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レイ・チャールズ『ブリンギング・ラヴ・アラウンド・アゲイン』
cover
レイ・チャールズ
『ブリンギング・ラヴ・アラウンド・アゲイン
〜エリー・マイ・ラヴ』

原題 『Thanks For Bringing Love Around Again 』

ビクターエンタテインメント
VICP-62132

2002年11月21日発売

(オリジナル原盤、Crossover 4000。 2002年 4月発売)
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   今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

   レイ・チャールズの『ブリンギング・ラヴ・アラウンド・アゲイ
ン〜エリー・マイ・ラヴ』

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                     『涙の架け橋』〜〜〜
           「愛さずにはいられない」、それぞれの理由
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   余り券。

   カナダ・モントリオール、夏。
   彼は、セント・キャサリン通りのカフェで  疲れた足を休めてい
た。ここの人々は気温15度でも短パンにTシャツという軽装が圧
倒的だ。一体どういう体感温度を持っているのだろう、と彼は思っ
た。ふと、見ると二つ隣の席にアジア系の女性が一人でアイス・カ
プチーノ片手にガイドブックを見ながら座っていた。
   モントリオールに来て3日。今まで、どういうわけかライヴ会場
や街角で日本人に出会ったことはなかった。どうやら彼にとって今
度の旅で初めて見かけた同胞らしい。ガイドブックの表紙から彼女
が日本人らしいということがわかったのだ。
   日本人懐かしさと、その彼女の大きな瞳に引かれて、彼は思い切
って声をかけてみた。ふだん日本だったら絶対に知らない人など、
しかも女性に声などかけられないのに、なぜか、その時はさっと一
言がでたのだ。
   「あの、すいません。日本の方ですか」
   「えっ?  はー、はい」
   日本人でよかった、と彼はほっと胸をなでおろした。
   「おひとり?」
   「えー」  あまり気乗りのしない返事が返ってくる。
   「今回は、このジャズ・フェスをご覧になるためにやってきたん
ですか。ということは、音楽はお好きなんですか?」
   「いえ、別にジャズ・フェスのことは知らなかったんです。ただ
休暇で来て。でも、音楽は好きですけど」
   「そうなんだ。じゃあ、今夜、実はモルソン・センターでレイ・
チャールズのライヴがあるんですけど、もしよければご一緒にいか
がですか?」
   「えっ、レイ・チャールズ?」
   「ご存じないかなあ」
   「いえ、知ってます。ただ・・・」  化粧をほとんどしていない
さわやかな彼女が、答えに窮していた。
   「実は相棒と行く予定だったんですけど、あいにく風邪ひいて、
ホテルで寝込んでるんですよ。で、一枚チケット余っちゃってて、
どこかで売ろうにも売れないし。もしよければ、チケット代はいり
ませんから、いかがかなと思って」
   「いや、でも・・・」
   「夜は何かご予定でも」
   「いえ」
   「じゃあ、行きましょうよ」
   彼は強引にチケットを彼女に渡し、8時半に会場の入口で待って
いると告げた。


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   風邪。

   毎年6月末から7月にかけてここでは「モントリオール・ジャズ
・フェスティヴァル」という音楽の祭典が行なわれている。約2週
間弱の間に、200本以上のライヴが20か所以上の会場で行なわ
れる。既に20年以上続いている大規模なフェスティヴァルだ。ジ
ャズと言っても、音楽ジャンルはジャズだけではない。ロックもソ
ウルも、ブラジルも、ワールド・ミュージックも何でもありだ。
   出版社の営業部勤務で音楽好きの彼は、一度このフェスティヴァ
ルを見たいと思って、今年は休暇を取ってやってきていた。本当は
6年ほどつきあっていたガールフレンドと来る予定だったのだが、
その彼女としばらく前に別れてしまい、一人で傷心旅行のつもりで
やってきた。  その代わりといってはなんだが、仕事関係の男友達
が、日程の何日かをつきあってくれていた。
   モントリオールは、真夏だというのに湿気がなく過ごしやすい。
建物の中はそれでも強烈にエアコンが効いている。その温度差にや
られ、相棒はちょっと風邪気味でその日はホテルで寝ていた。そこ
で、彼はひとりでジャズフェスの会場をあちこち歩き回り、ちょっ
と疲れたので、カフェで休んでいたのだ。


