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オムニバス『ディスコ・ナイツ』
cover
オムニバス
『ディスコ・ナイツ』
ソニー
SICP−141
1995円

2002年6月5日発売
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  今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

  数々のアーティストによる『ディスコ・ナイツ』

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『サタデイ・ナイト・フィーヴァー』のあの頃

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  「じゃあ、今夜ディスコ行こうか」

  「行こう、行こう」

  「どこ行く?  六本木、新宿?」

  「そうだなあ・・・。どっちにしようか」

  1978年から79年にかけて、黄昏時になると若者たちの間で
当たり前のようにかわされた会話だ。

  77年12月、全米で青春ディスコ映画『サタデイ・ナイト・フ
ィーヴァー』が公開され、翌年日本に上陸すると、この地でも大ヒ
ット。ジョン・トラヴォルタが着た白のスーツと「フィーヴァー」
は流行語になった。

  新宿であれば「ニューヨーク・ニューヨーク」、「カンタベリー
・ハウス」、「サーカス・サーカス」、「ツバキ・ハウス」などな
ど。六本木なら「キサナドゥー」、「ネペンタ」、「フーフー」。
芝浦の「ゴールド」、「ジュリアナ」。その他なら「マハラジャ」
や「キング・アンド・クイーン」・・・。

  実に様々なディスコが70年代から90年代を席巻した。ディス
コによってかかる音楽は微妙に違っていた。いわゆるユーロビート
的な作品をかけるディスコ、ファンク/ソウル中心のディスコ、テ
クノ中心の店、様々にジャンル分け、細分化され90年代に突入す
る。店が小型化し、ディスコという名がいつしかクラブと呼ばれる
ようになり、70年代から80年代にかけてのディスコ・ヒットは
いつしか「ダンス・クラシック」と呼ばれるようになった。

  2002年という年になり、今や90年代前半がすでにオールデ
ィーズになり始めている。「十年一昔」という。92年でも、はや
10年前なのだ。70年代、80年代は、もう充分にクラシックで
あり、オールディーズだ。

  音楽の力の素晴らしいところは、昔聴いた曲によって、その曲を
聴いた時のことや状況などが思い起こされる点だ。これを聴いた時
、どこそこで誰々と何をした、といったことが瞬時に思いだされる
。音楽とともに、記憶の映像がフラッシュバックする。音楽はその
点で、記憶のフラッシュバックをお手伝いする貴重なサポーターで
ある。

  このCDには、そんなあなたの記憶のフラッシュバックを手伝う
ダンス・クラシックのヒットの数々が収録されている。これらの曲
がはやっていた時、あなたは、どこで誰と何をしていましたか?


■アーティスト/曲目紹介

1.セプテンバー/アース・ウインド&ファイアー

  モーリス・ホワイト率いる大型グループ、アース・ウインド&フ
ァイアーの大ヒット曲のひとつ。最近では日本の歌手、ダンスマン
がカヴァーしたことでも有名になっっている。アースのものは、7
8年11月からヒット、ソウルで1位、ポップで8位を記録。タイ
トルは「セプテンバー」で9月だが実はこれは12月の歌。12月
に9月21日の夜のことを思いだしているという状況の作品。78
年2月から「宇宙のファンタジー」が大ヒットした後、「ガット・
トゥ・ゲット・ユー・イントゥ・マイ・ライフ」をはさんでヒット
。アースの日本における人気を決定づけた1曲。キャッチーなイン
トロが流れるとそれだけでダンスフロアに人が集まる。

2.プレイ・ザット・ファンキー・ミュージック/ワイルド・チェ
リー

  これは比較的ダンス・クラシックの中でも一発屋的アーティスト
の作品。ワイルド・チェリーは、オハイオ州ステューベンヴィルで
結成された白人のファンク・グループ。76年7月からこのロッキ
ッシュでファンキーな作品が大ヒット。ソウル、ポップ両部門で1
位、ディスコで12位を記録。いきなり人気者となった。しかし、
これ以後は小ヒットが3曲でるが、いずれも「プレイ・ザット・・
・」を越えるヒットには至っていない。それだけにワイルド・チェ
リー・イコールこの「プレイ・・・」といった印象を植え付けた。
特にギターのうねりが、ロック的要素を醸しだす一方、リズム・パ
ターンとヴォーカルがファンキーなイメージを作った。

