PERIODICAL>L&G>ELLINGTON, DUKE, ORCHESTRA
『車窓を奏でるメロディー』(2)

illustration by Picaro Taro Manabe
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『半世紀を経て変わりゆくもの、変わらぬもの』

曲:  『A列車で行こう』
       (TAKE   THE "A" TRAIN)
歌:  デューク・エリントン・オーケストラ
年:  1941年

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   『半世紀を経て変わりゆくもの、変わらぬもの』

   東京日比谷にある日比谷公会堂は、1929年(昭和4年)に完
成した。ここでは過去70年、音楽会だけでなく、試写会、社会運
動や政治集会なども行なわれてきた。赤煉瓦のいかにも昭和初期の
堅牢な建物といった趣を持つ。

   ここで、昨年(98年)11月、デューク・エリントン・オーケ
ストラの演奏を見た。御存じのようにデューク・エリントンは既に
他界しているので、現在はその孫マーサー・エリントンがこのオー
ケストラを率いている。デュークの代表曲のひとつ「ザ・ムーチ」
は、この公会堂が完成した1929年に作曲されている。やはりス
タンダードの「ムード・インディゴ」は、翌1930年の作品だ。

   そして、この楽団の中で一際人気がある作品が  「A列車で行こ
う」だ。これは、デューク・エリントン楽団のピアニスト兼アレン
ジャーだったビリー・ストレイホーンが1941年に作曲した名作
だ。

   この「A列車」とはニューヨークの地下鉄の路線の一本のこと。
地下鉄路線図を見ると、A列車、CC列車、E、Fなどがあるが、
このA列車は、セントラル・パークのすぐ西側を通りマンハッタン
を縦に走る。

   その頃、A列車の終着地、ハーレムは現在と違い、大変おしゃれ
で優雅な街だった。アポロ劇場をはじめ、コットン・クラブ、スモ
ールズ・パラダイス、コニーズ・イン、サヴォイといった流行のク
ラブが集まり、そこでは最新の音楽やファッションがヒットしてい
た。みな着飾ってクラブに行き、おしゃべりし、踊り、ハーレム・
ルネッサンスと言われるほどの一種のカフェ・ソサエティーができ
あがっていた。そこでは、人々の社会的地位や人種など関係なく、
億万長者とメイドたちでさえお互いファースト・ネイムで、親しげ
に呼びあっていたという。

   「A列車に乗ってハーレムに行こう」ということは、おしゃれし
て最新の流行スポットに行こうというニュアンスを醸し出している
のだ。

   これは、1941年にヒット、デューク・エリントン楽団のテー
マ曲となり、様々な映画やミュージカル(『ソフィスティケイテッ
ド・レイデイ』など)で使われ、彼らの名刺代わりの1曲となって
いる。

   しかし、半世紀を経た現在ハーレムにはそんな面影はない。少年
ギャングが歩道でドラッグを売り治安も悪くなった。時と共にハー
レムも大きく変わった。

   日比谷公会堂も当時は最新の施設だったが、今となっては古くな
った。  殺気だった社会運動の集会などが行なわれていたその場所
で、今では平和な音楽会が行なわれる。

   ハーレムの変化、公会堂の老朽化、戦争を経ての平和な日本。変
わりゆくものと、変わらぬもの。「A列車で行こう」も日比谷公会
堂も、それ自体は変わらず、何も言わずに半世紀の時の流れと大き
な変革を静かに見守っている。

(2002年10月29日アップ)
    
1999年5月号、L&G誌に掲載 吉岡正晴
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