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ジョー・サンプル&レイラ・ハザウエイ・ライヴ『魔術師の指』
ジョー・サンプル&レイラ・ハザウエイ・ライヴ『魔術師の指』

ジョー・サンプル&レイラ・ハザウエイ・ライヴ『魔術師の指』

【1999年6月8日・ファースト・ステージ・東京ブルーノート】

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   真剣勝負。

   昨年(1998年)、東京ブルーノートにやってきたとき、シン
ガー、レイラ・ハザウエイを従えてきたジョー・サンプル。そのと
きのあまりのコンビネーションの良さに僕も感嘆したものだが、ジ
ョーとレイラも同じように感じたらしく、ふたりでアルバム『ソン
グ・リヴズ・オン』を録音した。
   これがまたよい。  ジョーの近年まれにみる傑作であるだけでな
く、コンテンポラリーなR&Bを歌ってきて今一つブレイクできな
かったレイラのキャリアの中でもまちがいなくベストの作品だ。レ
イラがこのような作品に完璧にフィットするとは、夢にも思わなか
った。やはり、シンガーにはそれぞれあったタイプの音楽というも
のがある。そうしたことも、やってみるまでわからないものだ。
   レイラはこのアルバムで、ハザウエイというファミリー・ネイム
と訣別したと言ってもいい。つまり偉大な父ダニー・ハザウエイの
遺影を気にしなくてすむようになった。「Layla.(レイラ・ピリオ
ド)」になったのである。
   ジョーのソロ・アルバムでも、クルセイダーズのアルバムでも、
これまでヴォーカル曲を入れるのは、アルバム中せいぜい1−2曲
だった。何しろ、彼らはインストゥルメンタルが本職のミュージシ
ャンなのだから。だが、この新作ではなんと8曲もレイラのヴォー
カル曲をいれているのだ。これだけでいかに、ジョー自身が、レイ
ラのヴォーカルに惚れ込んだかがわかる。
   そして、そのアルバムをひっさげての言ってみれば「凱旋公演」
が、今回のライヴである。期待が高まらないはずがない。今度は、
こちらもCDで思いっ切り予習しているのだ。
   さあ、真剣勝負の始まりだ。


   解説。

   ジョーが彼独特のやりかたで、右腕を回転させ、仲間のミュージ
シャンに曲の始まりを告げる。最新作『ソング・リヴズ・オン』の
タイトル曲からショウは静かに幕を開けた。このやさしいタッチ。
華麗に鍵盤をなめるその指裁きは、相変わらずだ。このタッチだけ
で、ジョー・サンプルという人間の存在を強烈に示す。
   そして2曲目を演奏し終わり、ジョーは左手にあるマイクを取っ
てその作品について話し始めた。
   「みなさんは、ザディゴというのを知っているかな?  ザディゴ
だ。知らない?  そうか。そうだろな。ザディゴというのは、ルイ
ジアナに昔からある音楽で、ルイジアナ以外、世界のどこでも聴け
ないようなローカルの音楽なんだ。僕は子供の頃、そのザディゴで
踊り、歌ったものだ。ザディゴ音楽の第一人者にクリフトン・シェ
ニエールという人物がいる。この作品は、そのクリフトンに捧げた
作品で、『クリフトンズ・ゴールド』(ジョー・サンプルの96年
のアルバム『オールド・プレイセス、オールド・フェイセス』に収
録)という曲だ。クリフトンには、子供の頃、よく驚かされたもの
だった。彼がにこっと笑うと、歯全部がゴールドで光ってるんだ。
それが怖くてね。で、クリフトンの金(クリフトンズ・ゴールド)
というわけだ」
   3曲目が終わって、また話を始めた。
   「1965年、僕たちがジャズ・クルセイダーズと名乗っていて
サンフランシスコに行ったときのことだ。いわゆるジャズ・ワーク
ショップで、僕たちが演奏を終えると、ベン・ウエブスター(註、
1909年〜1973年。ベンは、30年代から60年代に活躍し
たサックスの巨匠)が近寄ってきて、『仕事が終わったら、オレの
泊まっているホテルに来い』っていうんだな。『おまえにピアノの
弾き方を教えてやる』っていうんだ。(笑)  そこで僕は彼からジ
ェームス・P・ジョンソン(註、作曲家)の作品を教わり、レッス
ンを受けた。この曲は、その彼を題材にしたもので『トーンズ・フ
ォー・ベン』。」
   ちょっとした解説を交えながら、彼は淡々とステージを進めた。


