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ジェームス・ブラウン『ジェームス・ブラウン・ショウの秘密』
ジェームス・ブラウン『ジェームス・ブラウン・ショウの秘密』
(ロング・ヴァージョン)
(1998年12月・オリジナル・ヴァージョン・記)

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ACT  1  ●  喧騒の楽屋

   「8ミニッツ(本番まであと8分)!!」
   ジェームス・ブラウンのマネージャーであり、右腕といってもい
いアル・ブラッドレーが、ミュージシャンたちに言う。
   赤坂「ブリッツ」のショウが始まる前の喧騒の楽屋廊下。ミュー
ジシャンやスタッフが気ぜわしく行き来している。
   ミスター・ブラウンが、ホーン・プレイヤー3人に、あれこれ指
示している。白いスーツに赤い蝶ネクタイをつけた3人は、両手を
体の前でそろえて、ほとんど、直立不動で話を聞いている。すると
狭い廊下をバック・コーラスの女性が通った。ミスター・ブラウン
は、軽く会釈をし、両腕を広げて「さあ、どうぞ」というしぐさを
した。
   ミスター・ブラウンは女性に優しいジェントルマンだ。
   ミュージシャン、シンガー、ダンサー、スタッフ皆が、彼のこと
を「ミスター・ブラウン」と呼ぶ。そのミスター・ブラウンも、ス
タッフやミュージシャンを呼ぶときに、男性なら「ミスター」をつ
け、女性なら「ミス」をつける。組織がきっちりしつけられている
ことがわかる証拠の一つだ。
   「3ミニッツ!!」
   大きなかばんを持ったミスター・ブラッドレーが言う。彼は皆か
ら「ジャッジ(裁判官)」の愛称で親しまれている。廊下の人の動
きが慌ただしくなる。ミスター・ブラウンは、依然身振り手振りを
交えながら、あれこれ話している。
   まもなく、ミュージシャンたちが舞台袖に消えた。
   彼らは舞台袖の暗がりで、全員が手をつなぎ、目を閉じ下を向い
て、お祈りをしていた。
   「今日も無事にステージができますように」
   全員の「エイメン!」のかけ声とともに、彼らは舞台の方に進ん
でいった。ミュージシャンが、ステージに歩きだすと、一斉に拍手
と歓声が巻き起こる。
   いざ、ショウ・タイムの始まりだ。

ACT  2  ●  ゴングの音

   オープニングのインスト曲「ホンキー・トンク」が始まると、ミ
スター・ブラウンは、廊下脇にあるステージを映しだすモニター・
テレビを見だした。腕組みをしながら見ていた彼は、やがて、舞台
の袖に移り、「ホンキー・トンク」を演奏するバック・バンド、ソ
ウル・ジェネラルを見つめる。続いてダニー・レイに紹介されて、
今年になってミスター・ブラウンのレヴューに入った新人、日本初
登場のトミー・レイの歌を見る。ジェームス・ブラウンの新作『ア
イム・バック』の日本盤ボーナス・トラックとしてジャニス・ジョ
プリンの持ち歌「トライ」という曲が収録されているシンガーだ。
単独で2曲歌うことを許されており、彼女はオーティス・レディン
グの「アイ・キャント・ターン・ユー・ルーズ」とその「トライ」
を歌う。
   このレヴューの中では特別の扱いだ。かつての、ジェームス・ブ
ラウン・ファミリーのディーヴァたち、マーヴァ・ホイットニー、
リン・コリンズ、ヴィッキー・アンダーソン的な位置にいるといっ
ていいだろう。トミー・レイが戻って来ると、ミスター・ブラウン
は、手を差し伸べて、袖で出迎える。
   ミスター・ブラウンは礼儀正しい男なのだ。

