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オムニバス『ディスコ・ナイツ2』
ディスコ・ナイツ(2) <== Go to Amazon.co.jp
オムニバス
『ディスコ・ナイツ2』
ソニー SICP−236
1995円
2002年11月20日発売

原題 DISCO NIGHTS 2
日本編集
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   今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

   数々のアーティストによる『ディスコ・ナイツVOL.2』

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塗り替えられたその曲の思い出

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   上書き。

   京都の大学に行っていた彼女は神戸生まれ。キャンパスで知りあ
い親しくなった彼とよくディスコやソウルバーに行った。彼も音楽
が大好きで、ディスコやソウルバーでかかる曲のレコードやCDを
集めては、自分で編集したカセットを作ってくれた。何本もくれた
テープの中で特に気に入った一本があった。よく行っていたディス
コでかかっていた曲ばかりを集めたものだった。

   彼女は曲名やアーティスト名は知らなかったが、その曲のメロデ
ィー、歌、サウンド、そして、そのカセットに入っている曲の順番
さえすべて覚えていた。車の中で、部屋で、それこそ擦り切れるほ
ど聴いたテープ。何本もあったが、一本だけ今、彼女の手元に残っ
ている。曲名とアーティスト名を覚えていた唯一の曲、大好きだっ
た曲が入っていたそのテープだけを大事に取っておいたのだ。

   それが、シェリル・リンの「シェイク・イット・アップ・トゥナ
イト(パーティー・トゥナイト)」だった。いまだにその古いカセ
ットを聴くと、ふと京都のこと、京都時代の彼、友人たち、行った
店、当時住んでいた部屋、キャンパスの風景、学園祭、話したこと
などだけでなく、空気や匂さえもが、淡い思い出としてよみがえっ
てくる。


   大学を卒業した彼女は就職のために、東京に出て来た。いつしか
遠距離になってしまった京都の彼と別れ、  東京で新しい彼ができ
た。

   その彼も偶然音楽好きだった。彼女よりも8つ年上の彼は、昔の
ヒットから最新の曲までまんべんなくよく知っていた。そして、い
ろいろな曲を集めたMDを何本も作ってくれた。かつてはカセット
だった「マイ・ベスト」のオムニバスが今はMDになっていた。

   「はい、これ新しいの」

   彼はまた新作のMDをカーステレオにいれてくれた。桜もそろそ
ろ散り始める陽気な春の休日。ふたりのその日のデートは横浜。レ
インボー・ブリッジから湾岸線に入り、車は爽快に走り続ける。正
面の西日がまぶしい。スピーカーからは気持ちのいいダンス・ナン
バーが流れている。

   そして、まもなくベイブリッジに差しかかろうとしたその時、次
の曲のイントロがかかった。  彼女の表情が変わった。シェリル・
リンの「シェイク・イット・アップ・トゥナイト」が流れ出したの
だ。

   「あ、これっ!?」

   「どうしたの?」

   「うん、これ京都時代にすっごくよく聴いたの・・・」

   右手に小さく見えていたランドマーク・タワーがゆっくりと大き
くなっていた。彼女は京都時代が一番楽しかった、と言った。そし
て、「ひょっとしたら東京には自分の居場所はないんじゃないかと
思うことがある」と寂しそうにぽつりと言った。

   「そんなことはないよ。君が東京にいる理由を僕が作ってみせる
よ」と彼は言った。

   彼は「シェイク・イット・アップ・トゥナイト」を3度ほどリピ
ート再生した。

   みなと未来のフューチャリスティックな風景を黙ってずっと見て
いた彼女が再び口を開いた。

   「なんだか、この曲、今最初に聴いた時は京都時代の彼が浮かん
だんだけど、何度か聴いているうちに、この曲の記憶があなたに塗
り替えられたような気がするわ」

   彼は彼女の目を見て黙ってうなずいた。

   その曲の思い出が上書きされた瞬間、ランドマーク・タワーは見
あげるほど大きくなっていた・・・。



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■CD/アーティスト/曲目紹介
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   本作は、2002年6月に発売されて大好評を博した日本編集の
ディスコ・ヒットのオムニバス盤『ディスコ・ナイツ』の第二弾。
まだまだ強力曲が続々登場する。あなたの曲の思い出は、果たして
上書きされるだろうか。

1.ブギー・ワンダーランド/アース・ウインド&ファイアー

   日本でもっとも人気があるブラック系グループと言えば、このア
ースにとどめをさす。その彼らの日本での人気を決定づけたのが、
「セプテンバー」と並んでヒットしたこの通称「ブギワン」。彼ら
がグループとして初来日(79年3月)した直後の79年5月から
大ヒット。ソウル・チャート(以下ソウルと略)で最高位2位、ポ
ップ・チャート(以下ポップと略)で6位、ディスコ・チャート(
以下ディスコと略)で14位を記録。アースのシングルとしては、
初めて12インチ・シングルがリリースされて、ディスコなどでも
大ヒットした。バックのコーラスをつけているのはアースのリーダ
ー、モーリス・ホワイトがプロデュースしたエモーションズ。

