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『ひとつの思い出のためにすべての未来を売り払うシンガー』
曲: 『ミー・アンド・ボビー・マギー』
「Me And Bobby McGhee」
歌: ジャニス・ジョプリン
Janis Japlin
年: 1971年
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『ひとつの思い出のためにすべての未来を売り払うシンガー』
50年代から60年代にかけて活躍したR&Bシンガー、エタ・
ジェームスの楽屋にある日、ひとりの白人シンガーがやってきた。
その歌手は、「あなたのようにソウルフルに歌いたいの」と言って
エタの前で歌った。だが、エタには、ソウルは感じられなかった。
彼女は、その歌手に「あなたにソウルが感じられるようになれば、
いつかソウルが歌えるわ」とアドヴァイスした。
それから何年かして、その同じ歌手が再びエタの前に現れた。歌
手が歌うとエタは、その歌に感動してつぶやいた。「あなたは、ソ
ウルをつかんだわね」
その歌手は、「ひとり残された女は淋しく生きていく」と歌い、
「メルセデス・ベンツが欲しい」とア・カペラで叫び、「たったひ
とりの男で充分」と告白する。
常に傷つく女の歌を悲しげに歌ってきた悲劇のシンガーは、その
最高傑作の一曲で旅を歌った。
彼女はバートン・ルージュで大騒ぎした後、列車を待った。しか
し列車を待つ間にトラックをヒッチハイクし、ニューオーリンズか
らはるかウエストコーストまで、ボビー・マギーという男と旅をし
た。そのシンガーの名は、ジャニス・ジョプリン。そして旅を歌っ
たこの作品はアコースティック・ギターの響きも郷愁を誘う「ミー
・アンド・ボビー・マギー」である。
ジャニスは、67年のモントレー・ポップ・フェスティヴァルで
ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーのリード・シ
ンガーとして衝撃のデビューを飾り、その後ソロへ独立。69年に
初のソロ・アルバムを出し瞬く間にスターの座についた。
だが、スターとなった彼女の人生は幸せだったのか。成功ゆえの
音楽業界での様々な摩擦。金をめぐるトラブル。恋もうまくいかな
い。すべてがストレスとなり、現実逃避のためにドラッグに走る。
ステージで歌っている時だけが、彼女が幸福を感じられる瞬間だっ
たのかもしれない。
そして、そのソロ・アルバムがベスト・セラーを続け、前途洋々
のさなかの70年10月4日、彼女はハリウッドでドラッグの過剰
摂取により死亡してしまう。27歳という若さの非業の死だった。
そのジャニスをモデルにした映画が79年の『ローズ』だ。ベッ
ト・ミドラー演じる主人公は、ヒットを飛ばす人気歌手だが、レコ
ード会社との摩擦や、コンサート・プロモーターとのトラブルなど
を抱えいつも悩み苦しんでいる。『ローズ』のラスト・シーンで、
その疲れ果てた歌手は、電話ボックスから、最後の力を振り絞って
一本の電話をかける。そこで力尽きた彼女をカメラが引いていき、
かぶさるようにしっとりとした「ローズのテーマ」が流れ出す。涙
を誘うラストだ。
「ボビー・マギー」の中でジャニスは歌った。「たったひとつの
思い出のために、すべての未来を売り払ってもいい」
それは明るい未来などなかったジャニスの痛切な叫びだった。
(2000年4月号LG誌に掲載)
(2003年01月14日アップ)
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