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ソニア・ダダ 『ソニア・ダダ』
SONIA・DADA <== Go to Amazon.co.jp
ソニダ・ダダ
『ソニア・ダダ』
WEAジャパン WMC5−576 (廃盤)
定価2330円
1992年12月21日発売

原題 Sonia Dada
アーティスト Sonia Dada
原盤番号 CHAMELEON 61342−2
原盤発売 92年8月
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   今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

   ソニア・ダダの『ソニア・ダダ』
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シカゴの地下鉄の駅から登場し、今、世界にはばたく新人グループ
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   野心あふれる若きシンガーあるいはミュージシャン志望の連中が
まずすることは、何人かでグループを組み、ありとあらゆるチャン
スに自分たちの歌と演奏を人々に聴いてもらうということである。

   そのてっとり早い方法が、ストリート・ミュージシャンとなるこ
とだ。都会の人通りの多いところへでかけていき、自分たちが勝手
に歌あるいは演奏を繰り広げ、道行く人に聴いてもらう。ニューヨ
ークなどのストリートにはそうしたストリート・ミュージシャンが
実に多い。

   楽器を備えたバンドは、電源確保などの面でなかなかストリート
で演奏することが難しいが、それでも自家発電機をもって、派手な
ギター演奏を聴かせるミュージシャンもいる。楽器なしのいわゆる
ア・カペラのコーラスだけのグループはもっと簡単だ。コーラスを
歌う4〜5人が集まれば、集まったところが演奏会場と化す。50
年代以降、ストリート・コーナー・シンフォニーと呼ばれたのは、
そうした街角でいつでもどこでもシンフォニーを奏でるア・カペラ
・グループである。

   そうしたア・カペラ・グループも、それなりにどういうところが
練習に適しているか、人に聴かせるのに適しているか、などを動物
的な勘でよく知っている。

   スパイク・リーが監督して制作したフィルム『ドゥ・イット・ア
・カペラ』を見ると、そうしたア・カペラ・グループのことがよく
わかる。彼等は、常にエコーがあるところを捜し求めているのだ。
例えば、トイレの中、体育館、橋桁の下、そして地下鉄の構内など
など。固い壁があり、エコーが出来るところは、ア・カペラ・グル
ープの格好の巣である。ア・カペラ・グループ、パースエイジョン
ズの歌う「ルッキン・フォー・アン・エコー」は、その点でパース
エイジョンズだけでなく、全ア・カペラ・グループのアンセム(賛
歌)といっていい。

   ここに登場する新人、ソニア・ダダも、また、そうした地下鉄で
歌っていたア・カペラ・グループからその歴史をスタートさせてい
る。

   1990年春。シカゴの地下鉄の駅でのことだった。音楽の世界
での成功を夢見ていたソングライターであり、ギタリストであった
ダニエル・ラズーロは、その駅の構内のどこからか、ア・カペラの
ゴスペル・タッチのスリー・パート・ハーモニーが流れてくるのを
耳にした。彼の足はそのハーモニーがする方へ、自然に向いていっ
た。一体こんなソウルフルなハーモニーを聴かせるのは、どんな連
中なのだろう。何人でやっているのだろうか。ただ興味本位で、音
がする方向へ向かうと、そこには黒人の3人組が、実に楽しそうに
歌を歌っていた。

   この3人は、暇さえあれば、ステート・ストリートとシカゴ・ア
ヴェニューの交差するところにあるバーガー・キングの店の真下の
構内でア・カペラを歌っていた。この3人がここを選んだことに、
他意はなかった。ただ、音がよく響くことと、バーガー・キングの
前なので、多くの人が通りかかるという理由だけだった。

   この3人はいつでも、どこでも歌えた。時には中華レストランに
はいり、丸テーブルに座ると、いつの間にかだれかが箸でリズムを
とり、レストラン中に響き渡るような声でハーモニーを聴かせた。
そして、決まって一曲が終わると、レストランの客たちから喝采の
拍手がやって来た。

