NO.196
2003/03/23 (Sun)
Singer's choice
総合商社。

「こういう小さな会場でライヴができるといい。お客さんに近くて、あなたたちの匂いをかげ、そして、あなたたちに触れることができる」 アル・ジャロウはそんな話をしながら、次々と歌います。

ヴェテラン・シンガー、アル・ジャロウは声のデパート、いや、声の総合商社(!)です。およそ人間の声とは思えないほどさまざまな声を出します。今でこそ、ヒップホップ系のユニットには「ヒューマン・ビート・ボックス」という担当者がいますが、アル・ジャロウは76年にデビューしたときから「ヒューマン・ビート・ボックス」でした。

楽器が買えない黒人たちは、ア・カペラで歌い、足を踏み鳴らし、手を叩いて音楽を作り出しました。アル・ジャロウは、自分の声の可能性を自ら知り、それを無限大に広げました。

事前に歌う曲を決めず、その場の雰囲気で次々と歌う曲を自由自在に変えていくアルのそのスタイルは、ライヴたたき上げ、ステージたたき上げのヴェテランならではの味わいです。アルのトークから、じゃあ、この曲をやろうと言ったとき、それについていくことができるミュージシャンたち。あうんの呼吸とはまさにこれ。

「一年ほど前に南アフリカ(長くアパルトヘイトという人種隔離政策がとられていた国)に行ったんだ。そこで、ジャカランダの木とブーゲンビリアの木が一緒に育っているのを見た。まったく違う二つの木が一緒のところに育っていて、黒人も白人も一緒に住めればいいのにと思って作った曲を歌います」と言って歌い始めたのが、彼の現時点の最新作『オール・アイ・ガット』(2002年9月)からの「ジャカランダ・ブーゲンヴィリア」というポップで明るい曲。気に入りました。

アル・ジャロウを見るのは何年振りでしょうか。確か前回のブルーノートの前は、どこかのコンサートホールだったはず。NHKホールか、中野サンプラザか。2000人のコンサートホールで見るのと、300人のブルーノートで見るのでは親近感が圧倒的に違います。

アンコールでステージに戻ってきたアルは、次に何をやるか一生懸命考えています。「さて、何をやろう。歌手の選択(singer's choice)は…」 後ろのミュージシャンに一言何かを伝えて始まったのは、ジャズのスタンダード曲「テイク5」でした。デイヴ・ブルーベックのヴァージョンで有名なインストゥルメンタルです。これを彼はスキャットで歌います。しかも、曲間に「ミッション・インポシブル(スパイ大作戦)」のフレーズまでいれて。

アル・ジャロウは声が楽器の人です。というより、体が楽器の人でした。いや、人間そのものが楽器の人ですね。


(2003年3月9日から15日、東京ブルーノート)
Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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