   そして、ブラウン・ショウの司会歴35年以上のダニー・レイが
再度登場。例の名調子であおりながら、5人組の女性バック・コー
ラス、ビタースイートたちがミスター・ブラウンのヒット曲をワン
・フレーズずつ歌う。「ギミ・サム・モア」、「ペイバック」、「
トライ・ミー」、「ドゥーイン・イット・トゥ・デス」・・・。充
分にウォーム・アップしてきた会場は、一曲ごとにさらに盛り上が
っていく。ミスター・ブラウンは、その様子を見て待機している。
   そして、熱気も最高調になり、ダニーが「ジェーーーーーーーム
ス・ブラウン!!!」と叫ぶと、興奮は、大爆発する。ダニーの声
と共に、舞台袖からミスター・ブラウンがステージへ飛びだしてい
く。それは、あたかもリング・コーナーにいたボクサーがゴングの
音とともに、リング中央に飛びだしていくかのような勢いだ。ダニ
ー・レイのその声は、ミスター・ブラウンにとって、ボクシングの
ゴングの音と同じなのだ。
   照明が舞台に降り注ぎ、観客席の方は、熱気のせいか、薄く「も
や」がかかったようで見えにくい。だが、舞台側からでもステージ
真ん前に立っている興奮した観客たちはよく見える。
   一階席から「ジェームス・ブラウン!!  ジェームス・ブラウン
!!」の熱狂的な大歓声が聞こえる。暗闇の中のあれだけの観衆か
ら、自分の名前を連呼されたら、一体どのような気持ちになるのだ
ろうか。ただでさえ、気分を高揚させているのに、さらに興奮し、
アドレナリンが吹き出るにちがいない。
   ショウが始まってしまえば、あとは一気呵成だ。「ゲッタップ・
オッファ・ザット・シング」、「コールド・スウエット」、「リヴ
ィング・イン・アメリカ」と続く。「リヴィング・・・」では、都
市名を連呼するところで、「トウキョウ」の名前をいれることを決
して忘れない。
   ミスター・ブラウンは、気遣いの男なのだ。

ACT  3  ●  モニター・スピーカーのないステージ

   ところで、舞台中央にマイクスタンドが立っているが、そこには
普通のライヴではよく置かれているモニター用スピーカーがない。
   一般的には、シンガーやミュージシャンは、まわりが出している
音をステージ上ではなかなかうまく聴けない。観客席の方向に向い
ているスピーカーはハウリングが起こらないように、指向性が強く
ステージ側には音があまり返ってこないようになっているからだ。
そこで、ステージ上のミュージシャンやシンガーの足下には、それ
ぞれ小さなスピーカーが置かれているのが普通だ。そのモニターか
らでてくる音で、全体的な音を把握して、自分の音を出したり歌っ
たりする。特にシンガーは、バックの音が聴き取れないと、なかな
かうまく歌えない。ステージでは本当に、バンドの音がよく聴こえ
ない。
   だが、ミスター・ブラウンは、そのモニター・スピーカーを使っ
ていなかった。今のミュージシャンやシンガーには考えられないこ
とだろう。30年以上やっていて、ライヴに生きているミスター・
ブラウンならではのことだ。その経験とおそらく絶対音感に近いも
のと自信をもっているのだろう。だから、モニターがなくても、歌
えるにちがいない。モニター・スピーカーのないところに、僕はミ
スター・ブラウンのライヴに対する計り知れぬ自信をかいま見た。
   ミスター・ブラウンは、自信たっぷりの男なのだ。