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   ブラザー・レイ。

   8時20分、モルソン・センター。夜になると少し肌寒くジャケ
ットを羽織ってちょうどいいくらいだ。彼は心配そうな面持でまだ
名も知らぬ彼女を待っていた。まもなく、昼間とは装いを新たにし
た彼女がやってきた。ナチュラルなメイクと清楚なワンピースでや
ってきた彼女は昼間とはまったく別人のように美しかった。
   「どうも、先程は。いらっしゃらないかと思いました。見違える
ほどきれいなんで、びっくりしましたよ」
   「いえ、そんな」  彼女は少しはにかんで言った。「随分迷った
んですけど。でも、レイ・チャールズは、一度見たいなと思ってた
んで。レイじゃなければ来なかったかもしれません」
   「そうなんだ。じゃあ、僕はブラザー・レイに感謝しなきゃね。
さあ入りましょう」
   その日は大きなモルソン・センターをほぼ半分に仕切って、ステ
ージを作っていた。彼はそれまでにもレイ・チャールズのライヴは
見ていた。特に「いとしのエリー」がCMに使われて大ヒットした
直後の89年暮のステージは印象深かった。一方、彼女は、レイの
ライヴは初めてだと言った。
   ショウは、淡々と進んだ。レイのショウはいつも音が小さい。迫
力のあるアップテンポの曲でさえも、耳をつんざくようなことは決
してない。
   レイの大ヒット曲ばかりが続く。彼女はものすごく真剣に聴いて
いた。そして、ショウの中盤でレイは「アイ・キャント・ストップ
・ラヴィン・ユー(愛さずにはいられない)」を歌い始めた。
   その瞬間、彼女の表情がみるみるうちに変わった。それまで目を
見開いてステージを凝視していた彼女が目を閉じ、顔が崩れていく
のが、暗がりの中でもわかった。彼女の口元が小さく動き、声には
出ていないが歌詞をなぞっているかのようだった。
   彼の脳裏にもまた、別れた彼女のことが思い浮かんだ。
   「君を愛することをやめられないんだ。僕は心に決めた。ずっと
この孤独の思い出に生きるってことを。僕はこれから、昨日の夢だ
けに生きていくんだ。随分昔のことだけど、楽しかった時のことが
いまだに僕をブルーにさせる。人は時の流れが傷心を癒すという。
でも、別れて以来、時は僕の前で立ちはだかったまま動こうとしな
い・・・」
   彼も、歌詞の内容がこれまでになく、心に染みてきて、不覚にも
目頭を押さえてしまった。ちらっと横を見ると、彼女もハンカチを
出して目のあたりを拭っていた。


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   血。

   それでもアンコールが終わり大きな拍手とともに客席の照明がつ
く頃には、ふたりとも涙はひいていた。
   「どうでした?」
   「来て本当によかったわ。どうもありがとう、誘ってくれて」
   「こちらこそ、来てくれてありがとう。ひとりでいい音楽聴いて
もしょうがないですからねえ。ふたりで聴けば感動も倍になるでし
ょう。何か食べましょう。おなかぺこぺこだし」
   「そうね」
   ふたりはルネ・レベスク通りを東に向かった。既に10時半近く
になっていたが、いくつかのレストランがあいていた。その中の感
じのよさそうな店に入った。
   注文をすませ、ワインが運ばれてきた。
   「じゃあ、乾杯。そうだな、僕たちの出会いを作ってくれたレイ
・チャールズに」
   「チアーズ!」
   「聞いてもいいかなあ。なんで『愛さずにはいられない』で泣い
ていたの?  あの曲に感動したの?  まあ、名曲だしね」
   「確かに感動もしたわ。でも・・・。あなたも泣いていたでしょ
う。わかってたわ。あなたはなぜ?」
   大きな瞳で彼女はまっすぐ彼の目を見た。彼はその魅力的な目に
一瞬吸い込まれそうになった。彼はその理由を、出会いから別れま
でをゆっくり話した。
   「あの曲は、要は究極の失恋ソングなんだよね。僕は、最初前向
きなラヴソングかと思ってたんだ。今夜はその歌詞がストレートに
心に突き刺さってきたってことかな。突き刺されて出てきた血が、
あの涙だったんだと思うよ」
   「心の血ね・・・。そうね・・・」
   「じゃあ、今度は君の番だよ。君の心の血のわけを教えてよ」
   「・・・」
   「どうしたの」
   テーブルの小さなろうそくがゆっくりと揺れている。
   「今は言えないわ」
   また、彼女の目はどこか宙を見ていた。この短いディナーの間で
も、既に何度かそういうことがあった。あたかも、その瞬間彼女の
ソウルはここにあらずという表情だった。そして、その表情はどこ
かもの悲しげだった。
   それでも、彼女はいくつかの事実を話してくれた。今27歳、日
本では普通のOLをしていて、休暇を取ってここに住む叔父を訪ね
てやってきた。10年前にも父親に連れられてきて、モントリオー
ルは好きな街だということなどを落ち着いた声で話した。彼も自分
の仕事のこと、音楽が趣味だということ、旅行も好きで休みを取っ
てはあちこちに行ってることなどを話した。話は尽きなかった。
   気が付くと、時刻は午前2時を過ぎていた。ふと見回すと、広い
レストランの中でいつのまにか、彼らは最後の客になっていた。
   彼はレストランのボーイにタクシーを呼んでもらい、彼女の叔父
の家まで送った。別れ際に彼は言った。
   「また、東京でも会おうか」
   「ええ」