3.ブギー・ナイツ/ヒートウェイヴ

  ドイツで70年代中期にアメリカ人、イギリス人、ドイツ人など
で結成された多国籍ファンク・バンド。メンバーは、ジョニーとキ
ース・ワイルダー兄弟、ロッド・テンパートン、デレク・ブランブ
ルなど。いくつかのヒットをイギリスで放った後、この「ブギー・
ナイト」が77年7月からアメリカでも大ヒット。ソウルで5位、
ポップで2位を記録。これ以降スローの「オールウエイズ・アンド
ーフォーエヴァー」、ダンス曲「グルーヴ・ライン」などが大ヒッ
ト。またメンバーのひとり、ロッド・テンパートンは78年にグル
ープを脱退後、マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』『
スリラー』などに作品を提供する。

4.ガット・トゥ・ビー・リアル/シェリル・リン

  本名リンダ・シェリル。1957年3月11日ロスアンジェルス
生まれ。アメリカの素人参加テレビ番組『ゴング・ショウ』で「ユ
ー・アー・ソー・ビューティフル」を歌ったところ、30点満点を
取り、その模様を見ていたCBSレコードが契約を申し出た。ロッ
ク・グループ、トトのメンバーらがプロデュースにあたり満を持し
て78年8月この「ガット・・・」で全米デビュー。ソウルで1位
、ポップで12位、ディスコでは「LPカット」で11位を記録す
る大ヒットに。芸名のシェリル・リンは、ある時、プロデューサー
が家に電話して「リンダ・シェリルを出してください」というとこ
ろを過って逆に「シェリル・リンダを」と言ったことからきている
。

5、インスタント・リプレイ/ダン・ハートマン      

  エドガー・ウィンター・グループから独立し、当時世界的なブー
ムになり始めていたディスコに注目、自らディスコ・アーティスト
として打ってでたのがダン・ハートマンでその最初のヒットが「イ
ンスタント・リプレイ」。テレビのスポーツ中継などで、「ただい
まのプレイをもう一度」といってすぐにリプレイされるのが「イン
スタント・リプレイ」。78年11月からヒット、ソウルで44位
、ポップで29位、ディスコで19位を記録。彼はこの他にロリー
タ・ハロウエイの「ラヴ・センセーション」などのプロデュースも
てがけた。また、映画『ストリーツ・オブ・ファイアー』に収録さ
れた「アイ・キャン・ドリーム・アバウト・ユー」もヒット。

6.裏切り者のテーマ/オージェイズ

  1950年代後期にオハイオ州クリーヴランドでエディー・リヴ
ァート、ウォルター・ウィリアムス、ウィリアム・パウエルらによ
って結成されたR&Bヴォーカル・グループ。同地の人気ラジオD
J、エディー・オージェイからグループ名をもらった。63年、「
ロンリー・ドリフター」がヒットとなり、以後ローカル・ヒットを
多数出す。72年、フィラデルフィアのフィラデルフィア・インタ
ーナショナル・レコードに移籍。その移籍第1弾として発表したこ
の「裏切り者のテーマ」が大ヒットし、メジャー・グループになる
。ソウルで1位、ポップで3位。その後も、「ラヴ・トレイン」、
「フォー・ザ・ラヴ・オブ・マネー」など多数のヒットを放つ。

7.ベスト・オブ・マイ・ラヴ/エモーションズ

  60年代後期にシカゴで結成された元々はゴスペルを歌うファミ
リー・グループ。ワンダ、シーラ、ジーネットのハッチンソン姉妹
から成る。70年、ジーネットがいとこのテレサ・デイヴィスに交
代。その後、テレサはパメラ・ハッチンソンに交代。姉妹グループ
として人気を集める。69年、スタックス・レコードから出した「
ソー・キャン・アイ・ラヴ・ユー」がR&Bで3位を記録、74年
まで小ヒットを出す。76年、CBSに移籍。アースのモーリス・
ホワイトのプロデュースで再デビュー。この「ベスト・オブ・マイ
・ラヴ」は3枚目のシングルで、77年5月からヒット。ソウル、
ポップ両部門で1位、ディスコで11位を記録。最大のヒット。