ACT  4  ●  5パーセント

   次の日、ミスター・ブラウンは、取材を受けるホテルの一室にト
ミー・レイ、マーサ・ハイ、ルーズベルト・ジョンソンとともにい
た。
   「ミスター・ブラウン、あなたはなぜ、モニター・スピーカーを
使わないのですか?」と僕は尋ねた。
   「いいか、モニター・スピーカーを置くとな、音が回り込んで、
ハウリングを起こす。だから使わない。それにな、曲を知っていれ
ば、そして、曲のフィーリングを知っていれば、そんなものは必要
ない!  (きっぱり)  昔は、誰もそんなモニター・スピーカーな
んか使っていなかったんだ」
   単純明解である。ミスター・ブラウンが、そう言うのであれば、
そういうことなのである。
   「僕は、3日連続であなたのショウを見たんですが、今回は、特
に感激しました。いつものことですが、あなたは毎日、曲を変えま
すね」と言った。
   「ははは、だが、君は私たちができることの5パーセントしか見
ておらんよ。我々は実に多くのことができるんだ。2時間半でも、
3時間でも、いくらでもできる。来年の1月から、またバンドのリ
ハーサルに入る。もっと、もっと、よくなるぞ」
   持って行ったエクスプロージョンの表紙にR・ケリーが映ってい
た。ミスター・ブラウンがそれを見て、言う。
   「R・ケリーはオウガスタ出身なんだ。マイ・ホームタウンだ」
   僕が「シカゴ出身かと思っていました」と言うと、「オウガスタ
なんだよ。私みたいな人間が、オウガスタのような小さな街から出
て来ると、その街はそのことで知られるようになる。オウガスタに
は、マスターズがある。ゴルフのトーナメントだ。タイガー・ウッ
ズが勝った。マイノリティーとしては初めての勝利だった。私は、
最高にうれしかったよ。タイガー・ウッズを誇りに思っている。タ
イガー・ウッズは最高だ。大好きだよ。彼は、かつて、マハメド・
アリがボクシングでやったことを、ゴルフで成し遂げたんだ」
   「音楽ではあなたがそれを成し遂げましたね」とちょっと持ちあ
げると、室内がどっと沸いた。
   「タイガー・ウッズのことを尊敬しているよ。彼はゴルフを次の
もう一歩高い次元に持ちあげている」
   ジェームス・ブラウンのインタヴューは、質疑応答というよりも
むしろ、ミスター・ブラウンの独演会になることが多い。のって来
ると、話しは止まらず、質問を遮って話しを続ける。
   「私は、自分が不遇の時も、自分がすべきことをやってきた。い
いか、人々は成功を収めた者に嫉妬し、足をひっぱるようになるん
だ。私に(過去40年間)起こったことは、すべて、私の成功に起
因しているんだ。ひとつだけ確かなことがある。人々は他人の成功
を許そうとしないのだ。しかし、友達ならばそうは思わないだろ。
人が上に行けば、誰かが下に引っ張る。成功は嫉妬を生み、嫉妬は
憎しみを生むのだ。だが、私はそんなことは気にしないよ。友達は
理解してくれるからな」
   ミスター・ブラウンは、友達(フレンド)をことの他重要視する
男なのだ。

ACT  5  ●  司祭

   それにしても、エネルギッシュで、動きに無駄がない。すぐに汗
がにじみでる。マイク・スタンドをポーンと客席側に倒して、マイ
ク・コードでぱっと引き寄せるおなじみの技も、手慣れたものだ。
左右前後に動かす足さばきも完全に現役だ。本当に、彼は65歳な
のだろうか。実際は、35歳くらいなのではないか?  この若さと
エネルギーの秘密は何なのだろう。ますます不思議に思えてくる。
(1933年ということは昭和8年生まれ。あなたの両親と同じく
らいかもしれない)
   なぜだ、なぜだ、なぜだ。なぜ、あんなに踊り続けられるのだ?
   彼は、かつて「200歳マイナス1年まで生きるんだ」と言って
いた。こういうステージを見ていると、本当に、そのあたりまで長
生きしそうな気さえしてくる。
   そして、観客を背にして、ミュージシャン側に向くと、彼は今度
は指揮者さながらになる。両手を広げたり、人差し指で、ミュージ
シャンに指示を出したり、その一挙手一投足に、バンドが確実に反
応していく。その姿は、オーケストラの指揮者というだけでなく、
何かのメッセージを伝えるプリーチャー、司祭のように思える。教
会では、牧師が説教をし、その一言一言に参加者が「オー、イエー
」と言って反応する。いわゆるコール・アンド・レスポンス(呼び
かけと返事)が成立する。ミスター・ブラウンは、ミュージシャン
側を向いたとき、ミュージシャンたちを自由自在に操るコンダクタ
ー(指揮者)となり意志疎通をはかり、観客側を向いたとき、観客
を司る司祭となる。この瞬間、会場のすべての空気と物体は、ミス
ター・ブラウンの手中にあるのだ。こんなライヴは、ミスター・ブ
ラウンのもの以外にない。
   強烈な個性、リーダーシップ、組織をまとめあげる力。そうした
力量が、ミスター・ブラウンはずば抜けている。そして、彼がステ
ージからミュージシャン側に向くとき、そして観客側に向くとき、
ともに証明されている。
   ミスター・ブラウンは、強力なリーダーなのだ。