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   東京タワー。

   東京、秋、日曜の昼下がり。
   いつものように、彼女は彼のBMWの助手席に乗っていた。モン
トリオールでふたりが知りあって、約3か月が経っていた。普段は
MDかCDしかかけない彼だが、日曜の午後だけはいつもインター
FMを聞いていた。
   「このダンス・クラシックの番組の選曲が最高なんだよ」
  彼は彼女に言った。
   DJたちが、レイ・チャールズのミニ特集をしていた。彼はヴォ
リュームを上げ、ふたりはその話に聞き耳を立てた。車は海岸通り
から芝公園のほうに進んでいた。
   DJは「レイ・チャールズは、  ソウル・ミュージックの神様で
す。ブラザー・レイが愛称。ソウル・ミュージックというものを始
めた人と言われているのが、このブラザー・レイです」と立て板に
水で紹介している。
   「彼は6歳位から目が悪くなり、7歳で完全失明、それ以来彼は
ずっと暗黒の世界で生きてきてるわけですね。だから、7歳位まで
は、彼は物が見えていたんです。そこがほぼ生まれながらにして盲
目のスティーヴィー・ワンダーとちょっと違うとこ
ろなんですよ」
   「ワッド・アイ・セイ」、そして、「ジョージア・オン・マイ・
マインド」がかかった。DJたちの語るエピソードは、知らないこ
とばかりでとてもおもしろかった。例えば、レイはジョージアに生
まれ、フロリダの孤児院に入ったが、その後、フロリダから国内で
一番遠いところへ行きたいと思って、シアトルに行ったこと、シア
トル時代にあのクインシー・ジョーンズと知り合い、親友同士にな
ったこと、クインシーはレイのことを「6−9(シックス・ナイン)」
と呼び、レイはクインシーのことを「7−0(セヴン・オー)」と
呼ぶことなどなど。
   そして、3曲目に「愛さずにはいられない」がかかった。
   また、彼女の表情が変わった。彼女は視線をウインドウの外にや
った。その先に東京タワーがそびえ立っていた。
   「今度こそ、その涙の理由を教えてよ」  彼は彼女に聞いた。
   彼女は質問には答えずに言った。「ねえ、東京タワーに連れてっ
て」
   「えっ?  もちろん、いいけど、すぐそこだし」


