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カール・アンダーソン『人生で一番高い買い物』
カール・アンダーソン
『人生で一番高い買い物〜あるミュージシャンのある物語』
(ロング・ヴァージョン)
(1995年1月・オリジナル・ヴァージョン・記)

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   衝突。

   父親が聴かせてくれたサム・クックとナンシー・ウイルソンのレ
コードがその息子の行く道を決めた。父は彼に医者になってほしい
と願ったが、息子は歌手を目指した。父と衝突し家を出た時16歳
だった少年、彼の名はカール・アンダーソン。今年(1995年)
で51歳になるヴェテラン・シンガーだ。

   彼は自らを「人生をゆっくり学んでいるスロー・スターター」と
呼ぶ。カールには大学に通う息子がいて、父も健在だ。二十代でヒ
ット・ミュージカル『ジーザス・クライスト・スーパースター』に
抜擢されスターになった彼はここ数年、じっくりと自分の人生の様
々な部分を振り返り考えるようになった。

   カールは人懐っこい笑顔を見せながら、ゆっくりと言葉を選んで
語る。

   「私はずっと長い間、仕事ばかりを追及してきた。だが、ほんの
数年前から、自分の人生を第一に考えるようになった。仕事第一で
行くとどうしても自分自身の人生が二義的なものになってしまう。
だが、実際はそうではないんだ。反対なんだよ。自分の人生を追及
していけば、仕事におけるキャリアはそれに付いてくるんだ」

   大きく息をついて、彼は自分の人生を振り返る。五十代にアプロ
ーチして、やっと自身が成し遂げてきたことをよくも悪くも冷静に
評価できるようになった。

   「子供時代は厳しく辛かったが、二十代前半は本当によかった。
若くして、世界中に行け、おそらくこの仕事をしていなければ決し
て会えないような人々に会うことができた。イギリスの女王やイタ
リアの首相に会ったり。だが大人になった今、それを考えると、そ
うしたことが一体何の意味があったんだろうと思う。子供が生まれ
て、私はそれまでやってきたことの意味をじっくりと考えるように
なった」

   そして、ちょっとしたことが、人生を変えるという話をしてくれ
た。

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   微調整。

   彼は、二十代で結婚し息子をもうけたが、その後離婚。離婚して
数年間、独身生活を続けていた。食事は、ほとんどすべて外食か、
家で食べるときでも、テレビを見ながら、簡単なものしか食べてい
なかった。そんなとき、友達が面白い本をカールにくれた。『人生
のインストラクション・ブック』といった類の本で、ここには、ち
ょっとした生活のヒント、人生を楽しく過ごすための格言のような
ものが、たくさん書かれていた。

   いわく「商売のトリックを学ぶな。商売を学べ」。
   いわく「消防士、警察官、兵士には敬意を表しなさい」。
   いわく「両親を尊敬し、母親には電話をしなさい」。
   いわく「車は、安い車を選び、家は自分が買える範囲でもっとも
高いものを買いなさい」。
   「これはカリフォルニアではあてはまらないんだけどね。あそこ
ではみんなが多くの時間を車の中で過ごすから」と彼は笑う。

   その中に「良い食器を使いなさい」というフレーズがあった。カ
ールはこれを見て思い当る節があった。というのは、彼が新品でも
らった良い食器が段ボールに入ったまま、何か月も眠っていたから
だ。そこで、カールはそれまでのインスタント・フードをやめ、毎
日、前菜からメインまでコースの食事を自分のために作り始め、そ
の眠っていた良い食器を使い始めたのである。それは自分自身を特
別のゲストとしてもてなすディナーだった。

   するとどうだろう。なぜか、人々の彼に対する接し方が急に変わ
り始めたのである。そしてまもなく、彼は新しいガール・フレンド
と出会うことになる。ある晩、カールはその彼女を自宅に招き、デ
ィナーを振る舞う。しかし、彼にとって、良い食器を使い、前菜か
ら始まるコース・ディナーを作るのはお手の物だ。ワインを用意し
て、テーブルをセッティングし、彼女のために豪華なディナーを準
備すると、彼女は「これを本当に私のために作ってくれたの?」と
驚いた。

   彼は「もちろん」と答える。だが、彼にとっては昨日と同じもの
を、同じように作っただけなのだ。そして、彼と彼女は、親密にな
っていく。

   彼は語る。「それまでも、誰かゲストが来ればいろいろ料理をし
たが、自分一人のために、きちんと料理をしたことはなかった。こ
れは、人生における『微調整』だと思う。以後、すごく、自分の気
分が良くなったよ。そして、同時に自分自身に対しても、ハッピー
になった。何だか人生が開け始めたような気がしたんだ。それから
は、それまで以上に自分自身を愛せるようになった。私がこのこと
から学んだことは、ほんのちょっとした『人生の微調整』でも大き
な結果をもたらすことがある、ということだ」