ACT  6  ●  秘密のキュー

   ミスター・ブラウンのライヴ・ショウで驚くべきは、実は、演奏
される曲目が事前にはほとんど決まっていない、ということだ。一
曲目から、ジェームス・ブラウン登場のいわゆる「ウォームアップ
」までは大体決まっている。そして、ミスター・ブラウンが登場し
ての一曲目は、「ゲッタップ・オッファ・ザット・シング」だが、
それ以降は、その曲が終わるたびに、ミスター・ブラウンがミュー
ジシャンたちに様々なキューで、次の曲の指示を出す。ミュージシ
ャン、コーラス・シンガーたちは、そのキューを決して見逃がして
はならない。そのキューは様々だ。腕の振り方、なにがしかのかけ
声、また、歌詞の頭を歌った瞬間にその曲を演奏し始めるというパ
ターンもある。
   例えば、ミスター・ブラウンが「パワー!」と声を上げると、そ
れは、「ソウル・パワー」へのキューだ。「1965」と叫ぶと、
その瞬間ギターが響き、「パパズ・ガッタ・ア・ブランド・ニュー
・バッグ」が始まる。そして、「ビッグ・ストロング・D」という
と、「アイ・フィール・グッド」へのキューだ。また、ときには、
指で数字のサインを送ることもあるという。その数字で、曲が決ま
るわけだ。また、「グッドフット」や「トライ・ミー」、「マンズ
・マンズ・ワールド」などは、頭の歌詞を歌い始めると、バンドが
すぐに演奏を追いかけていく。つまり、歌詞頭がキューになってい
るのである。
   だがミュージシャンも皆人間だ。過ちを犯すこともあるだろう。
どうなるか。トランペット奏者でソウル・ジェネラルのメンバーに
なって約6年のホリー・ファリスが説明する。彼は右手を広げて、
「もし間違えると、ミスター・ブラウンがそのミュージシャンに向
かってこうするんだ。(片手を広げて、相手に見せる)  つまり、
罰金5ドルということだ。二度間違えれば、10ドル。どんどん増
えて行くわけだ。え、僕の一晩での最高かい?  25ドルかな。は
はは」
   それだから、ミュージシャンは、常にミスター・ブラウンを凝視
し、次のキューを決して逃さないようにする。緊張感があふれる。
もちろん、罰金は結果的についてくるものだが、ソウル・ジェネラ
ルが、そうしたライヴ・バンドとして緊張感を持続する秘密のひと
つは、そのあたりにある。
   それにしても、そうした多くのキューだけで、次々とメドレーが
演奏されるその様は、まさに奇跡である。見ている者は、それが即
興で、その瞬間に曲が決まったことなど知る由もない。これは、ま
さにライヴ・バンド歴40年を数えるミスター・ブラウンのライヴ
芸術の粋を凝縮した「神業」といってもいい。
   ミスター・ブラウンのライヴをもし、オールディーズのライヴ・
ショウなどと思ったら大間違いだ。完全に現役のショウであり、今
のライヴ・ショウだ。そして、そのショウには、お金と、知恵と、
経験と、なによりも、40年以上のステージ上での歴史が凝縮され
ている。これほど、密度の濃いライヴ・ショウは、他にない。
   ミスター・ブラウンは「神業」のライヴを見せる男なのだ。

