NO.797
2004/10/05 (Tue)
The Magic Of One Hand: Oscar Peterson Live
片手。

まずドラマーがステージに登場、続いてベース奏者、そしてギター奏者が位置についた。それぞれが軽く演奏を始め、拍手が鳴り止まないところに、御大オスカー・ピーターソンがゆっくりでてきた。足も不自由そうで、なかなか前に進めない。ふだんは、車椅子で移動するようだ。グランドピアノがいつのまにかベーゼンドルファーに変わっていた。

ピアノの前に座り、すでに始まっている演奏にあわせるようにピアノを弾き始めた。オープニングの上原ひろみの時には、あまり聴こえなかったピアノの音が、今度はよく聴こえる。マイクのセッティングのせいか、それともミキサーの違いか。上原のパフォーマンスはよかったが、音がよく聴こえなかったのが残念だ。

ジャズピアノの巨匠オスカー・ピーターソンは1925年(大正14年)生まれの79歳。自身の名を冠したレコーディングアルバムは200枚以上あるという。ミディアム調の曲、スローの曲、スイングと様々なタイプを聴かせる。まさに生きる伝説がほんの数メートル前で演奏している。しかし、全体に感じるのは会場が大きい、大きすぎるということだ。後ろから音が戻ってきたり、直接聴こえる生音と上部のスピーカーからの音が微妙にまざりあってくる。もっとも、それは演奏者のパフォーマンスとは関係ないが。

ドラムス、アルヴィン・クイーン、ベース、ニールス・ペデルセン、ギター、ウルフ・ヴァケニス、そして、ピーターソンのクワルテット。

何人かの死去したジャズミュージシャンの名前をあげて、彼らに捧げた「レクイエム」というスローの曲と、もう一曲のスローは、咳をするのもはばかられるほど。なかなかよかった。一時代昔のライヴコンサートのような照明の中に浮かび上がるオスカーがスローの曲をプレイすると、それはあたかもオスカーが自分のために演奏しているかのよう。アイドルシンガーのライヴで、そのアイドルが自分の方を見ると、自分だけのために歌ってくれたと錯覚するのと同じだ。

ちょうど、僕の角度からは彼の左手の動きは見えなかったが、ほとんど左手はもう使っていないという。また足もそれほど激しくペダルを踏むこともない。きっと全盛期はもっとすごかったのだろう。片手でもこれだけのものが弾けるのだから、言ってみれば、彼は余裕でプレイしているということになる。オスカー・ピーターソン、79歳にして片手の魔術師。

ふと舞台袖を見ると、じっとオスカーのプレイを見つめていた男がいた。上原ひろみトリオのベース奏者だった。彼は間近でオスカーのプレイを見て何を感じただろうか。アンコールの「サテン・ドール」が終わり、階段のあたりを出口のほうに向かっていると電話がなった。あの妹尾武さんからだった。「どこでご覧になっていたんですか」と尋ねた。 「2階の奥のほうで」 「聴こえましたか?」 「いやあ、もう(彼を)見られるだけで幸せです」 きっと彼も大いなるインスピレーションをもらったことだろう。

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ライヴはこの後、10月6日札幌コンサートホールキタラ、10日大阪フェスティヴァルホール、12日東京国際フォーラム・ホールA。問い合わせはJEC 03-5474-5944。

(2004年10月4日月曜、東京国際フォーラム・ホールA、オスカー・ピーターソン・ライヴ、上原ひろみ・ライヴ)

ENT>MUSIC>LIVE>Peterson, Oscar / Uehara Hiromi

Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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