   3人はサム・ホーガン、パリス・デレイン、マイケル・スコット
で、彼等はいつも駅構内で歌っては、通行人が帽子の中にいれてい
くクォーター(25セント硬貨)や1ドル札を集めては、日々の生
計を立てていた。彼等も音楽で成功したいという夢を持っていた。
そして、こうした多くの人が通りがかるところで歌っていれば、い
つの日にかレコード・プロデューサーがやって来て、彼等を「発見
」してくれ、世界に売り出してくれるのではないかと思っていた。

   実際、長い間、日課のようにそこに立ち歌を歌っていたので、同
じようにそこを毎日通るビジネスマンなどにもすっかりなじみにな
っていた。

   そんな3人の歌は、ゴスペルをベースにしたしっかりとしたハー
モニーで、ダニエルはその迫力に圧倒され、立ち竦んだ。そして、
そのダニエルは、既に自分たちが組んでいるバンドと彼等を一緒に
したらどうかと考えたのである。

   ダニエルは彼等3人に自己紹介し、自分のヴィジョンを話した。

   ダニエルのバンドは、昔からの友人でギタリストのデイヴィッド
・レスニック、ドラマーのハンク・グアグリアノン、ベーシストの
エリック・スコットからなっていたが、ヴォーカリストにいい人材
がいなかった。ダニエルはこのバンドはバンドとしてのサウンドは
方向性があったものの、しっかりとしたヴォーカリストがいないた
め、そこが大きな弱点であり、音楽的ヴィジョンも明確なものにな
りづらいと感じていた。そこで、だれか強力なリード・シンガーで
も入れようかと考えたこともあった。

   そんなところに持ってきて、ダニエルは、この強力なヴォーカル
・ハーモニー軍団に出会ったのである。文字どおり、それは運命的
な出会いであった。

   ア・カペラ・グループと演奏をするバンドが手を組むということ
は、鬼に金棒のようなものだった。

   彼等は意気投合し早速リハーサルを始めた。一度リハーサルをす
るとキーボード奏者がやはり欲しいということになった。そこで、
同じシカゴ出身でダニエルの別の友人クリス・ハンボーン・キャメ
ロンを誘った。。

   キャメロンがそのときのリハーサルをこう思い出す。「彼等が僕
をリハーサルに呼んでくれて行ったんだ。すると、そのリハーサル
・ルームの部屋の半分にはマーシャル(ギター・アンプ)が天井ま
で高くつまれていて、一方、その反対を見ると黒人3人がいて、ま
るで(60年代に大活躍したR&Bヴォーカル・グループ)ドリフ
ターズのようだった。そこで、僕は言った。つまり、僕はこの二つ
の全く違うものの間に入るんだね、と」

   こうしてバンド5人ヴォーカル3人の計8人組が出来上がった。

   そして彼等はこのグループにソニア・ダダと名付けたのである。

   ヴォーカル担当のパリス・デレーンはこういう。「サムとマイケ
ルと僕は、長年一緒に歌ってきた。そして、ダニエルたちと結成し
たソニア・ダダとその音楽は、いまや一つの生き物なんだ。すべて
こうなるべきだった。今となっては、お互いなくてはならない存在
なんだ」

   パリス、サム、マイケルのハーモニー・コーラス隊の方は、比較
的ゴスペルに根付いたR&B、ソウルを歌っていたが、バンドの方
は、一つの音楽カテゴリーにとどまらない音楽的方向性を持ってい
た。ロック、ヘヴィー・メタルのようなもの、ファンク、ジャズ、
フォーク、そして、ソウルといったありとあらゆる要素を持ってい
た。

   ダニエル・ラズーロがこう語る。「サイケデリックなもの、AC
/DCのようなハード・ロック、ゴスペル、黒人のシンガー、ホワ
イト・ジャズ・・・。これをみんな合わせるのさ。うまく行くだろ
う」

