PERIODICAL>L&G>MILLER, GLENN & HIS ORCHESTRA
『車窓を奏でるメロディー』(12)

illustration by Picaro Taro Manabe
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『不死鳥の如くよみがえるグレン・ミラーの名曲』



曲:      『チャタヌーガ・チュー・チュー』
          「Chattanooga Choo Choo」 
演奏:    グレン・ミラー・アンド・ヒズ・オーケストラ
年:      1941年


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『不死鳥の如くよみがえる
グレン・ミラーの名曲』


  名曲はいつの時代にも不死鳥の如くよみがえる。

  日本語では汽車は、「シュッポ、シュッポ」と言って走る。英語
では、それが「チュー、チュー」と言って走る。「チュー、チュ−
」は日本ではねずみの鳴き声。お国柄の違いだ。「チャタヌーガ・
チュー・チュー」をむりやり訳せば、「チャタヌーガ列車、シュッ
ポ、シュッポ」といったところか。

  チャタヌーガは、アメリカ南部テネシー州にある街で、テネシー
河を望む南北戦争の激戦地でもあった。そんな地を舞台に、この陽
気な曲は、軽快なリズムを刻む。

  この曲をヒットさせたのは1904年、アイオワ州に生まれたア
ルトン・グレン・ミラー。彼は、バンドの一トロンボーン奏者とし
て、アレンジャーとしてベニー・グッドマンや、ドーシー・ブラザ
ースに仕え、頭角を現した後、自らのグレン・ミラー・オーケスト
ラを結成し、数々のヒット曲を送り出した。「ムーンライト・セレ
ナーデ」、「イン・ザ・ムード」(共に1939年)、「タキシー
ド・ジャンクション」(1940年)、そして、「チャタヌーガ・
チュー・チュー」(1941年)などなど、名曲と呼ばれる作品が
数多くある。独特のサウンドを作りだし、ビッグ・バンドにちょっ
とした革命を起こし、世界中でもっとも愛されるバンドとなった。

  1935年の初ヒットから、1944年4月まで、128曲のチ
ャート・ヒットを送り出したのだから、その数はすさまじい。

  しかし、第二次大戦のさなかの1944年12月、グレン・ミラ
ーを乗せた飛行機は英国海峡で行方不明となる。必死の捜索のかい
もなく、その飛行機は見付からず、ミラーは事故死したものとされ
た。

  1954年、ハリウッドは人気俳優ジェームス・スチュワートを
起用し、グレン・ミラーの生涯を映画化。その『グレン・ミラー物
語』は、大ヒットした。

  1976年、全世界的なディスコ・ブームの中で、  昔のスタン
ダード曲をディスコ・ビートのきいたアレンジにすることが流行っ
た。40年代、50年代の古き良き作品が、次々と斬新な踊りやす
いディスコ・サウンドに生まれ変った。そんな中で、あるプロデュ
ーサーは、グレン・ミラーの作品に注目して「チャタヌーガ・チュ
ー・チュー」をカヴァーしたのである。そして、そのプロジェクト
名に、これ以上の名前はないというほどの名前をつけた。そう、グ
ループ名は、「タキシード・ジャンクション」だ。グレン・ミラー
の作品を演じるに、これほどぴったしの名前もないだろう。

  名曲は、いつの時代にも不死鳥の如くよみがえるのだ。

  ミラーは死しても、その意志を受け継いだ新たなるミュージシャ
ンたちが、ミラーのレガシーを引き継ぐ。そして、グレン・ミラー
・オーケストラも、グレンの後輩や、そのまた後輩がグレン・ミラ
ー・オーケストラの伝統を守り続けているのである。


(2000年3月号LG誌に掲載)

(2003年01月07日アップ)
    
2000年3月号L&G誌に掲載
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