ACT  7  ●  ソウルがあるシンガー

   ジェームス・ブラウンが一気にしゃべると、「どうも、私ばかり
しゃべりすぎたな。彼らにも訊いてやってくれ」と言って、ミスタ
ー・ブラウンの横に座っているミス・トミー・レイへ質問するよう
に僕に促した。
   「このミスター・ブラウンのファミリーに入ったいきさつは?」
   「今年初め、友達のビタースイート(ジェームス・ブラウンのバ
ック・コーラス・グループ)のメンバーが、ビタースイートのオー
ディションがあるけど来ないか、と誘ってくれたの。で、そこに行
くと、ミスター・ブラウンがいて、私はジャニス・ジョプリンの歌
をアカペラで歌った。すると、ミスター・ブラウンが気に入ってく
れて、私にレコードを作るチャンスを与えてくれた、というわけ。
今年の2月8日のことよ。それまでも私はずっと歌ってきて、マー
ヴェリック・レコードからレコードを出したこともあるんだけど、
全然成功しなかった。理由はわからないけれど、誰もチャンスを与
えてくれなかった。一時期、歌手をやめようと思ったことさえもあ
るわ。でも、そんなとき、ミスター・ブラウンが私にチャンスを与
えてくれたの」
   ミスター・ブラウンが割って入る。「最初はな、ビタースイート
のオーディションで来たんだが、彼女の声を聴いたら、グループに
はフィットしないことがわかった。とても、ディープな声をしてい
る。そこで、ソロのプロジェクトでやることにしたんだ」
   こうして、彼女の曲は、ミスター・ブラウンの最新作『アイム・
バック』に日本盤のボーナス・トラックとして入っている。来日も
今回が初めてだ。
   ステージでも、少しだけアカペラで歌うが、その迫力はなかなか
のものだった。
   僕は「最初にCDに入っている『トライ』を聴いたとき、あなた
はブラック・シンガーだと思いました」と言った。すると、ミスタ
ー・ブラウンらみんなが大笑いになった。そして、「彼女には、ソ
ウルがあるからな」とミスター・ブラウンが言った。
   ミスター・ブラウンは、ソウルがあるシンガーが好きなのだ。

ACT  8  ●  マジックのソロ

   今年のライヴで、もうひとり初めて登場したのが、ショウ半ばに
でてきたロジャー・ウィンブッシュという名のマジシャンだ。(3
日目だけ、最後に登場)  この一年ほど、ジェームス・ブラウン・
レヴューに参加している、という。
   彼がステージ上で簡単なテーブル・マジックを見せる。新聞紙を
使ったマジック、ステッキをハンカチに変えてしまうマジックなど
が披露される。マジックとしては決して大がかりなものではなく、
子供騙しのようなものだ。だが、自分の歌と踊りだけでなく、レヴ
ューのシンガー、ダンサー、ミュージシャンのソロなどを交えて、
つねに観客を飽きさせないエンタテインメント・ショウを作る、そ
の一環にマジック・ショウまでいれてしまったのだから、おそれい
る。サーヴィス精神旺盛のミスター・ブラウンならではだ。
   ウィンブッシュは、「ミュージシャンたちがサックスとか、ギタ
ーとかベースのソロのパートを演じるだろ。僕の出番もそんな風に
考えているんだ。マジックのソロだ」と言う。
   ミスター・ブラウンは、手品の種を教えてくれ、と言ってこない
かと尋ねた。
   「こないよ。ミスター・ブラウンは、マジックを楽しんでいるよ
うだ」
   「では、もし彼が教えないとクビにするぞ、と言ったら?」
   「ははは、やはり教えないよ!」
   ウィンブッシュは、アトランタを本拠とするプロのマジシャン歴
約15年。ダグ・ヘニングのマジックをテレビで見て、マジシャン
になりたいと思った、という。そして、本などを読み、独学でマジ
ックを習得した。約一年前、ジェームス・ブラウンのマネージャー
が彼をコンヴェンションで見て、ミスター・ブラウンに引き合わせ
た。そして、彼の目の前でいくつかマジックを見せたところ、ミス
ター・ブラウンが気に入ってくれ、その場で契約書にサインした。
   前回(97年11月)のミスター・ブラウンの来日時には、すで
に、ブラウン・ファミリーに入っていたが、パスポートがまにあわ
ず、来日できなかった、という。
   ミスター・ブラウンが言う「ショウはどんどんよくなっていく」
とは、こうしたことも含めてのことだ。
   ミスター・ブラウンは、進化していくショウが好きな男なのだ。


