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インディア・アリー・ライヴ『トラヴェラーズ・クロッシング(旅人達の交差点)』
インディア・アリー・ライヴ『トラヴェラーズ・クロッシング(旅人達の交差点)』

インディア・アリー・ライヴ
『トラヴェラーズ・クロッシング(旅人達の交差点)』
【2002年10月3日木曜・赤坂ブリッツ】

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   旅。

   行き付けのソウル・バーのカウンター。男はいつもと同じ一番端
の席に静かに座って、目の前でマスターがかける曲に耳を傾けてい
た。白ワインとミックス・ナッツが無造作に置かれている。普段は
70年代か80年代のソウル、R&Bしかかからない店で、ふと違
ったサウンドが流れてきた。
   「これ何、マスター?」
   「これね、インディア・アリーっていう新人の新譜で『ヴォヤー
ジ・トゥ・インディア(インディアへの旅)』っていうんですよ」
   「いい声してて、いい感じだね。打込の音にはうんざりだけど、
こういう生音系のはいいよねえ」
   「これ、実は私が持ってきて、マスターに無理言ってかけてもら
ったんです」  同じ様にカウンターのもう一方の端に一人で座って
いたモデルのような美女が言った。
   「ああ、そうでしたか。道理で。マスターの趣味とは思えないも
んなあ(笑)」
   マスターが苦笑いしながら言う。「今度来日するんですよ。気に
入られたんだったら、お二人で行かれたらどうです?」
   マスターは旅の案内人になっていた。


   誕生日。

   赤坂ブリッツは、若者でごった返していた。前座が終わった後、
インディアは、真っ白のインド風サリーのようないでたちで登場し
た。
   「うわ、エリカ・バドゥみたい!」  彼女は驚いた。インディア
は「サム・クック、マーヴィン・ゲイ、ダニー・ハザウエイ、そう
いう人たちが(私たちへの)扉を開いてくれました。変革は訪れる
のです(「チェンジ・イズ・ゴナ・カム」=サム・クックのヒット
曲とかけている)」と言ってから音楽を始めた。
   バンドは、ギター、ドラムス、ベース、キーボードにコーラス二
人(うち一人はローネイ)という布陣。アコースティックなサウン
ドをバックにどこかトレイシー・チャップマン、デズリーを思わせ
る歌声が響く。
   しばらく歌った後、キーボード奏者が突然「ハッピー・バースデ
イ」を歌いだした。そう、ちょうど前日が彼女の27回目のバース
デイだったのだ。バンド全員と観客が一体となって「ハッピー・バ
ースデイ」を歌うと彼女は感極まって泣いてしまい、一度、舞台袖
にひきあげてしまった。素直な人柄が出た一瞬だった。
   「彼女の誕生日(10月2日)がガンジー(マハトマ=インド建
国の父)と一緒なんで、母親がインディアと名付けたらしいのよ」
   彼女は男に言った。


   驚き。

   「この曲は、自分が愛を感じた時に、作った曲なの」とインディ
ア自身が解説して歌い始めたのが、新作に収録されている「ビュー
ティフル・サプライズ」だ。
   「あなたの名前さえ知らなかったのが、ほんの昨日のように思え
る。でも、今日、あなたはいつも私の心の中。こんな風になるなん
て、まったく予想してなかった。あなたは、素晴らしい驚きの贈り
物・・・」
   「あなたはいつも私の心の中(you are always on my mind) 」の繰
り返しが印象に残る。
   ギター一本で弾き語りを見せる彼女に会場は静まり返った。
   「声がよく通るね」  男は言った。
   「そうね。とってもオーガニックなサウンドね。でもステージは
あんまり慣れてない雰囲気ね。初々しいというか」
   「グラミー賞に出た後、ジャマイカに行って、そこで書いた曲」
と言って歌い始めたのが、最新作からの第一弾シングルとなった「
リトル・シングス」。
   大ヒット曲「ビデオ」を終えると、彼女は一旦ステージから去っ
た。そして、大きな拍手に導かれ、アンコール曲「レディー・フォ
ー・ラヴ」を歌う。再びギター一本で歌うインディア。
   「確かに声に力はあるね」
   「そうね。これからが楽しみね」
   客席に照明がついた。
   「食事でもしようか」
   「やっぱり、今夜はインド料理かしら」
   男は笑いながらうなずいた。彼らは近くのインド・レストランに
はいった。安いワインを飲みながらナンとカレーをさかなに、二人
はお互いのことを話した。当然、好きな音楽はかなりの部分で一致
していた。あのマニアックなソウルバーにそれぞれが一人で足を運
んでいたのだから。