   こうして、彼等ソニア・ダダの音楽性は、実に多様性のあるもの
になった。今上げたような音楽性が、メルティング・ポットのよう
に凝縮された。

   そう、ニューヨークが人種のるつぼなら、このソニア・ダダは音
楽のるつぼだ。

   彼等のデモ・テープは、エレクトラ傘下のカメレオン・レコード
に見出され、ついにレコード・デビューとなった。シカゴの地下鉄
の駅から、いよいよ世界に向かってのデビュー宣言だ。


■アルバム紹介

   本作はソニア・ダダのデビュー作。全米では92年8月の発売。
原盤番号は、CHAMELEON  61342−2。

   プロデュースは、グループのダニエル・ラズーロ。音楽的コンセ
プトは、R&B、ゴスペルに、ロック、ジャズなどの要素を混合さ
せたもの。全米では、オルタナティヴ・レイディオを軸に、曲によ
ってはR&B局でもプレイされそうだ。

   ソニア・ダダの音楽は、彼等の言葉によれば、「社会的なものと
個人的なものとの間を自由に行き来し、その音楽は感情を深く刺激
する」という。アルバムのオープニング曲「ウイ・トリート・イー
チ・アザー・クルーエル」では、なぜ異なった信仰、肌の色や文化
を持った人々が手を取り合えないかを歌っている。その一方で、ア
ルバムの最後の「デリヴァー・ミー」は刑務所の中の生活を描いて
おり、ある意味で非常に個人的な物語でもある。つまり、同じソニ
ア・ダダのアルバムの中にあっても、社会的な問題を指摘する曲も
個人の私的な歌もあるという意味である。

   サウンド的には、プリンスを思わせるところなどもあるが、通し
てまず印象に残ったのが、5.「ユー・エイント・シンキング」だ。
サム・クックを思わせるような曲調とゴスペルを感じさせるコーラ
スが、実にいいフィーリングを醸し出す。3人のシンガーの魅力を
出すこと、それが彼等の最大の武器になると思われる。別にそれが
R&Bサウンドに限らなくとも、ハード・ロックのバックでさえも
彼等のヴォーカルが光る音を作ればいいわけだ。

   このほかにも、6.「ジ・エッジ・オブ・ザ・ワールド」も聴きや
すい。また、7.「カット・イット・アップ・アンド・クライ」など
は若干ブルーズ・フィーリングさえも感じさせる。

   是非、歌詞カードもじっくり読んで、彼等のメッセージをキャッ
チしてほしい。

   ジャンルにとらわれずに自由自在に音楽を作っていると言う意味
で、このソニア・ダダもまた、カッティング・エッジのアーティス
トだ。そして、そういう姿勢を持ったアーティストからこそ、90
年代のスーパースターが生まれる。

   これでこのソニア・ダダの『ソニア・ダダ』のアルバムはもうお
しまい。いかがでしたか。このCDがあなたのCDライブラリーに
おいて愛聴盤となることを願って・・・

[OCTOBER 29、 1992: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"

(日本盤トラックリスト)

ソニア・ダダ - ソニア・ダダ


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  トラック
1   ウイ・トリート・イーチ・アザー・クルーエル
2   ユー・ドント・トリート・ミー・ノー・グッド
3   ジャングル・ソング
4   アズ・ハード・アズ・イット・シームス
5   ユー・エイント・シンキング
6   エッジ・オブ・ザ・ワールド
7   カット・イット・アップ・アンド・クライ
8   ニューヨーク・シティ
9   ネバー・シー・ミー・アゲイン
10   アイ・リブ・アローン
11   デリバー・ミー
12   デリバー・ミー


(ソニア・ダダのオフィシャル・ページ)


http://www.soniadada.com



(2003年2月6日アップ)
    
[OCTOBER 29、 1992: MASAHARU YOSHIOKA]
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