NO.092
2002/12/15 (Sun)
Enseigned'angle Where the soul coffee is
角。

学生時代から濃いコーヒーが好きだった僕は、六本木のカファブンナを皮切りに、いろいろなコーヒー屋さんに行くようになりました。アンセーニュダングルという名のコーヒー屋さんに初めて行ったのはおそらく79年なんだろうと思います。原宿の裏のほうにありました。本当に階段を2−3段下りて、うらびれた街角にある、壁にはつたがからまっているような、そんな店でした。

そして、そのアンセーニュが80年に広尾に二号店を出します。うちからは、この広尾のほうが近いので、こちらによく通うようになりました。

お店はだいたい11時くらいまでなんですが、あるとき一人で閉店間際に入ったんですね。いつものとおり、ウインナコーヒーを頼み、だらだらしていると店は閉店時間を迎えましたが、なぜか、僕はまだいつものようにカウンターの一番右側に座っていました。僕がそこに座るのは、マスターがその目の前でいつもコーヒーを落とすからです。

すると、マスターがなぜか声をかけてきたんですね。ちょっと、そこのところを正確には覚えてないんですが、いずれにせよ、音楽の話になり、ソウルミュージックの話になり、その流れでマスターが古いソウルの曲がはいったカセットをかけだしたんです。

僕はびっくりしました。それまでそこのお店では静かなクラシックしかかかっていませんでしたから。そのシックな店に、60年代のソウル、R&Bがかかり始めたのです。まったく場違いでした。ウィルソン・ピケット、オーティス・レディング、サム&デイヴ、テンプス、そして、ジェームス・ブラウンなどなど。いろんなソウル・ヒットがはいっていました。そのマスターが自分で作ったカセットでした。

「よろしければ、お貸ししますよ」とマスターは言いました。もちろん「あ、ありがとうございます。でも、いいですよ」と言って丁重にお断りしたように記憶しています。それとも借りたのかなあ。

「で、ソウルけっこうお好きなんですねえ」と僕が言うと、「ええ、まあ。営業時間はクラシックですけど、営業終わったら、こういうのですかね」と淡々とした声で言うんですね。

「なんで、また、こういうソウルがお好きなのに、こんなおしゃれなクラシックがかかるようなお店を?」と当然疑問がわきあがります。彼は淡々と、その暗い店でコーヒーカップを洗いながら話し始めました。

「昔ね、新宿で働いているというか、アルバイトとかしていて、まあ、ろくな仕事もせずに、不良だったような頃にね、あるとき、喫茶店にはいったんですよ。そうしたら、そこでね、ジェームス・ブラウンの『アイ・フィール・グッド』がかかったんです。多分、有線かなんかでしょう。初めてそれを聞いたとき、ものすごい衝撃でね。それまで自分はだらだら仕事ともいえないようなことをやってきて、のんべんだらりとした生活をしていた。で、その曲を聴いた瞬間、ものすごいパワーというか、目を覚まさせられたんですよ。それ聴いて、『おれは、こんなこと、してていいのか』って強烈に思ってね。すぐに歌っている人を調べてジェームス・ブラウンのその曲のレコード買いました。それから毎日のようにそのレコードを聞いてね。そこで、いつかは自分の店を自分でやりたいと思ったわけです。それで、コーヒーが好きだったんで、いろいろ勉強してね、一念発起してコーヒー屋を始めたというわけです」

つまり、彼はジェームス・ブラウンを聞いたことによって、現在大繁盛のコーヒー屋を始めたということなのです。「やる気をおこさせられた」というか、今風に言うなら、「インスパイアーされた」というか「モチヴェーションをもらった」ということでしょう。

「今まで聞いたことがない音楽でしたからね。なんで、こんなリズムができるんだろう。なんで、意味もわからないのに、こんなにやる気がでるんだろう。なんで、これを聴くと元気になるんだろう、って思いましたね。それから、けっこう黒人のソウルにのめりこみましたね。やっぱり、ガッツがあるソウルが好きですね。軟弱なのよりね。ほんとに、ジェームス・ブラウンを聴いて、人生変わりましたよ」

アンセーニュのコーヒーはオールドビーンズを使ったフレンチスタイル。そして、そのコーヒーをマスターはだいたい20杯分を一度にいれます。僕はそのマスターが真剣なまなざしで、コーヒーを落としている姿を見るのが大好きです。自分でも、家でみようみまねでコーヒーを落とすようになりましたが、いつでも、やはりそこのマスターを思い出します。

マスターがいれるときもあれば、店では若い店員がいれるときもあります。でも、やはり、マスターが落としたコーヒーのほうがおいしいんですねえ。これが、不思議なんですけどね。たぶん、それは、寿司でもてんぷらでも、同じ食材を使って同じように調理しても、マスター(達人)が手をかけて作るのと、まだその域まで行ってない若い職人が作るのとは、違うのでしょう。

そのことをマスターに訊ねたことがあるんです。「なんで、同じコーヒーの豆、同じ量、そして、同じように落として味が違うんですかねえ」

「それはね、僕がソウルを込めていれてるからですよ」とマスターは、軽く言いました。「ソウル・コーヒーですよ」

ソウル・コーヒーを出す店。「角」は、かどと読んでください。アンセーニュダングルはフランス語で、「角」を意味します。


Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
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