リンク/他サイトにある著作物(My Articles)
レイラ・ハザウエイのライヴ評
 

「裸足のディーヴァ」(2003年2月)

レイラ・ハザウエイのライヴ評が毎日新聞のホームページに
アップされています。オリジナルは、本ホームページのライヴ
評にも掲載されています。

http://www.mainichi.co.jp/life/music/live/2003/02_4.html

ボーイズ・トゥ・メンのライヴ評
 

「少年から大人への条件」(2003年1月)

ボーイズ・トゥ・メンのライヴ評が毎日新聞のホームページに
アップされています。オリジナルは、本ホームページのライヴ
評にも掲載されています。

http://www.mainichi.co.jp/life/music/live/2003/02_2.html

プリンス・ライヴ評
 

「孤高のファンク詩人」(2002年11月)

6年ぶりの来日を果たしたプリンスのライヴ評。本ホームページ
http://www.soulsearchin.com/entertainment/music/live/prince20021115.html
の原稿の毎日新聞ヴァージョン。(2003年1月5日アップ)

http://www.mainichi.co.jp/life/music/live/2002/12_1.html

テイク6(Take 6)記事
 

「新作に込められた秘密」(2002年6月)


  人間の声が持つ無限の可能性。それを証明するのがアカペラ(無伴奏コーラス) 
だ。歌心があり才能豊かな6人が集まり、ひとつのグループになった。その名はテイ 
ク6。アカペラを目指す人たちにとっての最高峰たる目標がこのテイク6だ。そんな 
彼らが2002年5月に新作『ビューティフル・ワールド』を発表、日本ツアーを行なった。

  テイク6の新作にスティーヴィー・ワンダーの傑作「ラヴズ・イン・ニード・オ 
ブ・ラヴ・トゥデイ」が収録されると聞き、2001年9月11日のテロを受けてのアルバ 
ムかと思った人も多い。いずれの作品も、現代社会への大いなる警鐘と愛の必要性を 
訴えるメッセージを持った作品ばかりだからだ。このアルバムのコンセプトは何か。 
アルバムに秘められたドラマとは……。
(2002年8月29日アップ)

http://www.barks.co.jp/LJ/RReadAFeaturesAndInterview?review_id=52282767
ジェームス・ブラウン(Brown, James)記事
 

「カリスマの秘密」(2002年8月)

   一度会った人間は、決して忘れない。何度か会えば、「フレンド
(友達)」だ。ミスター・ブラウンは、そうして世界中に友達を増
殖させてきた。彼の人をひきつける、その秘密とは。カリスマの謎
をとく。(2002年8月29日アップ)
http://www.clubdam.com/rm/04/014.html
オーティス・レディング(Redding, Otis)記事
 

「オーティスを師と仰ぐ男の真実の叫び」(2002年7月)

   オーティスを師と仰ぐ少年がいた。彼は10代の頃に、オーティス
について、全米各地を回った。だが、ホームシックになった彼は、
オーティスに家に帰りたいと申し出る。オーティスは、その希望を
認め少年は故郷に帰り、一方、オーティスはツアーを続けた。そこに
運命の冷酷な分かれ道があった。(2002年8月29日アップ)
http://www.clubdam.com/rm/04/013.html
ベイビーフェイス(Babyface) インタヴュー
 

「ベイビーフェイスを育んだもの」(2001年7月)

 プロデューサーとして次々とヒットを放ち、あらゆるシンガーたちからプロデュー 
スの依頼が殺到する男。
 自らがマイクを持ち、ラヴ・ソングを歌えば、百万人の人々をその歌声でうっとり 
させる男。
 おしゃれなデザイナーズ・ファッションに身を包み、ファッション雑誌から飛び出 
たかのようなモデルを思わせる男。それでもスター然としたえらそうなところをまっ 
たく垣間見せない男。

 それがベイビーフェイスだ。

 しかし、スーパースターとなったベイビーフェイスの今日までの道のりは平坦では 
なかった。彼は過去20年、何を学んできたのか。そして、下積みの彼を支えてきたも 
のは何だったのか。
http://www.barks.co.jp/LJ/RReadAFeaturesAndInterview?review_id=52256021
ジャヒーム(Jaheme) インタヴュー
 

「ゲットーの語り部,ジャヒームのソウル」(2001年5月)


 注目される新人R&Bシンガー、ジャヒーム。

 デビュー・アルバムのタイトルは『ゲットー・ラヴ』。十代の頃には、まったく将 
来もないようないっぱしの不良だった彼が、いかにしてまっとうな道に進み、歌手と 
して成功を収めることができたのか。
http://www.barks.co.jp/LJ/RReadAFeaturesAndInterview?review_id=52235428
アル・マッケイ(McKay, Al)(アース・ウインド&ファイアーのリード・ギタリスト) インタヴュー
 

「アル・マッケイの挑戦」(2001年7月)

 70年代から80年代にかけて数多くのヒットを放ったアース・ウインド&ファイアー 
の作曲家の一人であり、ギタリストでもあったアル・マッケイ。「セプテンバー」、 
「宇宙のファンタジー」などの大ヒット作品を共同で書いたそのアルがグループを脱 
退し20年を経て、初めて自己名義のアルバムを出した。過去10年ほど、アル・マッケ 
イ&オールスターズ、あるいは、LAオールスターズ名義でライヴ活動を続けてきて、 
ついに自身のCD発売へたどりついた。

