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クール&ザ・ギャング『クール&ザ・ギャング・プレゼンツ・ギャングランド』
cover
クール&ザ・ギャング
『クール&ザ・ギャング・プレゼンツ・ギャングランド』
原題 『Kool &The Gang Presents Gangland』

ビクターエンタテインメント VICP-61477
2520 円
2001年 8月21日発売
(オリジナル原盤、KTFA Entertainment, Inc. 01年 8月発売)
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   今度あなたのCDライブラリーに加わることになった一枚のCD
(アルバム)をご紹介します。

   クール・アンド・ザ・ギャングの『クール・アンド・ザ・ギャン
グ・プレゼンツ・ギャングランド』
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ファミリー・アフェアーで、キープ・ザ・ファンク・アライヴ
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   「今日は、9万人の観客の前で演奏してきたんだ。オープンエア
のフェスティヴァルだよ。みんな興奮してたよ」  電話口のロバー
ト・クール・ベルは、ごきげんだ。8月2日まで続くヨーロッパ・
ツアーのまっただなか、パリのホテルに戻ったところをつかまえた
ところだ。
   68年にクール・アンド・ザ・ギャングとなってから、彼らは今
日まで休みなく活動を続けている。レコーディング、ライヴ・ツア
ー、プロモーション。ひたすらそれを繰り返し、「アメリカのナン
バー・ワン・パーティー・バンド」の座を不動のものにしている。
   クール・アンド・ザ・ギャングになる前の1964年、彼らはジ
ャズィアックスと名乗っていた。その頃、まだハイスクールの学生
だった彼らは年令をごまかし、深夜までクラブでライヴ演奏をして
いた。まだ若く運転免許を持っていなかったため、ある者はヒッチ
ハイクをして自宅に戻ったり、ある者はショッピング・カートに楽
器を乗せて、ひたすら歩いて帰ったりしていた。朝方に家に戻り、
ほんの少しだけ寝てすぐに学校に行かなければならなかったので、
彼らはいつも眠そうにしていた。
   彼らはそれ以来、数々の浮き沈みを経て、37年間もの長きにわ
たって走り続けている。
   その37年間に、ファミリー・メンバーは続々と増え、変化を遂
げている。実際、ロバート・クール・ベルにはふたりの息子がいて
30歳になる長男のモハメドはラップ・グループ、ROCのメンバ
ー、27歳の弟ハキム・ベルもラップを担当する。ロバートの弟ロ
ナルドの息子、つまり、甥のラシードは2年ほど前、ユニバーサル
から一枚アルバムを出した。オリジナル・メンバーのひとり、ジョ
ージ・ブラウンは現在ロス・アンジェルスに居とスタジオを構え、
活躍中。もちろん、来る者がいれば、去る者もいる。オリジナル・
メンバーだったリッキー・ウエストは、1985年、病気のために
他界した。
   クールたちは、1998年、KTFAエンタテインメントを設立
した。ここで新人アーティストなどと契約し、レコードを制作、全
米に配給していく。当初、この会社はレイ・グッドマン・アンド・
ブラウン(元モーメンツ)、ジェラルド・アルストン(元マンハッ
タンズのリード・シンガー)、ブルー・ラヴェット(元マンハッタ
ンズ)、ソウル・ジェネレーション(ニュージャージーを本拠とす
るR&Bヴォーカル・グループ)などと契約した、と発表した。た
だし、現在まで作品がでた形跡はない。
   KTFAというのは、何の略なのか。「あー、それは、キープ・
ザ・ファンク・アライヴ(ファンクを生かし続けようぜ)さ、ハハ
ハ。すでに何組かのアーティストと契約しているんだ。息子のプリ
ンス・ハキーム、フィメールという名の女性シンガー、SX4、ト
ゥ・ホット・オールスターズ、そして、ファンキン。みんなアルバ
ムをいつでも発売できるんだ。僕の弟がニューヨークのスタジオの
仕事をとりしきり、一方、ジョージがカリフォルニアのスタジオを
やっている。まあ、ファミリー・アフェアーだな。昔みたいだろ。
ハハハ」
   1989年にはグループ自体の経済状況は最悪の事態を迎え、様
々な財産を処分しなければならなくなったが、以来、精力的にライ
ヴ活動を続け、一時期のどん底の時代は乗り越えた。新しいことに
対してのロバート・クール・ベルのテンションはあがる一方だ。
   「今企画中のアルバムがあるんだ。これは来年夏にでる予定のも
のだが、『クール・アンド・ザ・ギャング・ミュージック・オデシ
ー』というタイトルで、プロジェクト・アルバムなんだ。ジャミロ
クワイやスティング、ブライアン・アダムス、アウトキャスト、カ
ルロス・サンタナ、ホイットニー・ヒューストンなどに声をかけて
いる。ジャミロクワイの分は、終わった。ブライアンは、曲を書い
てくれた。他に7曲クールたちの曲が入る。オールスター・アルバ
ムだ。で、その後にまたクール・アンド・ザ・ギャングとしてのア
ルバムを出すつもりだ。そうキープ・ザ・ファンク・アライヴさ。
ハハハ」
   クラブからヒッチハイクで家まで戻っていた頃から、世紀をまた
いで彼らはファンクを続けている。