2.天使のささやき/スリー・ディグリーズ

   70年代初期、日本ではいわゆる「ニュー・ソウル・ブーム」と
いう現象が起きた。アメリカで人気を集め始めた従来の泥臭いR&
Bより一歩洗練されたソウル・ミュージックが、少しずづ日本にも
入ってきて、注目されるようになった。その先陣を切ったアーティ
ストのひとつが、このスリー・ディグリーズ。スタイリスティック
ス、スティーヴィー・ワンダーなどと並んで、日本ではソウルは売
れないという概念を覆すほどのアーティストになった。この「天使
のささやき」は、日本で74年6月に行なわれた第3回東京音楽祭
で金賞を獲得しヒット。その後、アメリカでも74年9月からヒッ
ト。ソウルで4位、ポップで2位を記録した。

3.イージー・ラヴァー/フィリップ・ベイリー&フィル・コリン
ズ

   アメリカ、イギリスを代表するふたりのフィルのデュエット。ア
メリカは、アースのリードのひとり、フィリップ・ベイリー、もう
ひとりは、ジェネシスのフィル・コリンズ。フィリップ・ベイリー
は、1951年5月8日コロラド州デンヴァー生まれ。71年、モ
ーリスに誘われてたアース入り。グループのファルセットを歌うシ
ンガーとして多くのヒットを生み出す。一方、フィル・コリンズは
1951年1月30日イギリス・ロンドン生まれ。75年から95
年までロック・グループ、ジェネシスのリード・シンガー。グルー
プ活動と並行してソロ活動も。「イージー・ラヴァー」は84年1
2月からヒットし、ブラックで3位、ポップで2位。

4.シェイク・イット・アップ・トゥナイト/シェリル・リン

   底抜けに明るいキャラクターを持ったシェリル・リンは、78年
の「ガット・トゥ・ビー・リアル」で、一躍ダンス・ミュージック
・シーンのスターになった。その後、2作目をはさんで当時、自ら
もレイディオというグループで大ヒットを放っていたレイ・パーカ
・ジュニアをプロデューサーに迎えて発表したのが、『イン・ザ・
ナイト』のアルバム。この「シェイク・イット・・・」は、同アル
バムからの最初のヒット。  81年5月からヒットし、ソウルで5
位、ポップで70位、ディスコ・チャートでは、「LPオール・カ
ット」で5位を記録。日本でも、「ガット・トゥ・ビー・・・」と
並んでディスコを中心に大ヒットになった。

5.ヤング・ガール/アイズレー・ブラザーズ

   日本でも「ソウル・レディ」などの大ヒットで知られるオハイオ
州シンシナティー出身のセルフ・コンテインド・グループ、アイズ
レー・ブラザースの81年3月発売の作品『グランド・スラム』に
収録されている1曲。シングル・カットはされていない。イントロ
からアーニー・アイズレーのごきげんなギターがはいる、いかにも
アイズレー・ブラザースというサウンドのミディアム曲。このアル
バムからは、「フー・セッド」、「ハリー・アップ・アンド・ウエ
イト」、バラードの「アイ・ワンス・ハド・ユア・ラヴ」などがヒ
ットし、アルバム自体ゴールド・ディスクに輝いた。ロナルドのセ
クシー・ヴォーカルは相変わらず健在。

6.トランプス・ディスコのテーマ(なるほど・ザ・ワールドのテ
ーマ)/トランプス

   フィラデルフィア出身の元々はR&Bヴォーカル・グループ。
65年に結成されたヴォルケイノスが前身。その後メンバーが増え
てバンドもつき、72年にブッダ・レーベルから「ジング・ウエン
ト・ザ・ストリングス・オブ・マイ・ハート」(1943年のジュ
ディー・ガーランドのヒット、さらに63年にフュリーズでヒット
)をディスコ調にカヴァーし、ソウルで17位を記録、一躍注目さ
れた。その後フィラデルフィア・インター傘下のレーベルに移籍、
75年にアルバム『トランプス』を発表。この中に「ジング・・・
」のインストゥルメンタル版とも言えるこの「ディスコのテーマ」
が収録された。これはテレビ番組のテーマになり日本でもヒット。