ACT  9  ●  バラード4曲メドレー

   3日目(9日)は、ミスター・ブラウンはのりにのっていた。日
本最終公演ということもあったのだろうか。アップ・テンポのイン
スト曲「ブルーズ・ウォーク」、「アイヴ・ガット・ユー」の後、
いつも通り、バラードの「トライ・ミー」を歌いだすと、続いて、
「ロスト・サマー」を歌う。バラードを2曲続けるのは珍しい。す
ると、さらに「アイヴ・ガット・ファウンド・サムワン」、「ジョ
ージア・オン・マイ・マインド」と何と4曲もバラードを連続して
歌うではないか。よほど、歌いたい気分だったのだろう。こんな4
曲連続バラードは、初めての経験だった。
   しかも、それに続いては「ソウル・パワー」と「ソウル・マン」
をメドレーにして、ルーズベルト・ジョンソンとの強烈なツイン・
ダンスまで披露する。その踊りが、ふたりで踊ることもあって、す
ごい。雷に打たれたように、まさに、エレクトリファイングという
形容がぴったりするようなダンスだ。それは、何か、きっと神かな
にかに乗り移られたようにさえ見えた。
   ミスター・ブラウンは、マジックを楽しむ男なのだ。

ACT  10  ●  ティアーズの夜

   9日深夜2時。六本木のソウル・バー、ティアーズ。ジェームス
・ブラウンのバンド、ソウル・ジェネラルのメンバーやスタッフた
ちが集まっている。白人で大柄な、かなりおなかのでているジェフ
・ワトキンスと、ブラックでボールド・ヘアのウォルド・ウエザー
スは、自分のサックスを持ってきている。ハウスDJが、70年代
のソウル・ヒットを次々とかける。ハロルド・メルヴィン&ブルー
・ノーツ、オージェイズ、フォー・トップス、テンプス、そして、
もちろん、ジェームス・ブラウン、JBズのヒットの数々。みんな
我を忘れて踊り、歌い、話し、パーティーを楽しんでいる。モータ
ウンのヒットでは、台の上に上り、レコードに合わせて振りをつけ
口ぱくで歌う。テンプスやフォー・トップスの振りをそっくり真似
るのが実にうまい。心底から音楽を楽しむ姿を見て、彼らにとって
音楽が本当に生活の一部になっているのだな、ということを改めて
痛感した。
   「ソウル・パワー」がかかった。すると、ジェフとウォルドが、
レコードにあわせてサックスを吹きだした。大きなスピーカーから
流れて来るサックスと、ジェフとウォルドがその場で生でプレイす
るサックスが微妙なハーモニーをかなでる。タンバリンを叩く者も
いる。ティアーズが、ジェームス・ブラウン・ハウスになった瞬間
だ。ジェフたちの体から、心から演奏するのが好き、という感じが
ひしひしと伝わってくる。「セックス・マシン」では、レコードと
寸分と違わない演奏を聴かせた。
   ソウル・ジェネラルの中では、最古参でJBズ時代からのベース
奏者、フレッド・トーマスとミスター・ブラウンの司会者として3
5年以上しゃべり続けているダニー・レイがやってきた。フレッド
は、大の日本酒好きで、ティアーズのママに日本酒を注文したが、
置いてないので、ご機嫌ななめだ。それでも、強いブランデーを飲
み、にこにこ酔っ払っている。フレッドとダニーは、お互い長くミ
スター・ブラウンの元で仕事をしているだけに、いつも、外にでか
けるときは、一緒だ。ふたりは、ジョークを言い合い、ちょっとし
たボケとツッコミの漫才コンビさながらだ。
   ダニー・レイが、DJブースのところに行って、マイクを握り、
話し始めた。その声は、ジェームス・ブラウン・ショウのMC(司
会)のときとまったく変わらない。彼がひとたび口を開けば、そこ
は、ジェームス・ブラウン・ショウの会場になってしまう。文字ど
おり、ジェームス・ブラウン・ショウのもうひとりの司祭だ。
   彼がしゃべった後、「ドゥーイン・イット・トゥ・デス」がかか
る。そのイントロは、ダニーのMCから始まる。レコードの声の方
が、少し若かった。それもそのはず、これがレコーディングされて
からもう25年以上もの月日が流れているのだ。ブラウン・ショウ
の歴史が感じられる一瞬でもあった。
   ティアーズの夜は、大騒ぎのうちに更けていく。