■ミニ・バイオ

   クールたちの始まりは1964年。リーダー、ロバート・クール
・ベル(1950年10月8日生まれ)が弟のロナルド・ベル(5
1年11月1日生まれ=後にカリース・ベイヤンと改名)、さらに
ジャージー・シティー(ニュージャージー州)のリンカーン・ハイ
スクールの同窓生だったジョージ・ブラウン(49年1月5日生ま
れ)、デニス・トーマス(51年2月9日生まれ)、ロバート・ミ
ッケンズ(51年生まれ)、クライデス・ユージーン・スミス(4
8年9月6日生まれ)、リッキー・ウエスト(43年5月7日生ま
れ。85年死去)らとともにジャズ・グループ、「ジャズィアック
ス」を結成。
   ニューヨークのジャズ・クラブ等で演奏をしていた彼らは、「ソ
ウル・タウン・バンド」、「クール・アンド・ザ・フレイムス」な
どの名前を経て、68年、「クール・アンド・ザ・ギャング」とな
った。
   69年、ニューヨークのインディ・レーベル、デライト・レコー
ドから『クール&ザ・ギャング』でデビュー。73年に「ファンキ
ー・スタッフ」、「ハリウッド・スゥインギン」、「ジャングル・
ブギー」の3連続ヒットで一躍スターダムに。  さらに「ライト・
オブ・ザ・ワールド」、「オープン・セサミ」などのヒットが続い
た。
   79年、新たにリード・シンガー、J.T.テイラー(53年8
月16日生まれ)を起用、さらにプロデューサーにフュージョン界
のユミール・デオダートを迎え『レディーズ・ナイト』を発表。こ
こからは「レディーズ・ナイト」、「トゥ・ホット」がポップ部門
でトップ10にはいる大ヒットを記録。以後出すアルバム『セレブ
レイト』(80年、「セレブレイション」、「ジョーンズ・ヴァー
サス・ジョーンズ」などのヒットを生む)、『サムシング・スペシ
ャル』(81年、「テイク・マイ・ハート」、「ゲットダウン・オ
ン・イット」のヒット)、『アズ・ワン』(82年、「ビッグ・フ
ァン」、「レッツ・ゴー・ダンシン」)まで4作連続でデオダート
・プロデュースにより、数々の大ヒットを飛ばす。
   さらに『イン・ザ・ハート』、『エマージェンシー』で再びセル
フ・プロデュースに戻り、「ジョアンナ」、「エマージェンシー」
、「チェリッシュ」などのヒットを生む。
   88年初め、グループのリード・ヴォーカル、J.T.テイラー
がソロに独立。ソロ・アルバムを発表。96年再び、グループに復
帰。98年、再度独立。