 古くからのアース・ファンは、彼のギターこそが、アースの屋台骨だとも言う。

 アルのギター・プレイの秘密は、そして、彼のギタリストとしての半生はどのよう 
な浮き沈みを経験したのかーー。
http://www.barks.co.jp/LJ/RReadAFeaturesAndInterview?review_id=52241463
アレステッド・ディヴェロップメント(Arrested Development) ライヴ評
 

「司祭と歴史家とターンテーブリストたちによるセレブレーション」(2001年6月)

 結成からメジャー・デビューまでに3年5か月と2日の歳月がかかったグループ、アレ 
ステッド・ディヴェロップメントがアメリカの音楽シーンに登場したのは、1992年の 
ことだった。ブラック・ミュージックの様々な要素とヒップ・ホップを巧みに融合し 
たそのサウンドは、幅広いファンからの支持を受けるだけでなく、グラミー賞新人賞 
という栄誉まで獲得。90年代にもっとも期待されるグループの一組にまでなった。し 
かし、彼らは3枚のアルバムを残し、惜しまれながら94年に解散。

 それから6年、グループは再結成し、ライヴ活動を再開した。

 2000年8月、東京と大阪で行なわれた“サマーソニック2000”で小規模の再結成ライ 
ヴを敢行。そして、2001年5月、いよいよ彼らのフル・ショウのすべてが明らかにされる。
http://www.barks.co.jp/LJ/RReadALiveReview?review_id=52236567
ビートルズ(Beatles) 記事
 

「ビートルズが遺したロングセラー市場の「今」」(1999年7月)

 音楽ビジネスの世界にこういう言葉があるという。

「素材が悪いと絶対に売れない。だが、素材が良いだけで売れるものではない」

  たしかにビートルズという「素材」には圧倒的な魅力があった。だが、それが30年 
近い時間を超えて売れ続けたもう1つの理由は、無数の「伝承者たち」がビジネスの 
現場にいたからではないだろうか。彼らの熱い思いに耳を傾けると「市場経済の次に 
来るもの」のヒントが見えてくる。
http://www.president.co.jp/pre/19990700/04.html
上記日本語原稿の英語版。
http://www.president.co.jp/pre/eng/19990700/e_01.html
Gパラを始めた男・佐藤信安氏(Sato, Nobuyasu) 記事
 

「ネットで「あらゆるゲームソフト」を売る男」(2000年10月)

 プレステ、ゲームボーイなどの最新ソフトだけでなく、往年のファミコンソフトも 
売る会員制通販サイト「ジーパラドットコム」。全国の小売店を組織化し、ゲーム好 
きのツボを心得たこのサイトを立ち上げたのは、人生を楽しむことを知る一人の男だ 
った。
http://www.president.co.jp/pre/20001002/02.html
第二ジャスラックを作る男・三野明洋氏(Mino, Akihiro) 記事
 

「第二ジャスラックを作る男」(1999年10月)

 IT最前線・たった一つの管理組織しかなかったこの国に、音楽著作権の「第二電 
電」を立ち上げようとする人物がいる。 インターネット配信時代の「第二JASRA 
C」を画す男のねらいはーー。
http://www.president.co.jp/pre/19991000/04.html
ディオンヌ・ワーウィック(Warwick, Dionne) インタヴュー
 

「伝説は歌でつづる」 (2001年7月)

 4年ぶり来日、東京で3公演−−ディオンヌ・ワーウィックに聞く
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/aids/200107/04-1.html
デスティニー・チャイルド(Destiny Child) ライヴ評
 

「“デスティニーズ・チャイルド=運命の子供”の正体」(2001年6月)

 3枚目のアルバム『サヴァイヴァー』が大ヒットし、がぜん日本でも大注目をあつ 
めているデスチャことデスティニーズ・チャイルドが、2001年6月25日、渋谷AXに登 
場した。一旦4月に来日が決まり、メンバーのビヨンセの病気のために、延期となっ 
ていた公演だけに、ファンの熱狂度も半端なものではなかった。

 「デスティニーズ・チャイルド」とは、「運命の子供」を意味する。はたして、 
「運命の子供」とは一体だれのことなのだろうか。ライヴでその謎が開かされる。
http://www.barks.co.jp/LJ/RReadALiveReview?review_id=52247987
フィリップ・ベイリー(Bailey, Philip) 記事
 

「21世紀への第一歩」(1997年10月)

 アース・ウインド&ファイアーのリード・ヴォーカルとして、そのファルセットの 
魅力をふんだんにだし、一世を風靡したフィリップ・ベイリーが久々に新譜を出す。 
彼が刻む21世紀の足跡はいかなるものかーーー。
http://www.avexnet.or.jp/beatfreak/118/artist/philipba.htm
マーヴィン・ゲイ(Gaye, Marvin) 記事
 

「マーヴィン、父親との確執と死」(2001年10月)

 ソウル・シンガー、マーヴィン・ゲイが71年に発表した「ホワッツ・ゴーイン・オ 
ン」が、その30年後の2001年10月、若きR&Bアーティストたちによってカヴァーされ話 
題を集めている。だが、マーヴィンが「ホワッツ・ゴーイン・オン」を録音し、大ヒ 
ットさせたその翌年、彼はひっそりとある曲をレコーディングしていた。そこには、 
長年にわたる父親との確執に対する思いが込められていた。
http://www.clubdam.com/rm/04/008.html
Masaharu Yoshioka
|home|