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   責任。

   なぜ、彼は人生の微調整を試みようと思ったのか。何か彼の人生
に転機でもあったのか。

   「ここ数年、人間というものがどれほど無力で、壊れやすいもの
かを痛感したんだ。ハイスクール時代からの親友が、突然死んだ。
彼は非常に健康で、素晴らしいスポーツ選手で、とてつもない頭脳
の持ち主だった。そんな彼が死んで、自分の人生を振り返るように
なった。彼は、彼がなりたいものには何でもなれただろう。大統領
にだってね。今、彼がこの世を去って、どのようにして、彼の人生
の尊さを計れるだろうか。彼のその尊さを語れるのは、恐らく自分
も含めて彼を知るほんの何人かの友人たちだけだ。そこで、彼が私
に残してくれたものに、私が何かを足して、だれかにそれを伝えた
い。私もここ(日本)に来てほんの数日だが、私が日本を去った後
も、ここには私と彼のレガシーは残る。彼には子供がいなかった。
彼が死ぬ前に、同窓会のことなどで、いろいろ長話をしたんだ。そ
のときの同窓会は、彼が唯一出席できなかった会で、私が彼に電話
して、その同窓会がどれだけ盛り上がり、素晴らしかったかを伝え
た。次の年は私が日本に来ていて出席できなかったので、今度は彼
が電話をしてきて、同窓会の話をしてくれた。そのとき、彼は今度
結婚して子供を作るんだ、と言っていた。だが、どういうわけか結
婚はしなかった。彼の存在は、彼を知っている人たちには強烈なイ
ンパクトを与えている。その彼の死は、私の人生に様々な点で大き
な衝撃を与えた。つまり、次の瞬間に、何が起こるかわからない、
ということだ」

   カールはその後『ファンタジー・ホテル』というアルバムを発表
する。

   「ここに収められた私のステイトメントは、今この瞬間こそ貴重
なものだ、ということなんだ。この瞬間は、二度と再び訪れない、
という意味だ。今起こっているいいこと、素晴らしいこと、この場
にあるこの美しい色、いい匂い。これらは今ここで感じなければ、
二度と感じることはない、ということなんだよ」

   そして、カールはその頃から自分自身に対する責任感というもの
を真剣に考えるようになった。自分のレコードが売れないのは、レ
コード会社の責任ではない。自分にいい仕事が回ってこないのは、
マネージャーのせいではない。私の人気が爆発しないのは一般大衆
の責任ではない。それはすべて私自身の責任なのだ、ということを
強く意識するようになった。そして、こうした意識が彼の人生を一
歩進展させたと彼自身は思っているのだ。

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   闘争。

   そして、彼が人生の微調整をしてから半年もしない内にこんな事
が起こった。

   16歳のときに彼が家出をして以来、父親とカールの間には深い
溝があった。カールは、自分がコンサートを開く時に毎回父親を招
待していたが、これまで一度も会場にやってきたことはなかった。
父親はカールの仕事を理解できないでいた。また、医者になって欲
しいという自身の夢を叶えてくれなかったことへの恨みもあったか
もしれない。だが、その時、80歳を越える父親が、生まれて初め
て、カールのコンサートを見に来たのである。カールの姉が無理矢
理、父親を連れてきたとはいえ、何はともあれ会場にやってきたの
だ。それは、父親にとって初めてのカールのステージであるだけで
なく、生涯初めて見るコンサートだったのである。車椅子には乗っ
ているが、まだまだ健康だ。

   カールは、父親がステージ上の自分のことを見てどう思うか考
えた。80歳を越えた父は、まもなく50歳になろうとしている自
分の息子がステージでしていることを見てどう思うのだろうか。父
親が50歳の時には、何をしていたのだろうか。ステージで歌いな
がら、そんなことばかりがカールの脳裏をかけめぐった。

   おそらく、父親も混乱していたにちがいない。カールがやってい
ることは、きっと、父からすれば20歳位の連中がやるようなこと
だ思っただろう。

   「私は、父が絶対にそう思ったと確信しているよ」とカールは言
う。父親は、カールがこのショウ・ビジネスの世界に入ることに反
対で、まったくサポートしてくれなかった。

   「父は決して私がシンガーになることを喜んでいなかった。多分
今でもね。これは私の人生における最大の闘争だった。父親は私に
医者になってほしかったのだ。実は私自身も、息子にはシンガーに
はなって欲しくないと思っているんだ。ただし、彼がその道を選ぶ
のなら、力を貸すけれどね。息子は、私が歩んだ道よりはもう少し
ましな道を歩むことになるだろう。だが、私は父が自分にそうして
くれなかったことに対して彼を責めたりはしない。私は父親と断絶
してしまったからだ。彼には私をサポートするということがどうし
ても理解できなかった。そのことで私は悲しい思いもしたが、今、
息子ができて、父の気持ちが少しはわかったような気がする。父親
を見て、息子を見ていると、いろいろなことがわかってくる。例え
ば、息子が12歳になれば、自分が12歳の時と重ねあわせながら
振り返ることができるからね」