■アルバム/曲目紹介

   本作はKTFAエンタテインメントから発売されるクール・アン
ド・ザ・ギャングの新作。全米では、2001年8月発売予定。こ
れは、93年に発売された『ユナイト』、96年発売の『ステイト
・オブ・アフェアー』に続くスタジオ録音による新録作品というこ
とになる。また、この中に収録されている「ホエア・ダ・ブギー・
アット」と「ジャングル・イン・マイ・ハウス」は、既に一足先に
99年8月にシングルが発売されている。
   ロバート・ベルが解説する。「新しさと古さ、それを今度のアル
バムでミックスしようとした。今、多くの新しいアーティストたち
が、我々の作品をサンプリングしている。パフ・ダディーやウィル
・スミス、マドンナ、ジャネット・ジャクソン、ミッシー・エリオ
ットなどなどだ。そこで、我々としては、自分たちで若い連中を集
めて、我々の音とミックスして、音楽を作ろうと考えたわけだ。そ
して、これを『ギャングランド』と名付けたんだよ。基本的なコン
セプトは新人のアーティストをみんなに紹介するということだな。
将来の夢は、ここに紹介した新人アーティスト全員とツアーをして
『ミュージカル・プレイ』(音楽劇)のような形でショウができれ
ばと思っている。ジャズあり、ヒップ・ホップあり、R&Bあり、
ファンクあり、ポップもある。このツアーを日本に持っていければ
と思うよ。ステージは5組のアーティストが出たり入ったりするか
ら忙しいものになるだろうね。(笑い)  昔も同じようなことをや
っていたけど、新世紀になって、また同じことをやるんだ」

1、ビッグ・サングス

   「ファンクとヒップ・ホップを融合させたもの。息子のダ・プリ
ンス・ハキームがラップをし、『ファンキー・スタッフ』の要素を
いれている」

2、モア・ビッグ・サングス、

   「一曲目の続き。ここでは、デニス・トーマスと弟のカリースが
ふたりでサックスを吹く。ふたりをあわせて、『トゥ・サクシー』
と呼んでいるんだ。トゥ・サクシー名義のアルバムも作るかもしれ
ない。かつてクール・アンド・ザ・ギャングのリード・ヴォーカル
は、ホーン・セクションだった。これはその頃の基本に戻ったもの
だ」

3、ブロウ・アップ

   クールのギタリスト、チャールズ・スミスの息子、アーマッドが
書いた作品。彼は、ニュージャージー州メイプルウッドにスタジオ
を持っている。ここでフィーチャーしているシンガーは、『フィメ
ール』という名を与えたシンガー。彼女の名前はアリーヤという。
あの有名なアリーヤではない。男との関係について歌っている。

4、ホエア・ダ・ブギー・アット

   ロバートの息子、ダ・プリンス・ハキムをフィーチャー。「『ジ
ャングル・ブギーをフィーチャーしたもの」

5、タ−ン・イット・アウト

   究極のパーティー・ソング。

6、ジャングル・イン・マイ・ハウス

   「FM(フェリシャ・モス)をフィーチャー。彼女は、実はホイ
ットニー・ヒューストンのいとこなんだ。そして、カリース・ベイ
ヤンの息子、ラシードもここで歌う。ここでは、ターザン、ライオ
ン、とら、象などの声も入っている。『オープン・セサミ』のよう
なパーティー・ソングだ」

7、マネー・メイクス・ザ・ワールド・ゴー・ラウンド

   ファンキーなクール・アンド・ザ・ギャングのギターが聴かれる
作品。「トゥ・ホット・オールスターズ」がこの曲に参加。

8、ボーリン・イン・チルタウン

   「ホームタウン、ジャージー・シティーを、僕たちはチルタウン
と名付けたんだ。60年代に、クール・アンド・ザ・ギャングはな
んとか成功しようとがんばっていた。今、トゥ・ホット・オールス
ターズ、サウンダー、ジュースといった新人がブレイクしようとし
ている」

