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『車窓を奏でるメロディー』(14)

illustration by Picaro Taro Manabe
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『涙で終わる「涙の乗車券」の物語』

曲:      『涙の乗車券』
           Ticket To Ride
歌:      ビートルズ、
           Beatles
年:      1965年、
歌:      カーペンターズ
年:      1970年


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『涙で終わる「涙の乗車券」の物語』


   それは、1970年の初夏のことだったと思う。当時僕は、毎日古ぼ
けたラジオでFENを聴いていた。今となっては、死語に近い存在
でもあるFENとは、ファー・イースト・ネットワークの略、つま
りAMラジオで放送されていたアメリカ軍の極東放送局のことであ
る。現在はAFNという。関東地区での当時の周波数は 810。TB
Sラジオの左横、NHK第二の右に位置していた。
   この放送局では、日本の民放ラジオではかからないような最新の
アメリカのヒット曲が次々とおしげもなくかかっていた。今のよう
にFM放送がほとんどなかった時代に、最新の音楽を聴こうと思っ
たら、FENしかなかった。音楽好きの人間なら、必ず一時期、こ
のFENの洗礼を受けていたはずだ。

   そんなFENから、聴いたことがあるメロディーが流れてきた。
ビートルズの作品として知られる「ティケット・トゥ・ライド(邦
題、涙の乗車券)」だ。ずいぶんとポップで軽いアレンジになり、
美しい透き通るような女性ヴォーカルが印象的だった。だがそれが
カーペンターズというグループであることを意識するのは、その後
の「クロース・トゥ・ユー(邦題、遥かなる影)」という大ヒット
がでてからである。  そのとき、初めてカーペンターズの名前を知
り、「涙の乗車券」を歌っていた同じグループであることを知った
のだ。

   ビートルズがこの曲を録音したのは1965年2月のこと。4月にシ
ングルが発売され、ヒット・チャートわずか5週目でナンバー・ワ
ンの座についた。  ジョン・レノンとポール・マッカートニーが書
き、ジョンがリード・ヴォーカルを、ポールとジョージがハーモニ
ーをつけていた。

   ビートルズは既に世界的な人気グループとなっており、この年の
8月にはニューヨークのシェア・スタジアムに5万人以上の観衆を
集めたコンサートを行ない、これは当時、一アーティストのひとつ
のコンサートとしては、世界最高の記録となっていた。

   「涙の乗車券」でシーンに躍り出たカーペンターズは、その後、
次々と大ヒットを放ち、70年代のスーパースターとなっていく。リ
ードを歌っていたカレン・カーペンターは、きさくなキャラクター
とともに人気を集める。特に73年に発表したアルバム『ナウ・アン
ド・ゼン』は、日本でも空前のベストセラーとなりその人気も爆発
した。

   しかし、80年代の声を聞くと彼らの作品も以前ほどの大ヒットに
はならなくなっていた。そして、次に彼らのニュースを聞くのは、
83年 2月のことだった。カレンが拒食症のために、わずか32歳で死
去したのだ。それまで、まったく知らなかった拒食症という病気を
そのとき僕は初めて聞いた。そして、後に発行される自伝で、スー
パースターゆえの悩み、プレッシャーの大きさを知ったのである。

 「涙の乗車券」で始まった物語は、涙で終わった。

(2000年5月号L&G誌に掲載)

(2003年01月21日アップ)
    
2000年5月号L&G誌に掲載
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