8.レッツ・グルーヴ/アース・ウインド&ファイアー

  69年、シカゴでモーリス・ホワイトによって結成された大型グ
ループ。ソウル、ロック、ジャズ、ファンク、アフリカ音楽など様
々な音楽要素を巧みに取り入れ独特のサウンドを作りだし、70年
代から80年代を席巻した。69年ワーナーからデビュー後、73
年CBSに移籍してから、徐々にヒット曲が出るようになり、75
年の「シャイニング・スター」の大ヒットで一躍メジャー・グルー
プにのしあがった。その後「宇宙のファンタジー」、「セプテンバ
ー」、「ブギー・ワンダーランド」などの大ヒットを放ち、日本で
もっとも人気のブラック・グループとなった。これは81年10月
からヒット、ソウルで1位、ポップで3位、ディスコで3位を記録
。

9.T.S.O.P.(ソウル・トレインのテーマ)/MFSB

  フィラデルフィアを本拠とするスタジオ・ミュージシャンの集合
体をMFSBという。マザー・ファーザー・シスター・ブラザーの
略。プロデューサーのケニー・ギャンブルとリオン・ハフが中心と
なり、アレンジャーのボビー・マーティンがオーケストラを率いる
。フィラデルフィアの多くのシンガーのバックで演奏したり、オー
ケストラでインストゥルメンタル作品を録音したりした。この「T
SOP」は、テレビ番組『ソウル・トレイン』のために書き下ろさ
れた曲で、74年3月からヒット。ソウル、ポップ両部門で1位を
記録した。コーラスを担当しているのは、フィラデルフィアの歌姫
たち、スリー・ディグリーズ。

10.荒野のならず者/スリー・ディグリーズ

  スリー・ディグリーズは、60年代初期に、フィラデルフィアの
プロデューサー、リチャード・バレットが女性シンガーを集めて結
成したガール・グループ。フェイエット・ピンクニー、シーラ・フ
ァーガソン、ヴァレリー・ホリデイの3人から成る。70年、「メ
イビー」が初ヒット。その後73年にフィラデルフィア・インター
に移籍して、その第1弾として発表されたのがこの「荒野のならず
者」。全米では73年10月からヒット。ソウルで58位を記録。
アメリカではそれほどの大ヒットにはならなかったが、日本では折
からの「ニュー・ソウル・ブーム」にのり、大ヒットを記録。スタ
イリスティックスなどともに、人気ソウル・グループとなった。

11.レディ・マーマレード/ラベル

  2001年、ミュージカル映画『ムーラン・ルージュ』で新しい
アーティストたちによるヴァージョンが録音されたことによって再
度注目を集めたのがこの「レディー・マーマレード」。そのオリジ
ナルが、ラベル。ラベルは60年代初期にパティー・ラベル、サラ
・ダッシュ、ノーナ・ヘンドリックスの3人によってフィラデルフ
ィアで結成されたガール・グループ。当初はパティー・ラベル&ブ
ルーベルズと名乗っていた。小ヒットを出した後、グループ名を単
純にラベルとして、74年12月からこの「レディ・マーマレード
」が大ヒット。ソウル、ポップ両部門で1位を記録。これは南部の
プロデューサー、アラン・トゥーサンがてがけている。

12.リライト・マイ・ファイアー/ダン・ハートマン

  1950年12月8日ペンシルヴェニア州ハリスバーグ生まれ。
1972年から76年までロック・グループ、エドガー・ウィンタ
ー・グループにベース奏者、キーボード奏者として参加。その後独
立し、ディスコ系のプロデューサーに転じた。78年11月から「
インスタント・リプレイ」がディスコを中心に大ヒット。この「リ
ライト・マイ・ファイアー」は、それに続いて79年10月に12
インチでリリース、すぐにディスコを中心に大ヒットとなった。8
0年1月12付けディスコ・チャート(ビルボード誌)から6週間
1位に輝いた。アルバム『リライト・マイ・ファイアー』もリリー
スされた。94年3月、43歳で脳の病気のため急逝。    