ACT  11  ●  アンコール

   「ソウル・マン」が終わり、ミスター・ブラウンが「アイ・ウォ
ナ・ゲッタップ・アンド・ドゥー・マイ・シング、アイ・ウォナ・
ライク・ア、ライク・ア・・・」と叫ぶと、観客には次の曲がもう
わかる。「ライク・ア、ライク・ア・・・」と言ったあと、やにわ
にマイクをつかむと、「セックス・マシーン」といって、15分に
及ぶロング・ヴァージョンの「セックス・マシーン」が始まった。
ミュージシャン全員が、ありったけの力を振り絞って、持ち場の楽
器を演奏する。ミスター・ブラウンの、そして、ミュージシャン、
コーラスの人々の額に汗が光る。15分間の熱狂だ。まさに、ブリ
ッツがニューヨークのアポロ・シアターに変身する瞬間でもある。
そして、それが終わると、ミスター・ブラウンは、何事もなかった
かのようにステージの袖に戻ってくる。一見、息など上がっていな
いようだ。すぐに、お付きの者が白いタオルを渡す。
   だが、この日はミュージシャンやビタースイートたちも、袖で待
っている。普段はアンコールをやらない。
   「アンコールをやるのだろうか」  みんなが不安そうに顔を見あ
わせる。
   会場からは、拍手と「ジェームス・ブラウン、ジェームス・ブラ
ウン」の声が響く。それに答えるように、ミスター・ブラウンが「
ジャム」を指示し、全員ステージに戻った。この「ジャム」では、
珍しくミスター・ブラウンはドラム・ソロまで見せた。そして、お
よそ、10分「ジャム」が続いた。
   そして、その「ジャム」を終えると、最高に上機嫌で、舞台の袖
でも「サンキュー」と言い続けながら、楽屋へ消えていった。
   会場からは再び、拍手と、「ジェームス・ブラウン、ジェームス
・ブラウン」の連呼が聞こえ始めた。だが、まもなく、会場の照明
が点灯した。
   興奮の夜の幕が下りた。
   ミュージシャンやスタッフらが戻り、再び、楽屋の廊下に、慌た
だしさと喧騒が戻った。

                           (完)

吉岡正晴
(1998年12月・記=オリジナル)

(オリジナル・ヴァージョンの短縮版は、FMファン誌99年5月3日〜16日
号=99年第11号に掲載。2002年9月、若干加筆訂正)

(2002年10月1日アップ)
    
MASAHARU YOSHIOKA
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