9、ザッツ・ライト

   「トゥ・ホット・オールスターズ、ROC(レイジド・アウト・
カムの略)、ハキームは、車と女の子が大好きで、みんなにこの曲
を歌って欲しいと思っている」

10、オール・マイ・タイム

   「歌詞は、ローリン・ヒルが書いたんだ。最初は、ローリンもヴ
ォーカルを録音してくれたんだが、ソニー(・レコード)がローリ
ンのヴォーカルのものを発売することを許可してくれなかったので
別のシンガーを起用したというわけだ」

11、アーリー・イン・ザ・モーニング

   「女性ヴォーカル・グループ、SX4(エスエックス・フォー)
をフィーチャー。グループは、日本人1人、韓国人2人、フィリピ
ン人1人の計4人組。アジア版ディスティニー・チャイルドってと
ころかな。ははは」
   同じくファンク・グループ、ギャップ・バンドの82年の大ヒッ
ト曲のカヴァー。
   彼らがスタジオ録音でカヴァー曲をてがけるのは、71年に「ウ
イッチタ・ラインマン」(グレン・キャンベルのヒット)、「トラ
イング・トゥ・メイク・ア・フール・オブ・ミー」(デルフォニッ
クスのヒット)をてがけて以来、30年ぶりのこと。

12、チェリッシュ

   クールたち自身で85年に大ヒットさせた作品をSX4が新録音
した。

13、ヒット・ミー・オン・ザ・ヒップ

   同じく、SX4が歌う。

14、グッディー・グッディー

   チャールズ・スミスの持つプロダクション・ユニット、NOVA
が制作した作品。歌っているのは、レイン。フューチャー・ジャズ
的な雰囲気の作品。

15、コンクリート・ジャングル

   ラッパーのGポエティックがポジティヴなメッセージを伝える。

16、ファンク・ダン・ゴーン・ヒップ・ホップ

   ファンク・キンは、パーラメント/ファンカデリック(Pファン
ク)の子孫とも言えるグループ。ファンキンは6人組。Pファンク
のメンバーであるゲイリー・シャイダーの弟、  ティム・シャイダ
ー、ファジー・ハスキンスの息子といとこ、他3人から成る。
   クールとPファンクの総帥、ジョージ・クリントンと69年にニ
ューヨークの56丁目と8番街の角で出会っている。ジョージがそ
の近くに住んでいたからだ。ジョージは、その頃既にファンカデリ
ックのコンセプト、イメージを持っていて、それをまだ当時は無名
だったクールたちに熱く語った、という。

17、ジャジアックス・アット・ザ・クール・ジャズ・カフェ

   「いつか、ツアーにでるのをやめて、家にいて、小さなジャズ・
クラブを開くのが夢なんだ。もちろん誰でもウエルカムだよ。ヒッ
プ・ホップをやる連中、ファンクスター、R&Bシンガー、ロッカ
ー、そして、グレン・キャンベルも。今、投資家とクール・ジャズ
・カフェというのをオープンできるように話しあっているんだ。B
Bキングのカフェや、モータウン・カフェみたいな感じだね」
   このオープニングで流れる渋い声は、ニューヨークのラジオ界に
この人ありとも言えるヴォーン・ハーパー。WBLSで「クワイエ
ット・ストーム」のプログラムなどをやっていた大御所だ。故フラ
ンキー・クロッカーと並ぶ人気DJでもある。これは、じつにかっ
こいいトラックだ。

18、アーリー・イン・ザ・モーニング(ボーナス・トラック)

   SX4が歌う別ヴァージョン。「セックス・オン・ユア・マイン
ド・・・」というフレーズがなんとも印象的。

   これでこのクール・アンド・ザ・ギャングの『ギャングランド』
のアルバムはもうおしまい。いかがでしたか。このレコードがあな
たのレコード・ライブラリーにおいて愛聴盤となることを願って・
・・

[JULY 15、 2001: MASAHARU YOSHIOKA]
"AN EARLY BIRD NOTE"
"LINERNOTES SINCE 1975"
(2002年10月4日アップ)
    
[JULY 15、 2001: MASAHARU YOSHIOKA]
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