NO.520
2004/01/23 (Fri)
January 21st Is The Day Jackie Wilson, Another R&B Giant, Died
心臓発作。

1月13日はダニー・ハザウェイの命日ですが、1月21日はもう一人のR&Bグレイト、ジャッキー・ウィルソンの命日です。ジャッキー・ウィルソンは、1934年6月9日デトロイト生まれ。58年にベリー・ゴーディーが書いた「トゥ・ビー・ラヴド」の初ヒット以来、次々と大ヒットを放ち、50年代後期から60年代に爆発的な人気を得たR&Bシンガーです。かなり迫力ある歌唱を聞かせるシンガーで、踊りも抜群にうまかったようです。ステージのかっこよさで人気になったごく初期のシンガーです。彼のハイテナーの声は、非常に特徴的で、彼の人気の大きな要因でした。僕も彼が動く姿は昔のテレビの映像でほんの少ししか知りませんが、CDは比較的入手しやすいです。

最近『ニューヨーク・ハーレム・ゴスペル』というミュージカルの中でも、ウィルソンのヒット曲のひとつ「 ア・ウーマン・ア・ラヴァー・ア・フレンド」がテレンス・アーチーというシンガーによってカヴァーされていました。このミュージカルは、ニューヨークで大ヒットした『ママ・アイ・ウォント・トゥ・シング』をてがけたヴァイ・ヒギンセンがプロデュースしたミュージカルで、ハーレムが全盛期を迎えていた1940年代以降を舞台にした様々なブラック・ミュージックを見せるもの。

ジャッキー・ウィルソンのヒットで有名なものは、「ロンリー・ティアドロップス」、「ドッギン・アラウンド」、先の「 ア・ウーマン・ア・ラヴァー・ア・フレンド」などですが、そのウィルソンは1975年9月25日、41歳の時にニュージャージー州ラテンカシノでライヴ中に心臓発作で倒れ、以来復活することなく、84年1月21日に49歳で亡くなります。約9年弱、彼はベッドでの生活を強いられました。

この年のグラミー賞は、マイケル・ジャクソンが『スリラー』で賞を総なめしますが、この時マイケルはジャッキー・ウィルソンへの追悼の意を表していました。

ウィルソンの初ヒット「トゥ・ビー・ラヴド」(1958年)は、後にモータウンを作るベリー・ゴーディーの作品です。きしくも、ベリー・ゴーディーも、ジャッキー・ウィルソンも一時期ボクサーとして活躍していたことがありました。そのあたりでも、二人は意気投合したのでしょう。しかし、ベリー・ゴーディーの自伝『モータウン、わが愛と夢』(東京FM出版)によれば、ウィルソンはヒット曲がでるようになって、かなり大物ぶるようになり、一ソングライターであるベリーにむずかしい条件をつけるようになった、とのことです。

ベリー・ゴーディーのその自伝の原題は「トゥ・ビー・ラヴド」です。それは、「人に愛されるということがいかに、重要か」ということをゴーディーが知って、つけたものです。

ENT>OBITUARY>Wilson, Jackie


Diary Archives by MASAHARU YOSHIOKA
|Return|