                         @@@@@


   理由。

   大展望台に昇った彼はぽつりと言った。「東京タワーに昇るの
って、いったい何年ぶりだろう」
   雲一つない秋晴れのその日、展望台からは富士山でも見えそう
なほど、空気は澄んでいた。
   「変わらないと言えば、変わらないし。でも、あんなところに、
たくさんビルができてる・・・」
   彼女はそう言いながら、品川方面を指差した。
   「実は、子供の頃パパがよくここに連れて来てくれたの。で、
あっちがウチだよ、って指差してくれた。家なんか見えないのに、
『ウチが見えるだろう』って。パパはよく言っていた。『ウチから
東京タワーが見えるんだから、東京タワーからだってウチが見える
はずだ』ってね。で、しばらくして、ママと離婚して、それ以来パ
パが私を育ててくれた。そのパパが好きだったのが、レイ・チャー
ルズだったの。結婚する前にパパはママと、ライヴを見たらしい。
いつも家で大きなLPを大きなステレオで、大きな音でかけていた。
中でも一番好きだったのが、『愛さずにはいられない』だった。よ
くレイにあわせて、歌っていたわ。もちろん、下手だったけど。意
味なんかわかっていたのかしら。英語の歌詞カードにカタカナをふ
ってたくらいですもの。私も何度も聴かされて、覚えてしまったわ」
   彼女はずっと遠くの東京湾の方を見ながら大きく深呼吸した。
   「でね、そのパパがこの5月に亡くなったの。まだ60よ。四十
九日が過ぎたんで、休みをとってモントリオールの叔父のところに
行っていたというわけ。パパは、『いつかレイ・チャールズがまた
日本に来たら一緒に連れてってやるからな』って言ってた。たぶん
、それ以来何度も来てるんでしょうけど、パパはいつも忙しくて、
一緒に行けなかった。だから、『愛さずにはいられない』を聴くと
、どうしてもパパのことが思い出されちゃって。レイの歌というよ
り、パパの下手な歌のほうがよみがえって来るの」
   彼は黙って彼女を抱き寄せた。

   モントリオールの夜、「愛さずにはいられない」を聴いて、彼は
彼の理由で泣き、彼女は彼女の理由で泣いた。ふたりにはそれぞれ
の涙の理由があったのだ。「愛さずにはいられない」が彼と彼女の
涙の架け橋となった・・・。


■アルバム紹介

   本作はレイが、再設立したクロスオーヴァー・レコードからの第
一弾アルバム。彼は70年代初期に同レーベルを設立していたが、
80年頃までに活動は休止していた。全米では、2002年4月2
3日の発売。原盤番号は、Crossover4000。レイのス
タジオ・アルバムとしては、93年の『マイ・ワールド(邦題、ソ
ング・フォー・ユー)』、96年の『ストロング・ラヴ・アフェア
』以来6年ぶりの新譜となる。ただ、その間もライヴ・アルバムや
、様々なコンピレーション物は多数出されている。また、日本盤だ
け特別に「いとしのエリー」が収録される。これは、89年暮にC
Mとして使われ大ヒットしたもの。

   今作の共同プロデュースは、前作でアレンジなどで参加していた
ビリー・オズボーンLTDのリード・ シンガー、ジェフリー・
オズボーンの兄である。今作では、大々的に抜擢され、ほとん
どの曲を書き、アレンジ、プロデュースしている。
   目を引くのは、「ホワッド・アイ・セイ」の新録ヴァージョン。
かなり今風になっているが、元々、レイ自身の60年の大ヒット。
   また、9曲目の「アンサンブル」は、ジニー・リンというフラ
ンスで活躍するシンガーがフランス語で歌い、レイが英語で歌うと
いうユニークな試みをみせている。彼女は、1974年3月14日
生まれ。モントリオ−ルに育った。子供の頃からモータウンのソウ
ルなどが好きだった。98年「Un Simple Pas 」でデビュー。その
後アルバムを発表して現在はパリを本拠とする人気シンガーとなっ
ている。このレイとのデュエット曲は、なかなかいい曲だ。

   なお、レイ・チャールズについて興味を持たれた方には、レイ・
チャールズのドキュメントDVD『ザージニアス・オブ・ソウル』
をお勧めする。筆者もここにレイの詳細なバイオグラフィーと年表
を書いた。

   これでこのレイ・チャールズの『ブリンギング・ラヴ・アラウン
ド・アゲイン〜エリー・マイ・ラヴ』のアルバムはもうおしまい。
いかがでしたか。このCDがあなたのCDライブラリーにおいて愛
聴盤となることを願って・・・

[OCTOBER 10、 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"
"LINERNOTES SINCE 1975"
http://www.soulsearchin.com



(2002年11月22日アップ予定)
    
[OCTOBER 10、 2002: MASAHARU YOSHIOKA]
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