   彼は続ける。「十代の時、父が私を応援してくれようが、くれま
いがそれは関係なかった。彼がたとえ私に罰を与えても、私は自分
がしたいことに邁進したからだ。私は時に、こんな責任を感じるこ
とがある。つまり、私には今13歳になる息子がいるが、息子は私
にとっての『未来』なんだ。私はこの世界が彼にとって快く住める
ようなところにしたいと思う。戦争なんか起こらないでほしいし、
責任感というものを息子にももって欲しいと思う」

   カールと長い間戦ってきた父親は、何千人もの観客の前でカール
が歌う素晴らしいステージを見て、どう思ったのだろうか。驚いた
かもしれないし、恐怖さえ感じたかもしれない。それはすべて彼に
とって初めての新しいことだったからだ。

   「彼は何も口に出して言わないが、それでも、恐らく、私のこと
を誇りに思ってくれたに違いない」とカールは推測する。

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   解放。

   彼はその日、車椅子に乗った父親をステージに上げ、観客に紹介
し、父に向けて「イフ・アイ・クド」という曲を歌った。

   「もし私にできることなら、私が経験してないことでも、おまえ
に教えよう。もし私にできることなら、私が燃やしてしまった橋を
もう一度元通りにして、お前を渡らせよう」といった内容の、いわ
ば親から子へのメッセージ・ソングだ。カールは、これを父から自
分への歌として歌ったのだ。

   「『イフ・アイ・クド』を歌う時は、いつも涙がでてしまうな。
父親には、(僕からの)そのメッセージが伝わらなかったようだ。
でも、これは自分自身のためにやったからいいんだ。それは私にと
っての解放の瞬間だった。父親は、私にサム・クックとナンシー・
ウイルソンを与えてくれた。彼が与えてくれたそうしたレコードに
影響され、私はシンガーになりたいと思った。だから、その部分で
父親にも責任はあるんだがね」と彼はポツリと言った。彼にとって
は、家を出てから30余年にして初めて、父親に自分の気持ちを何
千人もの前で告白することができ、満足だったのである。

   良い食器を使い始めたことと、父親がライヴを見に来たことは直
接関係ないかも知れない。だが、カールにとってそれは偶然とは
思えない。

   彼は言う。「何かに価値を付ければ、それがそのものの価格にな
る。私は自分がしたいことをするため、ミュージシャンになるため
に大変高い代償を払った。つまり、これは私が生涯買ったものの中
で、もっとも高いものだった。私はこれを父親から買ったのだ。だ
がその価値は充分にあった」

   彼がそう言ったとき、彼の目は赤くなっていた。


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吉岡正晴
(1995年1月・記=オリジナル)

(オリジナル・ヴァージョンはシグネチャー誌1995年3月号に
掲載。このウエッブに掲載した本稿は、2002年9月、オリジナ
ル執筆時に文字数の関係でカットしたものを加筆しました)

(注)

 「イフ・アイ・クド」は、カールの90年のアルバム
「ピーセス・オブ・ア・ハート/(邦題)夏の夢のかけら」に収録されています。


タイトル 「カール・アンダーソン/夏の夢のかけら 」
原題 Pieces Of A Heart
メーカー MCA
レーベル GRP
品番 MVCR 67 (旧番号:VICP−48(900621・VI))
発売日  1994年8月24日  (再発)
税込価格 2,548円



演奏者 カール・アンダーソン(vo)ジョー・サンプル,ラッセル・フェランテ 
(p)カーク・ウェイラム,サム・ライニー(sax)ラス・フリーマン(g,sy 
n)(2)ブレンダ・ラッセル(vo)他

曲目
(1)マイ・ラヴ・ウィル
(2)ベイビー・マイ・ハート(デュエット・ウィズ・ブレンダ・ラッセル)
(3)ハウ・ディープ・ダズ・イット・ゴー?
(4)ユーアー・ザ・リーズン
(5)ホット・コーヒー
(6)心のかけら
(7)イフ・アイ・クッド
(8)チルドレン・オブ・ア・レッサー・ゴッド
(9)ライフズ・レッスンズ
(10)ダンス・オブ・ザ・セヴン・ヴェイルズ
(11)処女航海


(2002年9月25日アップ)
    
***上記で紹介したアルバムなど。***
夏の夢のかけら
CD (2002/06/21)
ディスク枚数: 1
ユニバーサルクラシック
ASIN: B0000677IE
MASAHARU YOSHIOKA
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