7.ディスコ・レディ/ジョニー・テイラー

   ディスコ・ブームの到来とともに、それほどディスコと縁がない
シンガーも、ディスコをネタにした作品をリリースし、ヒットを生
み出すようになった76年。元来本格的なR&Bシンガーだったジ
ョニー・テイラーが、ゆったりしたミディアム調のディスコをテー
マにした作品を送り出した。それがこのずばり「ディスコ・レディ
」。76年1月からヒット、ソウル、ポップ両部門で1位を記録。
ジョニー・テイラーは、1938年5月5日アーカンソー州クロフ
ォーズヴィル生まれ。60年代にメンフィスの名門R&Bソウル・
レーベル、スタックスから多数のヒットを放った。その後CBS、
マラコなどでヒットを出し、2000年5月31日死去。

8.  ゲッタウェイ/アース・ウインド&ファイアー

   この「ゲッタウェイ」は、76年7月からヒット。  ソウルで1
位、ポップで12位を記録。アースにとってはソウル部門での3曲
目のナンバー・ワン・ヒットになった。日本ではまだこの時点では
アース人気もまだ大きくなく、六本木・赤坂など一部のブラザーが
集まるディスコのみで支持されていた程度で、一般的には知られて
いないかった。収録アルバムは、76年9月発表の『スピリット』
で、同アルバムのトップを飾る曲。このアルバムのジャケットは、
黄色をベースにした色彩で、ジャケット中央にピラミッドが描かれ
ているもの。モーリスはこの頃からエジプトやピラミッドなどに興
味を持ち、様々な勉強をしていた。

9.涙のディスコティック/フィリー・ディヴォーションズ

   ディスコティックという存在が74年頃からニューヨーク近辺を
中心に盛り上がりを見せ始めた頃、ディスコでプレイされている曲
の多くはソウル、R&Bのヒットで、その中でも特にフィラデルフ
ィア・サウンドはもっとも人気があるものだった。このフィリー・
デヴォーションズも、そんな人気のフィラデルフィア・サウンドで
シーンに登場したグループ。男性4人組で、74年地元のインディ
・レーベルから発売したものを米コロンビアが注目、全米の発売権
を獲得。75年2月にリリースしたところ、ソウルで81位、ポッ
プで95位を記録。全国チャートではそれほどではないが、ディス
コ・チャートでは軒並みトップ10に入る大ヒットを記録した。

10.ウォンテッド/ドゥーリーズ

   イギリス出身の8人組ポップ・コーラス・グループ。イギリスの
イルフォードという街でドゥーリー兄弟姉妹を中心に70年頃に結
成された。77年にイギリスのGTOレコードと契約してから徐々
にヒットがでるようになった。  いくつかポップ・ヒットを放った
後、79年6月からこの「ウォンテッド」がヒット、全英チャート
で最高位3位を記録した。この頃、いわゆるガール・グループの中
でも特にポップな曲を歌うグループが人気となっていた。このドゥ
ーリーズも、第二のアバなどともてはやされた。この他にノーラン
ズなどが、ポップなガール・グループとして大きな人気を集めた。
やはり、「ウォンテッド」は、新宿のディスコを中心に大ヒット。

11.アンド・カウント・2・テン/デッド・オア・アライヴ

   いわゆるソウル、R&Bが主流だったダンス・ミュージックの世
界にヨーロッパからの作品が流入し始めたのが75年のこと。西ド
イツ(=当時、現在のドイツ)のミュンヘンから登場したシルヴァ
ー・コンヴェンション、ドナ・サマーらの大ヒットによって、ユー
ロ・ディスコが注目されるようになった。その後もこのヨーロッパ
からのダンス作品はコンスタントに注目され、80年代に入ると「
ユーロビート」の名の元に、ヒットを続出するようになる。このデ
ッド・オア・アライヴは、ピート・バーンズ(1959年8月5日
イギリス生まれ)によってリヴァプールで結成されたバンド。これ
は88年9月に小ヒット。全英チャートで70位を記録。

12.レッツ・ヒア・イット・フォー・ザ・ボーイ/デニース・ウ
ィリアムス

   ジャクソンズと同郷のインディアナ州ゲイリー出身のシンガー。
1951年6月3日生まれ。60年代後期に地元のインディでシン
グルを出した後、70年代に入ってスティーヴィー・ワンダーのバ
ック・コーラス・グループ、ワンダーラヴの一員となった。その後
76年、アースのモーリス・ホワイトに認められ、彼のプロデュー
スでソロ・デビュー。いきなり「フリー」が大ヒット。その後もコ
ンスタントにヒットを放ち、84年4月からこの「レッツ・ヒア・
イット・フォー・ザ・ボーイ」がヒット。これは大ヒット映画『フ
ットルーズ』の挿入歌として注目され、ブラック、ポップ、ディス
コでも1位という三冠王を獲得し、彼女の代表曲となった。

