。とてつもない重圧がヒンギスの肩にのしかかる。
  ゲームが再開されると、その観客の声援に押されてか、グラフは
ヒンギスのサーヴィス・ゲームをなんと、ラヴ・ゲームでブレイク
。結局、グラフは第2セット第10ゲームから、6ゲームを連取す
る。
  試合をクールダウンするはずだったバスルーム・ブレイクが、逆
にグラフ熱をヒートアップさせてしまったのだ。
  観客のソウル(魂)をつかんだグラフ。防戦一方のヒンギス。ヒ
ンギスは、観客が全員グラフについた瞬間、自分にこう言い聞かせ
た。「観客全員が敵だ。でも、私は、ママとマリオ(=母のボーイ
フレンド)の助けさえあれば、勝てるということを世界中に証明す
るんだ」
  息詰まる接戦が続く。第3セット第5ゲーム、ヒンギスがブレイ
ク・バックし、グラフの3−2。だが、その直後、第6ゲームで、
グラフが2度のデュースを経て、再びブレイク、さらにグラフは、
サーヴィスをキープ、5−2とリードした。
  勝利の女神は、一歩、グラフのコートにつき進んでいた。

ACT  4  奇襲作戦

  第8ゲーム。2ポイント、ヒンギスが先取。だが、2本ミスを犯
し、30−30。そして、ヒンギスが次のボールをネットにかけ、
30−40。ついにグラフにチャンピョンシップ・ポイントが訪れ
た。
  会場がざわめく。主審の「シルヴプレ(お静かにお願いします)
」と言う言葉が何度も繰り返される。騒然とした中、なんと、ヒン
ギスはサーヴィスを下手から打ったのだ。意表をつかれたグラフは
返すのが精一杯で、そのボールは、ヒンギスに打ち込まれ、マッチ
ポイントが消えた。ヒンギスの奇襲は成功した。
  観客はヒンギスに侮辱されたように感じた。ヒンギスに対するブ
ーイングは、最高潮に達する。ヒンギスが次のポイントを取るが、
また、グラフが2本取り返し、二度目のチャンピョンシップ・ポイ
ント。再び会場が騒然となる。ここでまた、ヒンギスは下からのサ
ーヴィスを打つ。今度は、フォルト。その打つ瞬間に主審が「メル
シー(サンキュー)」と言ったので、ヒンギスは抗議するが、認め
られない。
  彼女は、むきになったままセカンド・サーヴィスから打ち合いと
なり、最後、ヒンギスのボールがベースラインを越えた。その瞬間
、グラフは何度となく小躍りして、喜びを表現した。2時間24分
の戦いに、やっと終止符が打たれた。
  ヒンギスは、試合が終わると、本来ならば表彰式のために残らな
ければならないにもかかわらず、バッグを持ってロッカールームに
戻ってしまった。1万数千人を敵にして、負けたことが悔しかった
。今年こそ、このタイトルが何よりも欲しかった。だが、それは果
たせぬ夢となった。ちょっとしたジャッジで感情的になり、自分を
コントロールできなくなった。様々なことが脳裏を巡り、早く大声
で泣きたかったのだ。
  総立ちの観客に手を振るグラフ。グラフもいまにも泣き出さんば
かりの表情だ。

EPILOGUE  「私はベスト」
          
  しばらくして、ヒンギスが母親に抱きかかえられ、泣きながらコ
ートに戻って来た。それは、それまで勝ち気にラケットを握ってい
たプロ・テニス・プレイヤー、ヒンギスではなく、ただの19歳の
少女の姿だった。
  ヒンギスが振り返る。「私は、たとえどんなことがあろうとも、
戦えるってことを見せたかった。なぜなら、私がベストなのだから
。だから、あんなに感情的になってしまったのね」
  グラフのスピーチは、観客の声援にかき消されそうになる。「私
は世界中でプレイしてきたけれど、こんな観客は一度たりとも見た
ことがなかった。フランス人になったような気分。キャリアを振り
返ったとき、これが最高の思い出になると思う。今までの勝利の中
で、最高のものだわ。このフレンチ・オープンに来たとき、自信が
なかったの。練習もあまりできなかったし。それだけに勝利の味わ
いも格別だわ」
  勝利の女神は、今年も、ヒンギスのコート、グラフのコートと大
忙しで走っていたようだ。勝利の女神の優柔不断。それは、大きな
ドラマを生み出す。
  そして、グラフは、フレンチ・オープン出場を今年限りで最後に
すると発表した。6度目のフレンチ、22度目のグランド・スラム
・タイトルを獲得したグラフ29歳初夏の決断だ。
  有終の美を飾ったグラフにまた新たな伝説が加わった。


                          *****              


1999年6月記・吉岡正晴
(2002年9月3日アップ)

    
MASAHARU YOSHIOKA
|Return|