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ナタリー・コール・ライヴ『心の変遷、ここに』
ナタリー・コール・ライヴ
『心の変遷、ここに』
【2002年5月28日火曜・セカンド・ステージ・東京ブルーノ
ート】


  拒絶。

  75年のデビュー時に、父ナット・キング・コールの所属してい
たキャピトル・レコードだけとは契約したくないと「父親を拒絶す
ること」を条件とした娘ナタリー。皮肉にも、彼女に声をかけてき
たのは、そのキャピトルだった。そして、父親が歌てきたスタンダ
ードは歌わずに当時のはやりのR&Bを歌い成功を収めた。

  受け入れ。

  しかし、ドラッグに手を染め低迷し、どん底にいた時期に父親の
作品を再発見。レコード会社を移籍しカンバックを果たす時に、今
度は「父親の作品だけのCDを作らせてくれるレコード会社と契約
したい」という「父親を受け入れること」を条件に出した。そして
生まれた作品が、かつての父親の作品ばかりを録音した『アンフォ
ーゲッタブル』(91年)だった。

  「次の曲はペギー・リーがヒットさせ、その後メル・トーメも歌
った作品です。そして、とある紳士、その名はミスター・ナット・
キング・コールも歌った曲です」と言って歌い始めたのが『ホエア
・キャン・アイ・ゴー・ウィズアウト・ユー(君ありてこそ)』」
。すっかり父ナットの作品を歌いこなすことに慣れた娘ナタリーの
堂々たる姿がそこに存在していた。

  「アンフォーゲッタブル」では、父親の歌声がナタリーの傍にそ
っとやさしく寄り添う。これを録音した時、父は34歳、娘は41
歳になっていた。いつしか娘が父親の年令を越えていた。この日も
、録音されたナットの声を使いナタリーが丁寧に「アンフォーゲッ
タブル」を歌う。イントロが流れた瞬間、超満員の会場からも、大
きな拍手が沸く。拒絶から受け入れへ、この曲には彼女の16年に
及ぶ心の変遷が刻み込まれている。

【2002年5月28日火曜・セカンド・ステージ  東京ブルーノ
ート】
(音楽評論家・吉岡正晴)

(毎日新聞2002年6月1日付け夕刊・楽庫に掲載)  
    
MASAHARU YOSHIOKA
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