13.ラヴリー・ワン/ザ・ジャクソンズ

   マイケル・ジャクソンを中心とした兄弟グループ。69年、モー
タウン・レコードから「ジャクソン・ファイヴ」としてセンセーシ
ョナルにデビューし大ヒットを重ね、76年、レコード会社移籍と
ともにグループ名を「ジャクソンズ」とした。この「ラヴリー・ワ
ン」は、80年10月からヒット。  ソウルで2位、ポップで12
位、ディスコで1位を記録。それまでの3作品は、フィラデルフィ
アのギャンブル&ハフ他がプロデュースしていたが、自分たちのプ
ロデュースしたアルバム『トライアンフ』からの第1弾シングル。
このアルバムが出る前年(79年)にマイケル・ジャクソンのソロ
『オフ・ザ・ウォール』が大ヒットして、注目された作品。

14.ディスコ天国/ピープルズ・チョイス

   これも74年〜75年のディスコ創世記のフィラデルフィアから
の大ヒット曲のひとつ。フィラデルフィア出身のフランキー・ブラ
ンソンを中心とした6人組バンド。長く地元のライヴハウスなどで
演奏していたが、74年、フィラデルフィア・インターナショナル
傘下のTSOPレーベルと契約。第2弾シングルの本作が75年7
月からヒット。ソウルで1位、ポップで11位を記録。後にジャン
グル・ブラザース(「ホワッチュー・ウエイティン・フォー」)、
パブリック・エナミー(「シェイク・ユア・ブーティー」)、トゥ
ーパック(フーラ・イフ・ユー・ヒア・ミー)などがこの曲をサン
プリングする。まさにダンス・クラシックな1曲。

15.ラヴ・トレイン/オージェイズ

   72年の「裏切り者のテーマ」の大ヒットで一躍メジャー・グル
ープの仲間入りを果たしたオハイオ州クリーヴランド出身のR&B
ヴォーカル・グループ。「裏切り者・・・」以来、フィラデルフィ
アの名プロデューサー、ギャンブル&ハフのプロデュースのもと次
々と大ヒットを放ち、彼らの持つフィラデルフィア・インターナシ
ョナル・レコードの大黒柱的存在になった。この「ラヴ・トレイン
」は73年1月からヒット。ソウル、ポップ両部門で1位に輝き、
彼らの初期の代表作のひとつとなっている。メッセージ的にも、世
界中のみんな「愛の列車にみんなで仲良く乗ろう」といった普遍的
なもので、後に様々なアーティストにカヴァーされる。

16.シャイニング・スター/アース・ウインド&ファイアー

   アースは69年に結成された後、73年にCBSに移籍してから
徐々に小ヒットが出るようになったが、この「シャイニング・スタ
ー」は、彼らにとって初めてのソウル・チャートおよびポップでの
ナンバー・ワン・ヒット。  75年2月からヒットし、ソウルで1
位、ポップで1位を記録。アメリカではこの作品で一挙に大ブレイ
クしたといっていい。75年3月発表のアルバム『ザッツ・ザ・ウ
エイ・オブ・ザ・ワールド(邦題、暗黒への挑戦)』のトップを飾
るアップ・テンポの作品。アースらしいギターのイントロから、ア
カペラでかっこよく終わるエンディングまで、まさに完璧な1曲。
この曲の後にはいる「暗黒への挑戦」がまた格別。

17.ユー・スピン・ミー・ラウンド/デッド・オア・アライヴ

   デッド・オア・アライヴは、実質的にはピート・バーンズのグル
ープ。84年3月、イギリスCBSからKC&ザ・サンシャイン・
バンドの大ヒット「ザッツ・ザ・ウエイ」をカヴァーしてヒットを
放ち、一躍注目された。続いてリリースしたのが、84年11月に
発表されたこの「ユー・スピン・ミー・アラウンド」。これは全英
で1位を記録する大ヒットに。さらに、翌85年6月から今度はア
メリカで大ヒット。ポップで11位、ディスコ部門では、「セール
ス・チャート」、「クラブ・プレイ・チャート」の両部門で4位を
記録した。化粧をしたピートは、ヴィジュアル系アーティストとし
ても注目され、いわゆる「ユーロビート」のはしりともなった。


   これでこの数々のアーティストの『ディスコ・ナイツ  VOL
2.』のアルバムはもうおしまい。いかがでしたか。このCDがあ
なたのCDライブラリーにおいて愛聴盤となることを願って・・・


[SEPTEMBER 16、 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"
"LINERNOTES SINCE 1975"
http://www.soulsearchin.com

(2002年11月21日アップ)
    
[SEPTEMBER 16、 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
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