13.ハレルヤ・ハリケーン/ウェザー・ガールズ

  70年代後期に、マーサ・ウォッシュとアイゾラ・ローズのふた
りによって結成されたヴォーカル・デュオ。ふたりの女性が共に体
重100キロを越える巨漢であったことから、当初は「トゥー・ト
ンズ・オー・ファン(2トンの重さの面白さ)」という名前で登場
。ゲイのディスコ・シンガー、シルヴェスターのバック・コーラス
を担当していた。シルヴェスターのプロデュースで、トゥー・トン
ズ・・として「ジャスト・アス」で80年にデビュー。その後82
年にウエザー・ガールズとグループ名を変えこの「レイニング・メ
ン」で再デビュー。これは82年10月からヒット。ディスコで1
位、ソウルで34位、ポップで46位を記録。

14.ソウル・レディ(パート1&2)/アイズレー・ブラザーズ

  オハイオ州シンシナティーで50年代後期に結成されたR&Bヴ
ォーカル・グループ。オケーリー、ルドルフ、ロナルドのアイズレ
ー兄弟を中心に、後にアーニー、マーヴィン、さらにいとこのクリ
ス・ジャスパーを加え6人組となる。62年、後にビートルズがカ
ヴァーする「ツイスト・アンド・シャウト」が初ヒット。以後ヒッ
トを出し、69年、「イッツ・ユア・シング」が大ヒット。さらに
73年7月からこの「ソウル・レディ」が大ヒット。ソウルで2位
、ポップで6位を記録した。以後、ソウル・チャートでは次々と大
ヒットを放ち、人気を決定付ける。86年にオケーリー死後は、リ
ード・ヴォーカルのロナルドを中心に活動中。

15.イン・ザ・ナイト/シェリル・リン

  独特のリズムの「ガット・トゥ・ビー・リアル」のヒットで一躍
スターダムにのしあがったシェリル・リンが、プロデューサーに当
時飛ぶ鳥をも落とす勢いだったレイ・パーカー・ジュニアを迎えて
発表したのが、『イン・ザ・ナイト』のアルバム。いかにも、レイ
・パーカーらしいサウンドでまとまった作品で、これはそのタイト
ル曲。アルバムからは「シェイク・イット・アップ・トゥナイト」
が81年5月からヒットし、それに続き第2弾シングルとしてこの
「イン・ザ・ナイト」が同年10月からヒットした。ソウルで79
位、ディスコでは「LPオールカット」で5位を記録。アメリカで
のチャート成績よりむしろ日本で大ヒット。

16.宇宙のファンタジー/アース・ウインド&ファイアー

  アース・ウインド&ファイアーの日本における一般的人気を決定
付けた作品。78年2月からヒット、ソウルで12位、ポップで3
2位を記録。日本では新宿のディスコを中心にブレイクし、独特の
ダンスとともに大ヒットへと結び付いた。アメリカより日本でのほ
うが人気が高い。収録アルバムは77年11月発表の『オールン・
オール(邦題、太陽神)』。メロディアスなリードを歌うのは、フ
ィリップ・ベイリー。同アルバムには、彼のファルセット・シンガ
ーとしての名声を決定づける「アイル・ライト・ア・ソング・フォ
ー・ユー」も収録されている。フィリップは、後にソロ・シンガー
として「イージー・ラヴァー」などの大ヒットを放つ。


  これでこの数々のアーティストによる『ディスコ・ナイト』のア
ルバムはもうおしまい。いかがでしたか。このCDがあなたのCD
ライブラリーにおいて愛聴盤となることを願って・・・

[APRIL 10, 2002 : MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"          
"LINERNOTES SINCE 1975"       
http://www.soulsearchin.com 
    
[APRIL 10, 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
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