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レイラ・ハザウエイ・ライヴ『裸足のディーヴァ』
レイラ・ハザウエイ・ライヴ『裸足のディーヴァ』
【2003年2月14日金曜・ファースト・東京ブルーノート】

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『裸足のディーヴァ』


   裸足。

   地球の鼓動を感じるため、靴を履かずに大地を踏みしめることは
大いに意義がある。地球のリズムを感じ、それを自らの身体のリズ
ムと同調させ、さらに、そこで奏でられる音楽のリズムと合体でき
れば、それは素晴らしいものになるにちがいない。

   今回、久々の単独ソロ公演のレイラ・ハザウエイは、いつも裸足
でステージに立つ。過去だした2枚のソロCDとジョー・サンプル
との共演にて傑作『ソング・リヴズ・オン』からの作品を中心に、
今年でる新作に収録予定の新曲まで13曲80分。

   圧巻は中盤のスローの曲群。「ワン・デイ・アイル・フライ・ア
ウエイ」、「ホエン・ユア・ライフ・ワズ・ロウ」、「フォー・オ
ール・ウィ・ノウ」など低音で圧倒的に聴く者を支配する。発音、
歌い方、フレージング。そうした要素は単語に息吹を与える必要条
件だが、レイラはそれを事もなげに完璧に行なう。

   彼女が歌えば、アルファベットの羅列である単語に息吹が与えら
れ、単語の連続である文章に生命が宿り、メロディーとともにソウ
ルが浮かび上がる。

   「私たちの知る限り、二人はもう二度と会わないかもしれない」
(「フォー・オール・ウィ・ノウ」)と彼女が歌う瞬間、その悲恋
の物語自体がブルーノートの空間を漂う。まさに、ストーリーテラ
ーである。

   低い声が落ち着きを与えるレイラにとってはコンテンポラリーな
R&B系の曲よりスタンダード曲をじっくり歌うほうが何倍も魅力
が輝く。それぞれの歌手にとって適合するジャンルが必ずある。父
親(ダニー)の光と影に惑わされることなくレイラは見事にそれを
見つけた。

   彼女は再び裸足でステージに上がる。レイラは21世紀の裸足の
ディーヴァ。

【2003年2月14日金曜・ファースト・東京ブルーノート】
吉岡正晴  (音楽評論家)

(毎日新聞2003年2月22日付け・夕刊・楽庫に掲載)
(新聞掲載タイトルは、『ディーヴァは裸足』)



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(ALTERNATIVE VERSION)

レイラ・ハザウエイ・ライヴ:
『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』


   男は、根津美術館を出てぶらぶらと骨董通りに向かって歩いてい
た。きらびやかなブティックを横目に見ながら進むと「TONIGHT:
LALAH HATHAWAY」 のポスターが目についた。しばしその前で見てい
た彼は、吸い込まれるようにその店に入った。

   女は骨董通りの雑貨屋でみつけた小さなかわいいチョコレ−トを
特に理由もなく買い、ぶらぶらと「パパス・カフェ」の角を左に曲
がった。そして、同じ様に同じポスターに引きつけられ、なんとな
く音楽が聴きたくなり店に入った。

   満員の店内で二人はそれぞれ一人客だったので、向かいの席にな
った。店のパンフレットを見ていた二人は顔をあげた瞬間に目があ
った。どちらからともなく会話が始まった。しばらくすると店内の
照明が落ち、小柄なレイラが彼らの横を通って登場した。

   3曲ほど歌ってレイラがマイクを取った。「今日は、ヴァレンタ
イン・デイなのね。そこで特別にこの曲を歌うわ」  そう言って歌
い始めたのが「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」だった。

   彼らは「ワン・デイ・アイル・フライ・アウエイ」から「ホエン
・ユア・ライフ・ワズ・ロウ」のしっとりとした曲調に胸を打たれ
ていた。特にピアノ一本をバックに彼女が歌ったスタンダードの「
フォー・オール・ウィ・ノウ」は、圧巻だった。レイラが歌う言葉
の発音、フレージングが単語に息吹を与え、メロディーに生命を宿
しているようだった。

   アンコールが終わると二人は今まで目前で起こっていたことを反
芻(はんすう)するかのようにしゃべり始めた。「これでバックの
ピアノがジョー・サンプルだったら言うことないのに」

   帰り際、女は男にさっき買った小さなチョコレートの包みを手渡
した。

【2月14日  東京ブルーノート】  吉岡正晴
    
MASAHARU YOSHIOKA
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