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『ストリート・カフェ』
(世田谷区)
『シャネルズで知ったドゥワップ』
【2002年3月27日】
矢印。
高校生の時に見た『アメリカン・グラフィティー』に衝撃を受け
た男は、そのライフスタイルや車、そして、音楽にあこがれた。と
りわけごきげんな音楽が流れて来たジュークボックスにひきつけら
れた。76年頃のことだ。同じ頃、彼はビートルズを知り、ビート
ルズがカヴァーしていた音楽のオリジナルを聴くようになる。そし
て、80年、日本のグループ、シャネルズのデビューを見て、ドゥ
ワップの存在を知り、ソウル・ヴォーカル・グループにのめり込む
ようになった。東京・世田谷通り沿いにあるソウル・バー「ストリ
ート・カフェ」のオーナー兼マスター、長野の音楽体験の出発点で
ある。
長野は1961年三重県生まれ。24歳の時、同地で組んでいた
バンド仲間と共に上京。六本木の「ハンバーガー・イン」でアルバ
イトをしながらバンド・マンとして活動、レコードを買い漁るよう
になった。昼間は建築関係の仕事をしながら、夜はバンド仲間と音
楽三昧。とは言ってもバンドの仕事はなかなか入ってこなかった。
『アメリカン・グラフィティー』、ドゥワップ、オールディーズ
、ヴォーカル・グループもの。その頃は何を聴いても、ルーツにブ
ラック・ミュージックがあった。「たとえロックのレコードを聴い
ても気に入った曲があると、それがR&Bのカヴァーだったり。何
を聴いても矢印がブラック(・ミュージック)という方向を指して
いたんですよ、不思議なことに」と長野は言う。
彼が聴きあさったのは、ドゥワップから、ノーザン系、70年代
のフィリーもの、スイート・ソウルなどなど。このあたりは、リア
ルタイムではなく、後からさかのぼって聴いた。80年代に入ると
かなりリアルタイムになる。
「シャネルズ関係は、かなり持ってますよ。今とはなっては珍し
い12インチとかもありますから」と長野は言う。
89年2月、一人娘、美里(みさと)が誕生。90年代に入ると
、いろいろなソウル・バーに足繁く通うになり、いつか自分でもこ
んなソウル・バーをやってみたい、と思うようになる。
「いやあ、ひとつには、レコードがたまってきて邪魔になったっ
ていうことがあるんですよ」と長野は笑う。
「いろいろな店を見ましたが、初期の六本木テンプスがいいなあ
、と思いましたね。で、94年頃から物件探しを始め、結局97年
11月11日に(この店を)オープンしました」
この「ストリート・カフェ」の机、カウンター、棚など、実はほ
とんどすべて長野の自作である。「ドゥ・イット・ユアセルフ」そ
のままだ。彼はかつて建築関係の仕事をしていたが、内装などもや
っていて、ある程度のものなら作れるだろうと思って、およそ3か
月かけてほぼひとりでしあげた。もちろん、大きな物を取り付ける
時、水周りなどの工事は、友人の手助けを若干得たが、基本的には
大工仕事、塗り仕事などはすべて自分ひとりでやった、という。
「ストリート・カフェ」の音楽的コンセプトは、ヴォーカル・グ
ループをメインに、時代を問わず良質のソウル、R&Bをかけてい
く、というもの。また、一曲一曲、必ずマスターがDJスタイルで
かける。アルバムの垂れ流し、テープ、CDなどを丸々流すことは
しない方針にこだわりが感じられる。
89年に生まれた一人娘は、13歳。去年あたりから、時折店に
顔を出し、「店の看板娘」になっている。父が忙しい時には、一張
前に美里がターンテーブルの前に立ちDJをする。家で、両親が聴
くソウルのレコードを子供の頃から聴いていた彼女は、少しづつソ
ウル・ミュージックを知るようになる。だが、まだまだ知っている
曲が少なく、一時間もDJをすると、レパートリーがなくなってし
まう。
そんな彼女は、鈴木雅之のラジオ番組『バーバーショップ』(イ
ンターFM、76.1MHZ=関東エリア。毎週日曜午後3時〜4
時)にリクエストのメールをだす。13歳のソウルシスターは、彼
女の両親さえ生まれるはるか前のヒット曲、フランキー・ライモン
&ティーンエイジャーズの1956年のヒット「恋は曲者」をリク
エストして、鈴木を驚かせるのだ。
2001年秋。その鈴木雅之が「ストリート・カフェ」を訪れた
。彼のソウル番組『バーバーショップ』のスタッフらとやってきた
のだ。
シャネルズをきっかけにドゥワップの道に入った長野は、鈴木に
緊張気味にこう打ち明けた。
「いやあ、実は僕はシャネルズの大ファンで、そこからドゥワッ
プにはいって、それが高じてこういう店をやることになったんです
よ。だから、シャネルズに出会わなければ、絶対にこの店はやらな
かったと思うんです」
シャネルズをきっかけに入ったソウルの道。そして、それから2
0年余を経て、そのきっかけを作った鈴木本人がその店を訪れる。
歴史がここに回転した。
[March 27、 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"
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