   交差。

   食事が終わると、どちらが言うともなく、彼らは出会ったソウル
バーへ向かった。そこでマスターにその日のインディアのライヴの
感想を語る二人はいつしか体を寄せ合っていた。
   マスターが言った。「じゃあ、お二人のために、インディアの新
作タイトルの由来となった曲をプレゼントしましょう」
   彼はスティーヴィー・ワンダーのアルバム『ジャーニー・スルー
・ザ・シークレット・ライフ・オブ・プランツ』から一曲のインス
ト曲をかけた。シタールの音も印象的なそのタイトルは、「ヴォヤ
ージ・トゥ・インディア(インディアへの旅)」と名付けられてい
た。
   「彼女は、この曲にインスパイアーされて、アルバムのタイトル
にしたらしいですよ」  マスターが解説した。
   「そうなんだ」  相槌を打ちながら、彼はカウンターの下でマス
ターに見つからないように、彼女の手を握っていた。マスターは、
続けて「ビューティフル・サプライズ」をかけた。3人ともその曲
の意味を知っているようだった。

   それまで見知らぬ同士だった二人の旅人が交差した。

【2002年10月3日木曜・赤坂ブリッツ】

(吉岡正晴)

(ショート・ヴァージョンを、毎日新聞2002年10月12日付
け夕刊・楽庫に掲載)

(2002年10月15日アップ)







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(毎日新聞掲載分・ショート・ヴァージョン)

(上記オリジナル・ロング・ヴァージョンを文字数の関係で大幅に
短縮したショート・ヴァージョンです)


『旅人達の交差点』

   旅。「これ何?」  男は行きつけのソウルバーのマスターに尋ね
た。「インディア・アリーっていう新人の新譜『インディアの旅』
ですよ」
   「いい声してる。打込の音にはうんざりだけど、こういう生音系
のはいいね」
   「これ、実は私が持ってきてマスターに無理言ってかけてもらっ
たんです」  カウンターの端に一人で座っていたモデルのような美
女が言った。
   「ああ、そうでしたか。道理で。マスターの趣味とは思えないも
んなあ(笑)」
   旅案内のマスターが言う。「今度来日するんですよ。お二人で行
かれたらどうです?」

   赤坂ブリッツは、若者でごった返していた。インディアは、真白
のインド風サリーのようないでたちで登場した。
   「うわ、エリカ・バドゥみたい!」  彼女は驚いた。
   アコースティックなサウンドをバックにどこかトレーシー・チャ
ップマン、デズリーを思わせる歌声が響く。
   「この曲は、自分が愛を感じた時に作った曲」と彼女自身が解説
し歌い始めたのが新作収録の「ビューティフル・サプライズ」だ。
ギター一本で弾き語る彼女に会場は静まり返った。
   「声がよく通るね」  男は言った。「そうね。とってもオーガニ
ックなサウンドね。でもステージはあんまり慣れてない雰囲気ね。
初々しいというか」
   ショウが終わると二人は出会ったソウルバーへ向かった。そこで
ライヴの感想を語る二人はいつしか体を寄せ合っていた。
   マスターが言った。「じゃあお二人に1曲プレゼントしましょう
」  彼はスティーヴィー・ワンダーの曲をかけた。「インディアへ
の旅」と題されていた。彼はカウンターの下でマスターに見つから
ないように彼女の手を握った。それまで見知らぬ同士だった旅人が
交差した。

10月3日赤坂ブリッツ。吉岡正晴

(毎日新聞2002年10月12日付け夕刊・楽庫に掲載)
    
MASAHARU YOSHIOKA
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