   裸足。

   4曲目(「ヴィヴァ・ダ・ファンク」)が終わると、ジョーはア
ップ・テンポで、高音が印象的なチャールストン風の曲を弾き始め
た。昔ながらのスウィング感あふれる一曲。セピア色のイメージが
広がる。1999年から「ハーレム・ルネッサンス」の1940年
代へのタイム・トリップ。スタッフに導かれて、小柄なレイラが通
路を歩いて来た。懐中電灯に照らされる足下を見ると、彼女は何も
履いていない。裸足だ。ジョーは、その曲のイントロを弾き続けて
いる。レイラがステージ中央にたどり着き、マイクを握ると低い声
でこう歌いだした。「please be true when you say I love you..
.」   スタンダードの「イッツ・ア・シン・トゥ・テル・ア・ライ
(嘘をつくのは、罪なことよ)」だ。
   ペットボトルの水を一口飲み、レイラが歌う次の曲は、しっとり
としたバラード「ワン・デイ・アイル・フライ・アウエイ」。かつ
てランディー・クロフォードが情景を演出した歌だ。レイラの歌か
らも、鳥が空を飛んで行くようなイメージが思い浮かぶ。
   アルバム『スペルバウンド』(1989年)で「オール・ゴッズ
・チャイルド」というインスト曲として収録されていた作品が、最
新作『ソング・リヴズ・オン』で、歌詞が付き、新たなタイトル「
カム・アロング・ウィズ・ミー」を持って生まれ変った。言葉を持
っていなかった小鳥が、メッセージをさえずり始め、そこに新たな
生命を宿した瞬間だ。アルバム・タイトル通り、こうして「曲は生
き続ける(ソング・リヴズ・オン)」のだ。
   そして、やはりかつてランディーが録音し、ジョーたちの最新作
にも収録された「ホエン・ユア・ライフ・イズ・ロウ」。しっとり
としたレイラの歌唱が、ブルーノートを包み込む。
   ミディアム調の「フィーヴァー」に続く。レイラのジャズ・シン
ガーとしてのキャパシティーを示す作品だ。何か、映画の一シーン
で使われるそうな曲である。僕はこの曲を聴くと、最近見たスタイ
リッシュな映画『ラウンダーズ』を思い浮べた。ポーカーに生きる
ギャンブラーを描いたその映画にこの曲がとてもフィットするよう
に思えたのだ。
   ジョーのピアノも聴く者のイメージを広げるが、レイラの歌から
も、映像的なイメージがとてつもなく広がる。
   優れたミュージシャンや、シンガーは、音や歌によって聴き手に
イマジネーションを与える。ここでは優れたミュージシャンと優れ
たシンガーが、おたがいに火花を散らしながら、瞬間、瞬間にイマ
ジネーションを生み出しているのだ。まさにライヴならではの醍醐
味だ。
   「ストリート・ライフ」は、ちょっとレゲエ調のリズムになって
いる。ここ数年、ジョーは「ストリート・ライフ」をこのヴァージ
ョンで演奏し、それがCDに録音されていた。大きな拍手とともに
ミュージシャンたちがステージを降りる。ジョーが通路の両側の何
人かと握手をしながら、楽屋に戻っていく。


   アドリブ。

   「ジョー!  ジョー!」  どこからともなく、かけ声がかかる。
   なりやまぬ拍手の中、ジョーとレイラふたりだけがステージに戻
ってきた。フリーフォームのアドリブで、ジョーが何かを弾き始め
た。その瞬間、僕は「メロディーズ・オブ・ラヴ」へのプレリュー
ドだと確信した。彼は、いつもこの曲のプレリュードをアドリブで
その場で浮かんだイマジネーションで弾く。この日は、そのアドリ
ブのプレリュードが短かったが、まもなく、レコードで聴かれるお
なじみのイントロにつながり、そして、レイラが「ホエン・ザ・ワ
ールド・ターンズ・ブルー・・・」と歌い出した。
   この曲は長い間、インスト曲と歌入りヴァージョンのどちらがよ
いかといった議論がなされてきた。だが、これら二曲はまったく別
物と考えるといいと思う。
   そして最後に、もう一曲、なつかしい「バーニン・アップ・ザ・
カーニヴァル」をプレイしてくれた。アルバムでは、フローラ・プ
リムが歌っていた作品だ。

   歌手にとって一流のミュージシャンをバックに歌うことは常に夢
だ。シンガーたちは自分たちの名声があがるとこぞって、一流ミュ
ージシャンを自分のバンドに雇い入れようとする。だが、ジョー・
サンプルのような超一流ピアニストをバックに思いっきり歌を歌え
るなんて、レイラというシンガーは、まさにシンガー冥利に尽きる
と言える。彼のピアノをバックに歌うなどということは、歌手にと
ってこの世の最高のぜいたくである。


   マジック。

   ジョーの姿を右後方から見た。  ちょうど右手の動きが視界に入
る。同じスタンウエイ社のピアノという楽器が、ジョーの指にかか
ると、「ジョーのピアノ」に変貌する。強さもありながら、独特の
ソフトでデリケートなタッチ。二小節もいらない。何音かプレイさ
れただけで、ジョー・サンプルが弾いているということがわかる。
「スタンウエイのピアノ」を「ジョーのピアノ」にしてしまう彼は
やはりマジシャンだ。
   魔術師は、そこに存在する物をないように見せ、ない物をあるよ
うに見せる。彼はそこに見えないソウルを浮かび上がらせ、そして
いとも簡単にピアノを弾いてみせ、それまでの何十年という経験、
練習、積み重ねといったものがまるで何もないように見せる。そし
て、観客はそのマジックに、酔いしれる。

   ジョーの指は、魔術師の指・・・。

【1999年6月8日・ファースト・ステージ・東京ブルーノート】

吉岡正晴

(2002年10月23日アップ)
    
MASAHARU YOSHIOKA
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